走れメロス(超現代語版)

走れメロス(超現代語版)

 メロスはマジでキレた。必ず、あのヤバい王をセイッ☆しなければならぬと決意した。メロスには政治がちんぷんかんぷん。メロスは、村のニートである。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれどもヤバい奴に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれたこのシラクスの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律気な無職を、近々、婿(妹は彼を「だぁ」と呼んでいる)として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都のゲーセンをぶらぶら歩いた。メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今はこのシラクスの市で、鳶をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪しく思った。なにこれ。ヤバくね?もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえなんだけど、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。のんきな馬鹿ニートメロスも、だんだん不安になって来た。道で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであったはずなんだがkwsk!と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いてジジイに逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。ジジイは答えなかった。メロスは両手でジジイのからだをゆすぶって質問を重ねた。脅迫罪である。しょうがなくなったジジイは、あたりをはばかる低声で、わずかに答えた。
「王様は、人を殺します。」
「え?は?マジで。なんで?」
「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。」
「うわー。マジかー。ええと、たくさん殺しちゃった感じ?」
「はい、はじめは王様の妹婿さまを。それから、御自身のお世継ぎを。それから、妹さまを。それから、妹さまの御子さまを。それから、皇后さまを。それから、賢臣のアレキス様を。」
「マジかよ。国王狂っちゃってるじゃんか。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、臣下の心をも、お疑いになり、少しく派手な暮しをしている者には、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めば十字架にかけられて、殺されます。きょうは、六人殺されました。」
 聞いて、メロスは激おこした。「呆れた王だ。生かして置けぬ。」
 メロスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼は、日雇い警備員に捕縛された。調べられて、メロスの懐中からはバタフライナイフが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。メロスは、王の前に引き出された。
「このバタフライナイフで何をするつもりであったか。言え!」暴君ディオニスは静かに、けれども威厳をもって問いつめた。その王の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。ちょっと、泉谷しげる に似てた。
「市をヤバい奴から救おうと思ってたんだけど。。。」とメロスは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」王は、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの孤独がわからぬ。」
「シャラップ!」とメロスは、いきり立って反駁した。「人の心を疑うのは、マジで馬鹿じゃん!?王は、みんなの忠誠心的なサムシングさえ疑ってんべ?」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが。」
「はっ。なんの為のピースよ?自分の地位が大事なんだべー?」こんどはメロスが嘲笑した。「罪の無い人を殺して、何が平和なんだよ!」
「だまれ、下賤の者。」王は、さっと顔を挙げて泉谷しげるの顔真似をした。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、磔になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。」
「ああ、そうだねそうだねー王はインテリジェントだねー。…って、自惚れもたいがいにせえよ、われ。こちとら、もとより死ぬる覚悟じゃい。命乞いなんてしねー。ただ、――」と言いかけて、メロスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「─ただ、俺に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の猶予を与えてえや。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいねん。三日のうちに、わては村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来やはるでしかし。」
「ばかな。」と暴君は、嗄れた声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。逃がした関西人が帰って来るというのか。」
