星見の丘で

記念日

 今日は僕の記念日だ。いや、僕達の記念日。
「おめでとう、リィン・サージャー。最終試験合格だよ」
 ついさっきモニタの向こうで先生が微笑んだ。
「ディルは?」
「ディル・ハラーについてはまだ選考中だ。だが筆記試験トップの彼が落ちるわけが無いよ。大丈夫、揃って入隊できるから」
 二人揃って……それが約束だったから。

 僕はリィン。つい一週間前に15になった。親友のディルに比べたら頭は良くないが、足が速いのと無重力バスケが得意な体力系。背もちょっと高いほう。色白の人が多いこのミアシティの中にあって、僕の一家はみんな色が黒い。お爺ちゃんが黒人だったからかな?
「リィン! 合格通知来たんだって?」
 ディルが嬉しそうに駆けて来た。いつ見ても綺麗な銀色の髪だ。
 いつもこの星見の丘で待ち合わせ。
「そんなに走ったらまた咳が出るよ」
「だって嬉しいんだもの。リィンが憧れの警備隊に合格したんだよ」
「ディルは? ディルの所にも先生から連絡あった?」
「……まだ。不合格だとも連絡無いよ。仕方ないよね。こんな体だから……」
 ちょっと寂しげにディルは微笑んだ。
 僕とディルは同じ年の同じ日に生まれた。バースコントロールでミアシティの人間はほとんどが3ヶ月に一度の同じ日が誕生日だ。だからディルとは全くの同い年なんだけど、体の大きさは随分違う。
 ディルは女の子と比べても小さいほどの身長。それに細くてちょっと病弱。色素欠乏症で肌も血管が透けるほど白く目も赤い。本人は『ウサギみたいだ』と、とても気にしているが、真っ黒でチリチリくせ毛の僕からしたら、銀色の真っ直ぐでサラサラな髪は羨ましくて仕方が無い。その赤い目も、女の子よりも綺麗な顔も。
「先生はまだ選考中って言ってたよ。大丈夫だって」
「だといいけど。ボクは約束破るのイヤだから」
 2年前の約束。あの時もこの星見の丘だった。
 技師だったディルのお父さんが船外活動中に亡くなった日。ディルのお母さんは彼が生まれてすぐに亡くなった。だからお父さんが唯一の肉親だったのに……。
 雪みたいに真っ白なディルが、涙で溶けてしまうのではないかと思えるくらいに泣いてた。儚い肩を震わせて。見た目よりしっかりしてて強いディルが。
 その時、僕は誓った。
「大丈夫だよ、ディル。僕がいるよ。ずっとずっと一緒だよ。警備隊になりたいって言ってただろ?僕もがんばるから、二人揃って入隊しよう。そしてこの船を守るんだ。僕は君を守るから」
「……リィン、約束?」
「うん。約束」
 そして指きりしたんだ、ここで。

 ミアシティは宇宙船ExodusⅡ(エクソダス)の中。もう300年以上も前に地球を出てきた。太陽の異常活動で地球がとても危険になってきたため、人類が移住できる星を探す旅に出た。一万人の人を乗せての、長い長い旅。人工重力と人工日照のコントロールで保たれた船内は、町もあるし植物も動物もいるから地球とほぼ変わらない。空気も、水も食料も自給自足できてる。違う所といえば海が無い事と、時折、小惑星などに資源の確保をするために立ち寄る際、大きく揺れる事がある位だろうか。これだって、お爺さん達に言わせれば、地球の『地震』と変わりないらしい。でもお爺さん達だって実際に体験した世代じゃないんだけどね。
 人がいっぱいいると、やはりもめ事も起きるし、治安も悪くなる。危険な思想を持つ人も出てくるし、過激な事をする人もいる。隔壁の一つが壊れるだけでも中の人全員の命に係わる。だから警備隊がいる。
 紺色に赤のラインのカッコイイ制服、しゃきっと背筋を伸ばして颯爽と町をパトロールする隊員はみんなの憧れだ。難しい試験をクリアして選ばれた人達。
「おーい! リィン、ディル!」
 その憧れの隊員が星見の丘をすごい勢いで駆け上がってきた。ガイ先輩だ。
「ここにいたのか。探したぞ」
「先輩、慌ててどうしたんですか?」
「どうしたは無いだろ? ディルに合格を知らせにきてやったのに」
 ちょっと息を切らせて先輩が口を尖らせた。
「ディル……聞いた?」
「リィン!」
 顔を合わせて間を置いて、二人で手を取り合ってジャンプした。
「良かったなぁ、二人とも。でも覚悟しとけ。来週から訓練だぞ」
「はい」
 もう嬉しすぎて眩暈がしそうだ。たとえ訓練が厳しかったって、今なら笑いながら
こなせそうな気がするよ。
 ディルとの約束は守れるんだ!
「俺も可愛い弟分が二人も合格して鼻が高いよ。さ、今日は記念日だ。なにかおごってやろう」
「先輩、仕事は?」
「終わった、というか早退してきた」
「……ええっ?いいんですか?」
「カタいこと言うなよ。めでたいんだから」
 ま、先輩のこういう所が好きなんだけどね。

