宗教上の理由

儀間ユミヒロ

 鬱蒼たる森の中。
 静かに佇むお社。
 参拝に来る子どもたち。
 それを出迎える、巫女。

 どこにでもある、平凡な風景。
 何の変哲もない。

 その巫女が、そこら辺にいる普通の巫女とは、違う身体を持っていること以外は。

 あたしの名前は真奈美。ここの神様は真神といって狼の神様なんだけど、その名前からひと文字もらったんだって。あたしのママは神社を代々継ぐ家族と血がつながってて、「真」の文字を使うと縁起がいい、みたいな話を聞いたことがあったんだって。
 さっきから「だって」が多いって? そりゃそうだよ。あたしもこんなこと、数日前に初めて知ったんだもの。それにママだって神社の遠い親戚でしか無いから、何がどう縁起いいのかみたいなことは知らないみたい。結局のところ、あたしの名前がなかなか決まらなくて、おじいちゃんに相談したらこの名前をもらった、っていうのが真相みたいだよ。
 だいいち、あたしだってこの神社来るの、初めてだったんだから。

 春先の頃、バス停にあたしは降り立った。
 まだ雪が残る山里。東京はもう桜も咲いているのに、こっちはコートが要るくらいの寒さ。
 なんであたしが一人でこんなとこに来たかというと、パパの海外勤務が決まったんだけど、そこは紛争や犯罪の危険がある国だったから、単身赴任することになったの。
 で、日本に残ったあたしとママとアニキの生活が始まったんだけど、そしたら今度はママが入院しちゃった。別に命が危ない病気とかじゃないよ。昔から痛めてた腰が悪化して、手術も成功したんだけど、しばらくリハビリしなきゃいけないんだって。で、あたしたち子供はどうしたかっていうと、アニキのほうは高校の寮に入れたので問題無し。まずいのはあたしで、どっか親戚のお世話にならなきゃ、って話になったの。
 そのとき話にのぼったのがこの神社。ママの入院した病院は温泉地帯のリハビリ専門病院で、そこからこの神社が近いの。それにこの神社のある村は、都会の子供を受け入れることに熱心らしくて、受け入れ体制が良いの。民泊とか、山村留学とかっていうやつ? とにかく学校とかでも歓迎して色々よくしてくれるから、ってことで。親戚としては遠いんだよ? この神社。でも親の話ではみんな親切で優しいっていうし、あとこれ大事なとこなんだけど、あたしと同い年の女の子が神社の子としているらしいんだ。だから、不安だけど半分はわくわくしてたの。

 「真奈美、さん?」
声をかけてくれたのは女の子。あたしと同じくらいの歳かな? 髪が長くてキラキラ光ってて。瞳は青みがかってて。外国の子かな? それにしてもまるで西洋のお人形みたい。
「天狼神社からお迎えに来た、ツマゴイと申します」
 ツマ、ゴイ? どこの国の人だろ? それとも、日本の苗字? 漢字が見当付かないけど。もしそうだとしたらハーフ? この子もどこかからホームステイとかでやってきたのかな?
「さっそく、案内しますね」

 村を抜けると、目の前に石段が。頭上には大きな鳥居。
「ちょっと長いけど、ここを登ると神社と家があります。車道もあるんだけど歩くならこっちのほうが距離短いんです。あ、疲れたら言ってくださいね」
ちょっとキツかったけど、途中で休むとかえってあとがつらそうだから、我慢して登りきっちゃった。女の子はケロッとしてる。身体はやせっぽちなのに、体力あるのかなぁ。
 どう呼ぶかわかんないけど、神社の建物があって、そこには賽銭箱と、屋根から吊るされた大きな鈴。女の子はその前にすっくと立つ。ここでお参りする決まりなのかな? えっと、神社って作法があるんだよね、初詣の時やったことある。二回礼をするのかな? そのあと鈴鳴らすんだっけ? 合掌? はお寺か。
「あ、うちの神社、ちょっと作法が変わってるんですよ。普通の神社では二礼二拍一礼っていうのをするんですけど、うちは鈴を鳴らして、こういきなり手を…」
 ぱん、ぱん。
 二回手を鳴らすと、女の子は目をつぶってつぶやいた。
「神様、ただいま。今日からお世話になる、真奈美さんです。どうぞよろしくお願いします」
女の子は姿勢をもとに戻すと、あたしに同じ事をするよう促した。あたしも鈴を鳴らして、二回手を打って、
「よろしくお願いします」
とだけ、小声でつぶやいた。

