イルェシュニアの仮面
初出:「すくりぃべんてぇすの本 第39号」(2013年)
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イルェシュニアの仮面
犬の咬み合う様を見て喜ぶような妹だったが、悪人になりきれる玉ではなかった。かつての春先に見た姿がよい例えになる。迷い込んだ一匹の蛾を外へ逃がすため、彼女は廊下の窓を手ずから押し開けていた。まだ頬紅も塗りたがらぬ齢の頃である。
窓は、廊下に並ぶ明かり取りのためのものの一つであった。開こうと思えば開くつくりではあるが、桟の外は絶壁であるため、日頃は三重の留め金がかけられていた。たとえ用向きがあろうとそれは、卑官や下女に命じて触らせる以外しないものだ。石壁へすり寄れば布地がほつれる。金具のくすみは爪を汚すだろう。何よりも王族の威厳というものがあった。
しかし、それらの厭いをあまねく歯牙にもかけない妹は、あまつさえ手慣れた素振りで留め金を外し、またたく間に吹き込んだ風へその身をさらしていた。
編むことを知らない髪がかろやかに持ちあがる。
そのそばにいた小さな灰色の翅が、風のふちを舐めるようにして、薄青い朝焼けの空へと舞いあがっていった。
妹はその翅の行方を見送って、離れたところで私が見ていることにも、長く気づかぬ様子であった。しばらくのちにようやく振り返って、こちらの顔もふと目にとまったようだったが、すると、まるでおのれの方が人の悪事を見つけたかのような顔をした。それから肩をすくめて――目障りだったのだ、と言った。ぱたぱたと狂ったように羽ばたく、あの矮小なる有様が、目障りだった。知性のない生き物のすることは、どうしてこうも見る者の方こそ辱めを受けているかのような心地にさせるばかりなのか。春の訪れは香りつつも、まだまだ城の中の方が暖かいだろうに――まだ一度も口を開いていない私に、妹は危なげない所作で背を向けながらそのようなことをまくし立て、大仰に鼻を鳴らしてみせるのだった。
「窓の開け方など、よく知っているな」
「はい? 窓くらい、自分で開けましてよ。もとい、概ね窓というものは、人が一人で開けられるようできているものですし。便利ですのよ? 書斎や騎士棟へ忍び込むには」
「中庭から厨房へ忍び込むにも?」
「あらやだ、お姉様。ご自分のお生まれになったお城で迷子になりはしませんかしら? あの境に窓はありませんわ。厨房へ忍び込むなら、厩の窓から屋根へ上って隣の……」
厩のそばにあるのは食料庫だ。そこの天窓が以前、しばらく開けたままにされるという出来事があった。屋根を清めるときだけ召使いの開ける窓だが、当の召使いが月の初めの仕事をしに赴いて発見したのだ。屋根には人の足あともあったという。
私はどうやら、小麦と干しブドウを食い荒らしたカラスたちの先導者を見つけてしまったようだった。そそくさと逃走を試みる彼女の襟首を引っ掴み、それからどうしたかといえば、厨房で働く者たちの前まで引っ立てていった。
あれから幾月がたとうとも、妹はかつてのままだ。笑顔と泣きべそで折檻を免れ、笑顔で温情を煽っていた子どもが、そのまま背丈を伸ばしてしまった。無邪気で他愛のない女だ。
だから私がその報せを聞いたときは、それが何か陰湿なからかいの意図を潜ませる、悪辣な趣味の上に贈られた冗談にしか聞こえなかったである。
私の馬は矢のように駆けた。
予定していた荘園の視察をすべて取りやめ、激しい雨の中を城へ舞い戻って最初に確認したのは、国王の崩御という、誰が偽りようもない事実だった。
寝台のそばに立ち、茫然自失としかけた私の耳元で、さらにもう一つの事実が囁かれる。
国王を害したのは、第二王女、我が妹姫その人、ロゥデリュシカに相違ないと。
私は、目を固く閉ざした父の顔を見ても、まるで見も知らぬ下位の貴族屋敷へ迷い込んでしまったかのような、所在無げな心地がしてならなかった。
だが、地下の牢の薄闇の奥で、へたりこみ力なくうなだれるその女のことは、ぼんやりとした姿を認めたに過ぎないときから、それが我が妹であると確信していた。
象牙の糸を蜜にひたしたかのような、輝く色の長い髪。
ほくろのある白い肩。歳の差のある姉と瓜二つの目鼻立ち。
返り血で汚れた翡翠色のドレスは、母の形見のものだった。仕直ししなくては着られなかったために、胸を寄越せと私が無茶をせがまれたことを思い出す。
その痩身を飾る紫水晶のブローチも母の形見。
瑠璃石の耳飾りは、父が彼女に贈ったものだ。
どちらも肌身離さず身につけていたもの。
私が何かの祝いに贈ったものや譲ったものは逆に、妹は決して身につけようとしなかった。柘榴石と銀の腕輪。青い絹の造花。美しい刺繍の入った金糸の飾り布。翡翠の団扇。鼈甲の手鏡。どれもここにはない。まるでそれらを遠ざけることが、自らを王女の妹であると言わしめるかのように。
……否、それぞれが示唆であるように思いたかったのは、本当は私自身の意向だ。おのれでも正体の掴めぬ衝動に背を打たれ、独りよがりにかき集めようとしていたのだった。妹の残り香を。彼女が妹である証明を。
彼女の変わり果てた有様が、もはや亡骸となった父よりも面影を失い、さながら別の者であると見て取りながら、父の亡骸を前にしたときとはすっかり逆のことを私はなそうとしていた。なぜか。背後の衝動は曖昧模糊としてその実態を掴ませない。彼女が我が妹であると明らかにすることで、妹こそが父をその手にかけたのだという、唐突に証左もなく湧きあがってきた確信を、懸命に握りつぶそうとしたのかもしれない。
この場にいる者が妹であるなら、まことの下手人は逃げおおせたに違いない。
なぜなら妹は我が妹なのだから。
盲目に循環するその摂理は、自らがつくりあげたものに過ぎなかった。にもかかわらず、私はその内側へ落ち延びようとしているらしかった。逃げや隠れをしおおせるほど、理性の楔もまた、かろがろしいものではなかったというのに。
現に私は、顛末が思うようにつくり替わることを夢想した無分別な私は、下手人こそが妹であるというひと続きの因果のそしりに耐え切れなかった。ついに屈したそのとき、私はそれまでの茫漠とした数瞬の思慮とはまるで反対のことを彼女に問うていた。
「貴様は……誰だ……?」
それは今わの際のあがきのように、否まれることを乞うたのだろうか。
妹は何も答えなかった。
開いたままの唇は、朱に濡れてつやを保ってはいたが、灯りに照り返る蝋細工とそれが同じものであると聞かされればきっと信じられただろう。あたかも彼女が、呼吸さえも止めているかのようであったがために。よしや、すでに骸であったならば、かすかに弧を描くその唇のかたちより、愉悦を孕む死に顔としてこの目に焼きついたに相違ない。
なぜ――
また新たな問いに心が囚われる。
なぜ、なぜ、なぜ――
火の消えた暖炉に詰め寄っているかのような心地であった。答えの得られないことなどとうにわかっていたためだ。それでも問いかける心の声は消えず、浮き沈みを繰り返しながら頭の中を支配し続けていた。その打ち寄せるごとに苛立ちが募っていく。我が絶望を悲嘆に塗り替えるまで募り切るのは、本当にまたたく間であった。
「なぜ、お前が……」
利き手はすでに、腰の柄を握っていた。
「なぜお前が父を殺すのだ……ロゥデリュシカッ!!」
抜き放った刃に逡巡があったかどうか。
姉として、彼女のそばに幾年とあった日々のつらなりが、ただ一つの点のように思い出され、反対に、刃を振りおろすこの刹那はまるでとこしえのようだった。あたかも泥濘に突き込んだ櫂のごとく剣は重く、指の骨が肉を食い破らんばかりに握りあげなければ、容易く取り落してしまいそうだった。
力みあげたかいなの導きで、切っ先が空を裂いたのはほんの一瞬のことだったのだろう。
だが振りかぶった刃はついぞ、振りおろされることはなかった。切っ先は弧を描かず、その軌跡は真に悠久の旅路となり去った。剣を持ち掲げた我が手を掴み、制止する者があったためだ。 私はその者の目を見た。まなこに集う血潮の熱が見る者を鋳殺しもするとばかりに睨み据えた。喰いしばった歯列の合間から刺すような息を吐き、短く、離せと命じた。掴まれた手首に痛むほどではない。だが、髪の先まで震いするほどいきめど、この腕はびくともせずにいた。
「阻むな、我が騎士……そこを退け」
重ねての我が命にもかかわらず、騎士は黙々と背き続ける。
我が扈従の、セリヴ。
頑として我が手を離そうとせず、彼奴は険しい面持ちで私を見おろしていた。元来、目元の堅い男だ。
日頃気の利きそうな顔をしておれば、今が様になったであろうものを。
そぐわぬ揶揄を口にせよと、内なる誘いに心が揺らいだ。こともあろうに今このとき彼奴を目に入れて、私は安堵しかけたのだ。
腹立たしかった。何もかも。