大人の夜

 ガイ・テキシー先輩は冗談抜きでカッコイイ。
 家が近所だったから、小さい頃から一緒に遊んでくれるいいお兄さんだ。人口もコントロールされてるからどの家庭も子供はほとんど一人。だから兄弟はいないけど、僕もディルもこの人が本当のお兄さんだと思っている。4つ年上で、頭もいいしスポーツも得意。おまけに顔もスタイルも申し分無いから、ものすごく女の人にモテる。警備隊に入りたいと思ったのもこの人が選ばれたからだ。何もかもが憧れなのだ。ちょっといい加減な所のある性格と、口が悪いのも含めて。
 その憧れの人は、夜の町に僕らを連れ出した。家族にはちゃんと断りを入れてきた。
「はあぃ、ガイ」
「ガイ、今日も素敵ね」
 あちこちから綺麗なお姉さん達の声が掛かる。それに軽く手を挙げたり、ウインクして応える仕草も大人っぽくてカッコイイと思った。
「先輩、本当にモテますね」
「お前らも警備隊の制服着るようになったらモテるぞぉ」
「……そういう問題じゃない気がするけど」
 ディルがちょっと呆れた様に言った。
「ディルは可愛いからなぁ。女だけじゃなくて男にもモテるだろ? 悪い女に引っかかったり、野郎に苛められそうになったらいつでも言うんだぞ、相手ぶん殴ってやるからな」
「大丈夫ですよ。リィンが守ってくれるから。ね?」
 僕は何も言わずに頷いた。あの日、心に誓ったのだからもう言う必要はない。
 二人で豪華な食事をご馳走になった。お腹がすいてたから結構食べたが、先輩は気前が良かった。警備隊は給料もいいんだな。
 その後、先輩に連れられて入った店はものすごくうるさかった。
 いろんな色のライトが点滅してて、大きな音で音楽が鳴り響いてる。いっぱい人がいて、みんな踊ったり、何かを飲んだりしてる。
「お前ら真面目だから、こういう所初めてだろ?」
 勿論だよ、先輩! ディルと無言で何度も頷いた。
「試験に通ったって事は、今日からお前らは大人だ。さぁ、楽しんで来い」
 ぽん、と背中を押されて、踊ってる人たちの中に放り出された。
「え? ええっ?」
 ディルと二人で困って突っ立ってると、
「あらぁ、なんて可愛い坊や。お姉さんが一緒に踊ってあげる」
 早速、ちょっとケバいお姉さんにディルが連れて行かれた。
「リ、リィン!」
 助けを求める様に振り向くディルの元に向かおうとしたが、僕も誰かに手を引っ張られた。
「ふふっ、つかまえた。あなたはこっちね」
 すごくスタイルのいい、綺麗なお姉さんだった。この人も銀の髪だな。
「あたし、ユナ。あなたガイの連れでしょ? 大丈夫よ、あの可愛いおチビちゃんも獲って喰われやしないから。踊る? それとも何か飲む?」
 ディルの事が心配だったが、踊るのは苦手だからちょっと隅っこの方に移動した。
 先輩の方を見ると、彼は軽く手を振った。横には二人綺麗なお姉さんがひっついてる。もう、恨むからね!
「はい、どうぞ」
 さっきのユナというお姉さんが飲み物を持ってきてくれた。ライトの加減で虹色に見えるが、実際は何色なのかもわからない飲み物だった。甘くていい匂いがする。味も甘かったのでぐいっと一気に飲んだが、直後喉が熱くなった。
「これ、お酒……」
「うん、そうよ。大丈夫よ。そうキツくないから」
「僕、まだ15だけど」
「内緒にしていてあげるから」
 お父さん、お母さん、お爺ちゃん。ごめんなさい、僕ちょっと悪になりました……
「こんなので警備隊の合格取り消されたらどうしよう」
 思わず愚痴が出てしまった。
「あら、合格したの?すごいじゃない。ガイはお祝いにここに連れて来たのね」
「はい……」
 ユナさんが立ち上がった。なんかイヤな予感がする。
「ちょっとみんな~! この坊や達、警備隊の試験に合格したんだって~! みんなで祝福しましょう!」
 そ、そんな大声でっ! ただでさえお酒で顔が熱いのに恥ずかしくて火が出そうだよ!
「おめでとう!」
「ひゅ~!」
 音楽と拍手と祝福の声に包まれて、段々と恥ずかしいのも通り越して気持ちよくなってきた気がする。お酒のせいかな?
 また先輩の方を見ると、顎で合図をした。その先を見ると、ディルが見たことも無いくらい、楽しそうな顔で踊ってた。色とりどりのライトを浴びて、真っ白な彼がいろんな色に染まってる。綺麗だね、ディル。ふらふらしてるよ、僕も。
「やん、酔っぱらっちゃったの?かわい~い」
 ユナさんに抱きしめられてるっ! ふわふわのお、おっぱいが顔に……
「なんか気持ちいい……かも」
 僕は自分のその声を聞いたと思う。でもその後の記憶が無い。
 不覚にも僕は酔ってしまったのだ。ユナさん、そんなにキツくないって言ったくせに。
 嘘つき……

