セレウデリア王国史 1
現在読んでいる(超)長編小説に触発されて書き出しました。先の方は薄ぼんやりとしか見えていませんが……。完結目指して頑張ろうと思います。
セレウデリア王国史1
Ⅰ 沿海諸国会議
ⅰ 月下の探索者
陽気な歌声を響かせる船乗り達が、酒を飲んで楽しそうに歩き回る港町の夜も早い時間。つい先程まで神々しいその姿を水平線に見せていたルミリア(太陽)も深いフォルードの海に身を沈め、頭上ではリンド(月)が無数のセレネ(星)を伴って輝き始める。最も豊かな海の1つと数えられるフォルードの海に面する港町カレーナは不夜城の如く、静まる事を知らない。朝はルミリアがその姿を見せるより早く目覚めた漁師達が、それよりも早くから朝飯と持っていく昼飯の用意を済ませた妻達にたたき起こされ昼から夕方にかけては市場で街路はごったがえす。夜は、夕方に一休みした男達や若い衆が酒を飲みに行ったり食事をしたり、綺麗な化粧をした女に連れられていかがわしい店に入ったりとやはり、休む事が無い。その中でも、一番賑やかな時間である。まだ、朝の早い漁師もその妻も、夜は早く眠ってしまう子供達も目を覚ましていて夕飯の支度や街路でのちょっとしたお喋り、家族団らんと声も動きも止まるのを知らない。内陸部の石で出来た都に住む者は、彼らの気安い木造の家に驚いて、雑多な通りに顔をしかめるかもしれないがカレーナを始めとして、沿海の住人達はそんな事、気に留めない。質素ながら食料に困る事はなく、気候も暖かくて、温和な人柄が多いこの町はまさに、住めば都なのであった。
そのカレーナの町は、カルカラ王国に属している。沿海諸国と呼ばれる、海岸線を領土している国家の1つで最大のものだ。漁業を中心とした経済活動が行われているが、少し内陸部に入ると潮風に強いポズやガルシャといった果物も栽培され、海産物と共に大量に市場に出回る。カルカラ王国はまた、たいして強い陸軍を持っていない代わりにその海軍の戦力というと、世界最高の名を欲しいままにしている。特に、三大帆船ルミリア号、アルダニア号、そしてテロスポリス号の船長は国民にも絶大な人気を誇り、国王と並んで尊敬の的となっているのだ。
「いつ来ても陽気な、良い町だな」
機嫌よさそうに、カレーナの町を歩く男。海の男らしく、固そうな髪の毛を後ろで1つに束ねた浅黒い肌の者である。もう50に近付いている彼だが、一向に老いる様子を見せない。黒い瞳は陽気で明るいが、見られたものが緊張を覚えるほどの鋭さも秘めている。皺の少ない顔は引き締まっていて、身体の方もどこを見ても無駄な肉というのが見当たらない。まさに、鍛え上げられた船乗り。――だが、ただの船乗りではないのだ。質素ともいえる真っ黒なシャツに、丈夫な皮のズボンをはいただけの彼はかのテロスポリス号の船長、ドライグである。
「仕事じゃなく、飲みに来たかったですねえ」
そう応じたのは、ドライグが最も信頼を置く彼の右腕、副船長のレイファだ。始めは、誰もがこの若い副船長を見て度肝を抜かれるはずだ。名前で解る通り、あまり大きな身体を持たないこのレイファは女。生粋の船乗りであるが、そこまで日に焼けている様子ではない。沿海諸国の者にしては珍しい青い瞳は大きく魅力的で、それだけ見れば他国の高貴な人のよう。整った顔立ちはもしも彼女があと少しだけ色白ならばどこかの国の王女にでも見えそうだった。黒い髪は手入れなどあまりしていないから無造作だが、陸では下ろされているそれが風に舞う様はなかなか美しい。
「船長、どういう意味があるんです、今回の会議には……」
レイファは声を低めた……が、雑踏の中この2人の会話に聞き耳を立てている者がいるとも思えない。
