幸せなだけの夢を

2012/01/22

 白く大きな円柱が広間を埋めるように並んでいた。その華麗な立ち姿には、この建物の最盛期を思わせる彫刻が刻まれている。柱に触れた指先は砂を噛んでざらつき、湿った足元を見遣れば水たまりが点々と横たわっていた。行く手を塞ぐように伸びた薔薇の蔓は、時に切り開かなければならない程に巣くっている。これが神を奉る神殿の、朽ち果てた姿だ。
 打ち捨てられたようにそびえ立ったそれには、成長の早い草花が我が物顔で振る舞うだけではなく、溢れ出るような水が人々を遠ざけていた。由緒を尋ねれば、ここは水の相を持つという。ならばこの水が人々から神殿を守っているのだろう。朽ちてはいるが穢れてはいない建物を見ると、何か悪いものが集っている訳ではなさそうだと、胸をなで下ろす。
 奥の扉へ辿り着いた頃には、全身から汗が滴り落ちていた。まるで温室のような湿気に、幾許の体力を奪われただろう。平時は開け放たれているはずの取っ手を握り、力任せに扉を引く。強い熱風が内側から吹き抜け、木の葉がふわりと舞い落ちた。
 そこにあるはずの、水の回廊も、祈り場も、木々に遮られて、とても奥など見渡せはしなかった。ただ天窓の光だけが降り注ぎ、神殿の主を照らしている。半年前から変わらぬその顔を見て、思わず足を踏み出した。
「刃物を持ったまま、祈りの場に入ってはいけませんよ」
 聞こえるはずのない声に、主を見上げる。こちらの動揺などどこ吹く風かと、目を瞑ったまま微動だにしない。薔薇の蔓に四肢を捉えられたまま宙吊りにされて、壁と天井の角からこちらを見下ろす、美しい娘。
 幻聴だったのかもしれない。武人として剣を携えたまま、敷居を跨いで、よく怒られたものだ。いけませんよ兄上、と。
「その剣は兄上を守るものではありますが、ここでは周りの者を傷つけてしまいます」
 長い金糸の髪は今も変わらず輝くような光を称え、薄い祈りの装束から透けて見える肌は雪のように白い。
 死んでいるのではないと、麓の村では聞かされていた。しかしこの状態をどうして生きていると言えよう。村を守り、神殿を守るために、まるで取り憑かれたように吊るされて、大地に帰るまでその身を捧げるのだろうか。
 神官は、こうして夢を見るのだという。悪い夢を排除し、幸せな夢を見続けることで、土地の穢れを祓う。彼女は神になったのだと言い聞かされた。慰めの言葉ならば幾らでも弄すると良い。到らぬこの身を幾らでも捧げよう。
 祈りの場は、人を寄せ付けぬ威圧感で支配されていた。踏み込めば、その茨に食い破られるような緊張感を孕んでいる。主を守らんとする、人ではないものの声が聞こえるようだった。

 ひと雫の涙が零れ落ちる。
 可哀想な我が妹。

幸せなだけの夢を

続きません。

いつか物語になればと思います。

幸せなだけの夢を

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-01-22

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