 翌朝、僕はお母さんにこっぴどく叱られた。未成年がお酒を飲んで! って。お父さんとお爺ちゃんは『これも社会勉強』と擁護してくれた。先輩が責任を感じてか謝りに来たが、飲ませた本人はお母さんには叱られなかった。いつも先輩には甘いのだ、お母さんは。男前だからか? 何だか理不尽だが、僕が酔い潰れた事は、ウチの家族とディルと先輩だけの秘密にしておく事になった。
 そうそう、僕とディルは訓練に通うため、しばらく一緒に暮らすことになった。食事やメンタルチェックを家族が管理する事になっているのだが、ディルには身内がいないので僕の家で。僕のお母さんは看護師と栄養師の資格がある。
「しばらくお世話になります」
 ディルが家族に頭を下げた。
「まあ、なんて礼儀正しいのかしら。それに何度見ても本当に可愛いわ。リィンじゃなくてあなたがうちの子だったら良かったのに。もうずっといてね」
「お、お母さん……ひどい」
 面食いのお母さんはディルにメロメロ。目がハートだ。こら、撫でるな、触るな!
「こらこら母さん、怖がってるぞ。ディル、遠慮なんかしちゃいかんよ。ウチの子だと思ってゆっくりしておいで」
 お爺ちゃん、ナイス。

 訓練は厳しかった。体力作りが主だが、僕はともかく体の弱いディルにはかなりキツイみたいで、家に帰るといつもぐったりしていた。食欲も無いみたいだ。夜もひどくうなされてるし、睡眠もとれてるのかわからない。
「ちゃんと食べないと体がもたないよ」
「うん……わかってるんだけど……ボク、ちょっと不安になってきた。訓練で脱落する人もいるらしいけど、ボクもそうなるかも」
「ディル、約束は?」
「……」
 ディルは何も言わなかった。そして、やっぱり酷くうなされてた。怖い夢を見てるのかな?何だか気になってこちらも眠れない日々が続いた。
 しばらくして、ディルは脱落はしなかったが、僕とは訓練の内容が変わった。センターで別の区域に分かれて、違う訓練を受ける様になった。家に帰るとき、前ほどぐったりしていないので安心したが、ディルは納得がいかないようだ。
「訓練って言っても、何をするわけでもないんだよ。ただ何も無い部屋に座らされて、木をイメージしてください、とか水をイメージしてくださいって声がするだけ」
「へんなの」
「リィンもそう思うでしょ?」
 二人で話してると、お母さんが来客を告げた。ガイ先輩が来たらしい。
「よお、どうだ? 訓練きついだろ? 様子見にきてやったそ」
「筋肉痛をつつきに来たんでしょ?」
 僕が言うと、本当に脹脛をつつかれた。足がパンパンで痛いんだけど。
「ディル、元気ないな。どうした? やっぱ体力的にきついか?」
 訓練の内容が変わったことを告げた瞬間、先輩の顔が変わった。
「それ……ホントか?」
「はい」
 何だかこんな深刻そうな先輩の顔、見たこと無いんだけど。
「お前、同じ夢を何度も見るか?」
「はい」
「誰かにその夢の内容を話したか?」
「え? そういえば何日か前に教官に訊かれて……」
 それなら僕も覚えている。全員一斉に訊かれたから。僕は確かネコの夢を見たんだ。
ディルが何て答えたのかまでは覚えてないけど。
「いつも……水で満たされた水槽に入れられる怖い夢を見るから、そう……」
「ストップ!」
 先輩はディルの口を塞いだ。
「いいか、もしもう一度訊かれたら、違う夢を見たと言え。わかったな?」
「なぜ?」
「いいから。たのむ、お願いだ。ウソでもいいから」
 僕とディルは顔を合わせて同時に首を傾げたが、もう先輩にそれ以上訊かなかった。先輩は言いたくないという顔だったから。
 何日か後、やはりもう一度教官に訊かれたが、ディルは鳥の夢を見たと嘘をついた。でも僕は知ってる。いつもみたいにうなされてたからきっと同じ夢を見たんだって。

 訓練期間ももうすぐ終わる。ディルを待ってると、廊下で先輩に会った。
「リィン。配属が決まったぞ。俺と同じ班だ。良かったな」
「本当ですか! わぁ、嬉しいな」
 まだ正式な発表は3日後だから内緒な、と先輩は付け足したが。
「ディルは?」
「残念ながら違う……」
 先輩? また深刻な顔になってるよ? 目が泣きそうだよ?
「じゃあ、ディルはどこに配属に?」
「セクション5だ。もう二度と会えなくなるかもしれない」
 何? 先輩、今何て言ったの? 会えなくなるって……なに?