「退けと、申しておるのが聞こえぬかッ! 王族が沙汰ぞ。この場は王族のみの沙汰の場ぞ! いかな腹心といえど遮るに能わぬ。弁えるがよい! 下がれッ、退けぇ!!」
吐く息はことごとく喉を裂くほどの怒号へ転じた。
吸う息は燃えあがり、血潮も焦がすかのようだ。
不意に思い至る。
若き美丈夫の峻厳とした面差しを見あげるうちに、想起させられたのだ。この男と妹の間柄のことを。
柄を握る手が途端に萎えた。「よもや……」
うわごとのように声を漏らした私から、この期に及んでようやく騎士が手を離す。それでかいなは自由を得たものの、しかし柄を握るにも、斬るように振りおろすにも、そのような力はもはや失せ、ただ落とすように剣をおろした。鉄の剣は今や、まるで小さな銀器のごとく軽く感じられる。反対に、我が手足こそこの身からもがれそうなほどに重たく、鉛のようであり、私は思わずよろめかずにはいられなかった。
「お前が……たぶらかしたのではあるまいな?」
たたらを踏み、臓腑も奪われるような吐き気を覚えながらも、見開き続けた我がまなこはしかし、片時もおのが忠臣を見失わずにいた。そして問うていた。
彼は眉一つ動かさない。
問うて間もないうちに、空いた手をおのが顔にかぶせ、私はうめいた。「いや……違う」震える声で、そう自らの猜疑へ異議立てをした。「違う。そんなはずはない……すでに決着のついたことだ……幾歳も古い出来事だ……有り得ぬ。有り得ないことだ。妹が父上を? 忘れられぬがゆえに?」声に出し、まくしたてることでおのが慰みとしていた。「……迷妄だ。迷妄に相違ない。そうだ。そうであろう? ならばなぜだ? なぜ黙っている。なぜ、何も言わんのだ、セリヴッ!」
感極まり、こめかみに食い込むおのれの手を間者のもののように振りほどいたとき、セリヴはすでにかたわらにはいなかった。風のごとく静かに私と妹の合間に立ち入り、片膝立てに跪いて、私にこうべを垂れていた。
息を飲む私の前で、「おそれながら」と口をきく。確かに聞いた。石棺の蓋を引く、重々しくもかすれて高く響く音と、よく似た声。情味を知らず、人の耳に馴れず、もの乞いにすら適さぬ、憐れみがたい我が騎士の声音。
「第二王女、ロゥデリュシカ様におかれましては、隣国皇太子殿下との婚約がございます。ゆえにどうか、お手打ちを」
「……手打ち?」
セリヴがいっそう深くこうべを垂れる。襟際のうなじが眼前にさらされていた。
それを見て瞠目する以外、私に何ができたというのだろうか。すでにおのが足で立っている心地はしなかった。睫毛に火がついたかのように目頭が熱い。提げた剣の石突に小指の腹が今一度食い込んでゆく。樫の杭を肩から突き刺されたかのように、肘は頑として曲がりはしなかったものの。
「手打ちとは……何だ?」
知れた問い。誰にかけたとて、返すまでもない問い。
ながらに、問うていた。
それに何の意味があるのか、延々と判じあぐねた。
あるいは、判じることを避けていたのか。
差し出されたかぶりは揺るがない。灰石の擦れるようなあの声も、先の一度耳にしたきり。
夢か、幻か。すべて悪い気の迷いが見せているものではないか。そう嘶うように叫んだ挙句に、この疑いがたい正気も真心も燭台の火の中へ捨ててしまいたかった。妹と同じく乱心すれば、虚空を眺め、音を聞くことを忘れて暮らしてゆけるのだろう。いかにも押し流すような蠱惑であったというに、我が不届きなる忠臣はこの残酷な此岸に私を縫いとめ、いずこへも逝かせぬ。
彼の申し立てとその有様に、私は一心に抗おうとした。黒々とした煮こごりのような感情を喰らい、目に見えぬもう一人の自分と泥濘の中で争うようにもつれ合っていた。私をそのように衝き動かした大元は、嘆きではなかった。新たに沸々と怒りをかき立てる、茫漠とした別の何かだった。
「なぜ、私がそのように処断せねばならぬ……!」
私は騎士から妹姫へと見る先を転じた。気力を振り絞ってのことだ。
敷物もあらぬまま、冷たい石の床へ踵を、尻をつけ、死んだようにじっと動かず、乱れ髪をぞんざいに垂らすその様は、まるで糸のように細い花弁を広げる奇怪な花のようでもあった。幽玄に咲く金の花だ。我が朽ち葉色の髪とて、萎れてなおあのように輝くだろうか。狂うて着飾れば、あのように妖しくも華々しいのだろうか。あの妹のように。
「私が、狂うておらぬとでも思っているのか?」
私が狂わぬとでも?
再び我が騎士を見おろす。
怒りの大元は、もはや茫漠としてはいなかった。
剣の先を彼の脳天に向け、もう一度退けと命じる。
「退け。我が愚妹は誅されねばならぬ。誅されねば済まぬ! 隣国の花嫁である前に我が妹ぞ。まして、貴様は我が矛ぞ! 王族の汚名を雪ぐに我が手を阻むのであれば、貴様が代わって逆賊を誅戮せずにはおらさぬぞ、我が騎士!」
セリヴがようやく面をあげたのが、そのときだ。
卑しくも私は、その一瞬頬がゆるむのを禁じ得なかった。もはやこの安堵は、腹心に気取られようと頓着すべきに思えるほど小さき恍惚で収まらなかった。
しかし、そのように後悔がなかったのは、セリヴの目を見るまでのこと。
このとき何よりも忌まわしく思えたのは、浅ましくも彼の後ろ暗さにつけ込み、揚々に籠絡せんとしたおのれの卑怯さか、それとも、言葉を交わさずとも互いの意志を汲めるまでに、我らの《主従》を育んだ時の流れか。
いかにせよ、我が目を自ら節穴と断じ、彼の心を遠く思うには、私は彼と長い時を共にしすぎていた。
妹の心は、こんなにも遠かったというのに。
「このッ……!」
もどかしさが声になり、吐き出さずにおけなかったそれは、ただの上擦った嗚咽か、短い慟哭のようであった。
「この……痴れ者がッ!」
♞
おのれの怒声を聞いて、跳ね起きた。
木立の絵画広がる見慣れた天蓋が目の前にあることに気がつき、夜具の中に横たえていた身を起きあがらせた。肌がじめじめとして火照り、荒い息ばかり吐き続けたのか、喉がひりつくほど嗄れている。目もとをぬぐうと、白い寝巻の袖がしとどに濡れた。同じく濡れそぼった胸元を押さえ、深く息を吸って吐き出す。私は寝所にいた。
窓からほぼ横ばいに光が差し込み、寝台の端に届いていた。少し早い時刻だが、朝まで眠るには眠ったようだ。代わりに酷い夢を見た。下女はもう起きているだろうか。そんなことを思いながら、無意識に口を手で覆った。
腹の底から胸を突くように何かが猛然と込みあげてくる。
押し寄せるものなど何一つなかろうに。胃の中は空のはず。
喉までせりあがってきた甘酸っぱいその臭気を、わたしは噎せ返る手前でかろうじて呑み込んだ。
夢を見ていたのだ。目が覚めるまでのあれは、夢だった。
だが、夢に見たに過ぎなかった。その上あまりに克明であった。
地下牢に閉じ込めたはずの、忌まわしい記憶。いや、まだ記憶ではない。今も続いているのだ。閉じ込めたところで、途絶えはしない。わかっている。忘れもせぬ。願っても忘れることは叶わぬというに、まるで思い出せと言わんばかりに同じ夢を見せられ続けている。
口から手を離した途端、こらえきれずに噎せ、また肩で息をさせられる。居心地が悪い。嬲り者にされた後というのは、このような気分にさせられるのだろうか。
「……痴れ者が」
そっと呟く。
叫び声が耳に残っていた。先ほどの、起き抜けの声ではない。だが叫んだのは私に相違なかった。私は毎晩地下牢にいて、目の前に現れる二つの幻影に向かって叫び続けていたのだ。
もう少し咳き込む。咳きをするたびに思う。
このように追憶をくり返して、私は私に何をさせたいのだろうか。
夜着の襟を引き毟るように掴みながら、夜具を蹴るように剥いで寝台を降りた。水差しを手に取る前に伝声管の蓋を開け、下女を呼ぶ。返事があるより先に、部屋の戸を叩く者があった。構わず開けるよう返事を返すと、近衛の一人が焦った様子で顔を覗かせた。
「隣国から早馬が……」
それだけ聞けば、充分に察しがつくことだった。
すぐに迎え入れるようその騎士に申し付け、下女を呼び直して湯と着替えを用意させた。
♞
「密書か……」
「さしあたり正式な公書にございます、イルェシュニア殿下」
早朝に訪ねてきた密使は、私が呟いたのを聞きとがめてすかさず訂正を加えた。その者から差し出された書簡と小包には、それぞれ隣国の公印で封蝋がされている。書簡の方を手に取ってみると、確かに印象は隣国王室のものだった。前もった報せもなしに直接遣いを寄越したということは、書簡の中身は国書ながら、公にはしてはならないと、暗黙のうちに指示されているということになる。渉外の基礎として思い知れること。だがその謂れは何か。
隣国の意図を推しはかりながら、私は国書の内容や小包よりも、先頃密使が我が名を何と称したかばかり気にかけていた。
我が父である王の崩御からすでにひと月。即位の式典を先延ばしにしてはいるが、内実はすでに第一王女たる私が王権を手にしていると言ってよかった。諸侯や家臣は皆、私のことを《陛下》と呼ぶ。他国から王位不在を弱みと見られぬためにも、そのような立ち回りは鉄則である。閣僚らにそれを進言され、私も妥当と判断した上でなるがままに任せていた。
