ですとろいがーる 脆い砂丘1
石田かぐねは馬鹿である。
Aぱーと
石田かぐねは馬鹿である。
馬鹿でノロマでクズでアホで、それら全てを総称して馬鹿である。それ以外に言い様がないのだ。彼女は自分の能力の使い方を捉え方を、知らない。知りたがらず理解しようとしないゆえに馬鹿。馬鹿は罪ではないが無知は罪という、しかし彼女はその罪に近い。能力を使うべきときに使わないのだ。そんな石田かぐねは今年で18歳の高校三年生。つまりは大学受験勉強真っ盛りの12月なのである。
ちなみに彼女の性格は特徴はというと、なんだか不思議な人間といった方が早い。学校の制服を常に着用し下手くそな丁寧語を繰る。いや、下手くそだから繰れてはいないのかもしれない。鼻にはそばかす、前髪はぱっつん。だが所々長い場所もある為残バラというのが正しい。そして常にアニメでよくあるような黒い手袋をはめている。だから、というのは変かもしれないが彼女は脳ミソの何か大事な導線が2本ぐらい外れていて、少しばかりまともな判断ができない。過去を繰り返し続け、何度目かでやっと経験が生かせる。一歩すすんで十歩下がるような感じだ。そしてその代わりに、行動力がある、行動力だけがあるという感じだ。以前、それが原因でそのせいで大きなヘマをやらかしてしまっている。彼女はそれを思い出すたび(……あれは仕方がないことなのです。私じゃなかったら、もっと酷かったのです。だから私で良かったのです)と考えている。
彼女は言い訳しながら、自分のネガティブな部分を抑え込みそう思い込んだ。行動力のある馬鹿ほど扱いが難しく面倒くさい。しかし唯一の救いは彼女がポジティブで明るいということだった。(でもまあいっか、別に)と。
石田かぐねは今日も生きる。
Bぱーと
「コンコンコンコン…………と。駐在さーん、お元気ですかぁ?」
石田かぐねはドアを軽く叩きながら声をかける。
そこは静岡県浜梨町にある駐在所。
静岡県浜梨町。穏やかな人ばかりで事故による怪我人、つまりは事故事態が少ないというのが一つの自慢である町。人通りはあまり多くないが人々の関係は厚いという、『今、住みたい市町村ランキング』でも、46位に入っている。そんな町の駐在所には貼られているポスターは、どれもプロレスや演歌歌手の宣伝用。手配書など一枚もない。のどかで何も無い駐在所。
「ゲロっ。あれ、聞こえないですか。ちゅーざーいさーん」
石田はもう一度言う。声を大にして言う。午後に近所迷惑だと言われそうな音量だがそこは『住みたい市町村ランキング』46位。心配はあまりいらない。
(おっと、声が大きかったですかね)
しかし、前に一度近くを通った着物姿のお姉さんにこっぴどく怒られていた。
(あの人は、煩くて五月蝿くて嫌いなのです)
悪いのは確実に石田なのだが、そこはポジティブ。気にしない。むしろ人のせいにする。
(嫌なお姉さんだったです。怖いくせに綺麗で。典型的な美人というやつです)
「ちゅ――――」
石田は歩を進める。
「ざーいさーん」
机の脇を通り奥の部屋を覗き込むと。
そこには――――
「ゲロゲロっ、駐在さんの死体ですですっ」
駐在さんが居た。
うつ伏せになり手足は力なくダランと床に延びている。顔は向こうを向いており石田には見えない。
そろりそろーりと駐在さんに近づく。抜き足差し足忍び足。
「まずは観察なのですっ」
観察という言葉の使い方が間違っているのにも気付かず、石田は駐在さんの側に立ち――――
「どぅおりゃっ」
蹴飛ばした。
ごろんと勢いで駐在さんの身体がうつ伏せから仰向けになる。もう一度蹴飛ばす。もう一度蹴飛ばす。
(よく分からないのです)
「せーの」
石田は右足を再度上げ、四回目を行おうとしたところで
「――――」
(ん?)