もう二度と

 先輩は、また僕達を町に連れ出した。
「お前ら訓練がんばったからな。ご褒美」
 今度はこの前みたいな事が無いようにと、お母さんに釘を刺されたのでかわいらしくアイスクリームのお店だった。
「わあ、見て! ボク、5段なんてはじめて!」
 上手にバランスをとらないと、ひっくりかえりそうなくらい積み重ねられた色とりどりのアイスに、ディルは大喜びだ。僕はちょっと遠慮して3段。
「よかったね、ディル。大好きだもんね」
「うん。先輩、ありがとうございます」
「早く食べないと溶けるぞ。お腹こわすなよ」
 ……微笑んではいるけど、先輩、すごく悲しそうな目だ。
 もう二度と会えなくなるかもしれない……さっきそう言ったよね? ひょっとしてご褒美なんかじゃなくて、お別れのつもりで誘ったの?
 ディルは無邪気に笑ってる。配属先の事なんかまだ聞いてないから。
「はぁい、ガイ」
 ふいに女の人の声が掛かった。
 振り返ると、この前クラブでディルと踊ってたちょっとケバいお姉さんだった。
「よう、シーラ」
 先輩、ひょっとして町中のお姉さんの名前知ってるんじゃない?
「あら、こないだの坊や達も一緒ね。丁度よかった。そこの黒い方の子」
 僕? 黒い方のって……まあ、ディルといると大概そう区別されるんだけど。
「ユナから伝言。あなたを見かけたら、この前はごめんねって言っといてって。もう一度会いたかったって」
 気にしてたのか。でも何で伝言なんか……それに何かひっかかる言い方だな。
「じゃあ、僕ももう一度会いたいって言っといて」
「……もう会えないの。ごめんね、じゃあ、伝言は確かに伝えたから」
 何だか間が悪そうに、シーラさんは先輩の肩をポンと叩いてから足早に去っていった。
「なんでもう会えないんだろう? 遺言みたいな言い方だね」
 ディルが、アイスと格闘しながら言った。軽い冗談のつもりで言ったんだろうけど……先輩が立ち上がった。
「先輩?」
「ちょっと待ってろ。すぐ戻るから」
 先輩は走って店を出て行った。ガラス越しにシーラさんに追いつくのが見えた。何か話してる。
 しばらくして、先輩が戻ってきた。また、あの泣きそうな目になってる。
「食ったか? ちょっと外に出よう」
 僕達は三人で星見の丘に上がった。
 町のはずれの緑の芝生が気持ちいい人工の丘。丘の真上に大きな天窓がある。日照を調節して朝昼晩を作ってる船内でも、ここだけはいつも外の宇宙が見える。だから星見の丘。
 誰も何も言わなかった。ただ、三人で黙って芝生に寝転がって星を見てた。内もすでに夜の暗さだから、星がとても良く見える。
「ボク、ここ、好きだよ」
 最初に口を開いたのはディルだった。
「僕も好き」
「俺も」
 また、みんな黙った。
 それが、僕達が三人揃って星を見た最後だった。

 3日たって、僕達新人にもあの憧れの制服が支給された。幼年部だからラインの数は先輩より少ないけど。正式に今日から隊員として仕事……なんだけど、僕は気が晴れなかった。配属も今日発表される。
「リィン、ディル、こっち向いて!」
 お母さんは写真を撮るのに必死だ。
「二人とも立派ねぇ。一気に大人っぽく見えるわよ」
「ちょっとぶかぶかだけど……」
 小柄なディルには肩幅が余ってるけど、とてもよく似合ってる。
「さ、行っといで。がんばるんだぞ」
 お爺ちゃんと抱き合って、僕達は揃って家を出た。
「同じ配属ならいいのにね」
 ディル。はりきってるね。
「……そうだね」
 僕は先輩に聞いた配属先の話を、ディルには内緒にしてた。まだ確定じゃないからって先輩は言ったもの。この3日で変わったかもしれない。
 でもやっぱりそうはいかなかった。ディルのセクション5行きは決まっていた。
 そして、僕の家に二度とディルが一緒に帰る事は無かった。
 もう二度と。

お別れ

 配属が決まって一週間がたった。その間一度もディルに会ってない。一度だけ、他の人に『元気にやってるよ』と聞かされたが、荷物もウチに置いたまま、自分の家にも帰ってない様子のディルの事が気にならないワケが無かった。
 セクション5って所が何なのかすら、僕は知らない。
「警備隊にいたら嫌でもそのうちわかる」
 先輩に聞いてもそうとしか答えてくれなかった。
 今日は幸運にも先輩とパトロールに行く番だ。時間は夜。一旦家に帰ってご飯を食べて仮眠をとってこいと言われたので、帰る途中。
「リィン……」
 小さな声が聞こえた。この声は……
「ディル!」
 家までもう少し、という所で建物の陰でディルが手招きしてた。私服だ。
「静かに。ボクといるのがばれたら、リィンにまで迷惑を掛けるから……今ちょっと時間ある?」
「うん」

 人けの無い路地に僕達は隠れた。
「ディル、心配してたんだよ。帰ってこないし、何の連絡も無いから。お父さんお母さんもお爺ちゃんもみんな心配してるよ」
「……ごめん。皆にもごめんって言って。訳は言えないけど……でも最後にどうしても君にだけは会いたくて」
「最後って……なんだよ、それ?」
 元々細くて真っ白なのに、更にやつれた様に見えるディルが微笑んだ。すごく悲しい顔で。ルビーみたいな赤い目がちょっと涙を溜めてる。
「お別れを言いにきたの」
「何言ってるの? さっぱりわからない。何? お別れって!」
 思わず声を荒げた僕に、ディルはしっ、と指を立てた。
「聞かないで。お願い……ごめんね、約束を破って。ずっと一緒だって言ったのに。結局、ボクは警備隊には入れなかったんだ。訓練途中で決まってたらしいよ」
 もう何がなんだかさっぱりわからない。だって、初出の時ディルの名前もちゃんと呼ばれてたじゃないか。 制服だってもらったじゃないか。
「でもね、ボクは警備よりもっとすごく大事な仕事に選ばれたんだ。この一週間、ずっとその準備で帰れなかった」
「大事な仕事? セクション5って一体……」
 ディルは僕の口を押さえた。
「その名前は出しちゃダメ。家族にも内緒だよ。いいね?」
「……」
 ディルは黙って僕を抱きしめた。背中に回った細い手が小さく震えてる。僕もディルを抱きしめた。小さくて儚い体は溶けてしまいそうだった。
「リィン、忘れない。君もボクを忘れないで」
「ディル……」
「もう行かなきゃ。これ以上一緒にいると決心が鈍っちゃう……ボクに会ったこと、先輩にも内緒だよ」
 なんだか目の前がぼやけてきた。僕、泣いてるのかな?
「もう会えないの?」
 小さくディルは頷いた。
「……でも……もしもこの船が止まる時が来たら、その時は星見の丘で会おう」
 僕が何か言う前に、ディルは僕の手をすり抜けて走って行った。僕は追わなかった。追ってはいけないと、追えばディルが悲しむと、なぜかそう思えたから。
 一人っきりになって、僕は悲しみより、寂しさより、もっと違う感情に包まれてた。
 ずっと一緒って言ったのに。僕がディルを守るって誓ったのに……なんて表現していいのかもわからないけど、僕は自分が酷くちっぽけな存在に思えてならなかった。


