無視ルール

 たくさんの虫が、自分の身体に吸い付いていた。

 ほんとうは虫を触ることすら嫌悪していた。
 けれど、その身体の部分を、そっと、けれどもしっかり、抑えて、つかんで、引き抜いた。
 
 針のようなものが私の身体から引き抜かれる。
 
 できるだけ遠くに行ってほしい。
 虫を遠くに見えるコンビニエンスストアの看板の方角へと投げる。
 
 何度か繰り返すうち、抵抗なく針を抜くやり方が理解できたものの、おそらく数匹、私の身体にはまだ残っている。
 
 けれど、すべてを無くそうとすることと、数を減らそうとすることは、行動の性質がはじめから異なるのではないか。
 私がどちらのやり方を選択するべきだろうと考えている間に、次から次へと替わりが飛んできて張り付いた。

 もし、さきほどのとは違う虫であったとしても、私からしてみれば行動しなければならないという点は同じであるし、私の人生において、これらは虫の役割でありそれ以上でもそれ以下でもない。

 針のようなものが足に触れる。足元にも、いるのだろうか。
 私はあえて目で確認することはしなかった。

 私は友人の家に呼ばれていたのだった。
 すでに目の前まで到着しているが、このままあがると虫もいっしょに家にあげてしまうことになる。

 私は、できる限りのことをした。

「こんにちは」
 私は家にあがった。
 しかし、友人の家には、私の努力など無駄だったかのように虫がいた。

「虫が、たくさんだね」
 自分が、本来口にすべきでない類のことを話した自覚はあったが、やはりその場は沈黙となった。

「何の話?」
 せっかくの彼女の言葉であったが、私は恐ろしくなった。
 突然にこの空間に、誰も味方が居ないような錯覚を起こす。
 この感覚について、説明する言葉も追いつかないまま、時が流れた。

「ねえ。虫がたくさんいる」
 再度同じことを話した。

 さらに十分すぎる沈黙があった。

「この家は、私の家です」
「そうだね」
 私は一秒の沈黙にも耐えきれなくなっていた。

無視ルール

2014年10月改稿
2012年3月初稿。

無視ルール

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-05

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