空を飛んだデミー

 鳥の中にも空をとべないのもいる。鶏のひなデミーは鶏に空を飛ばせたいという人間の養父の夢を実現させてあげたいと地上10mもあるアカシアの木を飛び越す練習を始める。スズメのひな美奈はそういう鶏のデミーに惹かれてゆく。
 養父母、スズメ一家の愛情に支えながらもデミーは試行錯誤しながら夢を実現させてゆく。夢をみて、それを実現させようとするとき生きてゆくことのよろこびを実感できる。

 鳥を扱った作品は意外に少ない。音楽では白鳥、鳥の歌、コンドルは飛んでいく、この空を飛ぼうなどが思い浮かぶ。そしてこれらの旋律は鳥が恐竜から別れて空を飛ぶようになったことを想像させる。この想像が私の創作意欲を掻き立てる力になっている。

 これは作者にとって初めての童話であるが、小学校高学年から成人までの年齢層の読者に楽しんでいただけると思っています。ご家族で読後感想などを話しあうことができたら作者にとってこれ以上の幸せはありません。

                  

                   空を飛んだ鶏デミー



 鶏のひなデミーが庭隅の落ち葉の中からミミズを捕まえた。よこしなさい、と一羽の小スズメがそれを横取りしようとする。ぼくのものだ。素直に渡したほうが身のためよ。渡すものか。痛い目にあいたいの。デミーは怖くなって逃げる。逃がさないわよ!スズメは風のように舞い降りてきてミミズを引っ張る。
 デミーが首を回す。スズメはハンマー投げの球みたいに回転する。ミミズが千切れる。スズメはそのまま飛んでゆく。チクショウ半分盗られた。デミーは前よりずうっと大きなミミズを捕まえた。喉を通らないので振り回してみる。なかなかミミズが食べる長さにならない。鳥は歯がないから飲み込むしかない。噛み切ることもできない。またスズメがやってきた。

 あんたには無理よ、寄越しなさい。ふん、盗れるものなら盗ってみろ。言ったわね。スズメはミミズをくわえる。デミーが首を回すとスズメは目を回しそうになる。何だ騒々しい。父よ、こいつがミミズを寄越せと言うのです。少し分けてやれ。こいつ見てるだけで美味しいところだけ食おうとする。女とはそういうものだ。

 あんた食べることできないじゃない。チビはすっこんでいろ。私なんかはお母さんが食べやすくしてくれるわ。デミーは悲しくなった。孵化したその日に里子に出されたのだ。人間の母は炊事洗濯をしていると外で遊びなさいとデミーを追い出すのだ。
 父はミミズをつまみあげた。デミーは食いちぎってたべることができる。うまいうまい。私も頂戴。スズメも飛びつく。ちぎっては飲み込み、ついばんでは飲み込むデミーは返事もしない。美味しいわね、弟にも食わしてやりたい。だめだ、おれのミミズだ。けちね。父はミミズを短く切ってスズメに持って帰りなさいと与える。


 母者よろしいか。どうしたの、デミー。父はどうして女に甘いのですか。男ってそんなものよ。そんなものですか。そんなものよ、お前もやがてそうなるわ。どうして。そのうち分かる。いつ。お前が男になったら。ふ~ん。

 それから毎日スズメがやってきた。父よ、庭で遊んできます。うむ、犬に気をつけるのじゃぞ。わかっております。デミーは砂かきが好きだ。小さな虫や種をみつけてたべる。スズメはデミーのおこぼれを頂戴する。
 落ち葉の下にはミミズがいる。わたしにも頂戴。だーめ。あっぜんぶ食べた。お前も自分で見つけろよ。だってできない。努力しないと。何よ偉そうに。しょうがねえな、1っ匹だけだぞ。おいし~い、もうひとつ。厚かましいな。ミミズは湿ったところが好きなんだ、この下を掘ってみろ。泥で汚れる。馬鹿だな~、土の感触がたまんねぇ~。本当、気持ちいい。

 2羽の小鳥は砂浴びに夢中であった。忍び寄る猫に気づかなかった。危ない!殺気を感じたスズメが飛び上がる。猫は逃げ遅れたデミーを襲う。かろじて猫の前足をかわしたが牙をむいて追撃してくる。追い詰められたデミーの運命やいかに。もうダメかと思った時、猫が飛び上がった。スズメが猫の耳を突いたのだ。スズメの一家もこれに加勢して猫に波状攻撃をかける。憶えていろと猫は退散してゆく。

