続 椰子の風に吹かれて

永住の地を得た坂本龍次に穏やかな日々は長くなかった。残された課題があった。新たな問題も出てくる。西へ東へ、南へ北へ飛び回る生活が始まる。人生とは死ぬまでをいうのであろう。人は生まれて死ぬまで生きているということか。
彼はまだ死んだことはないので死後のことは分からない。生きているうちはまだまだのんびりできないようだ。
彼を取巻く人物のその後を追ってみよう。どんな暮ししているのか見てきてほしいとの伝言があったのだ。今日も椰子の葉を揺らして風が通り過ぎてゆく。

日本を離れると日本が見えてくると言われるが、外国に暮らすと日本では当たり前のことが当たり前でないことが少なくない。脱亜論も米国視察の体験が根底にあると思われる。他方、大東亜共栄圏も明治の初期から唱えられていたから大久保利通の富国強兵策が脱亜論に軍配を上げた格好であろう。この国策の是非を判断するには2,3百年の時間を要するであろう。
日本は西洋文明にもイスラム文明にも属さない、他の文明にない日本独自の文明を形成してきた。鎖国のせいと言ってしまっては身も蓋もない。異文化、異文明とやってきた事自体素晴らしい。他に例を見ない。
明治の文明開化は富国強兵策もあるが異文明への憧れがあったのだろう。戦後は欧米化が進んでいるがこれにあきるとどこへゆくのであろうか。日本民族は異文化、異文明を適当に取り入れるが染まってしまうことはない。
これからの日本はその文化、文明を世界に発信してゆくことであろう、是非ともそうなってもらいたいものである。

  人類の不幸、疫病、戦争、不況、災害の多くがいや大部分が闇の黒幕の仕業でないかという坂本の疑念は確信に変わってゆく。勿論状況証拠と感によるものだが今はそれを問題としている暇はない。一刻も早く黒幕を捕らえなくてはならない。ヨーロッパ諸国をアメリカ合衆国を支配する存在が黒幕だ。

 有史来の少なくともここ数百年の戦争は黒幕が起こしたものだ。仮に黒幕がブラックホールのようにすべてを呑み込むものであっても愛する女のためその子供のため坂本は立ち向かう。人間の年齢、国籍など何の意味がある。世界平和が実現しての話だ。人生に解決方法などあるものか、ただ突き進むのみ。
 全知全能の神がだらしないから人類のいや地球の不幸があとを絶たないのだ。愛と友情を信じ、人間の限界を超えるものに畏敬の念をもって、行くぞ、どこまでも、命のある限り。悪の限りを尽くす、悪智恵だけの連中を何時までものさばらしておくものか。坂本の情熱はどのような結末が待っているのであろうか。

続椰子の風に吹かれて

第一章  フィリピン暮らし
清美の子生まれる マンション経営 カルロス分譲住宅
捕虜収容島 ダヴィッド対坂本 水練
第二章 旅
児童擁護施設 山田中尉の墓参り 紀州の旅 バナウエ 山田中尉の涙
日本へ 児童擁護施設乗っ取り 職業訓練校 巡礼の旅 大地震
第三章  愛欲理論
未完成愛欲理論 反ムバルク勢力 砂漠の娘
第四章  神か悪魔か
白井貴子の過去 米ドルを受取るな ヘンリーウィリアム 9.11同時多発テロ
中央銀行 新ドル発行 通貨発行権 世界通貨 太平洋戦争 塩崎家族

主要登場人物

坂本龍次      自分の人生を求めてフィリピンを流浪する日本人 
マリアカルロス  スペイン財閥の一つカルロス家の一人娘
陳 志淵      ホテルスーパーなどを経営する華僑
ユキ         ミンダナオ出身のジャパユキ。本名 Jonalyn Macappndang
塩崎真知子     元外交官の未亡人
山田 清美     旧日本陸軍中尉の娘
シャハラザード  某国大統領の娘
坂本の子供     モニカ(マリア)アナヤ(アンジェリータ)
            碧渓(梅雲)碧谷(許細君) 南海雄 (ユキ)
            紀和(清美) ヤサミーン(シャハラザード)ほか


第一章 フィリピン暮らし


 清子の子ども生まれる

坂本はそわそわしていた。清美の出産を控えて落ち着かない。ユキはバギオ行きの準備を始める。よくできた女だ。清美がマンションの予約をキャンセルされたことはミンダナオにも伝わっていた。さあ、バギオに行きましょ、南海雄はお父さんと旅するの初めてね。お母さん何しに行くのかい。

 お土産持った、忘れ物ない、お父さんね恥ずかしいんだって、おかしいね。新幹線に乗るとユキのファンが集まってくる。まあ家族旅行、いいわねえ。ナミオ将来何になるの。海猿隊。格好いい、私の娘と結婚してくれる。いいわよ、持参金次第で。こんないい男と結婚するなら高いわよ。うちの娘も8ヶ月でこの器量、将来は女優になるわ。貴女の娘が?と周囲が茶化す。

 ユキの会話はマルチである。運転手には、塩崎家をとばして病院へ直行して。潮崎夫人には携帯で、お母さん病院へ直行します、ええ10分ぐらいで着きます。そして坂本には、ディー、お母さん清美に昨日からついているんだって、お父さんお母さんも病院に向かっているそうよ。
 坂本は緊張して声がでない。ねえナミオの時もこんなふうだったの。そうだな、よく覚えていない。うそ、横でうろうろしてたじゃない。といいながら携帯では、あなた支店長としての見解は、今取り込んでいるから明日にして、あなたも将来理事になって生協の基本を決める人よ、自分の考えを出してから相談しなさい。いっぺんに三つぐらいの話は同時処理?

 病院では清美の陣痛が始まっていた。坂本は清美の手を両手で握り締める。あなた、来てくれたの。黙ってうなずく。担当医が説明を始める。母子共に健康で問題はありません、初産は不安緊張が走ります。これは医学では抑えることはできません。我々は全力を尽くしますが、家族の愛情がもっとも大切かと。坂本は美人ドクトーラに会釈する。黒い眼が応える。
 山田常男イメルダもやってきた。看護婦が清美に話しかける。あなた幸せね、こんなに多くの人があなたの出産に立ち会ってくれるくれるなんて、元気な赤ちゃんを産むことがあなたの仕事よ。清美が陣痛が頻繁になってくる中で笑う。緊張をほぐすようにユキがヴィデオを取り出す。赤ちゃん誕生を撮影しましょうか。目を丸くする常男。

 テレビに繫ぐと清美の性器が画面に現れる。お産は神聖にして気高い、卑猥な感じなどない。性器が少しずつ大きく開いてゆく。直径10cmと看護婦が告げる。頭が見えてくる。あと一分張りね。塩崎真知子が声援する。胎児は回転しながら外界へと旅立つのだ。ドクトーラが力んでと叫ぶ。この瞬間、母子共に最も危険な状態にある。坂本は強く握り締める。清美は驚くほど強く握り返してきた。母は強し。
 胎児は頭を出すと飛び出してきた。全部露出した時点が出生だ。お湯で洗うと大きな産声を上げる。まあ、お転婆さんね、イメルダが抱き上げる。へその緒を切りますか、と女医が常男に鋏を渡す。へそを巻いて母に赤子を抱かせる。こんな安産は少ないですよ、貴女のお母様に感謝しなさい。

 女の子は清美の胸に抱かれている。新生児を抱いた女ほど美しいものがあろうか。清美よくやった、イメルダに似た美人である。次は男児とすべし。はい、お父さん。これほど幸せな顔があろうか。ねえ、あなた赤ちゃんと私とどっちがきれい。うーん、むずかしいな、両方きれい。当たり前だ、清美婿殿に答えられない質問をするでない。坂本の嬉しそうな顔が全てを語っている。抱いてみる。え、まあ、もう少しして。さあ。なんだな人前で裸の女を抱くのは。この子まだ生まれたばかり、一月にもなっていない。
 それはおかしい、生まれた時点が1歳だ。医学的には 0 歳です。数は1から始まる。医学は間違っている。時間月日年世紀は一から始まるのだ。零歳とはなんだ。零年零世紀など聞いたことがない。左様、数え年のほうが正当じゃ。常男も同調する。医師看護婦顔を見合わせ笑いながら去ってゆく。一同頭を下げて見送る。

 名前つけないといけないわね、坂本さんと真知子が声をかける。それは岳父のなさるのでは。実は腹案が御座っての、男ならば明男、女ならば紀和と考えた次第。もっと綺麗な名前にしなさいって言ったのですが言い出したら聞かないものでとイメルダ。この子は際立って美しい。初孫に常男はもう夢中である。山田中尉への想いが込められているのであろう。父の国日本の紀州和歌山への思慕にも似た少年の日々が去来していたのかも知れない。


 マンション経営

 清美は翌日退院して塩崎家に住むことになった。今まで度々訪れていたので清美には我が家のような感じがする。両親も真知子の強い勧めでしばらく滞在することになった。女の子の名前は紀和と命名された。常男の思いが押し切ったようだ。新しい命は周りを幸せにする。

 ユキは支店長に呼び出されて公園にゆく。幹部候補の職員が音を上げているというのだ。バギオはほとんど学卒でしょ、根性がないのね。頭もたいしたことないみたいだから鍛えるしかないみたい。日本の生協から講師を招いて研修させようと思っております。付いて来れないのは馘切ります。平のままにしておけばいいの、でも私に話したことは内緒よ。あなたの意見として理事会の承認を得なさい。わかったエルビーナ。わかりました。

 翌日からエルビーナは土地の買収にかかる。塩崎家の裏山3000㎡を手始めにマンション用地を買い占めてゆく。バギオは盆地なので平地が少なく用地取得は半年で終わった。続いて老朽化したマンションの取得にかかるが思うようにゆかない。いいのよ、そのうちに買ってくれといってくるからとユキがエルビーナに話している。

 市街地から3km派離れた山地を10ha買収する。お母さん裏山にマンション建ててもいい。内の庭に建ててもいいのに。ここはこのままにしておきたいの、みんなのふるさとだから。ユキは一ヶ月の滞在を予定しているようだ。近頃は坂本の意向をきくことなくなく事を進めることが多くなった。ディー、山の分譲半分カルロスに頼もうかしら。いいんじゃねーの。ねえ、私の話きいて。俺には関係ない。何怒っているの。 

 ユキはお母さんと真知子に泣きつく。ユキは事態の深刻さを身体で感じていた。坂本はいつもやさしかった。どうして、肩を震わして泣きじゃくる。真知子はユキの背を撫でながらあなたの直向で純粋なところが好きよ。でも許せないことがある。 えっ、とユキが顔を上げて見つめる。教えて、お母さん。真知子は携帯でメールを送る振りをしながら、あなたに分かるかなと冷たく言った。ユキに不安が広がる。坂本は怒ると口を利かなくなる。お母さん、それは悲鳴に近かった。
 人の話を聴かないということは人を無視することなの。これは許せません。今こうして話しているとき私がメールを打ったらあなたはどう思う。日本人にとって話は重要なものなの。これはお喋りではなくて対話なの。精神を集中していなければならないわ。ユキの顔が青くなる。
 愛情の反対は、憎しみではなく、無関心。あれだけの男を失ってもいいの。ユキは子供のように首を振る。今度のマンションの件、清美さんが予約をキャンセルされたことへの腹いせの仕返しでしょう。坂本さんはあなたの強引なやり方を心配しているのがわからないようね。彼ならキャンセルの事実事情をよく調べてから行動するわ。

 直感で直情的に動くフィリピーナへの痛烈なパンチであった。ユキの心の中までこたえた。謝ってきます。ユキは顔を洗って化粧をしなおす。ユキは坂本に両手をついて頭を下げる。あなた許してください。ユキは旦那様を蔑ろにしました。事情を説明申し上げます。気分がすぐれぬ、明日にいたせ。はい、そうします。失礼いたしました。 

 この話は数年後清美の日比文化比較研究、語り明かす、村八分、つんぼ桟敷などと共に取り上げられることになるのだが、この時点では清美はまだ知らなかった。

        カルロス分譲住宅

 清美はいつまでも塩崎家で居候するのもと賃貸マンションを予約した。別の日本人がこれを横取りした。オーナーは敷金増額、3ヶ月前家賃に吊られて清美の予約を無視した。これがユキが坂本に語った事実である。オーナーの土地取り上げてやる。ユキ、気持はわかるがちと強引過ぎないか。フィリピン人は激すると自制がきかない、これは坂本と似ている。私許さないから。似たもの同士、気が合う肌が合うのだろう。この女といると落ち着く、坂本は思う。しかし今回は少し不安になる。

 ユキは塩崎家の隣に坂本、清美、マリアのためにそれぞれ木造の家屋を新築した。正妻は側室の配慮も怠らないと構えている。敷地3000㎡なのでゆったりしている。運転手、メイドの棟も用意した。真知子を中心とした新しい家族ができた。陳が文句を言ってきた。ごめんなさい、すぐ陳さんの家も建てますから、陳さんも一度いらしてくださいな。
 食事は真知子を囲んでとることが多い。私お母さんと食べるのが一番美味しい。ありがとう、でもユキさんも清美さんもここで住んで欲しかったわ。でもお母さんプライバシーも大切でしょう。スープの冷めない距離、一番いいじゃない。あら、ユキさんいいこと言うわね。えへー。
 陳家族も加わると食卓が小さいので大きなのを誂えた。陳、こうした平和な時間があるのだな。そうだな、腕擂りあうも多少の縁。陳殿、日本では袖摺りあうもいうが、お国では腕でござるか。山田殿、同じ意味で御座る。左様か。やがてアンジェリカ許細君イメルダ、マリア清美ユキ梅雲が話し出す。男出る幕無し。


 翌日分譲地の視察、値段を聞いてカルロスが驚く。あら安いものでしょう、水道電気ガス電話が埋設。風力発電、排水溝、貯水池あり。メイン通り、公園、ホールなどの公共地以外は好きに建築できるのよ。それにカルロス団地と名前をつけられる。そうか、全部でいくらだ。だめ、残りは中流と庶民向け。え?庶民も。そのほうが安全なの、日本なんか私有地でも不特定多数が利用する場所は公共扱いされるの。ガードマン20名配置する。フェンスなし?ええ。境界も標識だけよ。ふーん。面白いじゃないか。陳が口を開く。陳さんにも同じ土地お世話しますから。
 庶民が土地が購入できるだけの雇用を創出しなくてはならない。給料に見合う能力を付けさせなければならない。日本の給料の1割でも能力的、成果的には高い。日本と違って、ここで能力開発は最大のネック、素養、向上意欲、継続性いずれも問題あり。これで今後のこの国が決まるであろう。教育費は高いから回収に時間がかかる。産学共同の教育を確立しなくてはならない。ユキの課題山積。

 半信半疑のカルロスもマリアがコンサートを開く為に購入を決める。国際基準の50mプールも設置された。まず中流層の建築が始まった。土地だけの分譲だが購入者を集めて土地利用を協議させた。これが好評で購入者は日本人が多かった。
日本の建設会社が建設を一括請負、完成パースをCGで示す。竣工後の感想は想像以上と絶賛。日本の建築は凄いと評判になる。カルロスの高級分譲地からも注文が相次ぐ。施主との綿密な協議、品質の高さ、行き届いたアフターケアーとカルロスが吹いて回る。
 庶民むけは生協が販売と賃貸。木竹の家屋に荒壁を使う。建設会社はバギオの風土にあった伝統工法を取り入れる。バギオには暖房がいる。この南の島に雪が降ることもある。荒壁は断熱、除湿効果があるからだ。地元業者に下請けさせる。たちまち完売。隣接地の10haを二期分譲と発表する。これを聞いてカルロス、ユキひどいじゃないか、隠していたのか。欲しい、カルロス、残りの半分売ってあげる。カルロス団地は高級中流庶民混在団地となった。当初計画規模の2倍である。

 生協の出張販売も好評で地元の年寄は運転手の横にただ乗り。フィリピンらしい。農家から排水を農耕に使いたいと言ってきた。雨水溝を延ばしてやる。農作物を生協で買い取る。日本人が飲食店を始める。スペイン人がレストランを開店。食材探し、農家との協議、美味い食材は売れる。残りは生協で販売。全国に売られてゆく。農業と飲食業の連携、流通業も加わって大きな効果を上げる。
 陳の方も同様であった。志淵団地に消防車が置かれた。カルロス団地も右に倣え。水の給水にも活用、要請があれば消火にも駆けつける。こうしたサーヴィスは団地に共同体意識を醸成してゆく。宅地開発とはこんなものか、日本式はなんと住みやすいことか。いつしか憧れの分譲地となっていった、

 優良な住宅供給は粗悪不動産価格を押し下げる。売り物件、空が増え出す。それを地元業者に買い占めさす。陳とカルロスがそれらを建て直して国家公務員に賃貸する。中には国家警察官もいたから治安はいっそう良くなる。州警察、市警察も幹部が購入する。
 道路が整備される。ユキの政治力を使わなくとも公務員は自分のために行政を行う。二人はホテルの買収、土産店のテナントを集める。アーケードの下はペイブメント観光客で賑わう。市内循環バスを走らせて大気汚染の削減を進める。溢れたタクシージプニー会社を集めて共同組合にをつくる。観光客用、市民用と便益も考慮する。
 学生向けマンションに人気がでる。親にとってはセキュリティーが一番。被害の大半がレイプ、女学生の人気NO1は原則男子禁制。バギオは一生に一度は訪れたい地だ。家族向けマンションも満室に近い。金が循環すると経済が発展する。地域経済が活性になる。税収も増える、警察官の給料も上がる。賄賂が減りサーヴィスがよくなる。犯罪が減る。すべてがうまく行き出した。

 リュウジこの分譲は儲けがいい、どうしてか。早く完売したからだ。カルロス分譲地は借入なしでやってるが資金を全部の銀行借入とすれば、月10%の支払利息が発生する。年で120%だ、利益がでるわけはない。今回は粗利3割だがこの国の税金は安い、2割はのこったはずだ。なるほど年2割なら悪く無いか、早く次をやろう。カルロスはマタドールか。
 それって早く売ればその金が使えるということかしら。そうですよ、ユキ理事長。銀行から借りなくてもいいってこと?自己資本比率は判断基準のひとつだ、ただし最低でも10ビリオンが必要だろうな。毎年20%の利益を出してゆくと複利計算では5年で資本は倍になる。10年で5倍になる。嘘、本当ですか。

  本当だ、利益かける回転率。解りやすく教えて。100万で年20万儲けるのと100万では年10万儲けるのとどちらが稼ぎがいいか。2割と1割だから前のほうがいい。1年で20万と10年で100万とは。5年で100万、10年で200万だから前のほうがいい。でしょう。そうか、働きがいいから稼ぎがいいのね。よく分かる
説明ある。日本式経営か、我々も考えを改めなくては。

  全国主要都市で分譲してゆけば数年で市場を支配できるだろう。ユキ生協が土地を開発してカルロス財閥陳財閥に買ってもらうのがいいだろう。まあ、100箇所でやれば更新需要、修理、改築もあるからのんびりいけるさ。龍次どうして詳しいあるか。日本が50年前に経験しているからだ。

 ディー、どうして景気が良くなるの?家を建てると家具電気製品等が欲しくなるだろう、こういうの有効需要てんだ。建築業は儲けた金を使う。そうだ、金を使うとは何かが売れるということ。つまりお金が旅する。金は天下の回り物と言ってな金は旅して帰ってくると多くの人の役に立ったと言える。寝ていては良くない?豚になる、牛や馬のように働いて世のために尽くすべきだ。つまり要するに金が世の中を回ってゆくと景気が良くなるの。そういうこと。金を使えばいいのね?あればな。
 貧乏人はあるだけ使う、金持ちは貯めこむ。とくにこの国はな、カルロス分譲地は多くの人の金を動かした、その金は旅していった。ということはビジネス成功?ディベロッパーが良かった。あら私のこと、ディー、嬉しい。愛してるは身体の奥から。奥とはポッキーか。ばーか。

 ついに清美の予約を無視したオーナーが泣きを入れてきた。カルロス分譲が好調なだけ商売上がったりなのだ。あの女は許さない、こうなるとユキは怖い。清美の部屋を横取りした日本人は地元の学生、少女に売春させていた。オーナーとできていたのだ。ベルハウス売春宿は扱わないとユキは冷たく業者に言わす。やがてその日本人が逮捕される。外国人に処女を斡旋していたのだ。その日本人は時間4000から10000ペソの半分をはねる。面接で気にいった少女を裸にして犯す。処女かどうかを検査しただけと嘯く。彼、ヤクザ?かもな。
 警察も内偵を進めていたが15歳の少女の告訴で逮捕に踏み切った。終身刑の判決。オーナーも共犯もしくは幇助で逮捕されたがマンションを売って示談金を支払う。土地を捨てマニラに落ち延びる。もういいだろう。ええ、これくらいにしておきます。ユキがにんまり笑う。やり過ぎじゃね~の。


 捕虜収容島


 ハジ議長から来客の知らせが来た。仕事だ、ハジのところに行って来る。ユキが旅支度をする。婿殿お勤めご苦労でござる、常男に陳とカルロスがつづく。お気をつけていってらいませ、ユキ清美マリア梅雲が三つ指をついて送り出す。真知子仕込だ。時代劇のDVDを見せながら日本の作法を教えたのだ。日本の妻は夫の奴隷ではないか、マリアと梅雲。日本の妻の権力は内務、財務、文部、労働、厚生を兼任する総理であり、その他の権力は夫、という力関係です、と清美が反論。真知子とユキがくすくす笑う。
 お母さん、どうしたの。だって清美さんが上手い事を言うものだからねえ、ユキさん。ごめんなさい、笑ってしまって。清美さんの話を解説すると夫の給料はすべて妻が管理するの、つまり生活費の残りから夫に小遣いが支給される訳。夫が稼いだのに?それはね、夫が仕事に集中できるのは私がいるからという自負と自信があるからなの。怖い話をしてあげようか。ええ。

 戦争に負けた日本は食うや食わずの時代があったのよ。主要都市は尽く破壊され餓死下人も20万30万とも、そんな中占領軍の将校は妻と毎夜パーティーにでかけるでしょ、日本のある妻が夫に言ったの。将校風情がめかしこんでいるのに私はこんなモンペ姿、悔しい!夫は何と?その内に連れてってやるからと。どうして女が強いのか、と許細君。わからないけど昔からそうなの。母系社会の伝統かしら、清美が興味を示す。
 それもあるかな、でもね根底には夫婦は一心同体という考えあるの。一心同体、梅雲が質問する。プラトンのベターハーフでしょうか。似ているわね、信頼と尊敬で結ばれているの。女たちの視線が男たちに向けられる。
 男三人顔を見合わせる。(怖い話だな。まったく)カルロスが坂本に電話する。ハジ議長に話がある、俺も一緒に行こう、そうだ、陳と山田さんも一緒だ。じゃあ、三人でリュウジを追いかける。陳と常男が手を合わせる。OKと指を立てながらカルロスはマニラ空港ダバオ行待合で落ち合おう、と二人に告げる。イメルダ、出かける。はい、旦那様。洗面具と着替えだけでよろしいですか。うむ。褌だけは毎日替えてくださいよ。わかっとる。

 イメルダ、許細君、アンジェリカ三つ指をつく。いってらっしゃいませ、お気をつけて。と送り出す。女たちの歓声。やったわね。これで私たちの手の平から出られないわね。キャッキャッと声を上げる。一方では、カルロス殿危ういところをかたじけない、見事な脱出でござった。恐れ入ります山田中尉のご子息にそう言っていただけるとは光栄であります。陳もカルロスの手を握る。我々も連合しなくては女どもの支配下に置かれるな。いかにも、戦略は山田殿、作戦は陳、俺は兵としてそれを実行する。


 客はだいぶ痛めつけられていた。ヘール、サカモト、私をワンビリオンで助けてくれ。わかった、手当をするから口をきくな、Dr Mendel のところに連れて行ってやる。男の手を握ってやる。安心した顔になる。坂本は運転兵の彼女、カーシムの娘に手当をさせる。立ち上がると怒鳴った、カーシムを呼べ。どういうことだ。新米が手加減をせずにやってしまった。それは大佐の責任である。セールこの男反抗的で逃亡しようとした。お前に訊いていない、すっこんでろ。私の責任だ。では大佐腹を切れ。サバイバルナイフで切腹の作法を示す。イエスサー。カーシムは跪くと腹を開ける。ハジが日本刀を持って現れる。介添えは俺がやる。

 まずお前が腹を切れ、坂本は日本刀を取り上げる。俺が首を切ってやる。ハジが正座して腹を開ける。水、坂本は刀を抜くと水を掛ける。白刃がきらめく。待ってください、セール、俺の過失で大佐や議長が何故死ぬのだ。上に立つ者の義務だ、部下の過失に責任を果たさなくてはならない。俺を殺してくれ、議長を死なすな。これは俺と議長とそして大佐との約束だ。お前は約束の当事者ではない。では始めるか。
 ハジがナイフを両手で腹に突き刺そうとした時兵が飛びつく。NO,NO と泣き出す。どけ、坂本が冷たく蹴る。セールお願いだ、許してくれ。俺が悪かった。大佐にも議長にも過失はない。そうか、お前が腹を切れば二人を許そう。兵は腹にナイフを突き立てた瞬間日本刀の鞘が手首を打つ。ナイフが落ちる。その先に少し鮮血が。よし。坂本は衛生兵を呼ぶ。その傷を覚えておけ。

 坂本が木陰のテーブルに着くとセール、ビールを欲するかと運転手が聞く。冷やしてあります。この川エビは今朝とって来たものです。俺のプレゼント。貝とイカなどはみんなからの差入れです。ありがとう。ほかに欲しいものあるか。そうだな、紹興酒、日本酒、ワイン。金ない。パソコン使用料、なんだ少ないな。払っているか。ハジが俺が5000使ったと袋に入れる。カーシムは3000.真面目に払えよこれは俺の金だ。イエスサーみんな払っています。
 この三人は俺の友達、しばらくここにいる。買出しにゆくから案内しろ。護衛の車が前後についてモールにゆく。陳もカルロスも視察になる。常男はミンダナオが初めてなのでものめずらしい様子だ。料理は常男の指導でバギオ風が出される。兵たちにはバギオは憧れの地である。父親が日本軍中尉と尊敬のまなざしをむける。話が日本の妻になる。ハジもカーシムも兵も驚きの声を上げる。逃避行お疲れござった、ここはいつでも匿いの用意をする。かたじけない。3人の逃亡者が礼を述べる。

 翌日、捕虜の傷も移動できる程度と判断されたので収容所に向かう。切腹兵が坂本に礼を言う。こいつ海猿隊出身なんです。そうか、カーシム大佐彼を連れて行きたい。おい、すぐ準備しろ、10分後出発だ。イエスサー。兵士の見送る中、出発。メンデルの診察を受ける。捕虜は外傷だけで内臓には異常はないという。兵の方は消毒して日本製ガーゼを貼る。傷が開かないよう力仕事を控えると2,3日で治ると診断。メンデルしばらく面倒くれるか。精神的に参っているようだ。うなずく。

 捕虜収容所は新しい町になっていた。家々が立ち並び病院も出来ていた。勿論メンデルが院長だが高崎の島にも往診する。バーナード所長が誇らしく案内する。ユリともうまくいっているようだ。生活に落ち着きがある。ところがメンデルは清子に恋焦がれている。新人捕虜の歓迎会というか陳カルロス常男との交歓会が始まった。30名を超えるとにぎやかだ。
 円卓が5脚、飲みながら食いながら席を移動する。メンデルが愚痴り出した。清子とシャルロッテとの愛に悩んでいると言う。お前馬鹿じゃねーか、やってもないのに悩んでもしょうがないだろう。
      お医者様でも 草津の湯でも
アードッコイショ、常男が合いの手を入れる。全員が坂本の草津節を見つめる。
      惚れた病は こりゃ なおりゃせぬよ チョイナ チヨイナ
      惚れた病も 治せば治る アー ドッコイショ
      惚れた女と やりゃ治る  チョイナ チヨイナ
ミスターサカモト、その歌の意味は何か、教えて欲しい。おう、ダヴィッドか。そうだ、やっと会えたな。そうだな、まあ飲め。日本酒を開ける。どうだ。うまい。メンデルお前も飲め。ヤー、ヘール。日本の民謡には深い哲学があるなとダヴィッド。やるとは、なにを。お前それで医者がよく勤まるな、女とやることは決まっているだろう。
 バーナードが清子の写真を見せる。おお、なんと美しい少女だ、無理からぬとダヴィッドが漏らす。次々と写真をみて日本の女はいいなあと感心する。メンデル当たって砕けろだ、だがな、俺にもチャンスはあるのだぞ。ヘールは無理、歳だから。バーナードが茶化す。なんだと、ぶっ殺してやる、愛に年齢も国境もない。まあ、可能性が低いですけど希望を持つことは自由だ。バーナードお前は日本に連れて行かない。それはフェアーでない。戦いにフェアーもあるか。
 浮気はよくない、拙者はこれまでイメルダに操をまもってきた、が、この娘をみてときめく心は如何ともし難い。常男の言に一同感動する。しかし日本男は気が若いな。ダヴィッドいくつだ。70だ。ゲーテは80を過ぎても少女に恋をした。ユダヤ人は爺臭い。人は希望を失って老いる、ですなと常男の援護射撃。ダヴィッド日本人は手強いなとユダヤ人捕虜たち。メンデル、相談料100ドル払え。金がない。お前の悩みの解決方法を処方した安いものだ。それは言える、メンデル貸してやるから払え、長老らしき男が100ドルを渡す。

 収容島を見て回る。捕虜全員が付いてくる。ホールは木造だが音響はいい。オーケストラは無理だな。龍次ピアノ寄付するとカルロスが申し出る。すると捕虜が俺はヴァイオリン、ギター、と言い出す。ここはいい楽器がないぞ、ギターはまあまあがセブで作っている。今度持って来る。若いときから使っているヴァイオリンが弾きたいと捕虜がつぶやく。奥さんか娘さんに持ってきてもらえ。え、いいのか。空港から俺が連れてきて来てやる。案内料高いだろう。女から金はとらない。本当か。
 あのう、大工道具が欲しいのだが手に入るかな、ここの道具はよくない。陳面倒看てやれるか。仕様を書いた注文書をくれ、見積を出すから。男は陳の手を取る。俺はパソコンが欲しい。俺も。バーナード、ランを組んだらどうか、連絡がやり易くなるぞ。そうだ、カーシム大佐いいかな。いいでしょう。私は、枕が欲しい、私を安眠させてくれる。奥さんの手枕か。

 プールは国際規格に則ったもので世界大会も開催できるとバーナードが自慢する。ちょっと泳いでみろ。驚く。飛魚漁で溺れかけた経験が思い出される。水泳の目的は何だ。沈黙。だれか。溺れないこと。そうだ、それが一番だ。初心者用子供用を併設しろ。イエスサー、バーナードが直立。全員50m以上泳げるようにすること。全員ですか。そう言った。お前も含まれる。年寄もいるものですから。火傷をした子は火を怖がる。
溺れたこどもは。水を怖がる。
 一泳ぎしてもよいかな、常男が褌になる。勿論です、誰も泳いだことはありません。ユダヤ人は泳がないのか泳げないのかと坂本が服を脱ぐ。常男が抜き手を切って泳ぎ出す。坂本は平泳ぎでつづく。突然常男が沈んだ。手を上げて助けを求める。坂本は引き返す。何故助けない。あそこは深い、救命具は。ありません。よくできてる。
海援隊とカーシムが叫ぶ。イエスサー。と返事はよいがゆっくり服を脱いで揃える。ドクター。メンデルも落着いて傷口を診断する。ゆっくりなとOK を出す。ではと海援隊ゆっくりと常男に近づく。背後から頭の下に腕を回して歌いだす。オイシャサマデモ クサツニユデモ あーどっこいしょ ホレタヤマイハ こりゃなおりゃせぬよ 坂本にバーナードメンデルが唱和する。ダヴィッドの合図で全員が唱和する。

 ダニロよくやった、さすが海援隊、しかし、何故すぐに助けなかったのだ。溺れるものは恐怖からしがみつくので危険であります。なるほど、弱るのを待ってから近づくのか。意見があれば述べよ。一名の救出はさほどむずかしくありませんが3名となるとむずかしいです。そうだろうな、どうするのだ。ダヴァオ湾のときはペットボトルをあごの下に入れました。すぐ救援隊が助けに来ると告げると2名は本官の指示に従いましたが、若い女は手に負えません。で。髪の毛を掴んで岸まで泳ぎました。彼女か、結婚するのか。来月の予定です。結婚式から一週間の休暇をやろう。
 するとミステル坂本の処置は適切であったのか。適切であります。そうか、バーナード所長を救命具不備に付き今日の夕食抜きの処分にする。

 ダヴィッド対坂本

 夕食抜きのバーナードは恨めしそうに陳がつくる中華料理を見ている。さあ、食べるよろしい豚肉使っていない。乾杯ビールある。紹興酒もある。ユダヤ人捕虜はバーナードには振り向きもしない。処分を恐れてか、本来そういう民族なのか。
 歩いた後の食事は美味いな。当然、私の料理だ。ホテルでもこれぐらい料理を出せ。だめ、儲からない。味分かる少ない。バーンード来い、これ
食ってみろ。食堂に緊張が走る。スープは鶏がらだ、美味いか。
 カーシム大佐が近づいてくる。バーナードが直立する。お前は夕食なしの処分を受けている。だから俺の夕食を分け与えている、俺の夕食だ、
大佐は、彼に食事を与えることを禁じたか、これは処分に違反するか。いえ、違反しません。なら、大佐も食え。イエスサー。

  安堵が食堂に広がる。しかし、甘い処分だな、俺なら一週間水だけ与える。死者がでれば業務上過失致死、日本では禁固刑だ。ユダヤの建築水準はあの程度だ。それは清子に対する牽制か。そうだ、それが分かるならもっと安全管理を徹底しろ。やり方が汚い。戦は勝ったものが正しい。ユダヤ商法に比べたら上品なものだ。
 そこへ棟梁がやってきた。セール元気か。おう、元気だ。まず、一杯、日本では駆けつけ3杯という。ビールか、タンドアイはないか。ない、食ってみろ陳の料理だ。これは美味い。紹興酒だ。これも美味い。なにね、メンデル先生から泳ぎの指導を頼まれた。で、とんできた。先生は偉いドクターだ。 棟梁生徒はここにいる全員だ。うん、泳ぎは3日で覚える。バーナードもか。ありゃだめだ、金槌、永久に覚えられない。爆笑。

 セール、家族にヴァイオリン持っててくるように手紙を書いた、どのように送ればいいか。メンデルに頼めばメールで送ってくれるだろう。カーシム大佐いいか。ああ。大佐の許可を取らないと夕食抜きにされるぞ。メンデルが手紙をデジカメに撮る。その手紙は大切にしまっておいて奥さんに見せろ。
 私は、清子に愛を告白するために日本に行きたい。あのなあ、メンデル、彼女はお前のものではない、俺とお前は対等な立場だ。バーナード、陳、カルロスを含め5倍の競争率だ。拙者も出馬致す、と常男。6倍になった。棟梁が清子の写真をみて叫ぶ。メンデル先生、心配ない。先生が一番男前だ。でも、俺も参加したい。
 長老がやってきてわしも会いに行きたい、と言った。と、捕虜たちも手を上げる。メンデルが立ち上がる。私は清子を愛している。誰にも渡すものか。殺されても彼女に会いに行く。一同沈黙する。ヘール坂本、私は日本に白神に行きたい。それは私の権限外だ、カーシム大佐に頼め。
 カーシムはダニロを呼ぶ。お前は今日のヒーローだ。お前も食え。陳、いいか。勿論。陳が料理を盛り付ける。慶応大学の佐藤教授に招かれている。東京だろ、白神は遠いぞ。

 ダヴィッドが横に来る。掛けて良いかな。おお、坂本が席を空けてやる。白熱しているな。ああ、恋敵 譲ればよかった 今の妻 という川柳があったな。どういう意味だ。日本の女は怖いということ。ダヴィッドが驚く。
 棟梁からマタギ、小熊物語のリクエスト。陳が声をかける、カルロス、バーナード出番だ。今や18番の芝居が始まる。今回はマタギにカルロス、母熊バーナード。カルロスの名演が光る。小熊を抱き上げるところでは観客の眼に涙。

 ミスター坂本、メンデルを日本に行かすのか、ダヴィッドが耳元で話す。惚れて通えば千里も一里というしな。それがしも父の国を見ておきたい、常男が割込んでくる。して、こちらは。ダヴィッド ベン グリオン、日本乗っ取りを目論む悪でござる。乗っ取り、それは不埒な。なかなかの悪ですでにアメリカ合衆国を乗っ取った。ほう、合衆国を。いかにして。戦争を起こして武器を売りつける。軍事費を高利で貸し付ける、担保にその国の国債を取る。株式、証券、商品相場を操作して莫大な利潤を上げる。昔ながらの手法を使っている。
 日本乗っ取りはその一環でござるな。左様、米国は落ち目にあれば甘みがないと合衆国国債を日本に売りつけた。返済時期になると円高に持ってゆく。円高とは。40年前は1ドル360円でござった。今や82円でがざる。左様か、円が高いとは日本が強くなったのかな。
 いや、さにあらず。円高にして日本の国力を削いでいるのでござるよ。というと。日本から借りるときは円安に返すときは円高にする。返済額は半分以下で済む。して如何程用立てたかの。600兆円とも、国家予算の100年分。そうれは膨大な額でござるな。しかも踏み倒すつもりでいる。何、借りておいて返さない、政府は何をしておる。米国が怖いのか。否、闇の黒幕と呼ばれるこの連中、でござる。国籍を問わず意に染まぬ者を抹殺することに何の躊躇いもない。
抹殺された日本高官も少なからず、故にこれに触れるものなし。情なや、お国のために命を捧げた多くの兵士に何と申し訳を致すぞ。既に虫の息の日本国土を無差別に空爆、かつ広島長崎に原爆を投下したと聞く。さればなおのこと可及的速やかに連中を成敗致さねばなるまい。御意。

 成敗とは死刑に処すという意味かな。そうだダヴィッド。明白な証拠が必要だろう。そうだ。されど婿殿、状況からは罪状明らかなればまとめて処刑してしまえばよかろうに。まとめてとはユダヤ人すべてということですか、メンデルが叫ぶ。仕方あるまい、人類の敵なれば、いずれ抹殺するしかあるまいのう。遅きに失しては戦況は更に悪くなろうぞ。先延ばしで好転するとはおもえぬが。常男は平然と言ってのける。
 これには捕虜たち闇の黒幕たちもドキッとしたようだ。単刀直入、直接的殺戮に弱いようだ。例えばで御座るが、この連中が清子殿を手篭めにして殺したとします、連中の犯行は明らかなれど実行した犯人を特定できない、あるいは共犯が立証できない場合全員を処罰できますかな。
 日本の婦女を犯し殺したる以上、特定、共犯なぞ何を生ぬるいことを、容疑者全員市中引き回しの上獄門晒し首、再発防止にはこれが一番でござるよ。平時ならば無罪の人間を巻き添えにこれを処するは忍びがたけれど戦時なれば致し方あるまい。躊躇うは軍法会議にかけられようぞ。

 どうも山田常男の独演会となってしまった。坂本の顔からダヴィッドは今度にしようと眼で呼びかける。坂本もうなずく。場が白けてしまった。しかし常男の過激な発言は捕虜たちを震え上がらした。日本軍には神風、特攻がある。彼らは故国のために命を捧げるそうだ。そんな時代錯誤なささやきが交わされるのも彼らの動揺振りを表していたのかも知れない。
 この日本刀は父が日本将校からもらったものだ。カーシムが抜いて見せる。旧日本軍とミンダナオ軍との対峙、将校同士の一騎打ちを語る。うむ、大佐の父君も武人でござるな。男の美学をお持ちのようだ。カーシムが刀を差し出す。拝見、常男はハンカチを咥え、白刃を見つめる。やがて鞘に納めると匂いと言い見事な一振りでござるな。恐れ入ります、カーシムも一礼して刀を受取る。

 水 練

 水練が始まった。捕虜は棟梁、監視員はダニロが教えることになった。バーナード1000ペソで教えてやるぞ。教えてください。よし。カーシムが俺たちもかとふくれる。俺、全員と言った。イエスサー。分かれて水練。
 バーナードお前も母親の腹の中で泳いでいた、思い出せ。え、覚えていない。そのうち思い出すさ。プールサイドで顔を水につける。息を吐く。顔を上げる、息を吸う。ゆっくりやってみろ。そうだ、水の中で長く息を吐く。よし、摑まってバタ足だ。足首を柔らかくしないと推進力が生まれない。

 水を飲んでバチャバチャやるのもいる。棟梁休憩するか。そうだな。全員上がれ。カーシム大佐、プールサイドに監視員を置いたほうがいいな。イエスサー。ここの所長は安全管理が下手だからな、と嫌味。兄ちゃん、溺れているのを引き上げたら500ペソのボーナスがでるぞ。本当ですか、大佐。ああ、としぶしぶ答える。俺頑張る、ダニロみたいになる。でも、溺れる奴そんなにいるかなあ。そうだな、めったにいないな。監視員は200ペソ手当が付くと大佐が言ってたぞ。カーシムが坂本を睨む。

 常男が日本泳法を見せると棟梁が競泳を申し出る。捕虜の一人が加わる。100mのスタート。捕虜が飛び出す、リードを広げてゴール。棟梁、常男の順。捕虜から大歓声。今度は200m。棟梁、捕虜、常男の順。最後400mだ。常男、棟梁、捕虜の順。平均すれば総合は同順じゃな、と常男。
 ダニロどういうことか。大佐殿、ミステルヤマダの泳ぎにはロスがない、数キロ泳ぐことができるものと思われます。そうか、どうすればよいのか。サー、彼は水と友達になっております。なるほど、お前は彼に勝てるか。わかりません、があのように美しく泳ぐことはできません。わかった、ありがとう。

 競泳に刺激されてか、全員張り切る。リラックス、母親の中を思い出せ、水と友達になれ、指導員の声がとぶ。メンデルが泳げるようになった。おい、どうやって覚えた。棟梁の泳ぎを観察した。ヘール山田ダニロ、力を抜いている。なるほど医者は観察が鋭いな。
 バーナードここまで来い、俺の肩につかまれ。全員の目が向けられる。馬鹿、女の肩を抱くように上品につかまれ。イエスサー。向こうまで泳ぐぞ。坂本は平泳ぎで泳ぐ。女を抱くように。スケベ、女の肩を抱くようにだ。スケベは何を意味する。ユリに訊け。今は泳ぐことを考えろ。ヤー、ヘール。今度は顔を上、青い空を観ておれ。なじかはしらねど こころわびて 昔のつたえぞ ああ、思い出した、昔こうしていた。いつごろだ。生まれる前。調子がいいの。

 陳が常男に声を掛ける。山田殿拙者にも泳ぎの手ほどきをお願い致す。心得た、これに来られよ。全身の力を抜く。酒に酔うた状態でござる。知道了。わかりました。して進むには。女の乳房を撫でる如し。おお、なかなか筋がよい。山田殿、某にも。おお、てほどき致そう。水に浮くには。左様射精して果てた状態でござる。かようにか。ようござる。して。女の乳房を下から揉み上げる。然り、泳ぎとは楽しいものでござるな。

 監視員は上達が早い。ダニロの指導よろしきをえてたちまち泳ぎ出す。身体能力の良さ、訓練なれ、日当ボーナスなど原因はいろいろ考えられる。カーシムも指揮官としてのプライドか結構いい泳ぎをする。ダニロがもう教えることはないというと女の救助法が要求される。3000m以上泳げるようになったら。

 救命具としてはペットボトル、ビーチボールが用意された。これは水上ラグビー、バスケットに転用される。遊びとは発明発見の訓練になる。ともかく全員50m以上泳いで単位取得。カーシムの号令、全員整列、教官殿に敬礼。質問、脚がつったときはどうすのか。常男が答える。指を引っ張る、と片足を上げて見せる。それでも治らなければプールの底を這って行く。
 海や河では。助けを待つしかないのう。常男はプールに飛び込んで膝を曲げて浮いている。助けがなければ。困ったときの神頼み、祈るんだな。日頃の行いの良い人間は天が助けけてくれる。そのとおりと棟梁ダニロがうなずく。生と死の分れ目を見てきた二人だ。人間の限界に挑むとき、人間を超える存在、能力を求めるのかも知れない。

第二章 旅

第二章 旅

                   児童養護施設

 坂本とダヴィッドの対決はまたも持ち越しとなった。ヴァイオリンを届けにやってくる妻と娘を案内するときか、新たな捕虜の引率のときか。陳、悪もあれほどになると大したものだな。いかにも我々は上品なものだ。今回の旅で龍次の気持が分かった気がする。陳、俺もだ、まあ、婿殿にできるだけ協力するか。
 ところで山田殿、せっかくの機会なれば拙宅にお立ち寄り下され、女連合への対策を協議致したく存じる。それはいい、陳、俺の家にも寄ってもらおう。ならば、お言葉に甘えて寄せていただこうとするか。常男は飛行機に一度乗って見たいと言うのでダヴァオからマニラに飛ぶことにする。坂本は、旅費の足しにと5万ペソ常男に持たす。


 三人を見送って、さあ、カーシム大佐ハジ議長のところで身代金の精算だ。セール、腹が減った、粥でも食いたい。おお、久しぶりに食うか。雨か。雨の日は南国でも肌寒い。クラクションとブレーキ。車が止まる。ダニロが飛び出す。男の子を抱き上げてくる。乗せろと坂本が手で合図。怪我はないが腹を空かせている、とダニロ。水を飲ます。震えている。ダニロがタオルで拭いてやる。何か叫ぶ。運転手が兄弟がいると言ってますと通訳する。拾ってやれ。車を回す。
 弟妹であろう、5人の子供が雨に震えている。車に乗せてスーパーへ。付いて来い坂本が子供服売り場にゆく。ダーイ、ねーさん服を見繕って着替えさせてくれ。オッケイサー。運転手に付き添わさせ、ダニロと食料品売り場に向かう。パン、ビスケット、ヤクルト、などを籠に掘り込む。
 子供服に戻ると買った服を着ている。500ペソ、パンツ、シャツ、ズボンで一人100足らず。もう一つずつ色違いで。サンキューサー。会計は。こちらです。ピソありますか。?。よくみると1000.85との表示。ない。0.85ペソ不足。オッケーラン。店員が会計にいう。オッケイ。85センタポスの値切り。日本の銭に当たるか。センタポスは急速なインフレはあるもののいまだ通貨として頑張っているのだ。
 店員に100ペソ握らす。コーディネイト料だ。まあ、と笑いながら受取る。お気をつけて、と見送る。感じのいい娘だ。フィリピンレストラン。OK。粥6人前、俺もだ。坂本が注文する。お前たちは自分で注文しろ、俺が払う。サンキューサー。ゆで卵をつける。好きなだけ食って良いからゆっくり食え。運転手が通訳。ダニロもカーシムも分からないそうだ。ほんとに幾つ言語があるのだ。

 腹が膨れると男のが話し出した。年は8歳。父親母親がアル中で仕事しない、廃品回収で彼が生活を支えているそうだ。稼ぎが悪いと殴る蹴る、今日は家を叩き出されたそうだ。ダニロがあざを示す。児童虐待、麻薬もやっているのであろう。
 ユキに子供を拾ったと電話する。ユキがやって来た。ハジの精算をしてくる。あいよ、早く帰ってね。ああ。さあ、オバちゃんの家に行きましょ。役所は連絡しなくていいのか。バランガイのコンシールCounsel にきてもらう。そうか、頼むな。任せて。
 ハジ議長は考えていた。坂本に気付いて立ち上がる。考え事か。ああ、詰め腹を切らされる夢にうなされているのだ。なかなかの演技だったぞ。カーシムが常男の成敗を話す。日本人は怖いのう。早く帰らないとユキが怒るから精算しよう。売上1B=10億円だからハジさんは100M=1億でよろしいか。結構。カーシム大佐、収容所の警備体制レーダーほか大丈夫か。特別に100M使ってくれ。
 残りはシャハラザードに送る。そうだ、100Mほどで、話は変わるが土地10ha家3000㎡買えるかな。何を始める、保育所か、それなら10Mで十分だ、探してやろうか。ああ、ユキの決裁をとったら頼むことになるだろう、今日はこれで。ああ、お疲れさん。

 家では6人の子供が安心して眠っていた。この国の子どもたちの表情はなぜだ、どんな未来が待っているのだ。過去も現在も幸福ではないはずだ。物質的には恵まれている日本の子どもたちは無気力だ。ユキ相談しなくて悪かった。急を要したのでしょ、私の旦那はこんなことも決められないほど尻に敷かれていると思われるのは嫌だわ。いや、これは国政の課題だ。ユキ議員のお力を借りないと。
 ディー、経済効果は底辺には波及していないのね。自由経済は競争が原則だ、弱者に手を差し伸べるのは政治だ。国政は外交、国防など全国的な問題を、それ以外は地方に任したほうが良い。細かいところまで目が届かないのね、国民目線ってやつ。そういうこと。
 児童擁護は国政だが地方に委託してやってもらったらいい。国と地方が協力しやすい問題だ。そうね、児童擁護施設をつくるわ。100Mほど用意したが。国がやるべきことだから国に金は出してもらう、明日市長に相談してみる。いいでしょ。それがいい。ねえ、抱いて。南海雄は眠っているわ。
 翌日バランガイと事前協議をして市長に会う。お話わかりました、できるだけの協力致します。あのね、バランガイ、市でなくちゃ児童擁護はできないでしょ。市長(親分)ひと肌脱いで下さいな。国から金を引き出すために委託を受ける形をとるの。だから国に援助してと言って欲しいのよ。そうします。委託料助成金で職員が雇えるわよ(票が集まるわよ)。そうですな。これはオオピラにやらない方がいいと思うの。私の来たことも内緒よ。早急に施設をつくって頂戴。予算の方は任せて。わかりました、ユキ議員。あら、今日は一市民として陳情に上がったのですよ。よろしくお願いします。

