contrast~contrast~
ファミレスで事件を解決するcontrastシリーズ、最終話です。
一話完結の推理物ですが、登場人物や関係はこれまでの話に関与しいます。
是非contrastシリーズを読んでいただきたいです。
※作中には少年法は適用されていません。
また未成年が喫煙をするシーンがありますが、喫煙を促すものではありません。
タバコは20歳になってから、健康と相談の上自己責任でお願いします。
★-1
人を殺した感覚を正確に例えるなら、それは一種の自己破壊に似ている。
ある武士はこう言った。『人を斬るたびに自分が斬られていく』と。ある兵士はこう言った。『敵を撃つたび自分の腹に風穴が空いたみたい』だと。つまり、そういうことだ。
だからまるで自分の爪を歯で噛むように、まるでささくれを剥がすように、まるで唇の皮を剥ぐように、僕は目の前の彼を殺した。
「・・・あとどうしたら君は苦しんでくれるだろうか。」
思い浮かべた顔は黒門流那(こくもんるな)、僕の正反対の男だった。
☆-1
トラさんから羽澤幸(はざわこう)の指名手配―正確には容疑者になった件について聞いた次の日の昼、俺たちは再びいつものファミレスに集まった。メンバーはいつもの三人、空―白戸空(しらとそら)とトラさん―白都蘭(しらとらん)、ともうひとり。
「いやぁ、君が噂のりゅう君か。」
トラさんが長髪姉ちゃん、空が茶髪妹ならショートガサツ姐さんという言葉がぴったりのさっちゃんさん―猿田(さるた)さんがトラさんの隣に座って俺を見ている。
「・・・はじめまして。」
このちっちゃいガサツそうな姐さんがまさか警視だなんて・・・スーツ着てても疑い深い。っていうか法律的に無理じゃないのか?
「それでこっちの可愛いのが空ちゃんね。」
興味が俺から移ったようで、席を挟んで目の前の空のほっぺたをプニプニし始めた。
にゃにゃにゃにゃ言ってる空は放っておいて、俺はトラさんに改めて体を向き直す。
「それで、俺たちは今回容疑者の重要参考人として話を聞かれるわけですね。」
トラさんの事前のメールで大体のことは把握していた。
「えぇ。彼は連続大学生殺人事件の容疑者として捜査本部が身柄の拘束にあたっている。だけどなかなか見つからないんで、同級生である君たちに事情聴取を行うという流れになったんだ。」
これまでやってきた活動とはわけが違う。なんてったって本物の事件だ。だから警察に任せるしかない。
「まぁ、私の知り合いということでほとんど形式は吹っ飛ばしてるから、彼が行きそうな場所とか教えて―もう!猿田警視、何しに着いてきたんですか!?」
隣のさっちゃんさんは今度は空の顎をなでなでし始めていた。猫のように目を細める空。
「何って、お守りだよ。白都警部補の身内に事情聴取するって言うから余計な情報漏らさないか見張りに来たんだよ。」
まぁ、事件の内容が気になるっちゃ気になる。しかしさっちゃんさんの目線は相変わらず俺に向いている。
「大丈夫ですよ。警察に任せます。」
そう、俺にできることなんて何もない。今まで事件をこじつけてきたのだってただのお遊びだ。そもそも俺に特別な才能なんて―
「・・・りゅうちゃん?」
横を向くと空が心配そうにこちらを覗き込んでいる。そんな心配そうに俺を見るな。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる。」
胸に引っかかる思いがまた全身を駆け巡って口元まで上ってくる。昨日から、なにも食べていない。
★-2
自分の言葉に責任を持ちなさい、なんて昔から言われ続けてきた。でも自分の言葉がどんな因果となるかなんて誰にもわからない。僕が言葉を発したせいで誰かが殺人者になるのかもしれない。僕が言葉を止めたせいで誰かが殺人者になるのかもしれない。そんなものにいちいち責任なんてとっていたららちがあかない。
「でもきっと、君はその責任を感じるんだろうね。」
だって君は僕の真逆なんだから。
☆-3
俺の言葉で黒城龍介(こくじょうりゅうすけ)は殺人者になった。それが原因でトラさんは心に傷を負った。
俺が言葉をかけてやれなかったから羽澤幸は殺人者になった。
もちろん直接原因があるかと言われればそうじゃないかもしれない。でも俺が何かをすれば、何かをしなければ未来は変わっていたのかもしれない。だから―
「りゅうちゃん!ちゃんと聞いてるの?」
隣の空のうるさい声でわれに帰った。みんな俺に集中するので、慌てて頷く。
「もちろん、そう、あれだろ・・・ごめん。聞いてなかった。」
今度はトラさんが心配そうにこちらを見ている。だからやめてくれ、その目は。
「・・・なんかさぁ、りゅう君。」
椅子に背中を預けながらさっちゃんさんが天井を見る。
「なにか責任感じてるの?」
・・・背筋が凍るとはまさにこのことだ。
★-3
「才能には責任が伴う」。しかしこの言葉には別の解釈がある。「才能を持つ者は責任を感じる」だ。才能があるからこそ、今の状態を予測したり造り変えたりすることができるはずだ。だからそれができなかったとき、自分の才能を知っていればいるほど責任を感じてしまう。僕はこれが一種の「挫折」であると考えている。
「僕は挫折を克服できたけど、君はできるかな?」
挫折を乗り越えられるか、挫折に押しつぶされるか。
☆-4
「・・・責任ってなんの?」
トラさんがさっちゃんさんに聞く。さっちゃんさんはアイスティーを一口すする。
「そんなもんわかんないよ。でも昔誰かさんが自分のせいで幼馴染が死んだって言った時と同じ顔してただけだよ。」
そうか、俺はそんな顔をしてたのか。
「そんなわけないじゃないですか!ただ昨日から食欲ないから風邪ひいてるだけかもしれません。」
先に帰りますね、そう言ってこの場を抜け出そうとして立ち上がる。しかし止められた。
「りゅうちゃん」「りゅう君」
左手を空に、右手を向かいの席のトラさんに掴まれた。
「私はりゅうちゃんの抱えているものに気づきながら、なにもできなかった。だからりゅう君のそれはちゃんと受け止める。」
「りゅうちゃん言ったよね、才能は使って磨かないといけないって。だからいつもどおり話してよ。りゅうちゃんが思っていることを、りゅうちゃんが抱えているものを。」
・・・馬鹿だな、誰かに言った言葉がそのまま返ってくるなんて。
「・・・俺は・・・俺は・・・。」
自分がわからなかった。今までしてきたことが正しいのか、今まで言ってきた言葉が正しいのかどうか。そんな取り留めのない何かが次から次へとテーブルに溢れ出ていた。
☆-5
「・・・くだらない。」
最初に口火を切ったのはさっちゃんさんだった。・・・くだらない?