「せやで!帰って来るで!ほんまでんがな!」メロスは必死で言い張った。「わては約束を守りまんがな。わてを、三日間だけ許してくれまんがな。妹まんがな、おいどんの帰りを待っていまんがな。そんなにおいどんを信じられないでごわすなら…よろしおま!この市にセリヌンティウスという鳶がおるんやけど。これ、わいの親友(ソウルメイト)や。どや?これを、人質としてここに置いてったる。わてが逃げて、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの鳶を絞め殺してええで。どないやで?たのむ、ほんまたのむ。ほんままんがな。」
 それを聞いて王は、残虐な気持で、そっとほくそ笑んだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの男を、三日目に殺してやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男を磔刑に処してやるのだ。ケケケ。世の中の、正直者とかいう奴らにうんと見せつけてやりたいものさ。ケケケケ…
「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」
「な、何をおっしゃるウサギさん?!」
「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」
 メロスは口惜しく、地団駄踏んだ。ちょっとタップの練習もした。
 竹馬の友、セリヌンティウスは、深夜、王城に召された。暴君ディオニスの面前で、ギャル男とギャル男は、二年ぶりに会った。メロスは、鳶に一切の事情を語った。セリヌンティウスは無言で頷き、メロスをひしと抱きしめた。ちょいホモとちょいホモの間は、それでよかった。セリヌンティウスは、縄打たれた。少し「あんっ」って言った。メロスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。
 メロスはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、翌る日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。メロスの十六の妹も、きょうは兄の代りに羊群の番をしていた。よろめいて歩いて来る兄の、疲労困憊の姿を見つけて驚いた。そうして、うるさく兄に質問を浴びせた。
「なんでも無ぇーし。」メロスは無理に笑おうと努めた。「市にまだアポ残ってんだよね。またすぐ市に行かなきゃヤベーし。あした、おまえの結婚式を挙げんから。早いほうがいいっしょ?だしょ?」
 妹は頬をあからめた。萌え。
「キャバ嬢みたいなマジ綺麗なドレスも買って来たし。ほら、これから行って、村の人たちに言って来いよ。あした結婚式だって。だぁと私の結婚式をやるって。」
 メロスは、また、よろよろと歩き出し、家へ帰っておりがみを輪っかにしてつないだアレとかを飾り、祝宴の席を調え、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。
 眼が覚めたのは夜だった。メロスは起きてすぐ、花婿の家を訪れた。そうして、少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、と頼んだ。婿の無職は驚き、それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、ネトゲのβテストが終わるまで待ってくれ、と答えた。メロスは、ちょ待てよ。マジやべーから明日、な?明日で、と更に押してたのんだ。婿の無職も頑強であった。なかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか婿をなだめ、すかして、説き伏せた。結婚式は、真昼に行われた。新郎新婦の、神々への宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。祝宴に列席していた村人たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い家の中で、むんむん蒸し暑いのも堪え、陽気にB'zをうたい、手を打った。メロスも、満面に喜色をたたえ、ぶっちゃけた話し、王とのあの約束をさえ忘れていた。祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、セクシーコンパニオンも来た。人々は、外の豪雨を全く気にしなくなった。メロスは、一生このままここにいたい、ヤバい。と思った。こいつらと生涯暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。メロスは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。その頃には、雨も小降りになっていよう。少しでも永くこの家に愚図愚図とどまっていたかった。メロスほどの男にも、やはり未練の情というものは在る。今宵呆然、歓喜に酔っているらしい花嫁に近寄り、
「マジ、結婚おめ。ちっとおれ疲れちゃったから、あっちで寝てるわ。眼ぇ覚めたら、すぐに市に出かけんから。マジ大切なアポあっから。俺がいなくても、もうおまえには優しいだぁがいるんだから、寂しくなんかねーべ?おまえの兄ちゃんの、一ばんきらいなものは、人を疑う事と、それから、嘘つく事だからな。おまえも、それは、知ってんよな。だぁとの間には、どんな秘密でも作っちゃダメだぞ。おまえに言いたいのは、、、そんだけ。おまえの兄ちゃんは、マジ偉い男だから、おまえもその誇りを持って突っ走っちゃえよな。」
 花嫁は、夢見心地で頷いた。メロスは、それから花婿の肩をたたいて、
「仕度の無いのはお互さまっしょ。俺の家にも、宝っちゅーと、妹と羊だけだし。他には、何も無ぇーし。全部やるよ。あ、でも、もう一つ、メロスの弟になったことを誇ってくれよな。」
 花婿は揉み手して、てれていた。メロスは笑って村人たちにも会釈して、宴席から立ち去り、羊小屋にもぐり込んで、死んだように深く眠った。

 眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。メロスは跳ね起き、qわせdrftgyふじこlp;っっyっベー!!!寝過したか、いや、mまだまだ大丈夫っしょ、ヤベーこれからすぐ出れば、約束の時間までには十分間に合うっしょ。あっぶねー。きょうはマジ、あの王に、人のヤベーところを見せてやる。そうして笑って磔の台に上ってやんし。メロスは、悠々と身仕度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。さて、メロスは、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出た。
 おれ、今夜、殺されんだよなー。殺される為に走ってんだよなー。いや、身代りのホモを救う為に走ってんだ。王の腐ってる心を打ち破る為に走ってんだし。走らなきゃな。そんで、殺される。さらば、ふるさと。若いメロスは、つらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。セイ☆、SAY☆と大声挙げて自身を叱りながら走った。村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、隣村に着いた頃には、雨も止み、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。メロスは額の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫っしょ、もう未練とか無ぇーし。いや、これマジだし。妹たちは、たぶん良い夫婦になりそうだし。俺には、いま、なんの気がかりも無いし。うん。まっすぐに王城に行き着けば、それでイイんだべ?はは、そんなに急ぐ必要もねーな。ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気さを取り返し、好きなエグザイルの歌を歌い出した。ぶらぶら歩いて二里行き三里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って湧いた災難、メロスの足は、はたと、とまった。見よ、前方の川を。きのうの豪雨で山の水源地は氾濫し、濁流滔々と下流に集り、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木葉微塵に橋桁を跳ね飛ばしていた。つまり、マジでやばかった。彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、舟は残らず波にポアされて影なく、渡守りの姿も見えない。流れはいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。メロスは川岸にうずくまり、男泣きに泣きながらゼウスに手を挙げて哀願した。「ああ、マジかよ!頼むよ!とめてくれよ、この荒れ狂っちゃってる流れをYO! 時は刻々に過ぎて行くYO!太陽も既に真昼DOKI。あれが沈む前にYO!王城に行けなきゃYO!おれの友達がYO!俺のために死んじゃうYO---!!!チェッヶ、カモッ…」
 濁流は、メロスのラップをせせら笑うが如く、ますます激しく躍り狂う。波は波を呑み、捲き、煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はメロスも覚悟した。泳ぎ切るより他に無い、と。 ああ、マジ、っっざけんなよ!はっ…いいYO、もういいYO!オーケー見せてやんよ俺らのラブ&ピースをYO!いまこそパラサー(パラパラのサークル)で鍛えた筋力見せてやんYOぉぉぉおお!!!メロスは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う波を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻きわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、神も哀れと思ったか、ついに憐愍を垂れてくれた。押し流されつつも、見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。あー、しんど…。メロスは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先きを急いだ。一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊のカラーギャングが躍り出た。
「待て。」
「ちょ、何すんだよ。マジ陽の沈まないうちに王城へ行かなきゃなんだから。放せし。」
「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」
「つーか俺いのちの他には何も無いし。その、たった一つの命も、これから王にくれてやんし。」
「その、いのちが欲しいのだ。」
「あ、てめー王(キング)の命令で…!?待ち伏せしてやがったな!」
 ギャングたちは、ものも言わず一斉にバタフライナイフを振り挙げた。メロスはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、そのバタフライナイフを奪い取って、
「気の毒だが正義の為ざんす!」と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙にさっさと走って峠を下った。一気に峠を駈け降りたが、流石に疲労し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、メロスは幾度となく眩暈を感じ、このままだとマジやべー、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。ああ、あ、あうあうあうあー!!…あうあー。濁流を泳ぎ切り、山賊を三人も撃ち倒し韋駄天、ここまで突破して来たメロスよ。真の勇者、メロスよ。もう一度いう、メロスよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。愛する友は、おまえを信じたばかりに、やがて殺されなければならぬ。おまえは、稀代の不信の人間、まさしく王の思う壺だぞ、めっ☆と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。路傍の草原にごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。つーか、こんだけ努力したし。約束を破る心は、みじんも無かったし。神も照覧よ、おれっち精一ぱいに努めて来たっしょ。動けなくなるまで走って来たっしょ。おれマジで信心深いからね。ああ、できる事なら胸をガツッと割って、真紅の心臓をお目に掛けたいもんですよ。愛と信実の血液だけで動いているこの心臓を見せてやりたいもんですよ。でもできない。いやあ残念だなあ。この大事な時に、精も根も尽きたでしかし。
わいは不幸な男ですわ。たぶん。いや、きっと笑われる。わての一家も笑われる。わては友を欺いたんや。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事なんや。ああ、もう、どうでもいい。これが、わての定った運命なのかも知れないんや。セリヌンティウスよ、ゆるしてくれ。君は、いつでもワイを信じた。ワイも君を、欺かなかった。ワイたちは、本当に良い友と友であったのだ。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。いまだって、君はわてを無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。ありがとう、セリヌンティウス。よくも私を信じてくれた。それを思えば、たまらない。友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。セリヌンティウス、略してセリちゃん。私は走ったのだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ! 私は急ぎに急いでここまで来たのだ。濁流を突破した。カラーギャングの囲みからも、するりと抜けて一気に峠を駈け降りて来たのだ。私だから、出来たのだよ。そこんとこ分かるかねチミ?ああ、この上、私に望み給うな。放って置いてくれ。どうでも、いいのだ。私は負けたのだ。だらしが無い。うへへ。笑ってくれ。王は私に、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした。おくれたら、身代りを殺して、私を助けてくれると約束した。うへへ。私は王の卑劣を憎んだ。けれども、今になってみると、私は王の言うままになっている。私は、おくれて行くだろう。王は、ひとり合点して私を笑い、そうして事も無く私を放免するだろう。そうなったら、私は、死ぬよりつらい。私は、永遠に裏切者だ。地上で最も、不名誉の人種だ。セリちゃんよ、私も死ぬぞ。君と一緒に死なせてくれ。君だけは私を信じてくれるにちがい無い。いや、それも私の、ひとりよがりか? ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか。村には私の家が在る。羊も居るし任天堂3DSもある。妹夫婦は、まさか私を村から追い出すような事はしないだろう。正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。人を殺して自分が生きる。それが人間世界の定法ではなかったか。ふはは!ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。ふはは!どうとも、勝手にするがよい。やんぬる哉!――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。