 政府提案の児童擁護施設法案が上程された。本案は基本方針定めたものでもので、実施に当たっての規則細則は委員会に検討をお願いしているところであります。早期施行に議員諸君のご理解をお願い申し上げます。野党質問も反対理由はないから協力的だ。むしろ、自分を売込むチャンスだ。
 本案に対しては我が党も全面協力する用意がある。しかし、その前に児童虐待の背景にある麻薬取締の甘さ、売春をせざるを得ない人たちがなくならない現状をどのように認識しているのか、政府の見解を伺いたい。議員ご指摘のとおり、麻薬をはじめ犯罪取締りは十分とは言えません。犯罪情報に対する懸賞金の増額、雇用の場の創設など政府一丸となって取り組んでゆく保存であります。ならば結構、積極的に推進されたい、与野党を超えた国政の確立こそ国会の使命である、我が党は本案に賛成する。拍手。こうして全国市単位で設置が承認された。

 パガディアン市が設置第1号となったのは言うまでもない。久ぶりのユキ節。ええ市長さんから相談されて私もお手伝させていただいてます。そりゃ、やるのはいいわよ、結果に責任を持たないとね。産児制限は行われますか。それはね、家庭の問題、国が立ち入ることではないでしょ。しかし必要でしょう。必要だけど国が立ち入るのは反対。生活レベルが上がると子供が少なくなる、先進国を御覧なさい。少なく生んで大事に育てるようになるわ、でも大家族もいいものよ。
 児童虐待への罰則強化は賛成ですか。これもねえ、本来家庭の問題でしょ、基本的には反対だけど、この国の現状では已むを得ないわね。議員ご自身でも擁護されているとか。そんなんじゃないわよう、小さな子供が困っていたからしばらく泊めてあげただけ、それだけのこと。

 その夜、清美から電話があった。私もユキ姉さんと同じこと考えていたの、こちらの施設については私も参加させて下さい。うれしいわ、ぜひお願いする。紀和ちゃんどう。おかげさまで元気に育っています。家族って多いほうがいいわね。今ね、一軒家借りて住まわせているのだけど上の男の子が兄弟の面倒よくみるの。それで相談なんですけど、子供たちが将来自立できるように職業訓練校をつくろうかと思っています。仕事はユキ姉さんにつくっていただくとして仕事につける能力をつけておこうと考えているんです。いいわね、日本の職人さんは仕事に誇りを持ってるの。使う人に喜んで貰うものをつくるのね。なんつうかな、製品に職人さんの夢が込められている感じ。そう、夢ね。夢、夢って素敵ですね。
 日本は手作りのものが高いの、フィリピンもフィリピンらしいものを世界に発信できたら輸出できる、質の高い技能が大切ね。私も日本に行ってみたい。紀和ちゃん日本国籍取ったでしょ、母親はOK.父も叔母も日本を見たがっています。そっちはむずかしいわね、でもね、一度一緒に日本に行きましょう。お爺様のお墓参りだけでもしてきましょうよ。ええ、是非とも。

 掛け算

 拾った子供6人が坂本についてまわる。里親だ。パンリサールを30買う。1個1ペソなのでそう呼ばれる。1ペソ硬貨には国民的英雄ホセリサールが刻まれているのだ。みんなで分けろ。一人5個ずつだ、でもオジサンとオバさんの分がない、一人3個ずつにしよう。年長のレルデが差配する。親運肌のところがある。ユキと坂本も1ッコ分前に預かる。この国ではもらったものは俺のもの、贈与者にも分け与えるのだ。ここが日本の感覚とはちがうのだ。
 ボゴジュースを2個買う。ココナツの皮を剥いで汁を取り出す。ビニール袋に移してストローを差し込む。1袋10ペソ。夜店の金魚売りみたいだ。バランガイのベンチでパンを食べる。ボゴジュースは回し飲み。幸せそうな子供の顔。小さな子供を連れた5才ぐらいの女の子が近づいてきてパンという。昨日から何も食っていないらしい。
 坂本がパンとジュースを与えると子供が10人ほど集ってくる。よし、レルデ、パン50個ジュース5個買ってこい。坂本が50ペソ3枚渡すと子供の数は倍になった。パンとジュースが並べられると3倍になった。レルデは1個ずつ配ると残りは半分ずつと割ってみせる。

 30人ほどの子供たちはたちまちパンを食ってしまった。それでもジュース付きなので大満足だ。ところが、ビニール袋とストローは無造作に捨てられている。ゴミを散らかすな、拾い集めろとレルデに怒鳴る。すると子供たちが広場のゴミを集めてくる。紙くずビンなどが山積みになる。バランガイ職員に処分方法を尋ねる。大きなずた袋を持ってきて分別するように指示する。セール、明日もパンをやるのか。ああ。浮浪児に毎日やることになるぞ。?。
 別の少年がやってきてビニールをくれという。キロ15ペソになるらしい。レルデは3ペソはねる。これはバランガイのものだ、と坂本が言うとレルデがむくれる。職員が笑って寄付ノートを持ってくる。ご寄付ありがとう、署名してくれとレルデにノートを渡す。彼は字が書けない。お前の名前はこう書くのだ。そうか、俺の名前はこうか。そうだ。するとほかの子供も記帳すると言い出した。生まれて初めて字を書くのだ。地面に何度も書いてからボールペンを握る。いい教育をしたな。いい気分だ、サンキューセール、職員は笑って立ち去る。
 レルデがマイルドセブンを見つめている。チートそれはいくらするのだ。65ペソ。一本3ペソ以上か。日本で買ったら10ペソと言いかけて坂本は止めた。お前は計算をどこで覚えた。タバコ、車ふき端切れ、新聞を売って歩いた。年は。7才。偉いな。商売には必要だから。なるほど。これ2箱だと。130ペソ。5箱だと。325ペソ。本数は100。ほかの子供は。できないだろう、俺しか。そうか、レルデは凄い。

 翌日掛け算の九九を持って出かける。バランガイには子供たちが待っていた。この表は横は箱、縦は中身だ。中身は何がいい。ペラ(お金)。そうか。坂本はタバコの空箱に番号をふって並べる。さらに空箱を積み上げる。9番目は9箱。同様に縦にはペソを積んでゆく。この列の箱にはワラペラ、空っぽ。子供たちが笑う。この列は1ペソ、この列は2ペソ。この列は?5ぺそ。この列は?9ペソ。そうだ。坂本はペソを積み上げてゆく。
 いつしか大人も見守っている。29 18まではどうにか付いてきたが、5の段になると3才児にはわからないと言うのが出てきた。坂本は構わず進める。ともかく99 81までたどり着く。9ペソ入が9箱。小さい子に持たせてみる。重いか。うん。それじゃこれ全部覚えたらパンとジュース買ってやる。全員だぞ。これには大人も驚く。なにしろここは南の島、掛け算ができない大人も多い。
 子供には無理です、これは虐待です。中年のオバンがしゃしゃり出る。無理かどうかはやってみなくちゃわからねえだろう、すっこんでろ、このババア、坂本が声を荒らげる。この日本人なんて言ったの?若い女がすっこんでろ、このババア、と日本語とヴィサヤ語で叫ぶ。周りが大声で笑う。
 クーヤ、私手伝いましょうか。いや、これは子供たちの仕事だ、苦労して覚えて身につく。そうでした、出過ぎたマネを。セール、彼女は市長の姪で小学校の教員ですので、とバランガイ職員。この日本人子供たちのために掛け算教えている、若い女が話す。知っている、昨日も子供にパンとジュースを与えた。そうだ、2haぐらいの土地ないか、子供たちの家と畑に使う。二人が顔を合わす。わかりました、探してみましょう。頼む。
 レルデと3人の少年がパンとジュースを買ってきた。子供たちはこれを見てなおいっそう奮励する。女の子が22が4、23が6と歌いだす。他の子もこれにつづく。一人の男の子は9ペソ入の9箱を見つめている、チート9ペソ貸して、という。1ペソずつ箱に乗せる。今10ペソが9箱で90ペソ、9ペソ返したら残り81。若い女が拍手する。他の子が振り向く。拍手。
 OK試験だ、24は?えー?46。他には?38!Good.36は?66と49!よし18は?29&36。よし合格、パンとジュースを配れ。イエッサー。女の子が歌いだす。何の歌かな?99。君の作曲?そう。坂本が拍手。男の子が歌にあわせて踊りだす。ocho ocho na! 88ナ64 64のコーラス。69?ワラ、ない。

 子供たちは半時間で九九を覚えてしまった。パンとジュースと女の子の歌が大きい。貴方の教え方が上手なのよ、ユキは頼もしそうに坂本を見る。そうかな。そうよ。子供たちの家を立てる。どれくらい。100人ぐらい、土地は2ha。まあ大きいのね。そのうちに手狭になる。翌日、バランガイ職員と若い女がやってきた。ユキの隣の土地を無償で貸すというのだ。地主は?市会議員のマネー。タダ程高いものはないからな。いいじゃない、ちゃんと契約巻いて置けば、ユキが後押しする。どうやら市会議員は市長への色気があるようだ。100年後に現状有姿のまま返すと公正証書にする。

 家の部分は手を付けなかったが水田畑は水平をとって整地した。雨水生活水の貯水槽には業者が驚く。自家発電はガソリンと風力太陽光を併設する。道路には基礎にグリとスラブを入れる。両側に歩道を高く付ける。さらに8m幅の道路は飛ばしたくなるのだがlove me tendar love me trueと道路が歌うのだ。なんだこりゃ?たちまちLove Rordの愛称が付く。日本ではタイヤの摩擦音でメロディーを奏でることは珍しくないが。
 水田には水が張られ田植えが始まる。水平を取る土木工事が必要なのだ。あの日本人は神経質だと陰口を叩いていた土木業者も納得する。畑には野菜と果物が栽培される。牛馬豚山羊鶏が放牧される。乳を絞って飲ます。最初は嫌がっていたが次第に好んで飲みだした。卵は貴重な栄養源だ。池には魚を養殖する。これが子供たちのプールになる。収穫の度、付近住民にご馳走する。子牛子豚を与えると農作業をやってくれる。特に豚は現金収入になった。

 またもメディアが取材にきた。放映前に必ず試写させることを条件に許可した。たちまち浮浪児が寄ってくる。父無し子を生んだ女。腹を空かした年寄り、などなど。豚汁が好評で仕事にあぶれた男までがやって来る。ここは児童擁護施設だぞ。いいじゃない、みんな喜んでいるのだから、とユキは気に留めない。テレビ局がラブミーテンダーの秘密を教えてくれと言う。ただでか。え?子供たちに鉛筆ノート、ボールでいいんじゃないとユキ。それと大型テレビだ。うへー。すぐ持って来い。

 子供の教育に良くないと食堂兼休憩所を立てる。仕事のない大人はただ飯食ってベンチでゴロ寝。これではもっと悪いと大人擁護施設を併設する。さらに2ha借り増しだ。こちらには製材所、炭焼き、陶器など付ける。講師には近くの現役が来て指導する。市価の半値で買い取ってくれる。その半分を日当に与えた。現金なものでしっかり働く。仕事がなかったのだ。さらに日当の半分は彼らのために預金しておく。蓄えの習慣がない民族である。各人の預金額を開示すると貯蓄意欲が出てきた。
 お金って何だ?モノを買うものでしょ。モノって何だ。ものはものでしょ。労働はものか?モノじゃないけど買えるよ。ソクソク=性交は?買えるけど良くない。違法だ。雨の日には経済を教える。いつ買える?いつでもお金があるだけ。そうだな今日買わなくてもいい。どうしてなの。どうしてかな。お金は腐らないから。魚は腐る。水の中にいたら腐らない。でも喰えないじゃないか。喰うときに捕まえればいい。簡単じゃないわ。養殖すればいいんだよ。施設にはいっぱいお金がかかるわ。そうだなあ。
 日本の旦那にきいて見よう。だからさお金をためればいい。どうやって。毎日すこしずつ。値上がりするぞ。廃業する奴から安くかえばいい。考えることがない民族にしては上出来だ。『お金は買うもの、蓄えるものでしょ』ユキも話しに加わる。ティータ(おばさん)、このシャツいくらしたの?お姉さんでしょ。お姉さんいくらしたの?300ペソ。私も欲しい。大人になったら買いなさい。私買う、お金貯める。養殖施設は?あんたが買いなさいよ。
 金の機能には、購買力、価値尺度、価値保存がある。金を持ったことのない人間でも理解はできるはずだ。児童施設から独立させてゆくことがここの目的だ。そのためには技能、技術を習得させる必要がある。この国では職訓も教育も同時にやらなくてはなるまい。そうね、この施設利用料値上げしたら、働かないと食べていけないって教えるの。いい考えだ、仕事を与えて家計簿をつけさせよう。清美さんとも相談してみるわ。

 日本の山村で年間2億円以上の売上を出す”あやどり”を紹介する。料亭などが料理に添える楓の葉を集めるだけだが、集めるのは平均70才の娘さんたち。これにはメディア、行政が強い関心を示した。
 テレビ放映の前日大型テレビが届く。DVDが映される。たちまち人集り。自分の映像が出ると歓声があがる。土地のオーナーは一市民として協力しただけといいながら、本来市の行政としてやるべきことですねと自分をアピール。土地の担保価値が10倍なったと喜んでいる。銀行が10倍と行ったら100倍だ、この際、賃借権登記と賃料を少しでも入れておこう。そんなものかねとユキ。抵当権を付ける際こちらの同意が必要になるはずだ。愛の道路もタイヤと路面との摩擦音でラブミーテンダーと歌っていることが紹介される。これで収容人員がまた増えるだろう。

 清美から電話が入る。ユキ姉さんテレビ見ました。清美さんの擁護施設の実験よ、一度みにきて。ありがとうございます、私の方は職訓に力を入れています。そう、将来、あの子達も世話になるわね。その日が楽しみです。ほんとね、清美さんこちらは来たことないでしょ、早い内にね。ええ、努力してみます。それから、サカモトさん、子供といるとき本当に生き生きしている。でしょうね、教育とは考え方を教えることが彼の信念でしょ、その学校の先生どんな顔しているかしら。そうね、99掛ける99まで行ったら目を回すんじゃない。
 坂本の教室にはジャパユキのネルダがやってきて読み書きを教える。押しかけ先生である。やりたいことは相手の意向も聞かずにやるのがフィリピンスタイル。坂本が教室に現れるとネルダは授業中止、それなりに気を使っているのだ。この頃の教室はバランガイから食堂兼休憩所に移っていた。100ペソは50ペソ何枚だ。2枚。どっちがいい。小さい子は2枚を選ぶ。そうか、多いほうがいいか。100ペソは20ペソ何枚か。5枚。じゃあな、50ペソは20ペソ何枚か。ネルダは無理です、と言いかけてやめた、くそババアと言われる。大人たちも後ろで見ている。子供たちがああだこうだと議論する。
 男のが立ち上がる、2枚半、だから20ペソを半分に切る。後ろで大きな笑い。正解、ただな、お札を切ったら犯罪になる、プリゾンだ。本当?コインも同じだ、壊したり傷つけたらプリソン。うそー!すると警察官が来て男の子に手錠をかける。通貨毀損でお前を逮捕する。お前には黙秘権がある。弁護士を呼ぶことができる。俺はやっていない、男の子が泣き叫ぶ。
 九九を作曲した少女が立ち上がる、彼は無罪です、なぜなら彼は切ろうとしただけで、まだ切っていません。未遂なら無罪だ弁護人の主張を認める、と手錠を外す。拍手が起こる。少女は5ペソ硬貨を2枚もって坂本に差し出す。10ペソが欲しい、じゃあ、5ペソ2枚で売ってやる。サンキューサー。
 今度は難しいぞ、正解者に5ペソやる。さー約束するか。約束する。このカップは9L入り、こっちは5L、この二つのカップで13Lの水を正確に量るにはどうするか。えー?9と5で14だろう。チートは13と言った。なら1Lのカップを持ってこい。ばかね、そんなの誰でもできるわ、二つのカップで量るのよ。じゃあやってみろ。今考えているの。 ヘっへー、5ペソは俺のものだ、最近入った少年が叫ぶ。柄が悪いので嫌われている。
 彼はバケツに水を入れてくる。9Lに水を注ぐ。手を擦ってから5Lに移す。それを無造作にバケツに戻す。今度は慎重に残りを5Lに移す。9Lは空であることを見せる。憎たらしいはねえ。9Lに水を注ぐと二つのカップをゆっくり指す。悔しい。なんであんな奴が。みんなどうだ彼の答えは?無言。子供の世界は純粋なだけに残酷でもある。 正解だ。5ペソは俺のものだな。そうだお前のものだ、持ってゆけ。ヒヒ、キンディー買うかな、ビー玉にしようかな。
今の答えを数学書くとこうなる。
13=4+9=9-5+9 さあみんな指で書いてみろ。thirteen eqaul nine minus five plus nine.これは覚えていてほしい。セール俺も5ペソ欲しい、もう一つ問題出してくれ。そうか、よし、今度は10ペソだ。後ろから俺でもいいか、と声が飛ぶ。誰でもいいぞ。これはなんだ。お星様。そう、お星様この先を結ぶと正五角形になる。先と先との距離はどれも同じ長さ、これを正確に書くにはどうするか。難しい!10ペソ約束するか。約束する。何時まで?明日の午前10時まで。9時59分はOK? OKだ、今日はおしまい。サンキュー、チート。バイバーイ。


   山田中尉の墓参り


 ユキと清美は日本旅行、山田中尉の墓参りの準備を進めていた。このような重大事項を旦那にも話さないのがフィリピンスタイルだ。直前まで坂本は知らなかった。俺には予定がある、二人で行ったらいいだろう。だって清美さん日本初めてよ。分かりきったことを言うな。怒らないでよ。怒らないでか。フィリピン女は一つのことに猛進するから他のことは目に入らない、気にしないのだ。
 ユキさん、また同じ過ちを犯したわね、隠事日本人とくに坂本さんが嫌うことよ。だってお母さん清美さんのお祖父さんのこと、入国のことで頭がいっぱいだった。あなたのそういうとこ私は好きよ、でもね旦那様をないがしろにしたのだから手討ものよ。てうち?刀で馘を刎ねる奴?そうよ、無礼討ち。私たち馘を刎ねられるの。今度は初犯じゃないから大変よ。手が掛るわね。坂本さんに電話してみるわ。すみません。お土産高くなるわよ。

 すると塩崎さんもご存知だったのですか。私は、たった今、、ユキから聞いたのですが、まあ、坂本さんに無断で事を進めたことは責められべきでしょうが、動機は清美さんの夢を実現させようとしたことだから許してあげて。情状の余地はあっても量刑の問題です。そうね、夫婦喧嘩に私の出る幕はないわね。真知子は早々に話を切り上げる。
 左様でござるか、ご厄介をお掛けしました。されど娘のために男の約束に不義理致すは、、坂本さんとどんな約束されたかは存じませんが、墓参りのほかに山田様の日本行の方策を探る目的もございますのよ。それがしの、やさしい娘じゃからのう。お三方(男軍団)もわかって下さるでしょう。うむ、ここは塩崎殿におすがりするしかないの、何分よしなにお計らいくだされ。心得ました。

 婿殿、昨夜夢をみた。父の遺言が仏壇の奥から見つかった。叔父がそれがしと妹に会いたがっているのじゃ。それはきっと正夢でしょう。清美が近々日本に行くそうですから確かめるでしょう。何、清美が日本に、メルダ聞いているか。私聞いていません。親に無断で外国に行くなど、許せん。絶対に許さん。そうでしょう、ユキもいやユキが言い出したらしいのですが。共犯じゃ、処断すべし。
 共犯と言っても清美は従犯でユキに従っただけですから。共同謀議は明らかなれば共同正犯、同罪でござる。婿殿、そのような甘い態度が女をつけあがらせる。びしっと離縁状突きつけなされ。それは過激な。メルダそうであろう。そのとおりに御座います。聞いたか婿殿、日本男児はかくありなん。げに。

 両名処分で婿殿の機嫌が直りました。それは上々でございました。さすが元外交官夫人は策士でごさるな。あら、戦略ですよ。これはご無礼仕った。あとは清美さんね。はあ、よくよく申し渡しておりますれば。清美さんなら上手くやるでしょう。この度は誠にかたじけのう存ずる、先ずは御礼方々ご報告まで。ご丁重に、ご成功をお祈りいたします。では、これにて御免。

 清美から電話が入る。今からあなた会いたい、許して下さいとは言いませんが謝りたいのです。私はまた機会があると思うけど父の夢は存命中に叶えてあげたいのです。あなた力になって下さい。そうか、忙しいが何とか時間をつくろう、近々にそちらにゆく。さようでございますか、何卒、よろしくお願いいたします。ユキは清美と坂本とのやり取りを聞くとはなしに聞いている振りをしていた。ことは真知子の筋書き通りに運んでいる。やはりお母さんはすごいな。
 あなた、お出かけですか。ああ、山田殿がお呼びだ。私、今日から三日間、児擁護の審議会がございますのでご一緒できません。審議が終わり次第参ります。ごめんなさい。うむ、仕事を大切にいたせ。ありがとう御座います。今すぐ旅の支度を整えます。塩崎真知子脚本演出、ユキは改めてその手腕に感服した。そうだ、岡本理事長といい、日本の女は怖いなと心底感じるのであった。

 あなたごめんなさい。バギオの清美の部屋には紀和が眠っている。もういいよ。夫婦の和解は和合にしかず。坂本は清美を抱き寄せる。喘ぎながら坂本の頭を抱く清美。意識が遠のく中で安心した表情に変わってゆく。最近見られなくなった日本の女だ。やさしく髪を撫でてやる。寝顔も可愛い。和服を着せてやりたい。清美は準日本人だから肌が合う。坂本は国際派だから国籍人種を問わないが、気が合って肌が合うとなればやはり日本人かとも思う。出尻はと胸にほんのりとした色気を感じる。広幅尻もいいが、たおやかさに欠けるな、これは愛欲理論意追加すべきだ。坂本は寝そべって天井を見る。紀和が起きた。坂本は娘を抱き上げる。清美が見上げている。坂本はふと目をそらす、見透かされた気がしたのだ。娘の肌は清美に似て色白の餅肌だ。お前のお母さんはいい女だ、あんなふうに育ってくれ、まだ誕生日も来ていないか。
 あくる日ユキは南海雄を連れて真知子の家につく。お母さんありがとう。上手くいったようよ。間もなく山田ご夫妻も着かれるでしょう。山田さんは坂本さんに相談があるから清美さんが報告にくるわ。お母さん南海雄を庭に出していい。なるほどそうね、夫婦喧嘩は子供の前でやっちゃいけないからね。マリアとアンジェリータが、梅雲と許細君もやってきた。陳とカルロスは荷物を運ぶ。亭主関白とはいかない。言われるままにそれぞれの別宅に向かう。清美も紀和を抱いてやってくる。
 お母さん凄い。男は所詮女の掌から出られないのよ。私たち連合は不滅ね。キャーキャー声をあげる。もう一人が加わるのはまだ先のことである。 庭にはモニカ(マリア)アナヤ(アンジェリータ)碧渓(梅雲)壁谷(許細君)南海雄(ユキ)が遊んでいる。カルロスがある晴れた日にを歌っている。男の集合を呼びかけている。坂本と常男は少し時間をずらして登城する。間もなく女軍団7男軍団4の両軍の対戦が始まるであろう、いや既に始まっている。



 坂本ユキ南海男清美紀和の関西空港の入国審査。ちょっとこちらでお訊きしたいのでよろしいですか。何を訊きたいのだ。親子関係などについて。拒否したら。入国できません。そうか、貴方の職名氏名は。ぶら下げた名札を見せる。デジカメで写真を撮る。名前は。末広巌。生年月日は。あの審査するのは本官の方ですが。審査資格があるかを審査しているのだ。法務省の役人だな。よし、職務に関する限り質問していい。
 坂本が絡むのには理由がある。日本人が世界中ほとんどの国で観光するにはパスポートだけで足りる。フィリピン人はそうはいかない。とくに日本国は入国審査が厳しい。そもそも観光ビザを取得するのすら難しいのだ。たとえば日本人男性がフィリピン女性と結婚して日本で子供ができた場合子供は日本国籍を取得できるが母親は簡単でないのだ。ましてや坂本とユキ、清美との関係は内縁といったところ南海男紀和の日本国籍は認められるはずがない(両親が婚姻中という要件が父親の認知だけでいいことになったが日本の法務省は世界一厳格と言われる)。

 ユキ議員の工作でマラカニアンから日本大使館に圧力をかけた。大使館の本省決済と逃げを打ったが外務省と法務省はあっさりOKを出した。外堀も内堀も埋められていたのだ。この国では国家権力を握ると大抵のことがまかり通る。ただ、ユキは大統領から一つ借りを返しましたねと一言刺された。山田常男にビザが下りるになお時間がかかるであろう。見通しすら立っていない。

 まず、あなた方のご関係をお聞きします。右からユキ、南海雄、坂本、紀和、清美だ、頭に入ったか。南海雄さんとの関係は。彼の母が右のユキ、左が父。パスポートもそうなっているだろう。いえ、そうです。どうして分かりきったことを質問するのだ。赤ん坊の紀和、抱いているのが母清美、父坂本。他には。その事実を確認するためにお聞きするのです。あんた馬鹿か、処女が身を任す時に信じていいのね、と聞くようなものだ。はあ?事実を確認するには事実を証するものしかないだろう。よく公務員試験受かったな。質問して何が分かる。これは俺の戸籍簿謄本だ。コピーとるか。

 お借りします。まだあるのか。旅行目的は。そこに日本語で記載してある。ではご職業は。記載のとおり。他の入国者にも同じように質問するのか、俺たちは特別なのか。いえ規則です。規則見してみろ。できない?個人情報が入国に必要な根拠法を示してもらいたい。法律通りに世の中が動くなら行政などいるものか、国会だけで足りる。公務員は全員失業だな。どうやら末広審査官も坂本の不満を理解したようだ。ふたりの現地妻、ふたりの子供。ベンチから程々にのサインが出る。

 IDみせてやれ。国会議員?記載してあるだろう、記載が信用できないか。いえ、結構です。お手間を取らせました。こんな下らない質問で清美の祖父の祖国への思いは傷ついた。謝れ。誠に申し訳ありません。あんたの入国審査の質問を書面に書きなさい、これから行政評価事務所に持ってゆくから。ちょっとそれは。まともな質問なら職務として理解できるが許せない。

 行政不服と損害賠償、国家賠償だけじゃないぞ、あんた個人に対する民事請求もだ。覚悟して置け。末広審査官の顔が緊張する。それと口の利き方勉強し直しておけ。ディー謝っているのだから許してあげて。清美さんのお爺様は日本軍中尉だったの。その息子さんが日本国籍を取って墓参りをしたいということなの。わかる。わかります。息子さんは清美さんのお父様で65歳になられるの。早くしないと日本に来られないでしょ。それでしたら、法務省に国籍専門の同期がいますから相談されてみては。私の方からも電話しておきます。これが彼の電話番号です。私の携帯も書いておきますから。まあ、うれしいわ。では、皆様、よいご旅行を。

 やれやれ、悪いのにあたったなあ、右翼とも見えなかったが、、、。だいぶやられていたようだな、あの手には逆らわないほうがいい。はあ。昔、旅券発行の女が首になったことがある、もっとも、女の態度は傲慢だったが、その申請者は旅券課にその足で怒鳴り込んだのだ。しかしいい女を二人もものにするとはあの男何者だ。政府筋から圧力がかかったようです。みたいだな。あの脅しとすかしは大したものだ。顔は怒っているが目は笑っている。場慣れしてますね。

 荷物をもって外に出ると山田清美の大きな文字。おい、清美あれは和雄叔父さんか。清美が手を振る。清美か、兄貴にそっくりだ。叔父様。よく来た。肩を抱き寄せる。とにかく車に乗ろう。バンが近づく。息子の洋平だ、清子とハトコになる。親父俺と常男さんが従兄だ。そうだな、清子とはなんというのかの。まあ、それはともかく、よくいらっしゃいました、荷物を座席に積み込む。お疲れでしょう、親父うどんか蕎麦でも。そうだな、あすこはどうだ。ああ、いいなあ。

 何がよろしいかの。私は山掛け蕎麦を。私きつねうどん。じゃあ、私は山菜蕎麦に。しかし清子は兄にそっくりだ。母は明憲は私に似て男前だよと自慢していた。大叔父様こちら連合いと娘紀和です。こちらはユキさんと息子南海雄さん。私を日本に連れて来てくれましたの。それはそれは清子がお世話になります。いえ、こちらこそ、親しくしくさせていただいております。ささ、熱いうちに。このトンビにあぶらげおいいしいわね。南海雄にうどんを与えるとずずっと食べる。おお食の太い子だ、いい男になるぞ。ナミオ君はどんな字をかく。南の海に英雄の雄です。南海のますらおか、この地方は南海道と呼ばれた。北海道じゃなくて。あれは北じゃ。東海道、西海道、山陽道、山陰道、近畿道、北陸道、ええと、中仙道、東北道か。

 海の道、山の道ですか。清子は日本語がうまいのう。ユキさんもいい日本語を話す。しかし昔の呼び方の方が感覚的に分かりやすいですな。いかにも。南海道とは四国とこの和歌山だ。お詳しいの。申し遅れましたが坂本です。清子がお世話になります。こちらこそ常男さんとも親しくさせていただいております。紀和は常男さんが紀州和歌山から名付けられました。そうかそうか、常男と妹、かなと言ったか、元気にしとりますかな。ええ、お元気です。

 山田中尉の墓は和歌山市の郊外、小高い山の中にあった。線香と花を供える。百坪ほどの墓地は山田家の墓が並んでいる。これは私の両親の墓。清美が線香を供え手を合わせる。清美ですとつぶやく。墓地の横に市街を展望できる空間がある。坂本さん、向こうは阿波の徳島。正面が那賀川、右に勝浦、徳島でしょう。同じ地名があるということは、清美が言いかけると、昔から人が行き来していたということ、と山田老人。どっちが本家。和歌山にきまっとる。ユキが坂本をみる。いいんだと眼で答える。

 山の麓に山田家がある。広い青田に囲まれた農家だ。築180年とか、母屋だけで100坪はあろう。納屋、離れ、土蔵中庭、かつての日本の風景が残っている。清美の来訪を聞いて親戚が集まってくる。裏山と家屋敷はご先祖様が残して下された。ところで客人猪はお好きかな。是非、さらに五目寿司を所望致す、異国に暮らす身なれば。いかにも。

 老人、山田和雄が話すところによると父は農家の長男だが東京文理大学を卒業して母校の教師をしていた、母親は東京の商家のむすめだが駆け落ちの形で山田家に入り近くの女学校の教師をしていたようだ。二人の息子を授かり学究の夢を子供に託すも戦雲はこれを阻む。学徒動員の国策に従って志願を生徒に勧める父は毎日悩んでいた。明憲から志願すると聞いて親子喧嘩になった。
 お前のその能力をこんな下らない戦争に使うのか。長男は志願しなくていいことになっとる。存じております。しかし山田家のためです。長男の私が志願すれば一族からの志願はしなくて済むでしょう。教育委員会と軍とに掛け合っていただきたい。父は抱きしめてゆかしたくないと号泣したそうだ。父母は山田中尉の帰りを信じて願って墓をつくらなかったので和雄が建てた。

 本当明憲叔父さんの御蔭で俺たちの親父は志願せずに済んだもんな。私も女学校で叔父さんの姪ということで鼻が高かったわ。ほれに、男まいやったしな。マニラで憲兵をやってたときは日本兵からも現地の人からも慕われていたそうだ。戦友の方が話してくれた。あるときな、中国から転戦できた日本兵がマニラで踏み倒したとき金を与えて払わしたそうだ。
 これにはごろつき兵も一目おいて飲み屋のママを紹介したそうだ。ママのほうが逆上せたが叔父さんやんわりと往なしたそうな。俺は憲兵を志願した訳ではないが憲兵らしく振るまわななるまい。少尉殿は筋を通すお方だとゴロツキ兵も叔父さんには従ったらしい。

 清美さん、これ湯上りに着なさい。ユキさんはこれ。叔父さんお風呂に入ってもらって食事にしましょうか。おお、そうじゃのう、旅の疲れをとって貰おう。坂本さんの浴衣はこれでいけるわね。どうぞこちらへ。ディー南海雄と入って、私清美さんと。わかった。広い木風呂は気持がいい。南海雄を洗って湯につかる。日本の風呂はいい。南海雄は潜っては跳び上がる。坂本は眼を細める。坂本が頭を流していると南海雄が下からチンチンを引っ張る。こら、大事大事、だめ。いてえ、止めろ。風呂桶に逃げ込む。背が立つかと心配するがぴょんぴょんバタバタやっている。

 ユキと清美の浴衣は良く似合っている。若い人はきれいねえ。それあげるけん持って帰り。ほんとうれしい。袂を引いて回って見せる。ようきれいどころ。お兄さんいい男ね。そうかい。さあ、始めましょう。すみません、ちょっとお願いがございます。今回の旅は山田中尉の墓参りのほかに常男さんの日本国籍取得が目的です。そのために皆様のお力添えをお願いしたいのです。
 やや間があって、なんでもするわよ、ね、叔父さん。我が一族のためのご尽力かたじけない。国籍取得は日本に入国するための手段です。常男さんは父の国を訪れたいだけで日本に住む気はないと思います。あら、住むなら土地も家もあるし、いつでも帰って来たらいいのに。姉さん、それが簡単に簡単にいかないから坂本さんがお話されている。そうなの、御免なさい。

 国籍取得となると親子関係確認判決をとることになろうかと思われます。あした、法務省にいって相談してきます。何分よしなにお取り計らいくだされ。わしも常男と花南にあってみたい。それならフィリピンにお越し下さい、我々がご案内します。飛行機で3時間車で4時間です。バギオの北、世界遺産で有名な棚田がつづくところです。いきたい、みんなで行こう。みんなとは行くまい、半分ずつじゃな。そうじゃ、男と女に分かれたらええ。あんた何考えとん、悪いことしたらあかんよ。たまには羽伸ばしたい。なにいよん、こっちのせりふじゃ。

 入国できたら3月ゆっくり日本を見て回れます。そうだわ、清美さん電話かけたら、インターネットできますか。おい、ノートパソコン持って来い。小学生の男の子が立ち上げる。小母さんできるの。お姉さんと言いなさい。きれいでしょ。きれいけど若くない。こら、いらんこというな。清美がテレビ電話をかける。でない。いないのかしら。

 呼び出し音、常男の顔、お父さんお父さん、清美か怒鳴らなくても聞こえておる。そちらのボリューム上げて、スピーカーの横につまみがあるでしょ、それ右に回す。こうか。大きすぎる、少し戻して、そう、今和雄叔父さんのところ。清美のけ、常男、叔父の和雄じゃ。おお、叔父上、父から聞いております。そうか、兄貴にそっくりじゃ、花南は息災にしておるか。はい息災におります。近々会いに参る。楽しみにお待ちしております。ここにお前の従兄たちが集まっておる。
 男の子がパソコンを回す。これ。お爺ちゃんみんなの顔を映すんじゃ。ほうか、なるほど。あっちのなパソコンやったらカメラだけ動かせるんやけどな。ようしっとんな。なんでもきいて。娘清美、孫娘紀和がこと、よろしくお願い申し上げる。

 一同深々と頭を下げる。少年が驚く。四年一組山田太郎、青葉の笛を歌います。

一の谷の 軍(いくさ)破れ
討たれし平家の 公達(きんだち)あわれ
暁(あかつき)寒き 須磨の嵐に
聞こえしはこれか 青葉の笛

更くる夜半(よわ)に 門(かど)を敲(たた)き
わが師に託せし 言の葉(ことのは)あわれ
今わの際(きわ)まで 持ちし箙(えびら)に
残れるは「花や 今宵(こよい)」の歌

常男が唱和する、父がよく歌ってくれたと涙す。どういうこと。平家物語の一節だ。どうして泣くの。オバちゃん、しらんのか。公達とは平の敦盛当年14、相手は熊谷次郎直実。周りは功名をとの源氏の兵たち、直実泣く泣く敦盛の首を取る。その兜には龍笛小枝、そこで直実、戦場の嵐の中で聞いた笛の主はと。また、平家都落ちの夜、平の忠度は<千載集>の編者である師藤原俊成にこの<旅宿の花>を託す。師いわく、武門に生まれずば歌人として名を残せしものを。

 ユキがぽろぽろと涙を流す。おばちゃんないたらあかん、化粧が落ちるで。山田中尉と忠度とが重なるのであろう。ほんま太郎ちゃんの講釈ようわかるわ、私泣けてきた。私もじゃ。平家物語一の谷の段、本日これにて一巻のおわりー。拍手、拍手。太郎ちゃんは明憲さんの生まれ変わりやねえ。

 翌日、法務省の戸籍課に相談に行く。清美の話を聴くと係長はわかりました、判決取って裁判所に嘱託でやってもらったらどうですか。原告は。本人常男さん、なに弁護士に代理させたらよろしい。金はなくてもやってくれる弁護士がいます。この人に相談なさったらええと思います。名刺の裏に添え書きをする。あなたのことは税関の末広から聞いてます。ここも役所仕事ですから判決が一番早いと思います。こちらかの有名な国会議員、ご名刺いただけましたら。上に報告してきます。

 所長室に通される。課長部長もついて入る。所長が出迎える。新幹線はあんじょういってますか。おかげさまで。しかし、凄腕の国会議員がこんな美人とは。今回は私用できてますけど観光客誘致しておこうかなんて。議員、観光なんていつでもできますがな、外務省のアジア局に行かれたらよろしい。あいつの電話番号。秘書が我妻さんですかと、いいながらダイアルする。専用線だ。おでになりました。おおきに、広中です、今すごい美人がきている、フィリピンに観光客を誘致したいんだって。いつでもいい、そう、じゃあよろしく。
 我妻局長がいつでも寄ってくれと言うとります。議員のお名前は外務省で知らない者はいないそうです。恐れ入ります、よろしくお引き回しください。日本語もお上手ですなあ。こちらのお嬢さんは。山田常男さんの娘さんで大学院で日比文化比較を研究されておられる。中尉のお孫さん、一日も早くお父様が日本にこられるようにしますから、日本に留学されたらどうです。所長、抜け駆けは困ります、担当は私ですから。中谷係長がむくれる。

 この問題を扱っているNGO事務所を訪ねる。弁護士が出てくる。話を聴いて判決まで半年、まあ三月はみといてください。訴状はこんなものでどうだす。よろしかったら委任状に署名捺印ください。はんこないですが。山田さんのはんこありますよ。これどうです、男らしいでしょう。署名はあなた日本人でしょ、代理で署名してな。男らしい字。いけますか。いけていけて。日本の役所は形式が好きですから。筆跡は問いません。これからもお願いするかも。戸籍簿謄本もってきてくれる人は少ない。あんさん、よう気がまわりますな、お話も簡潔明瞭、助かりますわ。
 これは祖父の遺言かと持って来ました。はんこがないから法律上の遺言とは言えませんが十分な証拠ですよ。これがお爺様が書かれた事を証明すればいい。戦友の方が間違いないと言って下さいました。その方に上申書を書いていただいたら裁判所も納得しますよ。といいながらペンを走らす、こんなもんでどうです、これにハンをもらえますか。大丈夫と思います。
 それでお礼のほうは。よろし、よろしい、我々ボランティアですねん。私に何かできることがありますか。日本語がこれだけお上手やから通訳してくれたらな、どれぐらいいけます。バギオ周辺でしたらだいたいわかりますと清美。そりゃ助かる。わたしもね、タガログは少し勉強しましたが、はやヴィサヤになるとお手上げ。ミンダナオでは苦労しました。私ミンダナオ出身、スバニンとユキ。ほう頼もしい。お二人がいたらほとんどいけますな、言葉が一番難儀ですねん。これ私の名刺です、メールが一番やりやすいですなあ。

 清美とユキも名刺を渡す。学生さん、日比文化比較、ええテーマですな、こちらは、あの新幹線のユキ議員、こりゃ千人力や。先生、つぎの方こられてますよ。今度ゆっくりお話したいです。貧乏暇なしですのでごめんなして。ありがとうございました。よろしくお願いします。

 あんな男もいるのか。でも役所も親切。よかった。やはり日本は素晴らしい。和雄さんに報告しておけ。私がしますと清美。ええ、気が付いたらお腹ぺこぺこ。五目寿司ができとる。すぐ帰っておいで。洋平がそちらに向かっている。和歌山城を駆け足で観てバンに乗る。うまくいったか。はい、洋平叔父さん。親父も86、明憲叔父さんは一回り上だから92のはずじゃ。叔父さんは頭がよかったから学問を選んだ、農家を親父に押し付けたと気にしていたが親父は勉強嫌い農家のほうが向いてるとむしろよろこんどった。
 そうだ、清美その手紙は持ってかえって常男さんにお渡ししろ。ありがとうございます。でも、コピーはとってある。そうですか、有難くいただきます。どこからみつかりました。仏壇の奥や。え、と坂本の顔をみる。叔父さん、父が夢に見たのも仏壇の奥に祖父の手紙があったそうです。そうかあ、そういうこともあるんやのう。
 清美お腹すいたろう、うどんにすしができとるぞ。おう、紀和も腹へったか、お、南海雄君は食べっぷりがいいのう。坂本殿一本つけようぞ。いえ、この吸い物美味しいござれば。それはそれ、くじらを召されるか。これはめずらしい。鯨、ウエール。紀州は昔から捕鯨が盛んなれど近頃手に入らなくなってのう。美味にござりまする。わしも付き合うか。おーい。お祖父さん昼からのむんですか。客人お接待じゃ。お客さんをだしにして、一本だけですよ。夜は刺身と芋にですよ、飲めませんよ。きつい嫁での、洋平も苦労しておる。お医者さまに叱られるのは嫁の私でございますからね。わかっておる。 
 食事がすんで報告をする。それは上々、お二方のご尽力かたじけのう存ずる。されば那智の滝、熊野大社なぞを案内いたそうぞ、洋平、ほかにどこがいいかの。恥ずかしながら、伊勢へ七度熊野へ三度と申すに、それがし未だに。おやすいご用、車ならば一刻半でござるよ。おっちゃん観光やったらネットで観たら早いで、わしがみたろか、おう、太郎君頼む。
 和歌山から南へ行って白浜で休憩、串本で昼飯食うてから熊野参り。いちんちめはこんなところじゃ。次の日は高野山から生駒を越えて伊勢に行って来る。時間があったら奈良を見て回る。どうじゃ。うん。お爺ちゃんの運転は慎重やからこれ以上はあかん。お父ちゃんやったら飛ばすけんもっと観れる。太郎君かたじけない。なんの、わしも学校がなかったらついたるんじゃけんどな。太郎ちゃん気遣ってくれてありがとう。
 美人のオバちゃん日本語よう読まんのか、おせたろか。ユキは美人のオバちゃんと言われてお願いしますと神妙。清美も私もお願いとつづく。ええよ。まず平家物語な。

        祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
        娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらは(わ)す。
        おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。
        たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。

 わしに付いて来な。かっこうええやろ。かっこええわ、太郎ちゃん難しい字も知っとんやね。あんな、字知らんでも丸覚えしたらええ、みなほない言うてくれる。わしもよう書かんけんどな。わしがおらんでもいけるで、ネットで探したら琵琶の音楽入りも出てくる。太郎ちゃんといたら勉強になるわ。ほれほどでもないけどな。意味はここにある。

 「祇園精舎の鐘の音には、諸行無常すなわちこの世のすべての現象は絶えず変化していくものだという響きがある。沙羅双樹の花の色は、どんなに勢いが盛んな者も必ず衰えるものであるという道理をあらわしている。世に栄え得意になっている者も、その栄えはずっとは続かず、春の夜の夢のようである。勢い盛んではげしい者も、結局は滅び去り、まるで風に吹き飛ばされる塵と同じようである。」

 ええこと書いてあるわね、オバちゃん子供のとき勉強してないから今すごく知りたいことあるんよ。清美さんは大学院で研究してるから英語も完璧。お姉ちゃんごついな、わし英語苦手。なんで日本人が英語ならわなあかんの。日本は一つの言語、日本語だけで話ができるけど、フィリピンには80以上言語があるから、タガログ語と英語を標準語にしているのよ。お姉ちゃんそれほんま。オバちゃん聞いてごらんなさい。オバちゃんね、マニラで働いていたときタガログ語ができなくてよくおこられた。どないしたん。覚えないと首でしょ、ノートに書いていったの。苦労したんやな。日本語も仕事のために必要だからノートに書いてはくりかえしたのよ。オバちゃんやるでえ。それほどでもないけど。でもね、日本語は難しかったわ。どして。

 同じユーでもあなた、おまえ、きさま、貴殿、でしょ。アイはわたし、自分、おれ、拙者、でしょ、おまけに男と女でちがうしねえ。そうそう、我輩は猫である、太郎君英語で言える。ほんなむつかしいんなろうとらん。I am a cay. うそ。ほんと。私猫でーす、もいっしょ。ほんまかいな。オバちゃんのいうとおりよ。自分のことは I だけ、それに男も女もおんなじ。親父も爺ちゃんも。そうよ。相手は You だけ、誰でもユー。じゃあ、平家物語のお礼にbe 動詞教えて上げるね。あなたのおとうさん、は英語で言える。うん、いえる。Is he your father? すごい、じゃあ、答えは。Yes he is my father. Very good.あなたのお母さん、Is she your mother ? 二人は私の両親です、They are my parent. おしい parents ね。そうか。あのこ妹さん、Is she your daughter ? いいえ、弟です。No,he is my brother. よくできました。教科書見せて、ほら、ここみて、まとめてくれてるでしょ。うん。she her her ,he his him 以外は男女の区別はないの。あとは国会議員でも子供でも同じ。だから簡単でしょ。奴が連中の親分か、は Is he their Boss ? 逆に日本語に直すほうがむずかしい。彼はかれらのボスか、では感じがでないでしょ。いえてる。おれ、勉強する。

 紀州の旅

 洋平の運転で太郎案にしたがって南に向かう。ミンダナオ海に感じが似ているわね。私はまだ。そうだったの、一度いらして。はい、ありがとうございます。南紀白浜は新婚旅行のとこだ。初夜に部屋を間違って自殺した女の人もいたそうだ。何も死ぬことはないでしょ。からむな。ここは日本。はーい、すいません。和雄と洋平夫婦とで8人乗りのバンは快適だ。フィリピンでは20人乗りとなる。逆に20人乗りのバンを日本では8人しか乗らないとなろうか。
 潮岬で昼食をとる。まぐろ寿司2000円、清美が眼を回す。清美美味いか、しっかり食べなさい、和雄は喜んでいると思ったのだ。日当3日分の昼飯、しかも家族連れが楽しげに食べている。本州最南端、日本人は最が好きなのですかと清美がつぶやく。そうみたいね、とユキ。

 ここは串本、向かいは大島。坂本は二人にトルコ軍艦エルトールル号沈没事件は知っておいて欲しかった。南海雄には将来話すつもりだ。困ったときはお互い様というが命懸の救命、介抱は100年後、1985年イランイラク戦争においてイラクのイラン上空の航空機に対する無差別攻撃宣言に対し、イラン国内に取り残された日本人が派遣されたトルコ航空機によって215名全員が救出されることになったのは記憶に新しい。海に生きる者にとって民族、職業などは問題ではないと言う当時の日本人の考え、心意気が坂本の心をとらえているのだ。

 熊野は表敬訪問のつもりであったが、清美が関心を示したので参拝のほか古道を歩いてみる。和雄洋平は足腰が坂本よりずっとしっかりしている。那智の滝に感激するユキと清美に今日はこれくらいにしておこうと坂本を気遣う。新宮市の徐福寺はまた今度にする。
 徐福伝説は柳と語りたいテーマである。始皇帝から船財宝をまきあげた徐福は中国を出るとき,稲など五穀の種子と金銀・農耕機具・技術(五穀百工)も持って出たとも言われるが、伝説には楽しい夢がある。清美は熱心に日記をつけている。想像と現実を分析してゆくのであろう。