ちょっとさっちゃん、と止めるトラさんをよそに続ける。
「ガキがいっちょまえに責任だなんだごねてんじゃねぇってこと。」
「責任を感じて何が悪いんですか?」
店内を気にせず声を荒らげてしまう。空が制するように腕に手を回す。
「責任を感じることは一向に構わん。ただそんなくだらないことで立ち止まるんか!?」
同じく声を荒げるさっちゃんさんをトラさんが制そうとする。が、それをかいくぐり襟元を掴まれた。整った顔立ちが近づく。
「お前龍介くんに言ったんだろ?その言葉そのまま返すよ!」
その目はどこか悲しく、どこか優しかった。
「お前の信じているものはなんだ!?」
・・・俺の信じているもの?
「俺は・・・」
昨日から幾度となく生まれては消えていった考え。それはあまりに楽観的で、それはあまりに都合がいい事実。でも俺はそれにすがりたかった。信じたかった。
「黒城龍介の殺人にはもっと深い理由がある。羽澤幸は殺人を犯していない。」
そう言ったつもりだけど、多分言葉が形を成してなかっただろう。だってもう涙でみんなの顔が見えないだから。
「「・・・だったら探そうよ。」」
二人のソラがそう言った。
「りゅちゃんの殺人の真相を」「羽澤くんの無実を」
「「りゅう(君)【ちゃん】にはその才能があるんだから」」
だからその目はやめてくれって。涙が止まらないじゃないか。
★-4
でも多分君は挫折を乗り越えるだろうね。だって君の周りにはいつでも誰かがいるんだもん。多分それも君の才能の一つかな。
でもね、それが君の弱さなんだよ。人は一人でしか生きていけない。最後の最後に大事な決断をするときは自分一人なんだ。それを実感させるために―
「最高の舞台を用意しよう。」
細工は流々、後は彼を仕向けるだけだ。
☆-6
「いや~りゅう君はモテモテだね。」
店員さんが飛んでくることもない小さな嵐はほんの三十分もしないで元通りに戻っていた。トラさんも空も顔を赤めている。やめてくれ。
「あれ?空君じゃないっすか!」
突然通路に見知らぬ男が立っていた。でも、どこかで見たような雰囲気だ。
「あぁ!外狩くん!」
空が反応するのでトラさんとさっちゃんさんも振り返る。慌てて立ち上がり紹介する空。
「彼は羽澤くんと同じサークルの外狩―」
「良馬くん!」
「蘭ちゃん!」
どうやらトラさんたちも知っていたらしい。
★-5
外狩良馬(とがりりょうま)、黒城龍介の実の弟で現在は両親が離婚し再婚して苗字が外狩になった。君が会ったらどうなるかな?意気投合するかな?いがみ合うかな?
「でもこれは必要な事項なんだ。」
僕の計画が上手くいくためには、リスクを負ってまで作らなくちゃいけない機会なんだ。
☆-7
「いや~、君が噂に聞くりゅう君っすか。よろしくね。」
笑顔が眩しい。そんな好青年の外狩がトラさんの横に座った。
「彼とは昔からの仲なんだけど、今回の事件で久しぶりに再会したの。」
トラさんが説明する。・・・今回の事件?ってことは―
「外狩にも事情聴取したんですか?」
良馬でいいっすよ、と外狩が訂正する。そう聞き返すも、バツが悪そうな顔をするトラさん。そうか、さっちゃんさんがいるから事件の話ができないのか。しかしそれを無視するかのように立ち上がるさっちゃんさん。
「じゃあ私はちょっくら本部に電話と、タバコでも吸ってくるか。」
ポケットから鳩のマークの青い箱を取り出した。
「白都警部補。重要参考人の彼らに必要最低限の情報を提示した上で話を聞きなさいね。」
必要最低限の言葉をより強調し出入り口に向かう。つまり、そういうことだ。わかりました、とトラさんは敬礼し再び席に着く。
「・・・なんか可愛いですね、さっちゃんさん。」
「素直じゃないだけだよ。」
姉妹のように笑い合う二人を制して、事件の話を促した。
「良馬くんは今回の連続殺人事件の唯一の容疑者として一度捜査線上に上がったんだ。まぁ2件目の事件の時のアルバイがあったから今は重要参考にだけど。」
「そうっす。大変だったんすよ事情聴取って。」
頷く良馬を横目に、事件の概要を説明してくれた。
★-6
事件の被害者で現時点で警察が把握しているのは二人。しかし既に共通点と現場に残されたメッセージで連続殺人だと捜査本部は思っているはずだ。
被害者の名前はそれぞれ玖田陸(くだりく)、喜友名尚(きゅうななお)。両者ともに僕が所属しているテニスサークルの一年生。玖田陸は刺殺で背中近くまで刺さった包丁を自分で握っていた。喜友名尚は首吊りで足元に台座はなかった。二人共即死態にも関わらず、現場には門外不出のサークル名簿とその上に被害者の血で『3』『2』と書いておいた。つまり誰がどう見てもサークルメンバーの誰かがメンバーを順番に殺している殺人事件にしか見えない。
「さぁ、君はこの謎が解けるかな?どうかな?」
僕が作った飛びっきりの謎に君はどんな顔で取り組むのかな?
