君にジニアの花を

寒村に住む一人の少女と不思議な旅人のお話です。


雪が降っている。
いつも寒いこの村では珍しい事ではないが、ここ最近ずっと雪が降っている。
私は村の商店へお買いものをしに行ったその帰りだった。
「あれ。」
いつも人が来ることなんて滅多にないこの村に、来訪者のシルエットが見えたのだ。
黒のマントを羽織っていて、ブロンドの髪を持っている。遠目には女性か男性か判別のつかない中性的な人だった。
私は滅多に来ない村への来訪者ということもあり興味本位でその人に小走りで近づき話しかけた。
「この村に何か用事があるんですが?」と私は彼(彼女?)に尋ねた。
「私は旅の途中なんだ。そろそろ日が暮れて夜がやって来るからね、今日はこの村で宿を取ろうと思っていたんだ。」
と彼は言った。
「じゃあ、旅人さんなんですね。」
そうなるね、と彼は答えた。
「良ければ、宿屋まで案内してくれないかい?」
私は、旅人さんの頼みを引き受けることにした。

こんな小さな村でも、一応宿屋は存在している。
この村から離れた場所にある街は、交易が盛んな街だ。この辺境にある村を通ってその街へ行く者が、少なからずいる。ここから街まではかなり遠い上、悪天候になることが多いので、ここで一晩休んでいく人が多いのだ。…おそらく旅人さんもそうなのだろう。私はそう分析しながら、宿屋に向かって歩いていた。一歩後ろには旅人さんがいる。
「旅人さんは、世界中を旅しているんですか?」
私はがそう尋ねると、彼はうーん、そうなるのかな、と少し自分でも分からないかの様に、曖昧に私に返答した。
「…外って、どんな感じなんですか?雪が降らない場所があるって本当なんですか!?
海で泳げるって本当なんですか!?」
唐突に質問を畳み掛ける私に旅人さんは驚いた様で、「お、落ち着いて」と返してきた。
村の外に出るといっても毎日行かされる街へのおつかいぐらいで大都市やましてや他国なんて私は行ったことなど無かった。
本の世界でしか見れない外の世界に私は強い憧れを抱いていたのだった。
そんな会話をしていたら、宿屋の前に着いていた。外観は大きい訳ではないが、そこそこ綺麗に作られている。たいていここに泊まるのは、旅人か冒険者か、よほど焦っている商人ぐらいなものだよ、と前ここの宿屋の主人であるおじさんが話していた。
「そうだね…。君が良ければ、私が旅の話をしようか?」
宿屋まで案内してくれたしね、と彼は付け加えてどうかな?と笑顔で提案してきた。普通だったら怪しいとか胡散臭いだとか感じるのかもしれないが、彼からは自然と感じられなかった。それはきっと、彼の人柄がなせる技なのだろう。
私は、もちろんこう答えた。
「お願いします!」
                     *
外は昨日よりも吹雪いていたが、短い距離を移動するのに苦労するほどではなかった。
私は朝ご飯を食べてから、すぐ家を出た。
宿屋に着いてから、中に入って宿屋のおじさんに旅人さんの部屋はどこか聞くと、仕事がなくて暇を持て余していたおじさんはすぐ教えてくれた。
何をしに行くのかと聞かれ、旅の話を聞きに行くのだと答えると、笑顔で見送ってくれた。
部屋の扉の前に立って、ドアをノックした。すると、「どうぞ」と声が返ってきた。
ドアノブを持ってドアを開けると、中には小さなテーブルに備え付けられた椅子に座ってお茶を飲んでいる旅人さんがいた。
「おはよう。朝早いんだね。」
「おはようございます。まあ、習慣になってますから。お話聞かせてもらっても、大丈夫でしょうか?」
まあもう一つの椅子に座りなよと、椅子をすすめられ私は座った。
旅人さんは、私の分のお茶を用意しながら私に言った。
「何の話が聞きたい?」
「旅人さんが、旅をしていて、一番綺麗だった場所の話をしてください!」
そうだなあ、と少し考えるようなそぶりを見せてから、
「星屑の街、かな。」
どんなところなんですか?と私は返すと
「そこは、日が出ないからずっと真っ暗なんだけど、星屑がきらきら光ってるから、ほんのすこし明るいんだ。丘の上から見渡すと、光が空から降ってきて、幻想的で、まるでこの世じゃないような、そんな景色が広がってるんだ。他にも、この場所には夜しか咲かない花がずっと咲いていたり、流れ星が降ってきたりするんだよ。」
「そんな場所があるんですか!?行ってみたいなあ…。」
私は長い間、旅人さんとお喋りをつづけた。どこか非現実味を帯びた話もあったが、何故か旅人さんが話していると、不思議と本当の様に感じられた。

