ですとろいがーる 脆い砂丘2

ですとろいがーる 脆い砂丘2

石田かぐねは名探偵ではない。

Aぱーと

石田かぐねは名探偵ではない。
前にも言ったように、彼女は馬鹿だからである。というのではなく、ただ単に<名探偵>という役割ではないからといった方が正しい。

<名探偵>
万能で有能。気難しい性格が多いのは小説の中だけの話で、現実の<名探偵>は気難しいというより、性格が悪いことが多い。自分の好きなものを愛で、嫌いなものを憎み、何も感じないものには不干渉。それでいて自分勝手、である。<名探偵>が黒と言ったものは黒になり、悪と言ったら悪になる。一部の人間を除いて。現に石田かぐねの身近にも名探偵はいる。今も存在する。名探偵には事務所などなく、専用の部屋もない。ただの家に名探偵は住んでいる。そして毎日のように来る事件を解決し、飽きたらやめるという我が儘。誰よりも子供で、誰よりも世界を愛し、誰よりも世界を理解している。そんな名探偵。
つまり、この石田かぐねの周りにはもう<名探偵>というキャラ、役割は残ってはいないのだった。<名探偵>ならぬ<探偵>ならいくらでもあるだろうが、彼女はそんなところには収まろうとしなかった。収まろうとしないし収まれない。

ゆえに、石田かぐねは名探偵ではない。
言うなれば彼女は。


能力を持った彼女は――――――ヒーローならぬ<ヒロイン>と言った役割の方が良い。




彼女が正義か悪かは別として。
誰が<ヒーロー>かは別として。
という注釈はちゃんと残しておく。

Bぱーと

「ふぃーん、ふぃーんふぃーん♪」
石田かぐねは鼻唄まじりで意気揚々と歩いていた。
漫画でよくあるような黒い手袋をした両手を大きく振り、いかにも楽しげである。これからいかにも良いことがあると分かっているようだった。
石田が向かうは静岡県内の<今、住みたい市町村ランキング46位>浜梨町某所の駐在所。
のどかで何もない町。ビジネス街には疲れた、田舎に住みたいという人間にはぴったりの町である。3ヶ月間は、それ以上は飽きる。人が出たり入ったりと忙しく、名前や顔を覚える必要すらない程である。しかし、たとえ必要があったところで石田は名前を覚えないのだろうが。

「ふんふんふん♪」
曲調が変わり、浜梨町ではなく某町、浜名湖のすぐ近くにある人気店<さわやか>を横切る。歩くスピードは一定で、<さわやか>から流れる美味しそうなハンバーグの匂いは気にもしない。現在は午後2時。お昼時は過ぎたが、客足は途切れていない。それすらも気にせずに、となりの細い道を通る。人が二人は横に並べない程の細さの道で、少し薄暗かった。初めてここに来たなら、通るのを一瞬躊躇するだろう。もしくは存在すら気づかない。
石田はその道を通過し、広い道へ出た。そこには誰もいなかった。まさに<人っ子一人もいない>という言葉の通りである。先程の<さわやか>の前とは大違いだ。その光景は浜梨町をそっくりそのまま表しているようにも思える。静かでのどかな町、浜梨町。

石田は歩を進める。


「ゲロゲロっ、着いたのです」
到着した。
そこは犯人の指名手配書等一枚も貼ってはいない、演歌歌手やプロレスのポスターしかない駐在所。何もない平和ボケしたような駐在所。石田は駐在さんを探す。

(ふむ。また、居ないのです)
いつもなら駐在さんは表の仕事机に座っていた。が、今日は居なかった。今日も居なかった。
(アポイントメントはしたんですけどねぇ…………ゲロゲロっ。まあ駐在さんのことなのです。忘れてしまっているという可能性が大なのです。嫌ですね、約束を守らないのは良くないのです。いやはや、面倒くさい。ではでは――――)

「お邪魔するのですー。もしくは駐在さん、奥に居るですかー?」
石田は何の躊躇いもなく、駐在所の中へ入っていく。前回と同じように、石田には常識というのがない。友達の家なら、友達の親に入れてもらうならまだしも、ここは駐在所。家ではあるが、気軽に入って良いところではない。(おやおや、<巡回中です>の看板がないのです。…………ふむぅ、これは)

「ちゅーざーいさーん」
石田はズカズカと入る。

「ゲロゲロっ!!!!」
石田は見つけた。
駐在さんの姿を。

「駐在さんの死体なのですっっ」
四肢はだらしなく垂れ下がり仰向け。口はぽかんと開いている。よおく見ると目がうっすらと開いていた。生気はない。
「か、観察なのですっ!」

石田は足を大きく上げる。制服を着ており、下はスカートだが気にしない。そして足を一気に振り下ろした。

「――――げふぅっ!!」

駐在さんの腹へかかと落としが炸裂した。丁度みぞおち辺りで、急所だ。駐在さんの身体がくの字に跳ねる。そして上がった両手両足がバタンと床に落ちた。部屋に響くくらいの大きな音である。

「あれ?なんか駐在さんから聞こえたです」

当たり前だ。
だって――――

「ふざけんじゃねぇっ!!!!このクソガキがぁ!!一体何回言えばいいんだよ、毎回てめぇ俺のこと蹴ってるよな!!このクソガキがぁ!!」

駐在さんは思わず同じことを二回言う。別に大して大事なことではない。駐在さんは石田にかかと落としされたみぞおち辺りをさすりながら石田の前へ立つ。いかにも怒っている、という感じだ。駐在さんは石田を睨み付けるが石田は本人は気にしていないようでやれやれと言うように肩をすくめ、言う。