☆-8
「二人の御遺体とも死亡推定時刻から同日に殺されていたことが分かった。目撃証言、部屋の様子、メールや携帯の履歴から割り出したアリバイをサークルメンバーと照合してみた結果、二件の事件ともアリバイがないのが幸君なんだ。しかも彼が最初の事件が発覚してから家に帰っていないということを考慮して、今捜査本部では幸君の行方と次の被害者の特定が行われている。」
幸が行方をくらました理由も気になるが、『3』『2』と続いていた以上『1』の被害者がいるはずだ。
「それにしてもなんで犯人は連続殺人なんかしてるんだ。」
「え?推理小説とかで結構あるでしょ?」
いつもどおり空の素っ頓狂な声が飛ぶ。俺はため息を吐いた。
「あのな、それは雪山とか孤島とか被害者全員が逃げられないような状況だろ。そもそも日常生活に置いて恨んでる人が複数いるなら、別々の事件として扱われたほうが楽だろ。」
うんうんと頷くトラさん。
「連続殺人のメリットといえばせいぜい―」
「その連続的法則性により次の被害者を特定しづらくする、ってことぐらいっすかね。」
俺の代弁を外狩―良馬が行ってくれた。この会話が飛び交う感じ、幸に似ている。でもなんか―
「でもどちらにせよ法則性を見つけなくちゃ話にならないっすよ。」
確かにそうだ。例えそれがフェイクだとしても法則性を見つけなくちゃだ。
「玖田陸と喜友名尚ってどんな二人だったんだ?」
「幸君や僕とはそれぞれ仲が良かったっすけど、二人は同じサークルということ以外特に共通点はないっすよ。学部も出身地も違うっす。」
「つまり二人のミッシング・リングを突き止めないといけないということか。」
「それが鍵なんすよねぇ。」
おねぇさま~、と俺たちのラリーにまた空がふくれてトラさんに泣きついている。
「まぁ要するに二人の共通点がまだわからないってこっとすよ。」
眩しい笑みで救いの手を差し伸べる良馬。空の扱いも上手い。
「ちょっとここらで休憩しない?私も本部に連絡とって新しい情報がないか確かめてくるよ。」
トラさんはそう言って席をたち出入り口の方へとかけていった。
★-7
法則性とは結果に過ぎない。円周率は無限に続く文字の羅列だが、そこに法則性があるかどうかは一つ一つを見ていくしかない。証明できないことが証明できないのだ。じゃあなぜ推理小説の犯人は自分の首を絞めてまで法則性をつくるのか。
「これは勝負だ。勝負はフェアにおこなわなくちゃ。」
僕は出題者で君が回答者。僕が作って君が解く。そんなゲーム。
☆-9
ファミレスの駐車場の近くに喫煙場がある。俺はそこにたちポケットから三色の丸が印刷された白い箱を取り出す。
「やい、不良少年。君も喫煙者だったか。」
突然後ろで声がしたのでびくりと振り返ると、さっちゃんさんがポケットから青い箱を取り出した。
「空にはよくやめろって怒られますけどね。」
「あぁ、やめろやめろ。こんなもん百害あって一利なしだ。ガキが吸うもんじゃない。」
そう言いながら火をつけて豪快に煙を吐く。
「自分だって吸ってるじゃないですか。」
俺も白い煙を吐き出す。口に火薬のような匂いが広がる。
「大人は矛盾を背負って生きていくんだよ。」
相変わらず滅茶苦茶な理論だ。でもさっきはそれに救われた。
「じゃあ俺は大人になったら辞めますよ。」
「だったら一生やめられねぇな。」
滅茶苦茶でハチャメチャな人なのに、そこに自分とは違う大人を感じてしまう。
「さっちゃんさん、アドレス教えて下さいよ。」
ん、と片手で携帯を取り出す。最新のスマホだ。俺も右ポケットから携帯を取り出す。
「おう、今時スライド式のガラケーか。若いくせに珍しいな。」
「こっちの方が楽なんですよ。授業中にもメール打てるし。」
不良大学生、と一言言って赤外線でアドレスを交換した。アドレス帳を確認する。
「へぇ~、『猿田乃恵子(さるたのえこ)』っていうんですね。」
乃恵ってローマ字で書いたらすごいな。だって入れ替えたら―!!!
「そうか!数字ですよ!」
まだ長いタバコを消し、スマホをいじっていたさっちゃんさんにまくし立てるように説明した。
★-8
数字は人間が作り出した目で見る「状態」だ。時間、価値、順番、年齢。目で見えない何かを数字という共通概念で表すことができる。それは素晴らしい発明だ。
「この数字の意味にちゃんと気づいていくれるかな。」
焦っちゃダメだよ、例え君が無実を信じていたとしても。最後の最後まで見逃さないでね。
☆-10
「玖田陸は『96』を、喜友名尚は『97』を表していたんです。」
車の手配をお願いしたさっちゃんさんを除く四人が再び席に戻った。俺は結論から話を始める。みんなの視線がいつもの推理研究会ノートに集中する。
「そもそも名簿のかぎかっこの数字が『二人の名前は数字で表せる』というヒントだったんだ。玖田陸の『玖』と『陸』は旧数漢字で『9』と『6』を示している。一方喜友名尚は平仮名に直せば『きゅうなな、お』と『9』と『7』を示している。」
早口でまくしたてる。他の可能性ももちろん考えられるが、今はこのか細い糸に頼るしかない。テーブルを見回すと全員の顔は三者三様だ。確かにこんなくだらない法則で事件を犯す犯人の気持ちが俺にはわからない。お前じゃないよな、幸。
「つまり次の被害者は『98』を持っている可能性が高いんです。トラさん。テニスサークルの名簿のコピー持ってますか?」
二枚あるよ、とテーブルの上に名簿を並べた。ざっと50人はいる。
「この中に次の被害者がいるはずだ。とにかく探してみよう。」
俺は空と、トラさんは良馬と名簿の文字を逐一チェックしていく。
「「旭川里八(あさひかわさとや)!!!」」
俺と良馬の声が揃った。『旭』の九と『八』で98だ。
「住所は・・・大昭大学の裏手です!ここからなら車で10分ぐらいです。」
そう叫ぶ空と、伝票を持ってレジに向かうトラさん。全員がファミレスの外に出ると同時に猛スピードのワゴン車が急停車した。さっちゃんさんの車だ。車に乗り込みながら旭川里八が次の被害者の可能性が高いと簡単に説明する
「白都は運転、空ちゃんは助手席でナビして。私は一番後ろで本部に連絡するからりゅう君と外狩君は後部座席で他の被害者の可能性がないか名簿を再チェックして。」
五人を乗せたワゴン車は急発進して大昭大学へと向かっていった。
★-9
君はやっぱり気づいたようだね。ただどんなに急いでももう遅い。舞台は整ったんだ。これからの選択は君の人生も僕を含めた五人の人生をも左右する。そんな大事な決断を果たして君一人でできるかな?また誰かの頼るのかな?