死神と天使と悪魔のお話。
死ねない愚者のお話。
時空を渡り続ける亡霊の話。
記憶を探し求める賞金稼ぎの話。
弓を使い自ら危機に瀕した王国を救った姫君の話。
海の中で生きることが出来る種族がいて、海の底から見上げる景色はとても綺麗だということ。
険しい渓谷の中でしか咲かない美しい花があるということ。
空に浮いている摩訶不思議な遺跡があること。

「もうこんな時間だね。」と旅人さんが言って、私はそれで多くの時間が話し始めてから経っていることに気付いた。
幸いかどうかは知らないが、私は昨日買い物を済ませていたので、今日の分の食材はわざわざ商店まで、買いに行く必要が無かった。
「送ろうか?」と旅人さんに聞かれたが、わたしは断った。
また明日も来ますね、と言うと、気を付けてね、と返ってきた。
こうして私は宿屋を後にして、自分の家への帰路へついた。

                     *
家の中は静寂と空虚で満ちていた。
床に転がっている酒瓶に躓いて転びそうになるが、なんとか踏みとどまった。
「まだ帰って来てないんだ。」
荒れた部屋の中を見て、どこかほっとした気持ちになる。
そんな気持ちになったのもつかのま、後ろのドアがギィと、音をたてた。
私は、瞬間背筋が凍りつき、いつも幾度となく自らに襲い掛かる恐怖がまたやってきたのだと認識し、防衛反応が警鐘を鳴らすのを感じた。
                     
気が付いたら既に外は朝焼けで染まっていた。
どうやら無意識のうちに自分でベットに横たわっていた様だ。
痛みで体を動かすことも億劫だったが、手当をしないと膿を生んで更に悪化し酷いことになるのは身をもって知っていたので、包帯と脱脂綿の入ったかごを寝台の下から引っ張り出す。
瓶の中に入った水で脱脂綿を濡らし、血をふき取る。鋭利な痛みが、傷口から全身に駆け巡る。最初の頃はあまりの痛みによく声を上げたものだが、今では眉一つ動くことは無い。
包帯を患部に巻く。ちゃんとした手当の仕方は、一回本で読んだことのある程度だが、これで大抵の場合時間が経てば、傷は残れど動かすには支障が無い程度に回復することは知っていた。
失血したからだろうか、私は気怠い身体を横たえ、もう一眠りすることにした。

再び目を覚ますと、お腹が情けない音をたてて鳴るのが聞こえた。
そういえばこの間買っておいた食材があったなあ、と思いなにか昼食を食べてから、旅人さんの家に向かうことにした。
一昨日買ってきたパンをそのまま食べる。味気無い食事ではあるが、お腹を膨らませるのには十分だった。