 怪我はない、とスズメの母親がたずねる。大丈夫です、ありがとうございました。お母さん、この子飛べないの。そりゃあ鶏だからね。君にもらったミミズはうまかったよ、ありがとう。いえ、そんな。でもいい子じゃないか。そうだよ、あなたいくつ。三月になります。しっかりしてるわねえ、うちの子なんか四月もなっても甘えん坊でねえ。鶏の1月は人間の3年ぐらいだ。デミーが9歳スズメは12歳の感じになる。



 父よ、スズメを嫌う訳は?それはうるさいのと通気口を塞いでいるからだ。されば父上、その二つを除けばいいのですね。ああ、そうだ。間違いありませんね。武士に二言はない。ああ良かった。何があった。別にありません。嘘を言うな、顔に書いてある、正直に申せ。デミーは猫に襲われスズメに助けられたことを父に話した。あいわかった、善処いたそう。父のクドクド言わないところが好きだ。

 デミーの父はすずめの巣をずらせてくれた。スズメの母親がお礼にきた。お陰様で風通しも良くなり、雨の降り込もなくなりました、本当にありがとうございました。何の、貴殿の娘御はデミーの命の恩人、礼が遅くなったが、改めて感謝いたす。うちは子供が多くてご迷惑をおかけしますが今後とも宜しくお願いします。いやいやこちらこそ。

 それからスズメ一家も庭に来るようになった。セール鶏を飼うのは、とスズメの父親がきく。あの木を飛び越えさせたい。あの木ですかい、鶏には無理でしょう。やってみないとわからぬ。2階以上ありますぜ、わしらでも楽じゃない。今はデミーの話をしておる、彼があの木を飛び越えるか否かの問題だ。
 おじさま、鶏は鳥じゃないから無理です。君名前は。まだつけてないんです。それでは美奈はどうじゃ、この娘は器量がいいからミスユニヴァースも夢ではない。恐れ入りやす、セールに名付け親になっていただけるとは。

 では美奈、鳥とはなんぞや。空を飛ぶものでしょ。トンボや蝶も空を飛ぶぞ。あれは虫でしょ。ではどこが違うのかな。お父さん、どこが違うの。考えたこともねえ、でもよ、トンボや蝶は鳥ではない。どうしてかな。どうしてって、わかりきったことよ。わかりきったことを考えてみるのが哲学だ。哲学ねえ、わざわざ話を難しくするんだ。お前さん。これは失礼しやした。 

 されば、鳥とは、全身が羽毛で覆われ二本足の生き物、ほとんどの鳥は飛ぶことができると定義されている。

Bird is a creature that is covered with feathers and has two legs. Most birds can fly. (Oxford Dictionary)

羽毛があるだけではねえ、空を飛べなくては話にならない。ダチョウ、ペンギンは鳥ではないのか。セール、そんなに理詰めしないでくだせえ、頭が痛くなってきた。

 ダチョウって図体が大きく駆けるのが早いやつでしょ、ペンギンは水の中を泳ぐのが好きなやつでしょ、どこにも変わり者はいるんだよ、お前さん。違いねえ。では鳥であると認めるのだな。セール、裁判官みてえだ。おほん、ほとんどの鳥は飛ぶことができる、ということは、飛べないのもいるということしょで、おじさま。
 人の話しているうちに割り込むのは無礼である。美奈、謝るんだよ、人の話に口を挟むのは低階級のすることだよ。ごめんなさい、おかあさん、でもおじさんの話すごーく解りやすい。そうかな。
 虫は空を飛べるけど羽毛がないから鳥ではない、ダチョウは空を飛べないけど羽毛があるから鳥なの。美奈は頭もいい。そんなことないです、おじさまのお話が上手だから。この娘は将来政治家にもなれるな。

 セール、この子はあたしに似たのか生まれた時から物分かりが良かったんでございますわ。なに気取ってやがる。あんたに似たのはボンクラじゃないか。まあまあ奥さん、それは家でゆっくり、それに兄弟姉妹をくらべるのは。そりゃ、みんな可愛いのは同じ。ですけどね、忙しい時なんかつい、お父さんみたいになるよって怒鳴ってしまうのでございますよ、いけませんねえ。


