戦鬼伝 新撰組秘帖 闇の参謀
其の一
一八五三年、アメリカ合衆国が派遣したペリー提督率いる四艘の黒船が浦賀沖に来航、江戸幕府に開国を迫る大統領国書をもたらした。
此処から、動乱の時代である「幕末」は始まる。
それから九年後である一八六二年。
京都は政治の中心地となり、諸藩から尊皇攘夷・倒幕運動の過激派志士が集まり、治安が悪化した。従来から京都の治安維持組織である京都所司代、京都町奉行所だけでは防ぎきれないと判断した幕府は、最高治安機関として京都守護職を新設し、会津藩藩主・松平容保を就任させた。
その翌年 一八六三年二月。
江戸幕府将軍・徳川家茂上洛に伴い将軍警護のために作られた「浪士組」が発足された。
発案者は清河八郎。
だが、清川は浪士組を幕府から切り離した組織にし、急進的な尊王活動に利用してしまおうと攘夷を唱え、江戸へ帰還するよう説得した。
これに二十四名の者が異を唱え、ある組織を結成した。
「壬生浪士組」である。後にこの組織が「新選組」となる。
この物語は、新選組が壬生浪士組と呼ばれていた頃に始まる。
壬生浪士組屯所・前原邸一室にて、この男が告げた言葉が、俺、原田左之助にとっての始まりだった。
「情報が、漏れているな。」
目の前には眉間に皺を寄せて考え込む、壬生浪士組副長・土方歳三の姿が合った。
黒く肩まで伸びた髪に、氷のような冷たい瞳。江戸にいた頃はよく笑う愛嬌のある男だったが。この男が最後に笑ったのは何時だろうかと思いながら、俺は土方の話を黙って聞いていた。
「確かにな」
壬生浪士組が市中巡察に出れば、必ずと言っていいほど巡察経路とは離れた場所で事件が起こる。副長である土方が疑うのも理解はできるが。
「内部に間者がいる可能性が高い。疑わしいものは何人かいるが、おまえはこいつを調べてくれ」
土方から渡された資料に、俺は目を通した。
「尾形俊太郎?」
「ああ、俺はコイツが一番怪しいと見ている。肥後浪人ということ以外、詳しいことはわかっていない。優秀な男だが、何を考えているのか、まったくわからん。」
俺は、縁側の日向で寝こける尾形の姿を思い出した。
黒の紬を纏い、腰までの白髪を赤い組み紐で束ね、眼鏡を書けた一見すると学者を思わせるような男だが・・・
時折見せる鋭い目つきは、ただ者ではないと思っていた。
「尾形配下の連中も怪しいものばかりだ。調べてもらいたい。」
資料には以下の名前があった。
浅野薫
林信太郎
神田弘幸
石岡橋太郎
木村俊介
新道進
いずれも、他の副長助勤の下に所属していたことのある連中だが、問題を起こし、尾形預かりということになっている連中である。
いうならば「危険人物」が揃った集団と思って間違いない。
「危ない奴は一つに纏めた方が効率がいいからなあ。」
土方の言葉に、危険すぎるだろうと、胸の中でつぶやいて笑ってしまった。
この二人が密談している部屋の天井の裏で、一人の男がため息をついてその様子を見ていた。
(バカだバカだと思っていたが、ここまでバカやったとは計算違いやったなあ。)
この男が林信太郎という。
林がここにいる理由は、尾形から依頼された護衛のためだった。護衛対象は土方だ。
現在、壬生浪士組の組織は以下のようになっている。
筆頭局長ー局長ー副長ー副長助勤ー平隊士。
筆頭局長は芹沢鴨。過激で有名な「水戸天狗党」に所属していた過去もあるそうだ。
局長は芹沢の盟友である新見錦と、護衛対象の一人である近藤勇。
副長は近藤の弟子である土方歳三と山南敬助。この二人も、今回の護衛対象。
副長助勤は、まあいろいろといるが・・・わい等の中では尾形さんと浅野がこの役職についている。
先日、わいは、花街にて壬生浪士組の幹部である近藤勇、山南敬助、そして今下にいる土方歳三が狙われていという情報を掴んだ。情報を聞いた尾形さんは、この連中の護衛をわいを含めた部下に指示した。
わいは下の様子を伺いながら盛大にため息をついてしまった。
まあ確かに、纏め役である尾形俊太郎という男は尊皇攘夷思想が強い肥後の出身である。
だが。
(出身だけで人を疑うなんて危険な副長様やなあ。しゃあない)
とりあえず、尾形さんに報告しておこか。副長助勤の原田もいることだし、少し離れていても大丈夫だろう。
そう考えると一端、離れた。
「尾形はん」
文机に本を起き、目を通していた男の後ろに、林信太郎は天井から音も立てず飛び降りた。
「ご苦労。林」
「土方はんが、わい達のことを間者と疑っているようでっせ」
わいの目の前にいる男ー尾形俊太郎はきょとんとした表情を浮かべた。白く長い髪を赤い組紐で束ね、黒の紬を纏っていた。
メガネをかけ、一見すると学者を思わせるような男である。
だが侮るべからず。こう見えて、「副長助勤職」を務めている。まあ、隊内に真しやかに流れる噂に、一番弱い副長助勤と言われているが。
やがて尾形さんは、くつくつと喉を振るわせ、笑いだした。
「土方先生が、俺達を?」
無理もない。話を聞いていた わいでさえ、「笑撃」を感じたからだ。笑いを堪えるのに、ホント、苦労したで。
「ようやく疑うことを覚えたか。で、監視役は?」
「原田先生や」
「よりによって死にぞこねぇの左之助が俺たちの監視か?アイツのことだから、「監視させてもらう」とかわざわざ言いに来るんじゃないか?」
あり得る。
原田左之助という男の性格から考えてその可能性はあるだろう。
だが、土方副長の「密命」をわざわざばらすバカはいるだろうか?
