椰子の風に吹かれて

フィリピン在住の外国人とりわけ日本人の動機目的は7割以上がフィリピーナの肉体であろう。娘のような孫のような女と暮らすことは夢のような話であるがここでは珍しいことではない。しかし心は別である。彼女らの観点は貴男の金を愛しています、なのだ。もしフィリピーナとの結婚、同棲を夢見ているやめたほうがいい。

全財産を貢いで捨てられ困窮日本人となるのが落ちである。下手をすれば命まで失うことになる。万々一彼女と心と結ばれているならご同慶に堪えない。限りなく0に近い1億分の1の可能性である。彼女らは貢君をカモと認識しており、得た金は肉体労働の対価と認識している。ちと高過ぎないか。

それ程いい女に会ったことはないが平均日当300ペソ約600円を念頭に入れて物価を考えれば、数百万数千万の対価は破格である。その都度500ペソ与えれば十分である。しかし敵もさるもの引っ掻くもの、安売りはしませんよとくるから簡単ではないが、小出しすることが生命を含めて安全である。身の為である。

第1章第2章はフィリピン事情である。読み飛ばしてもよい。第3第章4章の舞台である。フィリピン在留邦人には日本を離れて日本を忘れてしまうタイプと日本を今まで以上に意識するタイプがあるようだが筆者はあとのタイプのようだ。日比の文化すなわち生活に対する基本的考え方は余りにも違う。嫌がおうにも日本とは日本人とはと考えさせられる。今日も椰子の葉を揺らせて風が吹き抜けてゆく。

 椰子の風に吹かれて 目次まえがき

             椰子の風に吹かれて 目次まえがき

目 次

まえがき

第一章  強請り 集り 騙しの手法
      フィリピンの洗礼 いい娘を紹介する 日本人はカモだ
      low service high demannd アサワ日本人
      ポリスパトラ金せびり警官 両替商
第二章  民族の歴史
      犬猫は鶏を襲わない大家族  炭焼きカーボン作 謝らない 
      他人の物は俺の物 身体能力世界チャンピオン ライターかマッチか
      Public Private お粗末な道具 肌の色 カラオケとクーラー
      食い残し飢えたことがない  No service for others
第三章  流浪の旅
      マリアカルロス 陳志淵 塩崎真知子 rice terrace棚田 山田中尉
      清美 一時休戦 ユキ1 ユキ2 セブ島1
第四章  日本人とは 
      ユキ故郷に帰る 生活協同組合1モロイスレム解放戦線1
      モロイスレム解放戦線2 闇の黒幕 1 闇の黒幕 2   一時帰国飛魚
      生協設立 千夜一夜物語 一時帰国2  有馬温泉 マタギの世界i
      柳語る大化の改新 決着 黒幕掃討 シャラザード大学 雨乞い理論  
      ユキ国会議員 対決 David Ben Gurion 謎の飛行物体 大学とはi
      椰子の木 地図がない 鉄道橋の完成 

主要登場人物

坂本 龍次    自分の人生を求めてフィリピンを流浪する日本人
カルロス     スペイン財閥の一つカルロス家の総帥
マリア     カルロスの娘、情熱的なヴィオィリンを弾く 
陳志淵     ホテルスーパーなどを経営する華僑
ユキ      ミンダナオ出身のジャパユキ、本名Jonalyn Macapudang  
塩崎真知子   元外交官の未亡人
山田 清美   旧日本軍中尉の孫娘
シャハラザード 某イスラム国大統領の娘
坂本の子供    
モニカ(マリア)アナヤ(アンジェリータ)
碧渓(梅雲)碧谷(許細君) 南海雄(ユキ)
紀和(清美)ヤサミーン(シャハラザード)ほか


       名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実ひとつ



 地獄、不条理の国

 フィリピンで幸せに暮らす日本人もいるが、すべてを騙し取られて帰国することもできない日本人もいる。行き倒れが日本領事館に駆け込んでも、こういう人多いんですよね、で片付けらる。ましてやフィリピン妻とその家族が食い尽くした日本人を粗大ごみよろしく廃棄もしくは帰国を求めるものに日本の役所が動くはずもない、とくにこの国では。なぜ、そこまで騙されるのか、* まるでカチカチ山の狸でないか。太宰治はなんと言うだろうか。だまされてもいい、女が喜ぶならと言われたら、そうですかと引くしかないが、果たしてさうであらうや、その答えを求めて今日も旅行く、椰子の風に吹かれて。

 椰子の葉を揺らしゆく風はこの国の数少ない極上品である。食いたい時に食い、やりたい時にやる、労働は糧を得るもの、人生楽しむことが一番。それもまた人生、何をそんなにあくせく働く、と言っている気がしないでもない。しかし、永いこと日本人をやっていると日本とその考え方を捨てきれない。異文化を受け入れ順応することは容易ではない。

 * フィリピン人が日本人は馬鹿だからすぐ騙せるよとほざいている。
 スケベで馬鹿 だけどお金たくさんもっている 、日本人からお金巻きあげて
 どこが悪い。すぐいいなりなる、簡単。

 騙されるのは Noと言えないからだ。楽をして快楽を得ようとするからだ。人の言いなりになるからだ。勇気がないのだ。いい歳をしたいじめられっこか。やられたら5倍はやり返せ、といいたい。権利は戦い取り、戦い守るものである。 冤罪を着せられた者の多くの顔は取り調べに言いなりになっておきながら、あとでうじうじ嘆いている顔と、いえば言い過ぎか。とはいうもののあの手この手で圧力をかけててくるので簡単ではない。理屈にならない理屈を並べ、 日本人に身の危険を感じさせるように持っていくのだ。
 土地買って、家買って、家族を助けて、と言われて貢いだ挙句、家を追い出されるのだ。土地家は女の名義なればなり。この国では外国人の名義で登記できないこともあるが女色香に迷って知恵が回らない。購入資金を貸し付けて土地家に抵当権をつけておく(女は勝手に処分できない)こともない日本人は救いがたい。日本領事館で「日本に帰れ、早く死ね」と罵られている様は哀れを通り越している。馬鹿は死ななきゃ直らない。

 青い海、白い砂浜、魅惑的なフィリピン娘、観光客にはこの世の楽園と思われるこの国は、日本人を食い尽くす蟻地獄でもある。フィリピン人に全財産を盗られた上に生命をも奪われた日本人すらいる。ある者は日本に帰国して生活保護を受けているとか。犬に餌をやると尾を振り、その人間を守ろうとする。蟻は餌を食い尽くすともっと寄こせとその身体まで食い尽くす。日本人なら親の仇にでもそこまでやるかと思う。

 愛の言葉は日本人を食い物にする道具なのだ。これに気付く日本人は少ない。日本では女に縁のなかった爺が若いフィリピン娘にのぼせ上がるのも無理からぬが、破滅と失意が待っていることに気付いていないのだ。ここは人間界ではない、餓鬼界、畜生界である。その生活から人間の誇り尊厳は感じられない。飽くなき欲望はどこから来るのか。植民地時代の反動か、金持ちの日本人への羨望が憎しみに転じたものか。

フィリピン人が日本人にものを頼むときはうんざりするほどひつこいが*、断るときはことなげに拒絶する。10take 1give 10回頼んで、1回頼まれるといったところか。それも犠牲を払ったと思っている。無償の行為はまずない。厚かましく自分の考えを押付けてくる。日本人は押しに弱いと教え込まれているようだ。これが許せない。金は出さないが口は出す。無礼打にしたくなる。不条理が通用する国なのだ。当たり前だが日本の主権は及ばない、日本の法律は適用されない。無力感を覚えるのだ。

 * 12歳くらいの少年にたばこを一本せがまれた事がある。断ってもどこまでも
つきまとう、辟易する。日本でも冤罪者が警察の取調べにもうどうでもいい
と 思った、 と口にする が分かる気がした。これは拷問でないか。仕事に
そのひつこさをもてといいたい。[低品質、高要求が基本哲学]である。
** あれ貸せこれ貸せと毎日言ってくるが,こちらが一寸貸してというが即座にNO   という。 言 えた義理かと思うのだが借りは借り、貸すのは別(有料)ということ   らしい。

 人と猿の間`

 日本人ぐらいであろう、フィリピン人を人間として扱うのは。彼らを家畜のように力で抑え込む外国人(スペイン、米、中、韓)には弱いのだ。徳が理解できない。で、ついつい土人の分際をわきまえろ、低レベルくせに日本人に向かって指図するとはと言いたくなる。言ってしまえば気まずくなるからがまんしているのだが、彼らは日本人は文句言わないと踏んでいるのだ。 なんでィリピン人に従わなくてはならない。

 ここはフィリピン南(猿)の島、けんかしたら生きてゆけないよ。俺は俺のやり方で生きてゆく(猿に馬鹿にされて黙っているのか、銃刃物では勝てないが知力は世界のどこでも負けないぞ)。無礼に対して寛容にはなれない斬って捨てい、妥協はしない。これが他の日本人の不興を買う。

 日本人は英語が出来ないと小ばかにする。文法文脈のいい加減なフィリピン英語にも慣れないと生活が不自由だ。もっとも論理的思考のできない人間の話は言語がなんであれ理解しづらい。人の話を聴かない、話中でも口を挟む、別の話題を持ち出す。不快である。口答えをする、素直さがない。可愛くない。目的達成のためには平気で嘘を言う。とくに彼らが何らかの好意を示したときは何かあるなと考えてかかるべきである。

** たとえが不適当かも知れないは日本人は猿チンパンジー等の霊長類研究の
最先端を行くそうだが研究対象を準人類もしくは近人類として扱うことが
理由に挙げられているそうだ。
 非人類は人類に非ずという視点はごく自然であるが日本人の視点も一つの
  見識であろう。これをフィリピン人に当てはめて文明を十分経験していない民族  と見るのは問題があろうが人間に非ずと見るよりははるかに好意的である。

役立たず、不義理不人情

フィリピン人は自信を持って言うのでそうかと思ってしまうが都合が悪くなるとそんなこといったあ、とくる。8割は信用できない、疑ってかかるべし、力のなさをはったりで誤魔化しているのだ。自分に自信のある者は知らない、わからないをはっきり言うことができる。かれらは知的レベルは低いが自己主張が強くほんに可愛いげがない。バレバレの嘘をつく(罪悪感はないのか不思議。色香に惑されるな)。眼つきが違う。収穫が少ないと取り損ねたという顔をする。よく看ればわかってくる。恥じらいもなく自分に都合のいい考えを押し付けてくる。こんな連中斬って捨てたくなるが如何せん異郷の地なれば為す術もない。日本国家があっての日本人なのだ。

休道他郷多苦辛というけれど、時と場所による。信頼とか友情とかは薄い地なれば、目の前に金をぶら下げられると平気で友を売る。義理人情のない人間と付き合っていると自分にいいき聞かせることが必要だ、日本の道徳観念の反面教師と考えればちょうど良いところか。この国は徳どころか謙譲、謙遜とは無縁である。日本人は品があって謙虚であり、強く自己を主張することは少ない。後述のように世界をリードしてゆく資質があるように見えてくるのはどうしてであろうか。

* 楽して得ようとする、日本人がもっとも嫌うタイプだ。働かなければ飢えが待っ   ているという恐怖感がない。他人に対する思いやりのないのが多い。気候風土  は考え方を規定するのであろう。人は飢えた状態におかれて強く生きようとす   るのでないだろうか。向上心向学心もない。
  正五角形つまり対角線はお星様、をどうやってつくるときいて見る、未だ
  答えた者なし。黄金比、左右対称とかの概念すらない。したがって測量も推し   て知るべし。水平垂直など高い大きな建造物をつくるときに必要なものでしょ   (日常生活には不要わ)。ものを散らかしても問題ないとする、不快。
  在住の永い日本人がここではストレスを感じる、ブラジル、ペルーなどにも住ん  だがストレスを感じたことはなかった、と話したことがあった。わかるよ。

**フィリピン人にあなたたちは(馬鹿だから)いわれたことだけをやっていなさい。   あなたの考えを求めていません、という植民地主義の考え方もわかる。
  多くの外国人はスペイン人に習って君たちとは(住む社会が違う)と認識させて  いるようだ。日本人はフィリピン人を人並みに扱うから日本人を恐れない、馬鹿  にする、民度の分別の低さ、おろかなり。これも植民地にモノプランテーション   に知性は禁物との愚民化政策の成果かもしれない。
  ちなみに植民地政策を並べてみると①知性②共通語③水泳④蓄財等の禁止  であろう。日本の集約的農業とはえらい違い、ここにヒントがありそうだ。

日本を訪れたことがある、日本人と仕事をしたことのあるフィリピン人は日本人に敬意を払う。諸外国人とくにアメリカ人の日本人に対する態度に驚く。この国servant countryの宗主国master countryはスペインあるいはアメリカ合州国であったことを思いだしてもらいたい。
 秀吉、家康がキリスト教を排斥しなかったならば日本はどうであったろうか。支配者よりも知能の高い者を支配できる訳はないとも言えるが、知能は武力に弱い。欧米には品性思い遣りがないから悲惨な歴史をたどっていたかも知れない。
 搾れるだ搾り奪えるだけ奪う植民地主義の凄まじさはこの国の地名、国民意識にも深く刻み込まれており、これを無視して語れない。欧米人は 被植民地人=奴隷と席を同じにすることは決してなかった、現地食を口にすることはなかった。不条理を当然と思わさせる植民地経営を永年やってきているのだ。Ganahan ka bunal?鞭が欲しいかと言えばすぐ大人しくなる。

 *** 可愛げがない、不遜とは時として憎しみに変わる。で、旧日本兵が不遜な態    度に腹を立て虐殺してしまえとなったと思われるのである。戦後の企業戦士    も同様であったろう。仕事もろくにできず横柄な態度、教えを乞うことのでき    ない、彼我の分際をわきまえない、のは許しがたい となるのだ。
    もっともだ。いい仕事をして金を貰うと基本がない。ここのプロは日本人の器    用な主婦以下、銭がもらえる仕事はまれ。日本の電気工、自動車修理工が    商売したら日本人をはじめとする外国人の引っ張りダコになろう。
    ここの国立大学で超名門とされるUPですら世界ランクは260以下とか。
    落ち目の日本は東京大学の8位ほか100位以内に数校と頑張っているよう    だ。ただし、ランクする機関によって評価は異なるからあくまで目安と見るべ    きであろう。

人間としての誇りは、まず持ち合わせていないだろう。フィリピン人自身信頼し合える心の友を同胞に持たないと告白している。フィリピンの金持ちは貧乏人を決して助けない、そんなフィリピン人をなぜ日本人が助けなければならないのか。ここは金で快楽を得る事は容易だが愛を得ることは至難である。No money no honey.フィリピーナの日常会話であり常識である。愛情は金額である。

金と共に愛は去りぬと嘆くのは認識不足。性は愛情の最高表現であるはずが、愛情から分離独立して売ものとなったのはいつのことか。人類史上古いことではあるまい。売春は世界最古の商売とも言われるが、それはあまりに虚しい。老人の買春は回春か、快旬か、愛を確かめるものがも。

フィリピーナが現地妻によって得た金は浪費され、ひもに貢がれる。その代償でエイズにかかると海に身を投げる女も少なくない。哀れである。食物連鎖であろうか。 あるケースではお腹の子は日本人かフィリピンの彼氏か不明とか、知らぬは亭主ばかりとは。日本人同胞としてはやり切れない。貢いだ金は数百万、悪銭身につかずというが その彼女はその一部でレストランとネットカフェを開店していた。あぶく銭を活用する術を日本人から学習したのかな。

とはいえ,愛とは永遠のテーマであり、解なし、解不能かもしれない。さらに、愛と性とは密接不可分であるから話はますますややこしくなる。かの有名なチャタレイ夫人の恋人の訳者出版社が猥褻罪にとわれ有罪になったことは未だに理解できない。ポルノ小説、官能小説とは格が違う。担当裁判官が違いのわからぬ非常識かインポの僻みだったと推測するしかない。ここフィリピンでは、大きい、小さい、おいしい、まずい、が愛の基準である。何が、って、チンチンに決まってるでしょ、otten,luso,dakko,itlog,buliともいうのよ。日本では?答に窮するが出世魚のように区別されるのか、意味論的な考察は後日にしよう。
*  猥褻とは、『いたずらに性欲を興奮または刺激させ、かつ、普通人の正常な性  的羞恥心を害し、善良な性的正義感に反する行為または物の属性をいう』とす  るのが判例。
** 和漢混交文の比率はドレぐらいが適当か、程よい加減がむずかしい。できるだ  け和文を使うべし。比英混交文の比率は3:7 くらいか? 概念がないものは外  来語をそのまま使うしかない。ここの公用語がタガログと英語なのは80以上の  民族言語という だけでなく、語彙がそのもが少ないこともあろう。現地語だけで  表現できないのは不幸ね、とある日本人。興味深いテーマだ。

  共通語の制定を禁じたのは植民地政策の一つであろうと想像できる。単純  働だけをやらせれば良いとの基本理念が貫かれている。その場限り、後先考   えず、飽くことのない欲望はどこからくるのか、三百年以上に亘って搾取されてきた民族の記憶か、数パーセントの富者が90%以上の富を保有し*貧者は食うことにも事欠く社会構造か* 一月のサラリー以上の金を一日に使う日本人への羨望か、それらの複合か、今は分からない。
 人は目標を達成した瞬間が一番幸せと感じるがここには目標すらない、持てない構造だ。なんとかなるとの哲学はその場その時がよければいいともなる。囲碁、将棋、クラシック音楽、読書、討論などは苦手。人生が厳しくなければ芸術も科学もない。創造という概念がないのか。思考よりも官能。まともな工作物、建造物もない。歴史を感じることもない。フィリピン人が十年百年先を思いやることはまずないと断言できよう。真に独立しようとする気概もない。小金を貯めては賭博でするのも多い。人生設計がない。

* 経済誌フォーブス(Forbes richest)のフィリピン富豪ランク2009年番付 単位:  USD 1B=1000M=10億
  ①ヘンリー5B  ②ルシオタン2.1B ③ジョンゴゴンウェイ1.5B 
  ④アヤラ財閥1.4B ⑤Andrew Tan1.2B
  上位位10の半数が中華系いずれも外国人、フィリピン人は出てこない。経済的  的にも政治的にも独立国とは言いがたい。国家は支配の手段か。 フィリピン   人は被支配民族と認識することが必要である。とくに長期滞在者には。これは  21世紀の今日でも現実である。
   因みに日本
 ①柳井正ユニクロ9.1②佐治信忠サントリー8.6
 ④孫正義ソフトバンク5.6(26)岡田和生パチンコ1.0(40)豊田章一郎トヨタ0.62

 **単純計算で一人頭180対1以上の格差、感覚的には1000倍以上でないか。   これを違憲状態としないのが不思議である。スペイン植民地の凄まじさを今に  残すものなのか。
   トンドとよばれる貧民街はマニラの、東洋一貧しいこの国の掃き溜め。
  廃棄物の山の中で 一日中廃プラスティックを探し出し100ペソを得る。
  家族の収入である。12歳から 春を売る少女も少くないとか、その日の家族の  食い扶持のために。富裕層へのやっかみとあきらめがお人良しの日本人から  巻き上げろという気にさせるのかも知れない。

なぜそんなところに住むのかと言われると答えに窮する。それは在住日本人自身が常に抱いている疑問でなかろうか。椰子の木陰でまどろんでいると気持いい風がやってくる。いい風。ほかに何もない、自分をこの地に引き止めるものは、、。もっとも日本で食い詰めた者には超省エネのこの国は安上がりで住み易いであろうが、これはしばらく置くとして、一般的に日本の快適さあるいは満足度を100とすればここは5以下であろう。些細なことでも重なると気にせずにはおられない。しかも解決がむずかしいのだ、この地では。蟻に噛まれるとつぶせばよいが、何度もやられると閉口する。

社会資本は昭和30年代の日本と思えば想像できようか。社会資本の遅れは日本で当たり前のことがここでの実現を困難なものとする。電気水道ガス通信といったライフラインすら確保できていない。停電は月5回、インターネット不通は月3回はある。不通は15回覚悟しなければならない。市水道、都市ガスはごく一部の地域にしかない。ここは人を人と思わない政治がなされている。それを甘受する国民も理解できない。

人類としての人間性、尊厳性はこれを観ることはまれである。数少ないここの快適さは、常夏の気候(冷え性、花粉症には)、豊かな果物、家族の絆、老人弱者への労わりであろう。多くの貧しい人々は他人にやさしい。富める者(医者、弁護士、教師など)は傲慢で強欲なのが多い。これはいずこも同じか。悲しいことに未だに心にしみる人情にふれたことはない。概して蓄える習慣のない民は自らの労働力をしかも単純労働に売ることでその日その日の糧を得る。早い話が現代版奴隷といえようか。自らの肉体以外に財産を持ったことがないから仕事に意欲がない、工夫もない。苦節何十年とは無縁。快楽(飲酒歌踊りセックス麻薬等)にははまりこむが勤労勤勉は苦手。富を築くことはハナから諦めている。植民地政策の効果か、民族の根源的性質なのか、そのうち解ってこよう。
I take care of my husband,my kids,my job,my home and even my parents. これはあるポスターのフレーズだが日本人には引っ掛る。順番と両親をもと言うのが気に食わない。文化の違いと言ってしまえばそれまでではあるが、理解できる日はくるであろうか。

*  金を持っている者は金を使わない。貧乏人は金に飢えているいるのですぐ使   う。娼婦でも稼ぎのいい奴ほど金は使わない。
  総じて金にとりつかれた顔をしている。こんな女に金を与える日本人がいるの   だ。一つ与えると二つ三つとねだってくる。
  顔色を伺いながらせびってくる飲み屋の女を創造すればいい。フィリピーナの   金への執着は蟻が食い物にたかるが如し。


しかして、かようなところに永く住む日本人も半分以上は同様に考えて接すべきであろう。日本から逃避してきたか、フィリピンスタイルに染まってしまったか、顔を看れば見当がつくが、煙に巻くような話をつづけて人の話は聞かない日本人は要注意である。よくしゃべるが核心部分はぼかす。ヘアーヌード解禁の今日、ものごとをはっきり言えってんだ。日本語の巧い現地人も同様。日本語は金を巻き上げる道具なのだ。たまには品のいい日本に留学したこともある大学教授もいたが。現地人のために無償で技術援助生活援助をしている日本人も少なくないそうだが、未だお目にかかったことはない。折あらばと考えている。

 * 浪曲、講釈とかの職業は世界にも類稀ではないか。佐倉宗吾とか世のため    人のために家族までをも犠牲にする精神は日本民族独特の文化と考えるの   だが、 ここはこのような精神活動は無縁の国である。


土壌がない

ここは日本とほぼ同じ面積の島国だが、土地は豊かではない。溶岩の上に草が生えている程度、腐葉土の層もない。落葉は燃やしてしまう。ミミズもいない。土作りという概念がない。太古の昔と変わらぬ風景があちこちに見られれる。数万年前と変わっていないのだろう。代わり映えのない国と言っても過言であるまい。種か畑かはさておくとしても、国土、社会、人間を育てる土壌がない。土地に勢いがない。作物も然り。萌える緑、目にしむ青さは見たことがことがない。豊穣を使う機会もない。

* 数センチの表土の下は溶岩、大したものが育つわけがない。雨季には大きな   池ができるくぼ地に草が生えない、土地そのものが命を育まないのだ。

土地の豊かさは落葉樹にあるのではないか。夏の高温多湿が腐葉土をつくり冬の寒さがこれに気合を入れるのだろう。紅葉狩りは単に娯楽ではなく森の鎮守の神様への表敬訪問であり、生活基盤である落葉樹への遠い記憶が我々を紅葉狩りに連出しているのだ。日本人の季節感、無常感の根源的イメージは森でつくられたに違いない。天然の美はこれを端的に表した名曲である。伊豆半島は昔フィリピンからやってきて日本列島にくっ付いて同化したそうだが、当時は溶岩の上に草しかなかったと想像している。日比の腐葉土を比較すると天問学的な差であろう。生産活動、国力も同様である。
海外から日本をみるとなんと美しい自然と人情のある国だろうか、生態系の多種多様で豊かなこと、日本は世界のまほろば。食物が美味い、質量とも世界一と断言できよう。美味いもの食って愛を語ればこれに勝るものはない。古来多くの人種がこの地にやって来て住み付き、しかも緩やかに混血融合したところは世界中でもほとんど無いのではないか。これは共存を意味する。豊かな自然と文化がこれを可能としたのであろう。

聖書を読めば砂漠の民は食うか食われるかであったことを想起させられる。個と個が、民族と民族とが激しく対立しぶつかる世界だ。日本は異民族との対立がなかった。家族部族で助け合ってきた民族だ。争いは共倒れになることを知っているのだ。何時の日にか日本は世界平和の中心になりうるのではないかと思われる。自然に生かされているという発想は希有であろう。自然と対立し、自己を強く主張せずには生きられない国が多いと感じる。黄金の島とは金の採れるということ以上に食の豊かさ、心の豊かさを言っているのであろう。西洋人には天国か理想郷に映ったとしても不思議ではない。小さな島国がノーベル賞受賞数世界2位なのは考えることが好きな民族とも言えよう。自分の仕事を愛し誇りに思う人間が多いことはすばらしい。

  美しい五月は、二月の雪、三月の風、四月の雨が育てる
   March winds and April showers bring froth May flowers
    Marzo ventoso y abril lluvioso hacen de mayo florido y hermoso


ここはその反対、心から感動することはまずない。生活も自然も単調である。どこに行っても変わり映えしない。単調な者しか、また単調にしか、生きてゆけないところである。黒潮に乗った魚は素材は同じでも日本で鍛えられて美味い味が出る。人間も安易な人生を辿ると味がない。ここは時間だけは無限にある。お待たせという言葉もない。リズムがあわない。俺の脳も活動を次第に緩めて行くようだ。しかし、時間を無為に過ごすことが贅沢といえば贅沢でもある。

実りの秋は厳しい冬の到来を告げている。時は移ろうことを敏感に感じる民族は蓄えを身につける。冬を越すには蓄えがなければ飢死にだ。飢の恐怖は勤勉な労働を強いる、知恵を働かせるよう仕向ける。日本の風土は厳しさと恵みを与えてきた、四季の変化は無常感を民族の根源的イメージとして抱かせてきたのであろう。時は有限、その瞬間を精一杯生きる、命をかけるのは日本ならでは生き方考え方かも知れない。何万年と勤勉に働いてきた民族であろう。
  * 日本人には怠惰に映る。金、物は苦労して得るものとの考え方からすれば
路上での物乞い、乞食の集りが腹立たしく、また、不愉快である。 仕事が少ないとしても、、。 敗戦直後の日本で2万人の餓死者が出たこと、戦災孤児の鐘の鳴る丘、など、行く年や昭和は遠くなりにけり、といえば年代が知れよう。


フィリピーナと暮らす日本人の中には定年退職を過ぎた年齢で子をなし子育てに励む幸せな方もいる。敬服するとともに日本人男性を支えるフィリピーナにも敬意を表さなくてはならない。ここでは彼女の支えなしでは生きてゆけない。彼女たちは日本の男が家土地財産を彼女とその子に残そうとしていることを理解しているに違いない。その歌と踊りは生まれながらにして歌手であり踊り子であるばかりでなく、それも男を喜ばすことにおいては世界一でなかろうか。それは女の歓の反射効との説を承ったが、浅學の理解を超える、奥行きの深い領域である。なお、フィリピーノと暮らす日本女性もいるがあまり詐まされたとは聞かない。女の人間性を見る目は男より確かなのだろう。

*  フィリピン人の踊りを見ていると、歌と踊りがあればどんな苦しみも悲しみも忘  れることができると言っているようだ。あきらめのよさ ふがいなさは植民地に
  されるための民族かと思われて胸膨くるる想いがする。キリスト教の、貧しきも  のは幸いなり、天国は汝のものなれば、とは彼らのためにあるだろう。 


毎年4月マゼラン上陸記念日に掲げられる垂れ幕。十字架をかざした宣教師が先陣を切る。フィリピン人の歴史認識、感覚がわからない。
 これが300年に及ぶ植民地の始まり、東南アジア唯一のキリスト教国。キリスト教とは搾取の道具、手法と言えば不適格外国人とされるから口にしてはいけない禁句である。『見ざる聞かざる言わざる』が最高の処世術。


本作品は筆者の独断と偏見と想像とで書かれたフィクションであり、実在の人物、事実とは無関係であることを断っておく。第一章、第二章はフィリピン事情の紹介であり、生活2年間の印象を感じるままに書き綴ったものである。したがって、主観的記述も少なくない。この地の日本とは違った日々が日常となり、カルチャーショックがなんでもなくなるのを恐れるからだ。日本との比較において誇張し過ぎた点もあるかも知れない。誤解も多々あるかも知れない、また退屈かもしれない。
そう感じた読者は第三章から読み始めても差し支えない。ただし、単にこの国の欠点を列挙したのではない、人間の幸福とは社会制度が整備されているだけで実現できるものではないことを忘れないでいただきたい。このテーマは筆者には荷が重すぎたかも知れないが、語らずにはおられない日々を過ごしている。                                                   佐々木三郎 

いい娘を紹介する

いい娘を紹介する

 ホテルに帰るとフロントで呼び止められる。日本のママから伝言で電話してくれいうこと。携帯のテストと思ってかけてみる。『クーヤいい娘を紹介するから会うだけ会ってみて。ホテルに行かせるから気に入らなければ帰していいからタクシー代300ペソやってね』『コンドーテルに引っ越すから』『そう、荷物運ばせたらいい、今下にいる』手回しのいいこと。やがて色の黒いレスラーみたいのがやってきた。とても抱く気はしない。何がいい娘だ。ママに都合のいい娘か。コンドーテルはビジネスホテルみたいなものだ。ホテルの3割ぐらいの値段。荷物の運び賃300ペソやるとレスラーは喜んで帰っていった。
 300ペソ日本円で600円は日本料理店の、建設現場労働者の日給。スーツケースを運ぶだけで300ペソは高給取りである。ママが半分刎ねるいい仕事である。この国の労働分配率は驚くほど低い。因みに、セクシーレディー高級娼婦の手取りは30%以下らしい。派遣業者、ホテルがそれぞれ30%強をとるそうだ。オーナーの取り分は半分ときく。椰子ココナツは土地所有者が売り上げの半分、栽培者が半分という具合だ。不労収入に見えるのだが、人口の10%の富裕層が国全体の富の90%を保有する国である。90%の貧困層が10%を保有することになるから貧富格差は810倍になるのだろうか。〔いい娘とは紹介者にとって都合のいい娘なのだ。〕

街を歩くとナイスバディーのフィリピン娘に出会う。声をかけたくなったら、どんな家庭の娘か考えてみれば答えはすぐでる。ジーンズかショートパンツにだまされるな、たいてい電気も水道もないあばら家に住んでいる。日本人の中年以上のオジサンに寄ってくるのは金以外に何がある。愛情があるはずがない。
UP University of Phlippineの学生は知的に見える。かれらの将来は約束されているそうだ。マイカー通学、運転手の送り迎えの女子大生がうだつの上がらぬオジサンと愛を語るはずがない。玉石混合の中から自分にふさわしい玉を見つけるには自分の眼しかない。見る眼ができるまでは手を出すな!真面目に働いている娘は金をせびらない。食事でも買い物でもきちんと礼を言う。若い娘が一人でタクシーに乗っていたらパロパロ(娼婦)と見ていい。庶民の脚はジプニイかトライシクルである。


  借りる、預かるは貰うこと

 ここで貸したものは返って来ると思うのは日本人だけだ、返って来たら祝杯ものと在住日本人。借りる、預かるは貰うこと。こころは。いずれも返って来ない。政府の物件が競売にかかった。多くの外国が参加、日本は最安値。担当者は日本企業にフィリピン政府としては日本に買って貰いたいのでもう少し高値をつけてもらえないかと裏で持ちかけた。どうして?日本企業リベート払わないが代金は必ず払ってくれる。ほかは?(逆もまた真なり)。

 翌日、スナックのママから『昨日のこどうだった』と電話。『聞くまでもないだろう、レスラーには興味ない。もうママには頼まない』『じゃあ、ラグーナはどう、女のこはきれい、温泉があって、魚もおいしい』この強引さ、『気が向いたらな』と電話を切る。間もなくフロントから来客を告げられる。お客様と話してくれというので電話に出ると割合きれいな英語で『私はマリアンと申します。日本の叔母からあなたを家に招待するように言われました』若い女が話してくる。そんな話は知らないと応えると『これからお部屋に伺います』と押しかけてくる。疲れているといっても『話を聞くだけは聞いてください。時間は取らせません』と引き下がらない。まるで訪問販売だ。聞きたくないと電話を切る。

 今度はブザーだ。『お願いです、少しだけでも話を聞いてください』既に話は聞いた、これ以上聞きたくない。『叔母に叱られます。私ラグーナからやってきました』そんなことは知らない。『叔母から貴方のお世話をするように言われています。叔母の代わり彼女を紹介します』この厚かましさ、強引さママにそっくりだ。『ラグーナはミスフィリピンに選ばれた娘がいるところで貴方のことを思ってくれる娘を紹介します。マニラのホテルは高いし、女の子もお金が目的ですから、私の家に泊まってじっくり探したらどうですか。小さな家ですが、食事代と電気代だけ払っていただけたら、何日でも滞在してください』
 招待して客人から金を取るのか。『私たちは貧乏です。部屋はただでお貸しできますが、食事代と電気代だけ負担して欲しいのです。その代わり私の労働は無報酬です』なんだか恩着せがましいな、で、どの程度の娘を紹介してくれるのだ。君ぐらいならいいが。『私はミスヴァレンシアに選ばれました。今は娘が一人います』君の事を聞いているのではない、君ぐらいの程度の娘を紹介できるか、いっしょにアパートに住めるようにできるか、と聞いている。『カレッジを卒業して独身となると月15000ペソの手当てを彼女に払わなければならないでしょう』ほかにないか、月15000ペソだけか。『最初に5万ペソ両親に払ってください、それだけです』

 やはり色欲の煩悩には抗えない。食事代2000電気代1000ペソを毎週払うことで彼女の家に行くことになった。そこはマニラから50キロほど南の温泉地だ。彼女のチャーターした車に乗る。20年以上乗っているのか、座席はボロボロ、ドアの開閉もコツがいる。それよりも安全なのか。運転手の腕がいいので少しだけ不安が減った。スーパーハイウェーにのると車は老骨に鞭打つように飛ばす。分解しないか。ハイウェーは国道でスーパーが付くと高速自動車道になるが、拡幅工事中で渋滞が常態になっているそうだ。日本のODAのおかげで道路が徐々に整備されているとマリアン。顔も頭もよさそうだが、性格はきつそうだ。
 マリアンの家は国道から100mほど入ったところだ。細い路地は人一人通るのがやっとこの幅。曲がりくねって家が密集している。一階はダイニングキッチンと風呂場。20㎡ぐらいか。入り口は50cm程の壁を跨いで入る。洪水の浸入を防ぐためとか。2階は3部屋。1部屋に案内される。2畳ほどのスペースに木製のベッド。薄暗い電灯ひとつ。窓は40cmカク、刑務所に入った事はないがないがかくありなん。トイレはごみ箱で代用。部屋代ただというが払う奴がいるか。
 金は50万円スーツケースに入れているが、まあ鍵をかけているのでよしとしよう。家族が紹介されたが多いのと聞き取れないので覚えられない。さっそく食事代電気代2000ペソの請求。* シャワーをすすめられる。入り口の取っ手はなく指でやっと掴める小さな釘。毎日のことなのに。トイレとユニットになっている。便座はない。トレぺもない。手洗いである。具体的に言うと用を済ますとバケツに水を入れて便器に流し込む。けつの穴は蛇口に近づけて手で洗う。しばらく抵抗があるが完了後の快適さは紙で拭くよりもはるかにいい。かれらは手をよく洗っているのか。料理も当然のことながらその手でやるのだ。

  * この程度のアパートなら月3000ペソ。因みにすぐ近くのマンションは2LDKで   12500ペソ、中庭に20mプールがあって駐車場付、50度天然温水が出る。    ボッタ繰り方がえげつない。

 その日の夕食は鶏肉と野菜、入れ替わりやってきては持ち帰る。一族郎党が食にありついたといったところ。ビールが欲しいかと聞くのでイエスと答えると100ぺそ出せという。食事代には含まれていないらしい。それならビールを買ってきましょうかと言え。マリアンの義兄が買いに走る。小瓶を4本抱えてきた。1本くれという。駄賃にやると半年振りだと旨そうに飲む。食事はマリアンとその娘が俺と一緒に食う、他の者は台所で食う。どうやらこの家はマリアンが仕切っているようだ。食後は日本のことを聞かれたり、家族の話を聞かされたりしたが、9時には部屋に行って寝る。行く末を考えると寝付かれない。薄暗い部屋にモスキートの襲来。義兄が殺虫剤散布。どんな女を紹介するのだ。

 翌日はパンとコーヒーだけの朝食をとり、リサール記念館に行く。リサールは医師、小説家、革命家で国民的英雄とか。12月30日はその祝日。1ペソ貨幣にはその肖像画が。中を見て庭で写真を撮っていると24歳の女と引き合わされる。離婚して今は独身という。まあ、この国で20歳を過ぎて処女というのはどこかおかしいとされる。容姿は悪くない。日本人にあこがれているので一緒に暮らしたいという。ウォーターマートのレストランで食事をしながら話してみる。カレッジを卒業して銀行に勤めていたという。どうして辞めたのかというと6月ごとの契約更新で3年間後は更新ならなかったらしい。今は家で家事手伝ということ。また、会うことにしてマリアンの家に帰る。
 マリアンの部屋に呼ばれる。ノートパソコンがウラブレタ部屋のなかで光っている。彼女の交通費300、タクシー代500ペソの請求。『何故彼女の交通費を払わなくてはならない。Hしてからならともかく。俺は食事代4人分500ペソ支払った。謝礼の気持ちだ』マリアンの眉毛が吊り上る。『彼女はジプニィーを乗り継いできた。運転手はガソリンを使った。あなたに犠牲を払った。あなたはそれに報いなくてはならない』俺は頼んでいない。君は彼女を紹介するといった。それは君の仕事だ。『貴方は報酬を払わないのですか』同じ質問を繰り返すな、それは馬鹿の証明だ。『貴方に彼女を紹介できません』なら俺はここを出る、食事代電気代6日分返してくれ。『待ってください。私が間違っていました、ここにいてください。出て行かないで』

 外を歩いてくる、と部屋を出るとマリアンが何か叫ぶ。構わず外に出る。薄汚い路地は悪臭がする。広い通りには魚野菜の露天が並んでいる。Resort Hotelの看板がやたら目に付く。マリアンの義兄が追いかけてきた。日本人は心配だから付いて行くという。監視か、まあいいだろう。ここは全国から客がやって来るそうだ。Hot Spring なるほど温泉か、日本語の直訳ではないのか。義兄が温泉はあのマキリン山から引いてきている、50度はあると説明し始める。彼は次女の婿で益男さんをしているらしい。マリアンは末娘だがカレッジを出て一族を食わしている。次女夫婦はマリアンの2歳になる女の子の世話と洗濯をして月2500ペソを貰っているという。
 レゾートの所有者は日本人もいるらしい。利用料は午前7時から12時間で5000午後7時から12時間は7000ペソ。家族、友人と借り切ってプールで泳ぎカラオケをして 半日を過ごす。それが夢らしい。部屋数は5から10ぐらいが多い。もちろん連れ込みに一部屋だけも交渉しだい。管理人の給料は月5000ペソ、連れ込み客の分は売り上げに計上しないで自分のボーナスとする。この国のオーナー所有者は戦前の地主みたいなものだ。身分、階層が庶民とは格段に違う。平均的日本人の所得の数倍、数十倍か。義兄にタバコを一本やる。日本製のたばこをうまそうに吸う。昨日のビ-ルが効いているのかマリアンの事情などを話してくれる。
 かれらの収入源は?マリアンのボーイフレンドが日本でホストをして送金してくるそうだ。なるほど日本人から金を巻き上げるのが上手いわけだ。ボーイフレンドとは内縁の夫である。母親が彼との結婚を認めなかった。写真をみてもホストをするために生まれてきたような顔をしている。カレッジ卒と高卒とでは月とスッポン、母親にしてみれば玉の輿に乗れる自慢の娘がなんでこんなの...というところか。
 夕食後明日はパパの誕生日パーティーなので参加してくれとマリアンが話しかけてきた。父親は亡くなっているが毎年やるそうだ。参加費を寄こせということ。義兄を外に連れ出す。いとこはとこ甥姪20人以上になるから8000ペソぐらい、との回答。マリアンには参加するとだけ伝える。ソファーに座ると2歳の娘がどけという。マリアンが血相変えて娘の尻を叩く。義兄夫婦が俺を外に連れ出す。娘はわがまま、初めて叩いた。あのソファーには誰も座らせない。許してやってくださいという。つまり、スポンサーに無礼を働くことは愛娘といえ許されないらしい。夫婦にかすかな笑いが浮かぶ。日頃の鬱憤が晴れたという顔。
 翌日のパーティーは昼から始まる。マリアンと昨日の娘フランチェスカの家に向かう。両親と姉夫婦が出てきた。日本人がやくざでない事、花束とケーキが功を奏したのか、娘をよろしくとなった。ところが明日海辺の別荘に連れて行ってくれという。しかも姉夫婦が同伴で。また、アパートには私たち姉夫婦も住みたいと言い出す。マリアンに馬鹿じゃないのか、と目で言う。父親がたしなめる。私が立ち上がるとマリアンがあわてて『私が妊娠してなければ一緒に行くのだけど今回だけは姉夫婦にガードを頼みたいの』と腕をおさえる。運転手がいるではないか、お邪魔虫だ。『姉はジャパ行きで厚かましいの、これからもあるから我慢して』これからもあるから我慢できない。二親も姉を叱る。ジャパ行きは引き下がらない。立ち上がるとフランチェスカが涙を浮かべて『今度だけ姉たちと甥を連れて行って、お願い』とすがる。女の涙には弱い。これからもついて回るのか、彼女以外の面倒見ないぞ。あのジャパ行きは嫌いだ。今後一切近づかないと約束させろ、でなかったらこの話は取り消しだ。マリアンに怒鳴る。両親も慌てる、月15000ペソの金づるをと。『私たちガードだけで決して貴方たちの邪魔はしないから』とジャパ行きはしつこい。首を振る。ガードは要らない。するとフランチェスカは俺の首に腕を巻きつけキスをした。『お願い』と見つめる。勝負はついた。
 明朝6時に出発のテストハネムーンとなった。姉夫婦とその息子5歳同伴での。帰宅すると誕生日パーティーは盛り上がっていた。会場はマリアンの叔母が管理人をしている。8000ペソのスポンサーが付いたと飲めや歌えの大騒ぎ。これが幸せなのだ。貧しきものは幸いである。天国は汝のものなれば、アーメン。食うや食わずの毎日、今日はなんとハッピーという。スペインの植民地経営はお見事。連中は俺にゴマをする、スポンサー殿。20人以上の人間が喜ぶのなら8000ペソは安いか、日本人はお人好し。この国の人間は欧米人を恐れるが日本人を馬鹿にする。無礼者。やはり色欲は理性を眠らせる。お釈迦様は偉い。南無阿弥陀仏。

 その夜マリアンが2万ペソの借りたいという。恥ずかしい話だが、出産を控えて保険料が払えていない。一月後には返せるが保険料の納付期限を過ぎると保険が使えなくなる、助けて欲しい、ということだ。君はジャパ行きの同伴を断らなかったし、貸す義理もないし、担保もない、貸すことはできない。マリアンはパソコンを立ち上げるとボーイフレンドをskpeで呼び出す。タガログ語で借りられないと言っている様だ。電話に出ろという。『妻の命と生まれてくる子供の命を救って欲しい。私が保証人になります』借用書にサインできないだろうし、あんたが信用できるか分からない。
 今度はママだ。『クーヤ助けてあげて、私保証人になる。私たち家族でしょ』家族じゃないぞ、俺の口座に4万円振り込め、入金を確認したら2万ペソ融資する。『時間がないの、先に貸して』明日の朝振り込め、午後には貸してやる。保証書は郵送して置け。わかったか。マリアンが安堵を浮かべる。『明日の費用はタクシー代5000ペソと宿泊食事代で12000ぐらいになると思います』高いな、金がないから融資はできない。『帰ったら銀行から引き出してください』5日後になるぞ、時間がないと言ってたが。

 翌朝バタンガスに向かう。車は高速道路を快調に飛ばし2時間ばかりで海岸に到着。ホテルを決めることに。なぜか、車はもと来た道を引き返す。運転手に尋ねるとジャパ行きはあそこの海岸はきれいじゃないから他のところに行くと答える。そんなことを勝手に決めるな、ガードマンの分際で。お前たち車を降りろ。国道の縁に停車。フランチェスカが泣き出す。降りろと言っているのだ、厭なら帰る、すべてキャンセルだ。『私たち海水浴を楽しみにしていたのに』本音を吐いたな、邪魔しなければ目をつぶってやるが妹の褌で虫が良過ぎる。運転手に帰るように命じる。帰り道は口を利かなかった。昼過ぎマリアンの家に着く。

 マリアンが飛び出てきて『事情は聞きました。でもタクシー代とフランチェスカの日当9000ペソを払わなければなりません』と叫ぶ。何を抜かす、タクシー代は4人で頭割り。俺の損害はどうしてくれる。『損害、何の損害ですか』お前は馬鹿か、バタンガスに何のために行ったのだ。目的が達せなければ、昨日の花代ケーキ代払うのは当たり前だろ。『ということはフランチェスカはキャンセルということですか』マリアンの形相は鬼か夜叉か。不気味である。『キャンセル料15000ペソを払ってください』よく次々とふざけた事が言えるな。ママを呼べ。パソコンで日本を呼び出す。『クーヤ、払わなければ殺されるわよ』ママ、それは脅しか、それならママが日本で住めないようになるぞ。俺はここを出る。
 荷物をまとめると外に出る。マリアンの罵声を無視し、国道に向かう。義兄が追いかけてきた。この前と同じだな。スーツケースを持ってくれる。『行ってしまうのか、俺はさびしい』黙って頷く。『これからどこへ行く』とたづね車を呼ぶ『俺の友達だ、乗せてくれ。ありがとう、ロスバニョスまで付き合え』。義兄を連れてUP大学の近くのホテルをとる。レストランで遅い昼食をとる。付き合えというと二人は飯をふた皿チキンとか魚とか注文して猛烈な勢いで食い始める。
 今回の話はどういうことだ。二人が食い終わる頃、義兄に聞く。『親の取り分5万ペソからマリアンが2万ペソを取る。あのジャパユキも5000刎ねる。姉夫婦も同居を追加要求、マリアンがこれを蹴ると姉夫婦のバタンガス同伴を条件とした。』おおむねこういうことらしい。お前は俺にそんな話して大丈夫か。『お前は家族を助けてくれた。食事もパーティーもできた。俺たち夫婦にはシャツとパンツを買ってくれた。なによりも俺たちを人間として見てくれた』意外とセンチだな、お前も俺によくしてくれた。
 『外国人とくに日本人の俺たちを蔑む眼には耐えられない。会社が潰れるまでは経理部長だった俺のサラリーで家族を養っていた。今はマリアンのベビーシッターとして3000もらっている』マリアンが日本人からカモって家族を支えているのか、保険料2万ペソの話は?黙って首を振る。(今まで返したことはない)義兄の目に涙が浮かんでいた。明日カブヤウに移る、昼過ぎにここに来てくれ。二人に100ずつ遣る。

日本人はカモだ

日本人はカモだ


 日本人はお人好しの上バカ、カモがネギ背負って次々とやってくる。この国の人間は欧米中韓人を恐れるが日本人を馬鹿にする。つまり力(威圧)には弱いが信義には強い。義理だの人情だのは知りません。なぜだ。その答えを見つけるのはこの旅の目的の一つである。成果を得るには土地を耕し育てなければならいが、甘やかされて育っているから果実だけを求める。土地が(奪われて)ない仕事がないから同情すべき点もあるが、人間の基本ができてうない。搾取され続けていいる民族は搾取する民族を見つけることで癒されるのであろう。苛められっ子が弱い子を苛めるが如し。日本人は何故カモられるのか、仮説を立ててみる。

 1無知説 この国についての知識がなさ過ぎる。相手の奴隷根性は物理的力は感じるが信義なぞは感じたことがない。
 2レイプ説 犯された被害者は外聞を恐れ、その手口被害状況を隠す。バレバレの騙しはフィリピン初心者には有効、
カモは次々とやってくる。こんなオイシイ人種は稀、だからアリガタイのよ。
 3獲得競争説 外国人から幾ら巻き上げたかを競う、ホストホステス売上説ともいわれる。

これらの説を少し検証してみよう。

 1無知説 
  日本人は外国の表面的情報知識は持っているがその文化については理解が乏しい。ここでは文化とは生活の基本哲学、生き方考え方と定義しておく。フィリピン人に金をやっておけば将来よくしてくれるであろうと考えるのは日本人、お前は俺の子供が病気したとき100出した、今度は入院したから200出せというのがフィリピン人。この厚かましさは理解の限度を超えている。この前100やったのにお前 何をしてくれたか?俺たちは貧乏、日本人は金持ち。お前は乞食か、金は働いて稼げ。仕事がない。他の外国人にもたかるのか。彼らは金を出さない、日本人はすぐ出す。恩義は感じないか。恩義、?それ何。
  不条理の世界にいることを認識しなければなrない。予習、準備、心構えが必要である。公園で無邪気に遊んでいる5歳くらいの女の子が日本人とみてやってくる。お金ちょうだい、お腹すいてるの。恨めしげな顔で見つめる。私のお母さん殺されたの。これ今まで声を上げて遊んでいた少女か。背を向けて立ち去る。どうだった?引っ掛らなかった。遊び再開。(くどいようだがこの国の建設労働者の日給は300)

 2レイプ説
  レイプは日本では強姦罪、かなり重い刑を科せれれる。ここではレイプで刑務所にほり込まれた例はあまり聞かない。法治ではなく金治なのだ。地獄の沙汰も金次第、金のない奴は刑務所に行け。強姦された日本の男の末路は哀れである。強姦罪は女には成立しないと聞くが憲法違反ではないか。フィリピーナの手練手管でレイプされた日本人はアパートに住むようになる。やがて女が妊娠すると一戸建てに移らさせられる。2000万円で300坪ぐらいの土地100坪ぐらいの建物が買える。注意すべきは外国人は不動産を取得できないから女の名義となる点である。結婚しておれば共有であるが、妻の持分に(そうでなければ全額に)抵当権をつけておくことが大切。金を出したのにいつ出てゆけと言い出しかねない。
次は車を買って、運転手を雇って、女中をおいて、衣服を買って、子供の学費を積み立てて、などなど要求は限りない。ことはない、男の金が無くなるまでだ。退職金などすぐになくなるが、年金受給者は大切にされる、受給している限り。つまり金が無くなればスクラップ、ポイ捨て。妊娠が事実だとしても、自分の子供であるか、運転手女中は女とどのような関係か、考えたこともないというのは理解しがたい。また別の例では家の名義を女の父親にしたとたん家をホッポリ出された男に裁判所は『馬鹿につける薬はない』と判示したそうである。日本男児の名折れである。家の契約書は男の名前であろうに、登記名義はどうあれ、家はどうやって手に入れた(金はどうした)と反論できないのだ。レイプされそれなりの快楽を得たのなら金で(10万で充分)方をつければいい、財産までやることはないと思われるのだが。ちなみに街の女は300から、スーパーモデル級だと10000までと聞く。
参考:よくある話だが妾に家をやった男が数年後返還を求めた事案で妾も負けじと第三者に売ったっと主張、東京地裁は不法原因給付を理由に請求棄却、東京高裁は痴話喧嘩に裁判所は関わってる暇はないとばかりに双方の請求棄却、
最高裁はそうは言ってもいつまでも所有権の帰属がはっきりしないのは社会的に良くないと第三者の所有権を認めた。良くないのは解るがなんで第三者に、理由は示されていない。判断の難しい事案ではあるが理由なしは上告理由にならないか。日本は3審制、最高裁でおしまい。

ここフィリピンも登記の公信制を認めていないようだから登記原因の契約が日本人なら登記名義人の父親は権利を主張できないようだ。当然と思われるでしょうがここはフィリピン、理不尽なこと多いあるよ。
担当裁判官が新車に乗っているのをみて判決は決まったようなもの、わかるか、どっちが勝か。しれたことよ。

 3獲得競争説(ホストホステス説)
  外国人(客)から巻き上げた金額を競う説も有力である。経済大国の日本人は金銭感覚が狂っているのか。タクシー代1万5千円飲み代2万円を毎日のように使う日本の女、男漁りか。500ペソのチップをばらまく。ここの日給は300ペソがいいところである。女漁りの男もいる。いずれも醜悪である。堂々と実力で勝負しろといいたい。いずこも真っ向勝負はむずかしいが。20歳未満の処女を世話しろと旅行業者に要求する客。いるわけない、いてもあんたと寝るわけはない、といいたいところを堪える旅行業者。その客は寺の住職とか。まったく、旅の恥はかき捨て。ならば色キチガイの日本人から金を巻き上げるのはどこが悪いとなろう。
  色ボケした日本人にも一因はある。日本にいるママに娼婦の相場を聞いたことがある。『4000ペソは高いはね、田舎なら300から500。でも、フィリピンの娘に金が行くことはいいこと』(余談ながら300で女を買って、医者に行って、薬局に行くと7000はかかるだろう)つまり外貨獲得は国是。円は強い。日本人を狙え、吹っかけ率相場の4倍5倍は当たり前。日本人は馬鹿だからいくらでも出す。とあるお店での会話。ママ『貴女は獲得ランキングはベストテン入りしたけどもっと上を目指しましょう。』ホステスA『もっといい方法ありますか。』 ママ『お腹すいた、お母さんが病気、国に帰る、なんでもあるでしょ。』Aなるほど今度使ってみます。Bあの日本人、どう、娘の手術代は。A馬鹿ね、私彼にはヴァージンなのよ。もう搾り取るのは限界ね、他の日本人探すよ。こんな会話を聞いたことはありますか。

以上の説は有力ではあるが、通説には至っていない。ただ日本人がカモラレ馬鹿にされていることは事実。それもスペイン米国中国にいいように搾取されているフィリピン人に。いじめられっこはより弱い奴をいじめる構図か。それもまた人生、川の流れのように。泣いた男が悪いのか、騙した女がわるいのか。どうも日本のホステスの手口と似ていることから日本人のインストラクターが指導しているのではないかと思われるふしがある。

 日本人と結婚して子供をつくればしめたものとフィリピーナは考える。子供が日本国籍を取得すれば旦那は用済みである。外国人母子家庭にも生活保護、児童手当、家賃補助など日本政府はいたれりつくせりの政策。法の下の平等からくる当然の帰結であろうが、職なし家なし食もなし、死んだほうがましと考える日本人が増えている今日、いかがなものかと言いたくなる。ジャパユキ、ジャピーノも含めた総合的検討が必要でないか。

Low service High demand 低奉仕高価格

Low service High demand 低奉仕高価格

この国の役所、会社のサービスの悪いこと、かつ、お値段の高いこと。これを名付けて Low service High demand ということにしよう。満足度=サービス/値段、日本を100とすれば5以下。それは給与物価水準品質を加味すれば0に近づく。とくに賃金は同一業務で日本を30万とすれば1万位、労働の質、量からすると3千がいいところでないか。顧客満足度は文化よって差異があるが、それは先に延ばして話を進めよう。

より良いものをより安く提供することで社会に貢献、を基本理念とする日本企業の逆と考えればよい。低い能力を傲慢な態度で Poor ability Arrogant behavior 誤魔化しているのだ、無能、不遜、不誠実。ほんに可愛いくない。愛想のかけらもない。たまに美人で愛想のいいのに会ってもお頭の方はさっぱり。ここで用を足すのは大変な忍耐が要る。満足度はマイナス無限大に、怒りになることもある。銭の取れる仕事をしろ。金は働いて得るもの、労働価値説に反する。つまりインチキなのだ。他人を騙して儲けるのが基本哲学。当地ではインチックとは中国人をいう。ほとんどの企業のオーナーが中国人、この国の実質的支配者だ。

野球の審判が日本はきびきびしていているのに大リーグは間延びしたジャッジをする割には、抗議にたいして退場を乱発するのに似ている気が する。 日本は社会整備が進みすぎているのかも知れない。至れり尽くせりのサーヴィス、ここで不自由な暮しを体験することは自動販売機的感覚を取り去ってくれる。

客を客と思うのは日本ぐらいで、ましてや客が神様となると商いの本質を突いた崇高な思想哲学である。これを敷衍してゆけば日本製品が日本商法が世界を席巻することは間違いない。日本人客を満足させるならば他の客はちょろいものであろう。某有名デパートが社長のためにエレベーターから客を締め出し顰蹙を買ったことがあるが、まともな社長なら最後に乗って”ようこそのお越しを”と客に愛想を振りまくであろう。こういう傲慢さはその社長の品性が生み出すものであろうが、彼を選任した株主、取締役以下会社全体の品格も疑われる。

 日本製品は安くかつ高品質と見えてくる。メイドインJAPANは高級ブランドなのだ。逆に他の有名ブランドを除くとガラクタに思えるがお値段は日本製の7割程度、こんなの買う奴がいるのだろうか。電気自動車などはぜいたく品なのだろう。関税を引いても割高感は残る。なぜかと考えるにこれらが本来の機能を発揮するだけの社会環境が整っていないからなのどろう。今や舶来品を凌ぐ日本製の高級ブランドは猫に小判の感がする。苦労して日本から持ってきた製品もガラクタと同じ扱いなのだ。Low quality expensive.低品質高価格。
 とくにセンサーライトは停電の多い、階段の急なこの国では重宝する。入り口につけると開閉だけでなく防犯にも役立つ。暗闇では日本人は眼が見えない、当たり前とお思いでしょうが、フィリピン人は夜道でも障害物を難なく避けてゆく。夜景の世界一明るい日本で住んでんでいると野生の感覚は退化するのであろうか。


通信 電気

 ここでの通信の90%は携帯電話。以下、直接相手に赴く、インターネット、固定電話、郵便となろうか。携帯は1ヶ月分の給料ぐらいだが普及している。勿論目的は彼女彼氏と愛の言葉の送受信である。音声は1分6ペソ、テクスト(ショートメール)1回1ペソ。料金はプリペイド。100 300 500のほかに100以下もある。たばこのばら売りににている、1本2ペソ。日本たばこは1本10ペソの計算になる。さて、携帯が何故普及するのかをみると中継アンテナを設置すれば端末の電話機が増えるほど投資の固定部分は回収が早くなる。携帯会社は2社、その内の1社の会長が600ビリオン3000億円を猫糞したニュースを見た。いかに儲けているか想像できよう。商売は多くの貧乏人から少しずつ長く絞り取るべしの、お手本である。
 携帯はめったに使わないのにプリペイド額が減っている。会社がわからぬように少しずつ撥ねているのだ(携帯保有者は数千万ぬれ手に粟)。フィリピン人はあまり気に留めない。が、15才の少女が100ペソのカード欲しさでで売春。なんともうしましょうか外国人には理解できませんね。日本なら犯罪だがなんでもありにしてしまった中国経営はしゃんとしていると言おうか、金の亡者か。品性、品格の問題である。品性のある中国人がこんな国に住むわけないでしょ。言えてる。
*日本の携帯は海外で使えない。製品の素晴らしさに比べ経営のお粗末なこと。  他の製品もそうだが世界市場を見据えた製品開発をなぜやらない。日本市場    だけで十分と見ているのか。

固定電話は企業役所にしかない。郵便物は見たことがない。インターネットはパソコンが買えないから1時間30ペソのネットカフェで。だから携帯が一番となる。長期滞在者にとって困るのがインターネット。申し込んでから3月はかかる。やれ設備を増設、作業員をやりくりなどと言い訳を並べる。これを日本語に翻訳すると各担当者に300ペソぐらいのfavor 好意を払えという意味である。
 ラインズマンが配線状況を見に来る。工事部門が日程を組む。契約係は決済を待っている。等々。月998ペソに1500ペソぐらいのチップ。早くしろと言うほど引延してチップをせびる。通信速度は日本の100分の1以下。画像音声の途切れ、中断は当たり前。月に一度は通信がストップ。もっと真面目にやれというと電線が盗まれるのでその都度配線しなおすとか。低賃金に腹を立てた従業員が窃盗団を使って現物支給を求めているのではないかと思われるふしがある。金はとるのが仕事とはお粗末、愛想もない。こんなのあり。

 電気、水道は私企業、公営はほとんどないそうだ。日本の公共性の概念で判断すると奇異に感じるが、明治時代の日本もそうであった、つまり民族の発展段階の初期においてこれらは一種の贅沢品と考えれば理解できる。明治政府は早い時期に国有化し、戦後、民営化した。この度の震災で東電の国営化が話題になるのを聞くと公共性とはと考えさせられる。( Public Private 参照)

病院

 日本で病院と言えば、国立県立市立病院を思い浮かべるがここフィリピンでは私立がほとんどである。しかも、各科は独立した言わば医者のテナントである。検査などは共用されているが、病院とは名ばかり。したがって、会計はそれぞれ別箇に支払わなければならない、これは煩わしさだけの問題だが、医療保障はどうなるのであろうか。未だ、確認が取れていない。
 医者が威張っているのは何処も同じだが、ここはとくにひどい。診察時間は10時から22時位だが、その医者の気分次第。大抵昼前に出てきて、すぐ昼休みになる。患者は大人しく待っている。尿路結石で病院に駆け込んだが、受付をして待つこと1時間。どうされましたと若い医者。
 尿路に結石が詰まって激痛に苦しんでいる。尿と血液検査をしましょう。それは当然だが痛み止めを打ってくれ。貴方は医学の知識があるのか。大抵の日本人は知識は持っている、その診断と治療を依頼しているのだ。解ります、血圧を測りましょう、注射代を払ってきてください。テンポが合わない。やっとこ注射を打つがあまり効かない。日本のようにモルヒネは使わないようだ。激痛が収まらないので腹が立ってくる。処方箋を出して終わり。
 尿血液検査結果は1時間後だが、ここで待ちますか明日にしますかとのんびりしたもの。時計は23時を回っている。明日来ると薬を受け取る。薬は輸入品だから高い。
 一週間後、泌尿の専門医がいる病院を紹介された。受付して待つこと3時間、やっと専門医が現れる。さらに1時間後に診察。尿血液検査結果を見て、問診と触診。超音波検査を勧める。診断料400、タクシー代500、薬代10000昼飯500、約22800円。超音波の予約をして帰る。21時以降は水だけとか。翌日朝7時、超音波検査室に行く。料金2500前払い。
 ところが膀胱に200ml以上の尿が溜まったらここに戻って来いという。どうやって測る?水をたくさん飲で尿意を催したら戻ってくるOK?最初から言えってんだ、トイレに行かないものを、水飲んですぐに尿が溜まるか。秘書が眉をしかめる。1リッターの水腹で待つこと2時間、やっと検査再開。これが腎臓、小さな石が左右両方に溜まっている。どこ?ここ。わからない、画面を大きくしてくれ。これが最大だ。
 これが尿路、石は見当たらない、膀胱、右は異常なし、左に結石1個1cm大。クソ左の背中と膀胱が痛いと言ってあるのに、そんなに押すな、尿が漏れそうと叫びたくなる。腕と機器はまあまあ、なので我慢する。

 検査結果は2時間後。とにかく食事だ。ここのところ粥しか食っていない。結石が尿路から膀胱に移動したので痛みも止まり食欲が出てきたのであろう。もう大丈夫と思ったが念のため検査結果を持って専門医に行く。ところが予約してから来てください、だって。彼がこの検査を指示したと言え、秘書が通訳する。
 昼から会議ですから今日はダメです。そこへ専医がご出勤、検査結果を見せる。少し待ってくれ、先順の患者がいるので。分かった。今度は1時間で順番が来た。石は膀胱に下りているが尿路を塞ぐ恐れがあるので手術をしたほうがいいとの診断。手術は痛くない、チンチンから管を入れて石を砕くだけ、すぐ終わると盛んに手術を勧める。今は痛みもないし金もないので少し研究してみると逃げる。
 この国の医療水準はいい方らしいが、①医療補償がない②日本の保険が効かない③医者の品性に疑問などの理由で二の足をふむ。帰りしな受付のおばちゃんを睨みつけてやった。薬品セールスと馬鹿でかい声で談笑。ここは談話室かと一喝。
 それでもフィリピン人にはこれから会議があるから今日はダメとすげなく追い返している。会議と言っても薬品メーカーとの打ち合わせ、品定めとリベートの協議に違いない。薬代が高いはずだ。受付までがふんぞり返っているので、恥ずかしくないのかと無言で見つめる。それは感じるのか目を背ける。
 交通事情の良くないこの国では病院通いもひと仕事である。それも庶民には高値の花、医者にかかるのは臨終間近、かつては日本もかくありぬ。近所の知り合いが昨日結石で死亡した。高血圧でもあったらしいいが病院にかかるのを拒否したそうだ。死を感じてか外国企業に勤める19の娘に家族のことを頼むと言い残していたと聞いた。葬儀に借金をする、涙なくして語れない。
  葬儀に金を使うなら病院に使えばと思うのだが、それは外国人だから言えることなのかも知れない。ここにも植民地政策の一端を見る気がする。なお、検査結果および診断をスキャンしてメールで日本の主治医である同級生に送って診断してもらうことにした。手術はその返事を待ってのこと。


アパート


 アパートを借りたが、シャワーがない、* 鏡は見れない、電灯は切れている、虫除けのネットに穴、水が出ない、電気コンセントは壁からぶら下がっている等々住めたものでない。ここの蚊はテング熱、マラリアを媒介するから虫除けネット網戸は必需なのだ。ネットはサッシの内部にはめ込まれているから修理費が高いという。このドア、窓は建物の一部であるから所有者が修理すべきだろ。
 そうなんですけど、、、。何だすぐなおせ。ハイとはいわない。結局そのまま。洗剤とブラシで水洗いするしかない。階段の電灯は?天井が高くて交換できない。電灯は天井でなくてもいい、階段を照らしていれば目的は果たせるのだ。できない理由は5万とあげられる。あの電灯誰のものか。私の。だったら、これはあなたの仕事でしょ。こんなお粗末なアパートを貸して保証金2月の前家賃をよく受取れるな。ブー。それでもやらないのだ。
 問題は費用負担。材料費大家、手間賃当方負担で妥結。写真参照、天井から配線を下ろしプロテクターをかぶせる。すっきりした。俺に管理料払えと言ってみたい。管理人の手間賃は相場の倍を奮発。こちら側に付けておくと何かと便利。コンピュータのトラブルなど気安く頼める。独学経験だけだが器用に問題を解決してくれる。

* シャワーとは温水はまれ。温水でないと南国とはいえ雨の日は水が冷たい、冷  え性には耐えられない。別に詳しく述べる。

 電圧は220Vと高圧なので感電死の恐れがある。屋内配線はプロテクターもないから床にコードが触れないようにして置かねばならない。ここの床掃除はモップで水洗いなのだ。水は石灰と塩分がよく除去されていないので配管がすぐに詰まってしまう。ならば配管の予備を在庫しておけってんだ。ドアロックがないから強風で閉まることがある、指でも挟んだらとゴムラバーを特注する。大家は費用を負担しない。あげれば切がなく腹が立ってくる。
 この修繕に何日かかるか。この間の損害は払うのか。既に敷金前家賃は取っている。銭がとれる仕事をしろ!この厚かましさを何にたとうべき。これでよく人に貸せるな、と責められると恥は感じるようだが決して謝ろうとはしない。値引きにも応じない。契約書もこちらの言い分をいれていない。契約したら負けと言われるが俺は負けないぞ、使える状態になるまでの家賃は来月分で差し引くのだ。何事も最初が肝心、メンテナンスを怠るとペナルティーをとると教育しておかないと不自由な生活を受忍しなくてはならない。通じがないに似て腹ふくるるわざなり。不具合をすぐに修理する気はないのだ。不具合は損害、損害は賠償しなければならない。この世界の常識を理解させることから始まる。
 しかし、言うは易し行うは難し、敵にはにらみつけるという手がある。睨み返すのだ。理論武装してバランガイにも話を付けておかなければならない。まさに権利のための闘争である。一月前に予約して契約してこの様、ここで言葉を守らすのは至難である。引いては日本人の沽券に係わる。徹底的に締め上げる。日本人をなめたらあかんぜよ。大家はこれでも気を使っているらしい。日本人は家賃を遅れさせないからだ。
 ここの弁護士といっても日本の法学部を出た程度であるが威張っているのが多い。法律知識は多少あるが常識がない。法律はかれらの金儲けの道具と心得ているようだ。財産は善良なる管理者に委ねられなければならない、大家は賃貸物件を使用目的が可能な状態にしておく義務がある、わかりますかとある弁護士にいうとぽかんと口を開けていた。空き室が出たので中を覗いて見た。これは牢獄かと管理人にいうと塗装修繕を始めた。大家に話したのだろう。

 ネットは不可欠、日本との通信はメールとスカイプ電話。無線ランは無料だが電波は日本の100分の1なので、屋上に自前アンテナを設置する。月998ぺそ。ただしスマートに申し込んでから2週間、PLDPの二月に比べるとまし。それでも電波が安定しないので日本のワンセグテレビは途切れ途切れ、通信の切断は月に3度は覚悟させられる。料金は持参、毎月2時間はかかる。
 遅れるとペナルティーをとる厚かましさ。切断の損害を払えと言いたい気持おわかりいただけますか。口座引き落としなどない。これに比べると日本のNTT光ファイバーは高品質で安いなと思う。

温水シャワー

 アパートの家主は40過ぎのオバちゃん。20年前ならちょっといい女だったか。シャワーは自分でつけたらと迫ってくる。人から借りたアパートに勝手に取り付ける訳にいかないと抵抗してみる。うちの管理人に頼んで取り付けたらいい。費用をとるのか。フフと笑う。ペースに引き込まれる。とはいえ、前の所有者は日本人で作りは日本的である。1階は客室とダイニング、2階は3部屋80㎡で13000ペソ、敷金2前家賃。4軒長屋だが100坪ほどの中庭があってまあまあである。千peso が相場の駐車料無料、木蔭にとめる。ここの日差しは日本の3倍以上。光熱費などを含め月1.5万、テナントは4軒とも外国人。現地人の平均月収の3倍。
 風通しの良し悪しは快適さに雲泥の差をもたらす。方角が大切。風は東の海から一日中吹くから西か東に面した2階以上がお勧め。凪ることはほとんどない、扇風機もエアコンもめったに使わない。洗濯ものは広げて干さなくても良く乾く。くどいようだがこの風はこの国の不快適さを帳消しにするほど極上である。
 東から海風がおだやかに木々の葉を揺らしてゆく。そう言えばアカシアを日本で見た記憶がない、西田佐知子、石原裕次郎に怒られるかな。また、空港の滑走路に面した造りだと離発着の騒音が数倍になることに気がついた。ここはほぼ直角、安眠できるということは有難い。自分に都合のいいことはあまり書かないのが人情。もっともいいことはめったにない。

 ここは風の通り道、右の竹造りのコテッジは読書昼寝にもってこい。 屋上にネットのアンテナ2本。 アカシアの右下が門扉、5m先が市道、その先にはバスケットコート。雨期には薄紅い花をつける。

 日本人にとって毎日熱い湯に浸かりたいが湯船のあるマンションは家賃3万ペソ以上。せめて熱いシャワー浴びて疲れをとりたいという気持はフィリピン人には理解しづらいようだ。一月ほどすると湯が出なくなった。早速購入したホームセンターに持ち込む。7人で応対するが埒があかない。1時間たっても結論がでない。
 業を煮やして何時から湯が使える、ときくとサービスセンター次第という。使えない期間の損害を請求する。ハアー?話のわかる責任者を出せ。今いません。呼んでこい。今サービスを呼んでいます。
 責任者を呼べといったのだ、馬鹿。下をむく。馬鹿が集まっても何の解決もできない、交換しろ。できません。それならキャンセルだ、代金返せ。できません。お前は何もできない男か。ここに交換できない旨を書け。


 一年保障とは修理代がただ、交換は購入日から7日間という意味らしいが買ったとき説明はなかった。インチック!

 ところでパナソニックとはどんな会社だ。マレーシアの有名な電気メーカーです。確かか。イエスサー。この店は欠陥品を売りつけて責任を取らないのだな。ここは販売店、修理はサービスセンターです。怒り心頭に発す。話をそらすな、お前たちは湯の出ない品を売りつけた。このHEATERという文字を取れ。
 ここまでのタクシー代400、湯の使えない期間一日100をパナソニックに請求する、あわせてこの店の対応も言っておく。一人消え、二人消え、敵前逃亡してゆく。これは常套手段。
 サーヴィスセンターでは対応が違った。マネージャーが出てきてホームセンターに電話をすると”お前たち販売店はマージン販売手数料だけとって修理は知らん顔をするのか、パナソニック製品を全部引き上げる”と怒鳴る。日本式だ。客に対するジェスチャーとしても少し溜飲が下がった(中国対日本の経営戦争か)。
 調べましたところ製品に異状はないが水圧が低いとヒーターが作動しないものと考えられます、なんでしたらアパートに伺いますが。いつ来てくれるかな。それは。ここの口約束など屁のようなものだ。理由を訊いているのではない。湯が使えるようにしてもらいたいのだ。答えなし。電話会社でも名刺を出して何でも私に言ってくださいと言うが電話にはでない。ほとんどの業種で返事はしないのがここでは当たり前とか。何度か経験したな。


後方のタンクが水槽。ここから落下する水圧しかない。 加圧ポンプは見ない。 Panasonic Manufacturing Malaysiaの文字は 東南アジア向けか

 さて、水圧が低ければセンサーを低く設定すればと考えるのは日本的発想か、アパート管理人水口の穴を大きくしてしまった。確かに温水が出るようになったが、大きなジョウロで湯を撒いている感じだ。そもそも水道事情の悪い国に日本仕様を輸出しているメーカーの設計ミスと言うべきであろう。当初の穴は草花の霧吹きみたいに上品であった。そこで1階に移設してみた。水圧は5倍ぐらいになったが温水がぬるま湯になってしまった。今度は水口の穴を埋める羽目になった。所詮、この程度の性能を提供しているのだ。
 Panasonicは日本のメーカーであろう。このブランドは社名にも使われいるそうだが、マレーシアが現地法人としてもブランドを信じた消費者が馬鹿なのか。仮にこれがイミテーション、摸造品としてもブランド使用を放置した責任は免れない。
 昔ナショナルという会社は消費者を大切にしていた印象が強いのだが、社名が変わった。こういうクレームは今ではどのようにしたらその会社に告げる事ができるのであろうか。日本でもダイヤルインが主流になって担当部署に電話しなければならなくなった。その担当部署がわからない。
 一昔前まで会社には電話交換手がいて担当部署に繋いでくれたものだ。客の苦情を真摯に受け留めて製品が改善されていったものだが、もはや過去の話となってしまったか。生産者と消費者は疎外されてしまったか。


ス-パー

 商品 goods ではなくガラクタ bads だ。なんとお粗末な品を販売することか。フィリピン人にはこれで十分なのか。買物が不愉快である。店員はほとんどが臨時のパート。商品知識なし、計算遅い不正確、サーヴィス精神なし。時間がたてば日給にありつけるというスタンス。中にはタバコを2ケース20箱買うとレジで金額を打ってもらってもらって来い、などと日本人への嫌がらせをやるのがいる。
 スーパーアドバイザーと呼ばれるマネージャーに文句をつける。即首になる。馬鹿を相手に喧嘩しても始まらない。3000ペソを超えると消費税12%が乗ってくる。もうだめ、計算できない。低賃金で働かすのだからこんな程度。それでいいのだ。常用すると組合運動などに精を出すからだそうだ。中国、韓国方式だ。馬鹿と鋏は使いようとか。
 基本方針が仕入れ商品の値上がりを待って売り出すという中国方式。インフレで儲けているのだ。労働価値説に反する。すぐ壊れる、危険、使い勝手が悪い、低品質、疲れる。消費者物価は上昇を続け給料は横ばいに遅延。店頭の商品在庫は値上がりしたものを並べる。消費者のニーズなどは考えない。品切れはその内入荷しますで済ます。3ヶ月も品切れで恥ずかしくないのか。
 たった5つの日常品が買い求めることができない。平均6割。 日本の在庫管理とは雲泥、天地の差がある。そんな文句をいうのは貴方だけ。ならスーパーでなくスモールに名前を変えろ、バーカ。近頃バカの意味を理解したようだ。サーヴィスの悪い店だな、と繰り返していると愛想だけはよくなってきた。あの日本人は面倒だからとマークされているようだ。

 子供がガラス製の陳列品を落した。値段は130ペソ。母親に買い取るか弁償しろと迫る。子供の顔が青くなる。母親が洗濯婦として一日働いても100から150ペソ。店員を睨みながら、このガラスくずを買わすのかと言うと私が責任を負わされますからと眼を剥く。あんたも同じフィリピン人だろう、この陳列の仕方はなんだ、通路狭しと並べておいて弁償しろとは何事か、責任者を呼べ。
 もし怪我をしていたらどうするのか、医療保障休業補償を請求するぞ。OKサー。因縁をつけておいてOKとはなんという言い草、謝れ、この陳列直せ。NOサー。俺の買物は全部キャンセルだ。NO Sir ,sorry so much. I will change the rayout soon! 当たり前だ、すぐやれ。この日本人なかなかやるやないと他の外国人がにやにや見ている。交渉は理屈よりも迫力、ただ、英語で啖呵を切るのは大変。
 日本式に長期雇用で労働の質を上げようと常用すると首を切るのが難しい。リーマン危機などに対応できない。低労働力を多く使ったほうが雇用の場が増える。奴隷には単純労働をやらせておけば反乱も起こりにくい。なるほど、人類愛に満ちた日本式は100年先を行っているのか。韓国、中国への資本輸出で苦い経験をしたはずなのに。フィリピンでも日本人は甘いね。

* マイルドセブンmade in Philipines malaysiaなど53から60ペソ。イミテーションか
 OEMかは別にして安い。日本の30%。Duty Freeではmade in Japanがある。ただ し、在庫管理なし、買いだめしておかないと。ついつい3箱4箱買ってしまう。禁  煙は遠のく。

 買い物は3倍の時間がかかる。交通、手続き、などなど平均して3倍以上か。値上がりした在庫品を処分してゆく感じだ。株式、相場の利食い的商売に社会貢献、サービス提供などあるわけない、ここに本でない、それでいいのだ。
 プリンターのインクがすぐなくなる。A4で10枚ぐらい、しかも文章だけ、用紙の3%も使っていない。クレームを付けると試供品ですから極少量になっております。純正品ですとカラー800、黒色600となっております。量で比較すると日本の倍以上だ。買ったとき何故言わなかった、タクシー代と使えない間の損害2000ペソ払え。文房具では安く売っておりますが。話をそらすな、純正品を買うから2000ペソ払え。それはできません。できるようにしてやろう、裁判所で話をつけるか。(あれヤクザじゃない、怖い)いえ、忙しいので裁判所には行けません、今回は特別両方差し上げます。タクシー代400と損害2000に黒色インクだ。それが落し前というものだ。(ほらオトシマエってヤクザが使う日本語でしょう)どうかそれは勘弁してください、私首になります。最初から謝ればこちらにも出方はある、2400躰ではらうか。
 私、もう上がっています。だろうな、おばんなら愛想良くしろ。若い店員は目をそらす。(お前らでも一晩1000がいいとこだ) 日本なら恐喝、強要で告訴されるかも、結局2400は健闘むなしく泣き寝入り。店員も首が掛かっているから必死で抵抗する。
 バッテリーのブースターが使えない。スモール。何が小さいのだ。線の太さ。??セールどこで買ったか。あのスーパーはインチック。何それ。オーナー中国人、日本人よく騙される。インチキの語源はここからきているとか、まともな中国人がきいたら怒るだろう。銅線は貴重なので極細、バイクならOKとか。そういえばここではバッテリーが上がると数人が車を押してエンジンをかける。バッテリーの充電店が多いわけだ。

ゴルフショップ

 フィリピンはゴルフ天国ときいてゴルフセットを見に行く。ゴルフ場の中にある。中古品のセットで1万ペソ、まあまあか、試し打ちしてよいかというとボール30個打って40ペソ、ティーアップする少年の日当が10ペソ。久しぶりなのでいい当たりがしない。クラブが重くてシャフトが固い。一週間練習してコースに出る、この間にどれを買うか決めることでいいかとたずねるとOKという。レッスンプロがきてこれは9000でいいと言う。これは。10.こっちは。11。あれは12。じゃあ、この内から選ぶから全部試し打ちしていいか。問題ない。
 翌日は60個打って100ペソ。ここは1箱30個30+10+10で50となる。10は不明。この国は内訳不明瞭。10はボールボーイ(ガール、おバン)の日当。彼らには給料はない、日当は自分で稼げというフィリピンスタイル。日本の機械と違って彼らがボールを置く。クラブがボールが当たらないか心配であったが1週間で気にならなくなった。慣れとはおそろしい。気の利いたのはボールの置く位置を覚えている、打球を見失うと右とか左とか教える。ただボールを置くだけのもいる。同じ日当はおかしい。気に入った男の子は身体が動いた、ボールを見ていないとか、よく観ている。チップを5ペソやる。パットは無料だから練習しろという。やはり日本の芝とは違う。クラブは泥を落し車まで運んでくれる。
 ところが3日目、試し打ちは4個までという。どういう意味だと秘書に聞く。セットを買ってから練習しろということらしい。話が違うじゃないか。中国人、韓国人は試し打ちだけで買わないのが多いらしい。俺は買うつもりできている、騙す奴は人を疑う、日本人をなんと心得る。秘書が言うには、彼らがどう思っているかは分かりません。店員の睨みつける眼は冷やかしに見ているのであろう。あれは香具師の眼だ。レッスンプロも彼女も同じ従業員だろう、値段が違うのはなんだ。彼女は1000ペソ懐に入れたいのでしょう。その日は10個試し打ちして引き上げる。もちろんチップもやらない。
*ちなみにキャディーフィー300、一人ずつ付いて炎天下5時間以上世話をするの だから大変、100も遣りたくなるが、建設労働者に比べるとずっと割がいい。仕事 にありつける率は低い。
 日本のように客の要望に応えようとする姿勢はない。売上の取り分しか頭にないのだ。この客は毎日通ってくる上客とは考えない。店にとってゴルフ場にとっては上客でも我々には関係ないという顔。労使関係も日本とは違う。
 客の満足度など関心はないのだ。頭にきたので結局別の店でゴルフセット買った。お客様は神様と心得よ。消費者もよく市場調査をしてから買わないとひどい眼にあう。ここは買手は商品を熟知して契約したという昔の法理論がまかり通る。消費者保護法、製造物責任法もないようだ。日本では過保護にされている日本人は絶好のカモなのだ。

ゴルフ場

 フィリピンにはゴルフ場が多い。開発規制が少ないからではないかと推測している。まだ多くは語れないが、数少ない体験を記載しておく。ここの魅力は、

①何といってもプレー費が安いこと。在住者であることを示すと1000ペソ程度、キャディーフィーを入れても1300であった。キャデーは一人ずつ付くのでトーナメント気分になれる。ただ、クラブ選択、ライン読みまで口を出してくるのがシャクに触る。ゴルフと麻雀は自分が経営者と言いたい。韓国人は怒鳴り付けるようだ。厚かましいのには甘い顔をすべきでない、お前はキャディーであると認識させること。  ゴルフ場には300人からのキャディーがいて仕事に就けるのは週に1度か2度、それも手取り300そこそことか。日本人プレーヤーにつくと飲み食いの他に100から300のチップをもらえる。日本人はマナーがいい優しいと持ち上げる。他の外国人はそんなに甘くない。
 アンボレラガールは強い日差よけが仕事だがほとんど高校生、二十歳未満のピチピチ、容姿で採用されるようだ。費用200すなわち彼女らの日当。中にはカートを借りて二人乗り、動機不純だがここではOK。
②予約が必要ないこと。順番は早い者勝ち。日本人は6時スタートが多い。昼食には家に帰リ着くそうだ。健康的生活。月金曜日は一人でもプレーできる。体力維持にはもってこいだ。

逆に不満不快なのは、
①タクシーを呼ぶのにチップを要求すること。20ペソから100程度だが不快。仕事にあぶれたキャディーのこずかい稼ぎ。フロントで車を呼んでくれというとそういうサーヴィスはやっていませんだって。彼らの小遣い稼ぎにご協力をと最初から言えってんだ。一事が万事乞食みたいにたかる。
②服装は襟付きのシャツを着ないとプレーさせないこと(かっこうつけるな)。ここでは日常ティーシャツがほとんど、そう言えば襟付きを着ていると医者か弁護士と見るようだ。
③会員権にマージンが乗ること。会員はプレー費が無料になると上記レッスンプロは会員権を20万ペソで斡旋したが、実際は15万、何事もこの国では取引は所有者と直接やらないとえらい仲介料をぼったくられる。自分の目で調べる手間を惜しむと30%も高い買い物をする羽目になる。ちなみに15万を回収するには150回、ゴルフ好きなら1年で元が取れよう。

航空

 搭乗手続きの煩わしい事。とくに荷物検査、テロ防止とは理解できるが検査官の横柄なこと。入国審査では気持キモチと千円を要求する。公務員のモラルは極めて悪い。持ってなーい。ぶすーとふくれる。(バーカ、日本では贈収賄、恐喝で括られるぞ、乞食野郎)オーペン、開けてとくる。両手が塞がっている、お前が開けろ。荷物を持つ。よし、それなら開けてやる。サンキューサー。呼吸が要る。乗客がなかったらお前の仕事なくなるぞ、と日本語で言う。雰囲気は伝わる。
 国内便でもライターとくに日本製を取り上げようとする。関空を通り抜けて来た物を簡単にやれるか。外でタバコを吸ってから再検査。日本製をベルトの内側に現地購入をポケットに。ポケットのライターを没収、馬鹿めが。日本人に騙されたと眠れぬ夜を過ごしていることだろう。
 手荷物は15kgを超えると500ペソ/kgの超過料金。しかも国際便、乗り継ぎ国内便も両方要求してくる。信用できそうな隣の乗客に持ってもらう。あのバッグは貴方のものでしょう。ならそれを証明してみろ、何か問題があるのか。ノー、サー。ここでは理屈よりも凄み迫力。5kgで5000円節約。日本のチョコレート一枚を運び賃にやる。時間があれば事前に飯でも食わして見定めておくのが無難、俺のバッグなんて言われたら困る。
 そもそも大人往復12500ペソなのに65kgの俺様つまりキロあたり96ペソの人間様よりも高い料金を取るのか。当社はどこよりも安い航空運賃を提供しております。そんなら荷物も安くせんかい。あれ、日本のやくざかも知れない、相手にしないほうがいい。そうね、身が危ないかも。何とでも言え。

フェリー

 転覆原因は人も物も載せすぎ。過剰積載なんて上品なものではない。2倍3倍気にしない。気にする!日本領事館は相次ぐ転覆にフェリー使用を控えるよう注意している。旅行保険に入ってなければ乗らないこと。保険は死んだら本人は受取れないが。車を載せるのは運送業者か金持ち。庶民は身体と手荷物。車と人は別の場所で支払う。同じ会社か。計算が出来ないのか。
 乗用車マニラからいくらと答えるの2週間。そんなに難しい質問か。NO。能力がないのか。Yes,I have.いえ、あります。では何故答えない。待ってください。十分待った。料金表を掲示しておけばすむことでないか。答えなし。12000ペソ位でしょう、詳しくは車部門に聞いてください。
 車部門まで車で30分。25000ペソになります。むこうの事務所は12000といった。払わなければ乗れません。他の会社にする。お待ち下さい。特別2000にします。(日本の中古かスクラップの)オンボロフェリーが一著前のことを言うのか。東京九州と同じ料金とは笑わせるな。このホームページを観てみろ。やめた、乗客3人もキャンセルだ。セール運転手の料金は車に含まれています。全部でいくらになる。20000ペソです。じゃあ、16250ペソだな。いえ、20000です。馬鹿か、3750すでに払っている。小学生の計算が出来ないのか。
 泣き出す。ブスが泣いたら見れないな。スーパーアドヴァイザーなんとかが出てくる。ではこれで予約を。車の荷物は鶏2羽を含めて検査に降ろさなくて良いな。乗船は1時間前(通常10時間前という、正気か)。それを予約に記載しろ。それはできません。私の名刺に書きます。ですんだと思ったのが間違い。
 当日荷物検査に3時間不足料金3750の請求。ふざけるな、この名刺を見ろ。彼と話してください。私は会社の方針通りにやるだけです。鶏もだめ、これは100ペソも握らせればすむ事だが贈賄は主義に反する。結局乗船に10時間はかかる。近くの観光は取止め。裁判所に訴えてやる。
 日本人が出来るわけないでしょという顔。ぶら下げている身分証明書の写真を撮る。上司らしきが出てくる。ここは何でも金次第と持ちかけてくる。24時間の船旅ですから何が起こるかわかりません。それは脅しか、今の会話携帯に録音したから日本領事館に送信しておく。まだ死にたくないからな。
 セール私が案内します。こちらです。態度急変。なるほど他よりはきれいなベッドだ。日本人のくせに部屋もとらず、威張ってやがるというのがフィリピン側の言い分。一度、日本の外務省からフィリピン政府に改善を申しいれてもらおうかな。お前家族はいるのか。イエスサー。家族は大切にしないといけないぞ。
 サー、困ったことがあったら何でも私に言ってください。彼も同じことを言ったとスーパーなんとかの名刺を見せる。愛想笑いしながら、立ち去る。これだけやっておけばおかしなことはすまい。しかし、奴隷扱いである。永年植民地を経験した国は日本人には狂っていると映る。『一度も植民地になったことがない日本』、という本があったな。

銀行- 口座凍結、小額残手数料

 この国で多額の現金を持ち歩くことは危険である。また日本から送金するにも銀行口座が必要である。大手の銀行に行く。ショットガンのガードマンがドアを開ける。気味が悪い。Good morning sir というものの、自動ドアに慣れた日本人には異様である。銀行は襲われるものというのは世界の常識かも知れない。これが用件を尋ねて順番待ちの番号札を渡す。25人目か。一人5分として1時間半、待ってられるか。 一番可愛い娘に預金できるかと声をかける。
 ATMのほかに預金通帳もつくるというと身分証明がいるという。パスポートを見せるとほかにIDないかという。永住ビザを出す。住所を証明するものがないと口座は開設できないときた。それなら俺もこの銀行には金を貸さない、というとミス銀行、あわてて上司をよぶ。女支店長が出てきて定期も積んでくれという。担保は?怪訝な顔。この銀行の創業は、収益は、信用度は、と畳み掛ける。
 住所を証明するもの*は規則で求められているので是非当行を利用してもらいたい、と支店長。口座をつくってやると言わんばかりの行員とは違う。預金獲得ノルマがあるのだろう。口座は必要だし支店長と面識があることは役に立つ。定期金利は。預金額は。500ペソ(百万円)米ドル。どっちがいい。どちらでも。(ならきくな)期間2月で4%でどうでしょう、と言っても年利4%。プライムレート。イエスサー。どうやら利息は支店長決済らしい。近いうちに来る。お待ちしております、と握手する。おばさんでも女には違いない。行員たちの態度が変わる。
 ところが、庶民には年利20%で貸し付けるのだ。その利ざやたるやと呆れるが、現代版植民地政策の一つ。銀行、スーパーなどほとんどが中国資本と言って間違いなようだ。まとまった金額になると土地家を担保の取って巻き上げてゆく。

* 住民票ほどたいそうでなく、ポスタルIDでいい、郵便物が届けば十分。ただ郵   便局に行くのが面倒。支店長に50ペソで行かす。 顔写真はJPGにしてメール   で銀行に送る。

  翌週銀行に行く前に両替店で百万円をペソに替える。約53万ペソ。千ペソ100枚束5つと30枚。『俺は100遣ったのに53しかくれないのか』ノーサー、530枚、5倍以上差し上げました。『なるほど、君は可愛いね』店内大笑い。諧謔を解するか、いい娘だ。銀行で両替すると50万ペソ、3万ペソは大きい。彼女の給料は月8000ペソとか。銀行に行くと支店長自ら出迎える。定期預金証書を示す。ATMと普通預金口座が先。もうすぐできますから1000ペソ以上預金してください、これをお願いします。
CERTIFICATE OF DEPOSIT Rate:2.000000% Terms :61DAYS とある。この国では2月は何日か。60か61日。1月と2月とでは59日、貴女は2月毎と言った。
返事なし。2ヵ月後には2万ペソ利息が受け取れるのは間違いないか。いいえ、000×61割る365=3342です。これに税金がだいたい7.5%かかりますから3091という計算です。この前と話が違う。言葉を変える人間を信用できない。この証書にも2%は年なのか2月ごとなのか不明瞭。(月2%年24%なんて話が美味すぎると思ったが、銀行の貸付月10%は当たり前20%も少ないとか)だから、研究してから契約する。そのときは担保を要求する。ATMと普通とに25万ペソずつ預金する。『サー税金は外国人だから7.5%、我々フィリピン人は20%』どこに書いてある。重要な事項を説明しなかった銀行は信用しない。
 ミス銀行は普通預金の額に驚いた様子で今日は私の誕生日です、友達になりたいです、という。何回目の誕生日。27回目。(若く見えるな)友達になったらアパートに一緒に住むか。勿論。Whats your status ? 独身?イエス。(独身の子持ちはいくらでもいる。フィリピーニョは食い逃げありだが、日本人とみれば数百倍の慰謝料を請求、払わなければレイプで告訴、刑務所行き。警官、証人がぐるなのだ)金で動く女は危険がいっぱい、触らぬ神に祟りなし。

 後日談だがこの複利計算の明細を求めるとああだこうだと言ってはっきりしない。2年後の利息金額が3割ほど少ない。お前計算間違っている。私ではありません、コンピューターが計算ミスをしたのです。お前はコンピューターに支配されているのか。これは小学生程度の計算だ。単利でも2%で2年間、利息は4%以上になるだろうが、これがおかしいと思わないあんたの脳みそはおかしくないか。OK新しい証書をあげましょう、利息は下がっています。
 最初だけ2%で後は勝手に下げてゆくということか、そんなことはさせない。PRAに苦情を申し入れる、覚悟しておけ。PRAはフィリピン退職者庁、ここがビザを発給しているのだ。世界市場の金利は5%利ざや3%以上、彼らへのリベートも含むのだろうがインチキ商法がまかり通る。この国でインチックとは中国人という意味で使われる。

* 文明社会とは市民が法律によってどれだけ保護されているかによってその程度 が判断できる。日本はましなほうでないか。独禁法、消費者契約法などがこの国 にあるのか。利息制限がないのにあるはずないか。

 同一銀行でも支店が違うと厭な顔をされる。預金でも1時間かかる。50万円だと日銀券50枚の番号*を書き写したものにサインをしろという。複写機はないのかと厭味を言って番号をすべてチェックする。2と6はくせがあって読み辛い。5分ほどするとこちらが腹を立てていることに気づいたようだ。ざまあみろ。引出しとなると預金した支店にサインを照会する。ファックスで遣り取りするから時間がかかる。 * 円もドルも流れ先を掴みたいのだろうが、銀行をいびるネタになる。虫の居所が悪いときはコピーを寄こせ、書いたお前もサインしろ、サインの根拠を示せなどなど。7万ペソ引き出すのに2時間、照会ファックス電話代150ペソとか。照会は銀行の仕事だろ、客に請求するのか。ここは別の銀行か、この国で最も有名な銀行と聞いていた。銀行の方針です。良くない方針だな、俺は認めない。
 OKセール私が負担します。おかしなことを言うな、銀行が負担するのだ。おたくの会長に訊いて見ようか?NOセ-ル。銀行負担だな。イエス。客を2時間もまたしてこの様か。銀行の能力の低さを客に負担させるな。日本では引出しは2,3分だ、覚えておけ。

 銀行に限らず、客のクレームには法律規則です、会社の方針です、とマニュアルどおりの返答が返ってくる。規則、見せてみろ。下を向く。バカの一つ覚え。やってやるとの傲慢な態度の割には事務能力は低い。大学卒のエリ-トだそうだが複利計算などできない。強く出ると引っ込むのがよけい癇に障る。1000USD引き出せるか。ダラーを交換したいのですか。引き出せるかと言った。
 預金口座をお持ちですか。(馬鹿野郎)お持ちでなければどうやって引き出すのだ。見下した態度が一変する。我々は過去300年、規則、方針にどけだけ泣かされてきことか、それなのに日本人には通じないの?日本てさあ、植民地になったことがないそうよ。嘘。私、世界史で習ったの。本当?みたいよ。そうなんだあ。出金伝票を出す。待つこと15分。few minutes 数分とはせいぜい5分をいう。申し訳ありません、今しばらくお待ち下さい。あと30分か。案の定、今日は出金できません、とのこと。ここに5000の残がある、これは普通預金、わかるか。イエスサー。では1000ドル出せ。ノウ。どうして。無言。説明してもらおうか。
 下を向く。前にもこんなことがあったな。金がないのか。イエース。この銀行は潰れかかっているのか。ノウ。店内の眼と耳が集まってくる。契約違反だ、タクシー代と俺の失った時間の損害とあわせて1000払ってもらおう。ノウサー。責任者を呼べ。ノウ。ではこの問題をどのように解決するのだ。わかりません。君はここの従業員だろ、君の仕事だ。泣きそうになる。普通預金が引き出せないということは文明社会では許されない。本当に申し訳ございません。謝ってすむのは小さな子供だけだ、日本なら首だよ。許して下さい。裁判所に相談する。お待ち下さい、と支店長が跳んで来る。明日は必ず。1000ドルの金がないような銀行は信用できない、5000全額引き出す。イエッサー。タンキューッサー。警備員もタンキューヴェリーマッチ、テイクケアー。やり過ぎると銃で撃たれるか、、、。

 口座凍結(Dormant account)とは、ペソは2年、外貨は1年以上全く出し入れが無いと口座を封鎖する制度である。とくに外貨は一旦凍結されると毎年5USD,ペナルティ(ふざけるな)として引き出される。やがて残高がなくなって口座そのものが取り消される。坊主まるもうけ。例え残高があっても10年経過すると政府の管理化に移行されるそうだ。当然の疑問、
1、口座開設時にこの制度を説明したか。NO。
2、休眠期間1年の合理的理由は何か、根拠法は。わかりません。
3、ペナルティー5$没収に当たってその告知をしたか。NO。
それでよく人様の金を盗ることができるな。仕事は遅いが、自分たちに都合のいいことは直ちに実施する。15ヶ月足らず10$引かれている。 5米ドル=450円=230ペソの金をとる合理的理由を示せ。口座の金が動いていません。それが銀行にとってなんの不都合がある。理由にならない。ポリシーです。困ったときはポリシーと答えろと教育されているのか、悪いポリシーだな、乞食か、金は働いて稼ぐものだ。銀行が俺に5ドルに当たる何をしてくれた。価値を付加してはじめて利益が得られるのだ。大変申し訳ありません。なら10$返せ。無言。
 これを解凍するためには(Reactivate)所定のフォームに口座名義人が署名して提出しなければならい。つまり、原則として本人が銀行に赴かなければならないということだ。こんな恐ろしいことを事前の説明もなく平気でやる(重要事項告知義務違反)。外国人を狙った国家的犯罪というべきだ。現地人に1年以上金の出し入れがないとは到底考えられない。外国人は帰国して事情ができて、ついつい預金を忘れることは多々あろう。この国、民族の性根が腐っている。
 対策としては①定期預金の利息を普通預金口座に自動的に振り返る手続きをとる。②口座はできるだけ少なくする。が考えられる。が、ペイオフは5000ドルまでの保障、危険分散との兼ね合いもある。老後の蓄えを日本から持ち込んでも常に管理怠りなきようにしなければならない。誠に厚かましい制度である。外国人が落とす金で相当の恩恵をうけているくせに、恩を仇で返すのか。長期在住の日本人に話すとどこの銀行でも同じですよ、開設のとき契約読まなかったですかと平然と答えた。契約書の熟読は必須集だ。英語力も。しかし説明しないのはけしからんと考えるのは当然でないかと思われるのだが。恥も外聞もないない輩には、センカタないことか。


 小額残手数料とは預金算が1万ペソ未満になると毎月250がチャージされることらしい。根拠も不明、事前説明なし、口座凍結と同様いかに金を巻き上げるかの社長賞ものであろう。闇金ヤクザでもこんなエゲツナイことはすまい。植民地故に許されるというか、何故フィリピン人が文句を言わないのが理解できない。1万ペソの残額を維持することはいかに難しいか日本人には理解し辛いだろうが、日給200月給5000の国では大変なことである。全国の口座数から推して数百万の金が巻き上がれていると思われる。これが中国商法なのだ。フィリピン人は従業員に過ぎない。とすると諸悪の根源は現代版植民地主義にあるのか。


 ATM現金支払機は引き出しだけ、それも1日2万ペソまで。預金送金などはとんでもない話。しかも長蛇の列、引き出しもカードだけ通帳による引き出し不可。なので残額はスーパーのレシートみたいのが出てくるだけ。日本の通帳は出納簿代わりになるが、よくこんなサービスで口座凍結、小額残手数料が取れるなと憤るのは筆者だけか。植民地とは現地人を奴隷にして富と享楽を得る制度である。良くない。悪い。いけないと思わない。

役所

役所の昼休みは12時から1時半まで、実際は2時間以上になる。この間は梃子でも動かない。時短で労働の場を確保しているのか、昼飯って時間をつぶすしかない。勤務時間中にテクスト(ショートメール)のやりとり、おしゃべり。半分は早飯か遅飯にしろと怒鳴りつけたくなる。税金のほとんどが公務員の給与に消える。質量とも日本のお役所仕事の半々分以下の以下。雇用のなさを役所がカバー。票集めの場所。
受付案内に行くと場所と順番だけは教える。どの部署かはサーヴィス外というか知らないのである。待たされて順番を呼ばれても担当をたらい回し。公務員かと怒鳴りたくなる。銀行口座をつくるため身分証明IDを役所に行くとサーこのIDは発行できません、なぜなら、.....。とりゆうをくどくど説明する。私はIDが必要なのだ、どうすれば発行してもらえるのか。『お待ちください』と奥のおばさんに相談している。どうも管理職の多くがおばさんらしい。男は使い走りか補助員が多い。おばさんは発行にはこれらの条件を満たしていることが必要で、その証明にこれらの書類のコピーを提出することが求められております、と丁重に答える。この申請書に必要書類を添付すればすぐ発行してくれるのか。手数料850ペソを向こうの窓口でお支払ください。850?えらい高いな、フィリピン人も同じか。すべての人が850支払います。本当か、ぼったくりでないか、と口に出かかったが時間が惜しいので我慢。

コピーはどこ?『道の向こう側にXEROXの店でやってもらってください』といわれ、信号のない国道を横断して店に入る。20年は使っている複写機で1枚40ペソ、5枚で200ペソ400円。公務員のマージンがのっているのか、ローソンの10円コピーを思い出す。1枚に5分以上の鈍行、30分かかった。役所に戻るともう一枚別の書類をコピーしてくれという。『要求された書類はすべてコピーして提出した。しかもこれで全てかと確認した。したがってこれ以上コピーできない』申し訳ありません、コピーさせてください。『ここの役所がこの書類を要求する理由は何か』私にはわかりません、お待ちください。で、おばさんが再び登場。要領を示しながら説明する。『理由を聞いているのだ、理由がないのに要求するのは私が日本人だからか』そんなことはありません。『では根拠法を示してもらいたい』それは私にもわかりません。『理由も根拠もないことを国民に要求しているのですね。日本領事館を通じてフィリピン政府に照会します』
 お待ちください、サー。すぐ発行しますからおかけになって下さい。どこの役所も高圧的な人間には弱い。態度が急変するのが腹立たしい。が、これでは済まなかった。タイピストが帰ったので明日の午後に取り来てくれという。『貴女がタイプすればいいではないか、できないの。すぐ発行しますと言ったでしょ』容姿はいいがお頭は。私タイプ打てません。『それなら交通費を初めとする損害を支払うよう要求するから明日支払ってね』見かねたおばちゃんがタイプを打ってくれた。今時タイプと思うのは日本人か。パソコン、複写機は高級品なのだ、ここでは。待つこと25分、発行されたIDをチェック。スペルの間違いを指摘すると効力には問題ないという。フィリピン人は、日本人は英語がしゃべれないと馬鹿にする。どうだ日本の受験英語はスペルと文法には強いのだ。『日本では申請書の見本と添付書類が掲示されるから誰でも申請書を記載できる。たずねるときちんと説明する。公務員は国民に奉仕するものだ』と手続きをややこしくして国民からチップを取る役人に一刺し。

郵便局

 郵便局といっても看板があるだけでプレハブの倉庫程度。愛想のないこと、こちらから声をかけないと携帯に夢中。配達がないから取りに行く。荷物保管料40ペソ、ID身分証明書のコピーを毎度請求される。日本の四国から関空まで1日、マニラまで2日。セブまで1週間から15日。これは馬車で配達するのか。さすがにむっとして、この時期は荷物が多くて遅れているだけという。
 荷物はこれが全部か、金網の鳥小屋の保管場所を指差す。あなたの荷物は今日着いたのですぐ連絡しました。本当か、記録をみせろ。できません、すみません。すみませんですむか(バーカ)。
 事前に電話で確認すればとお思いでしょうが、電話帳に載せないのか、載っていない、片道40分交通費50ペソで出かける次第。日本ほど発達していませんので。だろうな、明治政府は書簡はがきは全国を網羅していたから日本ほどとはゆかないよな。切手もない、ポストもない、何にもない。通信、輸送は緒に就いたばかりで鋭意改善に努力いたします。

おまけ 裁判所

 裁判所も役所。少額訴訟は10万ペソ20万円未満。弁護士なしでもできる。入り口で中に入るには長ズボンでなくてはだめと警備員(受付、駐車も兼任)がいう。持っていない、俺貧乏。セール私のを貸してあげる。貧乏人は親切だ。日本でも裁判所は本人訴訟を嫌がるがここはひどい。あっちこちに行かされたあげく、弁護士lawyer,attorneyを紹介すると言う。要らない、自分でやる。OKな?どういう手順になってる?ちょっと待って、彼女にきいて。あんた知らないの?ブー(そんなに給料もらってないわよ)コピーが3部必要です。内訳は?被告と裁判所と。。。それから?あの人にきいて、あとお、訴状はこの様式で書いてください。その様式はお貸ししますけどコピーして返して下さい。順番が逆だろう、書き直してからコピーだろ?出直すことにする。これだけで2時間。警備員にズボンを返し感謝だと50ペソ握らす。感激して車を誘導してくれる。
 翌日裁判所に出向くとかの警備員が出迎えてくれた。『セール、日本でも訴訟は多いのか』ああ、多い。ここは市立の裁判所か。NOセール、国立の裁判所。そうだろう、三権は分立しているはずだ、秘書は市役所の裁判所とかいてあると言った。所在地だろが。英語のヒアリングだけではない、おかしな事を言うから解らない事もある。地裁、簡裁だろう。法廷もある。弁護士の控え室か、そのとき未決囚が二人連れてこられた。黄色のシャツを着せられている。手錠は二人に一つ、縄なし。そういえば、セブの刑務所は囚人にダンスをさせ観光収入を得ている。今日はお兄さんが応対。 『訴状はこれでよいからコピー3部、証拠も添付して提出してください。もう昼ですから2時に』室内にはラジオがかかっていて音楽ジョッキーが聞こえてくる。ここは南の島。

 コピー店に行くとめずらしくゲステットナーを使っている。ここではコピーとはゼロックスなのだ。キャノン、リコーはない。日本製は高いからだって。60枚で105ペソ、1枚1.75ペソ。ここは安い。別のところでは1枚20ペソとられた。1部20枚ホッチキスでとめてある。3部チェックする。OKだ、チップ10ペソやろうとすると秘書が不要という。車を誘導するだけでも10ペソなのに?チップは相場がわからない。店の前のテーブルは隣のレストランのものらしい。気にするな、昼飯にしよう。秘書が安心する。2時間食事しながら考える。ここは時間は無限、ただ。時は金なり、なんて。なんで?
 裁判所に戻る。担当は急用ができたので明日来て下さい。それはなかろう、彼が2時に来いと言った、書類を受け取るだけだから貴女がやって。私わかりません。ここの職員でないの。明日の朝は混んでますから午後3時ぐらいがいいと思います。偉そうにしているが事務能力はない。馬鹿と喧嘩するのもと引き返す。翌日、3度目の裁判所。事件番号を取るのにまた待たされる。兄ちゃん昨日すっぽぬかしたこと謝りもしない。半時間ほどして時間がかかるから明日には事件番号を記入して受付印を押して控えを渡すという。あきれて帰る。弁護士を使いなさいということだ。弁護士の営業の成果。
 翌日4回目。パスポ=トとIDの写しは原本を確認してからでないと、と小母さん。兄ちゃん不在。これは役所のよく使ういじめの常套手段。こうなったら根競べ、受付が完了したらガソリン代と時間損失を請求してやる、日本人をなめたらあかんぜよ。効率の生産性の低さ、日本の1/10以下。50年100年先も変わらぬだろう。

日本は130万以下は簡裁管轄。2週間以内に異議を申し立てないと結審判決。公判も20、30分で終わる。判決、和解まで一月。ここは一年以上かかるのはざらという。さあ、どうなるか、時間はあるので勉強がてらじっくりやってみようか。在住日本人はここでの裁判は時間と金の無駄、言っていたが、あきらめません、勝つまでは。

【事案】被告の強い勧めで原告が購入した中古車が欠陥だらけで修理費が購入額の半分は必要なことがわかったのでその修理費等請求したもの。被告は売主の代理として契約の作成、車の引渡し、代金の決済までを行った。原告は被告に騙されたとして、詐欺による損害賠償を求めた。

5月14日の提訴から5月後答弁書と反訴状が送られて来た。ENTRY OF APPEARANCE 出廷申請書 ANSWER WITH COUNTER-CLAIM請求付答弁書と書かれている。いつ着たのかとアパートの管理人にたずねても忘れたとの返事。宅急便で着たらしい、会社に確認するしかないか。裁判所からではないと判って捨て置くことにした。つまり、今頃答弁書を出しても遅すぎる。俺は単なる脅しと判断したのだ。参考までに中身を紹介しよう。
1 代理人Counsel
弁護士の答弁書の日付は提訴後31日後(期限は1月らしい)、証人陳述書の陳述日付32日後、弁護士の発行(作成)日は
2010年10月OCT 2012。笑ってしまう。今年は平成22年、西暦2010年である。今年の10月の誤記としてもゆっくりした答弁ですな。
A4で8枚の答弁書はすべてに契印に相当するサインが記されている。被告の委任状もない、代理権限はあるのか。弁護士の資格は
持っているのか。法の常識が欠如しているようだが。日本語でやれるならこてんぱーにやってやる。
2 内容
①請求の認否
②カウンター攻撃(請求)
被告は、原告の法的知識欠如に基づく不当な請求により、次の損害を被ったので原告に賠償を請求する。
a 40000ペソ 精神的苦痛
b 20000ペソ みせしめ、戒めのexemplary damages
c 35000ペソ 弁護士費用
d 訴訟費用
これは要注意、日本にはない制度だ。10万未満の請求で下手撃つと逆に8万請求されることになる。
3 その後
聴聞hearing審理trial結審 submission判決 decisionとなる。本件は被告が出廷しなかったので結審となり、12月20日判決となった。聴聞は、日11件、法廷で順番にたずねてゆく。朝8時半開廷と張り出してあるが裁判官の入廷は9時半。一時間も遅刻してと怒るのは日本人だけか。自分の番が来るまでおとなしく待っていなさい、という感じ。時間割を作ったりはしないのだ。全員起立しお祈り、キリスト教のお国だ。
 やっと順番がきて、原告を確認。もうクリスマスだ、提訴したのは5月、いい新年を迎えることができるか、と開口一番。裁判官はむっとする。しゃんしゃんやらんかといっているのは理解した。書記官と記録係がはらはらしている。(我々しっかりいじめておきました)俺にもやりとりは察しが着く。口にはださねど、遅すぎる裁判は紛争の解決にならない、と非難する。日本の裁判官は常時30件は担当しているぞ、こんな小額訴訟は一月で処理しないと事件が山積みになるぞ。この裁判所は機能しているのか。言っちゃあお終いだが、言ってみたい!
 判決文が送達されてこないので裁判所に取りに行く。明日は祝日帰り支度してるのにという顔。音楽が流れるのは裁判所とは思えない。やっとこ判決文を手に入れる。確定判決なのか、執行力はあるのか、なにしろ英文なので難儀ですわ。英文を読むと請求棄却、なんと、こんなのあり?答弁書もなし、被告の出廷もなしなのに。しかも原告の主張は一切聞こうともしない。とくにdeclaration準備書面を受取とらないのが腹立たしい。被告の代理人弁護士は裁判官の同期、友人といった感じ。日本人なら文句は言わないと踏んだのか、裁判の体すらなしてない。これでカウンター請求が認められたら泣き面に蜂。少額訴訟は1審制なので控訴は出来ないとか。

* 判決要旨:被告は売買の当事者ではなく立会人に過ぎないから、原告に被告を訴える理由は存在しない。何と短い判決文、これを書くのに半年以上もかかるのか。被告は言わば双方の代理人として売買の全てを取り仕切ったのだが。 裁判官は債務不履行による損害賠償と不法行為による損害賠償との区別ができないようだ、この点には全く触れていない。相談したこちらの弁護士も判決と同様なことを言っていた。モンテンルパ裁判が指差しと言ってフィリピン人証人がこの日本兵がやったと指を指しただけで有罪、絞首刑が執行された被告人10数名。被告人には弁明すら許されなかった。そもそも戦争とは国家間の争いで個人責任を問うことはできない、報復裁判、リンチと呼ばれる訳だ。

 アサワ日本人

  アサワ日本人

日本人を連れ合い(配偶者)に持つフィリピーナは、日本人の妻あるいはお前のアサワ日本人と言われる。それがどうした、お思いでしょうが値段が跳ね上がるのである。スーパーなどの量販店では値段はバーコード表示なのでそんなことはないが小売店、市場などでは露骨である。フィリピーナが苦情を言うと『お前のアサワは日本人。高いのは当たり前』という返事。どうして当たり前なのか?未だに解らない。これは序の口。シカット人力車、自転車のサイドカー、料金5倍。秘書がこれは私のお金と訴えても釣りを払わず走り去る。取り返してやると言うと40ペソで命を落とすのはバカらしいとのこと。金額の問題ではない、強盗だ。でもここは日本ではありませんだって。恐ろしや。