 セール、俺達スズメはなんで空を飛ぶんでしょうな。そう思ったからだろうな。鳥類は恐竜から分かれた、空を飛びたいと思った連中が鳥になった。思ったから?思わなかったら空を飛べなかった、そんな馬鹿な。お前さん。ホイ。
 いいんだ、思う、考えることが大切なんだ。人間てやつは考えるのが好きなんですねえ。考えない奴は人間ではない。本当ですかい。人間は考える芦である、わかるか、わかるまいのう。
 人は昔昔、鳥だったのかもしれない。本当ですかい。あの空が飛べたらと中島みゆきが歌っておる。聴いてみるか。聴きたい、人間の女ってきれい。全部がそうではない。素敵な音。音には違いないが人が発すのは声というのだ、そして声のうちでもこれは歌声という。



 父よ、私はあの木の上を飛んで見せます。ほう、それは頼もしい。外で遊んできます。外敵に注意怠るでないぞ。心得ております。よし。デミーは跳躍する。それじゃ一番下の枝にも止まれないわね。うるせー。空を飛ぶには羽ばたくの、あんたの翼は飾りなの。
 おい。ええ、あの娘デミーに惚れてる。どうしてわかります。どうしてわからない、女房気取りじゃないか、姉さん女房か。いい夫婦になるわ。それでか、デミーのやつ。空を飛べたらプロポーズするんじゃない。そういうもんか。そうですよ、鈍感な男はもてませんよ。

 デミーは空を飛ぶことを夢見て羽ばたく。一番下の枝に止まれるようになった。ねえ、観て、空って青いでしょ。本当だ、ゆったりした気分になる。下ばかり見ていてはだめだな。あんた声が変わったね。そうかい。少し男らしくなった。てやんでえ。
 おじさま、お早うございます。お早う美奈、いい天気だね。デミーはここまで飛べるようになりました。それは素晴らしい、先生がいいからだ。ありがとうございます。一寸出かけてくる。いってらっしゃい。 無言のデミー。何怒ってるの。ふん。
 
 そりゃヤキモチだよ、美奈。母さんの言うとおりだ、セールにデレデレするんじゃねえぞ。してません。親に口返事するな。はいはい。はいは一回。美奈、親に向かっていけないよ、父さんはお前たちふたりのこと心配してくれてるのだよ。

 あなた、若い娘にデレデレしないでくださいね。美奈のことか。デミーが焼いてますよ。女房焼くほど亭主モテもせずだ。私じゃありません、デミーです。これは失礼。頭のいい娘はインテリ風の中年に弱いから。


 1周間が過ぎた。デミーは2階建の建物の高さまで飛べるようになったがあのアカシアの木を飛び越えるには3階以上飛ばないといけない。高い、高い、目標だ。2階の高さから枝の先を見上げると緑のテントみたいだ。それは地上から見るよりずっと高く感じる。
 父よ、もっと高く飛ぶにはどうするの。翼を強くすればいい。それには。日々これ鍛錬。一番下の枝からみるとあの木の先はずうっと高く見えます。ものごとはそういうものだ、山の高さは中腹に立って初めて実感できる。一つ山を越すと前方にそびえる山々に驚く。山のあなたの空とおくだ。

 僕はあの木を飛び越えられるでしょうか。あせるでない、1週間で下の枝まで飛べるようになっただけでも凄いことだ。1週間前のお前はどうだった。飛べませんでした。
 そうよデミー、私は一番下の枝でも無理だと思ってから少し見直した。母者のような口を利くな。今はデミーの話をしているの。ふん、お前なんざは歩くこともできないじゃないか、ピョンピョンうさぎ跳びしかできないくせに。失礼ね、私帰る。デミーよ、美奈に八つ当たりするでない。

 我がいとしの息子デミーよ、お前はいい子だ、私の自慢の息子だ。お前は飛べる、父は信じている。だが、偉業をなすには時間を要する。あの木が成長するには十年二十年の歳月を経ておる。

 それから1月するとデミーは2階の高さの枝で見渡していた。もう犬猫に襲われても大丈夫と父はデミーだけの外歩きを認めてくれたのだ。高いところからはいろんな物が見えるのだなあ。ほらおじさまがベランダでタバコふかしてる。あれは結構煙たくて臭いんだ。そうなの、おじさまあ。おう、仲が良いの。おじさま素敵ね。ああ、毎日水をかえて餌をくれるんだ。

