愛しの都市伝説(9)
九 伝説詣で・DJガードマンの巻
さあ、さあ、みなさん、あ、慌てないで。あ、慌てないで。何、一番、慌てているのが、お前だろって。そう、おっしゃる通りです。私が一番、慌てていました。みなさんの冷静な行動のお陰で、私は落ち着きを取り戻すことができました。本当に、ありがとうございます。何回、お礼を申し上げても足りないくらいです。
どんなに人が多くても、混雑していても、冷静に行動すれば、事故はおこりません。人は右方向で歩けば、決して、ぶつかりません。もし、万が一、ぶつかった場合は、ごめんなさいと謝りましょう。私なんか、謝ってばかりで、首がくの字に折れ曲がっています。他の人が見れば、思わず、く、く、く、くと苦笑するかもしれませんが、これも、ひとつのれっきとした職業病です。その点を御配慮いただきたいと思います。
そうです、私のことなんかいいのです。お互いが気をつけても、どうしてもぶつかったる場合があります。そんな時、謝れば、くそったれという気分もやわらぎます。かっとなった気持ちも落ち着きます。折角、楽しいお買い物です。楽しい街の雰囲気です。お家に帰るまで、楽しい気分で帰りましょう。
DJガードマンは、誰もいないビルのホールで、身振り手振りを加えながら、通称お立ち台なる、単なる木の箱の上に立って、人々の誘導の練習をしていた。人ごみの中で、指示を出すために、この台の上に立つのだった。
商店街に人通りが少なくなって、もう何十年になるのだろうか。
DJは思い出す。人が少なくなるのと同時に、DJのことも忘れられ去られた。あの頃がもう一度、甦って、この街が賑やかになる時に備えて、DJガードマンは、毎日、一回、このホールで練習していた。もちろん、誰も見ていない。誰も見えない。そこに、人間たちがやってきた。見えるはずはないと思いながら、DJは、お立ち台から降りて、今は使われなくなった奥の部屋に隠れた。
「ここですよ、ここ。この台の上に、伝説のDJガードマンが立って、ごったがえす人波を誘導していたそうです」
説明するのは、このビルの管理人だった。年の頃なら七十歳は過ぎている。この管理人もこの商店街とともに生きて、今、まさに消えようとしている。中上は管理人が説明するのを聞きながら、ふとそう思った。
「こんなボロい台の上に立っていたんですか」
「ええ、そうです。私も真近で見たことがありませんでした。ホントに壊れかけですね。でも、人ゴミが多いと、台なんて見えませんから、気にならなかったですね。それよりも、群集から体半分抜け出した伝説を見ることはありました」
「そうですか」
中上は頷いた。
「それで、伝説のDJガードマンをどうしようと言うのですか」
「再び、交通誘導をしてもらうんですよ」
「交通誘導って言ったって、こんな人っ子一人いない商店街で、何の交通誘導するんですか。だれも、勝手に歩いたって、ぶつかりませんよ」
「いやあ、伝説では、ガードマンのおしゃべりが面白いと聞いています。もう一度、DJガードマンとして、陽の目を見させてやりたいんです」
「陽の目ですか」
「そうです」
訝る管理人に中上はにこやかに答えた。
「伝説って、どちらかと言えば、あまり陽の当らない場所じゃないですか。折角、人々のために活躍してくれたDJガードマンです。私たち、中高年の星として、頑張ってもらいたいんですよ」
「中高年の星ですか・・・」
かつて、自分も中高年の星として頑張っていたと自負する管理人も思わず頷いた。
「でも、どうやって、協力してもらうんです」
「これですよ、これ」
中上が取り出したのは、百円ショップで売っているモールや折り紙などの飾り用の品々であった。
「これで、このお立ち台をきれいに飾りましょう。きっと、伝説のDJも喜んでくれると思います」
「はあ」
あまり気乗りのしない管理人に手伝ってもらいながら、中上や商店街の役員たちは、お立ち台(単なる、木の箱)を飾り立てた。
「できた」
お立ち台は、お神輿のように飾られた。
「それじゃあ、よろしく。伝説のDJガードマンさん」
中上たちは、スーパーの跡から立ち去った。
伝説は部屋から出て来た。人間たちは誰もいなかった。
「人間たちは何をしていたんだろう。あっ」
伝説は驚きの声を上げた。箱がきれいに飾られていたからだ。これまで自分がやってきたことが認められて嬉しいような、反対に、今まで日陰の存在だったのに、急に祭り上げられて、恥ずかしいような気持ちだった。
「ああ、どうしようかな」
伝説は箱に腰かけたまま、考える人の体勢で、ため息をつくのであった。
愛しの都市伝説(9)