 神社の建物から脇に続く小道に入ると、森の中。ひんやりした、まだ雪の残るところを過ぎると、一軒の家が現れた。
「ここが、わたし達の家です」
 びっくり。
 テレビとかで見る、ヨーロッパとかの綺麗な湖のそばに建ってるおうちみたいなの。フィンランドかなんかの旅番組やってたときに、こんなの見たことある。ログハウス、でいいのかな? 神社のおうちにもこういうの有りなんだね。まあでも東京だとビルの中に神社が入ってたりするから、こういう西洋っぽい建物でもいいのかな?
 女の子に案内されて、あたしは家の中へ。
「お、おじゃまします」
いらっしゃい、と元気な声がして、中から二人の人が出迎えに来てくれた。一人は大人の女性、もう一人は小さい女の子。女の子のほうは、これまた青い瞳。この「ツマゴイ」さんの妹かな? あれ、でも、同い年の神社の子がいるって言ってたよね。今いないのかな?
 と思ってたら、大人の女性から、自己紹介をしてくれた。
「はじめまして。この神社の宮司、つまり神主さんね、それをしています。ツマゴイキワコです。これからよろしくね」
へえー、神主さん女の人なんだ。神主さんのツマゴイさん…あれ? 確かこの女の子の苗字も…。と思っていたら、女の子が言った。
「改めて自己紹介します。ツマゴイマヤと申します。キワコさんの姪で、この神社の巫女をしています」

 いやー、意外だったよ。
 彼女の名は感じで書くと嬬恋真耶。あたしと同じで、神様からひと文字もらったんだって。何が意外ってさ、てっきり外国の子だと思ってたら、この神社の子だったなんて、ね。
 みんなでリビングに移動して、希和子さん、真耶ちゃんの順に座って、その隣にはちっちゃい女の子。この子は嬬恋花耶ちゃんと言って、真耶ちゃんの妹。で、この二人がなんで青い目をしているかっていうと、お母さんにフランス人の血が四分の三流れてるんだって。しかも二人ともお母さん似なんだってさ。
 で、そのお母さんは? って思ってたら、キワコさん、感じで書くと希和子さんだけど、説明してくれた。
「二人とも、両親は東京にいるの。でもこの二人は神社のしきたりでここに住むことになっているの。真耶ちゃんは神使といって、神様のお遣いなのね。で、花耶ちゃんはそれをサポートする役目。小さい頃から、ずっとそう」
へー。パパとママの元を離れて暮らすなんて、寂しくないのかな…。
「あ、寂しいとか無いよ? もう慣れてるし、父さんも母さんも離れててもあたしたちのこと気にしてくれてるのわかるし、あとここには希和子さんもいるし、お友達もいっぱいいるし」
あたしの気持ちを察したかのように、真耶ちゃんが言った。いつのまにか敬語ではなくなってる。早くもなじめちゃったみたい。それにしても、良い子だなぁ。あたしもその、いっぱいいるお友達の一人に、早くなりたいな。
 それにしても、びっくりすることばっかりだよ。まあ、一番びっくりすることが最後にやってくるなんて、このときは思いもよらなかったんだけど。

 そのあと、家の中を案内してもらったり、神社の施設も色々解説してもらったり。気がつくと、夕方になっていた。
「そろそろ、お風呂でもどう? お風呂上がったら、歓迎会するから。楽しみにしててね」
というわけで、あたしはお風呂に入ることにした。真耶ちゃんと花耶ちゃんは買い物に出かけちゃってた。あたしの歓迎会のために足りないものを買い出しに行ったんだって。うれしいな。
 今日は一人での旅行みたいなもんだったから、疲れたよ。ゆっくりお湯につかって、疲れを取ろう…。あれ? 誰か入ってる。希和子さんは台所だし、真耶ちゃんたちが、戻ってきたのかな?
 まだあたしは廊下にいたんだけど、ちょうどその時、花耶ちゃんが通りががった。いま、誰かお風呂入ってる?
「うん。お姉ちゃんが入ってるよ。あとで花耶も入るけど。そうだ、真奈美お姉ちゃんも一緒に入ろうよ。花耶準備してくるから、先に入ってて?」
あたしは、お言葉に甘えることにした。脱衣場に入り、服を脱ぐ。お風呂場への引き戸を開けようとした時、中から声がした。
「誰? 花耶ちゃんかな?」
真奈美です、と答えようかと思ったけど、ちょっとイタズラ心が芽生えちゃった。花耶ちゃん、と見せかけて、私でしたー! みたいな? そうと決まれば早速実行。引き戸をガラッと開けて、ジャジャー…