 ねえ、本当のお父さんお母さんはどこにいるの。人間の足で五分ぐらいのところだ。憶えてる。うん。どうして。父が時々連れて行ってくれるから。そうなんだ、どんな感じ。そりゃ懐かしいよ。ひとりでさびしくない。父がいるから。
 お父様やさしい。父はおれを里子にした時、両親と引き離すのは不憫だがといったそうだ。不安だった?でもすぐ慣れた、それに。それに。妹達は雨にぬれて死んだ。まあ可哀想。弟達は、どうしたの。ネズミに殺された。
 美奈は一瞬声が出なかった。私にはうるさい弟妹も元気だから幸せなんだわ。デミー、またあしたね。別の翼の使い方教えてあげるからね。ああ、さよなら。

 美奈はデミーの生い立ちを両親に話した。鶏の里親でも気苦労があるだろうに、人間のところじゃ大変だよねえ。だろうな。でも、それほど苦労はないみたい。あの人間は優しそうだからな。お父さんは机の上に上がると怒るけど他はほとんど怒らないんだって。雨風は無いし食い物の心配は無いし幸せじゃないか。
 でもおっかさん、デミーのお母さんは口うるさいらしいの。家の中で糞をしたら蝿叩きでピシャリとやられたそうよ。鶏が蝿叩きでねえ。

 デミーの家でも毎日の出来事を父も母も嬉しそうに聴いてくれる。デミーこれを毎日食べなさい、お前の骨を丈夫にしますから。ありがとうございます、母者。あら美奈ちゃんお入りなさい、あなたもいりじゃこを食べなさい。鳥は歯がないから小さな魚でも噛み砕くことができないのだ。
 父はいりじゃこの尻尾を掴んでくれる。デミーは頭から少しずつ食い切ってゆける。デミー強くなったな。父上、美味い。美奈ちゃんにも分けて上げなさい。はい、母者。デミーは食いちぎって美奈にやる。おいし~い。美奈ちゃん、もっときれいになるわよ。おばさまみたいに。まあこの娘は。

 するとなにかい、デミーは下から一気にあのアカシアの木を飛び越そうってのかい。甘えん坊のくせに強情なの。でも偉いねえ、スズメでも難しいことをやろうってとこが。男の心意気があるな。無理してるだけよ。美奈いけないよ、素直に応援してあげな。は~い。こいつ照れてやがる。



 父よ、あの木の真下から飛ぶのは小枝や葉が遮ります、故に木の根本から離れて飛ぼうと考えます。なるほど、それはやってみる価値はある。地面に30度の角度で飛ぶと距離は2倍になる。水平距離はルート3、約1.7倍になる。しかし、飛行機とロケットの違いでそのほうが楽かもしれない。父はそんなことを考えたが何も言わなかった。
 デミーは試しに2階の高さの枝に向かって斜めに飛んでみた。庭の隅から滑走を始めて上昇してゆく。飛行機の離陸みたいだ。おっこれは調子いい。ずうっと楽だ。滑降も斜めに飛ぶと半分以下の羽ばたきで済む。

 おじさまデミーは。寝ている。まあ膝の上で、子供ね、でも気持ちよさそう。私もいいですか。いいよ。美奈はデミーに添い寝をする。母者がお茶を持ってきた。まあ、あなた孫ができたのですか。孫ではない、息子と娘だ。左様でございますよ、私はデミーの若き母なれば。よくいうよ。え、何か。

 デミーは夢を見た。庭の木を周りながら飛んでいる。やがて庭の木が小さく見える。青い空に浮かぶ雲が近づいてくる。が、突然にわかにかき曇り、激しい雨がデミーを襲う。冷たい。濡れた羽は身体にくっついて真っ逆さまに落ちてゆく。父よ、父よ、我が父よ。

 デミーどうした、何を震えておる。おお、我が父よ、私は生きているのですか。お前はここで眠っていたではないか。するとここは。お前の家だ。と突然デミーは泣き出した。どうしたのですと母者もやってきた。怖い夢をみたのだろう。可哀想に、デミー。母に話して、気が楽になるわ。母者は柔らかい。そうね、躾とは言えお前にはきつくあたってきたものね。

 デミーが夢を話すと母者は涙ぐみながらデミーを優しくさする。デミーよ按ずるでない、それは逆夢といってお前が飛行に成功するしるしだ。はい、父上。さあ二人で水浴びをしなさいと母者がたらいに水をはる。冷たくない。大丈夫です。母者がヤカンのお湯を注いでくれる。気持ちいい。ほんと気持ちいいです、おばさま。それは良かった。