「セレウデリアがアルファレーゼに落とされたといったって……沿海諸国には関係が無いでしょうに」
「それは俺も同感だと言うしか無えな。俺はただ、沿海諸国会議開催の招集命令を受けただけだ。……まあ、船内で陛下がご説明してくださるだろうよ」
「そうですか」
レイファは、聡明な雰囲気の顔を少々しかめた。彼女が副船長の座にまでのし上がったのは、船上で誰よりも身軽に動き回れる天賦の、と言いたくもなる運動神経と長年海で生きてきた船乗り達も黙らせる海の知識……に加えてもう1つ、全知全能の神テュミスも驚くような頭脳の鋭敏さの為であった。しかし、いくらテュミスに愛されし頭脳を持つからといって、知らない事にはどうしようもない。だから彼女は人一倍、情報に敏感なのだがその彼女でも今回の会議開催の意図が掴めない。立場上、レイファよりも大量の情報が流れていくドライグも、知り得ていないようだ。
(気に入らないな……)
口は閉ざしたまま、内心で独りごちた。
大陸の中央から東、その反対、中央から西でこのガウラティア大陸は全くといってよいほどに様相を異ならせている。東は東端の沿海諸国を始めとして、内陸部にも豊かな石の都が広がる人の住む地域。しかし、西ともなると海岸地域も内陸も人の住む場所ではない。鬱蒼とした森林地帯、荒れ果てた荒野、砂漠地帯。人を苦しめる環境を一気に押し集めたような始末なのである。開拓が進められる事が今までになく、更に厳しすぎる環境のため、不可思議な、怪しい生き物まで住まうというが……確かめた者はいない。確かめるために勇みだって旅に出た者は一人残らず帰ってこない。不毛の地で行き倒れたか、恐ろしい獣に喰われたか、はたまた誰も知らぬ、噂だけが蔓延る謎の蛮族に捕らえられたか……。
とにかく、だから大陸で人が生活しようと思うとなかなかに範囲が限られる。その為、国々は大であれ小であれ、東側に殺到し文化水準、軍事力の低い国ほど西へ追いやられる。この度、アルファレーゼ王国……限りなく西側境界に近い新興国に滅ぼされたセレウデリア王国はもっとも豊かな東側の中央部の国であった。豊かな平野は農作物栽培に適し、大きな川が流れるために水に困る事もない。西側に広がる険しい山が、敵の侵入を防ぎ逆に平らな東側の土地に作られた広い街道は東部、沿海諸国との貿易を活発化させた。どの国もが羨み、手本にしようとする優雅で平和なセレウデリア王国にアルファレーゼ王国は、一週間ほど前に突如、襲いかかった。西側からの攻撃は無いものと、長い間考えられてきたセレウデリア王国である。自然の防壁を信じていたセレウデリアの西側は、驚くほど手薄であった。しかも、アルファレーゼは宣戦布告も無いままアルファレーゼ建国当時にセレウデリアと結んだ不可侵協定を破ったのだ。西の、厳しい環境で鍛えられた馬を持ち、雅やかなセレウデリア人と比べたら大人と子供ほどの差がある強靱な肉体を持ったアルファレーゼの兵達は強攻も強攻、ラーナ山岳地帯を突破し、西側からセレウデリアに侵入、慌てふためく文明国を一挙に叩き潰したのだ。第一撃を免れた、東側に位置する王都フィレンディアから王国軍が抗戦の構えで打って出るも、平和的な文明の中で育った美しいセレウデリアの兵達はおぞましい獣と戦いながら領地を広げ、背中を脅かされながら険しい土地で生きるアルファレーゼの兵達に敵う道理も無かった。銀色に輝く美しい鎧は、アルファレーゼの段平刀に叩き潰され、セレウデリアの細い剣はきっちり纏われた固く厚い鎧を切り裂く事が出来ず。頼みの国王軍はあっけなく崩れ去り、国王夫妻の首級は挙げられた。王宮は踏み荒らされ、金品は残らず奪われて武官・文官問わず片端から殺された。侍女や侍従といった下賤の者も放って置かれることはなく、戯れのように命を奪い尽くされた。また、若い女官や貴族の娘達は金品同様強奪され、憐れ、陵辱を受ける。市街にもまた、占領兵の魔手は伸びて金目の物、食料、女、挙げ句の果てには整った容貌の男まで奪い尽くされる有様。壊れたり、火をかけられていない家や店を探すほうが難しく、セレウデリアの人々は神の無慈悲を知った。