 フィリピーナの家を訪ねるとなると大変である。凱旋帰国、故郷に錦を飾る、なのだ。『どうやって手に入れた』羨望の質問が何度もつづく。娘よでかした、よくぞ日本人をものにした!まず土産、両親、兄弟姉妹、いとこ、甥姪等々二三十人は集まってくる。一人頭500ペソとして2万はみておかねばならない。学卒の給料以上。注意すべきはいとこ。いとこには再従兄妹再々third cousinも含まれるそうだ。そのような見解は日本人は認識していない、土産は両親のみそれ以外はお前の裁量、文句があるなら訪問は取り止めると釘を指しておかないと抜き差しならなくなる。
 両親に挨拶をすませ土産を渡すと礼が返ってくる思いきや、黙って受け取る。気に入らないのか?日本人ならもっと持ってくると思ったのに期待はずれということらしい。竹と木の小屋に住んでろくな物を食ってるくせに集りは強烈。よく来てくれた、娘のアサワとして誇りに思う。これは常用句で日本人は我々に援助しろという意味である。なにゆえこうも厚かましくなれるのか不思議である。

 市街地を離れた山の中では電気も水道もないのは珍しくない。水道といっても日本の簡易水道に毛が生えた程度である。最近マニラ市街に日本並みの水道ができたと聞く。日本の商社がマニラ市から請け負ったそうだ。家といっても8畳ほどの部屋と3畳ほどのベランダ。床は竹、隙間から地面が見える。高さ1mぐらい。弥生時代の高床式?ここで20人以上が食事を始める。なにしろアサワ日本人、婿殿は飲み食いさせてくれるであろうということ。
 飯は不味い、ビールか酒がないと食えたものではない。お前はビールが飲みたいか、ブランディーが好きか、と言うから勿論と答えると金をくれたら買ってくるという。これが遠来の客に対する態度かとフィリピーナに怒鳴ってしまう。彼女が2千ペソを与えると男3人で買出し。ビール2箱、タンドアイ5本、コーラスプライト4本タバコ5箱を持ち帰る。ガンガン飲み始める。あいつ等ただ酒食らって礼も言わないのか?彼女が困った顔。するとコップに注いで寄こす。金の出所は理解しているようだが可愛くない。これがホテルだと2万は取られる。300万が一月で無くなったと聞くが解る。毎日集って来る。それは金が無くなるまで続く。長居は無用だ。一週間で3万集られた。天井の電灯交換はどうする、足場がないと無理。

*手摺りの近くにでも付ければいいものを。左*の隔壁16リットルの飲料水、毎週交換、重い!給湯給水機の不安定なこと。設計ミスだというとあれはデコレーション、なら取り払え。問題ない。問題ある。相当の力持ちでないと堪える。


 フィリピーナは辛い立場に立たされる。家族からはアサワ日本人なのにもっと食わせろ、旦那からはお前の家族は集りか、と責められる。彼女は家族にいいカッコウしたがるが旦那の顔色も怖い。両者の力関係によってきまる。連中は飲み食いできるまで何時までも待つ。この無言の圧力に多くの日本人がエエイうっとおしいと金を出してしまう。味方はフィリピーナだけ。電気もない山中で不安になるのも無理からぬ。一度酒なしで夕食を済ませると今日は出ないのかと督促してくる。ここは何もないが時間だけは無限にある。恥じらいはなくても厚かましさはある。されば和平はない。『ここに来る前に言っただろう。お前の両親以外の者を面倒見る気はない。俺にタカルナ。集り、乞食ではあるまい』と大声で話す。雰囲気は理解する。大抵のアサワ日本人は払うそうだが?アサワ外国人がみな家族の面倒を見る訳でないだろう。何故日本人には?そりゃあ、他の外国人は払わないけど日本人は払うのに(何故集ってはいけないのか?)。禅問答みたい。が、あんまりひつこいと斬って捨ていとなるのも理解できる。理屈のわからぬ連中には脅しが必要だ。

 一族郎党あげての集りは籠の鳥ならぬ籠の蟹と呼ばれる。NOと言えない日本人、土地家車の順に集って行くと一族の暮らし向きが良くなる。反比例して日本人は落ちぶれてゆく。色仕掛け、たかり、脅しで帰国することもできずover stay 不法滞在となり、*食うや食わずの生活。生産力はないが悪智恵は働く。じわじわと日本人を食ってゆく。不気味である。どうしてNOといえない?内弁慶、外国ではおどおど。中国人はどこででも堂々としている。国際社会で異民族異文化の中で生きてゆく術は必須であろうと文部省に提言するか。とすればフィリピンで永く暮らしていること自体評価すべきかも知れない。しかしヒリピン人の、また長期在住日本人のビギナー日本人に対して横柄なのは如何なものか。

 * どんな事情で日本を捨てたか捨てられたのか、ビザ無日本人も少なくない。警察も犯罪を起こさなければ問題なしとか。食い潰れてフィリピン人の施しで生きている日本人すらいると聞く。日本人の誇りを捨てれば飢え死にはない。 
アサワ日本人

日本人を連れ合い(配偶者)に持つフィリピーナは、日本人の妻あるいはお前のアサワ日本人と言われる。それがどうした、お思いでしょうが値段が跳ね上がるのである。スーパーなどの量販店では値段はバーコード表示なのでそんなことはないが小売店、市場などでは露骨である。フィリピーナが苦情を言うと『お前のアサワは日本人。高いのは当たり前』という返事。どうして当たり前なのか?未だに解らない。これは序の口。シカット人力車、自転車のサイドカー、料金5倍。秘書がこれは私のお金と訴えても釣りを払わず走り去る。取り返してやると言うと40ペソで命を落とすのはバカらしいとのこと。金額の問題ではない、強盗だ。でもここは日本ではありませんだって。恐ろしや。

 フィリピーナの家を訪ねるとなると大変である。凱旋帰国、故郷に錦を飾る、なのだ。『どうやって手に入れた』羨望の質問が何度もつづく。娘よでかした、よくぞ日本人をものにした!まず土産、両親、兄弟姉妹、いとこ、甥姪等々二三十人は集まってくる。一人頭500ペソとして2万はみておかねばならない。学卒の給料以上。注意すべきはいとこ。いとこには再従兄妹再々third cousinも含まれるそうだ。そのような見解は日本人は認識していない、土産は両親のみそれ以外はお前の裁量、文句があるなら訪問は取り止めると釘を指しておかないと抜き差しならなくなる。
 両親に挨拶をすませ土産を渡すと礼が返ってくる思いきや、黙って受け取る。気に入らないのか?日本人ならもっと持ってくると思ったのに期待はずれということらしい。竹と木の小屋に住んでろくな物を食ってるくせに集りは強烈。よく来てくれた、娘のアサワとして誇りに思う。これは常用句で日本人は我々に援助しろという意味である。なにゆえこうも厚かましくなれるのか不思議である。

 市街地を離れた山の中では電気も水道もないのは珍しくない。水道といっても日本の簡易水道に毛が生えた程度である。最近マニラ市街に日本並みの水道ができたと聞く。日本の商社がマニラ市から請け負ったそうだ。家といっても8畳ほどの部屋と3畳ほどのベランダ。床は竹、隙間から地面が見える。高さ1mぐらい。弥生時代の高床式?ここで20人以上が食事を始める。なにしろアサワ日本人、婿殿は飲み食いさせてくれるであろうということ。
 飯は不味い、ビールか酒がないと食えたものではない。お前はビールが飲みたいか、ブランディーが好きか、と言うから勿論と答えると金をくれたら買ってくるという。これが遠来の客に対する態度かとフィリピーナに怒鳴ってしまう。彼女が2千ペソを与えると男3人で買出し。ビール2箱、タンドアイ5本、コーラスプライト4本タバコ5箱を持ち帰る。ガンガン飲み始める。あいつ等ただ酒食らって礼も言わないのか?彼女が困った顔。するとコップに注いで寄こす。金の出所は理解しているようだが可愛くない。これがホテルだと2万は取られる。300万が一月で無くなったと聞くが解る。毎日集って来る。それは金が無くなるまで続く。長居は無用だ。一週間で3万集られた。天井の電灯交換はどうする、足場がないと無理。

*手摺りの近くにでも付ければいいものを。左*の隔壁16リットルの飲料水、毎週交換、重い!給湯給水機の不安定なこと。設計ミスだというとあれはデコレーション、なら取り払え。問題ない。問題ある。相当の力持ちでないと堪える。


 フィリピーナは辛い立場に立たされる。家族からはアサワ日本人なのにもっと食わせろ、旦那からはお前の家族は集りか、と責められる。彼女は家族にいいカッコウしたがるが旦那の顔色も怖い。両者の力関係によってきまる。連中は飲み食いできるまで何時までも待つ。この無言の圧力に多くの日本人がエエイうっとおしいと金を出してしまう。味方はフィリピーナだけ。電気もない山中で不安になるのも無理からぬ。一度酒なしで夕食を済ませると今日は出ないのかと督促してくる。ここは何もないが時間だけは無限にある。恥じらいはなくても厚かましさはある。されば和平はない。『ここに来る前に言っただろう。お前の両親以外の者を面倒見る気はない。俺にタカルナ。集り、乞食ではあるまい』と大声で話す。雰囲気は理解する。大抵のアサワ日本人は払うそうだが?アサワ外国人がみな家族の面倒を見る訳でないだろう。何故日本人には?そりゃあ、他の外国人は払わないけど日本人は払うのに(何故集ってはいけないのか?)。禅問答みたい。が、あんまりひつこいと斬って捨ていとなるのも理解できる。理屈のわからぬ連中には脅しが必要だ。

 一族郎党あげての集りは籠の鳥ならぬ籠の蟹と呼ばれる。NOと言えない日本人、土地家車の順に集って行くと一族の暮らし向きが良くなる。反比例して日本人は落ちぶれてゆく。色仕掛け、たかり、脅しで帰国することもできずover stay 不法滞在となり、*食うや食わずの生活。生産力はないが悪智恵は働く。じわじわと日本人を食ってゆく。不気味である。どうしてNOといえない?内弁慶、外国ではおどおど。中国人はどこででも堂々としている。国際社会で異民族異文化の中で生きてゆく術は必須であろうと文部省に提言するか。とすればフィリピンで永く暮らしていること自体評価すべきかも知れない。しかしヒリピン人の、また長期在住日本人のビギナー日本人に対して横柄なのは如何なものか。

 * どんな事情で日本を捨てたか捨てられたのか、ビザ無日本人も少なくない。警察も犯罪を起こさなければ問題なしとか。食い潰れてフィリピン人の施しで生きている日本人すらいると聞く。日本人の誇りを捨てれば飢え死にはない。 

ポリスパトラ金せびり警官 ああモンテンルパの夜は更けて

ポリスパトラ金せびり警官

警察官もいろいろ。金せびりに精出すのも、正義のために不正はしないのもいる。ここではポリスパトラを見てみよう。パトラとは賄賂。ポリスパトラとはこれを要求する警官。これに日本のやくざが職業を訊かれて、同業かといわれたとか。口は簡単。交通違反をする。切符を持ってマニラまで反則金3000ペソを支払いに行くの(振込などないので半日はかかる)と私に2000ペソ払うのとどちらいいですか。99%が現金を払う。その警官は宴会を開く。こういう構図は日常茶飯事である。警察官に限らず公務員は安いサラリーを補充してどこが悪いと考えているようだ。それでもちょっとした家に住み、いい給料をとってるなと思わせるほどはるかに庶民よりは上なのだが小遣い稼ぎの交通取締りに勤しむ。

 この国の検挙率が低いはずである。殺人強盗強姦のニュースは毎日だが、検挙、判決のニュースは稀である。殺人罪で告訴しても被害者は既に死んでいるのだから慌ててもしょうがないでしょうと言われたそうだ。結婚を断られた男が相手の娘を誘拐して犯したあと、平然とお嬢さんは私と暮らすことになったと両親に。目撃者がいるのに凶悪犯が逮捕されることが少ないのもこの腐敗ぶりから理解できよう。法治国家とは程遠い。亀有駅前交番派出所など上品なもである。国家に品格、能力がないのである。何故か、その理由は現代版植民地政策と臆測される。犯罪の多くがシャブ麻薬常用者によって引き起こされるが、麻薬販売者にとって彼らは重要顧客、お得意様なのである。犯罪者の逮捕処罰は減収減益、とんでもないのであろう。空港、港などの麻薬取締はジェスチャーに過ぎない、麻薬ルート、大元の解明、撲滅などの姿勢は見られない、と思われる。これ以上話すと不適正外国人として国外退去させられるので差し控えておこう。押入り強盗には金を与えないとすぐ殺されるらしい。常時少額の現金は持っていないと危ない。

 フィリピン人のパトラ(警官の直接税)対応を聴いてみた。俺は金を持っていない。じゃあ、1000にしてやる。本当にないんだ。300払わなければ切符を切るぞ。値切り交渉妥結。平均的相場であろうか。勿論、直接税に法的根拠はない。日本なら恐喝、強要である。上級者は『1ペソたりとも払わない。親父が死んだので今、俺は気が立っている』と踏み倒す。何回親父を殺すのか。俺の運転手が捕まった。事情を聞くとEパス(ETM)専用入り口から高速に乗ったという。2000ペソ払わなければ車をブロック(留め置く)と言っている。『お前の名前は』日本人が出てきたので少し驚いている。俺が払うから反則切符を切れ。マニラまで支払いに行かなくてはならないぞ。IDを見せろ。ついでに日本領事館に寄ってこの件を報告する。入り口に専用入り口の表示はない。お前は恐喝した。このヴォイスレコーダーに録音してある』
 サー、待ってくれ、今回は見逃すから。『見逃す?おかしなことをいうな。俺は支払うと言っているのだ』OKサー。俺に付いて来い。バイクに跨って先導する。合流箇所でUターン。気をつけてと敬礼する。調子のいい奴だ。運転手には他言しないように釘を刺しておいた。1000ペソ覚悟していたそうだ。『俺に500払え。俺もお前も500ずつ儲かった』イエスサー。返事だけ、日本人には払うことない、か。

 信号機、標識のわかりにくいいこと、信号機の大きさ日本の1/10以下、No enter,No turn leftなどとカスレカケタ標識、矢印などの記号で明示しろと叫びたい。警官の水揚げ拡大策か、一度市長に談判しなくてはなるまい。少し恥ずかしいが片側3車線の国道をUターンしたことがある。左ハンドルの左折は危険だ。日本の右折と同じ、左右反対は鏡の世界。禁止の標識はないが警官に確認して、車の途絶を待ってUターン。すると別の警官が信号無視と車を止める。俺が苦労しているのにボケーっと突っ立てるんじゃねえ、バーカ。俺を誘導するのがお前の仕事だろう。日本人か、OK、行け。OKじゃねえ、市長に文句をつけるから一緒に来い。NO 俺仕事しなくちゃ、とその警官は逃げてゆく。
 ここであまり警官をいびるとピストルで撃たれる恐れがあるのでほどほどに。公務執行妨害で射殺しましたで終わり。人の命はパンよりも軽い、のだ。
 窃盗、強盗、強姦、傷害となるとパトラ相場は跳ね上がる。デジカメか携帯にでも録画しておくのもいいかも、ただし、やり過ぎると射殺されるかもしれない。公務員の職を失うことを避けるには日本人を射殺するのは止むを得なかった、なんて言われた日には。ここでは証拠捏造、偽証は当たり前、金次第でどうにでもなる。公務員は国民に奉仕するなぞ聞いたことも考えたことも無いというだろう。強盗、殺人などの検挙率が超低いのも無理はない。捕まることはめったにない、多くの目撃者がいて犯人の氏名、顔写真まであっても。これに比べると日本の警官は真面目で優秀だと感じる。
 フィリピーナとモーテルにしけ込んだ日本人がレイプで訴えられた。警官が来て『セール幾ら払った?1000は安いな。3000といってる。どうだった、味のほうは。2000で手を打つかい』と笑いながら1000から500をフィリピーナに。脹れる女に『いいシノギしてるな、ホテルのマネージャーに事情訊こうか?』と凄む。『セール、困ったことがあったら連絡してくれ、力になる。3000ならもっといい娘紹介する』と指5本広げる。紹介料500らしい。いい加減なスケベにはポリスパトラはいい友達になれるようだ。

 ポリスパトラを飼っている日本人がいた。ガードマン換わりに使っているようだ。ある日、『現地人とは付き合わない方がいいですよ』と言った。これは付き合ってくれるなと言う意味だ。理由を聞くと日本人にビジネス話を持ち込んで金を巻き上げようとするらしい。断ればいいじゃないですか。『それが貴方が連中と酒を飲むものですから、あの日本人は付き合うのにお前は何故付き合わないとくるんですわ。』彼は彼、私は私とはっきり言えば済むことでしょう。『貴方はビジネスも一緒にやるといったんですって』。馬鹿な、誰が。『ともかく連中とは付き合わないでください』。私の生活に口を挟まないでもらいたい。私はこの国で住むためにきた。

 翌日、現地人と飲んでいるところにポリスパトラたちがやってきた。酒を買いに行こうとすると、お前どこへ行くときた。もう一度言ってみろ。何処へ行くかと尋ねた。何故俺に聞く。フィリピン人と付き合う日本人は疑って掛かるべしという方針だ。お前たちはフィリピン人か。イエス。ならあの日本人はどうだ。俺たちはこいつらと違う。そうだ、お前たちと違う、勤務中に賄賂を要求しない、所属と氏名を言え。
 ノウサー。では市長に問い合わせる、このパトカーに乗っている人間の氏名を確認するから動くな。オウノー、職を失う。こら何処へゆく、動くなと言った。ソリーサー、許してくれ。誤って済むならおまわりがいるか、おとなしくしていろ。こら何処へゆく、お前たち、と酔っ払いも叫ぶ。パトカーに逃げ込む。まだパトラもらってないだろ、ワハッハーとポリスパトラにいじめられている近所の住民たちも出てくる。少し水戸黄門の気分。

 6月5日から1週間12日まで車には国旗を立てておかないと1500ペソの罰金だそうだ。どうしてだ?独立日。国民の祝日か。いつ、どこから、どのように独立したのだ。日本人かOK行っていい。OKじゃねぇ、答えないと市長に報告するぞ。待ってくれ。国旗を車の前後左右に立てろ。イエスサー。よし、ご苦労、ほかの日本人には旗を立ててやれ、と100ペソ渡す。日の丸掲揚君が代を拒否する教師は懲戒解雇に加えて道路清掃でもやらせろ!日本国旗、国歌に忠誠を誓えぬ者は日本国民に非ず、無礼討ちに致せ。

 1898年4月米西戦争が勃発し、翌5月にアメリカはマニラ湾の海戦に勝利しフィリピンを支配する。スペインに対する武装蜂起による革命政府を樹立していたエミリオ・アギナルド将軍が1898年6月12日にカビテ州カウィトでフィリピンの独立を宣言したが実質の独立は1946年7月4日とされている。米国は植民地経営の新米、それほどエゲツナイ経営をしなかったのが幸いであった。スペインの植民地が辿った悲惨な歴史を想起すれば容易に理解できよう。


PHILIPPINE NATIONAL ANTHEM 最愛の地(さいあいのち、タガログ語:Lupang Hinirang、英語:Chosen Land、スペイン語:Tierra elegida)はフィリピンの国歌。歌詞はスペイン語で書かれ、現在はタガログ語や英語で歌われている。

 Lupang Hinirang is the national anthem of the Philippines. Its music was composed in 1898 by Julián Felipe, with lyrics in Spanish adapted from the poem Filipinas, written by José Palma in 1899


Sa dagat at bundok

Sa simoy at sa langit mong

bunghaw

May dilag ang tula

Bayang Magiliw

Perlas ng Silanganan

Alab ng Puso

Sa dibdib mo'y buhay.


Lupang hinirang

Duyan ka ng magiting

Sa manlulupig

Di ka pasisiil.

At awit sa paglayang

minamahal.


Ang kislap ng watawat mo'y

Tagumpay na nagniningning

Ang bituin at araw niya

Kailan pa ma'y di magdidilim.


Lupa ng araw, ng luwalhati't

pagsinta

Buhay ay langit sa piling mo.

Aming ligaya na pag may

mang-aapi

Ang mamatay nang dahil sa iyo.



     ああモンテンルパの夜は更けて

 マニラから車で30分ほど南に走るとMUNTINLUPAがある。運転手に監獄所(刑務所)に行けというと怪訝な顔。現地人の発音はUがOに聞こえる。うどんはODONである。モンテンルパはごく普通の町だが刑務所に着くと緊張する。入り口で警官(刑務官?)が案内してやるという。顔つきがよくない。かなり広い。監獄の中は見せず日本人墓地に案内する。ここで別のおじさんが出てくる。秘書と二人で中に進む。警官と運転手は車で待つ。『ここで亡くなった日本人にお線香上げてください。お気の毒ですね』線香3本渡される。『これが山下将軍と本間』変な日本語だが山下本間か、名前だけは知っているが写真の仏に手を合わせる。

  * 山下マネーと呼ばれる10ペソ札をみせてもたったことがある。
   デジカメに撮ったが日本占領の歴史を語る軍票だ。オークションで幾らの
   値がつくかと考えるのは不謹慎か。

 戦犯として処刑された獄死した日本兵に想いを馳せていると『ここお墓。お線香代として500ペソあげてください』とおじさん。(お前の日当か、いい稼ぎしているな)生憎持ち合わせが無いのでと100ペソを渡す。おじさん値切られるとは思ってなかったか『囚人可哀相、食べ物も少ない』と賃上げ要求。マニラからの帰りに立ち寄ったのでまたゆっくり来るから、と逃げる。入り口に戻ると車が無い。人の車を勝手に使うな。少し不安になる。なんたって折の中。20分して車が帰ってきた。運転手も警官も何も言わない。おじさんの臭い賃上げ要求から逃れたいのに。警官とおじさん(幾ら出した。100か。この日本人しわいな)と協議。

 門の手前100mぐらいのところで警官が『ガード代寄こせ』ときた。あの墓地は日本政府がつくったのか、と攻勢に出る。攻撃は最大の防御。『そうだ。今囚人は200人、うち日本人は6人、麻薬かレイプだ』いろいろありがとう。『ここは監獄、俺はお前たちをガードした』バギオの日本人墓地では金を取らなかったのに何故ここでは金を取るのか、と秘書が反撃。25ペソを警官に与え、財布が空になったことを示す。フィリピーニャは強い。これには警官も退散するしかなかった。
 燕はまたも来たけれど、恋しい我が子は何時帰る。。。日本政府がフィリピンへの賠償を渋った昭和27年ごろ、督促として無実の日本兵10数名がここで処刑された。25年の講和条約前、国連審議でフィリピン代表がフィリピンにあれだけの損害を与えた日本が賠償金を払わないのはなんということかと演説したとき日本代表は下を向いていたそうだ。戦争とはそんなものかも知れない。講和条約は、吉田茂の頑張りで日本がドイツ、イタリアに比べると賠償金を格段に安く値切ることができた(比要求8臆を5.5億ドルに)わけだが、その付けは安保条約の後方支援、基地問題と今も残っている。

両替商

両替商

市の付くところ両替商の多いこと。大きな都市では100メートル起きにある。US$と日本円はまず両替できないことはない。為替相場をネットで調べてゆくとたいていの店はほぼ相場どおりの交換レートである。銀行で交換するより率がいい。一万円をペソに替えると4800から5300。円高のとき百万ほどペソに換えておくと円安のときとでは5万ペソ差があると考えるのは止めたほうがいい。強盗に襲われ下手すると命まで失うことになりかねない。店、タクシー、強盗のネットプレーはプロ野球並み。共犯を立証することは不可能に近い。現金の持ち歩きはは5万円が上限。
 さて、相場から両替商の手数料は幾らかと計算してみる。ネットで1ペソ=2.06円のとき、1万円は4854ペソと思いきや4750、粗利104。1P=1.93のとき1万円は5180ではなく4900、粗利80。率にして2.1ないし6.1%ぐらいか?平均5%としても両替とはボロイ商売だ。それでも銀行より遥かに率がいいのだが。
 ジャパ行きの送金額は400億とか。日本企業の駐在員給料などを考えると1000億は軽く超える。円ペソだけで50億。おいしいと思われる。両替商の元締めはどんな人物か。為替差益、FXなどでさらにボロイ儲けをしているのだ。ユダヤ商法、ロスチャイルドの手口を感じるであろう。
  円、ペソ、ドルは生活に直結しているので毎日為替相場をチェックしている。円高は海外ではありがたい。つい4,5年前、1ペソ5円だったが、今は1.86円である。100万円は20万ペソだったのが約54万ペソの勘定。アパート暮らしなら月5万ペソでやっていける。支店長がとんできて定期預金を勧誘する。

 難点はどこも順番待ちの列、ゆっくり金を数えることができない。まあ両替は10万円が上限と考えておいたほうが身の安全。良心的といわれる店に決めておくと毎度ありがとうさんとなる。店によっては交換レートを表示してないところもあって日本人はペソを高く買わされることも、お札の数を誤魔化されることも。
 10万円をペソと両替するとここは万札がないので1000ペソ50枚となる。当たり前だが、500ぺそだと100枚だ。数えるのが一苦労。ついでに1000ペソを10枚ほど細かくしておいたほうがいい。100ペソ20枚、50ペソ20枚、20ペソ50枚といった感じ。
 *小さな店では釣りがないと断られることがある。両替商の店内でカバンに札束を仕舞えるところは少ないので50万円は1000ペソ500枚、数えるのはもう大変。これ以上は銀行振出の小切手か送金かが無難、ただし手数料がいる。面倒でもATMで小出しする。日本の5倍は時間がかかるのだが。

* 銀行窓口ではこの計算ができない。電卓を何度もたたいている。15分待たされた挙句ににIDをみせろときた。何故IDを求める、俺の口座からの引き出しだぞ。すみません、新人なもんで。計算できないのか、日本の子供でも暗算できるぞ。ガードマンがとんでくる。周りはいい気味と見ているだけ、この娘日頃から生意気なのだろう。銀行ではこんな調子、下手すると手数料を取られる。かつてのブラックマーケットの、今は公認されている両替商の方がしっかりしている。

 99%の両替商は2坪ほどの店。鉄格子で内部とは遮断されている。順番待ちの行列が続くので金額を確認しづらい。海外からの送金は国家収入の10%とか。出稼ぎの国別では米国、サウジアラビア、マレーシア、カナダ、日本(30万人3.9%)の順だが、送金額では米国サウジ日本(4億ドル5.4%)となるそうだ。日本は美味しい国だ、ジャパユキしたい。もっともだ。

 これらの海外からの送金と外国人が持ち込む外貨を両替商の元締(上層階級)が為替相場によって莫大な利益を手にしている。ここでは世のため人のためと私財を投げ出すなどの話は聞かない。金は多ければ多いほど良いという哲学。庶民からは搾れるだけ搾る。庶民は文句は言わない。何故?何故って、どうにもならない。植民地政策で諦めるように洗脳されてしまったか。こんな不甲斐無いフィリピン人にどうして日本人は騙され、集られるのか。金持ちは身なりはいいが品性が無い。銀行員も右に倣えして客の外貨を運用して小遣い稼ぎをしているようだ。普通預金でも20万ペソ以上を引き出すには前もって連絡しておかないと金がないと平気で言う。資金ショートか。イエス。ここは銀行か。イエス。恥ずかしくないか。答えなし。

第二章 民族の歴史 

第二章 民族の歴史 

 台湾に旅したとき『日本人はどんな民族ですか』と問われて面食らったことがあった。先住民族アイヌも同化されてしまい単一民族と多くの日本人は思っているのではないか、いや、民族など考えたことが無いのではないか。
 遺伝学的人種分類は、朝鮮系日本人、中国系日本人、日系日本人、その他系日本人の順になるそうだ。日系日本人とは聞き慣れないがアムール川流域から来たらしい。その他は南方から潮に乗ってやって来たのであろう。数の上ではでは朝鮮中国系が7割以上ということだが時間的には数千年前と比較的新しいのではないかと想像している。
 海外ではチャイニーズ?コリアン?ジャパニーズ?とよく訊かれるが、確かに見分けづらい。我々は歩き方とか仕草で日本人と判断できるが顔付きはよく似ているから無理からぬとも思われるのだ。セブ島から釜山経由で関空に着いたことがある。韓国人は明らかに顔付きが違うことに気付いた。
 どう違うかというときついのだ。日本人の顔はまろやか、そこで『原色はきついが混ぜ合わせるとやわらかなる』との仮説が浮かんできた。色、味、血ともに混ぜ合わせる数が増すほどやわらかくなることは経験的に理解できる。

 さて話を民族に戻すが日本民族については後で見てゆくことにしてこの国の民族の歴史を考えてみたい。つまり台湾では質問に答えることができなかったのである。被植民地からの質問に迂闊に答えることはできない。

 民族とは、百科事典を見てみよう。『一定地域に共同の生活を長期間に亘って営むことにより、言語、習俗、宗教、政治、経済などの各種の文化内容の大部分を共有し、集団帰属意識よって結ばれた人間の集団の最大単位をいう。』とある。ふむふむ、端折った話が言語が共通なのが民族。これが俺の定義だ。
 この国では言語が80以上あるそうだ、民族も同じことになる。の言語たるや薩摩弁と津軽弁との相違どころではない。単語そのものが違う。私の秘書は88の言語があるという、ことは民族も。ヒナツボ火山噴火で新たに発見された民族もあるとか。国勢調査など十分できていないのだ。まあまあ、でコミュニケーションはどうする。標準語にマニラあたりのタガログ語と英語を採用。なるほどね。
ちなみに12345は、
タガログ語  isa dalawa tatlo apat lima
スバニン語 salabog duabog tilobog patbog limabog
ビサヤ語  uno dos tres kuwatro singko
isa duha tolo opat lima


カラペ市役所、中には裁判所もある。その看板 MVNICIPAL BUILDING の VはUじゃない?ボホール語はヴィサヤ語とも少し違うのか、municipal ? building ? How to pronaunce?

なお、語彙が少ないせいか植民地政策のせいか、外国語の流用が多い。ほとんどがスペイン語、植民地は辛いなあ。言語すら自前で用が足せない。日本の寺小屋は再評価すべきである。読み書きソロバンが日本を救ったとも言える。
 外来語の中には日本語もある。アカシアacacia、ヤクザ、チュギ、チュナミ津波、ドロボー、アイジン愛人、ヨッパライ、インチキ、FXなど。泥棒がもっとも普及しているそうだ。私にはインチキに興味がある。
インチク:支那人。Ikawo Instik 中国人か。いや日本人だ。
      お前インチキかと理解すると喧嘩になる。

アカシア:日本人が持ち込んだそうで今ではフィリピンを代表する木になっていると      か。私も庭に鉢植えしている。

ヤクザ :暴力団、単数では使われないとか。
      警察官が俺たちと同業といったとか。

チュギ :原語は次。イチュワマユミ五輪真弓、チュナミ津波、マチュゲまつ毛など      ツは発音できないようだ。ジャパユキ面接などでチュギと言われると
      不採用の意。

インチキ :Intsik 中国人。日本人を騙す店の経営者はインチック、日本語と思いきやこちらが本場      とは、失礼しました。

FX  :Toyota Tamararaw FX 多目的車。バンタイプで日本では
     発売されていないそうで、これも日本語からオミット。


会議はめったにない

 闘鶏のブリーダーの会議を見学することができたことがある。議題は年間競技日程、ファイトマネー、賞金額を議決する総会ということだ。日本のように議長選任、定足数確認、開会宣言などがないから会議は何時始まって何時終わったのか、わからない。決を取ったのは賞金額だけ。2.5Mから4Mまでの間で決まったようだ。あとは拍手と笑い。
 日本のような緊張感もない。会議を異議無く可決さすことでその人間が評価される日本。日頃嫌味を言って嫌われている人間が会議を主催すると翌日は決まって欠勤。会議運営に腐心したためと陰口をたたかれていた。会合し議論してことを決する、民主主義のお手本みたいな会議が日本を離れて見て見ると奇妙なものに映るのは何故だろうか。
 会議は踊るという映画があったが、日本の会議は飲み会だった、バブルが弾けるまでは。また、多い、長い、下らない、実が無い、のがほとんどだった。これは日本民族の特質を如実に反映するもであろう。みんなで渡れば怖くない、独断専行命取り、能ある鷹は爪隠す、出世レースは完走すること、問題発言しないこと、責任逃れの道は大きく、、、。 組織の意思決定がこんなのでよくこれたものだ。本当に国を会社を動かしているのは誰だ、誰しも抱く疑問であろう。ここフィリピンは会議そのものの開催が少ないらしい。

犬猫は鶏を襲わない

犬猫は鶏を襲わない

 フィリピンの家庭では犬猫鶏を飼っていることが多い。飼っているというより同居、準家族といったところか。食事が始まると何時となくやってくる。食卓の上のものは人間、それ以外のものは俺たちのものと心得ているようである。魚や鳥の骨などを無造作に与えながら食事をする。早い者勝ち強い者勝はあっても食いはぐれはない。犬猫は鶏を襲わないのかと聞くと『何故そんな質問をするのか』という答え。怪訝な顔をすると大きな蛇が鶏を襲って食うことはあると付け足したが、すぐ別の話題に。ここでは一つの話題をじっくり話すことはまずない。女の会話のようにいくつもの話題が順不同で飛び交い、全体として各話題の脈絡は繋がるらしい。
 犬猫は食っては寝のいい生活と見えるのだが、犬はガードマン以上の警備をする。顔を覚えると吠えないが最初はうるさいこと、オーナーが注意するまで吠え続ける。猫はねずみの他に小さな毒蛇を駆除する。雌鶏は卵を産む。雄どりは闘鶏に出場し1万ペソの賞金を稼ぐ。ただし、敗者には死が与えられる。まさにデスマッチである。フィリピン人は彼らと家族のように会話ができる。育て方は子供を育てるようだ。彼らは人間を恐れない、逆らわない。しかし、人間は彼らを売り飛ばすとき、食に供するとき何の躊躇いもない。犬猫も例外ではない。日本人にはね、とても食えないが。躊躇いを顔に出さないだけなのか、よく解らないが、おそらく金と食が情に優先するのであろう。

マッサージ massage 散髪hair cut 爪切りnail cut

マッサージ1時間200、散髪30、爪切り50が相場である。しかも店の多いこと。選り取り見取りだが、多すぎて選ぶのに苦労する。当然のことながら腕と清潔さで選ぶべきである。安いとチップを100も出す日本人がいる。日本人の行くところそこの相場を混乱させるとの悪評を思い出してもらいたい。
  massage 
 マッサージは若い娘にやってもらいたい気持は理解できるが純粋に凝りをとるなら男が断然いい。力加減もあるがツボをとらえる感覚は天と地、プロアマの差がある。1500払ってもいいと思ったのはまだ一人だけ。彼はプロではないから酒1本70の礼。日本の指圧、中国の按摩、タイ式がよく調和しており満足度は100%。どのように習得したのかというと父親からという。彼だけでなく大抵の男がそうだ。
店に行っても70%は満足できる。安い上手世界一と思う。問題はその手、犬猫鶏をイラッタ手ではね。牛乳石鹸良い石鹸と渡す。これでもけっこう気を使っているのだ。また、オイルは要らないのだが彼の指を守るためと言われるとそれ以上は言えない。気の弱い者は損だ。ココナツ油は熱く感じてねばねばしている。シャワーは3時間後でないと身体に良くないと連中はなかなかうるさい。

 hair cut 
 散髪はバリカンを当て、鋏で髪の毛を捌いてお終い。20分前後、35ペソが相場。首の後ろに安全カミソリを当ててくれるところもある。日本人ならクーラーのあって毛染めシャンプーの店300に行かないと、と近所のオバちゃん。そこは理容と美容とを夫婦でやっている。普段よりも10倍奮発しただけあって快適。

 nail cut
 オバちゃんは爪を切って色を塗ってマッサージをしている。満足そうに寝ている顔を見ると何も言えない。代金80は当然のごとくこちらの会計に付けられる。案内料なのだろう。釣りの20は帰りのシカッドの足代、200m毎1peso位か、大抵5ペソで足りる。近場の移動にはモッテコイのシカッド:サイドカー付自転車。暑い日差しの中は歩けたものではない。時間を買うと思えば安い。オバちゃん3人分の料金を請求されたそうだ。ノウコメント。シカッドの多いこと、水揚げも一日数百ペソがいいところ、運転手の手取りも200ぐらいか。これすらオウナードライバーは少ない。蓄財をさせないことも植民地政策の基本か。日本の個人タクシーなら売上はすべて運転手兼所有者に入る。


通常は自宅にやってくる訪問爪切にやってもらう。深爪もいいところ、両手両足の爪切って磨いて塗っては揉んでたっぷり1時間以上。爪きり道具は10種類以上、50ペソでそこまでやるかとあきれる程ていねいだ、女なら幸せだろう。白魚の指とは言い難いが、、、。

   炭焼きカーボンづくり


 山の煙りのほのぼのと。あれは?カーボン。煙を目指してゆくと土の中から煙が出ている。兄ちゃんが二人。間もなく掘り出すという。焚口に水をかけると土を除いてゆく。木の形を留めた炭が出てくる。質のいいのを選んでゆく。20kg袋で800ペソにはなるそうだ。木は山から採ってくるから原価は人件費だけらしい。月1万5千はいい商売という。明日の朝、木を並べて燃やすので観に来いと言ってくれた。ストアーではキロ200ペソで販売している,在庫金利販売費を除いても半分は儲けとか。翌日、朝早めに行くと奥さんがまだ寝ているという。椅子をすすめてくれる。小さな娘が3人、日本人がめずらしいのか離れて見ている。ここでは朝は夜明けから正午まで、朝食後と考えるのは日本人。ココナッツジュースを持ってきてくれた。地道な生活をしているフィリピン人は親切だ。
 1時間ほどして男二人が焼き釜の準備を始める。幅1m奥行き2m深さ80cmぐらいか、何もない。そこに山から採ってきた木を並べてゆく。長さ大きさ頓着しない。材質が問題という。ココナツの毛に火をつける。やがて木に燃え移ると少しずつ土で覆ってゆく。木が燃え出したのを確認すると焚口をバナナの木で塞ぐ。これは木なのか草なのか。土をかぶせて休憩。
 コップに水を汲んでくれる。生水は飲むなと聞いていたが彼らが毎日飲んでいるのだからと口に入れる。美味い。水は山から200m程ホースで引っ張ってきている。上水道の普及していないこの国では水は貴重だ。市販のミネラルウオーターはリッター100ペソもする。近所の人も16リッターのボトルに貰い水に来る。たいてい2ガロン、32kg重い。天秤で担いで山道を運ぶ。ひえつき節の長いフレーズが過ぎる。あれは谷で水を汲んで山道を運んだ人間でなければ息が続かない。
 炭焼きの煙があちこちから出だした。火の勢いが強いと土をかけてゆく。煙の出口を一箇所だけにして完了。一週間後に炭になるそうだ。なんと簡単な製法だろう。日本の炭焼きは付きっ切りで火の加減をみるときくが、備長炭だなんてことは気にしない。最低限の効用があればいいのだ。これは文化の相違を端的に示していると思われる。この国は災害に強い。文明は破壊に弱いといわれるが、ここでは破壊すべきものは見当たらない。食うて行くことには事欠かない。小野田少尉がフィリピンの森の中で永年暮らせたのも解る気がした。 

  話を合わさない

 フィリピン人と接していて腹が立つのに話をよく聴かない、合わさないことがある。だいたい日本人はあまり話さないからたまに話したときはじっと聴けと言いたい。話の途中で口を挟む、話題を変える。そういうのは文明社会では許されない、相手の話の区切りを量り、話してもいいですかというのがマナーである。通じない相手には注意するしかない。話は終わっていない、私は今話している、と言うと驚く。私の言っていること理解できるか、と顔を見ると大人しくなる。注意してよく聴け、バーカ。
 尿路結石の薬、痛み止めと排出剤。処方箋は読めない英語で書いてある。これは何か?と秘書に聞く。Tabletです。薬は、錠剤か粉か液体かだ、名前目的服用方法をたづねているのだ。医者が慌てて説明する。聞き取れない。秘書がふんふんと頷く。誰がこの薬を飲むのだ、俺が理解できるように説明しろ。
 医者はゆっくりと英語で話す。副作用はないか。え、副作用、大丈夫問題ない、これは有名なスペインの製薬会社だ。会社を聞いているのではない、この薬に副作用はないかとたづねた、わかるか。イェッサー。今降圧剤を飲んでいる、問題ないか。名前は。ノルバスクとディオヴァン。オー、ダイオヴァーン。で、結論は?問題ありません。ドクターはアメリカに留学したのか。イエスサー、そこで学位を取った。では頭がいいんだ。サンキューセール。
 ここで医者は超エリート、フィリピン人にはふんぞり返っている。会計を済ますと受付の態度が変わる。受付まで威張っているのだ。アメリカ人が近寄ってきて、私もそれに苦しんだ、お大事にと言う。サンクスありがとう、と握手する。へー、日本人は偉いんだと他のフィリピン人んも手を振る。バイバーイと答える。
 この国ではビタミンはヴァイタミン、ミクロはマイクロという。それも言い直させるのでカチンとくる。No, Vitamin micro minus ! 大抵の国ではビタミン、ミクロ、ミヌスと発音するのだ、田舎もん。秘書が目をパチクリ。ビタミンにはABCDEなどの種類があって、それぞれ効果が異なる。栄養の意味のヴァイタミンとはその使い方が違うのだ、覚えておけ。周囲もそうなんだという顔。本当に可愛くない、好きくない。

 教育効果は少ない。話の腰を折る秘書を旣20回は首にしたがその都度、もう一度チャンスをくれと泣き落とし、今では100回まで執行猶予を与えることにしている。しかし、その都度きびしく叱責している。いけないことをしたので叱られたとの認識を持つようになったことで今は可としよう。相手をないがしろにすることは罪である、世が世であれば無礼打ちされても文句は言えない。これは日比文化論争である。日本武士道は永遠に不滅です。不作法は許さない。近所に浸透し始めたが普及するにはなお永年を要するであろう。諦めません勝つまでは。

謝らない、非を認めない

謝らない、非を認めない

 『フィリピン人は謝らない非を認めないのは何故ですかね』と在住の20年の日本人にたずねてみた。それは鞭で打たれるのを恐れてきたからですよ。奴隷時代の記憶が遺伝子に残っているのでしょう。Ganahan ka bunal? 鞭が欲しいか、鞭打ってやろうか、は植民地経営の必須の道具。『日本人にはずるい奴と映りますが、無礼討ちにしたくなります』そうですね、お気持はよくわかります。
 一言謝ればすむことと思うのですがだらだらと言訳を続けるでしょう。 まあ、どうしようもないというのが結論です。彼らにしてみると罪状認否で有罪と答えると即、結審、処罰が待っていると考えます。その処罰は、日本人のようにぶん殴って蹴飛ばして終わりというような生ぬるいものではありません。お前は規則に違反したから、鞭打ち3回、3日間の賦役を申し渡すという具合です。骨身に染込ませるのですね。そうです、怒りではなく、規則が刑罰をお前に要求していると理解させるのです。それでですか、フィリピン人がすぐ規則というのは?それもあるでしょう。

 非を認めるを潔しとするのは日本独特の文化でしょうね。『欧米の影響ですか。こちらは相手を良くしてやろうと思っているのですがね、自分を正当化するために嘘を並べる、恥ずかしくないのですか、首を切り落としたくなります』これからフィリピン人と付き合うと幾度となく経験しますよ。『悔いを改めないから進歩しないのですね』そうかも知れませんね、悔し涙、悔悟の涙はみたことがありません。
 植民地には知性は要りません、むしろ有害です。モノプランテーションの単純労働で搾る。そうです、団結しないように共通語、水泳、蓄財を禁止してきました。彼らの知能は?発揮する機会と教育を与えればいい線いくのではないでしょうか。忠誠心はありますか。日本人の国家主君会社に対する忠誠心は特異ですから。

 それからフィリピン人を人前で叱ってはいけません。日本人は自分の内面の誇りを大切にしますが、フィリピン人は周囲に自分がどう見られるかが大事なのです。ですから非が誰にあるのかより人前で叱られたことに屈辱を感じ怒り心頭に発するのです。『日本人は部下のミスを叱るのは当然、叱って育てるのだと考えます。また、叱らなければ周りに示しがつかないと思います。』それはここでは止めたほうがいいでしょう。『なんで日本人がフィリピン人に合わせなくてはならないのでしょうか』なんとも答えようがありません。


 ガソリン

 リッター53.1の看板を見て満タンにする。50リッターぐらいと思って3000出すと3424という。明細を見ると単価58.750×58.291となっている。看板に偽りあり、加えて給与量も油増し、往復ビンタ。問い質すと単価は看板が間違っている、あなたはゲージを確認しているとの答え。あの看板はこのスタンドのものでないのか。近頃値上がりがつづいているので。だからどうなんだ。無言。俺は給油記録をつけている、満タンにすると50前後だ、58はおかしくないか?返事なし。仮に1歩譲って単価58としても50リッターで2900、3000以上からは12%の税金がかかってくる。されど相手は非を認めようとはしない。500の損、時間を食ってる間はないとあきらめる。自分をだます自分が腹立たしい。 
 眠られぬ一夜を過ごした翌日、デジカメを持って値下げ交渉に向かう。店員はけっこう可愛い娘だ。矛先が鈍る。苦手な英語で切り出す。
あの看板を見て注文したのに高く取られた、差額を返してもらいたい。Sorry sir,this is Vpower that board is super premium. 私はプレミアムを注文した。若い男が出てきて、我々は6タイプを販売しています、ディーゼル、レギュラー、そんなことは質問していない、注文の品を納めず高い請求をするのは詐欺だ、差額を払え。答えず、下を向く。セール、Vpowerは強力で燃費もいいから次回もVpowaerを注文なさると思いますよ、娘が笑顔で答える。注文を勝手に変えるな、とは言えなかった。小父さんは可愛い娘に弱い。交渉時間20分。

  日本食品店

 札幌ラーメン2袋一束90、まあいいかと籠に入れる。帰って食おうとすると一袋90、翌日返還請求に赴く。これは一束90の意味、ばら売りはしないということ、わかりますか。ここも女の店員。彼女は同じ日本人経営者の日比スタイルのレスタランと掛け持ち。これは一袋90です。日本人はそういう売り方はしない。
 どこの日本食店も30ないし40、ちなみに一袋を料理したラーメンが65、貴女はマネージャーに確認した方がいい。電話に出たマネージャーの男は商品名は何ですか、と3度もたずねる。こいつ馬鹿じゃないかと電話を渡す。キャンセルだ。セール20%引き、144でどうかと言っています。144引きなら買うと言え。?目を丸くする。私の給料から差し引かれます。私には関係ありません、すげなく、突っぱねる。
 品数100もないのに価格が頭に入っていない。レストランを含めた上玉の客を逃がすことにマネージャーも気付いていない。経営者は知っているのか。嘆いても客は戻らず、採用ミスと反省すべし。交渉時間15分、片道30分顧客の迷惑はなんと心得る。  

その後、社会構造がわかってくると非を認めない理由が見えてきた。一言で言えば責任逃れだ。非は非、是は是とする日本人からは卑怯に映る。この社会の政治経済はインチック、中国人に支配されているのだ。ガラクタ商品を仕入れ値の数倍で売りつける商売である。フィリピン人はならされているのか文句は言わない。文句をいうのは外国人、その数は知れている問題ない、というのが基本姿勢。不快極まりない。  

 その手口は、こうだ。たとえば、ライター、離して火をつけること、ガスが噴出して顔を焼く恐れがある。調整レバーが不良なのが多い。クレームをつけるとそれはメーカーの問題ですとの答え。* これの欠陥を認めるのか認めないのか。それは苦情係のほうに言ってください。欠陥商品を売りつけたお前に言っているのだ。答えなし。それでは責任者を呼べ。いません。OK裁判所で話そう。お待ち下さい、マネージャーが来ました。たいてい中国人か中国系の女。人を見下す態度、今回は日本人相手だから締めてかからないという感じだ。大変申し訳ありません、ここは販売部門で苦情処理は別部門になっております。そんな言い逃れは近代社会では通用しない、商品価値のあるものを販売するのが販売部門でないのか、ここは欠陥品を売りつけるところか。そんなことはありません。(いつもと調子が違うわ)では、これの交換と火傷しそうになったから5000ペソの損害賠償を支払え。(そんなことをしたら私、首になります)、、。
 文明社会の売買とはこういうものだ、会社の会長に言っておけ、裁判所の判断を求めるとな。このライター2個と交換しますので許してください。このライターは5000ペソするのか。、、、、、、、。同じ台詞を繰り返すのは馬鹿のやることだ。女マネージャーは大勢の前で馬鹿といわれて怒りに震えて言葉も出ない。
       
  * これが日本製電気製品とすればメーカーは黙っていまい。
    あるメーカーは”何という接客だ、マージンだけとってメーカーの信用をぶち    壊すのか、量販店からすべての商品を引き上げる”と通告した。はじめて胸    がすく啖呵を聞いた。そのメーカーは日本を代表する企業の現地法人で      あった。 さすがである。 

  日本ではワンストップサービスといって顧客は一箇所に立ち寄ればすべてが解決する。あんたのような言い逃れ、責任逃れはしない。敵前逃亡はすぐ解雇だ。品質と信頼を売るためには顧客のニーズに真っ向から立ち向かわなければならない。もっとも中国ではまだ100年は無理だろうがな。その女は屈辱と怒りに堪えられず立ち去る。客を残して逃げるのがフィリピンスタイル。
 敵前逃亡、卑怯者。(あの日本人は中国人にきついのね。そういえば外国人は日本と日本人を尊敬するわ。スケベの日本人だけでないのね。私日本で働いていたころ日本人は中国製品を買わなかったのを思い出した、餃子に毒が混入してたの。でもこのPCテレビなどは中国製でしょ。それは日本企業が中国で生産したものだから。そうなんだ。でも私たちフィリピン人にはやさしいわ。それはね、私たちが美人でセクシーだからなの。キャー、キャー。

  貴女は日本人のクレームに負けたから首だ。店長もう一度チャンスをください、あの日本人はヤクザだと思います、ほかの日本人は文句言いません。ではもう一度だけチャンスを与えよう。ありがとうございます、もう一点、彼は写真をwebに公開すると言っておりました。なんと、早くそれを言いなさい。心配ない店長、不適格外国人で入国させなくすればいい。会長お言葉ですが日本の外務省から中国政府に申し入れると牽制していましたので、それもどうかと。
 こちらの手は読まれているのか。そのようで。困った日本人あるね。ここは5000ペソ相当の商品を与えては。タメタメ、日本人的発想よくない、何とかしなさい。はっ。ただ日系メーカーは商品を引き上げて別の店に販売させる通告してきたおります。担当者を首にしないと治まらぬようです。店長、日本人言うだけ、引き上げなど、裁判などするはずない、ほって置くよろしい。しかしそこまでやる日本人初めてね。我々華橋全体に悪影響がでないかと。この国に根性ある日本人来ない、かっとしてもすぐ冷めると思っていたが、、。しかし我々が動くのはよくない、華僑、ひいては中国人の沽券に係わるある。

 セブ島ではビバリーヒルズと中国人住宅街がある。日本人からみれば笑ってしまうが彼らはこの国を支配していると思っているようだ。反対にフィリピン人はなんと不甲斐ないことか。支配されることになれているようだ。鎖に繋がれた象はこれを切ろうとはしない。人間として扱う日本人には敬意を払うどころか馬鹿にしているのが腹立たしい。反骨精神のある人間は少ない。 

人前を通るな

人前を通るな

 touch me not! 我に触れるな フィリピンの国民的英雄ホセリサールの著書である。が、バスの座席、ベンチでも他人に触れるのは平気である。カワイコならまだしもオジンオバンに触れられるのは不快である。ここは南の国、たださえ暑いのに。少しでも隙間があると、世界的感覚では常識と思える間隔なのだが大きなケツヲ割り込ませ左右に揺さぶる。顔を睨んでも効果ない。こちらが思わず立ち上がっても彼の占有域を広げるだけ。人様に迷惑をかけるな、という概念がない。
 若い娘、少女も平気で人前を通る。肩が当たっても謝りもしない。一度日本のやくざに教育をたのんだらどうか。観ていると後ろには十分余裕があるのに後方を通らず思ったままに直進する。蛮人と呼ばれても致し方あるまいて。世が世であれば無礼打ちに致す、そこへなおれ、と言ってみたい。人が話しているのに別の話をする。話をよく聴くことはできない民族だ。フィリピーナと暮らすならこれを覚悟しないと、忍耐を要す。

  ものごとを深く考える、客観的にみることができない。一つのテーマを語り明かすこともない。やはり人に使われる人種との評価は酷評とは言えないかも知れない。星印の飾りをよく見かけるが高校生でも正五角形を作図することはできないようだ。  対角線を結ぶと星ができる。対角線と辺との比、黄金比など聞いたこともないらしい。感覚で器用に星をつくるが精度69すなわち0.999999の日本人にくらぶれば贔屓目でも68;0.888888といったところか。 

 車も同様、以上だ。対向車がセンターラインを大きくはみ出してくる。クラクションを鳴らしても行く手を阻むのである。事故ってはと右に寄ると後ろからけたたましくクラクションを鳴らされる。音に繊細な日本人には苦痛である。ジプニー、トライシクルは客を集めるために急停車急発進、割り込みは当たり前。交通整理の警官も注意しない。前述のように信号無視、速度違反など金になるのを探しているのだ。直進車優先、主要道路優先と原則はない。60年前の日本に車と携帯が急速に普及した社会というのもあながち酷評とは言えない。
 ひとつ注意しておかねばなるまい。腹が立っても胸倉を掴んで引き出したりしてはならない。フィリピン人はナイフ、ピストルを持っているのが多いからだ。刺されたり撃たれても正当防衛だったと平気で言う。日本人がフィリピン人に暴力を振るい、正当防衛で殺された、で済まされる。法治国家ではないのである。

 交通事故

 ここでは車がないと不便だが、命懸けの運転をしなければならない。事故らないのが不思議である。片側3車線の交差点で信号待後、直進車の前を左折する車。クラクションを鳴らしたが強引に左折継続。気違いか。ブレーキを踏んだが右前方に接触。交差点内で止まる。交通量の多いところ、こちらは直進して車を止める。相手車のナンバーは読み取れなかった。当てられ損かと思っていると運転手がやってきた。タイヤのカバーに相手車の塗装が、凹みを目立たせている。サイドランプが外に垂れ下がっている。
 交通警察もやってきた。『セール、事件にするか』俺の車を修理すれば許してやる。サンキューと警察官は言ったが、運転手は払わないという。この事故はお前の過失によって起こった。まず謝れ。アイム ソーリー、けど金がないから払えない。俺は運転手。それなら所有者に請求する。『止めてつかーさい、首になる』それは俺には関係ない、それとも裁判所で話をつけるか?警察もいるから事件として扱うか?これぐらい啖呵を切らないと寄ってたかって何を言い出すか。
 『ノーサー、俺の運転している車、俺が修理しなくてはならない』知ったことか、免許書見せろ、お前はプロではないか、安全な運転をしなくてはならない。わかるか。イエス。俺がブレーキを踏まなかったらお前の車は横転し乗客が負傷していただろう。イエス。返事だけはよい。サイドランプを直せば許してやる。すると器用に中にランプを押し戻し作動を確認する。サー大丈夫、問題ない。問題ある、このテープで落ちないようにとめろ。
 今回は急ぎの用があるからこれで許してやるが、次は裁判所で話をつけるぞ、お前は乗客を安全に送り届ける義務がある。注意しろ。サンキューサーと警官が答える。事件にならないか、裁判にならないかと同胞を気遣うのだ。『サー俺、カワイソウ。俺の修理代タスケテ』日本人とみてか。お前アホか、子供じゃあるまい。
 車を発進させる。大勢の見守る中、恥も外聞もない。聞くところによると、車の所有者は人身事故重大事故をのぞいては一般事故には責任をとらないそうだ。後進国と呼ばれるわけだ。運転手は車のレンタル料を所有者に500/日、他にガソリン、維持費など一切を払った残りが手取り。労働分配率の低いこと。水揚げは20/人×3、4往復=1200ないし1600といったところか。手取り500がいいとこかな。

 小さな脳、高い鼻

 フィリピン人と接していて頭にくることの一つに、口返事が多いことがある。素直にはいと言えない。教育に時間がかかるが妥協すれば付け上がる、改めるまでは泣こうが喚こうが叫ぼうが許さない態度が必要だ。ただし、どうでもいいことは適当にあしらうべし。前述の妙なプライドがあるからだ。たとえば、日本語によく似た単語、をたずねると延々と説明を始める。ダッコとは大ぶりの男根で同義語にオッテン、ルソ、ブリ、イトロッグ、ブティンなどがある、、、。ダッコは日本では子供を抱き上げるときによく使う。しかし、この国では巨大なチンチンを指すのであって、、、。それは既に聞いた、同じセリフを繰り返すのは馬鹿の証明と怒鳴りたくなる。で、一度だけ言ったことがある。その時は堪えたようだがあまり教育効果はない。
 普通、ゲストに話を合わして聴き出してゆくのがホストであろう。主客転等、しらける。変なところで突っ張る。客の不快感を気にしない鈍感さ厚かましさが外国人には蛮人と映る。可愛くない。タタエはウンチがしたい、ワライはレイテ人の飲んだくれの悪とか、またおいおい日本語に似た単語を集めてゆこう。

 マクタン島はマゼラン終焉の地として有名であるが、1521年4月27日の上陸と酋長OPON、英語名ラプラプとマゼランとのBattle of Mactanマクタンの戦いが再現される。当時の衣装で踊りと戦闘は観客を熱狂させると思ったが、有名な俳優が出演しているから沸いているのだ。市長以下ラプラプ市あげてのフェスタだが歴史的意義には関心を示さない。かなりの知識層でも銃を持たずに戦いに勝利した、程度の認識である。大航海時代の始まり植民地主義の始まり、地動説を証明するものなどは意識にないようだ。 Battle of Mactan様子を描いた絵の近くの碑には first circumnavigation of the Earth の文字が刻まれているのだが、、、。

  マゼランとはどんな人間かときくと、フィリピン人で悪党の親玉とかスペインの王とかの答えに驚かされた。歴史認識、歴史教育が想像できよう。自分の国の歴史を考えたことがないのか、もともと暢気なのか、支配されるためにある民族なのか、、、。

 平和な生活はスペインの侵略で一変するのだが、かれらはどのような歴史認識でいるのであろうか。 悲惨な歴史をどう感じているのか、いないのか。キリスト教に洗脳されてしまっているようだ。日本は踏み絵などやり方には問題はあったものの歴史的には正当な政治判断をしたと言えようか。

フィリピン人は一途に事に当たることが苦手なようだ。ものごとを深く考えると熱が出るそうだ。記憶力も判断力もいいので秘書兼ハウスキーパーにしているフィリピーナがそういうのだから間違いはないようだ。『それは智恵熱といって3歳児が考え始めたとき出すものだ』私は3歳児程度なんですかとふくれる。
 日常生活では即断即決でいいのだが契約など慎重を期すべきものは任せ切れない。要件要素、重要な要素を見つけ出し検討するなどは重労働なのだ。疲れたから寝ると正直だ。話を最後まで聴かない、真意を汲み取ることができない、などは思考よりも感覚で判断するためあろう。ノーベル賞を受賞することは控えめにみても向こう300年は有り得ないだろう。
 おしゃべりtalkはあっても会話はない。Nice conversation というフレーズは聞かない。秘書の分際でボスの意向を無視することがある。『頭が高い、控え居ろう』と怒鳴りつけたくなる。貧弱な頭で考えて何が分かる?判断指示をを仰げ。日本人なら5年習って少し経験があるというところを5日でもっともらしい口を利く。気恥ずかしいと感じるのは日本人だけか。こんなときスペイン人中国人のボスは秘書をどのように扱うのであろうか。そもそもボスの意向を無視するなぞ許されるものではない、即解雇と言うだろう。やはり日本人は舐められているのであろうか。怒っても首にはしないと踏んでいるのか。知力、人徳などが通用せぬ者には武力が必要かもしれない。犬でも飼い主の家族間順位、己の順位を心得ている
のだが、、、。

具体例をあげると
 ①誕生日呼ばれたとき一人100ペソの祝儀を持ってゆく。秘書の従姉妹二人もいれて400ペソかとたずねると200ペソで十分という。二人のときは200ペソ  だったから400だろうと念を押したが200でいいという。不審に思ったがもう始まっていると聞いて出かける。従姉妹は後から来るという。数日前から誕生日の話はしていた。二人がなかなか来ないので呼びに遣るとのそのそやって来てあまり食わない。いつもはがつがつ食うのに。あまり盛り上がらない。どうしたのかと秘書に聞くと二人は招待されていないという。『何故それを言わない。出かける前に言っておれば二人を連れて行ってもいいか確認する ことができた。』相手から従姉妹は来ないのかとたずねられてはじめて呼びに行くのがフィリピンスタイルと膨れる。『何故それを言わなかった。俺は日本人だ。お前は俺の意向を無視するのか』と怒鳴ってしまった。日本人が招待すると籠のカニで一族郎党が押しかけてくるのにフィリピン人の招待だと遠慮するのか。日本人には厚かましく、フィリピン人同士では見栄っ張り。
 ②セブパシフィックの航空券を予約して銀行に支払いに行くとその予約番号では貴方の名前が出てきませんという。秘書に確認させるとダブルブッキングらしい。どう落し前をつけるのか。7時半の便でよいかというので1時間早くても朝早く出れば済むこととOKする。支払額が500ペソ少ない。よく確認すると午後の7時半だ。『お前は馬鹿か。俺の11時間を500ペソで売ったのか』7:30pmと言いました。『アホ_、19:30と言え。OKするはずがないだろう。迎えに来てくれる日本人は夜の8時半に空港に来なくてはならぬ』世間話は馬鹿でかい声でやるが大切なことはぼそぼそ言う。日本人の嫁になれるか、は殺し文句。
 ③スーパーフェリーの予約。旅客の予約の係りはアコードの料金は約12000ペソと言ったのに車両の係りは21000ペソという。1と2が逆でないのかと詰問すると秘書が係りが違うと言う。『お前に聞いているのではない。会社に訊いているのだ。同じ会社の従業員だろう。自分の言葉に責任を持て、だから後進国と言われるのだ。このクレームはお前の仕事だろう。9000ペソも違うのに黙っているのか。それともお前が払うのか』自分に非があるときは黙っている。この会社はフェリーに乗せてやるという感じだ。返す刀で『運転手の料金は車に含まれているのに1200ペソ返せ』と怒鳴りつける。850ペソ返ってくる。差額は?ペナルティー。ふざけるな、間違ったのはお前のほうだろう、二度足踏んだ車代2000ペソ支払え。謝らない、払わない、なら11000ペソ裁判所に訴える、そこで話をしよう。お待ちください、セール!裁判所で会おう、と背を向ける。* 事務所内の乗船客、警備員達あっけにとられている。

 この会社は、いや、ほとんどの会社が客を客とも思っていない。そのくせサーヴィスは悪い。荷物検査は3時間、奴隷の扱いだ。Xrayレントゲン、警察犬の麻薬チェック、マニラからセブへの国内移動なのだが。**出港8時間前には受付を済まさなくてはならないわけだ。待たすことも待たされることも平気なのだ。効率の良さ?この国は東アジア一貧しいと言われるが、100年経っても変わらないだろう。   ***民族の誇り、独立心はないのだ。

 *  その後も裁判はしないでくれとひつこく電話をかけてきた。
 ** ちなみに日本領事館はフェリーの利用を控えるように注意している。
    過積載による転覆事故が相次いでいるからだ。ろくな補償もしない。命あっ    てのものだね。
 *** 岸壁で6歳くらいの少年が警備員とやりあっている。親は?いない。乗船券    は?持っていない、20ペソあるからこれで。さすがに収賄しなかったが、少     年はこの厳重な警備の中をどうやってきたのか警備体制が問われそうだ。    荷物検査のあと乗船までの通路はフェンスすらない、共犯者がいれば荷物    の追加は無防備フリーパス。テロ対策という意識は感じられない。給料のた    め言われたとおりやっているだけ。それでいいのだ、俺たちは、、、。

【蛇足】
 ハーバード大学秘書科大学院の問題に、こんなのがあるそうだ。
ボスが永年の取引先の些細なミスを理由に取引を止める旨の通知を出すように秘書に命じた。秘書のとるべきは、
    1些細なミスで永年の取引先を失うのは考え物だとボスをいさめる。
    2通知を出さずにほって置く。
    3翌日通知書をボスに見せて本当に出してもいいかと確認する。
のいずれか。
 1は秘書の分際を超えている。2は業務違反。となると正解は3。ボスは感情に任せて取引を止めるのか、あるいは、かねてより止めるチャンスをじっと窺って待っていたのかも、、。秘書はボスの意を受けて行動しなくてはいけない。うちの秘書は100年たっても単位は取れまい。

他人の物は俺の物

 他人の物は俺の物

 借りる 預かるは貰うこと、心は?いずれも返さない。Because it said, I shall not retun! なぜならそれは帰ってはならないといったから。長期滞在型アパートの炊事婦の1000ペソ貸して来月返すから、に借用書を取って貸したが返さない。督促すると2000ペソあげるっていったじゃない、と訳の分からないことを言う。ああ、あの女、ジャパユキよ、3000ペソまでは返さなくていいと思っているみたいよと日本人の中年女性。ゴリラみたいな顔でホステスをやっていたようだ。日本の男からは借りるべし返済無用と心得ているようだ。何人の男から巻き上げているのだろう。
 その中年女性、あれには気をつけたほうがいいよ。わからない、警備員、マネージャー配当を出しているから下手すると殺されるわよ。ここでの嘱託殺人費用5万ぺソからと脅かされた。ちょうど1年になるわね、車椅子のお年寄りの息子さん白昼殺されたのよ、彼女そのショックで痴呆なったの。その事件は、邦人男性射殺されるの見出しで報じられていた。バイクで近づいた犯人はピストルを男性の頭に押し付けて狙撃。即死。現場は国道の大きな交差点。

 しばらくそこを通るたび事件と車椅子の老婆を思い出したものである。犯人は未だに逮捕されていない。この国は狂っているのだ。日本にいる男性の妻が愛人に保険金目的で殺害依頼あるいは共謀して、愛人がプロの殺し屋に依頼したとの見方が有力であるが真相は不明。

 CD、DVDちょっと貸してくれる、すぐ返すから。いいよ。借りるね。で、一月、二月経っても返さない。督促すると友達に貸したがまだ返してこない、は常套台詞。日本製は高く売り飛ばしたものと想像できる。又貸しは横領罪が成立するか微妙なところ。警察に訴えても盗られたのではないでしょ、よく話し合ってください、というのがオチ。この当たりの悪知恵だけは働く。不快なこと。諦めるしかない?海賊版が出回ると著作権のない国、もしそうなればと著作権者に対し道義的に申し訳なく思っている。どうして貸したの?(貸してしまったのだ、あなたならどうする、断れるか)もし返って来たら祝杯ものとは長期在住日本人の言。*
 こんな話もある。家畜の世話をさせてくれとの話に乗ると何がしかの日当を与えても家畜がいなくなったと言ってくる。どこへ行った(お前の腹の中か)。わからない。自分の家に連れ帰りすぐ処分(食)してしまう。証拠隠滅を図る。令状がないと家宅捜査はできない。住居侵入者は射殺していいそうだから諦める事になる。世話には管理も含まれると損害賠償を求めても日本人は金持ちなのだからそういう訴えを起こさない方がいいのでは、暗い夜道で撃ち殺されてもなんですからとなる。
 日本の男は女の涙に弱い。日本の女が泣き濡れているのは艶かしく男心をくすぐる。フィリピーナの涙は自分の欲求を満たさんがための常套手段なのだ。幼児の教育を観ているとすぐにわかる。泣きわめくのにすぐ欲求を満たしてやるか泣き止むまで待っている。三つ子の魂百まで、さすがに男は少ないが女は中年のおばんでも涙ながらに訴える。これにお人好しの日本人が引っ掛る。食うことに事欠く、娘の治療費がないから手術できない、等々をくどくど並べる。うんざりして何をして欲しいのかと尋ねると掛かってきたという眼になる。ここは文明社会ではないのだ。人間の誇り尊厳などはないのよ。ところが中国人、韓国人はあまり被害に遭わないそうだ。日本人がなめられるのは何故か、今後の研究課題にしておこう。

 * 人の好意を踏みにじられたことが許せない。日本からはるばる持ってきたもの   である。

  諦めきれずにいると近所のオバちゃんがDVDを取り返してくれた。朝早く女3人で押しかけると午後には友達から返してもらってバランガイに持ってゆくとの返事。また適当なことを言っていると思っていると昼にオバちゃん3人がDVDを届けてくれた。私たち男が半年かけても取り返せなかったものを7時間で解決したでしょ。晩飯に招待せねばなるまい。どうもこの国は女の方が強いようだ。どうしてその男はすんなり返したのか理解しづらいのだが、ともあれ祝杯。

 フィリピーナは他人の物は自分の物と考えるようだ。とくに一度関係ができると他人じゃないからと携帯でも道具でも何でも平気で使う。貸してと言うのはましな方である。しかも使ったら使いぱなし。元の場所に返せ!携帯など着信暦アドレスなどを覗いてはこれは誰かなど詮索してしてくる。プライバシーと怒鳴りたくなる。逆に一寸携帯を貸してくれというと今ロードー:前納料金がない、ないとか言って使わせない。他人のビール、ヴォッカなどは平気で飲むが、ワインを一口飲ませてというと、これは女の飲み物だから男は飲まないほうがよいとかなどと訳の解らない事を平気で言う。一宿一飯の恩義などはないのか。
 こんな調子だから軒先を貸して母屋を取られることも想像に難くない。しかし近所付き合いをするょうになると、やれ美味い芋が手に入った、故郷の貝を料理するとか、お相伴にあずかることになる。本当に美味い。食いっぷりでさらに盛り付けしてくれる。宴会は何時果てるともなく続く。かっての日本にもあった関係がある。このフィリピン人は信頼できるかどうかの判断はむずかしい。重心を片足に残して付き合ってゆくしかないだろう。めんどい国に来たものだ。

 隣のオジサンにラグーナベイ湖に誘われた。マリアマキリーンの頂がよく見える。心地よい風が湖畔を通り過ぎる。オジサンは顔が広くどこに行っても声がかかる。日本人を連れているので、あれはダチかと訊かれている。釣りをする者、魚を養殖をする者の間を進んでゆくと家族で潮干狩りと思いきや生計の一端であった。市場に持ってゆけばキロ50ペソにはなるらしい。秘書がやにわにズボンを手繰り貝を漁る。蜆とアサリの中間みたいなのをみせる。子供の顔だ。オジサンも付き合う。じっとみていると一緒に拾えと秘書が言う。しょうがないなと湖に腰をかがめる。結構重労働だ。年端もいかない娘と弟も懸命に貝を拾う。家族が一つの仕事を共同してすることは日本では少なくなった。家は苫やというより終戦直後の日本のトタン屋根のバラック。
 やがてビニール袋ここではプラスチックというが袋がブソッグ満腹だというと大笑いされた。長男が袋に貝を入れ足してくれる。さらに娘が苦労して集めた貝も惜しげもなく。恐縮する。父親が貝の煮汁をすすめてくれた。この湖は生活排水が流入するので少し躊躇ったが食ってみる。砂が多いが結構いける。汁が美味い。食料であり商品でもある貝を他人に与えるフィリピン人もいる。商業資本に毒されていないこの種の人間は他人に惜しげもなく与える。酒でも魚でも野菜でも。俺の物はみんなの物、原始共産主義か。私有財産の過度の蓄積は人の心をうしなわさせるのか。金とは何かと考えてしまう。

  身体能力世界チャンピオン

 ボクシング世界チャンピオンManny Pacqiaoは国民的英雄だ。一度リングを観たが、フィリピン人の身体能力のとりわけ距離感を示すものだ。自分はあまりパンチを食わないが相手にはあてて行く。秘書は一緒に歩いていても障害物を難なくクリアーしてゆく。犬の糞、アナポコ、道路に打ち込まれた五寸釘、迫出している屋根(俺一度頭をぶつけた)などなど。人混みの市場に車を乗り入れる運転手。左右10cm前後50cm上下30cmくらいは瞬時に判断してゆく。はらはらどきどき。買い物をぶら下げた通行人も何気なくやり過ごす。よく事故らないな。ついでに平衡感覚も。頭に籠を載せた行商の女が両手に荷物を下げてやってくる。どうやってバランスをとるのだ。籠の重さは5kgを越えるそうだ。

 アクロバットが掛かった、戦後の日本でもよくサーカスが来たのに似ている。バランガイホールの入口で100ペソの木戸銭を払うと腕に領収インをペタンと押す。1000人ぐらいの入場者、女子供が多いが数少ない娯楽なのであろう。さて出し物は人間ピラミッド、曲乗り、綱渡り、自転車一輪車、と似たようなものであるが、その身体能力は素晴らしい。20才ぐらいの男が10人ぐらい、コンクリートの上で入れ替わり演技する。マットもない。保険はかけているのか。オリンピックメダリストのレベルだ。エンター性は高いが洗練されていない。給料を弾んでやれば世界的に洗練されてこよう。オリンピック出場はこの国が経済成長するまで、当分先のことだが、スポンサーがつけば床運動、鞍馬、吊り輪で入賞するだろう。
 国道でも車間距離が1mもあろうものなら平気で割り込む。左折するときは斜めにショートカット(ここは右側通行)。慢性的渋滞、マナーの良さ(ここでは交通法規は警官が取締るためのもの)のなかで意外に事故が少ない。日本なら事故らないのが不思議なくらい。運転は無謀、凶暴、傍若無人、なのに何故か。それは優れた身体能力、距離感、動体視力によると俺は結論付ける。大工の釘打ちは見事だった。天井に向かって金槌を順手逆手を交互に使って釘を打ってゆく。リズムは一定。ダンス感覚か。不自然な姿勢にあまりストレスを感じないのか。つまり鈍感なのか。軽自動車に13人が乗っていて衝突したがケガ人はなかったとのニュースに、俺にはどうやって13人が乗っていたのかのほうが不思議。因みにVハイアーと呼ばれる乗り合いタクシーは日本製の8人乗りのバンが多いが乗客18人に運転手車掌を含めると20人乗りとなる。押寿司詰めである。

  * 車が普及し出したのはここ10年ぐらいとか、それにしても神風運転の比では    ない。30年前の日本の渋滞など上品なものである。ここではA級かB級ライ    センスを持つほどの運転能力が求められる。もしくは衝突を恐れぬ無鉄砲さ   が。
 ** 信号が黄色になると、やがて青に変わる。日本の固定観念からすると奇異    である。これに捕らわれずに行動することは簡単ではない、几帳面な人間ほ   ど。

 肉体的精神的苦痛に対して鈍感なのではないか?これは民族の根源的イメージの違いである。日本人がフィリピン人と付き合う上で大きな障害となる。別のところで文化比較をしてみたいと思っているが、たとえば、生活空間整理整頓されていることを快適と感じるかどうか。使ったら使いっ放し、次回使うとき探さなくてはならない。どこにでも物を置く、置かれたものを使うために物をドカサなくてはならないのだ。通路を塞ぐ、手元に物をおく、馬鹿。いいじゃない、今がよければ。明日のことを想い煩うことなかれ、アーメン。整然とした、いう概念そのものがないのだ。幾何学模様、左右対称、水平垂直という言葉があるのか。土人から蛮人に評価を落す。コンチクショウ。

 * ぎゅう詰め状態、クッションのない座席、振動を伴う騒音、長い待たされ、
   悪臭、でこぼこ道、水溜り、ゴミ、糞、などなど枚挙に暇がない。外国人には    苦痛である。昭和20年代それ以前の日本がまだマシ。

 ボクシングは距離感のゲ-ムであろう。攻防とも相手との距離を測ることが95%以上でないか。勝手な想像だがまずパンチを食らうことはなく、カウンター攻撃ができる、強力なパンチはなくともジャブの数で十分。後はスタミナか。本格的ジムができれば世界チャンピオンの最大産出国になるかも。ただしチ-ムプレーは無理だろう。複雑なフォーメーションを理解して行動に移せるかは疑問である。根性と根気があるかどうか。

 * 小学校6年生の女の子がビンを1本2本と数えている。6本入りケース3箱。    18だろと言うとエット驚く。6×3は、というソウカとうなづく。クラスでトップと酒   屋の自慢の娘。 成人でも掛け算ができないのはめずらしくない。
 知的レベルは推して知るべし、もともと 考 えるの苦手 なのだ。囲碁、将棋といった複雑なゲームは普及しないだろう。 しかし神経衰弱は得手でないか、バスの車掌はどの客がどこから乗ったか、釣銭はたまったら、 あの客この客にいくら払わないけないかなどよく記憶している。とすれば物を持たなかったから数える必要があまりなかったのかもしれない。

 ライターかマッチか---粗悪品売りつけ

 禁煙しようと思うのだができない。ここではタバコが安い。マイルドセブンが50から85、マールボロー40、フォーチュン15ペソ。勿論イミテーションであろうがmade in tokyo,made in USAと銘打っている。で、たばこの量が多くなる。ライターの使用頻度も高くなる。このライター粗悪品が多いので腹が立つ。見てくれは100円ライターと変わらないが値段は10ペソ。火力調整レバーが機能しないのがあって身の危険を感じることすらある。着火率70%以下、寿命1月、ひどいのは3日。マッチがまし。日本製は半年から1年はもつ。着火の感触、心地よさは比較にならない。   デュポンのライターなどの高級ライターはこの国へは持ち込めないがフィリピン人が見たら目を回すであろう。喫煙が侘びしくなる。ほとんどが中国製。

  注:タバコが安いとうまい=品質=効用は別。安かろう悪かろうはすべてに
    通ず。低賃金低能力、低価格低満足。たばこをやめたらいいのだが。
    煩悩は絶ちがたし。

 よく粗悪品を販売するな、と怒鳴りたくなる。日本の不良品の方が数段上である。ここでも日本製優秀、中国製粗悪との評価は定着しているが、いかんせん日本製は高価である。中国製でも用は足せる。飯を『旅にしあらば草の葉に盛る』と嘆いた日本の皇子の心境はそれが常態の比島人に理解できまい。
 日本人には腹立たしい粗悪品を売ってやっているとの態度。中国人が厚かましいのか、フィリピン人が我慢強いのか。欠陥品を売ることは恥と思わないのか。貴殿が欲したから売ったのだ。債務の本旨、製造物責任など概念すらない。香港経由成田行きに乗ったら香港で乗り換え時間がない。同じ航空会社の便である。『売った会社が悪いのか、買った私が馬鹿なのか』、(新東京ブルース)。厚顔無恥の商法政治が世界の主流であることが現実であることを認識すべきである。『世のため人のため』などは品格のある国での話であるのだ。そうなのだ。

 フィリピン人はマッチを使うことが多い。1箱4ペソで50本入り安全有利だが両手を使わなくてはならないが、販売されていることが驚きである。日本では100円ライターがマッチ工場を閉鎖に追い込んだがここではマッチは健在である。もし日本製が普及すればマッチはどうなるだろうか。関税がかかるから60ペソぐらいか。しかし使い心地寿命を考えるとやがて同じ運命を辿るであろう。
 そこで日本からライターを数個持ち込もうと考えるのは無理もない。ところが出国審査で没収されてしまう。『日本製のライターでなくてはタバコが美味くない』『お気持ちはわかりますが、原則禁止なのです。お持ち込みたいのを1個だけ選んでください』だって。日本製のグラスを秘書が壊した。どうしたと訊くときれいにしようとゴシゴシ洗ったら砕けたという。薄くて美しいカッティング、持った感触が気に入っていた。たかが酒を飲むのに何ゆえ高いグラスを用いなくてはならないのか、フィリピン人には理解できない。粗悪品すら買うのが容易でないのだから骨董品などみかけたことがない。したがってものを大切に扱う習慣もない。
 家宝の品などないから番町更屋敷など理解できまい。民族文化の、発展段階の差では片付けられない。究極の快適さを求める日本人にはカルチャーショックが大きすぎる。人は生まれながらして平等ではないのである。


 それにしてもスペインは300年にわたって搾りに搾ったものだ。搾取とはものだけでなく、人間の心、人間性まで及んでいる。ここに限らずスペイン植民地だった国は悲惨な歴史をたどり、21世紀の今日も貧困に喘いでいる。もし日本がキリスト教を禁止しなかったら、富国強兵を国是としなかったら、『一度も植民地にならなかった日本』は出版されていただろうか。搾取して本国に送るというシノギはやくざやマフィヤでもこれほどエゲツナイことはしなかった程のものであろう。植民地政策はマゼランに始まるといわれるが、彼の終焉の地に立った今、そのすざましさに身の毛がよだつ。

この写真の垂れ幕10m30mはあろうか、毎年4月にラプラプシュラインに架けられている。十字架をかざした宣教師は尖兵であろう。アジアで唯一のキリスト教国と言われるがフィリピン人の歴史認識、神経がわからない。『貧しき者は幸いである、天国は汝のものなればなり』とは洗脳剤、麻薬モルヒネでないか。秀吉、家康のバテレン追放は国益を守ったと言えよう。

 Private should have priority over Public ? 私有は公共に優先

  私権は公共の福祉にのみ従うとは、日本人ならいわば常識となっているが、ここでは公共という概念が希薄である、それは砂漠に泉を求めるが如し。そもそもこの国家は搾取機関道具でであって公務員はその雇われ人。公共物が少ない。公衆便所、駐車場は見つけるのが難しいこと、また、病院学校も公立は庶民向け私立は金持ち向けということ、などは腹が立つ、日本は逆と言うと驚く。個人資本も社会資本が充実しておればこそ価値が倍増する。江戸時代の学者が『庶民といえども昔の貴族以上の生活をしている』と言ったそうだが何時の世にも当てはまる名言であろう。平均的日本人はフィリピン財閥よりも数倍上の生活をしていると言えよう。

 社会資本の立ち遅れは効率の悪さにも現れてくる。端的な例が予約だ。航空便一つを取ってみてもネットでは予約状況がはっきりしないから支店か代理店に出向かなくてはならない、となると一日仕事となる。往復3時間、予約確認に2時間、昼飯が高くつく。それでも予約受付票が出ない。明日自宅まで持参するといっているがどうだか。代金は前払いである。不安になる。結果、予定が立たない。万事こんな調子だから日本の10以上かかる。社会、国家全体で比較するとスケールアウトしてしまう。浦島伝説はフィリピンに漂着した日本人が歳月を経て帰国すると元いた家もなくなっていたという史実があったのではないかと想像してしまうのだ。

 さて、所有権は神聖にして犯すべからず、は絶対王政に対するスローガンであった。マルクス思想に被れた連中が所有権を目の仇にした時代があった。学生時代、所有権はeigentum 本来的権利である。動物でさえ己の肉体と欲求を所有しているのであるからごく当たり前のことである、と言ったら袋叩きにあったことがある。
 大学1年の寮総会ことだ。お前は資本主義を是認するのか。それを資本主義というのならそういうことになりますね。お前はブルジョアか。それは金持ちという意味ですか、市民という意味ですか。ん、。資本主義と言っても絶対王政に対しては市民労働者共闘革新勢力の共通スローガンだったのではないですか。18世紀の古い思想を未だに振りかざすのはおかしい。3年生に向かって何という口をきく、敬意を払え。ここは寮総会の場、寮規約にはそのような規定はない。生意気だ、鉄拳制裁を緊急動議として提案する。この寮の自治とは旧日本軍国の新兵いじめを真似ているのですか。暴力も是認されることがある、昔一校の寮には鉄拳制裁があった。久米正雄の受験生の手記に同様の記述がありました。それには制裁理由を『酒に酔ってガラス窓を壊したことではない、一校生たるもの女に振られることあるまじき』とありましたが別の話ですか。
 4年生が見かねて発言する。上級生故に敬意を払うべきというのはどうかな、僕は一年上の上級生がこんなに学問をしているのかと驚いた。先輩、1年したら先輩みたいになれますかと聞くと1年先に入学しただけさ、一緒に勉強しよう同窓生じゃないかと言ってくれた。僕は彼の学問の深さにその人柄に敬意を抱いたのだが皆はどうだろうか。

 社会福祉の充実は日本では当たり前だが、アメリカ合州国では社会主義と非難される。ところ変わればなんとやら、個人と社会との調和が大切だがその物差しが国によってことなるから言うは易し行うは難し。ここではこれからの課題といったところか。

 Maquilin は1333mの山で毎日仰ぎ見る。ここでは乾季には雲がなくその全貌を現す。フィリピンでも指折りの活火山なのだそうだ。それはMaria Maquilinの伝説によるらしい。美しく優しい妖精マリアは人間の男と恋に落ちやがて裏切られて人間嫌いになったという。今もこの山に一人さびしく住んでいるそうだ。国民的英雄ホセリサールもこれを小説に取り上げている。
 山のあなたの空とおく幸い住むと人の言う、と一度頂上を目指したいと思ったのだが、とてもじゃないそうだ。現地人の脚でも8時間はかかるし、大蛇毒蛇が原生林のなかに潜んでいると言われると足がすくむ。5km程のところにある滝を観に行こうと誘われたのでこれで我慢する。当日は総勢11人飯と山菜、豚、鶏、ビール、ラム酒を抱えて行く。車を降りて徒歩5分というが15分はかかった。ここでは時間は無限大と考えるのか、だいたい3倍から5倍と考えていたら腹も立たない。両側は切り立った岸壁だ。滝の近くで入場料を払う。一人20ペソ。俺は200ペソを出す。一人ぐらいはまけておけと思うのだが日本人は値切らないと思っているようだ。隣のオジサンが『お前は家に帰るのか』と冗談を飛ばす。ここでは招待された者が全部持つ、とくに日本人の場合は。全部といっても1000ペソぐらいだが。当然とされるのは未だに納得はしていない。
 フィリピンではめずらしい清流だ。滝は100m位落ちてくる。雨季に入れば雪崩落ちることだろう。家族連れで賑わっている。これが庶民にはささやかな楽しみなのだ。日本人がめずらしいのか何やら話しかけてくる。デジカメを向けるとブランディのお返しがきた。日本の下町の人情と変わらない。ここで山下将軍が金を発掘したらしいが真偽の穂は定かでない。

 それにしても滝を個人が所有理するというのは日本人には奇異に映る。千以上あるリゾート温泉Hot springもほとんどがプライヴェートである。パブリックは数えるほど。道路も国道市道以外は私道で面積比で全体の8割を超えるのではないか。しかも道路に側溝があるのを見たことがない。その理由を次のように考えることができるだろう。
 ①道路は1mぐらい盛土*してその上を舗装する。どうして?冠水したら困るでしょう。排水は?自然排水よ。雨水は両脇に流れる。水は低きに流れる。住宅は入り口の壁を50cmほど高くして浸水を防いでいる。床と地面は同じ高さだから出入りはこの隔壁を跨ぐことになる。日本の道路は住宅地より50cmほど低いので雨水は道路に流れる。したがって側溝が必要となる。また河川への貯水槽、浄化槽、排水ポンプも必要となる。そんなことするから地価が高くなるのよ。
 ②道路は車が走るところでしょ。道理で歩道がないのだ。人や馬に道路がいるの?え、どうやって通るの?歩きやすいところを通ればいいでしょ。禅問答のようだが、交差点付近の空き地には獣道ならぬ『ひとみち』ができている。ショートカット。三角形の二辺の和は他の一辺より大きいでしょ。イギョウ地袋地に家が建っている。国道。市道からは他人の土地を歩いてゆく。日本の地役権に相当するものはないが、慣習的に認められているとか。庶民が土地を所有することは最近の話。高級分譲地は公道からのアクセス道路があり、中も区画道路がある。たいてい公道よりもりっぱ。だって金かけたもの。
以上の次第で側溝がないわけお分かりいただけたでしょうか。ガッテン?。 

 そもそも税金とは何だと聞くと。役人の収入だって。なるほど。学生時代財政の教官が根拠を日本国憲法および税法と説明した。それも学生が公共事業に根拠を求めたのに対する批判としてであった。以来この財政学の講義は出ないことにした。法律に根拠を求めるのは王権神授説の類である。理由にならないのだ。
 周囲26kmのマクタン島は空港があって税収(国際線750国内線200ペソ、消費税12%これは3000以上の買物)は多いはずだが市道は雨の度に川になる。市道は幅6m総延長距離10km程度である。せめて舗装排水ぐらいは整備してもらいたいものだ。公共の概念がなければ社会資本が充実するはずがない。復興とは文明のない民族には無縁である。この国は発展が遅れているだけなのか、遅れ続けてゆくのか、どうなんでしょう。

  *  基本的に開発不可。あるがままに。ゴルフの精神。水平出し、盛土、
   土留め、よくない。切り土OK。自然のままに。形質区画変更だめ。スミだし?   何それ?スロープ問題なーい。集約的土地利用は日本に極まるか。

水はけの良さはここからくるのであろう。道路は冠水後一週間は水が溜まっている。車は泥水を跳ね上げ、人は水溜りを渡ってゆく。国道市道にしてこれ。風呂場、駐車場、運動場等の水はけは工事完成検査は済ませたのか、この水溜りが気にならないのか、機会があれば訊いてみたい。

 小学生5年生、高校(日本の中学)3年生に円を書かせてみた。コンパスを使ったことがないようだ。円周を6等分しろというと笑っているだけ。半径で切ってゆくと正三角が6つできるだろう?どうも理解できないようだ。直線を2等分することなど考えたことないらしい。重心、円周率など頭が痛くなるのではないか。大学生は成人はどうか?掛け算の九九ができないほうが多いようだ。そんなずかしい計算は必要ないのか能力がないのか気になる。読み書きソロバンは1割以下か?

 
 Maquilinの麓にそびえるロックポイント、二つの岩は山を切り取った名残とか。かつての山の稜線を想像できる。山と岩との空間は射撃場として使われている。手前は未利用地で草が茂る。開発目的がよくわからない。


 海岸も然り。海水浴客の多くは外国人、庶民には50ペソの入場料が払えないのだ。景観のいいエリアはホテルが買い占めている。貧しい国ほど貧富の差が大きい。これが日本であればと考えてしまう。自由に泳ぐこともできないのが植民地である。マッキリン山もほとんどがフィリピン大学のロスバニョス校のキャンパス含まれるそうだ。国立大学なのに庶民は自由に出入りできない。
 なんでやろ、国有財産が他国より天文学的に少ないのではないだろうか。スペインのアヤラは22歳にしてマカティの開発で大儲けをしたそうだが、その一族の屋敷は大学ゴルフ場などがある広大なものという。つまりパブリックとは庶民が自由に使える極々わずかな場所なのだ。10%足らずの富裕層が富の90%を保有する国なのだ。残り10%の半分、国自治体が等が専有する以外の場所がパブリック公共の空間と考えてよさそうだ。自由の地はごく限られている。不自由には慣れている。

  * フィリピン人は人前を平気で通る。道を譲らない、もっとも避けるけれど、
   ぶつかっても知らん顔。人が話していても思ったことをそのまま口にする。
   ジプニーなどに乗ると身体を押し合いへし合い、これは苦痛。闘鶏見物では    身体を押し付け、肩に手を置いてくる、気持が悪い。

 植民地とは『本国に対して政治的従属関係にある地域』とすればスペインの植民地政策のすさまじさが思い知れよう。その管理上、ごく一部に公共性を持たせたと思われる。役所、教会、市場、道路など。今は独立国でありながら実質的には他国スペインUSA中国の政治的経済的支配の下におかれた半植民地と考えていいだろう。これらの国以外、つまり日本、台湾、シンガポールなどからカモルよろしい、ということか。

 他人の敷地に無断で立ち入ると撃ち殺されても文句は言えないそうだ。日本人は注意すべきである。銃は自衛上簡単に手に入れ使うことができる。商談のもつれから殺されても文句のつけようがない、他人の家を訪れるときは相手を確認したほうがいい。私が公に優先するということは、公がお粗末ということ。社会整備の立ち遅れた国の富豪といっても生活の快適さは日本の平均の比ではない。広大な敷地と贅を尽くした屋敷内では日本の平均を上回るかもしれないが。

 お粗末な道具を使いこなす

 お粗末な道具を使いこなす

 日本の職人は道具にこだわる。日々の手入れを怠らない。これが世界に冠たる品質を生み出してきた。日本製品といえば車、デジカメ、液晶テレビなどが思い浮かぶがその技術技能は日本刀に象徴されるのではないだろうか。切れ味、強度、美しさ一振り数百万とも。秘書がこれをサムライという。その理由をたずねると祖父が日本人からもらったという。そうだとすれば日本人の最大級の感謝の印だと説明したが武士の魂とか精神的な話には興味を示さない。ただ良く切れるという。

  日本から持ってきた目覚まし時計は日本時間を正確に表示する(時差一時間)。朝7時、アサドラは始まっているのだ。ワンセグのテレビを観るのは大変なのだが後日にしよう。パソコンの情報送信速度が日本の100分の1以下とか。この国では数分は30分、昼からは夕方までを指す。明日とはいつの明日か、来週か、来月か、来年か? さすがに嫌味は理解できるらしい、フィリピン時間の明日は明日以降不確定なのよ。約束の時間を守ることはきわめてめずらしい。腹をたてるなといわれても。
 遅れても謝らない。経済発展は望むべくもない。交通手段、事情を考えると時間厳守はいうだけ無駄。 さて日本製目覚ましは九州から発せられた電波を遠い異国でキャッチしているようだ。3000kmは離れている。よくわからないが近くに空港があるので発着の飛行機が 電波を地上に反射しているのではないかと想像している。この国の時計が正確なのは少ない。日本との交信には日本時間が必要。11時は日本では昼休み、4時だと日本の役所、事務所は閉まっている。

 ここフィリピンの刀はぶった切るもので刃など気にしない。それもそのはず、バナナ、ココナツなど成長が早い分〝さくい″からそれでいいのだ。風雪に耐えた堅い木は無い。日本刀のニーズはない。切れる男もいない。オーバースペック、ぜいたく品は要らないのだ。わかった、その刀はさっき草を刈ったものだろう。それでココナツも切るのか。大丈夫です、豚も鶏も切れますよ。ああそうですかというしかない。試しに使ってみた。切る感じがしない、手が痛くなってすぐ止めた。秘書は男のくせに力が無いのねという顔。包丁も然り。魚も野菜も果物も同じ包丁を使う。食う身になってみろ、食えるか。何の問題もありません。話しても無駄だ。新しい包丁と砥石を買う。それに栓抜きだ。どうしてそんなものを買うのですかと秘書。うるさい。帰るとすぐ台所へ。まずナイフフォーク箸と包丁栓抜きとの区分け。使ったら元に返すこと。包丁は魚肉用と野菜果物用と区別して使うこと。わかったか。
 わかりました。復唱。私を信用できないのですか。復唱しろといった、言ったことができなければ首だ。ブーっとふくれる。そもそも、己の肉体以外の物を所有したことがないのに、分類区分けとか整理整頓とか急に言われても、私は未経験なのと秘書の顔。その躾がいかに困難ことか。

 包丁を砥いだ後外に出て刀を砥ぐ。隣のオジサンがやってきて砥石はいくらするのかときく。これはいつでも貸してやるというと刀を持って来て砥ぎ始める。やはり男だ。奥さんもじっと見ている。秘書と話している。俺がオジサンの砥ぎ方をチェック。大きい葉っぱを切ってみる。奥さんが驚く。包丁を砥ぎ始める。葉っぱの試し切りが上手く行かない。俺が切って見せる。押してはだめ、当てて引く。感嘆する。
 切れ味の概念を持たない者に言葉は無力、やって見せること。秘書も包丁が使いやすくなったという。体験させねば解らない。アホかと思っても口にはしない。逆にあんな包丁を良く使いこなすなと感心する。品質にこだわるか用が足せればよしとするか文化の相違。缶きりなど使ったことがない、包丁で器用に開けるのだ。

 道具がお粗末なだけでなく構築物も不安定で危ない。防護がない。これで事故が少ないのは身体能力に優れるからであろう。これは生活、社会、国家をそのまま表している感じだ。外国人居住者には苦痛である。不快適さは先進国の数百倍数千倍以上、いや比較にならないか。国力も同様。しかし、動物的に暮らすなら先進国の過剰な快適さは不要かもしれない。
 それ故に人口密度は日本並み、ソクソクが好きだから貧乏人の子沢山とか。日本の建設会社に勤めていたフィリピン人、敷地は3000㎡以上だがその家は81㎡、7人家族だから十分だそうだ。奥さんは4人目の子供を宿していたから夫婦生活にも支障はない、高級住宅と言えそうだ。

八角形の建物。壁はブロックにペンキを塗るだけ、支柱は八隅の鉄筋これでもつのか。敷地300㎡位で240万円建築面積一辺4.8mで約200㎡800万円とか、材質人件費内外装インフラなどを考えると安くない。積算見積を見てみたい。

 ビールといえば栓抜きも持って来い、バーカ、どうやって開けるのだ。秘書に怒鳴りつけるとビンに噛み付いてポンと開ける。声もでない。するめを焼いてマヨネーズをかける。教育効果だ。時間がかかる。ビールを飲んで落ち着くと秘書に話しかける。フィリピン人が歯抜けが多いのは歯で栓を抜くからか。わかりません。お前歯は磨いているのか、食後に。気持ち悪いし、あぶないだろう。俺が文句を言っていることは察しているようだ。そこへ隣の夫婦がガビ:サトイモのココナツ煮を持ってきてくれた。秘書がビールの小瓶を2本テーブルに置く。栓抜きを取りに行く秘書にOKと栓と栓を合わせてポンとあける。
 日本人には器用な者しかできない。奥さんが日本人は下品な開け方は好まないと窘められる。次のビンはどう開けるのか?別のビンで開ければいい。なるほどね、感心する俺を見て秘書と奥さんが大笑い。オジサンはキョトン、食事だ。masalap 美味いno problem 問題ないhappy楽しいと食い始める。We are friends.うぃ あーる ぷれんづと発音する(fはないのか、Pになる、コピー、ペンス、パンクションわかる答えは写真のしたに*)。飲んで食って幸せならば他の事は問題ないという哲学だ。庶民の脚シカット、電線、道路の縁、ゴミふくろもみてほしい。社会資本は先進国の何百万分の一であろうか。*coffee fence funtion

 ヴィサヤ語でsikadシカットと呼ばれる自転車。自転車の横にリアーカーをくっ付けたもの。タガログ語ではパジャック。サイドカーの自転車版。エコカーのお手本。ブレーキ、ランプ、荷台、泥除けなし、と判断したが事実認定の誤りと反論された。順に検討する。
 ①ブレーキ リムもバンドもない。どれ?ここ。よく看ると車輪に古タイヤがかぶせてある。これは泥除け兼ブレーキ。うそ。本当。後部のこの古タイヤを足で押すと制動がよく効く。
おそれ いりました。ペダルから古タイヤまで50cmはあろうか。長い下りがなけれ ばいいが。運動能力と忍耐力を要す。
 ②ランプはなくても見えるから問題ない。車からシカットが見ずらい。運転手の目が悪いのだ。夜間に無灯。車泣かせ。歩行者泣かせ。
 ③荷台は板切れコンパネは上等、で十分。ハンドルとサドルに押し込むと子供なら二人は、後部は大人二人は乗れるとか。定員3人に
   5人乗りは当たり前、あなおそろしや。
通勤通学買い物に重宝されている。1km以内は5ペソ。狭い痛い怖い、贅沢言わないの5ペソ10円なんだから。市場には買い物客待ち50m、50台以上。行きは歩き、帰りはシカット(荷物を持って熱い日射しの歩けたものではない、数十キロとなると死の行軍とは言えてる)、これ庶民の常識。通学に家族の付き添い当たり前、いけないときはシカットに乗せる。安心。誘拐、レイプなど親の不安が影を落とすのか。

車輪の上の古タイヤがブレーキ、足を後に延ばして踏むのはかなりの技能を要する。
 生活品はほぼ完備されている日本、しかしそれは必ずしも幸せとは言い切れまい。戦後豊かな物資を得たが家族の絆を失ったのではないか。家族で力を合わせて働く生活に本来の幸せがあるように思える。酪農、工業、林業など家族労働で成り立つ生産形態が理想であろう。家族労働の体験を持たない民族はやがて滅びてゆくのではないかと言えば考え過ぎと言われるかも知れないが、日本の子供には必要な体験であろう。
 ここでは突然電気が消える。終戦後の日本だ。停電はショッチュウ。原因の第1位が電線泥棒とか。警察は何をしている。検挙率は低い。警察白書があるのか知らないが。そのくせ、支払いが遅れると1日200ペソ位のペナルティーを取る。停電による損害5万ペソ支払え。???サーヴィスが悪いくせに一丁前の口きくな!あの日本人何を怒っている。日本では災害でもないかかぎり停電はないそうよ。
 台風がくると電気が2週間止まったそうだ。どうやって生活する。秘書が懐中電灯を点ける。ここの電池寿命は日本の10分の1.明るすぎる照明の中に生きている日本人の眼は暗闇で見えない。秘書が怖いという。隣の奥さんは食用油をコップに入れ布切れを詰め込んで火をつける。キャンドルだ。生活の智恵か。セールOK?OK OK。おしゃべりしていると気が紛れる。さらに水を加える。明るくなる。水と油はここでは相性がいいのかも。炎は人類が火を手にした昔を思い起こさせる。

  肌の色

  色白のもち肌が最高と言うのは日本人の偏見ではないか。色白は七難かくすとも、これらに異議を唱えるつもりはないが、色が黒いのはどうもという向きへの反論である。色は黒いが南洋じゃ美人、とは色黒だけで〝一ハン″one rank落ちという前提である。miss universeに黒人が選ばれる時代である。価値観も白色一辺倒から有色に広がりを見せている。余談ながら緯度半分日差し4倍、お肌の注意忘れずに。日焼け止はもちろん、直射日光を避けるが肝心。
 そもそも肌とは皮膚の美しさをいうのであって、色は重要な要素ではない。これに異論を唱えるものはあるまい。色は単にメラニン色素の多寡である。白人に美人が多いと言うのも好みが入っていて統計的裏づけは疑わしい。それはさて置き、肌の色、すなわちメラニン色素の多寡を考察して行こう。

 今を去ること30万年。アフリカ大陸に人類が誕生、されど牙なし、爪なし、力なし。肉食獣のカッコウの獲物になって食われるもの数知れず。しかして安住の地を求めて流浪の旅に出る。北へ南へ、東に西に、流浪の旅を続ける。1万年後には東南アジアに、2万年後には南アメリカアルゼンチンに到達せり。されど北志向の連中はアルプス山脈で足踏みすること4万年。こは何やらむ。
 Vitamin Dを摂取するため日光を吸収するにはメラニン色素を減らすのみ、なにしろ当時の欧州は日照不足食料不足の寒冷地であったのだ。この体質改善に4万年を要した。その結果色白の美女が現れた。それはいいことなのだが、紫外線に弱い体質となった。生物学的にみると割があわない結果である。せむしが多い、サングラスが必要、オーストラリア人に皮膚がんが多い等々、欧米人は劣勢遺伝子を持った民族である。数万年後には地上から消えているだろう。白人の美女を愛でることは今のうちだ。講釈師見てきたような、なんとやら。

 地球規模で生物学的に肌を考察するとき色白は価値はない。とは言ううものの真っ黒というのは抵抗がある。小麦色を善しとすべきか。ここフィリピンにもアフリカ人と遜色のない黒肌がいる。外国人との混血がなかったのであろう。もう一つの理由として入浴の習慣がないので垢が溜まっているためとする説がある。新陳代謝が盛んになるのか垢がよれる。皮膚が落ちるときかゆい。掻いてしまう。この説は疎信し難いが次の事実を指摘して色談義を一先ず終えよう。
①筆者の秘書は南方出身の純粋フィリピーナで色黒だが、以前は水浴びだけだったのが毎日シャワーを浴びて石鹸を使うのでここ2年で黒さがかなり減少してきた。
②筆者の垢は日本では白かったがフィリピンでは黒くなってきた、かゆみを伴う。とくに爪の垢は子供のようにまっ黒。また量も数倍になった。

 カラオケとクーラー

 カラオケのうるさいこと。ボリュームを一杯に上げ怒鳴り上げる。なんだこれは、騒音の域を超えている。振動だ。耳が痛い、脳がしびれる。日本人には拷問だ。傷害罪で告訴したいが殺されては割が合わないので我慢する。ピアノ殺人事件とえらい差だ。こんな野蛮な地によく来たものだ。多くの在住在留日本人の思いであろう。
 日本に帰国した際健康診断で少し難聴と診断された。耳には自信があったのにショック。眼、歯、脚と弱ってゆくところが、耳からとは。耳は一番最後じゃないのか。大抵の国ではね。クラシックコンサートなどめったにない。2時間近くおとなしく耳を傾けるなど彼らには苦痛に違いない。損害賠償、請求しても無駄、金取れる訳はない。そうね、大分分かってきたじゃない。ここは年寄に難聴者が多いでしょう。言えてる、声をかけられると一瞬怒ったかのように腕を振り上げて、おもむろに手を耳にかざす。それは声をかけられることがなくなって久しいから驚いているのよ。

 オンチな奴ほど狂ったように叫び続ける。何時果てるともわからぬ音の銃弾は四方に放たれる。それも朝まで。かなりの素養のある人間でもテレビ、ラジオなど馬鹿でかくかける。やはり、音に対する民族の根源的イメージの相違としかいいようがない。声の美しさとか音程なぞはお構いなしに叫んでいるのに拍手が起こる。カラオケは聴くものではなく酔うものなのだ。ドラッグをやってマイクを握る狂人に言葉がない。特に温泉地では歌と酒に酔いしれてプールに飛び込む。歓声を上げる。欧米人日本人には蛮人に映るのも無理からぬところだ。『フィリピンでは騒音と蟻からは逃れられない』とは言い得て妙である。蟻については別のところで述べるが、痛さ、ひつこさ、日本の比ではない。尿が尿酸に変化する原因にストレスがあげられるが、この国に住む多くの外国人が痛風、尿路結石に悩まされていることからもこれは疫学的事実と言えよう。

  * カラオケは一週間のレンタルがほとんど。期間中はガンガン使わなくちゃといったところか。スピーカーの箱はコンパネ、ギターに用いられるマホガニを使えばいい音がするだろうに、ここでは音の大きさが大切なのだ。

 ところがフィリピン人にはこれがHappy幸せなのだ。友人が顔を見せると招き入れて飲み食い歌い踊る。これが人生かも知れない。キツイ仕事安いサラリ-他に楽しみや有らん。とすれば植民地経営者にとってこれ程優れた従順な安い労働者があろうか。ちなみに大企業は外国資本経営に牛耳られていてフィリピン人資本経営の企業は聞かない。彼らは諦めているのか。明治政府が富国強兵を国策とし欧米に習って植民地主義に乗り出したのとえらい違いだ、もっとも収支決算はえらい持ち出しであったようだが。同じ島国でもイギリスは富は限りなく奪うものと七つの海を支配し、こちらは大黒字、方や日本は技術立国を国是に世界第二の経済大国となった、フィリピンはどうか。まず、無理であろう。その理由は切がないが何よりも基本的国策がないこと、指導者に service for others 稲藁の炎のような人物がいないのが最大であろう。ここにも植民地政策の影を見る気がする。

 さて静寂に安らぎを感じる日本人の俺がこの凄まじい騒音に苦情を言わないのは友人たちが50度の温泉リゾートの管理人をしているからだ。湯本のMariaMaquilin山は活火山。サラリー5000ペソ、住み込みだからいい稼ぎのほうらしい。それでも多くは地方からの出稼ぎで何年も故郷に帰っていないそうだ。部屋付きプール有りのリソーとは貸切が多く家族、コンパなどに使われる。半日12時間で5000から7000が相場、つまりサラリー1月分だ。ゲストの多くはマニラから車でやってくる。ここでも貧富の差を見るのである。

 次にエアコン=クーラー(ヒターは使わないか、初めからないのが多い)の寒いこと馬鹿じゃないのか。日常生活に無縁のくせにガンガンかける。貧乏人の見栄か。食い物を残すのも同じか。銀行であまりの寒さにガードマンに弱くしてもらった。すると隣の席のオバンが扇子で扇ぎだした。こちらも人間に適当な温度は28度だと秘書に大きな声で教える。後ろでくすくす笑う声がした。中にはカーディガンを持ってきているのもいる。銀行員のほとんどが長袖にベスト、客をなんと心得る。
 カラオケとクーラーに象徴される音感、温感は国際基準からかけ離れている。なお余談ながら街中のカラオケの多くは娼婦のテイクアオウト用品定ショールームである。ステージにはスッポンポンのギャルが登場するが(かえって興冷めするのはなぜか)、見る見る300円に止めておく方が無難。医者代、薬代で7000ペソにはつくそうだ。

   食い残し飢えたことがない


 フィリピン人と食事をして不愉快なことは食い散らかす、食い残すことだ。日頃ろくなものしか食ってないくせに日本人が金を払うとなると次々と注文して食い残す。売り上げ貢献か、紹介料がリンクしているのか、食いなれているという振りがしたい見栄なのか。いずれにしても不遜であり、テーブルも汚らしい。今日の糧を感謝する気はないのか。どうもここでは飢え死はナイらしい。米は年に3度は採れる。バナナ、ココナツ、芋、魚などなど食料にことかかない。不作で娘を女郎屋に売ることもなかったのではないか。
 実りの秋を迎えることができなければ厳しい冬を越すことが難しい日本では食料を大切に扱ってきた、米粒一つも残してはならないと躾けられたものであった。蜜蜂を南の島に移すと花が多く収獲が増えると考えるのは浅はか、蜜蜂も年中花咲き蜜がある地で何をアクセク働かなくてはならないと長期休暇をとるようになる。自然の摂理であろう。黒田、水田、青田なぞ黄金の稲穂を夢見て一年の季の節々に何をすべきかと考えてきた日本人とは違う、イージーゴーイングの地なのだ。人生をかみしめることもない。人口当たりの自殺数を比較してみたい。
 味覚に鈍感、音痴でないかと思うことがよくある。米に塩をぶっかける、空腹が膨れれば良いのか。食材の味を殺すような料理。激辛、激酢っぱい、日本人には食えない。許しがたいのはコカコーラ、スプライトを料理と一緒に飲むこと。日本料理なぞ、ご馳走する気になれない。味がわかるのでないのは彼女にするな、本妻などもってのほか。日本料理がつくれて食卓に並べられることは必修単位。これだけは絶対妥協してはならない。亭主関白宣言が肝要。ここは母系社会、料理は男がやる。日本男児は飯はまだか、あてぐらい用意せんか、でなければならない*



* 海外に住むと大便が軽いのに気付く。1年で10kgやせた。普通に飲んで食って いるといっても美味い物は少ないので食はすすまない。
 酒無ではとても食えない。食探しに苦労する。イカ、エビ、サトイモが気に入って いる。現地人にデブがいるのが不思議。よほど胃腸の消化がいいのか。
  水洗便器にノズルから温水が出てくるのは見たことがない。尻を桶で手洗い,  抵抗あるが用を足すと肛門はトレぺよりも快適。蛇口の水で流すのもお勧め。
 便はすぐ溶けるので排水口を詰まらすことはない。日本食材を常食とするとこう はゆかないだろう。糞戦記はまた別の機会にしておこう。


 食い物が多いか少ないかは民族の差異の根源でないか。『貧乏人は麦を食え』と言った首相が日本にいたが米が食えない人間は貧乏人か。黄河流域では米が取れないから麦が中心だ。ラーメン餃子が主食とか。彼らが怒るぞ。ただ米がなければ麦、麦もなければ、芋、野菜もなければ貝魚、牛馬羊豚鶏となるのではないか。ここ数百年は欧米狩猟民族がのさばっているが人間の歴史を考えてみるとごく最近の話だ。連中は腹いっぱい食いたいというハングリー精神が旺盛。
 騎馬民族は天高く馬肥ゆる秋、さあ農耕民族の収穫をかっぱらいに行くか、なに、これがシノギ生業だと嘯く。マフィア、やくざのルーツであろう。これが大規模になると植民地主義となる。フィリピンは連中の格好のシマだ。昔はスペインに今は中国に旨い汁を吸われて粕を食わされ続けているフィリピン人、人間としての尊厳も民族の誇りも感じられない。別の見方をすれば金は金持ちが吸い上げて本国に送金する。この国では金が循環しない。経済の発展もない。小金を貯めても使い方を知らない。WBC世界チャンピオンのマニイパッキャウが大きな病院を寄付したぐらいしか聞かない。カジノ、博打で摺っている小金持ちはあわれですらある。

 数%の地主がこの国ほとんどの土地を所有している。農民は現代版農奴と言ったら怒るか。日雇いでその日の生活費を稼ぐだけ。土地を奪われているので自給自作も儘ならぬ。たいてい借金の形に取られているのだ。蓄えがないから病気、葬式、結婚式などものいりに借金する。人生に対する予算がない。そこで日本人から借金すれば返さなくてもいいという理論が生まれる。迷惑な話である。電気が止められる、手術が受けられないと泣きつく。こんな連中に誰が貸すかと言いたい。
 蓄えもしないのはあるだけ使うということだ。金に飢えている人間は金を使う、気持はわかるが明日への備えのない人生は風に吹き飛ばされる枯葉である。 ここでは5借りて6払うのが相場とか、月2割の利息、銀行ですら月5%、利息制限はなし、キリスト教は利息を禁じているはずなのに。分からぬ者は救えぬと御釈迦さんものたまうた。ほっておけ、というべきか。土地保有税をかければ行政改革、いや、革命だ。数%の富裕層に仕える議員がやるはずはないか。議員の一族郎党皆殺しにあうだろう。
  下駄箱

