この温もりが私の居場所
長編になったらいいな…と思いながら頭の中に思い描いていたものをメモ的に書き散らかさせて頂きました。
メモをまとめていつか長編になる日を夢見て。
そんな陸遜のお話です。
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「でも、陸遜が…」
「あら、陸遜なんて、そんな他人行儀な呼び方しているの?」
私の言葉に尚香ちゃんが不思議そうな顔をする。
「あぁ、桃ったら記憶に障害が出ていたんだったわね」
そう悲しそうな顔でそう続ける尚香ちゃん。
けど、本当は分からない。
私は本当にこの孫呉の姫で、長江に落ちて数日意識が戻らなかった事で記憶に障害が出てしまたったのか。
それとも本当に違う時代から時を越えて来てしまったのか。
「えっ?あっ、うん…。まだ色々混乱していて」
それでも陸遜以外は知らないから。
みんなにはこうして記憶障害だと、だから人格も少し変わってしまったんだと思われている。
初めはね、そんなハズない!って、自信を持って言えたのに。
今は違う。
段々分からなくなってしまったの。
陸遜と話しているうちに、彼の言い分が正しいような気もしてしまって。
陸遜はずるい。
いつもちゃんと話を聞いてくれて、その上で理路整然と反論する。
頭のいい彼に、私が敵うハズがない。
だから次第に思ってしまうの。
本当は私の思っている現代の日本って言うのは、意識を失っている時に見た夢でしかなくて。
私の現実はこの乱世なのかも知れないって。
「けど、陸遜なんて呼んではダメよ!旦那さまになる人なんだから、字で呼ばないと」
ふふっと笑った尚香ちゃんの瞳は、まるで恋をしているように見えた。
だから尚香ちゃんも好きな人が居るの?って訊こうとして、言葉を飲み込む。
そうだった、孫尚香は孫権に利用されるように劉備の元に嫁いだんだった。
そして彼はまた自分の都合で二人を引き離した。
私が姫と呼ばれているその姫だって、彼が陸遜に嫁がせるんだ。
中途半端に知っている私の中の三國志。
だから孫権に対していい感情は抱いて居なかった。
私は陸遜が大好きだったから。
ここで出会った陸遜ではなくて、三國志の中の彼が。
でも、今はそれも分からない。
私が好きなのは、三國志の中の陸遜なのか、それともここに居る彼なのか。
ただ分かるのは、陸遜と言う人が好きだと言う事。
いつも反論しながらも、誰が聞いても荒唐無稽な話をちゃんと聞いてくれるから。
時を飛び越えて、国も違うここに未来から来てしまったんだよ…なんて話を。
自分の頭の中で考えてても笑っちゃう。
どう考えたって、そんな事、映画や小説じゃあるまいし、ある訳がない。
だいたい私は日本人なのに、どうして中国人である彼らと、何の問題もなく会話出来てるのかだって分からない。
だから陸遜の言うとおりなのかも知れない。
私はただ夢を見ていた。
数日全く目覚めなかったその間に、壮大な夢を。
未来の日本と言う国に生きていたなんて言う、無茶苦茶な夢を。
「字って、伯言…」
「いやね、桃ったら。もっと可愛く『伯言さま』って呼びなさいよ」
少し照れたように笑って私の背をパンと叩く尚香ちゃんに、
「もう、尚香ちゃん、可愛い!尚香ちゃんこそ、玄徳さま…」
玄徳さまって呼んでるの?…なんて。
私が今の段階で知っていてはいけない言葉を口にしそうになった事に焦って、言葉を切るより先に、
「すみません、尚香殿。記憶の混濁が酷くて、時折変な夢をみるようなのです。記憶の混濁のせいで、どこまでが夢でどこからが現実なのか、判別出来無い事もあるようで。大方、私が昨夜蜀の劉備殿の話を聞かせたので、変な夢でも見たのでしょう。では、行きましょう、桃」
どこから現れたのか、陸遜がそう言って私を連れ去ってくれたのだった。
尚香ちゃんの元から。
「ありがとう………伯言さま」
「はっ?」
私の言葉に驚く陸遜。
「なっ、なんでそんな固まる程驚くの?…だって、私はここの姫で、あなたの妻になるんでしょ?」
決められている事とは言え、好きだと思っている相手にこんな事を言うのはなんだか辛い。
恥ずかしくてまともに顔なんて見られない。
「確かあなたは未来の日本と言う国から来たのではなかったですか?」
だから陸遜はずるい。
いつも全力で反論して、私は夢を見ていただけだ…なんて思わせているくせに。
こんな風に時折、私の自分でも信じられなくなりつつある話を信じているような事を言う。
「信じてないくせに…」
「可能性として低いとは言いましたが、信じていないとは一言も言ってませんけど?」
少し意地の悪い響きの言葉。
けどそれを紡ぐ彼の声音はとても優しくて。
「ずるいよ…伯言さまは…」
「あなたのそれも充分ずるいと思いますけど」
そう言いながら、ポタポタと涙をこぼしてしまった私に、
「全く…あなたは本当に泣き虫ですね」
呆れたようなその言葉を酷く優しく響かせながら、私を抱き寄せてくれる。
凌統たちに比べたら小柄で華奢に見える彼。
けど、こうして抱き寄せてくれる陸遜の体はやっぱり男の子で。
その逞しさにドキドキすると同時に、彼のくれる体温に酷く安心されられるの。
だからやっぱり思ってしまう。
未来から来たなんて、それは夢で、私は本当に孫呉の姫で、陸遜の奥さんになる運命なんだって。
だって、ここはとても居心地がいいんだもの。
分からない事だらけの毎日の中、唯一私に安らぎをくれる温もりに、私はぎゅっと抱きついた。
何が本当でも構わない。
こうしてこの体温が傍にあるのなら。
だって、この温もりが、きっと私の居場所なんだから。
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この温もりが私の居場所
閲覧有難うございました。
また次の作品でもお目にかかれましたら幸いです。