「僕は逃げも隠れもしない。」
そう呟いたが、隣の彼はなにも反応しなかった。
☆-11
狭い道の脇に車を止めてみんな一斉に車から降りた。目の前に建つアパート、旭川里八の住居は二階の端の部屋だ。
「君たちはここで待っているんだ。」
さっちゃんさんとトラさんに制された俺たちだったが、とりあず二階の階段を上りきった先で待つことにした。二人はドアの前にたち、内ポケットから拳銃を構えた。さっちゃんさんがもう片方の手でドアノブを下げると、ドアは簡単に開いた。二人は部屋の中に入っていった。
「・・・畜生。」
数分の沈黙のあと、再びドアが開くと同時にさっちゃんさんの言葉が聞こえた。トラさんは急いでこちらに戻ってきた。
「・・・玄関で里八君が撲殺されていた。手には凶器らしき灰皿があって、すぐそばに例の名簿と『1』の文字があった。」
本人確認は、と俺が聞くが、原付免許が近くに落ちていたため直ぐに顔を確認したそうだ。
「・・・そんな、間に合わなかったんすか?」
そう言って床に座り込む良馬と立ったままだが口元に手を押さえる空を横目に、俺は次の行動を考えていた。これで犯人の目標は達成したのか?なぜ犯人はこんな順番になぞらえて殺したんだ?そもそも犯人は誰なんだ?
そんな思考を遮るよに、アパートの入口で原付のエンジン音が聞こえた。ふと面線を下に下げる。見慣れた顔にいつか見たような服装、そんな青年がアパートの前の道路に立っていた。
「・・・幸!!!」
三人の視線が一気に下に向けられる。それらを見上げるようにゆっくりと幸が顔を上げた。
「りゅうちゃん、僕は―」
この年になって久しく恐怖というものを感じていない。でも多分俺以外もみんな一様の恐怖を感じたはずだ。見上げる幸の顔は今まで見たこともないような顔で笑っていた。ただし顔と胸元に赤い血しぶきを浴びて。
「僕はなにもやってない。」
その笑い顔を絶やさぬように原付に跨りワゴン車の向きとは逆方向に走っていく。
「白都!現場は私が管理するからお前はあとを追え!!!」
いつの間にか部屋から出ていたさっちゃんさんが叫ぶ。それと同時か少し早いかぐらいに俺たちは階段を駆け下りていた。
★-10
完璧だ。総てのタイミングがぴったりの最高の演出。君の恐怖と悲しみが混ざった横顔も最高だった。でもまだまだこれから。君はあと何回そんな最高の顔をしてくれるのかな?
「最後の勝負が決するまで僕はやり遂げるよ。」
風を切りながら心の中で呟いた。もう少しだ、もう少しだ。
☆-12
かろうじて追いついた原付が停まった先は、明らかな廃工場。門も錆びていれば入口にはわずかな隙間しかない。
「君たちはここで待って―」
「いやっす。」
トラさんを遮って良馬がドアから外に出る。全く同意見だ。
「・・・危険を感じたら直ぐに逃げるんだ。信じたくないが・・・幸君が襲ってくる可能性がある。」
車から降りたトラさんは再び銃を構えてドアの隙間の前に立つ。その後ろに俺、空、そして良馬が続く。中はガソリンの匂いが充満していた。どうやら車工場だったようだ。そろりそろりと入った瞬間、ドアが勢いよく閉まった。
「うっ!」「きゃ!」背中に二人の声を聞いた瞬間、俺は全身が痺れて意識が遠のく。スタンガ―・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★-11
舞台は整った。役者も揃った。整備も万全だ。あとは君が起きて、決断すればいい。何が正しいのか何が間違いなのか?何を信じて何を疑うのか?
「才能には責任が伴う。」
君の才能は何を選択するのかな?
☆-13
眩しくて目を開く。俺はどうやら工場の床に横たわっていたようだ。首元が熱い。多分スタンガンで気絶させられていたようだ。
「空・・・トラさん、良馬・・・大丈夫か?」
あたりを見回す。まだ焦点が合わないが、隣に誰かが横たわっているのがわかる。手探りで近づいてみると、それは良馬だった。う~んと反応している。でも二人がいな―
「やぁ、りゅうちゃん。起きたね。」
少し離れたところで声がする。その声は何年間も聞き続けた声、そして今一番話したかった声だ。
「・・・幸・・・お前・・・。」
寝転がったままだがやっと焦点が合ってきた。何もない部屋の隅、わずか10メートル先に場違いな笑顔の幸が立っていた。手には聴覚検査をするときに使うようなボタンが二つ。
「なんでこんな状況に―」
「さぁ、ここで問題です。」
まるでいつものように、いやいつも以上に高いテンションで場違いな声を上げる。状況が飲み込めないので次の言葉が出ない。
「あなたには大切な人が二人います。片方は自分のことを気にかけてくれる優しいお姉さん。」
そういって右手を上げる。その先には立ったまま柱に縛られてたトラさんが。
「そしてもうひとりは口うるさいけど可愛い妹。」
今度は左手を上げるとその先には同じように縛られた空。二人共猿ぐつわをされている。なんだ、何なんだこの状況。
「どちらか一方の命しか救えない場合、君はどっちを選ぶの?」
またあの笑みだ。あの恐怖しか感じない冷たい笑み。
★-12
白戸空を助ければ、白都蘭の後ろにあるガソリンが爆発する。白都蘭を助ければ、白戸空の後ろにあるガソリンが爆発する。二者択一、どちらか一方しか手に入らないゲーム。
「ねぇ、りゅうちゃん。君はどっちを選ぶの?ねぇねぇ?」
恐怖に歪んだ君の顔を僕は見つめていた。
☆-14
説明を受けてもなにもわからない。トラさんも空も目が恐怖で潤んでいる。なんだこの状況は?なんだこの選択は?