にもかかわらず、修好にあるはずの隣国はいまだに私を《殿下》と称するらしい。かの国には王の崩御を直々にこの口で報せに参じもした。だのに、なぜ他国と同様に敬意の薄い計らいへ甘んじているのか。必ず隣国王室の見届ける場で戴冠の儀は行われるとの約定も交わしたが、それが果たされるまではいかに修好国といえど、下手に出るわけにいかぬということなのか。筋は通っているが、同時に益体のなさを思わずにはいられなかった。
「国書の送達、大儀であった。返事を用意するまでの一時、休まれるがよい」
「イルェシュニア殿下。おそれながら、返事は不要と仰せつかっております」
「何?」
私の驚きが声で露わになると、跪いていた密使の男はおもむろに面をあげた。無礼をとがめて近衛や閣僚らがざわついたが、私は彼らを制して密使に言葉を継がせた。
「代わりに、イルェシュニア王女殿下御自らの手で書簡を解かれ、お目をお通しになるのを見届けて参れとの命にございます。仮にお目通りが叶わなければ、書簡を渡すなとも」
「愚弄であるぞ!」
閣僚の群れから怒声があがる。
亡き父の片腕であった、古参のカルトフだった。
騎兵長あがりの老爺ながら、いまだ筋骨引き締まった堅強そうななりをしており、家臣とただ居並んでいる間もよく目立つ。崩御の折は失意にも負けず、私の隣国への訪問に同伴した。書簡の中身は、あのとき彼と私が隣国皇太子らに申し開いた妹の乱心と、婚約の処遇についてのものであると明白であった。
「まるで我らが書簡を焼き捨てにするがごとき疑りではないか。侮りも過ぎれば不届き千万なるぞ!」
「カルトフ」
いきり立つ彼を私は呼び諌めた。しかし、と二の句を継ぎたがる忠臣の前で、ひとこと「よい」と言って二重に制す。
「王室の威信が害されておるのですぞ、陛下!」
「今それを申しても仕方あるまい。この者をなじったところで、器が知れるばかりぞ」
「っ……!」
口を噤んだカルトフに心ばかり労いの視線を送り、一つ頷いてから密使に向き直った。カルトフの言うとおり、隣国はあらぬ不信の目を我が王室に向けているようだ。それは謂われないがゆえに侮辱とも取れたが、しかし憤るよりも、なぜ、と問い惑う方が先であった。妹が乱心したのであれば、その姉も同じ道を辿り得るとでも疑われているのだろうか。あるいは、婚約の破断を望む方便を掴まされたと見られてはいないだろうか。誠意も正気も、手ずから披露してみせたというに、なぜ――
夢の中でも現でも、私は「なぜ」と問うてばかりだと、不意に思い至った。なぜか。何ゆえか。答えも待たずに問いを重ねる。まるで鳥の名も憶え切らぬ幼児のようではないか。いかにも滑稽でありはしたものの、不思議とおもはゆいとは思わなかった。
「密書ではないのだったな、特使殿?」
「左様でございます、イルェシュニア殿下」
「ならばこの場にて開くとしよう。皆々、とくと見聞きし届けられよ」
異論を申し立てる者はなかった。
私はおもむろに書簡の封を開け、王座の前で中身を広げた。
そこに並んでいた筆跡は、生涯忘れられないであろう。
読みあげる前にひと通り文字の羅列を眺めて、私は血潮が凍りついたように動けなくなった。まさに凍えたように息が詰まり、全身を震えが押し包んだ。
我が目は書面の上を幾重に往来しただろうか。かといって、ただの一点を見つめていたようにも思う。焦点の合わぬ虚空を眺めていたようにも思われる。文字を文字と、言葉を言葉と捉え得ていたかどうかも定かでないというのに、文書の示す意味だけはあくまで瞭然として、脳裏へ焼きついていくようだった。
密使がもう一度私を殿下と呼んだかもしれない。
あるいは、我が唯一の希望を見出さんとしたがゆえに聞いた幻聴だったか。
いずれにせよ、私は縋るような目で、そこに跪く異国の官吏を見たのだろう。
だがそれは果たして、我が息の根の止まるのを、疾くせよと、促したこととさほど変わりはなかった。
特徴に乏しい、表情のないその男が淡々と口を開き、今度こそ間違いなく「イルェシュニア殿下」と私を呼んだ。
隣国からの使いが、私のことを間違うことなくイルェシュニアと呼んだのだ。
「おそれながら、イルェシュニア殿下、我が国の国書に誤りは、万が一にもございませぬ」
無礼をお許しくだされと、一つ張られた胴間声と共に、書簡が我が手から奪い去られた。カルトフの仕業であった。
彼もまた、声に出して読みあげかけたところで私と同じように言葉を失い、しかし私とは違って彼の血はそれからまたたく間に煮え立ったようだ。国書と念を押された書簡を、今にも握りつぶさんばかりに掲げ持つその手の甲には、血の管が筋となってありありと浮かんでいた。胆力凄まじい老練のカルトフですら、この忌まわしき文面を見れば目を疑い、口の端に泡を溜めて身震いする以外になかったのである。
《先頃、御国王室の御不幸に遭われたことを御悔み申し上げ候。誠痛み入り奉り候。又、弔問に伺うべくも果たさざること陳謝仕り候。改めて、第一王女ロゥデリュシカ殿下御即位の式典同席の折、慰問の旨果たしたく候。又、同殿下におかれましては、陛下と御同様の病にて疵痕を御顔に受けられしと聞き及び、御恢復の祝いと慰藉の印として、吾が國より【翡翠の仮面】を贈り奉り候。ロゥデリュシカ殿下御戴冠ののち、速やかにイルェシュニア第二王女殿下と我が国皇太子殿下との御婚礼の儀を執り行い給えるよう、願い奉り候……》
花の名の一つも知らぬ幼児であればよかった。私も、妹も。
すでに書簡はカルトフの手からも離れ、閣僚らが悲鳴まじりの声で騒ぎ始めている。
イルェシュニア。それは我が名だ。そして、ロゥデリュシカは妹の名だ。
書簡において、それらは入れ替わっていた。
姉であるはずの私が第二王女、妹が第一王女とされていた。
隣国の手違いではないと言い切れる証左は見受けられなかった。しかし、これが故意でないと信じる者の方が蒙昧であると、わからぬ身の上ではなかった。
使いの者に諭されるまでもない。国書に誤りなど、万に一つもありはしない。
此度の騒乱を知らされた隣国の回答は、つまるところこうである。
乱心した妹の身代わりに、私を差し出せ。
そして私の身代わりに、妹を即位させよ。
また、妹には顔を隠させよ。自国の民には姉のイルェシュニアが即位したように見せかけ、妹のロゥデリュシカは早々に隣国へ嫁いだことにせよ。国書を公開してはならぬというのもこのためである。
さらに王殺しについては、根も葉もなかったこととせよ。隣国が知るところにおいて、妹は乱心しておらず、崩御は病のためである――これは奇しくも、隣国訪問の折に何と申し開くべきかについて、かのカルトフが最初に提案したものと同一であった。ただし彼の案では、妹も同じ病に倒れ、この世を去ったことになっていたが。
今にして思えば、隣国への義理立てなどとして、何もかも包み隠さず打ち明けた私の計らいは、腹心の憂虞をただ無下にしたばかりの、この上なく浅はかな態度であったのだろう。
「この下郎がァ!」
その酷く古めかしい卑語を耳にして、私は我に返ることができた。怒声の主はうろたえる騎士たちの腰から剣を一つ奪うや否や、この渦中に及んでいまだ蚊帳の外にたたずむ招かれざる客人へと猛進していった。私は思いがけず、頬を打つ手を払うかのごとく声を張りあげていた。
「ならん!!」
カルトフの進撃は雷で撃たれたように静止した。いかに激昂していようと、王族の声は耳に届く。あの者は騎士の鑑だ。しかし騎士の魂を持つがゆえに、柄を握る拳の震えはどうにも抑えがきかなかったのだろう。
「イルェシュニア様、なにとぞ御慈悲を! この老害、もはや沽券を自ら貶めてでもかの蛮国に一矢報いたき所存にござる! いかに我らが弱国とてッ、もはやこの使者の首切り落とし、猪に曳かせて送り返さずにおれましょうか!」
「左様なことをなせば、戦のほかに道はなくなるぞ」
「これほどまでの嘲弄に曝されてなおッ、すでに布告を受けていると思し召されぬかッ!」
「さりとてならぬ。戦だけは……」
ロゥデリュシカと隣国皇太子との婚約は、他の国との諍いに壁のない我が国を憂えた父王の悲願であった。隣国も音に聞くほどの大国ではないが、手を取り合えば周辺国への牽制を充分に果たし、我が国も国力を蓄えられる。妹の狂乱と謀反により、婚約は破談にせざるを得ないとなったが、そのためにすら冷静に慎重に隣国の理解を求めんと尽力してきたのは、ひとえに我が父の遺志があったからこそだ。また我が国のかよわい民草を思えば、彼らを召しあげての戦などもってのほか。それこそ父王の志を足蹴にするような沙汰に相違なかった。
「幕僚長。師団を編成し、使者殿を祖国まで送り届けよ」
「姫!?」
「弁えよ。これは欽命だ。欽命なるぞ」
私は正しい選択をした。