 この国で下駄箱を見たことがない。入り口にはサンダル、スリッパが散らかっている。秘書がサンダルは中に入れる、盗まれる恐れがありますから、だそうだ。スリッパは安いから心配ないという。室内室外で履物を脱ぐようになったのは最近のこと、そもそも外国人がやってくるまでは履物などなかったのだ。はだしが健康によろしい、近頃は道路に釘、壊れたガラス瓶、栓のふたなどが落ちているからあぶない、ということらしい。落ちているというよりポイ捨てなのだ。酒のびんが投げ捨てられて割れていることがよくある。
 こんな次第で履物を揃えて脱ぎなさい、など言っても無駄とご理解いただけよう。脱ぎっぱなしたスリッパをまた器用に履くこと、あんな泥足でベッドインするのであろうか。また、どこにでも平気で座る現地人は人のベッドにも平気で座る。そこ(聖域)に座るなと怒鳴ると怪訝な顔。(愛を育む聖域、蛮人に汚されてなるものか)土足で踏み入るを翻訳するとどのように表現するのであろうか。畳、布団の文化を理解できようか。食事も手を洗わず食う。しかも手掴み。ああ嫌だ。トイレに水がないことはよくある。道路に牛、ヤギの糞はいたるところに。たまには人糞も。秘書にきく。手足は帰るとすぐに洗っていますというが怪しいものだ。契約時解雇事由を明記すべきである。旣に100回以上解雇しているので懲戒にならない。もう一度だけチャンスを下さい、も100回を超える。それでも彼女を首にない野には理由がある。それは、これに代わる人材が見つからない、いつどこで何をいくらで買ったかは正確に記憶しているからだ。今日でも準、半、植民地のこの国は、すべてが、いや、ほとんどが貧しいことよ。
 それでも”お前は首”はけっこう効果がある。ここは契約社会、契約に従う。契約書が重要。日本の常識、慣習は高度すぎるのか通用しない。秘書は牛、犬の糞は踏まないようにしているそうだ、突然話が飛ぶ。今は解雇の話をしている。女が話をそらすのは世界共通か。でもどうやってとくに夜は、と話に乗る。潮時と判断したからだ。道に迫り出す庭木、軒先、工作物。これらに何度痛い目にあったことか。障害物競争の優勝フィリピン人に間違いなし。ボコジュース、椰子の実をぶった切ってButong の中の汁を飲ませてくれたが、その包丁は糞の散らばる地べたにおく。もう一つどうかだ。いや、十分だ、ありがとうとなる。英米独仏中韓などの外国人は平気なのか、聞いて見たい。

                         地震 雷

 在住期間が長くなるに連れてものが増えてくる。あたりに散乱して来る。秘書に整理整頓を命じてもしない、いや、できないのだ。どうしてって、ものを持ったことがないから。超省エネ型の衣食住が足りるなら十分のフィリピン生活と余るほど物持の日本生活。いずれが優るか、ものを持つことは経済力からくる。持つは優、所有者は絶対。しかし不思議なことに、使うことは同等以上である。貸してねと言いながら我が物の如く扱う。使いっぱなし、手入れもしない。かくて紛争が生じる。
 ここで引いたら負け、厳しくお片づけ、取り扱いを教え込む。パソコン電子辞書デジカメにしてももっと大切に扱えと怒鳴ることも少なからず。猫に小判とはこのことだ。私は猫ですか。猫以下、猫は子を大切に運ぶ、黒猫ヤマトの卓急便はこれを商標にしている。秘書は高卒だが計算ができる。最初表計算で家計簿をつけさす。できません。なら首だ。やりますチャンスを下さい。生まれて初めてのパソコンに向かう。教えるには看てろとやってみせるしかない。それでも首になりたくないと頑張る。今ではエクセル、写真アップロード、チャット、電話とパソコンを駆使している。

 お片づけは定位置を決めることから始める。履物は靴箱代わりに食器棚を入り口におく。ラック整理棚、整理箱を購入。これらに分類して収納させる。小学生以下。ここは文房具、これには薬品、デジカメvideoはここ、と言う具合にやってみせる。そんなので嫁にいけないぞ。日本人と結婚することは超エリートになれる(豊かな生活、家族支援が可能となる)。頑張りまーす。空間の利用、立体的想像など経験がないのだ。物を所有したことのない民族にあまり難しいこと言わないで、となろうか。 
 次は使用後定位置に返すことを教え込む。これも一苦労。日本の犬は遊び道具食器を定位置にかたづける。ここの女は犬にも劣る。ぶー。仕事やる気があるのか。あります。ならすっと取り出せるようにしておけ。仕事とは継続反復だといいたいが、ここは仕事がない。日本の職人気質とは無縁の世界である。
 ホウキの先が曲がらないよう手の部分に細紐を結わえてぶら下げる。この細紐を無断で廃棄、秘書解雇1回目。この紐は何を目的としているか、少しは貧相な頭で考えろ、分からなければきけ。人の意向が分からないのを日本では使いものにならない馬鹿という。猿でもわかる常識だ、わかったか馬鹿。イエスボス(ブー)。声が小さい。イエース。教えるとは耐えることなのね。

 ふと見るとラックの天井にCDケースが置かれている。下に降ろせ。落ちませんよ。降ろせと言った。怒鳴らないで下さい。日本と違って地震はありません。馬鹿野郎お前の講釈など聞いていない、言われたことをすぐやれ。バッキャロー、、、。プータンイナモ(このあばずれ)、パッチョン キタロン(ぶっ殺してやる)。殺さないで下さい。私は日本人と結婚したいから。それは無理だな、嫁の貰い手がつくはずがない。ぶー。こういうときに白人はganahan ka bunal ? と言うそうだ。お前は鞭が欲しいか、という意味。マニラを中心とするタガログ語ではGustmo bunal である。鞭だけが同じ単語。共通語が必要なのが必要だと理解されよう。今でこそ国語がタガログ語と英語だが、半世紀前まで共通語は禁止されていた。植民地とはげに恐ろしきかな。水泳も島国でありながら、それ故に禁止事項であったとか。植民地になったことがない日本人に理解できようか。

 日本では地震雷火事親父は死語になりつつある。電化が進んだ今日でも火事のニュースは少なくないから親父だけが死んだのか。ここは火山性を除くとほとんど地震がない。フィリピンプレートの中央に乗っかっているからなのか知らないが、地震がないのは事実だ。アメリカ大陸は氷河の転圧で地殻が締まっているから地震がないとか、一度調べてみよう。
 ここの親父はプータローが多いし子供にメッチャ甘い。子供は要求貫徹手段としてよく泣く。うるさいこのガキと怒鳴りたい。躾がなっていない。乳幼児の死亡率が高いから甘くなるとも、日本人には理解できない。火事雷のニュースもあまり聞かない。焚き火タバコのポイ捨ては多いのに何故か。雷は多いのに何故か。雷がなると停電を覚悟しなくてはならない。ここの稲妻はすぐ近くで暴れまくる。閃光は天地を照らす。生きのいいのは日本の数倍。その割りに人が雷に打たれたとか建物に落ちたとかは聞かない。落ちるに値する構築物がないのか。海に近く太陽のキツイ当地では毎日のように積乱雲がよく発達する。

   No service for others 稲藁の炎 

 前述のように公共の概念がないから世のため人のため、ということはフィリピンではあまり聞かない。むしろ自分はこれだけの犠牲を払ったのに報酬が無かった、と愚痴るのだ。その格好の場所が教会であろう。キリスト教徒が教会に行くのは信仰心よりも愚痴を吐き出すためであろう。欧米のキリスト教徒は罪の意識に苛まれ耐えられなくなると神父に告白して一時の安堵をうるようだ。 キリスト教とは植民地支配の道具、精神的麻薬であるというのが俺の定義だ。宣教師はその先鋒隊。宗教裁判にかけられると火あぶりの刑に処せられるだろうからこれ以上言及しないが告白で愚痴や罪の意識が根本的になくなる訳は無い。
  稲藁の炎の濱口梧陵とか佐倉惣五郎とかに当たる人物はホセリサールぐらいであろう。ここでは公よりも私が優先する。滅私奉公など日本ぐらいでないか。なぜか、そもそも公の概念がないからだ。10%の富裕層がこの国の富の90%を保有するといわれるこの国では公は10%満たない勘定だ。スペインの300年に亘る植民地政策がいかに凄まじいものであったか思い知らされる。スペインの植民地だった国は悲惨な歴史をたどり今もなお貧しい。ここはその後1898年、植民地政策の新米である米国がスペインから取り上げて統治領としたのでましなほうかもしれない。しかし、公の概念が無いところに世のため人のためになぞ説いたところで馬の耳に念仏であろう。

  * 日本の男と結婚して子供を生んだフィリピーナ、今は日本のアパートで母子暮らし。その鍵をバスに忘れたといってきた。乗降のバス停から バス会社に問い合わせる。会社はこの寒空で中に入れなくてはお困りでしょうと方々探して見つけてくれた。鍵の特徴とアヒルのホルダーから1時間後にターミナルで保管しているとの連絡があった。その旨を彼女に伝えたがその後なんの音沙汰もなし。困った時の神頼み、二度と助けてやるものか、日本政府から母子手当、家賃補助、生活保護などで月20万円以上の補助をうけている。国籍法改正の弊害。日本人には遣り切れない。

 10%の富裕層の9割以上がスペイン系中国系財閥だろう。フィリピン人の大企業は聞いたことが無い。換言すれば、逆に残10%の富を90%の貧困層が保有する、というか分け合うのだ。貧困層の生活は容易に想像できよう。己の肉体、労働力だけが財産。この格差が憲法違反にならないのが不思議である。かてて加えて富裕層は儲けた金を社会に還元するなぞ思いもしない、なお一層富の蓄積に奮闘する。『そんなに儲けて何に使う』と言いたい。富裕層に人格者を見ない。人間でなく餓鬼である。この国の改革は富裕層を永平寺あたりの禅寺に掘り込んで解脱させる以外に手はないと思う。この国家には品格がない。国家、国民として独立するだけの気概があるのか。
 MacArthurは当地ではマッカーサーではなく、マッカトールと呼ばれているが、マニラに広大な農園を保有していたらしい。それを日本軍に奪われて祖父に厳しく叱責されたそうな。で、I shall returnとは日本軍に奪われた農園を奪い返しに帰らなくてはならない、ということだ。私有地を取り返すことは軍事より優先する。その恨みはモンテンルパで日本軍を軍事裁判で山下将軍本間参謀長らを処刑するだけでは気が済むかと東京裁判で東条以下を戦犯を処刑する。もし、彼が農園とかを保有せず純粋な軍人であったならばそこまでやっただろうか。
* アーサー王子をアルトールでは様になるまい。We shall return と言ってもらいたかったと米軍兵。

 もっとも彼の私情よりも本国の政策実行であったと見るべきである。東京空襲を初めとする日本の都市への無差別爆撃は多くの軍人が反対したと聞く。大量に生産した兵器を使い切ることが米国の国策なのだ。ベトナム、クエート、イラクへの攻撃は戦略などあったものか、ただ爆弾をばら撒くだけ。太平洋戦争も戦争仕掛人たる黒幕のシナリオどおりになったのではないだろうか。満州事変以降、日本が本気で米国を相手に戦争をしようとしたとは考えにくい。米国を支配した黒幕が日本を唆したと考えれば大本営の狂気じみた戦略も理解できる。
 それにしても植民地時代からの悪行の数々を日本軍の残虐行為を宣伝しまくり世間の目から隠そうとする欧米(黒幕)の政策は汚い。悪行を告白懺悔して償うことがけじめというものだろう。やくざ以下。近頃では中国朝鮮も真似をして日本政府から金を脅し取っているように感じられる。

     *黒幕とは戦争、金融などで世界制覇を目論み実行している連中である。別の機会に検討してみたい(第4章参照)。

 富裕層の職業は軍人、教師、医者、神父などが多い。日本人には奇異に映る。金儲けには縁の無い職業と思うだろう。ところがその地位を利用してサイドビジネスに勤しむ。いや、こちらがメインだ。金貸し、両替などでも貧乏人から土地を取り上げる。利息は月20%が相場とか、貧困層でも5借りて6返すらしい。『20%は年利でなく月である』かれらは狂っているのか、利息計算ができないのか。『キリスト教は利息を禁じている』のではないのか。日本の闇金でも恥ずかしがるのでは。金貸しがインチック:中国人なら形に取った土地を数百倍数千以上の値で分譲する。開発費在庫金利を入れても21世紀の錬金術。これを愛人に買与えるのはスケベな日本人。まったくおめでたいぜ日本人は。なお、フィリピン人に同情して金を貸した日本人が脅され、あるいは、消されそうになったとか、さもありなむ。警察官が取立てをサイドビジネスにしているのも少なくないとか。
  *日本みたいに借金を苦に自殺するのはいないらしい。鈍感なのか神経が図太いのか。無理して返そうとするから人生を楽しむことができない、言いそうだ。

 何千坪の屋敷に住み何万坪の別荘リゾートを保有する富裕層に比べ、貧困層の平均的家庭は四畳半に10人以上が住む。スラム街では戦後日本のバラック以下に住む。そんな国に金を持った日本人がやってくれば絶好のカモだ。しかもお人好しときている。富裕層ほどカモリ方がエゲツナイ。貧困層もそれなりに日本人を料理する。何故日本人を馬鹿にする?カモが葱背負ってきているのに見逃す馬鹿がどこにいる。日本がどれだけフィリピンに援助している?それは政府の役人の懐に行く、俺たちには関係ない。フィリピンが独立できたのは日本の御かげでないのか。日本はいっぱい損害をかけた。こんな具合で話にならない。自己弁護に訳のわからぬ理由を並べる。話にならない。会話、対話のできない民族だ。気の短い旧日本軍がフィリピン人を虐殺した理由は彼らに誠実さがなかったこと思われる。

 貧困層のまともな隣人友人間では困ったときはお互い様ということは日常的に見られる。トライシクルの運転手が殺された翌日近所で義捐金を集めていた。多くの目撃者がいるにも拘らず犯人は逮捕されていない。警察は賄賂稼ぎが忙しくて捜査に手が回らぬとか。告訴するにも警察に金を握らす必要があるそうだ。腐敗しきっている。俺は交通取締警官がくるとじっと眼をみる。警官はすぐに眼をそらす。恥ずかしいとの認識は残っているようだ。
 車のバッテリーが上がると近くの人間が寄ってきて車を押す。スピードがでるとギアー入れる。海や山で採ってきた魚貝あるいは野菜果物を料理して近所にお裾分けする。集まってきて飲み食いする者入れ物にとって帰る者などすぐ10人以上になる。振舞うことは楽しみという感じだ。 ここがよく解らない。俺がひよこを欲しいと知って生後1月のつがいを持って来てくれた。名前をきいても覚えられないのでクーヤピヨピヨと呼んでいる。今では酔っ払いとピヨピヨは流行語だ。勿論金など求めない。正月に近所の子供20人ににお年玉50ペソを遣るとその母親が手を出してくる。お年玉は16歳以下というと私15という。息子が16歳なのに”半分マジ”である。子供によくすると親が喜ぶのはいずこも同じ。
 そんなことで野菜果物などの差し入れが増えてきた。秘書がこれは新鮮だと料理して近所にお裾分け。すると酒盛りが始まる。ビールと酒を差し入れるから高くつくが新鮮さがその気持ちがうれしい。

     民族の歴史 (いいわけ)

 本章は民族の歴史と大打ったが、文字も歴史的建造物、工作物もなくここの歴史はわからないというのが本音。 皮相的観測ではあるが思想リーダーの不在が原因であろう。思想とはこうすればこうなると考えることである。ところがこの民族は考えるのが苦手。過去も未来もない、今この瞬間を生きるのである。思想は時空を越えてゆくがこれを受け止める能力素養がなければ通り過ぎてゆく。能力素養が簡単に育つ訳がない。一度飢えた状態に置かないと、意識が芽生えない。甲子園出場校並みに鍛えないと無理。とすれば未来永劫支配され続けるという結論に達する。衝撃を与えないと反応は生じない。

 実りの秋は同時に厳しい冬の到来を感じさせるがこの地には無縁のこと。明日を思うことはない。食って歌って飲んで踊ってHappy ! これは幸せよりも楽しいに近い。人生楽しければいうことなし、間もなくもっと楽しい愛の営みが始まる。ほかに何が必要なのだ。

 マゼラン以前は、植民地にされるまでは平和に仲良く暮らしていたのではないだろうか。西班牙化されアメリカナイズされ華僑にしぼられ、この民族はどのような歴史を辿るのであろうか。男は完全に骨抜きにされ何の野望も持たぬ。野望の無いところに改革は無い。教育水準を低く抑えることは支配の基本。しかも優秀な頭脳は海外に流出させるのだ。テレビインターネットを通じて世界の思想がここに流れてフィリピン人の意識を変えるには数十年数百年単位の長い時間が必要であろう。ましてや、酷な様だが、フィリピン人のフィリピン人によるのフィリピン人のための政府はまだまだ千年先のことであり、また、その実現が約束されているのではないのである。日本の穢多非人などが差別用語として消えて行っているが、ここでは現実なのだ。海外から見ると日本人は平和ボケしていると思う。

第三章 流浪の旅

第三章 流浪の旅


主要登場人物

坂本龍次    自分の人生を求めてフィリピンを流浪する日本人 
カルロス      スペイン財閥の一つカルロス家の総帥
マリアカルロス スペイン財閥の一つカルロス家の一人娘
陳 志淵     ホテルスーパーなどを経営する華僑
ユキ        ミンダナオ出身のジャパユキ。本名 Jonalyn Macappndang
塩崎真知子   元外交官の未亡人
山田 清美   旧日本陸軍中尉の娘
シャハラザード 某国大統領の娘
坂本の子供   モニカ(マリア)アナヤ(アンジェリータ)碧渓(梅雲)碧谷(許細君)
          南海雄 (ユキ) 紀和(清美)ヤサミーン(シャハラザード)ほか



     流れ流れて落ち行く先は   北はシベリア南はジャワよ
        いずこの土地を墓所と定め いずこの土地の土と終わるらん

            昨日は東今日また西と 流浪の旅は果てなく続く
                果てなき海の沖の中なる  島にてもよし永住の地欲し

 坂本龍次はマニラの繁華街を歩いていた。ふと口をついてでてきたのがこの歌である。歌詞からして戦前の歌だろうが今の自分の心境を端的に示していると思えるのだ。彼は退職者特別居住ビザを取得したばかりだ。多くの日本人が定年退職をし年金暮らしに入ると俺の人生は何であったかと考えるが彼もその例だ。が、考えるだけでなく実行するところが少し違う。フィリピンに来て2週間、今日永住ビザを手にしたのだ。ここは年金証書と1万ドルの定期預金で比較的簡単に取得できる。取得後は日本から片道切符で来られるし、フィリピンから外国に行くこともできる。ここは航空料金が安い。ビザ更新は、毎年は面倒なので3年毎にした。
 この間二三箇所に足を伸ばし在留邦人の生活を見てきた。これからどんな人生が始まるのか、待っているのか、坂本は期待と不安が交錯していた。今日は大通りから少し横道に冒険してみる気になった。宿舎のコンドテル(ビジネスホテル)からの道が頭に入ったからだ。歩道に停められた車、悪臭の排水、人前を平気で横切る娘、タバコのポイ捨て、けたたましいクラクション、などから逃れたい気もあった。


 ここは銀座と霞が関を合わせたようなところと教えられたが、アヤラ大通りを軸にマカティ、エドサ通を進む。こんな街中にゴルフクラブが。きっと空港離着陸時に観るやつだ。少し横に入ると住宅らしい建物も散在している。朝の6時はまだ日差がきつくない。10m以上もある椰子の木に日がかかっている。椰子を見るとフィリピンにいると思う。その椰子は数本ずつ幾何学模様に植えられているようだ。高いところから観ればはっきりするのだろうが広大な敷地に違いない。日比谷公園、いや皇居ぐらいか、こんな街中に林が存在する。コンクリート塀で囲われている。外部からの侵入を拒否するように有刺鉄線が張り巡らしてある。ひょっとすると高圧電流を流しているかもしれない。どのような人間が住んでいるのだ。確かめてやろうという衝動にかられて彼は歩みを速める。しかし、無表情なコンクリートが続くだけで内部の庭すら窺い知ることができない。

 日は頭を照り付けてくる。汗が流れる。眩しい。眼が痛い。半時間は歩いたろう。鉄門が開いて黒い車が出てきた。門はやはり外部と隔絶するものだろう。すぐ閉じられたので広い芝しか眼に入らなかった。たばこを一服と思っていると先ほどの車がバックで逆走してきた。クラクションを鳴らして門に入ろうとしている。別の車がこれを阻止する。黒い車の左のドアが坂本の左腕に当たり運転手が跳び出す。無礼者と叫ぶ坂本を別の男が突き飛ばし後部のドアを開ける。車に身を入れて何かを引き出そうとしていた。坂本はその脹脛に足を乗せて体重をかける。男のひざが曲がり男はのけ反って後頭部を車にぶつける。さらに男の髪を掴んで外掛で仰向けにさせるとベルトを引き抜きズボンを引き下げる。そのベルトで男を縛り上げる。両手両足の自由を奪われ男が喚く。うるさい、と坂本は汗を拭いたハンカチを男の口にねじ込む。吸いかけたたばこに火をつけたとき坂本の右足に熱いものを感じた。たばこは手に持っている。なんだ、と思った。それは激痛に変わった。脹脛から出血している。

 その時後ろで銃声がした。男がわき腹を抱えてうずくまる。逃げ出した運転手が撃ったのだ。運転手が車に乗れと坂本に叫ぶ。坂本は男に蹴りを入れる。運転手は坂本を車に押し込んだ。車が門をくぐる。別の車は逃げ去ったらしい。門の中は広い芝だ、ゴルフ場のカートに乗っているように思えてくる。運転手が何か言っている。傷口を塞げということらしい。『どうやって』と聞き返すとハンカチが差し出された。若い女が心配そうに見ていた。『ありがとう』とそれを手にして坂本は女の存在に気づいた。そして脹脛を縛ろうとしたが痛みが走る。女は車を止め坂本の横に移動すると細くて白い手で坂本の脹脛を縛った。甘酸っぱい少女の匂いが坂本を包んだ。

   マリア カルロス


 車が玄関に着くと中年夫婦が飛び出て来る。少女は男の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。『私のマリア大丈夫だよ、無事か』男が叫ぶ。女も後ろから少女を抱いて涙する。男は二人を抱き寄せる。運転手が中へと坂本を誘う。『貴殿が私たちの娘を救ってくれた。感謝申し上げる』と男は坂本の手を握って慇懃に挨拶する。『本当にありがとうございます。貴方はこの子の命の恩人です』と女が続ける。事の次第は報告されているようだ。少女が坂本の右に肩を入れて中に招き入れる。
 内部は貴族の館といった感じだ。ソファーに座らせられる。『ありがとうございました。私はマリアです。父と母です。あなたのお怪我の手当をさせます』感じのいい娘だ。美しさと知性を備えている。坂本は別室で治療を受ける。お抱え医者といった男が大事はないと言っているが痛みはきつい。今になってピストルで撃たれたのだという実感と恐怖が湧いてきた。日本では映画かニュースの話がここでは日常なのだ。廊下で医者が館の主に報告していた。弾丸が2cmの深さで貫通しただけだが、神経と血管が破損しているので一週間位安静を要すると。

 しばらくして坂本の落ち着いたのを見計らったようにマリア親子がやってきた。『お加減はどうですか』たいしたことはない、ハンカチありがとう。『私はカルロス、マリアの父です』知っている。マリアがお前を父だといった。『これは私の妻アンジェリータ』綺麗な方だ。『貴殿にお礼がしたい、幾ら払えばいいか』礼など要らない、腹が減っているから何か食わしてくれ。それより運転手を呼べ、彼は俺の腕にドアをぶつけて謝りもしない。運転手が入って来る。『セール、済まない。緊急だったので』理由など聞いていない。名前は。セヴァスチャン。1000ペソで許してやる。『ノウ、セール高い』この腕には200万ドルの保険がかかっている、高くない。『500にしてくれ』『あの車は私の車ですから私が払います』とカルロスが割り込んでくる。これは俺とセヴァスチャンとの問題だ、お前は黙っていろ。では食事が済んだら俺をホテルまで送るなら500だ。『サンキューサー』カルロスが500出す。もう500だせ。坂本はそれをセヴァスチャンに渡すとさあ500払えと迫る。OK,OK.プエデ、プエデ!
 カルロスが笑いながら『今度は私の決済だ。この小切手に好きなだけ数字を入れてくれ』何故俺が受け取らなくてはならない?お前は奴らをやっつけるように俺に依頼したか、理由のない金は受け取れない。『セール、貴方はマリアの命を救った。そのお礼です。これは母としてのお願いです』セニョーラ、お気持ちは解りますが私はマリアがハンカチをくれた時彼女の存在に気づいた。私を突き飛ばした男を懲らしめたに過ぎない。したがってマリアの命とは別の問題です。わかりますか。顔を見合す夫婦。『さあ、食事にしましょう』とマリアが坂本に肩を貸す。大丈夫、お嬢さん、歩けますよ。『今日だけ』人の気持ち、雰囲気が読める娘だ。

 食事は美味かった。『ご馳走様、美味かった。俺は帰る』坂本が挨拶するとカルロスがゆっくりしてゆけという顔。『Mr.Sakamotoゴチソウサマはどういう意味ですか』とマリアが父の意を汲んだようにたずねる。それはこの料理に携わったすべての人たちへの感謝です。素晴らしい言葉ですね、とアンジェリータも相槌を。よくできた母娘だ。坂本が立ち上がるとマリアが肩を貸す、任せてと父に眼で言う。セヴァスチャンが待っていた。『サー、500儲かった、サンキュー』俺もだ。『サー、血がついたジーンズ着替えろ。俺のを貸してやる』そうだな、助かる。このジーンズは証拠品だから大切に保管してくれ。『OK.サー。お嬢様は坂本の看護婦をするといった。ここだとホテル代も食事代も要らないぞ』本当か、じゃあ引っ越すか。『それがいい。俺の車で送る、サーの引越し手伝う』と話がまとまる。
 日本人経営のコンドーテルを引き払うことにする。フロントで伝言があった。中国人らしい名前に電話してくれとのことだ。荷造りを終えたところに電話。『坂本さんですか、私陳志淵と申します。グランドイースタンの経営者です』ご用件は。電話では話せない重要な用件だからご足労願いたいという。イースタンは3泊したコンドーテルだ。折り返し電話すると受話器を置く。
 ホテルの日本人経営者に相談する。彼はホテル、カラオケ、レストランを20年以上経営している。客の多くは日本人で大部分が買春目的だ。食堂で顔を合わすうちに話すようになった。坂本が永住を決意したことを話すとフィリピン各地をよく観てから終の棲家を決められた方がいいですよと薦めてくれた。商売柄人を見る眼は確かだ。坂本のようにカラオケにも行かない、女も買わない純情派を心配してくれたのだ。
 陳志淵はスーパー、ホテル、旅行会社、航空などを手広くやっている華僑で、フィリピンに来て間もない日本人の貴方に会いたがる理由は解らない。かなりの大物でこちらからは会える機会は少ない。話を聞くだけは聞いてみたらどうですか、私も一緒に行ってもいいですよ。そうですか、是非お願いします。陳に半時間後にイースタンに行くと伝える。

  陳 志淵


 イースタンに着くとフロントに陳を呼べと伝える。お名前は。坂本だ、陳はいないのか。父に何の用ですか。陳に聞け、質問に答えろ。お待ちください。人を呼びつけておいて迎えにも来ないとは無礼な、帰る。父がお通しするように行っております。俺は帰ったと伝えろ。まあまあと日本人経営者が来意を説明する。大変失礼しました、ご案内します。失礼ではなく無礼だ。俺は時間がない、帰ると言った、わかったな。陳からですとフロント嬢。帰ったと言え。『ここは日本ではありませんから』と経営者が腕を取る。

 陳の事務所に入る。最上階にあるが見事な造りだ。客室はおそまつだが。『坂本さん、および立てて済みません。出迎えもせず、無礼の段ご容赦ください』で、重要な話とは?これから日本人客をターゲットにしますので坂本さんにアドバイスをお願いしたいのです。幾らくれる?貴方の思う額の2倍。何故私に?坂本さんは率直にものをいう。じゃあ百万。結構です、まずこのホテルについて。不潔、サービスが悪い。『具体的には?』自分の眼で見ろ、分からぬ奴にアドバイスは無意味だ。『分かりました、百万円を小切手で払います』百万ペソだ、ここはフィリピンだぞ。失礼しました。坂本さん私がその小切手を買い取りましょう、現金でお支払いします。『この方は?』そこのホテルの経営者だ。二人は名刺を交換。おれにも。陳志淵と平野義太郎か。平野は坂本の銀行通帳を預かってこれに預金してくるという。陳が坂本と二人で話したいのを察してのことだろう。

 陳は少し表情を変え『カルロスをご存知か』と坂本に話しかける。首を振って、どんな男だと坂本。フィリピン財閥の一人だ、私の商売敵でもある。そこで陳は坂本の反応を確認しているようだ。『坂本さん、携帯番号を教えて下さい、またお願いすることもありますから』いいよ、呼んでみろ。坂本は携帯が鳴ると番号をみる。陳の名前を登録する。『坂本さん、お名前は』龍次、ロンチー。『龍はいい名だ。縁起が言い』そこへ平野が帰ってきた。通帳を改めてください。坂本が肯くと小切手を手にする。陳、いつでも呼んでくれ、1件50万で受ける。『50万ペソ、百万円ですね』と陳が確認する。坂本が頷きながら立ち上がる。『お茶も出さずに失礼しました。今度はゆっくり、平野さんも』陳は丁重に送る。

 外にでると坂本が『いい仕事だ』と平野にいうと『ただほど高いものは無いとも言いますから慎重に』と釘を刺す。『今日はそれだけの値打はありますよ。私もコネができました』坂本は買い物すると平野と別れる。セヴァスチャンを連れて日本食糧の店に入る。振りかけ、インスタントなどを買い込む。次は長袖だ。セヴァスチャンお前のどこで買った?そういうのががホシイ。これは運転手のユニフォーム。そんなことは訊いていない、どこか?SM.よし、行け。イエスサー。綿のを2着、ココナツのを1着で9500ペソ。店員に6000という。できません。では5000。無理です。ここ1月売れてないではないか、纏め買いするのだから5000だ。9500です。同じ言葉を繰り返すのは馬鹿のすること、マネージャーに相談して来い。店員に行けと手を振る。セヴァスチャンお前が6000持ってたら幾らで買うか?4500そうだろう。中年の女がやってくる。『セール9000でどうですか』俺は5000と言った、OK?だめです。ではセヴァスチャン500貸せ、5500だ、と空になった財布を見せながら金を渡す。女は自分の取り分は500と計算したのであろう。会計はあちらです。案内しろ。(案の定領収書は5000)。

 次は銀行だ。『サー値切るの上手いね』金は有効に使え、あれでも2500は利益がある、日本人と見てふっかけやがった。銀行で5000引き出す。金種を替えろ。ええ?500×2 200×10 100×20分かるか。イェース。いい子だ。セヴァスチャンに600返して値切りを口止め。サー、タポスナ?終わりだ、マリアに行け、いけねえハンカチ買うの忘れた。日本製喜ぶ、ママヤ(そのうち)OKとセヴァスチャン。携帯ワン切り。カルロスにこれから帰るとの連絡らしい。発進。後ろの車を巻け。アイアイサー。生まれて初めてピストルで撃たれた、いてぇなあ。アライナ?痛い痛い。ママヤ、マリア キス ユー。本当か。シエンプレ(もちろん)!


           塩崎 真知子


 陳とカルロスとは商売敵?陳の目的は、マリアの誘拐?坂本龍次の頭の中には今日の出来事が再生されていた。車は裏口からカルロスの館に入った。陳は何故百万ペソを?疑問が次々と湧いてくる。やがて部屋に案内される。20畳はあろうか、天井も高い。マリア親子がやってきた。『痛みませんか』アンジェリータが口を切る。ああ、頓服を飲んだから。荷物はセバスチャンとマリアの乳母が片付けてくれる。時々マリアの顔を伺う。それはそこ、これはそこと指示しているようだ。『龍次、これは何ですか』マリアが興味深そうにきく。電子辞書、医学辞典、百科事典も入っていて重宝している。『使っていいかしら』いいよ、と使い方を教える。

 片づけが終わると食事が運ばれてきた。マリア親子だけが部屋に残った。『貴方の怪我がよくなるまでは食事は運ばせますから。こういうのも楽しい、ね、カルロス』スペイン財閥も奥さんには頭が上がらぬようだ。『貴方はきっと帰ってくると思ってましたのよ』マリアがくすっと笑う。アンジェリータはカルロに勝ち誇った眼を向ける。そうだな、とカルロス。もう一時か腹が減るわけだ。このvino美味いな。『カルロス家自慢の葡萄酒だ、ヴァレンシアから取り寄せた。うちの葡萄畑は美しいぞ』スペインに一度行ってみたいな。『リュウジ、スペイン語話せる』マリアが大きな声を出す。poco,少し。『年に一度はヴァレンシアに帰りますの、是非ご一緒に』Gracias senola,me gusta.ありがとう奥さん、行きたい。

 食事が終わると母娘は席を立つ。マリアが坂本の電子辞書を抱えている。リュウジが親指を立てると嬉しそうにそれを持って出て行く。『陳に会ったのか』ああ。で?カルロスを知っているかと。フム。カルロスは女癖が悪い。それから?先は有料。いくら?ミリオンペソ。OKと小切手を渡す。坂本には金持ちの感覚が分からぬ。庶民の日給は200ペソ。小切手を確かめると話を続ける。『カルロスはスペイン財閥の一翼。商売敵』他には?ホテルのアドバイス。なんと?不潔、サービス悪い。カルロスが声を上げて笑った。サンキュー。これいいのか?SI!ああ。坂本は銀行通帳に小切手を挟む。

 意を決したかのようぬカルロスが話し出した。マリアを誘拐しようとしたのは陳だ。吐いたのか?ああ、リュウジが縛り上げてくれた男が全て話した。(気前よく百万出す訳だ、陳も事件の口止め料か)陳は航空業界で我らの利権を狙っている。で?マリアを匿って欲しい。これはマリアの生命を守るための費用だ、金額は好きなだけ入れてくれ。わかった、この小切手はマリアに預けてくれ。必要になったときは金に替える。それと専用の携帯を持とう、二人だけのホットラインだ。(なぜ俺に、人間の運命とはわからぬものだ)

 坂本はユキを呼び出す。10回呼び出し音を鳴らしたが出ない。どこに行こうか、彼らには深刻な問題かも知れないが俺には可愛い娘連れの観光旅行だ。飛行機の移動はIDから身元が割れやすい。陸路とすればやはりバギオか。坂本が逃避行を考えていると携帯が鳴った、ユキだ。『クーヤ、元気?電話くれた?』おう、ユキ。待ってた。頼みがある。ジャパユキ養成やってくれるか?『クーヤのカノジョ?』そんなところだ。『いいよ、今空港。どこで会う?』気が早いな、二三日後に連絡する。ユキの日当1000その他は実費。『OK。今旦那を見送ったところ。わたし暇だから』じゃあ、よろしくな。

 その夜坂本はシャワー浴びてマリアの部屋を訪ねた。少女らしいインテリアとヴィオリンが彼を引き付けた。マリアはそれを弾いてみる、と坂本に渡す。弓はマリアの手で松脂がつけられたばかりだ。しばらく音程を探ったが子供の頃の記憶がよみ返って来た。

  あした浜辺をさまよえば 昔のことぞおもわゆるる 
  風の音よ雲の様よ 寄する波も貝の色も

カルロスもアンジェリータも聴きつけて来た。もう一曲と催促される。

  命短し恋せよ乙女 紅き唇褪せぬまに 
  厚き血潮の冷えぬまに 明日の月日のないものを

拍手しながらカルロスがコンサートだ、ロビーに行こうと叫ぶ。マリアが楽譜を携える。ロビーのピアノは美術品だ。アンジェリータが譜面を開く。マリアはヴァイオリンを肩に置く。ピアノとチューニングするとチーゴイナーワイゼンを弾いた。激しくも切ない序奏から急テンポの終盤まで一気に弾き切った。本場の乙女は違う。その手に神が乗り移ったかのようだ。感動が静まると大きな拍手が起こった。いつしかロビーは大勢が集まっていた。
坂本がMria Maquiling,Mujer de Sarasate!マリアマキリーン、サラサーテの娘といいながらマリアの手に口付ける。『今度はリュウジ』と手渡す。拍手に絆されて坂本は弾き始める。

  春高楼の花の宴 めぐる盃影さして 
  千代の松ヶ枝わけいでし 昔の光今いずこ
  秋陣営の霜の色 鳴き行く雁の数みせて 
  植うる剣に照りそいし 昔の光今いずこ

ヴァイオリンをマリアに渡し歌う。マリアが即興で伴奏する。ピアノが加わって、三重奏となった。

  いま荒城の夜半の月 変わらぬ光たがためぞ 
  垣に残るはただ蔓 松に歌うはただ嵐
  天上影はかわらねど 栄枯は移る世の姿  
  写さんとてか今もなお ああ荒城の夜半の月

 怪我は出血が止まり後は日にち薬になった。ユキの指定してきた日本レストランにマリアを連れて行く。奥の部屋には料理が盛り付けられていてユキが待っていた。『この娘?いい玉ね』だろう、ジャパユキ研修生だ。まず、乾杯しよう。『カンパーイ』ユキが大きな声を上げる。『日本料理いけるの』何事も勉強だ、気に入ったのを食うだろう。マリアは初めてらしく盛り付けを眺めている。『日本にはいつ行くの。日本語とスケベの扱い教えておかないとね』よろしく頼む。しばらくバギオで日本人接しておいたほうがいいと考えている。夜中に出たら混まないだろう。『クーヤ、今夜?急ね。まあ、いいか、バギオならたいした準備もいらないし』久しぶりに日本酒飲めるな。坂本の計画をユキがマリアに説明。面白そうとマリア。

 店を出るとセヴァスチャンが待っていた。ユキのカローラに荷物を積み込む。俺の運転手だ腕はいい。ユキは横、飲酒運転だぞ。ユキのマンションはマニラの市街が見渡せる。ユキは手際よく荷物をまとめる。『コーヒー入れようか。それとも日本酒と泡盛持って行く』それがいい、急がないとカラーコーディネイトに。厭な予感は当たるものだ。日付が変わるのを待っていたかのように取締りが始まった。車のNO末尾によって首都圏への乗り入れが制限されている。月1,2火3,4という具合だ。警官は反則金3000と俺に2000払うのとどっちを選ぶかという。反則金を納める場所まで白バイが誘導する。セヴァスチャンも車が違うのでうっかりしたのだ。坂本は遣り取りを録画したデジカメを取り出して3000と怒鳴る。驚く警官に、名前と職名を聞く。ID見せろ、裁判所で会おう。お前は俺たちの家族旅行を妨害し、恐喝した、マニラ市長を訴えるからお前も証人として出廷することになる。警官の職も失うだろう。『OK,ゴー、俺が先導する。バギオか、いい旅行を』と先導する。


 バギオまではバスで7時間、車だと5時間だ。白バイの先導で首都圏の渋滞が緩和されたので一時間は節約できた。セヴァスチャン2時間ごとに休憩だ、安全運転で行け。OKサー。ガソリンを入れる。いくら?満タン。え?ここでは金額を言うのが多い。窓ガラスを拭いてくれる。ラジエータの水補給。2500ペソリッター43ペソ86円か日本より少し安い。空気圧エンジンオイルは?セヴァスチャン!サー換えたほうがいい。どれくらいだ?リッター600。時間だ。半時間。よし、トイレに行くか。スタンドで喫煙所があるのはめずらしい。一服。
 バギオに着くと夜が白みだす。南十字星はどこだ?なに?サザンクロス。タウザンクロスね、ない、ミンダナオにある。くそ、thはtなのだ。クーヤ、お腹すいた。おう、セヴンイレヴン。入り口にはショットガン。ビールとツマミ。サンミゲルトとするめ、バタピー。握りずしがあったな、ユキ?ええ。あの店いい、また行くか、電話番号登録してくれ。あいよ。セヴァスチャン食え。ノーサンキュー。食えねーのか。OK,恐る恐る口に入れる。わさびに涙を出す。飲め。腹が膨れたので外に出ようとするとビンの持ち出しはだめだという。レシ-トを見せる。首を振る。ユキが解説。『クーヤ、ビン代は店員ガードマンのボーナス。わかる?』わからねーな。ユキが5ペソ渡すとドアを開けてサンキューサー。警官はヤクザ、店員は乞食。i今なにいった?

 太陽が顔を出すと日差しが強いのですぐ明るくなる。海抜1000mを越すので涼しい。朝霧が晴れてゆく。バギオは夏には首都になる。官僚が引っ越すのだ。盆地なのか四方に山。急な坂道。松の木が多い。日本の原風景を感じる。急ぎ足の日本人らしい婦人が歩いている。あのご婦人を乗せろ。OK.『よろしかったら送りますが、私たちはバギオ観光ですからご遠慮なく』『まあ、助かりますわ、お言葉に甘えて乗せて頂きましょうか』品のある婦人だ。『私たちは今ついたばかりで初めての土地ですから』『道なりに行って下さい。どちらから』『マニラです』『まあ、夜道をおいでたのね。ご予定は』『特にありませんが棚田と日本人が建設した道路は見たいですね』『右に政府観光局があるでしょう。そこで降ろしてください』ユキがタガログ語に訳す。『助かりました。人と会う約束してましたので。わたくし塩崎と申します。よろしかったらバギオをご案内しましょうか』『お願いできますか、やはり日本人同士だと安心できますので』塩崎婦人は笑って会釈すると約束の場所に向かった。

 観光局は愛想が良かった。地図は出してくるわ、懇切丁寧な説明。この国ではめずらしい。隣に民俗館があると言われて向かう。玄関まで長い階段を登る。一階は民俗資料が陳列されている。バギオに触れた感じがしたのは坂本だけでないようだ。ユキはミンダナオ出身だから興味深そうだ。床も階段も木なので落ち着く。二階は日本館で天皇陛下、福田首相の写真がかけられている。ここは日本人が多いということか。一時間ほどして出る。階段を登って来る塩崎婦人をみつけて、お母さんとユキが手を振る。婦人はしたで待っている。『バンブーハウス、竹の家にご案内しましょうか』『お願いします』婦人は余計なことは言わないので坂本は好感を持った。

 竹の家は3千坪くらいの山の斜面に白川村の合掌造りの原型を思わせるのが散在している。竹製の橋、囲炉裏。『ここに来ると落ち着くのですよ』懐かしい風景ですね。『そうなの』伊豆半島はどこから来たかご存知ですか。『ええ?知りませんわ』フィリピンからやって来て日本列島にぶつかって今も押し続けているそうです。『まあ、初めて聞きましたわ』富士山はそのしわ寄せで高いのだそうです。『面白いですね。いつごろの話』2万年ぐらい前で地球の年からするとごく最近のことらしいです。それに伊豆半島の移動は年速1mというのはこれまた超高速で日本列島に激しく衝突したと学者が言ってました。ユキがマリアとセバスチャンに通訳する。『あなたって面白い方ね』そうですか、こんな話をするとたいていの人は変な顔されますが。『とんでもない、興味深いお話です』そうですか、もう少し続けていいですか。『是非。でもゆっくり聴きたいから私の家で続きを。ご予定はないとおっしゃったわね、宿は』これからです。『そう、私の家に泊まるといいわ。私一人暮らしなの』いけません、一人暮らしの女性のうちに泊めていただくなんて。『あら、うれしいわ私を女と見てくださるのね』ユキが一度でいいから日本の家庭に泊まりたい、というので坂本は好意に甘えることにした。


 塩崎婦人の家は高台にあって、市街が一望できる。いい眺めですね。『そうなの、亡くなった主人が気に入ってここを買ったのだけど買い物が大変。ああ、部屋を案内しないと、これは主人の部屋男性ここ。こっちは娘の部屋あなた達ここ』一瞬重い空気が流れる。『わたし、お母さんと寝たい』ユキが空気を払うように言った。『甘えん坊さん』婦人は察したようだ。荷物を降ろして食堂に下りる。『日本そばどうかしら。生のわさびもあるのよ』『海老のてんぷら食べたい』『はいはい、揚げましょう。あなた、ユキさん、手伝って』セバスチャンが車を洗ってくるという。私も庭の掃除しましょうか、坂本も外に出る。

 『サー、。。。』『解っている。セバスチャン門の修理できるか』『できる。道具とパーツがあれば』坂本は裏の納屋に向かう。日曜大工以上の工具が整理されている。パーツを探せ。OK.梯子はどこだ。あれ。坂本が工具とパーツを持つ。セバスチャンが梯子を担ぐ。『塩崎さん、これお借りしますね』『あら、なにが始まるの』と振り返ったがてんぷらをユキと揚げているのですぐ鍋に目を戻す。門の蝶番を交換して油をさす。汗が流れる。道具を片付けてシャワーを浴びる。ついでにプールで一泳ぎ。『できましたよ』塩崎夫人が呼ぶ。

 ざるそばに海老のてんぷら、卸したてのわさび。『さあ、いただきましょ』いただきますと坂本が手を合わせる。ユキが続く。坂本がマリアに眼で促す。セヴァスチャンはわさびにおそるおそる箸をつける。『昨日のより、うまい。アライ』ばか、天つゆをつけて食うんだ、よく観ろ。『お母さん、美味しい』『ユキさん料理上手ね。料理上手は床上手』『何それ』婦人はユキが気に入ったらしい。人間の幸せとはこうして美味い料理を食うことですね。『坂本さん、お世辞がお上手ね』お世辞上手はお床下手。『一本取られました』?とユキ。何いってんの、海老は高いんだから。俺こんな美味いもの食ったことがない。塩崎婦人はタガログ語がわかるらしく自分の海老を与える。サンキューマム、運転手の俺に、と涙ぐむ。

 食後は門のペンキ塗り。サーはこんなレイバーするのか、俺がやるから見ててくれ。それでは意味がない。いくぞ。イエスサー。坂本が錆び落しをするとセヴァスチャンが塗ろうとする。洗って拭いてからだ。付いて来い。坂本は納屋に向かう。スティームクリーナーを引っ張り出す。油を差して水を換える。よし。門に運ぶ。電源を入れると勢い良く水蒸気が噴出してくる。
門は汚れが落ちてゆく。玄関周りも流す。『セール。この家初めてだろう。良くわかルナ』うん?門を指差す。拭く?そうだ。古いタオルを持たす。
 次は庭掃除。落ち葉を集めてドラム缶に入れる。サー燃やさないのか?いい肥料になる。肥料?ドラム缶の底を見せる。こうして水をかけておくと土になる。???プールの落ち葉取って来い。NO泳げない。坂本はパンツになって跳び込む。落ち葉を拾い集めてドラム缶に入れる。バキュームで底をすくって並べたバケツに入れる。上水をプールに戻し底をドラム缶に移す。日本人はめんどくさいことをやる。うるさい、坂本はセバスチャンをプールに突き飛ばす。バチャバチャ。坂本はゆっくりと泳ぐ。熱った身体に水がまとわる。

 日が傾くと『ご飯ですよ』塩崎婦人の声がした。はーい、坂本はプールを出る。食卓にはカレーライスができていた。『明日はごもくずしをつくりますからね』『マム、あなたは何故私たちにこんなによくする?あなたを車に乗せただけではないか』『それはね、あなたたちがいい人間だから。人は人との間で生きているのよ、マリア』一瞬の沈黙。『坂本さん、伊豆半島の続きを聴かせて』この国では身分がまだ存在するのだ。身分とはいかなくても階層は多くの人たちとの交わりを遮断する。
坂本はビールを飲み干すとちらっとマリアを見て話し出す。フィリピンを離れた伊豆半島は、当時はなんと呼ばれたのでしょうね、北上を続け、日本列島に激しくぶつかり今も押し続けているそうです。ここからは私の想像ですが伊豆半島にはフィリピン人が住んでいたはずです、つまり、日本人には南の血が流れていると言えるでしょう。『そうですね、日本民族は単一と思われているけど、アイヌ、朝鮮、中国も混血してますわね』人類的数では朝鮮系、中国系、日系、その他の順になるそうです。『日系日本人?どんな日本人かしら』よくわかりません、ロシアのアムール川のあたりからやってきたみたいです。というか、日本列島が大陸から離れたときに住んでいた民族、でしょうか。『クーヤ、見ただけではハポン、コリアーノ、チャイニーズわからない』ユキ、俺もよく聞かれるよ、そたび、俺は日本人だったと意識する。『外交官試験問題にいいわね、日系日本人。ごめんなさい、話を逸らせて。主人が外交官だったものだから私もいろんな国をまわったのよ。外国人に接して日本人であることを自覚したものだわ。今では逆になったけど。坂本さんのお話、伊豆半島日本列島移動、日本民族のルーツと勉強になるわ』

 坂本は久しぶりに会話ができた気がした。日本人でも関心を持つのは少ない。『マム、私の質問と関連がありますか』マリヤが棘のある詰問をする。『坂本さんは人種、国籍などは人間にとってさほど重要でない、とおしゃってるの。わかりますか、マリア。大航海時代の始まる前のヨーロッパにジャガイモ、トウモロコシ、トマトはあった?香辛料はあった?』塩崎婦人の切り返しにマリアはたじろぐ。『ごく最近まで、マジェランが来るまでは太平洋はその名の通り平和な海だったのよ。人々は豊かにそして平和に暮らしていた』『おっしゃる意味が解りません』『いえ、あなたはわかっているわ。香辛料のないヨーロッパの食事がいかに貧しかったか。そして今日までの繁栄が植民地からの搾取によってもたらされた事を』財閥の娘と元外交官夫人とでは格が違う。『主人は競争社会と人々が助け合っている社会と人間にとってどちらが幸せかと私に聞いたの』

   Rice Terraces 天まで続く棚田



 イフガオ族Ifugao守られてきた棚田を観に行く。バナウエBanaueまでは車でバギオから188km北に3時間。塩崎夫人は前からの約束があるので同行できないと残念がる。『クーヤ真知子若いわね』塩崎さんか。『82には見えない。知的な感じがする』ユキは本当に母親のように思っているようだ。バナウエ市街までは2時間で着いたがここからは山道にいる。ガソリン入れろ。大丈夫、半分残っている。満タンにしろ。イエスサー。山肌に棚田が広がる。日本と変わらないが斜面がきつい。世界遺産の棚田は天まで続くというが後どれぐらいか。『クーヤお弁当食べよう』そんな時間か。フィリピーナはミリエンダ(おやつ)といってよく食う。1日4食だ。

 水車が見える。あそこにしよう。小さな水車小屋で弁当を広げる。水量がないのかゆっくりと水車が回っている。細長い木のいすに並んで座る。前方に谷と山並みがひろがる。風が駆け上がってくる。大きなお結びに卵やき、ちくわ、漬物、塩崎夫人が持たせてくれたのだ。『サー、日本のフードはうまいなあ』『当たり前でしょ、食材がいいし真知子は料理も上手』坂本はビールの小瓶を開ける。割り箸を栓に当てこんこんといすにぶつける。半分のこしセバスチャンに遣る。サンキューサー。ああ、いい気持ちだ。いい風ね。クーヤお茶。うまい。坂本はマリアにもすすめる。一口飲んでから不思議な味と感じるのか坂本に返す。もっと飲め。マリアは一口飲む、今度はもう一口。
 連れじょん便といくか。ツレジョン?ハリカ。イエスサー。どちらが良く飛ぶか?アノン?あの岩打てるか。2m先の小岩を指差す。後ろからレディーゴーとユキ。俺の勝だな。No Ako!いや私だ。ユキとマリアも参加。『クーヤ後ろ向いてて』馬鹿、判定できないじゃないか。お前たちこちらに向け、尻あげる。パンティーババ(さげろ)。Ready GO!放水始め!アイ、風がちらかす。坂本がマリアの腿と尻をハンカチで拭いてやる。Me too私も!OK。ユキも尻を上げる。いいけつしてるな。スケベー。どっちの勝?No game,next time 今度また決着つけろ。

 山道は東へと続くが世界遺産の棚田は北に道を取って半時間とか。前方に荷物を背負った婦人が歩いてゆく。『よろしかったらどうぞ、棚田を観に行くところです』『まあまあご親切にお言葉に甘えさせていただこうかしら』意外にも日本語が返ってきた。半時間ほど走るとそこで降ろしてくださいと婦人は言った。家までどうぞ。『ありがとうございます。このすぐ上ですし、車は無理です。帰りにお立ち寄りくださりませ、お茶なぞお飲み下され』カタジケナイ、されば、帰りにお訪ねいたそう。坂本も時代がかった返答をする。『へんな日本語』とユキ。
 右Kinakin左Rice Terracesの標識が見える。ところが一転にわかに掻き曇り大驟雨。側溝のない道路はたちまち冠水。車を寄せて停車。雨音は板金工のごとし。待つこと1時間。雨脚が少し弱まったものの外は暗い。不安になって来る。ヘッドライトを点けた車が横付けして来た。窓をたたく。ユキが開けると何か大声で話してきた。ありがとうとユキが窓を閉める。
 『クーヤここは危ないそうよ。ツネオが心配して待っているって』ツネオ?『さっき車に乗せた人のご主人。ここはがけ崩れがよく起きるって今の車の人』そうか、引き返そう。坂本は外に飛出して道路幅を確認しながら車を誘導する。車の向きを変えると坂本は靴を脱いでカニの横ばい。路肩を確認してそこから歩測。5歩半かける0.75約4mだな。 シャツを脱いで車に戻る。ユキが全部着替えろという。早く言え、坂本がパンツを脱ぐ。ユキがマリアに背もたれをを前に倒してトランクのバッグをとるように指示する。マリアは背もたれに馬乗りしてバッグを引きずり出す。ユキがバスたるを坂本にフェイスタオルをマリアに渡す。マリアが坂本の背中を拭く。ユキがクーラーを切る、着替えを取り出す。マリアが頭と顔を拭く。『前も良く拭いて』とマリアに。『クーヤ立って』ユキがバスタオルを降ろして坂本のチンチンを持ち上げる。止せ。マリアが金玉を拭く。ユキがチンチンをシャブル真似をする。マリアがキャッキャと笑う。ビゲルとセバスチャン。一人500ずつ払え。パンツとシャツを着替えて坂本が道路幅は?『4.5mサー』OK、どうしてわかる?『サー、俺プロ。頭に入れて運転する』なるほど。

 車は慎重にもと来た道を引き返す。こいつらどんな状況でもHはすきなんだ、坂本は一人笑いする。道路は半分は見えない。下りは山側通行だがこの際どっちでも変わらない。道が大きく右に曲がっているところに来るともうじきねとユキ。イエスマム。『クーヤ、アテー』とユキが叫ぶ。どこだ?車がクラクションを鳴らす。婦人が手を振っているというが坂本には見えない。しばらく走ってから人影が坂本の視野にいってきた。眼、歯、脚と弱ってくるそうだが暗いところはよく見えない。
 坂本は苛立ちを感じながらもうれしかった。婦人は驟雨の中待っていてくれたのだ。入り口でセバスチャンが降りて車で行けるか確かめる。婦人の案内に着いてゆく。やがて小走りに戻ってきて親指を立てる。車を乗り入れる。大丈夫か。サープエデ、プエデ。車幅ギリギリのところを進む。日本人には真似できない感覚だ。中庭は結構広い。電気はないが囲炉裏の火が外に漏れている。入り口にランプが点されている。
 バッグを手に持って中にいる。『おう、ご無事に着かれたか、さあさあ、お上がりなされ』後厄介をお掛けいたします。『何の何の、火に当たりなされ。すぐ食事を進ぜる故』かたじけのう存じます。婦人が濁酒を出してくれた。『おう、そうじゃな。先ずは一献』頂戴します。大きな盃を飲み干して返盃する。主人は日本人の顔をしている。
 言動が一昔前の日本人だ。三人とも盃を交わす。マリアはぐいっと飲み干すと『うまーい。ワンモール』と盃を出す。主人と婦人が声を立てて笑う。『焼けたようじゃ、近くの川で採った魚だが召されよ』坂本が頭から噛み付く。いけますな、魚は塩焼きが一番。『それは上々。さあこなたも』ユキがおいしいと声を上げる。うまーい、とマリアも。セール、どっちがいい?どっちでもいい、同じ意味だ、女と男の違い。??。山菜に雑煮と馳走される。

 腹がくちて身体があたたまると酔いがまわる。挨拶が遅れましたが坂本龍次です。『私、ツネオヤマダ、日本流にてヤマダツネオと申します。父は陸軍中尉山田明憲。これ家内メルダ』このたびはご厄介になります。自己紹介しろ。『ユキと申します。本名はミミ、出身はミンダナオです』『わたくしマリアカルロス、あなた方にお会いできて幸せです』『俺セバスチャン。両親はビゴール』『よくおいで下された。メルダがお世話になりました。して坂本殿御国は』徳島です。『父は和歌山の出でござる。お隣かな』左様、海をはさんで向かいなれば同じ地名も多ござる。那賀、勝浦、吉野など。『おおなつかしや。漁業盛んなる?』 紀伊水道は潮の流れが激しく海の幸に恵まれておりますので。『クーヤ海の幸って何』魚貝、海草などだ、和歌山の捕鯨は昔から有名だ。『龍次、日本人は鯨を食うのか、蛸も食うのか』マリア、一度食ったら病み付きになるぞ。

 囲炉裏が爆ぜる。『リュウジ、これは暖炉か』そうだ、マリア。同時にオーブンでもある。山深いところは囲炉裏、平地は釜戸、と同じ日本でも地域によって文化が異なる。『囲炉裏の端に縄なう父は 過ぎしいくさの手柄を語る』ツネオが歌いだす。

 居並ぶ子供は眠さ忘れて 耳を傾けこぶしを握る 坂本が唱和すると
 囲炉裏火はとろとろ外は吹雪 とメルダも唱和。
『今から60年以上も前のこと。日本の兵隊がやってきたのよ』とメルダが語り始めた。
第三章 流浪の旅


主要登場人物

坂本龍次      自分の人生を求めてフィリピンを流浪する日本人 
カルロス      スペイン財閥の一つカルロス家の総帥
マリアカルロス   スペイン財閥の一つカルロス家の一人娘
陳 志淵      ホテルスーパーなどを経営する華僑
ユキ        ミンダナオ出身のジャパユキ。本名 Jonalyn Macappndang
塩崎真知子     元外交官の未亡人
山田 清美     旧日本陸軍中尉の娘
シャハラザード  某国大統領の娘
坂本の子供   モニカ(マリア)アナヤ(アンジェリータ)碧渓(梅雲)碧谷(許細君)
           南海雄 (ユキ) 紀和(清美)ヤサミーン(シャハラザード)ほか



     流れ流れて落ち行く先は   北はシベリア南はジャワよ
        いずこの土地を墓所と定め いずこの土地の土と終わるらん

            昨日は東今日また西と 流浪の旅は果てなく続く
                果てなき海の沖の中なる  島にてもよし永住の地欲し

 坂本龍次はマニラの繁華街を歩いていた。ふと口をついてでてきたのがこの歌である。歌詞からして戦前の歌だろうが今の自分の心境を端的に示していると思えるのだ。彼は退職者特別居住ビザを取得したばかりだ。多くの日本人が定年退職をし年金暮らしに入ると俺の人生は何であったかと考えるが彼もその例だ。が、考えるだけでなく実行するところが少し違う。フィリピンに来て2週間、今日永住ビザを手にしたのだ。ここは年金証書と1万ドルの定期預金で比較的簡単に取得できる。取得後は日本から片道切符で来られるし、フィリピンから外国に行くこともできる。ここは航空料金が安い。ビザ更新は、毎年は面倒なので3年毎にした。
 この間二三箇所に足を伸ばし在留邦人の生活を見てきた。これからどんな人生が始まるのか、待っているのか、坂本は期待と不安が交錯していた。今日は大通りから少し横道に冒険してみる気になった。宿舎のコンドテル(ビジネスホテル)からの道が頭に入ったからだ。歩道に停められた車、悪臭の排水、人前を平気で横切る娘、タバコのポイ捨て、けたたましいクラクション、などから逃れたい気もあった。


 ここは銀座と霞が関を合わせたようなところと教えられたが、アヤラ大通りを軸にマカティ、エドサ通を進む。こんな街中にゴルフクラブが。きっと空港離着陸時に観るやつだ。少し横に入ると住宅らしい建物も散在している。朝の6時はまだ日差がきつくない。10m以上もある椰子の木に日がかかっている。椰子を見るとフィリピンにいると思う。その椰子は数本ずつ幾何学模様に植えられているようだ。高いところから観ればはっきりするのだろうが広大な敷地に違いない。日比谷公園、いや皇居ぐらいか、こんな街中に林が存在する。コンクリート塀で囲われている。外部からの侵入を拒否するように有刺鉄線が張り巡らしてある。ひょっとすると高圧電流を流しているかもしれない。どのような人間が住んでいるのだ。確かめてやろうという衝動にかられて彼は歩みを速める。しかし、無表情なコンクリートが続くだけで内部の庭すら窺い知ることができない。

 日は頭を照り付けてくる。汗が流れる。眩しい。眼が痛い。半時間は歩いたろう。鉄門が開いて黒い車が出てきた。門はやはり外部と隔絶するものだろう。すぐ閉じられたので広い芝しか眼に入らなかった。たばこを一服と思っていると先ほどの車がバックで逆走してきた。クラクションを鳴らして門に入ろうとしている。別の車がこれを阻止する。黒い車の左のドアが坂本の左腕に当たり運転手が跳び出す。無礼者と叫ぶ坂本を別の男が突き飛ばし後部のドアを開ける。車に身を入れて何かを引き出そうとしていた。坂本はその脹脛に足を乗せて体重をかける。男のひざが曲がり男はのけ反って後頭部を車にぶつける。さらに男の髪を掴んで外掛で仰向けにさせるとベルトを引き抜きズボンを引き下げる。そのベルトで男を縛り上げる。両手両足の自由を奪われ男が喚く。うるさい、と坂本は汗を拭いたハンカチを男の口にねじ込む。吸いかけたたばこに火をつけたとき坂本の右足に熱いものを感じた。たばこは手に持っている。なんだ、と思った。それは激痛に変わった。脹脛から出血している。

 その時後ろで銃声がした。男がわき腹を抱えてうずくまる。逃げ出した運転手が撃ったのだ。運転手が車に乗れと坂本に叫ぶ。坂本は男に蹴りを入れる。運転手は坂本を車に押し込んだ。車が門をくぐる。別の車は逃げ去ったらしい。門の中は広い芝だ、ゴルフ場のカートに乗っているように思えてくる。運転手が何か言っている。傷口を塞げということらしい。『どうやって』と聞き返すとハンカチが差し出された。若い女が心配そうに見ていた。『ありがとう』とそれを手にして坂本は女の存在に気づいた。そして脹脛を縛ろうとしたが痛みが走る。女は車を止め坂本の横に移動すると細くて白い手で坂本の脹脛を縛った。甘酸っぱい少女の匂いが坂本を包んだ。

   マリア カルロス


 車が玄関に着くと中年夫婦が飛び出て来る。少女は男の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。『私のマリア大丈夫だよ、無事か』男が叫ぶ。女も後ろから少女を抱いて涙する。男は二人を抱き寄せる。運転手が中へと坂本を誘う。『貴殿が私たちの娘を救ってくれた。感謝申し上げる』と男は坂本の手を握って慇懃に挨拶する。『本当にありがとうございます。貴方はこの子の命の恩人です』と女が続ける。事の次第は報告されているようだ。少女が坂本の右に肩を入れて中に招き入れる。
 内部は貴族の館といった感じだ。ソファーに座らせられる。『ありがとうございました。私はマリアです。父と母です。あなたのお怪我の手当をさせます』感じのいい娘だ。美しさと知性を備えている。坂本は別室で治療を受ける。お抱え医者といった男が大事はないと言っているが痛みはきつい。今になってピストルで撃たれたのだという実感と恐怖が湧いてきた。日本では映画かニュースの話がここでは日常なのだ。廊下で医者が館の主に報告していた。弾丸が2cmの深さで貫通しただけだが、神経と血管が破損しているので一週間位安静を要すると。

 しばらくして坂本の落ち着いたのを見計らったようにマリア親子がやってきた。『お加減はどうですか』たいしたことはない、ハンカチありがとう。『私はカルロス、マリアの父です』知っている。マリアがお前を父だといった。『これは私の妻アンジェリータ』綺麗な方だ。『貴殿にお礼がしたい、幾ら払えばいいか』礼など要らない、腹が減っているから何か食わしてくれ。それより運転手を呼べ、彼は俺の腕にドアをぶつけて謝りもしない。運転手が入って来る。『セール、済まない。緊急だったので』理由など聞いていない。名前は。セヴァスチャン。1000ペソで許してやる。『ノウ、セール高い』この腕には200万ドルの保険がかかっている、高くない。『500にしてくれ』『あの車は私の車ですから私が払います』とカルロスが割り込んでくる。これは俺とセヴァスチャンとの問題だ、お前は黙っていろ。では食事が済んだら俺をホテルまで送るなら500だ。『サンキューサー』カルロスが500出す。もう500だせ。坂本はそれをセヴァスチャンに渡すとさあ500払えと迫る。OK,OK.プエデ、プエデ!
 カルロスが笑いながら『今度は私の決済だ。この小切手に好きなだけ数字を入れてくれ』何故俺が受け取らなくてはならない?お前は奴らをやっつけるように俺に依頼したか、理由のない金は受け取れない。『セール、貴方はマリアの命を救った。そのお礼です。これは母としてのお願いです』セニョーラ、お気持ちは解りますが私はマリアがハンカチをくれた時彼女の存在に気づいた。私を突き飛ばした男を懲らしめたに過ぎない。したがってマリアの命とは別の問題です。わかりますか。顔を見合す夫婦。『さあ、食事にしましょう』とマリアが坂本に肩を貸す。大丈夫、お嬢さん、歩けますよ。『今日だけ』人の気持ち、雰囲気が読める娘だ。

 食事は美味かった。『ご馳走様、美味かった。俺は帰る』坂本が挨拶するとカルロスがゆっくりしてゆけという顔。『Mr.Sakamotoゴチソウサマはどういう意味ですか』とマリアが父の意を汲んだようにたずねる。それはこの料理に携わったすべての人たちへの感謝です。素晴らしい言葉ですね、とアンジェリータも相槌を。よくできた母娘だ。坂本が立ち上がるとマリアが肩を貸す、任せてと父に眼で言う。セヴァスチャンが待っていた。『サー、500儲かった、サンキュー』俺もだ。『サー、血がついたジーンズ着替えろ。俺のを貸してやる』そうだな、助かる。このジーンズは証拠品だから大切に保管してくれ。『OK.サー。お嬢様は坂本の看護婦をするといった。ここだとホテル代も食事代も要らないぞ』本当か、じゃあ引っ越すか。『それがいい。俺の車で送る、サーの引越し手伝う』と話がまとまる。
 日本人経営のコンドーテルを引き払うことにする。フロントで伝言があった。中国人らしい名前に電話してくれとのことだ。荷造りを終えたところに電話。『坂本さんですか、私陳志淵と申します。グランドイースタンの経営者です』ご用件は。電話では話せない重要な用件だからご足労願いたいという。イースタンは3泊したコンドーテルだ。折り返し電話すると受話器を置く。
 ホテルの日本人経営者に相談する。彼はホテル、カラオケ、レストランを20年以上経営している。客の多くは日本人で大部分が買春目的だ。食堂で顔を合わすうちに話すようになった。坂本が永住を決意したことを話すとフィリピン各地をよく観てから終の棲家を決められた方がいいですよと薦めてくれた。商売柄人を見る眼は確かだ。坂本のようにカラオケにも行かない、女も買わない純情派を心配してくれたのだ。
 陳志淵はスーパー、ホテル、旅行会社、航空などを手広くやっている華僑で、フィリピンに来て間もない日本人の貴方に会いたがる理由は解らない。かなりの大物でこちらからは会える機会は少ない。話を聞くだけは聞いてみたらどうですか、私も一緒に行ってもいいですよ。そうですか、是非お願いします。陳に半時間後にイースタンに行くと伝える。

  陳 志淵


 イースタンに着くとフロントに陳を呼べと伝える。お名前は。坂本だ、陳はいないのか。父に何の用ですか。陳に聞け、質問に答えろ。お待ちください。人を呼びつけておいて迎えにも来ないとは無礼な、帰る。父がお通しするように行っております。俺は帰ったと伝えろ。まあまあと日本人経営者が来意を説明する。大変失礼しました、ご案内します。失礼ではなく無礼だ。俺は時間がない、帰ると言った、わかったな。陳からですとフロント嬢。帰ったと言え。『ここは日本ではありませんから』と経営者が腕を取る。

 陳の事務所に入る。最上階にあるが見事な造りだ。客室はおそまつだが。『坂本さん、および立てて済みません。出迎えもせず、無礼の段ご容赦ください』で、重要な話とは?これから日本人客をターゲットにしますので坂本さんにアドバイスをお願いしたいのです。幾らくれる?貴方の思う額の2倍。何故私に?坂本さんは率直にものをいう。じゃあ百万。結構です、まずこのホテルについて。不潔、サービスが悪い。『具体的には?』自分の眼で見ろ、分からぬ奴にアドバイスは無意味だ。『分かりました、百万円を小切手で払います』百万ペソだ、ここはフィリピンだぞ。失礼しました。坂本さん私がその小切手を買い取りましょう、現金でお支払いします。『この方は?』そこのホテルの経営者だ。二人は名刺を交換。おれにも。陳志淵と平野義太郎か。平野は坂本の銀行通帳を預かってこれに預金してくるという。陳が坂本と二人で話したいのを察してのことだろう。

 陳は少し表情を変え『カルロスをご存知か』と坂本に話しかける。首を振って、どんな男だと坂本。フィリピン財閥の一人だ、私の商売敵でもある。そこで陳は坂本の反応を確認しているようだ。『坂本さん、携帯番号を教えて下さい、またお願いすることもありますから』いいよ、呼んでみろ。坂本は携帯が鳴ると番号をみる。陳の名前を登録する。『坂本さん、お名前は』龍次、ロンチー。『龍はいい名だ。縁起が言い』そこへ平野が帰ってきた。通帳を改めてください。坂本が肯くと小切手を手にする。陳、いつでも呼んでくれ、1件50万で受ける。『50万ペソ、百万円ですね』と陳が確認する。坂本が頷きながら立ち上がる。『お茶も出さずに失礼しました。今度はゆっくり、平野さんも』陳は丁重に送る。

 外にでると坂本が『いい仕事だ』と平野にいうと『ただほど高いものは無いとも言いますから慎重に』と釘を刺す。『今日はそれだけの値打はありますよ。私もコネができました』坂本は買い物すると平野と別れる。セヴァスチャンを連れて日本食糧の店に入る。振りかけ、インスタントなどを買い込む。次は長袖だ。セヴァスチャンお前のどこで買った?そういうのががホシイ。これは運転手のユニフォーム。そんなことは訊いていない、どこか?SM.よし、行け。イエスサー。綿のを2着、ココナツのを1着で9500ペソ。店員に6000という。できません。では5000。無理です。ここ1月売れてないではないか、纏め買いするのだから5000だ。9500です。同じ言葉を繰り返すのは馬鹿のすること、マネージャーに相談して来い。店員に行けと手を振る。セヴァスチャンお前が6000持ってたら幾らで買うか?4500そうだろう。中年の女がやってくる。『セール9000でどうですか』俺は5000と言った、OK?だめです。ではセヴァスチャン500貸せ、5500だ、と空になった財布を見せながら金を渡す。女は自分の取り分は500と計算したのであろう。会計はあちらです。案内しろ。(案の定領収書は5000)。

 次は銀行だ。『サー値切るの上手いね』金は有効に使え、あれでも2500は利益がある、日本人と見てふっかけやがった。銀行で5000引き出す。金種を替えろ。ええ?500×2 200×10 100×20分かるか。イェース。いい子だ。セヴァスチャンに600返して値切りを口止め。サー、タポスナ?終わりだ、マリアに行け、いけねえハンカチ買うの忘れた。日本製喜ぶ、ママヤ(そのうち)OKとセヴァスチャン。携帯ワン切り。カルロスにこれから帰るとの連絡らしい。発進。後ろの車を巻け。アイアイサー。生まれて初めてピストルで撃たれた、いてぇなあ。アライナ?痛い痛い。ママヤ、マリア キス ユー。本当か。シエンプレ(もちろん)!


           塩崎 真知子


 陳とカルロスとは商売敵?陳の目的は、マリアの誘拐?坂本龍次の頭の中には今日の出来事が再生されていた。車は裏口からカルロスの館に入った。陳は何故百万ペソを?疑問が次々と湧いてくる。やがて部屋に案内される。20畳はあろうか、天井も高い。マリア親子がやってきた。『痛みませんか』アンジェリータが口を切る。ああ、頓服を飲んだから。荷物はセバスチャンとマリアの乳母が片付けてくれる。時々マリアの顔を伺う。それはそこ、これはそこと指示しているようだ。『龍次、これは何ですか』マリアが興味深そうにきく。電子辞書、医学辞典、百科事典も入っていて重宝している。『使っていいかしら』いいよ、と使い方を教える。

 片づけが終わると食事が運ばれてきた。マリア親子だけが部屋に残った。『貴方の怪我がよくなるまでは食事は運ばせますから。こういうのも楽しい、ね、カルロス』スペイン財閥も奥さんには頭が上がらぬようだ。『貴方はきっと帰ってくると思ってましたのよ』マリアがくすっと笑う。アンジェリータはカルロに勝ち誇った眼を向ける。そうだな、とカルロス。もう一時か腹が減るわけだ。このvino美味いな。『カルロス家自慢の葡萄酒だ、ヴァレンシアから取り寄せた。うちの葡萄畑は美しいぞ』スペインに一度行ってみたいな。『リュウジ、スペイン語話せる』マリアが大きな声を出す。poco,少し。『年に一度はヴァレンシアに帰りますの、是非ご一緒に』Gracias senola,me gusta.ありがとう奥さん、行きたい。

 食事が終わると母娘は席を立つ。マリアが坂本の電子辞書を抱えている。リュウジが親指を立てると嬉しそうにそれを持って出て行く。『陳に会ったのか』ああ。で?カルロスを知っているかと。フム。カルロスは女癖が悪い。それから?先は有料。いくら?ミリオンペソ。OKと小切手を渡す。坂本には金持ちの感覚が分からぬ。庶民の日給は200ペソ。小切手を確かめると話を続ける。『カルロスはスペイン財閥の一翼。商売敵』他には?ホテルのアドバイス。なんと?不潔、サービス悪い。カルロスが声を上げて笑った。サンキュー。これいいのか?SI!ああ。坂本は銀行通帳に小切手を挟む。

 意を決したかのようぬカルロスが話し出した。マリアを誘拐しようとしたのは陳だ。吐いたのか?ああ、リュウジが縛り上げてくれた男が全て話した。(気前よく百万出す訳だ、陳も事件の口止め料か)陳は航空業界で我らの利権を狙っている。で?マリアを匿って欲しい。これはマリアの生命を守るための費用だ、金額は好きなだけ入れてくれ。わかった、この小切手はマリアに預けてくれ。必要になったときは金に替える。それと専用の携帯を持とう、二人だけのホットラインだ。(なぜ俺に、人間の運命とはわからぬものだ)

 坂本はユキを呼び出す。10回呼び出し音を鳴らしたが出ない。どこに行こうか、彼らには深刻な問題かも知れないが俺には可愛い娘連れの観光旅行だ。飛行機の移動はIDから身元が割れやすい。陸路とすればやはりバギオか。坂本が逃避行を考えていると携帯が鳴った、ユキだ。『クーヤ、元気?電話くれた?』おう、ユキ。待ってた。頼みがある。ジャパユキ養成やってくれるか?『クーヤのカノジョ?』そんなところだ。『いいよ、今空港。どこで会う?』気が早いな、二三日後に連絡する。ユキの日当1000その他は実費。『OK。今旦那を見送ったところ。わたし暇だから』じゃあ、よろしくな。

 その夜坂本はシャワー浴びてマリアの部屋を訪ねた。少女らしいインテリアとヴィオリンが彼を引き付けた。マリアはそれを弾いてみる、と坂本に渡す。弓はマリアの手で松脂がつけられたばかりだ。しばらく音程を探ったが子供の頃の記憶がよみ返って来た。

  あした浜辺をさまよえば 昔のことぞおもわゆるる 
  風の音よ雲の様よ 寄する波も貝の色も

カルロスもアンジェリータも聴きつけて来た。もう一曲と催促される。

  命短し恋せよ乙女 紅き唇褪せぬまに 
  厚き血潮の冷えぬまに 明日の月日のないものを

拍手しながらカルロスがコンサートだ、ロビーに行こうと叫ぶ。マリアが楽譜を携える。ロビーのピアノは美術品だ。アンジェリータが譜面を開く。マリアはヴァイオリンを肩に置く。ピアノとチューニングするとチーゴイナーワイゼンを弾いた。激しくも切ない序奏から急テンポの終盤まで一気に弾き切った。本場の乙女は違う。その手に神が乗り移ったかのようだ。感動が静まると大きな拍手が起こった。いつしかロビーは大勢が集まっていた。
坂本がMria Maquiling,Mujer de Sarasate!マリアマキリーン、サラサーテの娘といいながらマリアの手に口付ける。『今度はリュウジ』と手渡す。拍手に絆されて坂本は弾き始める。

  春高楼の花の宴 めぐる盃影さして 
  千代の松ヶ枝わけいでし 昔の光今いずこ
  秋陣営の霜の色 鳴き行く雁の数みせて 
  植うる剣に照りそいし 昔の光今いずこ

ヴァイオリンをマリアに渡し歌う。マリアが即興で伴奏する。ピアノが加わって、三重奏となった。

  いま荒城の夜半の月 変わらぬ光たがためぞ 
  垣に残るはただ蔓 松に歌うはただ嵐
  天上影はかわらねど 栄枯は移る世の姿  
  写さんとてか今もなお ああ荒城の夜半の月

 怪我は出血が止まり後は日にち薬になった。ユキの指定してきた日本レストランにマリアを連れて行く。奥の部屋には料理が盛り付けられていてユキが待っていた。『この娘?いい玉ね』だろう、ジャパユキ研修生だ。まず、乾杯しよう。『カンパーイ』ユキが大きな声を上げる。『日本料理いけるの』何事も勉強だ、気に入ったのを食うだろう。マリアは初めてらしく盛り付けを眺めている。『日本にはいつ行くの。日本語とスケベの扱い教えておかないとね』よろしく頼む。しばらくバギオで日本人接しておいたほうがいいと考えている。夜中に出たら混まないだろう。『クーヤ、今夜?急ね。まあ、いいか、バギオならたいした準備もいらないし』久しぶりに日本酒飲めるな。坂本の計画をユキがマリアに説明。面白そうとマリア。

 店を出るとセヴァスチャンが待っていた。ユキのカローラに荷物を積み込む。俺の運転手だ腕はいい。ユキは横、飲酒運転だぞ。ユキのマンションはマニラの市街が見渡せる。ユキは手際よく荷物をまとめる。『コーヒー入れようか。それとも日本酒と泡盛持って行く』それがいい、急がないとカラーコーディネイトに。厭な予感は当たるものだ。日付が変わるのを待っていたかのように取締りが始まった。車のNO末尾によって首都圏への乗り入れが制限されている。月1,2火3,4という具合だ。警官は反則金3000と俺に2000払うのとどっちを選ぶかという。反則金を納める場所まで白バイが誘導する。セヴァスチャンも車が違うのでうっかりしたのだ。坂本は遣り取りを録画したデジカメを取り出して3000と怒鳴る。驚く警官に、名前と職名を聞く。ID見せろ、裁判所で会おう。お前は俺たちの家族旅行を妨害し、恐喝した、マニラ市長を訴えるからお前も証人として出廷することになる。警官の職も失うだろう。『OK,ゴー、俺が先導する。バギオか、いい旅行を』と先導する。


 バギオまではバスで7時間、車だと5時間だ。白バイの先導で首都圏の渋滞が緩和されたので一時間は節約できた。セヴァスチャン2時間ごとに休憩だ、安全運転で行け。OKサー。ガソリンを入れる。いくら?満タン。え?ここでは金額を言うのが多い。窓ガラスを拭いてくれる。ラジエータの水補給。2500ペソリッター43ペソ86円か日本より少し安い。空気圧エンジンオイルは?セヴァスチャン!サー換えたほうがいい。どれくらいだ?リッター600。時間だ。半時間。よし、トイレに行くか。スタンドで喫煙所があるのはめずらしい。一服。
 バギオに着くと夜が白みだす。南十字星はどこだ?なに?サザンクロス。タウザンクロスね、ない、ミンダナオにある。くそ、thはtなのだ。クーヤ、お腹すいた。おう、セヴンイレヴン。入り口にはショットガン。ビールとツマミ。サンミゲルトとするめ、バタピー。握りずしがあったな、ユキ?ええ。あの店いい、また行くか、電話番号登録してくれ。あいよ。セヴァスチャン食え。ノーサンキュー。食えねーのか。OK,恐る恐る口に入れる。わさびに涙を出す。飲め。腹が膨れたので外に出ようとするとビンの持ち出しはだめだという。レシ-トを見せる。首を振る。ユキが解説。『クーヤ、ビン代は店員ガードマンのボーナス。わかる?』わからねーな。ユキが5ペソ渡すとドアを開けてサンキューサー。警官はヤクザ、店員は乞食。i今なにいった?

 太陽が顔を出すと日差しが強いのですぐ明るくなる。海抜1000mを越すので涼しい。朝霧が晴れてゆく。バギオは夏には首都になる。官僚が引っ越すのだ。盆地なのか四方に山。急な坂道。松の木が多い。日本の原風景を感じる。急ぎ足の日本人らしい婦人が歩いている。あのご婦人を乗せろ。OK.『よろしかったら送りますが、私たちはバギオ観光ですからご遠慮なく』『まあ、助かりますわ、お言葉に甘えて乗せて頂きましょうか』品のある婦人だ。『私たちは今ついたばかりで初めての土地ですから』『道なりに行って下さい。どちらから』『マニラです』『まあ、夜道をおいでたのね。ご予定は』『特にありませんが棚田と日本人が建設した道路は見たいですね』『右に政府観光局があるでしょう。そこで降ろしてください』ユキがタガログ語に訳す。『助かりました。人と会う約束してましたので。わたくし塩崎と申します。よろしかったらバギオをご案内しましょうか』『お願いできますか、やはり日本人同士だと安心できますので』塩崎婦人は笑って会釈すると約束の場所に向かった。

 観光局は愛想が良かった。地図は出してくるわ、懇切丁寧な説明。この国ではめずらしい。隣に民俗館があると言われて向かう。玄関まで長い階段を登る。一階は民俗資料が陳列されている。バギオに触れた感じがしたのは坂本だけでないようだ。ユキはミンダナオ出身だから興味深そうだ。床も階段も木なので落ち着く。二階は日本館で天皇陛下、福田首相の写真がかけられている。ここは日本人が多いということか。一時間ほどして出る。階段を登って来る塩崎婦人をみつけて、お母さんとユキが手を振る。婦人はしたで待っている。『バンブーハウス、竹の家にご案内しましょうか』『お願いします』婦人は余計なことは言わないので坂本は好感を持った。

 竹の家は3千坪くらいの山の斜面に白川村の合掌造りの原型を思わせるのが散在している。竹製の橋、囲炉裏。『ここに来ると落ち着くのですよ』懐かしい風景ですね。『そうなの』伊豆半島はどこから来たかご存知ですか。『ええ?知りませんわ』フィリピンからやって来て日本列島にぶつかって今も押し続けているそうです。『まあ、初めて聞きましたわ』富士山はそのしわ寄せで高いのだそうです。『面白いですね。いつごろの話』2万年ぐらい前で地球の年からするとごく最近のことらしいです。それに伊豆半島の移動は年速1mというのはこれまた超高速で日本列島に激しく衝突したと学者が言ってました。ユキがマリアとセバスチャンに通訳する。『あなたって面白い方ね』そうですか、こんな話をするとたいていの人は変な顔されますが。『とんでもない、興味深いお話です』そうですか、もう少し続けていいですか。『是非。でもゆっくり聴きたいから私の家で続きを。ご予定はないとおっしゃったわね、宿は』これからです。『そう、私の家に泊まるといいわ。私一人暮らしなの』いけません、一人暮らしの女性のうちに泊めていただくなんて。『あら、うれしいわ私を女と見てくださるのね』ユキが一度でいいから日本の家庭に泊まりたい、というので坂本は好意に甘えることにした。


 塩崎婦人の家は高台にあって、市街が一望できる。いい眺めですね。『そうなの、亡くなった主人が気に入ってここを買ったのだけど買い物が大変。ああ、部屋を案内しないと、これは主人の部屋男性ここ。こっちは娘の部屋あなた達ここ』一瞬重い空気が流れる。『わたし、お母さんと寝たい』ユキが空気を払うように言った。『甘えん坊さん』婦人は察したようだ。荷物を降ろして食堂に下りる。『日本そばどうかしら。生のわさびもあるのよ』『海老のてんぷら食べたい』『はいはい、揚げましょう。あなた、ユキさん、手伝って』セバスチャンが車を洗ってくるという。私も庭の掃除しましょうか、坂本も外に出る。

 『サー、。。。』『解っている。セバスチャン門の修理できるか』『できる。道具とパーツがあれば』坂本は裏の納屋に向かう。日曜大工以上の工具が整理されている。パーツを探せ。OK.梯子はどこだ。あれ。坂本が工具とパーツを持つ。セバスチャンが梯子を担ぐ。『塩崎さん、これお借りしますね』『あら、なにが始まるの』と振り返ったがてんぷらをユキと揚げているのですぐ鍋に目を戻す。門の蝶番を交換して油をさす。汗が流れる。道具を片付けてシャワーを浴びる。ついでにプールで一泳ぎ。『できましたよ』塩崎夫人が呼ぶ。

 ざるそばに海老のてんぷら、卸したてのわさび。『さあ、いただきましょ』いただきますと坂本が手を合わせる。ユキが続く。坂本がマリアに眼で促す。セヴァスチャンはわさびにおそるおそる箸をつける。『昨日のより、うまい。アライ』ばか、天つゆをつけて食うんだ、よく観ろ。『お母さん、美味しい』『ユキさん料理上手ね。料理上手は床上手』『何それ』婦人はユキが気に入ったらしい。人間の幸せとはこうして美味い料理を食うことですね。『坂本さん、お世辞がお上手ね』お世辞上手はお床下手。『一本取られました』?とユキ。何いってんの、海老は高いんだから。俺こんな美味いもの食ったことがない。塩崎婦人はタガログ語がわかるらしく自分の海老を与える。サンキューマム、運転手の俺に、と涙ぐむ。

 食後は門のペンキ塗り。サーはこんなレイバーするのか、俺がやるから見ててくれ。それでは意味がない。いくぞ。イエスサー。坂本が錆び落しをするとセヴァスチャンが塗ろうとする。洗って拭いてからだ。付いて来い。坂本は納屋に向かう。スティームクリーナーを引っ張り出す。油を差して水を換える。よし。門に運ぶ。電源を入れると勢い良く水蒸気が噴出してくる。
門は汚れが落ちてゆく。玄関周りも流す。『セール。この家初めてだろう。良くわかルナ』うん?門を指差す。拭く?そうだ。古いタオルを持たす。
 次は庭掃除。落ち葉を集めてドラム缶に入れる。サー燃やさないのか?いい肥料になる。肥料?ドラム缶の底を見せる。こうして水をかけておくと土になる。???プールの落ち葉取って来い。NO泳げない。坂本はパンツになって跳び込む。落ち葉を拾い集めてドラム缶に入れる。バキュームで底をすくって並べたバケツに入れる。上水をプールに戻し底をドラム缶に移す。日本人はめんどくさいことをやる。うるさい、坂本はセバスチャンをプールに突き飛ばす。バチャバチャ。坂本はゆっくりと泳ぐ。熱った身体に水がまとわる。

 日が傾くと『ご飯ですよ』塩崎婦人の声がした。はーい、坂本はプールを出る。食卓にはカレーライスができていた。『明日はごもくずしをつくりますからね』『マム、あなたは何故私たちにこんなによくする?あなたを車に乗せただけではないか』『それはね、あなたたちがいい人間だから。人は人との間で生きているのよ、マリア』一瞬の沈黙。『坂本さん、伊豆半島の続きを聴かせて』この国では身分がまだ存在するのだ。身分とはいかなくても階層は多くの人たちとの交わりを遮断する。
坂本はビールを飲み干すとちらっとマリアを見て話し出す。フィリピンを離れた伊豆半島は、当時はなんと呼ばれたのでしょうね、北上を続け、日本列島に激しくぶつかり今も押し続けているそうです。ここからは私の想像ですが伊豆半島にはフィリピン人が住んでいたはずです、つまり、日本人には南の血が流れていると言えるでしょう。『そうですね、日本民族は単一と思われているけど、アイヌ、朝鮮、中国も混血してますわね』人類的数では朝鮮系、中国系、日系、その他の順になるそうです。『日系日本人?どんな日本人かしら』よくわかりません、ロシアのアムール川のあたりからやってきたみたいです。というか、日本列島が大陸から離れたときに住んでいた民族、でしょうか。『クーヤ、見ただけではハポン、コリアーノ、チャイニーズわからない』ユキ、俺もよく聞かれるよ、そたび、俺は日本人だったと意識する。『外交官試験問題にいいわね、日系日本人。ごめんなさい、話を逸らせて。主人が外交官だったものだから私もいろんな国をまわったのよ。外国人に接して日本人であることを自覚したものだわ。今では逆になったけど。坂本さんのお話、伊豆半島日本列島移動、日本民族のルーツと勉強になるわ』

 坂本は久しぶりに会話ができた気がした。日本人でも関心を持つのは少ない。『マム、私の質問と関連がありますか』マリヤが棘のある詰問をする。『坂本さんは人種、国籍などは人間にとってさほど重要でない、とおしゃってるの。わかりますか、マリア。大航海時代の始まる前のヨーロッパにジャガイモ、トウモロコシ、トマトはあった?香辛料はあった?』塩崎婦人の切り返しにマリアはたじろぐ。『ごく最近まで、マジェランが来るまでは太平洋はその名の通り平和な海だったのよ。人々は豊かにそして平和に暮らしていた』『おっしゃる意味が解りません』『いえ、あなたはわかっているわ。香辛料のないヨーロッパの食事がいかに貧しかったか。そして今日までの繁栄が植民地からの搾取によってもたらされた事を』財閥の娘と元外交官夫人とでは格が違う。『主人は競争社会と人々が助け合っている社会と人間にとってどちらが幸せかと私に聞いたの』

   Rice Terraces 天まで続く棚田



 イフガオ族Ifugao守られてきた棚田を観に行く。バナウエBanaueまでは車でバギオから188km北に3時間。塩崎夫人は前からの約束があるので同行できないと残念がる。『クーヤ真知子若いわね』塩崎さんか。『82には見えない。知的な感じがする』ユキは本当に母親のように思っているようだ。バナウエ市街までは2時間で着いたがここからは山道にいる。ガソリン入れろ。大丈夫、半分残っている。満タンにしろ。イエスサー。山肌に棚田が広がる。日本と変わらないが斜面がきつい。世界遺産の棚田は天まで続くというが後どれぐらいか。『クーヤお弁当食べよう』そんな時間か。フィリピーナはミリエンダ(おやつ)といってよく食う。1日4食だ。

 水車が見える。あそこにしよう。小さな水車小屋で弁当を広げる。水量がないのかゆっくりと水車が回っている。細長い木のいすに並んで座る。前方に谷と山並みがひろがる。風が駆け上がってくる。大きなお結びに卵やき、ちくわ、漬物、塩崎夫人が持たせてくれたのだ。『サー、日本のフードはうまいなあ』『当たり前でしょ、食材がいいし真知子は料理も上手』坂本はビールの小瓶を開ける。割り箸を栓に当てこんこんといすにぶつける。半分のこしセバスチャンに遣る。サンキューサー。ああ、いい気持ちだ。いい風ね。クーヤお茶。うまい。坂本はマリアにもすすめる。一口飲んでから不思議な味と感じるのか坂本に返す。もっと飲め。マリアは一口飲む、今度はもう一口。
 連れじょん便といくか。ツレジョン?ハリカ。イエスサー。どちらが良く飛ぶか?アノン?あの岩打てるか。2m先の小岩を指差す。後ろからレディーゴーとユキ。俺の勝だな。No Ako!いや私だ。ユキとマリアも参加。『クーヤ後ろ向いてて』馬鹿、判定できないじゃないか。お前たちこちらに向け、尻あげる。パンティーババ(さげろ)。Ready GO!放水始め!アイ、風がちらかす。坂本がマリアの腿と尻をハンカチで拭いてやる。Me too私も!OK。ユキも尻を上げる。いいけつしてるな。スケベー。どっちの勝?No game,next time 今度また決着つけろ。

 山道は東へと続くが世界遺産の棚田は北に道を取って半時間とか。前方に荷物を背負った婦人が歩いてゆく。『よろしかったらどうぞ、棚田を観に行くところです』『まあまあご親切にお言葉に甘えさせていただこうかしら』意外にも日本語が返ってきた。半時間ほど走るとそこで降ろしてくださいと婦人は言った。家までどうぞ。『ありがとうございます。このすぐ上ですし、車は無理です。帰りにお立ち寄りくださりませ、お茶なぞお飲み下され』カタジケナイ、されば、帰りにお訪ねいたそう。坂本も時代がかった返答をする。『へんな日本語』とユキ。
 右Kinakin左Rice Terracesの標識が見える。ところが一転にわかに掻き曇り大驟雨。側溝のない道路はたちまち冠水。車を寄せて停車。雨音は板金工のごとし。待つこと1時間。雨脚が少し弱まったものの外は暗い。不安になって来る。ヘッドライトを点けた車が横付けして来た。窓をたたく。ユキが開けると何か大声で話してきた。ありがとうとユキが窓を閉める。
 『クーヤここは危ないそうよ。ツネオが心配して待っているって』ツネオ?『さっき車に乗せた人のご主人。ここはがけ崩れがよく起きるって今の車の人』そうか、引き返そう。坂本は外に飛出して道路幅を確認しながら車を誘導する。車の向きを変えると坂本は靴を脱いでカニの横ばい。路肩を確認してそこから歩測。5歩半かける0.75約4mだな。 シャツを脱いで車に戻る。ユキが全部着替えろという。早く言え、坂本がパンツを脱ぐ。ユキがマリアに背もたれをを前に倒してトランクのバッグをとるように指示する。マリアは背もたれに馬乗りしてバッグを引きずり出す。ユキがバスたるを坂本にフェイスタオルをマリアに渡す。マリアが坂本の背中を拭く。ユキがクーラーを切る、着替えを取り出す。マリアが頭と顔を拭く。『前も良く拭いて』とマリアに。『クーヤ立って』ユキがバスタオルを降ろして坂本のチンチンを持ち上げる。止せ。マリアが金玉を拭く。ユキがチンチンをシャブル真似をする。マリアがキャッキャと笑う。ビゲルとセバスチャン。一人500ずつ払え。パンツとシャツを着替えて坂本が道路幅は?『4.5mサー』OK、どうしてわかる?『サー、俺プロ。頭に入れて運転する』なるほど。

 車は慎重にもと来た道を引き返す。こいつらどんな状況でもHはすきなんだ、坂本は一人笑いする。道路は半分は見えない。下りは山側通行だがこの際どっちでも変わらない。道が大きく右に曲がっているところに来るともうじきねとユキ。イエスマム。『クーヤ、アテー』とユキが叫ぶ。どこだ?車がクラクションを鳴らす。婦人が手を振っているというが坂本には見えない。しばらく走ってから人影が坂本の視野にいってきた。眼、歯、脚と弱ってくるそうだが暗いところはよく見えない。
 坂本は苛立ちを感じながらもうれしかった。婦人は驟雨の中待っていてくれたのだ。入り口でセバスチャンが降りて車で行けるか確かめる。婦人の案内に着いてゆく。やがて小走りに戻ってきて親指を立てる。車を乗り入れる。大丈夫か。サープエデ、プエデ。車幅ギリギリのところを進む。日本人には真似できない感覚だ。中庭は結構広い。電気はないが囲炉裏の火が外に漏れている。入り口にランプが点されている。
 バッグを手に持って中にいる。『おう、ご無事に着かれたか、さあさあ、お上がりなされ』後厄介をお掛けいたします。『何の何の、火に当たりなされ。すぐ食事を進ぜる故』かたじけのう存じます。婦人が濁酒を出してくれた。『おう、そうじゃな。先ずは一献』頂戴します。大きな盃を飲み干して返盃する。主人は日本人の顔をしている。
 言動が一昔前の日本人だ。三人とも盃を交わす。マリアはぐいっと飲み干すと『うまーい。ワンモール』と盃を出す。主人と婦人が声を立てて笑う。『焼けたようじゃ、近くの川で採った魚だが召されよ』坂本が頭から噛み付く。いけますな、魚は塩焼きが一番。『それは上々。さあこなたも』ユキがおいしいと声を上げる。うまーい、とマリアも。セール、どっちがいい?どっちでもいい、同じ意味だ、女と男の違い。??。山菜に雑煮と馳走される。

 腹がくちて身体があたたまると酔いがまわる。挨拶が遅れましたが坂本龍次です。『私、ツネオヤマダ、日本流にてヤマダツネオと申します。父は陸軍中尉山田明憲。これ家内メルダ』このたびはご厄介になります。自己紹介しろ。『ユキと申します。本名はミミ、出身はミンダナオです』『わたくしマリアカルロス、あなた方にお会いできて幸せです』『俺セバスチャン。両親はビゴール』『よくおいで下された。メルダがお世話になりました。して坂本殿御国は』徳島です。『父は和歌山の出でござる。お隣かな』左様、海をはさんで向かいなれば同じ地名も多ござる。那賀、勝浦、吉野など。『おおなつかしや。漁業盛んなる?』 紀伊水道は潮の流れが激しく海の幸に恵まれておりますので。『クーヤ海の幸って何』魚貝、海草などだ、和歌山の捕鯨は昔から有名だ。『龍次、日本人は鯨を食うのか、蛸も食うのか』マリア、一度食ったら病み付きになるぞ。

 囲炉裏が爆ぜる。『リュウジ、これは暖炉か』そうだ、マリア。同時にオーブンでもある。山深いところは囲炉裏、平地は釜戸、と同じ日本でも地域によって文化が異なる。『囲炉裏の端に縄なう父は 過ぎしいくさの手柄を語る』ツネオが歌いだす。

 居並ぶ子供は眠さ忘れて 耳を傾けこぶしを握る 坂本が唱和すると
 囲炉裏火はとろとろ外は吹雪 とメルダも唱和。
『今から60年以上も前のこと。日本の兵隊がやってきたのよ』とメルダが語り始めた。

 山田中尉

 山田中尉

 昭和20年(1945)3月日本軍は敗走を続けていた。マニラからバギオへさらに北へと。その中に山田中尉率いる20数名の部隊があった。敗走においても列を整え歩んでいた。この近くに来た時、1羽のカルガモが雛を連れて部隊の前を横切った。部隊は止まりそれをやり過ごした。部族の長であり、バランガイ(最小行政区)の長でもあったメルダの祖父は山田中尉を食事に招待した。 山下マネーと呼ばれる軍票は既に紙くずとなっていて兵は飢えていた。祖父が鶏の礼を言うと山田中尉は自分も兵の多くも農家の出であるからと答えた。祖父は食料を与え、兵の休息場所を提供した。二人は夜遅くまで語り合った。メルダの叔母マリリンが食事のもてなしをしながら通訳した。

 翌日隣人が弱ったカルガモを潰すのを見とめた山田中尉はこれは雛の母親ではないか、しばらく様子を見てからにしろと強い口調でマリリンに言った。山田は唐辛子を白湯に入れカルガモに飲ます。夕方には餌を食い始めた。このニュースは村中に広がる。祖父は山田中尉に部落を案内して回った。稲田でカルガモを見つけた中尉はその目的を尋ねる。食用と聞くと頷いて雛を預からせてくれと依頼した。10羽の雛が届けられた。中尉は別の植田の近くに雛を放ち餌を与える。
 タロー、タローと雛に呼びかける。それは日本人には太郎とフィリピン人にはタロン(滝)と聞こえた。数日後雛は植田の雑草を食い始めた。これを真似ていた男が『家のカルガモは稲を食う』と訴える。中尉は笑って『カルガモに草を教えないからだ』と答える。周りが笑う。『お前はどんな餌を与えているか。まるい草を与えると稲の苗は餌と思わなくなる』一同感心する。

 中尉は兵に白菜、いちご、などの指導を分担させた。畜産に詳しい兵もいた。ここの草はいいので乳を搾ることもできるようになるでしょう。味がまずいのは食い物が悪いのか。残飯を食わしたらすき焼きもいけると自分は考えます。それは楽しみだな。話を聴きつけた日本人が醤油豆腐ネギの差し入れ。かたじけない。なんの、俺は道路工夫だったがここに住みついてしまった。近頃日本人への風当たりが良くなったのはここの兵隊さんの御蔭らしいって評判だ。おっさんは大きな鍋を置くとすき焼きの準備にかかる。さあやってくれ、白菜、しいたけもある。こりゃ松坂牛だ。だろう、日本酒を飲ませているからな。といっても自家製の濁酒だけどよ、どうだ、人間様も飲んでみるかい。おお、五臓六腑に染み渡る。いけるかい、1斗樽があるからどんどんやってくれ。今度の戦争のおかげでここの日本人は肩身の狭い思いをしてきたが、まともな兵隊もいるんだな。

 そんなある日村長から衣服が寄贈された。中尉は兵に着替えるよう命ずると一ヶ月の休暇を与えると告げた。村の生産技術は格段に進歩し生産量も倍増した。農耕具、工具も改良されていった。何よりも農地そのもの改良が大きかった。落ち葉雑草の肥料化は肥料概念のなかった村に衝撃を与えた。一ヶ月の休暇はその都度延長されいつしか無期限となっていた。隊長殿、我々はこのようにのんびりしていていいのでありましょうや。そうだな、もう話すべき時かも知れぬな、全員落ち着いて聞くよう。沈黙と緊張が漂う。
 隊長殿。応、いいか、冷静にな、決して取り乱すな。お話下さい、覚悟はできております、我々は隊長殿を信頼しております。そうか、感謝している、その信頼に応えて事実を話す。隊員のすべての目と耳が山田中尉を待ち受ける。隊員一人一人の顔を見つめてゆくと静かに話し出す。
 イタリアに続いてドイツも無条件降伏した。日本も、時間の問題だ。降伏でありますか。そうだ、天皇は無条件降伏だけが日本と日本国民を救うことができると覚悟なされた。(では、何故)と兵たちは叫びたいが声が出ない。軍は一億総玉砕などと叫んで徹底抗戦を主張している。国民がいなくなれば日本は滅びる。東京は3月の空襲で下町は焼き尽くされた。大阪、名古屋につづいて都市という都市は無差別爆撃を受けて焦土と化している。天皇は一日も早く無条件降伏の玉音放送を流すように命じられたが軍は銃を向けてまで反対している。そんな馬鹿な。そんな馬鹿な軍の命令で我々は戦っているのだ。隊長殿我々はどうすべきでありましょうや。
 生きて日本に帰ること、家族を守ること、日本民族の誇りを失わず祖国を再建することだ。隊長殿。今や無差別爆撃は地方都市に及び焼夷弾の雨が降り注いでいる。神や仏がいるならばせめて家族の命だけは守ってもらいたい。兵の咽び泣きが漏れる。俺も泣きたい、が、この俺を信じて付いて来てくれた貴様たちを日本に連れて帰ることが最後の任務となろう。
 今俺たちは生き延びることが任務と心得よ。間もなく日本兵狩りが始まろう。今までどおり現地人に接してゆけ。現地人が唯一の味方と心すべし。隊長殿よく話してくだされた。さあ、みんなで力をあわせて今度は日本を救うのだ。


 間もなく村長はマリリンの叔父であることがわかった。『山田中尉、マリリンと結婚してはどうか。兄も村人もそれを望んでいる』父親が打診してくる。自分はいつ死ぬかわからない。『戦争は間もなく終わる。マリリンも中尉と結婚したいのだ』この国の打診は相手がうんというまでつづく。継続、反復は力なり。中尉も根負けした。中尉もマリリンを憎からず思っていたから形が欲しかったのかもしれない。村人には理由など要らない、日本兵の知識、技術、技能、考え方が欲しいのだ。
 結婚式は三日三晩続いた。数百人の村人が飲めや歌え踊れ、踊れや歌え飲め。フィリピン人は踊ると幸せな顔をする。踊りは人生のすべてか、中心かも。それはセクシーで露骨なほど受けがよい。日方も負けてはおられない。鬼軍曹が手を上げる。『中尉殿、自分は新郎方を代表して黒田節を歌います。新郎殿はこの羽織袴をお付けください』おう、ありがとう。中尉が着替えて刀を腰に付ける。エイエーイ。『おお、サムライ!』と新婦側からも歓声が上がる。

      酒は飲め飲め 飲むならば 日の本一のこの槍を 
      飲みとる程に飲むならば これぞ誠の黒田武士

山田中尉の舞は見事であった。ため息は喝采に変わる。村人が『これぞ誠の』と歌いだすと全員が『黒田武士』と合唱する。三寸の藁束が運ばれてくる。中尉は刀を抜くと袈裟懸けにかける。藁束が滑り落ちる。どよめきが起こる。『あれで首を切ると皮一枚残すそうだ、だから首は繋がっているように見える』『本当か、スゴイナ。あれ欲しい』そんな会話はすぐ広まった。刀を納めて一礼、新郎が席に戻ると村長が大きな盃を差し出す。新郎は一気に飲み干す。拍手が黒田武士コールにかわる。祝儀は人を幸せにする。『うちの班は稗つき節だ。吉岡上等兵、班を代表して歌え』『はっ、自分は新郎新婦のために心を込めて歌います』『吉岡、頑張れ』班の声援を受ける。

    庭の山椒の木に 鳴る鈴つけて 鈴の鳴るときゃ 出ておじゃれ
      鈴の鳴るときゃ 何というて出やる 馬に水くりゃと 言うておじゃれ
        那須の大八 鶴富捨てて 椎葉出るときゃ 眼に涙
          泣いて待つより 野に出ておじゃれ 野には野菊の花盛りよー

新郎が新婦に悲恋の物語と深い谷への水汲みを語る。新婦が父親に伝える。父親が大きな声で周りに話す。『貴様、国は』『はっ、椎葉村であります』『やはりな、いい声だ。ありがとう』新郎が酒を注ぐと歌い手は直立して『光栄であります』と答える。『もう一度歌ってくれ』 稗搗き節が谷あいに木魂して行った。

 マリリンが臨月を迎えた頃、隣村で急病人が出たと助けを求めてきた。日本兵なら治療できるのではないかと母親が頼んだそうだ。患者は子供か。もうすぐ5歳の誕生日とか。母上、俺は衛生兵を連れて行きたいが、マリリンが心配だ。『婿殿、私が付いています。お産に男手はいりません』隣村といっても山を一つ越してゆかねばならない。村長が用意した馬で急ぐ。
 昼過ぎに隣村に着いた。少年は40度近い熱を出している。発熱前に食った物を尋ねる。家族と同じものを食ったのに何故この子だけがと母親が訴える。衛生兵が触診して腸が弱っている、食中りではなく細菌によるものだと診断した。水か?おそらく。飲み水を顕微鏡で診る。これは見たことがありませんが原因でしょう。医者はいないか?一人の男が出てきた。医者だが薬がないと言う。このバクテリアは?この地方によく見られ、激しい下痢を引き起こすらしい。男は英語ができた。ドクター炭を飲ませたらどうか?いい考えだ、サ-。炭には殺菌力がある。すぐ炭を粉にする。舌が乾いている。蜂蜜はないか?ドクター、脱水はひどいのか?衛生兵が水を炭の粉でろ過する。山田中尉は蜂蜜に混ぜた炭の粉を口に入れて見せ、母親に子供に飲ませろといった。母親は自分も口入れて肯くと子供の口に少しずつ流し込む。
 炭でろ過した水にはほとんど細菌はいなかった。ドクターも肯くとこの水を飲ませるように言った。母親は一口飲んで子供に飲ます。次は熱を冷ますかどうかの議論になった。貴様の意見は?ドクターと同じであります。発熱による殺菌に期待したい考えます。そうか、専門家がそういうのなら。素人ながら子供の体力が持つか心配だ。おっしゃるとおりです、母親の選択をドクターに訊ねて貰ってはどうでしょうか。そうしよう。
 母親は判らないと叫ぶ。この判断は母親にしかできないと中尉が諭す。ドクターも『中尉のおっしゃるとおりだ、お前の決断次第で治療方法も変わってくる。ことは急を要する』と説得する。『熱を冷まさない』母親がきっぱり言った。そのとき赤ん坊が泣き出した。母親が乳を遣る。ドクター、あの母乳を飲ませたらどうか。イェス、乳を搾らせよう。貴方は医学の心得があるのか。山田中尉は笑って子供の身体を拭いてやる。頑張れとやさしく声をかける。父親がタオルを差し出す。お前がやれと手振りで示す。村長が食事の用意ができたと案内する。あとはあの子の体力次第か。衛生兵とドクターが肯く。

 食卓に付くと空腹が感じられる。いただくか、腹減ったなあ。は。山田は頬張りながら食材、料理方法を尋ねる。ビールと地酒が出てくる。これは有難い。村長、父親と乾杯する。貴様も飲め、今日の主役だ。衛生兵に注いで遣る。ドクター世話になった。貴方の診断治療に敬服する。二人はグラスを合わせる。『サー、カーボンにはバクテリアを殺す力があるのか』村長が山田中尉にたずねる。俺のお袋がそう言っていた。『これから村の水源と水路を見て欲しい』これだけご馳走になれば断る訳にもゆくまい。食事を済ませて徒歩で水源まで行く。水路を辿って村に帰る。水質は?水源にはバクテリアはいませんが村に近づくと増えてゆきます。生活水で汚染されるのでしょう。浄化槽か?そうですね。山田は村長に図を描いてみせる。一つ、飲料水は別のパイプを設ける。もう一つ、大きな壷に炭を袋詰めにしてろ過させる。
 パイプは竹でもいいか?壷の底に穴を空けて焼くのは難しい。炭はどれくらいでとりかえるのか。などの質問が出た。パイプは竹でよいが寿命が短い。木枠の水路を設ける方法もある。壷の穴は焼く前に竹筒を差し込んでおくのはどうか。炭の交換は1月ぐらいか、やってみてドクターと相談することだ。山田はそう答えて子供の様子を見に行く。熱が引き出しました、と衛生兵。ドクターも触診してうなずく。しばらく粥を与え、徐々に食い物を増やすように告げると帰路に付く。馬には土産が積み上げられていた。そんなに積んだら馬が可哀想だ。山田がつぶやく。村長は別の馬に積み替えさせ案内の馬の尻に手綱を結ぶ。村人は三人をいつまでも見送っていた。

 それから三日後マリリンが男の子を生んだ。山田は常に男であれとの願いを込めて常男と名づけた。マリリンの両親もツネオ、ツネオと抱き上げる。ところで山田とは?常男の祖父が中尉にたずねる。お父さん、山の田、山の中の田圃ですよ。じゃあ、ここもヤマダかな。そうです。これは小さいから棚田です。川田、上田、中田、下田、それから青田、植田、黒田もあるか。『山田の中の一本足の案山子、天気のよいのに蓑笠着けて 朝から晩までただ立ち通し 歩けないのか山田の案山子』山田が歌って聞かせる。母、祖父母もすぐ覚える。やがて村中で歌われ出す。
 山田は村人の音程がおかしいと感じ吉岡をよぶ。吉岡上等兵、俺は音痴だから貴様正しい音程でこの歌を村人に教えてもらいたい。かしこまりました。吉岡は子供たちを集めて歌って見せる。一人でもおかしいのがいると何度も何度も全員で歌わす。彼の意図は子供にも理解された。子供どうし教えあうようになった。さすが日本帝国陸軍上等兵の教練は徹底している。何事にも飽きやすいフィリピン人も吉岡の熱意と声の良さに惹かれていく。子供たちの歌はリクエストされるほどになった。子供たちは他の歌も教えてくれとせがむ。海、汽車、金太郎、証城寺の狸囃子、てるてる坊主などに人気がある。
 吉岡は村人に請われて日本の歌を教える。音大を中退しているらしい。こちらはゴンドラの唄、荒城の月、茶摘、浜辺の唄、椰子の実などが好まれた。歌声は日本兵を和ませてくれた。昼休みなど現地人と一緒に歌っている。子供たちは山田の家の前を通るときは案山子を歌う。『山田の中の一本足の案山子、弓矢で威して力んでおれど、山では烏がかあかあと笑う、耳がないのか山田の案山子』2番の歌詞も覚えたぞ、との報告であろう。

 その後の日本は広島長崎の原爆投下、無条件降伏と山田中尉の話の経過を辿った。隊長殿はどのようにして情報を得られたのでありますか。これさ。鉱石ラヂオでありますか。これでも米軍、地元の放送は受信できる。敵性英語でありますな。それが敗因の一つだ。連合軍は徹底的に日本語を教育した。情報を収集するためだ。敵を知り、己を知れば。そういうことだ。ことちらの情報はアメリカさんに筒抜けだった。ここフィリピンでも敵さんはあちこちに集音マイクを置いたから日本軍の動きは手に取るようにわかった。情報将校に日系米兵が補助した。彼らは父母の祖国と戦った。異国で生きるにはそうするしかなかった。志願することで米国への忠誠を示したのだ。つらいものがあったでしょうに、兵の中には涙ぐむ者もいた。
 そもそもこの戦争はどうして始まったのでしょうか。俺にもよくわからぬが中国利権の衝突であろう、日本は米英を敵に回すには相当の躊躇いがあったろう。戦力国力を比較しても数十倍の相手と渡り合うにはそれなりの成算があったはずだが。どのような成算でありますか。大東亜圏を作り上げて物資を調達すれば可能と陸軍は主張した。海軍はこれを一笑したが開戦は決まった。どうしてかは俺も知りたい。最後まで開戦に反対されていた山本長官は日露戦争に習って初戦勝利で和平に持ち込むしかないと考えられたようだ。
 真珠湾攻撃でありますか。そうだ、ただ、この作戦はすべて解読されていた。廃棄すべき戦艦を真珠湾に集めた。どうしてでありますか。戦艦建造費の予算を取るためだ、それにこの大戦に米が参戦する口実となる、そうでしょう中尉殿。そのとおり、だが犠牲になった米兵も少なくない。米政府は真珠湾攻撃を察知していたのでしょう、兵だけは避難させておけばよいものを。それはな、敵を欺くには味方を欺く、攻撃察知を日本に察知させないためだ。なるほど、軍曹殿冴えてますな。どこの国も国益のためには兵などちり紙みたいに扱うものだ。すると我々は日本帝国軍事費削減のために捨てられた、玉砕をせまられたということか。捨石はそれなりに祖国に貢献できるが我々は犬死だ、ねえ中尉殿。そうだな。

 しかし中尉殿はこのつんぼ桟敷でよく情報をえられましたな、その鉱石ラヂオでありますか。そうだ。すると大本営の情報収集は中尉殿にも劣るということか。軍曹殿、にも劣るはないでしょう。そうだな、失礼しました、山田中尉が隊長でなかったら営倉入りか。そうでありますな。そう笑うな、攻めは読みやすいが守りは読みにくい、攻めの失敗は許されるが守りの失敗は命取りになる。さすが高段者。そうだな、酒にするか。隊長いつもすいませんねえ。戦争がなければ軍曹は作家になっていたかもな、いや、各自違った人生を歩んでいただろう。中尉殿は大学進学を断念されて志願なされたとか。まあ、飲みながら話そう、みんなの話を聴きたい、一人ずつ話してくれ。それではご指名により自分から話します。軍曹殿。いいではないか。そうですね、隊長、あの厚かましさが憎めないのが不思議です。言えてる。やがて黒田武士が聞こえ出した。

