(まみむ)めも (後)

(まみむ)めも (後)

<■ん■貴■が■ら■い>

15日目

<君が思う正義って何?>
これは僕とむーちゃんの他愛ない話のひとつ。いつ話したかも忘れた話。さして意味を成さないつまらなかった話。

<そんなのは決まってる、簡単なことだ>
<じゃあ、何、私に教えて。私には分からない>

僕は答えない。

<早くしてよ、私は待つのが嫌いなの>

教えて、と言うわりには態度がでかい。まあ、最近分かったがこれが彼女の普通なのだ。その人にはその人なりの普通があり異常さがある。

――――普通って何?

<奇遇だね、僕もだよ>
僕は答えた。
質問の答えでは無いけれど。

<時間の無駄、早く答えて、ごまかさないで>
<――――あーくん>
むーちゃんは言う。少しだけ語気を強くして、僕を睨む。
僕は少しだけ考えをまとめる、無い考えをまとめる。だから答えは出なくて、僕にはまとめられない。だって――――

<正義なんて存在する訳ないだろ、だから、僕が君に返す答えはこうだむーちゃん>

僕はなるだけ強く心を込めて言う。
誤解されないように、間違われないように。




――――――――?
間違われて何のデメリットがあるんだ?
そんなもの最初から今まで無かったろ。



<この世に正義など存在しない、悪も存在しない。あるのは偽善と偽悪の偽物だらけさ。本物なんて――――存在しない>

むーちゃんは首を傾げる。

<うん?>
えっと。
むーちゃんは言葉を選ぶように、一個づつ、単語を区切りながら言う。まるで物分かりの悪い子供に話しかけるように、優しく。

<偽物、は、本物があるから、存在、するの。もし、世界が、この綺麗な世界が、偽物だらけなら、多分、その偽物自体が、本物>

<あーくんの、言っている意味が、私には、理解できない>



――――――――優しさは僕には必要ないだろ。

<…………>
多分本音だろう。
けれど、だからなんだ。
本音を話したから偉いとか、本音を話したから良いとか、そんなことはありはしない。本物という存在のように、ありは――――しない。

けれど、そんなことを長々と話すのは何だか飽きた。めんどくせぇ。説明と待つことは同じくらいに、けれど微々たる差異を持ちながら面倒くさい。
だから僕は<うん、そうだね>と話を終わらそうとした。
そして続ける。

<じゃあ、僕の正義はこうだ>
多分、話を反らすために言った世迷い言のようなものだと思う。仕方がなく言ったような。

<自分の為ではなく、自分が好きな人間の好きモノや事を守ることだ。たとえそれが、常識から離れている、間違ったモノでも>

むーちゃんは僕の言葉に、内容の無い薄い言葉に強く頷いた。
まるで、間違ってない、あーくんは正しいよと言うように満足したように頷いた。

僕は初めて人に認められたような気がして、少しだけ、ほんの少しだけ嬉しかった。



――――――――嬉しかった?なぜ?気持ち悪い

ただ残念なのが、その言葉が人からの受け売りだったことだ。
受け売りというよりは、パクリというのだろう。


てへっ。

15日目

<どうして?私はこんなにも頑張ってるのに>
<こんなにもあなたやあの人に対して尽くしてきているのに、どうして私の気持ちが分かってくれないの>

彼女は僕にそう言った。

<おかしい、おかしいわ。理不尽よ、そう理不尽だわ。こんなの間違っている。絶対におかしいのよ。こんな世界がおかしいのよ>

彼女は子供のように言う。
取り乱したかのように言う。

<私は頑張った、そう頑張っている。なのに報われないなんて、そんなのはおかしい。だからあなたがおかしい。あの人もおかしい。みんなみんな、私以外の全員がオカシイニキマッテイル>


自分以外の全員がおかしいと言うなら、それは絶対に、狂っているのは自分の方で――――

彼女は僕が帰ったときすでに玄関にいた。まるで待っていたかのように仁王立ちで立っていたのだ。そして僕を見つめながら言った。虚ろな二つの目、くまができた力のない目。僕はそんな水槽の底にある苔のような目を見ないように合わせないように下を向く。玄関には靴が一つ。

………あぁ、早くも空気が腐ってきた。たった5分くらいなのに。変な匂いがする気がする。なんだか生ゴミのような匂いだ。腐りかけ、けれと全部は腐っていない、文字通りの腐りかけ。あと少しで完全に腐敗する匂い。気持ちが悪い。

