インターネット
わたしが昔なかよしだった女の子の話。
今思えば、お互いさみしい自分を認め合うだけの関係だったような気もするけれど、あの時は彼女のお陰で一人ぼっちが怖くなかった。
わたしは高校一年生で彼女は二つ年上の高校三年生だった。
わたしたちのまわりには数え切れないくらいの男の子がいて、その男の子達の何人かはわたしたちの心を大きく揺さぶった。みんな優しくていいこだったのに、いまはもういない。
彼女は年下のわたしに、「憧れてるの」と言った。
「ゆかちゃんみたいな子に、憧れてるのわたし。可愛いなあって思ってた。」
「うれしい、ありがとうございます。なかよくしてね。」
初めて話したときはそれくらいのことしか言わなかった。わたしは誰とでも仲良くなれるタイプではないし、特に女の子からは常に嫌われていたので警戒してしまう癖がついていた。それからすこしずつ彼女と言葉を交わすようになった。わたしたちは似ていて、彼女の話は楽しかった。どこにでもいる女の子とは少し違った。常にどこかに棘があって、でもひとの本質を見抜いていて自信があって素敵だった。それをいつか彼女に伝えると、「ゆかちゃんだってそうじゃない」と笑われた。
「それでね、塾の先生がわたしに、女子高に行けって言うのよ、そんなことしたらわたし死んじゃいますって言ったんだけど勧められるの。」
「なみちゃん、女子高に行くの?下品なひと、いっぱいいて苦しいと思う。」
「わたしもそう思う、絶対に無理。それでね、進路相談を男の先生に変わってもらったの。」
「うん。」
「そしたらその男の先生がね、確実に君はいじめられそうだからそれが心配だなあって言ったの。」
「やっぱり。」
「ね、賢明だったわね。」
わたしたちの味方はいつも男のひとだった。わたしも彼女も友達が少なかったし、男の子を友達として見られなかった。勉強ができるわけでも運動ができるわけでもなく、明るく元気なだけが取り柄、とも言えなかった。容姿にしか自信がなかった。容姿だけは、自信があった。よくみんな、容姿と性格のどちらかだったら性格を重視するなどと言うけれど全く意味がわからなくて、容姿ほど絶対的で普遍的なものはないと思っていた。
わたしは小さい頃から一家の紅一点で、可愛い可愛いと持て囃されてきたので、大きくなった今でも誰かから可愛いと言われていないとだめというか、生きてる感じがしなくなってしまう。
男の子と言うのはよくわからないもので、賢いのか馬鹿なのか、全然可愛くない女にひょいひょいついて行ってみたり、彼女がいるにも関わらずわたしに口寄せしてみたり、やっぱり違う動物なのかと思わされることがよくあった。どうして男の子が美しいものより下品なものを好むのか、そのメカニズムがよくわからなくて、それについてわたしたちは何度も話し合った。
「ゆかちゃん、いま持ってる可愛い洋服やお化粧品なんかみんな捨てて、下品な言葉使いをして、ああいう子達みたいになれると思う?」
「いやだよ、ゆかがこのままでいてもいいって思うひとじゃないとやだけど、なんでみんなそこそこの女の子と幸せになっちゃうんだろう。」
「もし、わたしたちがそうなって仮に幸せになれたとしても、下品で醜かったら多分わたしもゆかちゃんも生きていけないと思うよ。」
「うん、だいじなものを捨ててまでほしい幸せじゃないと思う。ひとの気持ちはいつか変わってしまうものだし。」
わたしはこの時お付き合いしている男の子がいてその他にもうひとりかふたり仲良しの男の子がいた。
お付き合いしている男の子は正しくていい人だったんだろうけどあまりにもつまらなかった。わたしは、このままではいつかとんでもないことをしでかしてしまいそうで、必死に正しいことだけを知識に入れるように価値観を合わせていたけれど、好奇心は膨らむばかりでどうしようもなかった。
「可愛いって褒めるとうれしいって喜ぶゆかちゃんは可愛いね、そんなことないよーって言う奴よりも可愛い。」
「そんなに可愛いって連呼しなくていいよ。」
この男の子はわたしに可愛い可愛いというくせにいっちょまえに彼女がいる。
わたしは彼女と別れてとか彼女大事にしないと、とかは言わない。わたしが言って強制してもなんの意味もない。この人が選んでこの人が自主的にそうしない限りは行為に意味を持たない。
「彼女どんなひとー?」
わたしはココアを啜りながら聞いた。別に聞いても聞かなくても良かったのだけど、聞いた。
「小さくて、よく喋る。」
不機嫌そうになって言う。こんなのポーズだってわかる。わたしの前では彼女を下げるのはみんな一緒。
「ふうん、可愛いね。」
「可愛くないよ全然!ゆかちゃんのが余裕で可愛いから!」
「わかってるよ。そんな必死にならなくてもー。」
「ごめん、俺ゆかちゃんのこと裏切ったよね、ほんとごめん。」