心神喪失の妹が王位に即したのちは、我が国の実質の主権は隣国が握るだろう。我が国は属国も同然となる。
それでよい。もはやそれ以上を望まない。虐げられるやもしれぬが、家臣や民草の命まで取られはしないのだから。
曲がりなりにも父の遺志を果たせることを、私は誇りに思いこそすれ、皮肉なことと卑下はするまい。そも、この小娘の肩に女王の位ははなはだ重すぎた。荷を降ろせるこの機を前にして、心は軽やかに弾むようでないと申せば嘘になる。この細腕にしてここまでよく耐えたのは、賢王の振るう辣腕に等しき所業ではなかったか。
私が添い遂げるのは、あくまで亡き父王の無念なのだ。
ゆめ、他の何ものにも絆されてはならぬ。他の何ものにも、絆されたくなかった。私自身の心にすら……。
ふと、卓の上に置かれたままの小箱が目に留まる。
国書と共に差し出された小さな包みだ。中身はおおかた、書面に記されていた【翡翠の仮面】とやらであろう。
妹はそれで顔を隠し、我が名と父の冠をその身に載せるのだ。玉座に深く身を預け、言葉を発さず微笑み続けるだろう。その目がどこも見ていないことを、拝謁する者にことごとく気取らせぬまま――
その軽い小箱をそっと手に取ると、私は玉座の壇上からひといきに駆け降りた。呆然と立ち尽くす閣僚らの手から国書を攫い、カルトフの呼び止める声も聞かず謁見の間を飛び出す。
向かった先は、地下の牢だ。
牢番に鍵を開けさせ、下がる用に申し付けるや否や、私はその牢の扉を蹴り開け、中の者に書簡と小箱とをいっしょくたに叩きつけた。
紙は流れるように、座り込んだその者の膝元に広がり落ち、小箱は床にぶつかって封が開く。包み紙が破れ、白木の蓋が開いて中身がこぼれた。
「これがお前の望んだ結果だ」
かつて我が騎士と呼んだその男に向かって、私はそしりの言葉を吐きかけた。悪しざまに罵り、言葉尽きるまで詰り続けてやりたい衝動に駆られる。しかし今の私の胸に、後ろ暗い享楽へ勤しむゆとりはなかった。あるのはひたすらに燃え盛る瞋恚のみ。
「喜ばしい限りであろうな。今や私ですら妹に手出しできん。我が名を騙ってこの国の王位に即くのだ、お前のロゥデリュシカが、そう何もかも勝ち取った。お前の勝ちだ、セリヴ」
俯いたまま身じろぎひとつしない男の姿は、書面に目を落とし、食い入るようにして読みふけっているようにも見えた。顔を近づけ、囁きかけたが、やはり動じない。
「聞いているのか、セリヴ?」
私は石の床から小箱の中身を拾いあげた。白色の地に鮮やかな緑が煙のような文様を描いている、見事な石の仮面だ。表面はどこも滑らかに磨きあげられ、ふちは金粉と青い宝石で彩られている。
私はそれを顔につけた。セリヴに向けて、「私が誰かわかるか?」と問う。服の裾を捲りあげ、彼と同じように跪いてその顔を覗き込むと、ようやく彼は顔をあげた。
目が合って、私は息を飲まされる。
セリヴだった。私のよく知っているセリヴの目だった。我が騎士と呼んでそばに置き続けた彼がまだそこにいた。かつての峻厳として誇り高い騎士の面差しがまだそこにあった。
ここに。このような場所に。
それがいかに誇らしく、また堪え難いことであったか。
牢の奥の暗がりに、上等の衣服を着てうなだれる女の姿がある。彼女をひと目、目に映した瞬間、私はセリヴの胸ぐらを掴んで立ちあがった。
「私がわかるか、セリヴ?」
翡翠の仮面をつけたまま、力ずくで彼に詰め寄る。
「我が名を憶えておるか、セリヴ!」
額も擦りつけんばかりに彼の鼻先を引き寄せ、動かぬ瞳を覗き込んでいた。黒く深く澄んだ淵のような、まことに美しい瞳だ。この細腕でできることなら、今すぐ絞め殺し、奪い去ってしまいたいほどに。
そうだ。
私は、欲しかった。
本当は、王位など知るものか。国など、民草など知るものか。
私が本当に欲しかったいのは――
「私がそうおめおめと、妹の身代わりに嫁ぐと思うか?」
セリヴの服を掴む手を離す。彼は変わらぬ目で私を見ていた。それゆえにか、すなわち何ゆえか、漏れ出た失笑の含むところは、おのれにも判じかねた。
「……いいや、嫁ぐのだ。ああ、嫁ぐとも! それで我が国が救われる。この高貴なる胸の内のいずこに、我が国の、民草の安寧を願わぬ心があろうか! 私はこの国の女王だ!」
高らかに、この覚悟を謳いあげた。
たった一人の腹心を見据え、そして問うのだ。
「今一度問う。騎士よ、我が名は誰ぞ?」
彼は、我が眼の裏の彼と同じに颯爽と、片膝立てに跪き、低くかすれた声で答えた。
「イルェシュニア……陛下にございます」
元より石のようだった重々しい声が、一段と耳触りの悪さを増したようだ。背筋をなぞられたような身震いを覚える。まるで幾歳も間を弄したかのようなその懐かしさに、頬が上気する。
「そうだ、我が騎士よ」
私は満ち足りた心地で仮面を外した。
「この仮面を覚えていろ。この仮面をつける者がイルェシュニア……貴様の護るべき者だ。命に代えても、護り通さねば、そっ首刎ねて報いらす。よいな?」
騎士は頭をあげず、そこに跪き続ける。
私は翡翠の仮面を手にしたまま、彼のそばを通り過ぎ、暗がりにうずくまる女の前に立った。
金糸のようであった髪は乾き切り、輝きは薄れ、もはや花のようではない。生きているのが不思議なようだ。
いや、もはや屍なのやも知れぬ。だとしたら、縫いとめられた魂はよほど窮屈で不自由であろう。死に至る方がよほど安楽であると見受けられる。
しかし、彼女は生きねばならぬ。
生きて、微笑んで、私の代わりに添い遂げよ。
私が欲しかった、あらゆるものと。
そう心で命じ、彼女が私である証をそのかんばせに載せようとした。
その手がどうして、払いのけられることなど予感したであろうか。
両手で捧げ持つようにしていた翡翠の仮面が、眼下の闇から突きあげたものによって弾き飛ばされた。そこまでは目に見えたことだ。
突きあげてきたものは、人のかいなであったようにも思う。だがその姿を少しだけ捉えた瞬間に、左の目を強烈な痛みに襲われた。それ以上は、何もかもわからぬと同じになった。
悲鳴をあげてのけぞる。およそ自分のものとは思えない悲鳴だった。
悶えて床に転がるより先に、背後から襟首を掴まれた。あっと叫ぶ間もなく引き倒される。その私の体を跨ぎ越える者があったようにも思う。自身が上を向いているのか、下を向いているのかもわからず、立ちあがろうにも左目の激痛に苛まれる。かろうじて石の床の冷たさを頼りに手をつき、体を起こして見あげると、そこに我が騎士の見慣れた後ろ姿があった。
牢の中は静寂に満ちていた。
明かりのない壁際に、セリヴは正面からもたれかかっているようだった。
左目を押さえたまま、何が起こったのかと尋ねかける。
だがその問いを私は忘れ去った。目の奥まで貫いていた、焼けるような痛みすらも共に。
「そんな……」
私のこぼした声と、小さな咳が静寂を乱す。
セリヴの、ではない。
けれども私は、右目のみを凝らして彼を見ていた。石壁と彼の間に挟まれるようにして、彼の手に抱かれる人影があったから。
彼の脇の間から力なく垂れさがって見えたのは、薄汚れ、痩せ細ったその者の腕だ。
彼の股の間から覗く小さな足も、だらりと下を向いていてながら、その爪先は床を離れ、宙に揺れていた。
乱れた長い髪をかき分けて覗く鼻先はつんと上を向き、ぽかりと開いた唇が蝋細工のように固まっている。
その細い首筋に、セリヴのたくましい両手の指がよりいっそう食い込むのを見て、私は喘いだ。
「ロゥデ――」
這っていこうとした私の手が何かに触れる。
石の床をこすり澄んだ音を立てたそれは、蓮華の花を模した水晶のブローチ。母の形見の品。
その留め具の針が外れて外を向いていた。
揺らめく燭台の火を受けてそれは妖しく光る。それは針が血で汚れているからだと気づいたとき、私は再び額を押さえてくずおれた。張り裂けそうな胸の内を喉から吐き出した途端、「どうしてっ!」左目の激痛が再び蘇り、頭蓋の裏にまで突き刺さった。
「ロゥデリュシカッ……どうして!」
目を瞑り、両手でふさいだにもかかわらず、視界は白く何度も閃いて、やがて音が聞こえなくなる。
♞
「ロゥデリュシカ、窓の開け方を教えてくれ」
「はい? お姉様に?」
案の定、妹は先に理由を知りたがった。「またどういう風の吹き回しです?」出し抜けに問えば気まぐれのように見せられるかと踏んでいたが、やはり慣れぬ手口での駆け引きは、自信のなさから気恥ずかしさまで表に出るようだ。一度口ごもってしまえば、後ろ暗さは隠し立てのしようがなかった。
「私とて、一人で中庭に出入りしたいときくらいある」
外庭の林に下女たちを連れて出向き、妹とテーブルを挟んで木椅子に腰かけながら、どうにかそれだけ弁明してみせた。しかし、紅茶に口をつけかけていた妹が、はしたなく唇をとがらせて「ふぅーん」と意味深なあいづちを打つ様子を目の当たりにすれば、胸の内を隠し通せている自信はますます逃げていってしまう。