「賭けしてみません?わいは、原田が密命をバラさないに一票」
「おう、お前さん秘蔵の春画収集が賭けの対象だぜ。俺はバラすに一票だ。」
穏やかに笑う尾形さんに、わいは少しだけ肩の力を抜いた。
翌日。原田は俺達にこう言った。
「悪いが、お前たちを監視させてもらう」
それを聞いたわい等は唖然とした表情を浮かべていた。
やはり原田は馬鹿だった。
其の弐
そのとき、わい達は屯所近くの壬生寺で稽古を行っていた。
壬生寺。
律宗大本山の寺院であり、本尊は地蔵菩薩。中世に再興した円覚上人による「大念仏狂言」(壬生狂言)を伝える寺として有名である。また、壬生浪士組の屯所から近いところにあるため、兵法調練場としての役割があった。
だたし、ここにきて稽古するのは、わい達か幹部連中ぐらいだが・・・。現在、この壬生寺にいるのはわい達だけ。
稽古する隊士の姿はなし。稽古も仕事の一つだろ。仕事しろと言いたい。
尾形さんは、俺たちの稽古の様子を確認しつつ、副官である浅野薫と市中巡察の打ち合わせを行っていた。
わいは、他の四人の稽古をつけていた。
四人は四人とも入隊した時よりも、格段に強くなっている。ただし、石岡橋太郎は方天戟、木村俊介は鎖大鎌、神田弘幸は体術、新藤進は剣。
ちなみに、わいこと林信太郎が使うのは爆弾および銃。浅野薫が使うのは「斬剛糸」と呼ばれる糸状の刃。そしてわい達の頭である尾形俊太郎は小太刀二刀流。
(尾形はんを含め、全員が武器が特殊だからなあ・・・)
壬生浪士組の考え方としては「武士ならば「刀」で戦え」である。それに見事に異を唱える集団となってしまった。
稽古は乱取りすなわち実践形式が主だ。その時だった。
「あれ?原田先生」
新藤の言葉に、全員がそちらへと目を移した。
のそりのそりと、お色気満載の色男がこちらを見ると、軽く手を上げやってきたからだ。
この男こそ、原田左之助である。
あだ名は「死にぞこねぇの左之」
一見すると色男で、笑う顔がかわいいと遊郭のお姉様がたにも評判であるが、この男、気が短い。若い頃、中間として仕事をしていたが、その時の上官に「腹の斬り方も知らない下衆」と言われ、この男、腹を切った。これが「死にぞこねぇの左之」のあだ名の由来である。
幸い、傷が浅く命拾いしたが、脱藩。流れ流れで江戸の天然理心流に入門、現在は壬生浪士組の副長助勤。すなわち、尾形はんや
浅野と同格で、わいよりも役職上はおえらいさん。一応、稽古を止めた。尾形はんや浅野も、原田先生に視線をやる。
「悪いが、お前たちを監視することになった。」
全員が原田先生の言葉にきょとんとした表情を浮かべると、やがて笑いだした。無理もない。
「はははは。土方先生も面白いなあ。」
「ここ最近の巡察結果から考えると、副長、俺らを疑ってくるだろうと思っていたけど、やっぱりなあ。」
「でも、わざわざ乗り込んでくるとは。好きだわ。原田先生」
「組頭の一人勝ちですやん。後で春画収集の中でも、イイモン選んでもってきますやさかい、選んでください」
上から、神田、木村、新藤、石橋の言葉である。昨日、わいから原田先生が監視につくことを告げたが・・・笑い飛ばすとは肝が座っていやがる。育て方間違えた?わい?
「え?春画?俺もみたい」
春画に反応する原田先生の頭を、ぶん殴る浅野の姿に、わいは顎が外れるほど驚いた。
「いてぇ!何しやがる。」
「馬鹿だ馬鹿だと思っていましたが、本当の馬鹿ですか。貴方は。副長の密命をばらす馬鹿がいますか。?お茶目で腹切った時、考えるということも忘れましたか」
原田先生を叱り飛ばしたのは浅野薫。わい達の副官にあたる人物。
備前出身であり、忍術「備前流」の使い手。ただし、適塾で緒方洪庵から蘭学を学んだ医者でもある。
試合したことがあるが、命がいくつあっても足りないほど容赦がない戦闘をする男だ。
敵の先の先まで読むことができる頭脳は、土方先生と互角とわいは見ている。
その浅野に原田先生が叱られていた。まあ、叱りたくなるのも無理ないが・・・考えてはいけない。相手はバカだとはいえ、仮にも副長助勤様だ。
「だいたい貴方は・・・」
すうと尾形さんが動いた。
「違うな。浅野」
尾形さんが笑いながら二人の仲裁に入った。
「馬鹿だが、馬鹿なりに考えた作戦だよ。下手に監視するよりも、相手の懐に入ってしまった方がいい。そう考えたんだろ」
「いい加減、馬鹿連呼しないでくれ。」
全員が原田を見る。ニヤリと楽しげに笑う原田先生の姿があった。静かだが隊士全員から殺気漲る。無理もない。わい達は壬生浪士組の中で「異端」であることは認識している。異端を容認する尾形はんのような人がいれば、当然、排斥しようとする人もいるだろう。
まずい。わいは皆の殺気を削ぐような口調で告げた。
「まあ、ええやないの」
のほほんとしたわいの言葉に、全員がわいを見た。
「副長が疑おうが、原田先生が監視しようが、やるべきことは何も変わらん。市中巡察して危ない奴ら、見つけたら片っ端から斬って。で、危ない仲間がいたら助ける。それだけや。」
わいの言葉に頷く尾形さんの様子に、四人とも稽古に戻った。
「良い隊士が揃っているな。この隊。」
原田の言葉に、俺・尾形俊太郎は少しだけ笑った。先ほど、全員が一瞬殺気だった。・・・だが、この男の表情に変わりはなかった。
むしろ楽しげであったのが気になったのだ。
「誰だって疑われれば、あーなるさ。気にすることはねぇ。それにしても予想の斜め上をいく隊だな。この隊」
俺は原田の言葉を待った。
「監視すると言われて、嫌な顔するどころか大笑い。挙句に賭けの対象か?何賭けていたんだよ」
「お前さんが俺たちに「監視させてもらう」とバカ正直に告げるかどうか。大半の人間は「告げない」と見ていたんだが、俺は性格的に考えて「告げる」と見ていた。」
「へぇ」
にやりと原田は笑った。
「浅野。」