何言ってるんだろうこのひと。
わたしはこの人に対してすきだとか言ったこともないのにおこがましい。
「これからは、ゆかとあんまり連絡とらないほうがいいよ、おしあわせにね。」
このまま一緒にいたらどうせ別れ際にどさくさに紛れて抱きしめられたりするんだろうなと思って席を立つ準備をした。
「なんでだよ、ゆかちゃん。フェアじゃないじゃんかよ。」
「なにが。」
「なんでゆかちゃんだって彼氏いるのにこうやってするんだよ、俺が彼女と別れたところでゆかちゃんどうせ俺だけ見てくれないんだろ、どうしてひとりだけ愛せないんだよ、なんでたったひとりを愛そうって気がないんだよそもそも。」
それを話したらとても長くなるしその話をしたところでわかる相手じゃないとわたしは詰んだので黙って店を出た。
そういう、教科書に載ってるようなことしか言えない人はそれを正義だと信じてくれる女のこと一緒にいるのが一番いい。
わたしは時々、自分の顔がすごく醜く見える時があって、鏡の前でなんてブスなんだろうと思って泣いたりもする。手鏡を割ったこともある。
だけど、すきだったひとがくれた、「可愛いんだからしあわせになりなよ」って言葉を思い出してまた可愛いに溺れる。
そのひとは優しい人で、あるくときは必ず道路側を歩いてくれたし、いつもわたしを見ていてくれたし、水たまりがあったらあぶないよと言って叱ってくれてた。言いつけを守らずに水たまりの中を平気で進むわたしを焦って止めるあの人があの時、確かにすきだった。
お別れしてから初めて二人で話したとき、髪の毛が綺麗になったねと褒めてくれた。
「俺ね、ゆかと友達に戻りたいって言ったしそう思ってた。」
「うん、わたしは嫌だって言った。」
「そう、ごめん、撤回して。友達は無理。」
「いいよ。」
「初めてちゃんとすきになった人だし、それはこれからもずっとそうなんだよ。だから、ゆかはゆかだよ。」
「ありがとう。」
「ゆかは可愛いんだから、いい男捕まえてしあわせになりなよ。」
あの人はあの日、わたしをガラスで出来た壊れ物のように扱って、だからわたしもじっとしているしかなかった。
「ひとより美しく可愛く生まれた女の子は、周りの女の子達よりも不幸に生きていくんだと思います。不幸になっても美しいから。」
わたしが言ったのか彼女が言ったのかもう忘れてしまったけれど、携帯電話のメモや日記の端にかきしるされていた。
なんの取り柄もない可哀想なわたしを救ってくれた彼女のことをわすれないでいたいと思った。
彼女は本当にたくさんの話をしてくれて、わたしに対してもいつも上品で優しかった。
彼女の孤独ややりきれない想いをどこかで汲んでくれる男の子が現れたらいいのになと思っているし、わたしを救ってくれた今の彼にわたしはありがとうを言わなきゃいけない。
あの時と比べものにならないくらいわたしは彼一人を愛していて、無様で、今のわたしを彼女がみたら落胆するかもしれないし顔を顰めるかもしれないけれど、もう一度お話したい。あの頃たくさん傷つけた男の子達は、最終的にわたしを恨んだかもしれないけどそれはそれでいい。今更説明して謝るのはきっと余計に傷つけると思うから、最初みたいに優しくしたい。角が取れて丸くなったわたしをみんなつまらないと笑うかもしれないけれど、いまのわたしには今まで望んでいたすべてがあって、やっとたどり着いたのだから、今と彼だけ見ていたいなあと思う。きれいごとに過ぎないのかもしれないけど、きれいなことを純粋にきれいだと思えることは素敵なことだと思う。
ちなみに彼女はSNSで仲良くなった女の子で、実際に会ったことも話したこともないから中身がおっさんの可能性も捨てきれない。それはそれでいいけど。あの頃なかよしだった可愛い女の子達は可愛いという概念に雁字搦めになっていて、服を買うために風俗で働いたり援助交際をしたりしている子もたくさんいたし、みんな心が荒んでいてそれを隠すように清楚で清潔な身なりをしていた。お人形さんでいるのが一番幸せだと思っていた。
だんだんと年をとって更生して、もう連絡すら取らなくなった子もいればいまだにインターネットでしか本音を言えない子もたくさんいて、わたしはそんな女の子がいまでも可愛くて大好きだと思う。時々おねえさんと香水の話をしたりするけれどいつかふっといなくなっちゃうだろうなあと思う。
インターネットはわたしの青春だった。
ピアスホールの話もしたはずなのに肝心の彼女の答えの方を忘れてしまった。
みんないつか幸せになって欲しいと思う。
いつかみんなでしあわせになろうねって呪文みたいに言ってたのが本当になりますように。
さよならインターネット。
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