石田は駐在さんへ顔を近づける。
「なんか聞こえたですです?えっと」
ぎゃふんっ。
石田は倒れた。顔面に寝た状態からのハイキックを喰らったからである。
「痛てぇって言ったんだよ糞ガキ」
駐在さんの。
反動で石田は後方へ倒れかけるが何とか体勢を立て直す。
石田は立ち、駐在さんはあぐらをかき欠伸をした。
「眠いのに無理やり起こしやがって、ぁあ!?こっちは睡眠を邪魔されるのが一番嫌いなんだよ糞ガキ。ふざけんじゃね………」
あふっ。
と欠伸をした。
目を擦る。いかにも低血圧らしい感じだ。
「ゲロゲロっ、駐在さんが激怒です。怖いですね、それに痛いですね暴力なのですっ、いじめですっ、傷害事件ですですっ!…………これは、警察に通報物なのですえっと電話電話は……と」
石田は持っていたリュックサックを漁る。ガサゴソと音がする。出てくるのはスタンガンに催涙ガスにナイフに。
「銃刀法違反じゃねえか、てか、かぐねさん。ミニコントはもういいよ、俺の怒りは収まったし。んで何、何のよう?」
「私の怒りは収まりませんっっ」
あったー、と石田はリュックからスマホをとり出しどこかへ電話する。
すぐさまなる駐在所の固定電話。
「し、しまった」
石田は膝から崩れ落ち頭を抑える。
「…………ここも警察でしかも直にここへ電話がくるとはさすがは」
(地方)
「ねぇ馬鹿なのかぐねさん」
駐在さんはあきれ果てた。
長いミニコントなのである。
(あ…………それだとミニではないのですね)
Cぱーと
「事件がほしいのです」
「はぁ」
駐在さんは呆れ顔で石田を見る。
仕事机の前の椅子に座りながら、柿ピーを食べている。目を合わせずぼぅっとしている。
(むむぅ、私の話をキチンと聞いていないのです。腹立たしいのです)
「…………別にこの地域は、静岡県は事件が少ないからかぐねさんに手伝ってもらう必要は無いよ。いくら法律に従っているからといってもね。別に無理してやることではないんだ。ただただ、俺も君も疲れるだけだし。法律と強制は近いけれど違う。やらなくたっていいこともあるのさ」
「いいえ、駐在さん。私は法律の為に手伝いしているわけではなく、やりたいからやっているのです。そして警察官になりたいのです」
駐在さんはため息をする。
「それも法律じゃないか。<努力が認められたものは特待例として警察官とする>っている。それに、特待例ってのは、それはそれで大変なんだよ。一般人以上に、うん。特待者は努力を惜しまないから特待者。天才とは訳が違う。どちらも天賦の才だけれども」
いや才では無かったか。
あえて言うなら罪ってやつなんだろうねぇ。
駐在さんはどこか別のところを見ながら言った。まるでここには居ない人間のようだった。ここには居るけど、心は何処かに。みたいな。
嫌ですね、石田は言う。
「駐在さんも大変だったですか?」
「…………」
(分かりやすい答えなのです)
だからこそ怖い、自分が、自分の選択が間違っているのではと思う。分かりやすいから怖い。(明白な答え程におそろしいものは無いのです)石田は頭をふるふると振って、チャンネルを変える。
「事件を下さい」
再度石田は駐在さんに言った。
語気を強めながら。
「…………四体不満足事件って知ってるかい、かぐねさん? 」
駐在さんは諦めたように言った。途端に石田は食い入る。顔をぐっと駐在さんに近づけパチパチと瞬きをする。
「知ってるですっ!」
四体不満足事件。
最近、静岡県を騒がしている事件だ。突如として、公園やら道路に死体が現れる。放置されるという表現が正しい。そして必ず、足や腕等の部品が一つ足らないというものだった。
「現在6件目、被害者は老人から子供、女性男性問わずの関係性なしシリアルキラーならぬ<ノンシリアルキラー>ってやつですね」
ノンシリアルキラー?
そんなの言われていたっけ
駐在さんは呟く。
「ああいや、テレビで…………」
ふうんと駐在さんは頷いた。
「俺はあまりテレビをみないからね………………うん。そうだね、その通り。よく知ってるね」
「知りたくなくても分かっちゃうです」
うん?
と駐在さんは首を傾げる。
柿ピーを食べるのはもう止めている。
「あっ、と。テレビでずっとそのことばかりやってるからです。テレ静なのです」
ふうん、と駐在は言った。
「じゃ、早速。行きますか駐在さん。聞き込みなのですっ」
「いやいや、もう時間遅いし明日ね」
時刻は午後6時、逢う魔が刻だった。空は青紫で染め上げられている。
駐在は指で外を指しながら言う。
「この時間はヤバイでしょ、俺にも君にも、そして俺らみたいな人間にもさ?」
「…………ぅう、ケチ」
そうして四体不満足事件は再び開始された。
怪死で解しで開始。
四体不満足事件現在参加者
町の駐在さん
石田かぐね
犯人
被害者6名。
以上9名。
ですとろいがーる 脆い砂丘1
続きます。