俺の近くにいた浅野が、京都市内の地図を広げながら考えていた。
地図には、ここ最近、連続して起きている襲撃事件の現場が、詳細に書き込まれている。
「お前、次は何処が襲撃されると読む?」
「恐らく、此処の三点でしょう。」
浅野は書き込まれた地図から三カ所を指し示した。
「五十鈴屋、三輪屋、川北屋。いずれも大店だな。」
「うちの隊士達に情報収集させたところ、人相書きの男が、この三つの店の周りで目撃されたということを確認済みです。」
浅野の言葉に俺は頷いた。それは同意見だからだ。
「それと、悪い知らせが」
「?」
浅野の目つきは鋭い。
「市中で河上彦斎が目撃されています。」
「河上彦斎?」
原田が俺たちの話に入り込んできた。
「[人斬り彦斎]の通り名の方が原田先生にはおわかりになるかと。」
「何処からそんな情報を?」
「 浪士が押し込んだ先で殺された遺体を奉行所に頼んで確認させて貰った。逆袈裟で一撃。ありゃ、彦斎の手だ」
驚く原田の様子に、溜め息をつく浅野。
懐から冊子を取り出し、原田の顔にめがけてぶん投げた。
冊子を顔面ぎりぎりで受け取る原田。
「彦斎の手によりものか尾形さんに遺体を確認して、特定してもらいました。その後、林さんに似顔絵を作成して貰い、うちの隊士で手分けして探索をした結果です。 幹部皆様から無能扱いされているだけではなく、原田先生の監視がつくような尾形隊ですが、こー見えて巡察の他に、情報収集にも当たってますから。はいこれ、捜査資料。読んで頭に叩きこんでおいてくださいね。宿題ですよ。」
「・・・アンタは俺の先生か!!」
「私達を監視するんでしょ。監視するからにはしっかり監視してもらわないと。私は使えるものは使い倒しますからね。」
にこにこ笑う浅野と、しゅんとする原田。
「原田先生は、資料を読むとか、勉強とか嫌いだもんなあ。」
「褒めるなよ。本能で生きてきたからな。」
「褒めていないよ。たわけ」
その様子を笑いながら見ていたが、俺はある出来事が頭の中によぎった。
「・・・浅野」
俺は浅野に視線をやる。
「はい。」
「確か、局長と副長二人、会津と極秘会合だったよな?」
「ええ。護衛は武田隊、巡察は谷隊・・・ちぃ」
浅野の目が細くなった。だが、すぐに凶悪な笑みを浮かべ、奴は言った。
「皆さん、今日は特別な宴会がありますから、きっちり準備して下さいね。」
浅野の言葉の意味を察した全員に、殺気が宿った。浅野の「宴会」の意味がわかったのだろう。
「宴会?・・・もしかして」
気づいたのだろう。原田が俺を見た。
俺は黙って頷いた。
其の参
四人それぞれの動きを見ながら、俺・原田左之助は尾形と浅野の話を聞いていた。
四人の武器はそれぞれ異なっている。俺は方天戟を使う男と剣を使う男に注目した。方天戟とは、北宋時代に作られた武器で、槍のような刃の両側左右対称に「月牙」と呼ばれる三日月状の刃が付いている。槍から発展した武器だ。この武器は、「斬る」「突く」「叩く」「払う」といった複数の戦う方法をもつ。
俺の専門は「槍」。一応、種田流槍術の免許皆伝を持っている。その俺から見ても。
(いや、強い・・・おそらく俺や谷さんと互角。)
もしかしたら、俺も負けるかもしれない。背筋に冷たい汗が流れた。もう一人の男に目をやる。刀は・・・
(おそらく、北辰一刀流・・・だが・・・)
同じ試衛館で剣を学んだ山南敬助や藤堂平助と互角の展開ができるだろう。他の二人もかなり強い。
(相当、稽古しているな。この連中・・・)
それにしてもと、俺は隣にいる男に目をやった。
尾形俊太郎。肥後脱藩浪人。経歴不詳。だが、この連中を見出し、育て上げた能力は、かなり高い。
尾形と浅野は、何やら打ち合わせをしていた。市中巡察の経路について考えているらしい。ちらりと浅野が持っている地図を見たところ、いろいろと情報が書き込まれていた。巡察という仕事に対しても、一つ一つ考え込まれている。
(土方さんにいろいろ進言せにゃならんことが多そうだなあ。)
確かに、異端な連中だが、下手な隊士よりは使えるかもしれん。考えて動いている。
「市中で河上彦斎が目撃されています。」
聞こえた声に、俺は割り込んだ。
「河上源斎?」
俺の言葉に、浅野が説明を加えた。
「[人斬り彦斎]の通り名の方が原田先生にはおわかりになるかと。」
身の丈5尺(現代でいうとおおよそ150センチ)。小柄で色白。一見すると女性を思わせるが片手抜刀の達人。壬生浪士組の前身、浪士組を作った清川八郎などと交流を持った過激派の尊王攘夷論者。
「何処からそんな情報を?」
「浪士が押し込んだ先で殺された遺体を奉行所に頼んで確認させて貰った。逆袈裟で一撃。ありゃ、彦斎の手だ」
ふぉん
何かが俺にめがけて飛んできた。反射的に俺はそれを受け取る。
帳面だった。中をパラパラめくると、事細かな情報が書き込まれている。
「彦斎の手によりものか尾形さんに遺体を確認して、特定してもらいました。その後、林さんに似顔絵を作成して貰い、うちの隊士で手分けして探索をした結果です。 幹部皆様から無能扱いされているだけではなく、原田先生の監視がつくような尾形隊ですが、こー見えて巡察の他に、情報収集にも当たってますから。はいこれ、捜査資料。読んで頭に叩きこんでおいてくださいね。宿題ですよ。」
・・・容赦ないなあ。
尾形の隣にいる男に俺は視線をやる。
浅野薫。備前出身。「備前流」と言われる忍術の使い手。だが適塾で医学を学んだこともあるらしい。
「アンタは俺の先生か!!」
「私達を監視するんでしょ。監視するからにはしっかり監視してもらわないと。私は使えるものは使い倒しますからね。」
浅野はニヤリと性質の悪い笑みを浮かべた。この笑い、どこかで見たことがある。いや、いっつも見ている。
土方さんだ。もしかしたら、土方さんより、性質が悪い奴かも。土方さんにこき使われ、浅野にもこき使われる。下僕体質だっけ?俺?