 "伊勢へ七度熊野に三度愛宕さんには月参り"と東海道膝栗毛にあるが、何ゆえお伊勢さんが人気があるのか。入り女に出鉄砲と厳しく取り締まったのに伊勢参りはフリーだったとか、幕府政策だけでない大きな方針があったのではないか。坂本にはどうしても確かめたいことがあった。
 宮司に耳打ちする。人目をはばかることをお聞きしてもよろしいか。社務所の応接に通される。天皇はどうして男でなければならないのでしょうか。ごもっともなお尋ね、さらば、お答えしましょう。おほん、この神宮は天照大御神をお祭り致しておれば、女の神様ですぞ、夜伽のお相手は男でなくてはならんのでござるよ。女神は連れ合いをなくされた。いやいや、これは天界と人間界との神聖なる宗教儀式であって、トップ会談ともなると方や大御神方や天皇でござろう。むべなるかな、永年の疑問が氷解致しました。
 坂本が深く頭を下げると貴殿は正直なるお方とお見受けいたせば、今ひとついい話をお聞かせいたそう。参拝の夜に夫婦円満に勤めれると子宝に恵まれること、間違いありませぬ、今夜ですぞ。かたじけないお話、これは些少ながらご教授のお礼にござれば、なんの、我が仕事世のため人のためにならば、これに勝るものござらぬ。これなぞ記念に求められては如何かな、ひとつ参千円にてそこで。ふたつ買い求めて出る。

 何買ったの、ユキと清美にひとつずつ。なんなの。ありがたいお札らしい、宮司が勧めてくれた。どんな話してた。日本の歴史の深いところだ。坂本は悩んでいた。今夜となれば、ユキか清美か、さりとて双方とは自信なし。山田殿、男の精がつくものといえば何がよろしかろう。ご心配されるな、夕餉に用意いたそうぞ。洋平、少し早いが客人がお疲れのようじゃ。そうだな、朝はやかったしな。洋平さんこそ長い運転でお疲れでしょう。肩など揉んで差し上げましょう。ユキが後部からマッサージする。ああ、いい気持。お爺様もと清美。

 夕食にはウニ、海老、牡蠣に猪。清美、今夜はお祖母ちゃんと寝よう、明憲さんのこと聞かせてやる。はい。おお、雨か、五月雨にしてはごついな。ここは全国でも雨が多いし、粒が大きい。五円玉くらいやから痛いで。坂本が激しい雨音の中でユキを抱く。どないしたん。もう三日振りだ。ちょっと、南海雄を寄せておかないとね。激闘を感じているのであろう。屋根、雨戸を打つ雨は周囲を消してゆく。
 おっちゃん、爺ちゃんたちが飲み直している、太郎が呼んでいる。ユキは深い眠りに落居っていた。俺の勝。坂本は風呂に軽く入って和雄の横に座る。さあ、駆けつけ三杯、猪は猪突猛進、人生これでござる。太郎、飲め。うまいぞ。そうかあ。爺もな、親父が子供のころ飲ませてくれた。お袋に見つかって捻りあげられた。でもな、味を覚えるとよく親父に頼んだ。そおっと飲ませてくたもんじゃ。親父ええんか、ええけど、自己責任、お前のお母の怖さは知っておろう。お前の嫁であろうが。このガキ。まあ、これは男の世界、わかるか。うん、俺も男じゃ。

 親父祖母さんがな、和雄にはゆうてくれるなと言われていたことがある、もうええやろ、話しても。ほうかー。和雄には十分なことをしてやらなんだ。親として失格や、あの子のいいところ、明憲にいわれれて気付いた。洋平、お前にしか話せないけど聴いておくれと泣いた。いつじゃ。爺が死んだ後。和雄は、稲穂には100から200の米粒がどうしてできるとか、アカシアの木はどうして稲をよくするのか、などと私の知らないことを聞くものだからそんなこと考える暇があったら学校の勉強をしなさいと言ってしまったの。教師としても失格ね。お母さんもわからないから和雄研究して教えてと言うべきだった。親父も俺もいっしょだ、和雄にすまないとお袋をかばった。
 明憲叔父さんに相談したら、和雄は俺より物事の本質を捉える能力がある、他人をやさしく包むものを持っている、と答えたそうじゃ。私はニュートンの、真理の海原で貝殻を拾っている子供だった、との一節に感動しました。そうだな、彼は劣等性だったが君は数学が得意だね、との校長の一言で自信を得てケンブリッジに進む。明憲は親よりも和雄をよく理解している、と涙を落としたそうじゃ。そんなことがあったのか、兄貴は大人にみえた。子どもの12歳差は大きい。

 坂本さん、清美が呼んでますよ。あたしも飲もうかしら、おうおう、呑みなさい。おいしい、シシは太るかしら、いやあ、もうひとつ、止めれんな。今叔父さんとお袋の話をしていた。義母さんは教師としてのプライドがあったのでしょう、でも心が真直ぐでいい人だった。私この家に嫁ぐとき心配やったけど今はよかったと思うとんじょ。洋平が注いでやる。
 柱時計がなる。三時か。清美が坂本を抱きいれる。子供を生んでくれ。清美は愛おしそうに見上げる。激しい雨音が二人の意識から消えていった。清美の顔が天照大御神になる。古代衣装の清美が褥に誘う。朝の光がこぼれている。衣装を脱いだ清美がこどもを抱き寄せるように坂本を抱く。

 和雄と洋平のパスポートを取りに行く。昔と違って県が発行する。国の委託を受けているのだろうが随分簡単になった。携帯がなった。坂本さんですか、外務省の大平正義と申しますがユキ国会議員はご一緒でしょうか。ええ、横にいます、代わりましょうか。いえ、私ども今大坂港のトレードセンターに向かっております。よろしければ、そこでお会できないかと思いまして。こちらが出向かなくてはならないところを助かります、今和歌山市にいますので1時間で行けると思います。そうですか、私どももそ、れくらいかと、では1時間半後にLTM棟の大阪ディザインセンターで落ち合うということでは。わかりました11時にディザインセンターで。ではまた。
 山田さん、大坂港のトレードセンターにお願いします、外務省の役人がそこで会いたいといってきた。じゃあ、東京まで行かなくて済むかも。まあ、いい機会だ、話がどうなるかで先のことを考えよう。そうですね。親父、外務省にコネがあればフィリピン行くのに何かと都合がええ。そうじゃのう、いざ、行け。

 関空の10分ほど先にセンターがある。広い、大きい、これはセブ市がおさまるのではないか。後で聞くと敷地68k㎡延面積335k㎡とか。LTM棟で落ち合うことにしています。あそこに案内図がある。真直ぐ行って右だな。洋平が確認する。日本人は小さいがやることは大きい、か。何それ、ああ、建設。うん、トルコ人がいっていた。完備された屋上駐車場。駐車料高いでしょうね。こういうとこはただ、ただでないと誰がくるか。日本人は駐車料払うのが嫌いなの。
そういうこと。
 20分あるな、人に会う前にはトイレに入って手を洗っておけ、南海雄来い。私たちも行きましょう。大阪港も変わったのう。昔は夜出て朝6時天保山に着きました。橋が架かるとこうも変わるか、兄貴が見たらどういうかの。Titi。おう、手を洗うか、そら、と南海雄を抱き上げる。えらい、えらい。和雄が声をかける。フィリピン人に"ち、つ"はむずかしいようです。もう少し経ったらきちんと日本語教えます。そうか、父といったのか、男じゃ。

 5分前にディザインセンターに行く。大平たちが待っていた。お待たせしました、と坂本が挨拶すると、我々も今着きましたと大平が応じる。清美が注意深く観察している。会議室に案内され名刺交換。経済産業省も議員に会いたいと付いてきました、同期のよしみで連れてきました。日本の偉い方に会って緊張します。ご高名は経済産業省にも。いや、やめて、私頭弱いから何から話していいか、フィリピンは借金抱えているから観光で稼ごうと思っているですけど。高速網、インフラが整備されて観光客が増えているとききますが。そうなんですけど、まだ、利息も払えないのよ。力になってね。こんな美人に頼まれたら何でもしますよ。うれしい、フィリピンにいらして私案内しますわ。パラワンなどきれいわよ、できるだけ自然のまま開発したいと思ってます。開発は経済産業省がお手伝いしますよ。私もパラワンに。是非いらして。

 ところで、これはご参考までにもってきましたが、ご覧下さい。私読めないの、清美さん読んで。

アキノ権は日本の省エネ・環境技術に期待−東京で投資セミナー−(フィリピン、日本)
2011年02月08日 アジア大洋州課

 日比経済委員会と日本アセアンセンター、駐日フィリピン大使館は2月1日、フィリピン投資セミナーを東京で開催した。前日に発表されたフィリピンの2010年の実質GDP成長率が7.3%と、76年に次ぐ高水準だったこともあり、講演者のドミンゴ貿易産業相、アルメンドラス・エネルギー相は好調な経済状況を力説。アキノ政権下での投資環境の改善事例を挙げ、インフラ投資や省エネ・環境技術協力を日本企業に呼び掛けた。                                                           通商弘報 4d4f99352de602011年02月08日 

ああ、あれね、ドミンゴもアルメンドラスもやり手だからね。いけますか。私も公務員ですからね。どうですか、たまたまここで会って昼飯を一緒にとなったということでは。本音を話せということ。いいわよ、お昼ご馳走してくれるなら、でも大丈夫、こんなに大勢なのに。我々にも接待費がありますからご心配なく。では遠慮なく。

 弁当は3000円はするだろう。ビールと酒もついている。議員、これは私的な、あくまで雑談ということで内密にお願いします。ユキ議員の歓迎ということで乾杯。カンパーイ、一番絞り好きなの。日本の料理は美味しい。議員、もう一度皆さんをご紹介いただけますか。ええと、順番はと、そうね、こちらが山田清美さん、元日本軍山田中尉のお孫さん。今は生協の理事長をお願いしてるけど日比文化比較の研究に戻りたがってるの。どおりで日本人かと思った。大平さん私とどっちがきれい。それは、いずれがアヤメかかきつばた、優等生ね、歩く姿はユキの花。百合じゃねーか。ばか、ユキをかけてんだ。そうか、おっかねー。

 こちらが山田中尉の弟さんとその息子さん。これは私の連れ合い。どう、私の説明。いやあ、よくわかります、今回の旅は中尉のお墓参りとその息子さん清美さんのお父様叔母様の日本国籍取得が主な目的だそうだ。外務省は法務省と連絡を取り合っている。いけそうか。経済産業省の田中角蔵局長が口を挟む。ああ。それはよかった、清美さん今度は貴女が案内ですな。
 ところでフィリピン投資はいけますかな。昼飯の恩義でいうけどさ、話半分、40点から60点に上げるのは簡単だけど、80はもっと90はもっともっと難しいでしょ。日本からの援助でハードはよくなってきているけど、使いこなすソフトも援助して欲しいな。おい、権八。JETROの白井です。うちの開発スクールがいいのでは。外国人研修生を増やしていただいてもいいかと。フィリピンはタイの36人についで26人ですが。そうね、私も研修させていただこうかしら。それはもう、是非。

 ゴンパチは空気が読めないようだ。私の出る幕ではないようですが通訳します。猫に小判ではなく、長靴をと言っております。坂本が助け舟を出す。きょとんとする権八。地図をもらっても読み方がわからないと。研修を受ければすぐ読めるようになります。赤ん坊にはお守りを、身体障害者にはケアギヴァー介護士を、。大平が指を振る。坂本は理解した。

 フィリピンの看護士介護士は頑張ってるかしら、増やしたほうがいい。そら来た、と田中局長。その点は厚生労働省によく伝えておきましょう。お国の貝殻、ギターなどは日本仕様でアジアンコレクションかオフィステナントに置かれたらいいと思いますよ。日本仕様?通訳してやる。素材はいいのだから日本人が買いたいと思うような加工をして展示したら売れますよと勧めてくださっている。なるほど、ありがとうございます。

 あのう、ちょっとよろしいでしょうか、清美が口を開く。どうぞどうぞ、雑談会ですから何でもと大平。勘違いしてたら許してください、日本の発展を支えてきたのは職人気質、腕、技能と思うのです。ですから日本の職業訓練校みたいなのを置いたらと、日本から職人さんを講師にきていただくとか。それと、日本の古い建造物、美術品、生活品などが職人さんの腕を磨き、そして後世に伝えてきているのではないかと考えています。技能の習得には100年以上かかるでしょうけどやらないといけない、フィリピンに仕事は増えないと思うのですが。
 いやあ、おっしゃるとおりですよ、よく勉強されてる。アジア経済研究所にでもきていただきたいな。どうです、大阪の町工場を見学されたら、NASAから注文がくるぐらいですから。USAの。ええ。見たーい。手配しましょう。ありがとうございます。

 日本も150年前には西洋技術を盛んに取り入れましたよ。そうですか、問題は牛を川に連れて行っても水を飲むかしら、日本の職人気質が育つかどうかしらね。ユキ議員なら馬に水飲ますことができますよ。本当、お世辞でもうれしいわ。それと清美さんの鋭いご指摘のように後世に残るものをつくることですね。できるかしら。できますよ、連絡橋、新幹線、などは永遠に不滅です。おい、長嶋さんか。俺巨人ファン。それにライステラス、天まで続く棚田あれは尊敬しますね。あれだけの技術と根性があれば大抵の事ができるんじゃないですかね。田中さん国会に行った方がいいんじゃない、お堅い役所よりむいてる気がする。これはうれしいことを。

 坂本さんはフィリピンには。5年になります。どうですか。不便なところですわ。いいところもあるでしょう。女好きでいい加減な男には天国でしょうな。これは冗談、文明の利器はなくても暮らしていけます。年寄、こどもを大事にしますなあ。ぎゃくに、日本は完成された国と感じますよ。海外から日本を見ておられるといろいろお感じなる。太平さんは海外にお出かけになられてよくご存知でしょうが、日本は無菌室、日本人が弱くなるはず。とおっしゃいますと。政府が過保護に国民をし過ぎる、外国に支配されるということはどういうことか、考えさせる必要があると思いますね。国も国民もガードが甘い。逆に天国かと思えますよ。言い過ぎたかな、日本が世界の中心になれば戦争はなくなるでしょう。この点是非大平さんのご意見をお聞かせ願いたい。
 坂本さんのおっしゃることよくわかります、同感するところが多いのですが現在は力の理論で世界は動いていますから、平和は先のことになるのでは。やはりそうですか、力とは武力でしょう、これを廃絶できたという前提で日本のリーダーシップをどうみられるか。素手で勝負ですか、いい線いやおっしゃるように中心に立てるかも知れませんね。
 お話伺ってますとあれを【青い地球をまもる会】でしたかを連想しますが、ご関係がおありですか。いや、ありませんが共感しますね。あとひとつ、100年先の世界はどうなってますか、日本の植民地政策とスペインをはじめとする欧米のそれとの比較研究はありますか。あるでしょう、言われんとされるところは日本が中心になれば威圧的支配ではなく、人類はみな兄弟になれるということでしょうか。そうです。うーん、私も外務省にいながら国際問題を日本の枠の中で捉えていますね、役人として当然ではありますが、いや、ガーンとやられました。

 大平さんも国会で活躍したほうがいい気がする、田中さんと政党組んだら日本を動かせるんじゃない、ねえ。そうだな。日本の官僚は優秀だが自分を枠の中に閉じ込める、世界の舞台に立たせたらのびのびやってる人も多い。地球的に見てもったいないわねえ。地球的、さすがユキ国会議員、スケールが大きい。冷やかさないでよう、今日しあわせな気分なの、田中さん、大平さん今度はフィリピンで呑み明かしましょう。日本酒3本はもってきてね。皆さんもいらしてね、私がお世話しますから。
 ユキがひとりひとりと握手する。田中と大平も立ち上がって和雄、洋平と握手、お疲れになられたでしょう。なんの、昼を馳走になりまた、ええ話を聞かせていただいた。甥ごさん、姪ごさんの件は早急にやりますから。何分よろしくお願いします。清美さん、研究期待してますよ。ありがとうございます、父、叔母のこと、私からも。わかってますよ、待っていてください。

 あの議員のカウンターは凄いな。マニーパッキャウと馬が合うそうです。あの世界チャンピオンとか。ええ、彼も下院議員です。どおりで。しかし、あの旦那、坂本龍次、何者だ。調べておけ。はい。捉えどころがないな。まったく。ユキ姉さんが惚れるだけに何か持っているのだろうな。それにな田中、清美さんの子供、父親は彼だ。本当か、そうか、外務省だからな、そうでないとあんなに力を入れる訳がないか。これだけでも凄い、大平、俺尊敬するよ。俺もだ、羨ましい、定年後はフィリピンにゆくか。それもいいな。
 いい人たちだったわね。そうだな。でもう、あれなに、ゴンパチ。だから権八というのだ。わからなーい。日本語むちゅかちい。相手の気持、真意が理解できない人をそういうらしいです、ね洋平叔父さん。そうだな、どうしてかのう、親父。わしも知らん、白波五人衆か。どうして猫に長靴なの。長靴を履いた猫は頭がいいんだ。猫が靴を履くの。うるさい、そういう話があるんだ、それと川に連れて行くのは馬、牛bacaではない。いいじゃん。ばか、馬だカバユだ。bacaは牛。黙れ、ぶっ殺すぞ。

 常男と花南の日本国籍が取れたら、和雄と洋平がそれを持ってフィリピンに行くことになった。フィリピン出国日本入国は清美が手続きを進める。山田中尉の写真をパソコンに取り込む。ユキは買い物にルンルン。おい、岡本理事長に挨拶したのか。いけない、まだ、携帯貸して。そう、でいつまで日本にいるの、じゃあ、2、3日こちらにいらっしゃい、東京葛飾亀有、そうご主人に代わって。坂本です、ご無沙汰致しております、ええVisaは半月ぐらいでおりそうです。ではユキさんお借りしますね。よろしくお願いします。清美もそんなことでばたばたしておりますので。

 いいか”亀有”だぞ、おぼえておけ。東京駅からは山手線でも千代田線でもいい。ユキの手帳に書いてやる。和雄が那智黒石の伝統工芸品を土産に持たす。どうして和雄さんが。清美のことよろしくという意味だ、岡本理事長ならわかる。だからこれは大事な届け物だ。ユキさん、お荷物になるがよろしくお伝えくだされ。はい、かしこまりました。小銭を持ってないと困るぞ。わかってる。
 出掛けに南海雄が泣き出す。お母さんは仕事だ、南海雄はお留守番、いいから笑って手を振れ、行け。男は泣くもんじゃない。南海雄は強い子だ、お母さんにバイバイ。ユキを見送ったところに判決が下りたと弁護士から電話が入る。すぐいただきに参ります。私は出かけますが分かるようにしておきます。ありがとうございます。坂本は受話器を持ったまま頭を下げる。おっちゃんテレビ電話ちゃうのに、みえーへんが。いいや太郎、見えるのじゃ、覚えて置け。和雄がきつい調子で窘める。

 ユキを駅まで送った洋平が帰ってきた。ほりゃよかった、すぐ行こう。太郎、学校は。今日は代休日じゃ、ほれでも親か。やかまし。清美に目配せする。これは国籍取得のお祝いです。和雄は坂本の顔を読む。さればかたじけない。弁護士に御礼でよいかの。山田和雄と熨斗袋に墨書。清美ピン札に入れ替えろ。え。交換して来い、そうかやったことがないか。洋平さんピン札。郵便局に寄ろう。お願いします。清美観ておれ。いらっしゃいませ。ピン札に替えて。お確かめ下さい。10枚しかない。郵便局オバちゃん、少しも慌てず。今おまけはないんです。そうかい。おいれましょうか。助かる。のし袋にピン札を入れる。ありがとうございました。

 車に戻る。この間、2分。どうして交換費用ないのですか。昔から。どうして郵便局がありがとうというのですか。知らない。清美は頭にとどめている。日本で当たり前のことが海外ではそうと限りませんから、と和雄に、坂本が取って着けた様にいう。NGO事務所に弁護士はいなかった。先生はでかけました、これをお渡しするように言われております。写しを3部同封してますので原本は還付を受けるようにとのことです。判決文を和雄と清美に見せる。
 お世話になり申した、これを弁護士の先生にお渡しくだされ。いやあ、なんですの、いけません、先生におこれれるわ。気持でござる。では、お気持だけ頂戴します。姉ちゃん気持は何らかの形に表さないとわからんだろう、先生に我々の気持を伝えるのはあんたの仕事やろ。ほうですね、私の仕事やねえ、確かに受取りました、責任をもって先生にお渡しします、と言いながら顔がゆるむ。
 そこへ弁護士が帰って来る。だめだったんですか。ほかを当たる、あの資料。はい、先生、山田さんからこれを。お、助かる、これは過分なる褒美をいただき、それを持って市役所で戸籍を、ちょっと取り込んでまして、ご一緒できませんが、いやすぐ取れると思います。せんせ、落ち着いて、これどっちに回しましょう。人前できくな、そんなんやから嫁にゆけんのや。嫁にいったら困るでしょ。では、メイスン先生、我々は市役所に参ります、本当にお世話になりました。いやいや、お恥ずかしいところをおみせしました、

 市役所の戸籍課に行く。書類はそろっていますから決裁だけですね。どれくらいかかりますか、清美が訴える。持ち回りして決裁をとりますから5日ぐらい待ってください。出来次第電話で連絡します。謄本何通いりますか、日付を空欄で申請書出して置いてください。何分よろしくお願いします。早急にやりますので、ご苦労様でした。
 日本の役所は親切やねえ、清美が思わず、つぶやく。職員は、そうかという顔。清美に日本国籍は取れない。坂本は柳に電話を入れる。100万ほど用立ていただきたい。おやすい御用、私の研究小冊子にまとめた、謹呈します。それは楽しみです、今ユキが東京にいますので帰り寄らせます。役所はうまくゆきましたか。御蔭さまで、来月あたりに参りますので柳さんをお訪ねします。待っています。では、また。再見。

 あとは和雄と洋平のパスポートと航空券か。日本の新緑はきれいだ。野にも山にも若葉が茂る八十八夜は今頃ですか。左様、少し過ぎましたかな。5月2日はとっくに過ぎている。来週は6月、坂本の季節感も鈍ってきたか。そうだ、紀和に日本の歌を聴かそう、洋平さん、寄ってもらえますか。ホームセンターにおいてあるんとちゃうか。清美は陳列された品々、接客などを注意しながら見て歩く。DVD,CD,絵本を選ぶ。

 坂本の携帯が鳴る。弁護士からだ。坂本はん、えらいこっちゃ、柳さんいうお方から200万ものご寄付をいただいたがな。さっそく、領収書と礼状をおくりますけど、ご心配してもろうて、えらいすんまへんなあ。法律家にしては情が深い、だから無報酬の活動をつづけているのだろう。大阪ペリーメースンみたいな弁護士の先生に一方ならぬお世話になったと話したのですが、先生、事務所の用に使われたらいいですよ、柳さんは仁徳の方ですから。たまには美人秘書にうな重でも。そないします、おおきに、坂本さんからも柳さんによろしゅう言うておくれなはれ。

 清美との寝物語はいつまでもつづく。美人とは男の考えを本人以上に巧く言葉にすることができる女、うん、いける、愛欲理論に加えよう。なんですか。クレオパトラ、楊貴妃、小野小町は肉体だけで男を夢中にさせたとは考えられない。相手は女に不自由しない男だからな。こころをとらえたということですか。そうだ、男は自分の考えを理解してくれる女が愛おしい。この程度は恋女房だ、世界レベルになると考えを言葉に翻訳できる、しかも男以上に巧くな、俺の言いたかったのはこれだったのかと男は思う。
 無意識を有意識にする、いえ、無意の世界から有意につれてくる、、、そのとおり、上手いこというな。なっていったらいいのかしら、って思うことあるでしょ、考えは浮かんでいるけど言葉にできない状態。有意の世界のそばまで来ているが入国審査で手間取っているいるのだ。ま、ほんとですね。有意は経験の集まり、無意は未経験の集まり、でしょうか。そうだろうな。無意識は無意を識っているけど言葉にできない、つまり、有意になれない、何ていったらいいのだろ。未だ識らない無意がある。そうですね。どれぐらいあるんでしょう。有意とどちらが広いのでしょう。それは無意だろう。どうしてですか。芸術家の作品をみればわかる。あれは無意識をことば、音楽、絵画などに翻訳したものだろう。そうか、ということは無意識以外、つまり識られていない無意は無限に存在する。おい、俺の言いたいことを先取りするな。ごめんなさい、でも理解はしているでしょ。冗談だ、清美は無意を識ることができる。天照大神の末裔でないのか。美人だったの。とびきりだ。

 無意を識るにはどうしたらいいの。そうだなあ、禅かな、達磨大師が無意という言葉を日本に伝えたそうだが、意識を消してゆくと無意が見えてくるそうだ。心を無にするともいう。どうやって。一つのことに集中する。禅寺では座禅を組まして数を数えさせる。永平寺、へんなこと考えると背中をびしり。よそ事を考えるなということだ。道元は凡人には無意はむずかしいから形から入れと考えた。物真似でいい、中身は後からでいいと合理的実践的教育を始めた。どうしてですか。学生が武家の次男坊三男坊が多かったからだ、つまり専門学校だ。京都奈良のお寺は総合大学、上流の長男が多かった。永平寺の学生は就職がかかっているからよく修行勉強した。

 話を無意に戻すが、芸術家、舞踏家、スポーツ選手などは集中力が強いから無意を識ることができると俺は考えている。創造とは無意から考えを引き出すこと、違うな、無意の世界に入っていって、自分の求める考えを探すのね。そうだ、そこでは言葉は不要だ、いや、妨げになる。ふと坂本は亡き父を思い出した。父は意味のない会話をきらったものだ。それは創作の妨げになるからではなかったか、今は訊くよしもないが。失語症、自閉症の人に天才が多い。
 ホントですか。ある女性博士は牛と話すことができるが人間と話すのは苦手。ある考古学者は地層を見ると数億年前恐竜が歩いていた情景を思い浮かべることができるが、人に話すのは苦痛。ある建築家は図面を見ただけで完成建築が頭に現れる、自分の建築したい建物を頭に描くことができるが、字が読めない話も苦手。
 言葉は無意を表現するには無理がある、その人たちは無意の世界に出入りできるのね。だから無意で話すの。なるほど、そうだろうな。人間が言葉を使う前は無意で話していたの。言葉は不特定多数の人間とのコミュニケーションを可能にしたけれど心の会話、つまり無意を遠ざけたのね。鋭い、おお、すばらしい。言葉の功罪相半ばかな。お前天才かも、以心伝心、こころをもってこころを伝えると言われるが特定の人間同士では言葉は要らないものな。日本人が愛のことばをあまり使わないのはその空しさを知っているからかもね。おまえ、いいこというなあ。抱いてください。
 坂本がそっと抱き寄せる。清美が胸に顔をのせて眠る。こうしていると幸せ、あなたが入ってくると身体中によろこびがひろがっていくの。性は無意の世界につれていってくれるの。それは新説だな、俺の愛欲理論に使っていいか。どんな理論。完成したら教えてやる。雨乞理論を越えないとな、天は女の裸をみると雨を降らすと言う理論だ。ほんと。ほぼ完成、確立している。そいつに会うときは愛欲理論をぶつけたい。モーツアルト、天狗久は神が私の手を使って曲を書いている、人形を彫っているといった、、、いつしか二人は眠っていった。 

 ユキが明日帰ると言って来た。柳さんのところによって研究小冊子をもらってきてくれ、それから100万用立て頼んだら200万ふりこんこんできた。よく礼を言っておいてくれ。わかりました。ほかには。帝釈天の団子でも土産に持ってゆけ。寅さんの、私亀有交番派出所で写真撮った。早く帰って来い、戸籍が下りそうだ、航空券の手配もある。明日の夕方には着くと思います。南海雄元気。ああ、元気だ。
 その夜は清美が話し続ける。今度の旅は一生忘れない、いろんなテーマが見つかった。そうか、何故いろんな言語が生まれ消えて行くか、これが知りたい。消えるのは民族そのものが滅亡するか支配者によって使用を禁じられることだろうが、発生の方がわからない。俺の故郷でも数キロ離れるとアクセントが異なるという調査がある。面白そうですね。私研究に戻りたい、ユキさんと顔合わすと心苦しい。あなたとこうしているだけで至福を感じます。セックスもいいなあと思うようになりましたけど。無意の世界にゆくか。もう少し待ってください。あなたは無意と有意の案内人、いろんな世界に私を連ていってくれる。日本にこれたのも、父の叔母の戸籍が取れたのもあなたのおかげ。まだ、来ない。いえ、明日連絡がきます。

 清美の声が神がかって来る。海のしずくが月の光にぬれている 若者が西からやってくる 潮は水道を北に満ちてゆく 舟は浜辺に乗り上げる。舟にはうつぼがいっぱい若者は村人たちに与える 枕木の火が天空にひろがる 若者が少女を抱き上げる 酒宴はつづく呪文のような声は坂本を数千年前の海辺につれてゆく。二人は苫屋で身につけたものを脱ぎ捨てる。村人が真水で二人の身体を清める。中には蒲の褥がある。少女が髪を持ち上げて縛る。白いうなじ、少し膨らんだ乳房、その顔は清美であった。

 バナウエ banaue

 翌日戸籍簿ができたと連絡がきた。清美大神のお告げどおりだ。和雄と洋平は旅支度に大童。無理もない初めての海外旅行と常男花南の日本国籍を携えての旅だ。航空券の予約も済んだ。薬、電気剃刀は必携だ。荷物も7人なので85kgまで持ち込める。いざ行かん南の島、ルソン島。

 関空で缶ピ-スのたばこ、日本酒、チョーヤ梅酒などを買い求める。テロ防止から液体の機内持ち込みは禁じれているんですな。左様か、出国とは面倒なことよ。日本の税関は鷹揚ですが、問題は常男さんと花南さんの入国で、この戸籍謄本がものをいうのですわ。貴殿のおかげ。
 出国手続きは簡単に終わった。搭乗、離陸。和雄の緊張が伝わってくる。もう日本を離れたかの。時間的にまだ領海内でしょう、この航空会社は安いのが取り柄でサービスはないんですな、飛行ルートと現在位置を表示するように言っているのですが。3時間のフライトは長くない。南海雄も紀和も大人しくしている。機内はフィリピン人の会話がうるさい。

 ほどなくマニラ空港に着陸。ヒリピンでござるな。左様、これから入国手続きでござるが、英語が使用されので無言にしかず。心得た。坂本は南海雄と審査を受ける。後ろの二人は俺の友達だ。OKサー。荷物を荷車に載せて税関へ。南海雄がパスポートと入国票を提示。もの怖じしない。すんなりいった。外には陳とカルロス。男は陳の車、女はカルロスの車に乗り込む。空港警備員がとんできて荷物を車に積む。チップ50ペソ。
 大物にはへつらうのはいずこも同じだがここはひどい。よくおいでなされた、お疲れでしょうが、バギオに直行してよろしいかな、途中で休憩をとりますので。和雄がうなずく。こちら陳さん。そして山田和雄さんと洋平さん。やっかいになります。なりなり、常男さん待ってる、急ごう。柳さんが200万用立てくれた。柳さん金持ち、問題ない。一応決済しておいてくれ、こちらが頼んだことだ。わかった、で予定は。常男さんと花南さんのパスポートが取れ次第、日本に行く。了解。
 車が高速に乗る。このスカイウエー、ユキハイウエーと呼ばれている。ユキとは、あの。そうですユキが日本の会社に発注した、お金も借りた。道路美しい。日本並みね。左様か、女傑じゃのう。龍次絵を描く。ユキ実行。陳よけいなこと言うな。俺たち家族、山田さんと一緒に日本へゆく、龍次案内しろ。わかった。と、いうことは、カルロスも。当然そうなるな。やれやれ。塩崎さんも待ってる。

 坂本の行く末が思い遣られる。日本入国はいかなることに。子供たちの顔をひとりひとり見つめる審査官の顔が浮かんでくる。トイレ休憩。ユキが真知子に電話する。食事の用意ができてるから早く帰ってきなさい、ってお母さんが言ってる。ちょっとまて、山田さんあと一時間ぐらいでつきますが、腹の方いけますか。ご心配なく、早く甥と姪に会いたい。よし、出発だ。
 塩崎家に着いたのは日が傾く頃。握りずしが山盛り用意されていた。お母さん一人で、とユキが涙ぐむ。お腹すいたでしょう。手を洗ってきなさい。はーいとユキ清美。常男と花南が駆けて来る。おお、常男か、花南。二人は和雄に抱きつく。兄貴にそっくりじゃ。叔父さん。
 感激のとき、ことばはでない。半世紀の時を越えた対面であった。常男は唱和25年のあの日に戻っていたのかもしれない。常男、花南、お父様は新しい任務に出発されるのだよ。笑ってお見送りしましょう。声の主は清美であったがそれは明らかに清美ではなかった。日本人は整列して山田中尉の部隊に敬礼する。その中にはイメルダもいた。マリリンお母さん、とつぶやく。

 こは何やらむ、心霊現象、集団催眠、その場にいた人間は日本軍部隊が行進して行くのを見たのである。マリリンが清美に乗移ったか、清美が彼らを呼び寄せたか。今、兵隊が20名ほど通っていった。日本軍だ。門を開けろ。右に向かった。バナウエか。おいかけますか。いや、ここで見送ろう、いざ行け、兵日本男児。カルロスが歌いだす。いざ行け、兵日本男児!大合唱となる。
 突然清美が倒れる。坂本が抱きとめる。激しい息遣いだ。酒をのませろ、和雄が叫ぶ。洋平が日本酒の栓を開ける。真知子がすばやくコップを差し出す。清美が一口飲み干す。清美、お祖母さまにブレスしなさい。お爺様はバナウエに行かれたよ。いつ。たった今、お見送りしなさい。お爺様、清美は門に立って手を振る。
 山田中尉が答えたかは定かでない。お母様、どうしてお見送りに起こしてくれなかったの。清美寝ぼけてるのかい、お前もそこで手を振っていたじゃないか。うそ。おかしな娘だね。やはり清美が呼び寄せたのか。お母さんお腹すいた。なんだね、子供みたいに。

 清美が猛烈に食い出す。お母さん美味しい。しっかり食べなさい。塩崎さんすみません、お手伝いもせず。いいんですよ、ユキさん清美さんがお腹ス化して帰ってくると思って、それに大叔父様もおいでになると腕をふるいましたのよ、ほほほ。そうだ、乾杯してなかったぞ。陳音頭をとれ。それは筋違い、塩崎さんだ。そうだな。山田さんのご来訪を歓迎して乾杯。山田中尉のご健勝を記念してカンペー。かんぱーい。

 山田中尉の涙

 老人が訪ねてきた。中島と申しますが、山田中尉のお身内の方が見えられたと聞き及び参りました。皮膚の皴、色からは日本人に見えない。和雄を見て、中尉殿、に、よく似ておられる。自分は中尉殿のおかげで生き延びることができました。中尉殿のその後をお伝えせねば死ねないとお訪ねしました。山田明憲の弟です、兄がお世話になりました。あのようなお方が何故に殺されなければなかったのか、中尉のご無念は如何ばかりでありしか、と咽んだ。
 話は昭和25年の一月に遡る。クリスマスと新年の気分がつづく中での囲碁、中尉の手が止まった。既に終盤、黒の優勢は動かないと思われた。白の鬼軍曹が下辺の8子を見捨てて右辺の3子の生きに回ったのだ。それで死なないか。殺せるうちに殺しておいた方がよかったですな。そうだな。中央からの黒地90強、白地80、右辺か下辺の白石を殺せば白圧勝と見えた。結局、寄せで白に打ちすぎがあり、黒の3目勝ち。
 (白が黙ってついでおけば黒が)負けていたな、と寄せを指差す。うなずく軍曹。どっちか取れば黒勝ちではなかったですか。はっきり負け、両方取れれば勝ちだが。中尉殿わかるように説明してください。下辺の白を追い過ぎた。ここで右辺の3子を取りきると50目、下辺白が生きれば30目、黒勝ちだ。下辺を取りきると30ですか。そうだな。それで右辺の白が生きるか、逃げ帰ってくれれば有難いが、中央に居直ってくると殺せる保証はない。営々と築いてきた黒地が崩壊するやも知れぬ。中尉殿の棋風から部下を見殺しにはできない、泣く泣く守りの手を打たれた。白も3子を生きておいて、下辺は如何なさいますかとお伺いすべきでありましたな。返答に窮する。

  囲碁の話には実話が込められていたのだ。山田部隊は村人の尊敬と庇護を受けていたがロエルという男だけは
日本兵に取り入りながら物を奪ってゆく。貸して欲しいと持ってゆくのだが返そうとはしないのだ。村人にも眉を顰める者も多かった。彼が借りた物を外で売り捌いていることは間違いなかった。村役が彼を問いただす。借りたものは返せ。今友達に貸している。お前、他人の物をまた貸ししているのか。その友達のところへ案内しろ、そこにあるか確かめる。これは俺と日本兵のとの貸借であんたらにとやかく言われる筋合いではないと居直る。村は流れ者のロエルたちを追い詰めると日本兵狩がやってくる、村も匿ったとして責められようということになった。これは中尉の意向であった。
 後日、山田中尉逮捕直後ロエルたちは村人に縛り上げられた。鬼軍曹殿をよべ。どのように処刑したらよろしい。中尉殿なら先ず外に共犯がいないか自白させるであろう、処刑はゆっくりと効果的な方法を考えられたであろう、と男泣きする。軍曹殿、早くこうすべきでしたな。自分も意見具申した、中尉殿のお考えに逆らってもやるべきだった。
 鬼の目に涙、軍律厳しい日本軍。軍曹殿ご自分を責めるな、我々も同罪、一杯いきましょう。犯人逮捕ご苦労でござった。では、乾杯。被逮捕者3名の前で宴会が始まる。すべてを白状した犯人の処刑は軍曹をふるえさせた。
 檻をつくると一人を入れる。闘鶏を犯人の髪の毛に触れさせる。五羽の闘鶏が襲い掛かる。肉が食い千切られて行く。断末魔の声が途絶えても刑執行はつづいた。一週間後に二人目が犬にかみ殺される。日本人には残酷でも彼らには闘鶏、闘犬を楽しむようであった。三人目は死の恐怖に発狂して息絶える。

 中尉殿意見具申をしてもよろしいか。奴を処分した方がよろしいのでは、村人の中にも協力を申し出る者もおります。やればが気が済むか。我々の一存で中尉殿はご存じないということで。日本は敗れた、日本政府は我々を見捨てた。我々は日本に帰る日を待つか、この地に骨を埋めるか、しかない。今年中に講和条約が結ばれ日本は独立する。中尉殿日本は占領されているのでありますか。そうだ、連合軍総司令長官はあのマッカーサーだ。どうしてそれを。これだ。中尉はポケットから鉱石ラヂオを取り出す。これでも米軍、フィリピンの電波は掴むことができる。聴いて見るか。
 条約が締結されれば帰国も近いのではありませんか。日本は賠償金を値切って支払いを延ばしている。独伊は
賠償金を払ったから既に講和して独立している。日本は何故払わないのでありますか。払えないのだ、主要都市は
ことごとく破壊され、国民は米国からの食料援助で食いつないでいる。敵国の施しで生きているのでありますか。
 昭和20年には餓死者が20万人出たそうだ。吉田茂首相が食料を引っ張り出した。彼はイギリス大使もやった世界通だ。間もなく北朝鮮が韓国に侵攻する。朝鮮は分割されたのですか。貴様そんなことも知らないのか、中尉殿先を。まあそういうな、こんな山の中だ、このラヂオがなければ俺も似たようなものだ。朝鮮は南北に、ドイツは東西に分割された。米ソ対立の縮図になっている。間もなく半年以内には、日本も米国に協力するから戦争需要で景気がよくなると吉田首相は読んでいる様だ。フィリピンを初めアジア各国に個別に賠償交渉を始めた。交渉次第で俺たちの運命は決まる。

 ではロエルの奴は。泳がせておけ、村長に任せろ、我々が動くと村にも累が及ぶ。マカピリですか。ああ、日本は彼らを利用するだけ利用して見捨てた。しかし、辛抱するのは身体に悪いな、首を刎ねたら少しは調子が良くなるだろうと思うよ。Makabayan Plinos は売国奴と扱われているようですなあ。マカピリと日本兵狩りは未だ続いている。奴と仲間をまとめて始末しないと藪蛇になるでありますか。呑むか。呑まずにおられません、しかし中尉殿はよく憎たらしい奴と親しくできますな、勿論戦略上のことであることはわかっておりますが自分なぞはすぐ顔に。出したら勝負には勝てない。で、ありますな。
 どうもフィリピンの損害が一番大きいらしいが、賠償金が政府高官の懐に入ると日本は見ているようだ。戦争犯罪を裁くなぞ、世界に類がない。賠償金の督促ですか。そんなところだ。マッカーサーは今や占領軍の元帥だ。連合軍は東条首相以下数名を死刑にした。コレヒドールから豪州へ逃げ延びたあのマッカーサーがね、負け戦とは惨めなものですなあ。フィリピンも日本兵捕虜の処刑を続けるだろう。早く払えと、そうだ日本はない袖は振れない、しかし朝鮮で戦争が起これば日本は儲かる。復興するだろう。
 日本政府は我々を赤紙一枚一銭五厘で買ったのでありますか。中尉殿はタダだ、長男なのに志願された。俺たちは学がないから一銭五厘でも中尉殿は壱千円はするでしょう。まあ故国のために妻子のためにと思わないと自分をいいきかすしかないだろう。まったくですな。いいか、我々は大本営に見捨てられた兵だ。玉砕は食料弾薬節減のためだ。そうか、それで万歳突撃か。中尉殿は噛み締めるように言われた。これは命令だ、必ず生き延びろ、どんな屈辱にも耐えて生き抜け、政府の戦争は終わったが我々の戦争は終わっていない。生き抜くことが勝利と心得よ。

 長い沈黙の後、鬼軍曹が口を開く。中尉殿我々山田部隊は全員生きて故国の地を踏みますことを誓います。日本の復興に貴様らの力が必要とされるのだ。いや、復興は第一歩、次は経済戦争となろう。どういうことでありますか中尉殿。全員山田中尉の言葉を待つ。米国の国策だ。自分たちにも解るようにお話下さい。日本を工業国にするようだ。軍隊は持てないように憲法を改正した。天皇は日本国の象徴となった。象徴、君臨すれども統治せず、でありますか。そうだ。
 全員考え込む。工業国になると経済戦争になる、どうしてだ。自分に解るようにか、中尉殿に尋ねろ。50年以内に日本技術が世界を席捲するようになるだろう、すると欧米と摩擦が起こるのは想像できる。日本製品が世界にあふれるので。技術、技能、文化もだ。しかし米国の方が産業力があるのでは。軍事費がかさむので軽工業を日本にやらせる腹だ。だが日本が軽工業に留まるはずがない。なるほど日本の軍艦、戦闘機が軽工業に甘んじる訳はありませんな。日本が欧米相手に経済戦争か、これを見ずして死ねませんな、軍曹殿。そうだな、今度は技術で圧倒してやるか。オウ!