 常男はすくすく育った。三歳にして両親の言葉を理解し智恵もずば抜けていた。五歳では人の心が読めた。他人にも優しい男に育った。山田中尉は常男には目を細めながらも躾けは厳しかった。愛情のある躾けには子供は答えるものである。剣術、柔道、相撲、空手と武術の真似事も始めたが筋の良さは周囲の認めるところであった。躾けるときの山田は常男を男と見ていたが、いつもはやさしい父親であった。常男の四つ下の妹は花南と名づけられた。かな、南の花、マリリンはこの名前が気に入り舐めるように育てる。花南は常男に付いて周り、常男もこの妹を兄として可愛がった。この幸せな生活は突然破壊された。

 それは昭和25年(1950)のことであった。米軍比軍が混成30名ほどでやってきた。米軍士官が『お前は山田明憲中尉か。お前をを戦犯容疑で逮捕する』と言って逮捕状を見せた。山田中尉は逮捕状を見て『これはフィリピン裁判所が発行したものではないのか。氏名と職名を伺いたい』と静かに話しかける。それが通訳されると米軍士官はたじろいで『我々米軍は比軍を補佐するものである』と返答した。山田中尉は笑いながら『補佐ならば逮捕権はないな』と切り返す。NO SIR.(ありません)今度は比軍士官が前に出る。山田に敬礼する。『自分はフィリピン陸軍中尉フェルナンデス ゴメス。逮捕状により山田中尉を逮捕する』山田は軽く敬礼して『フェルナンデス中尉、この逮捕状は正式な手続を執ったものか』Yes Sir.『戦犯とは何を指すのか』『逮捕状記載の通りであります』『記載がないから質問しておる。逮捕請求書はあるか』『ありません』『誰がこの逮捕状を請求したのか』『自分にはわかりません』『フェルナンデス中尉、正式な逮捕状を持参していただきたい。私はここで暮らしている。逃げも隠れもしない』

 フェルナンデスが答えに窮すると米軍士官が合図した。米兵2名が山田中尉の腕を押さえた。『無礼者』と一喝。山田中尉が少し身をかがめた。米兵2名は前方へ投げ飛ばされていた。『おお、合気道!』比軍兵が声を上げる。米兵が銃を構える。『ふん、これがアメリカ合衆国のやり方か』と山田中尉が鼻で笑った。米軍士官の顔がゆがむ。
 『フェルナンデス中尉、軍服に着替えて来る』『OKサー』それは常男が見た最初で最後の父の軍服姿であった。常男と花南とマリリンをを抱き寄せ、すぐ帰って来ると言った。村人が次々と山田中尉を抱きしめて別れを惜しんだ。やがて『皆様のご厚情ご厚誼に感謝する』と述ると山田中尉はフェルナンデス中尉に敬礼した。米軍比軍全員直立敬礼して山田中尉を迎えた。終戦から既に5年、彼らにも軍人として感じるものがあったのだろう。

 ジープに乗り込む山田中尉に少女がサンバギータの花束を差し出してキスをする。ありがとうとにっこり笑う。『山田の中の一本足の案山子、天気のよいのに蓑笠着けて 朝から晩までただ立ち通し 歩けないのか山田の案山子』子供たちの歌声が山田を追っかける。「中尉私たちを置いてどこへゆく」オバちゃんたち怒声が響く。車の前に立ちふさがる村人たち。「行くな、中尉」突然娘が車に飛び乗ると山田に熱いくちづけ。中尉の子供生みたかった。何よ私の方が先よと別の娘が割り込む。これこれマリリンが怒るよと老婆が諭す。米比軍人もお手上げ。その後山田中尉消息は途絶え、終に帰って来なかった。

 メルダの長い話が終わった。坂本が濁り酒を注ぐ。メルダは会釈してそれを飲み干した。『私、この話を誰かに話したかったの。今日坂本さんに会えてこの人だと思った』山田常男の目に涙が、ユキ、マリア、セバスチャン、そして坂本の目にも。その後の山田中尉の家族、ツネオとメルダとの出会いなどもっと聴きたいと思ったが囲炉裏の火が小さくなっていた。いつしか四人とも眠りについていた。外は雨が降り続いていた。 


                山 田 清 美


 翌日は雨が上がったものの、いたる所で土砂が崩れているから棚田まで行けないという。常男はどのようにして情報を得ているのだろうか。坂本は山田中尉の足跡を辿ることにした。隣村までは車で10分とか。常男の案内で役場を訪ねる。村長が出迎えてくれたが、彼は山田中尉が治療したあの少年であった。65年の歳月が流れていたのだ。彼自ら上下水道を見せて説明してくれた。
 水道管は竹からプラスチックに敷設し直し、浄化槽は下水道にも設置したと熱く語る。今では飲料水のろ過に使った炭を下水浄化に再利用しているという。ユキが熱心に耳を傾ける。工事は村民総出で行うそうだ。『山田中尉は私の命を救っただけでなく、村民の多くの命を救った。そして水道行政の基本概念を残してくれたのだ』 村長は涙を浮かべながら少年の日を想い起していた。坂本は山田中尉の顕彰碑を立てて貰いたい、建設費は私が負担すると村長の耳元でささやいた。『それは有難い、しかし何故あなたが?』日本人として山田中尉を誇りに思うからだ。村の口座に振り込む。このことは内緒にしてくれ。

 常男とマリリンに別れを告げバギオに帰ることにした。一宿一膳の恩義に預かり有難う御座いました。坂本が頭を下げると『何の何の、またのお越しをお待ちしている。そうじゃ、私の娘がバギオの大学にいる、折あらば訪ねていただきたい』と携帯番号を示す。相解りました、近々に。それではこれにてお暇いたします。二人が深々と頭を下げいつまでも見送ってくれた。
 道路は水が引いて路面が現れていた。土砂が所々で塞いでいたが通行にさほど支障はなかった。『龍次、彼らは我々にあれ程の犠牲を払った。何故報酬を求めないのか』犠牲?マリアあれはもてなしだ。もてなし?なにそれ?そのうちに分かる。『クーヤお母さんに電話するね』そうだ、心配しているだろう。『お母さん?ユキです。バギオに向かってます。ええ、もうじきバナウエ。3時ごろには着くと思います。はい、また電話します。分かりました』

 バナウエで給油。どうしてフィリピン人は楽観的なのだ?『クーヤ日本人が心配し過ぎ』うるさい、先が読めない、計画性がないのだ。『龍次、明日のことを思い煩う事勿れ』黙れ、マリア。俺はクリスチャンではない。何笑ってる、前を見て運転しろ。イェスサー。『クーヤ、お腹空いたのでしょう』ククク。Jolly bee? Hindi.だめだ。フィリピンレストラン?行け。少し汚いが客が多い。つまり美味いということだ。
 店に入るとまずビールを注文する。ワラありません。レストランに何故ビールを置いてないのだ、馬鹿、くえねえだろうがと日本語で言う。ルーガウメロン、粥あります。イトログ卵。イェスサー。注文すると坂本は外に出る。ビールはないか、冷たいビール。ビールのロックなぞ飲めるか。近くのサリサリでサンミゲルを4本買う。苦労して買ったのに店には栓抜きがない。セバスチャンが栓と栓とでポンとやる。マリアが顔をしかめる。。乾杯、ユキがビンを持ち上げる。マリアは何を注文すべきか迷っている。ユキが一品ずつ4種類注文する。この卵うまいな、もう一つ。

 隣の席の女の子が笑っている。グストモ?グストコ。OK,シゲ。サンキュー、ワンモール。母親が娘を叱る。OK,OK、妹にもと言っているのだ。いくつ?4、シャー2。私4歳、妹2歳。『セール、ガナハンコ ビアー』向かいのタクシーのあんちゃんがビールをたかる。タポスナ トラヴァホ仕事終わったのか?Not yet.まだ。Hindi puede.だめだ、しっかり稼げ。仲間が大きな声で笑う。『バブイ豚肉OK?』OK。5人前注文して外の仲間を呼び入れる。ユキが厚かましいと怒鳴る。いい、いい、ここは俺が持つからしっかり稼げ。母親の勘定も店員はこちらにつけたらしい。母親が礼にきた。気にするな、バーイと女の子に手を振る坂本。この日本人腹が減ると機嫌が悪い、とユキが怒鳴る。店内大笑い。

 塩崎家には3時前に着いた。『お母さんただいま。昨日大雨に会って』『後でゆっくり聞くわ。風呂に入って着替えなさい』はーい。湯船に浸かると疲れがとれる。お前のバナナ大きいな。女喜ぶ。背中を流せ。OKサー。今度はお前だ、向こうを向け。サンキューサー。流し終えると坂本はタオルをバナナにかける。NOサー。タオルが滑り落ちる。俺のバナナにかけろ。OHマラカスオッテン!タオルがぶら下がっている。どうだ。セール、グレート!
 夕食は5時から始まった。塩崎真知子は五目寿司を作って待っていてくれたのだ。『で、どちらが勝ったの』『ところが、お母さん、風がビュお尻にかかったの』ユキが立ち上がって尻を上げて見せる。『もう、尻から脚までずぶ濡れ。試合は雨天順延』『マリアも』『ええ、リュージが拭いてくれた。気持ちよかった』 話は常男、マリリン、そして山田中尉と続く。『そう、お嬢さんがバギオにいるの。明日夕食に招待するからユキさん電話してみて』
 ユキが携帯にかけるがでない。『お母さん、テクストする。お父様から伝言あります。連絡してください。坂本龍次 内。これでいい?』『まあ、奥さんみたいね』『心の妻』1,2分するとテクストがきた。ユキが読み上げる。(父から伺っております。一時間後に電話します。山田清美)

 翌日夕方、清美が菓子折りを持ってやってきた。『御免下さい、山田です』『いらっしゃい、お待ちしていました。さあ、お上がり下さい』『お邪魔します』清美は靴を脱ぐとかがんで揃えた。玄関先で正座すると『初めまして、山田清美です。本日はお招き戴きありがとうございます。これは父からです』と菓子折りを差し出す。塩崎真知子も正座して『これはご丁寧に、頂戴します。よくお越しくださいました。さあ、奥へ』
 食卓にはすき焼きの準備ができていた。『さあ始めましょ』真知子は牛肉を炒めて砂糖と醤油をかける。葱、こんにゃく、椎茸、豆腐、白菜を手際よく並べてゆく。『きれい、生花みたい』マリアが感動した声を。『清美さんご専攻は』『文化人類学です。日本人とフィリピン人との思考比較を卒論のテーマにしております』『いいテーマね、将来は』『外国でで博士学位をとって研究職に就きたいと考えています』『娘も言語学を勉強してるのよ。
 フィリピンでは88の言語があると言われてるでしょ。言語が民族の言葉とすればその数も一致するのか。なんてね』『お母さん、同じ民族は同じ言語を使うの当たり前じゃん』『そうねえ、ユキさん、当たり前が当たり前でなくなることもあるのよ。他の言語を使わせられることもあるしもういいわね、この続きはお食事しながらにしましょう』『いただきます』

 生卵を見てマリアとセバスチャンは緊張する。『お母さん、昨日囲炉裏を囲んででご馳走になった雑煮おいしかった。今度は一緒に行こう』『ぜひ行きたいわ、清美さんすき焼きどう』『とても美味しいです。祖母がよく作ってくれました。日本人は同じ食材でもいかに美味しく食べるかと時間と労力をかけますね、私の研究テーマのひとつです』『そうだ、乾杯するの忘れてたわね、やーねー。最初はビールにしましょうか』ユキがビールを並べる。
セバスチャンが栓と栓でぽんと開ける。『あら、すごいわねえ』驚く真知子。最後の1本は、歯でと坂本が手振りで真似る。No sir!マリアがケケケと笑う。ユキが取り上げる。栓抜きで開ける。『じゃあ、清美さんよくいらっしゃいました。乾杯』カンパーイ。『うまい』おい、マリア!クーヤいいじゃないの、そのうちにわかるわ。???とマリア。

 同じ意味のことを言うにも身分性別年齢などによって使う単語言い回しが異なる点が日本語の特徴で、うまいは男の表現で女が使うことは少ないと清美が説明する。マリヤは驚いて坂本の顔を見つめる。『本当にそう思う。私も日本でよく笑われた。飯にするかといったら、お前トンボイカッテ』『ユキ、女はどういう?』『ご飯にしましょうか』『か以外は別の発音なのに意味は同じなのか』マリアの疑問に清美もどういえばと思案しているので坂本が答える。話し手によって使用される単語が異なる言語は他に類を見ないのではないか、いつか調べてみたい。『そうねえ、少なくともヨーロッパではないわね』たとえば、一人称 I、 YO、 JE、は男だろうが貴族だろうが同じように使うが、日本語では厳格に使い分けられるから文章で話し手がどういう人物か想像できる。日本語の一人称は100以上あるといわれる。『嘘、本当に?』マリアが高い声を出す。

 『坂本さんは何でもよくご存知ねえ。清美さんに伊豆半島の話をしてあげたら。日本の伊豆半島はどこから来たかご存知』『いえ、存じません』『フィリピンから来たんですって、だから日本人にフィリピン人の血が流れている可能性も高いかも』清美も興味を示す。『そうだと面白いのですがちょっと考えにくいですね。それは何時の事でしょうか』真知子は話の腰を折られて白んだ。山田中尉の血が清美にも、それに学求のひたむきさか、坂本は場を持たそうとはぐらかす。あれはひょうたん島の話を酔うた勢いでこじつけたものだ、学問的裏付はない。新人類誕生が30万年前とすればその可能性は極めて低い。

『すみません、つい、学問的になってしまって』清美は雰囲気が読める娘だ。『清美、日本の民族はいくつあるか』マリアが質問する。『日本は単一民族と理解している』『それは誤解だ。先住民族のアイヌのほかに朝鮮系、中国系、日系、その他の日本人、がいる。つまり少なくとも民族は5以上ある』誰かの受け売りだがスペインの血は激しい。『それは知らなかった。よく勉強する。貴女のサジェスションに感謝する』清美はやんわりと往なす。
 今出てきたその他の多くは南方から海流に乗ってきた人たちだ。日本の太平洋側の地方には南洋の島と文化的共通点が見られる。たとえば発音、片切刃などだ。人の移動なくして文化の移動はありえないと私は考えている。これを追いかける旅がしたい。坂本も少し熱くなってきた。
海流は海のハイウエイといわれる。ミクロネシアから沖縄まで筏に帆を付けて2週間で着いたそうだ。約束より3日遅れたが、台風にあわず、1日の休みをとらなければ10日で来られたとそうだ。逆に日本人もルソン、ジャワなどに足しげく通っていたそうだ。清美がまたじっくり話を聴きたい、自分の卒論も見てもらいたいという。どうせ塩崎家の居候だ、時間はたっぷりある、いつでもいい。坂本は上機嫌になっていた。

 話が弾んで清美が帰らなくては言った時は9時を回っていた。『清美さん今日は泊っていきなさい。明日学校に車で送ってもらえばいいでしょ。狭いけど私の部屋で一緒に寝ましょう』『本当は帰りたくないのですが、初めてなのに』『私たち初めてなのに泊めてもらったわ、ね、クーヤ』ユキはいいところで言うなと坂本は思った。そうだな、日本では一期一会といって生涯で一度の出会いと考える。それに塩崎さんはいろんな国で暮らした経験をお持ちだ、きっと卒論の参考になる。『それではお言葉に甘えさせていただきます』と清美はうれしそうに言った。『お母さん、昨日も言ったが何故日本人は初めて会った人に親切なのか。もてなしか?』マリアの質問には少し棘がある。『そうね、上手くいえないけど親切にすることが楽しいのかな、私の料理喜んでくれたら嬉しいの、明日は味噌汁にするわね』『お母さん、私味噌汁大好き、手伝う』『そう、お願いね』

 マリアはこのような話をしながら食事したことがないのでは、と坂本は思った。広大な屋敷に住んでなにふじゅうなく暮らしていても食事と会話の楽しさを初めてったのではないか。そういえば、人間だけらしいな、仲間と一緒に食事するのは。坂本は話をどう続けるか、思案していた。音楽会と似てないか。『音楽会?』マリアが反応した。演奏家と聴衆がともに音楽を楽しむ。
 『料理と音楽、坂本さん、もっと聴かせて』真知子は聴き上手だ。序奏は食前酒かスープ、第一楽章でテーマが提示される、料理のコンセプトを予感させる料理が出される。クライマックスにメインディッシュ、終楽章にデザートがでる。食事の余韻を楽しむ。もうひとつは、食材と料理との問題。『作曲と演奏、いい曲を選んでどのように演奏するかは料理と同じね』マリアが挑むように相槌を入れる。清美がおやっという顔をした。『マリアさんは音楽がお好きなの』真知子は話を引き出すのが上手い。
 ヴァイオリンはプロ以上。以上?超一流、30年に一人かな。あら坂本さんもなかなか。私は下手の横好き、マリアの演奏は神が乗り移ったようだ。まあ一度聴かしていただきたいわ。聴いていただけ。私はプロではない。求められることは名誉なことだ。じゃあ用意する。セール演奏中に話すことは悪いことか。ん?この前の演奏でお嬢さんを乳母を睨みつけた。ああ、無礼討ちだ。侍か。だからフィリピン人は蛮人なのだ。他人の時間と空間を侵害することを意に介さない。そんなものか。そんなものだ。

 その夜、坂本は言い知れぬ快感に浸っていた。その快感は首筋から胸へと移動してゆく。夢ならば覚めないで欲しい。やがて全身に痙攣が走りのけぞった。マリア!驚く坂本の口をマリアの口が塞ぐ。白い両腕が首に巻きつく。抗う術もなく身を任す。頭の中が白くなってゆく。激情の中に陶酔する二人。深い眠りから覚めたときマリアの姿はなかった。が、シーツにはマリアの血痕が残っていた。


 
   一時休戦


 陳志淵からの携帯に坂本は起こされた。坂本さん、今どこですか?女のところ。私の娘、誘拐れた。誰に?決まってる、カルロスだ。で?連れ戻して欲しい、金いくらでも払うよ。解った、娘さんの写真メールで送れ。坂本は昨夜の出来事を思い起こそうとしたが、身体は戦闘体制になっていた。
 塩崎真知子に『ちょっとマニラに行ってきます。ユキとマリアお願いします。マニラで買う物ありますか』と告げる。『そうね、日本食の美味しそうなものがあれば。でもお仕事でしょう』と真知子は坂本を動きやすくしてくれる。

 マリアとできてしまった気恥ずかしさもあって、すぐに塩崎家を飛び出す。ユキが着替えが入ったカバンをセバスチャンに持たす。車はマニラに向かう。坂本はカルロスとのやり取りを反復していた。陳の娘を誘拐したのか?龍次、誰から聞いた。陳が連れ戻してくれと言ってきた。マリアは無事か?元気にしている、何故誘拐した?マリアを守るためだ。解放の条件は?マリアに手を出さないこと、航空事業のシマを荒らさないこと。(こいつら娘と事業とどっちが大切なのだ)解った、陳と手を打とう。俺が立ち会う。カルロスとのホットラインを切ると今度は陳と話をつける。
 
 私の娘を誘拐して自分の娘目には手は出すな?冗談あるか。それは二人とも五十歩百歩だ。だが今はカルロスがカードを持っているから有利だ、同じ条件で和議するのは悪くなかろう。報復は新たな報復を呼ぶ。一時的でも和平は和平。陳の目的はカルロスと争うことか。事業は事業の土俵で勝負しろ、土俵外は見苦しい。でもアイツは汚い、卑怯者だ。向こうもそう言っている。『未だ覚めず血闘抗争の夢階前の御用既に修整』だ。
 なにあるか?漁夫の利を狙っているものが見ているということ。それ誰あるか。この俺だ。まさか。本人が言っている、日本式経営の前ではスペイン財閥も華僑マフィアも嵐の前の塵に過ぎない。両者とも半信半疑で坂本の手打にのってきた。頼りにならない味方より頼りになる敵がまし。なにそれ。敵方にいるから憎いのだ、味方につけば頼もしい。カルロスが?お前もだ。日本料理の店を予約する。

 マニラの渋滞は何時ものことながらひどい。約束の時間に遅れては手打にならない。トラフィック何とかならないか?セヴァスチャンが両手を挙げる。よし、パトカーに捕まれ、信号無視でも何でもいい。白バイが来る、店まで誘導させる。500ペソでどうだ?同僚がいる。店に6時までに着いたら500上乗せだ。OK!白バイに前後を守られて渋滞を掻き分けて行く。10分前に着く。セヴァスチャンに1万ペソで日本食材を買出しさせる。わからなことがあったらユキに聞け。OKサー。日当だ、取って置け。500やる。サンキューサー。

 奥の部屋には刺身の盛り合わせ、生き作り、てんぷらなどが用意されていた。結構。陳がやってきた。上座に座らす。やがてカルロスもやってきた。陳の隣に座らせる。定刻だ。『いいか』坂本の念押しに二人が頷く。『よし、手打だ』盃に日本酒を注ぐ。『乾杯』二人が飲み干す。『言って置くが約束を違えたら俺はお前たちを許さないぞ。日本政府の閣僚に同級生がいる』『一時休戦は一時だ、先のことは約束できない』とカルロス。『先のことは言っていない、最低一年この約束を守れと言っているのだ。一時になるか、永久になるかは俺は知らない。だが抗争の明け暮れに休戦もいいだろう。次回の休戦は別途料金だ、高いぞ。娘を連れて来い』 『約束守らなければどうなる?』『素っ首切り落とす!』『おおサムライ』とカルロスが手を叩く。陳の娘が入ってきた。陳が抱きかかえる。坂本が手を出すと陳が小切手を渡す。あと1000というと怪訝な顔。
 白バイ買収を話す。二人が腹を抱えて笑う。陳の娘もクスっと笑った。『さあ、食うか』坂本が手を叩く。リュウジ日本式経営とは?生協が設立されたらわかるさ、お前たちはその軍門に下るからノーサイド。あきれる二人。

 坂本さん、この国に来た目的は何ですか。そうだな、陳、フィリピーナとのんびりと暮らすことかな。味はどうかな(ドキ!)、カルロスが突っ込んでくる。まだ試食していない(まさかマリアは喋っていまい)。どうしてかな。俺は女を買うのは嫌いだ、心ときめく女でないと抱く気になれない。どんな女がいい。西施。そりゃ、いないよ、こんな猿の島に。それよりも日本人だまされて財産失う、命失う、坂本さんも気をつけるあるよ。カルロスが陳を引取って、彼らは猿程度の知能を持つ家畜だ、あんなのと暮らすことはない、と同調する。
 さらに家畜には最小限の餌を与えるのが大切だ、反抗させず従順でいさせるためには、とつづける。それでか、フィリピン人も家畜に死なない程度の餌を与えるのは。そうだ、教育効果の現われだ。(スペイン、華僑の支配は年季がはいっているな)坂本は心中、感心した。猿には人間の価値はわからいか。そうだよ、リュウジ、サルにODA与えても意味ない。日本人すぐ謝る、よくない。

 損害を賠償するのは最も幼稚な手段、日本、植民地経営できない。それあるよ、日本テロの要求に屈する、被害拡大するよ。悪い芽は早めに摘み取れか。ソレモアル、富は奪い取るもの情け無用だ。そうた、奪って賠償、これ矛盾ね。日本人は彼らを人間と考えるから誤まる、これが全ての原因だ。同情有害ある、サルは日本に感謝するか、餌を喰うともっと寄越せというね、ソウ、サルに餌を与えないで下さい、だ。小さな親切大きな迷惑ある,我々の商売の邪魔しないでもらいたい。
 そいつは悪かった、俺はフィリピン人に無利子で無担保で10000貸した。あなた馬鹿あるか、月20%の利息は常識、担保10倍は最低限あるよ。チェンの言うとおりだ、奴らの担保は土地しかないが開発すれば商売になる、サルには土地は活用できない。地上げか。サルにはムチと餌を与えておけば十分。そう、サルに馬鹿にされる日本人ほんとバカあるよ。サルは猿知恵が働くから山羊がいい、逆らわないスグ子を産む、めえ、めえだ。カルロスうめえぞ。そうかな。

 ここでは現在も植民地感覚は続いているのだ。坂本は現地人と対等に付き合うと言う理由で外国人から見下げられたことがある。しかも、日本人からも中流以上のフィリピン人からも、、、。サルも中流以上だとふんぞり返っている。サルのくせに下流のサルを見下す態度で坂本に接してくる。それ自体は気にすることはないが、つくづく植民地主義とは差別の極みでないかと思ったものだ。
 蓄えをしない多くの貧しいフィリピン人たちは月2割の利息に喘ぎ苦しむ、利息を払うために働く、ついには祖先伝来の土地を取り上げられる。多くのアジアの被支配者は白人と同席することすら、水泳することすら、許されなかったのだ。日本のヤクザはこれほどえげつなくはない。ここは今でも鉛筆すら作ることができない工業力なのだ。フィリピン人に一度仕事を与えてみると本当の能力が判る、それは、植民地主義との真っ向勝負になるな、だが、この俺がこの国を日本流に支配するのも面白いかも、と坂本は漠然と思った。

 確かに、ここでいい女はスペイン系か中国系だな、しかしそれなら本場の方がいい、純粋の現地人でないとこの国に来た意味がない。なるほど、そういう考え方もあるか。私、娘を助けるため貴方に頼んだ、それだけでないことわかった。つまり、そういう考え方、中国人できないよ。坂本さんはできそうもないことやる。カルロスと手打など、できるわけないと思ってたよ。俺もだ、陳との手打など考えもしなかった。なんだろうな、今までの確執が無益に思えてくるのは。日本人の考えは我々の理解を超えているがその気にさせるもがあるよ。理屈じゃなくて気迫だな。(レベルの差だよ)

 女将が挨拶にくる。『ようこそお越しいただきありがとうございます。本日はいい魚が手に入り板前が腕によりをかけましたのでごゆっくりご賞味くださいませ』と両手をついて頭をさげる。丁重な挨拶にカルロスが感心する。『改めてビールで乾杯だ、麗しき乙女の健康と幸せを祈念して乾杯』坂本がグラスを持ち上げると陳、その娘、カルロスも乾杯。カルロスは女将にビールを勧めながら意味を聞く。女将はこれに答えながら生き作りからカルロスに盛り合わせてやる。『カルロス、女将とはオーナー兼取締役だ。これは彼女の特別サービスだ、感謝しろ』カルロスは女将の手の甲にキスをする。
 『馬鹿、祝儀を出せ。仕様がないな、女将、祝儀だ。これは板前に』坂本は、千ペソを2枚だす。『恐れ入ります』女将は一礼してこれを懐に納める。『それはチップか』馬鹿だな、後進国の人間は。もてなし、料理に対する褒美だ。まあ、食え。坂本は山葵をつけて鯛の生き作りを口に入れる。美味い。女将が礼を言う。
 カルロスが恐る恐る口に入れる。『美味い』そうか、南蛮人でもわかるか。南蛮人?昔、スペインのザビエルが日本にキリスト教を布教に来た。日本人はかられらを南蛮人と呼んだ。どうしてか、彼らは神父だろう。風呂に入ってないから不潔、着物が臭い。彼は日本人と会う前には風呂に入って着物を着替えてとバチカンに書き送っている。日本人の知的水準も恐れている。武力で日本を制圧できても植民地とすることは難しいと踏んだのであろう。
 日本人の知的水準はスペイン人よりも高いのか?平均値では2倍以上かな。ただし、ピカソ、ダリ、ガウディ、オルテガといった天才は人口比では少ない。天才の指導よりも共同で考え実行してゆく民族性文化なのだろう。『ビールお持ちしましょうか』女将は席を立つ間合を計っていたのか。酒にしてくれ、冷と温い燗。『かしこまりました』

 おもむろに陳が口を開いた、日本は唐の属国であったか。あれか、あれは仏教典を手に入れるためだ。中国人は日本人に10倍ぐらいの値を吹っかけるので属国になった。よく解らない。唐に貢物を持って表敬すると5倍ぐらいのお土産をもらった。仏教典も安く手に入る、こんな美味しい話があるか。プライドはないのか。あるが国益が優先する、名より実をとる。日本人は利害で動く?それはいずこも同じ、幾ら儲かるかは行動の基本哲学ではある。
 面子は?同じ質問をするな、面子よりも利益だ。日本政府は遣唐使に緘口令を出して、唐は日本の属国と日本国民に宣伝した。日本政府の嘘の始まり。日本国民は誰も信じないが政府のいうことに異議は唱えない、金にならないし信じた振りをすることは損にはならない。日本人は実害がないとどうでもいいのか。
 そういうこと。他の嘘は。幕末の尊皇攘夷、欧米人は女を犯す蕃人だから討つべし。数年後明治政府は西洋化に方針転換。太平洋戦争が始まると米英鬼畜、敗戦後はアメリカべったり。節操がないと陳。政府に節操などあるものか、それは世界中同じだろう。それはそうだな。

 きものは和服である。それなのに何故、呉服という?『どうしてですか』娘が初めて口を開いた。呉の職人の腕が良かったからだ。呉から職人を雇ってきて縫製させた、高く売れる。舶来の唐物は高い、国民はいい品かどうかで判断する。政府のいうことなど関係ない、無視。『日本政府と日本国民は別の考えをするのですか』利害が一致すれば同じ考え、一致しなければ別。
 お嬢さん、お名前は?陳梅雲です。お母さんは?許細君。美人か。ええとても。Madre bonita,mujer bonita.坂本のスペイン語にカルロスが笑い声を上げる。どういうことだ?母親がきれいだと娘もきれいということ。???梅雲は俺に似て美人だ、陳がむきになる。それはそうだ、カルロスも同調する。坂本が笑いをこらえて陳に酒を注ぐ。返杯を受けるとカルロスに。眼で陳に酒を注げという。
 一瞬陳は躊躇う。坂本が睨む。陳が注ぐ。驚くカルロス。それでも陳に返杯。よし、これでお前たちは義兄弟だ。二人が顔を見合す。義兄弟とは同じ女を知った仲をいうのではないか、と陳。それはそうだが日本では一義的には関羽と張飛みたいな関係をいう。日本語たくさん意味ある、難しい。これはどうだ、

  手にもいろんな手があるわ あの手この手に奥の手や いつも優しい貴方の手

オウ、ジャパネーズ素晴らしい。これは愛新覚羅慧生が好んだものだ。清の、愛新Aisin 覚羅Gioro 溥儀の姪か。そうだ。

 これでしゃんしゃんと思いきや『日本は中国から日清戦争で台湾を奪い、今度の戦争では中国を侵略した』と陳が話を蒸し返す。割合ひつこいな、梅雲こんな話興味あるか?ええ、父が坂本さんを何故そんなに高く買うのか不思議でしたが、お話を聴いていて解る気がします。そうか、酒の席に相応しくないが、俺の考えを話そう。日清戦争はロシアの南下を阻止するためだ。清がヨーロッパの食い物にされているのを見て次は我が身と考えるのは自然なことだ。北部に防衛線を引くことは必須のことと日本政府は考えた。日露戦争を既に意識しての布石といえよう。
 そのため、多くの中国人が土地を追われましたわ。それが戦争というものだ、これによって清はヨーロッパに食い尽くされることを免れたと中国のインテリ層は分析している。日本の功罪相半ばと言えよう。スペインの植民地だった国は悲惨な運命を辿り今なお貧困に喘いでいる。俺に言わせれば今の中国は50を超える少数民族を一国家としていること自体がおかしい。中国を漢民族の国家だけにして、あとの民族は好きにさせるのが筋だ。『龍次、スペインは悪か』ああ、ヤクザ以上マフィア以上だ。植民地がなければあの経済力でスペインが繁栄するはずがない。憮然とするカルロス。こんなにはっきりものを言う日本人珍しいある。

 * 旧チベット領は今の5倍以上はあったようだ。諸葛孔明が病を押して遠征した  のも理解できる。モンゴル自治区も然り、漢民族にとって今も昔も脅威なのだ。
  中国共産党が併合をつづけるのは能力的にも無理とちゃうか。平和路線に転  換したほうが楽になれるぞ。口にすれば日本的発想と反発するだろうが。

 『中国はどうですか』そうね、鄧小平が日本に来て100年で日本の経済に追いつくといったが、国土人口とも日本の10倍以上の国が30年で日本に追いついたとは片腹痛い。10倍になって実質追いついたと言えるだろう。社会資本、国民生活の質が日本並みになるには100年はかかるだろう。旅の疲れと手打式で坂本は酔いが回りだした。陳とカルロスは顔を見合わせ頷く。日本がいや坂本が我々のシマを狙っている、日本軍、日本式経営は恐ろしい、もしやと二人は考えていた。 『坂本先生のお話はとても興味深い、後日改めて伺いたい。これの母親も顔を見たがっているのでお暇したい』そうか、それもそうだな。陳、白バイ代1000ペソ払え!持合せがない。ではお前の事務所まで付いて行く、現金で払え。

 坂本が会計と電話で告げる。女将が計算書を持ってくる。陳が俺に払わせてくれという。坂本が俺の顔を潰すのか!と怒鳴ると陳が苦笑する。女将、ご馳走さま。カードでいいか?この二人は俺の友人だからよろしく。こちらこそよろしくお願いします。坂本様のお友達なら心を込めた料理を用意いたします。女将は名刺を二人に差し出す。陳もカルロスも名刺を出したが、女将がその名前に驚く。
 よほど女が好きなのか、カルロスが女将の携帯番号をきいている。セヴァスチャンを呼ぶ。三人を送ると告げる。前にカルロス車、後ろに陳の車、3台のパレード。『セヴァスチャンあの車に付いて行け』イエッサー。と、どこからか『セール、どこまで先導しようか』さっきの警官たちだ。いくらだ?十分貰っている。そうか、今度は上品にゆく、行く先は前の車に訊け。OKサー。後部席の陳親子、カルロスが吹き出す。

 陳の事務所に向かう。マカティーアヴェニュウはよく歩き回ったものだ。事務所に着くと坂本と陳親子の3人が車を降りる。カルロスに手を振りながら『この車を護衛しろ』と警官に100ペソ握らす。遠慮するな追加料金だ。サンキューサー。警官が敬礼して去ってゆく。許細君が梅雲を抱きしめる。美形である。金を払えと言いたいのだが、奥に通される。許細君が坂本に礼を述べる。息を呑むような美人とは許細君のためにあるのだろう。『坂本さん、今日は泊まっていってもらいますよ。運転手は帰しました』金の決済は?陳の息子が1000ペソを持ってきた。
 梅雲が警官買収の話をすると細君が口に手を当てて笑った。王昭君に会えた気がすると坂本が眼を見開く。『光栄ですわ、坂本先生。私の料理もお召し上がりください』と食卓に座らされる。『とにかく娘が無事に帰ってこれたのは坂本先生のおかげですわ。心から感謝申し上げます』王昭君のような美貌のご婦人に感謝されるなら例え火の中水の中、地の果てまでも行きますよ。『坂本先生が本当におすきな女性は?』西施ですね。運命に逆らわず、かつ、自分を失わない女性。

 母娘は感動をその眼にたたえて点心を卓上におく。和食のあとのシュウマイはまたよい。老酒が坂本を饒舌にさせる。『坂本先生はどうして女性を大切になさるのですか』白金も黄金も麗しき女性にくらぶればいかほどのものであろうか。女に勝るもの我知らず。『素適ねえ、私も一度でいいからそんなふうに愛されたいわ』許細君はうっとりと話に聴き入る。『私、囚われていたとき私を救い出してくれる人が現れると信じていました。今日現実となりました』梅雲も負けじと男心をくすぐる。『うふぉん、坂本先生、日本は何故中国を侵略したのですか』陳志淵が割り込んでくる。『あなた失礼ですよ』なに、これから家族として付き合ってゆくお人だ、率直に話をする日本人は少ない。お願いできますか?と母娘も促す。いいですよ、ただし、タダでは話せません、報酬は?貴方の望むものをと細君。いいでしょう。

 坂本はゆっくりと話し出した。アメリカ合衆国と戦うためです。えっと、驚くと三人は息をのんだ。『日清戦争はロシアの南下を防ぐため、今度はアメリカと戦争するため?』陳志淵が立ち上がった。絶叫こらえて、話の続きを待つ。日本の植民地政策が石油などの資源を求めて東南アジアに展開されるとすれば、日米の戦争避けられない。アメリカの植民地フィリピンに日本が侵攻すれば全面戦争は必至。
 『そうだとして、日本は何故直接南方に侵攻しなかったのでしょうか』梅雲が身を乗り出す。できなかったのですよ。
 どうしてという言葉が出てこない三人は固唾を飲むばかりであった。日米を比較すれば軍事力は対等としても生産力、資源などは圧倒的にアメリカが上回る。とすれば、『とすれば、生産拠点、資源を中国に求めた?』と梅雲。ということになりますね。坂本は台湾ビールを飲む。『それは家族のために取り寄せたものです。いけますかな。しかし、その判断は甘かったのでは』志淵が続く。判断以前の問題です。『といいますと』息子の志明が話に加わった。
 情報収集です。正確な情報を正確に収集して分析しておれば、歴史はどう動いたか、私にはわからない。日本が満州でおとなしくしておれば米国はよわっていたでしょう。どうしてですか。米国が第2次世界大戦に参戦するには、日本が日中戦争を始めること、さらには米国を攻撃することが必要でした。ため息ともいうべきか、沈黙が覆う。三国同盟国の日本が米国に戦争を挑んでくれば独伊にも堂々と戦える、あるな。流石、陳先生,ピストルを先に抜いた方が負け。

 ソ連は日本軍が日中戦争に向かってくれればナチスドイツの侵攻に専念できる。蒋介石との日本軍との共倒れを待って中国共産党が漁夫の利を得ると一石二鳥。アメリカ合州国は経済封鎖、日米開戦の布石、蒋介石に1億ドル以上支援していたでしょう。そう聞いています、本当の狙いはなんでしょうか。世界大戦への参戦ですよ、梅雲。イギリスから助けを求められても反戦を公約にしていたルーズベルトは応じられない。輿論を開戦に持ってゆくには日米開戦しかないと踏んでいたのでしょう。
 日本に開戦させる?そう。どうやって?日本を怒らす。え?経済封鎖、三国同盟の破棄、中国から撤退、を要求する。そりゃ、怒るでしょう。ハルノートを見てルーズベルトは『どんな小国でも米国に開戦するだろう』と言ったそうです。まあ、アメリカの最終目的は第2次世界大戦への参戦だったのですか、許細君が眉をひそめる。日本政府もアメリカの意図は察していたでしょう、しかし、世界情勢情報の分析力が欠けていた。アメリカ参戦の目的は何ですか。政治的にも世界の頂点立つチャンス、軍事産業が莫大な利益を得られる。

 もっと詳しく話してください、そのような歴史認識をする中国人はいない。梅雲、これは世界の常識、少し頭を働かせれば理解できる。日本を悪者にしたい現在の中国政府の目を恐れてみんな黙っているのでしょう。今の中国政府は嫌いだ、中国四千年の歴史と誇りを忘れたか。頭を働かしますからもっと教えてください。人の話を鵜呑みにしてはいけない、自分で確かめ、考えなさい。坂本が茶を一服。『坂本先生はバギオから梅雲を救出にいらっした、お疲れでしょう。今日はここまでに致しましょう』と許細君が坂本を部屋に案内する。

 シャワーを浴びると坂本はすぐ眠りに落ちた。夜中に喉の渇きを覚え水を飲む。酔い覚ましの水は格別だ。人の気配に振り向くと天女が立っていた。下弦の月が部屋に淡い光を射していた。手を伸べて坂本を招く。その妖艶さはなんだ。妖魔の化身か。諸手を首に巻きつけ唇を押し当ててくる。坂本がそれを激しく吸ったとき絹のガウンが滑り落ちた。白い裸身が月に濡れ、顔の紅潮と胸の動きが照り出されていた。めくるめく時間は夜明けとともに終わりを告げる。薄れ行く意識の中で妖魔が立ち去って行く気がしたが、精も根も尽き果て不覚にも深い眠りに落ちてしまった。

 坂本が目を覚ましたとき空腹をおぼえた。気だるさは残っていたが空腹感に耐え切れず起き上がる。シャワー浴びて冷たい水を飲む。ここでは水が最高の飲み物だ。電話がなって食事に呼ばれる。食卓には陳の家族4人が席についていた。粥が美味い。ゆで卵が口でとろける。卓上に料理の数が増えてゆく。食欲も増して来る。蟹と卵の料理は精がつくとか。肉魚野菜果物、味だけでなく見た目にも楽しい。
 『坂本先生、フィリピンはどうですか』志明が話しかける。食事が不味い。『連中は空腹が満たされれば十分なのです』かもな、お前たちはこんな美味いもの食ってどうして太らないのだ。『唐辛子は脂肪を燃焼させる、だから大丈夫。いっぱい食っていっぱい女を愛する、最高の幸せ』志淵が話をつなぐ。性食同源か。細君と梅雲がくすっと笑う。細君の眼が怪しく光った気がした。もしかして妖魔は?『こうして家族で食事できること幸せね』両親、兄の眼が梅雲に向けられる。うれしそうに頷く梅雲は可愛かった。

 外は灼熱のマニラだが高層ビルの部屋は風が良く通る。食後に中国式の按摩をされて坂本は心地よく眠ってしまった。夢の中で二人の美女が代わる代わる坂本の身体を舐めていた。坂本が大きく成長すると一人が目を見張る。それが快感をもたらすのよ。それを貴女の中に入れなさい。ゆっくり腰を動かしなさい。そう、どの部分が感じやすいかを確かめてゆきなさい。気持ちいい、感じる。マー、愉快。死にそう。大丈夫、死ぬほど気持ちがいいでしょう。
 アイヤー!あとは自分の感じるままにやりなさい。マー、愉快、アイヤー。やがて坂本は激しく揺すられる自分を見ていた。全身に痙攣が走り女の腰を引き寄せる。その顔は幸福感が溢れている。女がのけぞって坂本を締め付けると坂本は腰を浮かして女を持ち上げる。放たれた精は女の奥深く達し、女の顔は恍惚に満ちていた。

 ユ キ 1

 ユ キ 1

 セヴァスチャンから携帯。マリアがすぐ帰れと怒っているいるらしい。ここにいることは誰が知っているか、カルロス、彼は言うまい、やはり奴か。急用ができたと陳家族に暇を告げる。妖魔の虜になるか、逃れるか、と考え出していたからいいタイミングともとれる。小切手に100万と記入して銀行に入金する。塩崎家の買い物は済んだ。残るはマリアだ。何がいいか。むずかしい。ドゥシットホテルのモールに入る。ラップトップ(ノートパソコン)を買おう。SONYとあるがイミテーションだろう。3万ペソ、いい値だな。スピーカーは1万ペソか。視聴してみる。悪くない。これが欲しいが3万しか持っていないと交渉してみる。ノウディスカウントとにべもない。日本ではオリジナルが買える、と粘ったが値引きなし。別の店にゆく。値段は同じ。ただケース、DVD10枚を付けるという。500ペソぐらいの値引きか。店員の娘の感じがいいので値引き額の10%をやるともち掛けてみる。しばらく考えてやはりだめだと首を振った。

 バギオには8時に着いた、あと15分ほどで塩崎家につくとユキに連絡のメールを入れる。折り返し、みんな待ってるよと返信が来た。妙に懐かしい。山道を登ると街明かりが広がる。マニラの喧騒が嘘のようだ。セール、なに怒っている?マリアに喋っただろう。ノウ。罪状認否は必ず否認する。お前を罰したりしないから正直に答えろ、マリアはお前になんと言った。知らない。カルロスに電話するか、運転手は換えたほうがいいと。待ってくれ、思い出した。そうか。セールと同じことを言った。やはりな。ユキに携帯ワンギリ。塩崎家の門が開かれる。
 真知子、ユキ、マリアが出迎えてくれた。ただいま帰りました。『お帰りなさい』との挨拶を跳ね除けてマリアが坂本に抱きついてキスをする。今日は女難日か。家にいるとすぐ清美が自転車でやってきた。ユキが教えたのであろう。『こんばんわ、お帰りなさい』ただいま、清美。ラップトップ買ってきた、立ち上げてくれ。はい。『坂本さん、お食事は』まだです、何かお願いします。『先にお風呂になさいな、見繕っておきますから』ありがとうございます。

 湯ぶねにつかると疲れが取れる。手打が終わってマリアも一安心だ。のんびりルソンの北を周って見るか。風呂を上がると味噌汁と卵焼きが用意されていた。美味い、お袋の味だ。『それ、ユキさんが作ったのよ』え、ユキできるのか。『お母さんに教えてもらった。ちりめんと納豆もあるよ』ありがたい。白菜の漬物も添えられていた。横はインターネットで盛り上がっている。家族的雰囲気だ。ユキが日本茶を入れる。ユキうまかった、ごちそうさま。茶がうまい。『清美さん、日本の歌、イツワマユミ』スピーカーの音もいい。『ただ心の友と私を呼んで、クーヤ、幾らしたの』4万ペソ。『高いわね。フィリピンは値引きがないの』どうしてだ。『お店は売り上げの20%マージン、売れ残りは返品する』そうなんだ、返品はマーケットに回される?『あのう、よろしいですか。モールは倉庫の一部なんです。大量に仕入れて値上がりを待つのがフィリピンの、つまり、中国のやり方です。過剰在庫分だけモール、スーパーなどに並べる。全仕入れの値上がりが50%粗利ならば、テナントのマージン20%は販売手数料ごく僅かの費用です』清美の話に坂本は驚く。

 よくわからない、第一に50%値上がりしても売れなければ価値は実現しない。第二に保存の効かない生鮮物はどうなる。『これだけの需要がありますから売れないことはありません。消費者物価は毎年上がってきています。今後も続くでしょう。また、保存の効かない商品は数%に過ぎませんから問題ありません』清美の説明にはその気にさせる妙な説得力がある。塩崎さん、物価に所得が付いて行かないのに納得できますか?『ここの人たちはモールで買い物するのが夢なの。一度でいいからと無理をしても出かけるわけ』それであれだけの客足?サービスが悪いはずだ。お客様はカモ様!『クーヤ何怒っているの』ガラクタを陳列して売ってやるという態度はなんだ。店員は値段も商品の説明もできない。『私に怒らないでよ』お前たちフィリピン人は中国人に馬鹿にされてると思わないのか。『日本はどうですか』清美が真剣な眼差しでたずねる。

 商売といえども社会に貢献するという基本哲学がなければだめだ。人々の生活に役立つ商品を安く提供することが商人の心意気というものだ。理念がなく利益のみを追求する企業は長続きしない、早晩市場から消えてゆく。『理念とは具体的にどういうものですか』社是が端的に表している。たとえば、『国産技術で社会に貢献』、などは創業者の意気が伝わってくる。今から100前アメリカ製電気モーターを見た日本人が、俺ならこれを半額で作れると小さな会社を設立した。今は世界的大企業になっている。商業も消費者のニーズにあった商品を取り揃えている。品切れなどはもってのほか、高い品質保証の上、故障修理などのアフターケアーも充実しているから消費者は安心して購入できる。日本の物価が高いのも頷ける。
 『商売も社会に貢献、社会に貢献』清美が繰り返す。『利益を得るだけでないのね。commerceとは双方が利益を得ることなのね』清美は何か黙示を受けたかのように考え込む。『クーヤ、どうしたいいの。方法ある』団結することだ。小さな魚も群れになれば大きな魚に食われない。一人100ペソ出資する。1万人で百万ペソになる。共同で買えば安く手に入る。『生協。日本の主婦たちが出資したスーパー』そうだ、消費生活協同組合consumer's co-operation は生活物資の共同購入だけではない、住宅供給、医療、保険などもやっているところもある。フィリピンでは見かけないな。『生活のほとんどがまかなえますね』『クーヤ、もっと詳しく教えて』清美とユキが拳を握る。

 『教えても無駄。フィリピン人にできるはずがない』黙って聴いていたマリアが言い放った。何よとユキと清美。『龍次、幻想を抱かせることはそれが破れたとき、いっそう不幸にする』青い火花が散るがマリアのほうが強い。
 master's country vs servant country 植民地支配対被植民地の構図は21世紀の今日も残っている、いや続いているのだ。
 険悪な雰囲気になる。そうだな、フィリピン人には無理かもしれないな。坂本が冷たくつぶやくとユキと清美の顔が強張る。マリアに笑みが浮かぶ。『クーヤ、何かあったの』べつに、約束も守らないし、真知子が『セバスチャンは』とたずねる。空気が読める。『そこに寝てます』『長い運転で疲れたのね。風呂に入って疲れをとるように言ってあげなさい』ユキが起こしに行く。『セール、俺ビール飲みたい』坂本は返事もしない。『風呂のあと、行きなさい』ユキが子供を扱うように促す。『坂本さん、ビールどうです、板わさで』いただきます。『私も飲みたくなった。みんなどう』真知子はお母さんだ。『マリア、注いで上げなさい』マリアがいそいそとビールを注ぐ。坂本も注いでやる。グラスを合わせて乾杯。マリアの青い眼には情熱が。

 セヴァスチャンが席に着いたところで真知子が乾杯の音頭。何だ、着替えて来い、ご婦人の前で!『いいのよ』こいつ甘やかすと付け上がる、行け。イエスサー。『もう許してあげて』黙れユキ、切腹者だぞ。『セール、悪かった。この身体お前にやる』要るか。しかし、はじめて非を認めたので此度は許す、武士の情けだ。次は斬って捨てるぞ。『オーノウ、サムライ』『酒はのめのめ、飲むならばー、日の本一のこの槍を』清美が歌いだす。『これぞ誠の黒田武士』と全員が唱和。『クーヤ、私ミンダナオで生協つくる。助けてね』いいよ、百万。『ペソね、担保はこの身体』『私はバギオで』清美も百万。『私は?』真知子は白地小切手。『私は?』マリア、好きなだけ。『俺は?』お前はピソ(1ペソ)。

 坂本はマリアのフィリピン人にできるはずがない、と言い放った言葉を反芻していた。『どうしたの、私ミンダナオで30万人は集める』ああ、ユキ、融資の話やめとく。『どうしてよ、男の約束でしょ』金は惜しくないがお前たちの命が心配なのだ。『嘘、お金が惜しくなったのでしょう』ああ、そうだ。『何が問題なのでしょうか』清美が追撃ちをかけてくる。それが問題なのだ。禅問答に二人が顔を見合す。『坂本さんはこういっているの、自分たちの問題を人にたずねてどうする、自分で考えろ、とね』塩崎真知子の注釈にはっとする二人。『言ったでしょ、あなたたちに生協はできるわけがない』マリアが勝ち誇ったように釘を刺す。『何よ、シーツも洗えないくせに』ユキが反発する。(マリアとできたことは知れてしまったか)『たとえこの島が海に沈んでも私は龍次を助けるわ、愛しているから。あなたは?』強烈なカウンターパンチにユキがダウン、マットに沈む。(ユキに加勢するわけにも、如何せん)『もし、もしですよ、生協が選挙権の過半数を獲得したら、これは革命ですね。この国はフィリピン人のための国に生まれ変わるでしょう』困ったときは神様仏様塩崎真知子様、アーメン、ソーメン、南無マイだ。清美の眼が燃える。『お母様、可能性はあるけれども達成は非常に難しいということですね。可能性があるのなら命を懸けても私は遣ります』『そうよ、やりましょう。清美さんは頭がいいからホセリサールJose Rizal、私はシランGabriela Silang、祖国に命を捧げましょう』三十六計逃げるにしかず、坂本は疲れたからと部屋に引き上げる。ユキと清美は語り明かしたらしい。

  ユ キ 2

 それから、ユキと清美は取り付かれた様に生協を研究した。制度、問題点の分析は清美が、問題点の解決方法はユキが、いいコンビネーションかもしれない。清美の卒論もユキの日本での経験が役立っているようだ。フィリピン人が一つの事にこれだけ集中することは珍しいのではないか。マリアの方は手打が済んでジャパ行きの話も立ち枯れになってしまったが家に帰るとは言わない。昼間はインターネットで日本のサイトを見ているようだ。夜は坂本の部屋で寝る。塩崎真知子は買い物、日本人会の行事等にセヴァスチャンの運転で出かける。ここでは全員がいつしか、あたらしい家族になっていた。

 ある日の午後、真知子とユキ清美が庭で緑茶を楽しんでいた。マリアが食堂に下りてきたのを真知子が見つけ声をかける。『真知子、日本人は熱い茶が好きなのですか。この苦い味がどうして好まれるのですか』『そうね、日本人は舌を焼く熱さを好むわね。でも熱かったら冷めるのを待てばいい。お風呂もそうね、日本人は熱いのが好きね。それから味は苦いじゃなくて渋い。渋いは他の言葉に置き換えることができないね』マリアは真知子を見つめながら説明を聴いている。『お母さん、私も日本でお茶に驚いた。渋さはお茶のほかに、色、人間にも使うのね』『男の渋さ』清美がユキの話を引き取る。『渋さ?渋いと同じ』マリアが突っ込む。『渋い、渋さ。熱い、熱さ。いは形容詞、さは名詞。マリア、日本語勉強する』『私、勉強したい。あした浜辺をさまよえば、今、日本の歌を聴いていた。この曲は西洋音階で作られている。日本音階は上りと下りが異なる。他に例を見ない』『マリアは音楽が好きなのね。来週お琴の演奏会に行きましょう。日本の曲が聴けるわよ』『うれしい、いつですか』『日曜日、2時から。あなたたちもどう、一緒にゆきましょ。根詰めて勉強ばかりしていると体を壊すわ、たまには息抜きして、音楽聴くと頭がリフレッシュされるから』

 翌週、清美が生協の話を父親にするとTito叔父に相談するように言われたので家に帰ることになった。ユキは迷った挙句同行することになった。『お母さん大丈夫、龍次は手がかかるから心配』お前こそ、大丈夫なのか、ツイッテってやろうか?『あら心配してくれるの』どうして思ったことをそのまま口にする、子供じゃねえだろう。自分のことは自分でやれ。『私、絶対生協作るから、女の意地。クーヤ身体に気をつけてね』?ユキ、日当と餞別だ、旨いものがあったら土産を買って来い。そうだ、常男さんに携帯持って行け。5万ペソを渡す。『なんか夫婦の会話ね。ユキさん、やろうとすることが大切なのよ。人事を尽くして天命を待つ。やるだけのことをやって分からないときは天の声を聴きなさい』『お母さん、Heaven helps those who help themselves.ね。行って来ます』『そういうこと。そうだ、清美さん、このういろうもち持って行って、気をつけていってらっしゃい』坂本は一緒に行きたかったが自分でやらなければ生協はできない、既存勢力の妨害は命さえ狙ってくるであろう、この先幾多の困難を乗り越えてゆかねばなるまい、などと考えて留まることにした。

 翌日、見計らったようにアンジェリカがやってきた。娘が世話になっているので表敬訪問とすましている。あの野郎、坂本はセヴァスチャンを問い詰める。『奥さん、千ペソやるといった。俺知らないと言った。俺のアサワ、ミミを首にすると脅した。ミミも千ペソもらったから話せと言った。俺の千ペソ彼女のポケットに、取り返して欲しい』連れて来たのがミミか。セヴァスチャンに千ペソ貸している。私には関係ない。そうかなミミ、カルロスに話してもいいか。しぶしぶ千ペソを出す。サンキューサー。これは俺の金だ、お前たちは俺を犠牲にして2千ペソ稼いだ。不当利得だ。残り千ペソはマッサージ代、わかるか。イエス。俺の損害は10万ペソ以上だ、毎月2千ペソ払え、4年以上かかるぞ。ノウ、ノウ!
 坂本は言い捨てて中にもどる。アンジェリカは荷物を運び込むと居候を決めていた。夜が怖い、坂本は心の底からそう思った。女3人が旧友のごとく語らいおり。『ミミとアサワに物置をお借りできますか』『とても人は住めませんよ、夜は冷え込みますから風邪を引きますよ』『ベッドとシーツがあれば彼らは大丈夫です。これから買ってまいりますので』真知子は男3人を物置に召集した。『ここにベッドと整理棚を置きますから片付けてくださいな。スタンドとマットも要るわね。窓は引き戸、わかりますね。この人はどうするの』もう一人の運転手はブランドといった。俺は門でガードマンする。明け方にセヴァスチャンと交代する、問題ない。サンキューマム』『そうお、このシートで車庫の周りを囲いなさい。この長いすをベッドにする?毛布は古いけどあれを使いなさい。後は枕ね』

 夕食はマリアが中心にすき焼の準備する。驚くミミこんなわがまま娘がという顔。『お母さん、白菜、これ位の大きさでいいですか』『もう少し小さいほうが食べやすいわ。あら、切れ味が悪いわね』砥ましょうかと坂本が砥石を取り出す。『オオ,沢山のサムライ』『これは刀ではありません。包丁ですよ。こちらは野菜用。こちらは魚用。坂本さん全部お願いできますか』真知子は包丁をタオルで巻くと買い物籠に移す。坂本が一丁研ぎ終え白菜を左手で摘み試し切り。よく水洗いして真知子に渡す。とんとんとまな板が音を立てる。見事な包丁捌き。『マリア、左指を曲げて、間接に包丁を当てるの。指を切らないようにする作法よ』『はい、お母さん』『音楽が好きな人は料理も上手になるわ。こうして盛り付けるときれいに見えるでしょ』同じ強さで砥ぐのだ、坂本が包丁を取り上げて包装紙を切って見せる。バリバリ。よく看てろ。砥ぎ終わると紙がしゅっと切れる。『おかげさまで包丁が良く切れるようになりました。サアいただきましょうか。坂本さんお願い』坂本が脂を鍋に入れる。じゅじゅっと音がして脂が溶ける。牛肉をのせて砂糖に少し塩を加える。醤油を入れて味見。真知子にも。コンニャク、椎茸、豆腐、エノキだけ、ネギ、白菜の定番だ。酒を少し入れて真知子に伺う。『いけますね、乾杯はビールがいいわね。今日から新しい家族が増えたからこれを祝して、それとユキさん清美さんの成功を祈って乾杯』カンパーイ!『いただきます。お母さん、うまい』マリアの歓声。自分の料理に褒める奴があるか。『でも、本当おいしいわ、マリア腕を上げたわね』マリアは得意そうにアンジェリカに給仕してやる。こうして見ると普通の母娘だ。

 塩崎家から美しいヴァイオリンの音がバギオの山を流れていた。マリアは音楽会で聴いた春の海を弾いていた。才能に恵まれた少女は一度聴いただけで曲が頭に入る。真知子が口三味線で筝を歌う。『あなたは音楽をするために生まれてきたのね。次の音楽会に出たらいいわ』『お母さん、この曲、セブからボホールに行ったときの海を想いだす。静かな海に朝日が煌いていた。幸せな気持ちになる』真知子が筝を取り出してきた。『長いこと弾いてないけど合わせてみましょうか』真知子の筝に乗っかるようにマリアのヴァイオリンが奏でられる。坂本とアンジェリカが聴き入っていた。これは音会話だ。音楽で会話しているのだ。手話があるから性話もあるはずだ。未熟なだけで研鑽を積めば話せるようになるはずだ。そうだ。

 日本人会から電話がかかってきた。音楽会を中止しなくてはならいという。日本人の美人ヴァイオリストが入院したというのだ。入場料はジャピーノ(日本人とフィリピーナとの子供)の福祉に当てられることになっていた。日本大使、フィリピン高官も来て挨拶することにもなっているので弱っているのだ。『私に考えがあるから後で返事しますから』と真知子は電話を切る。マリアに事情を説明して意向をたずねる。マリアは引き受けると即答した。音楽会は10日後だ。 ラテンの女は熱情に燃える。譜読みと弾き込みに寝る間も惜しむ。練習ピアニストが音を上げるとアンジェリカがピアノを代わる。前日ピアニストと合わせる。素人と聞いていたマリアの音楽に圧倒される。
 音楽会当日、入場料の払い戻しと福祉活動への募金依頼が掲示されていた。開演に先立ち演奏者の名前を伏せた紹介と変更事情がアナウンスされた。日本大使、フィリピン高官の挨拶で緊張した雰囲気が会場を覆う。しかし、マリアがステージに上がるとその美貌と威厳が聴衆を惹き付けたばかりでなく、ほとばしる情熱に圧倒される。演奏後聴衆は拍手を忘れるほど感動した。やがて賛美の合唱とアンコールの拍手が鳴り止まない。マリアが再び現れると歓声がホールを揺るがした。『明日浜辺』と告げると日本人から大きな拍手。ヴァイオリンの調べに涙する聴衆も少なくなかった。続いて塩崎真知子の筝が春の海を奏で始める。マリアのヴァイオリンとの掛け合いが専門家をも魅了した。本当に感動すると声も出ない。思い出したように拍手が起こり大きくなってゆく。最後はアンジェリカがピアノに向かう。その美しさは女優とかモデルとかとは違った知性と威厳を持っている。マリアの姉と思った者もいた。チゴイナーワイゼンを弾き終えたマリアの顔は幸福に満ちていた。大成功だ。ヴァイオリンニストの名前と次の演奏予定の問い合わせが殺到し、入場料の払い戻しを求めた者はいなかったそうだ。

 その夜のマリアは激しかった。愛欲の陶酔の中で男の精を残らず搾り取るかのごとく、仰け反り声を上げた。次の夜はアンジェリカの蕩けるような愛撫に翻弄される。母と娘に犯されて坂本はやつれてきた。これは身がもたない、バナウエへ逃避だ。セヴァスチャンに口止めして車を走らせる。携帯は取り上げておく。真知子には置手紙。常男の出迎えにほっと一息する。『武士の情け、匿って頂きたい』『心得た。ゆっくりなされ』『かたじけない、今一つ、棚田が観たければ貴殿のあない願いたく』『案内致そう』常男と棚田に向かう。この前は驟雨にあって引き返したが、天までつづく棚田に立つことができた。この営みにくらぶれば生協設立などいと易し。坂本は意を告げる。半植民地のこの国を独立させるには国民をその気にさせるが肝要なれば、生協効あり。他に手立て思い浮かばざれば突き進むのみ。むべなるかな、微力ながら手助け致そう。

 茜に染まる頃常男の家に帰り着く。ユキと清美が待ち構えていた。坂本殿は疲れておられる、話は夕餉にゆっくり致そうぞ。常男のガード、これぞ武士の情け、坂本は目礼する。五右衛門風呂から上がると囲炉裏からいい匂いがしてくる。先ずは一献。頂戴致す。五臓六腑に染みわたる。『クーヤの日本語おかしい、さっぱりわからない』おお、ユキ、お前も頂け。この酒はうまい。メルダ殿馳走に預かる、この芋いけますな。『クーヤ、清美さんと私が山で見つけたのよ』左様か、馳走であった。この夕餉、ここに幸あり。『私にわかる日本語使って』正調日本語にけちをつけるのか、みんな分かっている、日本語を勉強しろ。『そんなこと言うならこの芋あげない』そうか、そんな薄情な女だったか。食わなきゃいいんだろう。『食べてもいいから機嫌直しなさい』そうか、しかし、お前いい女だな。『食い物に弱いんだから』

 『サー、俺のセルフォン』ここは電波が届かないから役に立たない。『テクストチェック、ミミ怖い』『クーヤ、何があった?可哀相じゃない』口の軽い奴は少し懲らしめないとな。『お腹すいてるのでしょう。話して。これ美味しいわよ』『腹減っている、セールに口止めされてる』『じゃあ食べてからね』坂本殿、少し痩せられたか。少々。過ぎられた?いや。しかし、いい思いされたかな。そのなんでござる、過ぎたるはなお及ばざるが如し、きつうて身がもちかねて。逃げてこられた、貴殿は女難の相がござる。いかにも、危うきに近寄らずと肝に銘じております。ユキが清美に何話してんのと訊ねる。清美は顔を紅くして首を振る。メルダがタガログ語で説明する。『クーヤ助平』と怒鳴る。常男、メルダがにやにや。南蛮の女は激しくござるな、日本刀を以ってしても夜っぴきとなれば苦戦は避けられませんな。それはご苦労でござった。少し山歩きして体力を養われるがよろしかるべし。なんの精のつく食材を提供致そう。次の戦は必勝でござるぞ。いざ行け、兵、日本男児!我が大君に召されたる、、、坂本も唱和する。

 酒は飲め飲め、飲むならば....ちと、酔うたれば、失礼して横にならむ。『クーヤ、肩揉んで上げる。バギオとバナウエはなんとかなりそうだから、セブとミンダナオを回って来ようと思うの、一緒に来る?』うん、えらい早いな。戦闘機じゃない、旅客機だぞ。えーと、そう、大型機は急上昇すると失速する。失速すると落ちる。墜落だ。それは良くない。よくないぞ。聴いているのか、え、返事をしろ、返事を。『慌てず、着実にやりまーす』うん、いい子だ。大型機の発着には長い滑走路がいる。いるのだ。走って、走って、さらに走って、悠然と離陸する。静かに大空を、大空を、コンドルはとんでゆく。おお、気持ちいい、そこそこ。腰から足もいい気持ち。坂本は寝息をたてはじめる。

    セブ島



 マクタン国際空港に降りると日差しがきつい。坂本はユキに拉致されてきたのだ。フィリピーナは見た目はよいが自分の意見を押し付けてくるので腹が立つ。常男のところでのんびりするつもりだったのに。『ねえ、どこがいい』知るか、俺は初めてだ。『まだ怒っているの?とにかくホテルに行きましょ』とタクシーに引っ張る。海岸線を東に走る。何やらモニュメントが建っている。停まれ!マクタンシュライン?公園にラプラプの像が、これと対峙するようにマゼランMagellanの塔。世界史に名前を残した男もここで果てたのだが、坂本は歴史を語る塔をじっと見つめていた。フィリピンの歴史はここから始まる。文字を持たず、建造物も残さなかった民族のそれ以前の歴史はほとんど知られていない。といつ国家としての日本を明治政府としても日本に遅れること100年、日本の侵略によって事実上独立を果たした。これには異論があろうが、マッカカーサーMacArthorを一時的にせよ追い払った日本軍が独立に大きく寄与したのは事実であろう。

マゼランを殺したオポン英語名ラプラプはスペイン侵略から国を守った英雄なのだ。 しかし、ラプラプの奮闘むなしくこの民族はスペインに300年亘って搾取される。その後は米国に日本軍に支配され、今は旧スペイン財閥と華僑に搾られている。そんなフィリピン人に日本人がいいようにあしらわれるのは何故だ。
ラプラプモニュメントを出てさらに東に行くと海舟の看板。伝統的日本料理が出るそうだ。やがて高級ホテルが見えてくる。ヒルトンをはじめな名前の知れたのが並んでいる。どれにするかは海岸を観てからにすると坂本が口にすると『海岸はホテルから出ないと行けない』とユキ。何い。海岸は公共のものだ、全人類のものだ。一企業が所有することは許されない。ホテルは止め。アパートにしろ。坂本にあらたな怒りが発せられた。
 とにかく海岸を観るのだ。海岸に行け。『クーヤだめ。ここからはプライベート』海が自由に観られない国があるか。ガードマンが立ちはざかる。海が観たい。OKこの先の駐車場に車を留めたらいい。ありがとう。坂本は車を降りて海岸に向かう。金網のフェンスがホテルへの立ち入りを拒絶している。これが境界か、するとこの道はホテルのではない?疑問はすぐ解けた。そこは渡し場だったのだ。心配そうに付いて来るユキ。写真をとる。ホテル側から男が現れる。そこに行けるかと手振りで訊く。玄関からと手真似の返事。ユキと海岸に立って渡船場のガードマンにシャッターを切ってもらう。女連れは警戒されない。



 日本人経営者のアパートに行く。中長期滞在型1週間で5000ペソ。20室、日本人が半分以上とか。その多くが彼女もしくは現地妻と生活している。スーパーに行く。ガードマンの荷物検査。爆発物、凶器のチェックはわかるが身体に触れたとき坂本の怒りが爆発した。『触るな、変態』あっ気に取られるガードマン。行けと手で払う。何だ客に向かって。睨み付ける坂本の腕を取ってユキが中に入る。売り場では店員が3人しゃべくっている。どけ、と坂本が怒鳴る。驚いて通路を空ける。その一人が坂本にプラスチックの容器を見せて『これは貴方が落として壊れたから貴方はこれを買わなくてはならない』と言ってきた。俺が落とした?証明できるか。たじろぐ女。どこから落ちた?黙って陳列場所を示す。50cmの高さから落ちて壊れる物を売っているのか。値段はいくらだ。返事がない。答えろ、この店の従業員か。責任者を呼べ。『OK,行っていい』OK?NOT OK、責任者を呼べ。お前たちが通路を塞いでいたのが原因でないのか。名前は?謝れ、人に言掛りをつけてOKとはなんだ。訴えてやる。『貴女、謝りなさい。日本人は人前でクレームを付けられるとプライドを傷つけられたと店を訴えるわよ。そうなると職を失うことになる。私、見てたけど貴方達の過失ね』ユキが説得する。『セール、アイムソリー』お前の誤解か?イエスサー。俺に過失は?NO.不愉快だ。ソウリー。謝ったから許してやるが今度は損害賠償を請求するぞ。サンキューサー。気をつけろ。周囲が恐る恐る見つめていた。日本人なら10万は請求するだろう。彼女は10万助かったの。などとささやかれていたとか。

 『クーヤ、人前で怒らないで。キチガイと思われるわ』売ってやるという態度に売っていただけますか、と応じなければならんのか?ふざけるな、ガラクタを売捌いているのだぞ。フィリピン人は馬鹿にされても怒らないのか。『仕方ないのよ、中国人がオーナーだから』オーナーがそんなに偉いのか、土地だけでなく経済も政治も外国人に支配されて独立国といえるのか。どうすればいいのよ?フィリピン人のフィリピン人によるフィリピン人のための政治をすればいいのだ、少しは頭で考えろ。子宮だけではよくならないぞ。あんまりよ!リサール、ラプラプみたいのはいないのか。Gaburiera Silangとなれ。

 ぶっと膨れてユキは清美に電話する。『坂本が怒るのは無理ないと思うけどフィリピン人が怒鳴りつけられていると可哀想になって来て坂本が憎たらしくなるの』『でも、たまにはいい薬かもしれない。仕事をする気がないのにサラリーだけはもらうのはおかしい』『そりゃあ、私は日本のスーパーは丁寧で親切なのは経験しているから分かるけど』『その話を聞くと、いい品物を社会に流通させることは大きな意味があるとあらためて思うわ』『そうね、生協は良いものを安く提供して社会に貢献するのね。坂本はそれを言ってるのよ。でも、そうよ。あんなに怒鳴らなくても、別人みたい』『自分に正直な人かも』もしや清美も坂本のことを思っているのではとユキは感じた。



 坂本は生協の基本戦略を考えていた。フィリピン国旗は白赤青の三色、白がルソン地方、青がヴィサヤ地方、赤がミンダナオ地方。北のルソンはバギオから、中央のヴィサヤはセブから、南のミンダナオはザンボアンがから、会員数店舗数を増やして行って最後はマニラを制圧する。北は清美が南はユキがまとめてゆくとして、中央をまとめる人間がいる。適当な人物を探し出すことも旅の目的の一つだ。誰かいるか?『ボホールとネグロスに従姉妹がいるけど、セブにはいない』従姉妹の親戚、友人を当たってみよう。『来週、ボホールに行こうか。従妹とは子供のとき一緒に暮らしたけど10年以上会っていない』よし、行こう。



 翌日6時にアパートを出る。パンとコーヒーの朝食。トライシクルでVhire乗り場へ。ユキの尻がくっついて気持ちがいい。Vハイヤーは8人乗りのハイエースに20人は詰め込む。よく乗れるものだ。運転手の横は2人掛けなので日本並。ボホールまでのボートは150人ぐらいの乗客。200ペソ、閉めて230ペソ。のんびりとボートが進む。瀬戸内海のように波がない。春の海終日のたりのたりかな 2時間でタクビラランに着く。早速タクシーの客引。『チョコレートヒルまで往復3500ペソ。安いよ』日本語で引き込む。日本人は金払いがいいのか。ユキの従妹が男の子を連れて迎えに来た。市場で野菜果物魚を買って従妹の家に向かう。乗り合いバスは満員電車並の混みよう。20ペソだから我慢する。半時間ほどでバスを降りる。なんの特徴もないところなので坂本には一人では来られないと思った。国道から小径を歩く。椰子の林、バナナの木陰は涼しい。所々に民家があるがゆったりした気分になる。小径といっても草むらに人通りで自然にできたものだ。五分ほどして従妹の家に着く。ブロックにトタン屋根、竹の壁、標準的仕様らしい。建築費も安かろう。牛、ヤギ、にわとり、犬、猫が人間と共存している。飼っているのだがその扱い、かれらの態度から準家族という感じがする。腹が減ると家の中に入って来る。無造作に追い払われても餌が出てくるまで繰り返す。坂本はフィリピン人に何かをやらすと金を遣るまで帰らなかったことを思い出していた。

 日本人が来たというので近所の人がやって来る。とくに挨拶もなく、おしゃべりしながら坂本を観察して帰ってゆく。ユキは従妹との再会で話に夢中だ。夕方、ビールを買いに国道に出る。草むらの別のルートを辿る。方向が分からない。他人の庭先だろうが、気の向くままに進んでゆく。ご近所も準家族ということか。男の子二人が父親を迎えに行くというので国道の反対側に向かう。畑にナスが植えられている。日本に比べると見かけも味も落ちるがここでは高級野菜だ。ゴルフの練習ができそうな原っぱの先に建設現場がある。父親、従妹の夫は建設作業員をしていた。確かにコンストラクションに違いない。100㎡ぐらいの家を建築している。基礎は50cmほど掘り下げぐりを入れて終わり。外壁はブロックを1mから2m積む。内壁なし。内外装なし。柱、不要。敷地の水平は?土間コンを打つ時に削る。すみだしは、見れば分かるだろう。砂は、ない。石灰岩を砕いてコンクリに混ぜる。十分だ、そうだ。おそれいりました、と坂本は考えてしまう。

 従妹の男の子は5歳と3歳、現場を遊び場と心得ているようだ。いかつい顔の男たちも気にしない。子供には異常に甘いと思われる。朝7時から夕方5時まできつい仕事を終えて得る日給は300ペソ。これで家族4人の生活をまかなうのだ。手を繋いで家路を辿る家族の姿はかつての日本にもあったのに。経済的豊かさを得て家族の絆を失うのとどちらが幸福か。今日は市場で買った野菜や魚があるので子供たちは大喜び。お世辞にも美味いとは言えない夕餉を喜ぶ庶民生活。かたやごく僅かの大地主、財閥、華僑は日本の金持ちが足下にも及ばぬ富を蓄えている。これを植民地と呼ばずして何という。

 翌日チョコレートヒルに行くことにする。庶民には高嶺であるそうだ。友人が仕事がないのでガイドとして同伴していいかとユキが訊ねる。すなわち、金は日本人である坂本が払えということ。バス、バイクを乗り継いで4時間である。子供はタダだが大人5人の往復運賃800、入場料250昼飯343である。日本人なら3500のタクシーでゆっくり観光したほうがと考えるだろう。差額2700は建設現場の日当9日分である。

帰りに世界一小さな猿ターシャを観る。触れルナ、フラッシュ焚くな、坂本がカメラを眺めているとガードマンがフラッシュを消してターシャとの写真を撮ってくれる。普通の外国人はチップをくれるのだが坂本はありがとうと一言。ユキがターシャ抱いてみるかという。ガードマンはターシャを坂本の肩に乗せ、頭に乗せ撮影する。手の上に抱かせて動画を撮る。お賽銭はこちらと籠を指差す。100ペソが入れられているがサクラだろうと坂本は50入れる。ガードマンはチップがないとユキに泣き付いたのだ。ユキの顔も立つだろう。従妹の家族はいい旅行ができたと喜んでいるとユキ。
 山あり川あり、ゆたかな田が広がるボホールは日本人に向いているのではないか、坂本はそんな気がした。2泊3日の旅は心地よかった。従妹夫婦は寝室を客に提供して土間に寝ていた。竹のベッドは坂本にはシーツだけでは痛くて寝らねなかったが、ユキは平気である。子供たちにと500ずつ従妹に渡すとそのまま子供に渡す。日本人には理解しがたい。見送りにきた従妹にそっと500握らす。友人のガイド料200も。サンキューサー!感情表現が率直である。ルソンに比べるとヴィサヤは人間がおっとりしている。
 セブ島は観光客には楽園だが、島のほとんどが椰子とバナナである。たまにマホガニと呼ばれる堅い木が植えられてはいるが自給自作はごくごく僅かである。日給月給の中から衣食住を支払うとなると仕事にありつけるかどうかが最大の課題となる。地主様、神様、仕事を与え給え。庶民は奴隷とまではいえないが遠からずの暮らし。スペイン植民地政策の名残か。隣のネグロスはもっとひどい。ほとんどが県外に出稼ぎ。アパートの女のこの給料月1500、部屋代は要らないとしても20室の掃除洗濯を3人でやっている。いずれもネグロスから来ている。一日の宿泊代が一月の給料にに当たる。売春自由恋愛は時給500ないし2000、長期契約となると家族を養うこともできる。ところが日本人客は神様ではなく、カモ様なのである。ここが理解できない。坂本が女を買わない理由である。

 モノプランテーションは生産効率はいいが、馬鹿の一つ覚えとも言えなくはない。労働力を奴隷の如く安く使う方法としてはよくできている。自分の土地を持てないのに懸命に働けるか。明治政府の視察団が欧州からの帰り道で東南アジアも立ち寄り、人々は勤勉でないと評したが、どうだろうか。少しカワイソウナ気もする。このヴィサヤ地方の生協設立運営の核となる人物はいないか。そいつにユキ、清美と三銃士になってもらいたい。坂本はそんなことを考えていた。

     第四章 日本人とは

     第四章 日本人とは

 フィリピン人は9割がたクリスチャンだといわれるが、生活ぶりからキリスト教はあまり感じられない。いたる所に教会があり、家の前に車の運転席にキリストか聖母マリアの絵が掲げられてはいるが、振りをしているとしか思われない。信長に胡麻を摺ってにわかクリスチャンになった日本人よりはましかも。聖書を読んだことがあるフィリピン人に会ったことはない。神父は世界各地から来ているが神学部を出て就職先にこの国を選んだのだろう。週末温泉につかり酒を食らって日曜日は教会で仕事にお勤めに励むのをよく見かける。フィリピン人の神父とかシスターは違和感がある。聞いたら怒るだろうが、様になっていないのだ。

 スペイン人が来るまではほとんどがイスラム教であったから、キリスト教に改宗させられたのであろう。イスラム教徒はスペインに最後まで抵抗した連中で今も冷や飯を食わされているようだ。かつての日本のアイヌと重なる。先住民は滅ぼされ、追いやられるのだろうか。この国はイスラム教がやってくる前はどうであったのか。歴史を語るものがないから良く解らない。日本も朝鮮中国などから渡来人が来る前はどうだったのか。異郷にいて異文化に接して日本とは、日本人とは、と考えさせられるのである。

 多くの日本人が仏教徒といわれるが経典を読んだことある人、と言われると下を向くのが多いだろう。日本語の中で佛教用語はどれ位使われているのであろうか。彼岸は日本語となっているから此岸と彼岸を結ぶ橋は出会いと別れの場所とされるのであろう。此岸はあまり使われないのが不思議である。彼岸は極楽浄土此岸は穢土ということなのか。


        
                   ユキ故郷に帰る


 ヴィサヤの人選は従妹に任せてミンダナオに向かうことになった。ユキはパソコンを買って清美と遣り取りを始めたのだ。坂本が日本のwebを観ていると『クーヤお母さんにパソコンをプレゼントする』と言い出した。それはいい、パソコンは年寄りにこそ有意義だ。塩崎さんには画面が大きいデスクトップがいいだろう。『じゃあ清美さんに買ってもらうね』せっかくだから塩崎さんに選んでもらったほうがいい。3万ほど送金しよう。『あら、私がプレゼントするのよ、私が送金する』プリンターも買っておけ、これから必要になる。ユキも持ってたほうがいいぞ。『そうする。パガディアン空港まで二人で往復4980ペソ。予約したからメールのチケットを印刷しなくちゃ』といいながらコンピューターショップで印刷してもらう。ネットの使い方もいろいろ質問して店員に50ペソやる。女も三十路過ぎるとしっかりしている。

 送金を済ませ、夕食は日本料理店に行く。やはり美味い。ここは俺が持つ。ミンダナオはユキが持て。ええ?ユキの秘書として行くのだから当然だろう。日当は要らない。『わかった。クーヤのおかげでパパとママと話すことができたから』坂本が偶然見つけたスバニンのサイトにメールアドレスがあったのだ。ユキが英語でメールを打ってくれというので坂本は首を傾げた。スバニンは別の民族で言語も異なるそうだ。英語の会話は達者でも書くのは苦手らしい。ユキも小学校から高校まで10年間英語を習ったそうだが文法は日本の中学生以下。現在過去未来などお構いなし。代名詞もすべてシャー、he his him女性男性複数単数気にしない。依頼の内容は『私はMacapundang の娘でJonalyn といいます。もう6年父とも母とも話していない。このサイトのスバニンダンスを観て故郷のZamboanga del Surがたまらなく恋しい。父に伝えて頂きたい、あなたの娘が連絡を待っていると』というものであった。

 セブ空港からパガディアンまで1時間のフライトだが船だと14時間はかかるそうだ。到着するとパスポートの提示を求められた。国内移動でも外国人はその記録を残すためだという。MILFなど分離独立を求める武装勢力の本拠地に近く、外国人を誘拐しては身代金をフィリピン政府に要求するのがいいしのぎになっているとか。外国人は坂本と米人と二人だけ。彼は荷物を持っていない。20歳くらいの彼女と遠距離恋愛とか。ベトナム戦争に従軍したというから年が知れよう。『この国は狂っている、女がよくなければ長居するところではない』と坂本に話しかけてきたのだ。本音であろう。坂本がうなずくと孫のような彼女と腕を組んで去っていった。

 空港からバスターミナルまでトライシクル。空港といってもプレハブ程度の事務所待合、タクシーはほとんど見当たらない駐車場。バスは30年落ち、それに乗ると思ったが横にいるヴァン。日本の8人乗り程度の韓国製、抜けそうな床、破れ座席、ドアは針金で開閉。これに1時間も乗るのか。発車まで2時間半待ち、近くで早い昼飯を食う。ユキは土産を詰めたリュックと米30kgを運転手に預ける。客も部落の人間で盗難の心配はないそうだ。『あれはアサワか』とユキにたずねてくる。ユキは得意げに話し込んでいる。『どうやって手に入れた?』国語辞典にレイプとは『男をものにする最も確実な方法』を加えるべきだ。強姦罪は女にも適用されるよう刑法を改正しなければならない。

 ユキが坂本をトライシクルに乗せる。これが苦痛である。座席は狭い、クッションはない。ユキ身体密着してくるのはいいが数分もするとその体温が暑苦しい。運転手の客引きの声が怒号に聞こえる。語尾柔らかき阿波言葉か。なにそれ?言っても無駄、語尾固き、耳痛い罵声かな。フィリピン人には騒々しいという概念がない。
 出発がさらに遅れるらしい。俺はアサワではない。『クーヤ、今日から私のアサワになるの』勝手に決めるな。近くのアパートに連れ込まれる。ここは?ユキの従弟が借りている部屋に入る。シャワーを浴びてビールを飲んでいるとユキがコップを取り上げ膝の上に乗ってくる。『抱いて』どうして言いなりにならなくてはならぬ。フィリピーナは自分の考えを押し付けつくるがユキもそうか。ユキの唇は首から胸と攻勢を強める。無駄な抵抗は止めなさいとばかりに坂本のバナナをしゃぶる。レイプだ。徐に坂本のバナナをポッキーに差し込むと坂本を揺すり始める。ポッキーは愛液に溢れて坂本の抵抗を、そして、思考をも停止させる。『美味しい、ラミー』ユキの息使いが荒くなってくる。Ako comming!Kuya .坂本のバナナはポッキーの中で泳ぎはじめる。これは神の意思か、シュート シュートとヴィラが締め上げてくる。坂本がユキを突き上げたときオールエスパン、give me all と恍惚の声がした。坂本が果てたときノウモールと彼は喘いでいた。

 バスは1時間遅れて出発。午後4時だ。すぐ止まる。トタン板とパイプの買出しらしい。バンの屋根にはすでに乗客の荷物がのっているがその上にロープで結わえる。重量オーバー?定員オーバー?運転手車掌乗客計20名。国道は山の中を一直線に続いている。バンは速度を上げる。いけるんか。雨が降ってきた。窓を閉める。電動だ。スィッチは壊れていて動かないと坂本は思っていた。車掌が手を伸ばして開閉する。坂本がやってみると動かない。特殊技能を要するのか。エアコンがないからフロントガラスが曇る。運転手が布で拭く。ユキが代わって拭いてやる。運転手席の横はユキと坂本だけ。日本並みの特別待遇なのだ。運転手の左手には金種別に札が挟まれいる。バス代の集金と客の乗降管理を担当する。ドアは引き戸、しばしば開けたまま。よく転落しないな。右手一本で車外の体を支えているのだ。

 雨は激しいがすぐ止む。ワイパーは運転手側だけ、韓国製は原価低減を図っているな、トヨタ、日産のヴァンは高級車だろうなと坂本は思った。国道を左折するとすぐ舗装は途切れて道は石だらけ穴だらけ。田舎のバスはおんぼろ車、でこぼこ道をガタゴト走る、三木鶏郎のメロディーが口を突いてくる。ぬかるみは慎重に転倒しないようにゆっくりと。降れば水溜り、タイヤの洗浄?イエス サー。運転手がたばこを吸いだしたので坂本も取り出す。運転手からtabacoの火を移す。Kiss of Fire これはうけた。車内から爆笑。バスが終点に辿り行いた時には日が暮れかかっていた。
 破けて中の見えるシート。振動が坐骨に衝撃を与える。旅は憂きもの辛いもの、treavailは travahar 働くからきているとか、快適なツアーとは違う。両親兄いとこ甥姪が迎えに来ていた。婿殿はどんな男か、ユキはどのようにして手に入れたのか、話題の中心だ。ここから山道を歩いて15分とか、酒はあるのか?『ダディー、お願い私の顔を立てて払って。後で返すから』クーヤがダディーに変わっている。日本の男は金持ちとの期待に応えなくてはならない。これが不条理なのは明らかなのだが、なぜかその気にさせてしまうのはこの国の空気なのかもしれない。米10kg、ビール二箱、地酒3本、スプライト2本を注文して3000ペソをユキに手渡す。

 山道といっても獣道程度。荷物は家族が担いでくれたが、坂本の脚には堪える。草を食む牛。行く手を塞いでいる。人々は牛を迂回する、牛や馬に乗った人と擦違った。これまた人のほうがよける。家畜道、牛馬の通るところが小道になっているのだ。10cmほどの幅では人間は歩きづらい。牛や馬に鞍に近いものはつけられているが鐙がない、足はちゅうぶら。汗を垂らし、息を弾ませる坂本をユキの甥姪が振り返っては気遣う。ユキは母親と夢中で話しながら先を行く。旦那を置いてきぼりにするな。

 やっと前方に小屋が見えてきた。『ダディー、ここよ、上がって』冗談だろ、ベランダ3畳と台所寝室居間兼用が6畳ほど。床は竹、地面が見える。鶏、豚が走っている。工事現場のプレハブでもこれより数段上。入り口のベランダには階段がない。高さ1m。やがて来るわ来るわ、数えると18人。板の腰掛尻が痛い、に12人、ビ-ル箱に5人、一人は立ったまま。3畳のベランダ。よく入ったものだ。バブイ豚の丸焼きが板のテーブルに出される。一斉に食い始める。見ている坂本にユキが気づいてビールを注ぐ。ここでは食後に飲むそうだ。まず一杯は日本式とか。フィリピン料理はお世辞にもうまいと言えない。ビールか酒なしでは食えない。彼らはコカ・コーラを飲みながら食う。この感覚がわからない。

 酒が回ると声が一段と高くなる。地酒はきつい。ストレートで水と交互に飲むが坂本はすぐに酔ってしまった。灯りは食用油を器に入れ紐を芯にしたもの。夜の帳の中で会話が飛び交う。てんでに話すものだから3つ4つの話題が混線する。やがてユキの父親が坂本に話しかけてきた。『ジョナリンは美人か』ああ美人だ。『愛しているか』心から愛している。『一人だけか』え?父親は65歳。坂本とかわらない。ガールフレンドが数人いるそうだ。一同、ワイワイガヤガヤ。女の名前が次々上がって行く。急に母親が叫ぶ。女の新顔がでてきたらしい。ここの男は仕事をしない、酒を食らうがやることはやる。子供は女が育てる。スケベ天国。正妻には頭が上がらない。もっともだ。『いつどこで何回したのか?』母親の夫に対する尋問は単刀直入だ。『思い出せない』うまかったか?『其れほどでもない、お前のほうがずっとうまい』これからも行くのか?『今回だけだ。Only this time.』これで尋問終わり。釈放。うらやましい限りだ。子供たちも興味深そうに聞いている。性教育の実践論か?

 水もない、電気もない生活は三日と持たない。水は谷川に汲みに行くのだ。『シャワーする』とユキが聞く。子供が二人が坂本をシャワー室に案内してくれる。山道を歩くこと10分、谷川に水浴びする子供たち、選択をしている女たちがいる。『シャワーな』これがシャワー室か、坂本がパンツを脱ぐと女たちが悲鳴をあげる。男の子が谷水をかけてくれる。女の子が坂本の衣服を見守っている。ニュースは山間を駆け巡る。坂本がシャワーをすませて帰るともう夕食の支度だ。なにしろ毎日3000ペソの食事代がはいってくるのだ。鶏豚は食えるがヤギ牛は食えたものではない。日本のように美味い草を食んでいないのであろう。それにしても近所から遠くから夕食に集まってくる。従兄妹、はとこ、第三カズンまでが家族になるそうだ。その配偶者子供もやってくる。数しれず。このようなたかり方を籠の蟹というそうだ。被略奪婚の披露宴費はこちらもちか。父親は『このテクストを見ろ、娘が500ペソ送金すと寄越した。だから酒を掛売りしろ』と
せまったらしい。この辺の感覚は理解できないが毎日酒が飲めて幸せらしい。

 ユキにしてみれば日本の男をものにしたと自慢したいのであろう。坂本がビールを飲み始めると宴会だ。『セールはオッテンを女に見せたのか』お見せするほどのものでないが、女たちがのぞいたのだ』女たちはキャーっと嬌声をあげる。日本式なのよ、とユキ。白人女も奴隷の前では平気で全裸になるそうだなと坂本は思った。銭湯、風呂屋は明治政府が禁止するまで混浴であったそうだから日本人が人前で肌を見せることについては西洋文化とは根本的相違がある、つまり奴隷は人間ではないとするのが洋式だ、と坂本は考えていた。ダディー幸せ?ああ、幸せだ、と応えるしかない。内心、拉致され、レイプされ、金を払って、何が幸せだ、と思っていた。

 四日目、近くのココナツ林を見せられる。2haで15万ペソで買わないかとユキが言う。2ヶ月ごとに収穫すると1万は残る、3年で元を取って後は儲け、いう話。日本人なら2町の土地を30万円で購入するのも悪くないと思うだろうが、飛びつくほどの話でもない。所有者の子供の教育費が必要らしい。ユキはいい女だが坂本も即答するほど甘くはない。家族がユキに言わせているのだ。女の家族と住むことは言いなりになることだ。町中のマンションに住めば女は男に縋るしかない、これを念頭においておくのが基本とある日本人が言ってたことを坂本は思い出していた。しかし結局は3月後に、坂本は15万ペソを無利子無担保でユキに貸したのだ。払えないときは身体で払うというユキの情にほだされたのだ。これでユキの家族の生活は安定する。親にとってユキは孝行娘だ。でかした、お前はわたしらも自慢の娘だといっているらしい。すぐ乗るタイプなのか家族に物を買い与える。『何がほしい』という娘に父親は目を細める。近所からはうらやましいと言われる。日本の男をものにすると生活は激変する。だがユキは金を浪費しない。炊事洗濯閨とユキは良く働く。結納金、給与前払いと思えばいいかと坂本は思っていた。

     さよならさよなら 椰子の島  お船に揺られて 帰られる
     ああ父さんよ   ご無事でと 今夜も母さんと 祈ります


  生活協同組合


 水も電気もない生活も三日過ぎた。水は歩いて15分のところに川の水をせき止めた池がある。そこが、飲料水、水浴び、洗濯に使われる。所帯数8、人口推定60人。交通手段徒歩牛馬。毎晩大勢集まってきて飲み食いする。おそらく世界一高い日本製のたばこをねだる。何しろ一本がこちらの1箱に近い、マルボローの1.5倍。中にはしげしげと数分みつめて1本取り出して吸うおばさん。2本目は一本10ペソするんだよと言われて、眼を丸くして引き下がる。断りもしないで人のものを使う。理解しがたい。
 子供たちは土産のシューズ、リュック、ノート、鉛筆などを買ってもらってユキ様様。どうやら日本人からいくらを引き出せるかはフィリピーノの勲章らしい。ここではATM現金自動支払機は現金輸送車よりも重要なのである。金の出所である坂本を気遣うことなし。ユキのATM支払が止まってから坂本が現金輸送車であることに気付く。おろかなり。現金なもので取って付けた様に”輸送車”に精がつくとBoco Juiceを毎朝すすめる。椰子の実の若いのをボコと言う。子供たちは手のひらの蛍を坂本に見せる。いずれも金が届かないねと催促しているのだ。

 その日は昼食を済ますと里に下りていった。学校の先生に生協設立の相談に行くと坂本を連れ出す。家畜道には大きなマンゴーの木が立っている。10mはあろうか。イチジクを高くしたのがパパイヤだ。味は違うが葉が良く似ていて区別できない。小学校と高校時代の先生。ここでは教師はエリートで収入もいいそうだ。『ジョナリン、子供の頃は目立たなかったけどこんないいアサワどうやって手に入れたの』『そういえば高校時代外国人と結婚するって言ってたわね、ねえ、どうやって?』二人ともいいオバンだが興味深々。『それは秘密』『ねえ、ビール飲む?』『そうね、私買ってきます』ユキは恩師に買出しに行かす訳にも行かないと立ち上がる。500ペソ頂戴と坂本にねだる。 『いいわねえ』(何が)両先生の意図はビール代を出さすこと。ユキはおねだりを二人に見せ付けたいのだ。(必ず、返せよ)坂本は目で念を押す。『ジョナリンとどこで知り合った?』矛先が坂本に向けられる。英語の発音はかなり明瞭だ。マニラ。どこが気に入った?ハート。それから?セックスは?おいしかった?(おいおい、お二人さん学校の先生だろう。)坂本は答えに窮した。プライバシーというものはないのかずけずけ質問する。ヴィサヤの女は男好きとか。

 ユキがビールを買ってきた。やれやれと思ったが質問は続く。『ジョナリン一日何回するの』『まあ1,2回。たまには3回』『凄いわねえ。彼の年は』『36歳』二人が噴出した。63でしょ、ユキの年より若い?キャーキャーと嬌声を上げる。さすがにユキもたじろぐ。ここでは話の本題に入るのはたやすいことではない。『子供は』『9月か10月』『男?女?』(ユキの見栄張り。まだ一度しか仕込んでないぞ)ビールが一瓶あいたところで生協の話を切り出す。
 『出資金1000ペソは払える人は半分ね』『生協のメリットが実感できると会員数も増えるでしょうけど最初が大変ね。でもジョナリン私たちは応援するわ』『先生、国道からバランガイ(最小行政区)に入るところに10ha土地を買って始めたいと考えています』『土地代が200、建設費が500、商品が500として1.2M出資金1200人分か。まあやってみましょう。他の地区には同僚の先生にお願いするからジョナリン貴女、市長に挨拶しておきなさい。長老にお願いしてあげる』『ありがとうございます。先生、全国で5百万人が目標です』『ジョナリン、貴女はガブリエルシランになりなさい』
*Gabriela Silang ジャンヌダルクかシランか、対スペイン革命運動の女英雄。
 H話から生協に話が移るとさすが学校の先生だ。『ダディー、帰りましょうか』土地を見てからだ。『そうね、私たちも行くわ』建設会社の教え子を呼び出す。先生はすごい。ユキと同級生とか、精悍な顔つきだ。メジャーと杭とロープと坂本がいうと親指を立てた。現場まで15分7.5km。この道も舗装すれば半分で来られる。現場は国道に面していないが周りが田んぼなので国道からも良く見える。100mずつ杭を打ってロープを張る。『ダデーィー狭い』ユキが悲しそうに叫ぶ。坂本が3本指を立てると彼はすぐ300m間隔に杭を移設した。『これ位は欲しいわね』『ロープを張ると実感が出るわね』
 彼の事務所に戻ると坂本は利用計画図を示した。9万㎡、9町。フリ-ハンドで店舗、駐車場、給排水、電気などを説明する。インターネットで日本の生協を検索する。彼に製図できるかと聞く。彼は明日までに書き上げるという。予算も9倍になる。ユキの顔が険しくなった。明日の朝、ここに集まることにして解散した。山道を歩くユキの足取りは重かった。夢を実現するには多くの段階を経なければならない。第1歩の土地取得で杭とロープを見て自分の考えの甘さを知ったのだ。

 翌日朝飯食っていると図面ができたと連絡があった。すぐ全員集合、事務所には先生たちも来ていた。彼は図面を示して説明を始めた。『ジョナサン、素晴らしいわ』先生たちも絶賛。『ダディー、どう?』良くできているが通路を1.5倍にすればもっと良くなるだろう。ジョナサンがむっとして建設費がかさみますがと反論した。高校の先生も同調する。商品棚は単に商品を陳列するだけではない、顧客、会員はどう料理するか、どう使うかなどを考えながら買い物か籠に入れる。販売員は商品の機能品質を客に説明し、客のニーズにどれだけ応えられるようにしなければならない。生協はス-パーとは違う。会員の生活に本当に役立つ商品を提供するのだ。どのように使いたいのかを知って相談に乗れるぐらいでなくてはならない。売り場広くして置かねばならない。人の行き来が楽にできるように考えて欲しい。ここに店員顧客ガードマンなどを配置して実際の行動をシュミレーションしてもらいたい。坂本の口調に押されるように沈黙した。

 『ダディー、こんなに客が来てくれるかしら』沈黙を破るようにユキがうめいた。そうするのがユキの仕事だ。何もしなくては客は来てくれない。『セール、お話はわかりますがお金は』金はジョナリンが調達するでしょう、空間は最初に確保しておかないと後からは難しい。ここは創業の地となるでしょう。100年先の組合員にできるだけのものを残しておきたい。ここでは明日をも知れぬ、100年さきのことなど。しかし、坂本の静かな激しい情熱は伝わったようだ。『1/100の模型を作ってみましょう』ジョナサンが言った。1/50にしてくれ、坂本は前渡金として1万ペソを渡す。敷地6m四方の模型。

 育児室、休憩室、食堂、娯楽施設、ステージ、プール、噴水、花壇、木陰のある緑地などを併設した模型が2週間後に出来上がった。この間、大学、市役所、老若男女の意見を集めた。この国始まって以来のことだ。すぐ土地代180万ペソを支払って工事に着手する。総工費10ミリオンペソ。商品仕入れ、人権費、運転資金などを含めると3万人会員を集めなくてはならない。市長には道路整備と給排水への配慮を陳情した。事前に事業計画を良く説明してあったので快諾してくれた。事業どおりに行けば毎年大幅な税収税収が見込める。ところが財務部長は反市長派、次期政権を狙っているらしい。弁護士にいじわるな質問をさせてくる。ここでは弁護士は会計士も兼ねている。『素晴らしい事業計画だと拝察いたしておりますが、永年に亘って増収増益ということは果たして可能なのでしょうか。税金が有効に使われることは結構なことだと思いますので市としても協力したいと考えておりますが、何か保障はありますか』

 ユキが戸惑う。私はここの市民ではありませんが発言してもよろしいか?坂本が切り出すと弁護士はどうぞと慇懃に答える。土地代を坂本が融通したことは評判になっているのだ。一般に事業というものに保障はないのではないでしょうか。我々は増収増益を目指してただひたすら突き進むしかありません。人生に事業に保障はありません。生き抜く戦い抜くしかありません。これは世界中同じではないでしょうか。思いがけない返答に弁護士がたじろぐ。坂本は、一呼吸して、止めを刺す。どうか先生のお知恵もお借りさせていただきたくお願いする次第です。『その通りですね。私も一市民として協力させていただきます』

 地鎮祭はここではやらないそうだ。坂本はユキに安全祈願と工事説明会を開催させた。安全旗を掲げ、1/50模型で説明した。生協のメリットと将来病院を併設することをユキが説明する。付近住民だけでなく近郊からも数百人が参列した。早速工事にかかったが、工事現場は金網で囲い外部から進捗状況がわかるようにした。おかげで警備代がかさんだ。問題は金だ。30ミリオン6千万円、カルロスと陳に頼むか、しかし彼らの商売敵となる事業だ。生協の宅地開発分譲、農地取得生産加工も視野に入れている。

 そう言えば、陳が言っていたな、中国のインチキ商売を非難すると猿に高級商品を与えて使いこなせるか、奴らは持つだけで十分満足している、何か問題あるか、ってな。それはそうだと坂本も思ったが、不良品粗悪品を売りつけるのは商道徳に反するだろうと絡んでみた。この国に無い商品を安く売る、これ社会貢献あるね。私たち、売ってやらないと彼らは永久に猿のまま、文化面の貢献も大きい、あるよ。変な理屈だが、これが現状かもしれないと思ったものだ。自分の労働力を売るしかない民族は哀れである。しかも諦めているのだ。金に困ると強盗に走る、やるせなさを麻薬で紛らわすのだ。

 その夜ユキが坂本を後ろから抱きしめた。『ダディーありがとう。出港できた。もう引き返せない、目的地まで進むだけね。お金は近いうちに返すから』いつでもいいぞ、それよりこれからの資金繰りは?『大丈夫。ダディー。マニラのマンション友達に6千万で売ったから』友達に旦那付で売り払ったらしい。首都圏の土地は3倍以上になっていて今後も値上がりはつづくようだ。


               モロイスレム解放戦線1



 ユキのマンション処分で生協設立への本格的始動。ユキはバギオの塩崎真知子、清美と連絡を取り合っているようだ。インターネットは世界をつなげる。坂本はユキが返してきた400万円でドルとユーロを20万ずつ売り、豪ドルとニュージーランドドルを20万ずつ買った元手の20倍が売買できるハイリスクハイリターンである。前者がが5円下がったところで買い戻す。後者は5円上がったところで売り飛ばす。各100万円ずつの粗利。税金が幾らかかるのか解らないが一月で倍になった。FXとは訳の解らぬ世界である。円、外貨、円と替えるだけ。価値の源泉は労働にあるとする説をあざ笑うかのようである。

 ユキに連れられて坂本はダバオに向かう。勿論生協の視察。ミンダナオ最大の都市、ここを南の拠点とする予定。ユキの家からバスで9時間、乗り継ぎ時間を含めると半日は見ておかねばなるまい。バスは一路東南のコタバドに向かう。ユキはすっかり女房気取りで坂本をわが子のように愛しむ。坂本も体だけでなく心も結ばれてゆく感じがして満更でもなかった。ユキは子供を生みたいという。それもいいだろうと答える。西施、楊貴妃、など絶世の美女と言われるが男の心をとらえていたに違いない。皇帝の女となれば評価は数倍かさ上げされよう。Hだけなら飽きがくる。限界効用逓減の法則は普遍だ。次々と女漁りをする男。理解はできるが本当に女を知ることはできまい。
 ユキは前後に坂本のバナナをしゃぶってくれるが、タオルを取ってと甘える。それをポッキーに当て1,2時間は眠る。これはフィリピーナが身も心も捧げた証だそうだ。坂本も安らぎと快感とを感じるのだ。タオルは精液、愛液の流出を抑えるものという。まあシーツを汚さないためであろうと思っていた。ユキがよその赤ん坊を抱く姿はわが子を待ち望むものだ。今度はクッションを尻の下に入れろという。これで精液が子宮に向かって流れるので妊娠しやすくなるということだ。坂本もユキを娘のように愛しだしていた。

 バスはモロ湾に沿って快調に走っている。山を越えればコタバドだ。すでに3時間走った。夕方には着くだろう。バスは海岸から離れ山中に入って行く。東に進路を取りふたたび南下するはずだ。山は結構深い。県境を越えたところで突然バスが止まった。車内に緊張が走る。アブサヤ!Abu Sayyaf.ユキが震えている。銃を持った兵士が坂本の前に銃を突きつける。お前たちは何者だ?MILF.それは何だ?知らないのか、日本人か?そうだ。Moro Islamic Liberty Flont!Abu Sayyafのようなものか?我々は独立を望んでいる。それは俺に関係あるのか?誘拐?そうだ。お前たちのボスにあえるか?多分。よし、行こう。俺たちの荷物運べ。坂本はユキを連れてバスを出る。運転手に2日後ここで拾ってくれと告げる。バスが出発すると兵士たちの車に乗り込む。この日本人は俺たちのことを知らないようだな。ボスに会いたいと言ってたな。兵士が話している。

 ユキに訊いてもイスレム語は分からないそうだ。英語で話すことになる。どこからきた?パガディアン。どこへ?ダヴァオ。何しに?生協をつくる。何だそれ?知らないのか、ユキが説明する。スバニンか?もう一人の兵士が声をかける。生協ができるとどうなる?人々の暮らしがよくなる。そうか?アイマスクで目隠しされる。もうすぐだ。害意はなさそうだ。しばらくして車が止まる。ここは基地なのか、椰子の林の中に宿舎のような小屋がある。大勢がユキと坂本を見つめる。そこへ女の兵士がやってきた。坂本を押しのけて椅子に座る。待て、人にぶつかって謝らないのか。坂本が怒鳴りつける。
 女は立ち上がって坂本に殴りかかった。坂本の左手が拳をやんわり押さえると女は前のめりになる。起き上がったところを右手で平手打ちを食わす。驚く女。兵士のどよめき。女はナイフを坂本に突き刺す。坂本の右手が手首を軽く押さえ左手が肘を押す。ナイフが落ち女がのけぞる。そのまま椅子に座らせる。立ち上がろうとすると一指し指が額に当てられる。女は立ち上がれない。その指を丸めてびんたをくらわす。兵士たちから笑い声が上がる。女の悔しそうな顔。大佐だ。兵が敬礼する。

 一人が事情を説明する。『見ていた。客人に夕食を用意しろ』あの女の親を見たい。『あれは俺の娘だ』どういう教育をした。無礼打ちだ。『お前は侍か』祖父が侍だった。『このサムライ父が日本兵からもらった。使うか』これはサムライではない、日本刀だ。俺は箸とペンより重いものは持ったことがない。『これはどう使うのか』大佐が刀を抜く。お前刀の抜き方知らないのか、腰を左に回すのだ、坂本が叫ぶ。大佐が刀を坂本に渡す。いい刀だ。武士の魂。これを遣るのは最も信頼する人間だ。坂本が鞘に納めて構える。つばを押して刀を両手で前に出す、腰を左に捻る、抜いて腰を右に捻る。拍手が起こる。『腰で抜くのだな』大佐が叫ぶ。鞘に収めるときは刀の峰をすべらせる。刃を傷めないためだ。これは大切にしろ。

 夕食は鶏とナンカ(jack fruit)サトイモ。『どうだ?』旨いがビールはないのか?俺たちイスレムは酒は飲まない。日本人は酒かビールがないと淋しいい。なんとかしよう。あれはジュードウか?太極拳だ。俺たちに教えてくれ。教えるほどでないが手ほどきぐらいならできる。俺に会いたがっているとか?俺たち二人のガードをしてもらいたい。いつまで?1日1000ペソで1月。車つきで2000なら。いいだろう。ガソリン代は?勿論依頼した側。了解した。ほかには?

 MILFの目指すものはなんだ。分離独立だ。その後は?その後?俺たちイスレムの国をつくる。どんな国だ?俺たちの、。国民は幸せになれるのか?もちろん。どのようにして実現するのだ?どのような政策を打ち出すのだ?それはリーダーの仕事だ。お前はここのリーダーで大佐と聞いたが、その程度か。お前は俺を馬鹿にするのか。理念政策のない革命は成功しない。誘拐でしのぎをしているに過ぎない集団に見える。スペインに最後まで屈しなかったミンダナオ兵士は勇敢と聞いたが、キリスト教徒とイスラム教徒とでフィリピン人にどのような違いがあるのだ、俺には同じに見えるが。今のマニラ政府はイスレムを冷遇する。この国全体が外国に支配されているのに国内で争っている、おめでたいぜ、フィリピン人は。

 大佐が坂本の胸倉を掴む。坂本が静かに体を捻る。大佐の手が離れる。如何に力自慢でも手首と腰の回転力とでは勝負にならない。この国の農業はココナツかバナナ、サトウキビ。それもモノプランテーション。何故だ?大佐が答えを探す。
 話してもいい?先ほどの女性兵士大佐の娘だ。大佐がうなずく。『先ほどは失礼しました。私もお話に加わりたい。生産効率がいいからだと思います』それは誰にとってか?地主。地主フィリピン人か?外国人。ということはまだこの国は植民地から抜け出ていないということだ。安い賃金で稼いだ金を本国に送る。ここには富が蓄積されない。どうすればいいのですか?日本では農地を政府が買い上げて耕作している農民に安く分譲した。だから日本の農民は地主なのだ。自分の土地をいかに有効に使うかを考える。たとえば富士というリンゴは世界中に輸出されている。
 地主は反対しなかったのか?反対した。どうして革命が起こらなかった?政府の若い役人が日本のために命を懸けたからだ。周到な準備と情熱が平穏に農地を解放した。日本の農業は飛躍的に発展した。ところが今や休耕地が増えて農業は衰退している。どうしてですか?USAの政策だ。というと?米国は日本に畜産を押し付けた。大豆、トウモロコシを売りつけるためだ。これを手始めに日本の食糧自給率を40%までに落とした。つまり60%を輸入している。日本を殺すには食料を止めればいいわけか?そういうこと、原爆の次は食料で日本を脅す。今から150年前、日本では薩長土肥の4藩が新政権を樹立すべく徳川幕府を倒そうと革命を起こした。ちょうどMILFとフィリピン政府との抗争に似ている。で、結果は。政府軍が敗れた。どうしてだ。

 武器兵力資力に勝る政府軍の将軍、と言っても実質大統領が戦いを放棄したのだ。どうしてですか、有利な方が降参するのは。日本の独立を保つためだ。理解できません。最後の将軍と言われた徳川慶喜は政権を朝廷に返上した。当時の日本は欧米の獲物に狙われていた。これを阻止するには近代的中央集権的国家にする必要があった。そのためには士農工商の身分制度を取り除くべしと言うのが革命軍の主張だ。侍が政治軍事を担っていたから政府は認めるはずがなかった。人口の20%を占める武士の多くが失業することになる。彼は革命軍を撲滅すべきだったのでは?そうなんだ、その気になれば可能だった。ここが日本民族の偉いところだ。
 そこにジョニーブラックがきた。外国人から取り上げたものだろう。坂本は嬉しそうに封を切る。グラスに注いで舐めてゆく。ユキに目で合図する。グラスに注ぐ。大佐は首を振る。これは薬だ、酒ではない。坂本が強引にすすめる。俺は娘の命の恩人だぞ、日本刀持って来い、そっ首切り落としてやる。OK,OK。大佐がなだめるように言った。よし、乾杯!そこで話の続きだが、主義主張は違っていてもこのままでは植民地にされるという認識は一致していた、リーダーは日本のために命を懸けていた。事実、彼らは暗殺されていった。この国ではホセリサールぐらいだろう。当時、アジアで植民地になっていなかったのは日本、ビルマ、タイぐらいでないか。イギリスは革命軍に、フランスは政府に、それぞれ武器を売り込む。それで儲けた上で植民地にして儲けようという腹だ。双方共にこの意図に気づいていたはずだ。かと言って戦をすぐに止めるわけにはいかない。よくわかりません。俺もだ。カーシム父娘が考え込む。

 建て替えには解体がいるだろうが。なるほど、旧体制を崩さないと新体制が敷けない。そういうこと。とくに新政権は国防費に金を使いたい、武士階級を全員国家公務員に採用する訳にはいかない。リストラ?そう、定員削減だ、だから兵隊は死んでも武器は温存するような戦だ。双方とも欧米の侵略を念頭に戦うから消耗戦とならぬように努めた。でも日本人同士が殺し合うなんて悲惨ね。戦とは残酷なものだ、今のお前たちと同じだ、フィリピン人どおしで殺しあっている。そう言われるとそうだな。この国を食物にしている外国資本には無関心無知なのだ。政府は彼らの道具であって国民のことなど二の次だ。どうしてわからないのだ。俺たちも革命を目指している。目標、理念のない革命をな。むっとする二人。
 ともかく徳川慶喜の英断で日本は武力兵力をあまり消耗せずに革命が終わった。日本を救ったと言えよう。結果800万の武士が失業した。不満を解消するには戦争だ。新政権は富国強兵を国是として日清日露戦争に突き進む。その是非は歴史が示してくれようが、日中戦争、太平洋戦争と戦争を続けてゆくことになる。確かに日本は独立を保ち、多くの国が独立できた。しかし戦争屋にとってはどうでもいいことだ。戦争があれば儲かる。続くとなお良しだ。この一連の戦争も連中のシナリオだったと俺は考えている。連中とは戦争屋か。ああ、金融でも儲けている連中だ。欧米は連中の支配下に置かれているのだ。
 ここ50年間の戦争はすべてUSAが噛んでいるのはなぜだ?坂本のトーンが上がる。武器の輸出ですかと娘。坂本が娘の顔を見つめる。そうだ、それともうひとつは?もうひとつとは何だ。大佐、俺が質問しているのだ。武器購入資金を初めとする資金貸し付け。担保はその国の国債。それは誰だ?俺にもわからないがUSAを乗っ取った連中だ。人類の戦争のほとんどが連中がシナリオを書いている。戦争は連中のビジネスなのだ。兵器産業が儲け頭だ。彼らは昔から戦争で儲けてきた。フセインにクエートに侵攻させた。どうやって?キッシンジャーがフセインを唆した、クエートが石油を汲み上げるとイラクの油田が減るぞ、地下で繋がっているのだからと。米国は手を出さないかとの質問にキッシンジャー中立を守ると約束した。侵攻を始めるとUSAはミサイルを使ったということか。そういうこと、少し考えればわかることだろう。
 あなたは学者ですか。ありきたりの日本人、イラク侵攻はどうだ?わかりません。そうか、フセインは頭の切れる男だ。USAに嵌められたことを悟った。石油の決済に米ドルUSDは受取らないとこれをを蹴った。頭にきたFORDがイラクに侵攻したというのが大方の見方だ。侵攻の口実に9.11同時多発テロを起こした。ビルダリンに米政府もしくはその黒幕が頼んだというのも穿った見方とは言えまい。俺はむしろアメリカの自作自演だろうと見ている。
 セール、ここに米軍が駐留するのは何故ですか。お嬢さん、MILFとかMNLFとかが反政府闘争をするものだからUSAは武器を売りつけることができる。比政府にもだ。そして、政府軍顧問とか口実を設けて駐留するのだ。米軍の目的は地下資源調査。大佐親子は互いをみつめる。だから両者の和平は米国には都合が悪いのだ。
 このことにマルコス、ラモスたちは気づいていたと思う。ブルネイに石油が出てここに出ないはずはないと見ているのだろう。マルコスに資金援助する見返りにこの国の地下資源を求めた。これを蹴ったマルコスはマニラを追われハワイで殺された。彼らに逆らった大物が多数殺されている。ケネディー兄弟、日本の高官数名などなど。死に方が不自然なのだ。

 セールその話と生協は関係あるのか?大有り。そこで大佐の力を借りたい。ユキが写真を取り出す。これは来年オープン予定の生協だ。バギオ、セブ、ダバオはこれの10倍の規模にするつもりだ。我々関係者のセキュリティーをしてくれ、ダバオは月10万でどうだ。オープンまでは20万だ。本当か、やるやる。で、さっきの続きは?まず生協を会員数百万にする。有権者は500万は見込める。国会議員の数人は選出できるぞ。過半数をとればこの国の政治を動かすことができる。革命は武器だけでない、政権が取れればいいのだ。本当に独立できるぞ。
 人民の人民による人民のための政治が可能となる。広い土地に税金をかけてゆけば土地を手放す。これを住民に分譲する。生協なら病院もできる。この国のための国民のための政治家を選出することもできる。ここまでは簡単だ。連中も黙ってはいまい。そうはさせじと殺し屋を使ってくるだろう。これには武力が必要だ。OUT LAWに対して国民を法律では守れない。国民のための軍隊は必要だ。お前らも国民から尊敬される軍隊になれ。
 セールちょっと待ってくれ。話が大きすぎて俺の理解を超えている。しばらく研究させてくれ。その黒幕は世界を動かしているのか?らしいな、連中にとって目障りなのが日本人とイスレムということだ。そうか、本部に問い合わせてみる。ところで日本人のお前がなぜ生協に入れ込むのだ?彼女と子供のためだ。報酬はないのか?あるさ、親子の笑顔。来年には生まれるだろう。そうか、セール名前を教えてくれ、おれはカーシム。坂本だ、警備の話検討してくれ。わかった、明日には返事する。
 カーシムはシャワー付きの部屋を提供してくれた。その夜、ユキはシャワーを浴びて衣服を着替えたまま坂本にしがみ付いてきた。その恐怖は坂本にも伝わってきた。ユキの祖父はイスレムに惨殺されたのだ。もっとも彼はひつこく土地をくれとせがむイスレム人を日本刀で切り殺している。その日本刀は日本兵から帰国の際にもらったものだが、祖父と日本兵との関係は知らないとユキは話していた。

 翌朝、早く起きて電気カミソリで髭をそる坂本をめずらしそうに兵士が見つめる。顔を洗って外に出る。日が昇ろうしていた。坂本は静かに息を吸い、止める、吐く、を数度繰り返した。やがて大木を抱えるような感じで少し膝を曲げると動かなくなった。立禅と呼ばれる。座禅と同じものだ。中国、台湾ではこうして1時間2時間立っていることもめずらしくない。それは自然と一体というか溶け込んだようでその存在は風景の一部となっている。坂本はその域には遠く及ばないが絶えず話している動いているフィリピン人からみれば異様に映ったであろう。10分ほどして、坂本は静かに太極拳を始めた。動作のひとつひとつがゆっくりと優雅に流れてゆく。祈りに通ずるものがあるのかもしれない、兵士たちは目で追ってゆく。5分の時が過ぎていた。

 坂本が普通に歩き出すとカーシム大佐が近づいてきた。『おはよう、よく眠れたか』ああ、おかげでよく眠った。あれは空手とは違うな、そうだ太極拳か。教えてくれ。坂本が手を出す。大佐も手を出す。坂本が押す。大佐も押す。坂本の手が少し回転する。大佐が前につまずく。兵が集まってきた。どうしてだ?お前が押しているからだ。お前も押したぞ。いつまでも押していない。もう一度やるか?おお、ゆくぞ。大佐が押した瞬間、坂本の手が滑る。大佐は大きく一歩踏み出してこらえた。わかった、お前は力を抜いた。そういうことだ。
 兵が説明してくれという。2列に整列。向かい合え。左の列は押し続けろ、右はこうやる。坂本の号令で左列の半分がつんのめった。初めてにしては上出来だ、も一度。今度は少し増えた。左右交代。結果は3人がつんのめった。わかったか?YES SIR!