「原田先生は、資料を読むとか、勉強とか嫌いだもんなあ。」
「褒めるなよ。本能で生きてきたからな。」
「褒めていないよ。たわけ」
この男も、俺のボケに容赦なく突っ込んできた。だが、次の瞬間、尾形の表情が変わった。
何かに気づいたのか真っ青になっている。
「・・・浅野」
「はい。」
「確か、局長と副長二人、会津と極秘会合だったよな?」
「ええ。護衛は武田隊、巡察は谷隊・・・ちぃ」
浅野のも何かに、気がついたようだ。目が細く鋭くなった。だが、すぐに凶悪な笑みを浮かべた。もう、土方さんそっくりな。
「皆さん、今日は特別な宴会がありますから、きっちり準備して下さいね。」
特別な宴会?どういうことだ?
尾形直属の隊士たちには「宴会」の意味が通じたらしい。空気が変わった。感じるのは「殺気」。
俺は考える。
「情報流出」
「河上彦斎」
「活発化する浪士」
「会津と局長・副長の会合」
「武田隊、谷隊ときいて苛立った浅野」
バラバラな情報から、ある一つの仮説が思い浮かんだ。
もしかして、浪士は「会津」と「壬生浪士組の局長・副長」を狙っている?
俺は尾形と浅野に目をやる。尾形も浅野も俺の視線に気づき、説明を加えてくれた。
「浪士の犯行の間隔がだんだん短くなっている。おそらく、今日、何らかの動きがある。可能性は二点。浅野が指摘したとおり、 五十鈴屋、三輪屋、川北屋のいずれか、もしくは全てに押し込む可能性。もう一つ。会津と局長・副長の暗殺を企てている可能性だ。」
「最悪の可能性は二つの可能性が、同時に起こることです。隊の情報流出している犯人がいる以上、最悪の可能性が一番高い。そして、まだ内偵中ですが、その情報流出の犯人は組の中でも上の地位にいます。私達では手が出しづらい」
尾形の説明に浅野が補足した。
「最悪の可能性であった場合、谷隊、武田隊では残念だが役不足だ」
尾形の言葉には俺も同意できた。
壬生浪士組の職制は以下の通りだ。
局長(三名)ー副長(二名)ー副長助勤(十三名)ー平隊士(凡そ三十名)。
この頃、俺達は副長助勤とその助勤直属の平隊士を一隊としていた。すなわち俺と俺の配下の平隊士は「原田隊」。尾形と尾形配下の平隊士は「尾形隊」となる。
「谷隊」とは、副長助勤である谷三十郎と彼の配下の平隊士を、「武田隊」とは、副長助勤である武田観柳斎と彼配下の平隊士を指す。
「谷さんとこも武田さんとこの奴らも、いい奴らなんだが・・・彦斎相手だと無理だ」
尾形の言葉はかなり、婉曲していると思う。はっきり言って、あの二隊は、基本的に実戦には向いていない。
「とりあえず、可能な限り手を打たなきゃならんな。」
林が、隊士たちの稽古を終わらせ、何らかの指示を与えだした。四人はそれに頷き、寺の外へと向かっていった。
林はそれを見送り、俺達のところに戻ってきた。
「さてと。私と林さんは、宴の支度をしなければなりませんから、ここで失礼しますよ。」
林は苦笑を浮かべながら、浅野の言葉に頷き、隊士たちの後に続いた。
壬生寺には俺と尾形の二人が残った。
「俺にできることは?」
俺の問いかけに、尾形の目元に穏やかな皺ができる。笑い皺だろう。
「監視するんだろ?俺たちを?」
「まあな。だが、土方さんからは「監視しろ」と言われただけで、「協力するな」とは一言も言われていないからな。俺。」
その言葉に初めて尾形が笑った。
壬生寺から、尾形と二人歩きながら屯所に戻った。途中、酒を買おうとしたが、首根っこを捕まえられて止められた。犯人は尾形だった。
「何すんだよ。」
「少しは酒を控えたらどうだ。原田先生。」
尾形の眉間にシワがよっていた。その表情は土方さんそっくりで、俺は思わず笑ってしまった。
「何だ。」
「いや、素のお前って可愛いなあっと想って」
「・・・そういう言葉は女に言ってやれ。この人たらし」
尾形の言葉に俺は笑ってしまった。
壬生浪士組屯所に戻り、俺と尾形は己の部屋に向かっていた。
その途中、向かいから来た人間を見て、俺と尾形は軽く頭を下げた。
壬生浪士組の局長がぞろぞろと歩いてきたからだ。
現在、壬生浪士組は二つの派閥に分かれている。
水戸天狗党派と天然理心流派。
先頭を歩くのは、芹沢鴨。
壬生浪士組筆頭局長。水戸天狗党派の筆頭がこの男だ。
過去には天狗党の乱にも参加し、入牢したこともあるそうだ。
芹沢の後ろを歩くのは、近藤勇。
壬生浪士組局長。天然理心流派筆頭がこの男に当たる。
元は天然理心流と言われる多摩の剣術道場の主を勤めていた男である。俺は近藤さんの人柄に惚れて、ここまで一緒に働いてきた。
最後尾を歩くのが壬生浪士組局長の新見錦。
壬生浪士組局長・芹沢と長くつきあいのある男であり、芹沢からの信頼も厚い。
三人が通り過ぎた後、俺と尾形は頭を上げた。
尾形は、ある男を見つめていた。俺はその視線に気が付き、尾形に問いかけた。
「まさか?」
浅野が言っていた言葉を思い出していた。
情報流出の犯人は、壬生浪士組の中でも、上の地位いて、尾形や浅野が手を出しづらいと言っている物。
尾形の視線の先にいる人物は、その条件に完全に当て嵌まっていた。
(新見さんが、尊王攘夷派浪士に情報を流出している?)