 村長が鶏の丸焼きを持ってきた。日本人は話が好きですねえ、何の話ですかな。日本の将来ですがな。将来?50年後、と絶句する。50年先を想い致すなぞ考えられないのだ。しかも日本技術技能が世界を席捲しているなど想像すらできないのだ。だから日本は発展したのだ、山田中尉の義父が感嘆する。そうですね、と村長。
 ところで中尉殿、この戦争はどうして起こったのでありますか。欧米が日本を経済封鎖したからだ、分かりきっていることを。自分は何故日本を封鎖したかを知りたいのであります。それはいい質問だ、山田中尉が笑う。教えて下さい、中尉殿。簡単なことだ、アメリカ合州国が戦争したくなったからだ。え?どういうことですでありますか、中尉殿。開戦前のアメリカを見れば分かる、繁栄を極めたアメリカの反戦与論を抑えるには日本が戦争に踏み切るように持ってゆけばよい。そのために経済封鎖を。そうだ、ただ、いきなりでは芸がないので日中戦争を起こしておいてから経済封鎖に踏み切ったという筋書きだ。

 日中戦争は関東軍の独断先行ではなかったのですか。売国奴がいたのだ。日本と日本国民をアメリカに売った奴らが、山田中尉の顔がゆがむ。青白い炎が立っていた。アメリカは蒋介石をソ連は毛沢東を傀儡政権に就けたかったのだ。よろしいですか、関東軍は道具に使われたのでありますか。そうなのだ、しかも双方からな。ほうっとため息が漏れる。
 アメリカの思惑はなんでありましたか、中尉殿。貴様はどう思うか。自分にはわからないであります。全員首を振る。第1次大戦に出遅れたアメリカは参戦したいのだが、輿論がこれを許さない。共和党のルーズベルトは反戦を公約にしているのだ。英国からは援助を求めれている。こういう場合貴様らが彼であったらどうするか。なるほど、輿論を参戦に向ければいいのでありますな、真珠湾を攻撃させる、中国を侵略させる、そうか、盧溝橋事件、新婚教員殺害事件、僧侶襲撃事件、これらは日本参戦の布石か、次に経済封鎖をやるために。最終目的はアメリカ参戦。貴様感がいいな。いや、軍曹殿のお話で。中尉殿、アメリカの参戦目的はなんでありましたか。軍曹、貴様分かっていて聞くな。軍曹殿、アメリカ参戦目的は?軍事予算獲得とソ連への牽制いや戦後の世界主導権、でありますか中尉殿。フフ、軍曹は分かっているのだ。
 軍曹は語る、真珠湾攻撃は成功したが、沈んだのは廃船ばかり、軍事費獲得のお手伝い。するとあの作戦は?軍曹が詰まる。作戦自体は素晴らしかったが事前にアメリカは察知していたのが残念だ、中尉が助け舟を出す。予算をえて米軍は装備を整える、戦艦大和、ゼロ戦を超える装備だ、軍曹が勢いづく。やはりアメリカは金持ちだ、軍曹、幾らぐらい金かけているのでありますか。それはだな、、、日本の国家予算の20から30年分と山田中尉。やはり中尉殿には勝てませんな、どうしてよくご存知なのでありますか。情報さ、このラヂオだけでも結構手に入る。敵さんは情報に1年分の金を使っている、日本の機密は筒抜けだ。売国奴の情報をしっかり確認しているのだ。売国奴はどこに、誰でありますか。関東軍と大本営、政府高官、は間違いないが誰かと言われると情報不足だ。
 戦争は情報を制するものが勝つのでありますか。戦争に限らず外交、商売、がだ。またも沈黙が。ここフィリピンでもあちこちにマイクが設置されていて日本軍の動き会話は敵さんが楽しんでいたようだ。隊長殿、戦争で得をするのは誰でありますか。まず、軍需産業だ、しかし一番は戦争を起こした連中、実質的にアメリカ合州国を支配している黒幕だ。アメリカの政治家は選挙で選ばれるのでは。表向きはな、大統領は黒幕の息がかかっている。膨大な軍事費は黒幕がアメリカ合州国政府に貸し付ける、国債を担保にな。ということは税金で払うのでありますか。だな。アメリカ軍、国民は黒幕の道具なのでありますか。そうだ。真珠湾で死んで行った兵士は生贄にされたのだ、我々も似たようなものか。最後に言っておく今日の話は他言無用だ。貴様らは日本復興、再建という仕事がある。黒幕について語った者は消されている。
 山田中尉殿は取引されたのでしょう。我々の命とご自分のお命とを。中島老人が涙を落とす。和雄が兄貴、とつぶやく。山田一族と部隊は中尉に救われたのであろうか。自分で取引の履行を確認できない取引で。鴎外の最後のひとことか、と坂本は思った。村長からの嘆願書も空しく中尉は刑場の露と消えた。日本兵狩り、賠償金督促などこれほどの男なら容易に察しているであろう。生かしておいては何かと都合が悪い。ということらしい。とくに戦争に対する分析は米軍の上層部に恐怖を抱かせたようでありました。
 収容所でも鉱石ラヂオを聴きながら静かに独房で過ごされたようです。最後の最後まで平静に殉教者のように、、、。そこで中島氏の話は終わるが、山田中尉はついに涙を見せなかったそうである。

 親父、伯父さんの墓たてるか。それは常男が決めることじゃ。そうだな。叔父さん、せっかくお骨折いただいたが日本に行くのは止める、何故だかわからないがそのほうがいいような気がする。そうか、和雄は静かに答えた。その夜、常男がお父さんと叫んだ。夜中であったが、はっきり聞こえた。常男、花南、お父さんの代わりに日本を観て来るのだ、声は清美から発せられたが、山田中尉の言葉であった。

   日本へ

 パスポートが取れるまで山田中尉の足跡を辿る。和雄と洋平はどこでも歓迎された。村の集会所に人々が集まってくる。山田部隊の者も駆けつけてくる。思い出話は尽きない。パソコンの山田中尉の写真を食い入るように見つめる。清美がテレビにつなぐと歓声が上がる。和雄、洋平の話に聴き入る。こんなに多くの方々に大事にされて兄は幸せだったと存じます。兄も草葉の陰で喜んでいることでしょう。清美の通訳つきだが年配者は和雄の言葉を聴き取り理解していた。拍手が涌く。宴会が始まる。山田中尉によく似ている。甥もそうだ。常男と花南も通訳する。常男、花南、叔父さんと従兄が来て幸せだな。ありがとう。
       山田の中の 一本足の案山子 天気の良いのに 蓑笠着けて
       朝から晩まで ただ立ち通し 歩けないのか 山田の案山子
かつての自童合唱団が歌いだす。和雄、洋平が目を細める。そのとき、いや中尉は歩こうとなされなかったのだ、じっと我々をこの村を見守られておられたのだ。拍手が起こる。和雄が手を取る、鬼軍曹殿、失礼。高村であります、ご舎弟殿。兄がお世話になりまして、何を言われるわれわれこそ、なあみんな。鬼軍曹、モトイ高村軍曹の言われるとおりであります。 

 戦後65年、日本は繁栄をつづけ大国となった。数百万の命が消えたのは65年前である。この時間は人それぞれであろうが日本はこれからどのような道をたどってどこを目指すのであろう。平凡な日本人だった坂本はフィリピンに来て多くの体験をした。運命では片付けられない何か大きな意思に動かされているのであろうか。

 関西空港に坂本様ご一行到着。例の末広審査官、坂本ユキにはご苦労様です、和雄洋平清美にはようございましたね、常男花南にはようこそ日本へ、許細君梅雲には熱烈歓迎、アンジェリータマリアにはBienvenidaと愛想のいいこと。税関がマリアのヴァイオリンを見せて欲しいと言う。なんと見事な、と鑑賞する。マリアが調弦して弓を渡す。税関はうれしそうに弾いてみる。いい音だ。マリアが背筋を伸ばしてと身体で示す。税関は自分の音に痺れている。お前何やってんだ、と末広。これは世界にふたつとない名器ですよ。ありがとうございました、とマリアに返す。本当か。本当ですといいながら他の人間にはどうぞどうぞと手を振る。清美が通訳するとマリアはやっぱりという顔。いきなりチゴイネルワイゼン、驚きと静寂。ほんの一節だが感動のため息。よいご旅行をと税関。前代未聞だぞ。検査です。職権濫用だ。権限内のヤクドクです。あれいくらぐらいだ。まあ8億から10億はするでしょう、ガルネリですよ。???
 ふたりはマリアに小さく手を振る。何を話しているのだとカルロス。職務か否か。カルロスが目を丸くする。なんと平和な国だ。ふん、女にだけにやにやしやがって、と陳。本当に役人、ホテルマンみたい、と許細君。そうね、日本の役人は親切ね。外には山田家ご一行様の大型バス。12人と南海雄と紀和が乗る。運転手が女の荷物を積み込むと後は中にお持ち下さいという。陳がむくれる。いいじゃないですか、こんなに広いのですからと許細君がたしなめる。そういう問題ではない。トイレはいいですか、1時間もかりませんが。そうじゃの、身を軽くしておくか、のう親父。いかにも。 南海雄小便だ。おう、おう。はいでしょ。ゆくぞ。はい、チチ。よし。坂本が手を引く。龍次腹減った。ご馳走が待っているから止めたがいい。そうだ、カルロス間食がぶくぶく太らせるのだ。八つ当たりするな。常男、日本での初小便じゃの。そうです。うむ、水分を補給したほうがよいの。親父、やめとけ、飲めなくなるぞ。客人はどうかの。缶ビールの回し飲みにしますか。げに。自販機で2本。一口飲んで陳に。チチ。お前も飲むか。南海雄殿は未成年ではないかの。親父よけいなこというな。1歳と2ヶ月に相成ります。それくらいにしておけ、カルロスが泣くぞ。ウマ。うまいか、大きくなったらもっと飲ましてやる。女たちも緑茶を飲でいる。空き缶を持たす。南海雄それに捨てろ。缶。カン。そうだ。

 バスの中は荷物が棚に載せられている。お荷物壊れ物がございましたら下ろしますが。マリアがヴァイオリンを見る。運転手はゴム紐を確認する。マリアがうなづく。よろしいですか、本日は当市営バスをご利用いただきありがとうございます。私運転手を勤めさせていただきます佐藤でございます。これより皆様方を山田家までご案内いたします。所要時間は45分とみております。途中でご気分が悪くなるなどございましたらご遠慮なくお知らせ下さい。それでは出発いたします。
 なんとした気配り、すばらしい。陳が感嘆する。ユキが通訳する。女たちも感心する。時計は4時半、夏の陽は長い。道路がきれいね、碧渓つれてくればよかった。そうね碧谷も。花南元気か。はい、叔父様。今夜はお前と常男の歓迎会じゃ、ようけこと集まってくるぞ。楽しみです。そうか、みんなも楽しみにしとる。Allegre presst muy bien! 楽しい速い気持イー。そうね、綺麗。Wala trafic 無混雑 不渋滞!軟席。市街を抜けると田園が広がる。近代と伝統、科学と自然の調和がとれている。カルロスたまにはいいこというのう。ちんよ、 我は詩人なり。日本の道路は公共か。私道は限られている。まもなく山田家に到着致します。お荷物お忘れないようお確かめ下さい。これは私道だろう。いえ、市道です、最近市に寄付しました。お陰で管理は市がやってくれます。ほう、と陳が感心する。
 バスが着くと洋平の妻直と太郎が出てきた。常男さん花南さんよう戻られた、お待ちしてましたよ。太郎。お帰りなさい。太郎君ありがとう。おっちゃん、ただいまじゃろう。おう、そうじゃのう。もう、この子は、さあ、さあ。おばちゃん荷持もったげる。ありがとう。洋平が運転手に千円渡す。かたいこといわんと、明日もよろしく。では遠慮のう、ありがとうございました。叔父さん、ありがとうございます、でないですか。あれは、清美、ご乗車ありがとうございました、じゃ。そうか、お金は遠慮なくいただきます、ご乗車を感謝するということですね。そうじゃ、清美は勘がええ。

 山田家は地主だったから客間も多い。清美さん部屋割りをしておくれ、風呂は男の人は隣でもらい湯してもらいまひょ。浴衣は借り物だけどここね。荷物は適当に、衣文掛けと、直が忙しそうに手配する。男は風呂に行って、太郎案内しな。太郎ちゃん内の風呂にも入りな、お客さんおおいやろ。おおきに、ほな、二手に分かれよ、南海雄君はわしといこ。おっちゃんこっちや。自然と坂本カルロス陳がつづく。和雄洋平常男は別の家に。
 おばちゃん、お風呂もらいにきた。まあ、5人、いっぺんにいけよか。二人は子供じゃ、いけるでわ。ほうで、太郎ちゃんお客さんに使い方教えてあげてな。ごやっかいかけます、二人とも日本の風呂に入ったことありますんで。ほうですか、ほな、ごゆっくり浸かって旅の疲れとってください。タオル適当につこうてな。ありがとうございます。いやあ日本語上手、ええ男やない。
 陳はほめられてキゲンがなおったか、歌い出す。お医者様でも 草津の湯でも ドッコイショ、、、。おちゃん何人や。フィリピン人。うそや、中国人だろう、出身はどこ。福建省。うーん、越のほうか。左様。まあ嘘いうたらあかん、わい、三国志よんみょんじゃ。すごいな太郎君。おっちゃんは。スペインはバルセロナ、名はカルロス。かっこうええ、サグラダファミリアのとこじゃな、あれはようでけとう、いつ完成するんじゃ。それは、、、大人のくせに知らんのか。まあ、あと百年やな、法隆寺は1500年やけん、まあ、がんばっとる。南海雄君な、シャンプーするときはこうやって目えつぶるんじゃ、ほたらいとうない。あのマダムの子か。だな。
 太郎は南海雄にシャワーをかけて背中を流すしてやる。前は自分でするんでよ。風呂は木造、いい湯だ。疲れがとれる。ほんとだ、日本人の風呂好きがわかってきた、ビールがうまいわけだ。惚れた病は こりゃあ治りゃせぬよ チョイナ チョイナ。

 常男花南の来訪を聞きつけて山田部隊の戦友たちもやってきた。お義父さん、はよう乾杯して、みんなまっとんじょ。常男花南を歓迎して乾杯。かんぱーい。常男挨拶するか。挨拶は後、飲んで食べて、まあ、吉岡さん遠いところを、さあ、一杯、お元気そうで、ゆっくりしてらして。ありがとうございます。常男さん、吉岡さんおぼえてる。歌の小父さん。常男君。花南ちゃん元気だった。時間は一気に60年以上遡る。おじさんこんにちわ。こんいちわ、花南ちゃんは美人だな。ありがとうございます。あの歌うたって。花南さん、食べてもらってからがええんちゃう。ほうやね、おじさん、お注ぎします。これはありがとう。常男君も飲もう、花南ちゃんも、お父さんお母さんには内緒、小父さんが叱られるから。はい、内緒にします。

酒が回り腹が起きてくると話がはずむ。あれは誰、坂本さんの奥さん、国会議員しよんやって、とかささやきあう。吉岡、中尉殿がヒエツキ節を聴きたいと言っておられるぞ。おう、中尉殿がこの場におられないのが残念ですが、どこかで聴いてくださっていると信じて吉岡、稗搗節をうたいます。座が静まる。

庭の山椒の木に 鳴る鈴つけて 鈴の鳴るときゃ 出ておじゃれ
            鈴の鳴るときゃ 何というて出やる 馬に水くりゃと 言うておじゃれよ
               那須の大八 鶴富捨てて 椎葉出るときゃ 眼に涙
                  ないて待つより 野に出ておじゃれ 野には野菊の花盛りよ

いただきました。吉岡にも秘められたロマンスがあったのであろう。吉岡殿、兄からと思って一献受けてくだされ。かたじけのうござい ます。
 いい声ねえ。この唄、父は婚礼で吉岡上等兵が歌うてくれたと言っておりました。花南が涙ぐむ。自分は中尉殿からお褒めの言葉を いただきました。これは美しい曲だがフレーズが長くて演奏するのは非常にむずかしい、と叫んだ。吉岡が振り返ると笑って出足の一節を歌う。 マリアが真似る。プロ同士だ、言葉はいらない。たちまちおぼえてしまった。マリアがヴァイオリンを持ってくる。
 美しい音色が冴える。Senolita, non cantabile,rechitativo .Si,senol. Muy bien, non pasionate Secret love,secret,secret.お嬢さん、歌うのではなく、語るところです。わかりました。とてもいいですよ、情熱は内に秘めて秘めて、、、。
二重奏、即興の演奏はその場その時にしかない。二人が顔を見合わせて握手する。拍手がやまない。 中尉は感情を外に出さない方と想像します。彼のためにこころを込めてこの曲を弾きます。聴いてください。チゴイネルにもある可哀想な娘、 感動のため息がもれる。
  明日浜辺を さまよえば 昔のことぞ しのばるる 歌声とヴィオリンの掛け合い、歌とオブリガードが入れ替わる、 チゴイネルの女の子が弾かれる。それは中尉が逮捕されてからの心境であったかのように響く。聴く人はすすり泣く、また、むせび泣く。

 和雄がマリアに伊座利寄って酒を注ぐ。これはこれは。マリア殿はプロか。プロでない、アマチュアだ。さようか、もういっぱい。カタジケナイ、ぐっと飲み干す。おう、と拍手。 マリアがヴァイオリンをしまってくると、声がかかる。マリア殿、中尉殿の代理でお注ぎする。うまい、もう一杯。いけますな。お前も飲め。返盃 常男、黒田武士を所望する。マリア酔っ払ったか、坂本が叫ぶ。心得た、それでは、山田常男、黒田武士を歌います。

 翌朝バスがやってきた。貸切だからと次々に乗り込んでくる。補助席もいっぱいだ。お早うございます、運転手の佐藤です。今日はみなさまを京都奈良にご案内いたします。横におりますのは添乗員の鈴木です。鈴木です、この春入社しました新人です、行き届かないところも多々あるかと思いますが皆様の旅が楽しいものでありますよう勤めますので今日一日よろしくお願いします。よろしくお願いします。
 客も挨拶するのですね、清美はよく観察する。本日は外国の方もおられるので高速よりも国道のほうが日本の景色を楽しんでいただけるのではと思いますがよろしいでしょうか。それではお手もとの観光地図をご覧ください、国道24号線を紀ノ川にそって奈良明日香に向かいます。今一度棚のお荷物お確かめ下さい、大丈夫でしょうか。オッケイ異常なし。そうですか、では出発します。
 紀ノ川をさかのぼる。国道、市道もよく整備されているのね、ここまでやるには50年はかかるな、ユキがもらす。ローマは一日で成らずだ、あせることはない。そうね。紀ノ川は和歌山を代表する川ですが、紀伊水道、徳島県吉野川を結ぶ線は日本列島を縦断してしているそうです、添乗員がマイクを持つ。そりゃ、しらなんだ。お兄ちゃん、もっと詳しいに。きかんといてください、昨日調べたばっかりで。今度は詳しゅうにいうてな。勉強しときます。西の中央地溝帯フォッサマグナ負けん構造体やそうです。いわにゃよかった、添乗員は汗を拭く。fossa magnaとは大きな穴、つまり、おまんこ。こっちは割れ目、同じ意味。カルロスが大きな声を上げる。女たちがきゃーと歓ぶ。私ラテン語できる。

 日本列島の生い立ちに興味がある坂本はじっと聴いていた。バスは山の中を登ってゆく。常男と花南は父の故郷をどう見ているのであろうか。奈良に着くとさっそく葛餅を食べる。女の旅は食にある。おいいしいわねえ、と食べ始める。お茶が出される。買うていこと買い求める。日式商い。あの接客が買う気にさせるのか。300円かける50人で15000円。お土産があるから倍の30000、すごいわね、観光客は。
 新緑の奈良、青田が風に揺れている。西暦700年、1400年の時間は中国人とっては短いがフィリピン人には長い。高松塚古墳、平城京跡、鑑真の唐招提寺で時間をとる。陳が関心を示したからだ。坂本にも鑑真の情熱だけでない何か、特命を帯びていたのでないかという気がした。カルロス、アンジェリータ、マリアは歴史的建造物に見飽きないようだ。シンプルだけど惹きつけるはね。そうだな、威圧感がない。でも情熱を秘めている。あの阿修羅凄かったわ。うんマリアに似ていたな。
 昼食はドライブインでうどん、おでん、ごもくずし、ビールか酒。これは庶民の味だ。けっこういけるな。しかしよく食うな。日本人の旅は食事と土産、観光はバックミュージックみたいなものだ。フィリピン側からみると観光に来たのだろうと映るのかも。カルロス豚カツ食うか。ああ。だろうな、海老フライ、コロッケを注文、みんなでつつく。食いっぷりで追加注文、日本スタイル。そうだ。隣では直が運転手と搭乗員に勧めている。命預けてるんだからお昼ぐらい奢るわよ。なるほど確かに、命を預けているな。単なるドライバーでないのですね。バスが共同体になっているかんじだな。給料は、いいのでしょう。きつい仕事だからな、30万から50万かな。というと、150-200?そんなとこだろう。3日4日泊りがけで行くこともあるし、責任は重い、楽ではない。店からのマージンは。まあ2000円ぐらいだろう。
 ちょっと、この奈良漬け古くない。ほんま色が変わっとう。賞味期限過ぎとんでー。これ返すわ。私も。責任者がとんでくる。味のほうは問題ないと思いますんでこれをお付しますんで。要らん、返品じゃ。皆様ご一緒で。運転手が耳もとでつぶやく。わかりました、明日工場からぴちぴちを50送らせて貰います。代表の方お名前これにお願いできますか。伝票には奈良漬50の注文書がセットになったものだ。これはお客様の控えです。これは。お持ち下さい、味はいけると思いますけど、返品では店の信用が落ちますんで、なにとぞ。ほな、しゃあないな。えらいすんまへん。
 遣り取りの詳細を清美に質問する陳とカルロス。日本の女怖いな。しかし店の対応、あれも日本式か。坂本は自分で少しは考えろと返事しない。直さん奈良漬いくらですか、ユキがきく。500円やけどな、馬鹿にしとんでえ。ということは、25000円-仕入れ値2倍-発送費で計算して損はないな。ちょっとは残るかな、ユキがつぶやく。ほうですな、粗利半分としても悪評が立つことに比べたら安いものか、いい勉強になった。陳が感心する。このような小売業は回転率で利益を得ているから悪評は致命的ということでしょうか。清美すばらしい指摘だ、なあ陳。そうだな。フィリピンなら文句があるならメーカーに言ってくれと突っぱねるであろう。売買は既に成立履行されている、よく確かめて買うべきだ。買主に損害はない、言掛りは困る。といったところか。

 京都は世界的観光都市、ユキ議員の政策に参考となろう。入場料駐車料土産など物価の高さに目を丸める。京都は八橋、焼いている店に入る。五つでいくら、オマケないの。他の店にいってみるわ。ひとつおまけしますがな。10は。ふたーつだす。5といっしょやない、けちね。かなわんな、3つ付させてもらいます。ユキさんやるなあ、私も10、おまけ3つでよ。いやあ、わたしも。すんまへん、足りまへんがな。帰りに寄るけん、包んでおいて。
 京都駅のタクシー乗り場、70過ぎの女が手際よく客を乗せてゆく。あの女チップはないのか。日本にはチップはない。でもドアを開けているではないか。あれは運転手がやっている。金を受取ってから客を降ろすためか。それもある。マカティーでは老婆が10ペソのチップをとる。一時間で数百ペソ、手取りはどれぐらいかわからないが客には強制されてる感は否めない。清美が婦人警官を見つけてトイレをきく。駅が込んでましたらそこらの喫茶店で借りはったらよろしい、タダで貸してくれますがな。ありがとうございます。失礼します、と敬礼。ユキと近くの喫茶店で借りる。
紀和を連れているから時間がかかる。どうも有難うございました。かましまへん、いつでもつこうてください。アンジェリータとマリアもやってくる。アンジェリータが珈琲を注文。二人を手招く。トイレはタダと聞いて驚く。紀和にとビスケットが添えられている。清美にサーヴィスですと笑う。日本商法勉強になるわね。上品にしっかりとですね。集合時間だ、会計1680円。

 奈良京都のバス旅行は奈良漬以外にトラブルもなく快適であった。その奈良漬も味に問題はなく翌日には工場から50が配送されてきた。注文者が取りに来る。昨日主人に食べらせたらうまいというとるけん、私もつまんでみたんよ、味はいけるな。ほなけんど賞味期限切れをおいとくなんて日本の恥でないで、外国人も訪れる観光地なのにな。3つ残った。直さんの手数料じゃ。ほうやねえ、もろとこか。
 この会話に陳、カルロス、ユキが青くなる。日本の品質管理とはかくあらむ。お義父さん、これ比べてみて、サラ中てたら一本つけるわ。奈良漬二皿。どれどれ、こちらじゃ、直さんみたいにぴちぴちして。おる。そうですかあ。さあさあ、みなさんも、召し上がってください。清美さん手伝ってと台所へ。銚子が5本。足りんぞ、洋平が怒鳴る。今燗してます、直もどなりかえす。。ぬる燗でいいぞ。わかってます。これどう違うの私にはわからない、問題ない、とアンジェリータ。絶対に言うな、とくにナオには、カルロスがおびえる。マリアがくすっと笑う。
 お待たせ、ぬる燗ここに置きますね、どうですか、どうですかお味のほうは。これが言うにはこっちフレッシュ、こっち味問題ない。そうでしょう、儲かった気分。ハシタナイ。いいじゃないですか、身内なんですから、私も飲もうっと。酒のあてによく合いますな。陳さんは燗の方がよろしかったですね、さあ。これはどうも。常男さんは。ぬる燗を。花南さん京都奈良はどうでした。きれいなところ、歴史がありますね。いつでもいけると思っていても家事に追われて
ねえ、久振りの旅行でしたよ。お前な、喋り過ぎ、お客さんが話す間がない、大人しく飲んでろ。しかしなんですな、直さんがいると座が盛り上がるというか、それみなさい、常男さんの方が女の気持わかっておられる。二人ともええ加減にせえ、客人がおられるのだぞ。
 いい家族ねえ、とアンジェリータの攻勢が始まる。一つ歌でもいきますか。カルロス私の言うこと聴いて。草津よいとこ一度はおいで、ドッコイショ。男性軍次はわが身と援護に加わる。逃げられたか、女性軍の笑い。

     常男、花南巡礼の旅
 五日目常男が花南と二人で旅したいと言い出した。叔父さん、親父は日本の良いも悪いもありのままに見て来いと言ったと思うのです。それは道理じゃが、日本に来て日が浅い、みんなに相談したらどうかの。そうさせていただきます。集まってもらえ。皆さんのご意見を賜りたい、常男の気持はよくわかる旅させたいが道中が心配でもある、日比の事情に詳しい皆さんのご意見を是非聴かせてくだされ。何の問題があると言いそうなアンジェリータをカルロスが目で制す。
 誰が言い出すか。坂本殿はどう思われますかな。日本は安全と案内が整っておりますのでさほど問題はないと思います。ご自分の目で見て本当の日本が見えるとも、しかし、何分初めての日本、ご心配もごもっとも、されば。されば。足馴らしに近場を回られたらどうでしょう。最初は清美さんに案内してもらって伊勢、名古屋辺りまでゆく、だんだん脚を延ばしてから二人旅ということにしては。それは名案。
 陳、家族サービス旅行に出るか。俺も考えていた、が、受難の旅になるやも。かもな。腹をくくっている。俺も覚悟した。龍次、お前はどうする。俺はユキのいきたいところへ。自信満々だな。それぞれの旅の支度が始まる。坂本は女たちを連れて電気店にゆく。携帯とデジカメをマリア、清美、梅雲に選ばせる。これにはナビも付いておりまして音楽もテレビも観れます。店員が喋り捲る。あのなあ、買物の楽しみたいから邪魔しないでくれないか、こちらから訊くよ。
失礼しました。許細君、アンジェリータ、花南は興味なさそうなので他の売り場を見て回らせる。
 料金はどのタイプになさいますか。一番安い奴。それはお客様の使い方にも寄りまして基本料金の高いのが有利になることも、基本料金なし使っただけ。はあ。よろしいですか。では、ご契約には運転免許証か何かお持ちでしょうか。ない。困りましたね。携帯買うのに何で要る。規則ですから。どこの規則だ。この携帯は10年以上使っている。古いですねえ。お前喧嘩売る気か、もういい、キャンセルだ。坂本が怒鳴りつける。店長がとんでくる。君どいてなさい、
これはよく売れたものです。このタイプのモデルチェンジが今も主流になっております。
 こいつが気に入らんからキャンセルだ。まだ新人ですので。口の利き方も知らないのを店に出すのか、首にしろ、なら買ってやる。恐れ入ります、よく教育しますので。三月でこの程度では効果はないだろう。実は弱っています、仕事はできないのに口だけは、、。立つか。まあ、お支払いはカードで、通話料金もこれでよろしいでしょうか。ああ、お客様の携帯番号を教えていただけますか、検索させていただきます。この3つの料金一緒の引き落としで、ああ。電話機買取と通話料金に上乗せとありまして、買い替えが5年以上先でしたら買取が有利かと思います。買取。有難う御座います。カードお預させていただきます。すぐお使いになりますか、充電しておきます。マネージャーが手順を示す。このイヤホーンご迷惑をお掛けしましたのサーヴィスさせていただきます。マイク付ですから迷惑通話が防げるかと。デジカメの方も説明させていただきます。大丈夫わかるとマリア。そうですか、このデコどうです。可愛い。ここに付けますね。お嬢様は。これ、と梅雲。私はこれと清美。携帯にもつけましょう、どうぞお好きなを選んでください、サーヴィスです。それとお名前底に貼りますね。
 お客様ご署名を。坂本が明細をみる。5万もするのか。ナビが付いてますから全国どこでも便利ですよ。値打ちあるか。いろんな機能がついてます、若い人は使いこなしますが私なぞシンプルなのがいいですわ。いえてる。保証書、ケース、説明書このバッグにいれておきますので。そちらはいいのか。はい、5時間はいけると思います。そう、お客様カードとお控えです、ご不快にさせましたこと何卒お許し下さい、これに懲りずにまたのご来店を。と名刺を差し出す。このダメオ君、晩年トップに就いたときこの日のことが自分を変えたと語ることになる。

 常男は太郎からパソコンの特訓を、花南は清美から携帯の特訓を受ける。太郎どうじゃ生徒のできは。うん、筋がええけん、すぐネットはでけるようになる。清美のほうは。もうじきメールができるでしょう。ナビはもういけますよね。はい。そうか、花南は器量も頭もええから。そして旅立ちの朝。お前のカードを持たせ、臍繰りあるだろう。ありません。直の方が役者が上。清美さん、私からのお餞別、あんた。清美これ郵便局のカード、常男さんに使方よう教えてあげな。ありがとうございます。本当に紀和ちゃんつれていけるんで。大丈夫です。紀和にも見せてやりたいと思います。そうかい、紀和ちゃん身体にきーつけてな。はーい、お、いい返事、一歳でしゃべれれるの頭がええんじゃ。直が涙ぐむ。
 つづいてカルロス一家、陳一家と旅立つ。ディー私たちどうして明日なの。急にいなくなると和雄さんがさびしいだろう。一日延ばせば気持の整理がつく。季節はゆっくり確実に移ろってゆく。これが日本だ。よくわからない。ユキにもそのうちわかるさ。

児童擁護施設乗っ取り

常男花南の旅の間、坂本もユキと旅に出る。子連れだから新婚旅行とはいえないが、のんびりした気分だ。二人とも出会ってから今日まで忙しくしてきた。たまにはいいだろう。どこに行きたい。日本らしいところ。日本らしいところか。なんで日本は金持ちでフィリピンは貧乏なの。そういう意味かと坂本は思った。
 フィリピーナの会話は単語を並べただけで真意がつかみにくい。大阪がいい。商人の町、お好みでも食おう。大阪といえば弁護士の先生にお礼いうてなかったわね。おおそうだ、真っ先に行かなくてはと事務所を訪ねる。
 結果報告の途中で、ほれは良かった、ご丁寧に、ほれより聴いておくれな。実はお二人に電話しようと思うてたところですがな。忙しくしている人間は済んだことを振り返る余裕はないのだろう。早口で捲くし立てる。

 日本人母親がボランティアで経営する児童養護施設が神父に乗っ取られたと弁護士が激憤して語る。なんと人間的な法律家であろう。フィリピンはマニラの北、貧しい町に日本人が孤児を育てていた。彼女の善意だけで運営される施設は30年以上前からひっそりと続いてきている。

 ユキも児童擁護施設法案の審議中にそこを訪れたことがあった。マザー、貴女は国がやらなければならないことを無報酬で続けてこられました。政府としてお手伝いできることはありませんか。私は自分なりのやり方できました、これからもこのやり方でいきます。そうですか、これは私個人のプレゼントです。子供たちに配ってくださいとノート鉛筆などをおいて帰った。
 弁護士も日本人孤児の調査中に彼女を知り語り合った。無償の行為に対する報酬は金ではない。金の価値尺度では測れない。彼は調査の協力を依頼するとともにNGOの協力を説明したのだ。あまり乗り気でない彼女に弁護士は陰で協力申請手続きを進めていた。
 NGO協力の匂いを嗅ぎつけた神父がこの施設に入り込んできて日本人母親を追い出してしまったのだ。子供たちの悲しみを他所に神父は莫大な援助資金を手に入れようと日々奔走する。
 こんな理不尽なことが何でできますのや。不条理と言うべきか。徹底的にやっつけましょう、我々に任せてください、必ず、白日の下に晒せてみせますから。ほうですか、お二方がそういうんだったらお任せします。何分よろしくお願いします。先生お手をお上げ下さい、私も子供たちマザーの顔を思い浮かべるとハラワタが煮えくりまくって屁が出そう。ほんまですなユキ議員。
 弁護士の落ち着いたのを見て常男と花南の旅を話す。ほうですか、日本人は10年一昔やいうてすぐ忘れる、いけまへんな、歴史を大事にせんと。事務員がお茶を出す。これいただきました。忘れっぽい弁護士が歴史を語るのがおかしいようだ。軍国主義は嫌いですけど、兵隊さんのご苦労は別ですがな。そや軍人遺族年金が出るのとちゃうか。今調べよります、事務員がやりかえす。何させても遅いんですわ、行かず後家になりますわ。もうなってます。
 先生、その件はまたあらためて、今日はお礼に上がりましたが養護施設の件は状況を逐次報告いたしますので先生は常男さんのような方のためにお力をお使いください。先生、お好み食べにいきませんか、みなんんもご一緒に。おおきに、けどやらなあかんのがたまってますのや。、それとあの神父に腹が立って腹がたって、喉とおらんですわ。この男の頭は同時に多くの課題を処理しているのだろう。言葉にするのがおっ着かないのだろうと坂本は思った。

 どないするん。マスコミだ、ジャーナリストには熱血漢が多い。徹底的に取材させるのね。そうだ。NGOの方は相手に気付かれぬようスルスル延ばしだ。あいよ。こういうのを甚振るときは快感をおぼえる。ソクソクみたい。今夜な。とにかくお好みだ。あのセンセ忙しい人ね、日本語少しおかしくない。言わんとすることはわかる。東京よりは忙しないわね。大阪人は信号が青になる前に渡りだす。広島人は青になってしばらくしてから渡る。のんびりしてる。信号無視の車が突っ込んで来るからだ。恐ろしい。

 横丁の小さな店に入る。焼きソバ、牛玉、イカ、ネギと生。私デラックス。へい、生はすぐ。すぐ。アサヒ、キリン。キリン。私アサヒ。チチ。ジョッキ一つ。南海雄に少し注いでやる。乾杯。いろんな味が楽しめるからお好みなんだ。そうなんだ。お好みはネギ焼きが原点、あてにもなる。ほんまおいしいわ。チチ。この子は、酔っ払いになるわよ。ソバ焼きはすぐできる。あとはよく焼いた方がうまい。鉄板。これが鉄板だ。ドラマ。もうじきだな。おい、アサドラだ。はーい。
 やっぱり日本のテレビは色が綺麗。画素が多い。ガソ、なにそれ。肌が細かい。私みたいなもち肌のこと。まあ、そんなところだ。日本のお好み熱いわね。焼きながら食うからうまい。ユキは答えずビールください、とジョッキを持ち上げる。最初からビールが欲しいと言え、と坂本は思う。
 ファファ。のんベーだね、この子は。ジョッキのビールが1cmくらい減った。にっこり笑う。うまいか。ウマ。このバカいけるわねえ。バカじゃねえ、ギュウだ。これ何。ほたて。うまいわと穿り出す。よせみっともない。バター焼きにしますか、北海道の友達が送ってくれたんですわ。うまいはずだ。
 ユキはホタテにむしゃぶりつく。ファファ。無造作に南海雄に一つ渡す。もう少し上品に食え。ディー食べる。ギュウ、イカ、ネギ俺が注文したのを食っておいて食べるはないだろう。えへへ、ソウリー。ひとのもは自分のもの、自分のものは、自分のもの、怒らないでダーリン。調子がええのう。奥さんはどちらの。フィリピンです、苦労しますわ。でもお綺麗ですがな。お兄さん目が高い、お酒を一本。ぬる燗で。ご主人大阪らしいとこは、これを連れてゆく。ほうですなあ、やっぱり堂島ですかな。堂島。米相場で有名なところだ。先物、青田買いの発祥の地だ。行こう、でそれ何。田植えが終わったらすぐその田圃の米を買うのだ。まだ米できてないじゃん。だから青田買いというのだ。
 酒がきた。お注ぎしまひょ、お姉さんも、こちらの兄さんも。青田の米を買うといたら高値で売れますがな。不作だったら。ボロ損ですわ。なんで危ない橋を渡るの。商人の気合ですな。女と一緒ですわ。お姉さんみたいなのを青田買いしたらぼろ儲け。気合、いやあ、お兄さん、学があるんやねえ。
 数々の相場伝説を生んだ堂島は今では近代的建物が立ち並ぶ。堂島米会所は先物取引の概念を世界に発信している。堂島アバンサをのぞいてみる。日本企業のほとんどがここ大阪で生まれている。商人の町という雰囲気は感じることができる。

 ネットカフェからフィリピンのジャーナリストにメールを入れる。児童擁護施設乗っ取りの取材を依頼する。取材費は必要なだけ出す代わりに、原稿を発表前に見せることを条件とした。折り返し返事がきた。一安心だ。その日はかんぽの宿に親子3人で泊まる。食事、温泉、送迎バス付で8600円ならいいわね。リゾート温泉並みか、サーヴィス清潔施設など総合的にみて日本が安いか。ユキも見方が変わってきたようだ。坂本は最初に会ったときいい女と思ったが一緒になって一層愛おしく思う。
 南海雄は大の字に寝ている。川になって寝るか。川。ユキの掌に書いてやる。そうか、カワね、横にすると一二の三。これは参った、頭いいなあ。へへ。一発やるか。え?何。かまとと。南海雄席譲って大事なお話があるからね。オウ、ラミーイヨット。おいしい?もちろん。私幸せ、モールモール。

 翌日ジャーナリストとネットで話す。ハーイ、お早うゴメス、元気。タンキューマム、元気です。これ私のアサワ。知ってますマム。今度一緒に食事しましょう。楽しみにしてます。またね。坂本に代わる。戦略はそれでいい、次の2点注文する。①他に漏れないよう注意すること②計画、実行、結果を一覧できるようにすること、以上だ。わかりましたセール、毎週報告します。よろしく。
 もう終わったの。大事なことは手短に。1時間300円でしょ、遊園地検索しましょね南海雄、お魚いっぱい泳いでる。ここに行こうか。何でも勝手に決めるな。南海雄おしっこしてらっしゃい、あなた。チチ、ナタ。あなたといってるのよ。冗談じゃない、南海雄があなたなんていってみろ、外歩けない。いいじゃない。お前いつからあなたと言い出した。今日からよ、あなた。気持ち悪、いくぞ、南海雄。

 坂本は柳の研究冊子を広げる。簡潔な文章でロギックだ。これは性根を入れて読まないといけないなと思った。日本を属国にせんとする隋、唐対これを阻止せんととする中央アジア勢力との対立、争奪戦に高句麗百済新羅が互いに抗争しながら代理戦争にも加わっていたという視点で話を展開する。高句麗は満州から北朝鮮にまたがる結構広かったようだ。このあたりは今も朝鮮族が多いのは当然だな。驚くことに中部関東甲信越はすでに高句麗のシマになっていたというのだ。
 生駒山脈を境にアクセント口調が違うのも朝鮮系日本人が一番多いのも説明がつく。九州は倭とよばれたらしいが中国のシマか。残りは在来の日系日本人か、坂本の想像は膨らむ。朝鮮がベトナムが南北に分断され米ソの代理を戦争をやらされたように、当時の日本がそうなっていてもおかしくないと思われてくる。柳さんすごいな。まあ、家族サーヴィスの合間に読むしかないか。

 ゴメスのメ-ルは簡潔だ。簡潔は頭がいいということ。一覧表にレジメも付けられている。主観と意見が強いが楽しみだ。観点もいい。
 ①施設の生い立ち、日本人母親と子供たち
 ②宣教師の生い立ち、金と魂
 ③NGOと児童擁護施設法
フィリピン人は、豚もおだてりゃ木に登るタイプで注意、助言、批判を嫌うが、ゴメスはその典型であることが坂本にもわかる。ただ、②③はどこまで迫れるか、半分で可としよう。

 数日家族水入らずの旅をして、ユキは機嫌がいい。基本的に女は安定を、男は冒険を求める。そこへユキの秘書が法案委員会に出席するよう連絡して来た。南海雄、来年はお兄ちゃんになるんだから、さっさと片付けて。八つ当たりするなと南海雄を抱きしめる。で、本当か。とにかく空港へ行って、乗れる便でマニラへ飛ぶわ。
 坂本は関空でユキと南海雄を見送ると久しぶりに一人になった自分に気付いた。さて、どうするか、日本人はこういう時間をどうするか苦手、忙しくしていないと不安であり孤独でもあるのだ。珈琲でも飲みながら柳の研究を読み始めるが頭に入らない。柳さんのところに来ないか、陳から電話だ。そうだな、しばらくしてこちらからかける。見通されている感じがして不安になった。
 女が近づいてくる。よろしいでしょうか、覚えてくれてます。いえ。十二湖で写真撮っていただいたでしょう。そうかな。危険な匂いのする女だ。用があるので、と席を立つ。新大阪に着いていた。付けられていたのか、鼓動が速くなっていた。清美からだ。黒い服の女に気をつけて、あなた狙われているわ、そう十二湖で会った女よ。そうか、これから柳さんのところにゆく、そっちは。うまくいってます、くれぐれもお気をつけて。わかった。
 陳といい清美といい超能力者か。坂本は混乱してくる。新横浜までずっと周囲に注意する。闇の黒幕、うっとしいな。デパートのエレベーターを何度か乗り換えて中華街の春風楼という店に入る。陳が迎えにきた。付けられたのか。そんな気がする。どうして電話してきた。ユキがマニラに向かっただろう。そういうことか。柳も間もなく来る、奥へ行こう。
 柳は既に来ていた、どうされました。手短に女の話をする。そんな訳でこの研究を精読できなかった。まあ、飲みながら考えましょう。龍次、逆手に取って色仕掛けで女を籠絡するのは。誰がやる、陳無責任なこと言うな。いや、面白いかもしれない、陳さんの息子さんは。志明は色男のタイプじゃない。カルロスの息子は適任だ、陳が勝手に決める。

 坂本が近況を語ると柳が話し出す。お忙しそうですな、ちょっと気になるのは闇の黒幕のNO1はアメリカにいるのではないかと思われることです。ほとんどがフィリピンで隠居暮らしにしてますが、武器廃絶が堪えているようです。関連産業を含めた減収減益は基盤を揺るがし出したのでしょう。謎の飛行物体、ドラゴンの解明撲滅をスローガンに掲げているようです。青い地球を守る会にも手はのびています。つまり彼らは追い込まれているのです。坂本は柳の評価にも素直に喜ぶことができなかった。むしろブラックホ-ルに近づいているのを感じるのだ。

 柳の研究について訊きたいことが整理できていないからもう少し時間をが欲しい。龍次、質問しているうちに理解が深まり次の質問が生まれるものだ。陳は読んだのか。日本語で書かれているから半分しか理解できない。そんなので質問するのは著者に対して失礼であろう。日本人は妙なところで気を使う。坂本さん何時でもいいですから、今日は飲みましょう。
 その夜、坂本の部屋に許細君が忍んで来た。陳は知っているのであろうか。ふふ、あの人朝まで起きないわ、さあ。では。翌日は梅雲と造愛することになるのだが、中国人の倫理観が理解できない。それよりも身が持つか、媚薬を嗅がされているような気がする。許細君はなにもかも忘れさせてあげると言っているようだ。梅雲は男のを産むと宣言する。

 ゴメスの取材は順調のようだ。なあ、ゴメスこれは出版だけでは惜しい、テレビも同時に取材させよう。インタビューは勿論お前だ、いいか。俺は出版できれば十分だ。そうか、次回からテレビスタッフも同行してくれ。わかった。ゴメス身の安全を第一に、お前の取材はこれだけでない、次は歴史的に残るドキュメンタリーもやってもらいたい。サンキューセール。
 テレビ局は一局に絞ったが、放映は他局にも配信して同時に行う予定だ。ゴメスはインタビューだ、彼の激情的主観は排除して事実だけで真実を伝えろ。わかりました。テレビの取材は淡々としている。ゴメスはテレビ局の出版部が出版してやるとの話に、おとなしく指示に従う。Mother この養護施設を始めた理由は何でしょうか。理由、さあなんだろう。切っ掛は。切っ掛ねえ、友達になった子供は親がいなかったの、だから一緒に住むようになったの。子供が増えたので家を建てたの。建築資金はどされました。私に本から800万円持ってきたの、定期預金にしたら8%の利子でしょ、女一人の生活には十分。材料買ったら近所の人が建ててくれたのよ。なるほど、でも大勢の子供の食費だけでも大変でしょう。大丈夫、ほらあの畑タダで貸してくれたの。牛、馬、鶏、やぎもいるでしょう。どうやって増やしたかわかる。教えてあげようか。ぜひ。
 雌を一頭ずつ飼ったの。大きくなると隣小父さんがあれさせたのよ。わかります。子供が生まれるとまた。小父さんがあれを。そう、でも別のオスよ。そうでしょう、その方がいいでしょうね。血が濃くなるからね、でも、オスはタダでしたのに礼も言わないと思った、あとで知ったの、種付け料こちらが払わないといけないんだって。ほとんどがそうですね。子供のオスをお礼に
あげたの。そしたら子供に飼育方法教えてくれるの。ちょっとした牧場ですね。そうなの。
 食費はあまりかからないのですね。なにいってるの、少しだけど儲かってるのよ。すごい。米も野菜も家畜も儲けは地主と折半。子供たちにはサラリ-払ってるのよ。貯金する子や衣服を買う子、いろいろ。なるほど、子供たちも働き手。電気水は。地主と折半、建設費もほとんど回収できた。え、どうやって。一世帯月300ペソで年80000ペソは入ってくる。タンク、給排水、配線工事費は8年ね、メンテンナンス費入れても少し黒字。ゴメスは圧倒される。
 では次に教育費について伺います。貸付よ。子供に。当たり前でしょ、タダほど高いものはないというでしょ。それはそうですが、返済は。まちまちね、給料から返済する子もいれば、学校を卒業してからの子も、短期は10%長期は15%の金利。これは驚いた、回収は。95%ね、病気をしたり子供が進学するとかの事情ができた子は延長してあげるの。
 マムそれを証明できるものはりますか。あるわよ、この通帳、これは牛、牧場関係、こっちは馬、電気水道、鶏は教育費。ちょっと見せていただけますか。500ペソ。え、有料。キャッシュ、ちょっとだけよ。本当だ、黒字。写していいですか。テレビは100000ペソ、税務署にバレタラどしてくれるの。大丈夫ですよ、マム。既に税金引かれてますよ。そうお。どうやら坂本の危惧に終わりそうだ。役者が違う。この子は弁護士になって金利のほかに寄付もくれるの。この子は医者貧乏してるは、金をよう取れないのね。この子は学校の先生頑張っているわ。

 あの神父をどう思いますか。あれは神父じゃなく宣教師、よくしらべておきなさい。失礼しました。彼が憎いですか。(愚問ね)私は今成長した子供たちが面倒みてくれているの。いろんなところに旅してゆくと大きくなった子供が家に泊めてくれるの。これは私の休日。20年ぶりね、自分のために時間を使うのは。ゴメスは宣教師を糾弾し返す刀で児童擁護政策を切るつもりでいた自分が小さくみえてきた。そうですか、子供たちは貴女の帰りを楽しみに待っているでしょうが、良い旅を、本日は貴重な時間を私たちにありがとうございました。いいのよ、あなた聴き上手だからいい会話ができたわ。

 ゴメスの報告は少し坂本の予想に反した。それは彼女がそれだけ偉大だということ、お前の、ジャーナリストゴメスの取材をそのまま続けたらいいんじゃないか。聞上手の意味か、お前の話し相手が喋り易い、気持ちよく話すことができる、ということ。お前は彼女に好感を持たれたのだ。それならば俺はうれしい、明日は子供たちにインタビューする。
 君たち元気か。元気じゃない。どうして。お母さんいない。お母さんは太陽みたいな人、いないと暗くなる。そうか、そのうち帰って来るさ。いつ。わからない、けど、長くはないと思うよ。あのミシオナリー僕たちを殴るんだ。うそだろう。ほんとうさ、ほら。少年の頬にあざが。こいつは脚を蹴られた、ここ。本当だ、痛かったかい。平気だ、アイツ牛が怖いんだ、なあ。犬も怖がるのよ。5歳くらいの少女も話に加わる。どうして殴るか教えてくれるかな。決まってらー、お金さ、お金はすぐ預金するからアイツは使えないのさ。お母さんいないのにどうやって預金するのかな。小父さんが送金してくれる。牛の通帳に。そうだ、おじさんよく知ってるね。昨日見せてもらった。ほんと、どこで。バギオの弁護士の家だ。弁護士のお兄ちゃんのところにいるのか、なら安心だ、元気にしてたかい。ああ、元気にしてた。子供たちが歓声をあげる。でもバギオは寒いから風邪引かない。今は夏だから大丈夫。そのうちお兄ちゃんがバギオに招待してくれるって言ってたじゃないか。
 子供たちの話は小父さんの通帳で確認できた。逆に教育費、電気水道代は振り込まれていた。信頼し合っているのだ、とゴメスは思った。すると小父さんは語り出した。なに、俺が払っておくといったのさ、すると、こういうことはきっちりしておかねばなりませんと。おこられた。そうなんだ、日本の女は怖い。わかります。だろう、あの電気水道も、おーい、来いよ、社長だ。この社長は材料費だけでいいといったんだ。従業員の給料は、あなたの生活費はときたもんだ。あの話か、驚いたな配線配管を上に持っていけって言われたときは。え、水道管を、あの屋根づたい、電線といっしょにあるやつ。そうだ、あの高いタンクから給水するから水圧は十分でしょ、ってなあ、びびったよ。いい物干しになっている。修理もしやすい。そうなんだ。
 それによ、電灯は台所、トイレにまでつけるんだ、外灯もだ、スイッチをまめに切るように言われたものだ。そうそう、センサーライト日本から取り寄せてくれた。玄関につけると防犯にもなる。俺はお客さんの玄関駐車場などにつけた、感謝された。日本製品はすばらしい。今は電池式だがフィリピン仕様で売り出したら儲かると思う。だいぶ儲けたじゃないか。少しだけだ。
 道理でここはすっきりしている、排水はどうなっているのですか、とゴメスが話を戻す。排水は埋設管を通って浄化槽に集められる。浄化槽は曝気式の100人槽で逆流防止の開閉口もある。あれはソーラー発電機ですか。そうだ、マザーがとりよせた。停電のときにモーターだけでなくLED電灯も使える。これだけの施設はマニラでもめずらしいですが、世帯月300ペソでいけますか。俺の計算では500で20年だな、回収に。そうですか、最後の質問です、マザーの存在は。
 いてくれるだけで安心できるんだな。そうだ、彼女が来てから諍いがなくなった。いつの間にか人が集まっていた。何より病気がなくなったことよ。それもあるけど学校へ行けるようになって、食べていけるようになったことよ。オバちゃんたちも口をはさむ。そうですか、彼女は空気と太陽みたいな存在ですか。兄ちゃんうまいこというわね。ありがとうマム、本日の取材協力に感謝します。

 ゴメスは宣教師の取材をテレビ局のスタジオで行うことを提案した。テレビ局も同意した。出演料につられてやってきた。本日は児童擁護施設法の施行に向けての問題点を探って参ります。ゲストにはこの問題にお詳しいルイス神父にお越しいただいております。神父、本日はありがとうございます、さっそくこの法案についてお聞きします。いい法案だと思います。ただ、もっと早く制定施行されるべきでしたね。親にも家族からも見捨てられた子供はたくさんいます。廃棄物処分場でペットボトルを拾い集めてその日その日を生きているのです。
 神父は児童擁護施はどうあるべきとお考えですか。孤児、あるいは虐待されたこどもを擁護するだけでは不十分で、自立できるよう育てていくことだと思います。それでは神父ご自身が運営されている施設を紹介しましょう。画面にはご意見ご感想をお寄せくださいとの字幕が流れる。今こどもたちは何人暮らしていますか。20名あまりです。神父はフィリピンにはいつこられました。1991年3月。それ以来こどもたちを育ててこられた。給料の一部を当てました。失礼ですが給料は幾らぐらいですか。それはちょっと。
 では、ここでコマーシャルを。画面では子供たち、小父さん、建設会社社長などのインタビューが放映されていた。ルイスには視聴率1%につき10万ペソの報奨金が出されることになっていた。36%を超える視聴率が示される。ルイスの顔がゆるむ。と同時に意見感想の電話メールが殺到していた。それが順次紹介されてゆく。この国のコマーシャルは10分を超えることもめずらしくない。スタジオでは次の放映までの時間が表示されている。珈琲を飲みながらゴメスと雑談するルイス神父。次は施設認定とNGOの援助に入りますので。にっこりうなずく。テレビ局のサイトには全国から書き込みが広がっている。
 それでは次に児童擁護施設の認定基準について検討しましょう。ルイス神父、この基準は如何ですか、国民の税金を使うのですから妥当な基準でしょう、いくらいい法律でもこれが適正に運用されなければ絵に描いた餅になります。手続きをスピーディーにやって欲しいですね。なるほど、公務員には国のため国民のために働いて欲しいですね。おっしゃるとおりです、認定が下りるとフィリピン政府の援助だけでなくNGOの援助も期待できます。つまり多くの外貨を得る事ができるのです。今認定の見通しは。もうじきというのですが、もう一ヶ月が経過しました。NGO援助も認定がおり次第送金するとの連絡をもらっています。
 外貨が施設に使われると波及効果で経済にいい影響を与えますね、この国の政府は何をやっているのでしょう。困ります、今放映中です。なら好都合だ、ようルイス、元気か、持ち逃げした5000ペソ返してもらおうか。こいつはトンドの子供たちがペットボトルを集めた売上の5000ペソを持ち逃げした下種な野郎だぜ。どこをうろついていた、探すのに苦労したぜ、まったく。これは予期せぬハプニングです。あなたは。予期しないからハプニングってんだ、おれか、こいつとは悪ガキ時代からからのだち、なあルイス神父。
 彼の言っている事は事実ですか、ルイス神父。トンドを出て一山当てて金を倍にして返そうと思った。騙されたとき自分より上手がいると知った。ポリスにパトラをせびられ自分の未熟さを知らされた。ある日宣教師の車に忍び込むと着いたところは温泉リゾート。飲んで食って、残り物を食ったがこれはうまかった。思い切って話した、食わしてくれたらなんでもすると。掃除洗濯使い、なんでもやった。説教を丸覚えした、これはいい商売だ、俺の天職と知った。で、稼ぎは。そこそこだ。結構じゃねーか、5000けえしてもらおうか。今金はない、臓器で払おうか、釣りはトンドのこどもにやってくれ。いい心がげだ。施設の子供のインタビューが放映されているからお前も商売できないだろう。いい病院に連れて行ってやる。腎臓の一つで方がつく。命には問題ない。
 でも悪いことしたな、せっかくの儲け話ぶちこわしてしまって。いいんだ、あの施設のこどもたちは幸せそうな顔をしていた、子供のころを思い出すと彼らが憎たらしく思えた。わかるぜ、兄弟、経営者は日本人、NGOの援助が見込めるとくりゃほって置く手はない。途中ですがコマーシャルの時間です。引き続き皆さんのご意見ご感想を紹介してまいります。