 兵の一人を呼ぶ。列に横向きに立たせ、気をつけーと怒鳴る。兵は胸を張る。軽く押す。兵は後ろによろける。2列になってやらせる。8割がよろけた。2割を並ばせる。坂本が胸を押す。次の瞬間兵は前に落ちる。お前はマニーパッキャウか?いいえ。俺のあごにパンチを入れろ。坂本の手は拳を引っ掛けもう一方は喉に当てられていた。兵はのけぞって動けない。ゆっくりやるからみていろ。マニー、スローパンチ。OK。パンチはあごをとらえ、坂本はのけぞる。大佐が後ろで支える。いてーぞ。兵が笑う。
 ワンモア。パンチがあごに当たる瞬間坂本のあごと腰が回転する。兵は前のめりになる。ひじだ。坂本が叫ぶ。肘が腹をとらえる。最後だ。拳を引っ掛け、肘を押さえる。兵がつま先立つ。みんなやってみろ。兵たちは向かい合ってやってみる。坂本は一組を前でやらせる。いいぞ、腰を回せ。いつしかユキが同時通訳をしていた。パンチを出した兵が前に手をついて倒れた。歓声が起こる。
 よし、ここまでだ。俺は腹が減った。椰子の木を見上げる。一人がするすると登って実を落とす。もう一人が実を割って坂本に差し出す。おお、BUCO JUICE!坂本が一気飲み。あれにいいぞ。坂本が指を上に振ると兵たちがにやにや笑う。カッシム大佐はそっとユキに近づき坂本の年を訊いた。ユキが首を振るとパスポートを見せろと迫った。ユキは観念して見せる。俺より15も年上か!ユキが笑う。カッシムは指を口に立てる。ユキもうなずく。坂本に対する態度が丁重になった。兵士も年齢を聞いて驚く。ウソ、ホントらしい。ユキがうなずく。知らぬは坂本だけ。

モロイスレム解放戦線2


 朝食後、インターネットを繋げる。メールチェックを終えると太極拳を検索する。動画をカーシム大佐に見せる。手のすいている者は来いと兵士を集める。たちまち10人以上が取り囲む。日本の合気道の達人が8人相手の乱捕り、2mの大男を押さえ込むのを観てやんやの喝采。この老人はいくつだ?カーシムが訊ねる。78才。この男のボスはケネディーか大統領か。いや、彼の弟だ。彼も連中に殺されたのか?そうだ。 カーシムがガードの話を受けるという。2000ぺソだな。ああ、それから月20万の方も。ユキ2000ペソ。領収書よこせ。OK,これはMILFの保証書だ。サンキュー。もうひとつ、チェアーマンに会わないか?チェアーマン?どんな男だ。HAJI AL-MURAD EBRAHIM 最高責任者だ。いいだろう。いつ?今からだ。彼は黒幕の話を聞きたいそうだ。

 カーシムが案内して車を走らせる。山道を20分ぐらいで司令部らしき基地に着いた。大佐も緊張している。議長が出てきて坂本の手を握る。『よく入らした、私がハジです』坂本です。お招きいただきありがとうございますと日本語で応える。ユキがスバニン語に通訳する。『早速ですが貴殿の言われる黒幕について伺いたい』連中は戦争と金融危機を引き起こしていること、イスレムと日本人を目の敵にしていること、だ。『戦争と金融危機は理解できるがイスレムと日本人を敵視するのは?』いずれも連中に従わないからだ。『連中はどのような策を立てているのか』俺は軍人ではない、あなたに話すのは釈迦に説法だが人口増加は食糧危機をもたらす。
 ハジがユキにたずねる。『俺はお釈迦ように偉くない、どうか教えて欲しい』連中の思い通りにならない民族は日本人とイスラム教徒だ。これを屈服させるには武力を使う。日本には食料が最大の武器と考えている。日本の食糧自給率を40%まで引き下げた。これでいうことを利かない日本をいつでも支配できると読んでいるようだ。頃合を測って食料危機を起こせばいい。イスラム教徒にはイスラエルがパレスチナ追い出しているように武力で土地を奪ってゆく方法だ。さらに疫病を蔓延させ人口を減らす策に出ている。もっと直接的に人口を減らす手段に出る。つまり戦争だ。世界で一番多いイスレムを目標とするのが最も効率的と考えるはずだ。連中は食料不足をもっとも恐れているようだ。

 ハジはカーシムを呼ぶ。『セール、議長は食事をしながらお話したいそうだが如何ですか』お前とユキが同席なら構わない。『サンキューサー』大佐はハジに坂本の太極拳を紹介する。是非見せていただきたいとハジが叫ぶ。食事準備の時間稼ぎか。坂本とカーシムが向かい合う。人垣ができる。カーシムの拳が坂本のあごをとらえ、坂本は仰向けに倒れる。爆笑が起きる。今度は顔を振る。カーシムの肘が坂本の胸を打つ。坂本はモンドリウッテひっくり返る。爆笑に何だという感情が混じっている。三度目、坂本の手がカーシムの拳を引っ掛けその肘を押さえる。カーシムが後ろに仰け反る。オオ!驚嘆が起こる。
 痛いじゃないかとカーシムが腕を振る。坂本も後頭部を叩いてみせる。二人が握手をする。拍手が起こる。すると若い兵士が俺もと出てきた。お前の腕を折ることになるからゆっくりやろう、観ている方もわかりやすい。OK、SIR.若者の拳があごをとらえる瞬間坂本の左手が手首に触れて回転した。兵士の腕は坂本の頭の上に押し上げられている。兵士が身を引くところを坂本の右手が胸を軽く押す。兵士は尻餅をついて倒れる。感嘆とも恐怖ともとれるため息が漏れる。どうして?と若い兵士が叫ぶ。よく観ていろ。別の若い兵士を相手にする。坂本の左手が兵士の拳を跳ね上げたとき、坂本は観ている兵士に手首のひねりを指差し、腕に触れてみさせる。力は入れていないだろう?Yes sir.相手の兵士にお前は次にどうする?と訊く。肘で胸を狙う。Good.ほかには?と周りにたずねる。頭突き、身を引く。それだけか?この左手で相手の意図を読み取るのだ。肘打ちならその肘を締める。相手の兵士が仰け反る。頭突きなら右手で後頭部を引っ掛けて腰を回す。兵士は地べたに腹ばう。お前は大勢を相手にしているときは次の目標に向かわなければいけない。やってみろ。二人に対戦させる。あごを狙い肘打ち。うまいぞ、しかし、欠点が二つある。誰かわかるか。答えがない。

 教えて下さい。大きな合唱。まず攻め手から、拳から肘打ちに行くとき握り締めた、手首が硬くなっただろう。相手は肘打ちを予想できる。守り手は反撃に出るとき右手で拳を押した。これも相手に悟られる。もう一度やってみろ。そこだ、拳を押してはいけない。観てろ、腰を落とす。沈む感じだ。やってみろ。そうだ。坂本の声が大きくなる。『大佐、あの日本人は少年のような心を持っておるな』『そうですな、日本では法律関係の仕事をしていたそうですが、本人のいうように平均的日本人ですな』二人は2階から坂本を観ていた。押されたのと抑えられたのとは、どっちがこたえる?be pushed or put? PUT!彼はああ言っている。最後だ。右手を拳に置き腰をひねる。相手は前のめり地面に手をついた。どんな感じだ?すーっと引き込まれるようだ。よし、合格だ。これで終わり。あとは自分たちで研究しろ。言って置くが毎日3時間の練習で3年はかかる。初心者はゆっくりと相手を傷つけないように留意すること。骨折させると元に戻らない。複雑骨折させるからだ。わかったか。Yes Sir! Thank you You are good my students.ああ、そうだ、動きを止められたときの対処方、最良の答えが出なかったな。正解者に1000ペソ出そう。うわーと歓声がわく。

 食事の用意ができたようだ。2階に案内される。『セール、我々は飲まないがビールを用意した』大佐、これは麦のジュース、わかりますか。ビールはいつから作られていますかな?世界最古の法典ハムラビ法典はビールの掛売りを禁じている。アルコールはアラビア語でしょう。500年前までイスレムは先進国だった。このところ、後進国の欧米にいいようにあしらわれている。あなたたちは先祖に申し訳ないと思わなければならない。大佐、議長これはなんだ?麦のジュース。よし。乾杯だ、ユキ。乾杯!麦のジュースは旨いな、大佐。そうですな。このジュースは7000年前には既に売られていたのだ。How old is the United States Chairman? Only 200 years old.そうだ、若い国だ。だが、今は連中のかっての東インド会社になりさがった。連中はイスラエルを乗っ取り、ヨーロッパ諸国、米国を乗っ取った。次は日本だ。これと平行して食料危機の対策に取り掛かっている。つまり、食い扶ちを減らすべく、イスレムの撲滅を図っている。リビアのカダフィは彼らの挑発に乗らなかった。イランも乗らないだろう。しかし日本に真珠湾を攻撃させ、日本を焦土とした手口から何をやらかすか、わからん。『MR.サカモト、連中とはどういう人物かな』それはハジ議長、あなた方が詳しいはずだ。闇の中にいるらしい。ロスチャイルド、ロックフェラー、などが番頭といわれるから、この線から吐かせるのが手っ取り早いのではないか。
 二人は坂本に押されている。『セール、連中は用心深いのではないか?』そりゃそうだろう。暗殺、虐殺を仕事にしているのだから。しかし、弱点はあるはずだ。たとえば?あなたたちは軍人だろう。素人に聞いてどうする。まあ、あなたたちの協力が必要となるから参考意見を述べよう。これは高いぞ。ミンダナオにおける生協に関する一切のことに協力すること、100万の会員を集めることができるか?俺から仕入れた情報を使ってもいいが俺からというソースは伏せることができるか?ユキ、契約書。坂本はボールペンを走らすとこれでいいかとユキに見せる。そして契約書に二人にサインを求める。坂本とユキもサインする。ユキ、3回書かさなくてもいいか?別の紙に3回サインさせる。坂本とユキも3回サインして契約書につける。ユキが確認する。だいじょうぶか?ええ。坂本は1通を大佐に渡す。目を通して議長に手渡す。契約成立だ。俺はこれから履行するから、あなたたちも約束は守れ。うなづく二人。
 暗殺者、虐殺者は暗殺、虐殺に弱い。二人はあっと驚く。連中の数は少ないと聞く。皆殺しにしてしまえば解決する。俺は人殺しは嫌いだが連中は人類だけでなく、この地球を破壊しかねない。抹殺すべきである。そこで方法論だが、イスレムの情報網で番頭の子分を見つけてくれ。下から手繰って頭の黒幕を割り出す。これは俺がやる。どうだ?いい考えだが吐かすのは俺たちもできる、と大佐が反論する。だめだ、お前たちには無理だ。さすがにハジもカチンときたようだ。どうしてかね?お前たちはすぐ殺してしまう。下っ端でも吐くことがどういうことか分かっている。辛抱強く吐くのを待つことができるか?うっとつまるハジ。大佐も顔をそらす。まあ、ここはお互いに分担を決めてゆこう。吐かすのは手段に過ぎない。黒幕を処分するのが目的だ。
それはそうだ。では、下っ端を捕まえたら連絡してくれ、くどいようだが吐かすのは俺の役割。わかった。

 坂本が下に降りると兵士たちが駆け寄ってきた。練習の成果を見てくれという。気さくに応じる。二人一組ずつやってみせる。お前筋がいい。ユキが通訳する。うれしそうな顔はそこらの少年と変わらない。次。チュギ?ユキが笑い出した。フィリピン人はTSUGIと発音するのが苦手、tyugiになるのだ。これは不合格の意味に使われるらしい。ユキが次はnextの意味だと説明する。攻め手が大柄で受け手が受け切れなかった。坂本が相手をする。坂本の手が拳に触れただけで攻め手は前にころがった。どうして?受け手が質問する。よく見ていろ。坂本の手は拳に押されて胸の近くまで来る、ここまで我慢するのだ。やってみろ。受け手が胸まで押されたとき後ろを看ろと叫ぶ。攻め手が倒れる。今度は攻め手が質問する。誰か分かるか?いないか。坂本が相手をする。拳に手を置き、わき腹を軽く押す。攻め手が横転する。わかった、スタンスだ。その兵士が起き上がりながら叫んだ。そうだ。坂本は手を引いてやりながら、うれしそうに応える。今度は歩幅を狭めて攻める、反撃も上手くかわした。Thank you sir.兵士は一礼して退く。
 『大佐、みろ。子供のようではないか。さっきここにいた男か?』『まったく』『日本人はどういう民族だ。彼のことは詳しく調べよう。大佐を信頼しているな』『そのようです』2階では議長と大佐が話しこんでいた。『それにしても俺たちを脅すとはな』『あのての日本人は殺されても約束を守るらしいです。父は日本将校と一騎打ちで右手首を切り落とされたのですが、その将校は父を手当てして介抱したそうです。敵ながらあっぱれ、と父の武勇を讃えたそうです』『武士道というものか』『かも知れません。父は、彼は軍人としての義務を果たした。俺も同じだ。あれで双方兵の命が救われた。彼はいい男だ、とよく話しておりました』『そうか。大佐もサカモトにその将校を重ねているようだな』

 ユキと坂本はダバオに向かう。運転手付きの車だ。『セール、無事ダバオに着くことを祈る』冗談じゃない、俺たちはやることが沢山ある。近いうちに会おう。大佐、世話になった。途中約束のバスを待つ。『セール、ダバオまで送ります』うるさい、この車は俺がチャーターした。やがてバスがやってきた。が、通り過ぎてゆく。追え、止めろ。OK SIR!たちまち車がバスを塞ぐ。何故乗せない?お前を乗せるとMILFに襲われる。俺たちは約束どおり待っていた。俺は約束していない。あの運転手は同僚だろう。約束を守らないのか。黙っている。ちんちんあるのか?ある。いくつだ?one。元気か?元気。乗せるのか乗せないのか?返事なし。乗せないのならバス代返せ。1200ペソを窓から差し出す。ペナルティー2000、俺たちここからダバオまで歩いてゆく。レシートだ。2000ふんだくる。バスに手を振る。

 ジェネラルサントスで食事。運転手の兄ちゃん付いて来い。レストランに入る。食事を済ますと伝票がくる。シャーボスとユキを指差す。私?ここからは生協の仕事。わかった。女に払わすとはと店員があきれる。運転手にダバオまで何時間だと聞く。混んでなければ3時間。来た事があるのか。一度姉の家に、そうだセール姉の家に泊まるといい。いくらだ?ただ。本当か、ただほど高いものはない、よし1000ペソでどうだ、食事マッサージつきだぞ?OKサー。坂本は経験的にホテルより高くつくことを知っていた。しかし、ダヴァオに生協の拠点を置く以上コネは作っておいたほうがいいと判断したのだ。ボスであるユキの了解も取った。

 ダバオには4時に着いた。どこか日本的雰囲気が漂う。かつては2万人の日本人がいたらしい。マニラが人の吹き溜まりなら、ここは人の住む町だ。ゴミも落ちていないまともな所だ。姉夫婦は平屋の借り住まい。義兄も1000ペソと聞いて歓迎。運転手の兵士は数年ぶりの姉との再会。これから帰るというのでカーシムに電話させる。ということ、いいな?日当は払う。OKセール、彼には1日特別休暇を与える、彼に代わってくれ。サンキューサー。彼が休暇をもらったと説明する。姉は涙ぐむ。弟想いなのだろう。翌日は買い物に出かける。彼には3000ペソを与え同士への土産を買わせた。やはり食料が多い。姉には5日分の宿泊費を渡す。これもほとんどが食料品だ。レジでどうだとユキにたずねると値段はセブと変わらないという。ほかに変わった点もなかった。
 夕食をしながら生協の話をすると姉が乗ってきた。消費者物価は上がり続けていつが所得はむしろ下がりつつあるのが、当地の状況だという。全国的にも同様だが日本企業は待遇がいいらしい。観光産業の恩恵に預かれるのはかぎられているという。話に無駄がないのがいい。共働きの家庭では買い物は負担になる。日本式の配達はないようだ。地方に行くほど買い物が楽しみであるが、都市部では仕事に家事に追われて買い物が負担に感じるのであろう。

 闇の黒幕 1


坂本は夢にうなされることがある。体調がよくない兆候だ。中学に入学した頃、暴力教師に生徒がなぐられた。今にして思えば復員兵だったかもしれない。坂本もその一人だ。殴る理由は何ですか。うるさい、全員一列に並べ。坂本はこんなキチガイを相手にすることはない、みんな教室に戻れと睨みつける。待て、お前だけは許さん。ふん許される謂れは無い。ヤクザが校庭にいることは管理不行届、校長を質してやる。キサマ、と腕を延ばしてくる教師の向う脛を蹴飛ばすと背を向けて校長室に向かう。
 職員室を突き切って校長室の入り口でノックをする。1年6組坂本龍次です、今生徒5人が理由も無く教師に殴られましたので報告にきました。校長は招き入れる。まあ、座りなさい、落ち着いて話してごらん。いつもこれぐらいで話していますが、早いですか。いや、いいよ。これは学校経営上の問題ですからすぐ暴力教師を処分してください。これから生徒総会を開催して生徒の総意を確認します。
 当時は兵隊くずれの教師もいたし、生徒の悪にはヤクザ予備軍もいた。もはや戦後は終わったとの白書が出る前のことだ。坂本は番長に呼ばれた。断る、力で抑える人間は嫌いだ、品の悪い教師はもっと嫌いだ。よし、わかった、何かあったときは手を組もう。では、この教師がストリップに通っていることを、この教師はパチンコにハマッテいることを証明して欲しい。なんと、こいつは面白いや、すぐ写真を映してやる。
 ガキ大将は戦略統率に優れていなければなれない。お山の大将俺ひとり あとから来る者 突き落とせ、ところが番長の方から坂本に近寄ってきた。これで子分たちを払い下げて貰えるか(職員室から釈放して貰えるか)。坂本は写真を持って校長室へ、校長は笑いながら、男の約束をしよう、釈放するから君は番長以下を行儀よくさせて貰えるかなといった。わかりました。こうして暗黙の三国同盟が結ばれた。トップは秘密が守れなくてはならない。
 ある秋の日曜日、校長は二人にラグビーの試合を見せた。県下で有名な高校同士の激突だ。少年たちは圧倒される。番長やってみたいか。はい。どちらかの高校へ行け。先生、わいは頭が悪い。君には根性がある、ケンカに強い。全国制覇を目指せ。俺たちは県下の教師を束ねるのだ、いいか、3人だけの秘密だ。面白いな、坂本。そうだな。校長は中華そばを食わしてくれた。こうして教師は校長の意のままになった。喧嘩もできない教師など相手にするな、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、だ。18年後、校長は国会議員になった。そして、番長は日教組の影の委員長となった。

 見えない相手ほど恐怖を与えるものはない。人類歴史上の戦争が疫病が金融危機が闇の黒幕たちによって引き起こされたという事実は疑いのないところである。しかし、大きな問題がある。犯罪の事実は明らかなのに状況証拠しかなく、したがって、また、犯人を特定できないのである。人類を破滅させ、この地球をも破壊しようとする犯罪集団をいかに捕らえて裁 くか、その前に新たな犯罪をいかに抑えるかという急を要する事態に既成の概念では対処できない。よって、疑わしきは捕らえるという荒っぽい手法も許されよう。その是非は歴史が決めるのではあるまいか。こんな連中が世界征服を着実に進めているのだ。ベトナム、グエート、イラク戦争をみればわかるようにアメリカ合衆国を使って莫大な利益を得ている。戦争は武器の生産販売、人口調整に有効な手段とうそぶく。

 カーシムから黒幕の下っ端らしき男を追っており、間もなく捕らえることができそうとの連絡があった。IMLFの情報がどの程度のものかは分からぬが今は信じるしかあるまい。坂本はそう思った。尋問は誰にやらすか、適当な人物が思い当たらない。元刑事は?インテリやくざは?英語ができるか、辛抱強く観念させて吐かせることができるか。もっと高度な諜報機関は?コネがあるか。坂本は尋問は俺がやると啖呵を切った手前その方法に苦慮していた。

 カーシム大佐はハジ議長と話していた。『大佐、尋問を坂本にやらせて大丈夫かな』判りません、とにかくお手並み拝見と行きましょう。日本人は我々の常識では測り知れない民族ですから。『そうだな、大佐は坂本に好感を持っているようだがその訳をきかせてくれないか。私も体力が弱ってきた。気力だけでは議長は務まらない。私の後は君に委ねたい。それには君の地位を上げておかねばならない』ありがとうございます。お話します。

 父はミンダナオ軍将校として日本軍と戦いました。ある日、父の隊と日本軍の隊が対峙しました。日本軍は衝突を避けたいと申し入れてきました。双方無駄な血は流したくないと思いましたが、我が軍には家族をを日本軍に殺された兵士がいました。父がその旨伝令に伝えました。すると日本軍将校はただ一人で進み出て次のように語りました。『私は日本軍第7連隊中尉である。我々の敵は米軍であってフィリピン人ではない。どうしても一戦交えるというならば、隊長同士の一騎打で決しよう。俺の武器はこの日本刀だ』と掲げて見せた。父も刀を下げて進み出た。
 将校は父に一礼すると父も応えた。父は不思議な感覚に襲われたそうです。将校には殺意がない、刀を正面に構え静かに立っている。父が切りつけてもその日本刀を滑ってほとんど空を切るものでありました。父の刀が胸を突いたとき多くの兵は避け切れないと思ったそうですが、将校の体が沈み日本刀が父の手首を半分切り落としました。将校は父に駆け寄って腕を縛りました。日本の衛生兵が手当を施しました。その手際の良さに驚いたそうです。手首を腕に縫いつけ添え木を付けると安静にするようにと伝えました。消毒薬、ガーゼ、包帯などを渡したのです。『ミンダナオ軍が一番勇敢だ。これは敬意である』将校は日本刀を父に与えたのです。武士の魂を与えることは最高の敬意であります。

 『よくわかった、坂本にやらせてみよう。日本人は神風で敵艦に突っ込んで行ったが、国のためか。確かに日本軍は勇敢だった』それでは坂本に捕虜を引渡します。大佐は坂本の顔を見て、大丈夫かと訊ねた。いい方法が見つからない、弱った。どうする?とにかく会ってみよう。人質、捕虜の部屋は薄暗い。坂本は窓を開けさせ、捕虜の前に座る。手錠を外させてたばこを差し出す。驚いて箱を手に取る。『日本人か』そうだ、まあ一服しろ。どうだ?『うまい』そうか、俺はお前の命を救ってやる。600万ドル用意しろ、俺の報酬は100万ドル。『本当か、だが、どうやって送金させる?』それはお前の仕事だ、現金で6ミリオン。そうだ、お前の写真撮ってやる、外に出よう。椰子の木の下でデジカメを切る。
 坂本は木陰のテーブルに捕虜を連れてゆく。ノートパソコンに写真を取り込むと捕虜に見せる。家族に送ってやれ、Email使っていいぞ。文章が書き終わったところでカーシム大佐にチェックさせる。大佐、俺の報酬ワンミリオン、OK?イェスサー。よし、メールを送れ。送信を確認すると坂本は椰子のジュースを頼む。飲んでみろ、あれにいいそうだ。本当か?フィリピーナ紹介してやろうか。是非。ユキに女を紹介させる。そうだ、飛び切りの上玉、日本料理予約しておけ、お前を入れて5人だ。決まったら連絡してくれ。大佐、日本料理は美味いぞ。『セール、日本の女もいるのか』捕虜がたずねる。さあ、どうかな、日本の女は高いぞ。まあ、今日はフィリピーナにしておけ。そうだ、前金、500USD払え。『あれはまさかのとき』今がまさかのときだ。お前金持っても使いみちないだろう。俺が代わりに使ってやる。

 ダヴァオは日本人が移住したところだけに日本料理も美味い。日本料理は心をほぐしてくれる。ユキの連れてきた女は21歳。大学卒。捕虜はよだれを垂らしそう。男は死の恐怖を覚えると女が欲しくなる。色白のいい女。『私大学院に行って学位を取りたい。貴方は私を助けてくれますか。お名前を聞かせてください。私ユリ』『私はバーナード。1万ドルで足りるかな』ユリはぷっと顔をそむける。『バーナード。ユリは子供のころから働いて学資を貯めたの。貧乏人は金で叩かれるが一番辛い。わかりますか。彼女はハーバードで学位をとってビジネスをやろうという夢を抱いて生きてきた。この国の人間がビザを取るのがどんなにむずかしいか、ご存知?』ユキがさとす。『済まなかった。私は世界中にコネがある。今すぐにでもユリをハーバードに留学させることができる』『彼女の心を得るにはお金じゃだめ。彼女の必要な物を与えなさい』『わかった、ハーバードの近くにマンションを借りてあげよう。渡航手続き、在学中のセキュリティー、私にできることは何でもしよう』彼はユキに席を替われと100ドル握らす。
 ユキが席を替わって坂本の横に座る。どう?じょうでき。これからどうする?とカーシム。今日はこれでおわり、金が入ってからだ。じらすほど金は出てくる。見ておれ。バーナードが100万ドル送金を追加したのは翌日のことだ。坂本にパソコンを貸してくれと頼んだのだ。カーシムに見せる。セール、悪だな。口だけで稼ぐとは。2日後、入金されていた。通常外国からの送金は10日はかかる。彼らの力を見せ付けられた気がした。バーナードは闇の黒幕の下っ端と聞いている。銀行に電話させ、小切手6枚、50万ペソ用意させる。カーシム銀行だ。アイアイサー!応接室に通される。小切手を受け取ると坂本が3枚をユキ名義の普通預金に入れる。驚くカーシム。バーナードから10万ペソ手数料としていただく。『セール、定期預金にしてもらえませんか、せめて半分だけでも』担保はあるか、この銀行は潰れないか?まあ、実績を見てからだ。

 キャンプに帰るとすぐハジ議長に報告。2枚は生協出資金として預かった、ユキ預かり書を。病院ができるぞ。『セール約束が違う』カーシム奴を吐かせて次々金を取る。心配するな。これは生協協力の謝礼だ、僅かだが兵のボーナスにでも。10万ペソを差し出す。勝負ありだ。カーシム今夜も付き合ってくれ、シャツをプレジェントする。OKサー。その夜は別の店に行った。バーナードは青年のようにときめいている。カーシムには格好のいいシャツを買ってやった。ポケットの1万ペソ入れる。バーナードにもシャツとズボンとスリッパを買ってやる。ユリは少しずつバーナードから情報を聞き出してゆく。『おお、ユリ、どうしてそんなことを訊く?』『あなたが真剣なのはわかります。だからあなたのことをもっと知りたいの。あなたの胸にとびこんでゆけるようになったら、わたしの身も心も捧げます』

 日本人が小さな島を買い取り、住民と自給自足の生活をしている。そこへバーナードを連れてゆくことにした。カーシム大佐がハジ議長の前で、のんびりやってるなと少し嫌味をいう。あわてる乞食はもらいが少ない。奴さんを料理してみせる。二人が笑う。坂本は大事な人質の警護を大佐に依頼したのだ。大佐は自分から言い出しにくいというので坂本が小さな島への旅行の許可を議長に求めたのだ。ハジは笑いながら『セールそんな島で大丈夫かな』交通手段は小さな船しかない、逃亡はむずかしい。そして乗船のチェックがない。ここでは国内旅行でもパスポートを求められる。誘拐事件が多発していてイタリア人宣教師の解放に比政府はMILFに600万ドル支払った。外国人の移動は監視されている。いい点にきづいな。日本人は水と安全はただと思っている。事件が起きると国民は政府の責任だと騒ぐ。誘拐など検挙率98%以上だから割りに合わない。

 島は周囲16km。海と空と時間は無限だ。島民は450人、自給自足だから貨幣を必要としない、したがってまた、貨幣は価値を持たない。このことをバーナードに認識させることがこの旅の目的だ。いきなり、金の使えないところに住むのは無理である。慣れるためには少しは金の価値があるところとここを選んだ。日本人経営のホテルだけは金が使えるのだ。交通宿泊食事一切の費用はホテルに払う。その日本人は島民に金の使用を禁じている。
 カーシムも奥さん同伴なので男女3組の6人。こういう機会に奥さん孝行とカーシムと坂本はいたれりつくせり。女の声が甘くなってゆく。人前も憚らずキスをする。バーナードはもう鼻血ブー、ユリは眼で散歩に誘う。『私たちもあんなふうになりたい』ユリはバーナードの腕に手をのせて少し寄りかかる。『愛は人を幸せにしてくれる。ユキ姉さんいいアサワ』男の嫉妬は激しい。坂本と比較されるとなおさらだ。『私は貴女に島を買う、家も建てる。二人で新しい家族をつくっていこう。子供は多いほどいい』『サカモト日本で大きな会社に勤めていた。ユキには何でも話す』『私もユリに何でも話す。何が知りたい?』それからユリは生い立ち将来の夢を語った。バーナードも生い立ちから話し始めた。結婚の経緯になるとユリの質問はひつこかった。
子供はふたり、男17歳女14歳。写真見せて。可愛い、彼あなたにそっくり、頭よさそうね。そうなんだ、今大学2年、建築学を学んでいる。あなたの会社をつぐの?そうだとうれしいが彼が決めることだ。彼女もあなたに似ている。目元そっくりね。気立てもいいから結婚して幸せに暮らすだろう。奥さん、きれいな方ね。棘があるユリ。バーナードは仕事の話に変える。建築会社を経営していて外国にもよく出かけるそうだ。闇の黒幕との会合であろう。
 ねえ、取引先はどんな会社?材料、工具、測量などいろいろ。仕事の話と私の話とどっちが面白い。そりゃ君に決まっている。仕事の話だと厭なこともあるでしょ?仕方がない、仕事だから。そんなときどうするの?旅にでて自然を観ている。私が傍にいてあげたらうれしい?うれしいさ。あなたの友達も含めて関係のある人全部教えて。あなたの島に招待するのよ。
 ユキから話をきいて坂本とカーシムは『上出来だ』と言った。しかし、やるなあ、もしやおまえの?下の妹、私親代わり、フフ。おまえいい女だ。坂本がユキを抱き寄せるとカーシムは出てゆく。そのままベッドに倒れこむ。ユキの歓声は隣の部屋にも届いた。カーシムの部屋からも声が聞こえてきた。

 ガードナードとユリが食堂に行っても他に客はいない、二人きりだった。経営者が話の相手をする。『この島を買ったのは?』とガードなード。よく聞かれますが、お金のないところに移り住みたいと思いました。ここには昔の日本があります。貧しくてもみんなが助け合って幸せに暮らしています。戦後の日本は経済的には発展しましたが、その代わり家族の絆が失われてゆきました。どちらが幸福か確かめるためにここに移りました。
 どちらがいい?ここです。25年もっとかな、移り住んで。日本は美しくて金持ちの国でしょう。何でも手に入ると姉が言ってました。人との繋がりは金では手に入りません。人間は日本語ではこう書きます。人と人の間に生きる動物です。英語もHuman beingとは人類でしょう。人は一人では生きてゆけません。
 でもお金は必要でしょう?ビジネスにはね、お金のない時代牛1頭に豚3頭の割合で交換するときどう決済したでしょう。たとえば牛50頭。豚は150でしょう。学校では正解です、でもどうやって数えます?わかった、牛1頭と豚3頭を交換したらそれぞれの柵に入れる、これを50回繰り返す。正解です、金で決済すれば牛を相手の指定する場所に運べばいい。豚も同様。相手と会う必要もない。便利だがどこかおかしいと思いませんか。先物取引になると牛何頭いくらで、との概念だけ。すぐ転売するから牛を見ることもない。概念が売買されている社会は狂っているのでしょうか。
 やっと坂本たちがやってきて遅い夕食だ。カーシムも甘いムードで話が盛り上がらない。激戦の後は腹が減るなあ、カーシム。ユキと奥さん噴出す。戦いすんで日は暮れて。野戦突入ありや?戦況不明なれど、可能性高し。備え怠るべからず。アイアイサー、武運を祈る。酒が飲みたい。やるじゃない。焼酎でもいいぞ。『これは貰い物の泡盛ですがよろしかったら』経営者が差し出す。有難い、我々だけのようですからご一緒にどうですか?ユキがビールを注ぐ。かんぱーい!乾杯。
 今日オーナーから先物取引のお話聞いたの。ユリが経営者を見ながら言った。先物取引は日本が発祥でしょう?バーナード張り切る。あら、そうなの。ユリ合いの手。オオサカ、ドウジマ。アオタガイ。それはなんですか?日本では田植えが終わるとすぐ米の取引をする。だって、米になるか、どうかわからないでしょ。6っヶ月後には取入れだ。でも豊作だったら値段は下がるでしょう。そうなんだユリ。しかし、その田圃の稲、米はすでに買い取っているから自分の物になる。値段が下がったら自分たち家族が食べる。米に変わりはない?そうなんだ、ユリ、日本人の米に対する執着はすさまじい。米の格付けは非常に多い。詳しいのね、バーナード。好きな女に誉められると得意になるのは洋の問わず。何百年も前から続いているのは驚き。これは金融にくわしいな、坂本は二人の話に聞き入る。バーナードに向かっていった。終わったか?え、何が?まだか、健闘を祈る。これだよとユキの手を引く。

 残されたユリとバーナード。ユリの手をそっと押さえる。じっと見つめるユリ。その手を剥がしてリストと手を広げる。頬にキスして立ち上がる。待ってくれユリ。今から作る。2時間待っていて欲しい。にっこり笑ってユリは部屋に戻る。隣からユキと坂本の笑い声。その隣は既に愛の営みが。バーナードは意を決してリストを作り始めた。氏名、国籍、住所、職業、所属、特徴の欄が書かれる。これが知れたら命はない。しかし、囚われの身。この島は地図にもあるかどうか。MILFに引き渡されると生きては帰れまい。名も知らぬ知らぬ島で一生を終えるのも人生ではないか。あの日本人は幸せに暮らしている。金で世界征服を目指すことは神の思し召しか。金の通用しない地に暮らして彼の信仰、信念に変化が起こったのだ。ここでは民族故に差別されることはない。書き上げたリストを見つめて彼は来し方行く末を考えていた。

 朝6人が浜に出ると子供たちが魚を採りながら遊んでいる。父は沖に漕ぎ出し、母岸で海草集め。子は父母の間に。坂本が子供を手招く。二本の棒にロープを結ぶ。一本を浜に差込、一本を子供に持たす。ひっぱれ、押さえろ、回れ。ほかの子供も集まってくる。直系4mの円ができる。歓声上げて拍手する子ら。なぜ日本人は異民族となかよくなるのだ、バーナードは今まで体験したことのない心境になっていた。円の上に砂を盛って土俵作り。子供たちも坂本に習う。70過ぎの経営者が相撲のルールを説明する。子供の遊び相手もしているようだ。好奇心の強い子が坂本と対戦。吊り上げて土俵の外へ。吊り出しと経営者。チュリダシと子供たち。押し出し、オシダシ。下手投げ、シタテナゲ。若者も集まってくる。一人が交代。坂本は押して行って土俵際で引き落とす。引き落とし、ヒキオトシ。若者はむきになって坂本を押す。体をかわして叩く。叩きこみ、ハタキコミ。坂本は別の若者に土俵を譲る。周りに人垣ができていた。子供から大人まで代わる代わる土俵に上がる。
 『坂本、子供が好きか』とバーナードが聞く。子供は大人になる。大人は子供だった。『なるほど』欧米人は子供を未完成の人間と見るがアジアでは小さな人間と見る。翌日も子供と戯れる坂本。島民も興味深く見つめる。野球をする。長いロープを1m位の棒に巻く、1,2,3で棒に結わえる。次、チュギ。1234、ヒーフーミーヨー。次、チュギ。5、イー。345の直角三角形。OK、押し込め、オシコメ。引っ張れ、ヒッパレ。子供にロープを引かす。棒押し込め、ボウオシコメ。線を引け。センヲヒケ。ダイヤモンド完成、カンセイ。バットは舟の櫂、ボールはバグルbagol椰子の実をくり貫いた殻。坂本は打って走る、よたよたと。(リストは書きあがったみたい)(あと少しね。終わりよければ全てよし。あせらずにね)スバニン語で会話する。ビサヤ人には判らない。ユキは坂本に手を振る。『あれで分かるのか』とカーシム。『彼茫洋としているが大切なことは逃さない』『まったく、大した男だ』

 昼食後、ハンモックに揺られてまどろんでいる坂本のところに大工、専業ではない、漁師と兼業がやってきた。三角の板を持っている。各辺を指して3,4,5ツリー、フォウア、ファイブ。OKナ?OK,プエデいけてる。タンキューサー。水平と垂直を出すには?ユキが通訳。簡単、重しを吊るす。海を看る。すると老人は坂本の手を引っ張って外にでる。家を建てるらしい。大きいのというだけなので規模がわからない。ロープを張ってみる。120×60mの長方形。大工は満足する。四隅の90直角が欲しかったらしい。
 こんどは坂本が大工を連れてホテルにもどる。紙と定規とコンパスで図面を書く。平面立面を示すとほぼ満足、不満は残る顔。よし、1/100の模型をつくろう。坂本は同席してもらった経営者に相談する。柱は10mピッチですかね。『屋根も軽いし、外壁もないから20で十分でしょう。床の水平を保つには床下に支柱をいれたらどうですか』なるほど、で梁は長い木材ありますかね。『マホガニがいいと思います。問題は加工機械ですね。模型と図面を業者に渡しておいて加工したものを納入させるかな』すると大工が怒り出した。俺は大工だ、自分でやる。経営者は謝った。日本人同士が話していると日本的発想になる。
 さっそく模型に取り掛かる。水平垂直、直角の技術なくできるだろうか。翌日大工が模型を見てくれという。えらい早いな、そんはず、柱に棟木を釘止めして床を張っただけ。坂本はうなった。棟梁ここに何人はいる?全員だ。え?200いや100人。坂本の表情を見て人数が減る。これと同じ木材を用意してくれ、日本式をつくってみよう。たちまち人が取り囲む。バーナードが俺もやりたいという。建設設計をやったことがあるという。じゃあ、設計コンペといくか。棟梁、木が見たい案内してくれ。大人10人子供が3人、山に向かう。5分も歩くと上り坂だ。小さい島だが山は高い。15分でマホガニの林に着いた。なるほど20mを超えるのも多い。あまり見かけないな。『ええ、あれはアメリカ原産なんです。成長が早く1年で1m伸びます。セブにはみられますがこれだけの植林はここだけです』経営者が語る。あれで樹齢は?20年以上になりますか、ここに来たとき植えました。アメリカ留学中30m以上のを見ました。家具とか楽器などに?そうです。
 問題は柱と棟木の接ぎ方である。日本式の凹凸加工ができるか、20m於きとして高床部、天井部各18箇所。柱には2本の棟木が乗るからその倍。骨格は妥協できない。床下支柱は3mおきに椰子の木で40×20=800本。床材は竹として人が乗って持つか。直間で不可。坂本はホテルに帰っても図面と睨めっこ。みんな心配して様子を見に来る。おお、これからプレゼンするから聴いてくれ。骨格はいいとしても床がもつか心配と終わる。バーナードが床の強度は1m於きに椰子の棟木を増やすべき、竹を半分割って敷き詰めた谷には竹を細長く切って埋めていけば十分と指摘。なるほど、参考になる。『さらに快適にするにはカーペットを敷けばいい。それは必要になってから考えればすむ。凹凸加工が可能ならばすばらしいデザインだ。3m3mでやってみたらどうだ』バーナードが生き生きしてきた。『どうせ柱も棟木も試作が必要でしょう。材料工具自由にお使いください』経営者も賛同。
 まず、1/100の模型にとりかかる。柱梁の太さは1/10の2cm角にした。『セール、21mmがいい。凹凸は2:1つまり3等分し易い』さっそくバーナードの指摘があった。もっともだ、ほかにないか?坂本はみんなに意見を求めた。マホガニは曲がりませんか、どれぐらい乾燥させて製材したらいいですか、工程はどのように組んだらいいですか、棟木の重量7cm角の突起で支えられますか、ええっと、、、『坂本さん、我々に経験も知識もありません。やってゆく中で学んで行きましょう』経営者が見かねて口を挿む。おっしゃるとおりです。楽しんでやらなくては、ユキが翻訳すると島民はあきれたり感心したり。じゃあ、棟梁よろしく。坂本は息を吐いた。日本人はものごとをむずかしく考えるんだ、と言われている気がした。模型の骨組みは2日後にできあがった。この模型は何度となく分解され組み立てられた。議論が白熱すると誰彼なくこの模型を手を置く。

 1本のマホガニから21cm角材が4本は取れる。20mもの大木を切り出すのは大変である。『坂本さん、うちの角材使って下さい。切り出しは後で考えましょう。皆さん試作を待ってますよ』では、お言葉に甘えて使わしていただきます。あの、お名前は?高崎です。高崎は昨日同じことを言った。なぜためらう?バーナードが尋ねる。観てなさい、彼は自然に感謝しているのよ。自分に使う資格があるのかと自分に問うているの、とユキが解説する。坂本は樹齢20年の木を前にして緊張いたしますと手を合わせる。息を吐くとタコ糸持って来い。墨、イカの墨。バーナード21と22cm幅にマークをつけろ。のこぎりの歯は1cmもない。じゃあ、いくらだ?2mm。ということは210と212mmだな。よし、子供にタコ糸を持たせる。20m両端を固定すると1mの枝を支柱にしても糸は垂れ下がる。もう一本支柱を加える。別の子供にイカ墨を糸に塗らす。もっと強く巻け、坂本が中央に立ってタコ糸を持ち上げる。支柱をはずせ、糸を巻け。行くぞ!糸を放す。線は引けたが、墨が多すぎた。どうだ?次。
 今度は棟梁が坂本に代わった。きれいな線だ。餅は餅屋だな。高崎が説明する。どっと笑いが起きる。線引きが終わると製材機が運ばれてきた。まだ新しい。高崎が笑っている。マホガニは硬い。20mを切るのは大変だ。高崎が角材を機械に据えると切り始める。5台の足台を進行に合わせて置き換えてゆく。5mのところで棟梁に代わる。バーナードが途中で代わる。残り10mをきり終える。全員拍手。手を振って応える。8本切るのにまる2日かかった。鉋がけも平行して行われたがバーナードの株は急上昇。建築会社の社長だ。その夜は砂浜で飲めや歌え、島民が招待してくれたのだ。月明かりの海辺に焚き火が揺れる。採れ立ての海の幸。ウミノサチ?Happiness from sea?ディー。海で獲れた物。高崎が説明。全員感心。ウミノサチ!酔えば踊る。ここは南の島。
       わたしのラヴァさん 酋長の娘  色は黒いが南洋じゃ美人 
       踊れ踊れ 踊らぬ者にゃ 誰がお嫁に ゆくものか
珍しく高崎も飲んで歌った。日頃はほとんど飲まないそうだ。カーシムこれは何だ?麦のジュース。よし飲め。バーナードこれは何だ?ココナツミルク、Tubayo.よし飲め。坂本は踊りながら歌う。踊れ 踊れ、オドレ オードーレ。踊らぬ者にゃ、オドラヌ モノニャ。高崎も一緒に踊る。ダーレーガ オヨメニ ユクモーノーカ。カーシム踊れ。バーナード歌え。島民も加わって踊る。ワタシノー ラヴァサーン シュウチョノ ムスメー大合唱。音頭とるのはバーナード、いい声だ。坂本は老婆の手を取って踊る。周囲は二人を見守る。やんやの喝采。坂本にキス。坂本もお返しのキス。
 次はユキが飛出る。情熱的な踊り。ため息が漏れる。スバニン。ミンダナオ。島民はほとんど島を出ない。この島を訪れるのは日本人だけ。ユキの激しさが増し坂本を誘う。頭をそらして腰を揺する。そこへ坂本が顔を埋める。ワオー!ワオー。ユキが坂本の腰を引き付け前後に揺する。サクサク!坂本がユキにディープキス。離れぬ二人。咳払いしてカーシムが踊りだす。イスレム、イスレム。ゆっくりとした踊りだが砂漠の民の末裔。力強さと精悍さを見せる。奥さんの手をとって中央へ。アラビックダンス。尻をくゆらし神秘的な眼。静まりかえる。キス!キス!コール。二人は抱き合ってキスを交わす。長いのう。ナガイノウ。
 ユリが踊りだすと二人はやっと離れた。妖しく男を誘う。バーナードが吸い寄せれるように近づく。ユリに応えるように踊る。二つの影がくっ付き離れ、絡む。熱情が広がってゆく。二人の血は熱く滾っている。踊りは心情の吐露。恋人は踊り子となる。南の島の宴は続く。いつ果てるとも。。。

 ホテルに着くとバーナードはリストを差し出す。ユリは首に腕を回し口付けを。『ユリ、ちょっと来て』ユキの声。『飲みなおさない?あら、バーナードはいりなさいよ。ユリ、カーシム呼んで来て』おお、お前近頃人気あるな。建築会社社長。いけそうか?多分。この手順が大切だ。いいか、とユキを抱き寄せる。このように、じっとユリの眼をみる。頭を抱き寄せる。髪にキス。次は瞼。ユキはうっとりとする。軽く唇に触れる。唇を合わせる。分かったか?イエスサー。まあ、飲め。これは泡盛だ。うまい。だろう?おーい、カ-シム早く来い。俺は酔ってしまった。俺の酒が飲めないのか?神のご意志に。。。何が神だ、はいるぞ。カーシムの胸倉を掴んで引きずってくる。奥さんも呼べ。これは何だ?芋のジュース。よし、奥さんいらっしゃい、乾杯だ。カンパーイ!
 坂本はユキの胸に触る。その手が下に降りてゆく。フフ、後でねと振り払う。カーシムは奥さんの腰を引き寄せる。バーナードがユリの手を握る。それをやさしく握り返す。彼の胸は期待に膨らむ。坂本にいとまを告げる。軽く手を振る。頑張れと眼で。二人が出てゆく。カーシムが親指を立てる。首尾よくリストをデジカメにとってサジ議長に送った。着信確認に手間取ったと。あとは裏付け!あらためて乾杯。おやすみ。
 その頃バーナードとユリは熱い口付けと抱擁中。カーシム夫妻がグッドナイト、と言って部屋に消える。ユリを部屋に誘うバーナード。お願い、1週間待って。どうして?生理なの、終わったら私、必ずあなたの部屋に行きますから。バーナードは狂ったようにユリをかき抱いた。ユリは身を委ねながらも女優のように自分の役に酔っていた。相手は命懸けで向かってきている。自分はシナリオに沿って演じている。現実と脚本、二つの世界にいる自分がおかしかった。ユキからはこのシーンのOKが出た。次はどんなシナリオだろう。

 柱と棟木との凹凸ができた。実験だ。床の柱と棟木はココナツの木だ。外壁の20m20mはマホガニだが、1m間隔の支柱と棟木はココナツで済ますことになったのだ。この試作部分400㎡に使う棟木20本、支柱400本。棟木に各凹20支柱の凸400凹凸計800、電動具のないここではノミでの手作業。作業量は延べ200人、島民半分が従事した勘定だ。1週間前、試作の試作をやった。つまり1mの棟木と20cmの支柱で凹凸彫りの練習。10人の若者が1箇所ずつ担当した。各人の熟練度を見てこれを何回繰り返すかを決める。早い話、合格できるまで練習する。バーナードが出てきた。『各人が10の凹凸作業のコンペのほうが面白いし、技能向上になる』それもそうだな。優勝賞品は何がいい?『栄誉ですよ。その作品と名前を展示するのです』高崎が決め付けるように言った。坂本ははっとした。おっしゃるとおりです。
 審査の日。梁を下にして支柱を揺すってみる。坂本には合格に程遠いと思われるものばかり。中にはぐらぐらのものもあった。坂本はかっとなって蹴り飛ばす。棟梁は睨み付けた。彼は未だ15歳だ!年齢は問題でない、しっかりしているかどうかだ。こんな腕でできるはずがない。彼を外せ。日本人はフィリピン人を馬鹿にする。人種は関係ない、腕がいいか悪いかだ。バーナードが審査を延期してはどうかと口をはさむ。人数も希望者は全員参加さすべきだ。そのほうが技能がついていい建築ができる。勝手にしろ、と坂本は引き上げる。バーナードは棟梁と相談して審査延期と技能養成を高崎に持ち込む。高崎はにっこり笑ってうなずいた。
 バーナードは若者ひとりひとり見ていって指導する。自ら作って見せた。寸分の狂いもなかった。凹凸をかみ合わすとそれは一体となって離れない。若者は出来上がった作品をそれと比較している。1週間後には合格ラインに達した。若者は漁を終えると毎日凹凸作りに熱中していた。坂本はあんなにココナツを使ってもいいのかと高崎にたずねた。資源の少ない日本は物を大切にします。節約は効率でもあるでしょう。ここはココナツの大国ですよ。そういわれれば、坂本さんのお気持ちはわかります。ここはバーナードのお手並拝見といきましょう。そうですね、偉そうにいうだけのことはある。
 審査の日が来た。審査委員長はバーナードが選ばれた。異論はなかった。厳選していって最後は委員長決裁だ。最優秀作品は名前を刻して展示された。いよいよ、試作に掛かる。基礎は型枠に砂利砂コンクリ-とを混ぜて入れる。大黒柱のマホガニの凹凸はバーナードが担当した。まず基礎石の上に三脚を置く。これで20mの柱を吊り下げてゆく。この案は20m超える木がなかったので没となった。危険ではあるが2本の柱に梁を組んで引き起こすことになった。総出で柱を三方から引き起こしてゆく。これを反対側も同時に行う。起き上がると床の棟木を差し込む。最大の難関だ。老人には柱の垂直を看視してもらう。地上1mの位置に担ぎ上げ凹に突っ込む。最後に木槌で打ち込むと4本柱がしっかりと棟木で繋がった。歓声が起こる。あとは天井部の梁を2本載せれば完成だ。最低4人は20mの柱に登らなくてはならない。命綱をつけろと坂本が叫ぶ。ロープと柱があるから要らないと登り出す。つけろ、と怒鳴る。丈夫な細いロープが梁を超えて投げられると腰に結ばれる。
 『あの男はどうして他人のことであんなに夢中になれるのだ』カーシムがつぶやく。吊り上げられた梁は最上部で片方を柱に載せることはできたが、両方はできなかった。坂本は棟梁におろさせろ、と指を下に向ける。吊られたは吊ったを超えられぬか、坂本は肩をおとす。吊ったを上げれば吊られたも上がる、高崎。そうですね。角材をロープの下にかませばいいのだ。柱の外に足で出すか?『セール、いい考えだ。90度回して吊るす、上で戻す。なぜなら』凸がひっかるからだろう?でもどうやって戻すのだ。『柱の真ん中にロープを巻きつけておく』なるほどなあ、これでゆくか、棟梁?やってみましょう。
 老婆が海に向かって祈る。島民全員が祈る。人が限界に挑むとき神の存在を感じる。人が心を合わせてひとつのことをなそうとすれば神は力を与える。天空の若者は棟木を柱の外に足で押し出す。反対側、山側は棟木を海側に足で押す。海側が棟木を引っ張る。あぶない!坂本が叫ぶ。両足で柱を抱え両手で引っ張っている。山側が棟木を揺すって蹴った。海側は堪え切れず滑り落ちる。ああ!地上は眼を覆う。ロープ、坂本が叫ぶ。カーシムがロープに跳び付く。同時にバーナード。二人の手から鮮血が。坂本がロープを腰に巻きつける。棟梁が続く。次々とこれに続く。宙ズリの若者はゆっくり引き上げられる。
 仕上げは棟木をゆっくり回転させる。ユリがバーナードの両手をハンカチで止血する。バーナードの手の動きに合わせて南北の棟木が回転する。静かに柱の頭に納まった。天空の若者は棟木に立ち上がり両手を天に突き出す。大歓声は地上を揺るがし、天上に響いた。一人坂本が座り込んでいる。ディーどうしたの?あぶなくて見てられない。若者たちは柱を滑り降りてきた。坂本は若者に平手を食わす。馬鹿野郎!どうして?とどよめく。高崎が静かに言った。『お前は坂本さんに謝らなくてはいけない。棟木に立ったからだ。もし、お前が落ちて死ねば彼は責任を感じて腹を切るであろう』うなずく若者。人前で叱られ謝るのは屈辱なのであろう。『お前は謝らなくてはいけない。そして二度とあぶない行動をしてはならない。これは試作に過ぎない。まだ18倍の仕事が残っている。君は私の優秀な学生だ。謝る勇気もあるはずだ』バーナードは肩を抱いて坂本の前に立たす。ソウリーサー。よし、これから気をつけろ。しかし、お前はよくやった。

 それから仮の仮竣工となった。海の幸、山の幸、ビール、酒。どのようにしたら凹凸をうまくつけられるかと質問があった。バーナードは模型で説明する。これはオス、これはメス。入れたとき気持ちいいとメスが感じる。もっと入れてという。全部入れるとポッキーが締まる。オス悦ぶ。感じる、感じる。ティティさらに大きくなる。したがって、この凹凸は離れない。汁は出るか?わからない。でたら小さくなるのではないか?私には答えることができない。質問が難しすぎる。大爆笑。どうしたら感じる?愛情だ。これは彼女のポッキーと思って彫る。なるほど、よく解りました。
 高崎が彼に感謝状を出してはどうかと坂本にささやく。それは貴方でしょう。島主の仕事ですよ。そうだろう、棟梁?ユキが通訳。そのとおり。高崎は事務所に帰り感謝状を墨書。達筆だ。『感謝状、バーナード殿。貴方が島民の建築技能を向上させた功績は大きい。よってここに島民全員の感謝の意を表します。』次にユキがビサヤ語と英語で読み上げる。大きな拍手。バーナードは高崎に抱きついて泣きはじめた。『私は、今まで、感謝されたことがない』高崎が背中をやさしく叩く。『貴方は先生だ。これからも学生の指導をお願いします』バーナードは涙に濡れた顔を上げて学生に手を振る。バーナード、バーナード、コール!

 バーナードのリストの裏づけはとれた。ほぼ完璧だ。カーシムと坂本は島を去る。見送る島民とバーナード。その横にユリ。バーナードは残って建築指導に当たる。ユリは監視。もっとも監視役が囚人に魅かれだしていた。舟が岸を離れる。どこまでも手を振る島人達。さよなら さよなら 椰子の島、アテユキ(ゆき姉さん)、ユリいいのか?彼女が望んだ。カーシム、わかっている、彼を殺しはしない。お舟に揺られて 帰られる ああ 父さんよ ご無事でと。今後の予定は?まあ、帰ってから相談しよう。カーシムも妻の肩を抱いて小さくなる島影を見つめていた。

    闇の黒幕 2



 ハジ議長は坂本の手をとって迎えた。『見事なお並み』これからだ。奴等を潰す道のりは長い。しかも急がなければ。で見通しは?『取り急ぎ2名捕獲した。まもなく着く』リストは連中のどれぐらいか?『それはわからない、80%とみているが』彼らは絶滅させねば、世界から戦争、疫病、金融危機はなくならない。ただし、殺すな。どうしてか?殺すのは嫌いだ。お前は人を殺したことがないのか?幸せなやつだ。
 捕獲は100%でなくてはならないが、その方法が見つからない。我々も努力する。(当然だ)坂本はハジをにらむ。まあ、バーナードとニューフェイスに期待するか。ユキは明日ダバオに護衛をつけてくれ。ディーあなたは?俺はここに残って善後策を相談する。ハジ議長の出資金で病院建設に掛かれ。ダバオ、マニラの生協敷地確保には金が要る。俺達はのんびりできない。わかった、ディー。準備する。ユリとはスバニン語で英語などは使うな。わかってる。ユキは坂本にキスして席を立つ。

 カーシム大佐から報告を受けた。これからもタグを組んでゆこう。ああ、条件がある。身代金の配分から20%生協に出資してもらいたい。人質は殺さない、どこかの島に隔離する。質問してもいいかな。ああ。われわれの出資金は返って来るのか?勿論、それより配当の方が有利だ。やがて政府が転覆して人民政府ができるとMILFも解散するだろう。生協の警備員に雇ってやる。全員か?ただし、品の悪いのはだめだ。商品販売が軌道にのれば、宅地造成分譲、輸出輸入拡大、インフラ整備、外国資本の導入などやることは多い。5倍くらいに兵を増やしておいてくれ。外国からの侵入にも備えなくてはならない。国民と国のための軍隊となってほしい。やがてはイスレム諸国からお前に援助の依頼がこよう。お前も蓄えが必要だ。それまで生きているかな俺達?あとはカーシムがやってくれる。おれも後継者が欲しい。ユキが政界に立つとき生協が心配だ。といいながらも漠然と清美が頭に浮かぶ。

 何という男だ、奴は?金は女のためのようですな。それもあるがこの国を変えようとしているのか、外国人なのに。彼には民族、人種は関係ないようです。善か悪か、有能か否か、好き嫌いがはっきりしています。一度ムバラク大統領にあわせてみては?まだ、早い。まあ、秘書官か。信用し過ぎると我々の能力が疑われる。ただし、相当驚いていたな、あのリスト。あとの20%は?ほぼ掴んでいるようだが返事を寄こさない。こんな島国がどうやって手に入れたか、不審に思っているのだろう。そうだ、出資の件はどうだ?乗っていいと思います。彼に野心は?ありません。ユキは?役者は演じるでしょう。ないと考えてよいな。ノーサー。心配ありません。

 その夜ユキは激しく求めてきた。坂本も応えた。一つ目が終わると坂本はしばらく動けなかった。ねえ、できたみたい。そうか、いつ。わからない、来月はっきりするわ。どっちがいい。おんなのこ。じゃあ、いいのね。わたし、いないあいだ大丈夫?ああ、あせることはないがあわててやらないと。ユリの見立てた従妹だから間違いないと思うけど会ったことがないの。まあ、ユリも力になってくれるだろう。しかし、予想外だな。男と女の間はわからないものよ。そうだな、補強できればいいが。そう願ってる。

 ユキを送り出すとハジ議長の部屋に入る。『捕虜がついた。どう料理する?』まあ、合ってからだ。痛めたのか?少し。捕虜との約束は守れ。兵はあるいはMILF支持者は捕虜との約束ですら守る、まして我々との約束はと考えるのではないか。それはわかっている、捕虜収容所を当たっている。どこだ。さらに南、バーナードを移住させる。ユリは大丈夫か。イスレムは怖いと言ってたぞ。彼女らの祖父はイスレムに殺されたそうだ。そうだったのか、調べて処分しよう。処分とは殺すということか。それで問題は解決するか。もう少しましな方法はないのか。馬鹿のひとつ覚えに見える。この国にきて人間の尊厳誇りを感じたことがない。日本はどうだ。今はUSAつまり連中に乗っ取られつつあるが、200年前の若者は自分の遺志で国のために死んでいった。彼らが女にもてたのはわかるか。日本だけは植民地にならなかったな。ハジ元気がないな。セール、大統領に会ってくれないか?会ってどうする、俺はそんな暇はない。まあ、考えておいてくれ。それと、捕虜一名は遅れるそうだ、詳しいことはわからない。

 さて、面接するか。報酬は約束どおり、少し身代金上げるか。お任せする。カーシムが案内する。ハジが敬礼。坂本も手をあげる。取調室はこれで2回目。大分痛めつけられている。吸うか?坂本がたばこを捕虜の前に出す。JAPAN TOBACCO INC TOKYO をみつめている。坂本が一本取り出してふかす。日本人か?うなずく。一本取り出して見せる。ライターを滑らす。どうだ。うまい、やわらかい。そうか、それお前にやる。本当か、しかし、なんの用だ。お前の命を救ってやる、800万USDでどうだ。本当か?日本人は約束を守る。送金はどうすればよい。俺は知らない、銀行振り出しの小切手でいい。メールで送金を依頼したらどうだ、お前の写真もつけたほうがいい。そとで撮ってやる。付いて来い。
 木陰のテーブルに座るとビールを運ばせる。俺は坂本だ。メンデルだ。乾杯しよう。腹減ってるだろう、チキン食うか。カーシムの娘が丸焼きを運んでくる。箸をと手でいうとポケットから取り出す。ナイフと箸でチキンを食う。箸をみつめるメンデル。『セール姉がまた会いたいと言ってました。同僚が土産感謝しております』それはよかった。ほかの兵も坂本に敬礼して笑顔を送る。軽く応える坂本を見ている。メンデルスゾーンと関係あるのか。坂本はヴァイオリンの手付きをしてみせる。少し。若い頃ドイツに行ったことがある。どこに行った。ベルリン、ボン、ミュンヘン、ジークブルグ。音楽が好きなのか。好きだ。俺はピアノが好きだ、子供の頃から弾いている。手が脹れている。後で手当してやる。奴らとはどういう関係だ。ひょんなことで今ビジネスパートナーといったところだ。何のビジネスだ?誘拐身代金。奴等金が取れないと殺す。俺は殺人が嫌いだ。だから俺が中を取り持っている。お前の報酬は?10%。金に執着する人間にみえないが。さあ、どうかな、
人間の欲望は黄金にとどめをさす、サマーセット モームだったか?で、身代金を払えば国にドイツに帰してくれるのか?それは約束できない、俺は仲介者に過ぎない。ただし、身の安全は保障してやる。わかった、金は用意する。お前とはいつでも会えるか。連絡してくれれば、もっと飲むか。十分だ。手当をしてから写真を撮ろう。俺のシャツをやろう、大きなのがあるかな。坂本はシャワーと手当てを兵に頼む。OKサー。1時間後にここで会おう。メンデルが握手してきた。商談成立。

 ユキはあくる日の夕方帰って来た。ダディー、いい娘だった。一晩話して洋服買ってやった。この前とまったとこ3000置いて来た。ダヴァオは二人に任していいと思う。よかったな。抱いて。もちろん。気が合うから肌も合う、坂本は最近そう思う。満足して眠るユキの顔をみつめていると愛おしく、乳房にキスをする。うれしそうに笑いながら坂本の髪を撫でる。それは心がそのまま手の動きになったものであろう。しあわせ?ああ。わたしも。平凡なしあわせこそ人間を豊かにするのだ。わたしブレスミルクで育てる。breast milk?feed the baby?母乳か。ええ、べビ-シッター赤ちゃんいじめる。日本人と結婚して子供を生むと買い物遊びに出歩くフィリピーナが多い。親のいないとき赤ちゃんをつねったり、投上げたりする。一度坂本もみたことがある。恐怖に包まれて育つこの赤ん坊の将来はどのようになるのかと、空恐ろしい気がしたものである。ベビーシッターの月給1500は可哀相な気もしたが、厭な光景だった。日本の子守はそんなことはすまい。
                    おいどんが うちんだて たいがないて くりょか うらのまつやま せみがなく
坂本はユキのやすらかな寝息を子守唄に眠っていった。

 メンデルの送金はこの前と同じ銀行で受け取る。小切手8枚は3枚がユキ、4枚がカーシム、1枚が坂本に分けられた。支店長がメンデルにM定期を勧める。メンデルは10M送金したのか?USD2月で年利4%、坂本がネットで金利画面を出す。5%、OK?支店長とメンデルに見せる。双方うなずく。定期100普通50残り50はペソで、USDはいくらだ。46ぺそ。OK。そうだ、ATMカードもな。イエスサー。ココナツジュースが出される。坂本はうまそうに飲み干す。もう一杯。OKサー。君はセクシー。サンキューサー。ユキがつねる。Only here. OK.

 薬局で車を止める。消毒液、化膿止め、包帯、ガーゼ、目薬、下痢止め。ほかにないか?メンデル。カーシム、ユキ。ないか?同じもの2セット。イェスサー。いくら?12857ペソ。高い10タウザン。だめです。キャンセル、ほかで買う。お待ちください、ボスに聞きます。OKな?50手のひらに。サンキューサー!次はSM、メンデルジーンズとシャツ、サンダル、タオルも。自分で買う。ATMいってこい。ユキいってやれ。カーシム、奥さんと娘さんに何か買ってやれ。俺は兵隊にデスクトップをプレジぇントする。メンデルが帰ってきた。20万引き出したらしい。ここでは1万が月給、それ以上の現金を持ってると殺されぞ。わかった。男物の階にゆく。ジーンズと短パン。坂本はチャック、ボタンをチェック。メンデル試着だ。OK?Gut!シャツは長袖もあったほうがいい。日差しが強い。ユキにワンピース、カ-シムにユキ見立てのシャツ。最後にPC。日本製、韓国製、比製。どれがいい?比製、やはり身びいき。ドーン、いくらだ?高い、日本製と比べてみろ、ソフトがないじゃないか。OKサー、プリンターサービス。それから?DVD10.色が今一だな。無線ラン。スピーカー、ヴィデオカメラ、スピーカー。OKサー、thats all?All.組み立てろ。イエスサー。どれくらいだ?1時間。よし、飯食ってくる。
 荷物車に入れるか、運転手に弁当買ってやれ。ハンバーグは?豚はだめだぞ。確認しろ。カーシムを見る。中まで調べてOK.ユキがジュースを付けて運転手に。サンキューマム。日本食の店に入る。刺身の盛り合わせ、握りずし、吸出し、ビールは一番搾り。カーシムもメンデルも初めてらしい。ビールで乾杯。麦のジュースはうまい!カーシムも観念したようだ。当たり前だ、イスレムは7000年前から飲んでいる。イエスサー。7000年前から?メンデルが驚く。お前知らないのか。日本は?米のジュースだ。いつから?5000年くらいかな。ホー。これは生か?生が一番。食ってみろ。忘れられなくなるぞ。まぐろにわさびをつけて口に入れる。このつな美味しい。ツナ、まぐろ。マグロ。メンデルがおそるおそる口に入れる。はーはー息をする。ビールをぐい飲み。目を白黒。わさびは少しでいい。カーシムはゆっくり口に入れる。うん、いける。いか、ほたて、えびは食ったがうには手を出さない。わたしね、日本でうにを見たとき気持ち悪くてさ、でも日本人がうまそうに食うものだから食ってみたの。二人はユキの顔を見入る。美味い、て叫んだの。二人は少しだけ舐めてみる。首をかしげる。
 カーシムは値段表を見て眼を丸くする。メンデルもドルに換算して驚く。日本人は毎日食うのか。年に数回。私この国を日本みたいにしたい。外国のいいものを取り入れるけど伝統も守ってゆく。よく働いて美味しいものを食べて皆仲良く暮らせたらいいなあ。ユキならできるさ。ハジも応援してくれるだろう。俺はユキと子供のために頑張る。サンキュウ ダディー。吸出しがきたので握りをつまむ。4人前であることはメンデルも理解して一品ずつ食う。これはなにか?それは味噌汁である。味噌、いつから?日本人は1500年中国人はそれ以上。欧米は新しい国だ。アジアに比べてな、若いから元気とも、言えないか?メンデルが目をつむってうにを食う。Ser gute!うまい?カーシムは美味い、ラミー。
 デスクトップはセットされていた。さっそくインターネットで日本のニュースを見る。遅いな。セール、replay speedy。そうですか。tokyou?NipponAlps.メンデルがうるさい。メールのチェック。Skypeで日本をよんでみる。はい、変わったことは?ありません、どこですか。ミンダナオ。画像は?いけてます。また連絡する。わかりました。もう終わったの?長電話するのはフィリピン人、日本はこんなものだ。Printerは?テストしました。カラーはインクが高い、白黒でいい。文字だけなら黒だけ。そうだな。Excel1週間サービス。一年でないのか、いくらだ。15thousands。馬鹿か。日本製標準装備。どっちがいい。これ。正直でいい。デスクはイス付5000。上の階3000ある。案内しろ。これはいい。200やる。梱包して車に運んでくれる。弟か。イェス。だろうな、世話になった。セール、印刷用紙とパッド私の気持ち。ありがとう。

 キャンプに戻ると運転手にPCセットしてくれ、と頼む。メンデルも手伝う。ユキがハジ議長に200万の預り書を渡す。『ありがとうございます。おかげで20ha病院用地を取得しました。来年3月から診療開始の予定です。6月から入院も含めた本格治療ができると思います』りっぱな病院を期待しています。ここから5kmほどのところに10haの土地がある。そこに生協出店してもらえないかな。『それはもう、条件さえ合えばすぐにでも』いつでもご案内しますよ。ユキも坂本もハジの真意を測りかねていた。とっさにユキ、議長にテレビ取材をお願いしろ。坂本がうながす。『デマタリンの生協オープンまであと3月、テレビ取材を受けたいのでご紹介いただけないでしょうか』それはいい考えです。テレビ局は多いほど効果がある。取材が殺到しますよ。
 外ではPCのまわりに人だかり。デスク、イスも組終わった。坂本が立ち上げる。カーシム大佐、日本と話してもいいか?いいとも。はい。生協の会員証見せてくれ。私のですか。誰のでもいい。よし、アップ、顔写真入りで見積もってくれ。支払いもできるもの。そうだ、購入履歴も。数は?100万、毎年100万増やしたい。本当ですか、生協にきいてみましょう。日本でも使えるようにしたらどうですか。共通にしたらどちらででも使えますよ。なるほど、頼む。それからオープンまで3月を切った指導してもらいたい。業務提携も視野に入れて検討依頼してくれ。概要はメールで送る。了解しました。兵隊が映ってますよ。誘拐された、冗談。早い返事が欲しい。 セール使っていいか?10minutes/pesoモニターの横に袋をぶらさげる。席を譲る。ピソピソ、前払い。スキャンダル(AV)ゲーム、チャット、わいわいがやがや。カーシム情報が漏れないか?家族親戚だろう。あまり頓着しない。時間だ、坂本が怒鳴る。誰かがペソを入れる。時間延長だ。カーシムが笑っている。メンデルがメール送りたいという。これ使え、ただでいい。サンキューサー。おお、シャルロッテ!Deine Frau? Ja.Wie shone ist sie?Danke.奥さんか?そうだ。なんて美しい。サンキュー。坂本写真とってくれ、妻に送る。いくぞ。笑え。Vサイン!もう一枚。OKベンチに座れ。やわらく、allegre expressivo! うれしそうに、表情をもって!写真を見せる。ダンケシェーン。PCに取り込む。メンデルのメール。
 愛しい、シャルロッテ 
   写真をみて涙しました。この写真を撮ってくれた日本人が、あなたはなんて美しい女性だと言ったのだ。このシャツは送ってくれたお金で買いました。
  Deine Manndel   貴女のメンデル
カーシム大佐、送っていいか?問題ない.OK。メンデル送れ。終わったか。(さてメンデルをどうしたものか、バーナードの右にならえさせるか)カーシムが奴かと眼できく。ああと。

 これから行くか?ああ、ほかに思い当たらない、収容島はどんなぐあいだ?水はあるが電気がない。電気なぞいるか。場所は?ザンボンがシティーから2時間。いいだろう、近いうちに案内してくれ。ゆくのか、危険だぞ。お前たちほど怖くないだろう。言われたな、舟の手配はしてあるが、、ハジの土地か、見てから行こう。時間だ、航空写真をだせ。OKサー。ここはどこだ?Kokowa dokoda? ここの位置を探せ。OK.全員わからない。地図に変えろ。国道、州境。このクロスしている道路は。ここアップ。地形に変えろ。たぶんな、ここだ。『何をしているのかね』ハジがやってきた。ここだろう?よくわかったな。ここ印刷だ。ユキ用紙。いけ!よーし。写真も印刷しろ。ハジに見せる。赤で囲まれた土地とは?10haの平地はここしかない。なるほど。案内しよう。坂本はプリント20ペソと袋に書く。揺すって見る。金が少ないぞ。ハジとユキ坂本はすぐ現地に。途中でメンデルと合流することに。
 メンデル切れいな島に行こう。何もないが精神的には豊かになるぞ。一時間後に出発だ。俺たちは先に出る。途中で合流だ。ところでお前の職業は?医師だ。必要なものがあればリストアップしろ、取り揃えてやる。ダンケ。その声は親を探す子山羊に似ていた。『セール、地図があれば目的にゆけるのか?スペインは何度も同じ場所にやってくる。それが不思議だ。』『逆に我々は地図とコンパスがないとゆけない、砂漠の民がシルクロードを自由に往来した、似たようなものでないか』そうかも知れない。ハジの声に張りがない。
 車は国道から脇道に入る。舗装はなく木の枝に覆われて薄暗い。ユキが坂本の腕を強くつかむ。道が途絶えたところに平原が現れた。雑草が生い茂っている。車を乗り入れると半分以上草に埋もれる。中央で坂本は荷台に這い登り写真を撮った。『10ha以上あるな。4方向からの写真が欲しい』OKサー、あの岩、あの高い木、あの家『高い木はいい。岩と家から撮ってくれ。ヴィデオはそれぞれ180度』Yes sir.『彼は甥だ。50年前まで我々はここに暮らしていた。キリスト教への改宗を迫られた。多くの、ほとんどの者が殺された』その眼には涙が滲んでいた。周囲をなぞって家に向かう。
 銃をもった若者が構えている。ハジとわかると車に飛乗って来た。道なき草原を掻き分けて行く。家の前は広い庭になっている。老婆が出てきた。ハジはブレスしてキスをした。叔母らしい。日本人は珍しいと茶を出してくれた。イスレムの茶とはこういうものか。ハジは日本人を送ったらすぐ帰って来ると叔母に告げる。待ってるよ、とずっと手を振る。あのまま草に覆われてゆくのはしのび難い、マム生協に使っていただけまいか。『OKサー、配送センター、研修室、保養施設などを検討してみます』サンキューマム。なるほど、敷地は店舗に限らない。

 カーシムの車に乗り換える。ハジがユキに敬礼して去る。知っていたのか?何を?いや、いい。カーシムは口をつむぐ。港で奥さんと娘が乗ってきた。舟に乗った親子は普通の家族に見えた。
ふと『君看よ 双眼の色 語らざれば 憂い無きに似たり』と坂本の口からもれた。その眼をよく看ると人はそれぞれ悩みを抱えている、口に出さなければ何の憂いもないように見えるが、といった意味であろうか。達磨の言葉は時空を超えて生きつづけている。舟は瀬戸の海をのんびりと進んでゆく。明日には何もない豊かな島に着こう。
 ヘール、何といったのか?ああ、メンデル。少しさびそうに見えた。なに、どうして俺はここにいるのかと考えていた。太平洋は平和な海と呼ばれるがスペインを初め欧米が来るまでは平和であった。北上する海流は日本を通って北極海でフンボルト海流とぶつかる。海のハイウエーだ。これに乗ると筏でも数週間で日本に着くそうだ。フンボルト幅900kmと広いだけに遅い、この海流は狭いということか?坂本は”君看双眼色 不語似無憂”と書いてみせる。オー、キーナ。私にくれ。意味は?Watch his eyes,he looks without sorrow if if keeps silent.誰の言葉か?達磨、インドの宗教家。仏教は中国を経由して日本に伝わった。どのように発音するのか?中国語は知らない。日本語読みするとああなる。もう一度読んでくれ。

 何話してるの?日本語?いや中国語だ。読んで。読めない。同じ字じゃない。ユキ、字は同じでも発音は違う。きみ。みる、め、いろ。それは日本読みだ。ディー音読み、OKOK。kun quan sou gan shoku, pu go ji mu yuu. 中国語に聞こえるじゃない!中国人が笑うぞ。で、意味は?英語に直訳するとこんな感じか。日本語で読んでみて。大体いけてる。偉そうに、お前訳してみろ。まあ、いいじゃない、縦書きじゃないと。うるせー、いちいち、口だすな。日本語は縦書きで、しかも右から左に書くのか?メンデルが手にして見つめる。お前にやるから達筆の人に揮毫してもらえ。カーシムもくれと言う。
 暮れなずむ海を小さな舟はえっちらえっちら北上する。すれちがう漁船が手を振る。近づけろ。ドーン、飛魚あるか?1っぴきくれ。OK.ぽんぽんと3匹投げてよこす。いか1匹。ginのボトルを投げる。サンキュウーサー。みとれるメンデル。女3人で料理方法検討。いかは刺身とユキが頑張る。ねえ、ディー。勿論だ。ヘール金がなくても魚は手にいるのか?俺は魚をくれといった。くれた。ボトルは?感謝、朝から漁をしての帰りだろう。メンデル、金とはなんだ?geld金?Ja.そうだ。それはものを買うもの。しかし、、、、たった今のやり取りはメンデルを混乱させる。俺は学生時代から考えているが未だに答えは見つからない。メンデルはほっとする。
 メンデルスソーンは関係あるのか?わからない。メンデルの法則は?勿論知っている。当たり前だ、お前医者だろう、彼は?わからない、父に聞いてみよう。お前の町は?フンボルト。じゃあ関係ないな、ゲバントハウス、ウィーンは遠すぎる。祖父の前の代にいた可能性がないとは限らない。でもなぜ質問する?名前が同じでピアノが好き、医者、これで検索しただけ。日本人は物識りと聞いたが。大抵の日本人は二人の名前を知っている。彼らが偉大であるのは事実だが、日本人が知っているのも事実だ。これから何が推察されるか。日本人はその作品、業績を作者と別個に評価する。そういうことだ、作者の人種、国籍、性別、などは作品業績の評価には関係がないのだ。
 『ディー、むつかしそうね、わかるように説明して』メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調は日本の子供でも知っている、つまりこの曲が好きなのだ。しかし、彼の父が銀行家の金持ちであったとかにはまったく関心を持たない。メンデルの優勢遺伝の法則は知っているが、彼が牧師であったとかは、そうなんだでかたずける。日本の歌手はぶすでも人気がある、歌が上手かどうかね。そいうこと。
 『日本人はものごとを本質で考えるということでしょうか』カーシムの妻がはじめて口を開いた。坂本はその声をはじめて聞いた。宗教的なものなのか、社会習慣なのか。ユキに釣られたのであろう。芸術スポーツなどは本質そのもでしょう。政治的なもの以外は本質論ですむ。政治が絡むと話がややこしくなる。ユキが翻訳する。さらに宗教が絡むともっとややこしくなる。日本では政教分離がはっきりしている。憲法で保障されている。ユキきちんと訳せよ。わかっているわよ。日本では政治と宗教は切り離されているのか?カーシムが声を上げる。どちらが上位か。考えたこともないが政治だろう。いや、政治だ。今では宗教の存在自体影がうすい。信じられない。カーシムが坂本を異星人のようにみつめる。俺は専門家ではないが、政治が宗教から独立したのはごく最近のこと、とくにヨーロッパでは。日本では1000年前には分離していたのではないか。政教分離は先進国ということか?カーシムの声がさらに高まる。
そんなことはない。政治は宗教の一分野であった、歴史的事実からして宗教に吸収されてもおかしくない。日本の憲法は改正がむずかしいのか?メンデルのテンションもあがっている。2/3以上の特別議決を要する。施行されて以来60年以上になるが一度も改正されたことはない。本当か、そんな憲法があるのか、メンデルがドイツ語で絶叫する。
 坂本は頭を整理する。メンデルを洗脳するテーマ。①金は重要でない②人種、宗教もさほど重要ではない、①は手ごたえができたが、②は一時休戦したほうがよさそう。宗教心のない日本人とくに宗教を無視する坂本に苦手のテーマ。『ディー食事にしましょう』そうだな(早く言え)。腹が減っては戦はできぬ。Ich moechte ein Bier,bitte.ビールが欲しい。Kein!ない。『なんといったの』いいんだ。カーシム麦のジュースだ。OKサー。メンデル、これはなんだ。これは麦のジュースである。よし、乾杯!カンパーイ。このジュースは7000年以上も前から飲まれてきている。ノーベル賞ものだ。得意げなカーシム、米のジュースはどうだ?3000年前までははっきりしているが不詳。私はこのジュースが気にいった、満足している。そうか、それはよかった。メンデルこのイカを食ってみろ、うまいぞ。こうして山葵をつけて食うのだ。生か?生が最高!メンデルがわさびを、そんなにと、つけて口に入れる。あわてて麦のジュースを飲む。肩で息、
眼を白黒(青)。カーシムがクククと笑う。飛魚の話はしたか、ユキ?バギオのお母さん。そうか、じゃあ、いけるな。 この魚はなんだ。私は初めてみた。どれくらいの時間空を飛ぶか。数十秒。最長10分が記録されている。信じられない。NHKが放映していた。メンデル、この海流黒潮にしかいない。フィリピン台湾日本の海にしか見られない。なぜ、空を飛ぶ。いい質問だ、でわ、なぜ飛ぶのをやめる。疲れたから、とカーシムの妻。そのとおり、アインシュタインは空に投げられた石はなぜ落ちるのか、その答えを求めて旅に出た。チベットの近くで少年にたずねた。石は飛びたくなくなったからだ、その答えは明快だった。かの魚は空を飛ぶのが好きか。禅問答ね。メンデルが答えを見つけるのは数日後のことであった。

 舟が島に近づくと島民が手を振っている。高崎も出迎えてくれた。坂本が指を4本示すとうなずく。少年たちが引っ張る。柱と梁は完成間近であった。四隅から延びた梁は2箇所を残すだけになっている。バーナードと棟梁が駆け寄ってくる。やったな。ありがとうございます。二人と抱き合って再会をよろこぶ。棟梁が声をかけると若者が作業の手をを休めて集まってきた。坂本は一人一人の顔をみつめていった。チェックインをすませた4人と高崎もやってくる。メンデルだ、彼はバーナード。二人は握手する。少年たちが坂本を野球に引っ張る。強打者坂本、椰子の実のボールをクリーンヒット、だが1塁アウト。悔しがる坂本。守備でみせる。5、4、3のダブルプレー!
 最後の梁が繋がる時がきた。20mの梁が60m離れて2本、同時に引き上げられる。長さ120mの一部になると小さく感じる。20mに達するとバーナードコール。Eine Twei Drei 彼の声にあわせて梁が90度回転。見事。全長360mの梁が繋がった。オウー、感動が天に向かって沸き起こる。感動は歓声に変わる。躍り上がって喜ぶ。馬鹿野郎!梁の上で踊りだす若者、坂本の叱声に命綱を見せる。ゆっくり柱を滑り降りてくる。ソリーサー。棟梁、どういう教育をしている。ソリー、ソリー。若者の頭をコンコンコンと殴ってゆく。坂本も苦笑する。打ち上げだ。おうおう。飲めや歌えやの始まりだ。棟梁とバーナードが握手、その眼に涙が溢れている。しっかり抱きあって互いをたたえた。トウリョー、トウリョウー、トウリョーコール。棟梁は両手を挙げて応える。やがて海に手を下ろして感謝の祈り。島民が続く。そして山に。

 高崎さん、こうして見るとでかいですなあ。陸上トラックのフィールドに相当しますよ、坂本さん。あなたのおかげですよ、何事も考えているだけでは始まらない。走り出してから考えるあなたのお蔭です。バーナードがユキに会話の内容をたずねる。ユキが英語になおすと全員大笑い。バーナードはメンデルにいままでのゆきさつを説明している。今日はカラオケといきますか、高崎もうれしそうだ。棟梁は高崎の意を実現したのではないか、そんな気がした。 椰子の丸太が長いす、角材がテーブルにかわる。海の幸、山の幸も流行語となった。カーボンの上でバーベキュー。炭焼きの串かつ、串とり。枕木のファイアーストーム、椰子の実の虫除け、全島民が集まってきた。牛、馬は繋いでいるが、豚、とり、犬、猫は平気で中に入ってくる。テーブルに登らなければ追い払うこともしない。原始共産時代はかくありなむ。歌がすすむと老婆の踊り。銅のドラム、竹のヴィブラフォン。彼女に昔は心をときめかした若者もいたであろう。ここでは飲んで歌って踊って、また、食って。そのあとは?メンデル、お前馬鹿か、よく医学部卒業したな。愛の営み以外に何がある。異議あるか?異議なし。イギナシ。Herr,いかにして彼女をものにするか?ちんちんあるのか、ハートで迫るのよ。高崎がマイクを持つ。
  私の ワタシーノ  らヴぁさん loverサーン 酋長の娘 シュウチョウノ ムスメ
以下全員が唱和する。バーナードがニヤニヤ笑って手を振る。ユリが料理を運んでくる。忙しく料理するユリ。メンデルは雰囲気を理解したようだ。バーナードはメンデルを誘って踊る。学生たちが飛び出してきて踊りの輪。やがてお目当ての娘の手を引く。カップルができると輪は潮が引くように消えてゆく。二人熱情が燃え上がる。やがて二人が去ると潮のように輪ができる。花一匁、フィリピン版。 おどれ おどれ 踊らぬものに 誰がお嫁に ゆくものか 合唱と踊りの中でメンデルは陶酔した自分を識る。肉体的にも精神的にも何の束縛もない自分、かつて経験したことのない名状しがたい幸福を感じていた。

 その夜は、明け方近くまで騒いでいたのだが、メンデルはバーナードの部屋にユリは姉ユキの部屋に寝た。カーシムは何も言わなかった。捕虜2名はドイツ語で話込んでいたらしい。日がカーテンから漏れている。トイレに入って髭を剃る。歯を磨いていざ。ユキを後ろから抱き寄せる。ダメ、ダメ。1週間の休暇は終わった。隣のベッドを指差す。性教育だ。馬鹿ね、もう知っているわ。ということは済ませたのか?これは非常に重要なことである。分かったわとユキが身を寄せてくる。義理の妹といえ、隣を気にしながらことに及ぶは容易ならず。ふふ、ディー緊張してる。ユキが抱き寄せてリードしてゆく。女は強し。
 バーナードは目を覚ますと天井を見つめていた。心地よい疲労感は残っているものの屋根の施行方法を考えていた。彼の職歴からすれば取るに足りない建築だが、不思議と充実していた。むしろ充実していた。構造は学生たちに案を出させた。かれらは熱く議論した。じっと聴いていると学生時代が甦ってくる。教授が大学に残るように言ってくれたが、父は賛成しなかった。ある日を境にして友人は離れていった。大学を主席で卒業した彼は、すでに父の建築会社を継ぐことになっていたのだ。自分の運命を、血統を、そして民族すらを呪った。富と権力を操り、異民族の犠牲の下で生きてきた、呪わたれた民。そして一族。イスレムの狙いはわが一族と考えれば、拉致されてきた理由も想像がつく。メンデルは父親と間違われてたのであろう。しかし早晩こうなっていたであろう。
 バーナードは顔を洗って浜に向かう。棟梁と学生たちが朝粥を食っていた。勧められて口に入れる。わずかな塩が米の味を引き出している。坂本がやってきた。椀の粥をうまそうにすすると椀を差し出す。酔い覚ましには粥が一番。棟梁がゆで卵をむいてやる。坂本が椀をむけるとそれに落とす。坂本は動かない。ワンモール?坂本がうなずく。ズーズーと音を立てながら粥をすする。ヤーパンサウンド、バーナードは心の中で叫ぶ。セール、タポスナ(スンダか)?棟梁がきく。タポスナ。何回?1回。どうして?ユリが隣のベッドで。問題ない、もっと、もっと。ユキよろこぶ。あれは非公開だ。
 棟梁はバーナードにもゆで卵を。彼は殻をむいて塩をまぶす。ユリ、ユキ、カーシム一家、メンデルもやってきた。高崎が煎茶を運んでくる。坂本は汗をかきかき茶をすする。バーナードは屋根のてぶり、棟梁は床の手振り。何の手話をやっている?学生たちはにやにや。屋根からやっていくか、床からか、揉めているんですよ、と高崎が苦笑する。坂本は上と下と手を動かしてゆく。両者了解。何のこと?ユキが口をとがらす。学生が両方と説明する。東は屋根から西は床からやっていけばいいのだ。

 母親が娘連れてやってきた。高崎に娘の乳房にできものができたと訴える。日毎に大きくなり痛みにも耐えられない。とにかくホテルへと高崎が二人を連れてゆく。場所が場所だけに娘は恥ずかしくて言えなかったそうだ。メンデルは部屋に戻ってガーゼ、消毒液などを持ってくる。私は医者だ、娘さんの痛みを取り除くことができる。高崎が伝える。母親はメンデルの腕にすがる。メンデルはうなずくと娘に話しかける。『君はミスユニバースでたいか?そうか、じゃあこれを除いておこう。少し痛いが数分で終わる』ユキがパソコンをおく。webcamで胸を映し出す。メンデルはガーゼを丸くくり抜いて乳房にかぶせる。画面を指差しここを切開して膿を出す。傷跡は残っても数ヶ月でほとんどわからなくなる。いいかな。
 メンデルはビールびんにろうそくを入れる。母親の手のひらに当てる。ろうそくが消えると手のひらはびんに激しく吸い込まれる。メス代わりに刺身包丁を使う。高崎は包丁とピンセットを煮沸する。レディー、ゴウ。メンデルは消毒するとタオルを巻いた包丁を当てる。娘が眼をつぶる。『画面を見ていろ、君の体じゃないか』メンデルが怒鳴る。母親の代わりに高崎がビンにろうそくを入れて持っている。メンデルの腕が引かれる。ビンが押し当てられる。血に混じって膿がそして芯が出てきた。もう一本ビンが当てられる。芯は3mmほどピンセットに巻きつけてゆく。脂肪の塊がかぶらのようにぶら下がっている。母親にしぼれと顔で言う。娘から脂汗が流れる。『もっと強く。』母強い。メンデルが引っ張り出した。傷口を吸ってやれ。母は膿を吸い出しては吐いた。2回繰り返した。メンデルは消毒液をつけながら、もうないな、とつぶやく。母娘がノーモールと叫ぶ。『良く頑張ったな、数日で治る。傷口をガーゼで止める。お疲れさん、しばらく寝ていなさい』メンデルはやさしく少女の髪を撫でた。

 メンデルが手と顔を洗っていると母親が礼をいいにきた。メンデルは洗面上を譲る。ナイン、マム。口を漱ぐように、もっと丁寧にあるように。石鹸で手首を洗ってやる。指も回転させながら洗うんだ。声が大きくなる。ドクター、カフェー、高崎の声。全員テーブルに座る。いい香りだ、お母さん、今日一日は彼女の傍にいてください。痛み止めがないから手を握ってやってください。かなり効果はありますよ。彼女はメンデルの手を両手で握り締めた。言葉はなくても意はつうじる。ドクター謝礼をしたいが金がないそうです。金は気にしないで、そうだ、飛魚が欲しい。手振りでもつうじる。彼女はにっこり笑った。この魚は空が好きなのか。全員噴出す。患者が笑いながら、痛いと叫んだ。
 夕方日本人の泊り客がやってきた。高崎の同級生のようだ。夫婦で何度か来ているらしく、いきなり患者を見に来た。摘出物を見てから残留の可能性はまずないと言った。メンデルに慶応大学医学部教授と紹介する。君の患者を診せてくれるかね?メンデルは傷口を見せる。少し開いている。日本からもってきたサロンパスのような包帯を渡す。妻の乳房にあてこのように吊上げると説明。メンデルが緊張しながら患者にあてる。教授は指でもう少し上と指示。Gut Operation.Danke shoen! いい手術だ。ありがとうございます。今晩食事にきたまえ。はい。
 教授が出てゆくのを見送りながらメンデルは喜びを感じていた。認められる、誉められる、なんとうれしいことなのだ。ドクトール、オペラチオン?ああ、ドイツ語だ。オペラシオン?スペイン語だな。英語は?オペレーション。『ドクトール、患者のディネルOK』ユキが見せる。ゼール グウー。お粥、海苔美味しい?ユキが箸で与える。ちりめん、どう?おいしい。梅干、ちょっと。たまごやき、うまい!鮭、白菜つけもの、Ate YUKI,Japanese foods? Yes.From owner?Yes,明日、私がおこのみ作ってあげる。おいしいわよー。日本の海も山もきれい。ほとんどの日本人やさしい。親切。アテ、どうやってサカモト手に入れた?日本からの飛行機で彼が私の隣に座った。いい人と思った。どうして。私悪い日本人たくさん見た。彼違う。マニラまでいっぱい話しした。楽しかった。バギオ、セブ、一緒に行った。そこで彼はポッキー欲しいといった。テテぽっきーの中で泳ぐ。大きくなってプッシュする。気持ちいい?勿論。彼も私のポッキー美味しいというの。二人は笑いこける。アライ、痛い。メンデルが睨む。ドクターストップ、またね。
 メンデルはビサヤ語は分からなくても会話の内容は理解できた。セックスそのものである。ユキが自分のテテをのぞく。母親が夕食を持ってきたのでメンデルは部屋に戻る。シャワーを浴びて着替える。教授の招待は緊張するが楽しみでもある。食堂に降りると教授夫妻、ほか全員が待っていた。教授が隣の席に手招く。『ドクターメンデルの慰労と教授ご夫妻の歓迎会を開きます。乾杯の音頭を坂本さん』え、俺?では、御指名により。メンデルお疲れ様、お二方ようこそ、みなさんあの美しい夕日に乾杯!カンパーイ。


                    一時帰国 飛魚


  飛魚ジャンプ

生協取材、イスレム某国大統領との会見のためにハジ議長のところに帰ることになった。今の坂本は生協設立、運営が最大目標である。会員数が1000万を越せばこの国の有権者数の過半数を抑えることができよう。政権交代も現実味を帯びてくる。抵抗勢力は旧スペイン財閥、華僑、米国すなわち闇の黒幕。カルロスと陳志淵に相当する人物が欲しい。見えない相手には手の打ちようがない。

 島を離れる前に飛魚のジャンプを間近かで見たい。メンデルの処置を決めておきたい。カーシムはすべて神の思し召しと悠然と構えている。近頃少し変だ。バーナードはユリとの新居を夢見てか、設計に余念がない。マホガニの植林がてら山のほうに脚を伸ばしている。学生たちがついているので心配はないが。学生たち実習と家や舟の修理に木を切る。無計画な伐採を禁じるよう、高崎に進言したが、いい計画を立ててくれと逆に頼まれる。学生に植林計画と樹木伐採基準の策定をテーマに与えた。一方、メンデルは医院を開設し、島民に医学の知識を普及させている。医療器具は高崎が与えた。顕微鏡も手配しているという。

 棟梁から飛魚漁に招待があった。高崎が是非というと我も我もとくにメンデルは。漁の支障にならないか心配する坂本に一人ずつ分散させるという。その夜は大きな松明をつけて漕ぎ出す。ガメランに似た太鼓で全体を指揮する。沖合いに松明が燃え上がる。海辺の家族もこれをみつめるのだ。松明からの火の粉を物ともせず飛魚が空中を飛行する。着水地点の網にかかると再びジャンプするのはむずかしい。噴水のごとく飛び上がり、滝のごとく舞い落ちる。原始から受け継がれている漁法だ。それは映画のシーンさながらである。
 同じ光景でも人によって感じ方は異なる。感情移入の場所も異なる。また、局部に囚われると全体が見えなくなる。いや、見ようとしないのだ。突然舟が傾きメンデルとバーナードは海に落ちた。二人とも泳げない。メンデルは漁師の若者に肩を叩かれて死の恐怖から逃れることができた。若者がこう泳ぐのだとゆっくり腕を伸ばす、顔を上げる。釣られるようにメンデルは付いて行く。泳げた!若者が笑う。メンデルも笑った。バーナードは、肩を貸そうとしたもう一人の若者にしがみつく。おぼれるもの何とやら。糞力で若者を締め上げる。このままでは共倒れ?しかし、飛魚漁はつづく。しずかな海に大型船が波を立てるのだ。若者は息を吐いて沈む。バーナードは手掛かりを失い水面を目指す。体力を消耗し意識が薄れてゆく。つらいときはこの乳房を思い出しなさい、お母さん、お前はやさしい子だからこの母には甘えていいのだよ。まだ若かりし母は美しくやさしかりき。

 バーナードが気が付くと『泳ぎが下手だな』と棟梁が言った。漁は終わりだ。俺のせいか?いっぱい採れた。まだいっぱいいるじゃないか。これ以上採ってどうする。いつもの二人がはじまった。もう大丈夫だ。彼を引き上げたとき心配する棟梁に、メンデルは彼の脈がしっかりしているからすぐ意識を取り戻すと言ったのだ。この魚はどうして空を飛びたがるのだ?棟梁は海面を指差す。指がさらに下がる、海面下だ。メンデルは大きな魚、それはマグロに似ているが飛魚を襲うのを見て、あーっと叫んだ。

 舟団は海辺を目指す。大漁を告げるドラム。さあ水揚げだ。長老が手を上げると残った魚は海に返す。患者の兄がメンデルに飛魚を両手にぶら下げてきた。言葉はなくとも気持ちはすべて分かった。先進国の人間はなんと無駄な会話をしていることか、メンデルはうれしそうに飛魚を下げて帰る。患者とその母は飛魚で全てを知る。さっそく飛魚のスケッチ。尾鰭と羽の付け根はゆっくり皮を剥がして筋肉のサイズ強さを調べる。高崎と教授がやってきて見守る。子供の顔だ。『先生、飛魚はどうして空を飛びたがるのでしょうか』うん、知らないなあ。メンデルは得意気にマグロからの逃避行であることを話す。ほう、それは面白い。飛行機の離陸に似て水面の助走、および機種を上げてからのキックまで、をほとんど尾鰭でやります。

 いつしかメンバーが揃っていた。『それは尾鰭の過大評価、胸鰭の過小評価、二重の過ちを犯している。離陸詰まり離海には大きな力が必要だが、浮力を得て飛行を続けるには多くの力を要しない』バーナードが決め付けるように言った。教授は誰になくともドイツ人は辛らつですからな、言った。『尾鰭の推進力を否定するのですか』とメンデルが向きになる。飛魚にとって空中は無酸素呼吸を強いられる。尾鰭を使うことは自殺行為に等しい。また、飛行の妨げでもある。君は医学を学んだことがあるのか?今は推進力を議論しているのである。これは異な事をいう、飛行の重要な要素である呼吸を別個に捉えるのは非科学的である。
 ちょっと言わせてもらっていいかな、飛魚がいかに飛行するかというテーマからすれば、尾鰭で空中に飛び上がるとの説明に誤りはないと思われる。空中飛行の段階で推進力の両者の比率を論じるのは実益があるがメンデル君の話はまだその段階に進んでいないのではないかな。教授は人の話に無断で割り込んだマナーを非難しているようであった。紛争の多くがこのような誤解から生じるのではないか。その多くは聞きかじり、言い急ぎが原因でないか。バーナードはすぐ気づいて謝罪した。まだ溺れ掛けた後遺症が残っていたのかも知れない。 患者母娘はなんであんなことに夢中になるの、という顔。先生明日退院させます。優秀な主治医の判断に間違いはないが、参考までに診せてもらおうか。教授が傷口を撫でる。大丈夫だ、メンデル君触診してごらん。日本では縫合しないのですか?この程度の傷口なら必要ない。そうですか、ありがとうございました。

 坂本は高崎と二人になったときたずねてみた。私はフィリピン人が泳げないのが不思議でした、ここの島民はごく自然と泳いでいますね。理由はなんでしょうか。ここでは学校でも教えません。我々は川遊びの中でいつしか泳ぎをおぼえましたが。高崎が少し悲しそうな顔を見せた。いいかな、と教授が席に着く。いや、フィリピン人は泳げないのが多い、なぜか、島国なのに、当然の疑問ですね。ほう、そうなんですか、教授も関心を示す。島国なのに泳げない国民はここだけでないのです。すると、坂本が声をひそめる。そうです、植民地政策の一環です。つまり水泳を禁じたということですか、と教授も驚く。しばらく無言でコーヒーを飲む。
 坂本は島を離れる前の日、メンデルをこのままにしていいのかとカーシムに念を押したが、あっさりOK、どうしたというのだ、坂本は少し不安になった。ユキは気に留めるようすもなく、取材、創業のことで夢見る少女を演じている。翌日、大勢が見送ってくれたが、今度はいつ来るのかと旅立つ家族を送る感じである。バーナード、メンデルも次には答えを見つけておきますと落ち着いている。二度目になると緊張がなくなるのか。
 ハジ議長の叔母の家に向かう道は木漏れ日があった。この前は昼なお暗しと思ったのだが、道が違うのか。ともかくこの道は緑のトンネルがいい。土産に魚の干物とTシャツ。Titaへのゴマすりが目的だから長居は無用。ハジは二親を早く亡くしたから私が育てたのだよ。頭もよかったが心もやさしい子だった。この調子ではエンドレス。ココナツジュースを飲んで退却。『年寄りへの孝行は話をじっと聞いてあげることって、言ってたじゃない』とユキが睨む。また、時間ができたらな。

    一時帰国2


  関西空港は海の中にあるから離着陸は容易なはずだ。悪天候でなければまずソフトランディング間違いない。そうでなければパイロットへぼ。荷物もマニラ発828便と表示がでるので安心できる。麻薬を忍び込まされないようケースには鍵をかけておくべきか。ここは水と安全とただと思っている民族だ。他人の荷物を触るとか持ち去るなど考えたりしないのだ。四国方面のバスに乗る。予約がなくても丁重な応対だ。ここは天国か。定刻に発車する、道路は整備されていて振動もない。予定よりも半時間早く到着。トラフィック渋滞もない。すべてが快適である。ないのは時間、騒音、貧困、思い遣り(これは少なくなった言うべきか)、いずれが幸せかは別の問題であるが最進国と最後進国との差はあまりに大きい。65年前に空襲で焦土と化した国が今や金で手に入らないものはほとんどない。
 社会が整備され尽くされている感じだ。外国人にはこの国が天国かと思われるのだが、久しぶりに帰国した日本人にもそう思われるのだ。おんぶに抱っこ、至れり尽くせりの過剰とも言えるサーヴィス。とくに乗り物のアナウンス。同じセリフを何度も何度も繰り返す。日本人は総白痴と思っているのか。事故があったときの責任逃れ保身から来ていることは見え見え、客が聞く聞かないは二の次。これからの日本人は海外低開発国の生活を一度は体験すべきだ、そうすれば大和魂を思い出す。過保護はよくない。

 それにしてこの暑さなんだ、高温多湿サウナ風呂にいるようだ。フィリピンは熱い陽射があっても湿度はこれほどではない。クーラーも扇風機もほとんど使わずに済む。日本では熱中症という言葉がよく使われるようになっている。日射病とは違うようだ。最初は甲子園球児は炎天下でプレーしているのにと思ったが、この暑さは異状だ。それも異常になっている。

 久し振りに寿司が食いたかったが閉店というので餃子とラーメン、生ビールがうまい。寿司屋は夜10時で閉店か、日本の景気は悪いと聞いていたが地方にも不景気の波は押し寄せているのか。しかし、お客様は神様ですはが健在は、ありがたい。海外のサービスの悪さにカリカリ来ていた日本人が帰国すると気分がよくなるはずだ。商売、仕事の根底に世のため人のために役立つこと貢献できることという考えが日本にはあるのではないか。
 日本人がフィリピンでで純日本式経営をすれば10倍以上の生産性を上げるのは容易であろう、したがって、雇用の場が1割に減ってしまう計算になる。もっとも日本並の労働力を育成するのは難しいであろうから、かの国が100年経っても日本に追い付くことは考えられない。そもそも深く考えることは苦手な民族であろう。学生と話してみて日本との学力差はこれからも縮むとは思えない。方や時は金なり、方や時間は無限にある、いずれが良しか、幸せかは別の問題であるが、文化の相違は大きい。仕事もなく家もなく毎日ぶらぶらしている男が食ってゆけるのである。厳しい冬に備えて蓄えることが必要ではないのだ。金、食料、その他の財貨はつらい労働の成果であると考える民族とは根源的相違があるようだ。旧日本軍が厚かましく他人に物を強請る土人を切り捨てたのも心情的には理解できる。
ニホンザルは北限の猿と言われるが秋には食料を蓄えて冬を越す。冬を越せば、春には芽吹き、秋には豊かな実りの来ることを知っているのだ。冬が越せないのは死を意味する。フィリピン人は蓄えがない。なくとも暮らして行けるのだ。気候風土は文化に大きな影響を与える。数千年も経てば両者の差が数百万倍以上になるのだ。四季は無常感を与える。今を、この瞬間を大切にしようとする文化を育てる。これは生活、芸術、競技などあらゆる面で表れる。ジャパ行きの時給2000円はフィリピン日給以上、半年で千倍以上の所得を得る、一族郎党を養える。しかも円は強い。1円=0.5ペソ前後ここ数年円高基調。

 毎年8月6日は原爆記念日。今年は戦勝国、投下した国も参列。投下された日本国民は米国民を恨んだりしない。悪魔のような空爆も国家の犯罪であって米国民の犯罪ではないと考えるのだ。。米国民の中には日本人を悪魔の子と罵るのがいる。えらい違い。これも闇の黒幕の為せるものか。自分たちの犯罪を逸らすために日本軍は悪の限りを尽くしたと宣伝しまくる。ムンテンルパ、東京裁判は連中のために開廷されるべきであった。坂本の胸に連中への怒りがこみ上げてくる。何時か広島長崎沖縄に参拝させてやる。水爆実験の島々にも引き回して悔悛の情がなければ死の恐怖、苦しみをたっぷりと味あわせてやろう。黒幕の家族から順に目の前で処刑して行って、発狂して死なすのがいいだろう、ユキや真知子はどういうか。
 日本の戦犯は日本人によって裁かれるべきでだ。戦地に行かないのが罪、戦地で死なないのが罪、祖国に見捨てられ日本兵ほど哀れな兵があろうか。武器弾薬食料医薬品節約のために、意気昂揚のために、全員玉砕を迫った大本営以下責任を明らかにせずしてなんの戦没者追悼か。

海外にいると日本の良さが目に付くが、痛ましい事件が報じられている。親族なかんずく親子間の殺人は類い希である。日本人が狂ったのか、連中に狂わされたのか。かつて企業戦士といわれ日本の復興に尽くした老人の孤独死。年間3万を超える自殺者。フィリピンにいると日本の良さを感じる、日本に帰ると日本の粗が見えてくる。フィリピンがなつかしく思われる。坂本は蛇ワニ誘拐などを心配してくれていた友人と旧交を温め近況を語る。自分の心がフィリピンにあることを知るのであった。人は土地によって感じ方考え方が変わる。旅の目的は変わった自分を見つめることかも知れない。他の日が旅の語源という説もある。日常からの脱却ということか。

 坂本は学生時代の友人と久しぶりに飲んで楽しかった。川辺をほろ酔いで歩く。天然石で造られた護岸は川面に影を落としている。水際公園の一部をしているのだ。戦後の三方張護岸とはなんという違いだ。板張りの遊歩道が靴底にやさしい。ゆったりした気分、これだな、日本は、道を歩くのに警戒心は不要、そういう国だと坂本は思った。逍遥歌が出てくる。かつての木造橋は近代的な美しい橋になっていた。遠い 遠い あの頃が 青春 坂本の口から別の歌が漏れる。友人が歌っていた曲だ。
 あの頃が青春かと思った時、若者が坂本にぶつかってきた。きいつけえ、おっさん。よろめいた坂本に罵声が浴びせられる。坂本は体勢を立て直して睨みつける。酔うて年寄りがタクシーに乗らんかい。謝れ。なにい。やめとけと連れの若者。ほっとけ、と坂本の顔面を殴りつける。坂本は身を沈めると相手の足を踏む。金的を膝蹴り、屈み込む顔面に拳を入れる。坂本は歩き出す。この街は川が多い。橋も多い。ちょっと交番まで来ていただけますか、坂本は警官に呼び止められる。何だ職務質問か。傷害の疑いです。

 交番には若者がいた。一人の目にアザが出来ている。これはあんたがやったのか。これは取り調べか、警察手帳を見せろ。警官はたじろぐ。身分を証するものを見せろ、まず、警察官か確かめる。被害者がいる以上取り調べないと。その権限があるか確かめてからだ、その身分証明書コピーをとれ。複写機はありません。FAXがあるだろう。氏名は、生年月日、所属、職名、難しい質問か。いえ。警察官の職務は善良な市民を守ることだろう。はい。法律も大事だが人を看る目を持たないかんな。はあ。おい兄ちゃん、名前は、どんな字、運転免許証見せろ、住所は、うん、その目は。おっさんに殴られた。なんで。あのう、本官が取り調べますので。あとだ、今陳述書を作っている。これでいいか、
 陳述書:私は年月日22時頃場所において中年男と口論となり、その男の顔面を殴打しようとしたところ、その男に股間を蹴られまた、また、顔面を殴打されました。口論の原因は
      私が彼にぶつかり、気つけえおっさんと暴言を吐いたからです。
      以上の事実を明らかにするため本書を作成し、署名し拇印を押します。
はい、そのとおりです。なら、署名しろ、住所、氏名、拇印、それでいい。あんたも立会人として署名しろ。本官も。警官である前に一市民であれ、これは傷害事件になる可能性がある、わかるか。はあ。あんたは職名と捺印。うん、コピーしてくれ。兄ちゃん、この写は原本と相違ありませんと奥書だ。おくがき?そう、それでいい、氏名、それに拇印、うん、これは警察にやる、原本は俺が預かっておく。あのう、運転免許証お持ちですか、コピーさせていただきたいのです。いいよ、警察官は常に市民の味方、上品であれ。兄ちゃん、俺は1時間以上時間を無駄にした、40年ぶりにあった同級生と飲んで、いい気分で家に帰るところだった。どうしてくれる。え、すみませんでした。誤って済むならお巡りさんがいるか、告訴しようか、損害倍賞を請求しようか。勘弁してください。では、反省文を書け、これからは年長者に敬意を払い言動にします、でいい。そこへ本署からパトカーがやってきた。陳述書を見てうなづく。よろしかったらお送りしますが。パトカーは青ナンバーか、運送業法違反でないか。いえ、お宅方面にパトロールしますので、どうぞ。そうかい。反省文もコピーしてもよろしいでしょうか。