尾形は俺の言葉に黙って頷き、部屋に戻っていった。
其の四
俺はそのまま土方さんの部屋に向かった。
「失礼します。原田です。」
「入れ。」
聞こえてきた声に、俺は土方の部屋に入った。土方は同じ副長である山南敬助と何やら打ち合わせをしていた。
「尾形たちの様子はどうだ。何か怪しい動きがあったか?」
「いんや。正攻法で行ったら、大笑いされた。」
俺は浅野から渡された資料を土方さんに手渡した。土方さんは軽く首を傾げたが、俺は黙って差し出していた。諦めたように土方さんは浅野から作成した資料を受け取り、目を通し始めた。
土方さんの眉間に皺がより、白い顔が更に白くなった。浅野の書かれている書類の重要性に気がついたのだろう。
やがて、その資料をそのまま山南さんに渡した。受け取った山南さんも資料を読むに連れ、目つきが鋭くなっていった。
「これがホントだったら、最悪だぜ。」
「新見さんが裏切るとは」
土方さんのつぶやきに山南さんも同意した。
「今日の巡察隊と護衛隊、変更するのは無理か?」
「いや、下手に変更しないほうが良いでしょう。敵にバレたら元も子もない。現状維持のほうがいい。」
「だったら、土方さん。山南さん。俺と新八と平助は、今日飲みに行って帰りが遅くなるから」
新八とは俺の友人で、俺と同じく副長助勤を務めている永倉新八のこと。平助もまた、俺と同じく副長助勤を務めている藤堂平助のこと。
俺と二人は、局長の近藤勇が道場主をしていた試衛館で出会った親友同士だ。奴らなら俺が説明すれば協力すると思っていった。
俺の言葉に、土方さんの目が釣り上がった。
「何を企んでいる?」
「永倉君と藤堂君に尾形君達の手伝いをさせるつもりでしょう。」
「ああ、いくら精鋭だと言っても、八人だけじゃ人手が足りない。」
「…土方くん。今日の会津の会合ですが副長の山南は体調不良で寝込んで出れそうにないですねえ。」
「山南さん、アンタまで!」
土方の怒声を聞き流し、山南は立ち上がると、近くにいた一人の隊士を笑顔で招き寄せた。俺は山南さんを黙って見つめていた。何をするんだろうか?
ゴッッ。
山南さんは、笑顔でその隊士を気絶させると、抱えあげ、自分の部屋の布団に寝かせた。
「これで藤堂君に看病を任せればいい」
「いや、平助は...」
「何かおっしゃいました?原田くん?それとも藤堂君の代わりに私では役不足ですか?」
「…いえ、何も」
俺は首を横に振った。剣士としてなら、藤堂より山南のほうが格段に上だ。
壬生浪士組副長・山南敬助。小野派一刀流と北辰一刀流、両方の免許皆伝を持っている人物。その昔、近藤さんに他流試合を挑み、負けた。
正確に言うと試合に勝ったが人柄に負けた。山南さんはその場で、近藤さんの道場に入門。
月日は流れ、今に至る。
・・・この人、地味に恐ろしい。隣の土方さんも俺と同じような表情を浮かべていたが見なかったことにした。
「原田君。浅野くんが作ったこの資料だけでは、隊を動かすことはできません。ですが、尾形隊は非番、君と永倉君は飲みに行っているということで屯所から離れていても気にはされないでしょう。私は寝込んでいて、面会謝絶にしておけばいい。もし本当に尾形君の予測通り、何かが起これば、井上さんが沖田隊、斎藤隊そして藤堂隊に指示を出すことができる。違いますか?」
俺は山南さんの言葉に、黙って頷いた。
「なあ、土方さん。俺達が目指す武士って何だ?」
俺の問に土方さんは何も答えず、黙って俺を見た。
「壬生浪士組が目指す武士とは【戦う者】だと、俺は思っている。アンタが肥後出身の尾形を疑うのも理解できる。だが、俺には尾形や浅野達は俺たちが目指す武士の姿を理解し、懸命に努力している集団にしか見えない。アンタの命令の通り、監視は続けるがアイツのやろうとすることに俺は協力する」
そう言うと、俺は土方の部屋を出た。
左之助が部屋から出ていった後、俺はため息をついてしまった。
「若いなあ。左之は」
感心したように山南さんは笑った。俺も笑ってしまった。
「全くだ。悔しいことに、左之が言ったとおりだ。俺は出身だけで尾形を疑い、差別した。俺にとっては、一番されたくないことを、俺は奴にしてしまった。」
ぐしゃぐしゃと手を伸ばし、髪の毛をかき混ぜた。
「間違ったと気づくことが出来たのなら、それはそれで良いことだ。改めればいいだけの話なのだからね」
ポンポンと肩を叩かれる感触がある。甘やかされていると、俺は思った。
顔を上げると、山南さんは穏やかに笑った。一つ年上で俺にとっては、兄のような人物。唯一、肩の力を抜いて自分の本音を話すことができる男。
「山南さん」
「何だい?」
「・・・頼んだ」
「ああ、任せろ。土方」
短いやり取りだが、俺と山南さんにはそれだけで十分だ。
山南さんは立ち上がると部屋を出た。
俺は、左之から貰った資料に再び目を通し始めた。
俺はある程度、与えられた部屋で時間を過ごし、屯所をでた。
「非番なんで、一杯やってくる」
そう言うと、門番は笑った。空を見上げながら、俺はある場所へ向かっていた。そうして、気がついてしまった。
気配も隠さずに俺の後を追いてくる三人組に。後ろを振り向くと、三人は笑った。
一人は原田だった。コイツは副長の土方から、俺の監視役という大義名分がある。だから、まだ理解はできる。
だが。なんで、この二人も俺の後ろを追跡してきてんだ?