 セール今度の取材で多くを学んだよ。よく聴くことは相手がよく話すことになる、日本人マザーのおかげだ、持ち逃げの取立ては本当にハプニングだったらしいがルイス神父の気持もわかる気がしだした、もう一度彼と話してみたい。それはいいことじゃないか、それと出版おめでとう。サンキューサー、最初ルイスの糾弾ばかりを考えていたが自分の考えを排除すると真実がみえてくる、真実は事実の中にある。事実をいろんな角度から見つめると隠れている真実をみつけることができると学んだ。すぐれたジャーナリストだから悟ることができたのだ。ルイスはこの国の政治に光をあて国民の目をこれに向けさせたと評価できないでしょうか。いえるな。彼が児童擁護施設を運営すれば、いいものができると思う。改訂版にそれを書き加えたらどうかな、海外からの翻訳出版が申し込まれているとか。そうします、今満足しています、金よりも達成感、この国に欠けているものはこれだ!ゴメス、しばらく身体を休めておけ、こんどの取材は命懸になるぞ。本望だ。

 職業訓練校

 清美は職業訓練校設立に意欲を見せる。常男と花南は日本巡礼の旅に出るそうだ。
直が紀和の面倒を見てくれるので職訓を見て回る。ここの技能程度はどれぐらいですか。
工業高校レベルですよ。先端技術は。企業ですね、大企業か町工場。体験できますか。
むずかしいでしょうね。これが日本を支えているのでしょうか。それは言えますね。

 和雄と洋平に相談する。とにかく当たってみよう、近くの町工場をたずねる。一週間の
体験をお願いします。技能の習得には長い年月が必要なことはわかっています、でも
職人気質、心意気は現場でなければわからないと思うのです。ご迷惑でしょうが何卒
機会を与えてください。わかった、明日からきなはれ、けどな技能は教えられんで盗む
もんや、先輩の仕事を見て腕を盗み取るんや。川田製作所の社長は人のいい70過ぎ
だが、仕事には叩上げの気質を見せていた。
 清美は髪を短く切り落とす。化粧もせず、朝早く工場に向かう。箒を持って雑巾を
しぼる。あの娘根性ありそうやな、社長の奥さんがつぶやく。おはようさん、今日から
一週間体験研修する山田さんや、面倒みたって。山田清美です、よろしくお願いし
ます。はきはきしてて気持のええ娘やな。うちはな、へら絞り加工の町工場や。従業員
3人全部で5人。
 これが材料、これが製品。うそ、この金属板がこんなきれい製品になるのですか。おい、
みせてやり。マフラーの先をつくってみせる。神業、あなたの手には神がいる。おもろい
こという娘や。ねえちゃん、国は。フィリピンです。ちゃうがな、出身。バナウエです。親父
さんこいつ日本人とちゃうでえ。ほうか、日本人に見えるけどな。手に神がいるや、いうか。
ほうやな、けど、お前ほめられたんちゃうか。おやっさん。どや、やってみるか。はい!
 清美は回転する金属にへらを当てる。音を探る。そや、ええ音や。そうそう。どや、浩。
いけますね。あんたどこでなろうた。ここで習いました。初めは少し強く押してここからは
少し力を抜きました、よろしいでしょうか。よろしよろし、けど、力加減は。音を聴いていま
した。こりゃ、天才じゃ、浩ここはこの娘にやらすよって、あれ仕上げてくれるか。金が
いる。任して下さい。頼むでえ、ねえちゃん、いくか。はい。
 やってみ。はい。板はこないしてはさむ、これがスイッチや。わかりました。回転する板に
へらが当たる。清美の目と耳はその接点に集中する。ようでけとる、けど、これわかるか。
社長が製品に手を当てる。さわってみ。はい、二ついぼがあります。そうや、いぼをとった
りな。できません。こうやんのや。わかったか、もういっちょのほう。やります。でけた、えらい。
社長さん手を握らしてください。手袋とって社長の手、腕をさすってゆく。けったいな娘や。
どや今日中に300やったら給料うつでえ。300もやらしてくれるんですか。やらしたる。
 清美はうれしそうにへら絞りに取り組む。ほい、ねえちゃん。はい。そうや。気をつけます。
なんやあの娘、あんたの若い時分とそっくりやな。ほうか。あの腰つき。しょうもない。
 昼休みになった。浩さん。はい、おかみさん、もうちょっと、先にどうぞ。おやっさんお願い
します。これなんですけど。これでええ、飯にしょ。ありがとうございます。なんや待ってて
くれたんですか。浩さんをおいて、さあ、いただきましょ。いただきます。家族で食卓を囲む
感じだ。おかみさん、うまい、私腹減ったから。そう、しっかり食べて、よう頑張ったねえ。何
笑いよん、このこ。あのな、女はお腹空いたからおいしい、じゃ。男みたいや。5歳くらいの
女の子がくすくす笑っている。ごめんなさい、日本語は男と女では表現が違いますね。
 ええんよ、気にせんで、ほんま、山田さん日本人ちゃうの。祖父が日本人でした。そう、
でもきれえな日本語やわ。恐れ入ります。お仕事は。大学院で日比文化比較を研究して
おります。なんでこんなきれいなお嬢さんがこんな町工場で。へら絞り加工製品にはどんな
ものがありますか、また、この工法の長所は何ですか。学のある人は言うことがちやうな、浩
さん。
 製品か、医療機器部品、業務用洗濯機部品、照明器具、パラボラアンテナ、導波菅等
通信機器部品、IC、CD、液晶等の製造設備、特殊暖房器具部品、学校給食等
業務用厨房設備部品、化学機械部品、ディスプレイ用品、遠心分離器、などなど。また、
へら絞りの長所は設備が少なくてすむことかな、サイトをみるといい。
 ありがとうございます。へら絞りはどんなじですか。こうだ、へらで絞る。へらで絞る。そう。
なんぼでけた。128です。ほう、たいしたもんや。こりゃ300いくな、今日は歓迎会やろう。
浩、わしも手伝うよってはやいとこおわらそ。そうしますか。あのう、300できたら次は何をやら
せていただけるのでしょうか。やらせてあげる、好きなもんやんなはれ。おい、見本みせたげな。
任しとき、私と一緒にやりまひょ。お願いします。

 午後からは清美の作業は順調で三時前に300を完成させる。ご苦労様おやつにしましょう。
私やります。ええんよ、手を洗っておいで。はい。おやつよー。機械が止まる。おやっさん、
終わりました。わかっとう、ええ音しとったが、あの音でこっちも捗ったがな。これは何ですか。
これはういろです。なつかしい味がします。ほんま、なつかしい味や。
 あれは何ですか。あれはうちのバカ息子です。本当ですね、今頃起きてきて何か仕事を
していたのですか。寝ていたのです。理由もなく、この時間に起きてくるとは、ぶとどきな、
営倉に入れたら如何でしょう。ほんま営倉入りや、あんたが甘やかすから跡は浩さんに継いで
もらい、このバカ掃除にでも使うてやってな。あんた見ん顔やけど誰や。翔、これつくった人
や、ようみい。これか、まあ商品にはなるんちゃうか。
これが日本の男ですか、こういうのもいるのですね。清美は泣き出す。祖父が命を懸けて
守ろうとした日本の一面でもあるのだ。無気力な青年、家にとじこもり寄生虫のような生活。
向上しようとしない者は人を尊敬することができない、清美のさけびは聴く者の胸に突き刺
さった。
 川田は悲しそうな声で言った。翔顔洗って、これをつくりな。この娘は今日始めてへらを持った、
これ以上のものができなんだら飯くわしまへんで。お父さん、そりゃ殺生や。そうや、殺生や、
生かすも殺すもこれの出来次第や。翔が顔を洗ってくる。ジーンズからシャツがはみ出ている。
つなぎ着てこんかい。何時になく厳しい父に驚く。
 さてやるか浩。はい。山田さん、こんなのどう、私前からつくろうと思うとったんよ。シチュー
などを温める容器だ。おかあはん、ほれはプレスでやるもんや。わかってるがな、へらで挑戦
すんのや、しゃんしゃん自分のしな、ほれと仕事場ではお父ちゃんは親方、お母ちゃんは 
おかみさんや、わかったな。翔は両親にはじめて恐れを持った。清美にも四方形のものを
へらで加工することはむずかしいと思われた。新聞紙に型をとってみる。四隅は切り落とすか
折り重ねるしかない。ほうなんよ、隅がなあ、とおかみさんはステンレス板に罫書する。試作
してみるか。型をとると隅を温めながら折り重ねる。内側か外側か、右か左か、少し迷うが内の
左にする。削りをかける。大きい弁当箱やねえと20ぐらいの従業員が冷やかす。いわんといて。
 あのう勝手を言いますけど親方の仕事を見学してもよろしいでしょうか。ええよ。しかし親方と
浩からは青白い炎が立っていて清美は近寄り難い。これだ、日本の仕事は、修行でもある、
永く続けていると宗教家の顔になる、清美は心の中でそう叫ぶ。おう、やったな。はい。
二人の表情がゆるむ。清美はそんな二人に畏敬の念を抱くのであった。

 川田が電話をかける。でけました、あとちょっとでお届けします。ほんま、助かるわ、今から
取りにいく、請求書切っておいて。間もなく注文主がライトバンでやってきた。おうおう、よう
でけとる、さすが川田製作所、うちも明日納品できるがな、奥さんなんぼや。3割乗せて特急
料金や。川田はん、おおきに、もうていくわ。若い従業員がバンに積み込む。ほな奥さんこれ。
まあ、おそれいります、あんたご祝儀いただいたわよ。すんまへんな。こっちこそ、無理な注文
受けてもろて、ほな、いそいどるけんとバンに乗る。おかみさんは小切手を手に満面の笑み、
これから歓迎会と慰労会や。
 翔は悔し涙を流していた。清美のマフラーと見比べている。清美は意を決して近づく。そんな
音じゃないでしょ、その音、しっかりおぼえて、息を止めて、身体で押すの。なんでや。甘えよ。
私はここに一週間しかおられないのよ、フィリピンは仕事がないの。清美の顔は天照大神に変わっていた。翔は畏怖をおぼえた。

 親方弟子にしてください。もういっぺんやってみい。はい。それや、腰で押せ。はい。ええ感じや。翔は静かに息を吐いてゆく。吐き切ってへらを離す。どや浩。いけてます。ねえちゃん。はい。
そうか、よっしゃ、弟子にしたる。けど、新米や、掃除からはじめなはれ。ありがとうございます。よし、おかみさん新米にも食わしてやってんか。

 清美の歓迎会となった。翔、ねえちゃん、いや清美さんのおかげで営倉入りせんですんだ、感謝し。しかし清美さんの熱意はすごいな、圧倒されるわ。そんな、貴重な体験させていただいて、でも日本にいられるのもあと2週間です。日本を肌で感じて帰りたいと思います。こんな町工場ではたいしたこともでけんが。いえ、昨日ここだと思いました、今日間違いなかったと確信しました。大人しいけど芯のある娘やねえ。翔さんには出過ぎた真似をいたしました。お許し下さい。何おっしゃる、清美さんのお陰でバカも目が覚めたようやし、ほんまに感謝してます。おかみさんのプレートは今晩よく考えてみます。
 さあ、乾杯しまひょ、あんた。ほな、清美さんの歓迎と納品を祝して乾杯。かんぱーい。うまい。浩さんよう頑張ってくれたな。正直だめかと思いました、彼女が近づいてくると気が楽になり息ができるようになりました。わしもや、大学でのお嬢さんの気まぐれと思うたが気迫に圧倒された。あのへらの入方はおやっさんかと思ったよ、俺も5年目であのマフラーぐらいだった。浩さんもそない思うた?この人な、東大出て阪大の大学院におったんよ、うちに来たときはほらびっくりしたがな。
 浩さんはどうしてここに。あんたと同じさ、神の手を見た。俺は神など信じないがこれは人間業では
ないと思った。人間を超えるものが神なら神、鬼なら鬼。技術は技能が見つけたものを言葉にしたもの、過去の経験だ、それは貴重な先輩の遺産ではあるが、未知のものに挑戦するときには無力だ。技能が可能にしてくれる。答えは技能の中にある。技術は知識、技能は体験つまり感覚ということでしょうか。そうだ、技能を海原にたとえるなら技術は砂浜、いや波打ち際かな。わかる気がします。いや、君はわかっている。NASAから注文がきたとき、親父さんはできないといった、しかしこれならできると言った。設計者がアメリカからとんできた。親父さんの手をGod hand 神の手と言った。製作不能な設計?そうだ、俺が設計どおりに製作したものと親父さんの製作を見て自分の誤りに気付いた。この神の手をとって”これが自分の誤りに気付かせてくれた”と感謝したのだ。それは宇宙を飛び続けているのですね。ああ、世界でただ一つ、川田製作所しか創れなかったものが、俺は50年後には親父さんを超えてみせる、それまではここにおいてください。それは楽しみね、50年先の川田製作はどないなっとるやろ。

 このこ、清美さんは国に帰って職訓をつくるそうや、この若さで生協の理事長をしながら人類比較の
研究もなはってはる。志が違う。お爺様が日本軍中尉であられた。あんた緊張しとん。ほうや。えらいわねえ、むずかしい学問なさってはるのに今朝ははよから箒掛け雑巾がけしてくれたんよ。私も50年先にはおかみさんを超えてみせます、それまでここに寄らせてください。これは楽しみが増えたがな。
 坂本は毎日skypeで清美から研修の話を聴くのが楽しかった。やはり清美には神憑り的なものがあると感じた。浩に少し嫉妬した。清美は彼に好意を抱いており愛情に変わる可能性もあることに気付いていない。それもいいか、それだけの男ならば。一週間の研修は清美にも川田製作にも貴重な体験となった。バカ息子翔が別人のように働きだした。親方おかみさんのうれしそうな顔は川田製作に未来を感じさせる。
 清美の送別会が始まる。あんた挨拶しなはれ。親方川田はおかみさんに仕切られている。山田清美さんの送別というか、餞別というか、まあ、職訓の成功を祈念して乾杯しょ。これは給料と餞別や。困ります、体験研修の費用もお支払いしてないのに。あんたは銭の取れる仕事をした、餞はみんなが出しおうた、これは高うつくでえ、今度くるときは土産持ってこなあかん。清美は金を数える。こんなに、フィリピンの学卒の給料半年分です。あ。んさんはほれだけの値打ちはある。清美は正座して、かたじけのうございます、土産につきましてはよく心得ておきます、と挨拶した。

 ほな、乾杯しょ、浩はん。はい、では山田さんの今後の活躍と川田製作所の発展を祈念して乾杯!かんぱーい。山田と川田で山川や。赤穂浪士の討ち入りか。”あのう、誠に失礼とは存じますが川田社長に神の手がありながら川田製作所は何故金持ちではないのですか、ビリオンぐらいのお金があってもおかしくないと思います、”と清美。ビリオンてなんぼや、浩。100万の1000倍、10臆ですか、日本経済は二重構造と言われる。中小企業は大企業の下請けをして食っているから搾取されるのだ。昔は商人に絞られてきた。へら絞りですか。そうだな、それと職人は金を考えるといい仕事ができない、金に頓着するのは卑しいと考える。金に頓着することが卑しいのですか。一般的に日本人はそう考えるが職人はとくに強い。信じられません、お金は必要でないのですか。
 なんていったらいいかな。金は必要や、毎月遣り繰りに追われとる、男は見栄張りやけん女は苦労するんよ。おかみさんの言われるとおりだ。見栄は一時的満足に過ぎない。俺はNASAからの注文に親父さんの見積の100倍の見積を作成した、つまり成功報酬5000万。NASAはどれだけの利益を得たのですか。数百億。その5%の報酬が妥当でないでしょうか。大企業の紹介だから強いことは言えない辛さがある、大企業はその半分のマージンを得たはずだ。植民地の搾取よりひどい。
 俺は親父さんに反対してでも俺の見積を出すべきだったと今でも思っている。しかし、おれは設計ミスに気付けなかった。神の手を持つ親父さんに意見するなどとてもできなかった。早く親父さんに意見できるようになりたい。あんた、それまで死ねへんな。ほうやな。
 町工場が直接受注するシステムをつくらないと日本は潰れる。中小等企業等組合法を勉強している。共同投資、受注発注、教育、福利厚生、など共同化すれば各企業の独自性を保ちながら大企業に対抗できると思う。これは君の研究テーマにもなる。中小等企業等組合法、清美が復唱する。
 神の手がなくなる。そうだ、大企業の海外移転は空洞化を招き技能の伝承がむずかしくなってきている。しかし中小にはチャンスでもある。共同化すれば大企業の下請けから抜けられる。技能は中小企業が持っている。やっぱり学のある人はいうことがちゃうね。おかみさんの弁当箱をへら絞りでやったら画期的なものになる。不可能に思えるものに挑戦する人間が社会を発展させる。人は何をしたかではない、何をやろうとしたかだ。私もそう思います。フィリピンはやろうとする気がない、仕事がないから、仕事を取るにも技能がない、何も修行のない国です。
 それで職訓を。はい、同じアジアの島国で国力が数百万倍も差があるのは何故か、両国の文化比較をしてゆけば答えがみつかるのではと思いました。早く職訓を普及させてこの研究に邁進したいです。皆様講師としてお力お貸し下さい。ほうやのう、浩にきついこと言われたがほんまや、職人は仕事だけしとったらええ時代でのうなった、しっかり稼いで研修旅行にフィリピンへゆくか。あんた、ええこというやない。浩はん、経営的にも川田製作所を支えてな。いえ、経営的なことは修行の妨げになりますよってに。浩、親。っさんに似てきたな。初めて大阪弁使いよった。日本の企業は家族なのだとつくづく清美は思った。

 清美は時計を見て挨拶をする。お名残は尽きませんがそろそろ失礼させていただきます。ここでの研修はわたくしの一生の宝になると思います。皆様のご厚情に感謝申し上げます。両手をついて頭を下げる。日本にきたら忘れず寄ってな。ありがとうございます、おかみさん。お土産もな、若い従業員が冗談ぽく声をかける。わかっております。これ持って行き。山田清美さんへとのネームプレート。このひと昨日の夜一仕事したんよ、バッグにでも付けて。親父さん、、。

       巡礼の旅

 常男と花南は阿波の徳島に向かっていた。バスは明石海峡を渡る。きれいな海。ああ。淡路を抜けると鳴門大橋。眼下に大渦が巻いて流れる。今日は大潮、一年で一番大きい渦が観れます。運転手がアナウンスする。乗客は5人。どれくらい。大きいのになると20m、迫力ありますよ。観て行きましょ。そうするか。熟年夫婦が常男に声をかける。ご一緒にどうですか。花南がうなずく。この橋の上から観るのが一番です、遊歩道がありますから、次は鳴門に止まります。お客さん、払い戻しです。あら途中下車なのに。料金表のとおりです。
 運転手は荷物を取り出すとこの坂道きついので気をつけてくださいと案内する。客待ちが一台。運転手が交渉、千畳敷まで千円4人やったらバスより安い。そうね、タクシーにしませんか。ええ。では良い旅を、とバスの運転手。ありがとね。婦人が手を振る。

 タクシーは小鳴門を渡る。高島ですわ、今でも渡しがあります。お客さんどちらから。東京、お宅さまは。フィリピンです。まあ永住なさっておられる。ええ。ここが土佐日記に出てくる土佐泊まり、紀貫之が泊まったんですわ。それで土佐。土佐への転勤、宮仕えはつらいですなあ。まったく、初めて男の方が口を開いた。左はお客さんが通った鳴門大橋、前が和歌山。おお。紀伊水道です。ここの砂浜はきれえですよ。歩いてみますか。いいの。ほんと細かい砂ね。淡路島近いな。南端。南淡路の南淡。なるほど、阪神大地震の震源地は北淡路の北淡。ここに住んだら素敵でしょうね。ほら止めといたほうが、マゼが吹いたらこの砂が舞い上がって洗濯物がわやですがな。運転手さんよく知ってるわね。東大丸暗記科出てますんじゃ。あ、若布舟が戻ってきよう、鳴門ワカメは一見の値打ちがありまっせ。いきまひょ。
 喫水線まで沈んだ舟が帰って来る。ワカメって緑じゃないの。まあみよんない。水揚げされた若布は釜に入れられる、熱湯に触れたとたん鮮やかな緑色に変わる。きれい!ねえさん、ちょっとくれへんか。これ持って行き。干された若布を2本取る。天日干し。ほら天日が一番。おおきに。お客さんお土産に持って帰り。おい、写真撮ろう。水揚げの、釜茹での若布を撮る。私も撮って、よろしかったらご一緒に。ではお言葉に甘えて。どうぞどうぞ。わいが撮るわ、ご主人もはいって。アングルは、若布と、もいっちょ、大橋。淡路もお願い。ありがとう、きれいに撮れてるわ。日大の写真科もでてますんや。
 運転手は助手席に若布をぶら下げる。お客さんのご予定は。とくにないけど一番札所だけはね。ほな3000円で行かしてもらいますが。え、全部で。全部、四国に来てくれたお嬢さんに接待せなどないします。じゃ、お願いするわ、運転手さんお昼奢るから美味しい店に連れてって。任して下さい。けど、潮の時刻があと半時間、先渦に行きまひょ。そうね、こちらさんよろしいですか、ごめんなさい勝手に決めて。謝るくらいならおたずねしてから決めろ。後からぐずぐず言うの男らしくない。まあ、夫婦喧嘩は今夜やってつかい、渦に行ってええかいな。行っていただきましょう、ね、あなた。花南がたずねるように決める。運転手さん、行ってくれ。では千畳敷へ発車、オーライ。All right 花南が答える。女はあれでなくては、ふん何よ。

 文部省唱歌 「鳴門」

阿波と淡路のはざまの海は、
此處ぞ名に負ふ鳴門の潮路。
八重の高潮かちどき揚げて、
海の誇のあるところ。

     山もとどろに引潮たぎり、
     たぎる引潮あら渦を卷き、
     卷いて流れて、流れて卷いて、
     空にとびたつ、潮けむり。

         裸島より渦潮見れば、
         胸も波だち眼もくらむ。
         船頭勇まし、此の潮筋を、
         落し漕ぎゆく、木の葉舟。

これは宮本村雄さんが応募して全国で歌われたもんです。旧制中学校の国語の先生やけん、うまいな。これから橋渡りますけど観潮船のおるとこ、渦が巻いてるでしょう。貴重品は持ってくださいね。おお、これは景観。まるで川の急流みたいですね。そうですなあ。常男と男は感嘆する。では参りましょうか、と運転手。
 この橋は鉄道併用の予定でしたが、変更になりましたんや。道路の下、線路引くようになっとるでしょ。ほんとだ。
中に入ると大勢の観光客。歩道橋は厚いガラスなので下がよく観える。こわい。大きな声を出すな。だって。観潮船の上からのぞく。うおーっと歓声。まさにたぎる引潮あら渦を卷き、ですね。いかにも。絶景かな。のう。そうですねえ、日本の海峡、ハザマの海というのですね。そのようじゃのう。クーヤあれなる島は。あれなるは裸島。して木の葉舟はいずこに。今日は休んどります。左様か。あの渦は深さ200mに達しまして飲まれると遺体はこの先10km辺りに浮かんでくるそうです。うそ、信じられない。お嬢さん、わい暗記科卒業しとんでよ。まあ、あとでわかりますわ。でも世界一いうだけのことあるわね。
 写真を撮って引き帰す。いや、やっぱり怖いわ。入り口に着くと運転手が県の職員に直接質問するよう勧める。橋の下、水深200mくらい。いえ、もっとあります、正確な測量はできておりませんが、数百m以上と推定されております。では、渦の深さが200m。左様でございます。木の葉舟は如何いたした。はあ、船頭に急用ができまして休んでおります。残念、勇姿は観らねぬか。こちらのヴィデオに映像がございますが、ご案内します。このメニューの中からお選びいただき、ボタンを押してください。かたじけない。

 よかったわね、来て見て。本当だ。バスの運転手さんにお礼言わなくちゃ。お腹空いた。あの石碑アップで撮って。よくしゃべるな。あなたは。腹減った。ならいいじゃない。お昼にしましょうか。何が美味しい。鳴門に来て鯛をくわにゃ、この時期は桜ダイといわれるほど綺麗で美味い、これ以外にございません。店は昼時客が出たあとか、空いていた。一人2000円でやってくれ、上物な、量より質。わかった、これどうだ、おう、いいな。今獲れたばかりだ。まな板に載せるとあざやかに捌く。刺身でお召し上がりください。いやあ、美味しい。うむ、美味じゃ。さればビールがよいかの。生ビールになさいますか、生4丁。お前は茶でいくか。ありがと。酒なしでもいけるな。どうして美味しいの。この潮に揉まれて身がしまってますから。

 これほど美味い鯛は初めてだ。おそれいります。今鯛めしをやっておりますんで、茶碗蒸しでも。渦観て鯛食うて幸せ。四国は初めて、いいところね。運転手さんお名前は。三木武雄。うそ。本当。私奈美子。うそ、本当。禅、問答でござるか、それがし山田常男にござる。花南です。私鳩山一夫、家内です。武雄って、どんな字。なんだ、一字違うじゃない。お嬢さんは。なんだ浪子じゃないのか、これは結ばれまへんな。どういうことかの。
 三木首相はここ徳島出身ですが武夫と書きます、小説不如帰の主人公は武雄、相手は浪子と書きます。ようわかりました。塩焼きお待ち。これも鯛かの。いかにも炭火にて焼きましてございます。おう、これまた美味なれば酒を所望致す。されど札所に赴くなればお控えあるべし、夕餉になされるがよろしいかと。左様か、ううん、おまちとは。お待ちどうさまを縮めたものに。日本人は単語を縮めると記しておけ。はい承知、うん?致しました。
 山田さんフィリピンはどちらに。バナウエに。そうですか。あらどこなの。世界遺産のライステラスのあるところだ。鳩山の言葉はそれ以上きくなと言っていた。鯛めしは小さな釜に鯛が乗せられていた。いい匂い。お吸い物の若布さきほどの。そうです。なつかしい味がする、この魚とのコンビナシオンがまたよい。鯛ですよ。鯛は煮ても焼いても生でも食える。そうですな、煮てよし焼いてよし、これは絶品だ。ありがとうございます。なんぼ仕入れた。三貫。いける。ほうか。標準語訳しますとこの店は一貫目の鯛を三匹仕入れたがお客様のお褒めをいただき安心したとなります。ほんと美味しかった。そうですね、これぞ日本と思いました。馳走であった、勘定を。お愛想。
 常男が払おうとすると、山田さん折半しましょうと鳩山が言った。全部割らせていだきましたと釣りと領収書を渡す。お手数をおかけしました、あの舟は。かんこ舟、親父の代まで使っておりました。かんこ舟のう。

 ここ甲浦と向こうの阿那賀とは大橋ができるまではフェリーが行き交うておりました。阿那賀、じゃあここからの途中で戦闘機に。ええ、あの風車の近くに記念碑が。なに。少年兵が対岸に渡るところをアメリカの戦闘機に襲われほとんどが殺されたのだ。まあ、いやだ。常男がみつめる。
 ここは堀越海峡、橋と漁が見えるでしょう。鯛は舟にあがったとたんに値がつきます。いくらぐらい。㌔5万円。え、サッキの鯛、18万7500円。大阪では倍になるでしょう。今夜は団体客が入っているので元は取れます。酒もよく出る。そうです。こっちは。ウチノ海、養殖と釣堀です。右手は北泊まりいうて天蚕糸発祥の地といわれております。渡しもあります。橋があるのに。すぐにわかります。四方見峠で車をおりる。その名のとおり四方を眺望できる。ホテルが
ありませんね、と花南が不思議がる。国立公園ですから許可はなかなかおりまへん。日本の海岸は公共なんですね。鳩山が何か言いかけたが飲み込む。観光地図を見ながら行程を振り返る。これから岡崎城をみてから札所に行きまひょ。いやあ、高い橋。お嬢さん歩けますか。無理よ。でしょう。それで渡しが、そうか。通勤通学買物に重宝です。料金は。市がやってますからただ。
No fee,free?と花南が叫ぶ。
 撫養街道を通って坂東へ。レンコン、梨多いのね。全国2,3番ちゃいますか。ここはドイツ人俘虜収容所跡、これもお勧め。常男花南には父、山田中尉が重なるのかじっくりと見て回る。第九初演の地なの。札所は。過ぎました。ええ。あの相輪が一番札所。驚かさないでよ。山田さん熱心ですねえ。いいのよ、私トイレにいってくる。

ここが一番札所霊山寺、ここからは歩く、遍路の第一歩。そう、行ってしまうのね、武雄。浪子達者で。携帯番号は、お金払わないわよ。言いますがな。そっちからかけて。三木武雄さんと。宿に困ったらかんぽの宿が安全有利です。世話になったわね、これ取っておいて。いけまへん、3000ってこっちがいうたのに。いいからガイド料込み。ほうですかでは遠慮のういただきます。ありがとうございました。お気をつけて。いくら払われたかな。5000円よ。では花南。はい。1000円を奈美子に払う。私が勝手にやったのですから、また主人に叱られます。いや、日本にはチップがないので
困っていました。ね、兄さん。花南の申すとおりです。あらご兄妹。いいひとね、三木さん。そうですね。

 四人は歩き始める。お接待を受けて遍路になった気分になる。新緑がまぶしい。2番札所極楽寺、いい名前ね。ご詠歌が流れてくる。 
     極楽の弥陀の浄土へ行きたくば 
     南無阿弥陀仏口ぐせにせよ 

歌謡曲みたい、そんな感じしない。そうだな、南無阿弥陀仏。ねえ、一番はどんなだった。

            
    霊山の釈迦の御前に巡りきて 
    よろずの罪も消え失せにけり

あなた、覚えていたの。まあな。うそ。お接待って、ただなのね、いいのかしら。みんなのやるようにしてればいいだろう。でも気になるわ、ねえ。ええ、私も初めての経験で驚いています。どうして見ず知らずの他人に親切になれるのか。
 6番安楽寺まで来た。私足が痛くなった、車に乗ろうか。歩かないと意味ないだろう。だって疲れたの。東京の方ですか、靴の紐をきつく縛ったら歩けますよ。まあご親切に。あらほんとだ、足が軽くなった。行きましょうか。調子のいい奴。今の方お知り合いですか。いいえ、いけない、お礼言わなかった。花南は常男をみる。常男は笑っている。
 9番法輪寺で奈美子が音を上げた。もうだめ、三木さんに来てもらいますから。また、勝手な。武雄さん、お願い、来て。なんだって。切りのよい切幡寺まで歩けですって、信心のない者は乗せないって言うのよ。でわ、そうするしかない。あなた負ぶって。何を馬鹿な。鳩山さん、ここまで歩いたのですからあと一つ、頑張りましょう。あとどれくらい。次が10番ですから。1割りね、よし、ラストスパートかけるか。
 しかし切幡寺まではとおかった。奈美子は泣きそうな顔。夏の陽も山の端に沈みかけていた。武雄、遅いじゃない、もうだめ、お腹ぺこぺこ。よう頑張りはった、温泉に浸かってマッサージしてもらいない、ちょっと飛ばすでよ。自動車道をぶんぶん。70kmの速度制限を。パトカーが追いかける。大丈夫なの。任せなさい。脇町インターを下りる。あら、いなくなった、どうしたのかしら。あきらめたんでしょう。国道192号の交差点パトカーが待っている。警察へ来てもらお。
 穴吹警察署に連行される。署長をお呼びしろ。制限速度70kmオーバーで逮捕しました。60kmや。免許取り消します。生活
できなくなりますがな。三木さん、その台詞は聞き飽きた。署長観光は徳島県の重要産業の一つ、東京のお客さんフィリピンからのお客さんに不愉快な思いさせてええんですか。作戦を変えてきたか。このお方のお父様は大日本陸軍中尉であられた、部下数十名の命と引換に自らの命を差し出されたのですぞ。パスポート拝見できますか。ほう、今の話は。概ね事実でござる。この男は”スピード違反の常習者”ですから利用されないほうがよろしいかと”申しあげておきます。ご忠告かたじけない。
 付いて来い、事故たら署長の首が跳ぶぞ。わかっとう。白バイがサイレンを鳴らして先導する。いや、けっこう飛ばすわね、こわい。清流にそった山道を登ってゆく。不思議に対向車がない。15分ほどで温泉に着く。白バイが向きを変えるとおおきにと三木が声をかける。サイレンを止めて白バイは引き返してゆく。どうなってるの。

 チェックインすると三木が風呂に案内する。お嬢さん方はそちら。わかってるわよ。町営の温泉だがいい湯だ。泊り客は10人。
野天風呂はたそがれの風情がある。日本の風呂は裸の付き合い場所でも。そうですなあ、と鳩山が応じる。振りチンは日本だけ
ちゃいますか。げに、これはまことに心地よきかな。生まれた姿はあれとこれですか、鳩山がめずらしく気の利いたことをいう。
 小さな食堂は5人だけだ。長湯しちゃった、湯中りしないかしら。おのみものは。生すぐにね。いやー生き返る、このビール
アサヒスーパードライ。乾杯もしないのか。旅に出てまでごちゃごちゃ言わないの、このあて、山芋。自然薯。美味しいわね。
よく歩いたから今夜はよく眠れるわね。東京のお嬢さんにしてはよう頑張った。10kmは歩いた。全行程はどれぐらいですか。
 1500km50日の行程ですわ。徳島は1番から23番まで発心の道、高知は修行の道、愛媛は菩薩の道、香川は涅槃の道、と
呼ばれますが理由があります。といいますと。初心者は足腰がでけとらんから平坦なコース設定。土佐に入ると海岸の砂利道
まさに修行ですわ、伊予はいよいよキツイ山岳コース。急なアップダウン。ほうです、讃岐は空海の生まれ故郷、全科目を履修
した証明書をうけとる。それを持って高野山で卒業さ証書をもらうことになってます。値打ちもんですな。下手な大学よりずっと
上ですわ。地図を指差しながら標高を折れ線に示す。
 鍋は猪鍋、今日捕まえたそうだ。これは美味い、日本の猪もいけるのう。フィリピンも猪いるの。いちど来られよ、馳走いたす。
失礼ですがお父様のお名前は。明憲ですが。やはり、たった今まで思い出せなかったが父は山田中尉に猪鍋をご馳走になった
と言っておりました。子供の頃の記憶なのですが囲炉裏を囲んでの鍋は望郷の念を癒してくれ、生きる勇気をくれたと語ってい
ました。してお父上は。20年前に亡くなりました。そうでしたか。

昭和20年の初夏、バナウエの滝に娘が身を投げた。命は取り止めたもの、よくよくのことであろう。 鳩山上等兵は別れ話の口実をつくるため新兵の藤井に偽装逢引を依頼した。その逢引を藤井に想いを寄せる娘が目撃したて自殺を図ったのだ。山田中尉は村長、娘の家族の前で鳩山に強烈な平手打ちを与えた。けじめをつけろ、自決は許さぬ。鳩山は土下座して家族に謝罪した。山田中尉も土下座して内密にしてくれと懇願したのだ。

翌朝、早くめざめる。よくねたわ、ばたんぐー。歩いてみますかと三木が誘う。きれいな川ね。この川は四国一の清流。四万十は。
有名ですけど国の調査ではここ10年以上これが1番です。そうなんだ、ゴミひとつないわね。これだけの清流にゴミを捨てることは
気が引けるのではないか。そうですよね。上までいきますか、この辺りは昔高天ヶ原と呼ばれていました。古事記の。そうです。今は
そらといわれてます。ですから、下に降りて行くとそらから来ました、いうんですわ。向こうが鳴門、皆さんは阿讃山脈の麓を歩いて
きやはった。けっこう歩いたのね。あの山は。こうつぁん、高越山にはイザ奈美が黄泉の国へ旅立った入り口がありますんや。
 朝食も歩いたあとは格別だ。今日は11,12で精一杯ですやろ、ちょっと案内したいとこがありますんや、金はかかりまへん。すぐそこ。車が止まると三木家の国重要文化財指定の案内が立っていた。標高552m平野部を見下ろすそら、なんだろう。茅葺寄棟造り、築1650年。28代当主が中に案内してくれた。武雄さんのご親戚。まあ、当主の話をきいておくんなはれ。

三木家28代当主は、記帳見て遠いところをと席を勧める。遠いところをようおいでくださいました。なにか、遠い昔のなつかしい感じがいたしますなあ、常男が感慨深げにつぶやく。そうですか。遠い昔とは千年以上昔のことと思われた。原体験というか、初めての地
なのになつかしく感じられるのだ。我が三木家は阿波忌部の末裔でして、今も天皇家の大嘗祭などにあらたえ、大麻を納めております。忌部は大和朝廷成立に重要な役割を果たしたとか、鳩山が身を乗り出す。そうです、神社建築大麻栽培を中心とした職業集団です。先程大麻町を出発して参ったのですが、途中で麻植という字が目にとまりましたが、やはり。ええ、麻を植え育てた農場でした。
 とくに阿波忌部一族は東に向かったそうですね。徳島、和歌山、千葉、茨城に同じ地名があるということは民族の移動の足跡なので
しょうか。おっしゃるとおりです。忌部は海人族、海部ですから海路の移動はおてのものでした。もともと南方系民族でした、ミクロネシア言語も日本語に似ているとききますが。イザなぎ、イザなみと同じ発音の単語があるということは、可能性は高いでしょうね。高越山は黄泉の国への入り口とこちらの三木さんに伺ったのですが、本当かもしれないわね、と奈美子がいう。
 当主は笑いながらつづける。高天ヶ原伝説は全国にありますが、私は、高天ヶ原はここ、木屋平と考えています。天皇という地名はこの西にありますが徳島にしかないでしょう。

 一時間ほど話を聴いて三木家をあとにする。穴吹川を下って脇町にゆく。うだつの町並みが保存されている。日本には古い木造の建築物が残されているのですね、と花南は興味深く観る。古い商家には舟着場が残っている。藍を大阪に運んだのであろう。ここはお登勢の舞台に出てきたのじゃないか。テレビでやってたわね。

 三木は時計を見て11番藤井寺に向かう。藤の盛りは過ぎていたが花南も奈美子もその色を愛でる。日本の四季を感じます、日本人が時間に神経質なのもこれじゃないかしら。そうね、そうかもしれない。ここから次の焼山寺までは気合を入れて行ってください、神山の役場で落ち合いましょう。三木さんまたパチンコ。性格の悪いお嬢さんやなあ、今日は入門を許されるかどうかがかかってまっせえ。
 遍路ころがしと呼ばれる山道は最初の難所だ。息も絶え絶えに寺にたどりつくと南無阿弥陀仏、おもわず口を突いて出る。甘酒の
接待。ありがとうございます。もうお昼まわっている、お腹空いたわ。下りはまたきつい。膝が笑う。もうだめ、先にいって。子供みたいなことをいうな。軍律厳しき中なれどこれが見捨てて置かれよか、戦友、靴紐を締め直されよ。御まじないをして進ぜよう。常男が靴の上から紐で縛る。あら不思議、歩けるわ、男もえらい違うわね。こっちのせりふだ。
 2時間で国道に出る。やったわね、お手つないで野道をゆけば、ぐーぐー腹がなる。なんだそれは。古い町並みに入る。元気なお遍路さんやな。何言ってんのお腹空いて死にそうなのに。焼山寺から、こっちにきない、岩豆腐わさびで食べるとうまい。腹にどんとくるわ。これが岩豆腐、落としてもめげへんと荒縄に括った豆腐を見せる。今日はどこまで。神山町役場、そこで拾ってもらうの。なんや、大日さんちゃうんか。ほな、お冷いきない。玉葱味噌つけんるんじゃ。おお、美味なるかな。なによ、このお冷、眼が回ってきた。それがしも。
 三木武雄から電話。何、酔っ払ったあ、どこで、ほっちに行くでわ。なんちゅう接待や。今日は終わりっていうけん。空き腹に冷を、女の
酔っ払いは始末におえん。ほうやな、ほこでうどんでも食べない。手え貸せ、連れていこ。しかし心地よき気分ですな。まったく。いざゆけ兵、日本男児。遍路酔わしてどないすんな。よろこんどう。アホか。このきつねうどん美味しい。空腹にまずいもんない。うちのうどんは美味いって評判でよ。これは失礼しました。おでんもおいしいでよ。これまた日本的であるよのう。もう一本いきますか。いこうぞ。いい気分ですな。
 この清流は。鮎喰川。鮎を食らう、うむ、鮎を所望いたす。クーヤ、貴殿の冷が寝た子を起こした、故に付き合え給え。そうですか、では。昼間から宴会かいな、偉い客に捕まった。貴殿には今夜たっぷり飲まそうぞ。若鮎はうまいで、頭からがぶっといかんとからに。おばはん、商売気がきついな、罰当たるでえ。おまはん不悪口でのうてどないするん。ほれみない、六番目に書いてあるやろ。

十善戒(じゅうぜんかい)

一、不殺生(ふせっしょう)
生きているもの、すべての命を大切にする。
二、不偸盗(ふちゅうとう)
物を盗まず、他人のものを大事に扱う。
三、不邪淫(ふじゃいん)
性は尊いものであり、節度をもって性を考える。
四、不妄語(ふもうご)
うそ、偽りはいわず、真実を話すことを心がける。
五、不綺語(ふきご)
虚飾のことばは話さず、飾らない本当のことばで話す。
六、不悪口(ふあっく)
悪口は言わず、相手を思いやることばで話をする。
七、不両舌(ふりょうぜつ)
どの人に対しても、二枚舌を使わず、温かな気持ちで話す。
八、不慳貧(ふけんどん)
強欲をはり、貪ることなく、感謝の気持ちで過ごす。
九、不瞋恚(ふしんに)
怒りをおさえ、心を落ち着けて、優しい気分で過ごす。
十、不邪見(ふじゃけん)
邪な間違った考えを捨て、どの人にも平穏な気分で接する。
へいへい、わかりました、ほないきまへんか、こんなとこ長居は無用。商売の邪魔せんといて。花南。はい、ご馳走様、これにて。おおきにおつり、五千と百。五千円もぼったくるんか。一人千円足らずじゃ。反ってご馳走になってしもて。なんの、岩豆腐は良き土産話ができましてざる。ほんと腹にがーんときたわよ。今度はがーんかいな。だって岩でしょ。違いない。これから。雨乞いの滝は無理やな、四季美谷温泉に。ほらええわ、きいつけてな。ほんとにありがとうございました、がん豆腐美味しかったわ。
 ここは金の泉、カネイズミっていうんですわ。きんじゃなくてカネなの。カネでもいいわ。さあ、おりてくだ、さい雨乞いの滝。荷物は。泥棒はおらんけど金目のもんだかけ。地獄の沙汰も金次第か、さあ、いきましょ。今も雨乞いの踊りは伝承されてます。四国は雨が多いんじゃない。
ぼに過ぎると枯れるんですわ、ぼに、盆ね。水を撒くのは大変でっせ。なるほど、川あり谷あれどですね。9月の台風は恵みの雨ですわ、けど土砂崩れで道が塞がることもありますけどな。
 今度は神通の滝です。もう一つ南の轟の滝を回ったら500円のテレフォンカードくれるんですわ。入場料とらないのに。そうです。けど携帯が普及して今でもカードあるかどうか、役場にきいてみまひょ。脚いけますか。焼山寺を超えてきたのよ。ほうやな。四国の滝はきれいですな。岳人の森に寄る。石楠花は先週終わった、せっかくやけん見ていきない。ただでええんかいな。ええよ。遅咲きの石楠花が少し残っていた。花南がうっとりとみつめる。花の命は短くて、日本の小説家が書いてませんでした。林芙美子ね、苦しきことのみ多かりき、てつづくのよ。あら水芭蕉、まるで夏の思い出。奈美子が歌いだす。
 入り口は食堂がある。お蕎麦食べようかな。さっき食ったじゃないか。ほら3時過ぎてる、あるけばお腹空くのは全国共通。世界共通だから私も。おでんいきますか。ならばぬる燗がよろしかろう。そうしますか。このぜんまい、蕨かな、どっちでもいいや美味しい。やわらかくてなんていうのかそう腰があるね、そばも口の中で溶ける。フィリピンは成長が早いそうだ。あら、三木さんも食べなさいよ。そうですか、ほな、きつねうどん。元気ないわね、負けたの。お客さんが焼山寺を超えれるか気になって。いくら。5万。昨日はボロ勝ちしたの。半分いかれた。まあ、東大出がするもんじゃないでしょ。昨日はフィーバーして20箱あと少しで打ち止めまで追い詰めたのに携帯が鳴って。悪かったわね。
 このおっさん一人であの石楠花植えたんじゃ。山を開いて植樹では大変だったでしょう。鳩山がうらやましそうにきく。銀行の借金は増えました。
壁には動植物の写真が貼られている。金泉のひとでしょ、金持ってるのよ。2臆はかかっているだろう。そんなには、土地は親父にもらったんで。いや、ヒグマ、鹿もいるんだ。狼がいなくなって鹿が増えた、自然にさかろうたらあかんな。ここらの水は鹿が糞をするからのめんようなった。ほれに花が咲くのがはようなって、いっせいに咲き出す。あれの次はこれという楽しみがのうなってゆく。季節の時計が狂ったんちゃうか。季節の時計か、四国の人は文学家だな。正岡子規。あれは愛媛県だ。四国じゃない。うるさい、黙ってろ。瀬戸内晴美、中野好夫、野上彰、北条民雄、佐古純一郎がすぐ浮かぶ。徳島県といいなさいよ。
 鹿はどう対処さるか。対処のしようがありまへん、モンゴルから狼取り寄せようかと思うてます。左様か、ご苦労がおおござるか。鹿による被害は植林した苗木から農作物にも及ぶとか。これから上に道を延ばして、さあ、何を植えようかと考えてます。じゃあ売上に貢献してぜんざい食べようか花南さんは。私も。男っていつまでも夢を追うのね。やってるときは楽しいですけど完成すると借金の返済に追われる。現実に戻るわけだ。

 土須峠を越える。ここからは木沢村。右に行くと剣山。モーターバイクが止まる。ヘルメットを取ると長い黒髪が垂れる。三ノ越まで1時間で行けますか。行けるけど林道やから気つけて、舗装やないけんな。ありがとうございます。携帯持ってるか。はい。ならいい。湘南NOだ。このスーパー林道は全国的に人気があるそうだ。しかしつい数年前台風で通行止めが一年以上続いたんですわ。土砂の取り除きだけでも大変だったでしょうな。その土砂の持っていくとこがありまへんがな。でどうなったの。埋め殺しですわ、新しく道つけたんじゃ、なるほど、生活道だし復旧が急がれたの
だろう。自然の猛威には近代科学も為すすべなしか、嵐の過ぎるのを待つのみだったでしょうね。鳩山はけっこう話好きかもしれない。
 ここは四季美谷、四季折々の美しさに加えて良質の温泉、気に入ると思いますよ。三木さんは安くていいところを案内してくれるから助かるわ。奈美子は1日1万でタクシーをチャーターした。もちろん事後承認、反対させない強引さがある。三木も飯付なので満更でないようだ。宿泊は客を連れてくる運転手に宿が部屋を用意するのであろう。ほんといいお湯だったわ、2,3日逗留してもいいかもね。それもいいな、めずらしく夫婦の意見が合う。考えてみれば我々は昨日偶然出会ったのに昔からの友人のようなお付合いをいたしておる。まったく、仏の導きとでも言わないと説明が
つきませんね。お接待は日本独特なものですか。いや、四国以外ではあまりみかけないな。武雄さんの出番ね。
 接待とは遍路を支援する風習で、宿、食べ物などを無償で提供する、善意のもてなしですな。無償なんですか、どうしてですか。このもてなしは遍路のつかれた身体と心を癒します。この巡礼を支えております。何故、無償なのかは善意の提供が功徳になると信じられてきたからでしょう。お布施ともいえますな。また代参、つまり自分に代わってお参りしてきて欲しいとの願いもあるのでしょう。これは私の考えですが、この遍路に限らず、何かに挑戦して
いる者を応援するのは人情でしょう。なんとなくわかる気がします、宗教というかもっと人間の根源からきてるのか、と花南が考え込む。話は終わりそうもない。明日どこに行くのか、巡礼の旅はどうなるであろうか。

   大地震と津波

 天災は忘れぬ前にやってくる。史上最大規模といわれる大地震が日本を襲った。地震を
知らない陳、カロス一家は魂消てしまった。清美は両親の安否が気になったが連絡がとれ
ない。間もなく花南から携帯メールが着た。四国を巡礼中だがそちらは無事か。東京の回線が込んでいるのだ。返信メールを送る。こういうときはメールのほうが繋がりやすいのか。大平から安否の電話がきたが、彼は外務省に泊り込むとか。