 いじめ

 翌日、交番から電話があった。若者が話を聞いて欲しいと言っているらしい。どんな話だ。いじめにあっているようで、かなり深刻に思いつめています。いじめは警察の仕事だろう。それは、事件性があるものは。いじめは事件でないんか。それは、、、軽微なものは教育の問題で、悪質なものは警察ザタになるかと。で、なんで俺に。是非ともと貴殿にと言っておりますので本官も一市民としてお願いします。頼まれると嫌と言えないのが坂本の弱いところだ。
 坂本の事務所も土曜の夕方は静かだ。開業した頃は休みなしで働いたものだが今では土日休みは定着したようだ。若者二人が神妙にやってきた。昨日は失礼しました。何の話だ、上がれ。はい。一礼して靴を揃える。二人は応接室の書籍に目をやる。緊張している。どうして俺に。はい、僕は小学校の頃、こいつ伸治にいじめられていました。でもすぐ、こいつもいじめられていると知りました。むしろ、僕をかばってくれていました。だから僕は伸治を親友と思っています。坂本に殴りかかった桑村伸治の連れは大村卓次と名乗った。同級生だから
27才か、と坂本は二人をみつめる。
 今度は伸治が話す。両親はここの出なんですが、僕は東京で生まれ育ちました。父の転勤で転校してきたのですがこちらの言葉がわからなくてイジメられました。誰かをいじめるよう言われた時、あの時俺、おじさんのように闘っていたらと涙ぐむ。一人が初心者には大村がいいと言ったそうです。伸治は僕を校庭の隅に連れ出すと今日は家に帰れと言ったのです。
ほんで殴りました。連中が見ていたからです。伸治の悲しそうな目は忘れません。何か飲むか、と坂本が聞く。僕ビール買ってきます、と大村が席を立つ。
 大村は気の優しい奴でしょう、可哀想でなんとかしてやりたかったのですが、できなかった。サシなら負けないけど大勢に囲まれると抵抗できませんでした。大勢と言うとそれを束ねるボスがいるな。そうなんですが、優等生ぶった奴で表には出ないのです。NO2が指示していたのだな。ええ。そいつとは。いい勝負でしょう、けどやれなかった。中学校も同じでした。
”バカかこいつ”か?ええ、おじさんどうして。いじめの常套セリフだろう、馬鹿の一つ覚え。そうです、逆らう者、自分たちと異なる者に浴びせるのです。昔、連合赤軍の学生が使っていたよ。リンチ事件ですか。そうだ、犬は普段おとなしくても群れると凶暴になる。そうかあ、ある日、一人をコテンパーにやっつけました、大村をいじめていたからです。後でボコボコにされましたが、それから大村をいじめることはなくなりました。連中は、やると桑村が怒ると認識した。多分。
 大村がビールと摘みを買ってきた。金は。大丈夫です。腹減ってきた、何か買ってきてくれと2000円渡す。寿司焼きそばサンドイッチお握り、なかなか気が利く。乾杯だ。おじさんの頃いじめは。あったさ、でもほとんどサシだな、男の美学、まあ見栄だな。坂本自身、中学1年の時生意気なのをやっつけるように言ったことがある。実行犯と相手は職員室に呼ばれる。数日後担任の女教師は教室で坂本をなじった。やらせておいて知らん顔しているのは卑怯でしょ、と興奮する。坂本は冷静であった。黙っていたが女にはわかるまいと悠然としていた。担任が落ち着くまで言わして置いた。おじさん増せていたんだ。で、どうなったのですか。校長に言ってやった、自分でやったらコテンパーにやっつけなければならん、それほどの相手でないからKにやらしたんです、男ならわかるでしょ。わかるけど、君他言は無用だよ、後は私が善処するから。わかりました、よろしくお願いします。てな具合だ。格好イイ。それからよく職員室に呼ばれるようになった。どうしてですか。悪の引受人だ。自転車のチェーンを振り回すはジャクナイフを振り上げるは学校も手を焼いていた。生徒会の要求が学校に蹴られるとひと暴れしてもらう、取引だ。悪を大人しくさせる代わりに要求を飲ますと言うことですか。そうだ。
 サンドイッチはビールにあう、日本のビールはドイツに似て美味いがきつい。おじさんどこに住んでるの。海外だ、来週帰る。帰るって、日本人でしょう。ああ、住所は日本だが住居は海外だ。はあ?そのボスはどうしてる。商社に勤めています、行く行く親父の会社を継ぐのでしょう。山形地裁判決を話してやる、中学生が丸めたマットに押し込められ窒息した事件だ。知っている、僕もやられたと大村が身を乗り出す。刑事部は殺人罪を認めたが、民事部は認めなかった。嘘。両親が損害賠償請求をしたのだが被害者が自分から中に入った可能性もあると請求棄却。ほんな、アホな。マットの上でとばれたら息が詰まる、僕死ぬかと思った。だろうな、結局自分の身は自分で守るしかない、危険な目にあって身を守る術をおぼえるのだ。そうですね。カーシム、ハジとの出会いを話してやる。よく生きてましたね。自分でもそう思う、生きているだけで御の字、君たちも一度海外に出たらどうだ、見方考え方が変わるぞ。
 もっと早くおじさんと出会えていたら、俺たちの人生変わっていたかもな。人生80年の時代だぞ、信長、漱石、大久保利通は49で死んでいる、君たちは30年のハンディがある。おじさんと話しているとやってみようって気になるな。うん、僕も。愛されて育った子は他人にやさしくなれる、いじめられて育った子は他人をいじめる、今は我が子をいじめるがいるそうだな。ええ、おじさん学校の先生になっていたら多くの生徒が救われたのにな。先公なんて見て見ぬふりだもんな、話も聞いてくれない。いじめは昔からあった、これからもこの国ではなくならないだろう。そうですかあ。なくそうとしない限りは、今のように陰湿で低年齢なのには驚いているが。
 坂本はサラーマン、軍隊でのいじめを話そうかと思ったがやめた、一度に多くのことをしゃべっても彼らが消化できないと思ったからだ。いじめのボスと闇の黒幕に重なるものを感じるのだった。真面目な奴をいじめて惨めにさせる、これ三じめ。おじさん、面白い。いじめは脅迫、傷害、強要の併合罪、世間は軽く扱っているが悪質犯罪なのだ、君たちは他人の痛みがわかるはずだ。そうですね、もう一度考えて、自分は何をすべきかを見つけます。日本の芝はきれいに見えるが、多くの問題も抱えているのだ。


 株安円高はなんだ。日本いじめか。日本の株を売って円で持つ。株が下がっても円高つまりドル安で債務の弁済は安く済むませる。闇の黒幕の手法だ。最大の債権国中国にも元の切り上げを迫る。安く買い叩いた上支払いも値切る。日本債権は米国だけでなく世界的に大きく目減りする。輸出産業は根を上げている。企業買いの終わった頃に円を売り浴びせるであろう。日本企業を所有した外資は円安で莫大な利益を得る、連中の考えそうなことだ。

 恩義、謙遜は崇高な概念で世界がこれを重んじるならば人類平和への道となろう。日本がこの道の先導者にもっともふさわしいが、世界環境はその実現には程遠い。借りたら返す、買ったら払う、日本人の常識は海外ではいとも簡単に砕かれよう。尖閣諸島漁船問題も日本人感覚ならば早期平和的解決として船長釈放も理解できる。が、人を見て法を説けと言うべし。恩義を感じない相手に恩義を期待するのはやはりお人好しである。国策のためには国民の命など紙くず扱いする政府を相手にするのだから船長釈放は最低でも拘束日本人の釈放と取引してからでも遅くなかったと言わざるを得ない。中国には油田開発の能力などないのだから(能力のない奴ほど傲慢な態度をとる)領土は日本のものと素直に認めて共同開発、人の褌相撲で名よりも実をとって良しとすべきであろう。良識ある中国人は文化革命以来冷遇されているらしい。
 謙遜は謙りではない、実るほど頭を垂れる稲穂なのだ。海外で、特にフィリピンで無能低能のくせ生意気なのが許し難い。教養とは謙虚さ、これに世界が気付く日がやがてこよう。日本独特なものは悪い意味に使われることが多いが、いいものはどんどん世界に発信すれば良い。世界が見習うであろう。有史来他国と戦をせず独自の文化を形成してきた日本民族だ。世界に類い稀な謙遜はその珠玉である。在来舶来を問わずいいものはいい、取捨選択すべきであろう。
 坂本の頭に疑問が湧いて来た。
  ①中国は昔から近隣諸国にチョッカイを出してきたのは何故か。
  ②日本政府大和朝廷は唐を日本の属国とふれ回した理由は。
  ③平安京への遷都の意図は、などなど。
図書館で調べるのは億劫だ。ネットで予習して歴史に詳しい友人に聞くのが手っ取り早いと考えたが不在であった。そもそも日本人とはいかなる民族や。河内音頭は代表的日本民謡と思われるが外国人に聴かせると中近東の音階に似ているという。音階も文化の一つであるから中央アジアの影響を受けていたと考えられる可能性はある。
 可能性ならば、アイヌ以前はさておき北から南から西から東からいろんな人種が日本列島にやってきて住みついた、そしてゆるやかに混血が進み現在の日本民族を形成して行ったと言えよう。混血は雑種強勢となる、顔つき性格を温和にする。人類学的遺伝学的考察は専門家に任せるとして、この想像はかなりいい線ではないかと坂本は自己満足していた。

生協設立


   ユキ生協発足


 坂本はハジ議長と挨拶もそこそこに取材希望会社を尋ねる。『セール、テレビ、新聞、ラディオ全部が取材したいと希望している。マレーシア、インドネシアのメディアも関心を持っている』わかった、メディア向けと一般向けの説明会をやろう。説明会開催広告を新聞テレビにだす。広告料が入ってくるなら好意的記事を書くだろう。さっそくレジメをつくってメディアに送ろう。と坂本が立ち上がる。『セール。ムバラク大統領は来月マレーシアを訪問することがきまった。詳細は近日中に届くだろう』とハジ議長。その件はまたゆっくり、と坂本は逃げる。デスクトップを立ち上げる。兵たちはと思ったが、すぐ気づいた。本体が熱い、兵たちは慌てて電源を落としたのであろう。パソコン使用料を踏み倒している。NO PAY NO USE とパソコンに貼り付ける。約束を守らないのはイスレムも同じだ、焼きを入れてやる。(日本の旦那怒っているぞ。怒らすとやばいぞ。だから使用料を払えと言ったのだ。お前払ったか。まだ、使ってから払う。本当か、前払いと言ってたぞ)
 まず、説明会広告原稿とレジメに掛かろうとしてハットする。定款がない、原稿もできてないのか。ユキ、定款articles of incorporationはまだできてないのか。まだ、ぜんぜん。名称と目的ぐらいは決めておかないと格好がつかない。
          Name YUKI Consumer Cooperative
   Purpose 
日本の定款はないか、まあ、似たようなものだろう。思いつくまま並べてみる。
             ①消費生活に必要な物品の購入及び販売
             ②組合員の生活に必要な土地の購入ならびに分譲および
              建物建築ならびに販売
             ③前号に定める分譲地もしくは建物購入資金及び第1号販売品の購入資金に対する融資
             ④組合員の健康維持に関する必要かつ有益な事業
             ⑤組合員の子女に対する育英資金貸付
             ⑥その他前各号に付帯関連する一切の事項  

ユキ理事長こんなところでいいか。ディー定款ってなあに、何書いているの?(ユキ姉さん、それはないでしょ。今になって、解らないものを解ったふりすな!あなた方の理解力がこちらにはわからないでしょ。) なるほど生協がやりたい事業をここに書いておかないといけないんだ(馬鹿やろう、今頃になって)。 一度、ユキの弁護士に聞いたたほうがいいよ。(愛とは耐えることか。日本人には当然と思われることが当然でないのだ。数ヶ月先を見越してことを考えるなぞ今までにない。明日のことを思い煩うこと勿れ、アーメン)この生協が有効需要を生み、雇用の場を与えることになるんだ、と言い掛けたが無駄かと止める。

 坂本が怒りを抑えていることはユキも察したが原因がわからない。定款の何が原因なの、と訊きたいのだが。いっちゃあお終い、坂本が爆発する。これが解るだけユキは坂本の心を掴むことができるのだ。バカナ美人は色気だけで男を繋げると思っている。性技が超絶技巧ならともかく、坂本の趣味に合わない。世界の美女には男の気持がつかめることは必須であろう。クレオパトラ、西施、楊貴妃しかり。

 説明会の会場はホテルの会議室を借りて行われた。会場が暗くなると男が現れる。スポットライト浴びたのはManny Paquiaoマニィーパキヤウ。会場の度肝を抜いた演出だ。日本人メジャーリーガーイチロー並の英雄はしずかに語る。私も生協についてもっと勉強したい。会場から拍手と歓声が沸き起こる。ボクシング世界タイトル7個、ファイトマネー30億ドル、獲得賞金数百億ドル?以上。国民的英雄は既に今は国会議員でもある。

 説明は配ったレジメのとおり、質問があれば氏名をゆっくり明瞭に言ってからお願いします。坂本の司会はスピーディーである。どうぞ。マネー、パキアウ。けっこうです、続けてください。『生協の事業はミンダナオだけでなくフィリピン全土に展開されるのでしょうか』

 発起人代表、お答えください。『ユキです。生協設立後は理事長として私のすべてを懸けて頑張りますからよろしくね。ただいまのご質問にお答えします。生協の事業はフィリピンだけでなく、海外で働くフィリピン人の住むところはどこでも展開して参ります。たとえば、マネーさんがフィリピンレストランを日本、中国、米国、サウヂにお出しになるなら必要なものはすべて生協が取り揃えます。フィリピン人のいるところ生協ありと言われるようになりたいです』『ユキさん、よくわかりました、安心しました。私もフィリピン人のいるところ病院ありと言われたい』好意的大きな拍手。数年後、ユキ生協の海外支店はフィリピン人にとって単に生活品供給拠点でなく、物心ともに癒しの場所となってゆく。また、海外支店長の暮らしぶり、生活は職員の憧れとなるのだった。

 次の質問どうぞ。〝イメルダラモス、国営テレビキャスターです。生協の趣旨は結構ですが資金調達はできますか。また、ジャパユキ風情が理事長だなんて組織が機能してゆくのでしょうか″ 『あんたにだけは言われたくないわよ。国営テレビだからオカチメンコがキャスターやってられるんでしょ!あんたが出たらチャンネル変えられてるの知ってる?女の幸せも知らないくせに人前に出てくるんじゃないよ』二人が旧知の間柄であることは推察できたが、歯に衣着せない女の抗争もまた凄まじい。〝あんたの家には電気も水もないじゃない。それが理事長だって″

 坂本はユキは急性失語症にかかったと判断、代打に立つ。ご質問の資金調達は組合員からの出資で行います。一口1000ペソ、組合員数3000万、出資口数500億を見込んでおります。レジメの2ページ中段に記載しております。発起人すなわち理事就任予定者は5頁のとおりです。そこにはマニーパキアウ、カルロス、陳志淵、ほか錚々たる顔ぶれ。イメルダ声なし。

よろしいですか、次の質問に、はい、どうぞ。YUKI CO-COの最大の目玉、特徴は何ですか。あ、失礼しました。ジェーンゴメスです。組合員証ですね。え,組合員証?くわしく教えてください。ICを組み込みますから基本情報はモニターで読み取れます。具体的には本人識別、代金決済、使用状況が把握できます。具体的にお願いします。
マスコットロボット登場。マニィーさんお願いします。”マニィーさん、いらっしゃいませ”ロボットが挨拶。ではジェーンさん。”お客様のカードが破損している惧れがあります。受付にてご確認ください。”おお、っとどよめき。次は会計です、マニーさん画面の会計をごらんください。。”いらっしゃいませ、毎度ありがとうございます。以上のお会計よろしければ右の人指し指でご確認下さい。ありがとうございました” 

 『ロボットは顔がわかるのですか』実験データでは99.99%以上の精度です。どんなに変装しても整形しても誤魔化すことはできません。しかも生協に関するお金の一切がこのカードで決済できます。ただし、プリペイドの貸越枠を幾らで設定するかは理事会で議決し総会の承認を得る事になりますが500ぐらいになるのではないでしょうか。『貸し倒れになったら』出資金から払っていただくことになるでしょう。『どこの店でもこのカードは使えるのですか』勿論です。たとえばジェーンさんが日本で使ったとしますとその日その時の為替レートで決済されます。
 『ちょっと待ってください。日本のどの生協でも使えるのですか』残念ながら提携先に限られます。なにしろ日本の生協の数は多いものですから提携に10年以上かかるでしょう。ただし、日本の生協のフィリピン店では使うことができることもあります。『するとこのカードは電子マネーであり、IDでもあり、ステータスシンボルにもなるのでは?』それは過大評価かもしれませんね、この国で100%の決済が可能か疑問視されていますから。間もなく日本生協と提携調印予定です。高度情報化社会とアジア最後進社会とではインターフェイスがあわないとは口に出して言えないのだ。

 説明会は先制パンチが効いてほぼKO勝。次は広告宣伝。HP、テレビは主力ではあるが、都市部でしか使えない。ラヂオも有力なのだ。開口一番、坂本のパンチ。広告宣伝費は月100万したがって取材製作すべて共同でお願いしたい。ただし担当箇所については各社の切り口でやってもらっていい。予算が少ない、倍は必要だ。わかった、3倍計上しよう。それには理事会で承認されるものを製作してもらいたい。最優秀作品に賞金と今後の主導権を与える議決を目指している。頑張っていいものをつくってください。金は毎月初めに前渡金を払う。質問は?次回来週のこの時間にここで会いましょう。いいアイディアをお持ちより下さい。

 次は一般向け説明会とオープンセレモニー、これはユキの役割。日本生協との提携は事実上日本からの技術援助、つまり指導なので坂本が応対しなくてはなるまい。塩崎真知子、清美は期待以上だ。バギオ、バナウエの組合員、土地建物、配送、など企画は完璧に近い。ものごとを頭の中で構築できる人間は少ない。AYAは日本の生協でも地方の小さな生協であるが、先進国と若葉マークとでは天と地ほどの差がある。それは力関係の差でもある。パガディアン空港は日本の生協ご一行様のお出迎えに市長以下のお歴々が集まる。滑走路に工事現場のプレハブ程度の事務所がある空港である。始まって以来のメディアが押し掛けている。取材も熱気を帯びたものだ。国内で大きく取り上げられただけでなく、日本、マレーシア、ブルネイなどにも配信された。


        岡本理事長



 岡本綾子様ほか大和撫子ご一行の指導はメディア、行政、軍隊の度肝を抜いた。空港からディマタリンに直行するとすぐ着替えて仕事に掛かる。昼飯はおにぎり弁当。各部門のベテランが揃っているとはいえ、フィリピン人は気圧されるのだ。『それでは行きますか』理事長がユキに促す。明日の開店リハーサルだ。といっても本番と変わらない。今日の客には500ペソのモニター料(国会議員の一票買収費相当)が支払われる。説明会に集まった会員2000名がそのまま客になった感じだ。この国では選挙は金で決まる。国会議員投票の買収額は500が相場。しかも公然と行われる。ユキが当選したらご祝儀が出るとのうわさを広めておく。現金の授受がなければ贈収賄に問われることはあるまい。

 先ず一行の血祭り上げられたのが警備員、開店待ちの長蛇、長蟻の列。『どっと押し寄せて来たらどうするの』岡本綾子理事長自ら指導。東西入り口に誘導するには左右に分けて進行させたら将棋倒しの虞もないでしょ、事故が一番怖いの。もっと間隔をとって。イエスマム。明日もこんなに大勢来るかしら?ユキさん来るようにさせなさい。リハーサルの意味がないでしょう。ユキ姉さんも震え上がる。ロボットが挨拶するのは会員と会員証が一致した合図だから、荷物検査までとの反対意見が日本人から出た。『ユキさん、難しい問題ね、アンケート取りなさい。』今すぐ!はい、ただいま。客に100名ずつ整列してもらう。20列できる。
 大きな声で検査は必要ですかとアナウンス。一列ずつ順に必要と思う人右に、必要ないと思う人左に進んでください。各列が八の字を描いてゆく。マスゲームだ!と叫ぶメディア。『ご来場の皆様中央画面をご覧ください。お客様の入場行進がご覧いただけます』1カメが全体を、2カメが左右に分かれるところを捕らえ画面に映す。それは人の流れであった。2カメの前で手を振る客。賛成32列対反対28列が形成されていった。荷物検査を行う間、店内が映し出される。『見事なショーです。混乱もなく検査が行われています。その模様も画面に映し出されています、2000名の客は画面を楽しんでいます』『客は出演者気分を味わっていますよ。生協は来客数を正確に把握できますね。いや、素晴らしい』とメディアが絶賛する。フィリピンでは水と安全はただではない、身近にテロ、強盗という現実を見ているか、どうかの日比両国の差は大きい。

言われたことをやってて

 売子がボケッと立っている。販売マネージャーが近づく。これいくら?待ってください。じゃあ、これはいくら?ええと。商品の下、値段じゃない?この商品名は?今から3分以内に名前と値段をおぼえなさい。私の叔母は理事長です。あなた、やる気ないのね、辞めなさい。ユキさん、これ馘。チタ(叔母)っと泣き付く。身内にはよけい厳しくなくてどうするの。泣くのやめなさい、見っともない。ユキが馘を告げる。周囲に緊張が走る。『これじゃ、日本のパートいや研修生が可哀相ですね、ここの正社員の5倍は働きますよね』と日本人職員。『岡本理事長、フィリピン人は商品名値段を覚えたことがありません』ユキは日本人の蔑みに堪えられない。ユキさん、言い訳はやめなさい。覚えさせるの!覚えなければ仕事はできないわ、機能もね。馬鹿と挟みは、というでしょ。(でもこの鋏じゃね、言われたことをやっててくれたほうがまし、フォローが大変。5倍。10倍ね)と陰口。

この国には忠誠心の躾がない。体罰も無い。甘やかされて育った三つ子の魂は成人しても顔を出す。己を自制できない。欲望の赴くままに行動する。女に顕著に見られる。その対策はいかに?日本人は尻をひっぱたく、スペイン人は規則違反を理由に重労働を課す。植民地経営の年季の差であろう。鞭打ち、銃殺も法規則に基づいて執行する。納得させる、諦めさせる手法は偽善であるが400年に亘る支配統治がすべてを物語っていよう。これはルールです、ポリシーです、という台詞は有効に機能したようだ。現在でもフィリピン人はこの台詞を猿真似で使う。坂本のような日本人にかかると『ルールを見せろ、そんなポリシーは認めない。違法である、裁判所に出るか』と一蹴されるのだが、偽善は愚民には効果がある。

馬鹿につける薬はありますか、ないでしょうね。今度は日本人スタッフに矛先を向ける。ということは、やってみせるの、概念のない者に説明は無駄、馬の耳に念仏。この前の戦争でね、日本軍がシンガポール攻略のとき、武器も兵も相手英国は日本の5倍以上、でも日本軍は突撃して行くしかなかったの。教えて誉めて育てるしかない。そうですね、躰で教えるしかありませんね、軍人を育成するやり方が効果的だけど。禅宗の作法との中をとって高校野球部のシゴキ程度で行きますか。泣くの喚くの引っ掻くの。まあ猿程度と思ってやってみますか。難しいが故にやるしかないと他のなでしこも覚悟を決める。口答えは許さない、忠誠心は処遇に反映されることを叩き込む。日本人スタッフは岡本理事長がフィリピン人の教育が如何に困難であるかを知った上で言っていることを理解したのだ。やるっきゃない、と。ここが日本女のすごさだ。なまじフィリピン人の性格はなどとのなまっちょろいことは考えない。優れた指導者には理屈を超えたオーラが出ているのだ。あちこちから女山下、鬼将軍と囁かれる。

 日本の販売部長が現地マネージャーに激をとばす。『売り子が商品名と値段を覚えてないのはマネージャーの責任。今から1時間以内に全員に覚えさせなさい、覚えられないのは馘、そしてマネージャーも馘』緊張感が走る。一人のマネージャーが商品名を言わされる。『3回やっても覚えられないの、』と叱責が。『フィリピン人は人前で叱責されることは死ぬよりはずかしい』とユキは叫んだ。すかさず、『死んでみなさいよ、意気込みも能力もないくせに。死ぬ気になれば大抵のことはできるものよ』とカウンターパンチが返って来た。
 ユキは見せしめの悪役なのだが、日本企業の頃を思い出して震える。泣き出すマネージャに『値段言ってごらん』と鞭がとぶ。『商品の使用方法は、今5個売れたでしょう、在庫数は』手にした箒で床を叩く。フィリピン人は生まれてこの方緊張して仕事をしたことがない。『これは売り子の仕事、売り子をマネージするのがあなたの仕事。あなた自身が覚えてなくて売り子をマネージできる』(マネージャーを鍛えるのが第一歩?みたいね。)日本人の給料は10倍以上だが仕事の質は100倍以上だ。これを認識させる必要なのだ。

 話は前後するが、学童疎開、防空壕への避難などの戦争疎開を体験している日本の女はすごい。彼女たちの空腹が限界を超えるとトカゲでも何でも動くものは食料に見えたものだ。ど迫力に圧倒される。一人は理事長以下の軍団が日本に帰国してからもこの地に留まって扱いた。それは日本帝国陸軍を彷彿とさせるものがあった。人は鍛えられて成長する。彼女は鬼軍曹と呼ばれるようになった。現地マネージャーを情け容赦なく鍛えてゆく。この世のものとは思えぬ厳しい仕事が10日も経つとさほど苦痛でなくなってゆく。慣れとは恐ろしい。また鬼軍曹の叱責も少なくなっていった。現地マネージャーは販売員に叱責を飛ばすようにまで成長した。そういえば、フィリピンで船の転覆事故(乗船者が定員の3倍は当たり前)は数あれど飛行機事故のニュースをあまり聞かない(ja.wikipedia.org/wiki/航空事故の一覧 参照)、それなりの教育訓練をしているのであろう。教育効果がないとは言えない。
 鍛え抜かれた体験は自信となって現れる。販売部門が一段落すると経理部門を鍛える。これは数倍の時間と労力を要する。大学で会計を履修していても読み書きソロバンができないのだ。「あなた達は言われたことを忠実にやりなさい、下手な考えは迷惑なの」と屈辱の日々彼女たちも毎夜また寝て泣くかと涙で枕を濡らしたが、販売部門の成長を見ているだけに歯を食いしばって頑張った。バカ、のろま、給料泥棒の叱責にも耐えた。ユキのフォローも大きかった。『私、学校出てないから簿記会計わからないの』と彼女たちに擦り寄る。学卒のプライドをくすぶるがすぐ脅威に変わる。若い頃日本企業にいたユキの理解力は彼女たちをはるかに上回った。基礎知識なくしてこれだけの理解を示すとは。3日で鬼軍曹の課題を処理するようなった。『さすが経理部門に配属されるだけあって貴女たちは優秀ね』と誉められた彼女たちは複雑な心境であった。まさかユキのアテスト(検算)を受けていたとも言えない。
 飴と鞭はここでは必須である。マネージャーになると幹部寮に入る。高級マンション並の生活空間が利用できるのだ。不正不忠実には厳しい処分が待っている。職員の横領、窃盗には刑事告訴も辞さない姿勢を示しておくことも大切である。このことをマネージャーから職員に徹底させるのである。


 理事長一行がレジに向かう。日本人5人が着く。見てなさい。理事長以下の会計にメディアも緊張する。いらっしゃいませ。買い物籠を受け取るとレジを打ち出す。現地の店員が驚く。この国では籠から出すのだ。理由はわからないが盗難防止の観点であろう。まず野菜果物が通される。次は食品、その他の順。日本式が珍しいのだ。締めて300の買い越し。こんな場合フィリピン人は300以上のものを平気で返品するのだ。奥様今日はボーナス500がありますから多分+に変わりますよ、それに貸越枠500もありますしねと耳元にささやく。

後日これをメディアが取り上げた。それまで貸越枠は生協内部でも知る者はすくなかった。『日本人は計算の達人か、と思われるニュースをご紹介しましょう。彼女は3300ペソの買い物を見ただけで予想したのです。今から私が買い物籠に商品をいれてゆきます、さていくらになるでしょうか達人に聞いてみましょう』まあ2500ぐらいでしょうか。『では、レジに参りましょう、結果は』2480ペソが表示される。『素晴らしい、どのように計算するのですか』感ですね、商品名と値段を頭に入れておけばおよその見当はつくのでないでしょうか。『これは生協オープンのときの映像ですが、あなたは+になると客にささやいていますね、何故ですか』買い物に行ってお金が足りないから買うのを止めるのは癪でしょ。『それはそうですが、もし、ーだったら』どうしましょう、ホホホ。?。
 『これが日本式なのでしょうか、ユキ理事長に解説していただきましょう』 貸越枠を使う会員は売上に貢献してくだすってるのよ、次回精算していただければいいじゃない。『でも回収できなかったら』貸し倒れね、でもさ、うちの生協会員にそんな人はいないわ。そう、つけ売りとおもえばいいのよ。『これはおそれいりました、会員の利便を図ると同時に生協の売上拡大を図る、ということですね』あら、あなたいいこというはね、顔だけじゃないんだ。生協会員職員もこのニュースに驚く。買い物籠の値段当てが流行りだす。ゲーム感覚がフィリピン流なのだ。若い職員の提案で手押しのカートには計算機が取り付けられた。客は買い物を入れるたび計算機をたたけば予算内かどうか、安心して買い物できる。これが業務改善第一号となった。仕事に主体的に取り組むには精神論も大切だが、給料等の処遇と働く喜びを味わいさせることも必要だ。苦あり楽あり、苦多ければ楽しみも多い。

今度は店員に向かって、この分類は解るわね、野菜果物、調味料、洗剤、と仕分けするとお客様は家に帰って取り出しやすいでしょ?ここで空になった籠を下に降ろす。会計を済ませた商品はお客さまに袋詰めしていただくの。どうしてだか解りますか?お客様が確認することができる、自分で袋詰めすることによって。そうですね、確認には品物と値段さらに買い忘れたものはないかもありますね。その客が袋詰めを終えると聞き取り調査。よろしければサインをいただけますか。ありがとうございました。会員証をこちらに通してください。残高(バランス)+200の表示。互にニッコリ。隣のレジでは機関銃の速さで撃っている。

 袋詰め梱包係りは職がなくなるのかと心配気。買い物袋をダンボールに入れて、お車までお持ちしなさい。フィリピン人のマイカーは少ないがシカッド(サイド付自転車)を利用する客が多い。理由は暑さと盗難防止だ。買い物を下げた歩行は、熱中症になる、ひったくりに狙われる。このような高度なサービスがフィリピン人にできようかと坂本は思ったが、やらせるのです、と岡本理事長に一喝されそうだ。後日、ユキから話をきいて坂本はやはりと思った。ユキが日本方式についていけない職員が多いと岡本理事長に訴えた。『ついてゆけない?考え方変えなさい。あなたの考えが甘いのよ。改革は一気にやらないと成らないわよ』と岡本理事長に斬り捨てられたのだ。何事も土壌をつくって種を蒔いて育てないと収穫はないとも言われた。岡本理事長にはそう思わせる迫力があった。

 自分を磨きなさい

 マネージャーには業務日誌と清掃を義務付けた。フィリピン人は英語が話せても書くのは苦手、苦痛なのだ。これを読むのも一苦労だがコメントするのは二苦労。当然ユキの仕事だ。板ばさみのユキが坂本にぐちをこぼすと、坂本は英語の勉強になるんじゃないかと笑っている。清掃はもっと大変だ。『私は掃除をするためにこの生協に就職したのではありません』と悪役のユキが代表して訴えると『嫌なら辞めていいのよ』と岡本理事長に一笑される。フィリピン人には自分は中流以上だという妙なプライドがある。『意見するのは一人前になってからでしょ』と日本人職員が怒鳴る。岡本理事長以下が掃除を始める。呆然と見守る現地職員。玄関、便所、売り場、と手分けして磨き上げてゆく。(まず理事長のユキからねと)ユキは徹底的にしごかれる。損な役だ。次はマネージャーであることを彼女たちは未だ知らない。無視されることは奴隷以下に見られていることに気づくには大分時間がかかりそうだ。

 レイバー(雑役)を?と声を上げる現地職員をよそ目に掃除は進んでゆく。ここでは掃除など最下層のやることなのだ。ユキもやらないわけにはゆかない。翌日からは現地職員も掃除に参加し始めた。『掃除になんの 意味があるのよ』『日本人はおかしいんじゃない』現地職員の声は日本人職員にも届いていたが岡本理事長以下これを無視(ついこの前まで奴隷だったくせに一丁前の口利くのじゃない)。
 ユキは坂本にたずねてみた。何事もやってみたらわかるんじゃないかな。わからない。そのうちわかるさ。そのうちは一月以上になった。ユキへの苦情はつづく。『私もよくわからないの、でもさあ、岡本理事長が無意味なことはしないわ。ここはじっと我慢ね』『そうですね、理事長がそう言われるのであれば私たち堪えるしかないわね』
現地職員はあっと驚く。掃除一つできないかと海外メディアが日比の掃除を比較したのだ。日本人の給料は高いはずですと報じた。海外で働くフィリピン人の掃除が良くなったと評判になる。ディーまさか。概念のないのに教えるにはやってみせる、メディアを使ってまで。生協の給料は世間相場の倍以上、労働条件を加味するとさらにその倍ということもあるが掃除の苦痛がいつしかなくなっていった。was easy going ,spoiled.とつぶやくようになった。
 反復継続を経験したことがない民族だ。仕事の鬼に相当する言葉もない。鍛えられることで己を客観的に見つめだしたのだ。仕事ができる心身が形成されつつあったといえよう。甘やかされて育ったフィリピン人は我慢することを知らない。『人間辛抱だ、とは先代横綱若乃花の言葉だったか。土俵の鬼には青白い炎が燃えていた』と坂本が語ってくれたわ、ユキは思い出し笑いをした。そうか、自分を磨きなさいと言ってたなと思った。それはユキが日本企業で働いていたとき日本人が言っていた言葉だ。
ユキをはじめ現地職員が掃除の意味を悟るのは数ヵ月後のことであった。manager といっても主任程度であるが販売、仕入、労務主任に一名ずつ登用した。給料は3倍に跳ね上がった。金のために働いてきたフィリピン人は妬みをもって新しい上司をみたが、その業務内容は一般職員の10倍以上であることを知る。また、遠く険しいとはいえ店長、理事への道も開かれていることも、それは夢に観た外国人の暮らしも可能になる。強烈なincentive報奨だ。夢があるから頑張れる。〝北風吹き抜く寒い朝も心一つで暖かくなる、、、お持ちないな いつでも夢を″ 『給料はね自分が決めるのよ』とはこういうことね。成果を出せば報いられる職場であることを知るのであった。QC品質管理の基本は整理整頓である、道具の手入れである。客を喜ばすには先ず職員を喜ばすことからという理念は無言のうちに生協に広まる。3年で日本並にしてみせる、岡本理事長の気迫はユキにも伝わってきた。思想は時空を超えて伝播する、ここはまだ受信能力がないのだ。

 岡本理事長でないとできないな、文化革命だと坂本は笑った。ユキは怪訝な顔で坂本をみつめた。しかしこれからはユキがやっていかなければならない。そうですねと応えたものの不安が過ぎる。彼女たちがこの経験を若い職員に語るのは20年後のことである。人は仕事に熱中することで成長する、しかも仕事は報酬をもたらす。自分を成長させてくれるその職場を感謝の気持ちを込めて自分たちで掃除するのは当然ではないか。しかし日本人に当然のことを理解するには年月を要する。植民地の労働は肉体労働、価値を付加する労働はやらしてくれなかったのだ。何百年も言われたことだけをやってきたのだ。考えること創意工夫は有害とされたのであった。
 労を惜しまず働くのは気高いこと、たとえ使われる身でもあっても仕事に誇りは持てるはずという日本哲学は馬の耳に念仏。日本式独善といわれようがやらせるのが指導者というものである。ユキさん、念仏はね唱え続けるといつの日か実現するものよ。『岡本理事長、掃除上手は床上手ということでしょうか』あらユキさん上手い事言うわね、そのとおりよ。(問題はフィリピン人がいつ悟るかね。それには単純労働ではなく価値を付加する本当の仕事を与えないと)労働価値説に立てば当然のことを蛮族に教えるのは容易ではない。メディアの人間は大学出が多い。岡本理事長の言動が胸に突き刺さってくるのだ。フィリピン人を同じ人間として扱うのは日本人だけでないか。同じ島国でも世界第2位の日本、東洋一貧しいフィリピンを改めて思い知るのだった。
 ある日突然、『私たち仕事をしているのね』と一人がつぶやいた。当たり前じゃない。使役ではない。沈黙があった。そうね、仕事をしている。ここは半年後も勤めることができる。半年前から成長した。ほんとね。仕事って工夫することね。工夫か、ねえ、商品の陳列少なくしたら。そんなことしたら日本人に叱られるわ。ちょっと待ってとユキがOKをとってきた。観易いと客の評判。在庫管理がし易くなったと販売員。翌日日本人から『あなたたちも少しマネージャーらしくなってきたわね。でもいい仕事をしました』と初めてお褒めの言葉があった。
 自分を磨かないといい仕事は出来ない、ってAさんが言ってたな。Aはユキが勤めた日本企業の支店長であった。ユキが日本に働きに出るときにも物心の援助をしてくれたAさんBさんを思い出した。お二人はマネージャーの仕事までやっていたのだ、日本の上の人でも良く働く。率先垂範ね。ユキ姉さん何考えているの。内緒。日本の男。今晩ノミましょ、ユキ姉さんを肴にして。日本人部長も呼ぼうか。酒がまずくなるわ。でも喜ぶわよ。そうかも。忠誠心のないフィリピン人にも忠誠を尽くすことが自分の物心を高めることを理解し始めた。金で動くのも誇りで動くのも人。人の格は日々の精進による。それが誇りを持たす。ユキの思いはフィリピン人にも染み渡って行った。しかしユキには理事長として生協の業容の拡大、国会議員としてこの国再建という大事業がある。

 もう一度チャンスを下さい

 翌日の新聞見出しである。速い、正確、笑顔の会計と各社絶賛。『日本人は10倍以上働く、その労働の品質は100倍以上、世界最高である。客を第一と考える哲学はわが国に大きな影響を及ぼして行くであろう、いや、積極的に学ぶべきである。。。。』テレビは商品名値段使用方法教育、販売員解雇シーンを無修正名前入りで放映。衝撃を与えた。マネージャー特訓は他のマネージャーが次は我が身と必死で自主トレ、売り子もこれに倣う。『解雇されてどう思いますか?』ユキの姪にマイクが向けられる。『悔しいけどかれらが正しい。私は勉強してこれ以上の生協をつくってみせる』これは負け惜しみとみるよりも同胞の彼女に好意的見方が多かった。反面、日本に学ぶべきところは多いという民俗意識が目覚めることにもなった。基本的に終身雇用、昇給、意欲と能力ある者を管理職に登用する制度はメディアが驚嘆した。
半年で従業員をすべて入れ替える方式は低賃金で使えるが人材は育たない。ユキの姪は大きなチャンスを失ったことを知ったのだ。彼女は半年後に再び売り場に立つことになるだが、解雇された経験は彼女を大きくした。謙虚になり人一倍努力しつづけたのであった。晩年、理事長に就任したとき『あの解雇が私を育てた』と語った。この国で努力が報われることはなかった。生協はそれを可能にしてくれた。
 岡本理事長は口に出さなかったが、無言で彼女を育てた。『もう一度だけチャンスを下さい』フィリピン人の常套句。いいわよ、貴女は見込みがありそうだから、でもね『仏の顔も三度まで』というから凡人には二度目のチャンスが最後なの。日本企業には絶対的忠誠心が求められます。けど努力、誠実が認められ報われる社会なの。いずれをとるかは貴女しだい。通常、子供の失敗は許されるけど成人しての失敗は許されません、このチャンスは(あなたにユキのおかげで)特別に与えられたと思いなさい。
 事実、生協を解雇された者は他社も雇わなかった。企業間の暗黙の協定ができているのだ。書面はなくても経営倫理として互いに守ってゆく。職を失ってその有難味を知るのは遅い。生協はずば抜けた優遇と厳しさがある。終身雇用は忠誠心を醸成するが、組合活動も心配ではある。対立する恐は芽を摘んでおかねばならない。


 頭で理解して行動に移すことはかなり高度な知力がいるが、見たとおりにやることはそれほどでもない。信賞必罰、実力主義=職能給の文化が果たしてこの国に根付くか。それとも植民地の長い歴史をぶち壊して行くのであろうか。岡本将軍率いる日本軍団はそんな考え休むに如かず、と言わんばかりの迫力がある。マネージャー、管理職の信賞必罰は徹底していた。監視ヴィデオが捕らえた不正者即解雇、永久追放とした。解雇理由を明示した。”上に立つ者ほど厳しくなければならい”という哲学は瞬く間に浸透していった。岡本理事長はミンダナオの海難救援隊の訓練をテレビ番組で観ていたのだ。甘やかすと付け上がるフィリピン人だが徹底的に扱けばものになると信じていた。
 給料が一般の職員の倍以上だがその厳しさに尻込みする者も少なくなかった。しかし”落ちこぼれ”と蔑まされることは死ぬほど恥ずかしいのだ。この奇妙なプライドがフィリピーナを駆り立てる。東洋の魔女、日立バレー、なでしこジャパンが紹介される。人生を楽しむことしか頭にないフィリピン人には衝撃だった。『事を成し遂げるにはこれくらいやらないとだめなのかしら』『でもさ、あの日本人の歓喜の顔は何でしょうね』『日本人は独特の哲学があるんじゃないない』『神風、特攻』『私こわい、白い真珠のこの肌が』白い?笑わせる、あなた真っ黒じゃない。でも日本人ができるなら私たちもできるかも。そうね、私やる、金と栄誉のために。私も負けない。
 成功事例、失敗事例も社内ブログでに配信され感想意見が書き込まれるようになった。業務改善提案競争は人気があり、優秀案には生協オリジナルの携帯電話カードを出す。この国の労務管理はお祭り気分ゲーム感覚も必要なのだ。

 電話カードは優秀賞として職員が自慢できるものであったが、電話会社がデザイン使用を求めていた。使用料は100ペソカード1万枚。意匠に対する文化の相違か。100 300 500各1万枚、岡本理事長の一声。目を回す電話会社。それとね、10%の販売手数料で売ってあげるわ。どういうことですか。生協で月1万枚は売って上げる。本当ですか。契約する?毎月1万枚売れなかったら。生協で引き取るわ。わかりました、契約しましょう。生協は5%引きで売り出した。1万枚は一週間で売り切れ。美しいデザインのカードはプレミアムがつく。電話会社は契約改定を申しいれてきた。月3万枚手数料13%。ユキが応対。いいわよ、けどさ、電話会社からのテクスト止めてくれない。それは、、。あれは詐欺よ、生協のイメージが悪くなるから、無料にするか即中止。それは、ジェネラルと相談して、、今すぐ相談しなさい、お宅の売上も伸びるし利用者も喜ぶわよ。テクストは日本のショートメールのようなものだが電話会社は一方的に送信して受信料をとるのだ。そういえば日本の電話会社もやってたな。
 結果はその月の売上10万枚を越えた。その後も順調に売上を伸ばしている、というより急増している。フィリピン人の携帯好きは外国人には異常に見える。原因はデザインと5%引きと詐欺テクストの廃止。生協会員は既存ストアーに頼まれてマトメ買いするものまで、既存ストアーはこれを転売するのだ。こういう悪知恵は働く。一人月1000ペソまでと制限しなくてはならない始末。これも岡本理事長の特約店契約で解決、小売店でまじめにやっているところは特約店契約を結び10%のマージンを与えた。日本人は地元小売店のことも考えるんだ。わたしも特約店やろうかな。無理無理。そうお、一緒にやらない。いえ結構よ。
 その電話会社は他社を大きく引き離していった。他社も生協を訪れた。デザイン料5百万ペソに度肝を抜かれる。デザイン使用料は売上の1%でいいそうよ。え、5百万+使用料?世界の常識でしょ。日本のデザインは世界一よ。それでは携帯電話機も販売していただけますか。品質が良ければね、不良品は即交換、1年間保障、販売手数料10%デザイン使用料1%/枚。あーうーえー、そ、それでお願いします。いいわよ。電話業界の売上は伸びた。日本との契約は高いだけのことはあるな。苦情が減ったよ。しかしこれは乗っ取りの布石であった。生協はダミー会社に各社の株式過半数を取得させるのに3年とかからなかった。電気、水道、ガスも同じであった。配当を減らすことで品質、サービスが格段に改善されたから売上はさらに伸びる。とくに外国人、外国企業が喜んだ。ネットバンキング、自動引き落としは大幅な工数低減。外国企業に株式を小出しに譲渡して元は取れた。株主優待を検討していると話すと品質が最高の優待と感謝された。値下げをカバーして余りある売上だ。配当率下げると株式取得は90%に達した。ここは独禁法などがないから楽だ。家族割引は海外労働者に好評でこれも売上に貢献した。株式を小出しに譲渡して元は取れた。次は金融よと岡本理事長がユキにもらしたが、それはまだ先の話である。

 翌日の朝9時、地元高校のブラスバンドが日比両国家演奏。観衆は2000を超えるようだ。メディアはほとんどすべてが実況中継。テープカット、右から知事、ユキ、マニィ、市長の順。カットと同時に風船が舞い上がる。1000ペソの生協商品券が結ばれている。来賓祝辞につづいて両理事への記者質問。

 『ユキ理事長、あの商品券はダバオ、バギオの生協ででも使えますよね』勿論ですわ、全国、全世界のYUKICO-COで、AYACO_COで使えます。『岡本理事長、AYAとはどういう意味ですか、YUKIへのアドバイスは、提携のメリットは』。AYAは、日本語のあなたのやさしさ、それを会員全てに上げなさい、という意味。また、すべての会員のやさしさをもらえることにもなるでしょ。 YUKIは、日本語の勇気をモジッタの。自分たちのものと一人一人の会員が考えること。つまりはYUKIのオウナーはすべての会員と認識していただきたいのです。私たちは日本製品を売るだけではないのよ、フィリピンのものも世界中で売るの。これらを待っているフィリピン人は世界中にいるでしょう。待っていてくれる人が喜ぶような商い、金儲けよりも社会に貢献することが本当の商い、と解ってもらえるように普及させます。これだけでも両生協提携のメリットは大きいでしょう。『YUKIはユキと同じ発音ですね。』(あんた野暮ね)答えず。

 『岡本理事長に伺います。Seikyouは従来のモール、金融機関などの中国資本との対決が予想されますが、生協はどのように対応されますか。』対応?何それ。『つまり圧力がかかってくるのでは』ああ、そういうこと、受けて立ちますよ。想定内のことですから。ここは資本主義の国でしょう、堂々と勝負しましょう。いい製品、いいサービスを安く提供するのが資本主義でしょう。選ぶのは消費者、負けたほうが市場から消える、世界中いずこも同じでしょう。安物買いの銭失いといわれます』岡本理事長が笑って答える。その迫力にメディアが圧倒される。ガラクタを売りつけるマガイ商法かかってきなさいと言わんばかりだ。一瞬絶句したキャスターが唾を飲み込む。
 別の記者が質問する。『終身雇用は日本独特のものですか』どうなんでしょう、よく存じませんが人は仕事に精出すことで成長してゆくのでないでしょうか。(サルは成長しても人にはならないのでは)『生協の給料が他の相場の2倍以上なのはどうしてですか』給料はねえ、仕事で決まるの、銭が取れる仕事をすればいいのよ。給料が高いか安いかはその人の仕事できまるの、わかる。『日本人の給料が高いわけだ』そういうこと、日本人並に働いたらいい給料貰えるわよ。『ありがとうございました、二つの生協の代表、ユキ、岡本、両理事長にお話を伺いました。』この話はすぐ現実のものとなった。それは後日、報告することにしよう。


 特設リングでマニーパキアウの公開スパーリング。カルロスと陳志淵がリングにあがる。二人でパキアウを追い詰めKO勝。次は小学生以下、これまたKO勝。親のほうが興奮。子供たちは憧れの英雄との記念写真。そしてプロテスト合格者4人の若者。パキアウの顔面を捉えるがカウンターパンチに沈む。相手を一発で倒すパンチを打て、WBCだ、と叱声がとぶ。二組を対戦させての指導。強烈なストレート、お返しのボデー。君がストレートを避けずにカウンターパンチを出したのは正しい。なぜなら、彼のストレートはそれほどでないが、君のボデーは強い、KOできる。しかし、彼のストレートが強烈なら君はボデーを出す前に君はKOされていたかも知れない。これは勝った方に話しているのだが敗者への気遣いだろう。この世界王者にはこうした気配りができるのだ。あまり人の話を聴かないフィリピン人が世界チャンピオンの解説に聴き入る。もう一組は最初から激しい打ち合い、一方がダウン。たまたまそうなってしまったが、逆になっていたかも知れない。パキアウはふたりの手を持ち上げて称える。4人の中から世界チャンピオンが出るのは遠いことではない。いい男ね。抱かれてみたい、75歳の岡本理事長は本音ともとれる呟きを漏らした。


 一方駐車係の子供も頑張っていた。一台の車に2人が誘導した。この車は俺たち二人が守るという、その意気や良し。たいていの運転手は5ペソずつチップを渡す。いい稼ぎだ。この国の車荒らしは半端でないのだ。 模擬店の案内がアナウンスされる。うどん、やきそば、おこのみ、たこやき、すし、などのメニュー。柱と屋根だけのレストラン、木と竹のテーブル。250人収容だが、説明会に用意したプラスチックのいすテーブルを勝手に運んでくる。2m5mのスクリーンにメニュー紹介が映し出される。食券の自動販売機も会員証で決済、同時に会員番号ごとに注文が表示される。出来上がると注文品が点灯。食券と引き換えられる。端末が食券を読み取ると注文表示が消える。メディアはこのシステムに感心して後日特集を組みたいと興奮する。
 一番人気はたこ焼き、フィリピン人も目にしているからであろう。そこへ岡本理事長以下ご一行が食券を買う。スクリーンはこれをとらえる。うどん、すし、餃子の順。『少し喉渇いた、ビール飲もうか』『ここ置いてないのよね、中で買ってきます』少年二人がつづく。『まあ、一箱、24本入り?何よ、笑ってないで』日本人スタッフが笑いこける。『だってねえ、この子達残りのビールをを1本50ペソで売るんだって。だから、一本30で買い取るというの』売れるわけないジャン。いいや、面白いよ、どう、100ペソかける、いい度胸していると岡本理事長。

 そこへパキアウ知事市長が岡本理事長に帰ると挨拶にやってきた。少年達が売込をかける。市長が、生協で25で売っているが?と笑う。けど。買いに行かなくてはならい。これは岡本理事長と一緒にここで飲むことができる。なるほど、それは理屈だ、一本。サンキュウーサー。今度は知事、君たち何本仕入れた?20本。幾ら払う。600。売れなかったら?少年の顔が曇る。知事も一本お買い上げ。少年は坂本のデジカメに目を留める。『このビール3本買ったらこの3人と写真が撮れる』と叫ぶ。今から3分以内と急かす。香具師なみである。これには3人もダウン苦笑するしかなかった。
 いくらもうかった?480。何買うの。お母さんの薬。えらいわね、おばちゃんね、100儲かったからあなたたちに焼きそば奢るわ。鬼婆たちの眼に涙。駐車係の子供たち全員にカレーライス食べ放題。ユキ理事長OK?シエンプレ、勿論ですわ。運転手、ガードマン、清掃婦にも食べてもらいましょう。


 『カーシム大佐、この日本の女こわいな。生協は軍隊か』それはもう、警備がまずいと指摘されたときは立ち竦みましたよ。だろうな。テレビ中継を観ていたハジ議長が叫ぶ。昨日空港に着いたばかりのご一行はもう民心を掴みかけている。数百年の植民地支配を日本軍はあっさり打ち砕いた。ベトナム、マレー、シンガポール、フィリピンと南下を続けた日本軍はフランス、イギリス、オランダ、米国を次々と撃ちやぶて行ったから、多くの国が独立できた。独立しようとしたからだ。ハジは自分に言い聞かすように語った。
 まず、YUKI生協の1号店オープンは成功といえよう。簡単な慰労会が会議室で行われた。岡本理事長、日本のみなさまありがとうございました。YUKI生協開業おめでとうございます。私たちも本格的にフィリピンに進出しますからよろしくね。それでは乾杯の音頭を。乾杯は男の人よ、坂本さんやってよ。YUKI,AYA 両生協の益々の発展と皆様の健康を祈念しまして乾杯。カンパーイ!
 あの男の子いい根性してるわね、5年ほど鍛えたらいい男になるわ。ユキさんの姪も根性だけはありそうだから3年ほど叩上げたらものになるかも、うちに預ける?お願いします。馬を川までは連れてゆけるけど水を飲むのは馬自身。商品、取引先、従業員を頭に入れるのどれくらい?日本人で三月、まあフィリピン人は1年ぐらいはかかるでしょう。甘ったるいわねえ。会員の名前と顔を含めて3月ね。会員の家族(その構成、生年月日等も含めて)も?当たり前でしょ、誰が買ってくれるの。売ると買ってもらうとでは雲泥、天地の差があるのよ。

 信賞必罰、優秀なものは取り立ててゆく、怠惰な者、不正直な者には懲戒処分(説諭、減給、出勤停止、懲戒解雇)を徹底してゆくことですね。そう、当たり前の基本を行動として行うことは簡単じゃない、規則の周知徹底ね。とくに罰則の適用は迅速かつ適切にやること、納得させることが大切。ずいぶん昔に電気の消し忘れ、手をあらわない、といった些細なことからやりましたよねえ、理事長。そうなんですか、どんなふうにと若い理事。1回目は注意、2回目は減給、3回目は出勤停止、か解雇。厳しい。思い切って管理職と専門職に分けたらどう、仕事は出来るけどマネージメントは苦手そうね。両方はとても、優秀なのを専門職に上げて処遇を高めていったらいいのよ、いい刺激になるわ。賛成、努力は報われると身を持って感じさせること。でもさ、道具は片付けない、ゴミは落ちてても拾わない、そんなんのが多いでしょ、頭にくる。掃除もできないくせに文句は一人前。そう言っても返事だけ、よねえ。そうそう。
 この国では ”鞭が欲しいか”と言うそうよ、岡本理事長が坂本から仕入れたばかりの言葉を紹介する。ユキさんなんてかしら。それは、ganahan ka bunal ?です。私、終身雇用って悪くないと思っている、定着だけでなく人材育成からもいい制度と思うの。近頃、日本では評判が良くないけど技術の伝承、雇用の安定といった点からも云えますよね。言えてる、けど円高で海外移転は日本の将来が心配ね。女の話は飛びやすい。

 あの警備員頼りないわねえ。営業部長が声高に話し出した。給料安いかららしい。あんなのに給料払うの?駐車係の子供のほうがシャンとしてる。言えてる。突っ立ってるだけ。略奪防止のためには必要かもしれないけど、あれじゃねえ。観てるだけで腹が立ってくる。ビシッとしたのいないの。会員の顔を憶えられないわね、ぼけーっとしてる。憶えられ泣ければ馘にすれば。いらっしゃいませの一つも言えないのかね。横柄だわ。自信が無い奴ほどふんぞってる。ほんとだわ。誰に対しても同じようにしか荷物の検査できないの、ユキさん。ある程度、服装顔つきから判断できそうなのに。何年人間やってるのかしら。お客様、職員を守るという自覚がないのよ。そう、機械的に検査してるだけ。
そこへハジ議長カーシム大佐がやってきた。『警備会社のハジ社長、カーシム専務です』坂本が紹介すると、岡本理事長歩み寄りて握手せり。『お世話になります。よろしくお願いしますね』と停戦命令を営業部長に発す。されど、ユキ、営業部長の無言攻勢に耐えられず、彼は経験が浅いものですから、と庇ってしまった。ユキさん、戦場ならば命を落とすわ。しっかり訓練しておきなさい。営業部長の攻撃が再再開される。同胞の警備員ががこき下ろされてのひと言が営業部長に停戦命令を無視する口実を与えたのだ。ユキはすみませんと謝るしかなかった。(喧嘩下手ね)と目をそむける岡本理事長。ハジ、カーシム恐縮、最敬礼。

 餃子が出てきた。中国餃子ね、いけるわね。4000年の味だけど、中国人には世界に発信するという誇りも気概もない。ご先祖の遺産で食ってるのね。内もひどい目にあったのよ。品質管理がお粗末だから毒物混入したのを売らされたの。中国製即粗悪、危険の評価が定着してしまった。生協まで白い眼で見られている。『岡本先生、私中国人として恥ずかしい』ごめんなさい、そんなつもりで言った訳でないのですよ、陳さん。餃子は中国の主食であり、やがて世界の餃子になるでしょう。日本の王将は本場中国で餃子を売っているでしょう。”食は日本と中国にあり” 従業員が誇りを持っているからではないでしょうか。自分が誇りに思えるものは人に勧めることもできます。従業員は販売機ではありません。作戦を実施する最前線の兵士なのです。司令部とは信頼で固く結ばれていなくては戦に勝てません。『誇りはどこからきますか』”理念”でないでしょうか。『どのような理念ですか』消費者に品質とくに安全性の高い商品サービスを提供するということです。社会に貢献しているとの自覚が生まれましょう。

 前線と司令部の信頼はどのように構築しますか、とカーシムが訊ねた。勝とうとする意気込みでしょうか。私たちの生協はこの4人で設立しました。スーパーに負けるものか追越してやると歯を食いしばりました。いつしか企画立案と実施とに役割が分かれていきました。少々危険な案でも前線が実行力で遂行してくれました。勝ちたいと思っていましたからね。前線は私たちの分身、わが子以上に気を使います。理事長は我々が年の順に交代してゆくことにしております。

 『生協の基本戦略は何ですか』カルロスも質問する。それは企業秘密、でもいい男だから、ちょっとだけね。えへん、私がお答えします。販売部長が理事長を制す。環太平洋に生協店を設置します。海流が巡るがごとく品物サービスが太平洋を循環するでしょう。用地取得は積極的に進めます。会員分譲住宅、福利厚生施設も平行して開発します。上下水道、電気は最低限のライフラインとします。電気は太陽光、風力、潮、波に漸次切り替えます。金融は冠婚葬祭、育英を中心とします。『お嬢さん、もう少し、具体的にお話くださるともっとうれしい』え、!オジョウサン?、販売部長動揺す。
 厚生部長代わりて『福利厚生には、教育、健康、保養、医療を考えています。教育は国際的に貢献できる英才を、インターネットで世界トップの指導を受けられるようにします。学生が自主的に取り組んだテーマに沿った指導助言です。健康保養医療は一体をなすものですから安心やすらぎを旨とします。長期療養は法定伝染病などの問題がなければ保養所に併設します。診療車を配置し予防医学を普及させます。こんなところでよろしいか?『ありがとう、お嬢さん』ねえ、お嬢さんだって。ワイン開けましょ、セニョール乾杯!カルロスは女がお好き、昔の娘にもやさしい。

 岡本理事長の戦略は、流通業から農業、工業、金融業と業容を拡大してゆくことだ。配下に入れて育成してゆく日本式植民地主義と言ってもいい。これを具現するのはユキさん貴女よ、はやく力をつけてねと念じているのだ。ユキが意をて体して行くのは先のことだが以心伝心、大切なことは言葉では伝わらない、心である。

 陳はフィリピン人に先進国の概念を押し付けても徒労に終わるのではないかと訊きたかったが止めた。理由は二つ。フィリピン人を猿と見ていることを口にするのは商売上まずい、また、猿にも理解させるのが仕事というものでしょ、と鬼婆に一喝されるのが落ちだ。藪の蛇をつつくことはない。カルロスに相談する。止めたがいい。やはり?殺されるぞ。さもありなむ。岡本理事長には有無を言わせぬ迫力威厳がある。人を動かすのは言葉よりもあれだな。ああ、しかし陳日本の女恐ろしいな。お前でもか。ああ。後日ハジとカーシムは最敬礼した時、『俺たち小便をちびりそうになった』と坂本に話した。


バギオ、バナウエの開店は順調に行った。塩崎真知子、清美の周到な準備に加えミンダナオの経験が生かされた。セブ、マニラ開設は人材と闇の黒幕の無妨害だけの問題を残すだけになっていた。妨害はデマから始まるであろう、と坂本は語っていた。日本軍の凶暴性を伝えるデマは『女を犯し男を殺し赤子を投げて銃剣で受け止めた』というものだ。このセリフは中国でも良く使われる。メディアとの会見後は食事をしながら情報交換、意見交換という形ができていった。坂本の見慣れぬ顔だな、という眼にメディアも顔を振る。どうやってここまできたのか。
『日本はかつては軍隊でこの国損害を与えたように、今は生協によってこの国に損害を与えようとしている』それは事実かね、君の意見かね、我々は記者だ詳しく聞きたい。『事実である。日本軍の略奪、殺人、レイプの事実を祖父からこの耳で聞いている。そして今生協出資金と称して金銭を巻き上げているのだ』(闇の黒幕から牽制か) なるほど、少し、質問してもいいかな。君のお祖父さんはどこで見たのかな。我々ジャーナリストとしては、いつ、どこで、だれが、なにを、どのように、したかを知りたいのだ。裏を取らないと記事にできないだろ?わかったら教えて欲しい、僕の名刺だ。他に用件があるのだろう。生協の人紹介してあげようか。『いえ、いいです。ありがとうございました』と帰って行く。
 坂本は激すると自制が効かなくなる、モンテンルパの裁判は何だと叫ぶ。記者たちが驚いて見つめる。山下将軍が本間中将がなぜ殺された。あれは死刑の執行でしょう。死刑執行とはまともな裁判を前提とする、あれが裁判といえるのか。坂本の叫びは記者控え室に響き渡る。日本軍の略奪、殺人、レイプを立証する責任は比政府にある、いや、そもそも彼らを裁く権利は誰にもない、彼らは任務を遂行したのだ。日本人が怒るとすごいな。ああ、彼は日頃は大人しい。
 比政府は8億ドル賠償金欲しさに無実の日本兵を4名殺した。セール、それ以上話すと外交問題になるのでは。なったほうがいい、彼らの無念は晴らされるべきだ。当時の日本はその国土を破壊され2万以上の餓死者が出る中で支払った。この国から搾りに搾り取ったスペイン、米国は支払ったか。その後現在も続く日本の援助は遠慮なく受け取るのか。


 セキュリティー会社のボス(カーシムの同級生)に連絡。カーシムと三者で防犯カメラを調べる。あの学生風の男は映っていない。念のため調べておいてくれ。坂本は不快感を示した。同時に警備体制の見直を感じていた。奴が笑うときは要注意、カーシムがボスにささやく。『セール何を考えている』ああ、マニラからセブ行きのスーパーフェリーに乗ったときのことだ。乗船まで10時間待たされた。世界に類を見ない手続きだ。荷物検査はX線で透視する、これはいいとして、この検査が済むと乗客は荷物を持って外に出て乗船口に向かう。この間何の監視もないから検査を受けていない荷物を自由に加えることもできる。検査場所から乗船口までは隔壁で外部と遮断すべきだろう。X線検査を済ますまで3時間、奴隷扱いを受けたよ。よく過積載で転覆するフェリーの会社にだ。そのうち懲らしめてやる。二人がじっと見つめる。坂本が思い出し笑いをする。

 で、次は麻薬犬の検査、お犬様のOKで岸壁へゆくことができる。俺が運転手を待っていると8歳ぐらいの少年がやってきた。警備員が彼に尋ねた。どこへゆくのかい?セブだよ。ひとりで?ああ。チケット持っているかい?持ってないけど20ペソお兄さんにやるよ。そうか、でも少ないなあ。俺の全財産、ポケットの中も見せる。じゃあ、夕食奢ってやる、好きなもの食っていいぞ、食堂へ行こう、付いて来い。やったあ、朝から何も食ってねえ。二人が笑い出した。勿論ふたりとも岡本理事長、坂本の警備への杜撰さ疑問は理解している。

海外支店

 ユキ生協の海外支店は日本から始める。岡本理事長の生協で研修できるから人材の育成が早い。フィリピン人も日本の商売を肌で感じているから理解も早い。こんなに貰っていいのですか?給料を見てマネージャーが驚く。貴女はそれだけの仕事をしたのよ。支店長はその10倍以上もらえるわ。本当ですか。このニュースは本国を駆け巡る。日本支店で働きたいと言う者が増えてくる。日本支店は支店長育成学校の役割を果たす。
 ここで鍛えられた人間がフィリピンだけでなく海外支店に送られる。その自信に満ちた態度は各支店を盛り上げてゆく。それにしても海外で働くフィリピン人の多いこと。その送金がフィリピンを支えている。フィリピンの品、とくに食品に飢えている。その輸出は増加の一途。海外支店食堂はいつも満員。祖国を離れた出稼ぎにとってはオアシス。
 配送員、警備員の雇用も増える。波及効果は拡大してゆく。設備投資が追いつかない。給料もさることながら同胞の喜ぶ仕事をしているのだとの思いはフィリピン人の結束を強めてゆく。終身雇用の日本式経営は海外支店で花開こうとしている。ユキ理事長は警備を重視する。職員の命と生協の財産は貴方たちに託されているのよ。

 奴隷の生活から先進国並みの生活。生協職員へのやっかみ、妬みも予想される。生協会員の海外からの送金は手数料なしとした。これは両替商にとって、その族議員とって、ひいてはこの国の支配層にとって脅威であり不敵な挑戦であった。その対策としてテレビコマーシャルを派手に流す。海外労働者の組合加入は激増する。これは両替商の減益を意味する。なんとかしろ、と叫ぶ華僑。あらうちは両替などしてませんよ、組合員の福利厚生といなされる。国会議員が海外視察を始め出した。それだけ組合員の票は大きな存在となったのだ。
 日本以外の海外支店は苦労が多い。甘やかされて育ったフィリピン人は苦労を厭わずとはいかない。マネージャー、支店長就任時の誓約書も金を貯めた者には効果がない。ここは思想教育と使命感に訴える。海外が嫌なら職員になる?これからはローテーションをどんどんやるから昨日は南、明日は西ということもあるわよ。ものは考えようで海外旅行がただでできるのよ。それはそうですね。優秀な者ほど異動が激しい。いつしか理事候補と噂される。
 生活の豊かさと自分が必要とされる仕事はフィリピン人を大きく変える。その日の糧を得んがための労働とは違うのだ。仕事は事に仕える、ボスに仕えるのではない。創意工夫が認められる社会には程遠いが、生協がそういう社会もあるのだと示している。これはテレビの宣伝文句にも採用される。しかし生協がこの国を動かすにはまだまだ力不足だ。一方、土壌は確実に成熟している。あとは時を待つだけだ。それはユキが国会議員になって芽を出し枝をはる。
 ねえ、支店長と理事では給料どれくらいの差?あんまり変わらないんだって。嘘。本当、経理部門の人に聞いたの。理事長は?1.5倍。ふーん。日本人は金がそんなに重要じゃないみたい。信じられない。他の外国企業の社長はビリオナー(20億)もいるんじゃない。岡本理事長の年俸15ミリオンだって。あんなに優秀でも?理事になるには1000人の支店長の中から一人。理事長になれのは、ええと、わからない、とにかく大変。でもさ、日本では平から社長になる人もいるんだって?そうそう、可能性は低いけど。それにさ、この生協はフィリピン人が理事長になることもあるんだって。あら、ユキはフィリピン人じゃない。彼女は大口出資者。能力だけで選ばれるのが真の理事長だって。ということは私たちも理事長になれるの。可能性はないことはないへどあんたは無理ね。あんたこそ。まあまあ、なれない可能性はずうっと大きい。言えてる。でも夢を見ることはできる。夢ね。それでも楽しい。


 海外支店は外貨だけでなく異文化も送ってくる。世界地図がない国にも世界を意識するようになってきた。世界の国々の位置、大小など無知であったが自ずと知識が植え付けられてゆく。フィリピンという地域しか知らなかった人々は異なる社会が必ずしも手の届かぬものではないと感じ始めた。なぜか、それは政治にあると思いだした。数百年搾取されてきた民族はユキ生協によって目覚める。
 生協の製造部門拡大は他部門を合わせた以上の有効需要を生み出す。フィリピンの伝統技術を生かしながら世界市場で競争できる製品を送り出す。海外に販路を持つ生協からの注文は製造業を育てる。農業、漁業も然り。生産様式は意識を変える。日本式経営は搾取でない、フィリピン人を育てると言い出す者が現われた。支配階級にとって由々しきことである。嫌がらせ、妨害をさりげなく撥ねてゆく。日本の一企業が国家権力を凌ぐ勢いである。 日本経営の秘密を探れ、そうした声は支配階級の不安を如実に表していた。秘密を知るほど不思議な感覚になる。金よりも名誉、なんという民族だ。我々の地盤を揺るがすかも知れない。


生協対中国資本


 陳は華僑の役員会に呼び出された。お前は日方に尻尾を振っているが中華人民の誇りを失ったのか。お言葉では御座いますが、商いは戦にございますれば強きに与するのが得策かと心得ます。日方が強い、これは聞き捨てならぬ。事実は事実、思想だけでは変わるものではないかと。何、許せない、陳の除名処分を提案いたします。まあ、待て、話を聴いてからにしよう、陳先生の考えをお聞かせ願いたい。は、総帥、我々の玉は中国製品だけではありません、日本製品も加える時期に来ていると考えます。そうすると中国製品の売上は落ちるのでは。悪銭は良銭を駆逐する時代は終わったのではないかと。中国製品を低開発国で売りさばくという基本方針はどうなるかな。良質の商品がない市場においては有効かと存じます。なるほど、もう一つ、岡本女史はいかなる女性なるや。それはもう、身の毛のヨダツ存在でありまして、日本関東軍を思い起こさせます。それは貴方がたが束になって掛っていっても敵わないでしょうと言外に語っている。生協からヘッドハンティングするか。

 会場にどよめきが起こる。陳は日方と組んで稼いでいるだけだ。いや、陳ほどの男が言うのだから、慎重に構えた方が。我ら華僑の沽券に係る。戦は沽券だけでは、敵を知り己を知れば百戦危しからず。それぞれが思ったことを口にする、それは動揺の現われとも思われた。諸君、岡本女史に接したことがあるのは陳志淵先生だけだ、ここは陳先生の言に従って彼女の出方を見ようではないか。総帥がそう言われるならば、しかし牽制は必要かと。そうだな、牽制にどう対応するかで相手を判断できるからな。総帥は双方の顔を立てたが陳に我慢してくれと目でいった。陳も目で答える。

 牽制の第1弾、日本製品の輸入手続きの引き延ばし。勿論生協在庫の妨害を狙ったものだ。すかさず岡本理事長とユキがマラカニアンに抗議、メディアが大きく伝える。これには大統領は調査すると答えざるを得ない。さっそく妨害が入りましたね、メディアの質問に『男らしく堂々と勝負できないのね、次は電気かな。なら、自家発電で充分やっていけると伝えて』と軽く答える岡本。なるほど、これは女傑だな、華僑の総帥が感嘆の声を上げる。
 第2弾、生協への納品妨害。輸送車が襲われる。銃を持った男3人が運転席に近づいたところで全身が緑色のペンキに塗られる。この模様がメディアに配信される。すぐその日の夕方、テレビを中心に報道される。なんだこれは、総帥が声を荒げる。わかりません、どうやって撮影したのか。報道管理はどうなっているのだ。生協に買収されているようで。手を打て。それが金では動きません。この国が金で動かないはずがない。どうも金だけではないようで。それは由々しきこと、独立運動につながるやも。追い討ちをかけるように別の襲撃が報じられる。これはこちらの動きが読まれているな。襲撃犯が依頼主を語る。もちろん華僑の名前は出ていないが息のかかった連中の顔と経歴が報じられる。これはヤバイ、すぐ中止させろ。陳を呼べ。陳先生、どうすべきかな。生協から職員をヘッドハンティングするか。それは私如きが。嫌味を言わずに教えてくれ、緊急役員会だ。

 このままでは火は本丸に迫ってくる、諸君の意見を聞かせてくれ。聞きしに勝る女将軍ですな総帥。襲撃計画が漏れていた恐れがある、こちらの動きを待っていたかのような対応だ。あの緑のペンキは日本でカラーボールと呼ばれ銀行強盗などに使用されているらしい。現場撮影は。角度から上空と推定されるが、逮捕後は角度が低くなっている。日本はハイテクの国だ、リモートコントロールしているのだろう。どうやって。わからない、現場に撮影用ヘリコプターはいなかったようだ。
 大変だ、これを見てくれ。なんだ、なんだ。この広告だ。①生協金利は年10%、月でないのか。年だ。②ドルマット、預金残制限なし。どういうことだ。預金凍結、小額残に対する手数料なしということだ。我々の稼ぎ頭を。③生協支店間の入出金振込み手数料なし。なんということだ真っこう勝負に来たな。手強い。総帥、和議を検討しなくてはなりませんな、陳先生の意見を承ろう。小生は末席を汚す身なれば。そう嫌味を言われるな、先日の無礼な発言はこのとおり陳謝する。先輩から恐れ多い、お言葉、されば、浅学ながら愚見を申し述べます(これが総帥のシナリオか)。

 陳の発言は急上昇の高値。そもそも日本民族は専守防衛を旨にしておりますれば、攻撃に対しては強く反撃しますが、和議には弱いと申せましょう。自ら打って出ることはあまりいたしません。ということは陳先生、生協と共存共栄を図るべきということでしょうか。そのような重大問題をそれがしが如きにお尋ねあるな。結論は役員会で出して貰わないと(自分の身が危ない)、と陳は逃げる。これが世渡りというものであろう。どうやら勝負はついた様だ。


 華僑役員会が和議申入条件を検討しているところに生協の攻勢が伝えられた。生協支店間を結ぶ電話専用回線の一部を会員に開放したのだ。遠く故郷離れて出稼ぎに出ている者にとって家族との通話はなによりであった。携帯が買えない者も多い。この国には固定電話は普及していない、企業役所にはあっても一般家庭に稀である。電話室は長蛇の列。何年も家族と音信が取れなかった人たちが押しかけてくる。もちろんユキ体験に基づく発想だ。父母の声に涙する娘も。番号と待ち時間を表示するが時間など気にしない。急拠長椅子が並べられ、夜間は専用回線をさらに開放する。電話室は24時間待合室となる。路上生活の子供たちが集まってくる。人々は眉をしかめる。

 ユキと岡本理事長はビールのテキ屋少年を呼ぶ。あなたの仕事はあの子供たちを管理すること、問題を起こすとあなたの責任よ、日当は一日200ペソ。本当、俺やる。じゃあ契約成立ね、この契約書にお父さんかお母さんの同意もらってきなさい。イエスマム。初仕事はあの子達をシャワー浴びさすこと、衣服を2着ずつ配ること。OK。あなたの名前は。イダイ。すごいね。どうして。日本語でいだいはすごい、グレートという意味なのよ、とユキが通訳する。アヤコ、ユキ偉大。まあ私の名前覚えていてくれたの。当たり前だ、綾子は400ペソ儲けさせてくれた、焼きそば食わせてくれた。ユキは美人だ。そう言って飛び出す。

 子供たちがシャワー室に整列50人以上、イダイはシャンプー石鹸を大切に使うように怒鳴っている。アヤコ、女のシャワー室に妹行かせていいか。いいわよ。外でユキが子供の体を拭いてやる。バスタオルを巻いた子供が岡本理事長のほうに進む。古着屋が呼ばれていた。パンツをはかすと衣服を2着ずつ選ばす。上下で50ペソ(相場の5倍以上)。イダイと妹が横に付く。二人は子供たちに名前をたずねる。衣服を選び終わった子供たちに物干しを運んでこらせる。バスタオルをかけらす。ユキ姉さんを手伝えと命じる。服選び迷っている子がいると選んでやる。岡本が目を細める。ユキが横にいた。お眼鏡にかなったようですね。まあね。古着屋からボッタクリされた分を取り戻させてみたら。それは面白いですね、イダイ、シゲ。少年は命を受けて交渉に向かう。マム、残りの古着を全部置いてゆくって言ってます。それじゃ、古着屋の儲けがないじゃない、とユキは悲しそうな顔をする。この娘は相手のことも思い遣るのね、でも商売人としては甘い、古着の仕入れは2、3ペソでしょ、運賃在庫金利入れても原価は5ペソ、粗利45ペソ、2500の稼ぎね。残りは100以上あります。じゃあ、300ペソやりなさい。イダイ少年は二人の会話を理解していた。

 次は焼きそばだ。イダイが食堂の席に付かせると年長者に給仕をさせる。全員の前に焼きそばが配られる。みんなアヤコとユキにお礼を言え。サラマー。日本語でありがとう。アリガトー。さあさあ召し上がれ沢山用意してあるからお代わりして大丈夫よ。いただきます。イタダキマース。私たちも頂こうか。マム、ビール買ってきましょうか。そうね、お願い、でも一本25ペソよ。分かっている。イダイはユキの会員券をもって出る。よく気の利く子ね。

 ろくなものを食っていない子供たちは食うわくうわ。美味しい?ラミー。マサラップ。そうタント食べなさい。嬉しそうな顔。冷たい水をうまそうに飲む。ここではまず水だ。南国では飢えよりも渇きが辛い。日本のように水がただという国は稀であろう。子供たちの笑い声が飛び交う。散髪屋が3人やってきた。奥さんを同伴している。椅子を並べている。あら多いのね。散髪100ネイルカット50ペソと言っています。ネイルカット?ユキが奥さん連中と交渉。二人はただ、サーヴィスとなった。爪を切るだけでなく固くなった皮質も削ぎとる。実に丁寧である。足の指が終わると足のマッサージ。岡本理事長は心地よい眠りに落ちる。
 マム、全部で150ペソ。イダイが声をかける。ああ眠ってしまった、気持ちよかった、マッサージ150あげなさい。サンキューマム、奥さん連中が受け取る。どうしてとイダイ。気持ちよかったからよ、ボーナス。そんなものかねとイダイ。奥さんの一人が10ペソをイダイに。岡本理事長が首をふる。どうして。あなたは私たちに雇われたの、給料以外のものを受け取ってはなりません、よく覚えておきなさい。その厳しい表情にイダイは金を返す。

 みんなきれいになったわね、みんなで庭のお掃除やってくれるかしら。イダイは掃除の指示をするとすぐ二人の下にやって来た。感のいい子だ、大工の車がやってくるのを見たのだ。大工が家の図面を広げて説明する。聴きいるイダイ。200㎡で20万ペソの木造茅葺き平屋。どうでしょうか理事長、ユキが伺いを立てる。床下の柱、もっと大きなのにして、屋根は1m広げて、それと入口の階段にも屋根を付けて。それでしたら22万になります。㎡1000ペソもするの、あの竹のベンチは250ペソでしょ。岡本理事長の目が光る。OKマム、支払いの方は。柱が立ち上がったら5万、屋根が拭けたら10万、竣工時に5万。わかりました、これは契約書です。ユキさん。ユキがじっくり目を通してサインする。竣工予定は?え。期日のない請負がありますか、20日と言いたいけど30日以内、遅れたら一日1000ペソのペナルティー、早まったら一日1000ペソのボーナス、わかりましたか。イエスマム。そうね、イダイ、この建築工事の現場管理もあなたの仕事よ。イエスマム。

 こうして一日が終わった。日当200ペソを受け取ったイダイがもじもじしている。ユキが言ってご覧と促す。妹のヴィナも一日働いたから日当を遣ってくれと言うのだ。理事長の顔が変わる。ヴィナはあなたが雇ったのでしょう、あなたが払いなさい。ユキも私もあなたの仕事を手伝ったわ。そうですねマム、イダイはポケットから10ペソずつ取り出す。俺の全財産。ありがとう、このお金は大切にしまっておきましょうと理事長が涙ぐむ。労働力しか売ったことのない民族には管理の概念がない。少年には経営の理屈は理解できないが岡本理事長が自分をわかってくれるマリア様に思えるのだ。『商いはタダほど高いものはない、相手にも儲けらすこと』はイダイ少年の原体験、人生哲学となっていった。


総帥表敬訪問


 生協は電話専用線の開放に続いて携帯電話への進出を発表する。メディアからの質問がつづく。①専用線はユキ生協の支店間を結ぶもので部外の者が使うのは違法ではないか。『タダということで当局のOKをとっています』。②既存の携帯会社との競争に勝算はあるのか。『ありません、がそのうち我々の傘下に下るでしょう』。どよめきが起こる。③他に新事業はあるか。『近い将来民間銀行を買収してゆきます。庶民に奉仕する銀行にするためです。ついでに申しますと次は電気、ガスについても検討しております』。

 陳を呼べ、華僑総帥がさけぶ。あれは岡本女史の宣戦布告かはったりか。それはなんとも言えません。あの女史はやりかねないということだな。恐れ入ります。よし非公式だが一対一で会ってみよう。翌朝一番機で二人はミンダナオに向かう。パガディアン空港からはタクシーを拾う。あの年代の日本人には高級車で乗り付けるよりもタクシー(ここはタクシーがないから白タク。大都市しかないのだ)のほうが好感をもたれますからと陳が説明する。一時間ほどでユキ生協に着く。

 朝の八時半、生協の開店は十時。子供たちが庭を掃除している中に老婆がいる。日本の岡本理事長に会いたいのだがと陳が声をかける。ご案内しますわ、老婆は日本語で答えた。二人は食堂に案内される。子供たちが朝粥を作っている。マロンガイの葉に魚の頭、鳥の足、卵の白身など調理場が捨てるものを集めてきたのだ。卵のカラから白身を掻き出している。よろしかったらご一緒にいかがですか、老婆が勧める。いただきます、総帥が即答する。イダイ、お客様にも。イエスマム。うまいですなあ、私も子供の頃は朝粥を食ったものです。そうでしたか、お口に合うかと思いましたが。

 応接間に案内された総帥は理事長に驚く。『日本の理事長は浮浪児と一緒に食事をするのか、』と口に出してしまった。岡本理事長は笑いながら、『御用件はなんでしょう、』と席をすすめる。『これを生協で販売して頂きたく、』と陳が月餅を差し出す。『こんな高価なものを、』生協で、とカウンター。『こちらはフィリピン華僑会の会長』『ビジネスライクに行きましょう。』『そうですな、生協の金融、通信事業を共同でやりませんか。』『いえ、お力を借りなくとも生協だけでやって行けますわ。』『共倒れにはなりませんかな』『闘鶏は死闘です、戦も事業も同じではございません』総帥が陳を見る。『我々の持株を譲ってもいいかと、』陳が助け舟を出す。『闘鶏は勝つから高値が付きますが敗者はとり肉以下ですわ。』『そうおしゃらずに検討していただけませんか。』

 『検討の余地はございません、相手に期待を抱かすような交渉は失礼であり時間の無駄ではございませんか、私にはできません』『分かりました、』総帥が立ち上がる。『貴重なお時間を割いていただき感謝します』『遠いところを、そうだ、せっかくですから生協施設を案内させましょうか』『それは有難い、これは私の座右の銘としておりますものです、お受け取りください』『まあ、私に、達筆、ありがとうございます』案内されて施設を見て回るふたり。城内を見せるということは自信のあらわれか、施設は格段の差がある。総帥は勝てる戦ではないと感じた。理事長室に戻ると総帥の銘が額に飾られていた。


 帰路の二人は無言であった。生協の土産の中に岡本理事長の色紙があった。「白刃相交わるとき 退く能わず」 和議の余地はないとも、白刃を納めれば話は別だとも読める。両雄、互いに感じ合うところがあったが今は敵対する陣営の将である。贅を尽くす中国人、質素な理事長室、年俸3000万円、華僑の百分の一以下。浮浪児に粥を振舞う、一緒に食う。衣服もその報酬の中から与えた、高級車を数台乗り回す華僑にできるか。金より名誉か、いや名誉より、使命感。それも宗教的なものではない。
 なんだ。見栄晴は自分に自信がない、中身が無いと言われているようであった。ある程度の収入があれば生活はそんなに変わるものではありませんよと岡本女子は笑うであろう。毅然として相手を威圧するのが大人との文化からすると上に立つほど低姿勢、卑屈に見える日本文化だが、いざ対峙してみるとこちらが気遅れるする。力を入れるほど跳ね返されるのだ。相手の力はどこから出てくるのか判らない。内気、外気、合気、か。気勢が違う。


 その日の夕方、華僑役員会は紛糾していたが次第にタカ派把ハト派の構図を呈してきた。『生協の通信に対しては撤退するまで値下げを続けたらよい。』『そんなことであの女傑が引き下がるとは考えられない。』『通電妨害案も女傑のつまりメディアの餌食にされるぞ、ありふれた策は通用しない。』議論が疲れてきたところで総帥が口を開く。『諸君の意見はそれぞれに見識があり華僑の熱い情熱を感じる。しかし、今はあの鬼将軍率いる生協に討って出る時期ではないと思うのだがどうだろうか。しばらく相手の出方をみようではないか。無策の策、ということもある。次回までにじっくり練ることにしよう。』会場はほっとした空気が流れる。しかし問題を先送りしたに過ぎない。売買とは、中国では買売と書くそうだが、いかに安く買い、それをいかに高く売りつけるかが本来の姿だ。詐欺、欺網すれすれのところだ。危険球退場も覚悟で勝負しなくてはならないこともある。『いい製品、いいサービスを安く提供するのが資本主義でしょう。ガラクタを売りつけるマガイ商法かかってきなさい』と岡本理事長がカメラの前で笑って答えていたが、華僑役員にはまだ彼女の怖さが、総帥の胸中がまだわからないのだ。
強い相手に近づくな、勝てぬ戦はやるな、兵法の基本である。



総帥は少年時代の旧日本軍少尉を思い出していた。岡本理事長が重なる。ある日突然、川漁をしていたふた家族が日本軍に引き立てられた。ろくな調べもせず隣の家族が次々と殺されていった。その時、『貴様、何をしているか』、と通りがかりの将校が一喝した。スパイ容疑を認めたので処刑しておるところであります。軍曹、スパイは容疑を認めんよ、認めたら殺される(本当のことを言え)。は、しかし、彼らは反抗的でありますので。処刑理由になるか、中止しろ。貴様、謹慎だ。将校は総帥の家族に事情を聞く。川漁をしていただけ。それだけではあるまい、本当のことを言えば釈放する。沈黙する。そうか、現場検証だ。真相は数人の日本兵が娘を輪姦したようだ。顕微鏡でみると娘の体内から採取した精液は容疑者のものと判明した。総帥の父親が呼ばれる。『容疑を認めたよ』で少尉、彼らはどうなりますか。『軍法会議で銃殺になるだろう』その目には憂いが漂っていた。

川では別の家族が漁をしている。日本兵を見て逃げる。逃げるな魚を買いに来た、将校が中国語で叫ぶ。1mを超える大魚が捕らえれていた。100元を渡して料理するように話しかける。それなら家で料理しているから来ればいい。そうするか、君たちは帰っていい、釈放と総帥の家族に言った。100元を手にして家族と近所で酒盛り。総帥家族も同席、父親が兄弟らしい。将校は通訳を連れているだけだ。突然娘が襲いかかった。将校はやんわり娘の手を捻ると短剣を奪う。『これは娘さんには似つかわしくない。』人殺し、日本兵鬼。娘の憎しみに満ちた目が向けられる。落ち着け、この将校は我々家族を救った。もう少し早く来てくれておればお前の家族も救ってくれたであろう。人殺しが部下も連れずに来るか。総帥の父親が諭す。伯父さん。恩人を殺すのは良くない。後日、将校の給料が300元と聞いた。日本人は生き銭を使うという。遺族への見舞金だったのかも。

 あくる日一人の日本兵が川漁をしていた。いつ殺されるかとおどおどしている。娘を手ごめにしようとした例の軍曹だ。鬼と罵られた腹いせに娘の家族を殺したことは多くの証言、自白、精液から明白になっていた。日本兵が去る前日、例の娘は軍曹を誘惑した。川辺で娘に駆け寄る軍曹が躓く。細紐が仕掛けられていた。色に迷った男は何と愚かな。川に投げ込まれ、人殺し、鬼と罵られる。それからくる日もくる日も。伯父は姪に言った、死ぬよりもつらかろう。そうですね、伯父さん。あの若さで少尉とは學があるのだろう、奴を殺せば日本兵は黙っていまい、そのままにすれば我々も黙っていない、して彼の答があれだ。

 千夜一夜物語

   千夜一夜物語



 カーシム大佐はハジ議長に坂本説得を責められていた。シャハラザードの協力が必要です。というと?坂本は女に弱い。言えてるな。これでいきましょう。君の書いた文章読んでみろ。

 『私の名前はShaharazadoといいます。ムバルクは養父です。正確には人質として私を家族から奪い取ったのです。彼は私の父と政治的に対立していました。強硬派と穏健派の対立とメディアは報じていました、選挙戦に入った頃です。国民の多くが父を支持しました。彼は選挙の不利を悟り、父を軟禁し私を連れ去りました。やさしい父は私の命と引き換えに立候補を取り下げました。そして、そのことで自分をずっと責めました。可愛そうなお父様、私が男であったなら、ああ、涙が止まりません、女には泣き暮らすほかはないのでしょうか。
 私を救い出す男が東の海からやってくるというのは何時のことでしょうか。間もなくお父様の敵に処女を奪われるのが悔しい。私が命を絶つと家族を皆殺しにすると脅されています。神はお救いくださらないのですか。ならば私は東の海からやって来る男にかけます。たとえ、それが野蛮人であろうとも私は家族のためにこの身を捧げます。』 

というのがメールの本文。これが写真。Alf Laylah wa Laylah,千一夜か?坂本がこれにかかってくるかな。彼の弱点は若い女。ムバルクがこれを見たら怒るだろうな。嘘も方便。乙女チックな文章だが。百万ペソ賭けましょう、坂本が大統領にあった時点でお支払いください。面白い、で、彼がムバルクにあわなかったら君は?娘をだします。よしわかった、君の勝を祈ろう。

 生協は緒に就いたばかりだが、ハジ議長からマレーでムバルク大統領と会うように迫られている。ユキに任せて闇の黒幕にかかるか、坂本は腹を括った。バーナードから会いたいと言って来ているがシェエラザードが先だ。リムスキーを聴いていると金比羅船船の旋律が坂本の胸を揺する。美少女の色香に抗う術なし。観賞用とわかっていてもこのときめきは、ああ初恋に似て。東洋と西洋の血が混ざった乙女の挑むような眼差しに胸射られ、異郷に果つるに悔いあらむ。
 坂本はマレーに飛ぶ。空港から指定されたホテルにタクシーで向かう。チェックインしてシャワーを使う。さすが一流ホテルだ、水質も水量もいい。ハジにもらったアラビアンに着替えるのを見計らうように呼び出し。『セールさかもと、ルーム1010にお越し下さい』10階に行く。廊下の角にはガードマン。1010?指差す。手を上げる。ノックする。ドアが開く。無表情な顔の男。
 私は東海からやってきた、カーシム大佐に会いたい。いない。ハジ議長は?いない。部屋を間違ったようだ。お待ち下さい、サー、シャハラザードはおりますが。そうか、彼女に会えるかな?どうぞ。中に若き日のGina Lollobrigitaジーナロロブリジータが立っていた。

 きゅんとした胸、本当に17才か。メールの写真と見比べる。『私は東の海から貴女を救いに来た』『あなたが来るのを待っていました』そこにムバルクが現れる。無粋な奴。『ムバルクだ、貴方に会えてうれしい』坂本は写真と見比べる。貴殿がムバルクであることを示してもらいたい。たとえば、私が送ったリストを見せるか、テレビ電話でハジ議長の確認をとるとか。むっとしてどちらがいいか?いずれでも。リストを示す。OK,これはどの程度の信頼性があるか、つまり、彼らの全てか、部分か?ムバルクはたじろぐ。
 イスレムは世界最古の文明を持つがそれは過去の話か、フセインは連中に乗せられてクエートを侵攻した。馬鹿は騙される。今度はイランを挑発して核兵器でイスレムの抹殺を企てている。事は急を要する。俺の質問に答えられるのか否か、別の方法を考えることはイスレムを侮辱すると思って答えを待っている。『ハジ議長と話したい』いいとも。俺が先だ、ハジ、これは本当に大統領か、女しか能がないのか。馬鹿野郎。『なんと無礼な男だ』『しかし、彼の言っている事は正しい、彼を説得できますかな大統領。事実を伝えるしかありませんな』『うむ、そうするか』

 ムバルクの話は次のようであった。
   1坂本 (バーナード)リストは全員闇の黒幕である。有罪(状況)証拠を
    示すことはできる。全員の身柄を拘束するには時間を要する。
   2これが闇の黒幕の序列およびこれが全員かは不詳。捜査を継続する。

 初めから素直に話せ、同志に格好をつけるな。俺たちは互いを信頼して行動しているのだ。俺は捕虜から情報を聞き出す。そちらはそちらで情報を収集してくれ。定期的に情報を交換しよう。基本戦略は捕獲、隔離だ。改悛の情なく更生の見込み無きは処分すなわち刑の執行も已むなしとする。これは厳守してもらいたい。人間としての誇りだ。疑わしきだけで罰することあたわず。したがって、対象範囲は家族は含まない。
 かつて日本では一族郎党全員が処刑されたが、これは不可。俺の主義に反する。禍根を残すことになるかも知れないが、、、。お前はどう考えるか。『貴殿は正直な男だ。むずかしい質問だが私は禍根を残さない』そうか、それも見識だ。奴等の罪状からすれば無理もない。しかし、窮鼠猫を噛む、ともいう。逃げ道がなければますます凶暴になる。それを阻止する術は我々にはない。ここは俺の基本戦略に従ってもらいたい。男の約束だ。『わかった約束しよう。』


 坂本は席を立つ。驚くムバルク。どうした?用が済んだから帰る。捕虜が俺に話があると言っている。何か掴めるかも知れない。私はもっと話したい、食事を用意する。酒も女もつける。女は要らない。砂漠の民は異民族を受け入れないのか。政治が絡まなければ受け入れる。昔から水と草だ。それは水を引けば解決する。
 砂漠に木を植えればいい。できるのか、砂漠に?地下には水脈がある、オイルマネーのほんの一部でオアシスを好きなだけつくることができる。平和に生きることができる。連中の妨害がなければ、害虫は駆除しなくてはならない。しかし、彼らは元々悪魔の魂を持っていたのか、人間のやさしさはないのか、もはや、やさしくなれないのか、聖書にいう神に呪われた民なのか?もし、そうだとすれば何ゆえ呪われたのか、神は彼らを野放しにしてきたのは何故か。無能な神だ。そんな神は首だ。神を解雇するのか?当たり前だ、役に立たない神が存在する理由はない。

 料理が運ばれる。食ってくれ、お前のために昨日から仕込んだものだ。それはありがたいがビールでまず乾杯したい。それはアルコールだ。ムバルク、これは何か?びーるだ。どこで発明された?メソポタミア。いつ?7000年前。そうだ、こんなに長く愛飲されている飲み物は?ない。だろう、これは世界一の飲み物だ、乾杯しよう、イスレムの先人に感謝と敬意を表して乾杯!カンパイ??。
 なんだこの日本人は?ムバルク、これは麦のジュースだ、アルコール分を少し含むが、麦のジュースを飲んでいるのだ、わかるか。イエスサー。結構、もう一杯。十分だ。俺の酌が受けられないのか?(ハジ議長はその日本人に逆らうな、いうとおりにしろとの伝言です。そうか、しかたないか。みたいですな)乾杯しよう、ミステル サカモト!

 うまい、さあて、食うか、いただきます。どういう意味だ?この料理に関係したすべてのものに感謝するという意味だ。おお。美味いな、何の肉だ?ラクダ。生まれて初めてだ。これだけの料理ができる民族が何故テロを行う。神風の物真似か?毒を制すには犠牲もやむを得ない。毒も元から毒であったか、疎んじられ悪魔に魂を売ったのではないか。疎んじられた人間は金に頼る、異民族を虐げて己のみ生き延びようとする。彼らを追い込んだ者も罰せられなければなるまい。神、キリスト教徒の神はその罪を問われるべきだ。人間が過ちを犯すものとすれば彼は製造物責任をとらなければなるまい。彼が謝罪したのを聞いたことがない。

 『日本人は神を宗教をどのようにとらえているのでしょうか』Shaharazadoが坂本をみつめる。私のように信仰心もなく、神を信じない者にはむずかしい質問だ。これは私の考えであって日本人全体の考えではないがよろしいか?ぜひとも。人間が限界に挑むとき、人知を超えた存在を感じる。それを神と呼ぶならば神は存在するが、神は人間のために存在しなくてはならない。これが宗教観である。 つまり神と人間との関係が宗教とすれば神は人間に役立つものでなくてはならない。それ故に日本人は神を敬い、感謝する。『神に対する畏れはないのですか』神は不正を正さなくてはなくてはならない。その力に畏れを抱くが、もし悪を正さなければ無能なものと信仰の対象から外す、つまり、解雇する。俺にはイスレム、ユダヤ、クリスチャンの神々を解雇する権利はないが、闇の黒幕駆除の費用報酬請求権はあるはずだ。かれらが払わなければあなた方に請求する。二人は顔を見合す。周囲も聞き耳を立てている。
 『このような宗教観は初めてです。このような宗教観を持った人に会ったのも初めてです。あなたは東の海から来られたそうですがそれはどこですか。』私は東の海の中なる小さな島に住んでいます。オリエンタルです。あなた方はオクシデンタル、彼らはさらに西方。日本は日出国です。『日イズルクニ、、、』そうです。この件がかたずけば一時日本に帰国します。貴女を連れて行ってもいいですよ。ムバルクいいな?それは娘の問題だと精一杯の抵抗。それは彼女にしか解らない言葉だ。しかし、ハジ議長カーシム大佐が聞いたらなんと思うであろうか。

 シャハアラザードの眼が潤んでいる。千一夜物語、アラビアンナイトの語部の名前だ。美しい聡明な乙女が夜な夜な語る物語を聴きながら眠るとき男の心は憎しみを忘れていったに違いない。その帳はいかなるものであったろう。『ヒ イズル クニはどのような国でしょうか。』坂本はgoogle earthで日本を示す。この島国は67%が山ですが1.2億の人々が暮らしています。
 海の幸、山の幸に恵まれて争いのない生活をしていました。先住民も渡来人も共存できたのです。東部は海から日が昇り山に沈みます。西部は山から日が昇り海に沈みます。日の出、日の入りは美しく神々しい。人々はこれにあわせて日々の生業を営んでいました。家族が暮らせるだけの海の幸山の幸を得て自然に感謝する生活です。富める者も貧しき者もなくたがいに助け合って平和に暮らしていたのです。それは2000年ほど前まで5万年以上変わらなかったと言われています。ある日騎馬民族が大陸からやってきて人々の土地を奪い、税を課すようになります。しかし、美しい自然に抱かれて暮らすうちに敵対することの空しさを悟るのです。融和していったのです。ゆるやかに混血して日本民族を形成します。数世代で溶け合ってしまいます。

 乙女の想いは時空を超えて馳せてゆく。そのように民族が融和していけたらどんなに幸せでしょうかとつぶやくのであった。砂漠の民族の多くが、どれほど多くの民族が消えていったことであろうか。征服者は雑草を刈り取るように異民族を抹殺する。砂漠の掟なのだ。民族とは対立することが前提なのだ。共通の神を戴くことことで対立を少しでも緩和しようとするのであろう。『日本では異なる民族が共存できるのでしょうか』私は民俗学者でないが、先住民族アイヌおよび琉球はここ300年ほど苦難を強いられてきた。したがって、共存可能と断言できない。これに対し日本の裁判所はこの事実を指摘し、日本政府もこれを認め謝罪した。
 一方、朝鮮、中国、あるいは南方からの渡来人は大きな混乱なく日本民族に溶け込んでいった。全体的には原民族意識が消滅して日本民族と同化していったと言える。姓つまりファミリーネイムで渡来人か、日系日本人かは容易に判断できるが、それは意味を持たない。原民族ゆえに差別されることはない。『どうしてなのですか』わからない。
 日本人が過去にあまり拘らないからではないか。現在、将来が大切なのだ。日本の都市を壊滅的に破壊し、原爆を投下した米国の人間を日本人は恨まない。なぜなら、それは米国政府の犯罪であって米国民の罪ではないと考えるからだ。『米国政府は米国民がつくったのではありませんか』理論的にはそうだが、日本人は現実には国家と国民は別のものと考えるのだ。

 沈黙が続く。ムバルクもシゃハラザードも言葉を失ったのであろう。このような民族が存在するのか。日本民族とはいかなる民俗であろうか。この日本人が特別なのか。彼らの思考は混乱し、正常に戻るには時間が必要であった。人は異文化、異なった考え方に接したとき緊張と恐怖を覚えるのだろう。実験用のねずみが別の場所に移されると尿意をもよおすのに似ている。対立は紛争を呼び憎しみを育てる。食料の少ない砂漠にあってはその部族民族が生きてゆくには異民族を滅ぼしていくしかないのか。戦のたび、その空しさを女はいつも覚えるのだ。
 日本民族の融和の話はシャハラザードのこころに万年雪をも溶かす温水のごとくしみ込んで来る。おだやかな気持ちは幸福感を醸成し、坂本に対する尊敬に変わっていった。この日本人は見も知らぬ異国の少女を救った聞いている。そのときの負傷の報酬に食事を求めた、金は受け取らなかった、と父が話していた。尊敬は愛情に変換されることは珍しくない。夢みる乙女は自分の作文に坂本と自分をおいて読返していたのだ。

 その夜の出来事は夢であったか、坂本は思い出すたび、現であったか、わからなくなる。その音楽は”ペルシャの市場にて”のような気もする。オリエンタル東洋とオクシデンタル西洋が交わるところを彷徨っていた。エメラルドのモスクを見ながら進んでゆくと喧騒に包まれた市場に迷い込む。人々にぶつかり揉まれながらどこまでも歩く自分は意外に楽しそうな顔をしている。突然人々が潮が引くようにバザールの隅に固まる。市場は大きな絨毯が広がる。その色は深紅のようでもあり、紺碧にも見える。
 色が消えると一人の少女が進み出てくる。凛とした姿は女王なのか王女なのか。両手を拡げて一回りするとレースが舞う。そしてもと来た方へ去ってゆく。魅せられたように後を追う。王宮の中は人々が行き交うが誰も坂本を振り返らない。
 王女の部屋は3階の奥にあった。つづいて中にいると御付が部屋を出てゆく。流れてくる音楽はリムスキーコルサコフのシェエラザードだ。王女の優雅な舞は坂本を褥に誘う。いつしか王女に抱かれ海に浮かぶ子舟のように揺すられる。海面高く持ち上がり深く沈む。二つの身体が天空に駆け上り急降下したとき深い眠りに落ちていた。

 ホテルを出るときムバルクの側にシャハラザードが坂本をみつめていた。その熱い眼差しは昨夜の出来事を反芻しているのであろうか。坂本はその手を握り締め別れを告げる。いつの日また会わん。さらば麗しの乙女よ。Rimsky-Korsakov:Sheherazadeとメモ書きしてその掌に押し付ける。そのまま空路マニラに向かう。

      有馬温泉


  陳志淵とカルロスが日本にくると言って来た。視察とは別にマリアのことではと、坂本は複雑な気がしたが関西空港に迎えに行く。二人とも小さなスーツケースひとつ。『龍次、日本の税関フリーパス?』カルロスが開口一番。人を看るのだ。お前たちは紳士と判断されたのだ。陳が説明してやる。カルロスが上機嫌になる。坂本は有馬温泉に二人を連れてゆく。和室5人部屋一人3万。見晴らしのいい部屋といったのだが、二人は他の部屋も見て周りもっと広い部屋がいいという。『ここは少し高くなりますが』ガラガラじゃないか、ここにするぞ、いいな。『しかられます』仕事のうちだ。『わかりました、お食事は?』1時間ほど湯に浸かってくる。『ご記帳お願いします』と筆ペンが出される。坂本がカルロスの分も書いて陳に渡す。陳は鮮やかな筆遣いで記帳する。『マニラからおいでなのですか』二人はホテルのオーナーだ、無理して有馬に案内した。『恐れ入ります』ビールはなんだ。『麒麟一番絞りとラガーでございます』一番絞り生で大三つ。酒は地酒の美味いのを三合。『かしこまりました。お荷物はここでよろしいですか。貴重品は帳場の方へ。浴衣はここにございます』

 浴衣に着替えて帳場に向かう。菊の間だ、パスポートコピーしておいてくれ。『承知しました。預証でございます。浴場は3階に』わかった。浴場は木の香が漂い露天風呂もある。カルロス、パンツも脱げ。すっぽんぽんだ。スッポンポン?そうだ。タオルを鉢巻にして浴室に入るとかけ湯をする。熱いなリュウジ。気持ちよくなる。湯船に浸かる前にはかけ湯をするのだ。カケユ。そう。坂本が湯船に脚を入れゆっくりとしゃがむ。尻背中が痛い。カルロスは足を入れただけで飛び上がった。陳は落ち着いたもので徐に湯船に身を沈める。
 カケユカケユとカルロスに指差す。カルロスは再度湯船に足を入れるが突っ立ったまま。でけえなあ。坂本が冷やかすと入浴客もくくっと笑う。意を決してカルロスが身を投じる。たちまち肌が赤くなる。美味そうな茹蛸ができるぞ。カルロスは汗だくで我慢できない。あと二三分で体の毒が出てしまう。辛抱しろ。本当か。だから高い宿賃を払う。熱いが気持ちいい。だろう。湯中りしてはいけないから外に出よう。

 露天風呂は百万ドルの夜景が見下ろせる。ワオー、カルロスが歓声をあげる。香港に似てますな、陳も静かに感動を表す。しばらく無言で夜景に見入る。やがて坂本が露天風呂に浸かると二人も続いた。カルロスが他に入浴客はいないのを確認してつぶやく。スッポンポン カムフォタブル!生まれたときの姿は心身を本来の人間を思い起こさせるのだろう、と坂本は思ったがふと不安が過ぎった。

そして不安が現実となった。カルロスが坂本のオッテンをさする。何をする。オウ、サムライ。陳が仰角80度ぐらいのオッテンにタオルを掛ける。な。ああ。??。この日本刀よく切れるあるな。??。有罪だな。明白。『俺の娘が子供を生んだ。父親はリュウジだ。それはいいが俺の妻も子供を生んだ。父親はリュウジだ』陳も『右に同じ』と続く。それはそれは、、、サーヴィスだ、借りたものには利子をつけるのは常識だ。『すると俺たちはどういう関係だ』うーん、分からない。『過剰サーヴィスですな』陳はちくりと刺してくる。で、お前の妻は怒っているのか。『いいや、だからこそ俺はお前を憎む』人の妻を盗んだ』盗んでいない、彼女を持ち出していない。一度ただ一度だけ愛を育んだだけだ。それが罪か。その時幸せだった。『故にお前は殺されなければならない』それはお前の過失である。責任を俺に転嫁するな。お前が日々彼女を愛し続けておればこうはならなかった。反省すべきはお前の方である。お前は夫の務めを果たしていたのか。それは十分ではなかったが、、、。果たしていたか否かだ。

 カルロスと陳が首を傾げる。坂本は中の湯船に逃避する。二人の追っ手も続く。カルロスが汗を垂らしながら叫ぶ。『OK,リュウジお前は懲役三年、執行猶予五年だ。しかし父親の責任は果たさなくてはならない』言われるまでもない。しかし俺は未だ会っていない。『二人とも美人でお前とそっくりの顔をしている』俺のほうも同じだと陳。早くこの手に抱いてみたい。頭もいいはずだ。『これから俺を父親として接しろ。俺はマリアの父だ』シーセニョール。知道了爺。『爺とはなんだ。爸爸と言え』イエスサー。俺は美女に情けをかけたのに罪人か。『似たようなものだ。しかし、こう素直に出られると矛先が鈍るあるな。これで名実ともに俺たちは家族となった』『そうだな陳、俺たちも婿殿を通じて親戚だ』そろそろ食事ができているだろう、部屋に戻ろうと坂本は逃げを打ったが金玉を握られた感じだ。

 帳場で鍵とコピーを受取る。コピーはただなのか?ただだからサーヴィスなのだ。部屋に戻ると活け作りと料理が並べられている。湯上りのビールはうまい。日本のビールはこんなに冷たいのか?中国人は冷たいのに弱い。日本人は格別冷たいのを好む、日本酒はどうだ。坂本は気を使う。仲居が陳に酌をする。女将がやってきて挨拶をする。『今日の生き作りは鳴門の鯛でございます。鯛は明石もいいのですが、知合いの漁師さんが今朝取れたのを送ってくれましたの』女将の里は?『南淡路です。甥の彼女が鳴門の漁師さんの娘で車で届けてくれたのは有難いのですが、向こうの部屋で彼女と食事しています』高価な鯛だな。『あの子は妹の子で母を早く亡くしたので母親代わりですねん。まあ、つまらないことを話してしもうて、どうぞごゆっくり御寛ぎくださいませ』
 カルロスは女将に見とれている。祝儀をと催促する。女将には失礼なのだ。そういうものか。仲居が取り皿に鯛をとってカルロスと陳に給仕する。美味いと二人が日本語で言う。仲居がにっこり笑って陳に酌をする。カルロスはビールをお代わりする。お姐さん両替してくれるか、坂本は2万円を預ける。かしこまりました、仲居は帳場に向かう。日本ではサーヴィス料が別にくる、チップは祝儀といって満足したときに出せばいい。わかった。仲居が千円札に両替してきた。ピン札だ。10枚ずつ二人に渡す。新しいジョッキをカルロスの前に置くと海老をほじくってくれる。そこに天婦羅が運ばれてくる。天汁に浸して塩を付けて取皿に乗せる。この塩はうまい。陳がつぶやく。赤穂の天然ですよって。赤穂か、この酒は。灘の生一本、水がええさかい。銘酒じゃのう。一升瓶で所望する。ええ?瓶と枡を持ってきてくれ、坂本が念を押す。
 仲居は四十過ぎの落ち着いたいい女だ。電話で注文を伝える。いい湯に浸かって美味い料理を食って幸せだなあ、坂本が口にする。キレイどころがあれば、もっと?いやお姐さんがいてくれたら十分だ。まあ、お上手いうてから。板さんに手が空いたら来て貰ってくれ。わかりました。二人に包丁捌きを見せて欲しいのだ。それでしたら板場のほうがよろしい。板前しか入れないだろう。お客さんのお上手は嘘でも嬉しいやさかい、まかしといて。坂本たちはタオルで頭を縛って板場に入る。そない気にせんでどうぞ。板長は1貫目の鯛を捌いてみせる。陳とカルロスは食入る様に見つめる。おい、握ってみろ。へえ。若い板前が握り寿司を並べてゆく。二人は感激してため息を吐いた。
 部屋に戻ると陳が日本の旅館は料理も出してこの料金かとたずねる。旅館は料理の良し悪しで客は選ぶ、板前の地位は高い。料理を部屋まで運んで採算は取れるのか。そこがホテルと違うところだ。ここは客と従業員が友達、家族のようだな。カルロスが叫ぶ。仲居に通訳すると従業員が喜びますよ、と笑った。陳がカルロスに通訳するとカルロスは仲居の手を取ってアミーガと引き寄せる。仲居は握り返して灘の生一本を陳に見せる。ナマイッポン。なまやのうて"き"、冷でよろしい。ああ、日本語はむずかしい。生は百以上読み方があるそうだ、坂本が胡麻をする。枡酒が気に入ったらしく二人は重ねる。
 板長が握りを三人前持って挨拶に現れた。板場からの差し入れです。オオ、マステル、ノメとカルロスが枡を差し出す。陳は五千円を些少ながら包丁の謝礼であるよ、と仲居に渡す。板長に手渡す。握りの大きさ全部同じ、どうやるのか。まあ、手が覚えてますよって。二人は感心する。米粒を数えると二つぶと違わないそうだ、な、板長。ええ、まあ。カルロスはシャリを数え始めた。本当だ、すごい、天才だ。三つシャリを数えたのだ。西洋は分析が好きなのだ、と坂本が取り繕う。板長は手を洗ってくると握りなおしてみせた。カルロスは感激して板長に酒を勧める。この料理は美味いぞ食え。これには板長と仲居も苦笑するしかなかった。

 電話が鳴った。仲居はわかりましたと切る。女将がカラオケはどうかと申しております。宿の付けなので是非と。のぞいてみるか、坂本が立ち上がる。カルロスが仲居に三千円を出す。過分ですと二千円を返す。貴重品は金庫にしもうてますか。時計現金をしまって鍵を電気スタンドのペンダントに入れる。宿の者しか知りませんから、と仲居は微笑む。カルロスが抱き寄せて頭にキスをする。一瞬仲居の身体が歓びを示した。カラオケは会社の慰安旅行らしい客が十人余り歌っていた。有馬とは豪勢だな。珍しく陳がマイクを握った。

那南風 吹来 清凉  
那夜鴬  啼声  凄愴   
月下的  花児  都入夢  
只有那  夜来香

歌い終わると我に返ったような拍手。白髪の婦人が陳にビールを注ぎながら、ありがとうございました、娘のころを思い出しました、と涙を浮かべていた。婦人は蘇州夜曲を歌った。切々とした哀感が胸を打つ。ご主人は?ええ、いい男でした。四川省西安の出でした。陳と広東語で話しているようだ。続いてカルロスのべサメムーチョ。甘い声は女心をとろかす。中年の女が抱きつく。カルロスはやさしく抱きながら歌いつける。女は首に腕を回し接吻した。カルロスが返すと女はああ、と失神した。カルロスが抱き上げると一度でいいからこんな男に抱かれてみたい、と叫ぶ。やんやの喝采。
 龍次日本の女情熱的だな。旅の情。なに?そのうちにわかる。カルロスがギターをとって愛のロマンスを弾く。スペイン民謡だが禁じられた遊びの主題歌として知られている。曲が終わると今度は30位の女がカルロスに挑むように手を打った。フラメンコ。胸を肌蹴て踊りだす。ギターが応じる。ギターが問いかける。踊りが答える。次第に緊迫した情熱が周囲を圧倒する。女のフラメンコは本場仕込のようだ。素足でなければもっと迫力が、、、。その夜、坂本は程なく部屋に帰ったが、陳とカルロスが戻ったのは明け方であった。

 一風呂浴びての朝飯は蜆汁が出た。昨日の仲居が給仕してくれた。日本の旅館はいいものだなあ、カルロスが照れ隠しのようにいう。ああ、陳も同調する。よく眠れましたか、仲居の話しかけに二人は気付かぬ振り。五日で日本を案内するとすれば修学旅行になるかな。お客様のような方でしたら返って鄙びたところがよろしいかも。それは言えるな、東北にでも行くか。そこへ女将が挨拶にきた。『夕べは盛り上がったとか。これからのご予定は』客人はいい思いをしたようだ。予定を今話していたのだが奥入瀬、白神当たりを考えている。『この時期は涼しいて気持ちがよろしいやろ、うちも付いて行きたいわ』といいながら女将は名刺を二人に差し出す。二人も名刺を交換する。女将は道理でという顔。マム、来るときはコールな、私のホテルに招待する、とカルロス。女将、旅行は当社にご用命くだされば万事取り計らいますゆえ、と陳も負けていない。『こんな偉い人からお声がかかって胸がときめきわ、顔がほてってきた、女将が娘のような声を出す。女将、カラオケのお礼というか、気持ちだ、と坂本は一万札を出す。『うれしいわ、お気持有難く頂きます』男が出した金を引っ込める訳にはいかん。『ほうですね、遠慮なく頂戴いたします』
 帳場でチェックアウト、11万円、10%のサーヴィス料。旅館でサーヴィス料とは何だ、金を取るならサーヴィスといえるか、心がこもったもてなしが旅館の命だろうが、坂本が声を荒げる。女将が眼で合図する。面白い日本人ですなあ、あの男は。陳がつぶやく。女将もうなずく。宿の車で送ってくれることになった。仲居がクーラーボックスを車に運び込む。『握りと女将のお土産、お昼にでも食べてな』宿の見送りに手を振って応える。『お客さん有馬を一回りしてロープウエーに行きまひょか、時間いけますか』運転手が声をかけてきた。そいつは有難い、よろしく。山の出湯は旅情をそそる。ここは温泉街か、カルロスが感嘆の声を立てる。静かだな、と見渡す。車は八人乗りのバンなので見晴らしがいい。

 ロープウエーに着くと運転手は切符を買ってくる、荷物を運ぶ、えらいサーヴィスがいい。カルロスが千円渡す。怒られますがな。ガイド料だ、受取ってやれや。世話になったな、坂本がバッグを手にする。よいお旅をと運転手が見送っている。ロープウエーから大阪湾を眺望する。いい眺めだ、日本人は美味いものと景色に幸福を感じるのだな、とカルロスがつぶやく。あれから俺は犯されつづけた。フラメンコか。ああ、幸せだった、日本の女は泣いているのかと思ったがあれは悦びの声か。だろうな、昨夜は最も原始的国際交流に努めたわけだな、坂本が昨夜露天風呂で二人に攻め続けられてから数時間後の今、この反撃の機をと皮肉を込めて答える。陳はすましているが軽く咳をした。陳よ、お前もか。

 マタギの世界



  大阪は商人の町、その雰囲気を感じさせるべく堂島に向かう。が、土地勘がないので周遊券を買う。一日2000円は便利だ。初心者はいい。バッグはコインロッカーに入れる。盗まれないか、大丈夫だ鍵は俺が持っている。二人は坂本に続く。ガイドを見ながら大阪城、空中庭園、歴史博物館、くらしの今昔館、時空館などを見て回る。地下鉄初めての二人だが、交通整備の良さに驚いて様だ。歩いてみてその土地を感じることができる。それにしてもこの暑さはなんだ。フィリピンより熱い。
 木陰で弁当を開く。握りずしと生一本が詰められていた。これは女将のサーヴィスか、カルロスがのぞく。これは俺の酒だ、と陳。よし、ビール買ってくる、ここにいろ、坂本が立ち上がる。二人もついてくる。コンビニでビールとタバコを買う。日本の陳列接客を観察しているのだ。木陰のベンチに戻ってビールで乾杯。坂本は握りが傷んでないか確かめる。大丈夫だ。日本は緑が多いな。ああ。その夜はかんぽの宿に泊まる。これはどの程度のホテルか?標準的ホテルだ、 庶民向けも経験しておくといい。翌朝、一風呂浴びて食堂でバイキング。粥がうまい。カルロスにはめずらしいらしい。チェックアウトで会員証を見せる。お二方はご家族ですか。そうだ。何か証明できるものはございますか。今日は持っていない。カルロスが何かいいながら五千円を握らす。会計嬢は笑いながらやんわり返す。わかりました、でも内緒ですよ。33,875円の領収書を示す。坂本は親指を立てカードを渡す。日本ではデポジット予納はないのか、陳が不思議がる。日本人はかならず金を払う。疑われることは不愉快なのだ。信頼の上に成り立つ社会は異邦人には理想郷にも見えるのだ。
 新幹線に乗る。車内アナウンスを聞いて、東京まで3時間か、横浜にゆきたいと陳がつぶやく。新横浜は通過らしい。車掌に聞くと次の電車は止まるという。乗り換える。陳が坂本の携帯で横浜の友人に連絡する。今夜は横浜に泊まっていいか、友人が招待してくれた、陳がうれしそうに話す。おれたちもか、とカルロスが聞く。ああ、三人行くと言ってある。浜松に近づくとうなぎ弁当の車内販売。窓を開けてホームの売子から買うわけにはいかない。弁当とビールを求める。ここは鰻の養殖が盛んで名物なんだ、食ってみろ。これは魚か。カルロス浜名湖だ、ここで獲れる。そうかと言ってたいらげる。ワンモール。一時間で横浜だ、夕食が食えなくなるぞ。大丈夫だ、これはミリエンダ。食い終わった頃富士山が見えてきた。フジヤマ!美しい。隣の席の娘たちがククと笑う。カルロスが手を振る。娘たちも小さく振る。それにしてもこの速さ快適さ、事故はないのか。一度もない。二人は100年後の未来都市にいる気分だ。

 半時間で新横浜に着く。本当に時刻表のとおり運行するな、坂本は改めて思う。陳の友人が迎えてくれる。『よくいらしてくれました。柳史訓と申します』ご厄介になります、劉備玄徳ゆかりの?いえ、柳のリュウです。夕餉まで時間ありますからどこか案内しましょうか。中華街がいいと思いますが、車ですからベイブリッジお願いできますか。二人に日本を見せたいのです。それはいい、行きましょう。想い出ありますか。やはり横浜は港でしょう。坂本は前に座る。そこ私、お客さん後ろ。陳は柳さんと話やすいでしょう。恐れ入ります。車はセフィーロ、客か取引先の関係か。車は静かに走り出す。道路もいいし、車の整備もよくしているのだろう。港がみえる丘でやすむ。坂本は遠い昔を思い出していた。
 ベイブリッジは日本の橋の中でも美しい。ついでにアクアラインに行ってみますか。二人も観たいという。お言葉に甘えさせていただきます。この時間混まない、木更津回って来ましょう。柳が言外に日本人は時間を気にし過ぎると匂わしていた。二人は興味深く車窓を眺めている。湾岸道路の前方に羽田空港、浮島で右に取るとアクアラインだ。海の底を走るのか、そうだ。日本人は橋とかトンネルが好きなのか。そうみたい。陳と柳は笑って聞いている。船橋から浦安を通り夕方には横浜に着いた。東京ディズニー、羽田空港を外から見たので満足したかと思ったが今度は中を見たいという。今日は行かない、彼女を連れて自分で行け、坂本が撥ね付ける。

 柳の細君はなかなかの美形だ。娘も母親似で清楚にして匂うような色気がある。許細君梅雲の轍を踏んではならない、坂本は言い聞かせた、男はたとえレイプされたものであっても有罪にされる恐れがある。母娘が気になる。中国料理は見事なもので味もさすがと思う。美味い料理は人間を幸福にする、老酒といえば紹興酒ですか、坂本が母娘を意識しながら切り出す。Shaohisingciuもいいが福建省の地酒もいいですよ。味わってください。梅園で筝を聴きつつ飲む感じですな。これは言い得て妙ですな。御国は福建省ですか、台湾の対岸ですか。ええ、私の兄弟が台北に住んでいますよ。ところで尖閣諸島に日本国民はあまり関心はないのですか。ないですね。柳は陳の顔を見る。経済的価値は海産物と地下の油田でしょう。漁民の操業と油田開発ができれば領有権はあまり意味がないのでしょう。面子は?多少あるかも知れませんね。腹が立つのは政府間の問題を日本国民に矛先を向けることですね。日本人は原爆を投下した米政府を憎みますが米国民を恨んだりしません。あれはヤラセですか。政治の常套手段でしょう。そもそも中国はどうして外国にちょっかいを出したがるのですか。諸葛孔明が病をおしてチベット遠征したのは何故ですか。漢を立ち上げて基盤を固めるべき時期にわざわざ。難しい質問ですね、調べておきましょう。是非お願いします、七世紀の日本政府は唐は日本の俗国であると宣伝したのです。その理由が知りたい。ここに日本の日本民族の根源的思想があると思うのです。わかりました、できるだけ早く答えるようにしましょう。

 翌日柳の見送りを受けて横浜を離れる。東北の帰りには必ず立ち寄ってくださいね、柳が手を取って坂本の眼を見つめる。そうします、お世話になりました、坂本も手を握り返す。国電で秋葉原に行く。日本の庶民世界を二人に見せる。電気製品の多さに驚く二人。細い路地には電気部品の一坪ぐらいの店がひしめいている。何のサリサリだ、龍次?電気部品だ、あれを買って自分で組立てたり修理するのだ。どうして人が多いのだ。安いからだ。一回りして大きな店舗に入る。八掛け、高いな、二人に説明する。サリサリは安いが一軒一軒回らなくてはならない、ここは高いがほとんどの品が揃っている。しばらくして二人はここにする、と答えた。好きなものを選べと坂本はカートを持たす。たちまち一杯になる。カート4台分店員が飛んでくる。これ海外に送れるか。大丈夫でしょう、確認します。それとな、10%offな。えっと驚く。レジに行く。カルロス約60万、陳約40万計100万。そこから10万引けばいいのだ。はあ?店長も出てくる。ちょっと10%はできないですね。ここは店が大きいだけで値段は高い、秋葉原が泣くぞ。流通コスト60%としてこの店のマージン30%か、十分だ。販売コストを考えろ、そうか、キャンセルだ。

 お待ちください、5%でどうでしょうか?客に値切るのか、こんな店で買うものか。わかりました。店長はレジに目で合図する。そうか、二つは会計も梱包も別。海外発送はできるのか?郵便局が安くて確実です。発送もやらされると思ったか。いえ、そんな。梱包はしっかりしたのに入れてくれ。近くの郵便局へ運んでくれ。承知しました。郵便局で手続きしてる間にトンカツを食いたくなった。え、しかられますよ。めんどうな客だったと言え。高いですよ、800円ですよ。うまければいい、連れて行け。店員は港やに行って来ると局員に告げる。こじんまりした店だが清潔だ。これは豚か、ワンモール。カルロスよく食うなあ、だいじょうぶか。生一丁!カルロスがジョッキを持ち上げる。ヘーイ生一丁。威勢のいい返事。ヒレと串かつ。お客様私はこれで、ご馳走様でした。おお、世話になったな、郵便局覘いてくれ。わかりました、失礼します。よろしくな。車代もやらないのか。サーヴィスだ。店員は郵便局の受付票を届けて店に帰る。
 あんなに使っていいのかチップもやらず、カルロスが首を傾げる。日本は会社が給料きちんと払う、心配しなくて良い。会社儲かるボーナスを出すある。そういうこと。従業員でも経営者感覚で仕事するのか。そうあるみたいね。陳もヒレと串カツを摘む。酒あるか。老松ですが。お、九州か。ぬる燗で2合。へー、お待ち。陳がじっくり味わう。生一本と別の味わいだな、オイマツ?老松の瓶を見せてくれ。陳に見せる。東京で手に入るのか。店は限られてますがね、お客さん通ですね。いや、神田のすき焼きやで置いていた。陳が老松を手帳に控えている。うまかった、お愛想。ありがとうございます。六千円になります。俺の計算では6400円だが。お客さんは食いっぷりがいいから。そうか、ありがとう、また来る。ありがとうございましたあー。

 日本では客と店との遣り取りが面白い、陳がつぶやく。本当だなあ、カルロスも満腹の顔。郵便局では発送リストができていた。これでよろしいでしょうか。よろしい、とはどういう意味だ、陳がたずねる。OKだ、段ボール箱をとめてもいいか、と聞いている。名刺をだせ、これで確認してください。いけますね。いくらですか。全部でちょうど4万円です、20kgずつですから。いつ着きます。明日にはマニラ空港に着きます。そこからは郵便事情の良くない国ですから。そう、こちらのお二人のサインとパスポートコピーさせて頂けますでしょうか。いいよ、万一にもう一部コピーしてもらえるかな。承知しました。坂本はATMで20万引き出す。ピン札ある、五千2枚、二千2枚、千円10枚両替して。二人に半分ずつ持たす。これ領収書とお客様の控えです。パスポートは私どもの控えに綴じさせていただきますと目の前でホッチキスで綴じる。ありがとうございました。郵便局長以下全員が見送る。日本の郵便局は政府の機関では?去年民営化された。えらいサーヴィスがいいな。昔からそうだ。日本はどこもサーヴィスがいいなあ、陳。そうだな、考え方が違う。お客様は神様です。?