「幸!何やってんだよお前!!」
体はまだ自由では無いが、声だけは叫べた。でも思考はまとまらない。
「何ってゲームの続きさ。りゅうちゃんだってカウントダウンは『0』まで数えるでしょ?だから99、百から一引いた『白』の名前を持つ二人をゲームの終了を捧げようと思ってね。」
また不気味に笑う幸。もう顔をまともに見れない。目の前にいるのは本当に幸なのか?
「・・・りゅう君、これ。」
突然後ろから小声で良馬が語りかける。右手に金属の冷たさとゴムの弾力性が伝わる。
「顔そのままで。蘭ちゃんの持ってた銃が落ちってたよ。いざという時には・・・」
・・・撃たなくちゃいけないのか?二人を守るために・・・。
「何二人で相談してるの?早く離れないと両方のボタンを押しちゃうよ!?」
慌てて良馬から離れる。しかし渡された拳銃は幸から見えないように腹の下に隠した。
「さぁ、決めてりゅうちゃん。」
笑顔の幸が選択を迫る。
★-13
君に選択肢なんてない。彼女たちのどちらかを選ぶかだ。・・・いやひとつだけあるかな。僕を殺すことだ。でも君の僕は殺せない、絶対に殺せない。だって―
「君は本当の僕を知らないんだから。」
選択の時は近い。
☆-15
選べというのか、空かトラさんか・・・そして幸か。これがお前の言っていた「責任」か。
「ねぇ、りゅうちゃん。こないだ二人で久しぶりに帰ったよね?」
笑みを崩さぬまま、両手でボタンを握り締めたまま、幸が呟いた。
「あの時の僕たちの会話、覚えてるよね?」
あの時の会話―僕たちは真逆なんだ―というやつか。これが真逆だってことの意味なのか?これがお前が出し続けた答えだというのか?・・・ん?
「・・・『あの時』?『会話』?」
一つほころびに気がついた。今まで見てきた情報も聞いてきた言葉も一気に一筆書きで繋がっていく。
「さぁ。選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
幸の狂ったような声を聞きながら、左手に銃を持ち替え右手をポケットに突っ込みながらゆっくりと立ち上がった。
★-14
決断の時だ!!!選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ!
「「選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選べ選!」」
ゆっくりと立ち上がったりゅう君は銃を構えた。
☆-16
「本当はなんとなく違和感があった。でもそれを無視してもこじつけられた。だから無意識にそれを無視してたんだ。」
右手をポケットから出して両手で銃を構える。この事件の犯人に銃を向けて、この状況を作り出した張本人に向けて。
「トラさん、空。間違ってたらごめん。でも多分、これが正解でこれが真実だ。そうだろ・・・幸?」
俺は視線に入らない幸に語りかけた。
★-15
・・・なぜ彼は僕に銃口を向けているのか?犯人役の羽澤幸ではなく、なぜこの僕に向けているのか理解できなかった。
「・・・なんのつもり、りゅう君?」
僕の問いかけに微塵も揺るがない目で応える黒門流那。
「・・・お前がこの事件の黒幕だろ?外狩良馬。」
またその名前で呼ばれた。その嫌な名前で。
☆-17
「何を言ってるんだい?僕には連続殺人を行えじゃないか。」
相変わらず笑顔を変えないままそう良馬は返す。それは自信の現れか、それともまだ何か手があるのか。
「いや、お前のアリバイがあるのは二件目の喜友名尚殺人の時だけだ。旭川里八は俺たちに会う前に殺したんだろう。」
容疑者から外れたのであれば警察の監視もないだろう。しかしそれを笑いながら応える良馬。
「だから、それじゃあ連続殺人なんてできないじゃないか。そもそも連続殺人っていうのは―」
「その『連続性』と『法則性』にメリットがある。まんまと乗せられたよ。」
ファミレスでの会話を思い出す。良馬は『連続的法則性』と言っていた。
「法則性のメリットはその法則をダミーにすれば被害者特定を混乱できる。そして連続性のメリットは『すべての事件を同一犯の犯行』『順番道理の犯行』だと錯覚させられる。」
しかし『連続的法則性』と聞けば、それは法則性のメリットしか思いつかない。見事なミスリードだ。
「・・・だったら、誰が尚君を殺したんだ?幸君や協力者がいるとでも?」
あっさり自分の非を認めた。やはりまだ切り札があるのか。
「その可能性も0じゃない。でも喜友名尚は自殺した可能性も残っている。」
★-16
喜友名尚は比較的明るい性格の女子だった。しかし年相応に悩みもあった。地元から都心に出てきて、初めての独り暮らし。希望に溢れるはずの大学生活も、人間関係と将来のことで不安にもなる。だからゆっくりゆっくり、相談を受けながら導いてあげた。
夢を壊すように、人間を悲観するように、人生に絶望するように。
そうやっていったら勝手に死んじゃった。だからそれを利用しようかなって思った。
☆-18
「そもそも不思議だったんだ。なんで遺体がすべて自殺のように見せかけていあったのか。」
玖田陸はナイフを背中まで突き刺していた。旭川里八は鈍器の灰皿を自分で持っていた。どちらの方法も自殺は不可能だ。だから二人とも殺害後にわざわざ凶器を持たされていた。
「だから、喜友名尚の絞殺も当然犯人の工作だと警察も判断したはずだ。実際は自殺で、後から踏み台のイスか何かを片付けるだけでいい。」
「・・・順番は?まさか僕が陸君を殺した後、タイミングよく彼女を自殺させたとでも?」
笑顔を崩さぬまま、依然として威嚇した目で俺と幸を見ている。まだだ、まだ時間がほしい。
「そうとも限らんさ。だって玖田と喜友名の死亡推定日は同日なんだろう?だったら喜友名の自殺を確認した後に玖田を殺せばいい。そのための『カウントダウン』だろ?」
順番を狂わせることと容疑者を絞らせること、カウントダウンには二重の意味があったんだろう。
「そうやってアリバイを作り、一旦容疑者として上がることで自分の疑いを完全に払拭したんだ。そして疑いの目を幸に向けさせた。あれだけのミスリードをしたお前だ、警察の事情聴取の中で幸への疑いを向けることなんて他愛もないはずだ。」