「なあ、原田組長」
「ん?どうした?」
「確か、病気でぶっ倒れているんじゃなかったけ?山南副長は?」
「・・・まあ、そういう事になっているなあ。」
渋い表情を浮かべている原田の隣には、壬生浪士組副長の山南敬助がいた。
「護衛対象者が何で此処にいやがる」
「ホントなら、平助を連れてくる予定だったんだが、予定がいろいろ変わってなあ」
怒る俺に、山南さんは笑ったまま言った。
「大丈夫ですよ 何か起こる可能性があるなら、私が監督役としていた方が確実でしょう?」
どうやら、浅野が作成した資料は、一通り読んでくれたらしい。俺は頭の中で、この後の作戦を立て直す。
「ギリギリで何とかなるか・・・だが」
「君が、一番恐れている可能性を指摘しましょうか?」
俺は山南さんを睨みつけた。確かに、俺は一番最悪の可能性を考えていた。その可能性を考えると、山南さんは此方にいたほうが安全だ。だが・・・
「河上彦斎が、局長と副長もしくは、会津藩の重役いずれかをもしくは、どちらも襲撃する可能性」
「・・・ああ。出てこなければ御の字。だが、奴が出てきた場合・・・死者がでる。」
「それほど強いのか?」
俺に問うて来たのは、永倉新八。副長助勤を努める原田の親友。神道無念流の免許皆伝。剣の腕は壬生浪士組でも一,二を争う人物。だが、その彼を持ってしても。俺は永倉の問に頷いた。
「アンタでも、おそらく奴には負ける」
その時だった。
「尾形さん。」
闇夜から夜鷹姿の女が現れた。俺にはそれが、自分の副官である浅野薫だと理解しているので、声をかけた。
「浅野。宴の支度は整ったか。」
「はい。すべて。宴の支度は整いました。」
すうっと暗闇に紛れるように女が気配を消していく。
「浅野?え、あれ・・・どういうこと?」
「?」
原田と永倉が首を傾げるなか、山南が一人納得した表情を浮かべた。
「そういうことですか・・・」
「そういう事だ。情報収集において、浅野薫は誰よりも腕が立つ」
きょとんとしている二人を無視して、俺はある場所へ急いだ。
其の伍
京都のある一角にある小料理屋に尾形は入っていった。
「【狸の飯】や?何じゃこりゃ?」
「見ての通り、ただの飯やだ。」
俺の言葉に、尾形は笑った。一見すると、ただの小料理屋だ。だが、二階に上がると、尾形隊の連中が武装していた。俺と新八、山南さんを見た隊士連中は、唖然とした表情を浮かべていた。無理もない。コイツ達にとっては、護衛対象者の一人が、目の前にいるんだからな。
「「「「何で山南先生が此処にいるんですか!!尾形さん!!」」」」
「原田先生に聞け」
尾形の答えに、全員が一斉に俺を見た。
「ホントは藤堂を連れてくるつもりだったんだが、いつの間にか、こ〜なっちまったんだよ。勘弁してくれ」
パンパンパンと手が鳴る音が響いた。林が手を叩いて鳴らした後、言った。
「ええことやないの。護衛対象者がわい達の近くにいるっつうことは、それだけ仕事がやりやすくなるんやでぇ。ありがたやと思おうやないの。なあ、浅野」
「ええ。やるべきことは変わりません。」
尾形が浅野と打ち合わせをしている間、林が別の部屋から三人分の一通りの武具と羽織を出してきた。
鎧を手にとり、俺は驚いていた。軽い。
「これは凄い・・・」
「身体に馴染む。隊で使っているよりも良いな。これ。」
山南も永倉も、驚いた表情を浮かべていた。無理もない。
「見た感じで武具を選んだが、大丈夫そか」
林の問に、俺は頷いた。新八も山南さんも、頷いた。
「気に入ったなら、上々や。隊で使っている武具より、軽いけど強度は上げてあるさかい。存分に暴れ」
「費用はどのぐらいかかる代物なんです?」
武具の値段を聞いてきた山南に、林は笑った。
「材料費のみや。わいの手作りやからな」
林の言葉に唖然とする山南さんと新八。俺は、尾形の方に視線を向けた。尾形は、笑いながら肯定した。
「事実だよ。林は爆薬の扱いやら、武具作成においては一流だ。俺直属の隊士達は、全員特殊武器の使い手なんでな。その武具の修繕なんかも手がけている」
「鍛冶師やったり、浮世絵師に変装して島原にいったり、結構、仕事の幅広いですからね。林さんは」
尾形の説明を、浅野が補足した。浅野の説明に、林が苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。
「浅野。奉行所の頼みで医者として死体の検死をやったり、島原で芸者に変装して、三味線奏でたりしているお前さんにゃ負けるでぇ」
「ええ。芸者として、副長の座敷に出たこともありますけど、気づかれませんでしたからねえ。」
・・・マジかよ。俺は、新八と顔を見合わせた。女においては百戦錬磨のあの土方歳三をも、騙したのかよ。コイツは。
その様子に、尾形は笑うと言った。
「新藤、神田。お前たち二人は五十鈴屋の警備に当たってくれ。新藤、お前は斬剛糸で戦ってくれ」
尾形の割り振りに、二人は頷いた。
「斬剛糸?」
首を傾げる山南さんに、林が解説した。
「糸状の刃の暗器や。糸状にした鉄に金剛石(ダイヤモンド)を練りこんで強度を上げてある。伸縮自在、近距離戦、遠距離戦両方に対応できる。新藤は剣もできるが、斬剛糸を扱わせてもかなりのものや。なにせ、浅野直伝の名人やからな。新藤と組む神田は体術の達人や。アイツと互角にやれる奴は、尾形さんか松原ぐらいなもんや。尾形さんは基本的に、近距離戦を得意とした奴と、遠距離戦を得意とした奴を組ませて、互いを補完させている。」
