出会い
もう子供達が寝静まった時間帯だからだろうか、館の中は窓から射す月明かりがなければ何も見えないだろうというほどに暗い。
暗闇はあまり好きではない。自分が閉じ込められていた虚無の空間、時の狭間を思い出してしまうから。
ずらりと並んだ、さして意味もなく飾られた絵画たちに目を向けながら、子供達を起こしてしまうことのないようにとゆっくり自室への歩を進める。
廊下に並んだ絵画は軍の「オエライサン」とやらになった暁に、媚びへつらうような目をした貴族たちに捧げられたものだ。立場上無碍にもできないため、趣味ではないが仕方なく館に飾っている。
中でもこの少し先にある「聖なる神、万物の母」と名付けられた美しい女の絵は奴隷を何人も雇うどころか、小さな街ならすぐに買収できてしまうほど高価なものらしくー…
そこまで考えてから足を止める。…暗闇に紛れていたせいか気付くのが遅くなってしまったが、誰かがいる。
誰だ。ギラティナか。いいや、奴は今は眠っているはず。それに自由が居る限り、自分がまた閉じ込められることはない。
大丈夫だ、と頭の中で繰り返し唱え、少しだけ乱れた意識を整える。相手はすっかりと絵画に魅了されているらしく、依然としてこちらに背を向けたままだ。
護身用、何かあった時のためと懐に忍ばせていた手錠に手をかけた。
「あれー、人の家で君はなにやってるのかなー」
素早く相手の想像より細い手首を捕まえガチャリと手錠を嵌める。
「しまった…!みつかっ…!!」
あぁ、子供達が起きてしまう。だなんて頭の隅で思考しながら「しー」なんて言ってみた。これで大人しくなるとは思えなかったが…割と効果があったようだ。すっかり静かになってしまった泥棒…というよりは怪盗のような恰好をした彼を自室に連れ込んだ。
廊下でことを起こしたらきっと小さな友人は泣いてしまうのだろうと考えたからだ。しかし扉を開けた瞬間に香った鼻につく甘い匂いに思わず顔を歪めてしまった。
…先日女を連れ込んでいたのを忘れていた。いくらスパイだ、少しとは言え時を操れるなんて化物のようだ、なんて言われているが、自分も(多分)人だ。疲れたときくらい女に溺れるのも許してほしい。安心してくれ、部屋の防音はばっちりだ。
それはさておき「キミは一体、何なんだい?」と尋ねてみた。何故わざわざ自分の屋敷に入ったのか、もしかすると自分とは対立してしまった妹たちにでも自分の暗殺でも命じられたのかもかもしれないが、それはそれで反抗期真っ最中でことあるごとに自分を殺そうとしてくる妹たちの悔しそうな顔が見られて面白い。
カーテンが宵の風に遊ばれて、大きく翻る。とたんに射した月の光にようやく相手の顔まで拝むことが出来た。
意志の強そうな赤の瞳に闇に融けるような黒の髪。
「俺はヴェズ、怪盗のヴェズさ」
まさかのウインク付きで自己紹介をされてしまった。まさかの本名付きで。
それを頭で理解したとたんに、ついつい堪え切れなくて大笑いしてしまった。軍のお堅い連中に囲まれ続けていたせいか、こんな人間を見るのは本当に久しぶりだったのだ。
まぁだからと言って自分の館に入った者をみすみす逃がす気もないが。
空気が変わったことに気が付いたのか、その相対した相手…ヴェズの瞳には恐怖の色が浮かんだ。
…これは、ふむ。なかなかイイかもしれない。
決してそっちの気があるわけではないが、つい先ほどまで余裕そうな表情を浮かべていた相手が歪んだ表情を見せていると思うと、なかなかソソるものがある。
「で、怪盗さんはなんで僕の家のものを狙ったのかな?」
「弟が俺を足手纏いっていうから、見返してやろうかと思ってな!」
「え、…まさか兄弟喧嘩で盗みに入ったの?」
なんて下らない理由だろうか!なんて絶対に口には出さないけれども。また笑ってしまった。
軍人だからと鍛えてはいるが、僕は腹筋ムキムキなわけでもないので、正直これ以上腹筋にダメージを与えるのはやめてほしい。これ、明日絶対に筋肉痛になる。
ちなみに、言い訳にきこえてしまうかもしれないが、僕の笑いのツボが浅いとかではない。確実に。彼があまりに自分の見てきた人間とズレているから笑ってしまっただけだ。
「だって認めさせてやりたいだろ?俺はそう思うぜ」
たかが兄弟喧嘩でそんなに真面目になるのか、そう思うほど力の入った声だ。まぁ他所にも色々あるのだろう。そういう僕だって一国を巻き込んだ兄妹喧嘩真っ最中だ。まさかやっとのことで現世に帰ったと思ったら最愛の妹たちに嫌われただなんてそんなことは…いや、この話はあとでいいか。
「あー…笑いすぎて死ぬかと思った…。
あ、ところでさ、話だけ聞いたら始末するか逃がすかしようと思ってたんだけれど…
君のこと気に入っちゃったからやっぱり逃がさなくていいかな?」
未だ笑いすぎてひきつる頬に苦戦しながら本心を告げてやる。始末、なんて言葉をいれたから、また怖がってくれるかなーなんて思ったのだがそんなことはないらしい。何言ってるんだこいつみたいな顔で苦笑されてしまった。
ぶっちゃけると、逃がす気なんて毛頭なかった。この場で処理する気満々でわざわざ寝室へ連れこんだのだから。しかし、彼はとても面白く興味深い。短期間でこんなに人間を気に入ったのも久しぶりだ。
そっと肩に手を置いて、相手の耳元に唇を寄せて囁く。
「ね、僕に盗まれる気はない?」
「ジョーダン言うなよ、盗みをするのは俺だぜ」
「おや、フられてしまった」
こんなふざけ半分な会話も久しぶりだった。たまにはこんな相手と会話をしてみるのも案外楽しいものだ。
まぁ向こうはそんなことを微塵も思っていないだろうが。
なにか考え事をしているのか(大方僕からの逃げ方かなにかだとは思うが。)難しそうな顔をしたまますっかり固まってしまった彼の耳元にもう一度口元を寄せ、囁いた。
「じゃあ僕の心を盗んじゃった責任とってよ」
言外に「逃がしてやろうか」と問う。きっと彼を殺すのは容易で、苦しむ表情を見るのもとても簡単だろうが、それがどうにも惜しいことのように感じたのだ。
未だ困惑した表情の彼に、また会う約束と、自分の胸元でその存在を主張する巨大なダイヤモンドを与え、そっとその場を後にした。
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素敵な紹介をいただいたので、そのお返しに対になるよう書いてみました…が、文章力なくてすいません(震え声)
まぁ要は「うわ泥棒だ殺そう」→「えっなにこの子面白い」→「気に入った。いつか自分のモノにしてやる(決意)」って感じです…!段々とヴェズさんの事を知っていく度に、ラテッドの方が溺れていっちゃえば面白いですね☆()
出会い