 夜。考えてみたらここは船の中なのだから夜も昼もないんだけど、一応中の人間も含めた生き物のためには光の調節は必要らしい。
「リィン、行くぞ」
「はい」
 仕事中の先輩はきりっとしてる。いつものプレイボーイと同一人物とは思えないくらいカッコイイ。だからモテるんだな。
「どうした? なんか元気ないな。目が赤いぞ? ちゃんと仮眠とってきたか?」
 頷いたが、ディルと別れたすぐ後に眠れたはずなんか無かった。でも先輩にも内緒だし、極力顔にも出したくないので、今は仕事に集中する事にした。
 一般人の居住区である町の方は違う2つの班が回ってるので、今日、僕達が任されたのは資材倉庫や農業プラントのあるセクション3だった。
 町以外の部分を歩くと、あらためてここがどこかの惑星の地面の上じゃなく、巨大な宇宙船の中なのだということを実感する。
「学校の社会見学以来だろ?」
「はい。パトロールってどういった点を気をつけて見ればいいんですか?」
「お、やる気満々だねぇ。ま、目だった異常が無いかとか、許可無しに町から出てる人間がいないかをチェックするのが……」
 その時、先輩の通信機が音を立てた。
「こちらθ班テキシーですが」
 返事をして、先輩はちょっと僕から離れた。何か緊急の連絡らしい。
「今、セクション3ですが……え? しかし今幼年部の新人が一緒ですが……」
 何だろう?僕が一緒だとまずいのかな?
「……わかりました。すぐ向かいます」
 司令部との通信を終えて、先輩が戻ってきた。何だか雰囲気がまた厳しく変わった。
「何ですか?」
「初の夜勤でいきなりだが、これからセクション4へ行く。俺たちが一番近くにいるからな。銃も用意しとけ。セクション5からの脱走者が逃げ込んだらしい」
「脱走者?」
 何か、すごく暗くて恐ろしいものが心を覆った。
 ディルの行ったセクション5って、脱走しなきゃいけないような場所なの?

