俺と彼と彼女について
【幸福・赤・絢爛】
俺には何もなかったから、何か特別な人間に憧れていた。幼馴染の二人とは子供の頃から何かと比べられることが多かったし、特に俺とヒカルは男同士ということもあって、とにかくよく比較された。
おじいちゃんが街で開業医をやっていて、父親も医者で、ヒカル自身も勉強が出来て。大人しくて優しい性格だから誰からも好かれた。
それに引き換え俺は、普通の家庭に生まれ、勉強は嫌いで落ち着きがなく、特定の仲の良い奴は、生まれた時から家が隣と向かいのフミとヒカルしかいない。勉強ができるヒカルと、しっかり者のフミ。それに比べて何もない俺。
何か自分にしかないものを。他の誰にも紛れない自分だけの何かを。
そう思って野球を始めてみたが、マンガのように順風満帆とはいかず、中学三年生でやっとレギュラーになれた時、フミは中学から始めた吹奏楽で部長をやっていた。転校したきり音信不通のヒカルもきっと勉強をしているに違いない。
お気に入りだった赤いスポーツバッグと、プロモデルのグローブ。高校三年の夏、甲子園球児たちの夢の舞台を、自宅のテレビで眺めた。そんな人間が、一体どのくらいいたのだろうと考えては辟易する。
俺だけの特別な何か、なんて、この世には存在しないのかもしれない。
特別な何かが欲しくて始めた野球で、それまで特別だった二人の幼馴染と決別してひとりぼっちになったのに、結局何も残せないまま高校野球人生を終えた。
部活道具を持ち歩かなくなった通学路は体が軽い。それなのに心は重くて、流れて行く時間に取り残されていくような感覚が、夕焼けのオレンジでさらに肥大していく。
家の近所まで来て、ふと気配を感じて顔を上げると公園のベンチに見慣れた後ろ姿を見つけた。見慣れているはずなのにどこか懐かしくて、緩やかな切なさが鼻の奥を刺激する。
「帰らねえの?」
少し迷ったが、近づいて声をかけた。フミは驚いたように俺を見て、嬉しそうに笑った。隣に座って他愛もない会話をしていると、
「何してるの?」
と後ろから声をかけられた。俺とフミが揃って振り返ると、ヒカルが不思議そうな顔で立っていた。
隣と向かいに住んでいて、同じ高校に通っているのに、三人で話すのは随分久しぶりだった。フミもヒカルもなぜかやたらと嬉しそうにはしゃいでいて、きっと俺も似たような顔をしていたのだろう。
「特別な自分になりたいな。」
そんな言葉がポロリと口をついて出るくらいには幸福な時間だった。
「僕にとっては、二人はずっと特別な存在だよ。」
昔からちっとも変わらない賢そうな瞳でヒカルが言う。
「私も三人でいられることが特別で、当たり前だって思ってる。」
フミの笑顔だって、何も変わらない。
キラキラ輝いて眩しかった絢爛な日々は戻らない。俺は変わらず俺で、特別な何かにはなれなくて、でも、ひとりぼっちの俺にもなれない。こんな俺を特別だと言ってくれる人がいる。もうそれだけで十分な気がした。
これが俺だ。世界にたった一人の俺だ。
俺と彼と彼女について