 ん…。

 「あ、気がついた」
 あれ?
 あたし、お風呂場にいたよね? なのになんで、こんなところで横になってるんだろ。
 「よかったー。いきなり倒れちゃうから、ビックリしたよー。でも良かった、気がついて」
 この声…
 あーーーーーーっ!
 オ・ト・コ!

 あたしは、男の子が苦手なの。
 理由は忘れちゃったけど、とにかくクラスとかでも男子がダメで、フォークダンスとかも泣いて拒否してた。大人でもパパ以外の男の人は得意じゃない。アニキだって正直苦手。家でもあんまりしゃべんないし。
 なのに。
 それなのに!
 男子のハダカなんか、なんで見なきゃならないのよっ!

 「花耶ちゃんダメだよー。よそから来た人はまだ、あたしの身体のこと知らないんだからー」
なんてのんきな叱り方をしているこいつ。嬬恋真耶。
 もうわかった。
 男。
希和子さんが説明してくれた。この神社には人間の子どもが神使として親元を離れて住んでいる、っていうのはさっき聞いたとおり。でももう一つ重要な決まりがあるんだって。
「神使となるのは、女の子でなければいけないの。神様が女性だから、抵抗感がないようにってことで。でも、神使の位を継ぐ条件があって、それに当てはまるのが男の子ってこともあるの」
だいたいきょうだいの一番上の子がなるんだけど、その子がもし男だとしても、女の子として育てられる。だからお風呂も他の女の家族と一緒。花耶ちゃんもそのつもりで誘ってくれたんでしょう? って。
 冗談じゃない。
 神社のしきたりだか知らないけど、生まれてこの方、長男をオカマとして育ててきたってどういうこと? 信じらんない。つか男の裸見せつけられたあたしの立場は?
 ああもうっ!
 なんかまた、頭がクラクラしてきた。

 いつの間にか、眠っちゃってたみたい。
 目覚めても、まだ怒りは収まらない。まずはあいつの性別が見抜けなかった自分への怒り。でも確かにあれだけ完璧に女に化けてたら分からないのも無理はない。というか、そこまで完璧な女装ができているのも周りがバックアップしてるからであって、家族ぐるみでそんなことしているってのがもっとムカつくっていうか、それが一番ムカつく!

 お腹すいたな。
 結局歓迎会は中止になったから、昼から何も食べてないんだった。夜食とか、ないかな? いま何時? 2時? 誰か起こして食べ物もらう、わけにもいかないよねこんな真夜中に。つか、あの人達に頭下げるのも癪だし! 冷蔵庫に何か入ってないのかな。こっそり行ってもらってきちゃおうかな。でもそれもコソ泥みたいでヤだなぁ…どうしよう…。

 あれ?
 物音がする。

 気がついたら、その音について行っていた。気がついたら、台所にいた。そして気がついたら、目の前に、あいつがいた。
「…お腹、すいたの?」
うん、と言いかけて言葉を飲み込んだ。こいつの世話になんか、金輪際なるもんか!
「ちょっと待っててね。今おむすび作ってるから」
ホントだ。炊飯器の前で両手をもごもご動かしてる。歓迎会に備えて炊いてあったのかな。あ、出来上がった。次のご飯を手に乗せて、また両手をもごもご動かして、すごい! もうできちゃった! 続いてもう一つ…って、明らかにあたしの分も入ってるよね? あたし欲しいともなんとも言ってないよ? ただただ、相当ムスっとした顔をしていたはずなのに、気づいてないの?

