原稿用紙一枚の物語【番外編】
001 トイレ掃除
トイレを掃除してたら、女神が出てきた。
「こんにちは。トイレの女神です」
「えっ、あ、はい。こんにちは」
「いつもお掃除有り難うございます。今日は、お礼に参りました」
「えっ、べっぴんさんになれるんですか?」
「何言ってるんですかあなた。頭大丈夫?」
「いや、だってそういう歌ありますし」
「現実見ましょうよ。大体、私の住処を掃除することと綺麗になることに論理的整合性が全くないじゃないですか。じゃ何? 福山の部屋片づけたらイケメンになれると?」
「ストップ。もうわかったんで、これ以上イメージ壊さないでください。ていうか、なら何のために出てきたんですか」
「そうでした。少々お待ちを」
そう言うと女神は一度便器に潜り、何かを持って再び戻ってきた。
「お待たせしました。あなたが落としたのは、この金のうん」「もう帰れお前」
002 ペン回し
とても無口な少年がいた。彼は何をやっても鈍臭く、頭も悪かったが、ペン回しだけは上手かった。暇さえあれば、まるでそれが友達であるかのようにペンを回していた。
その少年が事故に遭ってから随分経つ。今彼は、全身麻痺の植物人間として眠り続けている。はじめは誰もが諦める程の重傷で、生存すら危うかった。が、どうにかここまで回復したのだ。それは彼の生きる意志の賜として、いつしかメディアにも取り上げられ、やがて世界中の人々から寄付が集まるようになった、誰もが彼の目覚めを祈り、応援した。
そしてついに、その日がきた。多くのカメラと観客が見守る中、彼の目が静かに開かれた。歓声が上がる。涙を流す者もいた。そんな中、彼が一本のペンを要求した。「何か伝えたいことが!?」リポーターが駆け寄る。そして彼は、世界中が見守る最中――無言でペンを回し始めた。彼は後に、“世界を回した男”として語り継がれている。
003 マイク
熱中すると、性格の変わる人がいる。例えば、車に乗ると乱暴になる、本を読み出すと周りに一切興味を無くす、等。私の妹もそれにあたる。彼女の場合、スイッチはマイクだった。それを握らせたら最後、妹は、喉が枯れるまでデスメタルを歌い続けるのだった。
が、それを除けば妹は全くの常識人で、気立てがよく、容姿も整っていた為、男に好まれた。そして最近遂に、中々の優良物件にゴールを決めた。勿論、裏の顔は隠したまま。
そして、とうとう迎えた挙式の日。妹は綺麗な花嫁姿で登場し、新郎と愛を誓い合った。そして、会食の時間。全ての人が歓談を交わし、式は幸せのうちに幕を閉じ……るかと思われた。「ではここで、新婦からの言葉を頂きます!」司会が高らかに読み上げ、妹に近寄った。手には――マイク。「あっ」止めようとしたが、遅かった。私は、妹の口の端が、にやりと吊り上がるのを見た。
地獄の狂宴が、今、始まる。
004 人面犬
「悪いことをすると、ちゃんと死ねないの。罪が償えるまで、罰を受けるのよ」それが、祖母の口癖だった。が、俺はこの時だけは、それを守れる気がしなかった。目の前の犬が、俺の家族を巻き込んで死んだ飲酒運転犯と瓜二つだったからだ。勿論、犬に罪はない。だが俺は、このやり場のない感情を向ける相手が、そいつ以外に見つからなかった。
犬は、何も言わずこちらを見ている。その表情が、写真で見た奴の顔と重なり……気づけば俺は、その腹を蹴り飛ばしていた。犬が悲痛な声をあげて宙を舞う。だが俺は怯まず、寧ろふっきれた様に犬を虐げ続け……我に返った時。犬はもう息をしていなかった。途端に怖くなった俺は、夢中でその場を逃げだして――出てきた車にはねられた。
気づくと、俺は犬になっていた。目の前には、俺が殺した犬の飼い主。憎むような目つきをしていた。「ちゃんと死ねないの。罪が償えるまで」祖母の声が聞こえた気がした。
005 かぶとむし
夏が来ると思い出す。小さい頃、あなたと私で、かぶと虫のつがいを飼っていた。大切に、大切に育てていた。けれどある朝、雄の方だけがいなくなっていた。私が泣いているとあなたは、「きっとあいつには、この虫かごは小さすぎたんだ」と私を慰めてくれた。 それは。今思えば、あなた自身のことだったのかも知れない。時が経ち、大きくなって……あなたはいなくなってしまった。私一人を、置き去りにして……。
「何、書いてるんだ?」
「あっ、見ちゃだめです。出来上がるまで」
「そっか。じゃ、できたら見せて。約束」
「ふふ、わかりましたよ――“あなた”」
……そうそう、かぶと虫の話には続きがある。あの後暫くして、雄は帰ってきた。二匹は子供を産み、安らかに天寿を全うした。
……いつか。君にも、この話を聞かせてあげたいな。私は、大きくなったお腹をさすった。心地よい風が、風鈴を鳴らした。
006 ヒーロー
保育園に行くと、息子が泣いていた。手にウルトラマンの人形を握りしめ、ずっと俯いている。訳を聞いても黙るばかり。なので僕は仕方なく、息子を車に乗せた。
車内でも、会話はなかった。僕はカーラジオのスイッチを入れた。“あなたが今聴きたい歌をお届けするこの番組! リクエストはメールかツイッターから……”場違いに陽気な声。「ちょっと待ってて」僕はコンビニで車を止めた。店内に入った僕は、すぐにメールを打ち、ラジオアプリを起動した。あの陽気な声が聞こえる。“……次の曲は、誰もが知ってるあの歌、「ウルトラマン」!”