<どうして私の気持ちを分かってくれないの?私はこんなにも貴方たちのことを考え行動しているというのに…………理不尽よ>

気持ち悪い。

<ずるいずる■ず■い>

気持ち悪い気持ち悪い。

<毎日毎日、私はこんなにも完璧だというのにどうしてそんなことするの?どうして私の期待■裏切るようなことをし■いるの?あなたの学校の人から聞いたわよ、全く全く全く、本っ当いい加減に■■>

気持ち悪い気持ち悪い気持ちが悪い。

<これ以上私を困らせないで>

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

<私に頼り続けないで>

彼女はとつとつと語り続ける。
一人で語り続ける。
僕はこの腐りかけの空気をなるべく吸わないように左手で口を覆った。けれど入ってくる、腐りかけの空気は僕に無理矢理入り込んでくる。僕は吐き気を我慢しながら立つ。目は合わせない。合わせられない。

<なに■それ>

彼女は僕の仕草に気付いた。憎々しいというように、声を強める。彼女の声はまともな音を出さないラジオのようだ。何を言っているか、だんだんと聞こえずらく、分かりずらくなってくる。けれど音だけは聞こえる。入り込んでくる。

<私の話を聞きたくないって■■?>

僕は答えない。
答えたら、口を開けたら、全てを出してしまいそうで。僕の全てを、彼女から押し付けられた全てを。
だから僕は答えられない。口を開けられない。

<…………答えないっ■訳ね>

彼女からため息のような音が聞こえた。
ため息をしたいのはこっちだというのに、好き勝手に言えるというのは羨ましく、呪わしいものだ。

<本当。なんなのよ、あなたた■は。嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌■嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌■■嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌■嫌■■嫌嫌■■■■■■■■■■■■■■■■■>

ほら、何を言ってたか分からない。
だんだんと聞こえなくなってくる。
僕に彼女の声は響かない、けれど入り込んでくる。僕の身体に、動かせない身体に入り込んでくる。

<もう、いい加減出■■て■っ。私の家■■出て■■っ!!!!>

近くにあったものを投げてきた。僕はかわす、あぁ、ついには目の前さえもぼやけてきた。ついには目も空気にやられたか。それに足の力も入らなくなってきてやがる。ちくしょう…………ちくしょう。本当に、嫌になってくるぜ。
片膝が地面に着く、幸いに靴は一つだから踏むことはない。痛くは、ない。


<だから、そ■なあ■■が憎■しくて、その分――――>

目が見えない。みえているのは、昔のほんの少し前の記憶の断片。誰だろう?
この人は。
えっと確か。

<■しい>

えっと、誰だろう。
オンナノコで、無口で。
確か、口癖は――――



誰でもいいからタスケテクダサイ。








「――――よっっこら、どっせいやぁあっっ!!!!」

不意にドアが跳ばされた音がした。僕の脇をドアが飛ぶ。彼女には運の悪いことに当たらなかった。

えっ。

彼女は目を見開き、口をぽかんと開けていた。



僕はぼやけた目でなんとかドアの方を見る。
誰かは分からない。
…………背が高くて。
えっと。

腐りかけの空気が途端に外へ出ていく。新鮮な、綺麗な、美しい、可憐な、格好いい――――赤い空気が入り込んできた。


「ヒーロー参上ぉっ!!」


あぁ。
薫だ。



助かった、ありがとう。
感謝します。



僕は寝た。

15日目 ????

「よォ、おはようあーくん」

「なんだよ、しけた面してんじャねーよ。あたしに会ったときは常に笑顔でいろよ、馬鹿かテメェ」

「ぁあ?……なんだよなんだよ、低血圧か?全く、相変わらずだな。相変わらず過ぎてつまらねェ。ふん、あーくんが変わったのは心境だけか?」

えっと。
ここは。

周りを見渡す。何だか頭と体全体、とくに腹が重い。だから目だけで周りを見渡す。
僕より一回りくらい狭い部屋。家具はあまりなく、一番目をひくものはテレビゲーム。全機種が揃っていそうなくらいの量が段ボールに押し込められていた。その段ボールはテレビ台の下。すぐに出来るようにしているのだろうか。そして、それぞれが赤い。DSならまだしも、PSP?が赤くなっている。最近のは全て色が変えられるのだろうか。てか、ここどこ?