 デミーと美奈は水浴び身も心もさっぱりした。母者が身体をふいてくれる。新しいタオルでくるんでくれる。お二人さんはお父さんに温めて貰いなさいと父の膝の上に乗せる。父はパソコンで鳥の動画を見せてくれた。
 これは鷹動物を襲う。本当ですか。これを見てご覧、うさぎを襲っている。鷹は獲物を見つけるとその上を旋回する。やがて急降下するとうさぎをつかんで急上昇する。まあ怖い。
 父よ、鷹はほとんど羽をひろげたままでどうして落ちないのですか。上手く風にのっているのだろう。どうやって。それは知らないが、鳥の翼はそうゆうふうにできている。ああしてるとほとんど疲れないわね、デミー。そうだがどうやるかだ。お前たちもやってみるといい。体で覚えるのですね。

 これは何だ。紙でしょう。だが飛ぶようにできる。嘘!観ていなさい。父は紙飛行機を作った。上手く飛ぶかな。うわ、すげえ。飛んだわ。美奈は庭に着陸した紙飛行機を拾ってきた。おじさまもう一度。父は翼の角度を調整する。いい風がきた。  父は置くように紙飛行機を飛ばす。ふわふわと空に浮いてゆっくり旋回する。どうしてえ。あの大きな飛行機もこれと同じじゃ。鳥じゃないの。羽毛はあるかな。ないぞ、脚もない、だが飛んでいる。本当ね。父よ、なぜじゃ。まあ、あとは自分で研究するんだな。



 泣かせるじゃないか、おいらもデミーを応援するぜ。ホントだねえ、あの木を一気に飛び越えるなんて考えもしないわ。まったくだ、スズメでもできねえな。でね、とっつあん、曲がり方を教えて欲しいんだって。デミーが、右に左にかい。そうなの。重心だな、体重を傾けるのだが口では言えねえ、よし明日手本を示してやらあ。

 おじさんお願いします。おう、観てな。おじさんすげえ。まあ、年の功って言うところかな、枝の下で翼を上に向けるのがコツだな。やってみます。お、いいぞ、その調子だ。おじさんのようにやったらふわあっと身体が浮きます。それなんだ、デミーは筋がいい。でよ、着地でよろめかず音も立てなければ10点満点だ。もう一度行きます。どう彼。うんお前の彼は飲み込みが早い。ありがと、おとっつん。師匠と言え、師匠と。はい、師匠。

 あんたデミーばかり教えてないでうちの子たちにも。馬鹿野郎、今はデミーの夢を実現させてやりてえんだ。惚れてんのかい。男心に男が惚れてどこが悪い。すみません。デミーは美奈の婿殿だぞ。おっしゃるとおり。だいたいうちのガキどもはやろうとしねえじゃないか。それってあたしのせいかい。あたぼうよ、子供を躾けるのは母親の勤めってもんだろう。私がいたりませんで。

 デミー、次は曲がり方だ。はい師匠。重心をずらす、どれぐらいの加減は体で覚えるしかねえ。はい。手本と言うのもおこがましいがみてな。師匠はゆっくり美しい弧を描いて旋回してみせる。続いて左右に急旋回。さすが師匠だなあ。
 やってみな。はい師匠。あんたまだ早いんじゃない。やらなきゃわからないだろうが、うん?お前昼間から何考えてんだ。冗談だよ、お前さん。子供が観てんだぞ、冗談もほどほどにしろ。申し訳ございませんでした、旦那様。
 どう、おとっつん。上出来だ。ありがとよ、師匠。美奈、親を冷やかすのはよくねえぞ。ほんとこころから感謝しているのよ。そうかいと師匠は目を細める。もうあいつに教えることはない、あとはデミーがものにするかだ。うちの娘を。お前は黙まってろ、男の大望ってやつを混ぜ返すな。これはどうもあいすみませんねえ。