脱走者

 セクション4はエンジニア以外の一般人が決して入れない区域。勿論僕も今日がはじめて。この巨大な宇宙船を動かしてる機動部。
 区域を仕切る隔壁が開いた瞬間、いきなり世界が一変した。
 天井の低い狭い通路に、配管。低い音をたててる壁。所々に小さな扉があって、中はモニタや計器がぎっしりだ。先輩と何部屋か入って確認したり、夜勤で居合わせた技師の人達に訊いて回ったが、どこにも異常は無かった。
「この辺りにはいないみたいだな。もっと奥か」
 先輩が腰の銃に手を掛けて呟いた。
「あの……脱走者を見かけたら撃つんですか?」
「時と場合による。無抵抗なら撃たない。ま、念のため」
「はい……」
 いよいよ配管だらけの通路は天井が低くなってきて、気をつけないと頭をぶつけそうだ。僕よりも更に背の高い先輩は身を屈めて、それでも結構な速さで奥を目指してる。通路が二股に分かれた所まで来た。
「さて、どっちに先に行く? 流石にお前一人にするわけにいかないからな」
 なぜか、僕は右のほうだと思った。誰かが僕を呼んでる気がしたのだ。
「ええと……僕はこっちだと思います」
「勘か?」
「はい」
 先輩は何も言わずに僕が指差したほうへ進んだ。
「お前もディルも昔から勘がいい……お前まであそこに行くなよ」
 え? 最後の方、小さい声だったけど、あそこってセクション5の事?
「先輩、訊きたい事が……」
 カサっ。
 小さな音がして、僕の質問は途中でせき止められた。
「いるな」
 先輩はもう一度腰の銃を確かめた。僕はちょっと怖くなって先輩の後ろに隠れた。
 複雑に重なり合った配管の向こうに、誰かいる。ちらっと銀色の髪が見えてドキッとした。まさか!
「出て来い。大人しくすれば手荒な真似はしない」
「その声は……ガイ?」
 隠れてる人が掠れた声で呟いた。女の人の声。正直、僕はディルの声でなくて良かったと思った。でも、この声も聞いたことある。
 配管の向こうの人影が動いた。更に奥に身を隠すように。
「……イヤなの……あそこへ行くのは……出て行ったら捕まえるでしょ……?」
「悪いな。これも仕事なんだ」
 先輩は冷たく言ったが、少し細めた目が内心穏やかでは無い事を物語ってた。
「出て来ないならこっちから行く」
「来ないで!」
 怯えた声と同時に、先輩の手にあった銃が飛んで、壁に当って大きな音をたてた。
 何? 今の? 見えない何かが持っていったみたいな不自然な飛び方だった。
「来ないで…おねがい……」
「僕が連れてきます」
 あの隙間に先輩では入れない。それにどうせ配管が邪魔で銃は撃てない。
「危ないぞ!」
「大丈夫です」
 近づこうとして、今度は強い風みたいなのを感じた。足が重くて進めない。何だよこれ!? でも必死で耐えた。声の主を僕、知ってる。もしそうなら……
「シーラさんから伝言、受け取ったよ」
 風がぴたりとやんだ。
「……あの時の坊や?」
「坊やはやめてよ。リィンっていうんだよ。ねぇ、そっちにいっていい?」
 やっぱりユナさんだ。
「僕も銃置くね。だからいいでしょ?顔見せて」
 ちらっと先輩の方を見たが、何も言わずに頷いた。僕に任せてくれるみたい。
 腰の銃を床に置いて、そっと近づいたが今度は進めた。沢山の配管と壁の間の狭い隙間の奥に彼女はいた。
 裸。何一つ身に着けてない。銀の長い髪で胸が少し隠れてるだけで……怯えた顔で泣きながら、僕の顔を見てもまだ後ずさってる。もう行き止まりなのに。こんなに怯えてる人を見たのは初めてだ。そんなに怖い目にあったの?
 僕は制服の上着を脱いで彼女に差し出した。
「これ着て」
 やっと彼女はこっちに手を伸ばした。薄暗いが、白くて細い手にあちこち傷があるのが見えた。
「僕ももう一度会いたいって言ったら、もう会えないって言われた。でもほら、こうしてまた会えたよ」
 自分でも何が言いたいのかよくわからないけど、ちょっとだけユナさんの表情が和らいだ。
「とにかく、こんな狭いところにいないで出よう」
「でも……」
「僕が一緒だよ。ね?」
 小さく頷いて、ユナさんは差し出した僕の手を握った。冷たくて小さく震えてる。
 手を繋いで、僕達は通路に出た。その瞬間、ユナさんが僕に抱きついた。
 あの夜と同じ感触。
「神様は私を見捨ててなかった。最初に見つけてくれたのがあなたでよかっ……」
 キィン、と鋭い音が耳に響いた。
 言葉途中で黙ったユナさんの腕の力が抜けた。
 何が起こったのか全く理解出来ない僕の目の前を、銀色の髪が尾を引いて、スローモーションの様に流れていった。
「ご苦労、リィン・サージャー。新人にしては良い働きだった」
 冷たい声が僕の名前を呼んだ。
 足元に、ユナさんが目を開けたまま倒れてる。ディルと同じ赤い目。そのこめかみに小さな焦げ跡。
 先輩の手には僕の銃。もう片方の手は通信機。
「こちらテキシー。脱走したレムスを射殺。処理お願いします」
 その先輩の声さえも遠く聞えた。
 僕は声も出せずに立ちつくすしかなかった。

セクション5

「おい、リィン! 話を聞けよ」
 後ろから先輩が追いかけてくる。僕は走りこそしなかったが、振り返りかえりもせずに黙って早足で歩き続けた。仕事が終わって帰る途中。
 信じてたのに。憧れてたのに。
 目の前で人が死んで、手を下したのが先輩で……それだけでも信じられないのに、脱走者だとか、セクション5とか、あの不思議な力の事とか……そんな所に、ディルが行ったなんて。もう頭が混乱してて、僕、おかしくなりそうだ。
 しかも司令部にはすごく褒められた。結果、人殺しの手助けをした僕は英雄扱いだ。それが一番信じられない。もう何もかもに裏切られた気がして、何も信じられなくて、どうしていいのかわからなくて、でも何も言えずにただ怒ってるだけの自分自身が一番イヤだった。
 早足で歩いてたけど、基本コンパスの長さが違う。あっさり先輩に追いつかれた。
「俺が好きであんな事やったと思うのか?」
「思いません。思いたく無いです。でも仕事だからってあんな……」
「……ユナは俺の初恋の人だった」
「え?」
 僕は振り返った。
 先輩は今にも泣き出しそうな顔をしてた。きつく握り締めた拳が震えてる。
 僕達は、また星見の丘へ上がった。早朝だから人は誰もいなかった。
「責めろよ、人で無しって。いいんだぞ、ホントの事だ」
「……先輩……」
 横で、膝を抱えて芝生の上に座ってる先輩がちょっと小さく見えた。
「勿論、司令部からの指示だったのもあるけど、ユナをもし生きたまま捕まえて、望んでないのにもう一度連れ戻されたら……それとも他の誰かに追われるくらいなら……いっそこの手で一息にって思ったんだ」
「好きだったんでしょ?」
「あいつだけだった。俺をフッた女は。だから特別だった」
 先輩の目から涙が零れ落ちた。きっと今までずっと我慢してたんだ。僕が思いもつかないほど一生懸命こらえてたんだ。制服を脱ぐまで。
「俺は……誇りに思ってた。この仕事につけた事を。だが現実は結構厳しかった。いろんな秘密も抱え込まなきゃいけない。沢山の人の命を守るために。それについてもとうに納得してるつもりだった。なのに……この何日かで、ユナもディルも、俺が特別と思う人間ばかりあそこに選ばれるなんて――――」
「あそこって、セクション5?」
 先輩は大きく息をついてから頷いた。
「……お前もいずれは知るだろう。だから話しておく方がいいかもしれない」
 涙を拭いて、先輩は語り始めた。
 セクション5とは何かを。

