僕と彼女と彼について
【サファイア・ボストンバッグ・劇場】
僕にとって世界はとてつもなく居心地の悪いもので、いつもここに存在していていいのかという漠然とした不安を抱えていた。
小学生の頃、両親の仲は冷え切っていて家に帰るのが憂鬱だった。だから、毎日陽が傾くまで遊んでくれる二人の幼馴染には感謝していた。活発でムードメーカーのタクと、しっかり者で正義感の強いフミ。二人といるとほんの少し、不安が和らいだ。
でも、いつからだっただろう。どちらからともなく、二人が好意を寄せあっているような気がしていた。また僕は、居心地の悪い世界に落とされた。
小学校卒業と同時に、父の転勤先の土地へ引っ越すことになった。母は元の家に残った。知らない遠い土地で父と二人で暮らすのは、心細かったが快適だった。僕が通うはずだった中学に、二人そろって入学したタクとフミはきっとお互いの気持ちに気付いて、僕のことなんて忘れていくんだろうと思った。
それでよかった。
楽しそうに笑いあう二人を見るのが好きだった。
それはタクとフミだけじゃなくて、父と母にも言えることだった。
中学卒業と同時に、再び母のいる家に僕と父は帰ってきた。荷物を詰めたボストンバッグがやたらと重く感じたのは、また居心地の悪い世界に帰ってきてしまったからだろうか。
すでに近くの高校に合格して、入学が決まっていた。入学式の日、学校へ向かう道中でタクとフミに出会った。同じ学校の制服。真新しい鞄。そして、見たこともないくらいぎこちなく会話を交わす二人の姿。
こんな風じゃなかった。僕が知っている二人は、もっと幸せそうで楽しそうで。
だから大好きだったのに。
また、三人で一緒に学校に通う日々が始まった。家は相変わらず居心地が悪い。僕は学校帰りに、廃れた劇場へ通うようになった。そこで勉強をして、本を読んで、割れた窓から夕焼け小焼けのメロディが流れ込んだら、家に帰る。
フミは吹奏楽部に入っていたし、タクは野球部に入って遅くまで練習に励んでいた。
もう二度と、昔みたいに笑いあう二人を見ることはできないのか。
割れたガラスが散乱する窓辺を歩いていると、その中に青い欠片を見つけた。サファイアのような濃い青の欠片を太陽の光にかざしてみる。ガラスは光を屈折させて、キラキラと輝いた。
僕が見たかった、ずっと見ていたかった輝きはこの中に詰まっている。
屈折して、歪曲して、もう二度と元に戻らない日々。ここに僕は存在していてはいけないのだろうか。存在している意味はないのだろうか。
ガラスの欠片をそっと握りしめて、劇場を出た。
居心地の悪い世界へ帰ろう。
屈折して、歪曲して、あの日の僕等にはもう戻れなくても。
あの場所だけが、この日々だけが、紛れも無く僕の生きている世界なのだから。
僕と彼女と彼について