「せわしないんですのね、お姉様は。セリヴに開けさせればよいではありませんか。爪を汚すとまた女中頭がうるさいですわよ?」
「意地悪を申すな」
見えるところに騎士の姿はない。木陰の方に下女たちが控えているだけだ。女同士の会話に無骨者どもは不要と、妹の一存で、近衛も扈従もまとめて内門のそばに捨て置かれていた。後でカルトフあたりに知れると厄介だが、私にとってもセリヴのいない場で妹と話し込む機会を得られたのは好都合であった。正式にセリヴを我が騎士に迎えてからというもの、彼は四六時中私のかたわらを離れなかったから。
「口先や立ち振る舞いは殿方に似せても、心はまるでおぼことやらですのね」
「今何か下品なことを申さなんだか?」
「いえ、そんな。ただ姉様は兄様としてお生まれになっていた方が楽だったかも、と少し考えたまでですわ」
妹は何食わぬ顔をし、音を立てて紅茶を啜る。
何から咎め立てればよいやら、考える気概も失せて、私は遠くの梢の合間を仰ぎ見た。茶けた薄紅色の橿鳥が一羽、細い枝の上にとまって盛んに首を巡らせていた。くちばしの先に小さな蝗虫をくわえている。翼に差した瑠璃色の帯は雄にも雌にもあるものだが、獲物をくわえたまま飛び回るのは独り身の雌を探す雄の仕草だ。雌にあの獲物を引き取ってもらわなければ、橿鳥の雄はつがいになれぬ。その労苦を思いやると、何とはなしに両目が細められるようだった。
「……確かに、男児に生まれておれば、次期王位の重圧も少しは平気に思えたかもしれん。煩わしいことも、少なくとも今より多いことはなかろうな」
妹の嘯きにそんなことを思わされ、おのずから言葉にしていた。別の梢で雲雀が盛んに騒いでいる。縄張りを告げるその声も、しかし橿鳥にはどこ吹く風のようだった。
「だが、女の身の煩さを憂うことはあっても、男に生まれたかったとは思わんな。男に限らず、どうとも生まれ直したいとは思わぬ。私が私以外の者として生を受けるというのは、この私が経てきたのとは別な道を経て、別な私が育つということであろう。挙句に何がどのようになるやら想像もつかぬゆえ、不安ばかりが募る。たとえ何かをやり直せる機を得たとしても、生まれ直すのだけは御免こうむりたいものだ」
ついに橿鳥が飛び立ち、枝葉の合間を抜けていった。好ましい雌を見つけられたのだろうか。それとも場所を替え、仕切り直すのか。いずれにせよ、独り身の橿鳥が少ない時節でもある。だが思い起こせば、あの雄がくわえていた蝗虫の大きさはなかなか見事ではなかったろうか。
「本当に生まれ直せるはずなどありませんのに。想像の中でくらい、自分に愉快なようにすればよいではありませんか」
妹が呆れたように笑ってそう言った。私も息をついて、「それもそうだな」と微笑み返す。妹も愉快げな顔をして、茶器を皿の上に重ねて置いた。
「滑稽なお姉様……でも、そうですわね、私は、何もかも想像がつかないからこそ、より多くの生涯を味わいたいとも思いますわ。不安が募るのは同じです。でも、その不安と相対することこそが、愉しい、というものではありませんか」
そのように語る妹の面差しは、庭先の蜜柑の木に竹節虫を見つけてはしゃいでいた幼児のみぎりに戻ったようだ。敏捷さで家臣らに手を焼かせることにおいては、妹は今も昔も変わりない。おおかた、何に生まれ直せと命ぜられても、妹は快く承知するのだろう。
「男に生まれておらぬのが不可解この上ないのはお前の方だ、ルーデ」
「あら。女の身も存分に享受しておりますわ」
「達者なことだ。どうせなら、人の妹に生まれたことも享受してはもらえぬか? 一人で窓を開ける用のある姉に、錠破りの妙技を教授するなど」
「何事もひと通りではありませんもの。ああ、はいはい、教えてさしあげますったら。だから、そんなじれったそうなお顔をなさらないで。子どもみたいですわよ?」
貴様にだけは言われたくないという返事を自分の喉で飲みくだした。しかしそれもまた片意地を張る子どものようだと言えなくもなかった。綽々と茶を飲む妹の仕草にも、また自分を照らし合わせておもはゆさを覚えてしまう。我慢ならず、努めて動じない素振りで紅茶に口をつけた。
途端、顔をしかめた。
茶は冷め切って、飲めたものではなかった。
妹がほくそ笑んでいる。見ずともわかる。
私は努めて何も言わずに器を皿に戻したが、辟易した様子は隠し通せていなかったろう。思わず手巾で口元を押さえたが、羞恥を紛らわすには心もとなく、咄嗟に「さておき」と切り出した。
「さしずめ、今だとしたら、お前は何に生まれ直すのだ?」
「……ふうむ」
わざとらしくも妹は神妙な面持ちで悩む素振りを見せる。
「少なくとも……誰かの姉、にだけは生まれたくありませんわね。性悪の妹に手を焼かされるのはまっぴらでしょうし」
「言うにこと欠いて、貴様、しゃあしゃあと……」
「それに、仮面をつけて一生をゆかねばならないだなんて、この身には悲愴すぎて、耐えられそうにありませんもの」
イルェシュニアの器が皿の上でひとりでに割れる。溢れ出た茶が、白い被覆布に濃厚な朽ち葉色の染みをつくっていく。
妹はおもむろに立ちあがった。
戸惑いながらその姿を目で追ったとき、おのれの目の周りに何かが貼りついているのに気がついた。手で触れると固く、表面は滑らかだ。咄嗟に自分の茶器を覗き込む。稲穂色の水面におのれの顔が映り込む。
仮面だった。額から鼻筋まで覆う薄い石の仮面を私はつけていた。
顔をあげ、もう一度妹を見やる。と同時に、彼女が身を翻す。
胸がつぶれるような心地がした。
象牙に蜜を練り込んだような色をしていた妹の髪は、乾草のように色褪せ、顔も肩も覆うように垂れさがっていた。腕も痩せ細り、肌はねずみ色にくすんでいる。合間から覗く目は私を見ているはずなのに、どこか遠くを、どこでもない彼方を見ているようだった。
その目からつと、赤いしずくがこぼれて頬に線を引く。
紫紺に腫れた唇が動いて、黒く汚れた八重歯が見えた。
「さよなら、女王陛下。その仮面は、貴方がつけていてね」
彼女の髪の隙間から何か黄色い小さなものが飛び立つ。低い羽音を響かせながら、それは一直線に私のもとまでやってきて、仮面の上に張りついた。黄と黒の縞模様を持つふくらんだ腹と長い針が瞳に映り込んだ瞬間、私は左目から頭蓋まで貫かれるような激痛を覚えて泣き叫んだ。
♞
悲鳴をあげて飛び起きたように思う。
目の前に見慣れた寝所の天蓋が広がっていた。
夜具の中に仰向けでいた。天蓋は仄暗いが、宵闇ではなかった。窓からは陽光が差している。肌がじっとりと濡れ火照っていたが、夜気を感じるように涼しくはなかった。あるのは真昼の夜具の息苦しさだけ。
寝台から這い出ることを思いつくより先に、遠くの喧騒に気がついた。窓のすぐ外が奇妙に騒がしい。まるで悪夢の余韻のように、左目にはじくじくとした小さな痛みがあった。外の喧騒も気にかかったが、何よりもまず左のまぶたに手で触れてみる。
そっと――指先は皮膚より先に、手触りの悪い薄布に触れた。
額から左のこめかみにかけて、線を引くように撫でてみる。
夜具の端がかかっていたのではなかった。同じくざらざらとした薄布が、左目を覆うようにしながらぐるりと頭に巻かれていた。
私は震える手でもう一度、左目に触れんとした。
薄布の上から押さえると、痺れるような疼きがかすかにまぶたの奥ににじみ出てくる。錯覚ではない。
夜具を跳ね飛ばして起きあがり、急いで寝所の鏡に縋りついた。
左目に巻かれていたのは真白き薄布は、まごうことなく医師の使う包帯だった。私は鏡をさらに覗き込み、その布の縁に指をかける。しかし布をめくりあげる寸前で、左のまぶたがそもそも動かぬことを知って、震える手を膝に降ろした。
うなだれるように下を向いたそのとき、鏡のそばの小卓にあるものが右目に映る。思わずそれを手にし、裏と表を見比べていた。
そこに置かれていたのはあの翡翠の仮面だ。固い翡翠の表面に傷は見当たらない。欠けた装飾もないようだ。それを知って安堵し、なぜそのようなことが気にかかったのかと唐突におのれを訝しんだ。そもそも、この仮面は何のためのものであっただろうか。
困惑が止まぬうちに、外の喧騒がひどく荒々しいものに変わっていった。
さすがに何事かと気を取られ、私は翡翠の仮面を手に取ったまま窓辺に駆け寄った。騒がしいのは東側の窓の外、騎士棟のある方だった。
窓越しに見おろすと、内門のそばの修練場に人だかりができていた。
私の寝所は城の上層に位置するが、真下のその広場であれば、そこにいる者の目鼻の数まで数えられる距離にある。
注意してよく見れば、広場に集っているのは騎士や大臣たちだけではないようだと知れた。出入りの商人や城下の町人などが、修練場のただ中にぽつりと突き立つ一本の柱を囲むようにしてひしめき合っていた。
私はその丸太の柱を注視する。