 カルロスがデジカメが欲しいというので店に戻る。先ほどの店員がとんでくる。動画の撮れるデジカメあるか。どれでも撮れますよ。きれいにか。きれいです。これなど600万画素メモリーも十分です。お勧めか。ええ。値切らないからデモしてくれ。カルロスが気に入ったようだ。可愛い店員とツウショット。これメールで送れるかと陳が冷やかす。NO.カルロスが止める。テレビで観る事もできます。もちろんパソコンでも。そうだ、メールをチェックしたい。こちらにどうぞ。カードで決済だ。ありがとうございます。三脚付けましょうか。要らない。これで何枚撮れるか、カルロスがたずねる。動画で3時間、これをつければ6時間いけます。つけてくれ。ケースもつけますね、これはいいですよ。カルロスのベルトに通す。これは店長の奢りです。赤ちゃんがお腹で聴いた心臓音です。母親の心臓ではないだろう。

 それはこれがいいです、別途注文になりますが。このwebにアクセスしてください。実の母親の心音には及びませんが、これでも効果はあるそうです。試しにお持ち帰りください。三人分入れときますね。サンキュー、お前は店長候補だな。そんなあ、もう何も出ませんよ。そうか、わかるか。そうだ、この郵便局の受付票スキャンしてメールで送ってくれ。わかりました。俺たち三人の写真もつけてくれ。ここで撮りましょうか。いやあの娘と一緒にだ。ブー。なぜ彼は怒る。自分の顧客に無視されたおもうのだ。なるほど。店長がやってきて店員も入れて5人でチーズ。陳とカルロスのアドレスに送る。これで何かあっても品物は受取れる。日本の従業員は知識があって親切、思いやりがいっぱい、どうしてだ。客が給料を持ってきてくれる、会社はみんなのものと考えているのだ。シンジラレナーイ。

 陳とカルロスの名刺をコピーしたいと店長が申し出る。店員が耳打ちする。店長が緊張する。あのう、社長がご挨拶したいと申しておりますのでお茶でもいかがでしょうか。ここは日本でも有数の量販店だ、会っておくことは有意義だ。坂本がすすめる。社長室があるところをみると創業の地か重要支店か。社長は入り口に二人を迎える。このたびはたくさんお買い上げいただき誠にありがとうございました。OKOKここの商品素晴らしい、従業員サーヴィスいい、とカルロスが大きく腕を回して握手する。陳も手を差し伸べる。社長はそれを握り締めて最敬礼する。名刺を交換する。陳志明から電話が入る。日本からメールが着た、本当に親父からか確認する。ああ、間違いないもう一枚写真を送るから、日本の社長と今会っている。わかった。
 売上利益率をきく二人。龍次、日本は利益率が低いが回転率が高いのか。それは直接社長にお聞きしろ。社長同士の対話に旅行案内人が割り込むのは失礼だ。まあ、ご指摘のとおりです、なお一層集客に努力いたします、最近中国からのお客様が増えてきてきております。私の知人友人にこの店を紹介しましょう。よろしくお願いします。カルロス様も。OKOK大丈夫。ありがとうございます。これはipad日本での通信に使ってみてください。サンキュー。社長、お二方と記念写真をこの部屋に掛けては。いいね、お願いできるかな。坂本が通訳する。pwede OK!もっと宣伝効果あるとこよろしい。お互い商圏拡大の思惑が一致したのであろう。三人の社長の写真は大きく焼かれてメイン売り場に掲げられる。
 カラオケが用意される。カルロスのベサメムーチョが流れるとたちまち人だかりができる。陳の夜来鶯に中国観光客が拍手。日本社長は湯の町エレジー。三社長が紹介される。私、このカラオケマイク買います、カルロスが叫ぶ。私も買います、と陳が手を振る。とカラオケマイクは飛ぶように売れる。中に自分の買ったマイクで歌ってくれと言い出す客が前に出てくる。OK,カルロスがソナメンテ ウナヴェスを歌いだす。若い女がうっとりと聴き惚れる。ベッサメ ソナメンテ ウナ ヴェス。キスして一度でいいから。女はカロスの首に腕を巻きつけると熱い口付けを交わす。ああ、と失神する。日本の女情熱的とカルロスは色男ぶりを発揮。ipad分返したか。五倍以上。日本式商いとは、少し分かってきた。それはよかったと量販店を後にする。
 カルロス日本観光と買物の旅というのはどうだ。中国人は金を貯めこんでいるからいいんじゃないか。女は観光と買物喜ぶ、我々は男は別の場所を視察する。いいね、共同で企画するか。日本人マージンどれぐらい払うかな。社長たる者品の悪いことを考えるな、まともな会社は払わないぞ。日本が儲かる。お返しにフィリピン旅行を企画するだろう。マージンは受取らないだろう、まともなところはな。二人は考える。まあ何事も経験だ、自分でやってみろ。


 はとバスで東京一回り。外人さんに向いている。帝国ホテルにチェックイン。ここは日本で一番古くて格式があるホテルだ。マニラホテルか。そうだな。シングルを三部屋、シャワーを浴びて食堂へ。ここのステーキは美味いぞ。安くて美味いのを頼む。これなぞいかがですか、お勧めです。それにしよう。パンとライスは。ライス。お飲み物は。生ビールとワイン。すぐお持ちしましょうか。ああ。焼き方は。レアー、ウエルダム、とカルロスと陳。俺はメディア。かしこまりました。食前酒、お持ちします。スープはコーンかポタージュどちらに。両方、冗談だ。二人はコーン、坂本はポタージュ。失礼します、食前酒でございます。失礼じゃないよ、いつでもOKだよ。ありがとうございます。可愛い娘には愛想がいい。龍次、お前も好きだな。リップサーヴィスだ。乾杯。
カンパイ。ワインはどしましょう。カルロスがこれが良いと指差す。ウェイトレスはそっと値段3万を示す。坂本のメニューには値段がある。OKボトルで。かしこまりました。空き腹にスープがうまい。つづいて生ビールはサッポロ。やわらかいな、陳がジョッキをみつめる。やがてカルロスにレアーですとステーキが運ばれる。メディアムです。陳にはウェルダムです。カルロスが陳に少しよこせという。交換トレード。坂本も二人と交換。やはりレアーがいい。隣のものは香ばしい。うん?隣の芝は緑に見えるということ、陳がつづく。三人で笑う。ワインが来る。氷の上に寝かされている。ヴィノヴァルセロナ。ブエノ?シエンプレ、マサラップ。ワイングラスを回して匂いを嗅ぐとグウッと飲み干す。ムイビエン。

 翌朝皇居の周りを散歩する。これは誰の屋敷だ。天皇だ。金持ちか。金はない。住んでいるのだろう。ああ。仕事は何だ。国と国民への奉仕だ。カルロスの質問はむずかしい。二重橋で引き返す。チェックアウトで陳が明細をみつめる。食事サーヴィスの全部か。そうだ。日本は高いと聞いていたがそうともいえないな。陳がカルロスに見せる。そうだな、部屋もきれいだ、従業員のサーヴィスもいい、我々も考えないかんな。青森に行きたいが上野から?東京駅につながってますよ、東北新幹線でしょ。そうなのか、つながったのか。歩いて行けるな。ありがとうございました。良いご旅行を。ありがとう。

 新幹線に乗る。東京は日々変わっている。坂本が東京にいた時とは隔世の感がする。世界でも巨大な都市だ。新幹線が東京をでると田園風景も見える。八戸まで3時間631km一人15350円。8135ペソ。昨夜のワインの半分といえば安いか。日本は景色がよく変わるな。カルロスが陳に話しかける。半時間ごとに目まぐるしく変わる。二人とって変化の早さが不思議であり、また恐怖でもあるようだ。その瞬間、を切り取る日本文化は恐怖なのだ。時間は過去から未来へ永遠に続く、現在はその過程であると考えるのが多くの民族と柳が言ってたな。日本人は極端から極端に動く、基本軸が見えない、とも。的確な指摘だ。八戸には1時に着いた。飯でも食おう。おっと乗車券持っているか。二人は両手を挙げる。改札口に引き返す。乗車券返してくれ。駅員は驚いて探す。失礼しました。途中下車のスタンプを押して二人に返す。どうして日本人は簡単に謝るのだ。これは途中下車だ、彼は目的地を確認する義務がある。あんなに多くの客が通ってもか。多い少ないは関係ない、彼が仕事にプライドを持っているかどうかだ。プロに失敗は許されない。日本人は難しいな。でも客にはいいことだ。

 駅前の食堂から秋刀魚の匂いがしてくる。もう秋刀魚の季節か。串刺しの囲炉裏焼き。立秋さ過ぎたしな。いくら。200円。高いな、小振りなのに。今年は捕れねえんだ。そういえば、ニュースでやってたな。漁師さん大変だ。うちさも大変だべ。坂本が頭からかぶりつく。眼を丸くする二人。奥で食うたらええ。外人さんには無理だべ。オバちゃん、秋刀魚を皿に置いて箸で頭と尻尾押さえると骨だけ抜き取る。二人が簡単の声を上げる。アンコールに応えてもう一丁。拍手。オバちゃんうどん三つ。おー、お客さんだべ。奥から娘が出てくる。嫁だべ。いらっしゃい、うどん何がええ?山菜。狐とチラシ。お客さん自分で取ってけれ。ビール一本。あいよ。地酒2合。冷でええか。ヌル燗。あいよ。ビールを三人注ぐ。もう一本、カルロスが注文。日本語うめえなあ。どこからきなすった。マニラ。フィリピイーンだな。んだ。遠かろによ、よーくきなすったなあ。どさいくべ。奥入瀬と白神。おれの里奥入瀬で民宿やってる、泊まってけろ。ヌル燗と電話を持ってくる。酌をしながら電話をかける。母ちゃん、三人さ泊まれるけ。しし鍋、鱒で八千円、一泊2食な。お客さんおどうが猪撃ってきた、うめーぞ。温泉は。勿論ええ湯だ、混浴だしな。女いるのか。たまーにな。二人は大体の感じは掴んだようだ。混浴とは何か。女も一緒に風呂にいること。スッポンポンか。カルロスが乗り気になる。坂本はおでんを取る。陳が味噌をつける。
うまい。酒二合、陳も日本語で注文する。うどんを食って寿司食って。カルロスには初体験が多い。お客さー、青森で国鉄バスに乗るだぞ。年がばれるぞ。ヤダー、JRけ、ここさ電話番号書くべえ、泊まってけろよ。わかった。

 青森でバスに乗る。龍次日本語も場所でちがうなあ、陳がつぶやく。タガログとヴィサヤ程ではない。奥入瀬に着くと高校生と思しき娘が迎えに来ていた。坂本のバッグを持って案内する。どうして俺のバッグを?歩き方で、二人方しっかりしてるので。陳が耳打ちすると笑い出した。民宿は他に客はなく、老夫婦が細々とやっているようだ。ようお越し下された、さあさあ、お部屋に。といっても五つしかない。ここが一番見晴らしがいいです。あれは奥入瀬。そうです、少し歩いてみますか、娘が案内する。荷物を置いて外にでる。新子すぐにもどるだぞ。んだ。おお、カルロスと陳が同時に声を上げた。なんと美しい。渓流に夏の木漏れ日が。緑が水に溶け込むようだ。カルロスがデジカメを取り出す。盛んにシャッターを切り出す。撮りましょうか、娘が客を写す。動画も撮りましょうか。ああ、頼む。娘は先に歩いて振り返っては客を動画に撮る。半時歩いて引き返す。もっと行きたい気分だ、カルロスが少年の目をする。まったくだな。陳も上流をみつめる。明日は十和田湖まで10km歩きますよ。娘が促すように振り替える。人影は他になく車が1台すれ違っただけだ。清流の音と蜩が鳴き声が辺りを包む。晩夏は秋に移って行く。
 民宿の煙が見えてきた。炭と薪で暮らしているそうだ。半年は雪に埋もれ石油の供給もままならぬのだろう。風呂沸いてるぞ、祖母が娘に告げる。浴衣に着替えて浴室にいる。脱衣所には籠があるだけ。娘がタオルを持ってきた。坂本が中にいる。木作りの風呂場には桶と腰掛。かけゆをして頭を洗う。二人も真似る。シャンプーを泡立て洗い落とす。カルロスは熱い湯が苦手だ。桶に水を注いでやる。なるほど、これが伝統的日本風呂か。そうだ。坂本は身体を洗って何度も掛け湯をする。湯加減どうですか、娘の声がする。いい湯だ。熱かったら水を足してくださいね。わかった。坂本は蛇口を開き手桶で湯船を掻き混ぜる。身体を沈めて大きく息を吐く。木の香りがする。いい湯だな。ドリフターズですか、娘の声。そうだ、湯気が天井からぽつりと背中に、、、陳が入ってくる。お前は大きいから俺たちが出るまで待っていろ。つめてえな、っと。カルロスよく洗ってから湯に浸かるのだ。終わった。かけゆしろ。よく流すのだ。よし、出るか。坂本は立ち上がる。いいか。オウ。坂本はバスタオルで丁寧に身体を拭く。少しでもしずくが残っていると冷たく感じる冷え性だ。

 猪鍋は囲炉裏と三人が囲む。すんこ。祖父が呼ぶ。孫娘は座布団を重ねて二人に差し出す。アリガト、カルロスは女に愛想が良い。ビールに山菜の突き出し。カルロスの箸は巧くない。新子が中指を箸の間にと動かして見せる。ギタリストはすぐ要領を掴む。祖父の顔がゆるむ。鍋が煮立ってくる。味噌の匂いが漂う。陳は手渡された椀から具を摘んで運ぶ。美味いですな。それは上々。濁酒を試されるかの。陳はしげしげと見つめ一口。うーんと頷く。ご主人、と陳が勧める。これはこれは、と美味そうに飲み干して返盃する。カルロス、と陳が注いでやる。オウ。ウマイ。すんこ。娘はもう一つ土瓶を下げてくる。手酌でやってくだされや。主人が鍋から摘んで客の椀に入れてゆく。奥さんも横に座る。娘も脇に。主人が飲むかと妻に注いでやる。美味そうに飲んで夫に注ぐ。ミンシュクとは家族だけの経営か、カルロスがたずねる。そういうことだ。坂本が主人に通訳する。主人はうれしそうな顔をする。客も家族みたいだな。そうだな陳も頷く。一年前二人がこうなるとは思いもしなかったであろう、坂本は思う、利害対立がなければ人間本来の姿にもどるのではないかと。

 このひと、マタギさやってたべ。ここさ、わたすの実家、20年めえ、引っ越してきた。マタギ?ハンター。熊さ追っかけ回してたべえな。ほう。このひとマタギに向いてねえもんな。どうしてと主人の顔をみる。祖父は生き物を殺すのは不憫だと身の危険を感じたときしか鉄砲を使わなかったようです。んだ、しょうがねえべ、ここさ移っただ。でもよ、熊の心配ねえし、のんびり暮らすもええ。お客さ、白神いったら熊に遭遇すっかもしんねえ。主人は昔を思い出すように語る。囲炉裏の爆ぜる音、鍋の煮立つ音、バナウエの山田夫妻を思い出す。いれるべえ。ああ。うどんを鍋に入れる。白菜ゴボウ葱大根と山菜。野菜がこんなにうまいとは知らなかった、カルロスは何かを感じたようだ。猪はどのように獲るのかな。陳が白菜を持ち上げて誰となしにつぶやいた。畑さ荒すもんで去年から追っかけてよ、今日さ仕留めたべ。すんこ、と言われる前に娘は猟銃を持ってくる。50年以上使っているという銃は弾が2発しか装填出来ない。今朝谷の崖さ追い詰めたらよ、向かってきたべ。どれぐらいの距離で撃つのですかな。そうさな、すごメーターぐれーかな。流し位ですか、坂本が合いの手を入れる。んだ、眉間さ撃ち込んだべ。猪突というが5mに迫ってくると恐怖感に襲われるのではないかと訊きたかった。それを察したかのように、銃構えて待ってれば外すことはねえ。弾が不発だと?今まで一度もねえ、マタギの恥。凡人にはわからない信念、信仰があるようだ。


 翌朝、早く民宿を立ち奥入瀬を遡る。渓流は心身を清めてくれる。これは感覚の世界だ。10kmの道程を感じさせない。自然に抱かれると人間は幸福だ。天然の美とはこれだ。十和田湖に着いたときの爽快さは歩いてみて感じることができる。高村光太郎の乙女の像に新子が待っていた。従兄の運転するジープに乗る。昨夜民宿の主人が白神に弟がいてまだマタギをやっている行って見るとよいと話してくれた。白神山地は秋田との県境にある。県境は尾根伝いに引かれる。その山道はジープでなければ行けないそうだ。新子が弘前に出他方が良いのではと津軽弁で従兄に話す。弘前以外は坂本にも聞き取れなかった。んだな、と従兄は職人の店に寄る。新子が地下足袋長袖のシャツを買ったほうがいいと説明する。ラッパズボンと従兄が指差す。問題はカルロス地下足袋一番大きなのを履かすが従兄が首を振る。指先を丹念に触って足を痛めるという。作業靴を履かせる。大丈夫かと従兄は目でたずねる。カルロスが親指を立てる。陳と坂本の地下足袋を触ってみる。歩いてみれ。でえじょうぶだな。従兄は見かけによらず慎重だ。

 途中で軽油を満タンにして蕎麦を食う。いろんな食べもがあるな日本は、カルロスがめずらしがる。料理の方法も多いのう、なかなかの味だ。なんていったのですか、新子が坂本にきく。外国は食べ物が少ないのですか。日本と比べるとな。そうなんだ。弘前から西に道を取ってから南下して白神に向かう。大きくUターンした格好だ。清流に沿って車は走る。急に坂がきつくなる。近づいたのだ。あと15分くらいです、新子は勘のいい娘だ。カルロス、陳がうなづく。稲穂がついた棚田を抜けると合掌造りの家に着く。ジッちゃん。すんこか、よぐきた。兄貴さ電話あったべ。まさお元気か、ん。うだ。お客さん。まんずまんず、ようこしやった。ジッちゃん弁当。お前たちは。これ。ほんじゃ、お客さん私たち帰ります。ちょっと、すんこガイド料だ。そんないけません。いいから、内緒だぞ。まさおガソリン代だ。デーゼルだベ。うるさい、運転代だ。すいましぇん、いただきます。世話になった。

 すぐ着替えて地下足袋を履く。工事現場の人間だ。マタギは銃と弁当と身に着けると出かける。バッグは心配ならここさ入れろ、と長持ちに入れる。これは俺しか開けられねえ。カルロスがやってもびくともしない。動かすこともできない。いぐべ。小径を辿って尾根に立つ。あっちさ弘前、こっちさ秋田。小径が途絶えるとマタギ径に押し入る。素人には径と思えない。やがてブナの森にいる。地上2,30mの枝から陽がこぼれている。地下には数mの腐葉土が堆積しているのだろう。静寂の中に風のおと、小動物の気配、別世界だ。突然マタギが立ち止まる。熊だ。指差す足跡。でけあなあ。足跡をたどる。あっちさいったべ。森を抜けると清流が現れる。弁当くうべえ。岩に腰を下ろす。マタギは竹を一本切り落とす。鉈の一振り。枝を払って一節切り取る。清流をすくって来る。いだだきます。弁当を広げる。割り箸が4人分入れてある。うまそうだな。さあと手で合図する。坂本が握りを手で取り卵焼きを箸で取る。陳が続く。カルロスがシシと摘み上げる。んだな、兄貴腕さ衰えてねえな。緑陰の食事は人を変える。こんな美味い食事は初めてだ、カルロスは竹筒の水を飲みながら言った。坂本に意味をきくとマタギが答える。神様は働く者にうまい食べ物下さる。


 食後のタバコを吸っているとマタギの手が銃に伸びる。腰のベルトから弾を取り出して充填する。動くでねえぞ。腰を屈めて岩陰に寄る。熊が坂本たちに向かって走り出す。身体が硬直する。前脚をあげて飛び掛るその瞬間、銃声。それが消え去った時、坂本たちは崩れ落ちた熊を見た。脚を前後に伸ばしたまま動かない。マタギは銃を構えたまま石をぶつけてみろと眼で合図する。坂本が拳のほど石を投げつける。大丈夫だな、マタギはゆっくりと銃をおろす。一瞬出来事であり、また長い時間のことのようにも思われる。安堵の息を吐いた時小熊が2匹撃たれた熊に近づいてきた。あんりゃ、雌だったかや。可哀想なことしたな、もう。厳つい顔に涙を浮かべる。山に向かって祈りを捧げると小熊を両脇に抱き上げる。そうか、腹減っただな。マタギは握り飯を噛んで小熊に与える。

 帰りマタギは口をきかなかった。小熊が後を追う。流れで泣き声を上げる。帰れとマタギが手振りで叫ぶ。母を恋う乳飲み子を振り切れず、抱き上げる。小熊たちはどこまでも付いて来る。家にたどり着くとマタギ仲間が集まっていた。銃声だけでわかるのか。小熊を見て状況をほぼ理解したようだ。お客さん連れていたんだべ。やさしく肩を叩く。うなずくが泣いている。どさ。滝つぼさ手前。雄いるべ。だな。五人がでかけ、二人が乳を探しにゆく。マタギは銃をしまうと部屋に閉じこもった。やがてミルク瓶に乳を入れて二人が帰ってきた。小熊はむしゃぶりつく。こっちさ牛だ。山羊だべ。腹へってたかや。お客さん乳やってけれ、こいつらの家さつくるべ。かって知ったる他人の家か大工道具を表に出す。1mか。いいべ。古材を並べる。鉄筋20cm。んだな。携帯で12本注文する。1mちょい、5時け。頼むわな。4寸の角材12本に鑿で穴をあける。横の棟凸を柱の凹に差し込む。見かねて三人が手伝う。木槌で打ち込む。小熊が坂本たちを追いかける。お前たちの家作ってんだからよ、邪魔すんな。マタギが出てきて小熊を抱き上げる。もうじきでけるからよ。柱と棟の枠が完成した。梁いれべ。すただけでいいべな。一寸板を三角に切って柱の角部分を切り落とす。四隅にはめ込む。釘は使わないのか、龍次。みたいだな。

 鉄筋が届いた。棟にドリルで20cm間隔に穴をあける。三方に鉄筋を差し込む。後方は板を打ち付ける。これもドリルで穴をあけ木釘を打ち込む。柱の切れ端をロクロのように回転させ蚤をあてると木釘ができる。器用なものだな。陳がつぶやく。どうして金釘を使わないのだ、とカルロスが不思議がる。錆を嫌うのだろう。鉄筋はさびないのか。黒錆が出てるから大丈夫なのだろう。小熊を入れてみる。落ち着かぬ様子でマタギを呼ぶ。どした、気にいらねえか。マタギが中に座る。小熊が膝に上る。五人がかりで熊を運んできた。木馬に乗せているが身長2m体重150kgはあろう、さすがに息を切らしている。部落の老若男女が集まってくる。山に向かって祈る。熊の解体が始まるのだ。マタギは熊小屋に取って帰る。
 長老らしきが坂本たちに近づいてくる。客人たちは熊を撃つのを見たのか、という意味のことをたずねる。熊以外は聞き取れない。若い娘が標準語でそのときの状況を話して欲しいという。その瞬間は鮮明に覚えている。坂本の話を娘が長老に伝える。かたじけのうござった、と長老は一礼してマタギのところに行く。どうもありがとうございました、と娘も続く。マタギは長老に抱きついている。そのせなを長老が撫でている。あのハンターはどうして自分を責めるのだ、カルロスがたずねる。日本人、とくに彼らは必要以外には生き物を殺さない。マタギは母熊を撃つ以外に方法がなかったかと自分を責めているのだ。撃たなければ俺たちは襲われて死んでいた。それは彼らも同じ考えだ。では、なぜ。母熊と見抜けなかったことがマタギの誇りが許さないのだ。よくわからない。

 その夜は部落全員が熊汁を囲んだ。外国人に接するのは初めてという年寄もいて二人になんやかやとたずねる。坂本は娘の通訳を二人に通訳する。昼の弁当は今までで一番美味かった、とカルロスが身振りで話す。陳と坂本も加わって再現ドラマとなった。母熊、マタギ、小熊の二役だ。陳のマタギ役は大受け。坂本の小熊を見かねて小さな子が二人カルロスの上に乗る。やんやの喝采を浴びる。山の料理はなつかしい味がする。それは人類の記憶かもしれない。日本人の自然に、森に生かされているという哲学は外国人には理解しつらいかも知れないが同じ人類哺乳類として共通の記憶を持っているはずだ。

 白神から十二湖へ向かう。部落の見送りを受けて軽バンに乗る。娘が送ってくれるのだ。坂本が学生時代五能線に乗って台風に閉じ込められた話をしたのを覚えていたのだ。娘の顔は息を呑むほど美しかった。昨日は熊の襲撃に動揺して気付かなかったか。頬が前に膨らみロシアいや中央アジアのあるいはペルシャの血統を秘めているようだ。日系日本人か。津軽弁は彼らの言語に日本語を取り入れてきたのではないか。坂本に空想が広がる。あれが白神岳と娘が車をとめる。おお、とカルロスが外に出る。神々しい、マタギを真似て合掌する。しばらく白神岳に見とれていた。あの向こうが十二湖です。娘の声に我に返る。渓谷を下り白神ラインに乗る。峠で部落を振り返る。カルロスがデジカメを取り出す。やはり写真を撮っている人にシャッターを切ってもらう。四人で撮ったがカルロスお目当ては娘のアップだ。坂本はツウショットを撮らす。むくれるカルロス。坂本が代わってやる。陳も望む。OK.小熊を撮らなかったな。忘れていた。メールで送りましょうか、娘が言ってくれた。二人は名刺を渡す。坂本もそれにアドレスを書き加える。お弁当食べますか。娘がベンチで広げる。ビールも酒もないがお握りが美味い。山の味だ、カルロスの声が響く。こだまが返って来る。幸せだ、と叫ぶ。こだまも叫ぶ。娘が笑う。いい笑顔だ。んだ、峠、弁当、四時だな、そんじゃ、娘が母親と話しているようだ。ここにいると人生観が変わる、陳が太極拳を始めた。それは天地と息を合わせ気を通じているようだ。やがて陳は自然に溶け込みその動きは風景の一部となる。

 娘の家は昔風の宿だ。ようお越し下されました、母親が迎える。コンニチワ、女将、カルロスが手を握る。あんれまあ、母親も笑いながら握り締める。娘の案内で十二湖を回る。坂本に遠い昔が呼び戻される。青池の青さに陳が動かない。なんと美しい青だ、青の中の青と絶賛する。カルロスが陳を写す。動画も撮っているようだ。すると日本人の女がカルロスと一緒に写真を撮ってくれという。この場にふさわしくないが断るのも女の旅情を壊すだろうと坂本はシャッターを切る。女はカルロスのメードアドレスを控えて送るからと言った。この女が物議を起こすとは思わなかった。宿のもてなしは心がこもっていてゆっくり寛げる。湯上りに囲炉裏で食事。二人はすっかり気に入ったようだ。ここも日本なのだな、カルロスがしみじみともらす。本当だな、俺もそう思う、陳がうなずく。泊り客が一家族いて囲炉裏に加わる。熊の襲撃の話にもっと詳しくとせがむ。今浅草だけど親父の里がここなんだ、親父は熊の話しなかったなあ。ドラマの再現といくか。熊役もマタギ役も演技力が上がっていた。興行成功。拍手喝采。無口な娘の父親も白い歯を見せた。
 十二湖駅で娘がいつまでも見送ってくれた。またの逢う日を眼と眼で誓い、青い海原五能線。宿代一人八千円、三万払う。娘に小熊にと三万渡す。そんなあ。俺たち三人も小熊が可哀想なんだ、俺たちの気持マタギに伝えてくれ。わかりまスた。娘が津軽弁で答えた。また来るべえ、いいsな、坂本が娘の手を握る。待ってまs、と笑う。

    柳語る大化の改新



   能代に向かって汽車は走る。ディーゼルだが、日本海の縁をゴトゴトと行く。可愛い娘だったなあ、名前聞くの忘れた。心配するな、そのうちEメイルが来る。名前が書いてある。それにな、坂本が声を潜める。なんだ、二人が急かす。あのような小さな部落は血が濃くなる、で、外の血を入れるのだ。どういう意味だ。陳は理解した、つまり、種馬になりうるということだ。おう、龍次もう一度行こう。今度の楽しみだ。来年には小熊を山に帰すだろう。必ず連れて来るか、龍次。
 このまま日本海を見て能登まで行きたかったが柳からいつ帰るかと催促してきた、陳に代わる。今夜夕食を用意するそうだ。陳に用事があるのだろう。秋田で新幹線に乗り換える。ここも美人の多い県だ。それなら少し歩きたい、カルロスが駅を出る。コインロッカー、駅員にたずねる。駅員が真直ぐ右と指差す。アリガト。もう一人で旅できるな、坂本がひやかす。案内所に行くとス-ベニール、ミヤギと案内嬢にたずねる。お土産でしたらここがいいと思います、と観光マップを広げる。マーカーで道順をなぞる。アリガトね。これ・?どうぞお持ちください。バーイ、イテキマス。いってらっしゃいませ。道々可愛い娘にココドコと聞く。坂本と陳は少し後から付いて行く。商店街に着くと店をのぞく。コレナニデスカ。イクラ。とひやかす。コケシが気に入ったらしく三つ求める。コレホシイ、オカネナーイ。電卓で店員が示す。坂本は1万カルロスに渡して柳の土産を探す。なかなかいいのはない。カルロスは1万で足りないらしい。やめとけ、と一万を取り上げる。店員があわててレジに案内する。包み終わるとレシートとカルロス。この男は自分で買物をしたことがなかったのであろう。

 秋田新幹線は秋田、大曲、田沢湖、雫石、盛岡まで在来線と同じなので、しかも盛岡からは東北新幹線と共用なので看板に偽りの感が少しする。こまちは秋田小町か小野小町かデザインはいい。東京まで4時間670km、まあ、東北を横断することはめったにあるまい。坂本は学生時代田沢湖を見たことがある。盛岡から乗って秋田に出たのだった。駅弁は握り寿司にする。白神以来酒なしの食事が苦にならない。旅の疲れで眠ってしまった。上野には三時前に着く。時刻表どおりだ。文化会館で珈琲とサンドウィッチを摘む。このホールは何か、カルロスが見渡す。コンサートと答えながら坂本は青春の想いが蘇ってくるのを感じていた。東京で待ち合わすには携帯のなかった時代、よくここを選んだ。彼女に電話番号を教えておくと連絡がとれた。外は暑かったがぶらぶら歩いてみる。博物館は興味を示さなかった二人だが動物園が気にいったようだ。上野公園を一回りした。そうだ日比谷のホセリサールはと思ったが二人はフィリピン人でないと気がついた。不忍池、西郷隆盛像をみて横浜に向かった。

 柳が迎えに行けないと電話してきた。タクシーを拾いますからお気遣いなく、六時には伺います、坂本は陳に聞かずに答えた。柳は来客中で奥さんと娘が迎えてくれた。シャワーを浴びて着替える。少し休む事ができた。白神山地と東京横浜の大都会、この違いは何だ。陳が一緒に来てくれという。何だと言わせない顔だ。柳の部屋に入る。商人の顔だ。坂本さん、陳さん信用していいですか。友人だろう。これは商いです。何故私に。貴方は率直にものをいう。ものごとの本質だけで判断する。私は陳を信用している。Puede sha? Puede.(柳は?いける) 陳は筆を取り署名する。墨の乾きを見て捺印する。柳も倣う。契約書を一部ずつ交換して握手する。青白い炎が静まってゆく。坂本さん、これお礼です、納めて下さい。百万円封がある。そしてこれは陳さんのお礼です。二百万円。陳の顔を見る。龍次、お前の言葉はそれだけの値打ちがある。この商談がうまく進めば改めてまとまった謝礼をするつもりだ。よくわからぬが受取ってもよさそうだな、明日預金するからそれまで柳さん預かってください。

 夕食に家族が揃って客人をもてなす。柳は親父の顔に戻っている。土産話は奥入瀬と白神山地が中心となる。陳は日本語と広東語を交えて話す。奥さんと娘は聴き入る。クライマックスを迎えると再現ドラマ、三度目の興行。役者は揃った、スタート、陳が演出兼監督。陳が弾を装填する。カルロスは舞台上手に退場。母親熊で登場、仁王立ちになって襲う。パーン、陳の猟銃が火を噴く。熊は絨毯の上に崩れ落ちる。父母娘、の喝采。小熊の登場で舞台は一変、母娘の涙を誘う。本日の公演これにて終了。拍手つづく。あの自然の中では人生観が変わる、陳は思い起こすようにかたる。あれほど美しく神々しい風景を見たことがない、こんどピレネーに登ってみる。写真撮りました。後で見せますよ。人間はいろんな場所で生活しているのだなあ。到る所青山在り。二人も同じことを感じたのか、坂本は静かにうなずく。食事が終わると娘がテレビにデジカメを繋ぐ。大画面の写真は迫力がある。奥入瀬の渓流に息をのむ。白神の神々しさに声を失う。最後に十二湖の娘の顔。漂亮、綺麗な人と娘が叫ぶ。中央アジア、ペルシャの血筋かな、坂本がもらす。そのようですな、と柳が口を開いた。妻と娘をじっとみまもっていたが機会を覗っていたのだ、坂本の質問に答えるタイミングを。


大化の改新


 坂本の柳への質問は①中国は何故隣国にちょっかいをだすのか②日本政府は何故唐は日本の属国と宣伝したのか、であった。柳はゆっくりと語りだした。これは私の想像で学問的裏づけがある訳ではありませんがご参考になるかとまとめてみました。聴いて頂けますかな。是非!では七世紀の日本の状況から見て行きましょうか。

 まず、①中国は何故隣国にちょっかいをだすのか。

 当時の日本には統一国家はできていなかったということを認識すべきです。奈良の大和朝廷の勢力範囲は精々近畿地方までで、九州、中国、中部、東北にいくつもの邦があってもっとも勢力を拡大していたのが大和朝廷だった、ということです。秦が中国を統一する前の状態と似ていますか。まあ、そんなところでしょう。ところが興味深いことに九州邦、岡山邦、出雲邦、中部邦、東北邦などの首相以下の官僚は日本人でなく外国人であったという点です。えっ、どういうことですか、外国人とは朝鮮人、中国人とか、、、坂本に衝撃が走る。もっと複雑です。独立前のアメリカ合衆国に似ています。ということは近隣諸国の植民地だったのですか。豊かな自然に恵まれた、それこそ黄金の島をほっておくことはなかったでしょう。各邦を支配するには各本国から数十人の官僚を送り込めば十分だったでしょう。それは武器、鉄ゆえに?でしょう、当時は日本より先進国でしたからな。東印度会社のように傭兵で支配したのか、と坂本は思った。植民地は間接支配が基本なのか、同胞に刃を向ける傭兵の姿が浮かぶ。
 考え込む坂本を見て柳は少し間を置く。苦労して開拓した土地の果実を正直に本国に送ることはない、少しずつへそくり、ネコババを増やしていったと言うところですか。そんなところでしょう、朝廷の税徴収係の武士階級が実権を握るのは当然と言えば当然です。関東は京から遠い、朝廷は権力を持っていても武力はない、実際に力のあるものが実質的権力を収める。ですね、中央政権が成立するには各地への交通が絶対条件です。すべての道はローマに通ずでなくてはならないのですね、それもアウトバーン並みの速度で到達できる。当時の交通事情でどうだったでしょうか。箱根の山は馬でも越すが、かなりあとの時代でか。日本は山国、しかも険しい、となると騎馬民族征服説もすぐには賛成しかねます、平原は馬で走れますが。山あり谷あり、越すに越されぬ大井川。なんだそれ。陳がカルロスに説明してやる。征服に必要な兵隊、物資の輸送は簡単ではなかった、これは日本での話、ましてや本国から日本への輸送となると容易でないことは派遣官僚が一番知っていたでしょう。本業はそこそこに私腹は大いに。古今東西問わない、それ。官僚の通有性か、陳。そう、通有性ある。

 今度は中国に目を向けましょう。中国の歴史は騎馬民族との戦いであったかもしれません、毎年、天高く馬肥ゆる秋 には騎馬民族が略奪にやってきます。この防衛は黄河の治水と並ぶ政権公約であったでしょう。万里の長城は防衛策の最たるものであったでしょう。私は略奪のすさざましさを感じます。柳は一息ついて話を進める。攻撃は最大の防御、という発想は自然なものと理解できます。隣国を併合してゆけば防衛ラインは太くなると言うことでしょうか。そうです、恐怖心は人を凶暴にします、殺られる前に殺れとなります。中国の覇権主義は恐怖の裏返しであったかもしれません。チベットは雲南省当たりまであったのですか、かなりの大国ですね、諸葛孔明が病をおしてまで討伐に行ったのは。防衛だけではなかったでしょう、もっと大きな理由があったと思われますが、研究してみます。現在の中国が抱える民族問題はここまで遡らないと理解できませんね。


 次に②日本政府は何故唐は日本の属国と宣伝したのか。

 これは当時の地図です。北から高句麗、百済、新羅、伽耶諸島、日本という位置関係です。秦の頃にすでに高句麗侵攻が始まっていますが、唐vsこれらの連合というのが基本構図です。連合と言っても対唐においてであって、同時に主導権争いをもやっていました。しかも各国の支配層はスキタイが抑えていたのです。すると唐vsスキタイの地域戦ですか、日本連邦はその縮小版になりますか、これは驚いた。しかし、そう考えると持統天皇が百済に船出したのも理解できますな、本家の大事に分家が駆けつけるのは当然かも。坂本さん、まだ日本連邦はできてませんでしたよ、唐は連邦を恐れたのでしょう。方や大和朝廷は唐の支配を恐れるあまり、唐を属国だと言ったのではないですか。尊皇攘夷、米英鬼畜のたぐいですかね。柳はそれには答えず、話を進める。大和朝廷は日本民族の政府ではありません、スキタイの支店もしくは現地法人でした。唐は日本のスキタイ化を恐れたということですか。そうです。唐招提寺に鑑真和尚が命を懸けて行ったのも唐の密命を受けていたのでしょう。坂本はため息をついた。なにか飲みますか。お願いします。ブランディーは考えるときにいい。坂本はゆっくりと口にころがす。
 日本国民はどう思っていたのでしょうね。今マタギの話を聴いて感じるものがありましたが、国民はあまり関心はなかったと思いますね。新政権は税金が多いか少ないか、社会整備にどれだけ努力するか。ええ、しかし大和朝廷が勝ち抜いて全国制覇をしたといってもその勢力は平野部にしか及ばなかったでしょう。その政権基盤強化に乗り出すと遣唐使を廃止しますね。つまり日本の独立宣言です。合州国が独立したように本国に上納金を納めたくないと思いだしたのでしょう。この点では各国派遣官僚の思惑は一致してますから本国の督促、強制執行では共同で阻止する合意がなされたのでしょう。なら連合から独立国設立と話が弾んだ?でしょうね、この頃日本という商号が世界に公示されたのではないかと思われます。その理由は何ですか。これほど自然に恵まれ国民も勤勉で温厚、本国や唐などと交易しなくても十分食ってゆけるならば内政に力を入れるのは当然でしょう。本国よりもずっといい暮らしができる。そうでしょう、この地は外国人から見れば本当に豊かな、そう世界の『まほろば』ですよ。豊かな森林が高品質の製鉄を可能にしました。数百年後日本刀が輸出品の目玉になったのはご存知のとおりです。以前、日本人は極端から極端に動くと申しましたが、日本政府はと訂正いたします。それと連邦政権は結束を強化して統一国家樹立を目指すにはプロパガンダあるいはスローガンとして唐は日本の属国といったのでしょう。そういう国になりたいと。でしょうね。日本政府は国民に嘘をつくがこれが一発目か、遣唐使に緘口令をしいたところで当時の長安の話は国民に知れ渡っていたはずだ。尊皇攘夷、米英鬼畜と嘘は続くが日本史に特筆される時期にバレバレの大嘘をつく。この体質は変わるまい。
 これは日本人として恥ずかしいのですが、日露戦争の賠償にバイカル湖までを求めた日本国民は狂っていたとしか考えられません、すぐ調子に乗るところは国民気質としてよく見られます、コレヒドールから逃げた腰抜けマッカサーは数年後にはマッカーサー元帥様様、大統領になってもらおうとの署名運動は、やり過ぎ日和見主義を越した、節操のなさですね。勿論、事実を隠してした政府にも責任はありますが、全体として日本人には極端から極端に走る気質がありますね。坂本は苦々しく言い放つ。

 少し話がそれますが日本人を遺伝子分類すると朝鮮系、中国系、日系、その他の順になるらしいですが、スキタイは上位に出てきませんね。その分類に非常に興味があります。ただ、分類自体に疑問があります。遺伝学の信頼性といいますか、まだ完璧ではないでしょう。日本語自体南方の言語ではないですか。ポリネシア、ミクロネシアの発音に近いと聞きます。わずか1500年前には多くの外国人がいたのに今日では日本人で一括りですよね、どう思われます、坂本は質問しながら母音調和と音階に民族のルーツを識る手掛かりがあるのではと思っていた。別のおりにゆっくりはなしてみたいものだと口に出すのを控える。不思議ですね、実に不思議です。同化力というのか、私も知りたいところです。柳が茶をすする。そういえば日本人は昔から日本語の中にやたらと外国語を混ぜ込みたがりますね。
 ええ、それも外国語に寛容な日本語の特徴の一つですね、当時共通語としての現在のような日本語が完成していなかったのでしょう。すると母国語を日本訛で?ええ多分、またどういうわけかいろんな味を混ぜ合わせるのが好きなんですね、新しいものに興味を持つ、排斥することは少ないです。小学校の運動会で万国旗をぶら下げるのは何故かと先生に聞くと叱られました。万国博じゃあるまいし、日本だけですか。たぶん、そうでしょう、文中の純粋な日本語大和言葉の比率は5割から6割ぐらいですか、これは類を見ない言語ですね。。一息ついて柳が続ける。(大和言葉に置き換えられない単語は母国語をそのまま使ったのか、しかし、好んで外国語を使うのはなんだ?)

 混ぜ合わせる大抵よくなる。味も人種も今の日本人は多くの血統を持ち合わせているから優秀なのでしょう。それと日本周辺の生き物の多いこと、ある意味で世界の生き物がここに集まってくるのではないですか。今一つ質問しますが混血はどのように行われたのでしょう、原住民日系日本人と渡来人との間には身分文化などの障害があったと思われますが。そうですね、2千年足らずの短期間にこれほどの混血が進んだ、しかも原血を感じさせないほどの例はまれでしょう。日本人は先祖がスキタイとか漢とか朝鮮とかはまったく気にしません、私は南方の血を引いていると自分では思ってますが。坂本さん数百分にの一以下ですよ、きっと、しかし南方の血が顕著に出ているのかもわかりませんね。日本の四季、変化の早さが過去を振り返らない今を精一杯生きる気質を、つくったのかも知りません、私も日本で30年、もっと学問的に研究してみたいです。いやー、長年の疑問が解けた気がします、柳さん本当にありがとうございました。ナイスカンヴァーセーション、拍手が起こった。カルロス、陳もそして母娘も聴いていてくれたのだ。坂本さんは聴き上手、私の話をこんなに熱心にいただき幸せです。私も楽しい時間が持てました。


 太平洋戦争


 これでお開きと席を立とうとする坂本に、日中戦争はどうなりましたと梅雲。柳夫妻も茶を入れ替えながら促す。こういうのは酒の話でなく茶の話だと坂本は思った。酒は思考を妨げるが茶は渇きをいやす。柳先生の前で喋るのは勉強不足でですが、聴いていただきましょう。太平洋戦争は米国が第2次世界大戦に参戦する口実づくりだったと私は考えています。口実、ですか、梅雲が見つめる。私は次のように方程式を立てています。①米国が第2次世界大戦に参戦するには、②日米開戦が効果的、③それには日中戦争は必要条件、④そのためには日本関東軍を誘き出す、の4元方程式です。以下順に歴史を遡ってみましょう。

①米国が第2次世界大戦に参戦するには
 第2次世界大戦が勃発したとき、米国は参戦したかったが、米国民は繁栄を謳歌、厭戦思想が広がっていた、ましてルーズベルトは反戦を公約に大統領に再選されていた。しかし、第1次大戦でバスに乗り遅れた米国は、これぞ政治的にもトップに立てるチャンス、何としても参戦してポイントを挙げたい、と考えるのは容易に理解できるでしょう。美国、政治的には二流国だったからな。陳、ヨーロッパは植民地だった国成り上がりの国と見ていた。だろうな、若い国あるから。アメリカは絶好の機会と、梅雲も身を乗り出す。米政府、つまり闇の黒幕にとっては、それも自分たちのシナリオどおりの戦争、大幅に増収増益を見込んでいたでしょう。坂本にムラムラと義憤が湧いてくる、怒りで言葉を失う。柳はそれを見て、ドイツ国民は働けど働けど暮らし良くならず税金は倍賞金に消えるですかな、と助けを出す。そうです、第1次大戦集結時のパリ講和条約で将来ドイツが怒るよう、つまり戦争を始めるよう、第2次大戦への布石を打っていたと思われます。坂本は茶をぐっと飲む。かのケインズはドイツの賠償能力を20億ポンドとみてましたが条約は240億ポンドで締結されます。ドイツは12年間20億ポンドを払い続ける、それは無理な話だ。

 ②日米開戦が効果的
 ドイツの侵攻は予想以上に素早くかつ強力でした、英国はルーズベルトに助けを求めます。遊びにゆきたし傘はなし、しかし近いうちに行くよ。早くしてくれ、ロンドンは毎日空襲されている。もう少し待ってくれ、輿論に対する傘は時間が掛かる。わかるがこちらの身が持たない、急いでくれよ。OK。こんな会話をやっていたのでしょう。具体的に話してください。日本に開戦させるには経済封鎖、中国からの撤兵などで日本を怒らせるようにします。それには口実が必要です。環境づくりと言ってもいいでしょう。日本を開戦に追い込んでゆきます、ピストルは先に日本が抜きました。ルーズベルトはパンツも脱がずに発射したのかと祝杯をあげたことでしょう。坂本は冷静を勉めるが顔に出るタイプだ。怒りは声をかすれさせる。

 ③それには日中戦争は必要条件
 満州事変は関東軍の暴発と言われていますが連中にとって理由はどうでもいいのです、戦線が拡大すれば。蒋介石に1億ドル以上の援助がなされます、関東軍にもそれなりの金が流れたでしょう。当時の日本は満州国で精一杯だった、中国全土に侵攻するなど天安門通に自転車で突っ込むようなもの。すると、一連事件は蒋介石の仕業あるか。関東軍との共同、もちろん思惑は別でしょうが、それは大した問題ではない。多くの中国人殺された、問題ある。陳さん、坂本さんは戦争全体から見て大した問題ではないと言われたのだ、話を最後まで聞いてからにしましょう、柳の眼は心眼を開いているようであった。
 西安事件は張学良が蒋介石を拘束した事件ですね。これをどう見ますか。毛沢東と蒋介石とのトップ会談であったと私はおもいます。張学良はこのままではこの国は米ソにいいようにされると説得したのでしょう。毛沢東は名を取り蒋介石は実を取った。張学良は勝海舟、坂本龍馬を知っていたのでしょう。ただ、これも日本軍を南進させるとの米国の、ソ連の思惑に合っていたから成功したのでしょう、政治力学とは国民の命、幸福など爪の垢ほどでも思っていない。もし北進していたら、と梅雲。私には分からない、歴史家にきくか自分で研究して見てください、日本の基本戦略、いや、国家戦略を二分した北進か南進かについてはは私は不勉強ですから、この点にゾルゲが大きな役割を果たしたと思われます。スターリンにしてみれば日本が北進しなければドイツ戦に専念できるのでしょうね。

 当面の課題はそれでした、共産軍は関東軍と蒋介石つまりその下請けである張学良軍の双方に銃弾を撃ち込みました。双方が弱ったところで毛沢東が漁夫の利ですか。当時の毛沢東はスターリンの傘下にいました、つまり支那を共産化し朝鮮、日本と共産化させてゆく大きな構想があったと考えられます。北朝鮮の韓国侵攻、ベトナム戦争もその構想の一環でしたか。私はそう思います、ただ共産化による併合は無理がありますからソ連は崩壊しましたね。しかし米ソ冷戦時代はソ連の羽振りはよかったからある程度は成功したとも言えるのではありませんか。フルシチョフの頃が全盛でしたな。その点は改めて伺うとして話を戻したいのですが。そうですね。 

 ゾルゲが日本であれほどの活躍したのは近衛首相の後ろ盾があってのことでしょうか。坂本さん、この首相は日本を共産化することで日本を支配しようとしたようですよ。本当ですか。共産主義はパリで花開きましたが実をつけるには至りませんでしたね、実をつけたのはロシアとシナです、これをどう思いますか。マルクスの唯物史観では資本主義が成熟して社会主義そして共産主義へと段階を踏むはずでしたがいきなり共産主義ですものね。共産主義は安上がりなのです、支配には武力か金力が必要ですがスターリンにはいずれも不足していました。思想には金がかからない。そういうことです、共産主義は人々に夢を抱かせます。マルクスレーニン主義を観てこれを利用せぬ手はないとスターリンは考えたのでしょうか。でしょうね、毛沢東、近衛首相を洗脳して引きずり込んだのでしょう。本土決戦一億艘玉砕は日本を共産化するには有効な政策と考えられたのでしょう。
 マッカーサーのレッドパージはそうしたことを踏まえてのことだったのですね。赤は恐いと思わせることが目的でした。共産主義は独裁政治の道具に使われた。そうですよ、マルクスのいう共産主義とは程遠いものですが兎も角共産主義を実現させた点では偉大と言えば偉大ですね。ソ連共産党も中国共産党もマルクス主義からすれば崩壊は時間の問題ですか。そうでしょうね、現にソ連は崩壊しました。闇の黒幕はどう動いたのでしょうか。そこは私にはわかりません、ベトナム戦争を観ていると共産化を極度に嫌っていたようですが。権力の座を得るためには自国の民族を滅ぼすことも躊躇なかったのか、坂本は身震いするほどの恐怖感を覚えた。

 ④そのためには日本関東軍を誘き出す
 関東軍が盧溝橋事件、ノモンハン事件を起こしたとされているが、実行犯であって闇の黒幕に動かされたに過ぎないと俺は思っている。太平洋戦争の敗因として大本営を始め日本軍の腐敗ぶり、無能さが槍玉に挙げられるが連中がそう宣伝しているのだ。フセインみたいにやらしておいて殺す、連中の手法だ。俺が日本人だから言うのではない、日本軍司令部は陸士、海士卒業だ、それほど馬鹿ではない。また手口が日本的でない。金と女ですか。それしか思いつかないが。家族を人質。軍人なら覚悟はできてるはずだ、売国、売人類の理由としては弱すぎる、かと言っても本当のところは俺にはわからない。

 坂本は気持が落ち着くと再び口を開く。連中の宣伝上手さには感嘆する。日本に戦争させておいて残忍な侵略国家に仕立て上げる、その手腕は見事だ。”事実はどうでもいい、繰り返し言っていれば歴史となる”、ですか。でしょうね。こうして歴史を見ると事件、事変は起こるべくして、起こされているのですなあ。戦争は、連中にとって多いほど、大きほど望ましいのだ。それは至言ですな。いや、柳さん私の素人のたわごとですよ。なかなか、どうして、見識ですよ、しかし、坂本さんは連中と真っ向勝負に出ている。リュウジは理屈よりも行動、連中の首をあげることだろう。カルロス、冷やかすな、俺はみんなを引き込んでいないか心配なのだ。何を言う、お前は婿だ、義父に対して無礼だ。そのとおり、俺たちはお前の子供の祖父でもある、わかるか。イエスサー。よろしい、お前は一人ではない、俺達、ムコ殿を守るあるね。シエムプレ、当然だ。梅雲と許細君の熱い目が坂本に向けられていた。

    決 着 娘たちよ


 柳家族の見送りを受けて帰国することになった。銀行に200万預金し、秋葉原で買出しをする、30kgの荷物だ。この前の店員と店長が来て10%割引。郵便局まで送りましょうか。いや、リムジンだ。近いですからお持ちしましょう。サーヴィスがいいな。お客様の笑顔がボーナスですから。うまいこというな、宣伝してやるから名刺寄こせ。お願いします、と5枚差し出す。バス乗り場まで荷物を運んでくれた。店長候補頑張れよ。お気をつけて、またお越しください。陳とカルロスがじっと見ていた。

成田までバスに乗る。道路がいいな、バスもいい、日本人はいい生活しているなあ。カルロスは感慨深げだ、異人はあまり本音を出さない。空港で片道航空券を求める。25800円、フィリピンエアーラインはセブパシフィックの倍だ。もっと安いのないない。え、格安ですか、申し訳ございませんが、、ないの。外の会社にするわ。主任らしい男が出てきて、お客様ご予算はと聞いてきた。半分。それはちょっと、できない?空気を運んでも金にならんぞ。おれはフィリピンに行ったり来たりしている。パスポートをみせる。いいな。お客様だけですよ、内緒にしてくださいね、首になると仕事がありませんから。約束する。お荷物は?これだ。30kgですので10万円になります。馬鹿か?10kgを超えますとキロ5000円になっております。カルロスのデジカメを見せながらこの動画国交省に持っていこうか、旅客運送許可は取っているのだろうな。お待ちください、では半分で。旅客よりも貨物が高いのか!これ私たち3人の荷物OK?カルロスが見かねて口を挟む。それを先に言って下されば、結構でございます。結構とはなんだ、郵便局でもキロ1000円だ、ぼったくり訴えようか、許可取消になるぞ。それだけはご勘弁ください。そうか、座席は連れの隣にしてくれ。ビジネスにですか。そうだ、あいてるだろう?私首になります。面倒な客に当たったと言え。わかりました。そのときは仕事探してください。おう、任せとけ。


 ビジネスクラスになると料金は跳ね上がる。エコノミーのサーヴィスはまずい弁当と飲み物。格安の有料がましだ。3時間がまんすればいい。ビジネス席はサーヴィスがいい。坂本は全部断った。どうして断る、サーヴィスがわるいのか、カルロスが心配そうにたずねる。あの太った女、この前乗ったときここはVIP席と言った、俺はVIPでないのだ。龍次、日本人にしては執念深いな、陳が冷やかす。カルロスがトイレに行く振りをして席を立つ。やがて女が満面笑みを浮かべてmabuhay セールこれは乗務員一同の贈り物とワインを持ってきた。この前は込み合っていて十分サーヴィスできませんでしたが今日はゆっくり景色を楽しんで下さい。調子のいいブス女、ブスの笑顔は気持が悪い、とは口にしなかったが軽く手をあげる。カルロスが弁当飲物二人分注文して坂本のテーブルに置く。あんまりうちの従業員をいじめるな、龍次、会社が潰れる。しかし空気を運ぶよりも少しでも収入が増える、陳が雑ぜる。お前のとこもやるか、陳?それは考える。だろう。しかしカルロスこんな日本人はめったにいない。それは言えるな。二人で笑う。坂本は黙って聴いている。セール、ご用はございませんか、若い乗務員がやってきた。お前いい女だな。サンキュウーサー。今どこを飛んでいるの?ソリー、アイドンノー。シンガポールエアーラインはディスプレーで飛行ルート現在位置を表示していたよ、会長に伝えてね。OKサー。返事だけはいい、まず伝えることはない。


  娘たちよ  碧谷 モニカ アヤナ


 マニラ空港に着くとカルロス態度はスペイン財閥の顔になる。空港警察が坂本の荷物を運ぶ。税関もフリーパス。おかげで陳も坂本も同様の扱い。高級ハイヤーが飛んでくる。途中で陳と坂本を降ろすとじゃあなと屋敷に走り去る。あっさりしていていい。陳の家はアラバンの高級住宅街にあった。ホテルの事務所と使い分けている。敷地は千坪くらいか、中国風の屋敷はそれなりの贅を尽くしていた。陳の財力からみれば質素だ。やはり有事の際には貴金属をもって国外に逃れると危機感があるのだろう。坂本は旅の垢を落とすと風呂に浸かり着替えをする。土産から陳家族の分を取り出す。いよいよ自分の娘に会うのだと緊張する。

 陳が覚悟しろという。ああ、坂本はままよと娘の部屋に入る。生後三月の赤子が二人眠っていた。これが俺の娘か、父親にとって信じるほかはないが母親からお父さんよと手渡されるとやさしく赤子を抱く。日本人の血が混じった顔だ。若い母親の梅雲がうれしそうに見つめている。陳の妻が赤子を抱き取ると坂本は梅雲を抱き寄せる。陳夫妻は祖父母の眼差しを向ける。坂本が土産を広げる。赤子の肌着、幼児用きもの洋服、音楽CD,レコーダー、学用品、靴、カバン、梅雲のドレス、化粧品。龍次この子は生まれたばかりよ、学用品は7年先と梅雲が叫ぶ。陳夫妻は涙ぐむ。婿殿、レコーダーは何を録音するのかな。母親の心臓音だ、この子に聴かす。陳が店員の土産を思い出したようだ。これで陳を父親として敬わなければならないが、坂本は態度で示したのだ。万葉集から一つ選んで贈る。

―子等を思ふ歌一首、また序

  瓜食(は)めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ
  いづくより 来りしものぞ 眼交(まなかひ)に もとなかかりて
  安眠(やすい)し寝(な)さぬ

反歌
  銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも

 それにしても不思議な縁、えにしである。坂本が一度陳に招かれた日の夕食後睡魔に襲われ、気付いたのは陳梅雲の寝室であった。横には裸身のが梅雲が眠っていた。坂本は朦朧とした意識の中で事態を理解しようとする自分を覚えている。しかし事態は今以って分からない。食事中梅雲が自分の子供を生みたいといったこと、睡魔が媚薬によるものと思われること、明け方陳の妻許細君が自分の上で喘いでいた記憶があること、陳が自分をあまり責めないこと、などを考えると坂本は陳のシナリオではないかと思った。陳の意図が、事実がどうであれ自分の娘を授かったと思えるだけで幸せだと感じる。理屈ではないのだ。

 名前は碧渓でいいかな、陳が達筆で書いた名前を見せる。やがて許細君が女の赤ちゃんを坂本に抱かせる。さすがに声が出ない。母親の美貌を受け継いだ美人だ。こっち子は碧谷でいいかな、陳が示す。坂本がうなずくとほっとした表情を見せる家族。異母姉妹、許細君38歳、梅雲20歳。世間ではこれをなんというか、坂本には何の関心もなかった。三日間娘たちとの時間を過ごした。坂本の娘の母親たちに対するやさしさは陳の予想できなかったものであった。山上億良の歌を漢詩になおして掲げる。さすがに世間体をはばかってか梅雲の双子として役所に届けられた。坂本は日本領事館に二人の娘の出生届を出す。これで日本国籍も取得することになる。22年後にはいずれかの国籍を選択しなければならないが、それまでは二重国籍となる。陳一家の喜びはひとしおだ。この国では日本国籍は憧れなのである。


 カルロスの館もほぼ同様であった。マリアを抱きしめてくちづけを交わしているところに赤子が連れてこられる。これがモニカ、こちらがアナヤだ、とカルロスが指し示す。マリアがモニカを抱き上げると坂本に渡す。なんと美しい娘だ、これほどの美女は世界中探しても見つからない。ではこの娘はどうですか、とアンジェリータがアナヤを渡す。おお、これは、美しい娘、天から授かった美しさだ。これほどの美人は世界に一人しかいない。お前は18年後彼女と世界一を競うことであろう。俺もそう思うよリュウジ、審査員泣かせかな。しかし、他の美女たちは遠くこの二人の足下にも及ばない。マリアはどうだ。腰ぐらいか。アンジェリータは。膝。まあ!二人以外は。家の外遠く。

 あくる日、坂本は出生証明を持って日本領事館に出生届を出す。何か問題あるか。いえ、昨日もこられましたよね。今日はいけないのか。いえ、そういうことではなく、母親が異なりますね。そこには妻とは書いてない、重婚には当たらない、届とは届け人が一方的に届けるものだ、窓口は黙って受理すればいいんだ。それはそうですが。車を待たせているんだ、早くしてくれ。ここは駐車場もない、今度日本に帰ったら外務省に申し入れておこう。これは国籍にも関係しますから。国籍は法務省の管轄だろう、あんたが心配することではない。ここは日本領事館か、日本国民を平気で待たせる、行政評価事務所に話しておかなくてはいけないな。すぐ終わりますから掛けてお待ちください。腰掛けるほどのことはないだろう、早くやってくれ。口を動かす前に手を動かせ。ここはどうして遅いのだ、仕事がないのだな。フィリピン人職員が呆れた顔で眺める。戸籍は市役所でいいのだな。そうです。手数料はあちらでお支払い下さい。なに、金取るのか。昨日も払ってもらいましたよ。昨日は気付かなかった。規則ですから。省令か、ここの規則か。省令です、法律の委託を受けています。その部分のコピーをくれ。すぐには。用意が悪いな、メールでいいからで送ってくれ。わかりました。法令規則で仕事するのは馬鹿でもできる、世間、人情を勉強せないかんな。はあ?

 もう終わったのか、セール、ムリナ(帰るか)?リトル東京。OK。何怒っている。30分もかかった。早いほうだよ。うるさい、日本人は待つのは嫌いだ。日本食材店に寄る。これだけミンダナオに送くりたいのだが、とメモを見せる。店長らしい日本人がカゴに入れてゆく。6585ペソになります。送料は。500ぐらいでしょう、サーヴィスさせていただきます。じゃあ、チョコと飴玉ガム
、これは持って帰るからそれはそれで会計して。かしこまりました。インスタントラーメンなど3000ペソ程買いたす。これで送料分はあるだろう、この辺の呼吸は日本人でないと理解できないかもしれない。
 本当は赤飯炊いて配るところだろうが、チョコボールをカルロスの使用人にも配るつもりだ。いけねえ、陳のところ忘れた。セヴァスちゃん引き返せ、酒忘れた。セール慌てることはない。そうか、これでタバコでも買えと500ペソやる。サンキューサー、俺ロビンソンで買物する。陳のところにも配達を頼む。
 カルロスが会合に出かけるとアンジェリーたがやってきた。マリア、ちょっとだけリュウジ貸してね。いいわよ。こんなのありか、回しだ。アンジェリータの部屋に連れて行かれると服を脱がされる。寝室とは別に妻固有の部屋がある。ここらが庶民と違う。バスタブにはソープが溢れている。坂本は後ろから羽交じめにされる。マジソン郡の橋だな。え?映画だ。前に回ったアンジェリータの身体は熟女の妖艶さがある。湯上りのビールを飲み干すと坂本は好きにしてとベットに身を投げ出す。執拗に攻められ犯された。が、天上の快感をもたらす。こんなイイ女を何故、、と思ったが思考が止まり、快楽の世界に落ちてゆく。
 翌日、許細君から昼食に招かれる。チョコレートのお礼と言うことだが、アンジェリータの考えは伝播するのか、彼女が傍受するのか。坂本は逆らわず身を任せる。こういう美女は男を喜ばす術を身に付けているのであろう。その性器は脳の活動を停止させ官能の世界に入るように指令を発しているのではないだろうか。許細君の肌はもち肌である。揚子江流域は米の文化、男をとろかす。日本は性においては後進国でないか。浦島太郎が月日の経つのを忘れるはずだ。すすり泣きに似た声がするが、その身体は歓びに震えているようだ。西施、王昭君もかくありきか。心身ともに一体となったとき性の深淵を垣間見る。
 坂本は碧渓、碧谷、モニカ、アナヤの四人の娘を得たこと、その偉業を自ら褒めていた。しかしこれだけにとどまらないことに気づいていなかった。それだけのことをしたのであるからその結果が招来するのは時の問題である。

 坂本がユキの待つミンダナオに帰る前日、陳とカルロスが送別会を開いてくれた。手打式の料亭だ。今日は龍次の送別と日本で世話になった礼だ、カルロスが乾杯とジョッキを上げる。乾杯。続いて陳が深刻な顔でしゃべる。龍次の生協事業は人間として崇高な理念で進められているが、この国の人間が理解するか疑問だ、お前は純粋で傷つきやすい、それを俺たちは心配している。気持は有難いが事を成すには人を信じなければ何もできない。リュウジ、俺も陳と同じ意見だ、日本人が何故人を信用するか日本を旅して分かったが、連中は善意とか誠実を持ち合わせていない。OADも工事が完成するまでは働くが賃金が貰えなくなると見向きもしない。日本政府もさじを投げたではないか。それは知っている、かれらが明日は明日の風が吹くの人生を送っていることも。しかし、ユキの事業を成功させてやりたいのだ。二人はため息をつく。生協は娘たちにもなる。

 女将が入って来た。ようこそお越しくださいました。オカミ日本いってきた。アリマ、ヨコハマ、トキオ、シラカミ、とても美しい。まあ、それはようございました。日本商売、家族友達関係ね。日本人親切嘘つかない、泥棒いない。カルロスの旅行談義に女将は躊躇いがちに坂本の顔を覗う。そりゃあ悪い日本人もいますけどね、ほとんどの日本人は騙されても騙すなって親から教えられてきてますからね。お客さんを信用しなきゃ商売やってけませんよ。おかげでうちもつけが焦げ付いたことはありません。さあ、おひとつ、気に入りの仲居すぐまいりから私で我慢して。これはこれは女将の酌で飲めるとは、陳が畏まる。まあ、お口の上手いこと、でもうれしいわ。ではごゆっくりどうぞ。

 この国には万里の長城もサグラダファミィアもない、だから過去も未来もない、しかし生協が継続すれば現在が過去と未来の間にあることを理解するようになる。そうすると組合作って賃上げを要求してくるぞ。それは生活水準の向上になる、治安がよくなる。日本人はお人好しだな、カルロスがいったように連中は賃金しか頭にない、仕事に対する誇りもない、教育効果もない。生活が向上すれば意識も変わるかもしれない、治安がよくなれば観光客永住者も増える、産業のない国に金が落ちる。いくらりっぱなホテルを建築してもインフラ治安をよくしないと客は増えないぞ。客が増えれば生活がよくなることを実感すれば外国人を騙して金を巻き上げるより有利なことを知る。水、電気、通信、アクセス、なにより安全が整備されると外国人が金を運んでくる。陳とカルロスは中間層に目を向けるきだ。富裕層より人数は多い。
 総額では富裕層を上回る。10万パックはどうだ、旅費宿泊観光食事すべて込みだ。50人で500万円だ。2.5Mぺソ、50人集まらなければ?中止だ。え?最初から中止とネットで宣伝する、毎時間申込任数をネットに公表する。期限が迫ると友人知人に声をかける。セブとフィリピンの共同事業はどうだ。日本人添乗員をつけて成田から成田まで、関空から関空まで世話をする。リピーターがあれば成功だ、評判を聞いて新規の客も来るようになる。添乗員も集客に勤める。今日本も仕事がない、倍出せばくる、ただし、50人が条件。それぞれが集客サーヴィスに一つになることがポイントだ。俺は100は固いとみている。月2回200人とみても年24000人波及効果は大きいぞ。坂本の攻勢に二人は押されだした。

 そう上手くゆくかな、二人は苦し紛れの反撃に出る。人生に解決策などあるものか、ただ前に進むのみ、成功するように努力を重ねる。大きな栗の木も小さなドングリの積重。信じる者は救われる。富裕層にはのんびりした島暮らし、マラカニアンでの夕食会、完全介護施設などを企画する。25Mの300から1000人か、750Mから2.5Bこれも波及効果は大きい。高級ヴぃリッジ、コンドテル日本人に販売してやる。日本の富裕層はどれくらいの資産を持っているのだ。1ないし10B、5万人かな、調べれば正確な数字は掴める。1Bペソは20億円とすれば大企業の社長の年俸、土地を公共工事で買収された者、芸能スポーツなど公表されていない金持ちもいる。

 David Ben Gurion


その日、テレビ電話の試験をした。収容所の島からつながるか、携帯電話がつながればラップトップ(ノートパソコン)もOKと店員は言っていた。メンデルが対話を録画しておくようにすすめる。できるのか、やってくれ。OKサー、相手との時差を9時間とみれば真夜中ですね、メールをいれてみますか。その前に日本にいれてみる。日本で事務を任せている男がでる。音声、画像どうだ。声はいいですが画像は出てないです。ちょっと移動してみる、どうだ。でましたが今一です。うーん、窓際がいいか。いけます、こちらとくに変わったことはありません。そう、新しいパソコン買った、テストだ、いけるな、ありがとう。

 メンデルがスピーカーをつなぐ。日本の動画ニュースをみる。捕虜たち20名もやってきた。パソコンを高くしてやる。日本とユダヤとの動画に切り替える。捕虜たちは日本の神社に興味を示す。ユダヤ人の一部は日本にたどり着いたとというのは本当かもしれない。なんと美しい国だ。この民族は生命の不安を感じたことがない顔をしている。天国か、自然と科学が調和している。などと口にしている。
 メンデルが準備完了と合図する。これからダヴィドベングリオンと話をする、聴くことは構わないが口出しは無用だ。この話の結果は君たちに重大な影響を与えることが予想される。しかし口出しは許されない。坂本は念を押した。

 麦は育った、今収穫するか、坂本とメールを入れる。すぐ、今から収穫しようと返信が来た。いよいよ電話をかけるか。ダヴィド ベングリオンか、坂本だ。Oh mister Sakamoto. Good evening!ダヴィドと呼んでくれ。今、合衆国か。そうだ、今ニューヨークだ。何から話すかな。私も同じことを考えていた。甥は元気かな?近くにいる、カメラを近づける。おおメンデル、坂本お前に感謝する、ところでお前は金が好きなのか。金は必要だ。どれくらい必要か。多いほど良い。何に使うのか。それは言えない。そんなサルみたいな土人の国に投資するのは無駄だ。かも知れないな。金は有効に使え。忠告はおぼえておく、日本の頭のいいサルは大学受験程度の知能を持っているから、ここも教育してみる価値はあるだろう。

 まあ健闘を祈るが、我々にきつ過ぎないかな、ユダヤ人を憎んでいるのか。一部のな、お前のようなユダヤ人を。どうしてか。どうしてかって、戦争を起こすは、金融危機を起こすは、人類のいや地球の敵だ。手厳しいな。証拠はあるかな。今は状況証拠だけだ、そのうち自白させてやる。罪状が明白になれば火山にほり込んでやる、身も心も浄化されよう。それは面白い考えだ。

 アインシュタイン、メンデルスゾーン、アイザックニューマンなど尊敬されるユダヤ人とお前たちは別の人種なのか。日本のヤクザは別の人種かな。なるほど、野暮な質問だったな。ではユダヤと非ユダヤはいずれが勝る。言わずもがな、ユダヤに決まっている。何故決まっている。われわれの神がわれわれを選んだ。俺はお前たちの言う神とやらを認めない。どうしてだ。仮に存在するとしても拗ねた子供のようだ。なんと!その神が人間を創ったとすれば、その責任は大きい、いや、諸悪の根源である。神への冒涜である。言っただろう、俺はそんな神は認めないし、仮に存在するならば彼を国際法廷に引き摺り出す。おお、神を、傍聴者もため息が走る。

 罪状1 欠陥だらけの人間とくにお前たちのようなユダヤ人を創った罪。
     これだけで万死に値する。製造物責任を厳しく問わなくてはならない。
   2 異民族をたやすく殺す罪。殺人罪。絞首刑ではすまされない。  
    市中いや世界中引き回しの上、獄門晒し首だ。

待て、それ以上いうな、怒りでものも言えない状態だ。では、電話を切ろう、一息入れたらそちらからかけてくれ。ああ、そうする。神を否定する人間がこの世に存在するのか。
 坂本は珈琲を飲みながらダヴィッドとの遣り取りを反復する。周囲は静まり返っている。後日メンデルから聞いたのは青白い炎が坂本の全身から燃え上がっていたそうだ。電話が鳴る。サカモト、先程は失礼した。なに、いいんだ、珈琲飲んでいる。お前もここに来るか。機会があれば是非。まあ、話というのは酒を飲み交しながらやるのが一番だが、つづきをやるか。
 神には触れないで話を進めたい、非ユダヤはわれわれに跪かねばならないのだ。思想は自由だ、考えるの勝手だ。ダヴィド、お前は二点誤っている。一つ、その思想はお前たちの悪行を正当化できない。二つ、その思想そのものに根拠がない。独りよがりの独善だ。他民族に認めるものがあろうか。ナチと五十歩百歩だ。故に世界中から忌み嫌われるのだ。お前たちは金の亡者か。

 お前は正直な人間だ。ユダヤ思想は根源的問題なので金のから説き起こしてゆこう。サカモト、お前にとって金とは何だ。金とは使うためのものだ、したがって、当のないお金は不要である。聖書にも金はすべて物に換えなければならぬと書いてある。しかるに、金をマネーゲームにするとは何だ。金は汗水流して働いて得るものだ。日本人にとって不労所得は許しがたい。これは世界に還元されねばならない。当然のことだ。お前にとって金とは、ダヴィッド。

 金とは世界征服のきわめて有効な手段である。食料もか。そうだ。やはり、お前たちは地上から抹殺しなくてはならないな、天からの恵みである食べ物を投機の対象とすることは天への反逆である。死んでもらうにはこれだけで十分だ。俺が言いたいのは迫害され疎外された人間は金に執着するということだ。それはいえる、では不当に金を儲けた事は認めるのだな。不当ではない、合法的商取引だ。これを合法的というならば、その法律が違憲である、人間の存在そのものを否定するものである。お前たちユダヤ人は人類ではない異星人か。遺伝子を調べてみるかな。

 サカモト、お前が我々を憎む理由がわかってきた。しかし、それは独自の見解に基づく判断であって国際社会では通用せんよ。それを世界裁判所で判断させてやる。裁判官は世界中から公募する。もちろん被告人には弁護人を選ぶ権利が与えられる。ダヴィド質問しづらいことだがお前の父と母は一人の息子と二人の娘がいたと聴くが、この息子との関係は。異母兄弟だ、父は俺に同じ名前をつけた。そうか、ダヴィドはかのダヴィデ王の血を引いているのか。その可能性はある、何がいいたい。

 人の妻を好きになるのは聖書の規定に反しないのか、好きになることは褒められたことではないが致し方のないことだと思えないこともない。しかし、その地位を利用して部下を死に至らしめその妻をものにするとは何と下劣なことか。許しがたい。日本人なら切腹申し渡す。聖書を読むとこの民族は倫理感のない、人を信頼できない人間の集団に思える。武士は己を知る者のために死ぬことが出来る。人は愛するもののために死ぬことができる動物だ。したがって、この観点からみるとこの民族は人間未満の動物、人間に値しない人間Lebennsunwertes Lebenと断じざるを得ない。

 お前はナチの関係者か。ナチと見られるのは心外だ、これはお前たちのような他人を害するユダヤ人を指しているのだ。ナチからユダヤ人を救ったかの日本の領事官もお前たちにはビザを発給しなかったであろう。困っている人間を助けるのは人間としての当然の行為と日本人は考える。たとえ職務規定に反しても義を見てせざるは勇なきなり、わかるか。その話は知っている。日本人の行動基準がわかるかと訊いているのだ。理解はできる。頭の中ではな、頭はよさそうだが人間の尊厳性を持たぬ奴にこれ以上話しても無駄だ。

  今、思いついた、ガザ地区のイスラエル兵を追い払う。ハマスの武器も取り上げる。坂本、そんな夢みたいな話、誰が信じる。これは宣戦布告だ、俺は言った事は実行する。信じる者は騙されるのではないか。ユダヤもパレスチナもブリティッシュにいいようにやられたな。ガザの結果をみてお前がどういうか楽しみだ。サカモトそれまでお前が生きておればな。その言葉そっくり返すよ、ダヴィド。そうか、次回が楽しみだ、サカモト、何時になるかな。近々だ、ダヴィド、次回は、エルサレムが廃墟と化しておれば、お前はどんな顔をしているかな。

 テレビ電話を切るとため息がもれた。どうだ、バーナード、メンデル、第一ラウンドの判定は。ヘール サカモト、72:68ぐらいですとバーナード。メンデルも同調、ヘールは攻勢に強いがディフェンスはどうか、相手はほとんど攻めなかったし、まあ、妥当なところでしょう。そうだなあ、次回はクリンチで逃げてカウンターを狙うか。ヘール、水力発電も試運転を始めました、水と電気はOKです。次は食料と住居を確保すれば自足自給も可能です。それは良かった、バーナード。ほかに必要なものはあるか。衣服ですね、その製糸、機織、縫製をどうするか。そうだな機械は調達できるが糸だな、椰子か綿か植えてみるか。さっそく検討してみます。

 謎の飛行物体 Dragon

 謎の飛行物体 Dragon



 世界のメディアがトップニュースで伝えたのはイスラエルとハマスとの双方に三日以内武装解除しないときは双方の軍事施設を破壊するとの内容ビラであった。それにはDrogonとの名前がある。降って湧いたような通告。Dragonとは誰を指すのか。
 目撃者の話では1m足らずの小型飛行機がイスラエル上空からビラを撒いたそうだ。その小型機からの映像は、インターネットで世界に中継される。テレビ局もこれをそのまま流す。画面は小型機を撃ち落そうとする兵士にペンキの弾が命中して全身を赤く染める様子を鮮明に伝えていた。しかし飛行物体そのもは鏡のように光を反射して姿をはっきりみることができなかった、音はほとんどしなかったなどの証言が報じられた。レーダーでも捕らえることもできなかったようですとのコメントでニュースは終わった。つづいてビラの真偽、Dragonとは、について専門家にいろんな角度から語らせる特番が組まれたが、結論として真偽不明、情報が少なすぎるとなった。

四日目の朝、光を反射する飛行物体が現れる。突然ワルキューレが上空から鳴り響く。これから軍事施設を破壊する。この様子はテレビ、インターネットで観ることができる。性別不明合成音声のアナウンスが降りそそぐ。You are fools の文字が天空に描かれる。やがて人々はくしゃみを始める。コショウだ。文字は胡椒で描かれていたのだ。ガザ地区の戦車、ロケット砲、兵士にペンキ弾が撃ち込まれる。イスラエルもハマスもない。ペンキで真っ赤に染められる。飛行物体は音楽とアナウンスをばら撒きながらイスラエル上空を我が物顔に旋回する。飛行物体に向けられた銃口は尽くペンキ弾を食らう。

 軍事施設の上では、兵士諸君この場から離れなさい、君たちにも家族がいるであろう。悲しませてはいけない、とのアナウンス。管制塔にペンキ弾。滑走路にNOWの朱文字。三分後にこの施設は炎に包まれるであろう。また会おうと告げる。モーツアルトのレクイエムが流される。怒りの日だ。
 飛行物体は遠のいてゆく。音が無くなると不気味さが漂う。2分後、飛行場に油が噴き上がる。軍事施設を浸してゆく。3分後油が燃え上がる。黒煙と炎が広がる。逃げ惑う兵士。テレビ、ネット画面は生々しく映し出す。カメラはどこだ。飛行物体から反射された日光は油の噴出先の一点に集まり、まさに焦点に集まって油を発火させた。画面はガザ地区に配られる救援物資を移す。飛行物体は静止している。音はしない。箱には薬品とか食料とか書かれているが軽いものが多いようだ。やがて飛行物体は次はヨルダン地区に同様の攻撃を行うと告げて去っていった。

 ダヴィドから電話が入る。サカモト今良いか?手が離せない、1時間後にこちらから電話する。バーナードに話す。全員集めてもいいですか。いいよ、面白いニュースがある。全員がパソコンに見入る。動画ニュースが画面に流れる。おお、神よ。祖国の無様な姿に怒りと失望を顕わにする。なんと傲慢な連中だ、坂本は思った。さて電話するか、とダヴィッドを呼び出す。サカモト、お前か。よう、生きていたかダヴィド、なんのことかな。しらばくれるな、あのニュースだ。おう、おう、観た観た。お前の仕業か。さあ、俺はずっとこの島にいたからなあ。まあ、俺の言ったようになったな。サカモト質問に答えろ。俺は被疑者でも被告人でもない。何故答えなくてはならない。お前の名前はドラゴンを意味するのではないか、状況はお前の疑いが強い。状況はな、しかし俺はこの島にいた、アリバイにならないか。くそー、忌々しい。世界を征服しようとする者は上品な言葉遣いが大切だ。では、また近いうちに話そう。 そうだ、言っておいたほうがいいだろう、ダヴィッドお前も半年の命だ、やるべきことはやっておいたほうがいい。どういう意味だ。お前が死ぬように念じておいた。半年間で決着をつけないとお前も死ぬに死ねないだろう。馬鹿な。残された人生を有意義に過ごせ。

 どうだ、バーナード。わかりません、一方的でしたから。100:0か。それよりあの攻撃はヘールの仕業ですか?冗談いうなよ、お前たちとここにいたじゃないか。でも疑わしい、この前の話と一致点が多すぎる。人を疑うのはよくない、とくに状況証拠だけで、疑わしきはこれを罰せず、有力な証拠が必要だ。でもよ、あのニュース続きがあるのじゃないかなあ。え?来週当たりもっと面白いのが観られるかも知れない、俺の勘だけど。飛行場からどうして大量の油が湧き出したか、地下に送りこまれたと考えるしかない。トンネル掘削あるいはパイプ敷設か、バーナードはひつこく疑念を口にする。

 次の朝、飛行物体はヨルダン地区上空に現れる。これから軍事施設を破壊します。国民の皆さんにはご迷惑をおかけしますが家でテレビ観戦してください。攻撃中は外に出ないようにしてください。失明しますからとくに小さなお子さんは親御さんの下にいるようにしてください。一つの戦車がペンキ弾を浴びる。太陽の反射光が集まる。兵士が出てくる。眼を開けてはいけない、と上空からアナウンス。このように強い光が眼をいためますから、一時間ぐらいは家の中にいましょう。破壊が終わったらお知らせします。兵士の皆さんは軍事施設から離れてください。危ないですよ。この戦車を破壊します。中に人はいませんか、待ますよ、はい、一人でてきましたね、もういないですか。では始めます。レクイエムが流れる。Morzartのラクリモス、悲しみの日。

 反射光が戦車に集まると熔け始めた。こういう金属は平和目的に使いましょう。次はあの司令室です。火の手が上がり窓ガラスが熔ける。黒煙が噴出す。天は戦争を憎みます。スピードを上げます。兵器には違わず見逃さず反射光が当てられてゆく。もう軍事施設はありませんか。申告してください。正直に言わないとエルサレムの神殿を破壊しますよ。では今度はハマスの施設を破壊します。兵士のみなさん武器を一箇所に集めてください。結構です。はい、熔かします。施設はどれですか。白い目印を上げてね。順番に壊していきます。もし、あとで見つかったら神殿を破壊しますよ。もうありませんか。では本日の破壊を終わります。次回は国会議事堂です。次の10名方々を二日以内に引き渡していただけたら破壊は中止します。ではまた。

 坂本のパソコンの周りでため息が相次ぐ。軍事施設がかくも簡単に破壊されるとは信じられない。ダヴィッドからだ。サカモトひどいじゃないか。おう元気か。ユダヤ民族を愚弄するにもほどがある。生かしておけない。言いがかりは止めろ、俺は画面をここで観ていた。無実の人間を殺していいのかな。飛行物体はそういうことはしないのじゃないかな、それよりお前こそ、エルサレムに行かなくて良いのか、お前の名前も入っていたぞ。くそー。カッカすると血圧が上がってよくないぞ、身体を大事にな。お前には関係ない。そうよ、俺には関係ない。まもなく大学もも完成する。落成式には招待するから。ふん、ほざくな。ダヴィッド横になったほうがいい、俺はお前が心配だ。

 次の日、飛行物体はエルサレム神殿に近づく。これから神殿を破壊します。外に出てください。この国の政府は核施設を隠しています。よって、神殿を警告どおり破壊します。白い粉が神殿に降り注ぐ。雪だるまのようになってゆく。グノーのアヴェマリアが流れる。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地が白化粧したことはあるまい。イギリスがこの地にちょっかいを出す前は紛争もなく共存していたのだ。全世界にいるそれぞれの教徒にとっての衝撃は怒りにそして恐怖に変わっていった。白い粉が太陽光であったならば、もしアナウンスなしに人々に向けられていたならば、、、。
指名された要人3名がテレビ局のスタジオに集められる。今すぐここでイスラエルの武器廃絶を宣言しなさい。実施期間に30日間をあげましょう。『この地は神が我々ユダヤ民族に下さったものだ』そのような神を認めません、嘆きの壁を破壊しましょうか。そんな無体な。全知全能の神がこの光線を阻むことができないのだ、故に私に従うしかない、一つ、砂漠に三民族共用の都市を建設する、一つ、今後武器の使用を禁じる、わかりましたか。馬鹿な。理解力のない者を馬鹿といいます、核施設は無用になりますよ、都市が完成すると砂漠のウランは採掘できなくなりますから。

 追い討ちをかけるように時を同じくして国連の建物が黄色のペンキ弾が射ち込まれた。これは軍縮を進めるようにとの警告です。軍事施設を地球上から自主的に廃絶してください。人工衛星もふくまれます、少なくとも太陽系銀河に武器が存在することは許されません。次はホワイトハウスです。黄色になりましたね。黄色くなったエッフェル塔、クレムリン、ビッグベン、天安門、バチカンと映像が世界に配信される。今回は警告にとどめますが、この色が赤になるとこれらは破壊されます。人類に対して教育効果があるといいですね。そう願っています。飛行物体からの中継は全世界に衝撃と反省の機会を与えた。次は世界主要証券取引所のパルスを破壊します。取引の決済は早めにやっておいた方がが良いでしょう。

 力は正義なり、古今を問わず世界の常識。世界は武器廃絶に動き出した。動かすのは力だ。主要国が廃絶計画を発表する。計画は評価しますが大切なのは実行です。日程と実施状況を世界に報告してください。これから北朝鮮の核施設を破壊しますから参考にしてください。謎の飛行物体からのメッセージが世界に中継される。物体そのものは時折太陽光を反射するが姿は捉えられない。その発する音声が存在を示している。
 北朝鮮上空から核施設破壊を告げるビラがまかれる。電波ジャックされた朝鮮テレビから国民に外に出ないよう呼びかける。政治責任者は核査察を今すぐ受けいれなさい。返事がないようですから弾道ミサイルを破壊します。一つのミサイルが黒いペンキで覆われる。今から順に破壊してゆきますから近くの人は避難してください。発射台の根元が赤く熱せられる。熔け始めるとゆっくり傾き、尻餅をつくように崩れてゆく。吊られてミサイルも倒れてゆく。飛行物体は移動しながらも熱線を浴びせるためこれに攻撃ができない。司令塔に赤いペンキ弾が撃たれた。その窓ガラスが強い光を反射する。ミサイルは次々と倒されてゆく。

 日本、韓国の拉致被害者の家族から悲痛な叫びがあがる。それは朝鮮テレビにも中継される。朝鮮国民も束縛から解放されるかも知れないとの期待が生まれる。大きく掲げられた指導者の顔写真、銅像は尽く焼かれてゆく。飛行物体はどこから現れるのか、また、その姿は見ることができないのか。空軍飛行場の戦闘機に黒ペンキ弾が撃ち込まれて行く。そして管制塔の窓ガラスには赤ペンキ弾が。
 アリランが空に流れる。このような無駄なものに血税を使う者たちを指導者としておくのですか。かつての高句麗の誇りは忘れてしまったのですか。戦闘機が黒煙を上げ爆発してゆく。南、韓国も自主的に武器を廃絶しなければ私たちが行います。これはどこの国も同じです。あなた方の指導者は峠を越えて逃亡しようとしているのでしょう。しかし間もなく歩けなくなるでしょう。アーリラン、、、。

闇の黒幕は慌て出した。パルスを破壊されるとコンピューターが動かなくなり国家、企業は麻痺してしまう。謎の飛行物体は単なる脅しではなく警告どおりことを行う。廃絶計画が実施されないと証券取引所が、銀行が、破壊される。文明は破壊に弱い、先進国ほど恐怖に包まれる。マネーゲームで荒稼ぎしている闇の黒幕にとっても深刻なことだ。 

 ダヴィッドから電話が入る。サカモト、これからエルサレムにゆく、条件はなんだ。条件、何のことかわからないが身体に注意しろよ、ダヴィッド、もう若くないんだから。わかった、また連絡する。謎の飛行物体が要求した人物は10名、シャハラザード大学に向かって運河を進んでいた。心配するな彼は人を殺さない、しかし要求はきつい。たとえば?そうだな、証券商品取引。ダヴィッド、どれくらいを。身代金の額からして儲けの8割いやそれ以上を言ってくるだろう。お前たちは1%でも食っていけるだろうと言うだろうよ。ひどい男だな。ところがひどいと思っていないので始末が悪い。あれだけのことをやらかしても澄ましているのだ。どれだけ深く我々の懐に手をいれてくるのだ。
 懐ならいい、また稼げばすむことだ、パルスを破壊されたら我々は干上がってしまう。あの飛行物体は何故レーダーで捉えることが出来ないのだ。金属反応がない、音波、電波が乱反射するように表面加工がなされているようだ。それだけの技術と技能は日本にしかない。製造場所を突き止めていないのか。大企業はやっていない、町工場と呼ばれる小さなところを当たっている。やっかいだな。まったく。飛行船でソーラーを動力にしている可能性が高い。ペンキから割り出せないのか。そこらの市販のものらしい。ペンキを少しずつ垂らすと表面張力で球状になる。外部が乾いて皮になる。簡単に作れるらしい。今のところお手上げだ。



 ダヴィッドたちは運河を行く船上にいた。船が港に近づくと両岸に緑が広がっていた。植樹された木はまだ成長していないが根を下ろしている。雑草か何かはわからないが草原になっている。なんということだ。砂漠に水を引き、雨を降らせるとか。信じられん。ホテルの受付で空き室がないと断られる。砂漠の中にホテルがあること自体が軌跡であるが、客は見当たらない。不審に思ったが、ダヴィッドベングリオン様にメッセージがございます。私、だが。パスポートを拝見させていただけますか、ご本人を確認して渡すように託っております。確認させていただきました、メッセージはこれでございます。『ダヴィッド元気か。困ったときは相談にのる、サカモト』2枚目には予約部屋番号、料金、振込先が記載されている。
 どうした。ロビーに行こう。あの男がこのホテルを借り切っている、転貸料金10M$/日か200M$/月だってさ。うぬ、奴は米ドルで100万倍フッかけきたのか、不埒な。ユダヤ商法をコケにするか。まあ、砂漠に野宿ともゆくまい、ここは奴の言いなりになろう。受付で振込みを依頼する。ネットは使えるかね。ネットコーナーはご自由に使うことが出来ます。ありがとう。ネットコーナーからサカモトを呼び出す。よう、ダヴィッド。サカモト野熟せずにすむ、助かった感謝する。何の何の、お役に立てたか、俺も来月にそちらにゆくよ、それまで使っていてくれ。会えるのを楽しみにしている。俺もだ、ゆっくり話がしたいなあ。近いうちに是非(糞ガキ)。

 フロントからメッセージが届けられた。『自分史、生い立ちの記』を6日以内にまとめて提出のこと。事実に反する記載、重要事項に漏れがあるときはエルサレム神殿が黒く塗られるであろう。提出方法:シャハラザード大学教務課に持参し口頭でAmagoi Rironと申出ること。Itsukiはどこかと質問する者以外に話してはならない。Mizuwa tnnkara moraimizuと答えること。Chikai uchini furudeshouと応じる者でかつ受理書を交付する者でなければこれを手渡してはならない。受理書には受取人DRAGONの記載があるか確認のこと。以上に反する提出は無効。

 リュウジあれで良かった。ああ、面白かった。でもエルサレム神殿破壊は驚いたわ、まさか麦の粉とはね。俺はカインに同情している、弟を殺すのはよくないが。あのね、うん?シャラザードがテレビ電話の坂本の口をを指でなぞってゆく。くすぐったい。ウフフ、あのね、なんだ、もったいぶるなよ、私、できたのこどもが。え、おとこおんな。まだわからないわよ、ふふ。いつ生まれる。いま三月だからあと半年ね。これとフィリピンを早く片付けないと間に合わないな。逢たいわリュウジ。俺もだ。来月にはシャハラザード大学にゆくよ、この目でみたい。案内してくれ。もちろんよ、うれしいわ。そうだ、イスラエルにも大学を建設してくれるかな。大学都市ね、難民収容、紛争解決、一石二鳥ね。労働は失業した兵士がやるだろう。

 兵器は世界を滅ぼします。持たない、作らない、売らない、とのコマーシャルが世界中に流される。宇宙から見た地球の映像、核兵器はこの美しい星を破壊してしまいます。元宇宙飛行士、科学者、宗教家、芸術家、女優などが起用される。一日に3回から10回、テレビ局サーヴァーなどにもよるがあらゆるメディアが参加している。私たち【青い地球を守る会】は皆様のご寄付によって運営しております。お金、物、に限らずあなたの能力、お心をお寄せ下さい。ご協力頂いた方のお名前はホームページに掲載させていただいております。
 その費用は一日500万円とみても世界のメディア数10万か、まあ、5000億円、月1.5兆円、半年で9兆円、月間MVP作品に1億か。いけるな。リュウジ、難民キャンプ早くしたいな。そうだが、武器を持った連中が救援活動を邪魔するだろう、これを片付けるから少し待ってくれ。お前も計算しろ。その費用を連中に支払ってもらう、うん、いい考えだ。そうね、送金も換金もしなくてすむ。

 飛行物体はレバノン北部ナハルアルバレド上空から呼びかける。ここに武器をすべて集めなさい。これから破壊します。それが終わったら両軍の責任者は兵士たちを帰しなさい。私たちは、聖戦で死ぬのは幸福だと言っている指導者にお手本を示してもらいます。彼らには市中引き回し獄門晒し首以上の刑を与えます。またその偽善を白日に晒して見せます。あなたたちの愚かな紛争が生み出した難民を観なさい。一人の兵士にペンキ弾。ナイフとピストルも武器ですよ。レバノン政府およびFatah-al-islamに告げます。難民への救援支援活動を妨げてはなりません。死をもって償ってもらいます。武器を破壊します。これによって命を奪われた人たちの御霊に祈りを捧げなさい。太陽光が武器を熔かしてゆく。Requiemが天空にながれる。

 エルサレム神殿上空から世界に飛行物体のメッセージが発信される。私たちは戦争、紛争を憎みます。その原因は貧困と武器だと考えます。今核兵器をはじめ武器の廃絶に取り掛かりました。みなさまの力を貸してください。世界の、地球の現状を知り、よりよい未来を考えていきたいのです。世界にはテレビもネットもないところも少なくありません。メディアはこの点にも配慮ください。これからエルサレム神殿にメッセージを送ります。近くにいる人はさがってください。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の指導者各5名ずつ3日後朝9時にこの神殿に出頭するよう求めます。これが出頭命令です。黒い粉が落ちてくる。神殿が黒色に染まる。

  大学とはwhat's university



坂本はシャハラザードの部屋にいた。大学の職員宿舎の一角だ。カーテン越しに朝日が差し込んでいた。外の芝が濡れている。昨夜激しい雨が降ったのだ。木々の葉も雨を朝日に光らせている。少女の裸身は美しい。何を見ているの。緑、みどりは心を和ましてくれる。まあ、きれい、少女が坂本の肩を抱く。教育は能力を伸ばすことだ。草木は水と太陽があれば育つ。育つ環境にあれば、人間の能力も。そう、シャハラザード大学は人間を育てる環境であってほしい。戦争と貧困のない世界を創る人間を育てるところ。
 そんな世界ができるかしら、早く来て欲しいけど。できるさ、お前なら、と少女を抱き寄せる。まって、具体的にはどうするの。そうだな、自然の中で遊ばせる。生徒は自然から多くを学ぶ。偉大な学者は自然から答えを見つけている。生徒の興味をみると能力が分かる。世界一流の人の話を聞く。どんな分野でもいい。基礎学力判定、育成に掛け算を覚えさす。九九ではなく、九九九九だ。なに、それ。99×99=9801。
この表の中から多くのことを学ぶことができる。0はいくつ集まっても0、無いものをいくら集めても増えない、これはわかる。どんな数字も0倍すると0になる、これがわからない。それ、どんな数字も奪う、取り去るということよ。なるほど、消してしまうか、取り去ってしまうのか。ええ。では0で割ると無限大か。それは無理、割るには何かが要る、無いもので割ることはできないでしょう、不可能。うーむ。割る、分けるは二つ以上じゃないと意味ないでしょう。お前頭いいなあ、そうだ、1では。1で割るの、それはまだ割っていないのよ、分ける気持だけなの。けちなのか。かもね。

 高校生にはテーマを決めさせる。宇宙の誕生、人類の未来、電気自動車、エイズ治療、性交における快楽の男女差。そんなテーマだめよ。冗談、一つのテーマに真剣に取り組んでゆくとそれに必要な周辺を勉強するようになってくる。知るともっと知りたくなる。そう、穴を深く掘るには広く掘ることが必要。高い木は根も拡げているから倒れない。んだ、その勉強方法を教えてやるのが教師、教授の仕事。勉強の仕方。学んで問う、これ学問。勉めて強いる、これ勉強。学問のほうがいい。そうか将来は大学、大学院も必要になってくるな。楽しみね。二人の会話が途切れると雨が降り出した。しとしとと春の雨に似て音もなく降る。雨乞理論は確立されたのだ。


 坂本は大学の内外を視察したかったが10名の自分史を精読しなくてはならない。シャハラザードがタイプしたものをYahoo Japanのサイトにコピーする。カーソルを当てると日本語が出てくるので単語の逐語訳だが辞書を引く手間が省ける。俺は日本では日本語しか使わなかったから英語は苦手だ。え、日本は日本語だけで生活できるの、そんな国があるの。彼女の問いに坂本はたじろぐ。日本の国語は日本語である、日本人はそう疑わない。例外はアイヌ語か、方言か、だが標準語が通じないところはあるまい。民族の言語だけでは他民族と話せない国家が多く存在する、いや、多民族国家のほうが多いのでないか。
 どうしたの。俺は今、タガログ、ビサヤ語、英語を使わなければならないのだ。考えたこともなかった、日本語のない生活など。そうか、言語を覚えるのは必要なからだ、生活してゆくために。大丈夫、と彼女はたづねる。そんなこと当たり前でしょというところか。人類が言語を使い出したのは愛の告白のためというのが有力説だ。そうすると日本は愛の後進国と言わざるを得ない。どうして。愛、性、の語彙が少ない。いいのよ、愛は言葉じゃない、実践よ、それには早く読みあげてしまいましょ。そうだな。日本人が当然と思うことは日本で当然なのである。

 対話によって理解が深まり、新たな疑問が生じる。疑問を投げかけることで解決が発見できる。大きな疑問は次のように要約された。
   1、記述の信憑性
   2、共通点
   3、世界平和にどう生かすか
これを口頭諮問でどう引き出すか。ふたりの議論がつづく。その夜降雨はなかった。愛の実践もなかったと考えられる。

 お早うございます、皆さんの自分史を読ませていただきました。勿論読んだのは私だけです。若い女の質問者の声だけが流れる。10名の様子はモニター画面に映される。午前中は全員におたずねしますので相談して答えていただいて結構です。午後からはお一人ずつ個別に質問させていただきます。シャハラザードの声が講堂に響く。
 ユダヤ人はどうして優秀なのですか。神に選ばれた民である。他に意見は?ないようですね。その神についてお聞きします。聖書によるとその神はアダムとイブにこう言いましたね、エデンの『園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないから』と。ところが二人は木の実を食べてしまった。そこで神は二人を園から追放した。
  1、以上の事実による神の処分は妥当ですか。
    処分は厳しすぎるという見解もあります。その理由は、木の実に触れることができないよう    に措置を講じなかったこと、へびの誘惑に対して なんら防御しなかったこと、
    神こそ責められるべきと主張します。この見解を皆さんで検討してください。
  2、二人は木の実を食べた事実は認めていますが改悛はしていません、これをどう評価しますか。
    日本人は、二人が謝らないことを厳しく非難します。過ちは同情すべき点があるとしながら    も謝らない以上許すことはできないとします。これも併せて検討下さい。
  3、二人の息子すなわちカインとアベルの供え物に対する神の言動の是非を問います。
    とくにカインとその供え物を顧みなかった点を検討してください。
    この言動がカインを弟殺しに馳せらせたとする見解があります。参考に。
  4、殺す勿れ、姦淫する勿れ、盗むなかれとはユダヤ民においてのみ通じることですか。
    異民族に対しては適用されないとすれば、その根拠はなんですか。
  5、金はあなたたちを幸せにしましたか。
    金とは何ですか。単なる印刷物、法律で紙切れにすることもできるのではないか。
以上の点、検討に時間が足りなければ申し出てください。延長します。答えは統一見解でなくても結構です。少数意見は多数意見との相違点を明らかにしてください。質問があればどうぞ。12時から14時までを休憩時間とします。昼食は食堂で取って下さい。ただし、この質問に関する話題はここだけにしてください。

 そのころ、飛行物体からエルサレム神殿に出頭した`ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の指導者各5名に同じ趣旨の質問がなされていた。お呼び立てしてすみません、世界の、地球の窮状に鑑みご無礼の段ご容赦ください。私たちの目的は戦争と貧困のない世界を実現することであります。諸兄のお知恵を拝借致したく日本巡礼の旅をお願い申し上げます。日本は西洋と異なる文化を有しておりますれば諸兄も違った観点からものごとを見ることができると考える次第です。誠に押し付けがましい依頼ではありますが、事情ご賢察の上お力添え賜りますようお願い申し上げます。
 異教徒から観ますとユダヤ教、イスラム教、キリスト教は、同一の神を崇め教典の半分つまり旧約聖書を共有するのですから似たようなものに思われます。それなのに教徒は対立をつづけるのか理解できません。これらをよく混ぜ合わせると程よいものができるのではないかとの見解も念頭においてください。たとえば、イスラエルの国土からすべての人間を疎開させ都市計画をやり直すのも方法でしょう。国土を細かく地区割りをして各教徒に住んでもらったらとも考えております。3万位の地区に順番に割り振りすれば全体としてはまぜあわせなりましょう。 謎の飛行物体は過激なことをさりげなくいってくれる。なお、この四国巡礼の旅は日本メディアから世界に中継された。