 カルロスはテレビを観ながら平静さを取り戻して行く。津波が町を飲み込んで行く様には度肝を抜かれたようだ。日本には地震、雷、火事、親父と言われる慣用語がある、柳が語る。怖いもののランキングか。そうだ、今死者行方不明は1000人以上と発表されているが1万を越すだろう。被害は数十いや百兆円になろう。復興の財源はどうするのだ、カルロスが興奮してくる。おそらく国債を発行することになる、この国債発行を非難する意見が多いが、日本政府はアメリカ合衆国の国債をそれ以上保有している。これを担保に借り入れすればいいのだが。円高、株安の原因ががこの米国債保有とはっきり言った日本人は坂本だけだ。言えば連中に殺される、政府高官は黙す、ということか。いや、カルロス野党の国会議員も同じだ。

 死者は10万だろう、これだけ壊滅的被害を受けながら国民が冷静なのは何故だ、カルロスが叫ぶ。暴動が起きないのか。観ろ、非常時の携帯品が配布されているぞ。水、食料、医薬品、懐中電灯か。秩序を保って順番を待っている。陳、日本人はなんという民族だ。民度の高さというのかな、柳さん、どういう理由ですか。この民族の品性、教育の高さでしょうか、柳の目には悲しげな被災者への想いがあった。

 路上で立ち往生している人々に毛布が配られる。あれは誰が与えるのですか。市の政府ですよ、マム。柳の妻、楊美海が答える。配っている人は。市の職員、かれらは当分泊まりこみでしょう。え、家族は、犠牲?アンジェリータと許細君が驚く。この国では公が私に優先するのです。
 マリアが画面を指差す。近所の人が食事を与えている。彼らの関係は。他人、被害者と住民、まあ日本人同士かな、いや、国籍は問題としないから、こういうの日本語で何というの。美海が柳に聞く。情は人のためならず、かな。違うでしょ、ほら、in trouble 。困ったときはお互いさま。そう、それ、無償で助け合うの。大娘、媽媽、ただなの、なぜ、他人に犠牲を払って報酬がないの。そうね、梅雲、よくわからいのだけど、困っている人間を助けないのは人間としておかしいと日本人は考えるみたい。そう、『人間として』という言葉がよく使われるの。つまり、義務はないがそうしないことは、人間としておかしいと非難されるということでしょうか。自分を責める、そうじゃない、人間として見ぬ振りはできない、助けたいと思う、そんなところね。

 それにしても地震のニュースは何時まで続けるのだ、他にもニュースはあるだろうに、チャンネル変えていいかな。カルロスが叫ぶ。みんな地震のニュースを放映している、なんだ、これは。日本人は一つのことに夢中になると他をかえりみない、2,3日はつづく、柳が笑う。国全体が民族全体が地震に関心を集中させる。こんな場合、飲み屋に行って女を口説いていたら非難されるぞ、カルロス。お前もだ、陳。この前の大戦にみられるように為政者はこの民族の特質を利用して一つの方向に持ってゆくのは容易だ。この報道振りはそのための訓練かもしれない。
柳がパソコンを立ち上げる。これをみても分かるようにこの国では10年一度は大地震に見舞われているが、今回は史上最大になりそうだ。救助、援助は困難を極めるであろう。文明は破壊に弱い。過去何度も試練を乗り越えてきた民族だが今世界が注目しているだろう。被災者の多くは初めての体験であろうが、それが民族の体験となってゆく。
つい数時間目までは、同じように暮らしていたのに、私たちが救助を求めていてもおかしくなかったのですね。そうだな、梅雲。犠牲と報酬といった次元ではなく、バギオのお母さんが言った、人は人と助け合って生きてゆく、ということかしら。梅雲は一息ついて、人間の尊厳、根源的な姿を感じますと言葉を搾り出すように吐いた。

明治以降100人以上の死者・行方不明者を出した地震災害(津波被害を含む)気象庁資料による
発生日M地震名死者・行方不明者最大震度
1872年3月14日7.1浜田地震死者 約550不明
1891年10月28日8濃尾地震死者 7,273-6
1894年10月22日7庄内地震死者 726-5
1896年6月15日8.5明治三陸地震死者 21,959(2~3)
1896年8月31日7.2陸羽地震死者 209-5
1923年9月1日7.9関東地震
(関東大震災)死・不明 105,000余-6
1925年5月23日6.8北但馬地震死者 428-6
1927年3月7日7.3北丹後地震死者 2,9256
1930年11月26日7.3北伊豆地震死者 2726
1933年3月3日8.1昭和三陸地震死・不明 3,0645
1943年9月10日7.2鳥取地震死者 1,0836
1944年12月7日7.9東南海地震死・不明 1,2236
1945年1月13日6.8三河地震死者 2,3065
1946年12月21日8南海地震死者 1,3305
1948年6月28日7.1福井地震死者 3,7696
1960年5月23日9.5チリ地震津波死・不明 142-
1983年5月26日7.7日本海中部地震死者 1045
1993年7月12日7.8北海道南西沖地震死者 202不明 285
1995年1月17日7.3兵庫県南部地震
(阪神・淡路大震災)死者 6,434
不明 37


 天国のような国と思いましたけど、この民族は幾多の試練を経験してきているのですね、許細君がしみじみといった。試練の中で人は互いに助け合って生きてゆくという智恵を身につけたのでしょうか。きっとそうなんでしょうね、アンジェリータ。さきほどマリアがいったお互い様ね、こんなことがあったわと楊美海が話しだした。

 日本きて間もない頃、飢え死にしそうになったことがありましたの。軍国主義の時代でしたから食料を手にいれるのが日本人でも大変だったのよ。隣の日本人が粥をもってきてくれたの、残り物と言ったけど残るほどの食料が当時入手できるわけはない。
 お礼に指輪を差し出すとお母様からいただいたものでしょう、大切にしないと罰があたりますよ笑って返すの。奥様もきものをこの米と交換したのでしょう。これは親が嫁入りに持たせてくれたんです、お金よりずっと確かですよ。なるほど、私もそうします。だめだめ、外国人だと足下見られるから、二人分ぐらい何とかなるわ。きものはまた買える日が来るわ。
 でもどうして中国人の私たちに、日本と中国は戦争しているのに。私、大連と長春にいたことがあるのよ、戦争は政府がやっているの、もうすぐ終わるなんて言えないわね。貴女も気持は日本人のつもりと云いな
さい、嘘も方便っていうでしょ。歳は私より三つ上でしたけどずっと年上に思われたわ。
 間もなくその方のご主人が結核に罹り郷里の親戚を頼って行かれたの。私たちに食料を分け与えたから結核に罹ったのではと私たちは悩んだ。私ね、長春で死に掛けて中国人に助けられたのよ、人間としてみれば民族、国籍は問題ないでしょう、とその方いってくださったの。
 戦争が終わって真っ先に手に入れたのはスプレプトマイシン、なんとかお礼がしたいと思うのはごく自然な気持でしょう。それを持って訪ねたけど役に立たなかった、ご主人はなくなりその方はどこかに引っ越されていたの。八方手を尽くしたけどお会いすることはできずにいます。
 あの方苦しい時代もりんとしておられた、戦争なんかに負けるな、生き抜きなさいという無言の声援を送っ
てくださっていたのね。

 マリア、梅雲の頬を涙が伝わる。アンジェリータ、許細君がハンカチで目頭を押さえる。この民族は自然を恨んだり対決しようとはしない、自然と調和を図りながら生き抜いてきたのでしょう、柳が楊美海の肩を抱きながらことばを引継ぐ。個人も民族も試練を超えて成長してゆくのか、陳がためいき混じりにつぶやく。画面は津波が水煙を揚げ防波堤を乗り越え、建物を紙箱のように押し流していた。

 世界中が日本支援に動くでしょう、人道的な立場に立てば国家も民族も互いに助け合って平和な世界を求めることができるのです。それは闇の黒幕にとっては都合が悪い。常に紛争の種を撒いておかないと育たない。たとえば、日中韓が協力するだけで彼らには脅威となる。柳の眼は燃えていた。
 尖閣諸島、竹島、強制連行、拉致などの種を撒いて火を付ける。許せない。世界の紛争のほとんどが連中の仕業だ。彼は奴らを掃討しようとしているのだ。あなた、柳史訓、お年寄が助け出されましたよ。画面は屋上から老人が下りてくる。しっかりした足取りだ。大丈夫ですか。ありがとう、おかげさまで。大変でしたね。また、再建しましょう。私は大戦の惨禍もこの前の震災も経験してます。日本民族は永遠に不滅です。頑張りましょう。
 力強いお話、日本国民に力と勇気をくれたのではないでしょうか。大変なところ取材に応じてくださいました。体力のご回復をお祈りします。

第三章 愛欲理論

第三章 愛欲理論


            未完成 愛欲理論

 柳の豪邸にカルロス一家がやってきた。坂本は許細君、梅雲の攻勢に疲れ気味のところにアンジェ%E

  第4章 神か悪魔か

  第4章 神か悪魔か


   白井貴子の過去
                               
 白井貴子はカルロスの館で幸せな毎日を過ごしていた。マリオに抱かれる歓び、マリオに尽くすよろこび、女の幸せはこれだわと感じ入るのだった。ゴルフ、テニス、水泳とマリオが付き添ってくれる。夢のような生活、ああこの幸せ、いつまでもつづくなら何もいらない、貴子は生まれて初めて味わう幸福感に浸っていた。マリオはやさしい。しかもスペインの情熱も持っている。火照る身体でプールに跳び込む。愛の交わりの余韻が残っている。水中に身を沈めると見も心も自由になる。私は自由だと叫ぶ。そして泳ぎ始める。プールを何度か往復しているとマリオの横に白人の女が座っているのが眼に入る。貴子は動揺した。気付かぬ振りで泳ぎ続ける。マリオの新しい女か昔の恋人か。5分ほど泳いでからマリオのテーブルに向かう。女は立ち上がりながら横目に貴子を見た。一瞬二人の眼が合った。マリオはバスタオルを貴子に架けると何か飲むとにっこり微笑む。貴子は笑いながらジュースをねだる。二人とも女のことは口に出さない。やがてマリオがプールに跳び込む。女の姿はなかった。

 カルロス一家が日本から帰って来るのでマリオは貴子を連れてバギオに向かう。スポーツカーを飛ばすマリオは今時の若者だ。その腕はA級ライセンス、高速を突っ走るスピードが貴子に心地よい。そうマリオの傍にいると心地よいのだ、貴子は自分にいう。マリオは少しいかれてるようだが、なかなかどうして頭も切れる、そつがない、名門を鼻にかけない、好きよ。なんだい。いいの。日本の女神秘的。魅力的。ああ、とても。3時間でバギオに到着。ベランダに出る。まあ、きれい、日本みたい。ここは避暑地、雪が降ったこともある。うそ、南の島に。マリオー。はーい、お母さんこんにちは。一人なの。いえ、二人です。そうね、今晩夕食にいらっしゃい。ありがとうございます1時間ごにいきます。じゃあね。ではまた。日本語できるの。貴子と愛を語るために勉強した。うれしいわ、とマリオの胸に顔を寄せる。セヴァスチャンがセール、何か用事あるかと声をかける。ある、我々を邪魔しないこと、わかったか、この野暮野郎。

 二人はシャワーを浴びて塩崎真知子を訪ねる。お帰りなさい、どうだった、日本は。いい国でした、とくに女がいい。それで彼女を連れて帰ったの。そうです。やるじゃない。白井貴子と申します。よくいらっしゃいました。さあ、始めましょう、ここの牛肉は日本人が育てているからいけるのよ。真知子は手際よくすき焼きを盛り付ける。みなさんは。それぞれに日本を楽しんでいます、カルロス一家は白神、陳一家は横浜で買物、ツネオとカナは四国、清美は東京。それはよかった、乾杯しましょう。乾杯。セール、日本の土産ないか。お前は来るな、ひっこでいろセバスチャン。お土産貰ったらすぐ買える。そうだ、梅干と磯のり買って来ましたと貴子が差し出す。まあ嬉しい。俺日本酒がいい。ない、早く帰れ。これどうかしら、LEDライトのキーホルダー、よろしかったらどうぞ。タンキューヴェリービッグ。貴女は女優か、とても美しい。クククと貴子が笑う。ウエヲ モーイテ アルコウー、ナミダガ コボレナイヨウーニと歌いながら帰ってゆく。
 すきやきソング。坂本九ちゃんね、そういえば坂本さんは。相変わらず飛び回っているようです、どこかの国に行きました。貴子は坂本と聞いて眩暈がした。どうした、とマリオが抱きかかえる。ちょっと、疲れたのね。タカコ、横になりなさい。大丈夫です。この国の環境に慣れるには時間がかかるの。本当に大丈夫です。そう、遠慮しないでね。マリオが頭の髪にキスをする。ありがとう、善くなったわ。彼女をどうやってものにしたの。横浜でナンパした。ナンパ?お茶に誘われました。常套手段ね、でもいい男よ、マリオ。はい。love love? お母さん、Amore amore! お熱いのね。幸せです。そう。貴子は久しぶりの日本料理で食欲が出てきた。塩崎真知子のもてなしにすっかりくつろいでいる。すき焼きを取皿にとってマリオに嬉しそうに給仕する。

 塩崎真知子には人の心を開かせるものがあるのだろう。白井貴子は今の幸せを話したいのだ、聴いて欲しいのだ。白井さん御国は。奈良です、奈良女子大で数学を勉強しようと思ったのですが。政治学に興味を持ってコロンビア大学に留学した、とマリオが引き継ぐ。"in thy light shall we see light"(我らは汝の光によりて光を見ん)だったかしら。まあ、よくご存知。真知子のご主人が外交官をされていたのだ。そうですか。いいキャンパスね、音楽ホールでコープランを聴いたわ。そうでしたか、真知子に甘えたい気持が湧いてきて白井貴子は堰を切ったように話し始めた。あれは大学院受験のときでした。いつしか、日本語から英語になっていた。


 ある日、美しいイギリス女性が貴子に話しかけてきた。そのクィーンイングリシュには知性と教養が溢れていた。私アン ヘンリー、オクスフォードで英文学を勉強していて法律と政治に興味を持ったの、貴女は。日本のおたーさま、おもーさま、に相当する貴族の言葉使い、ビヘイビアー。貴子は警戒を解いた。私は奈良女子大で数学を勉強していたの、貴女はどうして政治に?私はヴェニスの商人を読んでいておかしいと思った、借金の形に胸の肉をとる契約が有効か、また、履行の強制執行で血を流してはならないという判決。なるほど、貴子は一呼吸して言った。胸の肉1ポンド切り取る際出血することは当然のこと、結婚して性交渉を禁じるが如し、契約を公序良俗に反するから無効とすべきであった。そうなのよ!そうよ、タカコ。その判決は、契約を有効としておきながら執行方法に条件をつけるのは二重の誤りね、貴子は論理的だ。アンは貴子の答えに驚嘆する。
 でもシェークスピアほどの作家がこんな誤りを犯すはずがないのでは、アン、隠されたメッセージつまり真意はなんなの。おっしゃるとおりよ、私もその真意を調べたの。で、どうだった。それが貴子、調べるほど疑問が深まるばかりで未だに解らないの。こんなこと訊いてもいい、アン、お父様ヘンリー五世の一族。そうだけど、どうして。彼の名前の作品があるでしょ。そうね、そうか、そして作者の名はWilliam Shakespeare と言いたいのね。なんとなく。でも日本人の貴女が彼に理解があるなんて嬉しい、私は日本文学は読んでないの。
 貴子はアンが政治に興味を持った動機、理由が知りたかった。アンはそれを察してか、文学は今度ゆっくり話しましょ、でも。ちょっとだけいいかしらアン。どうぞ。Anne貴女はアントニオはブリティッシュ、シャーロックはカナンの末裔つまりヴェニス資本と考えているのでしょう。タカコ、どうして?アン、貴女は頭がいいから話だけで貴女の考えが理解できる。ありがとうっていうべきかしら、ブリテッシュに限らずヨーロッパの多くの国が軍事費をまかなうためユダヤからの借金がふくらみ、実質的にはヴェニスに隷属していたのね。英仏戦争も彼らが起こした。すると、胸の肉は国債!(ということは、ドルと同じ手法か、当時のイギリスは公序良俗に反するような契約にも応じるしかなかった、これを無効とすれば国が立ち行かないほど追い詰められていた。あの詭弁の判決もイギリスの苦悩の叫びだったのかも)貴子は興奮をおぼえた。ねえ、タカコじっくり聴いて欲しいから私のアパートに今から来てくれないかしら。ごめん、これからの講義は聴いておきたいの、終わってからなら行くわ。そう、夕食つくって待っているわ、これ住所と携帯。

 アンのアパートは寮生活の貴子にはまぶしかった。家具調度が学生とは思えない。どう、味は。すごく美味しい、貴女の味ね。どういうこと。貴女の人柄が出ている。ありがとう、初めてよ、そんな風に言われたのは、やはり日本は東洋的、神秘的ね。うーん、よく言われるけど私にはわからない、自分のことって意外にわからないのね。言えてる。味に関する言葉どんなのがある。何それ、あまい、からい、しょっぱい、それと、すっぱい。この日本語を英語に置き換えるのはむずかしいけど、苦い、渋い、旨み、こく、など知ってる。知らない、あとで調べるからこれに書いて、そうなんだ、日本は文化水準が高いと聞いているけど。
 それにね、昔、日本では、スペイン人ポルトガル人は南蛮人と、イギリス、フランス、オランダは紅毛人と呼ばれたの。どうして。彼らは南から来た蛮人、髪の毛が赤い人、と考えられたのね。蛮人はひどい。でもさ、臭かったらしいの。本当。本当らしい、でも無理はないわね、日本にはシャワーがなかったから、当時公衆風呂には入れなかったし。どうして。風呂に入るときは女も男もパンツも脱ぐの。そうなんだ、でも男はタダで女の裸が見られた、そうか、彼らは聖職者だったか。と言ってアンがキャッキャと笑う。でも不思議ね、日本の女は人前では肌を見せないのに、風呂は別なのかしら。タカコ、私調べてみるわ。やめてよ、悪趣味。だって文明国で男と女が裸で向き合うのはセックスのときだけでしょう、興味深いテーマよ。じゃあヒントをあげる、日本人にとってスッポンポンで風呂に入らないと入った気がしないの。いまでも。そうよ、ただし、公衆浴場は男女別、もちろん、裸で屋外に出ると猥褻罪で逮捕されるわ。なんだつまらない。明治政府が混浴を禁止したの。どうして、以前はOKだったのでしょう。
 それはアン貴女の研究テーマ、でね、話を戻してと、宣教師がバチカンにレポートを送っているの、それによると『日本人に会う前には身体を良く洗って衣服を変えておくこと、そうしないと日本人は我々を蛮人と呼ぶ』と嘆いている。でもイギリス人は紅毛人ですんだ、良かったわ。基本的に蛮人と見ていた。信じられないわタカコ。文化を比較すれば事実よ、アン。というと日本文化が欧米よりも上だったと?貴女自身で調べてみたら。アンが沈黙する、欧米に勝る文化の存在、ありえないと思いつつ、貴子の話に圧倒されている自分を感じていた。
 アン、今思いついたのだけど植民地主義とヴェニスの商人と関係あるんじゃない、いや、むしろ彼らのシナリオだったのではない。もっと詳しく話してタカコ。怒らないでね、私の勝手な想像なんだから。つづけてタカコ。植民地主義はスペインポルトガルが一番乗り、つづいてオランダ、遅れてイギリス、でもイギリスが一番儲けた。もう一つ、無敵艦隊が簡単に負かされたこと、軍事的なものだけではないでしょう。タカコ、貴女の分析力、凄いわ、つまり、スペインポルトガルの独占からオランダイギリスにも経営参加の機会を与えたということね、彼らの増収増益策だった、うん、いけてる。アンはワインを注いでグラスを持ち上げる。二人で一本あけていた。楽しいわ、タカコとの会話。私も、次のテーマは『何故公序良俗に反する契約をしたのか、させられたのか、何故そんな契約が有効なのか、反故にできないのか』、ね。

 アンはまじまじと貴子をみつめる。いやだわ、そんなにみつめないで。ごめんなさい、貴子は数学が好きだからものごとを論理的に読み解くことができるのね。お友達になって。もうなっているわ。ありがとう。こちらこそ。日本人、とくに貴女は、教養と謙虚さを備えている。褒めすぎよ、でも貴女に褒められると嬉しい。それでねタカコ、当時ヴェニス資本はスペインを初めヨーロッパ諸国を隷属させ、次はイングランド、ウエールズ、スコットランドと販路を拡大していた、つまり仕上げの段階に入っていたのね。United Kings of Britishにしたほうが経営効率がいいからなのね、アン、でもどうやって。同じよタカコ、軍事費を貸し付ける、国債を担保に。じゃあ、アメリカ合衆国も同じ。そう、同じ手法、13州を一まとめにしたほうが管理しやすい、ところが植民地が独自の通貨をすると言い出したから放って置けなくなった。どういうこと。通貨発行はイングランド銀行the Governor and Company of the Bank of Englandに限られるべき聖域だったの。そうなんだ、つまり通貨発行権をめぐる戦争。そう、で、また彼らは一儲け。通貨発行も彼らのそそのかし。多分ね。しかし戦争に持って行くのがうまいわねえ。戦争屋を千年以上つづけて連中だからお手の物よ。貴子はアンの分析に驚く。

 軍事費貸付の国債担保は単純だけど確実よ、紙幣を発行するだけで国債の利息と元本を受け取る。国債を払うのは政府といっても税金つまり国民、ということか、貴子がため息をつく。日本は米国債をどれだけ持たされているのだろうか、年金多くがこれに当てられているはずだ。クェートイラク戦争だけをみても日本国民一人当たり数万円の負担を強いられた。米国の在庫武器の処分のために。タカコ、仮に金利を5%とみても、連中にへつらう投資家ですらは毎年小さな国の国家予算以上の金を手にする勘定よ。連中はその数百倍?多分ね、それ以上かも。また、疑問が出てきた、アン、①何故そんな借り入れをするのか②借金を踏み倒すことはできないのか。
 そこなのよタカコ、私にもわからない点、第1点は、私の想像に過ぎないけどマインドコントロールね、催眠か、権力と富でつる、とか戦争せざるを得ないように仕向ける。第2点は正直解らない、彼らが武力を持っているとは思えないのに。ただ、彼らに逆らった人々は次々と殺されているわ。権力とは武力だけではないのは理解できるけど、人間の心をコントロールすることができるのかしら。政治は宗教の一部だったでしょう、政治が独立するのはそんなに遠い昔ではないから、宗教によるコントロールもあってもおかしくはないかも。でも、たとえばイギリス王室が宗教的にコントロールされているようには見えないけど。理屈、利害以外に人を動かし得るものは何、タカコ、武力で脅す、これは武器を持っていないし、愛情は無縁、すると催眠としか考えら得ない。そうね、人類史上永い間支配し続けた手法はなんなのでしょう、それに、儲けた金は何に使うの、使い道がないでしょう。ひょっとすると、え?貴子がアンの顔をみつめる。人類を家畜のようにするのが目的かも知れない。何のために、彼らは人間じゃないの、異星人、ねえ、アン。そうね、人間とは思えないわね、地球支配を目指すエイリアンかも知れない。

 世界連邦を夢見ていた白井貴子は、国連さえ彼らの1機関であることを知る。国際問題人類共通問題を純粋に扱う世界連邦の夢は遠のいてゆく。しかし、アン ヘンリーとの出会いで研究に一層情熱を傾けることができた。ほとんど毎週二人は熱く語り合った。アンのテーマはUKとUSAとの比較によってかれらの国家乗っ取り手法をあきらかにすること、貴子は日本武士道を世界連邦普遍すること、をテーマにした。二人の思考は文学的、数学的と逆の組み合わせに思われたが、互いに厳しい批判やアドバイスを交換した。二人の友情は大きく深く育っていた。

 それは突然のことであった。その日もドアを開けて 貴子を迎えに出たアンであったが、いきなり麻袋を被せられ大きなダンボール箱に詰められる。貴子も同様。連れ去られた二人は大きな暗い部屋で麻袋を脱がされる。待っていた。低い腹に響く声がした。あなたは。Henry William 。どうして私たちを。容姿、頭脳、ともに良し。貴族と呼ばれる人間ほど金に弱い。どうするの。我々の仕事を手伝ってもらう。誰がやるものですか。そうかな。アンの家族が画面に現れる、つづいて貴子の父母が。明日も元気でおられるとよいのだが。不気味な声が低く響く。背筋が寒くなる。黒いタイツの女が二人近づいてきてアンと貴子の衣服を取り去る。そして部屋を明るくする。胃カメラのようなものが二人の性器に入れられる。内部画像がモニターテレビに映し出される。二人の身体は固まって声も出ない。処女です。この歳で。 間違いありません。なら、なお結構。そんな会話がされていた。
 二人は半時間ほどで解放されたが、アンの部屋に着いたのは2時間後、片道45分の距離を移動したことになる。アンはパソコンを立ち上げskypeで両親を呼び出す。アンか、パパだ。dad、今日ママとその服で庭を歩いた?ああ、一時間ぐらいかな。池のそばにも。あそこはママのお気に入りだ。そうだったね、パパ。どうしたアン、何かあったのか。私パパとママが歩いている夢をみたの、おかしい?おかしくないさ、ママの誕生日には帰って来るかい。おーい、アンからだ。ママ、ママ。あらどうしたのアン、元気。ええ、友達ができたの、日本人タカコ。まあ可愛いお嬢さん。初めましてと貴子です。
 貴子の方も同様であった。二人はしばらく沈黙する。アンがビールをあける。ハム、ソーセージを摘む。彼が、Henry William ?ヴェニスの商人?カナンの末裔?どうしようタカコ。わからない。彼らの力が私たちの想像以上であることは認めなくてはならないわね。お父さん、お母さん、貴子の目から涙が。アンが抱き寄せる。その目にも。そしてそんな二人をあざ笑うかのようにパソコンにメッセージが。明日の朝、ツインタワービルに飛行機が突っ込む、そしてビルは崩壊する。そしてそれは事実となった。
 それからの二人は情報収集を命じられる。命じられるまま動くしかなかった。貴子は日本高官を、アンは英国高官を。貴子はターゲットの人物を頭に入れると頭が痛くなった。それをアンに訴えた。アンは貴子を抱き寄せて髪を撫でる。貴子は安らぐ。しかしアンの心臓は怒りに震えていることを知った。アンのためにできることは何でもしようと心に決めた。事実アンの窮地を二度救った。イギリス情報局の追及はアンには辛いものがあった。売国奴の汚名を被せられたのだ。貴子は猛然と反論する。貴方がたにアンを責める資格がありますか。貴女にきいていない。アンは私の親友、弁護します。私たちは研究のためにコロンビア大学に留学した、にも拘らずスパイ活動を強制されている。貴方がたに我々をこの強制から解き放つことが出来ますか。言外にイギリス情報局こそ闇の黒幕に支配されているではないかとの叫びがあった。数分の沈黙の後、二人は釈放される。
 ありがとう、甘えん坊のタカコに二度助けられたわ。私たち親友でしょ、困ったときはお互い様、私が困ったら助けてね。もちろんよ、タカコは私の一番大切な親友。彼らが言った自害とはどういう意味。貴子はただ笑って、さあビールを飲みましょうと答える。後日アンはイギリス情報局に問い合わせる。彼女の弁論は我々を圧倒した、彼女の主張を認めなければ彼女は自害していたでしょう。自害とは?蝶々夫人を見てください。我々もブリティッシュの誇りはあります、あなたがたが研究に没頭できるように努力しています。貴女のヴェニスの商人は研究は興味深い、鋭い指摘だ。研究を深めればもっと大きな成果が期待される。英国にも憂国の士はいるのかもとアンは思った。


 貴子はビールを飲み干す。カルロスが抱き寄せて頭にキスをする。そうか、貴子は甘えん坊なんだ。それほどでもないのよ、でも少しだけ。いいよ、俺にはいくらでも甘えていいぞ。私のこと嫌いにならない。ああ、俺は今の貴子が好きだ。ほんと、うれしいわ。塩崎真知子が見ていたが貴子はカルロスの唇を求める。彼も甘い口付けを返す。ややあって、白井さん、それWilliam Henry じゃないかしらと真知子が日本語で言った。私もそう思いました、Henry William の名前はどこにも見つからないのです。真知子が英語で繰り返すとマリオが口を開く。それ、クニタチじゃないか。クニタチ?東京にある町。え、国立、そうか国分寺と立川。そうね、町村合併では双方の顔が立つようにするはね、マリオ頭がいいのね。お母さんそれほどでもない、貴子のために考えた。そう、えらいわねマリオ、ブランディーする。はい、いただきます。

 物事を考えるときはブランディーがいいのよ、真知子がグラスを取り出す。すると白井さんのターゲットは坂本龍次さんね。そうです、けど、私は私の過去を忘れたい。気持はわかるけど逃げていては抜本的解決は得られないのじゃないかしら。彼は敢然とヘンリーウイリアムに立ち向かっているのよ。そうですか、一度十二湖で見かけたことあるだけですが。そんな男にみえなかった?はい。そんな男を躍起に追いかけているのは何故。それは、、、。突然貴子が頭を抱えて俯く。マリオが抱き起こす。貴子の形相は一変していた。真知子は清美を携帯で呼び出す。15回の呼出音を鳴らしたが出ない。マリオ、貴子の顔を映して、メールでここに送って。 シーセニョーラ!
 清美からだ。お母さん携帯の音を上げてください、彼女に近づけて。マリオがボリュームを上げて貴子の前におく。彼女はヘンリーウイリアムに逆らうと頭が痛くなるように催眠をかけられています。その催眠から今彼女を解き放ちます。清美の声が神がっかってゆく。『貴子、貴子』清美の声が貴子の母親に変わってゆく。オモニー、お母さん。貴子、お前は我が一族の自慢の娘です。お前は李王朝の誇りを失ってはいけません。お母さん、助けて。心を売るぐらいなら死になさい。オモニ。お前が危めようとしているお方は我が一族を窮地から救ってくれた方の子孫です。許してお母さん。私たちは恩を仇で返すような子に育てた覚えはありません、束縛から逃れられないのなら胸を刺して死になさい。お母さん。お前一人を死なしはしない、お前は私たちの可愛い娘です。オモニ。貴子、泣いている場合ではありません。はい、お母様。いい子だ、昔からお前は本当に可愛くていい子だった。わかりました、もう泣きません。母はいつもお前と一緒だよ。ありがとうお母さん。さあ、顔を洗って笑ってごらん。はーい。お前きれいになったね、好きな人ができたのかい。ええ、横にいます。ほう、いい男じゃないか、さすが我が娘。

 貴子はマリオに抱かれて眠る。清美さん、大丈夫。お母さん、これで彼女は束縛から解かれたと思います。でも、貴女の方は、お腹の子は元気。はい、元気です。子供とその父親のためにはどんなことでもしますから。おやおや、ご馳走様。お母さんの料理食べたい。いつでも作りますよ。私日本料理勉強しています。そう、楽しみにしているわ。それじゃ、お母さん、おやすみなさい。清美さんも。

米ドルを受取るな


 坂本と大平、柳は神奈川県のゴルフ場にいた。その日はコース変更工事のためクローズされていた。もちろん人目を避けるためだ。日を間違った者どうしがゴルフ談義に花を咲かせているという寸法だ。『米ドルを受取るな』といってもどうやって、外務省の大平正義が訝しそうに坂本をみつめる。それは私が一年以内にやります、坂本がきっぱり言った。柳も言葉が出ない。お二人にお願いしたいのは混乱を最小限にとどめる方策です。これはご家族の命も危ぶまれるので心苦しい。何を言われる、人類破滅を防ぐことは家族を守ることです、いや、唯一の方法かも知れません、坂本さんを支持します、ただ、さわりのとこだけ聞かせていただけませんか、柳が大平をみながら言った。新札の発行と世界通貨の創設です。できますか。できますよ、大平さん。坂本さんらしい、もう少しだけ詳しくと柳。アメリカ合衆国政府の新米ドルとの交換は10万ドルまでそれ以上は実取引に必要と認められる範囲。なるほどアメリカ合衆国連邦銀行は潰れますな、大平が笑う。では世界通貨は。これは百年ぐらいかかるでしょう。湯うだけの風呂屋には。さすが柳さん、でも戦闘(銭湯)にはしますよ。

 これほど馬鹿げた奇想天外なことをどのようにして考え付いたのですか。柳さん真似碁ですよ、印刷物を紙切れに戻すだけですよ。そうか黒幕を逆手にとるのか。天元はヘンリーウイリアムですか。そうです、大平さんは碁はお強いようでね、天元の10の10だけは真似できません。つまり炙り出し。坂本がうなづく。彼はウイリアムヘンリーの間違いじゃないですか。え?今度は坂本がきょとんとする。WH、つまり二重変態、いや多重変態と訳すべきですか、大平が自分で吹き出す。なんだ大平さんも冗談きついな。坂本さんの感化。


アメリカ合衆国の通過ではなく民間のFRB(連邦準備制度理事会)の証券に過ぎない。なら日本銀行券の方が信用度は高いといえようか。
金本位時代1ドルは金1.37g1円は金1匁=3.75gと交換されていたらしい。


 外務省の局長室に木村拓也は呼ばれた。どうかね。馬鹿な!大平はにやにや笑っている。すると、あの人ですか。新米ドルのニュースが世界中を駆け巡る。君も忙しくなるよ。はあ。嘘も百回繰り返すと本当になると言っていたよ。あの方らしいですね。出張報告読んだよ、今夜慰労会だ。ありがとうございます。それからな、馬鹿なことは馬鹿な人間にしかできないと言われたよ。我々も馬鹿になれと。そうみたいだ。
 各メディアは半信半疑で新米ドルを取り上げる。交換の上限が10万ドルつまり800万円じゃ米国民は納得しないでしょう。ただし金本位に戻すそうですから庶民には安心できる点もあります。金の保有はあるのですか。まあこれだけ大きなテーマですから多くの問題点があります、整理してみましょう、金保有高、交換比率、国際取引の決済、通貨発行権などがすぐ頭に浮かびますがどれをとっても簡単なことではありません。すると実現は難しいのではないですか。難しいです、が、重要なのはこの法案が成立施行されることです、現段階では事態を見守るしかないでしょう。すみません、つい興奮して先走りまして。無理もありません、誰しもそうでしょう。話を戻しましょう、日本にとってとくに輸出産業にとってはドル建て決済がどうなるのか、心配です。この心配不安が世界混乱させる恐れがあることが最大の問題でしょう。政府日銀はどのような反応ですか。ノウコメントです、数時間前のニュースにコメントしようがないでしょう。なるほど、そうですね、このニュースの真偽も確認されてされておりませんが世界のメディアはどう取り上げたか見てみましょう。米ドルが紙くずに、米国倒産か、米国支配の終焉、ドルは受け取れない、などの過激なものが目立つ。反米感情の多い国ですね、親米的な国は沈黙か、小さく真偽確認中と報じています。衝撃的ニュースについて橋本NHK解説委員に伺いました。さすがNHKは冷静、ところが民放各社は面白おかしく報じる。実弾入り宣伝工作の成果だ。その上を言ったのがインターネット、そこには思わず噴出すような記事、ニュース、ブログが流れる。


        馬鹿な奴だよ朝顔(アメリカ)は 
        気(金)のない竹(ドル)に脚絡め
        あなただけよとしがみつく

 アメリカは民間銀行に支配されたあわれな国である。その民は生まれながれにして国家の借金利息を払い続けるのだ。自由の国の民は偉い。 それは日本も同様だ、そのアメリカ国債を持たされて踏み倒される、五十歩百歩である。

同時テロ、疑念生じれてアビン消される(狡兎死して狗肉煮られる)
   ほんなことアルカイダ 
戦争は金持ちが起こして貧乏人が戦地に行く 今も昔も西も東も
戦争を起こして武器を売りつけ金を貸す 
   その名は死の商人またの名はウイリアムヘンリーWH、
       多重変態者とは俺のこったー。
ロケット砲 せめて1つ分の食料を 難民一同

 さらに、無責任な記事は、つづく。アメリカ議会新ドル発行準備-発行権は政府に!新ドル発行に向けて法案の骨子がまとまった。最大の関心が寄せられている新ドル発行は政府もししくは新設アメリカ銀行(日銀に相当する)なる模様。また米国債はデフォルト(踏み倒し)の公算が大きい。 これに伴い米国債の売却が進むのは確実視される。ヨーロッパ主要国も歩調をあわせ中央銀行の国有化もしくは新設に踏み切ると見られ経済混乱は避けられないとの懸念が広まっている。ロイターの名前を勝手に使っている。 

 世界通貨設立委員会の発足か、アラブ系メディアは報じる。米ドルのような実態経済の伴わない貨幣は通貨ではない、世界通貨の目的はドルの排斥にある。国際取引にドルを使うことは悪である。ドルが国際経済から姿を消すのは遠いことではない。すでに委員の人選は始まっており世界の政治家、法律家、実業家、などの中から人類の未来を真剣に考える人間が選ばれるであろう。なお、世界通貨は偽造防止技術の最先進国日本で発行される見通しである。

 デマはデマを生む。デマは反復継続が力である。人は真実よりもそれらしいものを信じる。闇の黒幕ヘンリーウイリアムが真犯人と諸悪の根源と繰り返す。誰も見たことも会ったことのない人物の悪人のイメージ像が人々の中に生じてゆく。そして成長してゆくのだ。デマはデマより出でてデマより怖し。動画ブログ雑誌の見出しを拾ってみてもあるわあるわ。

ここ百年間の戦争とヘンリーウイリアム
繰り返される金融危機はこうして起こった 
人口問題とヘンリーウイリアム -食料危機への不安
独占インタヴュー:同時多発テロ仕掛け人の告白

その一つを見てみよう。

 3500人以上の犠牲者が出るとは思わなかった。どうしてですか。ツインタワーに飛行機を突っ込ませるように依頼されて実行しただけだ、ビルが崩壊することは予想しなかった。仮にそうだとしても飛行機の上客乗務員が犠牲になるとは思わなかったのですか。思いました。ではなぜ。百万ドルで魂を売ったからだ。金を手にしてどうでしたか。空しかった。依頼人の名前は。言えない、言えば殺される。数百人の命を奪ったにも拘らず自分の命は惜しい。魂を売った者はそんなものだ。では、ビル崩壊はどう思いますか。俺のように爆破を依頼された奴がいるのだろう。あなたはどうしてこの取材に応じたのですか。金のためさ、これでしばらくは暮らせる。百万ドルは使ってしまった。あんたは何のために仕事をする、もういいだろう、取材は終わりだ、俺は教会に行く。
 我々は爆破に係った者、ビルを購入した者を取材しました。そして次の事実を発見しました。事件7日前5百万ドルでビル爆破を依頼された解体業者に取材しました。爆破工事はどのようにおこなわれたのですか。当日別の場所から指示に従ってビルを爆破させた。別場所は。秘密にされている。当時飛行機が2機ビルに突っ込んだことは。知らなかった。解体工事は何時から何時まで。爆破の前3日間、いや爆薬の埋め込は完了していたがスイッチは4日目の午前中だったから4日間だな。爆破貴方一人が行ったのですか。依頼人の指示する時刻に爆破するには俺しかできないからな。なるほど、取材ご協力ありがとうございました。

 次に向かったのはツインタワーを含めた周辺の土地を購入した者です。取材には応じませんでしたが返って疑惑が深まりました。これは売買契約書、保険契約書のコピーです。契約日はそれぞれ事件3月、1月前となっています。そして彼は35億ドルの保険金を手に入れました。何故殺人、詐欺で逮捕されなかったのでしょうか。彼が依頼人が合衆国政府であればどうでしょうか。イラク侵攻の理由付けシナリオの一環と考えるのが自然でしょう。知名度の高いビレラディンを犯人に仕立てフセインを殺す、このシナリオは、誰が。そうです、闇の帝王ヘンリーウイリアムしかいません。
 彼の目的はイラク侵攻でした。イラクで在庫の武器を消費すると新兵器を軍に売りつける。購入資金は米国債を担保に貸し付ける。払うのは米国民。この国は彼の植民地でしょうか。国民は彼の奴隷なのでしょうか。兵器売買契約書、資金貸借契約書はあれから10年立った今も何故公表されないのでしょうか。私は今自由の女神の前にいます。その顔は悲しげです。戦争とは、アメリカ合衆国とは、改めて考えなさいと言っているのでしょうか。

 WHことヘンリーウイリアムはいらだっていた。世界帝王たる自分に真っ向勝負を挑んで来た者がいたか。しかも自分の手法が真似られるとは、いい手は真似であってもいい手なのだ。経験したことのない嫌な気分だ。すべてを見通せる眼を持っていても今回はデマを止めることができない。しかもデマはこの自分に対するものだ。許せぬ、と憤激するが有効な手立てがない。攻めは強いが守りは弱い。いや、今まで守りは必要なかったのだ。


Juppiter omnipotes, audacibus annue coeptis
(全能なるユピテル よ、危うき企てを善しとしてください)

合衆国州国およびその国民は我々に上納金を、そして
我々の意に背くなともとれる。




すべてを見通す神の眼 ルシファー(サタン)の目とも

         

 新ドルのうわさは観光客に影響を与え出した。米国外とくにアジアでは米ドルを敬遠し始める。為替市場に大きな変化はないが巷ではドルは7掛けで決済される。ドル売りが始まる、市場に影響はないが心理は恋愛に似ていやになると憎しみに変わる。外国に出稼ぎに出ている労働者は給料を円に換え始める。これがブラックマーケットではドル安に拍車をかける。反米国はこれ幸いにドルの受取拒否に走る。水の流れは簡単ではないが止めることは可能だが、潮の流れは止めることはできない。イスラムを主流とする潮流は支流を生んでゆく。原油取引ではドル建て決済お断りなった。流れは大きな流れに寄って行き、さらに大きな流れになるものだ。

 突然ニューヨーク為替取引所に発煙筒が投げ込まれる。コンピュータが作動しない。何事だ。百人ぐらいの子供がなにかばら撒いている。磁石だ。ものの1,2分のことだ。子供たちは引き上げてゆく。そして散らばって行った。終わりました。ご苦労さん、10ドルが100枚、みんなに配ってくれ、これは君の取り分だ。ありがとう、少年は10ドルを受取る。それから、みんなに伝えてくれ、今日のことは忘れろ大人になって思い出せとな。わかりました。10ドルをもう一枚、これは次回の手付。その1000ドルは残ったら。君の好きにしたらいい。もしぼくが持ち逃げしたら。君はしないさ、君は友達を裏切らない。そうですね、世界平和に貢献しているのだ。そうだ、また頼む。OK。為替取引が中断したことはドルに対する不信となって現れる。取引所にはえらい迷惑な話である。警備員も500ドルずつ握らされている。突然子供がどっと来たもんで、どうしようもなかったなどとぼけている。

 数日後は大手銀行の振込みが停止した。下手に騒ぐと次は電力会社だ、との書き込みがあった。ハッカーと呼ばれるコンピューター不正侵入者だ。このニュースは為替取引中断事件から眼を背けらすことになった。ハッカーはパキスタンから侵入したようだ、としか発表されなかった。銀行、電力会社に問い合わせメールが殺到する。サクラのメールがブログに転載される。これが呼び水となって投稿が相次ぐ。軍事施設、ホワイトハウスは大丈夫か、と真面目な小父さんの質問に野次馬が勝手な意見を述べる。この国の政府は人民の人民による人民のための政府でないからだ、今こそ闇の帝王WHの支配から脱却して真の自由と独立を勝ち取ろうなど無責任な発言が寄せられる。インターネットは善も悪も等しく送信し受信する。管理ができない世界だ。

   ヘンリーウィリアム Henry William



 闇の黒幕、またの名を闇の帝王、死の商人、戦争屋総領ことヘンリーウィリアムと坂本龍次との対決が世界に放映される。今後の放送予定、再放送予定も詳しく流される。今回は第1回。画面は銀河のかなたの大星雲に寄って行く。ブラックホール、あらゆるものを光さえものみ込んでしまうブラックホール、戦争、疫病、金融危機、食料危機、など人類のあらゆる不幸を生み出す地上のブラックホール。それは悪の限りを尽くし地球制覇を着実に推し進めている。その総元締ヘンリーウイリアムとこれに立ち向かう日本人、坂本龍次との対談を全5回に亘ってお送りします。アナウンスが終わるとシリウス星雲が大画面に広がる。

 リュウジサカモトとはいったいどのような人物でありましょうや、またどのような考えを持っているのでありましょうや、日本人は我々キリスト教徒にとって未だに理解しがたい。そこで番組は氏の紹介が必要と考えました。対談に先立ち氏を御紹介致しましょう。

 ミスターサカモト、本日はお忙しいところ我々に時間を割いていただきありがとうございました。さっそく貴方の基本的お考えを伺います。

 数億光年ともいわれる宇宙の広大さは原子素粒子の細かさに匹敵するのか、凡人には想像することさえできない。ただ言える事は人類の有史来の戦争、疫病、食料危機など人類を破滅に向かわせる事はすべて闇の黒幕によって引き起こされて来たということだ。したがってこれを除去しないかぎり戦争はなくならない。人類に明日はない。彼らはカナンの末裔といわれていますが、これを除去するのは大変でしょう。それは除去しようとしなかったからだ。彼らがどういうものかはキリスト教徒でない私には興味はない、人類に、この地球に仇なすか否かだ。
 なるほど、仇なすか否か、闇の存在との対決に不安はありませんか。ある、が、思い込んだら試練の道を行くが男のド根性。??。立ち向かうしかないのだ。日の下に引き出せば闇は消える。どうやって。焙り出しと言って煙を穴の中に送り込んで中の狸を引きずり出すすのだ。具体的には。重要機密、敵の横で答えられるか、馬鹿な質問だな、人生に解決方法なんてあるか、花も嵐も踏み超えて、前進あるのみ。万歳突撃、日本の兵隊さんは強かった。もう少しましな取材をしろ、俺はごく平凡な日本人だ。OK、では対談を始めていただきましょう。何がOKだ、バーカ。?。


  第1回 9.11同時多発テロ

 どうだ、ヘンリー明るいところは?サカモトか、少しまぶしい。少し暗くしてやろう。助かる。話は山ほどあるが、同時多発テロから始めよう、視聴率が上がるからな。なるほど、けっこうだ。あれはイラク侵攻の口実づくりか。そうだ。湾岸戦争から10年、売上が落ちてきたところだったか。まあな、頃合だった。で、儲けたか。予想どうり。いくらだ。日本の国家予算10年かな。そうか、商売繁盛だな、今日は第一回目だから視聴者にサービスしたい。同時テロの障りを教えてくれ。兵器、武器とというものは常に最新のものでなくてはならない、とくにアメリカ合州国は。そうだろうな、ところが予算がない、在庫がはけてないとか。ああ、頭を使えと言ってやった。イラクがあるじゃないかと?そうだ、サカモトお前の方がものわかりがいい、手を組むか。遠慮する、イラクが大量殺戮兵器を保有しているとのシナリオは?CIAが持って来た、考えればできるじゃないかと言ってやったらよろこんでいた。フセインは湾岸戦争をそそのかされ、今度は悪の枢軸にか、往復ビンタだな。理由はどうでもいいい、武器が使用できて軍需産業が儲かればすべて目出度し。やれやれ、フセインもビルアビンも草葉の陰で悔し涙にくれていようぞ。
 その具体策が同時多発テロ。ああ。そこのところを詳しく話してくれ。ハイジャック機をツインタワーに突入させる、ビルを破壊する。ビルラディンをイラクが匿っていると宣伝する。そんなことはわかっている、具体的手口が知りたいのだ。詳細は立案したCIAにきけ。ヘンリーお前に訊いているのだ、答えろ、今の立場を考えろ。どう答えるのだ。世話が焼けるな、順番に行こう。ハイジャックは?聖戦にいかれた奴をみつくろったようだ。
 ハイジャック犯をビルに突入させた方法は?神風特攻。洗脳、マインドコントロールか。ああ、若いとは純粋ということだが信じ易い。だろうな、年寄りは疑ってかかるからな。聖戦でもお題目は何でもいいのだ、その気になってくれれば。そうだな、でもそんなに簡単なのか。米国を象徴するビルを破壊してやれ、死後の幸福は約束されていると言ってやればいい。自爆テロの催眠か。言い方はいろいろある、若いとは素晴らしい、ヒャッヒャヒャー。身の毛がよだつな。神風は参考になるよ。
 ビル爆破は?老朽ビル解体費節減とイラク侵攻の口実づくりだ。演出効果もある、飛行機突入でビルが崩壊したように見せるのが味噌だ。その調子だヘンリー、ビルの地下部分を破壊すればビルは自重で崩れ落ちるか、爆薬使用は簡単に判明するだろうが。なに、証拠を湮滅し箝口令を敷けば済む。ヴォイスレコダーが見つからないわけだ、自由の国と言われるが。大事なことには見ざる聞かざる言わざると教育してある。今となっては証文の出し遅れ、時効か?そんなあところだ。
 土地の売買は?売り手はそれなりの売却益を買手は保険金を得たそうだ。政府の連中は幾ら貰った。主な5人は一人頭1億ドル、その他を入れて20億ぐらいか、そうだ一人金塊をくすねたもいたようだ。保険金は35億、少し安いな、数千人を巻き添えにしておいて。なあに、あいつらは金に尻尾を振る犬だ、お座り、伏せ、もできるぞ。犬は満腹を知らない、だから少しずつ回数を多く与えるべし。おい、ヘンリー、そうだとしてもお前には言われたくないと言うだろうよ。俺か、俺にとって金は手段だ。じゃあ、お前の目的は?この地球を守ること!

