みんなみんなあいにあふれている


 タニムラ氏の養鶏場は「平飼い養鶏」で地鶏を飼育している。ブロイラー飼育に見られるタワー型のケージに閉じ込める工場的なそれとは違い、鶏舎の中で区切った部屋ごとに地面を歩かせる飼育法だ。一平方メートル辺りに7羽程度を放し、約4千羽を食肉用、千羽を卵用として育てている。
 昔はブロイラーを出荷していたが、大規模な養鶏場との価格競争に押され、発起して地鶏飼育を始めた。取引先も一から探すことになり、随分と苦しい年が続いたが、漸く経営も軌道に乗ってきたところだ。実のところタニムラ氏は何故苦しかった頃養鶏を閉めてしまわなかったのか自分でも不思議に思っている。けれども後悔はしていない。それは自分の育てた鶏が、卵が「おいしい」と言ってもらえるのが嬉しいからだ。氏は嘘の様な単純さに納得できなくて、内心で生活が安定したからさと自分を笑う。
 タニムラ氏は先日、TVで動物愛護に関するドキュメンタリーを見た。チャンネルを捻ったら、ちょうど養鶏についての話題だったからそのままにした。ブロイラーの飼育法は否定的に語られ、地鶏の方が味も良いし人道的だ。といったようなことを言っていた。タニムラ氏はだからどうしたと思った。氏は経営に失敗したからブロイラーを止めたけど、そうでなければずっと続けていたろうし、そこに引け目も罪悪感も覚えない。人の都合で命を弄んで等と言っていた連中は、卵用の鶏が育児放棄するように品種改良された種だとか、そういうことを知っているのだろうか。なんてちょっと不機嫌になって眺めていると次の話題に移り、氏は、親犬の元から小さいうちに引き離され、ペットショップの売り場に並ぶ子犬たちの事を知った。憐みは抱いたが、番組が暗に語るようにブリーダーやペットショップを悪くは思わなかった。彼らは「可愛さ」を育てて売り、自分は「美味しさ」と「食の安全」を売っているだけだと思ったからだ。犬と鶏の価値に差が無いとか、人の都合で他の命を好きにしている事に違いはないとか、言葉にして考えた訳ではない。タニムラ氏だって、犬の方がどちらかというと大事だと思っていた。ただ氏は己の生業に疑問を持っていなかったし、無意識に近い誇りもあった。単に彼らもそうだろうと、なんとなく感じているだけなのだ。

 タニムラ氏はミノリさんを知らない。


 
 サスガは朝八時三十分に複合商業施設内の店に入る。
 彼女の最初の仕事は、彼女より早く作業している筈の休憩室で寝こけた人間を蹴り飛ばす、光景を空想することだ。不機嫌に挨拶をして着替え、売り場に出る。
 まずは観賞魚区画で、水面に腹を見せた連中を回収する。バイトを始めて一年半、未だに感傷が無いわけではないが、工程は機械的だ。九時には開店、死骸をお客に見せる訳にはいかないからだ。店を開けてから、小動物や鳥のケージの掃除と餌やりを始める。掃除は毎日行う動物も週に一回の動物もいて、餌やり含めて一ケージに十分から二十分程度かかる。途中でも客が入れば対応せねばならないから、なるべく汚れないよう気を付ける。雑事を間に挟みつつ、お昼まで掃除をする。午前中は二人売り場にいる筈なのに、サスガはずっと一人だ。
 正午を廻ると社員や午後の担当、仕事してましたという顔の午前担当が加わる。昼食はまだ摂らない。午前の担当は、午後の担当と動物の話をして、十四時には退勤する。一体何を話すことがあるのかサスガには不思議だ。そんなもろもろと肉体労働で、まだ一日は半分なのにどっと疲れを感じる時間帯だから、サスガはもうずっとお昼が嫌いだ。
 動物ケージの掃除が終わったら、観賞魚の水槽の掃除に移る。水槽は多くない。一ダース。特殊な扱いが必要な魚も、偶に、しかいないから普段は気を使う難しさも無い。生物はそのままに水槽をスポンジで磨いて、水槽下部の専用パイプが排水し、その分、三分の一程水を足す。排水の時間があるからかかる時間も決まっていてよいと思う。しかし社員が気分で仕入れる生物を変えると、サスガが勉強して水槽を整えなければならない。pHや硬度、水温や成分とか泣きたくなった。手作り感満載の仕様書なるものが付いてきた時はちょっと笑った。
 掃除が一段落したら、小動物や鳥達へお昼の餌やりを始める。餌皿がひっくり返っていたりした場合、掃除もまた行う。動物のやることだ。こら、と叱るだけにする。中にはしゅんとする子もいて、やっぱり可愛い。サスガは動物が好きだ。餌やりの時間はなんだかんだで幸せを感じる。一心不乱に餌を食べる子供たちがはやく良い飼い主に買われていくといいと思う。ペットショップに彼らが居る時間は短い。買い手がいてもいなくても。成長した彼らには誰も興味を示さないから、そうなった彼らは業者に有料で引き取られていく。聞けば一応、引き取り手を捜してから「それ」には至るのだとか。酷いところだと、店裏で衰弱死させるところもあるらしいからずっとましなのかもしれないが。そんなことにならない様に、サスガは彼女に出来る限りで、動物達の世話をする。なるべく可愛く見えるよう、綺麗に見えるように世話をする。
 だからサスガは餌やりについて、社員に異見をしようと思っていた。でも気が弱い彼女は遠まわしにしかいつも言えない。ショップでは餌を切らしてはいけないという決まりがある。それは動物がおなかを空かせるからではない、餌皿が空だと、クレームを入れる客がけっこういるからだ。理由は餌が無くてかわいそうだったり、何かを食べてる姿が見たいからだったりだが、家畜じゃあるまいし、際限なく与えてよいわけが無い。せまいケージ内では運動もままならないのに、大した理由もなく肥え太らせるなんて、商業動物の飼育のようで我慢がなら無い。サスガは決心して張り紙を昨夜作ってきた。食事は何時に何度食べさせている。動物達の健康のために過度の飲食を避けていると、イラストをちりばめて説明したものだ。これをケージに張ってもらうのだ。