その根元にうずくまり、くくりつけられている者があった。囚人のように後ろ手に縛られた、一人の若い騎士だ。嬲り尽くされ、幾度も石を投げられ、もはや美丈夫は面影もなかったが、その者が誰なのかを私はよく知っていた。
「セリヴ……」
つぶやいた我が声を聞き届けたかのように、咎人はそのとき頭をもたげた。このへだたりではそのようなこと、真っ赤な偶然以外の何ものでもあるはずがなかったが、彼の目はかすかにも泳ぐことなく我が身を射抜いたかのようだった。
私は思わず窓に縋る。
見たこともない目を彼奴はしていた。いかなるときも冷たく、深い淵のようであったはずの瞳が、今は燃えるように激しく妖しげな光をともし、しきりに何かを訴えていた。乞うているようだが、それは間違いなく慈悲をではない。時折小刻みに首を振る様は、まるで私を諌めるかのようでもあった。来るな。見るな。どれも真意に近いようで、どれも違うようである。私はその態度に臆さず、確信に足る答えを見つけ出そうと身を乗り出しかけた。
ふと、手の中の翡翠の仮面を思い出す。
今一度それを持ちあげ、まじまじと眺めた。あの地下の牢でこれをつけ、おのが騎士に何と申し付けたかを思い出そうとする。思い出さなくてはいけないような予感に衝き動かされ、懸命に細い記憶の糸を手繰り寄せた。
――この仮面をつける者がイルェシュニア……貴様の護るべき者だ。
今一度広場を見おろす。
ただ一人こちらを見あげていたその者は、私の表情を見てかすかに頷いたようだった。
私は深く息を飲み込む。無意識に彼に頷き返すと共に。
その瞬間、おのれのなすべきことをすべて唐突に理解していた。何が起こっているのか、そして何が起ころうとしているのかもはっきりと把握できた。
これは夢ではない。だが正当なる夢の続きた。
そのことに押しつぶされそうなほど愕然とし、しかしその常闇の土壌に力強い覚悟が芽生えるのも感じていた。
何をすべきか――左目の奥に疼きを伴いながら、それはありありと色を映し、紅茶の染みのように広がっていく。
まことに奇妙であったのは、それらの感覚がひとえに清々しいものであったことの方だ。
その清々しさがおのれを塗り替えていくのを感じた。
否、おのれで塗り替えていかねばならないと感じ取った。
我が身はいまだ困惑と後悔の渦中にいる。
しかし我が魂は今、外にある。
この手の中の仮面を強く意識した。
翡翠の仮面はガラスのように薄く、しかし象牙のように軽くはない。固く滑らかな表面は、測ったようにぴたりと肌に吸い付き、溶けるように馴染むだろう。
掛け具を耳にかけ、目元を完全に覆い、私は窓に手を伸ばす。
信じられないことに、なすべきことだけがそこにあった。
おのれがおのれでなくなっていく、いかに清々しかろうが奇妙にすぎるその感覚に戸惑い、畏れ慄きながらも、我が手はやすやすと留め金を外し、ためらうことなく窓を開け放つ。
呪詛の波濤。
涼やかな風とともに、それは怒涛のごとく押し寄せてきた。眼下の観衆が咎人に叩きつけていく、ありとあらゆる罵声という罵声。
私は彼らを一望すると、再び息を吸い込んだ。もはや拍動をなだめる意味はなかった。今はただ、この喧騒を鎮めるべく。むしろおのが血潮を滾らせ、奮い立つべく。
「私が、イルェシュニアを殺した!!」
遥か城下にまで向けて響いたその声。
私が叫んだのではないその言葉に臆したように、眼下のざわめきが萎れていく。驚いた二羽の百舌鳥が、城壁のへりから飛び立った。彼らの鳴く声の後には、風の音が残る。
セリヴが私を見あげていた。
私と目が合うや否や、口の端を歪めて笑ったように見えた。
すかさず彼は、今一度猛然と声を張りあげた。
「王も! 病で死んだのではない。高潔なる我が剣にて屠られたのだ。彼奴は! かの不埒なる蛮国に姫を売り渡さんとした。その大罪は雪がれねばならなかった! 私は神に代わって裁きを与えたに過ぎない。姫らもまた、父のもたらした邪悪なる呪いに芯まで蝕まれ、神の意向を解さぬ亡者であった! されば王家ことごとく誅戮されるべし! 我が意向は神の意向である!」
またたく間に再び怒号の渦が膨れあがる。誰も彼も一人漏らさず、気が触れたように喚き散らしていた。その渦中にあって、負けじとセリヴも怒鳴りあげる。
「観念いたせ! 神の意向に逆らいし者どもが、いかな末路か、私は身をもって呈した! 次は貴兄らの番だ! 死して屍になりても、貴兄らの喉首、余さず食い破ってくれようぞッ! 討ち損ぜしロゥデリュシカも必ずや!」
ついにその名を呼んだ。
ああ、セリヴ。できれば貴方らしくない荒々しい今の声に、いつまでも耳を傾けていたかった。
しかしもはや頃合いだという。幕を引く合図が鳴ったのだ。
それが合図だと、私はもはや疑わなかった。
私は開けた窓から小さな露台に身を乗り出す。
始まりの合図が我が名であったことを思い返し、このとき少しだけそのことを嬉しく思った。
「そやつを、殺せェぇぇッ!!」
群集が静まり返る。我が声を聞き届けた者たちが、一人、また一人とこちらを仰ぎ始めていた。誰だ? ロゥデリュシカ様? 仮面をつけておられる。御顔に疵を――当惑のさざめきだけを残す広場を一望し、私はあらん限りの声を張りあげて、欽命をくだした。
「我が父とこの顔の疵、そして我が半身にも等しきイルェシュニアの仇である。この形見の仮面に誓って、我が生涯の怨念ことごとくをそやつの魂に送り続けてくれるわ! 煉獄にてッ! 現世の責め苦すら過ぎたる甘さと得心し、千年焼かれてゆめ悔いを知れ! 処断である! 疾く首落とせいッ、疾く首落とすのだッ!」
手斧を携えた大柄な男が衆人の輪の内側に歩み出てくる。肩の盛りあがるほど隆々とした身に古い鎖帷子を着込み、頭は目出しの黒い覆面で覆っている。斬首の執行者。さらに同じ装いの者が二人、先に咎人のそばに行き、柱の縄をゆるめて咎人を地面に引き倒す。斧を持った男はそのそばに立つと、衆人が固唾を飲む中、斧を振りかぶり、一度こちらに目を向けた。
あの者が斧を振りおろせば、すべてが終わる。
イルェシュニアは死に、隣国との婚礼は白紙に還るのだ。
そして私はロゥデリュシカとして王座に就く。おのれの形見である翡翠の仮面を、生涯外さず、身につけたまま。
「……この身には悲愴すぎて、耐えられぬだろうと申したな、ロゥデリュシカ」
意味もなく叫び出したいような気持ちを抑えながら、ひとりそう呟いていた。夢の中のことではあったが、それは妹が口にした言葉だったから。
あのとき言い尽くせなかったことが、胸の内側で溢れ返っていた。一方的に別れを告げられたようなもどかしさがあったのだ。それを今さらだが、言葉にして構わぬような気がしていた。
「そんなことはない。そんなことはあるまいよ。私にできてお前にできぬことなど、一つたりとて、ありはしなかったではないか。なれば、私がお前に教えてやろう。私がお前に生まれ直すことで、お前にもできるはずだったと」
「それはあんまりですわ」
処刑人がこちらを見あげながら少し視線を泳がせている。なかなか指示がないせいか所在無げな様子だった。疾くと言っておきながらどうしたことかと、観衆も訝しんで囁き合い始めている。
だが今は、今や、私は手を動かすことも、声を張りあげることも不可能な心境にいた。
足が震え、背筋を汗が伝う。
その声の主は背後にあった。下女か。しかしそう思い込むには、耳にした声音の色があまりにも明瞭に、明白に、聞き覚えがありすぎた。
では空耳か。空耳だろう。空耳でなくてはならぬ。
しかし彼女は容赦なく、ひときわ流暢に、快活に、語りかけてきたのだ。
「何に生まれ変わっても、イルェシュニアはどうもイルェシュニアのようですわよ、お姉様?」
残り少ない気力と満身の熱を注いで振り返った。
否、最後の気力を、ただ振り返ることだけに投じさせられたと言うべきか。
そこに、窓のそばに、
私がいた。
薄汚れた肌に、破れだらけの服を着て、稲藁のような髪を伸ばし放題にしていたが、その顔につけている緑白の仮面は、私がつけているのと瓜二つの仮面。
仮面の奥の目と、目が合う。
その両目は共に健在であった。
彼女は朗らかに眉尻をさげた。
かと思いきや、彼女はこちらに向かって勢いよく突進してきた。棒立ちのまま怯む私の横をすり抜け、華麗な身のこなしで露台の手すりへ飛び乗る。
私が目を剥き切る間もないうちに、そして彼女はそこから飛び降りた。
すれ違い様に掴んだ私の肩を強く引いて。
仮面が顔から剥がれて、舞いあがる。
視界が一旦空を仰ぎ、そして天と地が逆しまに入れ替わった。同時に、えも言われぬ不快感が体を襲う。それはまるで体の内と外とが入れ替わらんとしてねじれていくかのような凄絶な心地悪さ。体の外にあるものが下へ引かれていくのに対し、内にあるものがこの体を捨ててまで上へ逃れていこうとするかのような。