 これは意外、ヘンリーさんのお言葉とは思えない。どうして守るのだ。当たり前だ、これほど美しい星がどこにある。宇宙広しといえども。わからないなあ。お前はものわかりがいい男なのに、いいか、地球を破壊するのは人類だけだ、地球のため、宇宙のためにならない、抹殺すべし。ということはお前は人類でないのか?さすがサカモト、察しがいい。どこから来た。シリウスからだ。いつ。約1万年前。どうやって。人間の知能では理解できまい、宇宙は光速以上で広がり続けている、光速の数億倍でこの宇宙空間を移動する方法は。
 できないな、宇宙の外はどうなっている。それは、、、分からないが、宇宙よりも広い。だろうな、山より大きい猪は出ない、宇宙の種は誰が撒いた、時間を戻せば小さな種になるだろう。うーん、昔、300億年程前だ。答えになっていないな、シリウス星人もその程度か。で、どうして人間の姿をしている。いい質問だ、この地球上で一番弱い動物はと観察してみると人類であると判明した。だが、二本足走行して知能を持っている。しばらく地球を離れているうちに驚くほど繁殖していた。これは地球の生態系を崩すのではないかと危惧した。それが現実となった。そうだ、いや、環境破壊を加えると恐怖だ。人口はどれ位がいとみている。1.5億。残りは集団自殺してもらう。戦争か。そうだ、手っ取り早い。他の動物が同種で争うのは交尾か食料だが、人類は金のために他人を殺す。戦争は最上のリングだ。人類は理解できない存在だ。中でもユダヤ人が一番金に執着する?そうとも言えまい、どの人種も似たようなものか。金と女に弱い。そのようだ。何故この星に拘るのだ。宇宙の片隅に満々と良質の水を湛えた惑星を偶然発見した。これほどの惑星はちょっとみつからない。それが知能の低い人類には未だ理解できないのだ、観察、実験中だ。

 なるほど、なかなかの見識だな、宇宙から見た地球はそれ自体が生命体と言った飛行士がいたが。そうなんだ、そういう地球に関心を持つ人間が増えると我々の計画の障害になる、第3次世界大戦を起こして人類を60%程削減しようかと思うこの頃だ。そうか、人類は1.5億が適当なのか。その前に建造物などを取り壊して5万年前の地球に戻しておくことが望ましい。ヘンリー、ちょっと一息入れよう、坂本が手を上げる。ビールがくる。俺は飲まない。俺のビールが飲めない、ヘンリー、俺を否定するのだな。そうじゃない、飲めないのだ。まあ、そう言わずに、美味いぞ。これは人類の発明の最高傑作だ。坂本には否と言わせぬものがある。ヘンリーが一口ビールを飲む。ビールはこういうふうに喉で味わうものだ。身体が熱くなってきた。そのうち気持ちよくなる。思考ができなくなりそうだ。正常な反応というものだ、さて、本論に戻るか。
 本論、そうか、俺が人間の姿をしている理由だな。そうでーす。一つは、人類を宇宙戦争の兵に養成すること、今一つは、我々の居住空間としてどの人種が適当かを観察すること。素晴らしい発想だ、で、候補人種は。環太平洋から選ぶが自然とともに生きる日本人が第1候補だ。残りは間引き?そうだ。ヘンリー、我々とはどんな生物だ。それは言えない。俺とお前はこれからも永い付合いがつづく、水臭いじゃないか、まあ、もう一杯飲め。だめだ、酔ってきた。おまえ本当にビールは初めてか。初めてだ、そして、このように強要されることも。強要、人聞きの悪いことを言うな、これは好意の表現だぞ。それは悪かった。わかればいい、ぐっと行け。だめだ、身体が宙に浮きそうだ。酒は酔うべし、もう一度訊くがお前は何者だ。俺はシリウス星人、人間の身体に住んでいる。どの当たりだ。肺の中だ。住み心地は。最高だ。お前たちはどうやって増殖する、性交はしないのか。エネルギーを浪費するようなことはしない。楽しみは何だ。人類いや地球観測だ。それは上々、ちょっと血液を調べる。やめろ、痛いのは嫌いだ。何、一時のことだツインタワービルと共に死んだ人間に比べたら蚊ほどのこともない。

  第2回 中央銀行(連邦準備制度Federal Reserve System )による国家支配

 次は中央銀行を使って国家を支配する手口を教えてくれ。そもそも人類とはどうして金銀を珍重するするのだ、他に類を見ない動物だ。理由はわからないがこれらを好むという事実に気が付いた。つまり飼料として最適。そうだ、ばら撒けば集まってきて尾を振る、よく言うことを利く。なるほど、つづけてくれ。金貨、銀貨は価値尺度、交換手段と用いられたが限界があった。取引が飛躍的に増大すると製造が追いつかない、持ち運びが困難。で紙幣を登場させたのだな。そうだ、質問レベルで理解度がわかる、サカモト、お前は分かりがいい。これは恐れ入る、それと原材料の金銀が不足してきて金本位銀本位から強制通貨、信用貨幣へと移行させたわけだ。そのとおり、取引の決済は必ずしも金銀でなくても購買力のあるものなら紙切れでもよいと思うようにするには時間がかかった。今では通帳の残額、数字があればいいと考えるようにまでになった、お前、頭いいなあ。まあ、人類よりは上だ。そろそろ国家支配の手口を教えてくれ。
 銀行券を政府に貸し付ける、国債を担保に取る、それで十分だ。それは誰だ。お前が闇の黒幕と呼ぶ連中だ。お前は?そんな俗物的なことにかまっておられるか。連中はどんな人間だ。金を手にして喜んでいる。どうしてかな。世界中で忌み嫌われてきたので金だけが頼り生甲斐と言っていた。なあヘンリー、連中の手口を俺がわかるように噛み砕いて説明してくれ。サカモトお前も金に執着するのか、まあいい、連中は国債の金利も大きいが貸付先に上納金を上乗せさせる、その一部を政府高官に与える。上納金の会計報告はどうするのだ。それは手品の種を教えるようなものだ。そうかい、胸のレントゲン写真を撮って見るか。あれは身体によくない。じゃあ、MRにするか、お前の姿が見えないと話づらい。あれもよくない、俺は嫌いだ。じゃあ質問に答えるのだな。国債のほんの一部を無償で引き受ける。代金を払わないのか。だから無償というのだ。ばれないか。ばれたことはない。どうしてだ?発行と引き受けの合計数を合わせておけば内訳を全部チェックするには時間と労力が必要だ、人間は10B,兆を越えると計算できないようだ。よくわからないが、気付いた人間がいたらどうするのだ。口を封じればいい。金か消すのか。その人間次第、そんな奴はめったに出てこない。
プロヴィンスの目 http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1e/Eye.jpg


 もしもだ、国民が税金を払わなくなったら国債の償還はできなくなるだろう。それは困る、だから”勤労と納税は国民の義務”と憲法に謳ってある。払わなければ財産を没収するのか。当然、国家経営の基本は国民からいかに巻き上げるかだ。重税感を抱かせぬ程度にしっかり取る、これが為政者の腕。大統領候補を常に育成しておくことが肝要だ。ヘンリーに忠誠を誓う人物の育成か、さすが闇の黒幕、人選はうまく行っている様だな。概ね、中にはできの悪いのもいたが。ケネディーか?ああいう、候補生以外のが湧いて出てくるとやりにくい。政府の管理はどうだ。高官に飴を舐らせる、まあ、大統領育成と似たようなものだ。国別ではどうだ。なんていってもイギリスだ、優等生、国をあげてよくやってくれる。アメリカ合衆国は利益が大きいが若いだけに手がかかる。日本はどうだ。地球防衛軍の中心になってもらう予定だ。理由は。勤勉、頭脳良し、何より国民全体を一つにまとめやすい。明治政府以降今日までの日本評価は高い。国策が定めると挙国一致体制で見事に立ち向かう。これは地球に必要な人種民族だ。
 ということは必要とされない多くの民族が抹殺されたのか。間引だ、言葉に気をつけて貰いたい、地球の人類可住人口は1.5億が相当だ。残りは?ねずみのように集団自殺してくれるといいのだが。戦争、疫病、公害といった手法では抑制できないだろう。そうなんだ、来るべき食料不足を憂慮している。人類は何をしですかすか。お前たちが地球的、宇宙的観点でものごとを考えていることはわかった。それは光栄。で、お前たちの移動方法は。人体の接触時に移動する。接触ねえ、セックスかキスか。キスがいい、移動距離が少なくて済む。そうだな、お前たちはどんな姿形をしているのだ。今まで人類にみせたことはない。では今ここで見せろ。どうしてそのような発想になるのだ、サカモト、お前は他の人間と違うな、人の嫌がることを強要する。ヘンリー、お前の強要に比べたら上品なものだ、処女は性器を見せたがらないが、性交を重ねると見せたがるようになる。あれは増殖活動だけではないのか、不思議だ、愛欲と人間は言っているが他の動物には見られない。この愛欲はいいものだ、人間を幸福にさせる。だからな、ヘンリー姿をみせてみろ、処女が衣服を取り去る感じか。論理的ではないがそれほど望むならみせてやろう。そんなところだ、裸は気持がいいだろう。今右肩に移動したところだ。何も見えないぞ、形は?とくに定まっていない、周囲の状況にあわせる。大きさは直系1センチ。俺が見えるようになれ。それは無理だ、紫外線カメラが必要だ。仕方がないカメラを用意しよう。だめだ、俺は赤外線に弱い。心配するな照明は消してやる。これでも熱い、戻る。俺の肺はどうだ?酒タバコは禁物だ。意外にデリケートだな。次回までに人間が見ることができる方法を考えておけ、いいな、できなければ宿主と一緒に焼いてしまうぞ。そういう乱暴なことはよくない。寄生虫の分際で俺に意見するな、parasite パラサイト。

  (休憩、Inntermezzo)

 そのころ、外務省大平局長室では課長以下木村拓也もテレビに見入っていた。よくやりますね局長。まったく。この二人は?俳優の卵だろう。しかし、坂本さんのシナリオでしょう。勿論、彼以外に誰がいる。ですよね。みんなもよく観て参考にして欲しい、本人のイメージは出ている。ヘンリーの方は?彼の勝手な想像だろう。凄い想像力。デマが事実をつくると言ったところですか。だな、これから課長、君の出番だ。は。よろしくな。

 白井貴子はアンヘンリーをパソコンで呼び出す。元気そうねタカコ。恋人ができた。マリオが手を振る。おめでとう、いい男じゃない。ありがとう。テレビは本物?まさか、でも雰囲気は出ているわ。そうなんだ。今どこ?貴子は大きbaguioと書いてみせる。わかった、これからこれで連絡できる?OKよアン。安心した。続きが始まりそうなのでまたね。そうね、バーイ、タカコ。

 シャハラザードは坂本の腕の中で笑い転げていた。そんなに笑うな。だって面白いんだもの。ねえ、日本の女は性器をみせるの。さあな、あれは神聖なもの、見せるものではない。あなた、体験があるんでしょう。創作というものはな、筆の勢い、というものがあるんだ。でも、ほかの女に大切な精液を使ってはいけない、約束よ。ああ約束する。

 陳と柳は面白そうにテレビを見ていた。偽者をしたてるとは我が婿らしい。いよいよ真っ向勝負に出たか、方法論はともかく度胸のよさが彼のとりえ、こういう無茶が案外効果あるかもしれない。婿を支援するにはどうしたらいいかな、柳。アメリカ国民に税金返還、不払い運動を焚付ける、ドルの受取拒否、なんでもできることから応援しよう。この国も税金を払う限りは自由なのだ。在米の同胞に呼びかけるだけでも大きな流れになる。

 ユキ、清美はそれぞれ坂本の身を案じていた。ユキは本能的に危険なものを感じていた。清美は白井貴子を通じてヘンリーの不気味さを感じていたのだ。

  当のヘンリーウイリアム本人は、腹が煮えくっていた。こけにしやがって、なんとかしろと怒鳴る。テレビ局の電波ジャックのようです。とにかくこのデタラメを否定することだ。有効な情宣活動を早急にやれ。大衆運動にならぬよう早いうちに芽を摘み取るのだ。

 第3 新ドル発回行

 ヘンリー姿を見せろ。お前には見えないから無駄だ。俺は、次回までに人間が見ることができる方法を考えておけ、と言った。まだ方法が見つからない。なら、教えてやろう。約束が守れないない奴はお仕置きをしなくては、去勢でもするか。手術台が運ばれてくる。『やめろ!俺はヘンリーではない。ムハマドアリだ』どうことだ。こいつに寄生されて脳までハイジャックされている。それは気の毒だな、身分を証明できるか。俺の部屋にパスポートがある。それでけっこうだ、メールかFAXで送ってもらえるかな。すぐ送らせる。この電話を使え。わかった。頭が痛い。ヘンリー大人しくしてろ。サカモトがタバコを取り出してムハマドアリにすすめる。大人しくするからタバコはやめてくれ。アリ何か言ったか。いや、何も。そうか、まあ一服付けろ、サカモトも一服して火を点けてやる。アリ、国籍、生年月日をここに書いてくれるかな。いいとも。いつからこいつに寄生されているんだい。もう5年にはなる。寄生虫は宿代は払っているか。払わない。いけないな、俺が取り立ててやるからこの番組に協力してくれるか、珈琲はどうだ。いただく。
 アリのパスポートが届く。お前はムハマドアリに間違いなさそうだ、しかし、難儀なことだな、5年前に何があった。思い当たることがある、この国にきて政治学を勉強していた。どこでコロンビア大学だ。頭いいんだ。まあな、イラク出身の女子学生が俺に近づいてきた。現在、米国はイラクに友好的だが10年内に攻撃するだろうというのだ、どうしてそれを俺にとたずねた。同胞だからと笑って答えた。美人か。ああ、メッポウいい女だった。イランイラク関係からクェート情勢を語り合った。で、寝た。うん、すばらしかった。で、彼女とは。いなくなった、大学にも寮にも、あたこち探したが見つからなかった。それからか。それからだ。
 アリはタバコを深く吸って煙を吐く。ああ我慢できない、タバコを止めてくれ。うん、ヘンリーか、これは悪かった、どこだ。こいつの肩の上だ。じゃあ、ここに移れ。サカモトが手術皿を近づける。アリ、禁煙だって。サカモトが粉を振り掛ける。クラゲみたいだな、ヘンリー、部屋を暗くしてやるからな。何をした。蛍光塗料をかけた、お、よく見える。息苦しい。真ん中の塗料を除けてやる。これでいいか、ついでにポールも立ててやろう。どうしてそんなことをする。どうしてか、こうしてライターに繋ぐ、スパークさすと塗料が爆発するという仕掛け。なんと恐ろしいことを。心配するな禁煙中はライター使わない。

 さて、本番を行くか、え、もう始まっている?これはこれは、お見苦しいところを見せてしまいました。ヘンリー、新ドルが発行されたらどうなるんだい、交換するまでのこと。ところが、新ドルはディザインが凝ってるから印刷が間に合わないらしい。俺は急がないさ。そうかな、交換期限は3年だって、しかも低所得者から交換してゆくそうだ。金持ちは大変だろうな。そんな法案が成立何時するはずがない。大統領が署名するはずがない。新大統領はどうかな、これは名誉に係るので軽々しく言えないが、現大統領は国債無償交付に関与した者に自首を呼びかけるそうだ。大統領特赦を出してから監督責任をとって辞任するするらしい。ばかな。ここだけの話だ、放映中断、これをみろ、演説原稿だ。誰が信じる。正義を愛する者は信じる。良識あるアメリカ国民は信じる。

 アリ、珈琲どうだ、俺喉渇いた。紅茶がいい。そうだな、紅茶もいいな。そうだ。おまえの血液検査異常なしだそうだ。宿代取立て手数料10%でどうだ。ok!ヘンリー宿代月10万5年間で600万ドルだそうだ。今すぐ払え。そんな馬鹿な話があるか。3食付の高級住宅だ安いものだ、銀行振り出しの小切手でもいいぞ。サカモトはタバコをとる。馬鹿やめろ!何を、そうかそうか、禁煙だったな、悪い悪い。あ、紅茶が来た。いいな、午後の紅茶。サカモト、600万だな。ああ、500と100の2枚にしてくれ。100はおれがもらう。ミステル サカモト、話が違う60だろう。アリ、四捨五入を知らないのか日本では切りよく100にするものだ、覚えておけ。ブー。気合、わかるかアリ、500ミリオン手にしたら彼女が帰って来る。本当か?Hony is the money だ、結婚式には呼んでくれ。

 ヘンリー、お前は何が欲しい、水かビールか。水がいい。そうか、用意しよう、お前の友達は何人いるのだ。永いこと会っていない。どこにいる。世界中だ。住所、氏名を書いてくれるかな。友人を売ることはできない。俺は話がしたいだけだ。信用できない。そうか、嫌われたものだ。サカモトがタバコを引き寄せる。言うから書き取れ。そうかい、じゃあ言ってくれ。書き終えて復唱する、この5人かお友達は?それが全部だ。紅茶を皿に垂らす。熱い!済まない、大丈夫かヘンリー。あと一人いた。そうか、言ってくれ。サカモトが書き取って水を垂らす。もう少し水をくれ。もういないかな、ヘンリー。いない。もう1滴垂らしてやる。
 サカモト、お前は何のためこんなことをするのだ。頭のいいヘンリーよ、勉強が足りない、人間の本質がわかっていない、人は愛する者のために己を犠牲にすることができる、わかるかなシリウス星人。金に生きる人間もおれば愛に生きる人間もいる。お前の野望も夢と終わる。人類ごときがシリウス星人に何ができる。ヘンリー、お前の本名はなんと言う?人類の言語では表現できない。それはお前に能力がないか、意思がないかのどちらかだ。サカモトがタバコに手を延ばす。******なんだそれ?シリウス語だ。非音楽的だな。人類能力では10倍の速さについてゆけない。ヘンリー誤解しているな、人類はお前たちに劣るとな、頭を冷やせ。サカモトがビールを垂らす。やめろ!やめろ?ヘンリーお前、人類の言葉遣いをマスターしていないな、こういう場合の表現は。やめてください。そうだ、それでいい、その気になればできるじゃないか。

 さて、ティータイムは終わりだ。ヘンリー、お前はWH多重変態と呼ばれている。馬鹿な奴がライター押したらどうなる、勿論、そんなことはさせないが。脅すのか。脅し、人聞きが悪いこというな、俺たちは対話している、そうでないか。ところでお前、金をどこに隠している。そんなこと言えるか。言えないことはないだろう、お前が強請取ったのだから、いえないなら書き出しでもいいぞ。同じことだ。何が?お前が書き取るには俺は人類の言語を発しなくてはならない。それは理屈だが、ひょっとして、お前字が書けないのか、アリ代筆してやれ。
 サカモト、俺たちの金をどうするのだ。俺たちの?お前地球の言語がわかってないな、脅し取ったものは不当利得といって元の所有者に返還しなくてはいけない、わかりますか、だから手伝ってやるのだ。手数料をとってか。当たり前、返らぬものと諦めていたのだから半分でも御の字だ。手数料半分もとるのか。金は使うもので貯めるものではない。使うだけあればいい。だから新ドルは金本位に戻すべきだ。お前は、サカモト、俺たちの金を新ドルに換えるのか。そう。しかし、あまった金は?世界通貨で売ってやる。その通貨は?武器を買い取って平和利用に使う、といっても費用がかかる、全部吐き出すのだぞ。お前は?俺か、俺は金に不自由していない、年金で食っていける。こんな人間を見たことがない。それは褒め言葉か、けなしか?最大級の褒め言葉だ。それは光栄、ついでにおしえてやろうヘンリー、金は天下の回り物といってなめぐり歩いてなんぼのものだ、よく覚えて置け。
 そう、いいんじゃない。なんだ?なんですかだろう、へんりー。何事ですか。遺伝研究所が研究したいそうだ、ちょっと、わけてやれ。止めてください、我々高等生命体はわずかのことが致命的なのだ。高等かどうかも調べてもらえ、生命研究所もサンプルを欲しがっているそうだ。*******!ヘンリーわからない、英語か日本語で話してみろ。いいですか?ああ。サカモト、止めさせてくれ、お願いだ。男じゃないか、ちょっとの辛抱、後でうまい水をやるから、それとも爆破した方が早いか。******。おいどうした、ヘンリー大丈夫か。返事がない。ではサンプル採取します。******。もう一つ。***。終わりました、ありがとうございました。あとで請求書送るから所長あてに。はあ?サンプル代。おい、ヘンリー大丈夫か、今熱帯魚の水槽に入れてやるからな、ふたもあるから猫に食われる心配もない。

 アリ、金も入ったことだし、祝杯上げるか。いいな。アリの奢りでぱっと行こう。俺のおごり?お前はいいやつだ、日本料理にするか、中華もいいぞ。うーん。これで彼女が帰って来たら万万歳だろう。あなたの御蔭だ、深く感謝する。いいんだ、アリ、これからも仲良くいこう、ドルは早めに外貨に替えて置いた方がいいぞ。ああ、わかっている。ここでニュースを入れます、ディレクターが叫ぶ。『今入ってきたニュースをお伝えします。ロイターは新ドル発行について世論調査を行うと発表しました。税金返還運動の高まる中で一般市民の中から300人に聴き取り調査を、また、上院下院のすべての国会議員に書面による調査を今週中にも実施する予定です。国会議員の回答はすべてホームページに掲載するとしています』画面にはテロップも流される。『続いて在米中国華僑は国際取引はドル建てとしないとの声明を今日の懇談会で採択しました。中国本国の政策にも影響を与えるものと見られます。さらに中東原油メジャーは今後ドル決済には応じないと新聞発表を行いました。各業界も同調するとの観測も出されております。』

   第4回 通貨発行権

 オバマ大統領は今日の記者会見で新ドル発行銀行を政府管轄にすると記者団の質問に答えました。『私はアメリカ合州国は強い国だと信じています。それは未来においてもそうあるべきです。独立戦争を思い出してもらいたい。ドルはアメリカ合州国の通貨です。通貨発行権は政府が持つのは当然のことです。与野党を超えて真剣に考えていただきたい。通貨発行は独立国の証です。民間銀行がドルを発行していいのでしょうか。これは独立戦争以来歴代大統領が心を痛めてきた問題です。今こそアメリカ合州国の真の独立を、全国民とともに勝ち取ろう。私はケネディー大統領のように凶弾倒れてもいい、祖国のために多くの兵士が、命を捧げた。ほかにも消防士、レスキュウ隊、など社会のために働く人々がいる。私もこの国に命を捧げる』これは闇の黒幕との対決姿勢を内外に示したものと受取られています。

 ヘンリーウィリアム、大変なことになってきたな。ふん、インチキ会見だ。どうしてかな?オバマは我々の大統領候補の優等生だ。今問題なのは新ドルの発行権だ。通貨の発行権を持たない政府などあり得ないことに国民は気付いた。この国民すべてをコントロールできるかな、ヘンリー。むむ。ホワイトハウスは何故反論しない?国会議員の過半数を押さえてある。往生際がわるいな、へンりー、間もなく世論調査の結果が出よう。何が言いたい?いいかヘンリー、お前に魂を売った人間も買い戻せばいいと気付いたのだ、わかるか、人間は時として神にも悪魔にもなりうるが、なりきることはできない。王将は他の駒が命懸で守ろうとするから強いとおもってしまうが、機能では飛車、角、桂、香車に劣る面もあるのだ、味方の駒のいない王将はおそるに足りない。取られた駒は敵となる。取り返せば味方となる。

 外務省の大平局長は米国債を担保に東北地震の復興費捻出を目論んでいた。相談するとすれば田中局長だ。しかし大平、米国債=年金、命が危ないぞ。わかっている、青臭いが俺は今生きている、仕事をしていると思えるのだ。そうか、そこまで腹を括ったか、腐れ縁だお前に付き合うか。頼む、彼に国のために死んでみせると啖呵を切ったのだ。男一代、無法松か。そんなところだ。あの出任せ、大したもんだな。デマは出任せ、デマゴーグ demagogue。 感化されたか。ああ、感化された、白井貴子はこちら側に寝返ったというか、帰還したそうだ。そうか、お前も頑張っているな、今晩慰労してやる、俺も一肌脱ぐよ。ありがとう、じゃあ、また。

 陳と柳はドル79円で買いの勝負を賭ける。カルロスお前も乗るか。ああ、500ほど。ビリオンだな。ミリオンじゃないのか。財閥が何をいう、元手は50分の1、たったの10でいける、決済は売り逃げてからでいい、婿殿の援護射撃にもなる。新ドルのうわさに市場が反応するとは思わなかったが、柳は以前から80を底と観てドルの空売を続けていた。90円で売った額は1000億ドルを越えていた。もちろん柳一人では証取にひっかかる、華僑ネットに協力してもらう。つまり右に倣えしてもらうのだ。同時に空買も1000億ドル。華僑ネットの空売買はその数万倍。提灯に吊られて値を下げ出した。
 提灯とは仕手の売買だが、一時的に市場の値段となる。これが相場の不思議なところであり、法規制だけで市場の自由な取引が保たれるとは思えないのだ。柳は1000億ドルを90円で空売りし80円で買い戻す、決済すると言った寸法。これを目立たなくやるには永い時間をかけてやる必要がある。10億ドル単位で90円の空売りを100注文する、89、88と決済を繰り返す。華僑が一致団結すれば香港市場は楽に操作できる。それは東京ニューヨークロンドン市場にも影響する。相場市場は闇のなか、そこにドルを売り続ける仕手たちは提灯に映ったことだろう。
 市場の数億分の1の取引がその時点の相場となる。この取引を繰り返すことで市場を支配できるのだ。しかも必要な現金は少しの証拠金だけ。今回は売り逃げ買い逃げの仕手とは違って長期ヴィジョンに立っている。甲子園野球のように細かく手を打っているのだ。80円以下79円の空買玉を揃えてある。83円で利食えばいい。つまり、実体経済のないドルの売買が為替相場を形成するのだ。その相場は輸出業者の受取るドルに、米国債の利息に、海外旅行者の円に等しく影響する。しかし待つことができる者は損しない、儲かる時期をに通貨を処分すればいいのだ。玉を転がすだけで莫大な利益を得る。何ら労働価値を付加してないものが。こんな馬鹿げたことがあっていいんだろうか。 柳を中心とした華僑の利益は3000兆円以上だ。 20年前の日本バブルを思わせる。

 龍玉と人物のコラムが注目を集める。そのは切れよさだ『ドルは売るべし、80円で買い戻せ、83円で利食い。もし半年内にそうならなかったらテレビの前で頭を丸める。儲けの半分は震災復興に寄付してもらいたい』いずこの外国為替情報サイトにも半年前から掲載されている。日銀介入とヘンリーの防戦買いが始まると予想は完璧に近い。これに従った者は数億の利益を容易に得たであろうとメデアが伝える。果たして介入は?私は龍の玉氏を信じます。すでに1億ほど復興費に寄付しています。今度のご寄付は?3億ぐらいになるかな。失礼ですが日銀が動かなかったら、どうなさいますか。待つだけのこと。啼くまで待とう時鳥。円とドルの相場が変動するから損得が生じる。何もしなければ何もない。円は円、ドルはドル。ここまで言われて日銀は黙って入る訳にはいかんでしょう。ほら、動いた。どうだ、兄ちゃん200万でドルが1億円分125万ドル買えるぞ、そんなくだらぬテレビ取材よりずっと勉強になるぞ。いえ、仕事中ですので、今度また、それにしてもいったい龍王ロンワン氏とはいかなる人物でありましょうや。え、今日銀の介入が始まったようです。

 カルロスの分は1ドル80円と78円での買い100ずつ、83円の空売300で注文をいれる。どうして売り買いを同時に入れるのだ。安く買って高く売る、高く売って安く買う。売るたって売るものがないじゃないか?だから空売。カラウリね、なにそれ。いいから初心者は黙って観ていろ、柳さんがいいようにしてくれるから。
 80円を割り込むと日銀の介入、ヘンリーの防戦買いでドル高に転じる。83円で利食い。カルロス1ドル3円と5円の儲けだ、100ずつだといくらになるでしょう。陳、俺は計算苦手。800B円、およそ10およそBドルの儲け。儲かったのか?そうだ、83円の売を300を80円で買い戻すと900B円儲かる。??そんなものか。75円だと8かける300は2400B円=32USD=1200Bペソとなる。俺みたいに真面目に仕事をしている人間には働くのが馬鹿らしくなる。リュウジはそれを言っているのだ、カルロス、実態のない取引で使いきれない金を得てなんの人生ぞ。陳、お前も詩人だな、酒と女と冒険の我が人生に悔いなし。ところで、柳さんの方は?90円で売って80で買い戻した。どれくらい?カルロスの100倍ぐらいかな。ふーん、1ドルにつき10円の儲けか、で全部でいくらだ。1兆円。ペソにすると。ムーチョ!そうか陳、ムーチョ、ベサメー、ベサメムーチョか。そうだ。

   第5回 世界通貨

 新ドルが発行されるとヘンリー、お前の貯め込んだドルは紙くずとなる。その日は近い。それだけでないぞ、金塊も強制収用されるようだ。そんなことができる訳がない。そんなこともない、お前たちがやった手を逆手に取るだ、資産を取り上げるか、刑務所で反省してもらうか、いくらでも手はある。アメリカ合州国政府ができないことはあるまい。アメリカ国民は知的レベルが低いから政府を動かすことはできない。そんなことを言うから嫌われるのだ。*****。どうした、元気がないなヘンリー。宿替したい。熱帯魚と同居はいやか、俺なら月10万円でいいぞ。遠慮する、お前はタバコ、酒、で臭い、それに何より御しづらい。それは残念、また、条件に合ったいい宿を探してやる。
 それはどうも、だが、世界通貨など夢のまた夢、見果てぬ夢だ。おう、ヘンリー調子が出てきたな、何か飲むか。いや、結構、ガーゼを被せてくれないか。いいとも、片方は水槽に浸けて置くからな、どうだこの気配り。感謝する、しかしサカモト、EUですら何年かかった、未だに安定しない。おい、シリウス星人、人間をなめたらあかんじぇよ。今なんと言った意味がわからない。人間を軽視するなと言った。理解できた、だがどうしてだ。トリアエズ、現行通貨の中から人気投票で選ぶ。印刷発行までの暫定世界通貨だ。面白い考えだが世界取引量に見合う発行ができるかな。それはおれも考えた、どうするのだ。知りたいか。もったいぶるな。教えると悪智恵の働く連中が善からぬことを考えるから見てのお楽しみ。ヘアーヌードが解禁されているのに、恥ずかしがるようなものだ。品のないことを言うな、良家の娘は軽々しく股を開けない。お前は『処女は性器を見せたがらないが、性交を重ねると見せたがるようになる』と言った。言ったが、ヘンリーよく覚えているな、だが俺とお前は性交できるか、想像するだけで気持悪い。それは俺も同じだ,世界通貨は金本位か、だとしたら金の保有量が足りない。
 さすがヘンリー、いいところを突くな、だが心配無用、金塊を銀行に展示する、黄金の輝きは人の目を楽します。解らないことを言う、気は確かかサカモト。隠すから観たがる、照明つきガラス張りにして置けば預金者は安心する。盗まれるぞ。24時間展示して置けば観光スポットにもなる、人目があれば盗みにくいだろう、金本位といっても兌換する者がいなければ金保有量は少なくてもいい。いなければな、楽観過ぎる。何をいうか、黄金を無料で保管してやるのだぞ、心配なら有料金庫に移せばいい。全部が移したらどうする。外から調達するだけのこと。どこからどうやって。それも企業秘密、いや、国家、世界銀行秘密。
 もしかして、調達とは我々の金塊を奪うのか。お前たちとは違う、そんな品の悪いことはしないさ。本当かな。信じあう心を大切にしよう 今日の日はさようなら また会う日まで という歌があるだろう。人は他と友達になれる、人と人との間に人間は存在する、異星人のお前にわかるかな。そんな甘い考えで世界通貨が通用するものか、発行量が確保できるわけがない。お前ひつこいな、同じ質問を繰り返す奴を馬鹿という。仕方がない、金塊1tで教えてやる。サカモト、なんでも金と引換はよくない。なら訊くな、トップシークレットをタダでという性根がおぞましい。どうやって運ぶのだ。運ばないさ、オークションにかける、といっても、取敢えず日銀渡しにしてもらおうかな。遠すぎる。じゃあ、お前が好きなのはどこだ。New York FRB 連邦準備銀行だ。なるほど、考えたな、しかし、オークションするには東京がいいな、純金上玉を船便ででも送ってくれ、取り急ぎ1kg空便で頼む。

 銀行は預金を貸し付けて利ざやを稼ぐ商売だな。当たり前だ。銀行には預金のごく一部しか残っていないのに預金者は文句を言わないのはどうしてだ。準備預金率は0.01%で十分だ。だとすると準備預金の1万倍を貸し付けることができるわけだ、また。預金のうち80%は貸付に回せるわけだ。つまり銀行に現金は残っていないほとんどが出はらっているのだ。何が言いたいのだ。通貨はそんなに発行しなくてもいいということ。そんなにとは、、、。どれくらいの取引があるかはよく知らないが、取引の1億いや1兆分の1ぐらいかな。あのなあ、ヘンリー付け売りは金が要らない、付の利く所は金持たずに行ける。近頃は現金取引は小売店、スーパーくらいか、いやいや、スーパーでも銀行カード、クレジットカードで決済される。日本ではお札はほとんど要らない。まあ。要約すると決済方法は振込み、自動引き落とし、相殺、手形小切手がほとんど現金決済額は1%にも満たないだろう。それは平事の時で有事の際は現金が必要だ。
 そうさ、しかし、ヘンリーお前たちが大人しくしていれば有事はほとんどない、わかったら謹慎していろ。どうして命令する。お前たちは悪智恵はあるが運動能力に欠ける、この水槽から抜け出ることもできないではないか、それと物事の本質が理解できないようだ。馬鹿にするな。本当のことだ怒るなヘンリー、1兆円の決済に1万円札は何枚必要かな。1億枚。そうだ、札束の高さは?え!厚さを1mmとして1000枚で1m、百万枚で1km、1億枚では100kmになる。厚さを10分の1としても10km、どうやって運ぶ、どうやって数える。ウーン。お前ウンチしたいのか、俺もトイレに行こうっと。考えて置け。ああ、すっきりした、出すものはださないとな、どうだわかったか。ウーン。お前便秘か。大き過ぎて持てないか、金の現実的本質は銀行口座の金額だ。わかるか、ヘンリーウイリアム。

  第6回 おまけ 太平洋戦争ー第2次世界大戦

  好評のうちに終わった対談でしたが、視聴者から要望の多かった太平洋戦争について番組枠を増やしてお送りします。サカモト、 ヘンリーウィリアム両氏には無理を言って時間を割いていただきました。それでは早速、始めましょう。

 ヘンリー、今度の大戦はどうやって戦争を起こしたのか、知りたい視聴者が多いそうだ。戦争も抗争も怒り憎悪から生じる。そうだな。相手を怒らせればいい、それだけだ。怒ったほうが負けということか。ならぬ堪忍為すが堪忍。そのとおり、だが人類という動物は利害だけでなく感情で動くところがある。あるな。だろう、だから忍耐の限度を超えさせるように仕向ければ争いが起こる。なるほど、個人レベルなら喧嘩、組織なら抗争、国家なら戦争か、よくわかる。分かってもらえてうれしい。今ディレクターが具体的な話に入れと言っている。だろうな、彼も仕事だ。

 第2次世界大戦はドイツのポーランド侵攻に始まったと言われるが、ここから話を始めてくれ。軍需産業は戦争があるから儲かるのだ。金融機関は金を貸して利息を取るから儲かるのだ。言われるとおりだ、ヘンリー。第1次大戦でアメリカ合州国は出遅れたが、軍需景気で大いに潤った、それどころか世界のトップに躍り出た。経済的にか。そうだ経済が全てだ。戦勝国も戦費の返済に苦労していた。アメリカの一人勝ちか。そうだな、日本も少し儲けたのではなかったか、まあ、それはどうでもいい。戦争は儲かると国民に思わせるのだな。そうだ、ドイツ一人を悪者にして法外な賠償金を要求した。ドイツ国家予算の100年分?そんなものだ。働けど働けどドイツの稼ぎは賠償金に消える。ああ、我慢は長く続くものではない。なるほど。
 ドイツが戦争をおっぱじめるのを予想してアメリカの軍需産業は準備していたのだな。ところがサカモト、予期せぬことは起こるものだ。反戦輿論か。ああ、ルーズベルトは反戦を公約に大統領になっていたからな。輿論を開戦に向けるには、この難問にヘンリーの本領が発揮されたわけだ。サカモト、冷やかすな、ルーズベルトも切れる男だ、いい戦略を立てた。失礼、話を進めてくれ。ドイツは先の大戦で痛手を負っていたが開戦後は優勢に進めていた。ハングリー精神だな。勝負には戦力だけでなく勢いが重要だ、シンガポール攻略をみて考えた。大和魂はハングリー精神どころか神憑りだぞ、サカモト。そうかもな、で、イギリスは米国に助けを求めた訳だ。そう、ここで参戦しない手はない、経済的に儲かるだけでなく政治的にも世界の優になる絶好の機会だ。

 輿論を開戦に向けるには。サカモトお前ならどうする。9.11同時多発テロ。さすが、いい線だ。日中に戦わす、盧溝橋事件?あれは関東軍の独断ではないのか。サカモト、誰がやったかはたいした問題ではない、戦争になればよいのだ。もしかして関東軍にも籠絡されたのがいたのか。金と女に弱いのは何処も同じ、人類はみな馬鹿な兄弟よ、ファッファッファー!坂本(坂本役)は実際に空恐ろしさを感じた、番組は台本通りの進行ではあるが。日本が中国に侵攻すれば経済封鎖ができるわけか。スターリンは日本軍と蒋介石を戦わせて毛沢東に漁夫の利を得させる、腹だったが、別の機会にしよう。ゾルゲ事件?ああ、面白い話がいっぱいあるが脱線すると番組が怒るのだろう。そうなんだ。
 日本を怒らせて日米開戦に持ってゆくには。挑発すればいい。そうだ、日本人はかっとなりやすいからな。新婚教師殺害事件、僧侶襲撃事件などで日本軍が動き出すのを待っていればいいんだ、経済封鎖の口実ができればいいのだから。サカモト、理解力のある人間は好ましいが、俺の口から言わせようとするのはどうかな。番組の方針だ、出演料もらっているのだから義務を果たせ。
 分かった、アメリカにしてみれば日中戦争の拡大で経済封鎖の口実は整った、日米開戦のお膳立てはできた。次はどちらが先に手を出すか。そうだ、最初の一発を日本軍に撃たせるにはが当時のテーマだ。つまり真珠湾。先に日本がピストルを抜いたから応戦するしかないとなる。なるほど、ついでに真珠湾攻撃はどう思うか。当時の日本とししては最善の作戦だが惜しむらくは敵に読まれていてはな、米国は老朽戦艦をハワイに集結させておく。日本軍に解体させる、ツウィンタワーと同じ手口か。サカモトそう興奮するな、手口は単純なほど普遍性がある。ルーズベルトにしてみれば山本長官様様だ。これで予算は大幅に増える、日本討つべしの輿論を引き出せる。そうか、やるもんだなあ。数千名の犠牲者はスケープゴートか。
 感心している場合でないぞサカモト。というと?開戦直後は日本の好きにさせたが、山本長官を殺害すれば怖いものはない、彼を生かしておくと米軍の被害が大きい。あとは戦争の長期化を図るだけだ。マッカーサーをオーストラリアに逃げさせたのも全員玉砕を叫ばせたのも日本本土爆撃のため、原爆投下のためか。怒るなサカモト、これが戦争だ。マッカーサーは短気なのが欠点とルーズベルトがこぼしていた。すぐ反撃にでられると長期化が実現できない。国力の差は歴然としていた、コールドゲームでは困るのだ。日本はすぐ弾薬食料の底をついた、後は放っておいても餓死するが連合軍は軍需予算達成のため砲撃空爆をつづけたといったところだ。弾薬食料の節約のために全員玉砕か。そういうこと、日本人は信義に厚いと聞いたが中には悪いのもいるようだな、男は金と女に弱い、人類普遍の真理だ。 米英鬼畜、Japなどを流しつづけると目にしたこともない相手を憎み合うようになる、人類は単純な生き物だ。
 くそー、大本営にも売国奴がいたのか、欲しがりません勝つまでは、売国奴のキャッチコピーか、何が英霊だ、万歳突撃だ、1億総玉砕だ。人間なんて薬ずけにすれば簡単にコントロールできる。麻薬か。あれは効率がいい、人間を凶暴にする。戦争の長期化という我々の目的は実現できた、だが日本本土決戦となると2000万人の日本人が死ぬ計算だった、これを阻止したのは私だ。
 言ってくれるな、日本国民の四分の一を殺すつもりだったのか。全部でなかったことに感謝しろ、歴史上滅亡していった民族は数知れない。市民までも殺戮するのか。当たり前だ、騎馬民族は農耕民族を征服するとその民族を根絶やしにして牧草地にした、邪魔になるものはかたづける。人の命は草よりも軽いのか。日本人も覚悟はできていたはずだ、一気に爆撃すれば一億総玉砕も簡単だったが、沖縄で戦争は兵隊さんだけがやるのではないと警告したが分かってもらえなかった。東條英機の戦陣訓。そうそう、あれが日本国民にあれほどまで効果があるとは思いもよらなかった。あれもお前の仕業か。細かいところは憶えていない、こちらとすれば本土決戦になればいいからな。しかし、戦いが不利となると降伏するのが常識だが日本にはこの常識は通用しないのか不思議だった。
 それはいえるな、で、予定を変更したのは優秀な労働力の確保のためか、次の朝鮮動乱に備えてか。そのとおり、米ソ対立は歴史的必然、誰でも予想できたはずだ。沖縄で島民の半分以上が死んだから日本政府は学習したと思ったが、徹底抗戦のおかけで都市爆撃がやりやすかった。予算達成か。いや、翌年分もあわせて200%以上、原爆投下の特別売上を含めると数年分。戦争とは武器弾薬を消費するものか。ものごとの本質がわかってきたな、ただ日本人を2000万人ほど減らすには武器が足りなかった。日本への都市爆撃、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク侵攻、すべてを破壊してゆく、大した戦略もなく浪費するのが米流か。いや、俺流だ、破壊の後には復興需要が生まれる。その復興資金で利ざやを稼ぐ、そんな浪費が続く訳はない。長期的にはな、米国もさすがに弱ってきたようだ。デフォルトか。それも一計、踏み倒された国は戦争を始めるかもしれないぞ。日本と中国が手を組めば?それは困る、だからそんなことはさせない。反日感情はそのためか。でもそれが分からない日本人も多い。
  レイテ第1師団椚 恒雄さん  ”とにかくメチャメチャに撃ってきますね、砲撃が。もう音はひっきりなしに落ちる音がする。それが5分10分じゃないんです、何時間もこう。よく向こうでもそれだけの弾薬あるなと思うぐらい撃ってきた。"NHK 戦争証言http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/shogen/movie.cgi?das_id=D0001100072_00000
 日本軍のかなりの者を籠絡したと報告されている。許せん!お前のそうゆうところが好きだが、俺たちの商売の邪魔はやめてもらいたいな。これだけ手口を示しても人類には戦争をなくすことはできない、人類は時として神にも悪魔にもなるが悪魔のほうになり易い、故に我々のシナリオどおりに世界は動くのだ、人類が10%程度に減るまではな。ほざくな!なに、簡単だ、食料を減らせばいい、食料は最大の武器だ、今日本で実験中だ、ファッファファー!ヘンリー、今に吠え面かかしてやる。俺はサカモトが好きだ、手を組まないか。痴れたこと、価値観が違う、俺とヘンリーとは。残念だ、お前は人類の尺度でしか測れない、宇宙の尺度を知らないからな、しかし番組には協力したぞ。ああ、その点は感謝している、が、今度会うときは刺し違えだな。俺は野蛮なことは嫌いだが、それも宿命か。
                    ( 対談完 )


 外務省の大平の部屋には課長以下、木村拓也も集まっていた。テレビを消すと全員苦笑ともため息ともとれる表情をしている。あれは悪乗りですね、と木村拓也が口を切った。しかし、嘘かほんとかわからなくなりました。そうだな、全員が笑い声を上げる。しかし、局長がよく言われるように嘘も100回繰返すと本当になる、を地で行ってますなあ。ヘンリー役とサカモト役のギャラはいくらでしょうね。ボーナスが出るのじゃないか。そりゃでるだろう、俺さ、連続ドラマを楽しみしている気分でさ。君の名は、か。そんなに古くない、局長の世代だ。おいおい。でも嘘から出た真になるかも知れませんね。そうだと面白いな。この脚本さ、とぼけてる割には本質をついているな。そうそう、素人が書いているがドラマとしてはいけるんじゃないか。いける。だよな。どうだ今夜は軽くゆくか、おれの奢りだ。さすが我らが局長!君の名は。はあー?局長カウンターパンチ、菊池ダウン。彼らは米国債売却もしくは担保による復興資金作りに、円高株安対策に神経をすり減らしていたのだ。闇の黒幕から命を狙われることも覚悟の上だ。大平以下全員に命を預けて国難に立ち向かうという充実感があった。 
 大平局長の奢りで慰労会は盛り上がる。菊池課長が気炎を上げる。あの番組には出なかったが、カットされたのか、原爆を開発投下撮影したハロルドアグニューHarold Agnew博士は広島の慰霊塔の前でも謝らなかったそうだな。真珠湾奇襲こそ責められるべきだと反論したのでしょう。それ、文化の相違と言えばそれまでだが、やり切れない思いがするなあ。”原爆だろうが、爆弾だろうが、銃だろうが死ぬときは死ぬ”には驚きました。彼はどんな気持ちで原爆を投下し撮影したのだろうな。大量殺戮兵器は効率がいい、と話していたから自分の開発した原爆の威力を確かめたかったのだろう。そうそう、”恨むのなら戦争を起こした政府、日本軍を恨めか”、冷静と言えば冷静だなあ。核兵器の戦争抑止力、その使用法にも言及して戦争の怒らないこと核兵器の使われないことを祈るとも言ってましたよ。”罪なき市民を殺したと言うがすべての国民が戦争にそれなりに貢献していた”との彼の認識は、戦争が軍隊だけが遂行するのではなく国民総動員の総力戦であることを端的に示していましたね。
 貢献させられたのだ、大本営の売国奴に、ヘンリーウィリアムに、アメリカ本土が戦場になっていたらどうだろうな。彼の認識も変わるでしょうね。だろうな、サカモトさんじゃないが、真珠湾攻撃をルーズベルト以下ホワイトハウスは知っていて米兵士を避難させなかったとを博士はどう考えるのだろうな、自分に正直で、悪い人間には思えないが。戦争に生贄は必要だ、とはまさか言わないでしょうね。いや、敵を殺すのが戦争、目的達成に犠牲は避けられないと。かも知れないなあ。
 確かに、原爆の被害の大きさだけで核廃絶を語るのは世界情勢を見ていないともいえますね、もし北朝鮮が核を使用したら、日本、ナチが先に原爆を開発していたら。そうだ、君たちの分析は理論的に正しい、ただ、俺の気持が受け入れようとしないのだ。わかりますよ、そのお気持。そうか、分かってくれるか。僕だって日本人ですから。そうだな、ありがとう。酔われたのですか。みたいだ。菊池課長、”科学者の歓喜の裏に人々の悲鳴が聞こえる”とユダヤ人作家プレヒトがその劇の中で書いていますよ。そうだろう、原爆の実際の威力が知りたかっただけだ。科学者には悲鳴は聞こえない。
 まあ、君たち仕事に全勢力をつぎ込んでいるから疲れているのだ、たまには感情論も馬鹿話もいいのではないか。そうですよね、局長、今日は御馳走になります。もうなっていますよ、課長。そうか、君の名は。真知子です。来年の今日、ここで会おう。そうですね、きっとですよ。大平は”広島市民には気の毒であったが、あの戦況では原爆投下もやむ得なかった”との昭和天皇の認識を思い出していた。彼は、生物学者でもあっただけに冷静に客観的に事態を受け止めていたのではないか、危険な賭けだが開戦に踏み切らなければ臣民、国民が納得しないと判断したのではないか、明治、大正と先代天皇を見て育った彼は、何が日本にとって国民にとって一番いいかと熟慮決断したのでないか、大平はそんな気がした。久しぶりにママの顔を身に行くか。慰労会はつづいている。