暫くして僕は戻った。「お待たせ! アイスでも食べて……って、何かもう、元気そうだな」「遅いよ、パパ……」息子は呆れたように「あ~あ。パパがウルトラマンだったらよかったのに」と意地悪く笑った。……うん、それでいい。僕はヒーローにはなれないけど。君の涙は、拭ってあげたいから。
007 まつたけ
秋。私は弟とキノコ狩りに来ていた。今は二手に分かれて探しているところだ。
「おっ、シイタケじゃないか」好物を見つけた私は、「ちょっとくらい」と弟に隠れ、それを一つ、口に入れた。するとどうしたことか、体がどんどん大きくなっていく。
「うわああ!」同時に、弟の声がした。まさか、弟も? 大きくなっているおかげで、弟はすぐに見つかった。だが、弟は地面に倒れたまま、全く動かない。そばには、食べかけのキノコ。「これは……ドクテングダケ!」私は弟の体を揺すり、呼びかけた。「おい、しっかりしろ! おい!」
すると木の陰から、弟がもう一人現れた。「どうしたの、兄さん」私が驚き、訳を聞くと弟は「マツタケを食べたんだ。したら、自分が一人増えた気がして……」と言った。
急に、電話がかかってきた。
たぶん、どこかの姫様がさらわれたんだろうな――そんな気がした。
008 死刑の前に
『ここで待っててね。すぐ戻ってくるから』
あなたがそう言ってから、どれくらい経っただろう。五日? 六日? もっとかな。ボクは、ご飯も食べずに待っている。
最近、あなたは笑ってくれなくなった。ボクが話しかけても、そっぽをむいたまま。また昔みたいに笑ってほしい。それだけだったのに。あなたは、いつもボクを怒った。
でも。ボクをここへ連れてきた時。あなたは、久しぶりに笑った。嬉しかった。だから、ちゃんと言いつけを守っていれば、きっとまた笑ってくれる。そう思ったんだ。
あぁ、お腹、空いたなぁ……。それに、何だか眠くなってきた。でも、頑張らなきゃ。あなたが笑ってくれるから……ああ、でも、ゴメンナサイ。少しだけ、許してね。
ボクが目を閉じると、あなたが浮かんだ。その顔は、昔みたいに笑っていて。
ねぇ。ボク、待ってるからね。ずっとずっと、待ってるからね……。
009 深海魚
少女は生まれた時から深海魚だった。視力が無く、耳も殆ど聞こえない。宇宙のような無の空間の中で、彼女はずっと生きてきた。
しかしそれとは関係なく、“海の外”はめまぐるしい速度で変化した。結果、彼女の目と耳を治す技術も完成した。それはすぐに施され、少女は常人と同じ感覚を手に入れた。
だが、闇に慣れきった少女の感覚は、多量の情報を素早く処理する必要のある現代社会において全く機能しなかった。また、そうやって翻弄される彼女を笑う者もいた。そして少女には、以前なら感じなかったそれら……嘲笑を、奇異の目を……皮肉にもよく感じられるのだった。“闇”。それはいつからか、彼女を守る壁になっていたのだ。
ある時。少女の目が無惨にも抉られる事件が起きた。傷は深く、今度こそ治療は不可能ということだった。周囲の人々が嘆く中、少女だけが、誰にも気づかれず、笑っていた。その手に、血の付いた鉛筆を握りながら。
010 愛車
軽快に走る赤のスポーツカー。こいつが俺の愛車だ。楽しい時も辛い時も、こいつはいつも一緒だった。こいつの傷の場所も、細かいクセに至るまで、俺は全て知り尽くしていた。いわば、恋人のような存在だった。
だが、こいつもそろそろ限界が来ている。愛車だからこそ分かるのだ。今までは直し直やっていたが、今度こそ本当に休ませてやるときがきたのかも知れない。
俺は散々迷った挙げ句、こいつを売ることにした。涙ながらに手続きをし、愛車と別れる。去り際のそいつはどこか、寂しそうに見えた。俺は振り返ることなく、店を出た。