「成る程。考えましたね。」
林の解説に、山南さんは頷いた。
「木村は山南先生と、三輪屋の警備に当たってくれ。山南先生、お願いします。」
頭を下げる尾形に、山南さんは首を縦に振った。
「大丈夫ですよ。木村君、よろしくお願いしますね。」
「こちらこそ。」
山南さんの言葉に、木村は笑って答えた。
「木村、いつも通り鎖大鎌で頼む」
「あいよ。大将。」
尾形の依頼に、頷く木村。木村をからかうように、林が山南に言った。
「木村の武器は鎖大鎌。山南先生が使う赤心沖光よりも、【長い】武器や。すなわち、木村と山南先生で、近距離遠距離を補完できる。コイツは曲者ですが・・・まあ、安心してください。腕はだけは確かや」
木村と林がじゃれている間に、尾形は次の指示を出した。
「石岡は永倉先生とともに、川北屋の警備にあたってくれ。永倉先生、お願いします。」
「あいよ。頼んだぜ。石橋。」
尾形の依頼に、新八は笑って答えた。
「新八。」
「何だ。」
「石岡は俺と互角に戦える方天戟の使い手だ。だから、足引っ張んじゃねぇぞ。」
「・・・お前な」
俺の言葉に軽く噛み付こうとした新八に、笑って石岡が言った。
「よろしくお願いします。永倉先生」
「頼むな。」
新八は罰が悪そうな表情を浮かべた。尾形はその間にも指示を下す。
「店の警備にあたる者は、浪士が来たら閃光弾を使って屯所に合図を送れ。」
「閃光弾?」
「爆弾の一種だよ。コイツを地面に叩きつければ、閃光が上がる。」
俺の問に、尾形が懐から小さな珠を、山南さんと新八に渡した。
「派手な光が上がれば、【不審な光が上がった】という名目で、壬生浪士組も正式に隊士を動かすことができるだろ?浅野、林。お前達二人は局長と副長の警備に回れ。もし、彦斎が現れた場合、お前達二人で戦ってくれ。局長と副長を頼んだぞ。」
「わかりました。」
「派手に暴れるけど、ええの?」
「構わねぇ。なるだけ派手に暴れろ。可能であればすぐに俺も向かう。俺と原田先生で、会津の護衛に回る。原田先生、何か文句あるか?」
俺が笑っていることに気がついた尾形に眉間に皺が寄った。
「いや。凄いと思ってなあ。」
ー川北屋ー
俺、永倉新八は此処に店の警備に向かっていた。一緒に来た男は、来る途中で何やらゴソゴソ動いていた。
「何やってんだ?」
「まあ、ちょっとした小細工を」
目の前の男ー石岡橋太郎は笑いながら、俺に答えた。
店の者に案内され、俺と石岡は庭に向かった。俺が庭の様子を見ている中、石岡は店の者と打ち合わせをしていた。
店の者が去ると、石岡も庭に降りた。
「店の人には、浅野さんと俺で説明して、全員蔵の中に入って貰ってます。
「そこまでするか?」
「まあ、念の為。それと先程は、この二つで罠を仕掛けておいたんです」
俺は、石岡が手にしていたものを見た。小さな鈴と絹糸?こんなものが何に?
「先ほど、裏通りの何箇所かに、鈴を通した絹糸を張り巡らせて置きました。」
使える。ナルホド、悔しいが左之助が言ったとおりだ。平隊士で、此処まで頭を使う奴は見たことがない。土方さんから【問題児】扱いされるのも何となくだが、理解できた。
チリーン
鈴の音が聞こえた。
「敵は十・・・いや、十五」
石岡の言葉に俺は頷いて、刀を抜いた。
ふぉん。
ドシュ。
石岡の方天戟が動いた。水のように無駄の少ない動き。俺の背後にいた浪士が呻きをあげて倒れた。やはりこの男、強い。使える。
「使う獲物は刀か・・・」
ニィと石岡が笑った。
其の六
チリンチリリン
戦闘の最中だというのに、間の抜けた音が響く。鈴の音だ。どうやら俺の相方を務める男、石岡橋太郎は俺に自分の居場所を教えるために、首に鈴をかけたらしい。
お陰で仕事がしやすい。浪士の攻撃を石岡が引きつけてくれたおかげで、背後から俺は剣を振るった。
それにしても。
(一撃目でいきなり浪士の首を、方天戟で斬り飛ばすとは…)
怒声とともに一撃目にいきなり、浪士の首が胴体から離れ、血しぶきとともに首が宙に舞った。さすがの俺も度肝を抜いた。だが、あの動きで浪士が動揺した。
隙を突くように、俺は石岡に斬りかかってきた浪士を斬り殺していく。石岡は二人目を腕を斬り飛ばし、三人目の足を突き刺し、動きを止めた。
舞うかの如く、方天戟が動く。
(左之より性質が悪いかも知れねぇなあ。それにしても、よく稽古しているぜ…)
俺預りの隊士達より動きがいい。
浪士全員が地面に倒れ伏したのを見て、俺は刀を収めた。石岡もため息とともに、方天戟の構えを解いた。
正しく死屍累々。
「…しまった…やりすぎた。尾形さんに、しばき倒される」
「まあ、良いんじゃねぇの。とりあえず何人かは生きているし…」
盛大に落ち込みながらも、石岡は生きている人間を縄で縛っていく。
空を見ると、五十鈴屋のあたりからも、閃光が上がった。
どうやら、五十鈴屋にも、浪士の襲撃があったらしい。
「あの二人なら大丈夫ですよ。永倉先生。それより、援軍がきたら尾形さん達か、浅野さん達の援護に回りましょう」
石岡の言葉に頷き、俺は尾形からもらった閃光弾を地面に叩きつけた。
時刻は少し遡る。
石岡と永倉が戦っているのとほぼ同時刻、此方にも動きがあった。