 このExodusⅡはものすごく大きい。大きく4つの区画に分類されている。各セクションは今日行った倉庫や食料製造プラントのあるセクション3、機動部であるセクション4、一般人の居住スペースで、町のあるセクション2、そして小型探査船などの格納庫であるセクション1だ。それ以外に、船を動かすためのブリッジ。セクション1と4、ブリッジには一般人は入れない。だが、その各仕組みや構造、重要性は地球の環境や歴史と共に、この船で生まれた者の記憶の中には睡眠学習の形で無意識に埋め込まれている。だから地球を知らないはずの僕達にも、大地も海もどんなものなのか記憶の中にあるし、船の隅々まで大体の構造を知ってるから緊急の場合でも迷子にはならない。
 だが、セクション5は事実上存在しない筈なのだ。
「セクションと言っても、この船の心臓部であるエンジン付近の小さな区域の事で、正確に言うとセクション4の最深部という事になる。秘密の小部屋ってとこだ」
「秘密の小部屋……」
「ここからは……絶対口外しないと誓えるか? 勿論、警備隊に入った以上、いずれは司令部からの説明はあるが。もし、バレたらこの船自体が危機に陥る秘密だ」
「誓います。覚悟も出来てます。だから話して」
 この船はもう300年以上も旅をしてきた。光に限りなく近い速度で。そうして旅をしてきた間、確実にこの宇宙船は老朽化してきていた。
「もう船を動かしてきた6基のエンジンのうち、正常に動いてるのは半分だけだ。これもいつまでもつかわからないのが現状だ。こんな事を町にいる市民が知ったら恐慌をきたすだろう。だからそれを知る脱走者を逃がすわけにはいかない」
「……」
「そして、失った推進力を補ってるのが、セクション5にいる人間達だ」
「人間の力で船を?」
 正直、イメージすら浮かばなかった。一万人以上を乗せた亜光速で進む宇宙船を人間の力で動かすなんて。
「ええと……あのユナさんの不思議な力のようなもので?」
「そう。彼らはレムスと呼ばれてる。特殊な能力を持った突然変異種だ。宇宙で代を重ねる毎に段々と人間も進化してきたらしい。最近では200人に一人位の割合で生まれてる」
「レムス?」
「舟を漕ぐ櫂という意味だそうだ。酷い呼び名だろ?」
 何だか少しづつ形が見えてきた気がした。ううん……逆に納得がいかない。
 突然変異種? 特殊な能力? レムス?
 大勢の人の命のためとはいっても……彼らの命はどうなの?
 そんな所にディルも行ったの? 僕の小さなディルが。
 ただ、同じ夢を何度も見ただけで。

星見の丘でもう一度

 ベッドに横になっても、頭の中がぐるぐる回っててすぐには眠れそうになかった。目を閉じると、ユナさんの最後の姿が思い出されて、忘れようとしても無理だった。でも、くたくたになってる体は正直で、そのうち僕の瞼は重く下がっていった。
 眠りに落ちる間際、先輩の小さな呟きが思い出された。
『お前まであそこに行くなよ』
 行けるものなら行きたいよ。ディルの所に――――。