ふと外狩を見ると、右こぶしを手元において含み笑いをしている。次第にその笑い声が大きくなる。不気味な笑い声だ。
「はっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっは!!!!」
★-17
「はっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっは」
僕の乾いた声が部屋中にこだました。黒門流那も羽澤幸も、白都蘭も白戸空もみんな僕の顔を見ている。おびえた目不思議な目戸惑った目。そう、まだ僕がこの場を制している。
「・・・ごめんごめん、想定外に君がやるもんだからさ。」
一度咳払いをしてポケットに手を入れる。よし、まだある。これが僕の切り札だ。
「でも、じゃあ質問。本当にそうだったとしたら、なんで羽澤幸は警察や君たちから逃げたのかな?」
掲げた手のひらにはボタンがある。羽澤幸に持たせているボタンと同じものだ。
「黒門流那、やっぱり君は選択を間違えたんだよ。」
☆-19
「やめろ!!!」
幸の叫ぶ声と同時に、良馬は右手に掲げたボタンを見せた。幸が持っているものと同じものだ。
「動くな!!!」
先ほどまでの声とは全く違うドスのきいた声で制す。やはりそうか。でもまだだ。
「・・・選択?なんでだ、俺はちゃんと幸を選ばなかったぞ。」
その言葉に一瞬笑顔が崩れた。よし、ここだ。
「・・・そういえば、なんで君は羽澤幸を信じれたんだ?確かに僕にも犯行が可能だけど、彼の言葉を信じる余地はなかったはずだよ。」
これ見よがしにスイッチを振る。あれが幸を操った理由だ。
「あぁ、確かに幸の言葉に矛盾はなかった。すべて一貫して犯罪者を演じていた。でも、ひとつだけあったんだ。すべてを覆す言葉が。」
銃を右手で構えたまま、左手の人差し指を立てる。今はここにかけるしかない。
「幸はいった、『あの時の僕たちの会話、覚えてるよね?』ってな。」
たっぷりとした間を不自然のないようにあける。首をかしげる三人だったが、幸だけは満足そうにこちらを見ている。
★-18
あの時の会話、それを聞いたとき思い出したのはやはり『才能には責任が伴う』あるいは『黒門流那と羽澤幸は真逆』という羽澤幸の言葉だ。このことを初めてファミレスで聞いて、そして互いの意見を言い合った。その時からなんとなく、羽澤幸をこの計画に入れることを考えていた。
「それは責任の話?それとも真逆の話?」
唯一僕の計画が崩れた理由が気になった。だから思わず素で確認してしまった。
「あぁ、俺も最初はそう思った。でもその言葉は二つとも前から聞いたこともある『持論』だ。だから『あの時』の『会話』はその両方とも違う。」
それまでの行動、発言を撤回するような言葉は、いったいなんだったのか。
「俺の『お前は嘘つくのは向いてないよ』に対する『そうみたいだね』、これがあの時の俺たちの会話だ。」
☆-20
「たった・・・それだけ?」
明らかに敗北感を滲み出した良馬の顔。でも俺は自身があった。
「あぁ、それだけさ。だから思い返したんだ、それまでの幸のセリフを。そして気づいた、こいつは最初にこういったんだ。」
旭川里八のアパートの前で見上げた時に幸が発した言葉、それは・・・
「『僕はなにもやってない』、その言葉も嘘じゃなかったんだ。」
右ポケットがわずかに震えた。静寂が部屋中に充満していく。その静寂を再び笑い声が切り裂いた。
「・・・でも、やっぱり君の負けだよ、黒門流那。」
再び右手のスイッチをちらつかせる良馬。よし、いよいよ勝負だ。
「なんか話が脱線しちゃったね。今はまだ僕が優勢だ。さぁ、答えて。」
右手を上に、左手で俺を指さす。静かに、こうつぶやいた。
「なんで羽澤幸は、君に、それだけ信頼している君に相談もせずに警察から逃げてこんなことしてるんだろうね?」
俺は銃を構えたまま、右ポケットから携帯電話を取り出した。画面を開くとさっちゃんさんから『無事保護、突入準備完了』のメールが来ていた。よかった、これで終わりだ。
「今、さっちゃんさんからメールが来た。春美は無事保護された。お前の負けだよ。」
先ほどにもまして敗北感の顔で良馬が膝から崩れ落ちた。
★-19
羽澤幸は最後まで犯人役に徹してもらう必要があった。だけどそう簡単に彼を管理するのは難しい。だから彼の最愛の彼女、四条春美(しじょうはるみ)を利用しようと考えた。彼女を拉致監禁し、彼の指示に際に写真や動画で脅した。容疑者から外れることも連続殺人のトリックも大したことはしていない。ただこれだけを切り札にこのゲームを仕掛けた。なのにそれすらも見破られた。それを見破った携帯電で話す黒門流那の顔が兄貴に見えた。超えたいあの兄貴の顔に。
☆-21
「大丈夫か、空?」
「刑事さん、大丈夫ですか?」
二人の人質を俺と幸で開放して怪我の有無を確認した。二人とも疲れて座りこんでいるが、笑顔で返事をしてくれた。俺たちも疲れで座り込む。
「それにしても、よく春美が拉致られてるってことまでわかったね。」
ドアを開けて入ってきたさっちゃんさんと警察の、良馬確保とガソリンその他の機器の処理を眺めていた。
「あぁ、それこそこじつけだよ。お前がなりふり構わず動く理由を考えただけさ。しかもあいつの切り札なら、傷つけられることなくこの建物内にいるはずだと思ってな。その旨をさっちゃんさんにポケットに入れたままメールしただけだよ。ガラケーさまさまだな。」
ふと顔を上げると空が泣きそうな顔でこっちを見ている。
「りゅ~ちゃ~ん!!!怖かったよ!!!」
泣きながら飛びついてくる空をだき抱える。頭を撫でながらトラさんの近くに移動した。
「ちょっとだけ背中かしましょうか。」
「・・・ありがと・・・。」
背中にトラさんの手と顔が当たり、わずかに吐息が聞こえる。ポケットの携帯が震えたので取り出すとさっちゃんさんから写メが届いた。
『りゅう君はモテモテだな~』
同じ部屋にいるのにこの状況をわざわざ写真撮ってメールしてきやがった。あんたは仕事しろ!