 シャハラザード大学では質疑が始まっていた。
 1、神は『ケルビムと、回る炎を置いて、命の木の道を守らせらせられた』。それは食べる前ですか、後ですか。後でしょう。神の措置は十分でなかったのではないですか。イブが木の実を食べたには何故ですか。へびに誘惑されたから。とすれば神はこの誘惑からイブを守る義務があったのではないですか。と、すれば楽園からの追放処分は不当であり取り消されなければならず、彼らが初犯であることを考慮すれば厳重注意処分を相当とします。なお、彼らが『神と同じように賢くなりたいという不遜な願いを持って、木の実を食べた』という証拠はない。かような主張はかえって、前述のように神が保護者監督責任を全うしなかったとの印象を強めるものである。
 2、彼らが罪を認めながら改悛の情がないので金庫1年執行猶予3年との少数意見があるが、多数意見は、それとて神の製造物責任および養育責任を怠ったことに起因すると認定されるから、上記のとおり決定する。なお、彼らの責任よりも神の責任が重いことを付言しておく。
 3、アベルが最上の供え物をしたのに対し、カインはありきたりの供え物をしたため、神はカインとその供え物を顧みなかった点を検討するに、かたや最上、かたやありきたりと認定するだけの証拠もない、仮にそうだとしても供え物をしたことには変わりはないのであるから神の行動は不当と非難されるべきである。供え物が最上でなければならないという根拠はどこにも示されていない。そうだとすると神は大人気ない拗ねた子供の行動をとったと断じざるを得ない。カインが憤るのも理解できるのであり、これが彼の弟殺を誘発したと考えられる。神は一方で殺す勿れとさとしておきながら、本件ではカインに対し命をもって償わすことをしなかったことは神がこれを認識していたと推測することができるのである。
 4、神はイスラエルの民にヘテびと、ギルガシびとなど七つの民を滅ぼすように命じた点について質問します。これらの七つの民はユダヤ人ではないのですか。イスラエルの民とどこが異なるのですか。また、滅ぼす理由はなんですか。答えてください。答えがないということは神の命令には合理性がなかったということですね。神に選ばれた民がエジプトの奴隷になり、世界各地を流れ歩いたということは、選んだ神も選ばれた民も優れていない、むしろ、下等な民と言われても仕方がないのではありませんか。
 5、疎外、迫害された民が金にすがる気持は理解できますが、何故、疎外迫害されたのですか。金で金を儲けたからではありませんか。金はすべて物に換えるように言われていませんか。金は働いて得るものではありませんか。そうでないと説得できますか。

 少女には悪魔のような冷酷さがある。狸を泥舟に乗せたウサギは、水に沈みながらお前に惚れたのが悪いのかとの狸の叫びに耳も貸さず、沈み行く夕日にまあきれいと見とれる。太宰治の御伽草子にある一節だ。夕陽美、シーヤンメイ。もっともシャハラザードは乙女とはいえないし、まして処女とは。ただ、10名は予想だにしなかった攻勢に声なしの有様であった。
 聖書が読者数、発行部数で世界一といわれるが、信じがたい記述が多いと坂本は思っていたのだ。解説書や教会の解釈は好き勝ってとは言わぬが、ずいぶんいい加減である。このような反対解釈もできようか。それを彼女に代弁させたのはいうまでもない。
 彼女は【青い地球を守る会】の広告費をかれらに持たすことに成功した。恐喝って禁断の味がするわ、もっとやりたい。人聞きの悪いことをいうな、ご寄付いただいたのだろう。そのご寄付でいいから、ね、他にないかしら。考えておくよ。といいながらも難民の多いこと、紛争の多いこと、飛行物体の増産が必要と感じていた。その製造費を持たすのはちと無理がある。それでも難民キャンプへの救援活動はごく一部の地区ではあるが大幅に改善された。地区を広げるのと平行してキャンプ地の自給自足を模索していた。
 それは不可能という結論しか出てこない。可能性のあることはとにかくやって見る、坂本の心情だ。武器廃絶は50年100年はかかるなと思いながらも圧力をかけ続ける。その使った軍事費の多さにあきれる。日本政府の軍事費は国家予算の半分以上だったとか。朝鮮半島、台湾、千島列島、満州を手に入れた当たりまでは儲かったと日本国民も考えてふしがある。以後太平洋戦争まで行って戦争は儲かるどころか大きな付を払うことを嫌というほど味わった。戦争で儲けるのは闇の黒幕だけであろう。奴らの武器売上は欧州の全資産を上回るのではないか。
 武器生産施設の破壊のみならず、生産そのものを禁ずる、夢物語か。武器を使わせなくするには?紛争をなくす。それには?貧困をなくす。人口問題をどうする。産児制限。できるかな、貧乏人の唯一の楽しみを奪うことが。受験生の反論に質問者がたじろぐ。カインに対する神の態度はわれわれも疑問を感じていた。無視される者は凶暴になる、弟殺しの動機において酌量すべきだと考える。反面、砂漠の民が麦、農業に精励することは人口増加を将来させる。社会政策的に農業を抑制しようとしたとも解釈できる。食うか食われるか、これが砂漠の掟だ。
 それは傾聴すべき見識ですね。人口増加が貧困を招くのであれば、人口を押さえることです、しかし、戦争、公害、疫病などの手段はいけません。先進国は産児制限に成功しています。私は、ここで砂漠の緑化が成功すれば貧困をなくしてゆくことができると考えています。この取組をじっくり観察してください。

 個別面談、口頭試問には坂本にも自信がなかった。できるだけ告白させるように持って行く。それにはじっくりと聴いてやることだ。いわゆる聞上手になることだ。戦争を起こし武器を売りつけその当事国の国債を担保に取る。証券商品相場の操作の手法が生々しく語られる。お金は使うものでしょう、ものに換えて価値がでるのはありませんか、との問いは拝金主義に揺さぶりを与えたようだ。商品が貨幣に姿態変換して価値が実現するとの経済学説を真っ向から否定した。少女には年寄りの頑固頭をやわらかくさせるものがあるのか。ひとり、ふたりと改宗者が出始める。説得は理屈だけではない、何かがある。宗教の多くが論理的でなく、偏っており飛躍があるのはそれでないだろうか。かれらの行動の、人生の指針であり規範である宗教は、神なぞ認めぬ坂本には理解しがたい。

 自分史の単位を取得した者から運河事務所で研修させる。大富豪の生活から砂漠の民を経験させる訓練期間でもある。坂本は事務所長、運河部長に会いたかったがユキの選挙が近づいていた。また雨乞理論に匹敵する愛欲理論を確立させてからとの思いもあった。賢者たちの四国巡礼の旅から何かの土産を期待していた。融和、共存、無償の行為、世のため人のためと概念を肌で感じてもらいたいのだ。

椰子の木


    椰子の木

               ユキの政策


 ユキの政策は単純明快、道路整備である。選挙運動はメディアのインタヴュー。生協の基盤票があるが、当選後の政治活動をやり易くして置いた方がいい。毎日夕食時間帯に放送する。ユキの一日から、政策、実現後の姿が放映される番組だ。

 朝、家族と食事をして南海雄の世話をする。主婦国会議員候補、これが番組の看板である。視聴者はユキが始まったと画面に目を向ける。家族団欒の一時をユキを肴に過ごす。ミンダナオの質素な家に住む主婦が国会議員を目指しているのだ。インタヴューはテレビ局が全国の生協支店を回ってゆく。

 今日は前回につづいて道路完成後の姿を見てまいりましょう、その前に再放送のご希望が多かったこれをご覧いただきましょう。『お金はねえ、血液みたいなものよ。体中に栄養や酸素を送るでしょ、だから満遍なく循環することが大切なの。オッテンだけが大きくなっていい気持ちになると頭は真っ白になるでしょ』するとソクソクは身体に良くないのですか。『ソクソク(夫婦生活)は他の細胞を活性化させるから身体にいいのよ。あなた何を言わせるの、今お金の話をしているのよ。お金が国中を循環すればこの国がもっと良くなると言ったの。一部分だけがいい気持ちになっても健康とは言えないのよ』
 今ご覧いただきました番組は今夜7時から再放送しますから、お見逃しの方は是非ご覧下さい。『いやだ、こんなこと言ったの』いいじゃないですか、好評ですよ。『そうね、言ってることはいいけど例えに品がないわね』品も大切ですが、わかりやすいのがもっと大切とのご意見が多数寄せられております。

 選挙結果はユキの圧勝であったが、選挙前からメディアがすでにユキを議員扱いしていた。この驕りが坂本には鼻持ちならない。しかし俺のネタを上手く料理するものだなと画面を観ていた。突然、婦人議員が踏み込んできた。『ジャパユキ風情が国会議員、笑わせるじゃないよ』『何よ、財閥の娘というだけで国会議員になったくせに大きな顔するんじゃないよ』ユキの反撃は凄まじい。『あんたの母親はプータンイナモ(売春婦)でしょうが』と、婦人議員のパンチがユキの顔面にと思いきや、ユキのカウンターは婦人議員の顎をヒット、仰向けにもんどりうって倒れる。『あんたが議員中にやったことは汚職と蓄財、証拠は挙がってんだからね、プリズン監獄行きは時間の問題さ。すっこんでろ豚女』坂本はハラハラどきどき。フィリピーナは興奮すると相手かまわずパンチをくり出す。要注意。しかしフィリピン人には闘鶏を観る感覚だ。KO勝ですね。そうお、私の白魚の指大丈夫かしら。大丈夫ですよ、ピラニア、ティラピアTilapiaの指ですから。(失礼ねと眉を吊り上げるユキ。キャスターは構わず続ける)

 さて、今日はユキ議員の掲げる全国道路網についてお話を伺ってまいりましょう。キャスターは何事もなかったように番組をつづける。このへんの感覚は日本人には理解し難い。この国が道路で結ばれると生活は便利になるでしょうね。なるわよー。それだけじゃないのよ、ルソン、ビサヤ、ミンダナオがつながって本当に一つの国フィリピン共和国だって感じるの。生活が変わるわよ。バギオの野菜が全国の市場に並ぶの。ミンダナオの果物が全国で食べられるようになります。それに外国人ツアーが増えるからみんな儲かるわよ。

 道路の上が車道と歩道、下が鉄道。さらにその下が側道。道路網にはお金がかかるでしょう。そりゃあ、かかりますよ。ただで生活がよくなれば言うことないけど、でもね、金がかかるのはね、建設、資材、電気、石油会社やそこの労働者などの金を貰う人が増えるということよ。国が金を使うと国民が儲かる、ですか。そうよ。当面、たちまちの金はどうするのですか。
 借りればいいの。え、どこから。銀行、世界中にあるわ。貸してくれますか、国の予算の10年分。10年じゃ足りない、100年かな。まあ、見てなさい、私の身体で安く借りてきますから。その身体でいけますか?私の魅力にあがらえて?返す当ては。借りたものは返す、儲けた人は税金を払ってくれなきゃ。税金だけで返せなかったら?この国は破産、植民地にされる。男は国外で女子供は国内で奴隷。じゃあ、今までと変わりませんね。兄ちゃん冗談きついわね、そんなことにさせませんよ。どうやって、そこがみんな知りたい。それは企業秘密、そのうち解るでしょうけどね、借金返せなくなったら、そうなったら私、腹掻っ捌いてお詫びします。ハラキリ、切腹ですか。そう、命懸でやらないと事は成らないのよ、100年先を見据える。まあ、10年後には暮しが10倍よくなってるわ。

 視聴率もユキ人気も鰻登り。道路公団設立、アジア開発銀行からの融資、日本からの円借款を取り付けると融資、円借款内容、設計を公表。すでに国会議員の資産を公開しているが例外を除いて兼業も禁止した。すなわち本人および親族が株式の過半数を有する会社あるいは取締役以上の役員をしている会社が兼業の対象だ。国地方公共団体を問わずそのHPホームページに公務員を顔入りで掲載した。これで悪名高い役人の賄賂はとれなくなった。これが拍手喝采、賄賂に泣かされてきた国民の鬱憤が払拭された。
 これは支配層には痛手だ。やりましたね、よく金が集まりましたね。大統領、国会にお願いしたの、よくやって下さるのよ。意地悪い質問ですがユキ議員の命が狙われるのではないですか。いいじゃない、国に捧げたこの命、欲しけりゃあげましょ熨斗つけて。のし?デコレーションよ。かっこういい。そうお。今ファックスが入りました、『見事散りましょ国の為』どういう意味ですか。わからないわ。あ、またファックスが入りました。『なくなった日本人の夫がよく歌っていた。ユキ議員がんばれ』ありがとうございます、がんばります。
 道路ができるとフェリーとか、ジプニーの仕事がなくなるのではないかと心配する向きもありますが。大丈夫、今より仕事は増えるから。本当ですか。行きは鉄道帰りはフェリーって思わない。パラワン島はじめ島々の便を増やせばいいでしょ。でもあのサービスじゃね、客は乗らなくなるかもね。船には船の、飛行機は飛行機の良さがある、交通全体がよくなるとみんなが良くなる。ユキさん薔薇色、フィリピン虹色。

 ところで、借金の返済はいけますか。いけていけてよ、外国人がお金を落としてくれるでしょ。そうそう、治安が悪いと客足が伸びないから犯罪人の逮捕は真面目にやってもらわないとね、最低でも95%は捕まえないと。犯人逮捕のお手柄には表彰状と金一封。いくらぐらいですか。まあ100(20万円、半年分の給料)は出さないと格好つかないわね。犯罪が高くつくことを教えないと、警察に頑張ってもらうわ。給料もボーナスも増やしますからね。情報提供者にも50は出さないと。
 それにね、借金は金でなくても物でも身体でも返せるのよ。え、また?何考えてるのよう、スケベ、先進国向け果実の輸出を増やす、出稼ぎを増やす手もある。これで税収がまた増える。なるほど、出稼ぎはケアギバー、ハウスキーパー、ジャパユキですか。何でもいいの、ダンピングしなければ。というと?聞きたい、今度ね。今、放送時間ありますから、教えてください。そう、ちょっとだけよ。職安から派遣するの、給料倍でなければ派遣しないのね、就業時間、休暇も改善するといい稼ぎになる。いけますか。英語を国語にしてる国はアジアにはそんなにないのよ。わかる。世界のタンカー船員の80%以上がフィリピン人。どうしてって、そう、英語ができるから。もっと正確な英語を話せるようにしないとね。病院、介護施設も儲かるわよ、外国人を面倒見るの。

 『猿に小判、われにこそ小判はふさわしい』とうそぶていた富裕層もひたひたと迫り来るものを感じていた。それは津波のごとく沖から灘にあるいは入り江に近づいていた。あまり気にかけなかった石油税の値上げはじわじわと効いてくる。『道路網が完成すればガソリンが増えるな』『もう10%は増えてます、ガソリン代が』『そうか、ガソリン代で道路建設が可能なのだ。かつての日本と似ていないか』『そうですな、ユキの陰にいる日本人は要注意ですな』公務員法改正施行。人員半数削減、給料50%増加、賄賂厳禁、半数道路公団に転籍。内半数発注先日本企業に出向。優秀有能な者が多い。

 この番組もはや20回目を迎えました。たくさんのご意見をいただいておりますが、その全部をご紹介できないのが残念です。ホームペーに全部載せていますのでそちらの方をご覧下さい。ユキ議員候補のご回答もなかなか追い着かないですね。そうですね、ありがたいと思います。さて、ユキさん、今度の公務員法改正どう見ていますか。いいじゃあないですか。大統領が公約されていたことですよね。とくにお聞きしたいのは日本企業への出向なんですが、有能な人が選ばれたのはどうしてでしょう。人事のことはわかりません、が、いいことだと思いますよ。だって、日本は仕事に厳しいでしょ。いい勉強ができるんじゃない。いろんな意味で。

 特別の事情がない全公務員の写真氏名経歴がネットで公表された。マスコミも大きく取り上げる。これで賄賂は完全意になくなる。悪名高い警察官には取り締まる前にID身分証明書を提示するよう徹底させた。とことんやる、アヤ生協の岡本流だ。永年警察官に賄賂をせびられてきた国民から喝采される。
 テレビがユキを引っ張り出す。ユキ議員にお話を聞きましょう。公務員は国のため、国民のために奉仕するものでしょ。これからは尊敬される存在になると思いますわよ。公務員は金よりも栄誉をですね。ええ、そうですね、大統領の指導力が発揮されたといえますね。この国はもっとよくなりますか。私、そうするために国会議員になったけど、あんまり難しい質問しないで、何事もやってみないとわからないわ、それに私、まだ一年生。
 日本人と一緒に働いて日本企業の厳しさに根を上げるフィリピン人が出てきたが、仕事とはこういうものかと実感する者もいた。優秀、有能と自他共に認めていたものがいかにレベルの低いものかを知るのだった。国のため国民にために働く意味を身体で覚えたのだ。やがて主要ポストに抜擢されてゆくのだが、この実力主義の人事が理解されるには未だ時間がかかりそうだ。

 ユキはシャドウ大統領とのうわさが立ちだした。影の方が本体よりも印象がつよくなっていた。所得税法改正、日本並累進課税来年施行。ユキさん、失礼、ユキ議員に累進課税の感想をお聞きします。お金持ちが国に貢献されるのは素晴らしいことだと思います。日本の課税は最高80%ですか。かもね、私も生協にいた頃増収増益を図る事がどんなに難しいか、経験しました。彼らを優れた経営者として尊敬します。多額納税者は栄誉ですわ。これで国の増収は15%と試算されていますが。そうなの、大統領のこの国への想いが彼らの心に通じたのでしょう。坂本は思う。この国の支配者らが見たらイケシャアシャアと、と思うだろうな。あとは土地保有税だ。比国版農地解放は歴史に残る改革となろうが、もう少し先だ。いや、革命かも知れない。
 一方支配者たちは青白い怒りを抑えながら唸っていた。華僑の歴史は帝国主義、植民地主義より遥かに古い。中国4千年の覇権主義を踏襲しているのだ。日本人のごとき新参者に我らがシマを奪われてなるものか。


          地図がない


 下院議員補欠選挙はユキの圧勝、有権者投票数の80%を獲得して初当選。すでに下院議員になっている マニーパッキャウの祝福を受ける。ハジ、あれじゃ、 わざわざ大統領にならなくてもいけるな。ハジも議員さんか 県知事でもやったらどうだ。それもいいな。でも、ユキにこき使われるだろう。かもな。リュウジ、このスカイウェー いつごろ完成するのだ。50年かな、日本と違って土地の買収が簡単だし、文化財、埋設物などの 障害物がほとんないからな。環境アセスも簡単だろう。とは言っても瀬戸大橋の100倍以上の規模になるだろう、坂本は不安と期待が交錯する。どうしてスカーウェーをつくるのだ。この国をひとつにするためだ。
 日本は北海道本州四国九州がつながっているから気持もひとつになれるのね、離島でも電話がつながってるわ。国会議員が言うのだから間違いないだろう。ハジ議長、冷やかさないでよ、新米なんだから。なかなかどうして、大統領候補。形をつくると気持も変わる。日本式か。まあな、作法どおりやれば仏に近づける。仏教だな。馬子にも衣装でしょ。猿に冠ともいうがともかくやってみようと思っている。日本人は身体は小さいがやることは大きいな。そうなるとモスレムだ、クリスチャンだ、なんて言ってられなくなるわよ。そら来た、ユキ議員のパンチ。もう!

  ところが予期せぬことが起こるものだ。正確な地図がない。日本の国土地理院に航空写真を送る。 国道、県道、市道の総合的検討が出来ない。 県と市に都市計画の策定を指示しても経験したことの ないことに戸惑うばかり。国県市さらにバランガイ(最小行政区、日本の市の出張所程度。歴史的には部族の範囲であるが日常のことはここで決まる、中央集権的国家を経験していないのであろう)に敲き台のサンプルを提示して 協議させる。それでもなかなか進まない。
 ユキ議員が怒って日本から技術役人を招請する。国、県、市の 地方課、都市計画課の映え選りの10名が指導に 当たる。日本国の典型的エリート柳沢の発言が事態を 大きく変える。公務員上級を一桁10番以内で合格した者には局長以上の将来が約束されている。若くして日本を担うという意識は彼を冷たい傲慢な男に見せる。
 NHKのプロジェクトXを観ている時、フィリピン人スタッフは欠伸をしている。『これは能力の問題ではな い、意欲の問題です。日本の小学生以下、時間の無駄ですから私は帰国させていただきます』と 言い捨てて席を発つ。さらに『永久に奴隷をやっていればいいんだ』、と捨て台詞を残して部屋を出る。フィリピンの大学を出てエリート国家公務員となった現地職員は日本の小学生以下と酷評されたのだ。彼はこの発言の前から『知らない、解らない、はいい。だが分かった振りして見苦しい言い訳はするな』と噛ましていたから既に爆発寸前の状態であったのだ。

 これにはフィリピン人もカチン とうた。無能なくせに負けん気だけは強いのだ。事の是非より人前で恥をかかされたことは殺人の動機になりうる。アイツを殺してやると叫ぶ者さえいた。女子高校生が母親を金槌で殴りつけた、理由は友達の前で昨日貸した50ペソを返せと言ったからと言う。母親に配慮が欠ける点はあるが、ものの軽重がつかない、分別がない、それはフィリピン人の通有性である。激すると自己を制御できなくなる民族である。バスケットの判定をめぐって口論になり、石で殴りかかった例もある。多くの外国人が殺されている、しかも背後から銃で撃たれて。

 彼らは日本人職員がどんなに忙しくしていても手を貸そうとはしない。知識技術技能を教わる、盗み取る姿勢がない。仰げば尊し、三歩下がって師の影を踏まず、などは意識、理解の範疇にない。与えられた簡単な課題をもくもくとこなすだけだ。なぜ怒鳴られるか考えようともしない。給料のために働くだけだ。日本の新人は日ごとに力をつけてゆく。心構えが違う。

 まあまあ、と日本企業の責任者がCG画像で 年計画案を示す。それは衛星写真に計画図が落とし込ま れていた。正確な地図が届くまでこれで検討してはどうでしょう。さすがですね、いけますよ、 山、とくに 火山の保水力が心配ですから堰堤と植樹が必要ですね。その前に国立公園地区に指定して開発を 禁止しないと。そうですね。

 県のご意見は。 県としては国道へのアクセス道路を中心に道路計画を策定します。今、堰堤の話が ありましたが貯水池の併設と風力発電機設置をお願いします。 上水道および感慨用水の水源にも使い たいと思います。また、火山の周りは常時風が吹いてますから風力発電に適すると考えられます。なるほど、 県の ご意向に沿うように致します。 関係市町村のご意見は。市としても異議ありません、ただし、風力発電は地元住民を優先に供給して いただきたいのと景観を 損なわせないデザインをお願いします。分かりました、デザインが出来次第見て いただきましょう。

 日本の役人が代弁する遣り取りにフィリピン人も自分たちが公務員だと感じたのか、発言する。そこは 台風の通り道だから貯水池が小さいのではないか、 風力発電機が壊れるのではないか、地元の市が 指摘する。国が降水量をたずねる。日比が国県市のレベルで相談する。基礎データすら把握していない。比が発言して日本は相談役に まわるようになっていった。何千年何万年と風水害と向き合ってきた日本との差、両国のレベル(序の口と横綱)の差は国力の差をそのまま示していた。

 Mr.Yanagisawa? 問題発言をした国のエリートはマニラ空港で出国を止められる。私は日本の公務員だ。イエスサー。理由は 何か。わかりません、フィリピン政府の方針でしょう。 ふざけるな、俺はそんな方針は認めない。日本大使館を呼べ。そこへ国会議員が 駆けつけてくる。セール、大統領が引き止めるように言っておりますのでお待ち下さい、と柳沢の腕を掴む。その腕を引っ張って空港ラウンジ待合に 連れてゆくとすぐユキに電話する。

 ユキが電話にでる。『お兄さん、出来の悪い生徒でごめんね。でも、みんな今必死で頑張っている。計画大分 まとまったみたい。ちょっと見て欲しい ものがあるの。セブまで来て。その小父さんが案内するから』 小父さん国会議員の名刺を差し出し説明を始める。食事を注文する。この日本人は大物かと 周囲がみる。 悪い気はしない。可愛いウエイトレスの尻を触る。50ペソ。おっぱいもみもみ。100ペソ。ソロットOK?3000! 高い、2000。セール、よかったら。 いや、今度にします。いつでも言ってください、お世話しますから。 (なんという国だ。国会議員が売春斡旋とは)食事代でもめる。セール私の顔潰すのか、 怒り出す。日本の 公務員は供応を受けることが法律で禁じられている。

 ユキに電話する。『お兄さん、気持受取って。ここ収賄ない、日本と違う。大丈夫。問題 ない。日本に行ったら 美味しい刺身ご馳走してね。フィリピン人にも面子ある。顔立ててやってくださいな』変な見栄と思うのだが、わかった、ご馳走になる、と言ってしまった。 サンキューサー。国会議員ほっとする。食事をしながら経緯を聞き出す。議員会館でプロジェクトXを視聴するのは数日後のことであった。

 国際線からドメスティックに移動する。柳沢は国賓待遇に気をよくして少しオッチョコ国会議員に大分心を許し始めた。離陸後ラグーナ湾、 バタンガスを見つめる。その眼は自動車道を辿る。 セブマクタン空港に1時間で到着。ユキが出迎える。お兄さん東大出の超エリートですって、幕下相手に、横綱相撲をお願いしたいわ、出来の悪い子ほど可愛いって言うじゃない。でも可愛くない。わかる、私もフィリピン人には蹴りを入れたくなること度々。でも議員は国民のために一身を捧げている。
 そんな大したものじゃないの、日本にあこがれたの、惚れたのかな。生協だけでも大変だけど、新幹線となると国家的プロジェクト。100年早い?世界第2位の経済大国でも大変なことを東南アジアの最貧国がと御思いでしょうが、これは女の意地。そんなことはない、人口からしても大いに成長は見込めると思いますよ。お世辞が下手ね。東京大阪3時間は明治時代の夢だったのでしょう、そんな夢が持てる日本人ってすごいなと思ったわけ。(フィリピン人のその)夢はいつ開く。私は夢見るシャンソン人形。こいつは参った。

 いつでも夢をおもちなさいな、てのは日本人だから言えるのよ、この国は、国としても未成熟だけど、400年間搾られてきたのよ、日本ぐらいでしょ、一度も植民地にならなかったのは、夢を持つことも泳ぐことさえ許されなかったのよ。柳沢はきおくれがしてきた。お姉さんすげえ、そんな国に夢を持たそうとしているのか、女竜馬。私竜馬が好き、新婚旅行で九州に行ったんですって、温泉に浸かって励んだんでしょう。励んだ?でしょうね。仕事が出来る人間は多いけど、創る人間は少ないじゃない。それ、おのろけ。どうして。坂本、龍馬、龍治、どっちがいい男。いやだあ。冗談。
 でさあ、フィリピン人を肴にしてテレビ座談会やらない、仕事はできないくせに言うことだけは一人前って、コ。テンパーにやっつけるの。そんなことしたら外交問題になりますよ。マラカニアンと霞ヶ関には話をつけるから。大丈夫ですか。大丈夫、大丈夫、問題ない、私、緋牡丹お竜と発します。影の大統領、といわれるわけだ。この座談会が放映されたのは半年さきのことであった。

 話は前後するが番組が放映されると苦情が殺到。スタッフには「番組を最後まで観てからしてください」と事務的に答えさせる。番組の冒頭でユキの挨拶。『皆さん今晩は。ジョナリンです。フィリピン人は人の話をよく聴かない、自分を客観的に見ることがでできない民族と言われます。外国人はフィリピンをどう見ているか、第1回目は日本人の方々に語って頂きます。ご存知のように日本人は相手を思いやって思っている要ることをはっきり口にしない民族です。どれだけ本音を聴き出せるか、迫って見ます。

 ①フィリピン人は人の話をよく聴かない
 まず、これから話を始めたいと思いますがYさんどうですか。話の途中で口をはさむ、イエス、ノウをはっきり言わず、理由をくどくど述べるのは不愉快ですね。そのとおりですね、話すことが心に浮かぶと人が話しているのに話したくて相手が話し終わるのが待てないのね。子供が大人にの話に口を挟むのも信じられないな。子供に甘い。そう子供のまま大人になった感じがする。
 フィリピン人は知らない、わからないということを恥と考えているようだ、いい加減な事を言って結果として嘘をつくことになるのは恥とは思わないようだ。知らないとは言ったらクビなると思うのね。理由はどうあれ見苦しいな。己自身を偽っている。恥の概念が違うな。それって日本人の独善じゃないかしら。独善かどうかの問題ではない、善悪の区別ができるかだよな。そうそう、話を反らすのも頭にくるよな。話にならない、お喋りしかできない。何が原因でどうすればいいですか。根本的原因は自己中心的考えだろうな。他人を思いやる気持はないから対策は難しい。
 しかし、事の善悪、我慢は教育できるだろう。そうだな、幼児教育が大切だ。躾がなってないよな。ならぬものはならむ。そうワカらなければ引っ叩けばイイと思う。子を持って知る親の愛なんてわからねえだろうな。親離れ子離れができない。それは仕事が無いからだ、日本だって昔は次男三男は養子に行くか、一生部屋住み。小糠三升瓶婿行くな。部屋住みよりマシだろう、逆玉もある。雇用の創出、生きがいのある仕事が先決だ。
 仕事があっても労働の質が問題です。仕事が労働を高める、やってみないとわからないだろう。だめなら?外国人を雇うしかない。そこまで言われたら、なにくそという気概を持てばいいのだが、逆恨みするかも。そんなことはさせません、この私が命をはって皆さんの安全を守ります、何かあったら私が喉を突いただけでは済まないわ。割腹じゃないのですか。失礼ね、物事には作法があるのよ。
 こんな美人を死なせたりしない、この番組に出た以上覚悟の上だ。そうですよ。有難う、無理言って、良薬は口に苦し、良意見は耳に痛し、なんだけど。その気持だけで十分ですよ。しかし、我々のやっていることは感謝されるのでしょうか。それはフィリピン人次第だ、評価してくれと頼むわけにもゆくまい。そうだな、生前に評価された画家はピカソとロートレックぐらいじゃないか。己を知るもののためには死ぬことはできますが。しょうがねえだろう、宮使いの 身なら。

 ②フィリピン人は自分を客観的に見ることがでできない
 このへんで話をフィリピン人は自分を客観的に見ることがでできない、に移したいと思いますが、これも先程の幼児教育が影響していますか。(以下、略)


 ユキは柳沢をラプラプ公園に案内する。マゼランの記念碑、彼は立ち尽くす。ここから歴史が始まったのか、 この国の植民地の歴史が、いや、大航海時代か世界の帝国主義の歴史が、、、。マゼランの人類最初の世界一周の 航海はこの地で道半ばで終わる、しかし彼の名は永遠に記憶されよう。200人の乗組員のうちスペインに帰り着いたのはわずかに4人とか、歴史のロマンを感じずにはおられない。

     Battle of Mactan   27 April 1521


マゼンラン立ち向かったのはこのマクタン島だけといわれる。酋長Opon英語名ラプラプはマゼランを破った国民的英雄である。 Battle of Mactan については小さな頭高い鼻を参照されたい。

 近く壁画には両軍の対峙が描かれているが、なんと十字架を掲げた宣教師が最前線に立っていた。キリスト教とは、、、、。

 
 セブ、マクタンを結ぶ橋を渡ってボホールへ向かう。日本のODAでこの国は橋、トンネル、田圃整備などが行われているが猫に小判の感がする。ターシャ、 チョコレートヒルズには儀礼的に礼をいう。帰り日本人が 買取って住んでいる小さな島に立ち寄る。挨拶もそこそこに、一つのことが完結できない、思考能力ゼロの国民、こんな国に援助しても意味はないと 伝える。柳沢さん、お気持ちは解りますが、もう少し 別の観点からご覧になるとまた違ったものが見えるかも知れませんよ。島のオーナー高崎はその著書を渡す。後で 読んでください、島を案内します。 海だけの何もない島だが、200人の島民と豊かに暮らす姿に感動した彼らは 結局語り明かすことになった。しかし、柳沢は、高崎が自分をどのような日本人か観察していることを感じていた。そうか、日本人はこの島で金だけ落としてくれればいい、我が領土に住むことは許さないとのスタンスか、わからないでもない。今必要なのは彼の考えだ。

 柳沢さん植民地とは何でしょう。搾取ですね。そうです搾取です、搾れるだけ搾る、ヨーロッパの繁栄は植民地の犠牲なのです。なぜ数百年も抵抗しなかったのでしょうか。植民地政策の基本は、あなたは国家公務員だから愚問かもしれませんが。いえ、考えたこともありません、抵抗を抑止することですか?具体的には。わかりません。愚民化ですよ。なるほど。像は杭に繋がれると動けないと思ってしまうのですね。杭ごと引き抜くことは考えないか。幼児期から鎖と杭を教え込んでおくのです。奴隷ですね。ええ、江戸時代の農民もこれ程ではなかったでしょう。

 そうか、地域の一揆は大したことないが連合して農民が全国ストを打つと幕府は麻痺してしまう、怖いのは優れた指導者ですか。思考は思想を生み出します。佐倉惣五郎は直訴請願だけで死罪ですか。思想は時空を越えて伝播します。そうですね。為政者考えることはいずこも同じでしょう、1853年の三閉伊一揆では①南部藩主の更迭と先代藩主の復帰②何部藩を天領とするか仙台藩領することを要求していますよ。単なる請願ではなく政治闘争ですね。しかも要求貫徹、為政者者なし。満額回答を。そうです、市中の打ちこわしも売り惜しみ、米価吊り上げ、失政に対する闘争ですよ。農民対領主=政商との構図ですか。ええ農民のレベルの相当なものでした。組織化されていた。統制された農民が大勢で押しかけると要求が通ることを体験したのでしょう。

 レベルはどの程度でしたか。一揆に対し大名が弓鉄砲で弾圧しようとしたのに対し首謀者は『農人は天下の御百姓として上にも大切にされております。そのお百姓に怪我でもあらばお気の毒と存じます』と言い放っています。それは(大名に)幕府からお咎めがありますよという意味ですか。でしょうね。やるもんだ、行政不服審査の素地はあったのだ、日本の農民は愚民化はされていなかった。

 ですね、愚民化の具体策はどんなものですか。共通言語の禁止、水泳、ものづくり、教育などはご法度。そうか団結と思考を諦めさせるのだ、酒と女と踊りに酔わせる、でセックスの奨励なのですね。それ以上に労働力の再生産、増産の意味がありますから。典型的ピラミッド型人口構成、なんか空恐ろしい気がします。日本も被植民地の危機がありましたよ。元寇、キリスト教伝来、明治維新、太平洋戦争ですか。ええ、安倍首相の『美しい国日本』は戦後体制からの脱却、真の独立を図ったものですが、すぐ潰されましたね。誰にですか。
 米国というか国家を植民地機関として世界を牛耳っている闇の黒幕にです。ケネディー、大平、橋本、鈴木などは不審な死を遂げてますね、最近では国会での質問前日に殺された民主党の中川国会議員。奥さんがロシア人の、ソ連崩壊を早くから予言していた議員。ええ、自ら資料情報を収集分析していたから迫力がありますよね。横田基地を中心とした区域は米軍が制空しているでしょう、日本各地の米軍基地はソ連、中国への防衛もありますが日本を実質的に支配していると思いませんか。ええ、思います、日本全土を制圧していますね、国際的に見ると米軍に保護された日本という評価ですね。内縁の妻、いや妾、愛人ですね。米国は紐。ですねえ、情けない、寄らば大樹、いつから日本人は他力に頼るようになってしまった。
 昔、大久保利通らは欧米視察の帰りに東南アジアにも立ち寄って彼らを怠惰な民族と評しています。が、この暑さですから、また、ここでは日本人のように勤勉である必要がないのです。では必要になれば勤勉に なるでしょうか。私はそう思います。日本人が鍛えると500年ぐらいで日本に追い つけるでしょう。500年ですか。もし時間があれば ミンダナオのマリンレスキューをご覧になるといいですよ。10日間の 不眠不休の採用試験は今の日本人に耐えられるでしょうか。そうですか、覚えておきます。試練のない民族を見て日本民族の優秀さに気づきました。人生が厳しくなければ学問も芸術もない、この地は日本を外から見つめるいい機会かもしれません。私、明日から都市計画策定に戻ります、そして、もう一度この国と向き合ってみます。また話を聞かせてください。改革結果を報告にあがります、本当に貴重なお話ありがとございました。


Ganahan ka bubal 鞭が欲しいか


 地図はその国のレベルを知るものさしかも、何故そんなに精度を追求するのか、かたや、基礎のないところになにもできない、と日比無言の対立。測量屋は鎌と鉈を持って道なき道を突き進む。枝を切り草を刈りながらの進軍だ。度肝を抜かれた現地職員、航空写真があるのにと訝る。毒蛇、蟻、蚊にも悩まされる。たかが地図されど地図。航空写真の精度では不十分だ。日本人作成地図から起こされる 平面図、断面図、立面図、面積、容積が実測とほぼ変わら ない ことを見せ付けられて対立が終わる。国家公務員でこの程度である。地図から読み取る情報には 質量ともに 雲泥の 差がある。国会議員の視察もあった。柳沢さん、これ上手く行かないんですが、日本人職員がたづねる。ああ、俺も苦労したよ、悩んだ末にままよとやってみた。うわー、すげー、そんな手があったんですね。東大出の相撲部、面倒見がいいので若い職員に人気がある。現地職員が恐る恐るきく。知らねえ、やったことない、誰か教えてくれ。なんですか、ああ、これは簡単ですよ。なんだ、それでいいのか。柳沢さん、考え過ぎ。そうか、今日はひとつ勉強したぞ、メモしておこう。仕事を生甲斐にする日本民族と糧の手段と考える民族との差だ。

 これが日本式か、現地職員が驚く。能力のあうる者ほど知らないことは知らないとはっきり言う。みんなで問題を解決してゆく。現地人も溶け込んでゆく。日本人はあまり否定的なこと言わない、相手の意見尊重する。より良い方法を見つけてゆく。我々に欠けているものは日本のような大きな目標と情熱、努力。その夜、現地職員が日本人職員を食事に招待した。飲み会となる。フィリピン料理もいけるな。柳沢さん近頃やさしくなりましたね。昔からだ。さらに。そうかあ。何かあったのですか。まあな、鰻も人間も鍛えられて味がでてくる。なんですか、それ。
 フィリピン海で生まれた鰻は日本で育って美味くなる、台湾、韓国育ちはそれなりにだ。差別発言。これは事実だ。フィリピン人も鍛えたら味が出る。そういうこと。ミンダナオの海猿隊採用試験は10日間不眠不休だそうだ。日本人には耐えられないでしょう。人種を問わず生理的に無理、俺さあ3徹夜やったとき参ったね、死んだほうがましとおもったよ。ああ、あの時か俺なんかあくる日から寝込んじまった。ところで柳沢さんの心境の変化は。二人の日本人にあった。ひとりは日本人がものを持ちすぎではないかと、もう一人は、この国を真の意味で独立させようとしている、このプロジェクトともその一環だ。橋を架け道路を整備するこのプロジェクトが一環なんですか。
とてつもなくでかい。いやいや、彼の目標は武器と貧困の撲滅、つまり世界平和の実現だ。それは闇の黒幕に立ち向かう。それって、なんとかいう人だね。いいじゃないか、柳沢さんの邪魔するな。これは失礼しました。我々の任務はプロジェクトを成功させること及び維持管理をフィリピン人に委せられるようにすることだ。それはそうですが彼らを育成出来ますかね、馬を川まで連れていって。水を飲ます、飲ますんだ、やらねばならんのだ。でも柳沢さん一度はさじ投げたでしょう。あれは奮起を促すためだ。そうですかあ。

 我々に維持管理ができるようになりますか、現地職員が小さな声で尋ねる。ならねばならん、ならんのだ。意志さえあれば方法は見つかる。フィリピン人の意志の問題、難題ですねえ。我々にも意志はあります、やります、現地職員が叫ぶ。言うは易し行うは難し。そうなんだ、で、フィリピン人を動かすにはとその日本人に聞いてみた。だれですかその日本人、なんですか、その答えは。教えてやろうか。勿体つけずに。お前たちフィリピン人は?是非ともお願いします。そうか、知りたいか、Ganahan ka bubal だ。なんですか、それ。日本語にすれば、”鞭が欲しいか”、だ、それやるぞ。要りませんよ。
 鰻も日本で美味い鰻になる、お前たちはフィリピン人はどうだ。美味いうなぎになりたい。なりたいか、それやるぞ。現地職員の頭を一発。アガイ!愛の鞭は痛い。人権問題になりますよ、この国では頭を撫でることでも問題なのに。そんなこと知るか、今日から俺流で行くから覚悟しておけ。星野仙一流。燃えよドラゴンズ。落合流ですよ。そうかあ。仙一、今はタイガーズ、いや楽天イーグルズですよ。柳沢さんの愛の鞭は半端じゃない、傷害罪で告訴されますよ。彼は欲しいと言った。お前本当か。私は美味いうなぎになりたいと言った。同じ意味だ。勝手解釈。そうですよ。私、パタイか、死ぬかと思った。だろう、不運と諦めるしかない、東大相撲部は野蛮だからな。Tokyou University Sumou Club is barbalian ? Yes barbarian and violence ! 俺は紳士だ。ノーウ、セール、イカウ バーバリアン。なに、もう一度言ってみろ、鞭がほしいか。ノーサンクス。

 翌日から柳沢はポッポーはとポッポー鞭が欲しいかそりゃやるぞと歌いだした。日本人は苦笑してフィリピン人は緊張する。現地職員の意識が変わった。意識を変えるものは理屈ではない、情熱である。当初、日本人は人生を楽しむ術を知らないと馬鹿にしていたフィリピン人も次第に認識を変えて行った。日本人に負けじと頑張りだした。”どうして日本人はあんなに仕事に誇りと情熱を傾けることができるのだ、俺たちは日本人以上に頑張らないと”という共通認識をもったようだ。金のためではなく国家国民のために働くよろこびを、仕事を完成させるよろこびを、初めて知ったようだ。
 柳沢の愛の鞭は日比を問わずミスに対してGanahan ka bubal が飛んでくる。結構ですと逃げる。愛の鞭は半端ではない、骨身に堪える。しかし、彼らに勇気を与える。真の意味での独立国になるために我々は頑張る。ホセリサール改めて思い浮かべるのだ。彼は我々を援助しているのだ。意識の変化は愛の鞭の評価を変える。あの日本人の判断基準は仕事の良し悪しだ。そうだな、馬鹿か利口か、ブスか美人か、だけだ。彼の 鞭は嫌いだが、彼は公平だ。植民地故の、人種故の、いわれなき差別を体験してきた民族はこの日本人を不思議な感覚で見ていた。いつしか柳沢がいないとさびしいと感じ始めていた。

 問題発言はメディアが大きく取り上げた。フィリピン人を馬鹿にする日本人と捲くし立てる。旧日本軍がこの国を 支配したように今度は技術と金で支配を目論んでいるといった発言まで飛び出す。ゲストにはパッキアウ議員とユキ が招かれていた。早速ユキに振ってくる。悔しいけど本当のことね、でもフィリピンを橋と道路で結ぶには日本の技術 援助なくしてできないわ。わが国の一流大学を卒業した国家公務員が小学生以下と馬鹿にされてもですか。彼は 本当のことをいっただけよ。日本人はフィリピン人を人間として扱う。他の外国人はどう、奴隷のように私たちを扱ってきたじゃない?良薬口に甘し、過ちを諌めるのが真の友らむ、っていうもんよ、そろそろ、私たちも日本人の創る料理の美味しいとこだけ食って、料理はできないという段階から脱却しなくちゃ、ユキ節が唸る。
 東京タワー、瀨戸大橋のプロジェクトXが放映される。著作権など気にしない。日本人はやることが凄いとの声が上がる。昭和30年、戦後10年の、バラックの立ち並ぶ東京に333mの鉄塔建てようとすること自体に驚く、この国の政治にこのようなことができるだろうか、ある国会議員が叫ぶ。フィリピン人は怒ることはできるが日本人に負けじと頑張ることはできない。日本は技術の国だと思ったがそれ以上に仕事に対する情熱と誇りを持っている、我々も国政に誇りと情熱を抱かなくてはならない。自分の言葉に陶酔している。貴様日本を語るならなら、まず、賄賂をやめろ、と野次が飛ぶところだが。おめえには言われたくない。

 パッキアウ議員はどう思われますか。『プロとアマの違いでしょう』議員の言われるプロとは。『 世界で通用するということです 』どのように判断したのですか。『顔つき、眼の力』画面に地図作成のようすが流される。 『この眼は獲物を仕留める 仕事人の眼です。命懸です。彼らはプロです』七つのWBC世界タイトル保持者の発言に圧倒される。その重い空気を振り払うように、 それでは日本人 の作成した地図がどんなものか取材してきましたので観ていただきましょうと司会者が声を絞る。

 日本人スタッフが応対 する。この平面図からどうして立体的イメージがうまれるのですか。経験ですよ。この等高線は20mピッチですから混んで いる所は急斜面と想像できるでしょう。気圧と似ていますね。そのですね。素人がわかるように説明していただけ ますか。いいですよ、これはマヨン火山の等高線です。これに沿って切り取ります。器用な手つきで鋏を入れる。これを 2mmおきに吊るします。どうして2mm なんですか。縮尺1万分の1ですから20mはちょうど2mmになります。山頂2462m から 2000mまでやってみましょう。周囲がここでは全部は収まりませんが頂上はこんな感じです。日本はハイテクの国なのに、 どうしてこんな原始的やり方をするのですか。コンピューターが普及するまではこうした手作業をしたものですよ。そうですか。 それにこうした作業で感覚を身につけることができます。どれぐらいかかりますか。まあ、3000回で地図の話がわかるよう になるでしょう。5万回で地図と話ができるようになります。
 『地図と話が』パッキアウ議員がつぶやく。スタジオは沈黙が流れる。彼の少年時代から続けらてきたレーニングと感性が 今日の彼にしたことは知らぬ者はいない。ユキがつぶやく。TKOね。そうだね、とパッキアウ。柳沢はフィリピン人を日本人と対等に接するからあの 問題発言がでる のでしょうね。かもね、私の旦那がね、『人は繰り返すことで神の技に近づくことができる のだ』といってた。おのろけかい。フフフ。

 つづいて欧米のメディアが質問する。日本人はクリスチャンでないのに科学が得意なのは何故か。私は土木屋で科学者ではない、宗教など考えたこともない。考えたことがない、宗教を持たない民族は野蛮人である。日本人は仏教徒が多いと聞いたがキリスト教徒はいないのか。『差出がましいですが私が答えてよろしいでしょうか』と、清美が手を上げる。貴女は?。『質問に対する答えが大切なのでは、』と微笑む。『基本的に日本人は人間と自然とは対立しないのです。』あのような震災があってもですか。『歴史をみれば、日本は地震、大雨、台風などの災害の連続です。しかし、日本人は自然を恨みません、日本は、地震、津波の研究進んでいますね、災害すら教訓と認識するのです。』よくわかりませんが。『ギリシャ哲学、キリスト教だけでは理解できません』何を勉強すればいいのでか、お嬢さん。

 『日本と日本人をよく観察することですね。西洋のように一つの哲学、価値観で判断することはしません。』多くの価値観があることを認めます。私の質問は宗教と科学です。『そうでしたか、キリスト教じゃなく、宗教ですか、質問を変更するのですね。』ええ、まあ。『それはご自分で研究すべき質問でしょう。今私は日本人が科学が得意な理由を説明しようとしています、わかりますか』ええ。『日本人は自然をよく観察するからです。科学の基本は観察でしょう』そうですね。『そうなんです、かのガウディも答えは自然の中にあると言っているでしょう』ええ確かに。『人間の考えなど自然に比べると、いえ、比べものにならないという意味です』へえー。『科学の行き着くところはなんでしょうか』お嬢さん、私が質問しているのですが。『だったら、質問する前に科学と宗教についてもう少し勉強しておくべきね』きついなあ彼女、欧米人が日本人にやり込められているぞ。でもイイ女じゃないか、ジャピーノかな、一度でいいからやりたい。そういう問題でないだろうが。

 『科学の行き着くところは宗教です、ですから両者は対立する存在ではないのです。人は自然の中で生かされているというのが日本人の基本理念です。日本人は問題があると自然に問いかけます。自然は答えを教えます。日本人は自然に感謝します。母と子のようです。木や森や岩や山そのものを聖なるものと考えるのです。敬い、畏怖するのです。日本人の謙虚さはここから始まったと思います。神社は神のもりとも読めますが、社は自然を神聖化、神格化したものかもしれません』あの、災害は。『もっと地学を勉強しなさい、自然は災害を上回る多種多様な生物が生息できる恵みを日本列島に与えました。世界中の生態系の80%があるのよ、この小さな島国に。どうしてだかわかりますか。森に降った雨は川となって海に駆け下ります。多くの栄養を海にもたらすのです。この恵みに比べたら黄金などなんでしょう、人は黄金では生きていけません』マルコポーロは日本ンを黄金の島と呼んだが、皮相的観察だったのかなあ。

 『海の幸山の幸に恵まれて何万年も人々は暮らしてきました。生まれ育った地は愛おしいのです、たとえ災害に襲われようとも。貴方の国は、何年前から人が住んでいますか。有機か無機か、奇数か偶数、あるかないか、2進法思考では部分を捉えることはできても全体をとらえることはできません。科学は分析を中心とする手法ですから部分を知るには有効ですが全体には限界があります。全体を感じ、捉えるのが宗教でしょう。日本民族は全体を感じ捉えてから分析しますからその科学は実際に役立つものが多いのだと思います』
 日本人の宗教観とはと質問しかけて英国人記者は清美の顔を伺って止める。『日本の原始宗教は自然崇拝、鎮守の森、人々は自然の中に生かされていると考えます。自然の恵みの少ないところは一神教が多く、自然の恵みの多いところは多神教が多いでしょう』なるほど、そういわれると理解できますねと英国記者。『昔から日本には八百万の神々がいたのですが、最近、仏もエホバもその一つに加えられたようです、異教を受け入れる鷹揚さがあるのでしょう』

 今度はドイツ人記者が質問する。日本人は数学が好きなのは何故か、また、宗教と関係があるのか。『わかりません、私には、ただ身の回りにものが多いと数える必要性は高くなる、量る、勘定することが生活に求めら得るのではないでしょうか、また、この民族の収穫物を全員で分かち合う精神が数学を育んだと思っています。日本人が暗算が得意なのも生活の必然によるものでしょう。16世紀に日本を訪れた西洋人が日本の数学はヨーロッパと同等以上と報告しています。また、国民のほとんどが読み書きそろばんができ、自分が考えた数学の問題と答を神社に奉納していることから、日本人は数学を娯楽として楽しんでいると見たようです。答えになってますでしょうか。』十分です、ありがとう。

 私はフランスからきました、日本人は仕事人間、家庭よりも仕事を大切にするって、ほんとうですか。『これも私には難しい質問ですが、答えてみます、後でほかの日本人にも聞いてください。日本人は仕事が遊びよりも好きなのです。ある人形師は、神が自分の腕を使って人形を彫っていると言いました。仕事は宗教の一部なのでないかと私は見ています。家族もそういう仕事を暖かく見守り支えてきたと私は思います。最近、日本人も家族サービスに勤めるようになってきたそうですよ』ありがとうございました、あなたは彼女の今の話をどうおもいますかと柳沢に振ってくる。
『俺、いやあ、素晴らしい説明ですよ、日本の男の女神イザナミ、近頃の日本の女は家族サービスを強要するようになった。昔の女の爪の垢を煎じて飲めと言いたい』なにそれ、汚いじゃない。英語で話して。『私、タガログ語、ヴィサヤ語だめ、英語もフランス語もできませーん、古代への情熱を書いたシュリーマンの爪の垢を飲もうかな』ドイツ人記者が爪の垢の意味と20国以上の言語を短期間でマスターしたシュリマーンの情熱を説明する。オウ、ムッシュ、ユーモアあるね、とほっぺにキス。マダム、仕事は宗教の一部か、私日本を研究してみますと清美と握手する。

 ねえ今夜清美と柳沢を招待して4人で食事しない、私奢るからと女性記者。僕が奢ると独記者。じゃあ二人で割り勘はどう。OK。フランス料理ね。だめドイツ料理。ジャンケンで決める。いいよ。win and loss ジャンケンポン、あいこでしょ、私の勝ち。『じゃんけんて国際的なんですね。』清美が柳沢に話しかける。『みたいだな。面白そうだ、僕たちも連れていって』勿論いいわよ、私たちはあなた方ふたりを招待するのよ、7時に待ってるから。僕も入れてくれ、英仏独で割勘と英国人記者。僕もと米人記者も加わる。OKよ。欧米人は議論は議論、後に残さない。が、酒が回ると再び激しい討論になるやも。ユキと坂本も招かれた。さてどうなったことやら。
 一部を紹介すると”種か畑か” つまり先ずフィリピン人の品種改良をと欧米の主張に対し土壌改良を主張する日本との構図である。ユキと清美は悲しかった。フィリピン人を人間と認めない欧米、未発展段階とする日本。人間と認めるか否かは植民地を認めるか否かである。坂本、柳沢は英米仏独連合を論破してゆく。しかしフィリピンが未開の地であるとの認識に立っての議論である。事実であるだけに事実として受け入れることはユキと清美にはつらい事だ。『清美、ユキの意見は』と米国人記者。悪気はないだろうがデリカシーがないなと坂本は思った。『いずれが先かにせよ100年1000年単位の時間が必要でしょう』清美が静かに言った。『そうね、その頃にはこの国は繁栄して西洋文明は滅びているかもね』仏女はエスプリがある。 Arbent land! Evening land!黄昏の陸地。教養とは恥じらいである。 いずれの改良も平行して継続してゆくしかないとの結論になったようだ。

 日本の住宅地図会社が営業にくる。ユキの一声、金に糸目はつけない、半年でやってちょうだい!手付金8億円。 山奥,離島を除く 住宅地図が期限内に出来上がる。 基礎データを提供されたとはいえ、手間のかかる一軒一軒の 聞き取り、情報入力を人海戦術でこなしていったのだ。この会社はフィリピン人の使い方が上手い、 以前から情報 入力を単純作業の反復は苦にしないフィリピン人にやらせていたようだ。 あら、社長さん前渡金入れてなくて御免なさい。中間金もすぐ入れますから、足りなかったら言って下さいね。 有難 うございます、先生、地図が完成しましたらネット、携帯電話に売り込みますから、この点のご了解を。まあ、ご丁寧に、 いいのよ売れるものは今からでも売って しっかり儲けてくださいな、うんと税金払ってね、私国の資金繰りに追われているの、今後ともよろしくお願いしますね。美人国会議員に頼まれるとは身に余る光栄、しっかり儲けていっぱい納税しますよ。まあうれしい、でもさ社長さんフィリピーナにはまったらだめよ、顔だけじゃなく気立てのいい娘をえらぶのよ。わかってます。


   海猿隊体験入隊


 柳沢はミンダナオの海猿隊に三日間の体験入隊。彼の鞭が欲しいかそれやるぞはここでも有名になっていた。隊員たちは緊張して彼を迎えた。37才の柳沢は訓練によく耐えた。指導員が驚いたのは体力だけでなく、その礼儀の良さだ。教官に対しては常に敬意を払う。20前後の隊員たちにも教えを乞う。最終日、3kmの遠泳。勢い良く飛び出す隊員たちを柳沢はゴール前で抜き去る。水が開く。これには校長も驚く。セールはどのように体を鍛えているのかと尋ねる。
 まわしがないので褌で四股を踏んで見せる。摺足、鉄砲、頭突きを披露する。 隊員が挑む。遠泳の屈辱を晴らそうと立ち向かう。相撲を簡単に説明する。グラウンドの芝生に土俵をつくる。次々と投げ飛ばされ押し出される。見かねた教官が進み出る。六尺を越す巨漢、中肉中背の柳沢の倍はあろうか。柳沢の顔が変わる。立合で激しくぶつかると突き手で土俵に追い詰める。ベルトを曳きつけると腰を落として寄り切る。もう一回。今度は受けてたって出し投げ。巨躰が腹ばいになる。もう一度。フィリピン人の負けず嫌いは不遜に映る。激しい突きにも柳沢は一歩も引かない。褌を掴んで吊り上げようとする巨漢を逆に吊り上げてひねる。地響きを立てて背中から落ちる。セール、強い、と握手する。どうして強いのか。『 それは相撲をする身体をつくっているいるからであります』、と柳沢が直立不動で答える。

 隊員たちに相撲を教えてくれないかな。イエスサー、柳沢は敬礼すると隊員たちをパンツ一丁にする。摺足、10回、俺にツヅケ。土俵の周りを摺足。腰を下げろ。屈強の若者も3周で音を上げる。半分にしてやる、あと2周。重心落とせ、鞭が欲しいか、竹箒を手に取る。これが欲しいかそれやるぞ、と尻を叩く。痛い。もっと欲しいか。十分です。遠慮するな。結構です。 よし、止めー。これを1年続けたら俺に勝てるようになる、できるか。できます。足腰を鍛えることが大切だ。教官殿相手をお願いできますか。OK。腕で巨躰を押す。動かない。今度は腰で押す。動く。おお!どうして?腰で押すのだ、ソクソク、トルジャック。解ります。お前やってみろ。動かない。腰を落とせ、トルジャック!おお、動いた。お前、女みたいな脚だな、よく海猿隊に入れたな。見ていろ、と股割をやってみせる。やれ。アガイアガイ。

 鞭が欲しいか。ノウサンクス。強くなりたかったら身体をつくれ。今日はこれぐらいにしておこう、さあ、整理運動だ。これは足腰を鍛える以上に大切だ、入念にやっておけ。 教官殿オモミしましょうか。え?先進国の人間にサーヴされることは希有のこと。如何ですか。ラミー、ピールピール。気持ちいい。  彼は日本のエリート公務員。大統領が引き止めたとか。東大はUPよりも格上らしい。でもよ、鞭が欲しいかはイテエゾ、まだ痛い。あれが日本式か。こら、整理運動は済んだのか、真面目にやれ。イエスサー、鞭は結構です。今度は教官が柳沢を揉みほぐす。皆んな来てみろ。スゲー。その鍛え抜かれた身体に驚く。強いはずだ。毎日トルジャック10回しよう。俺もやる。

 別会が開かれた。あなたが欲しい、もっと奪って、これはどういう意味でありますか、セール。そうだな、もっと深く入れて、ぐらいかな。何をでありますか。チンチンに決まっているだろうが、俺なんかダッコだ。嘘付け小さいくせに。見せてやろうか。結構。セールのダッコ見てみたい。俺も。俺も。お見せするほどのものではない。日本刀、サムライ、カタナ! 
 俺の彼女貸すよ、セール。子供ができたら。俺の子供として育てる。教官殿。これは課外のこと、校長に聞くほうがいい。うーん、日本では据え膳食わぬは男の恥というのでないかな、好意は素直にうけとるべきだ。校長もああ言われた、自分の心に従えばいい、教官は自分に責任はないと見ると雄弁になる。 かの女がやってきた。セールがお前のヴィラ食いたいそうだ、よく洗ってこい。でもおじさんじゃない。彼のサギンは日本刀でよく切れるそうだ。本当。やってみれば分かる、子供ができたら俺たちの子供として育てよう。わかったそうするか、私シャワー浴びてくる。柳沢は仮眠室に連れて行かれる。あなたが欲しい、もっと奪ってー。アガイアガイ、モールモール、カミング、パタイ。おいスゲーな、もう一時間。日本人タフだな。彼は特別なのだ。とにかく彼女に感想聞いてみることだ。セールにもだ。さて、結末やいかん。

 どうでした、ミンダナオは?まあな。いいことあったみたいですね、顔にかいてありますよ。本当か。冗談ですよ。なんだ、脅かすな。鎌をかけたらでも満更でもなかったみたいですね。もう、勘弁してやれや、柳沢さん紅くなってるじゃないか。鞭が欲しいかそれやるぞ。そういう敵討ちは良くない。そうだな、武士の情けがない、お前友達なくすぞ。さあ、仕事だ、今日も元気で働こう、柳沢が声をあげる。ひょっとするとできたのかも。ひょっとするかも。本当か。いつまで冗談言ってる、お前たち暇なのかなのか。はーい、鞭は結構、今日はまだまだ要りません、さあ、今日も一日頑張ろう。おう!


 実るほど頭を垂れる稲穂かな


  プロジェクトは道路橋の完成だけが目的ではない、現地職員の能力を育成することも重要な課題である。学卒の新採用が入ってきた。一年が過ぎたのだ。ナポレオンはUP出の27才、苦学して修士の学位を持っているので生意気だ。おい、これはなんだ、柳沢の声が響く。彼(新人)がやりました。お前はこのミスに気付かなかったのかと聞いているのだ。話を逸らすな。彼は質問しませんでした。1年前のお前は質問できたか、彼の仕事をチェックするのはお前の仕事だろうが。自分の仕事が忙しかったのでよく見ませんでした。ところででお前の仕事はできたのか。昨日は母の退院日でしたので早く帰りました。馬鹿野郎、できない理由をきていない。見苦しい言い訳をするな。
 鉄拳が飛ぶ。退院は前からわかっていただろう、日本人なら一日仕事をお前には五日も与えた、この際勉強研究させるためだ。忙しい、一丁前ぬかすな、我々日本人はお前たちを育成しながら仕事をやっている、どんなに忙しくてもお前らの幼稚な質問に答えてきた。柳沢さん、彼は質問にきちんと答えないし、協調性もないから言っても無駄ですよ。なら、首だ。

 別の日本人職員がナポレオンを外に連れ出す。君は柳沢さんに謝るべきだ、そして非協調的態度を改めなくてはいけない。どうしてですか。1年前の君は日本の工学部の学生程度だったが今は一人前に仕事をやっている、誰のおかげだ。私は最善の努力をしました。質問をはぐらかすのは卑怯だ。君は国際社会ではだましていると受け取られるよ。人は誤りを認めないと成長しないよ。誤りを隠しても自分が惨めになるだけだよ。
 評価は他人が決める、このプロジェクトの評価は我々が決めるのではない、世間がきめるのだ。我々は完成後には日本に帰る、君たちは維持管理してゆかなければならない。できるだけ我々の経験、技術、知識を君たちに伝えて置こうする意図を理解していないね。無言のナポレオン。これだけ言ってもわからないのかとその職員は思った。君もそろそろ銭が取れる仕事をしろ、せめて給料ぶんだけは。日本人は我々の10倍以上の給料をとっている。そうだな、だが10倍以上の仕事をしている(君の仕事は日本人の新人の半分以下、君たちはフィリピン人は中で威張っていなさいと言っているのだ)。
 あの稲穂はどう思う。あれは陸稲です、ここは水がありませんから水稲は不適当です。そういう答えをするから柳沢さんが怒るのだ。右端に突っ立っている稲穂をどう思うかと君にきいたのだ。あれは受粉しなかったか栄養吸収が悪かったのでしょう。君は五日間を無為に過ごした、失われた時は永遠に帰ってこないよ。愛国心も忠誠心もない民族を教育することは大変である。しかも感謝されない。遣り甲斐のない仕事である。

 どうだった。ありゃ、だめだ。柳沢さん気の毒だ。親の心子知らず、か。愛の鞭は本質を理解されずだ。馬鹿につける薬はないか。でもあの鉄拳は外交問題になるかもしれないじぇ。そうだな、あんな馬鹿に真正面から受け止める、いい親方がここでは逆恨みされる。もっとも感謝されるべき人間がな。どうしてこう民度が低いのだ。奴隷は言われたことだけやってきた、教育すること自体が無駄。そんなことより柳沢さんの対策だ、ほら、あの女性国会議員に頼んだらどうだ。ユキ姉さんかそれはいい。ことは急を要する、善は急げだ。他にいい手が浮かばないし、そうするか。誰が電話する。決まってるじゃないか、提案者。これは合議だ、実践は別の問題。じゃあ、アミダかじゃンケン。アミダ。

 結局、提案者に決まる。みろ、そういう運命だったのだ。天意だ。勝手なことを、電話番号は。国会にかければいい。議員の携帯番号を教えることはできません。緊急事態なのでそちらからかけて下さるよう彼女に伝えてください、待っていますから。わかりました、伝えます。フィリピン人に伝言して伝わったことはない。これは天意だ、奇跡が起こる。電話だ、起こった。『 まあ、よく知らせてくれました。できが悪い生徒でごめんなさいね、日本の高専程度と思って、今から言う番号に電話するようナポレオンに伝えてくださる』。塩崎真知子さん、番号復唱します。『そうです、私から塩崎さんに電話しておきますからナポレオンを説得してくださいね。』わかりました、ミセス塩崎に早速電話するようにさせます。

 渋るナポレオンを電話の前に座らせて塩崎真知子に電話をかける。ユキさんから伺っております。彼と代わってください。Nice meet you. 真知子の流暢な英語にナポレオンが驚く。他の稲穂はどうだったの。下に垂れていました。どうしてかな。生育が良く多くの米粒を付けているからと思います。そうねえ、しかもよく稔った実をね、稲作は時期が大切でしょう。時期を逸すると収穫はない、それは長く厳しい冬を超すことができない、そう、日本人にとって死を意味するのよ。彼の質問は稲を人間にたとえているの。フィリピン米はそんなに軽いのですか。そうね、日本米に比べるとね。
 そうか、能力のある人間はそれを誇示しないと言うことですか。そうよ、能ある鷹は爪隠す、とも言います。日本人は知識経験を自慢しない、今すべてがわかりましたマム、彼の意図、ミステル柳沢が私を怒った理由も。それらは私の態度が原因です、彼に謝ります、態度を改めます。マム、貴女は亡き母と話している気になる、一度お目にかかりたい。いいわよ、いらっしゃい、でもオバアサンよ。ノウマム、貴女の声はセクシー、貴女の肉体ももセクシーに違いない。ありがとう、汝、彼の中に光を見ん。バイブルですね、彼はヤナギサワ。

 その頃から日本人の態度が変わった。表面的には変わらないが、重要な仕事は現地職員を遠ざける。検討会でも発言は無視する。お前たちは役に立たないと無言で示す。俺たちは柳沢さんみたいに君たちを一人前扱いしないぞと言っているのだ。現地職員たちは無視されて知った、愛の鞭を。あの痛さは愛のメッセージだった。憤慨し、憎み、そして諦めたとき柳沢の声がしなくなったことに気づく。俺たち、彼の声は聞いたが彼の心は聴なかったのではないか。そうだ、彼の目を見たが心は観なかった。この日本人のやさしい目には蔑みが秘められている。柳沢の目には慈愛があった。俺たち盲人だった。私たちは全力で仕事に取り組んだだろうか、心をぶつけたであろうか。自分たちの不甲斐なさに気づいたとき悲しみくれる。無視されることは奴隷扱いされるよりもつらい。

 後日、ナポレオンは鉄道公団の総裁になるのだが、後輩たちに語る。私のような凡人は強制されないと勉強しなかっただろう。勉強するほど仕事の面白さが分かってきた。面白いから勉強する。とさらに面白くなる。やがて仕事人間の意味がわかってきた。あの鉄拳が愛情の表現であることは数年後私が教える立場になってから初めて理解できた。日本人に追いついたと思ったとき、かられのレベルの高さに気づいた。登山者がベースキャンプから山頂を臨んだ状態だ。地上からは頂き(日本)の高さは理解できない。それはある程度のレベルに立って可能となる。それは一歩一歩踏みしめてゆくしかない。その行先は高度のいく倍もの道程がある。私はこの『実るほど頭の下がる稲穂かな』を座右の銘としている。
 さらに言えば海猿隊対で鍛え直されたのだ。体験入隊3日目で音を上げる彼に校長は言った。ミステル柳沢は隊員と同じメニューをこなしたよ。信じられない。しかも礼儀正しい。彼は日本の東大卒だ。東大は世界ランク8位、きみが卒業したUPは。知りません。260位。本当ですか。将来を約束されているフィリピン大卒のプライドはへしおれる。校長はUP始まって以来と言われたが大学に残ることも公務員なることもしなかった。海猿隊対の入試は10日間の不眠不休だ、遭難者を一人でも多く救いたいからだ。校長はやがて文部大臣に起用されることになるのだった。

 ところが事態は最悪の展開を見せる。柳沢が起訴されたのだ。身柄は拘束されていないが裁判となればプロジェクトに支障が出る。現地人弁護士で日本語もできるのは少ない。清美しかいまいとなった。が、清美には法律知識がないない。白井貴子が手を挙げた。マリオ、私彼を助けたい、裁判所に行ってもいい。勿論、でも貴子大丈夫か。私にはできる。そうか、送ってやろう。ありがとう。連絡を受けたユキが清美に電話する。ユキ姉さん、彼女はうまくやるわ、私の感ですけど。そうなら良かった。

 貴子は法廷に入ると特別弁護人の許可を求める。弁護士の資格はお持ちですか。ありませんがアメリカの弁護士以上の素養はあります、起訴状を見せていただけます。貴女のIDを提示してください。どうぞ。コロムビア大学政治大学院学博士課程の学生証を見せる。裁判官も身分証を見せてくださる、それから検察官も。前例のないことだ。マム、彼らの身分に問題はありません。そう。お前は誰だ、どうしてこの法廷にいる。法務省の者だ、私は君たち二人を弁識できるが彼女はできない。君たちの身分を証するものと起訴状を彼女に見せなさい。この起訴状には傷害の動機がないのはどうしてですか。検察官がたじろぐ。告訴状はありますか、これは誰が作成しました。被害者ですが。フルネームで言って下さい、被害者の署名に間違いないですか。被害者ですよ。もしそうでなかったら、これは偽造になりますね。仮定の質問には答えられない。間もなく彼がここに来るわ。検察官の顔をがひきつる。文書偽造の量刑は。これです、マム。検察官は公判を維持できますか。無言。貴方はフィリピン共和国を代表して被告人を訴追したのですよ、答えてください。

 そこへナポレオンが息せき切って駆けつける。やめてください、この裁判は国家の恥です。私が悪いのです。ミステルヤナギサワは私を諌めたのです。軍隊なら貴方は敵前逃亡で銃殺ね。そうです。この告訴状の署名は貴方のもの。違います。とするとどうなりますか、裁判長。公訴棄却。しかし、貴方は公訴を受理したのですよ。形式要件整っておれば受理する。検事総長、最高裁長官を呼んでありますから確認してみましょう。本件は検察官の告訴状偽造並びに公訴権の濫用ということかしら、これは親告罪ですか。いえ、告発があれば。

 それにしてもこんな幼稚な起訴をどうして。彼はフィリピン人を奴隷と侮辱した。侮辱、よく検察官が勤まるわね、真意を理解することが司法の基本じゃない。それは、、。公訴を棄却する、被告人は無罪。裁判長貴方の罪も問われているのよ。二人の顔がこわばる。彼らの訴追はどういう手続きになるのかしら、この国では。どうか、そればかりは勘弁してください、マム、ナポレオンが言ったようにこの国の恥を世界に晒すことになります。彼らは恥と感じているのかしら、日本人なら切腹ものよ。 

 検事総長、最高裁長官が現れる。マム、彼らを厳重に処分しますから、何分ご内密に。この国の裁判は非公開なんですか、処分とは行政処分ですか、この国の法律は検察官と裁判官には適用されないのですか。それは、もう。なんですか、裁判官、憲法はどうなっていますか。法の下の平等に反します。そうね、裁判の基本は事実認定、それには人間、社会に対する洞察力が必要でしょう。そうですね。貴方たちはこれに欠けています、その傲慢さが法を弄んだのね、法に対する不敵な挑戦、そんな人間が司法に携わることが問題ですね。検事総長とも相談しましたが我々が引責辞任ということで。その前に法曹会の浄化をやるべきでしょう、どんな憲法も法律も司法が腐敗しておれば無力になります。おっしゃるとおりです。もう一度法の精神 De l'esprit des lois を勉強してください。イエス、マム。

 ナポレオンの携帯が鳴る。こらあ、どこで油売っている、仕事はできたのか、柳沢の怒鳴り声が法廷に響きわたる。イエサー、99%私の机の上に。ふーん、どんな美人と会っている。それは女優並みの美人でインテリ。携帯番号聞いておけ。やってみます。聞き出せなかったらチンチン切り落とすぞ。アイアイサー。後どれくらいだ。2時間ほどで帰ります。賃金カットだな、が、その美人に会えるようにするなら恩赦を与える。サンキューサー。彼ね。イエスマム、ボスに合ってくれませんか、でないと賃金カットされます。そういうの日本では公私混同というの、職務規定違反ね、でも一度はあってみたい気がするわ。そうですか、今から案内します。あっそうか。え?大統領の恩赦と言う手があるか、貴子は二人を睨む。サンキューマムと検察官裁判官が立ち上がる。これにて一件落着ーう。 知らぬは被告人ばかりなり。

   鉄道橋の完成

 地図は大きな力を発揮した。建設費1兆円の瀬戸大橋がいくつも現れたと言えば嘘になる。大橋は10億から100億円程度に抑えなければならない。それでもこの国の国力からすれば1兆の感じだ。だが建設費は世界中どこに行っても同じである。用地、人件費が安いことは大きいが全体の数%に過ぎない。都市計画も実施されて行った。世界最先端の新幹線を運用できるか。道路維持管理、借入金返済など課題は増えてゆく。シンプルライフも変わってゆくであろう。
 よくぞJRと50:50合弁、共同企業体JVにしたものだ。費用も収益もすべて折半、JRの建設費、出資分を比公団が向こう100年間で買い取ってゆくのが骨子。日比政府に連帯保証さえたのも大きい。①日本のODA援助が受けやすい、②日比鉄道公団JVは毎年会計報告を行うから汚職がやりづらい、のだ。また、運営管理もJRに一任、おんぶに抱っこの指導を受ける。10年間で比公団が自立できるように取り決めた。まあ、100年後も日本人顧問を必要とするだろう。JR新幹線技術がこの国に根付くことはないと観ているのか。ところがJRの対応は鷹揚だ。なぜだ、考えてもわからない、坂本はJR比所長に疑問をぶつける。所長も本社の思惑をつかんでいないようだ。ということは余程大きな理由があるな。

 坂本のもっとも恐れたことは、このプロジェクトが国民の熱望から生まれたものではないことだ。熱望は時空を超えて人々を動かすのだが、与えられたものはそれこそ猫に小判になりかねない。①紫雲丸事件から瀬戸大橋完成までの映像を英語吹き替えで流す。②学校でも鉄道橋の意義を教える。③鉄道橋記念館建設。などの策を与える。馬の耳に念仏でも繰り返すしかない。坂本の祈りに近い叫びを理解できる人間は少ない。
 明治維新のように国づくりに命を懸けれる人間がいない。どのように育成するか、いや、出てきて欲しい。マジェランに始まる植民地主義は西洋の力の理論を定着させた。欧米ではジャックの豆の木は、富は奪い取るものとの教材に使われている。イソップ物語で丸太橋で突き合うヤギは、譲り合いではないのだ、相手を突き落とす力が重要と解釈されるのだ。これが世界の主流である。謙譲の美徳は南蛮人、紅毛人には理解できない、それは100年先のことであろう。そうなれば世界平和に一歩近づくのだが。富国強兵を国是とした明治政府を評価するにはまだまだ早いのではないか。

 鉄道橋完成をひかえて坂本の不安はつのる。すでにインフレが起きている。経済効果が波及してゆくには時間がかかるし、恩恵にも差が出る。ユキは、今までより悪くなることはないでしょ、と気に留めない。外国人ツアー客が落とす金、人材海外派遣、輸出振興、未来はバラ色、人生七色、ユキ国会議員節は名調子に冴える。『ディ、赤ちゃんできたみたい、お父さんくよくよしないの』。素晴らしい、おとこ、おんな、俺頑張ったからなあ。『20代並ね、私のだんな、ともだちに自慢できる}。よせよ。農地解放早めるか、国土利用計画基本法案、提出できないか、いらいらが増える。

 『リュウジ、ユキの言うとおり、あんまり思いつめるな』。ハジ、お前も少しは考えろ。ハジ議長も壮大な鉄道橋建設がおぼろげに解ってきたのか。『兵士に土地やったら家を建てる、家畜を飼うやらもっと仕事よこせときた』。本当だな、持つほど欲しくなっるって。国軍将校が寄ってくるようになった』。ん?。『将校以上の兼業を禁止するって脅したのだ。月ミリオン振り込んでくる』。買収されたのか。『まあな、俺は公務員でないし、損はない。防衛情報も入ってくる。鉄道橋には手を出さないといったら5ミリオン、いい稼ぎだ』。ついでに警察を脅せ、検挙率90%いかなかったら組織改革するって。マスコミに事件発生件数検挙率を特集させるから。『そうか、警察を乗っ取るか、天下り先にいいかもな』。観光産業に治安は絶対条件だ。そろそろ恐喝業、誘拐業は止めてもらいたいな。『リュウジにだけは言われたくないな』。カーシムが吹き出す。四人で心底から笑う。

 汚職絶滅運動は徐々に効果を上げていた。公務員半減給与5割増額によって意識が激変した。公務員に、国家国民に奉仕するという態度がでてきた。根性のありそうな公務員を海援隊に体験派遣させたのが大きい。体験も伝播する。体験映像をテレビで流す。柳沢の体験入隊を編集したドキュメンタリー番組は人々に衝撃をあたえた。植民地時代から言われたことだけをやってきた国民が目覚めはじめた。俺たちにもできると考え始めたのだ。
 汚職に対するメディアの報道は国民から喝采される。ポリスパトラにせびられてきた庶民はユキ議員を黄門さまに見立てる。殺人強盗強姦誘拐などの凶悪犯が逓減している。カラーボール作戦、情報提供者への10万から100万の懸賞は犯人逮捕に効果がある。同様に逮捕した警察官への表彰賞金一封昇進は警察官の勤労意欲を掻き立てる。犯罪許すまじ、をスロ-ガンに捜査は執拗に犯人を追う。何より社会秩序に貢献という名誉と尊敬が公務員の意識を変えている。

 被疑者の取り調べ、被告人の裁判、刑の執行が詳細に報じられるようになった。最近犯罪が減りましたね?法治国は法律で裁くのじゃない、この国は法治国なのよ。ここ数年の経済成長はめざましいですね。観光立国を宣言された大統領の政策じゃない。そうですね、でもユキ議員、鉄道建設費の償還、懸賞金、報奨金の捻出が大変でしょう。そうなの、観光客が増えているから税収もふえているのよ。お客様は神様ですか?そうよ、神様、あなたたちメディアも観光宣伝に協力してね。あの、懸賞金、報奨金は効果的ですね?誰だって垂れ込みはいやでしょ、1万ペソはその気にさせない。お金は世界の惚れ薬って言うでしょ。10万ペソの報奨金は犯人の報復を恐れなくする、ですね。そうよ、それにね捜査も楽になる。警察官も給料が上がりますね。だって国民の命を守る仕事ですからね、予算があればすぐにも上げたいわ。

 闇の連中、いやに物分りが良すぎないか。広告宣伝費、鉄道橋建設費、すんなり出したし、核廃絶、武器廃絶、にも素直なのだ。豚の子は太らせて食う、というからな、宇宙からの防衛システムを組まないとおっ着かないな。その辺、ムバルクに聞いてみてくれ。わかった、そうそう、彼もリュウジに会いたがってたぞ。橋が竣工したらゆく。とにかく連中の腹が読めない、人質に家族も含めよう。難民キャンプ支援にわれわれも一層奮励します。カーシム大佐が冷やかす。
 そうだ、いまや国際貢献しているのだ。お前たちはのんきでいいなあ、建設費の償還は観光収入だけでは利息にも足りない、俺はこんなところで愚痴るしかない。リュウジ借金をまともに払うのは日本人ぐらいだ、今は闇の連中が金の神様、福の神、大切に扱わないといけないとハジが笑う。借金は踏み倒しても鉄道道路の維持運営費は永遠に掛かるのだぞ。それまで俺たちは生きていまいて、ハジが葉巻をふかす。くそ、借金返すまでは死んではならない。そりゃ無理な話だ。謝金を踏み倒すことは死ぬよりつらい、俺にとっては。インシュラー。切腹ではすまされぬ、汚名を残して。シャハラザードの笑顔が浮かぶ。

 道路架橋は一部供用を始めているとは言え、全面開通で安心する。日本の材と技を使った世界最高の品質だ。橋のディザインは景観によくマッチしている。全体に各地方がイメージできるように色が使われている。県境がよくわかる。通行料も航空料金なみだがわれもわれもと押しかける。これでやっと一つの国家となったのだ。観光客は神様だ、キャンペーンを打ち続けているが国民が実感を持って実践してくれるだろうか。
 陳に電話してみる。柳さん、心配ない、しっかり儲けている。鉄鋼、セメント、電線、などにオプションを取り付けていた。5年間生産量の半分を優先的に購入できるという契約だ。不況に喘ぐ日本企業が話に乗ってきた。中国、韓国も乗り遅れまいとしたが品質不足と道路公団に蹴られる。契約金各社に1兆円、契約期間無利子で運用できる保証金のようなものだ。道路公団の下請け企業は柳からオプションを購入額の1%で買って、その分公団に上乗せ請求するという話。

 なかなかやるな、柳さんも。で、陳は。少し儲けさせてくれた。それはよかった、カルロスにも何かしないとな。久しぶりに三人で飲むか、出て来い。そうするか、飲みたい気分だ。マニラに飛んで日本料亭に向かう。空港タクシーに乗ってホテルに立ち寄るトイレで服装を変える。エレベーターを上下する。尾行に対する保身が無意識に出てくるのだろうか。カルロスの運転手セヴァスチャンが手を上げる。久しぶりだな、元気か。セール元気元気、バギオ行きたい。そうだな、俺もだ。明日は?お前、彼女できたのか。お母さんの料理食いたい。そうか、そうだな。

 陳と俺とはどんな縁があるのか、こうして酒を酌み交わすとは。それは佛教思想か、俺も不思議に思う、カルロスは。同感だ、リュウジと出会って人生に退屈しなくなった。カルロス、宿泊施設のあるゴルフ場はどうだ、世界のトーナメントができるコースを造れ。儲かるか。選手、役員、報道関係、わんさか来る。地元も潤う。山を切り開くと水源にもなる。大きな池に魚、水鳥、菖蒲。各コースに別の木を植える。遊園地、ショッピングモール、など家族で滞在できるようにする。バスターミナルからは馬車で送迎。面白そうだな、夢は、見ることも実現することも楽しい。カルロス、ショッピングやらせてくれ。一緒にやるか。それと牧場、田圃、果樹園、造林、ともかく自足自給が大切だ。

 どういうことだ、リュウジ。豚の子は太らせて食う、連中がおとなし過ぎる。完成を待って乗っ取りにくるかも。その時はその時、われら三銃士、断固戦う、なあ、陳。応、いざ行け、つわもの、フィリピン男児!龍次、われら三銃士に敵なし、突撃。いつになく陳が多弁だ。遊休未利用地は開発申請だけでも済ませて置くように、他言無用。そうか、わかった。かつての宿敵陳とカルロス、ユダヤとイスレムもこうなれる日が来るであろうか。

 鉄道橋の完成は経済的、社会的、精神的に大きな効果をもたらした。所得増は生活水準を上げる、勤労意欲を高める。インフラの整備が進む。国民に希望と勇気を与える。衣食足って礼節を覚えて欲しい。都市計画が進むとスラムが消えて行き、紛争がなくなった。ユキの議員節は国民の子守唄、新軍歌、大統領にとの声が高まる。私ーしゃ、シガナイ、ジャパユキ暮らし、どぶ板議員でも身に余ると思ってる。マニーパッキアウを超えること、これが生涯の夢。もっともさ、エベレストより高くて、このか細い腕では。口があるじゃないですか。そうね、口なら判定に持ち込めるわね。口では誰も勝てないと言ってましたよ。失礼ね、誰が言ったの。

 新幹線は外国人の利用客で満席だ。観光だけではない、商用客もいる。安全、時間に正確な運営は航空利用者をも取り込む。早くもローカル線の要望が上がる。渋滞、大気汚染が社会問題になっているからだ。一日2往復、ルソン、サマール、ミンダナオと南北に駆け抜けてゆく。片道3時間、マニラとダバオは2時間だ。日本の技術はすばらしい。なぜ山岳コースを採ったのか。バナウエの天まで続く棚田では臨時停車、5分間の写真撮影時間、粋だな。
 車窓から山岳、太平洋、ルソン海の景色が楽しめる。これが10往復、20往復になれば、そうか、JRは採算が取れるとみていたのか、坂本は畏敬の念を覚えた。先進国日本は、企画、実行、経営の三拍子がそろっているのだ。鉄道網がもたらす波及効果はこの国を変えるだろう。フィリピン人が真に独立を望むならば、それも可能と思うようになるのは時間の問題だ。交通、金融、販売と次々に華僑の権益を剥がしてゆくことになろう。再び日中戦争になるか、かもな、岡本理事長の『白刃相交わるとき退くこと能わず』だ。

 事は成すより維持することがもっと難しい。さまざまな内圧外圧をはね退けるのはユキにできるだろうか、坂本は心配する。しかし今はこの国がユキを必要としているのだ。大した女だ。恋女房をみまもる。事が順調なときはこのままつづいてくれと願う。俺も歳か。しかし、財源確保に農地解放だけはやっておきたいな。基本的産業が育たないと鉄道橋も立ち枯れとなる。海外出稼ぎで食ってきた国に鉄道橋は百年早いと坂本自身が思ったものだが、思い立ったらやるのが坂本流だ。そして、やってしまったのだ。何をいまさら、とユキは思う。
 坂本は柳沢にメールを送る。すぐ返信が来た。
 『拝復、下記のとおり私見を申し上げます。
 1、製造業はこの国では100年以上早いと考えます。やはり観光、農業、漁業を
   中心に進めるのがよろしいかと。  
 2、労働分配率の低さが経済発展を阻害していますから改革が急がれます。
 3、国民の生命、財産を守る国家に変えることが前提であります。』

 ユキは坂本の意を体して、改革に取り掛かる。今では表に出なくても他の国会議員が手を上げてくる。遊休未利用地の土地保有税は議員立法だ。命懸の大勝負。農地解放の試金石でもある。ユキを信奉する若い国会議員がユキと話なしている。あんた、腹括れるの。大丈夫です、私の名前永遠に残る。そう、覚悟はできてるのね、家族の身にも災難がくるかも。母ちゃん、応援してくれる、家族も。まず、大統領に話をつけるの、これは私がやるわ、国会議員の根回しは法案提出直前に農地案も一緒にね。わかりました。頑張ってね。期待している。

 法案が公表される。国民の意見を聞く。この国では前例がない。メディアが特番を組む。国会審議は喧々諤々、属議員たちは世論に押し切られて賛成にしたとの保身を図る。世論調査は法案に賛成が90%を超える。堀は埋まったか。政治は数だ。可決成立、施行。これは革命だ。90%の富が10%の富裕層から取り上げられ庶民に分配される。分配された富はどうなるだろうか。拡大成長して国を栄えさせるか、国民を幸福にするか。富裕層の反発をどう抑えるか。拡大生産をつづける土壌がない。まさに正念場。ディー、金のかからない方法ある。あるさ。教えて。ただではなあ。身体で払う、いかせてあげる。そんなら前払いだ。好きねえ。

 富裕層をマラカニアンに招いて表彰、勲章授与。メディアが褒め上げる。日本の宮内庁に式次第照会する。ついでに晩餐会にも世界各国の皇族に列席してもらう。国民には特別感謝祭をやらす。こんなもので済まされるか、と富裕層は思うが今は表に出せない。土地を与え仕事を与えるとは植民地主義を根底から揺るがす。感謝祭は国民祝日となる。誉め殺しか。怒り心頭に発しても、見え透いた手口に抵抗できない。やつらは常に先手を打ってくる、いったい誰がシナリオを描いているのだ。今は愚痴るしかない。

 ニュースは世界を駆け巡る。アメリカ大統領に『この国の民主化は世界の手本になる』と来賓祝辞でしゃべらせる。次回アペックをフィリピンでの開催を発表させる。法案解説番組が流される。フィリピン人にも土地所有、マイホームの夢が見れるようになってきた。大統領とユキ議員との対談は視聴率67%を記録した。

『お早うございます。大統領は汚職追放法を公約に掲げられ、また実施されておられます。まず、ここからお話を伺いましょう』
『お早う御座います、今日は美人議員との対談なので少し緊張しています。』
『はやく奥さんもらいなさいよ』
『そうですね、そのうち、うふん、私が汚職贈収賄を憎むのは、これが民主政治を腐敗させるからであります。つまり、政治が民意ではなく、金で動くということです。』
『金とは、華僑資本、スペイン財閥のことですね』
『いえ、それもありますが、私は身近なパトラ=賄賂で行政が左右される現状を改革することから始めました。公務員の給料は国民が納めた税金から払われています。血税は公共に使われねばなりません。この当たり前のことがこの国ではできていなかったのです』
『公務員の給料が安いからと言う人もいますね。雇用の創出、産業育成も急がれますね』
『それはそうなんですが、まず、汚職の追放、公務員削減を進めてきました。この前、訪日した時、震災も視察しましたが、復興に携わる日本の公務員は良く働きますよ。』
『国のため、国民のために働く』
『そうなんですね、仕事に対する使命感、誇りというものを感じました』
『日本の公務員の給料は民間よりも低いのは当たり前、民間並みに働けという意見があるそうですが』
『どうなんですかね、私にはよくわかりませんが日本企業の生産性の高さは世界一と聞いています』

 本丸に火の手が回ったのだ。所得税、相続税、土地保有税と外堀内堀が埋められ大砲が打ち込まれてきた。不動産譲渡税もそうだが所得税の累進課税が挙げられたので富裕層には応える。毎年上位100の富裕層、多額納税者が公表される。役人は贈収賄を恐れていうことをきかなくなった。下手を打つと監獄行きだ。追徴税はすべての財産を持ってゆく。国税=酷税は虎よりも怖し。
 税務署では『マルサの女』を研修教材に使っている。税務職員に誇りと意欲が生まれてきている。当たり前の政策を正面からぶつけてくる。これに対抗して土地転がしを試みたが買収しようとする土地には抵当権がつけられている。生協、もしくはその息がかかった債権者だ。

 見ていろ、今にそっくりいただくからと闇の黒幕はみつめていた。NO1は誰か。どこにいるのであろうか。軟禁状態におかれた中にはいないのか。坂本に知る由もなかった。黒幕容疑の人質の増加と謎の飛行物体が抑止力となっているのであろう。とくにコンピューターのパルス破壊は武器の廃絶に効果をみせている。力には力、今の世界力学だ。闇の黒幕も今は息を潜めているようだ。力は正義なり、から人類は皆兄弟、になるのはいつの日か。できることならシラーか笹川良一をテレビ出演させたいものだ。思想は時空を超える。平和思想が覇権思想を凌駕するには数十年、数百年の時を要するのかもしれない。

 坂本は謎の飛行物体の平和利用を考えている。医薬品の緊急輸送、犯罪に追跡、河川清掃、老朽人工衛星の回収などなど、しかし、軍事目的に使用される恐れもあるな、これを防ぐには、倫理観しかないのか、とか自問自答している。この物体の製作を日本の町工場に依頼したときのおやっさんたちの顔が浮かぶ。1億円の現金を持参して町工場の組合事務所を訪れた。万札一万枚は重い。10kgはあろうか。①どんなレーダーにも映らないこと②どんな最先端技術技能を使っても模倣できないこと③家族にも身の危険が及ぶが秘密を守ること、を条件とした。『世界平和とは面白い、やりましょう、なあみんな』有難い、問題は税務署だ、現金の保管と使い方から足がつく。心配ない、俺たちは税務署の怖さは身に染んでいる、それに組合長は経理の達人、税理士以上だ。なら安心だ、決済はすべて現金だが、質素な生活を続けてもらいたい。心得ている、手打ちの宴会といきやしょう。

 組合事務所に料理が運ばれてくる。下町の味だ。坂本が戦争屋の手口を語るとおやっさんたち怒りを顕わにする。よーがす、旦那の注文以上のものを作ってみせますよ。よろしくお願いします、毎月500万現金を持ってきますから、領収書はねじ5個と書いてください。高いねじだな。どこかで聞いた話だ。でもよヤリガイノある仕事だよな。ああ。あんた、お客さんですよ。
 これが現金運び屋です、こいつに領収書を渡して下さい。兄さんも召し上がれ。いただきます、いけますね、これ。食う前に仕事がすんでからだ、お前はこれから毎月食える。そうでしたね、奥さんたちに内緒の話が、あちらで。内緒の話、何かしら。これ宴会料。10万も要らないわよ。残りは臍食ってください、これは奥さんの花代。なに、一人3万、夜の商売に出られるかしら。出られますますよ、これは生活費の足しに。一軒10万も、いいの。毎月来ますから充てにしていてください。本当、兄さんいい男ね。ありがとうございます。なんかわかなんけど福の神がやってきたみたい。理由なんかいいじゃない、さあさあ飲みましょ、今夜は酔っちゃうわ。
 そうね、景気良くいきましょ。この物体の受注で町工場が生活が派手にならない程度の報酬が肝要。真面目に働くものは金を大切に使うからそれは取り越し苦労であった。質素な生活を続けている。最高機密を守には平凡が一番。町工場から日本食の御中元はありがたい。お返しにはにはマンゴーを送っている。

 謎の飛行物体1号機は坂本を喜ばせた。できたものから買い上げると約束した。代金はどうなる、兄ちゃん?納品後一月後組合長が尋ねた。悪いようにはしませんから、と言ってました。坂本の旦那が?それから別の注文を持って来ました。超小型発電機、太陽光風力を問わず?これは理事会召集だ。とにかくやってみよう、値段などできてからだ。それがいい。それとー、組合を法人化するようにとも坂本から言付って着てます。製品は世界中で販売しますからこの会社を総代理店にして下さい。代金は組合の口座に振り込みます。法人化って面倒なんじゃないか。私がやりますから法律経理の得意な人を付けてください。柴崎さんの息子がいい。そうだ啓太が適任だ。中小企業等協同組合法に基づく法人格を取得すると組合が一括受注販売に乗り出す。

 啓太は司法試験、公認会計士を目指しているだけにたちまち組合法を理解した。町工場の実情も子供のころから知っている。超小型発電機のモーターを日本で、この町で生産すれば他が真似ることはできない。他の部品は海外で生産してもいい。啓太の説明に理事会は納得した。しかも組合が作ったものは何でも買い取るというのだ。そんな美味い話があるのか。もともと今回の話、降って沸いたような話だ、毒を食らわば皿までだ。俺もそう思う。商業が工業を育て、また工業が商業を育てる。職人が作りたいもの=夢を作って世に送り出す。世間の欲するものを工業に伝えそれを普及させるのが商業だ。

 組合と組合員との契約に戸惑うおやっさんたち。只今の発言は組合理事ですか柴崎鉄工社長ですか?そんなこと、俺は俺だ。そうだ、理事と言われて社長と言われて頭がこんがらがる。俺もだ。そうか、みんなは?ではこうしましょう、理事のみなさんは会社を息子さんに譲って組合理事に専念する。兄ちゃん、そんなことしたら会社が潰れる、うちの坊主など10年早い。大丈夫です、会社の顧問として後継者を育成してください、顧問料は退職金代わりです。そんなことできるかい。思い切ってやらせてみるのもいいかも、いつまでも洟垂れでは困る。そうだな。けどよ、うちは息子がいない。奥さんを後見人にして娘さんにやらしな。それは面白い。くそ他人事と思って。あれだけの器量良しだ、いい婿が来るって。

 おやっさんたちは仕事師だ、組合の仕事は苦手だ。会社では親方どおり、家では息子から組合運営を習う。師弟関係は昼と夜で逆転する。息子は父の腕に驚き、父は息子の頭に驚く。それはよ、種より畑がよかったんだ。けっ、お前にだけは言われたくない。そうだよ、お前さん失礼だよ、うちだっておなじだからね。何を、このあま。こうして組合も町工場も順調に業績を伸ばしていったが謎の物体生産をおろそかにできない。人手不足。町工場全体を組合員にして再開発に着手する。近代化資金の借り入れは順調に行った。新組合員は喜んだ。俺さ、店たたもうと思って居たんだ。組合が買ってくれるわ、資金は貸してくれる、まったく組合様様だ。だよな。

 毎月の宴会中、謎の飛行物体のニュースが世界を駆け巡ったのだ。理事だけが製造の秘密を知っているのだ。やはり坂本の旦那やることがすげー。それによ、おかげで下町の工場が復活した。うちの坊主発電機にのめりこんでよ毎日設計図を書き直している。俺んちも、仕事なると親方と呼ぶから気分がいい。あの兄ちゃんまだか。遅いな。何かあったのか。始めるか。それは失礼だ。遅くなりました。呼ぶより謗れだ。お話があります。どうした兄ちゃん改まって。
 これが最後になります、僕結婚します、外国に行きます。外国だって、相手は異人の娘?来月からは請求書に500万乗せてください。え、本当に今日が最後なのかい。家族全員で送別会だ。なんだって兄ちゃん結婚するって、うち男がいないだろ、娘のお婿さんと考えてたんだよ、あんた何時知ったの。たった今だよ、俺だって驚いている。あのお、僕もお嬢さんを見るだけで幸せでした、けど、もう童貞じゃないんです。筆卸済んだの、泣かせるねえ。私もねえ誠実な方と思っていたよ。残念だな、もう3年になるか。はい、三年半になります。その夜はいつ果てるともなく宴会がつづていた。

 あなた何考えてるの?小型発電機だ。ユキが緑茶を入れてきた。あれね良く売れてるわ。それは良かった。でね、岡本理事長が華僑の総帥に日本式販売を持ちかけたの。それで。だからさ、世界中で売れてるの。すごいな。総帥は『世の中で必要とされるものは必ず売れる。買って使う者から感謝されることが本当の商いだ』と言ったそうよ。そうか。生協と華僑との競争は少なくなってきたそうよ。
 総代理店は柳の会社だ。陳から華僑を通じて世界中に販売されている。アフターサービスは日本流を取り入れた。アヤユキ生協に習ったのだ。『商いは物を供給するだけではない、効用を供給してこそ客の満足を得るのだ』総帥の弁は華僑に衝撃を与えた。岡本理事長とできたんじゃないか。それあり得るよ。年齢的に無理ある。誰か妙薬飲ませたか。シゴロシゴロ、多分多分。キサスキサス。たれか、誰あるか。

 欧米でも停電時、隔地にと買い求められている。太陽光風力発電機とも発売当時は5kgだったが今では1kgのものまで軽量化されている。発電、蓄電も短期間で大幅に改良されてきている。『付加価値の高い商品を安く提供するのが日本商法か』、と総帥を言わしたそうだ。日本民族は競合を共存に変える。世界中に広がる組立工場は雇用を創出してゆく、関連産業に有効需要を生み出してゆく。今では『消費者、関連事業者からの感謝は金以上の報酬だ』と総帥が言っているそうだ。各国政府も税収が増えるので大歓迎だ。もう何年になるかな。南海雄が生まれた年よ。そうか、そんなになるか。あなたと一緒だと毎日が楽しいわ。


 愛欲理論 

 バギオに向かう車には陳とカルロス、ユキと坂本が乗っていた。セヴァスチャンはハイウエーを飛ばす。きれいな道路、気持いい。あんまり飛ばすな。セール問題ない、私プロ。しっかり前を見て運転しろ。オッテン切り落とすぞ。オーノウ、だめだめ、いけません。晩飯抜き。許して、それだけは!2時間足らずで塩崎宅に到着。隔世の感じ。バギオも近くなったものだ。お母さん会いたかった。ユキさん、よく来てくれたね。しっかと抱きあう。つづいて清美も。オイ、カアサン、シゴトアルカ。そうね、家の周り点検してくださいな。ハイ、カスコマリマシュタ。どこで習ったのだ。
  セール、コイ、テンケンダ。OK。塩崎さん、陳とカルロスです。まあ、よくいらしてくれました。さあ、どうぞおあがり下さい。坂本は門を点検する。大丈夫だ。初めて塩崎家に来たのがついこの前のことに思える。セール、問題ない、プールをソウジスルカ。よし。ヨシ、イクカ。張り切ってるな。イエス、ハラキッテル。切腹か。ノウ、俺ハラキル。

 マリアとアンジェリータがやって来た。にぎやかな夕食となる。ツレジョンベン、気持いい。マリアはしたない。明日はバナウエの棚田を観に行くことになった。陳とカルロスが主賓格。話が白神に及ぶと小熊の興行。待ってました、とユキ。女たちの涙を誘う。ユキの活躍に話が移る。清美が思いつめている。祖父の日記について坂本さんにお聞きしたいのです。今から研究室にお願いできますか。唐突な申し出だが、次はいつかもわからない。塩崎夫人が私たちはここで待っています、坂本さん、いってあげなさいな、と場を制す。

 清美はマンションに坂本を案内する。緊張している。『坂本さん、お情をください。私、坂本さんの子が生みたい。ユキさん、マリアさんのように』思い詰めた心情を吐露する。『清美さんは日本人だ、お爺様に申し訳が立たない』坂本は山田中尉思い浮かべる。『女の魅力がないのですか、私には』顔を真っ赤に染めた乙女が女になろうとしている。必死の思いは理性を超える、(ままよ、据え膳食わぬは)わかりました、身に余る光栄、ご期待に沿えるよう、つとよう。
 ふるえる清美を坂本が赤子を抱くようにつつむ。愛撫に拙く応える清美、日本のおんなだ。愛情表現も控えめだ。それがまた男の情欲をそそる。坂本が静かに入ってゆく。嬉しいと、清美は坂本をかき抱く。激情がおさまるとシーツに鮮血が。驚く坂本。沈黙が流れる。再び清美が坂本を狂ったように求める。今度は悦びの声を立て、か細い身体が坂本を持ち上げる。こどもを産みたい女は処女でも快感をうるのであろうか。性は女のためにあるのではないか。

 そんなことを考えながら坂本はいそいでシャワーを浴びる。遅くなるとユキに気取られる。清美も身支度をする。日記をもって塩崎宅に戻る。が、徒労に終わる。清美自体が全てを物語っていた。今時こんな純情な女がいたのか。耐え切れなくなって、ユキさんごめんなさい、私こどもが欲しかったの。ユキが抱きしめる。初めてだったのね、横になりなさい。
 塩崎真知子の娘の部屋に連れてゆく。腰の下にクッションを入れる。しばらく寝てなさい、赤ちゃんの夢でもみてなさい。清美は激情を思い起こしていた。坂本が入ってくると少し痛かったが下半身が広がった。やがて痛みが甘味に変わる。突き上げられて広い空間に浮かぶ感じだ。精液が子宮に放たれると清美は金色の光の中に投げ出された。光の海を全裸で漂う自分の姿に顔を赤らめる。

 ユキはたまごをゆで始める。真知子も山芋を擂り始める。メリケン粉、片栗でお好み焼きをはじめる。にんにく、生姜をいれて肉玉焼き。坂本に食わす。おいしい?うん、あの。ユキはビールを注ぐ。ねえ、清美さん処女だったでしょ。え、坂本がむせる。あの年まで勉強ばかりしてたのね。いじらしいわねえ。さあ、みなさんも召し上がれ、真知子が焼きあがったお好みを出す。セニョーラ、にんにく。これは殿方にはよろしくて、そう鼻血を流すほどでございますよ、ホホホ。お母さん、スケベ。女たちが歓声を上げる。坂本さん、しっかり食べないと。はあ。清美さんお好み食べましょ。夜明けは未だ遠い、さすが元外交官夫人。清美さんもしっかり食べて、ね。頑張りなさいとは口にしなかった。教養とは思いやりである。清美は女になってから恥ずかしがるようになった。
 マリアも梅運も清美に好意的だ。母と女とでは格が違う。母は強か、余裕か。清美の素直な性格もあるのかもしれない。ユキも含めて4人で坂本の共有者として清美の持分を認めたのだ。なら、私もその半分は認めてと許細君とアンジェリータも思った。

 2台の車に分乗して棚田を目指す。今回は真知子、マリア、アンジェリータ、ユキに清美と5人乗りの車はいっぱい満席。清美だけが男の車に乗る。坂本の横で新妻のように寄り添っている。自分が本妻を押し出さないユキのこういうところが好きだ。マリアは清美との新しい関係を問題ともしない。坂本にはありがたい。梅雲はどうだろうか。お母様ここよ、マリアが連れジョンの場所を示す。セール、一発いくか。待て、これは山の神への表敬だ。整列、放水用意、始め。男5人が放水する。お弁当食べたら私たちも放水しましょうか、塩崎夫人がさりげなく語る。

 人間の性は不思議である。有性生殖、つまり子孫を残そうとする行為と愛情の表現形式の外に快楽がとが混在する。とくに快楽のみを目的とすることが可能なのは人類だけではないだろうか。官能小説、漫画、AVアダルトヴィデオ、売春、買春などが槍玉に挙げられる。人間の尊厳を損ねるものとして非難される。正論である。この論理で、婚姻においてのみ性交が許されるとするならば、それは本来的であろうか。子供を生んで育てるには男女の共同が必要だから、あるいは、夫婦と子供が最小単位の社会という観点からは当然の結論である。
 しかし、よく考えると社会政策として規定したものであって人間の性を本来的には捉えていないないのではないか。婚姻中に妻の懐胎したる子は夫の子と推定す、との民法の規定が浮かぶ。

 父親には認知制度があるがこれも社会目的的解釈であろう。人間のペニスには他に見られない亀頭があるがこれは前任者の精液をかきだすものと考えられている。自分の精液も同様の運命にある。後任者が一巡するかも知れない。精子の競争率は数億倍である。より良い子孫を残そうとする卵子の戦略は自然の摂理にかなっている。男好きの女は淫乱という非難は当たらない。男の偏見とも言える。現代人の感覚では前任者の精液をかき出す事は理解しがたいが、昔の女は次々と男に射精させるほど体力が強かったのであろうか。
 そうだとすれば一夫一婦制は人類歴史上最近の話であろう。個人所得が増えるまでは部落内の雑婚であったと思われる。私有財産と相続との関係で婚姻を捉えているから性交が秘事とされてきたのだ。処女性、女の貞操は再考察されるべきである。母系社会こそ本来の姿である。
 女子供を所有物とし、妻の不倫、姦通を死罪とするのは憲法違反である。男女平等の基本に反する。ユダヤ教、イスラム教はこの点において到底容認できるものではなく、直ちに改正されなくてはならない。

 そもそも生物学的にみて雄は雌の変形である。ある種の動物間性intersex は雌がある時期にオスになることはあっても逆は聞かない。してみると聖書の神が最初にアダムすなわちオスを造ったというのは到底信じられない。出血、睡眠に対して女は男より数倍強いとか。妊娠すると乳房がふくらみオスを身近に留め置くなどなどの戦略をみるに雄は雌に奉仕すべし、これは人類普遍の真理である。 
 生殖、愛情、快楽が性交の本質である。坂本の愛欲理論はこれらが一体となって男女が幸福感を抱けることと定義する。したがって女は買わないのである。この理論は確立に程遠いが坂本には、マリア、梅雲、ユキ、シャハラザード、清美は愛しい妻である。その子供も愛しい子供である。愛情が先にあっての性交でなくては幸福感はない。愛情とは関心であり、尊敬でもある。愛とは魂と魂、肉体と肉体の触れ合である。性とはスケベの目的ではなく、崇高なものである。
 これを知る者は幸いである。セックスは汝のものなればなり。肉欲は性交によって女の神秘さが消えてゆく。限界効用逓減の法則に従う、飽きが来る。だが、愛欲は愛情と性欲が相乗効果を上げる。男女の結びつけを強め双方の人格を高めるのだ。

椰子の木

 ミンダナオでの生活はゆっくりと時が過ぎてゆく。今日一日何をしたか、すぐには思い出せない単調な生活である。南海雄の子守が中心となっている。ユキはそばで炊事洗濯と主婦をやっている。椰子の木の間を風が抜けてゆく。一年の半分をユキと、後の半分をマリア、梅雲、シャハラザード、清美とその子供たちと過ごす。男を知った乙女は女となる。当然のことながら艶っぽくなってきた。
 誰がそうしたと自問自答して坂本は苦笑する。成り行きだ、一番自然だ、俺がそんなにモテるわけ無いと思っていたが人生って不思議なものですね。美空ひばり?え、ああ。
 ユキは坂本が求めるのは自分だけであり、他の女は坂本を求めるのだという優越感を持っている。そりゃ、ものにしたのはあたしだけど坂本は私にぞっこんなの。どうしてって、どうしてかしら。ユキ節は健在である。坂本は近頃身体のあちこちがかゆい。指で擦ると皮膚がむける。その色はずいぶん黒い。メラニン色素が増えてきたか。色はいろいろ、だがたいした問題でない。

 闇の黒幕とはけりが着いていないが、武器廃絶はかなりすすんだ。紛争も半減した。これをマップに表す。近頃謎の飛行物体は現れませんね、とメディアが催促してくると自由の女神に、スウィンクスに墨を吹きかける。【青い地球を守る会】は頑張っている。銃の数は治安の悪さのバロメーターとか、小心者は武器に頼るとかのキャッチコピーを流している。各国の事件数と銃販売数を比較してみせる。急速に減少していることは確かだ。力には力、宣伝には宣伝、これが現実だ。

 謎の飛行物体は前述のように町工場に製造を依頼した。これは武器廃絶のために使われるが、家族もふくめて狙われる恐れがあるがと釘を刺した。世のためなるならと快諾してくれたのだ。工場の組合には無利子の融資を約束し、各家庭には奥さんのへそくりと月10万円を現金で手渡す。金は日本の主婦にわたしておけば安心だ。適当に配分して使うだろう。また最先端技術を以ってしても撃墜できない飛行物体が下町の工場で作られているとは誰も考えないであろう。
闇の黒幕を掃討するか改宗させるまで武器廃絶は続くであろうが、今や世界は大きく動きだしている。『コンピューテルのパルスを破壊するぞ』と脅され闇の黒幕は弱っている。この男はやりかねない。やられるとコンピューターが動かなくなる、世界の政治経済が動かなくなる。今はいわれるままに武器廃絶を実行するしかない。この訳のわからない男をいまいましく思いながらも今やどこか憎めない、少年のように夢に向かって突き走る日本人、いや、近親感すら持ち始めているのも事実である。我々は武器で金融で儲けた金をいったい何に使ったか。この男は世のため人のために使う。こういう人間もいるのだ。このままだと我々の価値観を変えることにもなりかねない。日本民族、人種についてもう一度じっくり調べる必要があるな。

 シャハラザード大学の分校は世界に数を増やしている。その経済政治教育波及効果は想像以上だ。多感な時代を共に過ごした学生が世界の指導者になる日を期待しよう。雨乞理論に負けない愛欲理論を確立させてゆっくり視察したい、と坂本は思っている。ダヴィド以下9名は砂漠生活の体験を終えバーナード収容所に移された。難民キャンプは大きく改善されたが難民が故郷で暮らせる日はまだまだ遠い。ここでも身代金は有効に使われているようだ。 バーナードはユリと暮し始めた。子供も生まれるようだ。収容都市の完成にますます意欲をみせる。捕虜の中には家族を呼び寄せる者まで出始めた。カーシムの強制連行は続いているが少しペースが落ちている。何事によらずフィリピン人は急ぐのが嫌いなのだろう。時間がゆっくり過ぎていくところで何をそんなに急いで、いうところか。

 清美は理事長就任後、自信と妖艶さを増してゆく。赤子を宿した女は神秘的美しさを秘めている。知性がいっそうかの女をセクシーに見せる。ユキは生協を退き、国会議員任期満了後の選挙には不出馬を表明、世間を驚かす。後任は誰を当てるのか、ハジ議長の姪か、清美か、他に適任者はいないか、じっくり選んでいるようだ。 坂本は椰子の木陰で竹のベッドに寝転がる。風は背後も抜けてゆく。上空に葉が揺らいでいる。積乱雲が盛り上がっている。そうか、坂本は思った、この風に吹かれてここまで来たのか。これからもこの男は椰子の風に吹かれて世界各地を飛び回ることであろう。


             椰子の風に吹かれて -完- 

椰子の風に吹かれて

 土地と女は求めて得られるものではない、縁であるとは言い得て妙である。これはボホール島在住日本人からきいたのであるが、90半ばを過ぎてもお元気で仕事に精を出されている。私もかくありたい。健全な精神健全な身体でありつづけたい。最近ローマ帝国の貴族が求めた気持ちがわかる気がするようになった。

 おしどり夫婦の卵を遺伝学者が調べてみると父親の違う卵も少なくないそうだ。これは雌がスケベと言うのは短絡である。より良い子孫を残そうとする自然の摂理に従っているのである。男根の先が亀頭になっているのは前任者の精液を掻き出すためといわれる。されば逆に男が複数の女と子を為すことも自然であろう。男の身勝手と目くじらを立てる前に考えて頂きたい。

 女の生涯排卵数は400位と言われる。月一の排卵であるから15歳から50歳位までの30年強で閉経する勘定だ。女は妊娠育児期間は生殖は不要であるから性交回数も400回以下で十分ということになる。これに対し男の精子は日々新たに誕生するから男の性欲は永遠に不滅である。従って男が身が持つかどうかはさておき複数の女と性交したがるのも無理はない。女には休暇があるが男は無休である。

 かと言って快楽だけのセックスは如何なものであろうか。聖人君子でなければ身に憶えのある向きもおられよう。やはり自分の子孫を託すべき女を選び、生んで下さい、育ててくださいとお願いするのが筋であろう。妊娠出産育児には感謝の念を表さなければなるまい。産後の女は神々しい。命懸けの仕事をしたのであるからこれを敬うべきである。

 現行法は一夫一婦制を前提にしているが少し無理があるのではないだろうか。理想形ではあるが、愛人、彼女ぐらいは容認してもらいたい。良くできた女は妊娠育児期間中の浮気にはどうせ正妻の私の下に帰ってくると笑ってこらえるはずだ。
けしからん、慰謝料請求、離婚申立といきまいても自分が不幸になるだけである。世の中、正しいことが善いとは限らない。産着当面の生活費を用意するだけの度量を持ってもらいたいものである。

 男も育児に自信が持てる範囲に自重すべきである。女の性欲は30半ばが盛りと言われるからお勤めが果たせるかも考えないといけない。男の性欲は18をピークに減退してゆくことも考慮しないと愛する女に失礼である。守備範囲を広げすぎると地獄を見ることになる。一夫多妻が自然であるが正妻には伺いを立て公認を得ることが肝要である。毎日身体を鍛えココナツジュースを飲むことをお勧めする。

椰子の風に吹かれて

  • 小説
  • 長編
  • 恋愛
  • 冒険
  • 時代・歴史
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2014-10-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1.  椰子の風に吹かれて 目次まえがき
  2. いい娘を紹介する
  3. 日本人はカモだ
  4. Low service High demand 低奉仕高価格
  5.  アサワ日本人
  6. ポリスパトラ金せびり警官 ああモンテンルパの夜は更けて
  7. 両替商
  8. 第二章 民族の歴史 
  9. 犬猫は鶏を襲わない
  10. 謝らない、非を認めない
  11. 人前を通るな
  12. 他人の物は俺の物
  13.  お粗末な道具を使いこなす
  14. 第三章 流浪の旅
  15.  山田中尉
  16.  ユ キ 1
  17.      第四章 日本人とは
  18.  千夜一夜物語
  19.  謎の飛行物体 Dragon
  20. 椰子の木