SS34 初夢の舞台裏
七福神の乗る宝船の絵を枕の下に入れて眠ると、いい初夢が見られるという……。
「だから修理してから出航した方がいいって言ったじゃないのさ」紅一点の彼女はイライラを隠さなかった。
「今さらそんなこと言ったってな、おい、そこ水が漏れてるぞ」
大黒天の指差した床からはピューッと海水が噴き出している。すぐさま駆け付けた毘沙門天がそこを右足で踏み付けた。
「まだまだ目的地は大分先だぞ、辿り着けなかったらどうするんだ?」
「ほら、文句を垂れる前にやる事やってくれよ」
狭い船内にひしめく七人は新たな水漏れに対処しながら、船底に溜まった海水を桶で外に捨てる作業に着手する。
「これが七福神たる我々のやる仕事かいな。帆に書かれた”宝”の文字が泣いているぞ」
老骨に鞭打って乗り込んだ寿老人の言う事にも一理あるが、自分達を待ちかねているであろう民衆へ渡す金銀財宝に手を付ける訳にもいかないではないか。
そもそも人々に福を与えようと旅立った我々の乗る船はおろか、航海に掛かる費用もすべて自腹というのはどういうわけだ?
民に分け与える分だけが上から支給されるという、このシステム事態がおかしいじゃないか?
出立前の点検で、船が大分傷んでいるのは分かっていた。
しかしすべてを直す為の費用は工面出来なかったのだ。
年初、満を持しての登場で、あまりに貧相な見栄えでは福の神たる面目が立たない。まずは外面から整えるのは当然だろう。
という訳で、必然的に見えない部分に掛けるお金はなくなった。
期待を裏切れない上に、舞台裏は火の車だという現実も見せる訳にはいかない。
何せメンバーにはご老体が多いのだから、いくら年に一度の行事とはいえ、それまでに稼げる金額にも自ずと限界があった。
「ちょっと、どんどん水嵩が増してるわよ」弁才天が悲鳴を上げる。
必死の排水作業の甲斐も虚しく、すでに皆膝まで水に浸り、せっかくの衣装もズブ濡れになっていた。
組み木の軋む音が大きくなり、破裂するような衝撃が船を襲うと、水嵩が一気に増して船が傾き始めた。
「お前の持っている袋の中のお宝を少し減らせ!」誰かが慌てふためいて白い麻布を引っ張った。
……その時、心に何の準備もない彼らの目に、突然”対岸”が姿を現した。
「皆、準備だ」そのひと言が七人を本来あるべき姿にさせようと突き動かす。
楽器を持つ者、槍を持つ者、小槌を持つ者……。
そして全員が満面の笑顔を浮かべる。
***
元旦。
今年こそいい初夢を見ようと、七福神の乗る宝船の絵を枕の下に入れて寝た人々の見た夢には皆、不思議な共通点があったという。
はっくしょん!
それは初夢の前に現れた彼ら七人が、揃って派手なくしゃみをした様だった。
SS34 初夢の舞台裏