 その頃、坂本は柳と熱く語り合っていた。以前にも話しましたが、日中戦争は、アメリカにとっては経済封鎖の、日米開戦の、ひいては世界大戦への参戦の口実づくりであった、またソ連にとっては日本軍を満州から遠ざけるためであったと言えるのでしょうか。私もそう思いますよ、坂本さん、スターリンはヒットラーの攻勢に防戦一方でしたからな。
 柳は茶を一口飲んでから、悲しげに訊いた。坂本さん、満州事件をどのように教えていますか。張作霖爆殺事件を契機に関東軍が攻め入ったと理解しています。私が問題とするのは両軍の兵力です。
1.5万の関東軍に対し張作霖学良軍は30倍の兵、兵器を有していました。本当ですか
、知りませんでした。なぜ日本軍は快進撃を続けたのでしょう。わかりません。私はこう考えます。
1日本軍が正規軍なのに対し張軍は軍人と馬賊匪賊の混成であった。
2日本軍が国のために戦うのに対し 張軍は蓄財のために戦う。
という構図を描きますとわかりやすいのでないでしょうか。よくわかりません。張軍は蒋介石の下請けですから前渡金を受け取っても極力浮かそうとしますね。へそくりですか。蒋介石軍は米国の元請ですから28億ドルのかなりを浮かしたでしょうね。毛沢東率いる共産軍も似たようなものです。スターリンの下請けですか。共産化の下請けと言えないこともないでしょう。
 張学良がこういう状況していた考えるとやりきれません。どうしてですか。日本軍は国のために戦うことができるのです。日本は国土が狭いこともありますが、国民が国というものを意識しているのです。といいますと。国があって民と国家が存在するのです。中国の民は国とか国家など考えもしません。考えられないのです。

 次に西安事変はどう思いますか。張学良が蒋介石を捉えて毛沢東と手を打たせたやつですね、私にはよくわかりません、戦況は国民党が圧倒していたようですね。そこですよ、あと一時間でいや五分間で共産党は壊滅という状況でした。では何故?和議は優勢な方が持ちかけます、張学良はこの時を待っていたと思われるのです。単に抗日運動をやっていたのではなく、やがて来る米ソ対立の時代を読んでいたのしょう。
 父親の張作霖を殺された張学良が日本軍と戦うのは解りますが、何故、当面の敵共産軍と手を結んだのですか。最後の将軍と言われる徳川慶喜は薩長軍を前に大阪から逃げ帰りますよね。そうか、兵力では幕府軍が圧倒していた、軍艦を始め兵力は将来の対欧米に残して置くべきと彼は考えたのだ。柳の顔が緩む。戦が大きくなるほど英仏は利益が大きくなる、戦の後兵力を使い切った日本を食物にし易いからか、これも連中のシナリオか。張学良は蒋介石と毛沢東を並べて米ソの代理戦争は終わらせる時期だとぶったのでしょう。それでか、捕らえられた蒋介石が殺されなかったのは、故宮博物館から美術品をごっそり台湾に持って行けた、和解金ですか。米ソの時代、中国にとって同じことならソ連の方が御しやすいと張学良は判断したのでしょう。
 坂本はしばらく声がでなかった。祖国のため汚名を背負ってゆく人間がいるのですね。二人とも損な役割を受け持ったのでしょう。柳は過去に思いを馳せているようであった。坂本には柳と張学良との関係はきくことができなかった。
(参考)
CIAの消費者物価 日本のマイナスが気になる
Inflation rate (consumer prices)(%) Japan -0.7% (2010 est.) -1.4% (2009 est.)
https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/fields/2092.html

  塩崎 家族


 いつもの顔が塩崎真知子の家に揃った。塩崎家の周りにはユキ、清美、陳、カルロスが家を建てている。いわば、『塩崎家族』を形成している。今回は柳家族、マリオ、白井貴子もいる。おそらく彼らも家を新築して塩崎家族に加わるであろう。坂本を縁とする家族が真知子と新たに縁を結んでゆく。縁は異なもの味なもの 。不可思議、思議あたわず。人智を越えるもの。庭に竹のベッドが並べられる。日本の縁台に似てますな、山田常男が言った。日本各地、とくに四国を土産話がしたくてうずうずしている。あら、坂本さん遅いわね、と真知子が見やる。程なく終わるでしょう、と陳が答える。何が、と言いかけて真知子が笑い出す。戦い済んで日が暮れて、現れるでしょうな、常男は紀和を抱き上げる。柳家族もすぐにうちとけた。真知子の人柄と大家族的雰囲気であろう。坂本の子供たちは庭を走り回っている。異母兄弟姉妹だが父を同じくする何かがあるのだろうか。

 坂本がマニラに降り立つとサングラスに超度派手なワンピースのジャパユキがいた。到着口で坂本を待ち構えていて強烈なキスを浴びせる。日本の旦那を出迎えるジャパユキと周囲には映ったことだろう。セール荷物これだけか、とセヴァスチャンが車に積み込む。南海雄が坂本に抱きつく。おう、南海雄、重くなったな。どちらかと言えばお父ちゃんっ子だ。
 セール、例のポリスパトラだ、空港配属になったのかな。クラクションを鳴らす。バイクが寄ってくる。高速まで300でどうだ、セヴァスチャンが交渉する。近頃パトラうるさくなった、けど、お前たちとは友達だから先導してやる。パトカーの先導ですぐ高速入り口に着いた。坂本がマイルドセブンを2箱ー現地たばこの5倍以上するのをを渡す。にっこり笑って、よい家族旅行をと引返してゆく。
 バギオまで3時間足らず、今では通いなれた感じだ。外国からの観光客が増えた。高速と新幹線が大きい。観光収入だけで借入金の利息は払えるようになった。ユキ節はますます磨きがかかってきた。この国の借入金は国家予算の150年分です。金利を入れると300年以上になります。私たちは高速道路と新幹線を子孫に残します、が、借入金も残します。これは少ない方がいい、いいに決まっています。フィリピーナフィリピーニョがその気になれば50年で返すことができます。できますとも。観光客は神様です。Mabuhay ! 外貨をもたらす愛のエンジェル、心からもてなしましょう。老いも若きも女も男も、北も南も国民一丸となって進みましょう。
 演説とはその気にさせることである。理屈だけでは上手くゆかない。頼まれると気安く演説をぶつ。節はヤギ節、ユキ節か、調は喋喋ハ長調。最近の暮らしぶりはどうです、良くなった、そうでしょう。大統領以下公務員の皆様が国民のため、この国のために日夜粉骨砕身されているからです。わかりますか、日夜ですよ。私は陰でほんの少しだけお手伝いさせていただいてます。それでも光栄です、幸せです。 話が抉れるとユキ議員を呼べとなるようだ。女次郎長、旅烏。人を安心させ和ますものを持っている。難しいことは解らないけどさ、ここはか弱い女の顔を立ててくんなまし、オネガーイ。大統領は私のためにはひと肌もふた肌も脱いでくださるそうですよ。私またの名を緋牡丹お龍と発します。

 バギオに着くと先ず風呂だ。ここの日差しは日本の4倍、2階に水槽を置くだけで湯になる。うわさは日本人に広がる。ディー家族風呂っていいもんね。そうだな、坂本は無邪気にはしゃぐ南海雄を膝に乗せながら迫り来る危険を感じていた。背中を流しながらの点検だ。よし、異常なし。次、南海雄、よーし。湯船で身を伸ばすと落ち着く。南海雄は子供たちの声に飛び出してゆく。ユキはさあてと坂本をベッドに押し倒す。やることやってというのがフィリピンスタイル、こうなれば俎板の鯉焼くなり煮るなり好きにしてくれ。ユキがにっと笑う、ゆっくり料理してあげる。人類が音声を発する以前はかくありなむ。カントの『結婚とは生殖器の共有』との定義は当該男女間の共有からこの国においては複共有もしくは合有に改定されるべきである。坂本の性器は多くの女に共有されているのだ。持分の定めはないから平等となろうか。
   
 ユキさん終わりましたか。はい、お母さん。お疲れ様坂本さん。海外2月ほどいましたから。お母さん、今のは短刀ブスじゃない。単刀直入?なんのこと。ユキ姉さん、お母さんの日本語は『片付けは終わったか、長旅お疲れ様』ということよ、と清美が注釈する。しかし、状況からユキさんのような解釈も不自然ではない、と常男。あら、常男さんそれって私の過失。いやいや、とんでもござらぬ、日本語の解釈は多義ゆえ、いずれかを文脈の中より選ぶことが必要と申しますかな、まあ、笑ってこらえてと言ったところですかな。誤解が翻訳されると大爆笑。女の方が笑い転げる。

 Children look up ! その時坂本が叫んだ。椰子の実だ。頭を直撃すると大人でも危ない。ジャンピンプール!紀和がすべって転ぶ。その上に坂本が覆い被さる。椰子の実が尻にぶつかる。イテー!
 だから言ったじゃないか、椰子の実は採っておかないと、セールに謝りな。セヴァスチャンの妻が怒鳴る。Ser sorry so much! Ok,ok,more most.幸い怪我もなく済んだがなあ。将来紀和がミスユニヴァースに出るとしたら日本が良いかフィリピンが良いか。両方OK、問題ない。ところが両方とも問題があるんだなあセヴァスチャン、水着審査がある、紀和の肌に痣ができていたら大きな減点となる。水の中で考えろ。謝っているのに、セ-ル。謝って済むならお巡りさんがいるかとプールに突き落とす。子供たち、こいつをカワイガッテやれ。おもちゃを与えられた子犬ようにセバスチャンを水に沈める。それにしても子供に泳ぎを教えておいてよかった、水を恐れないだけでも大きい。
 あの男は子供のため女のために命を懸けることができる。あの純粋さ直向さが女の子宮の機微をゆするのだろう、陳は説明しながら坂本との出会い、その後のことを思い出していた。今の彼に逆らうこと能わず。この地にはココナツの栽培になれた者が少のう御座いますれば、なんだあ、椰子の方が落ちるのを遠慮するのか清美。いえ、決してそのような、申し訳ございませぬ。母親というものは子供の周囲に危険はないか、四六時中気を配るものじゃないかえ、オキヨサン、坂本の語気に周囲も気押される。紀和は成年して父親の睾丸の柔らかさをあの時感じたと清美に漏らした。原体験として記憶に残ったのであろうか。

  結婚披露宴  

 マリオ白井貴子の披露宴が始まる。結婚式にはカルロス一家、親代わりの柳夫妻が出席した。柳から式の報告がなされる。新婚さんは自分たちが一番幸せと思っているようだが、白井貴子のそれは格別であった。マリオも偽りの愛が真実の愛に変わったと体全体で表している。陳志明の撮ったビデオが映される。祝福を受ける喜びに貴子はうち震えていた。そして語った。私、このような幸せを持てるとは思いもしませんでした。今はそれを失うことが怖いのです。マリオがキスをする。ありがとう。贅沢な願いですが、父母に見せたかったです。貴子の頬を涙が伝う。今すぐ呼びなさい、どこですか、空港は、陳が叫ぶ。関空、セブパシフィックに行くように言いなさい、パスポートだけでOKあるよ。ユキが陳の日本語を翻訳すると、カルロスが我娘貴子の両親は、我家の親戚だ、出しゃばるな陳、フィリピンエアーラインだ。何ゆうかご祝儀あるよ。まあまあ、空港に着いたらどちらの便がいいか決めたらいいじゃないですか、と柳が仲裁する。それはそうだ、関空から4時間、マニラから3時間夕方には着くあるよ。フィリピンエアラインなら3時間半だ。便数が少ないあるね。親父、皆さん笑っているぞ、年甲斐もない。 陳志明がたしなめる。そうだな。
 花嫁さん、スピーチを続けてください、と陳志明がカメラを向ける。私が塩崎家族に加えていただけると聞いて、私の過去を告白します。今の幸福を失うことは怖いですが、みなさまに私を知っていただきたいのです。これはけじめです。私はかつて坂本さんに仇なしました。なーに、実害はなかった。ある日、母が私に乗り移ったのです。清美さんのおかげです。貴子の告白は簡潔でむだがなかった。すでに調べられていたことだが本人の口から聴くと胸が熱くなる。なら、親友のアンヘンリーを呼んだら、いいでしょ、坂本さん。そうですね、この国の披露宴は三日三晩続くから明日着いても大丈夫だ。ありがとうございます、貴子が深々と頭を下げる。マリオ私を嫌いにならない?ならないさ。嬉しい。

 白井夫妻が到着したのは7時過ぎだ。お母さん!貴子おめでとう、よかったね。ありがとう。お父さん。おお、我娘ながら綺麗な花嫁や、ほんま。ありがとうお父さん。一通りの挨拶が終わると常男が改めて乾杯してはと声をかける。そうしましょう。では、乾杯の音頭を塩崎殿。あら、山田さん、貴方よ、言い出しべなんだから。山田さんに決定、柳が言う。されば僭越ながら御指名により、ううん、新郎新婦、ご両家、並びに塩崎家族の皆様のご健勝ご幸福と益々のご繁栄を祈念しまして、乾杯!かんぱーい。白井殿駆け付け三杯召されよ。おおきに、いただきます。そや、山田はんに”生一本”持ってきました。おおー、かたじけない。なまいっぽん、あるか。おのーの方、御裾わけ致す故、しばし待たれよ。一升瓶を持ち上げて見せる。盃が足りないわね、なんの、銘酒器を選ばず、では。五臓六腑蘇るあるね。さあさ皆の衆祝い酒なれば、重ねられよ。本当に美味しゅうございますこと。塩崎殿、召されよ、今宵は祝言なれば。そうですか、ではもう一口。

 白井夫妻のために結婚式の映像が改めて映される。涙する二人。カルロスが注ぎにくる、ようこそ起こしやす。へえ、おおきに、財閥の頭領に注いでいただくのとは。何いうか、お前は社長だろう。貴子はお母さんより綺麗だ。清美が通訳する。カルロス、とアンジェリータが窘める。失礼、母綺麗娘綺麗、スペインの諺。おそれいります。不束な娘ですが。ノウ、貴子最高、息子幸せ。それでは、宴たけなわですが、新郎新婦には休憩を取っていただきましょう、新婚さんお仕事がお有りでしょうから。お母さんスケベ。左様、今宵は初夜なれば新郎新婦、なおいっそう奮励すべし。頑張って!何頑張るのや。あほやな決まってるがな。

    色談議ー愛欲理論完成か

 新婚さん、寝所へ。でも、不思議な縁ですがな、こうして皆さんとお目にかかれるのも。えん?清美がカルロスに通訳する。そうだ、リュウジが現れてからだ、我々の運命を変えたのだ。最初にものにしたのは私、とマリア。ふん。なにさ、お母さんの2階でシーツ汚して。ユキよせよ。私は2番、と梅雲。多分ね。でも回数が多いのは私。あのー、なんのことですやろ?あれやない、鈍いなあ。ほなって、わからんのに。まあ、回数は坂本さんのみが知ることね、犯人しか知り得ない事実、本人に聞いたら。お母さんのいうとおりよ、どうなのよ、ユキが引き取る。記憶にございません。覚えてない、あれは遊びなの。まあまあ、聞くのは野暮と言うものでござろう。それはそうね、私余計なこと言いましたか。なんの、ただ、彼も若くない、精一杯任務を遂行していること、ご検察されたい。それもそうね。
 でもユキさん、これだけいい男が揃っているのに、私の相手してくれないかしら。お母さん、それ不倫よ。不倫でも、いい、あのめくるめく思いをもう一度。お母さん酔ってるの。性は神聖にして神秘なもの、人知を超えるものがあるのでしょう。そうなの柳さん、今夜一夜でいいわ。お母さん奥様に叱られますよとユキ。塩崎さん一晩ぐらいなら貸しますよ。本当ですか。
 アンジェリータはリュウジの一番槍を最初にものにしたのは私とにんまり笑っていた。マジソン郡の橋はダウンロードして繰り返しみている。許細君はあなたたちに坂本の本当の味がわかるのはもう少し先ね、と思っていた。すると躰の奥が濡れてきて思わず下を向く。あれは地震だ、そうよ、揺すぶられる程に広がってゆく快感、そして津波が押し寄せてくる、下から突き上げられると宙をさ迷うのよ。
 許細君が渇きを覚えてビールを飲もうとするとアンジェリータがジョッキを持ち上げて乾杯のポーズ。私たち義姉妹ね。そうね、こうして無言で会話ができるわ。これからも仲良く行きましょうね。人類が言葉を発するのは大勢に伝えるためじゃない?そうね、気が合うと言葉は要らないわね。それは無意の世界でないでしょうか。驚いて二人は清美をみる。清美もジョッキを軽く持ち上げる。無言の会話でも意思は伝わる、これテレパシー?では三人で乾杯!今度じっくり語り合いましょ。

 ははあ、分かってきた、あれやろ、新婚さんに刺激されて、昔を思い出してんや。あほやな、さっきからずうーと、この話やないの。そうかあ。そうや。しかし、ここは性の先進国ですな、日本ではこう明けっ広げには話せませんなと柳。ほんまや、聴いてるだけでなんや恥ずかしいになりますがな。なに言うてんの結構ひつこい癖して。阿呆、人様の前ではしたない。すんません。白井殿も決めるところはきめますなあ。いやあ、尻に敷かれぱなしですわ。それは何処も同じでござるよ。うちはそんことありません、イメルがピシャリという。それが嬶殿下の典型じゃ。そうですかー。

  雑婚

 基本的に稲作民族はかかあ天下、母系社会ですなあ、これは坂本さんのお考えですが、私も研究してみました。柳さんって、学究肌ね。お母さん、休んだら。なにをおっしゃる御ユキさん、この講義聴かずしていかに眠ることできようか。そう言われますと胸ときめくを禁じ得ません。陳がウエイティングのサインを送る。これははしたないことを申しました。あとが怖いわよ、ね、奥さん。そうですねえ、何と申しましょうか近くて遠きは男女の縁、遠くて近くもまたなんでしょうか。
 一夫一婦制は比較的新しいのではないでしょうか、原始共同体では雑婚であったとの報告もあります。清美さん、それって誰とやってもいいってこと?まあ、そうですけど、嫌だ、ユキ姉さん、私、恥ずかしい。ごめん、話の腰を折って、でも面白そう。そうね、つづけて清美さん、私も聴きたい。女たちが耳を傾ける。私有財産制が確立してくると相続が問題となりますから嫡出子を明らかにする必要が出てきます、そのための一夫一婦制でしょう、処女が問題とされるのも相続のためです。なるほどねえ、學がある人は言うことが違うわね。
でもさ、犬のオスなんかやりっぱなしだけど自分の子供はちゃんとわかっているわ。そうね雄ライオンも自分の子供は襲わないわね。あのう、それは私には難し過ぎます。ごめんなさい、そんなつもりじゃないのよ、清美さんの話聴いてるといろんなことが浮かんでくるの。私もよ。ということは、やりたい時にやりたい相手とやっていたのね、その昔は。swapping 交換ですな。どちらが。もちろん女が。けど相手の男にも拒む権利はあったんちゃいます。そりゃそうよ、惚れ合って結ばれても嫌になることも、だからさ、今みたいに結婚相手としかやってはいけないとか、むつかしいこと言わなかったのよ。でも拒んだ男は永久追放ね。女に恥かかすのは許せない。そう言われるとそうね。
 子供の養育は。母親が中心でしょうけど、共同体でやったと考えられます。父親は仕込みの時だけ必要だったの。いえ、妊娠から3年間は母親が動けませんから父親は必要です。その父親は特定できないでしょう。女には分るんじゃない。いいのよ、交渉をもった男は共犯と看做せば。理論的にはおかしいですが実際はそれに近かったでしょう。子供は部落全体への授かりものだったじゃない。そうですねえ、きっとそうよ。じゃあ、セックスは必ずしも生殖だけじゃなかったわけ?そうよ、だって部族の結束を強める愛情表現でもあるし最大の楽しみだったでしょう。だからさ、やりたい放題の雑婚が最も自然な姿だったのよ。言えてる。

 女三人姦しい、九人ではトリプル、これに貴子とシャハラザードとアンヘンリーが加わったら、数え役満、男たちは傍観傍聴するのみ。しかし、仮に我々が雑婚となれば如何なる関係でしょうな。何、義兄弟、男は皆兄弟あるよ。ギキョウダイ?カルロスと龍治は義兄弟でもある。そうか、じゃあ、俺も許細君とやってもいいのか。どうしてそうなるのだ。しかし、それが現実となるのは数日後のことであった。

 少し近未来にタイムスリップしてみるとこんな具合であった。アンジェリータ、ご馳走様、とてもおいしかったわ。それはよろしゅうございました、でも陳さんもすてきだったわ。それは上々、私たち義姉妹の関係がさらに深まりましたわね。ほんに、私若返ったきがするの。まあ、アンジェリータ私もそう感じていたのよ。ククク。
 あのう、お邪魔でなかったら私も入れてください。清美さん、どうぞ、でもどうして?テレパシイですか、こうして無言で会話できるのは私たちだけのようですから。セックスを重ねると若返るのですか。そうよ、女の艶が増してくるの。そうですか、年齢は関係ないですか。ないのじゃない、ねえ許さん。ええ、そう思いますわ、でも清美さんどうして。実は、話していいかどうか迷っているのです。でも話したいのでしょう。ええ。だったら話して見なさいよ、私たちは口は固いし分別を持っていますわ。
 それでは話しますがここだけの話にしてくださいね。もちろんよ、私たち三人の友情がこわれることはないわ。清美は深呼吸して話し出す。真知子さんと柳さんできたみたいです。まあ本当、成功したの。偉業だわ、愛液は出たのかしら。彼女84才でしょ。それに。何、つづけて清美さん。言っていいかしら。驚かないわ。陳さんとカルロスさんとも。ほう、陳もいいとこあるじゃない、功徳を施したのね。そうね、でも私、真知子を尊敬する、私たちに勇気を与えてくれた、ねえ許さん。そうですね、真知子さんの反応はどうだったのかしら?女の喜びを思い出したそうです。素晴らしい、少し真知子をカラかってみましょうよ。可哀想です。いいのよ、いい思いしたのだから。
 清美の制止を振り切って二人は真知子に近づく。真知子さん、いいことありまして?いえ、別に、どうしてかしら。だって真知子、肌がきれいになって、艶かしくなったからそう思ったのよ。そんなことと真知子は顔を赤らめる。それぐらいにしてあげなさいと清美。あら、お母さん、どうしたの、処女を失った娘みたい。ユキ姉さん、デリカシーがないんだから!ママ、どういうこと。マリアも大人になればわかることよ。梅雲は黙っているが事情を察したようだ。

 志明の協力で処女を卒業したばかりのアンヘンリーは圧倒されていた。貴子、ここのレベルは高いわね、私なんか一年生。私もよ、でも性の奥深さに驚いている。これは考察よりも実践が重要ね。いえてる。貴子は坂本との交わりを夢見ている自分に気づいて驚いた。wind is blowing from the Aege 女は海。
 旦那様私は口軽女でしょうか。そりゃギネスブックものだ、誰でも知りたい話したい、王様の耳はロバの耳だ、それより清美、どうして知り得た。死ぬ死ぬという声がして目を凝らすと真知子さんが柳の膝に乗って首に腕を巻きつけているではありませんか。それは行く行くでなかったか、死ぬ死ぬともいうか、まあいいや、どこで見た?床の中です。お前の部屋のか。私覗き見などしません。そうだな。私は異常者でしょうか。異常ではない、天照大神の末裔でとくに強い超能力があるのだ。そうでしょうか。今度観るときは俺にも教えてくれ、他人の情事は覗いてみたいものだ。まあ。お前も死ぬ死ぬともいうか。紀和が起きてます。なに、構うものか、やりたいときにやるものだ。でも。紀和の性教育だ。
 清美は子宮内で泳ぎ始めた坂本を感じて顔が赤くなる。どうした。なにもと首を振る。(清美さん、あの日本刀は絶品ですよ、私、とろけそうになって声を殺すことができなかったわ。細君、わたしはね、これだわと思ったの、しなやかにして力強い、このまま死ねたらと。何度死んだの。それはもう、数え切れない程。それはようございました、あの名刀で突かれますと宇宙を漂うのでございますよ。あら私もなんですよ、私達肌が合いそうですね、一度お願いしたいですわ。それは是非、同じ思いですわ。清美さん、名刀とは大きさじゃなく切れ味よ、ほかの刀と比べてごらんなさい。そんな。アンジェリータ。あら私としたことが、今のは失言、取り消し。でも新婚さんはからかって見たくなりますわね。でしょう。)


 時を元に戻そう。こちらでは男同士で議論が始まる。子供は。『実の父親に関係なく夫婦の子である』。実の父親が誰であるかは顔を見ればすぐわかる。それはそうだな。この際実の親より育ての親。それでは子供に無責任やないですか。ブータンでは子供ごとにお前の父親は彼、おと母親が教えるそうだ。そうでなくては、けど親子関係では父親の比重は低いということでしょうな。そうでござるな、妊娠時から母子の関係が始まるのに対して父子関係はものごころついてからですからな。やはり育ての親ということですか。ほかの男の子を自分の子として育てるのは博愛というか、偉いことですがな。実の子でも好きになれないこともあるから左程重要でないかも知れない。
 その結果は。皆義兄弟なれば諍いなし。むべなるかな、されど体力が。ご心配無用体調優れざるときは兄弟が務めてくれようぞ。しかり、で、ローテーションは。成り行きで。どうしてもこれでないととなった場合は。待てば回ってくる、ほかに女がないじゃなし。いや見識だ、永久に手が出ないから独占したがる。日々新たな感動がある。”愛しても愛しても他人の妻 さざんかの宿”は理解されませんな。湯の町エレジーはもっと可哀想、やってまへんが。未遂ですな。技術技能の向上が見込める。そうでんな、独自の技術に他所の技術を加えるとさらに進歩しますがな。
 加えて多数の女と子供を共有できる、まさに言うことなし。けど、稼ぎを増やさないとやらしてくれんのとちゃいます?左様、問題はそれじゃ、されど知恵と努力で乗り越えるが男の道。なるほど、仕事も共同で増収増益を図るんですな、よろしいな。しかし、共同体以外の女に手をだしたら?そりゃ殺されますがな。好ましくないが、神ならぬ生身の体、そのような事態もそうていされますな。男の方が行動半径が大きいから、有りうること、これは新たな難問ですな。
 日本には昔から講という制度があります。売上の一部を貯めておく。新規事業の投資資金として一人が借り受ける、これを講を落とすと言います。借りた者は長期間で返済してゆく。銀行みたいだ。講は日本の銀行の母体になったものも少なくない、しかし、仲間うち、いや、義兄弟なれば担保、利息は取らない。ほう、それは素晴らしい。柳さんは學があるから。いやいや、想像するだに愉快ですなあ。ささ、柳殿、重ねられよ。かたじけない。志明、紹興酒とブランディー取ってこい。3本ずつでいいか。ああ。クーヤ、ひとりじゃ大変だろう。セヴァスチャンを連れて行け、タンドアイ1っ本やれ。
 しかし新規事業となる隣の部落への根回しも大変でしょう。シマを荒らすのですからな、相手は独身でないとまずいかな。そのほうがやりやすいのでは。結納も値が貼りましょうな。当然ですよ、処女でしょうから。それはどうですか、美味いかどうかのほうが大切でしょう。そうだ、処女はすぐ処女でなくなる、ただ、一度だけで、その後は永久に愛を育むのだから性能のほうが重要だ。全員うなづく。カルロスは声を低める。もし女たちにばれたら?追徴金は国税庁をうわまわるでしょうなあ。やはり。新規開拓は苦労多し、されど夢もまた多し。おお、これは至言!陳にしては傑作だ。何いうか、私には詩心があるよ。陳に一杯ツイデヤル。
 新規事業は遺伝学的要請かも知れません。というと柳さん、他の部落も新しい血を求めているということですか。でしょうな。義兄弟の輪が広がることはいいことだ、国際貢献の原点や。おう、これも見識、一杯ついでやれ。 混ざるほど柔和にならむ 血も色も ?? 我が婿は、混血によりて顔付、性格も柔和になると、また、色を混ぜるも同じと申しておるのでござるよ。おお、至言かな。リュウジにも一杯。赤と緑で黄色かな。取り合わせですべての色をつくることができる。絵の具と光は別とか。いろの三原色と光の三原色だ。人生バラ色女も虹色。女心と秋の空。色にもいろいろ、色の道は奥が深い。ツネオさん堅物かと思ったが。我この歳にして我が愚妻しか知らず、ゆえに道究めんと発心致す。その意気や良し、許細君貸すよ。かたじけない、御手解き賜りたい。よく申し伝える故、ご心配ないよ、子供出来ても私の子ある。陳、お前は素晴らしい、性は人を詩人にすると言う。妻が生んだ子はわが子ある。至言ですな。

 翌日の昼過ぎアンヘンリーが到着した。貴子夫婦もやってくる。昼飯を囲んで楽しい時間が過ぎる。雑婚論なると清美が英語で要約をヘンリーと貴子に告げる。マリオは横で笑っている。タカコ、ここにきて残念なことがある、とアンがため息をつく。それは何?今のそれ、雑婚論聞けなかったこと。あら、わたしだって聞いていないわよ。皆さんもう一度やってください。そやけど、貴子、昼間からできますかいな。でも聴きたいお母さん。それよりお前、お仕事は上手くいったんか?それはもう、お陰様で。ならよろし、おめでとう。と言いながらも酒が回ると雑婚論になってゆく。

 殿方は如何なる談義でございました、普段控えめなイメルダが常男を質す。殺気を感じて常男は言葉を探す。他流試合は御法度ですよ。何を急に言い出す。仮に、仮ににですよ、私が坂本殿子を宿したら如何なさります。馬鹿な。正直にお答えください。そんな事を人前で。イメルダ心配ない、貴女が生んだ子供は常男殿が父親あるよ。待たれ、紀和の異母兄妹がそれがしの子?今はイメルダを中心に考えるよ、奥さんの生んだ子は貴殿の子ある、当然ね.議論の余地ない。ならばよろしゅうがざいます。何が言いたい、さらばわしが女に生ますとなんとする。ご自慢の男根を切り落としまする。
 理不尽な。待て待て陳、アナヤは俺の子? 碧谷は陳の子か。今はイメルダを中心と言ったある。しかし俺たちも同様だぞ。そうか、それ考えなかった、不覚ね。カルロスもう遅いわ。ですね、ホホホ。何笑う、許細君!今度ね。今度ってお前、、、、。

 貴子、素晴らしい会話ね、何話してるの。私も解らない、清美さん英訳して。イメルダが言うには彼女が生んだ子は夫常男の子である、常男が他の女に子を産ました場合は彼のペニスを切り落とす。オウ、グレイト。今ユキがイメルダを応援している。まあフィリピンスタイルね、貴子、フィリピンは性の先進国ね。ここは女が強いみたいよ、Anne 。でもさ清美、リュウジがペニスを切り落とされないのは何故。それは、えー、うー、ユキ姉さん。それはね、彼はレイプされたの、彼が生ましたのではないからなの。なるほど、女がレイプした、これは世界史に残るわね。でもAnne、多くの動物はメスがオスを誘発させるんじゃない。そうね貴子、でも、人類にはこういう世界もあるんだ、私も処女卒業したい。誰か奪ってください。座が静まる。 それは難しいはね、彼、陳志明は独身、そして彼、Mr坂本は雑婚の実践者、この二人を私はノミネートするわ。サンキューマム。真知子も詩人になったか。またまた、問題発生、やれやれ、この色談議はいつ果てるとも知れない。

    The beautiful Swimmer Takako Shirai Anne Henry

 披露宴が終わった翌日、シャングリラホテルのプールに白い水着の貴子とライトブルーの水着のアンがいた。その美しい肢体に周りの目が注がれる。二人は滑るように泳ぎ始める。その泳ぎに感嘆のこえが上がる。貴子は全国大会入賞、アンはオリンピック選考会参加の経歴がある。既に10年以上も前のことだが身体は水中の記憶をすぐに取り戻す。アンが水を蹴って泳ぐと貴子も負けじと飛ばす。
 プールサイドでは賭けが始まる。マネージャーを呼べ。白に5ドル。ブルーに10ドル。二つ質問します。何を賭けるのですか。どっちが美人かだ。いやどちらが速いかだ。それじゃ、賭けにならん。両方にされたら。いい考えだ。最初は美人コンテスト、審査は。そうだな、うーん、参加者の記名投票。いいだろう。競泳は任せていただけますか。委せる。早速投票用紙が配られる。配当は掛金総額を按分。白い用紙にはJapan青い用紙にBritishと書かれてある。マネージャーは二人近づく。100m競泳に勝った方にアイスクリームをオレンジジュースをおふた方に差し上げますがいかがでしょう。いいわよ、ね、貴子。OKよ。では準備してください。ただ今から日英対抗100m競泳を行いますのでプールを空けてくださるようお願いします。白Japan、青British。おー、歓声があがる。
 ピストルを持った審判員がレディーと声をかける。貴子はスタート良く飛び出し1mリード。50のターンで少し差が開く。しかしアンの追い上げも激しい。残り10で頭一つ。貴子も懸命に振り切りを図る。プールサイドは総立ち、大声援。タッチは?アンの手が持ち上げられる。貴子が猛然と抗議、ビデオを見せろと迫る。
 日本人が抗議するのは珍しいな。ホントだ。見事な英語だな。ああ。ビデオは貴子が早いように見える。審判が私はこの角度から見ていたから私が正しいと説明する。私は水中で見ていた、スイマーならこれくらいの差は分かる、あのカメラは不良品かと迫る。私が審判である。貴子は彼を睨みつける。
 判定は覆らなかった。もう一回。OK! 号令一発。今度も貴子の選考、アンの追い上げ。素晴らしいレースだ。オリンピックなみだ。まったく、行けー。今度はトントンぐらいのタッチの差でアンが勝った。貴子がアンを祝福する。水から上がるとマリオがバスタオルを貴子に掛ける。陳志明がアンに。拍手が贈られる。
 タッチの差で優劣を決めるのはおかしい、掛け金を賞金として全額彼女たちにやれと一人が叫ぶ。さらに大きな拍手。ではそうしますとマネージャーが告げる。これは競泳の賞金です。アンに渡される。これはビュティーコンテストの賞金です。貴子に渡される。聞いていないわ。でも全員がそう望んでいる。そう、嬉しいわ、これを児童養護施設に寄付させていただくわ。私もとアン。清美が呼ばれる。ありがとうございます、これを子供たちのために有意義に使わせていただきます、と礼をいう。拍手。

 いいレースだったな。今日はいい日だ。晴れやかな気分だ。両方素晴らしかった。彼女たち?コンテストもだ。インテリの色気がある。そう。見れば見るほどイイ女。だよな。あれで締め上げられたら昇天するな。昇天してみたい。サンタマリア。そんな会話が交わされていた。貴子にもアイスクリームが出される。これはホテルの奢りです。まあ、うれしい。ジュースはマリオと陳志明が飲んでいる。
 そこに水着姿の塩崎真知子が現れる。水に浸かると見事な抜き手を見せる。オウ、ジャパニーズスタイル。美しい。いくつくらいかな。70過ぎか。聞いてこい。マネージャーがマイクを持って近づく。マム、泳ぎがお上手ですね、と声をかける。子供のころから泳いでいるからね。すると何年ぐらいですか。80年余って。本当ですか、セクシーですね。あと30才若ければ私も参加していたけど。どちらにですか。両方。大喝采。
 南海雄がプールに飛び込む。50mを泳ぎ切った。ほうっとため息が漏れる。モニカ、碧渓も続く。いくつだ。3才位かな。日本人か。みたいだ。紀和も中に入ると清美を慌てさす。真知子が飛び込んでまつ。足からと思いきや、紀和は頭から見事なジャンプで真知子の肩に捕まる。あしこまでと真知子がプールサイドを指差す。紀和がクロールで進む。力抜いて、腕を延ばして、上手よ、真知子の声がついて行く。彼女いくつだ。2才だって。本当か。子供四人が50mに挑戦。母親はうろたえる。貴子とアンが両サイドから見守る。後ろから真知子が歌う。
 村の渡しの船頭山は 今年60のお爺さん 年はとってもおふねを漕ぐ時にゃ 元気いっぱい櫓がしなる それギッチラギッチラ ギチラコー。南海雄はペースを落として周り気を配る。ゆっくりでいいのよ、貴子が声を掛ける。腕を前に延ばして、耳に付けてー、アンもコーチする。25を超える。half。それギッチラギッチラ ギチラコー。アンもここだけは真知子に唱和する。するとプールサイドも続く。声援は子供たちを後押しする。”人は他人が自分をどのように見ているかを知りたがる動物だ”とはよくいったものだ。子供たちの完泳をプールサイドも我が子とのように喜ぶ。
 歌詞の意味をマネージャーが尋ねる。真知子の英語に拍手が起こる。フィリピン人に泳げる者は少ない。メディアが飛びつく。水泳の必要性を訴える番組を制作。ヴィデオのコピーを求める。貴子アン真知子にも、子供の親にも。しばらく経ってテレビ番組をを見たミンダナオの海猿隊の校長が、彼は12年後にわが校に入学するでしょうと南海雄を賞賛した。

    ミスユニヴァース

 清美はその時、その卵がお前を救ったのだよと紀和に諭した。知っている、上からココナッツ落ちてきた。父は命懸で私を助けた。そうだよ、お前のお父さんはいい男。お母さんもいい女、娘はもっともっといい女、ミスユニヴァース。これを聞きつけたマリア、モニカ、アナヤお前たちは天才音楽家にしてミスワールドだよ。梅雲も負けじと、碧渓、碧谷お前たちはミスインターナショナル、お前は西施の生まれ変わりだよ。女の美への執着に年齢なし、血筋関係なし。母親たちは募集要項を取り寄せる。親馬鹿とは、このことだ。
 張り合いながらもマリアは子供たちにヴァイオリンを、梅雲は書画を、清美は勉強を、そしてユキは人の心を教える。女の子は母に似てミスユニバースは身体だけでなく教養知識も必要と聞いて頑張る。南海雄はお付き合い程度。でも父親が喜ぶのでそこそこ頑張っている。ユキは歯痒そうだ。いいんだ、南海雄には目標がある。好きならやらしてやれ、強制はするな。坂本がかばう。日本語は南海雄が一番上手い、接する機会が多いからだろう。ほかの子供には日本の唱歌を聴かしている。耳がなれるだろうと思うのだ。やはり母国語は母親のそれだ。坂本は、こういう場合日本語でどういうのと母子から毎日のようにきかれる。すぐさま日本語が出てこないことがある。ヴィサヤ語で話すだけでなく考えるようになっているのだ。英語は語彙の補充といったところ。
 子供は音楽、書画、学問を語学として捉えているようだ。モニカとアナヤはマリアの旋律をそのまま弾いてみせる。あるときモニカの音程リズムがおかしいことに気づいた。坂本が弾いた曲をそのまま再現しているのだ。 マリア、俺は音痴だからモニカの前では弾かない。大丈夫、私が修正するから。そうか、音痴は治らないか。でもすごくいい音楽性がある、それはモニカにも引き継がれているわ。そうかい、坂本はニヤニヤしながら席を外す。カルロス夫妻にモニカとアヤナのヴァイオリンを聴いてみる。いいんじゃない、マリアにそっくりですよ、音の捉え方もしっかりしているし。それは良かった、俺に似なくて。どこか東洋的響きもあるな、モニカ、アヤナでないと出せないものだ。そうですね、彼女の個性よ。そうですか、と嬉しそうに出てゆく。なんだ、あれは。子供が褒められると嬉しいものですよ。


    南海雄の放物線


 雨乞理論が紹介されっると一雨欲しいですねとイメルダが嘆く。まったくだ、もう50日も振っていない、ユキさんの裸体を堪能しただろうに。常男さん、どういうことですか、私セクシーじゃないのですか。滅相も無い、これ程の妖艶なる女性は世界広と言えども、会えるものではない。ようえん?魅力的で色っぽいという意味だ。じゃあ、なんで雨ふらない。大きな声を出すな。雨の神にも女の裸身を好むタイプと男根を好むタイプがあるのではないでしょうか、柳が助け舟を漕ぎ出す。当地のような山国では後者の方と考えるとすべて説明がつきます。むしろ、美しい女に嫉妬するのでしょうな。ユキの顔がほころぶ。ここの山の神は男根タイプでしょう。バナウエでは、あれは坂本さんとセヴァスチャンとの放水が驟雨を呼んだのでしょうか、真知子が合いの手を入れる。そういうことになりましょうかの。

 では、男は全員放水してもらいましょう、とイメルダが叫ぶ。お父様バナウエは後ろの方角。テラスに並んで放水するのがよくてよ。え。マリアの言うとおりだわ。そう、オペラグラスどこにしまったかしら。いやだお母さん。カルロスのテラスは塩崎家から見上げる感じだ。男が坂本、柳、陳父子、カルロス、マリオ、常男、セヴァスチャンの8名、舞台に昇る。お母さんハンカチ振って。そうね、では、用意、始め!と白いハンカチが振られる。放水器もいろいろ、放物線もいろいろ。消防車の出初に劣らぬ勢いがあった。女たちはため息交じりで見惚れる。放水完了後間もなく稲妻が光って大きな雲は浮かび上がる。あれは受け付ましたという合図。するともうじき雨が降り出すかえ、清美。はい、程なく。ということは場所を移動しないといけないわね。そうね、料理を持ち寄る。それがいい。女たちは会話と行動が同時に進行する。
 カルロス食堂に場所を移す。ご婦人方も放水されては。それはいい、拝謁賜りたい。柳さん、ご照覧いただくのは砂漠にしたいと思いますの。本日は皆様の奮闘の成果を見届けましょう。そうね、舟から運河に、それとも橋に並んで一斉に。でもさこの大学お城みたいに綺麗ね。マリア、こんどヴァレンシアに皆さんをお招きしますからついでに運河と大学を観てきましょう。でも運河が溢れないかしら。どうして。私たちの究極の美に雨の神が随喜の涙を流す。あり得るわね。一人ずつにしないと洪水になるかも。でも順番どうするの。誰の発言か、それがどう評価されたのか、結論はどうなったのか、男には到底理解できないおんなの会話である。常男はバナウエからの知らせを待つ。『雨脚は激しさを増しつ』のメールは回覧される。棚田も助かるわね。
 南海雄がテラスに出る。坂本とユキは心配そうに見遣る。やにわにパンツを脱ぎ捨て放水する。その高度は身長の2倍に達した。その放物線は宇宙ロケットのごとく見事である。男たちから嘆声がもれる。坂本は南海雄を抱きしめて頭にキスをする。誇らしげな南海雄。坂本の眼に涙。稲妻はバギオ全体を照らし出す。そして力強い雷鳴が響いてきた。 
   
      仏の御手に 抱かれて

 坂本はヘンリーウイリアムとの次回対決の準備をしていた。基本的に砂漠の神は、人間をだめなものとして罰することしかできない。無能な指導者は叱ることしかできない。人間は、教えて誉めてやって見せねば育たない。お前たちの神は指導力がない、経営努力が足りない。研鑽が必要だ。芥川龍之介の蜘蛛の糸を読んでみろ。これを読むと、仏様でも救えない人間がいる、と悲しげなお顔が印象的だ。基本的に人間を罰するか救おうとするかとでは雲泥、天地、恒星惑星以上の違いがある。格が違う。砂漠の神も一度仏門に入って修行したらどうだ。

瑠璃の花園 珊瑚の宮古い伝えの 竹生島仏の御手に 抱かれて眠れ乙女子 安らけく

 このような心境は蛮人には理解できまい。神を冒瀆する者に天の炎を。おろかな奴ほど真実を認めたがらない、死んでもらうしかないか。水は方円の器にしたがう、液体にも気体にも固体にもなる。うん、砂漠の民は頭が固いのだ。ふと見つけた詩、これはいい詩だ。奴に朗読させるか。そこへ清美が茶を運んでくる。紀和が坂本の膝に座る。


まど みちお100歳の詩人 アんデルセン賞受賞、おお、なんと素晴らしい。『人は永く生きるだけで尊敬されなければならい。そうでない社会は間違っている。』どうだこの理論は。いけてます。そうか、清美読んでみろ。はい。

『せんねん まんねん』

いつかのっぽのヤシの木になるために
そのヤシのみが地べたに落ちる
その地ひびきでミミズがとびだす
そのミミズをヘビがのむ
そのヘビをワニがのむ
そのワニを川がのむ
その川の岸ののっぽのヤシの木の中を
昇っていくのは
今まで土の中でうたっていた清水
その清水は昇って昇って昇りつめて
ヤシのみのなかで眠る

その眠りが夢でいっぱいになると
いつかのっぽのヤシの木になるために
そのヤシのみが地べたに落ちる
その地ひびきでミミズがとびだす
そのミミズをヘビがのむ
そのヘビをワニがのむ
そのワニを川がのむ
その川の岸に
まだ人がやって来なかったころの
はるなつあきふゆ はるなつあきふゆの
ながいみじかい せんねんまんねん


『水は うたいます』

水は うたいます
川を はしりながら

海になる日の びょうびょうを
海だった日の びょうびょうを

雲になる日の ゆうゆうを
雲だった日の ゆうゆうを

雨になる日の ざんざかを
雨だった日の ざんざかを

虹になる日の やっほーを
虹だった日の やっほーを

雪や氷になる日の こんこんこんこんを
雪や氷だった日の こんこんこんこんを

水は うたいます
川を はしりながら

川であるいまの どんどこを
水である自分の えいえんを

何か子供の頃の世界が広がっていますね。そうか、清美は感性が豊かだからな、紀和に毎日聞かせてやれ。そうします。でも一度あなたが聴かせてやって。よし、紀和おとうさんが読んでやるからな。はーい。坂本が読み始める。紀和が目をかがやかす。清美が父と娘をみつめる。なんという詩かな、常男とイメルダ、花南が入って来る。Biyo Biyo . びょうびょうYappou Yappou.やっほー。まあ、紀和耳がいいのね、花南がほめる。どんどこ。おう、紀和は日本語がうまいの、常男が抱き上げる。お父さんの膝の上なのにとイメルダがたしなめる。そうじゃのう。いいんですよ、紀和はお祖父さん子だから、坂本もそう言わざる得ない。



 来るか。はい。清美が紀和を布団の端に移す。川の字が変形する。人類が平和に暮らせるようになる日はくるだろうか。来ます、あなたはそのために戦っています。しかし、未だに奴らの正体すらわからない、とてつもなくでかいのを相手にしている気がする。この幸せを犠牲にしてまで戦う意味はあるのだろうか。徳川家康は三河の領地を通って京に進軍する2万の武田軍に数百の手勢で切り込んだではありませんか。黙って通す訳にはいかない、そのことが大切だったのでしょう。そうだな。日本は戦争には敗れましたが、アジアを植民地から多くの国を開放した。ああ、それは山田中尉もご存知だっただろう、俺はそう思う。そうでしょうね。負ける戦も逃げる訳にいかない時がある。日米開戦前、永野修身は 、”戦わざれば亡国と政府は判断されたが、戦うもまた亡国につながる¬やもしれぬ。しかし、戦わずして国亡びた場合は魂まで失った真の¬亡国である。” と言っています。彼はハーバード大学に留学したんだろ。ええ。高知の出か、太平洋の荒波で育った男はスケールが大きいのう、真の亡国か、そうだなあ。戦争の勝敗よりも戦争の目的を達成したか否かの方が重要でないでしょうか。そうだ、勝敗よりも達成だ、そう言って坂本は清美を抱き寄せる。

 あ、っと小さな声を上げるが好きな男に求められると身体が反応する。清美は攻められつづけられたがそれは至福をもたらす。もうだめ、と清美は無条件降伏を受け入れたとき新たな命を身ごもったことを確信した。坂本隊は全員玉砕して果てた。清美は薄れゆく意識の中で、坂本と話していた。貴方の目的は子供でしょう、できました。そうか、俺にもできるのだ。そうよ、あなた、もう一つの目的も半分は達成しています。え、半分もか。そうです、外堀も内堀も埋まりました、もう時間の問題です、やがて本丸に火の手がが上がるでしょう。俺の夢が実現するのか、見届けたい。もし、俺が倒れたらお前が見届けてくれ。あなたの任務はまだまだ終わっていませんよ、紀和や生まれてくる子の成長を見届けなくてはならないでしょう。そうだな、今度は男か、名前は常男さんが考えてくれるだろう。祖父があなたにお話したいそうです。えー、山田中尉殿か。

 坂本殿、貴様の夢は自分のいや、人類の夢でもある。光栄であります、中尉殿。貴様の思いは時空を越え、多くの人々の心に届いておる。今や、慌てることはない、石垣を一つ一つ取り崩してゆけばよいのだ。ありがとうございます。貴様と清美には佛のご加護がある、恐れるに足らず、貴様の信じるところを突き進まれよ。は、なおいっそう奮励するであります。武運を祈る。中尉殿、中尉殿、、、。

 清美は坂本を胸に抱く。あなたは誰も成し遂げなかったことをやっているのよ。あなたには多くの人たちの想いが寄せられているのよ。清美、もうだめだ。ふふ、今は停戦戦中、明日は私の方から攻撃するわ。思想は時空を超える、国境を越え、時を超えて広がっていく。俺は、むにゃむにゃ、、、。さあ、お眠りなさい、あなたはよく戦った。ユキ姉さんならどんなふうに戦った、って聞くでしょうね。貴方の弾は子宮に命中したのよ。清美は新しい命を確かめるように自分の腹をさすっていた。


           続 椰子の風に吹かれて 完

続 椰子の風に吹かれて

続 椰子の風に吹かれて

  • 小説
  • 長編
  • 恋愛
  • 冒険
  • 時代・歴史
  • 成人向け
  • 強い性的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2014-10-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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  1. 続椰子の風に吹かれて
  2. 第二章 旅
  3. 第三章 愛欲理論
  4.   第4章 神か悪魔か