鉛筆が華やか

友人に掌編を書くテーマをくれと頼んだところ、「鉛筆が華やか」と一言言われたのでそれをタイトルにして書きました。

 多角的な視点が必要なんだ、と狐は言った。
「ぼくはいろんな物事を最終的になるべく明るい面から見るようにしている。そのためにはどのような見方が、どのような角度から見ることがその物事を明るく照らすのか知っていなくてはいけない。つまりね、逆説的に一番の暗がりを知らなくちゃ世界は本当に輝いて見えないのかもしれない」
 そうだろうか、ぼくは懐疑的だった。
「暗がりを知って、その上で明るみを見ても物事は美しくは映らないだろう? 人間ってものはそのあたりあまり都合のいいように出来てはいない。一旦知ってしまった暗がりにばかり目を向けてしまう生き物なんだと、ぼくは思う」
 「君は自分の言っていることの本質に気づいちゃいない」やれ、やれ、という風に肩をすくめると狐はこんな話を始めた。

 今、ぼくたちは南向きの部屋にいる。部屋には大きな窓がついていてちょうど西に傾いた夕陽がぼくたちの目の前のテーブル上に置かれた六角鉛筆を照らしている。この六角鉛筆は夕陽に対しておおよそ垂直の向きに横たえられているのだが、この鉛筆が一番輝く方向からこの鉛筆が輝くのを見るためにはテーブルの南側、それも夕陽と自身と鉛筆が一直線上に並ばないやや東よりから見なくてはならない。しかし、残念ながら椅子はテーブルの東側と西側にしかない。自然な流れでテーブルにつけばどちらからも多少の暗がりが見えてしまう。無論、東側に座ればほぼ明るい面は見えないし、西側に座ればおおよそ明るい面を見ることができるわけだが、完全に日の当たる方角から鉛筆を見ることが出来ているわけではない。ここで自分の置かれた状況を把握する前に鉛筆はおおよそ明るく照らされている、だとか、鉛筆は多くの暗がりがある、と判断してしまえばそれまでだ。しかしよく状況を把握している客観的な視点からものをいえば、その判断には向上心が欠如していると言わざるを得ないだろう。その鉛筆を見るにはもっと美しい華やかな視点があり、二人がどんなに見たくても見ることのできないもっとも暗い地面に接した面がある。今現在考察しているぼくたちはそうやって一番暗い面を、一番明るい面を捉えることで、もっとも美しい面を見ることが出来る位置をようやく知ることが出来るわけだ。

 とんでもない屁理屈じゃあないか、とぼくは抗議する。
「それじゃあ君、地面に接した一番暗い面を知ったことにはならないじゃあないか。それに、それに、君は鉛筆の外側しか見ちゃいない。鉛筆にはもっと美しい本質のあることを忘れていやしないか」
 狐はにやりとする。
「さあて、今のうちに謝っておこう。ぼくは最初っから正しいことなんか何にも言っていない。むしろ君は今ぼくの思考法を順に繰り返してしまったことに気づいているかい?」
 ぼくははっとした。狐はこう続けた。
「君は最初にぼくのこの屁理屈に対して、明るみを探し出そうと客観的に観察を始めた。明るみばかりを見て生きるという空虚な生きざまから目を背けるために必死に明るみを探し出して、鉛筆の描くという本質に光を当てた。その華麗な鉛筆の無限の可能性に自身の意識の中で目を向けて空虚な恐ろしい暗がりから目を背けたんだ。なんて皮肉だろう。君は君自身の理屈によればずっと空虚な生き方を意識してこれから生活してゆくのかい?」
 夕陽はもう沈みかけていた。目の前の鉛筆はもう間もなく窓枠の影に入り明るい面を失ってしまう。ぼくは明るい面ばかりを見て、暗がりから目を背けながら生きてきたのだろうか。
 心配には及ばないさ、と狐は言う。
「時に多角的な視点が必要なんだ。人間は暗がりを引きずっては歩けないように出来ている。暗がりを忘れ明るみに逃避することで成り立ってる側面はあるからねぇ。しかし、暗がりを見なくてはならないこともある」
 それは狐なりの抗議だった。ぼくはようやく狐の意図を汲み取ると、あまりのくだらなさに呆気にとられ、真面目に狐の話に付き合っていたことを恥ずかしく思った。
「すまないね」
「確かに、君の言う通り、鉛筆の美しい本質は何かを描くことに見出せるのかもしれない。しかしね、ぼくは新しい鉛筆を削ることについては自分なりの基準があるんだ」
「でも、部屋にはこの鉛筆しかなかったし、テーブルの上には鉛筆削りまで置かれていたんだ」
 少々不機嫌そうに顔をしかめた狐だったが、やがてにやりとするとこう言った。
「まあ、いいさ。ぼくはこの短い会話について振り返ってみたが、なかなか面白かったよ。君が新品の鉛筆を使わなければこういう会話は生まれなかった」
 ぼくが、それも明るい面か、とつぶやくと狐はより一層にやりとした。
 ぼくが彼を狐と呼ぶのはこの笑みのせいだった。

鉛筆が華やか

鉛筆が華やか

友人に掌編を書くテーマをくれと頼んだところ、「鉛筆が華やか」と一言言われたのでそれをタイトルにして書きました。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-14

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