 結局、あたしの目の前に、おにぎり六個。その向こうに、あいつの顔。
「足りなかったら言ってね? 夜中だから食べ過ぎてもあれかな、って思ったけど、人によって食べる量って違うからね」
いらないよ! って言いたいところだけど、さっきからお腹がグーグー鳴ってる。我慢出来ない。
 食べよう。

 おいしい。

 ただのおにぎりが、こんなにおいしいなんて。お米がいいのかな。いや違う。握り方がいいんだ。ママのおにぎりはいつも硬すぎるし、あたしが作ると握り方が弱すぎてポロポロこぼれちゃう。
 そっか、こいつ相当料理上手いんだ。多分、女の子のたしなみとか何とかで仕込まれたんだと思う。ということは、あたしがおいしいおにぎりを食べられるのは、そのおかげなんだ。
 あたし、悪いことしちゃったかな。
 いや、口には出してないけどさ、表情で分かるはずだよ。あたし、そういうのすぐ顔に出ちゃうから。
 こいつ、大キライ。
 顔に書いてあったんだよ。
 うん。
 謝らなきゃ。

 「ごめんね」
あれ? あたしまだ謝ってないよ? つか何で、こいつが謝るわけ?
「あたし、ずっと女の子で通して来たし、みんなもそれに合わせてくれてたから、ついついそれが当たり前だって思ってたの。でも違うんだよね。よそじゃあたし、男の子なんだよね。うっかりしてた。ごめんね」
 ううん、気にしないで。
 あたしはそう答えた。
 謝るタイミングは、無くしたままだった。
 それから、二人でおにぎりを食べながらおしゃべりをした。会話が弾むなんてのとは程遠いけど、少しずつ、少しずつ言葉を重ねていった。この村は明治時代から有名な観光地だったこと。同時に農業も盛んで、野菜はほとんど地元で買っていること。火山地帯で水はけが良いのでとうもろこしは絶品だということ。そのかわりお米が取れないので昔から一粒でも大事にされてきたこと。おにぎりは嬬恋家ではおむすびと呼んでいること。結ぶという言葉が大事なんだということ。
 そっか。
 あたしたち、このおむすびに結ばれたんだ。

 そういえば、おむすび作るの、うまかったな、こいつ…って呼ぶのやめよう。真耶…さん…でいいかな。やっぱり、女の子修行のメニューに、料理も入ってるんだ?
 「ううん?」
…はい?
「料理は、あたしの趣味なの。それに料理って、男の人女の人関係なくできたほうがいいと思うんだ。性別で家事をするしないが決まるって、あたしは変だと思う」
あらあら。けっこう進歩的な考えなんだね。

 結局、一時間ほどしておむすびを完食してから、あたしたちは再び眠りについた。そして朝。
 とりあえず、真耶さんへのムカつきは落ち着いた。おむすびもおいしかったし。一応、これからもうまくやっていけそう、かな。まだまだ戸惑ったり引いたりはするかもしれないけど。
 それはさておき。
 ママには報告しなきゃ。真耶さんが女の子に見せかけて、実は男の子だったってこと。いくら遠い親戚だといっても、そういう大事なことは知っておいて欲しいよね。メールしよ。ケータイ、ケータイ…。
 あれ、メールが来てる。ママから。ちょうどいいや、このメールの返信で、真耶さんのこと…。

To:真奈美ちゃん
本文:神社での初日はどうだった?
   真耶ちゃんとは仲良くなれた?

 いや、それがね、その真耶さんがさ…。

   これで真奈美ちゃんの男の子嫌いも
   直るといいね
                 ママ

 なにーーーーーーーー!!

 ママってば、あいつが男って知ってたの? しかも最初はそれ黙ってるどころか、女の子だなんてウソまでついて。あたしを預ける先をこの神社にしたのも、あたしの男嫌いを直すためだったんだきっと!

 前言撤回!

 あいつとなんか、絶対仲良くしてやんない!

(つづく)

宗教上の理由

宗教上の理由

処女作です。きわめてベタな路線を狙ってみました。連続ものです。続きます。2012年1月23日夜、後半を追加および一部を加筆しました。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-01-23

Copyrighted
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