華の色すらわからない

わたしはたった今、人を殺している



今日は雨が降っているわけでもない、雪も降っていない
かといって晴れているわけでもない、曇りでもない

本当に何の印象も残らない、わたしみたいな天気の日



わたしは人を殺している


けど後悔なんかひとつもしていない
わたしは「人を殺している」といっているけれど、こんな男わたしにとって到底人と呼べるようなモノではなかった


あの人が悪い
そんなモノの隣にいたあなたが悪い

わたしじゃなくって
これを選んだあなたが
悪いのよ、紗季


この男は、諸悪の根源と言ってもいい男だった
小さなときからこの男と紗季、そしてわたしは一緒にいた
幼馴染だった

そのときから変わらない、傲慢で何かを支配していないと気が済まないという男
周りに蔓延る女達にはそんなことおくびにも出さない、澄ました綺麗な顔をして
わたしはずっと、そんなこの男を見ていたから、大っ嫌いだった
その小奇麗な顔が!何もかも見下した、濁って冷たい目が!

紗季だってこの男に対してそう思っている
そう思っていたのにこの男、この間わたしにいったの
「紗季は君に僕をとられてしまうんじゃないかと心配しているよ。いつも牽制するかのような目で君が紗季を見てくるって、怯えていた、知っていたかい?」

あぁ、わかっていたけどやっぱり神さまなんていないのね
わたしは、この男の言ったことなんて今まで一度も、少しも信じたことも惑わされたこともなかったけれど、今回ばかりはその言葉を嘘だと言って強がることはできても、それが事実かどうかを紗季に聞くことはできなかったし、そんなことはないと強く信じることもできなかった

この男にわたしの紗季に対する恋慕の情を知られてしまったのだろうか
もしそうだったとしたら、この男は紗季を盾にして一生脅してくるだろう
紗季にもし知られてしまったら、わたしは
わたしは、生きていけない

大嫌いで気持ち悪くて最悪な男
なんで誰もこの男が歪んでいて生きる価値なんて到底ないということを知らずに生きているの?生きていられるの?
わたしはずっと苦しんできた、紗季だってそうだと思っていたのに
なのに紗季も、ほかの女達みたいに、自らあの男の犠牲になるの?
あんな、生きる価値もない男


――――ああ、そうか、生きる価値がないんだから私が殺せば、誰も傷つかずに済む


そう思った、すごくよく考えた、熟考したわ


人を殺すのはいけないことだ
でも、わたしにとってこの男は人間なんて呼べる立派なものじゃない

人目につくようなところで殺すのは気が引けた
わたしは至って冷静だった
誰だって殺すときはばれたくない、できるだけ長く、できれば一生
人気のない公園のさらに人がいない雑木林に口実をつけ呼び出して、首にスタンガンを当て心臓をナイフで刺した

完全に殺せたことにほっとして、わたしは続けて刺した

諸悪の根源で、わたしを不幸のどん底に陥れる、卑怯な男、最悪な男
刺して刺して刺して抉って抉って抉って!!!




「なにしてるの、」


聞きなれた声が、後ろで聞こえる
ナイフを振りかざす手を止めて振り向いた

「・・・・なんで、紗季、こんなところに・・・」
信じられない現状に声が震えてしまう
「なんでって・・・証くんにここに今から来てってさっき電話があって・・・それで・・・、ねぇ、これ、どういうこと・・・・?」

こいつは最後まで最低な最悪の男だ
こんな無様な姿を、わたしの大切な人に晒させるなんて


やっぱり殺しておいてよかったわ



「ねぇ、なんか言って、がっ・・・・っは・・・え・・・・っ?」

お腹を刺した、やわらかく抉れる感触が心地よい気がした
力なく膝から崩れる彼女をわたしは抱きしめて、腹から引き抜いたナイフで心臓を刺した

初めて感じる紗季のぬくもり
一生感じることなんてできないと思っていたから、今がわたしの人生で一番、幸せな時だとおもう

わたしを選んでくれなかった、わたしと幸せになってくれなかった
わたしを、抱きしめてくれなかったっ・・・!


わたしも力が入らなくなって、紗季を抱きしめたまま地面に倒れた
頭が締め付けられるように痛くて、涙が溢れ出てきて止まらない


遠くに見える花の色がわからない

目の前の彼女から流れる血の色すら、今のわたしにはわからない

華の色すらわからない

華の色すらわからない

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-10-06

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