歌が魔法になる世界8

自由のない歌姫達のお話

その虫が美味しいと知らなければ、きっと普通は食べたりはしない。

ランク外の歌姫は、人として扱われていない。

彼女らは番号を付けられ、満足な食事も、睡眠もない。
地下にある歌の研究室の中では、毎日血を吐くような悲鳴が上がっているが、その声が外に漏れることはない。

ランク付の歌姫も、人間として扱われてはいない。

彼女らは呼び名を付けられ、本当の名前は出生簿から抹消され、一生宿舎と戦場からは出られない。

それは即ち、家畜とペットの違いであると言う事を、誰もが理解していた。

誰もが生かされていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「よぉ、ネーサン!」
「あら、龍子。こんにちは。」

関所に突如現れた歌姫に、まるで知っていたとでも言わんばかりに驚くことのない受付のお姉さん。

二人はそのことをお互い意に介しもしないで話し出す。

「どうしたんです?こんなところに来るなんて珍しい。」
「その割にちっとも驚いちゃくれないのね。」

そうおどけて見せる龍子に、受付のお姉さんはふふ、と軽く笑った。

「一々驚いてたら受付なんて出来ないわよ。」
「ま、そんなもんか。」

砕けた様子の受付に、眉根を寄せて龍子は橋から見える美しい庭を見た。
そこは、いつ見ても美しいが、代わり映えはしない。

龍子はそこを忌々しげに見ながらその金の猫っ毛を手で梳いて言う。

「今って夏なのよ。知ってた?」
「さぁ?私、ここから出たことないし。知りたいとも思わないわ。」

そう言ってひらひらと手を振る受付は心底つまらなそうな顔をしていた。
まるで興味がないと言うように。

「だって、ここは一年中、変わらないんだもの。」

そう言った彼女は月を見上げた。
そこは、ガラスのような結界で覆われており、空を多い尽くしている。

「変わらないために、私、ここにいるのよ。」

そう言って、見せつけるように彼女は歌い出す。
外界と遮断し、美しい池を保つための歌。

歌姫とディーヴォを分かち、無節操な関わりを断つための、彼らの数を管理するためのシステムの一つ。

それを歌う彼女の身体は固定され、足がなかった。

『外なんて知りたくない。こんな体じゃ、逃げ出すなんて無理だもの。』

この池は魔法の池。
この受付の歌姫の成れの果てが、広い世界を想って泣く、涙の歌の姿。

その池が美しいのは、見もせぬ世界に、思いを馳せるから。

「そうかい。」

その歌を返事と受け止めた龍子は、ため息をついて、仕方ない、と言う顔をした。
しかし、それ以上は深くは追わなかった。

彼女は、受付の体は、もう人間として成り立っていない事を知っていたから。

「...もし、もしもだ。
外の世界が知りたくなったら私に言って頂戴。何だって持ってきてやるよ。

...ねぇさん。」

そう言って、おいてゆかれた子供のような顔をして歌の中に消えた彼女に、受付は月を見上げた。

「...ごめんね、ありがとう。」

受付の、“A-2608番”小虎は、金の猫っ毛を、吹いた風になびかせた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アクアマリンの瞳が、城を中心に大きく拡がった城下街を見下した。

王城の白い塔の上。
その娘は忌々しげにコメ粒のような人々を睨み続けた。

何故、私はこんなモノを守らなければならないのか。
そうは思うが、彼女の足は白い棒切れの様なそれで、二度とは動きそうにない。

“皇女の結界”は、物心ついた時には、この塔で結界の歌を歌い続けてきた。
幾年も幾年も、疑問も持たずに歌っていた。

それが、生まれた意味だと、そう信じていたから。

寂しくなかった訳ではなかった。
ただ、満たされたことが無かったら、寂しいかは分からなかったのだけれど。

しかし、それがつい1年前、彼女の世界を変えてしまう出来事が始まった。

それは彼女がこの塔に来て16年目の冬のことだった。

一人の男が、不意に現れてこう言ったのだ。

見下ろしている世界が、どんなものかも知らずに、オマエはそれを守るのか?と。


少女は、それきり外の世界にご執心だ。

『早くあいつ、来ないかな...。』

少女の白い世界には色がつき、時間が進み始める。
しかし、男は気まぐれで、いつ訪れるかも予測がつかない。

長い長い、灰色の時間。

『今度はこの国の外を教えてくれるっていったでしょ。
私の食べたいと言った甘い雲のお菓子もくれるっていったでしょ。

私、待ってるんだから。アンタの事、待ってるのよ。』

少女は、今度は空を睨んで腕を使って身を乗り出した。

灰色の鳥が、はたはた、と風を切って飛んでいる。

「...あいつらの手を取ったら、飛べないかしら。」
「オマエの重い体ではあの小さな翼では飛べぬだろうよ。
大きさを比べればすぐにわかるだろうに、オマエは本当にバカだな。
頭に詰まっているのはわたぼこりかなにかか?ん?」

少女は振り返る。
そこには、黒いローブを着込み、奇妙な形の箱...楽器を手に持った男が立っていた。

少女は馬鹿にされたのに気付き、ムッとした顔で細い腕を組んだ。

「...仕方ないじゃないか、私はそういった教育はされていないんだ。」
「教育のせいにするでないわ、阿呆めが。...と、言いたいところだが、オマエの場合は最もな答えであるな。
...悪かった。ほれ、約束の綿あめだ。これで機嫌を直せ。」

そう言って彼女の傍に寄って頭を撫で、綿あめを差し出す。

雲のような形のそれに、少女は目を輝かせた。

「!し、しょうがないなっ!それで許してやる!あ、この国の外の話をしてくれるんだろ?
...なぁ、早く、早く教えてくれよ!」

綿あめを受け取り、なおも貪欲に求める彼女に、男は...マリウスは、嗄れた声で優しげな声で言った。

「そうがっつくでないわ、馬鹿者。
まずはそれを味わって食べなさい。

今回はゆっくりできるでな、焦らんでいい。」

マリウスはフードをはずすと、“皇女の結界”を慈しむように抱きしめた。
彼の鋭いエメラルドの瞳はゆったりと細められ、落ち着いていた。

“皇女の結界”は、彼の温もりに体重を預けて安心したように微笑むと、言われたとおりにゆっくりと綿あめを頬張った。

すぎる程のキツい甘みと、ふわりと溶ける感触に、彼女は喜んだ。

きっとまた、“皇女の結界”は、綿あめを食べたいと思い、外の世界を求めるのだろう。

それが幸せなことなのかは、二人にも、分からない。

しかし、今、名も無き少女の世界は、色付いているのだ。

歌が魔法になる世界8

イナゴとか、イモムシとか、初めて食べた人マジすごいと思う。

歌が魔法になる世界8

歌で魔法を使う人の居る世界のお話。 特に壮大な話が始まるわけでも、物凄い大恋愛が始まるわけでもありません。 決まった主人公はいません。 止まった時間を過ごすようなとある世界の日常のお話です。 その7番目のお話。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-01

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted