やゆよ
「さあ俺の息子よ――――」
16日目 自宅
「うそ…………」
僕は父親を見る。彼はいつものようによくて寡黙、悪くて無口といったように喋らない。口を開けない。まるで彼にとってこの空気が腐りかけて吸いたくないように。昨日の僕のように。
「いや……あは、うそでしょ。なんで、そんな…………急に」
彼は喋らない。
僕は泣いた。
何てことはなく、僕が彼から母親が行方不明になったのを聞いて、率直な感想は。またか。という感じだった。別に初めてでもないし、それにいてもいなくても余り変わらない。ご飯はいつものように出前をとるし、空気が少し良くなるだけだ。むしろ有難いくらいで――――
「おい、俺の息子。何を考えている」
父親は僕に言う。俺の息子。彼は僕のことをそう呼ぶ。名前で呼ばれたことなんてあるのだろうか。いい気はしない。彼にとって僕が僕でなくても、例えばいくとでも、彼は自分の息子なら俺の息子と呼ぶのだろう。個性もクソもない。僕のこの家での存在価値は彼の子供であるだけだ。
「まさかとは思うが俺の息子よ。落ち込んではないだろうな」
「そんなわけねーだろ」
はんっ。と彼は言う。今日はよく喋る。いや、いつもは寡黙や無口でなかったな、ただ僕と会う時間が彼がよく喋る時間と合わなかっただけだったか。
「…………このくらいのことで落ち込んでいたらどうしようかと思ったぜ。はんっ。下らない」
彼は吐き捨てる。自分の母親がいなくなったというのに。
「いや、それは僕もか…………」
「あん?何か言ったのかよ俺の息子」
「別に」
彼はは仁王立ちのままだ。
僕が玄関を開け、入ってきたときから。威圧感が、すごい。威圧感というよりは僕には敵対心のように思える。僕に何か見えないものが被さったかのように身体が思い。
もし被さったならそれは――――母親なのだろうか。
彼は動かないし、僕は動けない。
「………ふぅ」
面倒くさい。
用が無いなら退いてくれ、早く部屋へ行きたい。
彼は口を開く。
「まあ、いい。ともかく俺が言うことは、最後に言うことは子供は何も気にせず、ただただクソみたいな勉強やら遊びやら恋愛やらしてろっつーことだ」
じゃあ俺はまたあっちへ戻る。
そう言って彼は僕の横を通りすぎて出ていった。
鍵は、閉められなかった。
「…………ふぅーう」
疲れた。
全く話さない人間と話すと、こっちが疲れる。
余計につかれる。全く。
それにしても、よくもこんな時間に彼はいたな。いつも何時に帰っているのか分からないぐらいに帰ってきて。朝飯を食べ出掛ける。今は16時。いつもならあり得ない。…………そういえば、何故か前に夕飯にいたな。何かあったのだろうか。今回と同様に。母親がいなくなった以外に。
別にどうでもいいか。
うん。
彼が家にいた謎と母親がどこにいったのかどうだっていい。
知らないし分からない。
興味がない。
僕は自室へ入る。
鍵は閉められなかった。
16日目
僕の母親は良い人間、だった。頭は悪くなく、優しく、料理だってできて、愛想は良く、周りに、愛されていた。僕の話をよく聞いてくれたし、友達というのができたとき一緒に仲良くしてくれたし、相談にだって乗ってくれた。一緒に笑い、一緒に泣き、一緒に笑った。そんな母親で、そんな親子関係だった。
前は。
いつからこうなったのかは分からない。
中学生になってからのような気もするし、小学生からだったような気もする。分からない。もしかしたら、昔の良い記憶が間違いで今が本当。もしかしたら、今の母親は昔の良い母親と別人だ。とさえ思った。父親にはあまり会わないから自分で調べるしかなく、昔の少ないアルバムを漁ってまで調べた。結果は――――変わらなかった。変わってほしかった。これは本当。切に思う。思っていた。けれどもそれにすら、僕は飽きた。捨てた。そんな感情は、なくなった。
どうでもいい。
知らない。
分からない。
これが僕のルーツではと今になって思う。別にルーツでなかったとして、どうでもいいのだけれど。
彼女が何故、こんな風になったのかは分からない。
知りたくない。
病人の気持ちなんか、分かりたくない。
あ。
でも。
自分の気持ちも分かってないか。
今日も僕は変わらなかった。
やゆよ
わをん