そんなセレウデリアから伸びる街道を東へ、東へ……一頭の馬がひた走る。その上には1人の若者。占領後一週間ともなると、兵の気も緩み始める。飲んだくれて酔いつぶれた兵が、街道の関所前で居眠りをむさぼっているのを見て青年は任務を遂行した。彼の手荷物といえば、何とか隠しきって略奪を免れた僅かな路銀と、同じくらい僅かな食料と水。腰には小さなナイフをベルトに挟み、汚れきった革の乗馬ズボンと厚手のシャツを着ているだけ。彼の右手の中指には、青い水晶の指輪が嵌められていた。略奪を免れるため、床の隙間に隠していた、大切なもの……。
セレウデリアで、右手中指に指輪を嵌めるのは宮廷仕えの証である。――そして、このぼろぼろになった青年は身分を偽ってはいない。
「どうか……どうか、ご無事で、ミアエル様」
誰もいない、真夜中の街道で青年はセレウデリア王子ミアエルの無事を念じ続けるのであった。そして、時折確認するように右手の水晶を見て頷く。これは、魔法の指輪。王国一の魔法使いでもあった王妃、エレトゥシルが作ったものである。王家の者だけが持つこの指輪は、互いの魔力で引き合い、指輪の持ち主の位置を教える。王妃の目に映った、最後の「生きる者」だったっこの青年、魔法使いのヨナに王妃の指輪が託された。王家唯一の生き残りであるミアエルは、王妃の未完成魔法によって「どこか」へ飛ばされた。もしも、この転送魔法が完成していたらセレウデリアは不意打ちであろうとアルファレーゼに負けることは無かったかもしれない。それほどの、画期的な魔法であったが……完成前に王妃は此の世を去った。どう未完成だったかといえば、この魔法では確かに対象物を空間移動させる事が出来るのだが場所を指定できないのである。ミアエルが生きている事は、指輪の輝きから判るもののどんな状況にいるかは少しも判らない。アルファレーゼ宮廷のど真ん中に送り込まれていない事は、東を指輪が示している事で明らかとなり一安心というところだが東にもアルファレーゼの同盟国はある。今回の戦に協力した国もその中には幾つか。また、お世辞にも身体が丈夫で世渡り上手とはいえない王子の事である。親切な港町に放り出されていればいいが、誰もいない孤島などに送り込まれていた日には……あと数日、悪ければあと数時間の命かもしれない。どうやっても楽観的になれる状況ではなく、また、ヨナは楽観的になるより悲観的になるほうが得意な性格である。魔法使いというのは、魔法という学問分野を研究する学者だから陽気で明るい者が少ないのだがヨナは特に明るさ、陽気さからはかけ離れた人物だ。性格を表現するかの如く、不健康に痩せた身体である彼がミアエルを見付けるまで馬で駆け通す事が出来るかもまた不安材料である。
セレウデリア宮廷魔法使いヨナ・ランバルドはついこの前まで、祖国を潤していた広く長い街道をひた走る。馬が潰れぬよう、時折立ち止まるものの自分の為に休むことはしない。今も愛する祖国、唯一の王家生き残りを救うべく走る、走る……。
セレウデリア王国史 1
続きは長いです。「短編」として1、2、3……と続けていきます。一回、4000から5000字前後になるかと思います。