 ふと耳に、潺々、水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、水が流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目から滾々と、何か小さく囁きながら清水が湧き出ているのである。その泉に吸い込まれるようにメロスは身をかがめた。水を両手で掬って、一くち飲んだ。コーラだったら良かったのに。。。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。あれ、あれれれ。なにこれ、歩ける。行こう。肉体の疲労恢復と共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! メロス。
 そう、私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。私は信頼されている。メロスはガンギマリだった。先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。BADにはいっただけだ。忘れてしまえ。疲れているときにキメると、ふいとあんな悪い夢を見るものだ。メロス、おまえの恥ではない。やはり、おまえは真の勇者だ。再び立って走れるようになったではないか。ね?そうだしょ?ありがたい! せや!私は、、、いや、ワイは正義の士として死ぬ事が出来るんや!ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。待ってくれーな、ゼウスはん。ワイは生れた時から正直な男やってんから。正直な男のままにして死なせてくれーな。
 路行く人を押しのけ、跳ねとばし、メロスは黒い風のように走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。一団の旅人と颯っとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。「いまごろは、あの男も、磔にかかっているよ。」ああ、その男、その男のために麻呂は、いまこんなに走っているのでおじゃる。その男を死なせてはならないぞよ。急げ、マロス。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかは、どうでもよい。マロスは、いまは、ほとんど全裸体であった。公然わいせつ罪である。呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。血のりであった。見える。はるか向うに小さく、シラクスの市の塔楼が見える。塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。
「ああ、メロス様。」うめくような声が、風と共に聞えた。
「麻呂を呼ぶのは誰じゃ?」マロスは走りながら尋ねた。
「フィロストラトスでございます。貴方のお友達セリヌンティウス様の弟子でございます。」その若い鳶も、メロスの後について走りながら叫んだ。「もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、あの方をお助けになることは出来ません。」
「いや、まだ陽は沈まぬでおしゃる!(噛んだ)」
「ちょうど今、あの方が死刑になるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」
「いや、まだ陽は沈まぬでおじゃる!!!」マロスは胸の張り裂ける思いで、赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。太陽に吠えろ。それか走れ。
「やめて下さい。走るのは、やめて下さい。いまはご自分のお命が大事です。あの方は、あなたを信じて居りました。刑場に引き出されても、平気でいました。王様が、さんざんあの方をからかっても、メロスは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。」
「んもうっ!だから、走るの!信じられてるから走るの!間に合う、間に合わないは問題じゃなくて、人の命も問題じゃないの。ドゥーユーアンダスタンッ?あーしは、なんだか、もっと恐ろしくて大きいものの為に走っているのだ♡ついて来て! フィロシロトラシラトラナントカ。」
「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。」
 言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていないバカだ。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。
「にゃーーーーん!!!!!」と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれて嗄れた声が幽かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。すでに磔の柱が高々と立てられ、縄を打たれたセリヌンティウスは、徐々に釣り上げられてゆく。メロスはそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳いだように群衆を掻きわけ、掻きわけ、
「にゃーん!!!にゃんにゃんにゃーーーん!!!!うんにゃー!ふんにゃー!にゃんにゃんやーーーん!!!!!!(私だ、刑吏! 殺されるのは、私だ。ニャロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!)」と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに磔台に昇り、釣り上げられてゆく友の両足に、齧(かじ)りついた。群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。セリヌンティウスの縄は、ほどかれたのである。
「セリちゃん。」メロスは眼に涙を浮べて言った。「私を叩いて。ちから一ぱいにおしりを叩いて。私は、途中で一度、悪い夢を見た。セリちゃんがもし私をスパンキングしてくれなかったら、私はセリちゃんとハグする資格さえ無いのよ。叩いて。」
 セリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯き、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右尻をスパンキングした。スパンキングしてから優しく微笑み、
「メロス、私を叩け。同じくらい音高く私の尻を叩け。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を叩いてくれなければ、私は君と抱擁できない。」
 メロスは腕に唸りをつけてセリヌンティウスの尻を叩いた。
「ありがとう、♡我等友情一生不滅♡」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。
 群衆の中からも、歔欷の声が聞えた。暴君ディオニスは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。
「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」
 どっと群衆の間に、歓声が起った。ホモだ!ホモがでた!
「万歳、王様万歳!」
 ひとりの少年が、緋のマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。よき友は、気をきかせて教えてやった。
「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛いおいなりさんを……(ゴクリ。)、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」
 勇者は、ひどく赤面した。いやん。


 おわり

走れメロス(超現代語版)

走れメロス(超現代語版)

何千番煎じかはわかりませんが、私だって太宰治が好きなんです。勝手にやらせていただきます。 ※コメディ

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-02

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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