あの空の向こうへ

そこは絶対の楽園


空を自由に飛べたらいいな。
誰しも一度は願う夢ではないかな。
でもそんなにいいもんじゃない。色んな不都合がいっぱいある。
ぼくにはわかる。
だってぼくは空を飛べるから。
断っておくけどぼくは人間だ。両親もちゃんといる。もちろん人間の。
付け加えるならぼくの精神状態は正常の範囲内だ。
医師の診断書がそれを証明してくれている。

何か特別なきっかけや出来事があったわけじゃない。
練習だってしていない。飛ぶ事を強く望んだわけでもない。
自然に飛ぶ事ができたんだ。
それは赤ちゃんがハイハイから立ち上がって歩き始めるような自然さで。
けれどぼくが飛んだ事は両親には赤ちゃんが歩き始めるように歓迎すべき事ではなかった。
初めてぼくが空を舞った日、両親は呆気にとられ、そして恐怖と困惑と混乱のないまぜになった表情をした。よく覚えている。
そしてぼくはその時わかったんだ。
これは困った事なんだだって。

鳥のように自由に、気ままに。
そんなのウソだ。
自分の評価は他人が決める。
間違っていても、誤りにならない。

最初は自分の意思と無関係にぼくは宙に浮いていた。気がつくとぼくの足は地面から離れている。
磁石のようにぼくと地球が反発し合うんだ。
それはぼくのお母さんとおばあちゃんみたいに。
今はだいぶコントロールができるようになった。
宙に浮いてしまう事より、もっと困ったはぼくが近づくと電化製品が軒並み壊れてしまう事だ。
これは本当に困った事なのだ。トイレも座るとウォシュレットが壊れてしまうのだから。
おかげで我が家はわざわざ和式トイレにリフォームした。
試しに持ってみたコンパスを見てぼくは肝をつぶした。
コンパスの針が無秩序に回り始めたからだ。
どうやらぼくは本当に磁石みたいになってしまったようだ。

だから家族はストレスがたまっていった。でもぼくはもっとたまっていった。
ぼくのストレス解消法はストレスの元。
飛ぶ事だ。
さすがに堂々とはできないので夜、人目を忍んでこっそり飛んでいる。
飛んでみてわかった。
人は存外空を見上げないものなのだ。
ぼくは制約のない空で気ままに飛ぶ。
前後左右上下。
これが実に爽快なのだ。
今夜はどこまで上昇できるか試してみた。
東京タワーを見下ろすのは結構気分が良かった。まだ余裕があるのがわかる。この分だとスカイツリーだって見下ろせそうだ。

ぼくは空中であぐらをかいて東京タワーを尻にしきながら考えた。
なんでぼくは飛べるのか、と。
しばらく頭をひねったけど全然わからない。
わかったところでどうにもならないけど。
とりあえず結論は神様が与えたって事にした。
その時、ふと思った。
自殺方法の飛び下り。
高いところから落ちればそこが地面でも水でも人は大抵死んでしまう。
ぼくはそうはいかない。木の葉みたいにユラユラ揺れて着地するだけだ。
人の死は下にある。魂も引力で堕ちていく。
だったらぼくの場合は上だな。
ぼくは夜空を見上げた。
どこかへ通じる入口みたいに月がぽっかり浮かんでいる。
天国かな。
ぼくは思った。
そうか。
ぼくはポンと膝を打った。
ぼくが飛べるのはきっと神様からのメッセージだ。
神様はわたしのところに来てもいいと言っているんだ。
そこは空の彼方。人類の科学力では辿り着けない向こう側。選ばれた者しかいけない桃源郷。
ぼくしかいけない。
ぼくは立ち上がって街を見下ろした。
おもちゃみたいな街が人工の光を放っている。
灯りの数だけ家があり、そこに家庭がある。
ぼくのうちもそこにある。
だけど。
降りてもあんまりいいことないな。
ぼくの特異な性質のおかげでぼくも家族も疲れている。
お父さんは帰るのが遅くなった。
お母さんの髪に艶がなくなった。
それに。
ゲームもできないしな。
ぼくの帰るところは下にない。
上だ。
ぼくは唐突にふっ切れた。
ぼくは月に向かって飛び始めた
全然怖くない。
寂しくもない。
それどころかうちに帰るような安心感が胸に広がる。
ぼくはぐんぐん昇って行く。
月に向かって。
うちに向かって。
雲を抜けると降るような星空がぼくを迎えてくれた。
キレイだ。
ぼくはあまりの美しさに涙した。
涙で目がぼやける。頭もぼやけてきた。
それでもぼくは進む。
やがて。
真っ白な光がやさしくぼくを包み込んだ。


おわり

あの空の向こうへ

読んでくださりありがとうございました。
特別な能力は人に受け入れられてスペシャルになる。
そうでないとそれは悲劇になる。
そんな感じで書きました。
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amasama@yohoo.co.jp
皆さんに幸あらんことを祈り。

あの空の向こうへ

空を飛べる「ぼく」 いつしか彼方に思いをはせる。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-11

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