☆-22
手錠をかけられた良馬をさっちゃんさんにつれられていく。そんな姿を俺たち4人は見ていた。不意に外狩と目があった。思わず警官を避けて駆け寄った。顔を上げる良馬。さっきより明らかに老けている。
「・・・なんだよ、その目。」
引きずろうとする警官をさっちゃんさんが制してくれて、他の警官たちが撤収し始める。部屋には俺たちだけ残った。再び部屋に静寂が残った。
「本当にすごいね。警察も動かす、これも君の才能かな?」
「そんなことないさ。俺は大した才能なんてない。」
そんな言葉にまた良馬は顔を歪める。
「・・・なんで、そんな・・・」
良馬の目はどこか懐かしく、どこか親しみのある目だった。たぶん俺とこいつは―
「「一緒なんだ」」
★-20
動機は単純、ただ超えたかったんだ。黒城龍介、僕の兄貴を。
小さいころを思い出しても、兄貴と比べられていることしか覚えていない。
玩具のパズルも、子供向けのパズル本も、勉強も、IQテストも、父さんが出したクイズも、母さんが買ってきたゲームも、何もかも僕の上をいっていた。
そんな兄貴が僕の目標で倒したい敵だった。それでも負けたくなくて、いっぱい勉強したしいっぱい本読んだし、色んなことをした。まだ小学生だったから周りには『ガリ勉』とか馬鹿にされた。別に苦でもなかった。たぶん僕は一生かけても兄貴に叶わない、でもそんな兄貴を追い続けることがある意味僕の「生きる意味」だったんだと思う。
それが無くなったんだ、しかも下らない理由で。それからいろいろと変わった。両親は離婚して再婚して、苗字も変わった。母さんは新しい家族で手一杯。僕は勉強の目的もなくなってなんとなくで学校を卒業し、適当な大学に入って一人暮らしをするつもりだった。その先の人生なんて何も考えてなかった。
なんとなく高3で大昭大学の大学説明会に行った。その時の名簿にあった名前。『黒門流那』の名前。そしてそいつと話す『空』と呼ばれた少女。
運命だと思った。黒門流那を調べれば調べるほど兄貴に似ていた。僕と一緒の存在。僕の真逆の存在。僕の好敵手な存在。
だから作ったんだ、彼を倒せる舞台を。彼を倒せるゲームを。そのために人を殺すことも正当化できた。僕は間違ってない。
☆-23
「ねぇ、りゅう君。最後の質問。」
いつのまにか晴れやかな声。そう、夕日の傾く公園で黒城龍介が俺に問いかけた時と同じトーンだ。
「なんで人を殺しちゃいけないのかな?」
・・・
「だってそうだろ?僕たちは才能があるんだ。その才能を発揮するために必要な犠牲を出しちゃダメなのかな?その才能を使う選択をすることは悪なのかな?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
良馬はフッと笑いながら顔を上げる。振り向いてドアに向かう。
「・・・そうだよね、わかんないよね。殺人事件も推理小説やテレビドラマの中の出来事しかとらえられない、フィクションとしかとらえられない君に。どんなに過去の事件を聞いても、君には他人ごとにしか思えない。そんな君にこの答なんて―」
「自己・・・破壊、だからかな。」
ふと立ち止まる良馬。俺は冷静に言葉を選ぶ。今まで話をしてきた人と、今まで聞いてきた事件の当事者たちを思い出しながら。
「俺はここ数か月でいろんな奴の考えや言葉を聞いてきた。抽象化がうまい奴、問題提起が得意な奴、他人のことを馬鹿みたいに配慮できる人、他人の心に土足で入り込む人、誰かのために自己犠牲を払う人―」
それぞれの顔を思い出しながらそう言葉を続ける。
「本当にいろんな人がいる。でも俺が俺でいられるのは、俺が俺の存在を確認できるのは、そういう人たちがいるからだと思うんだ。」
いろんな色があるから、白という色が分かるように。
いろんな色の光があるから、黒い夜空が輝くように。
「人は誰かと比べるから人でいられるんだ。だからその対象をなくすことは自分を壊すのと同義だよ。」
こっぱずかしいセリフ。でも、こいつには真剣に答えなくちゃいけないと思った。
また笑い出す良馬。顔は見えない。
「・・・まったく、兄貴に諭されてるみたいだよ。」
手錠をかけられた腕を顔に向けて、そして振り返る。その目は俺と俺の後ろ―トラさんを見ている。
「『俺は大切な色を守るために他の色を潰してしまった。それが俺の罪だ。』それが自殺する前日に電話で僕にいった兄貴の最後の言葉っす。」
その言葉だけ残して良馬はさっちゃんさんに連れられてドアを出て行った。
☆-24
「ふぁ~ん。」
大きなあくびをしていつものファミレスの店内を見回す。さすが平日の昼だけあって、空席ばかりだ。気づくとカップのコーヒーは空になっていた。
「ねぇりゅうちゃん、おねぇ様の話聞いてる?」
向かいの席に座っている空がオレンジジュースを置いて怪訝そうな目を向ける。その隣に座るトラさんは手を口に当てて笑っている。
「ふぁん?」
「もう、全く。りゅうちゃんたら昔っからそうなだから・・・。」
いつものようなおばさん口調でチクチクと攻めてくる。
「そうそう、せっかく刑事さんが事件の概要を説明してくれたのに。」
隣の席の幸がクリームソーダを置いてそう言った。あの事件から二日たっている。
「まぁ、俺のこじつけ通りだったから興味がわかんのよ。それより春美は大丈夫なのか?」
「うん、大した外傷もなく、ひどいこともされてなかったからね。もう明日には退院できるよ。」