五十鈴屋。
この二人も庭にいた。縁側に座り、二人して酒の入った徳利を片手に飲んでいた。
「風流だねえ。」
だが。庭の木々の裏側から感じる殺気に、俺・神田弘行と相棒の新藤進は揃ってため息をついてしまった。
「酒を飲みながら仕事って…浅野さんに叱られるぞ。」
「大丈夫だよ。一口だけだし。それに酔えば酔うほど強くなるから…ああ、そろそろ来ると思ったんだよねえ。」
「オマエな。斎藤先生じゃあるまいし。まあ、だいたい時刻もあっている。」
俺と新藤は背中合わせで構えた。
「敵は十五。二人あればまあ、事足りるけどさあ」
暗闇から殺気とともに
「この後のことを考えると…面倒くさい…確かに。」
斬り込んできた浪士の鳩尾に拳で一撃。背中から浪士の悲鳴が聞こえた。おそらく新藤の斬剛糸で腕が斬り落とされたのだろう。
「逃げていい?」
「オマエ、それ士道不覚悟で切腹になるぜ」
「それは、嫌だなあ。」
巫山戯た事を言いつつも、俺と新藤は敵の浪士を倒していく。俺は、斬り込んできた二人目の浪士の手首の骨を折り、三人目の浪士の肩の骨を砕いた。
反対、すなわち背中側から、絶えず浪士の悲鳴が聞こえてきた。おそらく、腕や足、首が胴体から離れているだろう。戦闘中にもかかわらず、俺はどこか間の抜けたことを考えながら、襲いかかってきた敵を片っ端から戦闘不能にしていった。
一刻もしないうちに、俺と新藤の周りには地に倒れ伏した浪士がいた。俺も新藤も生きている人間を縄で縛り上げていく。
「死者3名、重症者12名は妥当かなあ。」
「どうだろう。まあ、奉行所と所司代あたりは忙しくなるが。」
新藤のぼやきに、俺は苦笑いを浮かべながらも答え、閃光弾を地面に叩きつけた。その後すぐに、川北屋方面にも閃光が上がった。
「あっちも襲撃があったようだな。大丈夫かねえ。石岡さんと永倉先生」
「あの二人なら問題ないだろうが、この分だとおそらく…五十鈴屋にも襲撃があるな。」
「局長達と会津も襲うかね。」
「俺なら狙うな。押し込みを囮にして、浪士組の動揺を誘い、その隙を突く。」
三輪屋。
私と木村君は、此方に向かっていました。時折、木村君は立ち止まり、地図に何かを書き込んでいました。
「何を見ているんですか?」
「何って、逃走経路の確認…って、うわお。山南副長いるの、忘れていた。」
「忘れないでくださいよ」
私の顔を見て、驚く木村くんの様子が面白くて、思わず笑ってしまいました。それにしても。
(平隊士と侮っていましたが…素晴らしい。)
隊士の動きを見ると、尾形君の真面目な性格と指導力の高さが伺えます。
「君達は普段、何をやっているんですか?土方くんから聞く限り、君たちは滅多に稽古場に姿を出さないそうですね。」
「色々やってますよ。町人に変装して情報収集したり。深夜、壬生寺の暗闇で乱取り稽古したり。浅野さんと一緒に奉行所に資料を借りて読み漁ったり検死を手伝ったり。後は真面目に隊務をこなしたり。何より、道場剣術だけでは俺達のような平凡な人間は生き残れない。」
私たちは、店の人に庭に案内されました。私が庭の様子を見ている間、木村くんは何やら店の人と話し合いをしていました。
「とりあえず、店の人間の安全は確保しました。…なにかありました?」
「いいえ。後は待つだけですね。木村君は、この店への襲撃はあると考えていますか?」
「・・・これまでの情報収集から俺たちは情報流出の犯人は二組いると考えています。一組目久留米藩・真木和泉の命令で間者として入隊した連中、もう一組は新見局長。」
「・・・」
「真木の視点で考えたとき、間者から入手した情報を元に三輪屋、川北屋、五十鈴屋を襲撃させ、新見局長から得た情報を元に会津のお偉いさんと局長・副長の暗殺を図る。混乱は必定。」
「・・・」
「真木は長州と繋がっています。まだ末端の下部組織とはいえ、壬生浪士組を潰しておいたほうが得策と考えたんでしょうねえ。」
的確な【読み】に私は内心、舌を巻いてしまいました。この連中、やはり只者ではない。その人物達を束ねる尾形君の手腕も。
チリーン。
間の抜けた音が響いた。鈴の音?
「細い絹糸と鈴でつくった仕掛けがこーも役に立つとは…林さんが聞いたら喜ぶだろうなあ。山南先生、暗闇の戦闘は?」
通り道に鈴を通した絹糸を張り巡らせていたとは。考えたものだ。
「問題ありません。」
私の背中を守るように、木村君は鎖大鎌を構えた。
「木村君」
「はーい。」
私達の周りを浪士が囲んだ。木村君の口調は巫山戯ているようだが、背後から感じていた。
激しい気迫と鋭い殺気を。
「この仕事、一段落ついたら、原田君の手伝い頼めませんかね。」
「嫌ですよ。めんどい」
フォン。
鎖大鎌の鎖分銅が唸りあげて、浪士に襲いかかっていく。
血飛沫が上がる。
恐らくだが、分銅に頭を砕かれたのだろう。木村君のキレのある動きに、私も知らず知らずに口元に笑みを浮かべていた。
刀を持った浪士が私に襲いかかってきた。少し動きが遅れた私の為に、木村君が鎌で相手の浪士の首を切り落とした。
血飛沫とともに、首が地面に転がる。
私は木村君に襲いかかってきた浪士の喉元を刃で突き殺した。
気づいたのだろう。此処にいる二人がただの浪人ではないことに。
「壬生の狼を舐めるなよ。」
木村君の低い声が闇に響いた。
戦鬼伝 新撰組秘帖 闇の参謀