愛しの都市伝説(10)
十 伝説詣で・シンバルサルの巻
「いやあ、もう、そんなおもちゃなんか置いていないですよ」
「そうですか」
「今頃の子は、そんな子供だましのおもちゃなんか欲しがりませんよ。トレーディングカードとかゲーム機器のソフトですよ。もっと頭を使うものですね。おもちゃとは言えないかもしれないですね」
おもちゃ屋の主人は申し訳なさそうに、中上たちに伝えた。
「じゃあ、もう、伝説は現れないんですかね」
「そうですね」
主人は首をひねりながら、思い出そうとした。
「二十年前にバブルがはじけて、大手スーパーがニ軒も撤退し、この商店街が寂れた後では、見かけていないですね。私自身も、皆さんに言われるまで、伝説のことはすっかり忘れていましたよ」
「そうですか」
「でも、この商店街が賑やかだった頃は、すごかったですよ」
主人は眼を輝かせ、口の端には唾液の泡を風船のように膨らませながら、しゃべりだした。
「だって、スーパーの出口が、ちょうど、私の店の前でしょ。お父さんやお母さんの買い物が済んだ後は、次は、子どもの買い物の順番ということで、子どもたちは、私の店の前に飛びこんできたものですよ。子どもたちは、正義のヒーローや怪獣、リカちゃん人形などのおもちゃを眺めたり、触ったりしながら、親におねだりしていました。シンバルを叩くサルのおもちゃも活躍してくれました、お客の呼ぶ込みに有効なのは、歌舞音曲ですからね。サルのシンバルを叩く陽気な動きとその音、自分の演奏を自慢するようなキーキーと叫ぶ声に向かって、子どもたちは突進してきたものです。
それが人気だったのか、この店が閉まった夜中にでも、店の前で、サルのおもちゃがシンバルを演奏するのを見たという人が続出しましたよ。わしは最初、信じていませんでしたが、あんまり、多くの人々が言うので、夜中に、そう、丑三つ時に、ふとんを抜け出して、見に行きました。すると、私の店の前から音がするではありませんか、そう、シンバルの音です。時には、キーキーと勝ち誇ったような、何に勝ち誇っているのかはわかりませんが、声も聞こえてきました。化け物か。幽霊か。祟りか。私は、おそるおそる店の前を、商店街のパルテノン神殿風の柱に隠れて、覗きました。
そこには、あの伝説の、シンバルを叩くサルが座っていました。私は、あまりの恐ろしさに、自宅に、ほうほうの体で逃げ帰りました。その晩は、一晩中、シンバルの音とサルのキーキーと言う声が耳から離れず、眠れなかったことを今も思い出します。
翌日、店を開け、サルのおもちゃを見ました。普通のおもちゃです。スイッチを入れると、いつものように、シンバルを叩き、たまに、キーキーと音を出しました。スイッチを消すと動かなくなりました。だから、このおもちゃが化けものじゃないことはわかりましたので、少し、安心しました。
でも、伝説のサルのおかげで、本当のサルのおもちゃは急激に売れ始め、サルのおもちゃだけでなく、ヒーローや怪獣、フィギュア、人生ゲーム、サッカーゲームなども売れ、お店は大繁盛しました。これも、伝説のシンバルンを叩くサルのおかげです。今も感謝しています。と、言いながらすっかり忘れていましたけどね」
店主はここまでしゃべると、商店街の屋根が空いている所から見える青い空に向かって、遠い眼を向けた。
「はい、私としては、結構ですよ。いくらでも、協力しますよ。でも、肝心かなめの、伝説のサルが今はいるのかどうか。あれ以来、街を通る人、ほとんど少なくなっていますが、聞いてみても、伝説のサルのことなんか誰も見ていません。私も夜中に店の前に立ったことがありますが、真っ暗で寂しいだけで、空き缶やお菓子のゴミは落ちていても、伝説のサルはいません。たまに、大きな声が聞こえますが、酔っ払い同士の喧嘩やゲロを吐く音ぐらいですよ。
昔、伝説のサルがいたと言っても誰も信用しないし、私が、店の儲けのために仕掛けたデマだと言う人もいて、今は、そんな話はしていません。でも、今頃、伝説のサルが現れても、おもちゃのサルはあるのかなあ。ちょっと、おもちゃ会社に在庫を聞いてみますよ」
と、昔、儲かった時のように、眼を爛欄させながら、再び、遠い目をした。中上たちは、おもちゃ屋の主人の話を聞き、昔、伝説のサルが座っていたと言う場所に、バナナの叩き売りができるほどのバナナをお供えするのであった。
その日の真夜中のことだ。つるりん。つるりん。パク。パク。バナナをひたすら食べている者がいた。伝説のサルである。
「人間は勝手な生き物だ。俺のことをおびえたり、崇めたり、忘れ去ったり、思い出そうとしたり、状況に応じて、手のひらをころころと何度も返しやがる。キーキー。
まあ、それでも、少しは俺のことを覚えてくれていたし、俺の大好物のバナナを山ほど供えてくれたので、まあ、許してやるか。うまい。このバナナ、どこの産地だ。フィリッピンか、台湾か。今頃、完熟バナナというのがあるから、それかもしれないな。おかげで、元気が出てきたぞ。よし。ひとつ、昔を思い出して、シンバルでも叩いて、歌でも歌うか。流れる季節の真ん中で・・・」
伝説のサルは、食べきれないバナナを前にして、シンバルを叩き、勝ち誇ったように、キーキーと一人カラオケを楽しむのであった。
愛しの都市伝説(10)