事件の後大事をとって春美は病院に運ばれた。空たちも一応行ったが、特に問題は無かった。
「そういえばこないだ聞き忘れてたけど、僕と春美が付き合ってることいってたっけ?」
幸が少し照れくさそうに聞いてきた。俺と空は目を点にして顔を合わせる。
「あれで隠してたの?」
「二人ともわかりやすすぎだよ~。」
顔を赤くする幸をしり目に、俺はトラさんに体を向け直す。
「外狩良馬は自供してるんですか?」
「うん。りゅう君の言った通り、玖田君と旭川君の殺人、喜友名さんの遺体偽装と春美ちゃんの拉致監禁を認めている。動機に関してはまだ口をつむんでるけどね。」
おそらくトラさんにとってはつらい事情聴取なんだろう、悲しそうに応えた。微妙な空気が流れる。
「まぁ、とりあえずこれで事件は解決だね。」
その場を明るくするように空が取り繕う。
「いや、」
一つだけ未解決のものがある。
「トラさん、黒城龍介の殺人の理由がわかりました。」
☆-25
「そもそも俺のこじつけには一つだけかけている部分があったんだ。」
空が『推理研究会』のノートを開き幸に簡単に説明した後、俺はそう切り出した。
「なぜ赤井清二は殺人を犯したのか、その考察が甘かった。」
トラさんの配慮と空の抽象化。そこから身についた俺の能力。当事者のことを考えて、必ずそこに理由があると確信した。
「でも、それは流石にデータ不足なんじゃないかな?りゅう君は清二君と会ったことすらないのに。」
トラさんの言葉ももっともだ。ただしこの事件に関してはそうはいかない。
「そうです、でも問題はこの殺人事件が起きた日です。」
ノートの事件日―ではなく、後輩の証言を指さす。
「・・・そうか、サークル合宿当日か。」
幸の納得した声。そう、そこが一番のネック。
「だってそうだろ?後輩が来る約束している前日に自分以外の家族を殺して、しかも自分だけがいなかったら真っ先に疑われる。」
ようやく納得した空とトラさんの顔を確認して話を続ける。
「でも、それこそ突発的だったとかトリックを用意してたとかじゃない?」
幸の仮説ももちろん納得できる。
「けど、ここでもう二つ。」
俺は指を二本立てた。
「一つは良馬が言った黒城龍介の『俺は大切な色を守るために他の色を潰してしまった』とい言葉。そしてもう一つは研究室に隠すように残されていたトラさんの写真のデータです。」
おそらくこれが真実だ。一呼吸おいて俺は言葉を出した。
「おそらく赤井清二は一家無理心中をしようとしていた。そしてトラさん、あなたもその心中に巻き込もうとしていた。黒城龍介はそれを阻止しようとして、結果的に赤井清二を殺してしまったんでしょう。」
★-21
留置所と聞くと犯罪者がうじゃうじゃいるイメージを持つが、実際はここには48時間しかいられない。その間に警察から事情聴取が行われるが、詳しい取り調べは検察官に送検されてからになる。そう、ここが始まりなんだ。僕の罪を見つめ直す始まり。
罪といえば、兄貴の罪は法律的には正当防衛に分類されるはずだ。もちろん、その場にいたわけじゃない。しかし電話で聞いたことや、事件の詳細、赤井清二について当時調べた結果、おそらく赤井清二は無理心中をしようとしていた。そこに蘭ちゃんも含まれていた。愛する者を殺して自分も死ぬ。それが彼なりの愛情だったのか。
そしてそんないかれた変質者から愛する人を守るために犯した罪を死で償う、それも兄貴なりの愛情だったのか。
僕にはさっぱりわからない。
「・・・僕もまだまだだな。」
僕は狭い青い空を見上げた。
☆-26
俺のこじつけ―推理を話し終えた後、幸は春美の病院に向かった。俺と空は非番のトラさんの買い物に付き合うために駅に向かっていた。前を二人が姉妹のようにきゃっきゃしながら歩いてた。
「ねぇねぇ、りゅうちゃん。」
不意に空が立ち止まり振り返る。トラさんも同じように笑顔だ。
「そういえばあの時どっちを選ぶつもりだったの?」
つい二日前の話だろう。空の命かトラさんの命、どちらを選ばなきゃいけない状況。しばらく二人の間を歩きながら考える。
「さぁ、わかんないや。たぶんどっちか選んで、その選択の後悔をずっと背負っていくしかないんじゃないかな?」
大切な人を選ぶ選択。たぶん、これから俺が身につけなくちゃいけない能力だろう。
「りゅう(君)【ちゃん】!!」
振り返ると二人が並んで立っていた。
白戸空―可愛い妹と白都蘭―優しいお姉さんが二人とも顔を赤くしながら目を合わせた。
俺はどうやら、今選択しなくちゃいけないらしい。
戸惑いながら、二人の頭上のきれいな青い空を見上げた。
contrast~contrast~
結局時間がかかってしまいました(汗
contrast最終話、いかがだったでしょうか。
初めて公開した作品を自分なりの終わり方で終わらせられて感無量です。
不格好な部分もありました、未熟な部分もありました、矛盾してしまう部分もありました。
そんな一連の作品を一人でも見続けてくれている方がいれば幸いです。
書きたいことはいっぱいありますが、書きすぎるのはカッコ悪いのここで終わりにします。
重ね重ねになりますが、作品を読んでくれた方には心より感謝しています。
ありがとうございました。
もし興味があれば、以前のcontrastシリーズやその他の作品も見てやってください。
本当にありがとうございました。