数日後、俺は新しい車に乗っていた。まだ愛車とはいえないが、少しづつ、こいつのことを知っていくつもりだ。
「うおおっ!?」急に、衝撃が訪れた。どうやら追突されたようだ。畜生、新車だっていうのに。俺は苛立ちながら、ミラーを見た。
スポーツカーの、赤いボディが映った。
011 隕石
星の降る夜。誰かがそれを、そう呼んだ。その日の夜、空には異常な数の流れ星が観測された。
神秘的な光景に、人々はしばし言葉を忘れ、見入った。しかし、少しすると、それはすぐに、都合のよいお祭りへと変わった。
世界の人々は次々に、自分の願い事を口にした。
曰く、
“世界が平和になりますように”
“皆が平等になりますように”
“全ての人が幸せになりますように”
“彼とずっと一緒にいられますように”と。
・・・・・・流れる星々は。果たして神様に、願いを届けてくれたのだろうか。それは分からない。
ただひとつ、確かなこと。それは、流れ星に見えていた物が、実は隕石の群で。その軌道上には、地球も含まれていたという事だ。
012 異国の友達
少年が公園に行くと、見慣れない女の子がいた。髪や肌の色が普通とは違う。どうやら、外国人という奴らしい。
少女は、うずくまったまま動かない。少年は彼女のことがどうしても気になって、思い切って話しかけた。だが何も答えない。言葉が分からないのだ。
すると少年は何かを思いついたように、花壇の方へと駆けた。再び戻ったとき、その手には一杯の花があった。彼はそれを少女の前に広げ、器用な手つきで結び始めた。
やがてできた花のティアラが、少女の頭に乗せられた。少女はぽかんとしていたが、少年が微笑んだのを見て、つられて笑った。少年は嬉しくなって、また花を集めに行った。だが戻ったとき、既に少女の姿はなかった。
後日。外国の新聞が、お忍び旅行中の王族一家が無事帰国したと報じた。使われた写真の隅で、一人の少女が笑っていた。その頭に、花で作られた、稚拙な王冠を乗せて。
013 せっかちとのんびり
私の家の近くに、夫婦二人で経営する料亭がある。その料亭、質も早さもいいのに、夫婦がいつも喧嘩ばかりしていた。せっかちな妻に比べ、夫はとてものんびり屋で、何をするにしても、意見が合わないのだ。私はいつも、なぜ別れないんだろう、と思っていた。
ある時。町内の行事の一環で、二人の料理が振る舞われることになった。大衆の前で、私はまたいつ、喧嘩が始まるかも知れないと心配していた。しかし、それは杞憂だった。奥さんが目にも留まらぬ速さで調理したものを、夫が丁寧に仕上げ、盛りつけていく。そんな息の合ったコンビネーションで、二人は次々と、素晴らしい料理を作り上げてしまったのだった。
数年経った今でも、二人は料亭を営んでいる。相も変わらず、喧嘩をしながら。でも、それでいいのだと思う。あの料理は、二人にしか作れない。ちぐはぐな二人だからこそ、作ることができるのだから。
014 蚊
とても大昔の話です。人々の間に、大変重い病気が流行っていました。当時は有効な治療法もなく、大人から子供まで、多くの人が命を落としました。
そこで神様は、病気を治すための生き物をお創りになられました。針のような口を持ったそれは、神様の頭文字をとって、“か”と名付けられました。かは、その口を使って、人々の血に混ざった毒を次々と吸い出しました。また、針が痛い人のために、かは麻酔も持っていました。刺したところは少しかゆくなりますが、それでも病気は治るので、人々は大変、感謝したといいます。
今、もうその病気にかかる人はいません。この話を知っている人も、殆どいなくなってしまいました。
でも、かだけは、今でもちゃんとそれを覚えていて、人の病気を治そうと頑張っているのです。例え嫌われても、殺されても。かはずっと、人のことを想い続けているのです。
原稿用紙一枚の物語【番外編】