「寝てるのが悪いのですよー、それに分かりずらいのですよぉ。寝てると死んでるは」

「分かんだろクソガキ、せめててめぇの能力でも使えばなぁ!!ぁあ!?」

「ゲロゲロっ、嫌ですよぉ。あれは副作用で辛いんですもん」

「毎回蹴られてる俺の方が辛いんだよ!!」

「まったく、仕方ないことなんだって言ってるですよ。寝てるのが悪いです。こんな昼間から。ゲロゲロっ」

「これは仕事で仕方なく――――」

「能力はっ!」

石田は突如大きな声を出して言う。
小さな駐在所の部屋が揺れた。石田の声が響く。

「使いすぎてはだめなのです。能力に飲まれては、だめなのです」

さっきまでコントのような会話がされていたのに、空気が変わった。急なシリアスシーンなのである。石田は目を駐在さんから逸らす。ふいっと、拗ねたように目を逸らす。黒い手袋をした両手をぎゅっと固く握りしめた。



「――――いやいや、まず蹴ったこと謝れよ」

駐在さんはシリアスシーンに居なかったようだ。

「ゲロゲロっ」

Cぱーと

「うぃ~、痛いのです」
石田は殴られた頭を両手でさする。

「うるさいな、石田さんが謝らないからでしょ?それに」
あのときもう一度蹴ってきたし。
駐在さんは言う。
あのあと駐在さんが石田を謝らせようとしたとき石田はすかさずローキックをかました。当たったのは丁度、ふくらはぎ辺り。そしてすぐ駐在さんが石田の頭へ怒りのげんこつを落としたという訳だ。石田は恨めしそうに潤んだ瞳で駐在さんを見つめる。

「暴力事件なのです」

「………………」

駐在さんは何も喋らなかった。呆れてものも言えない、というやつだ。
本当はどっちもどっちなのだが。

Dぱーと

「一人目の被害者は匂島 清流という88歳男性。職業は書道家」

「ニオウジマセイリュウ?変な名前なのです、書道家ですから偽名なのでしょうか?」
駐在が石田に見せた写真をまじまじと見ながら言う。
写っているのは第一の被害者匂島 清流が生きていた頃、被害者の家族が撮ったのであろう写真。髪は全て白髪にはなっているがフサフサとしていて88歳には見えない。目付きも鋭く、さながら刀のように鋭い。性格が良いようには見えなかった。刃物のような人。そんな言葉は彼を指し示すのであろう。
駐在さんは首を振る。

「いんや、彼のその名前は本名らしいよ。うん。変わってるね。確かに変わってるけれどそれを言うなら俺の名前の――――――」

「ぅあストップストップっ。駐在さんの名前は私に教えないで下さいっ!!聞きたくないっ」

石田は耳をすぐに塞ぐ。

「わ、私は、知りたくないのです。別に。そんな急な展開止めて下さいなのです。困るのですっ」

下を見ながら言う。

はいはい。そう言えばそうでしたね、分かりましたよ。俺の名前は石田さんには教えませんよ。はいはい、俺の名前はあくまで<駐在さん>ですよ。
拗ねたようにそう言って、駐在さんは話を戻す。

「えっと、それで?」

駐在は右手に持っていた写真を石田に渡し、また右手で事件の調査書のような書類を見る。

「そうそう、彼の無くなった部分は右手とお腹のあたり、詳しく言えば下っ腹と言う感じかな。つまり二ヶ所」

右手と下っ腹。
左手で指す。

「ふぅん、そうでしたか。確か、三人目あたりから無くなる部分は一ヶ所になるんでしたよね」

「そうそう、三人目の被害者奈佐 来未来さん女性19歳からね。因みに彼女が無くなったのは太もも」

「ゲロゲロっ。その人も変な名前なのです。ナサ キミラ。うん?あ、聞いたことがある、記憶をしていた名前なのです。能力を持っていた人なのです。確かショボい能力、裏に名前を轟かせなかった人間なのです。しかし、彼女の無くなった部位といい、彼の無くなった下っ腹と言い…………ふむ――――」

豚さんなら美味しい部位なのですね。
そんな恐ろしいことを石田は呟く、駐在さんは無視をした。

「まぁまぁ、とりあえずその調書、私に見せて下さいです。いちいち聞くのは面倒くさいのです。駐在さんとは違って全て私には覚えることできますけど」

「悪かったね」

「まったくなのです」

「…………………………………………………………」

「あ、ちゃんと被害者の名前しかそれには載ってないですよね。なら大丈夫です。それでは、いいから私に見せて下さい」

ほいっと石田は右手を出してきた。第一の被害者匂島 清流の無くなった部分と同じ部位を。

「本署が何か言ってきても、私の、石田かぐねの名前を出せば平気でしょう?ほらほら」

駐在さんは仕方なしに渡した。
石田はにんまりと笑う。

「ゲロゲロっ、これはこれは。面白いのです」

被害者の中に有名人がいるのです。表にも。

「裏にも、ね」

チラリと口から赤い舌を覗かせた。
現在まだ午後の3時30分。





四体不満足事件現在参加者
町の駐在さん
石田かぐね


犯人

第一の被害者 匂島 清流
第三の被害者 奈佐 来未来を含む
被害者6名。


以上9名。

ですとろいがーる 脆い砂丘2

続きます。

ですとろいがーる 脆い砂丘2

警察官になりたい何でもな女子高校生石田かぐねと疲れきっている町の駐在さんのお話。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • アクション
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-20

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