無剣の騎士 プロローグ
知人が公開したストーリの原型(概要の【あらすじ】を参照)を読んで、ピンときたのでプロローグを書いたのが全ての始まりでした。
その後、リクエストを頂いたため続きを書くことになり、設定や固有名詞の命名などで協力を仰ぎながら超スローペースで書き続けてきました。書けば書くほど話が膨らみ、終わりがどんどん遠のいて行くので、完結に向けて自分を焚きつけるためこのたび連載という形で公開することにしました。
今読み返すと書き直したいところだらけなのですが……。読み進むに連れて作者の(わずかな)成長ぶりをご覧頂けると考えることにします。
世界観や設定は大して複雑ではないので、息抜きがてらにお読みください。
プロローグ
戦乱が続いていた。
強大な近隣国の勢力争いに巻き込まれ、由緒はあるものの国力で劣るその小国では、建国以来 最長にして恐らく最悪と評される政情不安が長く尾を引いていた。この国の子供達は平和を知らない。むしろ、戦争に駆り出された大人たちの数が減るに従い、子供達までもが少年兵として徴用されるほどになっていた。
「それにしたって、とうとう12歳のひよっ子が王太子直属の近衛騎士とはねぇ」
前を歩く兵士の一方が、感嘆とも悲嘆ともいえぬ表情で後ろを見やった。当の少年は表情一つ変えず、まっすぐ前方を見据えたまま付いて来る。
「おいおい、知らないのか。こう見えても、この子は代々 近衛騎士を務める家の出で、王太子ご夫妻とは実の兄弟のようにして育った仲だ。特別の計らいがあったらしいぞ」
もう一方の兵士が、同僚をたしなめた。
「へぇ、なるほどな」
そんな会話をしているうちに3人は柱廊を抜け、広間の正面にある扉の前へとやって来た。
「じゃあな、坊主。頑張ってこいよ」
兵士達は扉の両側に立つと、各々がその重い扉をゆっくりと開いた――。
* *
広間の奥には座が三つあった。中央には銀髪の青年。右には春の花を思わせる可愛らしい少女。左には、やはり上品な雰囲気を漂わせる婦人。
入口からその玉座まで敷かれた赤い絨毯を少年はやや緊張した面持ちで進んだ。どこかぎこちないのは、真新しい鎧の故か、それとも緊張の故か。
そんな少年を、3人は慈しみに満ちた目で見守っていた。
やがて玉座の前までやって来ると、少年は片膝をついて恭しくお辞儀をした。
「御前に参りました」
青年は頷いて立ち上がると、傍らにあった兜を取り上げ、それを両手で少年の頭上に掲げた。
「本日をもって、王太子付き近衛騎士を命ず」
「はっ」
神妙な声で答える少年の頭に、ゆっくりと兜が下ろされた。
「では、近衛騎士の証である腕輪を」
玉座に戻る青年と入れ替わりで、今度は少女が少年の前に下りてきた。そして、少年の右腕に銀の腕輪を優しくはめた。
少年は立ち上がり、与えられたばかりの騎士の証にかけて、誓った。
「勅命に従い、騎士道に従い、この命尽きるまで忠誠を果たさんことをここに誓約申し上げます」
青年は満足げに頷いて、再び立ち上がった。
「これにて、近衛騎士任命の儀を終了する!」
* *
「すまない、折角の晴れ舞台なのに、かような略式でしか儀を執り行えぬことを許してくれ」
青年は頬杖をついたまま、苦笑を浮かべた。
「そんな。形はどうあれ、近衛騎士になれたことが僕は嬉しいんですから」
少年はとんでもないという風に首を振った。
「わらわ達も嬉しいぞ。じゃが、これからは兄弟ではなく主従になるのじゃな……」
少女が嬉しさと寂しさの入り混じったような声で溜息をついた。
「我が家は代々、王家にお仕えする定め。愚息にも幼き頃よりそのように教えて参りました故、その点に関してはもとより覚悟の上でございます」
傍らの婦人が、少年の心を代弁した。
「そうです、これでずっと……、お側でお仕えできます」
少年の顔は晴れ晴れとしていた。
「ではその心意気に免じて、褒美をつかわす」
青年は傍らに立てかけてあった華美な装飾の剣を取り出すと、それを少年に差し出した。
「その剣は、お気に入りの一振りじゃありませんか」
少年は驚いてその申し出を断ろうとしたが、青年が引き下がる気配はない。
「余は先月に妃を迎えた身。以後、指揮を執ることはあれど最前線に立つ機会は減るであろ。ならば、そなたに預けたい」
王太子の妃――右手に座している少女――を一瞥すると、相手は微笑みつつ頷き返してきた。
「知っての通り、この剣は王家の脈玉から打ち出されたもの」
脈玉とは、脈打つ玉、つまりは霊力を備えた石のこと。その秘めたる強い力のために、脈玉から造られた武具は誰にでも使いこなせる訳ではない――それくらいの知識は、少年も持ち合わせていた。
「そう、故にこの剣は使い手を選ぶのだが、そなたほどの覚悟があれば使いこなせるであろう」
「でも……」
尚もうろたえる少年に、青年は片目を瞑ってみせた。
「諸々の理由を付けはしたが、本当のところは、近衛騎士任命記念に兄からの祝いだ。受け取ってくれ」
そう言われては、仕方がない。
「……では、有難く」
「さて、息子や」
「は、はいっ」
今度は婦人が少年に声を掛けた。その毅然とした声音に、少年も慌てて姿勢を正す。
「現当主として、次期当主に厳粛に言い渡します」
その目は、相手を見据えたまま。
「王太子ご夫妻を、その身に代えてもお守り申し上げるように」
少年は さっと片膝をついた。
「――この命に代えても、必ず」
* *
幼い頃からの夢だった、王太子直属の近衛騎士になれた日。
弟のように共に育ってきた幼馴染が、その夢を叶えた日。
幼馴染でもある愛する二人が、新たな絆を持ってしっかりと結ばれた日。
愛する一人息子が、亡き夫の跡を継いで近衛騎士となった日。
戦乱の続く中にあって、その日は四人にとって人生で最も幸せな日の一つとなった。
しかし同時に、それは四人が幸せに包まれた最後の日ともなったのである――。
無剣の騎士 プロローグ
⇒ 第1話 (http://slib.net/37530) へつづく