涙雨
ただひらすらに純粋で儚げな"彼"のお話
「彼女に、振られたんだ。」
彼は、そう言った。
その夜は、しとしとと、夜の街の音を静かに落とすような、そんな雨が降っていた。
息をしない、表情もない画面に突如照らされたその言葉は、私の心を乱す材料としては十分で、それまで見ていた賑やかな音楽番組は、もはや景色かBGMにすぎなかった。
"彼"というのは、日頃言葉を交わす大切な仲間であってそれ以上でも以下でもないのだけど、最近は特によく個人の話を聞いていたから、少なからずの感情は動くってものだろう。
機械的な画面に、ポップな色合いで綴られる彼の話からは画面を通して今にも涙を落としそうな彼が透けて見えるもので。終始、私の眉間には紙一枚くらい挟める皺が寄っていたに違いない。
彼は、言葉を紡ぐことがすきだった。彼から送られてくる言葉はどれも、繊細で、美しかった。私はそんな彼の言葉を聞くのは嫌いでなかったし、最近では心地よくなってきていた。
そんな彼が静かに、ゆっくりと言うには、彼女はもうどう足掻いても彼の方に振り返ってはくれないらしい。諦めた口調で、でもまだやっぱり好意を絶ちきれないことを滲ませながら話してくれた。
"そっからいろんな御託を並べた。僕の言葉で好きになってくれたのだから、僕の言葉で引き戻すしかないと。"
そんなことを言っていた彼を不謹慎であることに間違いはないのだが、素直に、格好いいと感じてしまった。
こんなに純粋に、こんなに真っ直ぐに人を思えるだろうか。愛せるだろうか。
そう感じると共に、身が引き裂かれる思いでもあったのだ。
こんなに好意を寄せていても、愛し愛されていた相手に残酷に別れを告げられた彼の姿は容易に浮かんだためである。
"僕は彼女に、おやすみをした"
彼女との日々を話すときに、彼は、こんなことを話していた。
まるで手のひらに掬った、小さな、小さな幾つもの星たちを、さらさらと溢していくように。儚げに、丁寧に、そして誰よりも繊細に。
全てを話終えて彼は、少し楽になったと言っていた。
画面の向こうの本当の姿など見えやしないのだが、確かにもう、透明の粒は溢していないように見えた。
すぐには忘れられないだろう。前を向くことをしたいと思わないだろう。
それでも、体はくまさんのように大きくて、いつも優しい笑顔を浮かべていた彼を偽りのないままで見ることが出来るようになるまで、周りでばかなことをして、少しでも気がそこから散ってしまえばいいと、純粋に、そう思ったのだ。
夜の街を一層黒く染めていた雨は、いつしか止んだらしい。暗くて深い、終わりのない静寂を見下ろしながら、きっと来るであろう朝の準備のために布団を被る。
明日あったらきっと、きっと笑顔で手を振ろう。何も知らないような顔で、おはようと言おう。
そう思いながら、私は微睡みにとけていった。
涙雨
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
今日もどこかで心が少し息苦しくなったあなたに、届きますように。