柔らかな鎧
普段はSサイズの服を着ているくせに、私は時たま、紳士物のXLのパーカーを着て街に出る。
ぶかぶかのそれは、周囲から私を守ってくれる、言わば「鎧」だ。
147センチ、37キロ、25歳、童顔。私はもしかしたら、宇宙人かもしれない。
そんな、自分でも訳が分からない「私」は、大事な話、と言うものの所為で交際相手に呼び出されてしまった。
彼女の名前は梨花。年齢は自称23歳。それ以上は、よく知らない。
所詮出会い系サイトのレズビアン板で知り合っただけの「彼女」なのだ。
だから、こうして3年も恋人ごっこを続けているのは、なんだか不自然な様だと思っていた。
梨花には彼氏がいる。
私はその人にも何度も彼女の友人として会っていたし、特別嫌いでもなければ、嫉妬をするわけでもない。
ただ、少しの後ろめたさはあった。
何も知らない彼。関係を持っている梨花と私。
それでも私は、梨花に抱かれることを拒むことはしなかった。
私は私で、梨花を愛しているから。
私は同性愛者だが、梨花はバイセクシャルだ。
いつだったか、酔っぱらった彼女が泣きながら電話してきた時に語っていた。
梨花の家族構成はかなり複雑で、彼女と血の繋がりがある人はいないのだとか。
自分を産んだ母親は、再婚してすぐに他界。
後に再婚相手の父と今の母が再婚し、二人の弟が産まれたそうだ。
特別家族仲が悪かった訳ではないけれど、逆にそれが梨花には苦痛で仕方なかった。
居場所を求めた彼女は男にはしり、それでも足らずに女とも寝るようになったそうだ。
男に裏切られたこともあれば、その逆もあり、彼女が心から信じられるのは女の子だと言っていた。
嘘が大嫌いな彼女は、かなりの嘘つきだ。
どの言葉が本当のことなのか、私には見抜くことができない。
でも、それはそれでいいと思った。
真実なんてものは、いつだって中途半端に信憑性があるくせに、人の手に渡ってしまえば、形を変えてしまうのだから。
「はあーあ。」
ため息を吐きながら、梨花とその彼氏が来るのを待っていた。
ぶかぶかのだぼだぼなパーカーを着た私を見たら、二人は何て言うだろう。
大事な話、と言うものが、良い知らせだった例がない。
だから私は仕様がなくこのパーカーを着て来た訳であって、二人に見せるためじゃない。
だから、まあ、何か言われても、気にしないようにしよう。
パーカーのフードを被ると、世界は少しだけ違って見えた。
これに大きめのサングラスなんかしたら、不審者に見えるのだろうか。
私がサングラスを持って来なかったことを後悔していると、梨花とその彼氏が現れたが、二人は私だと気づいていない。
ぶかぶかのパーカーのフードを被っているのだから、無理もない。
驚かせてやろうと息をひそめると、二人の会話が聞こえてくる。
「加奈ちゃん、ビックリするかな。」
どうやら私がこれから聞かされる、大事な話のことのようだ。
「そうだな。でも、受け入れてもらうしかないよ。」
何のことだろう。
私に対して、何か良くないことなのだろうか。
私は悪いと思いつつ、二人の会話を盗み聞きし続けた。
「うん。でもまさか、健二がうち等の関係を知ってるのに、結婚するなんて言ったら、きっと混乱しちゃうよ。」
「でも、黙ってて梨花にストレスかかったら、お腹の子にも悪いよ。」
「そうだけど・・・。」
ちょっと待ってよ。
私と梨花の関係を彼氏の健二さんは知っていて、それで結婚するの?
しかも子供までいるの?
私はその場から動けずにいた。
二人を驚かせるどころか、私が驚かされてしまった。
全く以て、理解できない。
女と浮気していた彼女と結婚しようとしている健二さんも、私とセックスしていたことを話した梨花も、
何より、そんな状況を知っても別れたくないと思っている自分が、理解できない。
その上子供までできたなんて。
私が顔を上げると、梨花の幸せそうな横顔が見えた。
私は黙ってその場から逃げ出した。
きっと二人は、私とはもう会えないと言うのだろう。
当たり前のことだ。
人妻になる上に、新しい命も授かった。
誰がどう見ても、割り切るべきなのは私で、身を引かなくてはならない。
女は男にはなれない。
セックスは出来ても、命を産むことは出来ない。
人に使命があるのなら、子孫を残して逝くことだ。
私は男にはなれない。
子供を産むことは出来ても、種がない。
やっぱり、梨花は嘘つきだ。
男は信用できないと言っていたくせに、結局最後は男と結婚するのだ。
赤ちゃんを殺せとは言わない。
でも、簡単に割り切れるはずがない。
私は梨花を愛していたのだ。愛して、いるのだ。
だぼだぼでぶかぶかのパーカーは、外界から私を守ってくれる、鎧。
フードを顔半分隠れるまで深く被って、私は泣いた。
駅に向かう道を歩きながら。
切符を買いながら。
電車の中でも。
サングラスなんか無くても、私は完全に不審者だ。
家に着くころ、ポケットの携帯電話が震えた。
梨花は困惑した声を出していたけれど、私は「嘘つき」と、一言だけ呟き、電源を切った。
あんな女、もっと落ち込んでしまえばいい。
落ち込みまくって、私のことしか考えられなくなればいい。
ボロボロに傷ついてしまえばいい。
将来の旦那にも嫌われて、ズタズタになってから、私の所へ戻ってくればいい。
そしたら、私が、慰めてやるのに。
涙でぐしゃぐしゃになった私の「鎧」を思いっきり洗濯機に放り込んだら、更に泣けてきた。
月の綺麗な夜だった。
柔らかな鎧
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