僕が今横になっているのはベッド、真っ赤なベッド。僕に乗っているのは真っ赤な髪の薫だった。

――――あぁ、どうりで腹が痛いし頭も動かせないわけだ。いや、頭は違うか。

「さっきから何でキョロキョロと目が動いてンのかと思えば、そうかあーくん――――あたしの部屋来ンの初めてか」


「…………はっ!?」

…………。

あ、やばい意味分からな過ぎて眠くなってきた。
もう、僕はダメだ。
寝よう。


…………。
ビンタされた。

「嫌嫌、寝ンなよあーくん。もう16時だぜ?」

嫌嫌ってなんだ?

「むっはー、疲れてンのか?うん?…………綺麗な肌しやがってうりうり」

薫は長い指で僕の頬をグリグリと撫でる。

「えっと」
何があってどうなってこんなことになったんだっけ?
訳が分からない。

「とりあえずどけ、薫」

薫はしぶしぶ僕から退いて、今度はベッドに座った。にやにやと笑う。

「どこから説明してほしい、あン?」

全部。
全てと言いたいところだが、まずは。
「どうして僕が薫の家にいる」

むは。
薫は笑い僕を見た。

「そっからか、まぁ、いいや。簡単に言うと、あたしがあんたン家から担いで連れ出した。だからあーくんはここにいる」

簡単に言い過ぎだろ。
全然説明になっていない。

「?」

なんか不満か?
さも不思議そうに僕に問う。

「悪いけど、僕は薫より物分かりか悪くてね。ちゃんと説明しろ」

ドスンと腹を殴られた。

「してください」

薫は真っ赤な前髪を右手でかき揚げる。

「えっと、あーくんをここに連れてきたのは二三時間前かな。ンでその一時間前、暇だったからあーくんとこ遊びに行こうと思ったわけ、バイトをサボって」

嫌嫌、バイトはサボっちゃ駄目だろう。

「ンで、ちゃちい門を壊――――開けたらなんだかお前の母親の嫌な声が聞こえたから助けた。なんだかピンチそうだったからドアを壊した。それでヒーロー参上ッて訳」

あまり、分からない。
薫はもう説明する気が無くなったかのように、僕の頬をまたグリグリと触る。邪魔だ。
僕はとりあえず、そうかとだけ答えておく。

「あー、ドアは悪かったな。でもどうせ、お前ン家のことだ直ぐに直るだろ?警察官の家なんだセキュリティはバッチリー、なんつって」

薫からは反省の色は謝っておきながら全くない。まあ、僕にとっては、助けてくれたも同然なんだから別にいいんだけれど。それに、あんな家知ったことじゃない。

「あー、あとさ」

薫は僕に顔を近づける。いつぞやのむーちゃんのようだ。

「今日は泊まってけ、な?」





意味不明。

15(~16)日目 ????2

結局のところ、僕は彼女の家に泊まることになった。例え無理矢理帰ろうとしたって、帰してはくれないのだろう。それに、そんなことをしたら僕は多分薫に笑顔で骨を折られ、無理矢理この家に泊まることになるのだろう。痛いのは嫌いだ。待つのと同様に。

薫とは寝るまでだべって、僕は廊下で布団を借りて寝た。流石に薫は女性だ、年上といえど<大人女子>という意味不明な言葉があろうと、男が気を使うのは当たり前のようだし。

ともかく、廊下で寝た僕は背中が痛いまま、翌日そのまま学校へ向かった。薫が僕を着の身着のまま家から連れ出してくれたおかげだ。
気分はそれほど良くはない。
ただ悪くもない。
別に何ともない。
嘘ですごめんなさい。



そして、僕は学校から帰り短い家出(強制&救出)を終えまっすぐ家に帰った。
ドアが直っていたからインターホンを押す。
面倒くさいが母親が出るだろうから多分、開けてはくれないのだろう。それで、開けてくれなかったら、薫の家にまた泊まろうと思う。

しかし僕の読みは外れすんなりと鍵は開けられた。そして、玄関に昨日の母親よろしく父親が仁王立ちしていた。
ふむ。
僕に話があるそうだ。まぁそうだろう。夜に家に居なかったんだから。

けれど、それも外れた。


結末から言うと別に大したことではない。
ただ。






母親が行方不明になっただけだ。

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(まみむ)めも (後)

被害妄想と性格の悪さが足された少女と頭の悪い少年の淡い青春 その7

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-06

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