 ふと気がつくと、僕は見たこともない扉の前にいた。見た事も無いのに、ここがセクション5の入り口だとなぜかわかった。
 僕は夢を見てるのかな? それにしては何だか意識がはっきりしてる。
 扉は手を伸ばす前に、すぅっと開いた。
 中は思ってた以上に静かで殺風景だった。
 これが……セクション5?
 がらんとした丸い空間。びっくりするほど広くもない。学校の体育館くらいかな?中央に何か大きな搭か柱みたいなのがあって、柔らかく光ってる。何色だとも言えない光。でも、なぜか僕はそれが人の精神の力を集めてて、それを増幅してエンジンに送ってるのだとわかった。なぜそんな事がわかるかは知らないんだけど。
 壁の方を見て、どきっとした。埋め込まれる様に沢山の水槽の様な物が並んでる。
 透明の水槽の中、沢山のチューブに繋がれて、標本みたいに人が並んでる。みんな目を閉じてて、でも生きてるのがわかる。生命維持装置なんだね、これは。
 年齢も性別も髪や肌の色も様々だけど、そのうちの半分くらいはディルと同じ銀の髪。そういえばユナさんもそうだった。レムスと呼ばれる人達はこういう特徴があるんだろうか。
 不思議と怖いとは思わなかった。気味が悪いとも思わなかった。でも……その中の一つによく知った小さな白い姿を見つけて、僕は固まった。
「ディル……」
 水じゃないのだろうけど……透明の液体で満たされた水槽の中、銀の髪はゆらゆら漂い、白い肌が青白く透けて見える。ふいに、閉じられていたその目が開いた。ルビーみたいな赤い目が僕の方を見た。
 そしてディルは微笑んだ。
 次の瞬間、僕は星見の丘にいた。
 横を見ると、ディルが立ってた。普通に服を着てて、いつも見慣れた姿。
「リィン、びっくりしてる?」
 無邪気な笑顔も変わりない。
 僕は頷いた。
「これは夢なの?」
「そう。でも全部本当の事だよ。君にもボクと同じ力があるんだ。まだ完全に目覚めていないだけで。だからこうして話せるし、会える」
「じゃあ、僕もそのうち行くのかな?あそこに」
 ディルは首を振った。
「リィンには来て欲しくないよ。君には立派な警備隊になって欲しい」
「でも……そんなの不公平じゃない? ディルや他のレムスと呼ばれる人達は……」
 たぶん、今の僕は泣いてると思う。
「不公平なんかじゃないよ。ボクも他の人達も自分の意思であそこにいるんだ。時々絶対に嫌だって逃げ出す人もいるけど……」
「逃げた人は殺されるんだよ」
「知ってる。でもボクや大半の人達は後が怖いからって逃げないんじゃない。こんな力を与えられて、こうやって人の役にたてる事を誇りに思ってる。本当だよ」
 納得はいかなかったが、ディルの僕を見る目は真っ直ぐだった。
「ねえ、リィン、ここでした約束、覚えてる?」
 忘れるワケないじゃないか! 僕は心に誓ったんだから。
「いつでも一緒だよって。二人揃って警備隊に入ろうって……」
「そう。そして、君はこうも言ったよ。この船を守ろうって。ボクの事を君が守ってくれるって」
「うん、確かに言った」
「一緒に警備隊は無理だったけど、ボクはこうして船を守る力を得た。だから、リィンはボクを、他のレムス達を守ってよ。先輩達と一緒に。一部の町の人達が秘密に気がつき始めてる。猜疑心と不安が募った時、人は思いもよらない行動をとるよ」
 そのディルの言葉と同時に、目の前に、レムス達の生命維持装置の水槽が割られて沢山の人が死んでいく姿、響き渡る危険アラームの音、点滅する赤い非常ランプ……そんな恐ろしい光景が広がった。
「今のは……」
「ほら、リィンも見えたでしょう? やっぱり君にも未来を見る力があるんだ」
 ディルが見せたわけじゃなかったの? じゃあ、やっぱり僕も……
「だからね、リィンにもう少し甘えさせてよ。さっき見た未来が本当にならないようにボクを守ってよ。外からね。もう一度約束して」
「……わかった。約束する」
 僕達はもう一度この星見の丘で指きりした。夢の中なのかもしれないけど、ディルの細い小指の感触はちゃんとあった。
「いつでも夢で会えるよ。だからいつでも一緒だよ」
 微笑んだディルの顔はとても嬉しそうだった。
 そして、僕は夢から覚めた。

Finis iter(旅の終わり)

 僕はもう迷わなかった。
 あれから、ずっと警備隊として誇りをもって仕事をしてる。
 ディルとの約束守って。そしていつか、もう一度星見の丘で一緒に星を見るために。
 幼年部から正式に一般隊員に上がり、先輩の推薦もあって僕はセクション5の周辺を警備する最重要任務についた。
 先輩はあれからプレイボーイを卒業して、一人の女性と家庭を持った。二ヶ月前パパになった彼は、娘に『ユウナ』と名前をつけた。銀の髪の女の子。
「この子もレムスなのかな……」
 慣れない手つきでユウナを抱いて、不安げに星を見上げる先輩。
 今日は一緒に星見の丘にお散歩。
「大丈夫ですよ。たとえこの子がそうでも、セクション5に行く事は無いです」
 僕は自信を持って言った。
「ちょっと抱っこしていいですか?」
「落とすなよ」
 まだ首もすわってないふにゃっとした小さな命。大きな目を見開いて、僕の顔を見てる。ホントに可愛いね。
「ほら、ユウナ、あのお星さま見える?」
 僕はオレンジ色の暖かな光の星を見上げた。
「あの太陽の近くに目指す場所がある。この船はその時、長い役目を終えて止まるよ。旅が終わるんだ。僕にはわかるんだ。君が大人になる頃には、広い大地をいっぱい駆け回れるよ。きっと」
 先輩は不思議そうに聞いていたが何も言わなかった。
 ユウナがにこっと笑った。星を見て。君にも見えたんだね。
 もうすぐ船が止まる時が来る。僕にはわかる。ディルにもわかってるよね?
 あと何年かかるかもわからないけど、絶対。
 そして、この船が止まる時、君はあそこから出てくるね。
 その時はまた、この星見の丘で会おう。約束だよ。

 おわり

星見の丘で

星見の丘で

ちょっと懐かしい感じのSF。中学生の頃に書いた物を書き直しました。 人類の移住可能な星を目指し何百年も前に地球を飛び立った宇宙船の中の出来事

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-21

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 記念日
  2. 大人の夜
  3. もう二度と
  4. お別れ
  5. 脱走者
  6. セクション5
  7. 星見の丘でもう一度
  8. Finis iter(旅の終わり)