その悪寒を明瞭に覚えて、初めてようやく声をあげかけたものの、その瞬間に、何かとてつもなく柔らかで温かなものに全身を包み込まれ、私の悪寒は急速に雲散霧消した。雲のように白く、輪郭の不明瞭なもので、視界がいっぱいに埋め尽くされてゆく。
やがて落下が止まり、そして今度は背中を押しあげられるようにして上昇が始まり、私の体は再び宙に投げ出された。それからもう一度柔らかいものの中に沈み込み、しかし今度は目の前に青空が広がる。
「お姉様ーっ! 生きてますかーっ?」
調子はずれに明るい声が聞こえる。照りつけていた太陽の姿を唐突に翡翠の仮面が遮った。音がくぐもって聞こえる。肌には風を感じるのに、まるで水の中に沈んでいるようだ。片方だけの視界も、濡れた硝子越しの景色のようにぼやけていた。だのに、仮面を取り去って、その下から覗いた者の顔に限っては、くっきりと捉えることができた。
「あはっ。気がついてますわね。皆さーんっ、イルェシュニア様のご帰還ですわよーっ!」
我らを囲むように歓声があがる。老若男女入りまじり、しかし一つ一つはどれも聞き覚えのあるような声。
私は妹に手を引かれて、白い綿の山からようやく這い出すことができた。いったい何年分の羊の毛刈りを一度に行えばこのように山と積めるのだろうか。すべて糸につむげば屋敷が編めそうだ。
そんなことを思いながら、手を叩いて賛辞を送ってくる観衆らに向けて、私は手を振り返した。何が何やら、よくわかっていないながらそうしたが、どこか得心のいって冷静なおのれもいたのだ。
群集の列が自然に割れ、縄を解かれたセリヴが穏やかな顔で拍手する姿も目に映り、少なくとも今が安堵のときであるのだとまではっきりと認識した。
もはや何もかもが終わりを迎えたとのこと。
何が《何もかも》なのかいささかなりとも言葉に変えられる自信はなかったが、何にこだわろうとも、今はただ安堵のときであるらしかった。
「おかえりっ、イルェシュニア! 我輩の可愛い長女よ!」
セリヴの姿を隠すようにして、群集の中から鎧姿の騎士が走り出てくる。
その者が兜を脱いだ下から現れたのは、強烈に覚えのある面だった。豊かに髭を蓄えた、老獪そうなかんばせ。その印象はあまりに強烈すぎて、唐突に躍り出てきたことに今度こそ言葉を失う。確かにこれが夢でなければ妥当なことではあるのだろうが、それでも強烈だった。
父王、ウラディク――このひと月の間どこで何をしていたのだろうか――騎士の姿に扮した髭づらの御大は、両手に酒瓶とグラスを持ったまま私に飛びつき、長い抱擁で感激を露わにしたのだった。
「おお、おお、寂しかったであろう、心細かったであろう、イルェシュニア。心癒すがよい。父上はまだまだ一緒におってやるからのう。お目めは痛くないかい?」
「父上、今までいずこに?」
「んん? 騎士棟じゃ騎士棟。時々若い騎士どもを引き連れて街で酒盛りしておったがのう。おっと、これは内密じゃった。がっはっはっはっは」
「お父様」
私の手を握っていた妹が、空いた手で父の肩を掴んで私から引き剥がした。その手でさらに父の髭を掴み、鼻先を引き寄せて詰め寄る。微笑して。
「私が牢の中で生活したりお姉様に政務を代行させたりしている間、ずいぶんと楽しい生活を送られていたようですわね。このロゥデリュシカにも是非お話をお聞かせ願えないでしょうか?」
「だァァーッ! か、か、カルトフ? 用意は整っとるかぁ? おォーい、カルトぉーフ!」
「はいはい、整っとるでございますとも。まったく、うちの王は口が軽い……」
いつの間にかそばに寄ってきていた重臣のカルトフが、溜め息交じりに毒づいていた。明らかにわざと口を滑らせていたが、それにしてもずいぶんとやさぐれた様子である。妹が彼をも睨みつけ、「カルトフ? まさかあなたまで一緒になって」と詰りかけたが、彼はすみやかに王を妹から引き離すと、すかさず手を叩いて何かを呼ばわった。
見れば、この場に集っていた騎士や城下の町人らが一斉に綿の山を広場の隅へ除け始めている。その向こうにあるのはちょうど城の大広間へと繋がる内門だ。カルトフの合図を受け、その内門がゆっくりと開いていく。
開け放たれた大広間に、白い被覆布をかけたたくさんの大卓が並んでいた。それから銀の食器たちと、数え切れないほどの豪華な料理たち。
状況を察せと急き立てる私の脳はついに飽和し、直接父に尋ねた。
「父上、これは……」
「いやはや、自分の誕生日ももう忘れたかい、可愛い長女。まあ無理もない。初めての政務は激務であったろうからな」
父はそう言って私に向き直る。その目を見返すと、私の背筋を確かな緊張が走り抜けた。父の目が奥深い王の目をしていたからだ。息を飲む私に、しかし父王は鷹揚な労いの言葉をかけてくださった。
「このひと月、仮初とはいえ陛下と呼ばれながらの働き、まことに大儀であった。特に隣国との繊細な駆け引きと立ち回りにおいては、為政者として実に恥ずかしくない、堂々たる風格と素質を存分に示したと言えよう。――詰めの甘いところばかりで、かなぁーり危ういところへ行ってはおったがのう。ま、後詰めはとにかく勉強じゃて」
「その詰めの甘いところについてもう少し厳しく指摘なさいませんこと? 報告を聞かされるたびに何度冷や汗をかいたことか」
「むう。ずいぶんと辛いのう」
口を挟んできた第二王女を横目に見やって、王はたちまちいつもの調子で口をとがらせ、かばうように再び私を抱擁した。それを見ていっそう眉をひそめながら、妹は唸るように息を吐く。
「女同士の譲り合いは相手のためになりませんの。特に、年の近い姉妹の場合は」
「ふぅーん。気にすることはないぞ、長女? まだしばらくは我輩が現役であるからな。じっくり学んでゆけばよいのだからな?」
「陛下。そろそろ来賓への御挨拶を」
父が猫撫で声になり始めると、妹はますます不機嫌になっていく。いつもこうなった際は私にはどうしてよいやらわからない。カルトフが割り込んでこなければ、町人など下々の者らのいる前で王家の威厳が損なわれるところであった。幸い、来賓というのは父も待ち望んでいたものらしく、私とはまた後で話す約束をしてから意気揚々と広間の方へ去っていった。
「やれやれ。ようやく行きましたわね、あのお調子老爺め」
「ロゥデリュシカ、ご来賓というのは?」
「ああ、それはもちろん――」
「こんにちは、僕の花嫁!」
妹が引きつった笑みを浮かべてその声のした方へ顔を向ける。
私も振り返ってぎょっとした。処刑人の鎖帷子を着た男がそこに立っていた。
斧は肩に担ぎ、覆面は取って首に巻いている。
その男前の上品な顔にもまた、別に意味で強烈な覚えがあった。
「皇太子殿下? なぜ、このような場所に?」
「それは、今日の式典が僕とリュスィーカの婚前式もかねているからですよ、シュニア姉上姫殿下! おや、聞いていませんか?」
「そ、それは……」
「もうっ。お姉様が知らされてるわけないでしょうに。そういう趣旨ですのよ? まったく。まあ、お姉様も、ちょっと考えればわかることですわ。それともさすがに、いいかげん頭がお疲れかしら」
妹にそのような物言いをされて、いっぺんに体の力が抜けた。ようやく納得せざるを得ないことに気がついたのだ。ようやくだ。それまではまだ、心のどこかでは、何かがまやかしであると疑っていたのだろう。しかし、得意満面で鎖帷子を見せつけてくる隣国皇太子を目の当たりにして、ようやくすべてに得心がいったのだった。
「いやー、処刑人の真似事なんて初めてやりましたけれど、真似事だとわかっていても、こう、気が張り詰めてしまうものですねえ。ここだけの話、真剣で試合をするよりも私、興奮してしました。次は何の役をやらせてもらえるのでしょう? 殿下も今度はご一緒にどうです?」
「いや、私は……」
未だその興奮冷めやらぬ様子でまくし立ててくる皇太子殿下に、私はすっかり参ってしまい、歯切れの悪い受け答えをするしかなかった。しかし殿下は気分を害された様子もなく、さらに私に話を聞かせようと迫ってくる。
「この催しは刺激的ですよ。このひと月もの間、こちらの兵舎にこもりっぱなしでしたが私はずっと心が躍るようでした! ただ一人演技でない殿下のお姿を覗いている間は、正直言って心がシクシクと痛みましたが、同時に最後まで感動させていただきました。父に頼み込んで長らく祖国を留守にした甲斐もあった。ああああ、ちょっと泣きそうだ。貴方はきっといい女王になる! 私も見習いたいっ!」
「……ロゥデリュシカ、少しいいか」
私は不安に駆られて妹の耳元に口を寄せた。
「お前、本当に父上を殺してはいまいな? 先程の父上は本物か?」
「いやだ、お姉様ったら。婿殿の人柄が不満というくらいでお父様を殺しておりましたら、お父様がいくついらっしゃっても足りませんわよ?」
「いくつもいたらそれはそれで好きに殺しそうだ、お前は」
「それもそうですわね。でも、わりと気に入ってますのよ、この婿殿」