 師匠お疲れ様でした。奥さん冷やかさないでおくんなせえ。疲れたときは肝が一番、召し上がれ。恐れ入りやす。デミー、あなたもしっかり食べて精をつけなさい。はい、母上、で精とは何でありますか。いちいち訊くのではありません、黙って食べなさい。さあさあ、みなさんも。
 おっかさん。ひつこいね、そういうことは父親が教えるものだよ。おとっつん。わからねえ者に教えてもしょうがねえだろうが。わかってる者はきく必要がないでしょ。美奈、お前は俺に似て器量良しだが理屈っぽいのはよくねえ。
 器量が父親似、冗談じゃない、あたしの娘だからさ。理屈っぽいのはそっくりだ。それよりさ、精とはの話は。美奈、そのうち分かることはそのうち分かる、それを聞こうってのがそもそもの間違い、ねえ、セール。左様。



 父よ、母よ、あの空を飛ぶイメージが湧いて来ました。飛行プランが確認できたら決行したいと思います。今日まで実の親以上に育ててくださった御恩に感謝申し上げます。何を言い出すの、デミー、親は元気で人に好かれる子に育ってくれたら十分なんだよ。母者の言うとおりだ。されど父よ、万が一しくじったことを思うと今ここでお礼を申し上げておきたいのです。悪夢が過るのか。

 解るよデミー、でも水臭いじゃないか、父はお前を信じている。お前がしくじることなどない、と言いたいが限界に挑むお前にいうのは嘘になる。が、父も母も祈るしかないのだ、何もしてやれないのだ。わかっております。

 人の鳥の値打は何をしたかではない、何をしようとしたかだ。お前は誰もやったことがないことに挑戦している。結果を恐れるでない。はい、父上。よし。お父様の言うとおりだよ、デミー、お前はどんな時だって私たちの可愛い息子だよ。ありがとうございます、母上。母は息子を抱きしめる。スズメの家族も涙する。


 その日がきた。デミーの父母、スズメの家族が見守る。

   ほろほろと 鳴く山鳥の 声聞けば 父かとぞ思ふ 母かぞと思ふ

何ですか、おじさま。行基と偉い方の歌だ。デミーの気持ですか。ああ、あの子は優しい子だ。おじさま私も祈ります。ありがとう、息子をよろしく。え?子はやがて親から独立してゆく、いつまでも子供ではない。

 でもセール、てえと我々も親戚になる。左様、今後とも宜しく。滅相もない、ええと。ふつつかな娘ですがよろしくお願い申し上げます、でしょ。け、可愛げの無い女だ。結納と言っては何だが、新婚さんの新居をあのあたりに。セール、あそこはいけねえ、中程かな。そうだねえ、雨風は当たらないし出入りの便もいい。だろう。
 なるほど、これはぬかっておった。では、間取りはこんなのでいいかな。まあ御殿じゃないか、美奈は玉の輿だよ。いやいや、あれだけの娘さんは草鞋千束、鉄の草鞋でも難しい。え?なかなか見当たらない、見つけるのが難しいとおっしゃってるのだよ、お前さん。そいつはどうも。


 大丈夫だデミー、お前は父さんの子だ。そうだよデミー、お前は母さんの自慢の息子だよ。では、父上、母上。うむ、自分を信じて行くのじゃ。はい。しっかりねデミー。スズメの家族も見守る。デミーは庭の隅に構える。風を読み、時を計る。父のことばを繰り返す。今だ。

 デミーは走りだすと同時に羽ばたく。一気に加速すると大きな木の周りを旋回してゆく。デミー、頑張ってと美奈。やったあ~、デミーは叫んだ。とその時彼はアカシアの木の上をはるかに超えていた。人は昔昔、鳥だったのかもしれない、デミーは父が歌っていたこの歌を心のなかで何度も何度も繰り返していた。 

空を飛んだデミー

 鳥類と哺乳動物との違いは授乳と歯にあるのではないでしょうか。授乳のおかげで幼児の生存率が高まったと考えています。鳥の卵が自然界で孵化するのは半分ぐらいでしょう。卵を抱えた母鳥を観ているとご苦労様と言いたくなります。地球に生命が誕生して今日までどれだけの世代交代があったことだろうかと思わわれます。

空を飛んだデミー

人間の父母にそだれられた鶏デミーは、二階の屋根よりも高いアカシアの木を飛び越えさせようとの父の夢を実現すべく飛翔の鍛錬を心がけるようになる。人の思いは鳥にも通じるのかも知れない。 スズメ一家との交流の中でデミーはたくましく成長してゆく。両親の深い愛情とスズメの美奈の声援を受けて大空に向かって飛んでゆくのだ。人も鳥も自分に関心を寄せてくれる存在が幸せにしてくれる。

  • 自由詩
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-10

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