 サスガはタニムラ氏を知らない。 

 

 ミノリさんは誰も居ない部屋に、ただいまと声をかけて入った。台所の電灯を点す。壁にかかった時計は0時近かった。ミノリさんは椅子に座るとテーブルへ腕を投げ出し頬をつけてぐったりとする。テーブルの冷たさが、疲れに緊張した体に心地よい。しばらくそうして、朝からの色々、急に入った残業への怒りや疲れをリセットする。したつもりになる。ミノリさんはよし、と声を上げて立ち上がると、寝室の箪笥から寝巻きもろもろを持って風呂場へと向かった。
 さっぱりしたミノリさんは、寝室でノートパソコンの電源を入れる。まずメールに目を通し、いくつかに返信し、いくつかのホームページなんかを覗く。それはほとんど動物に関する記事や飼い主さんの日記だ。ほっこり和んだり、本気で腹を立てたりする。そうしてミノリさんは自分のサイトの記事を更新する。ミノリさんは前日の記事に付いたコメントやトラックバックに目を通した。当たり障り無く対応して、本日の記事を書き出す。ミノリさんはみっつの作業をする。サイトめぐりをした記事から素敵だと思ったモノをひとつ選んで感想をつけて紹介する。問題提起になると思ったものを一つ選んで、感想や対策風に読める願望を綴って紹介する。そして最後にweb冊子つくりだ。週末までに完成させて公開していいる。印刷して折るとちょっとした絵本風になるようにしている。内容は動物愛護に関して解り易く記したものになっており、動物里親探しの広告も載せたりもする。
 ミノリさんは動物が大好きだ。だから動物の為になることをしようとこの活動を始めた。少しずつミノリさんの活動を知る人、共感する人が増えて、ミノリさんの冊子を配ってくれる方もいらっしゃる。ミノリさんは、皆が優しいと思えて、嬉しくなる。
 今回の冊子の内容は、日本のペットショップについてだ。日本は動物愛護の観点で、外国比べて劣っている。日本でのペットは商品にすぎず、売れ残れば処分される。殺してしまうということだ。イギリスやドイツではペットは店先には並ばず、飼うのにもカウンセリングを受ける必要がある。日本でもそこまですべきだとミノリさんは思うが、段階を踏むことも必要なので、まずは日本のペット販売の現状を知ってもらうことから始める。いかにそれが劣悪か知ってもらえれば、きっと動物たちを救えると思う。だって皆、優しい人たちばかりなのだから。
 ミノリさんは店頭ケージの中で悲しそうにしている犬のイラストを描きながら、悲しい気持ちと怒りと、そして楽しさが湧いてくるのを感じる。今日の分を描きあげると達成感に包まれる。その気分をお布団に、ミノリさんは眠りに付くのだった。
 
 ミノリさんはサスガを知らない。

みんなみんなあいにあふれている

読了感謝

みんなみんなあいにあふれている

立ち位置の話

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-30

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

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