そう告げると妹は私のそばを離れ、やにわに皇太子殿下の懐へ飛び込んでいった。驚いた殿下が手斧を放り出していたが、近くにいた騎士の鎧にあたって容易に跳ね返されたところを見るとやはり張子か何かであったらしい。
殿下が「どうしたんだい、花嫁?」と問いかけるのにも構わず、妹は彼の太い腕に縋りつき、あまつさえ頬ずりまでしていた。こちらは呆れ果ててものも言えない。
「女心は秋の空ですのよ。ねえ、皇太子様?」
「ううむ、これは参るなあ。愛想を尽かされない方法が何かあるだろうか?」
「んー、野暮ったい殿方はとりあえず論外ですわねえ。そう、例えば……」
背伸びをする妹の仕草を見て皇太子殿下は身をかがめる。その耳元に妹は何やら囁きかけていた。これは世に言う仲睦まじいという有様であろうか。ひどく足元が覚束ないような、ひときわの所在のなさを覚えさせられている気がする。
間もなく、頷いた殿下が意味深な目で我が顔を見やる。それへもたじろいでいるうちに、「ね? あとは若いお二人に任せて」と、妹が殿下に微笑みかけ、と同時に彼女も意味深な視線をこちらに寄越してきた。
何か悪い予感がして、二人の真意を問うべく口をききかけたが、妹の膝と背中をすくうようにして皇太子殿下が彼女を抱きあげる方がひと足早かった。意表を突かれて立ち尽くす私の前で、嬉しげな悲鳴をあげた妹は殿下の首に手を回す。すかさず身を翻した殿下は、群集をかき分けて広間の方へ歩いていった。「お待ちを!」かろうじて呼びとめるに充分な声を張りあげたつもりだったが取り合ってはもらえず、ただ殿下の肩越しに手を振る妹の白い腕を見送る。
「急に何だ、いったい……」
所在のなさを覚えながら立ち尽くし、苦し紛れに恨めしさを声に乗せて吐き出した。そこへ「イルェシュニア様」と声をかけられ、それは背後からであったにもかかわらず、私の胸はまるで正面から強く突かれ、熱を帯びたように高鳴った。そのことを気取られてはならぬという急な葛藤にもさいなまれ、焦るまま、後ろを振り返る。
「……セリヴか」
「大事ありませんか? お怪我は?」
珍しく丁寧に口うるさい様子で、嬲られた跡の色濃い男が尋ねてきた。どうにもこのところ彼の仕草は珍しいものばかりだ。そう思うと、ふと口元が緩んだ。彼は当然それも見咎める。
「どうなさいました?」
「どうしたもこうしたもあるものか。この仕打ち……いや、それはもういい。それより、どう見ても怪我負っているのはお前の方だぞ。顔中痣だらけではないか」
「これは化粧です。旅芸人の方々から、ロゥデリュシカ様が教わってきたと」
「あの女狐め。人を化かす術をまた一つ増やしたか。つまり、これもそういうことなのであろう?」
左手で頭に巻かれた包帯を毟り取る。視界は広がらない。左目に手を伸ばすとまぶたに触れた。開こうと力を入れると目の下が引きつれるような感覚がある。「これは?」とセリヴに問うと、「糊です。一晩たてばきれいに剥がれると聞き及んでおります」ということだった。つまり明日の朝まで私は一つ目らしい。これで祝宴に出ろというのだから呆れた話があったものだ。まともに食事ができるだろうか。
「牢で妹が私を刺したのは? あのブローチについていたのは、私の血ではないのだな。しかし少々と言える痛みではなかったぞ?」
「血は山羊のものを。それからロゥデリュシカ様が胡椒を丸めたものを準備されていました。目にじかに当てるつもりとまではうかがっておりませんでしたが」
「呆れたものだ。つぶれていたら笑い事では済まぬぞ。寝所からの飛び降りといい、この祝宴といい、私ばかり妙に割を食わされていないか? つまり、趣旨と別のところでだ。いや、何より――」
私はセリヴに向き直ると、その額に手を伸ばし、指先で触れた。目頭、頬、唇と、痛々しい痣のあるところを順に撫でていく。間近で見ても本物にしか思えなかったが、それでもことごとく化粧だというのだ。私にはそれが、心の底から喜ばしいことに思えてならなかった。
「どんな気でおったのだ? このひと月もの間、お前は何を考えていた?」
「貴方の心配ばかりしていました」
「そうであろうな。そうでなくては、扈従の騎士たる資格などあろうはずもない」
私は広間の方へ目を向ける。人も物も広間だけでは収まり切らなかった様子で、新たな大卓が外庭まで運び出され、食器と料理が並び始めていた。内門付近の群集は、処刑人姿の大柄な皇太子と魔女のような恰好をしたロゥデリュシカの二人組が躍るように練り歩くさまに目を奪われて、誰もこちらを見てはいない。広間の方もまだ落ち着いておらず、カルトフが主賓を呼ばわりに来る様子もなかった。
「首謀者は誰だ?」
私はセリヴに問うた。
「いずれの方の思いつきとまでは聞き及んでおりませぬが、陛下と妹君両人からのご提案であらせられました」
「あの二人も仲がよいのやら悪いのやら……」
二人の間に立つのと国を治めるのと、果たしてどちらが激務であるだろうか。もとい、閣僚らは常々その両方をこなしているのだ。ことにカルトフなどの心労は計り知れるものでない。
「陛下はしかし気に病んでおられました」セリヴはほんの少し口早にそう言い継いだ。「閣僚の方々を御自ら説き伏せてはおられましたが、あわや時期女王の乱心を招いて不思議でないほどの試練を課す理由が、まことにあるのだろうかと」
「カルトフが不貞腐れるわけだ。おおかた共だって城下で泣き言のこぼし合いでもしておったのだろう」
「ロゥデリュシカ様も、皇太子殿下を通じ、隣国との連携のために奔走なさっていました。牢にこもっておられる間も、ご様子は普段をお変わりなく泰然自若としておられましたが、お心の内ではきっと……」
「いささかくどいな、セリヴ。お前らしくもない。何より、筋書きを書いた者が終始飄々としておらなんだでは、それはあまりに卑しき《心の内》ではないか」
いやさ、きっとあの女は飄々どころか嬉々としていたに相違なかった。都合のよい夢想ばかりを盲信し、姉が自分の思惑通りに踊り切ることを疑わなかったのだ。
あのように出鱈目な筋書きにもかかわらず。
一歩間違えば、まず命を落とすのは自らであったというのに。
まことに、我が妹ながらつわものであることよ。泰然自若であっただと? 傍若無人の間違いではないのか? 腹立たしさで狂ってしまいそうだ。
「乱心、か……」
その言葉を口の端に乗せて思いやると、不思議とまた笑みがこぼれた。卑屈な笑みには違いなかったが、どこか晴れ晴れとして。
おもむろに私は、広間があるのとは別な方向へ歩き始めた。
「どちらへ?」
当然、セリヴが呼び止める。
私は一度足を止め、深く息を落とした。
「どこへでも構わぬであろう。私はまだ困惑の極みにいるのだぞ? 深き意図など推し量るのは追々にさせよ。散々煮え湯を飲まされたのだ。いかに薬湯と聞かされたとて、いささかなりとも困らせてやらねば、私の溜飲が下がらぬ。……そう、中庭がよかろうな」
乾いた風を背に受けながら、白い城壁を見晴るかす。修練場と城の合間には厩があり、その屋根にのぼれば食料庫の屋根に飛び移れる。天窓から中に降りれば、厨房まで一直線だ。
厨房に窓はない。だが、隣の食堂はもぬけの殻であろう。
食堂の窓からは、中庭が望める。
下女たちも滅多に開けないような窓だが、開くには開くのだ。
私はその仕掛けを知っている。開く窓なら、一人で開けられるものなのだ。
「お前と水入らずで話したいことが山ほどある。なに、自分の生まれ育った城なのだ。抜け道の一つや二つは知っているとも」
身を翻し、再びその者の前に立つ。
今まで彼を信じてきた。それはこれからも同じことだ。
しかしおのれは、彼が信じるものを信じてこなかった。
妹にはそれがわかっていたのだろうか。
仮にそうである上で今までのはかりごとがあったのだとすれば、それはただ滑稽を愉しむためだったのか、それとも私に気づかせるためだったのか。実のところ、その両方を目論んだのではないかと思い至り、我が妹ながらいささか怖気を覚える。
あの妹に手を焼かされるのは二度と御免こうむりたい。しかし妹を退けるには味方がいる。誰よりも私を信じ、どこまでもついてきてくれる頼もしい味方だ。
その最初の一人に最もふさわしき者を前にして、私は正々堂々と、為政者らしい面持ちで問うた。
「ついてくるか、我が騎士?」
セリヴはほんの少しだけ目を見開き、すかさず片膝立てに跪くと、さっと高く手を差し伸べて我が問いに答えた。石棺の蓋が閉じ、亡者の顔を見納めにしていくような声で。
「御心のままに、我が主君」
私は強く頷き返し、そっと彼の手を取った。
遠くで橿鳥が高らかに唄う。
A masked princess's drama ‘Irueshunia’‐fin.
イルェシュニアの仮面
学生時代にサークルに投稿した短編。剣と魔法のないファンタジーで、為政者や政略的な課題を題材に。
デヴィッド・フィンチャーの映画『ゲーム』から脚本のアイディアを少しお借りしました。
誰かのお口に合えば幸いです。