私は昨日と同じ道を通って、彼の居る場所に向かうのだった。
                     *
「…あれ?それどうしたの?」
私は旅人さんが包帯のことを言っているのだとすぐわかった。
「昨日料理をした時に、切ってしまったんです。」
「そっか、気をつけなよ。小さな傷でも悪化することがあるからね。」
心配そうな表情でこっちをみる旅人さんにおとなしく返事をした。
「そんなことより、話の続き、聞かせてください!」
私は、星屑の街の話が好きで、その街についての話を旅人さんにせがんで、話してもらっていた。
「君は星屑の街が好きなんだね。…そうだ、あの街で作られた星細工の腕輪をあげるよ。」
「え、ええ!?いいんですか!!?」
「いいよ、こんな私なんかよりも、君みたいに可愛い女の子につけてもらったもらったほうが、職人も腕輪も嬉しいだろうしね。」
渡された腕輪は、シンプルなデザインだったが、光を受けるとキラキラと輝いていて、濃紺の夜空を思わせる色に、星屑を閉じ込めた様な美しさを持っていた。
思わず感嘆の声を上げると、気に入ってくれたようで何よりだよと返事が返ってきた。
「あっ、ありがとうございます!!…綺麗だなあ。」
「いえいえ、それはお守りの役目もあるんだよ。何か君の役に立つかもしれないし…ね。でも、壊れやすいから気を付けてね。」
その日も、沢山の話をした。毎日がキラキラ輝いていくのが分かるようだった。
そんな毎日が続いた。そんな、ある日のことだった。
                     *
その日は、途中まではいつも通りだった。
いつもと違ったのは、お母さんがいつもより少し早く帰ってきた事と、最近のお母さんは機嫌が良かったからいつもより私は傷つけられずに済んでいた、だから油断していた事、何時もは腕輪を見つからないようにしているのにその日は気分が良かったから身に着けていた事だったんだろう。

                     *
「あら、帰りが遅いじゃないの、本当にお前は役立たずね。」
私はその声を聞いて、全身の毛が逆立つのを感じた。冷や汗が額から流れ、鼓動の音が喧しいほど大きくなる。…今日はお酒を飲んでいないのだろうか?
「…早かったね。」
「そうかしら?まあ愚図でのろまなお前に取ってはそうかもねえ。」
早足でお母さんの横を通り抜ける。そして、台所に向かい食事の用意をするために調理用具を棚から取り出した。そして、用意の邪魔になるので、腕輪を外そうとしたその時だった。
「…なにかしらそれ?」
いつの間にか横に居たお母さんに、無理やり腕輪を引っ張られて取られる。
「やっやめてよ!!」
「…なによ、反抗的ね。嫌な目つきだわ。…売ればいい金になるかもね。」
「…返してよ!返してっ!」
取り返そうと、私が持っている最大の力で引っ張る。油断していたのか腕輪を持つ力が弱かったのかは分からないが、あっさりと腕輪はお母さんの手から抜けて私は反動で後ろに倒れこんだ。…その時私は腕輪から手を放してしまった。手が滑ったからなのか、倒れたことに驚いたからなのかは分からないが、とにかく私は落としてしまったのだ。
手から離れて重力に従って地面に引き寄せられて、腕輪は床に衝突した。
星屑が床に散らばって、腕輪が確かに壊れたのだということを証明する。
時が止まったように感じられた。もう耐えられない。…ここまで、我慢もした。戻せないか努力もした。でも…もう駄目。これで二回目。これは神様が私に与えてくれたチャンスなのだ。まるで、何かの魔法に掛けられた様に、私は調理用ナイフを掴んでいて、それを、突っ立ているお母さんの腹部に向けて突き刺した。

耳をつんざく様な叫び声があたりに反響する。突き刺す。叫ぶ。突き刺す。叫ぶ。もはや声とも言えない音が耳障りになって、それを止めるために喉にもナイフをを突き刺していた。ひゅー、ひゅー、と掠れた、空いた穴から漏れ出る空気の音なのか、声になれなかった音の残骸なのかすら分からない音がする。
『お前が生まれたこと自体が間違っていたんだよ。お前なんて生まれてこなければ良かった。存在自身が罪であり、悪なんだよ!!!』

黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!
一体いつ言われた言葉だったのだろうか。
無意識のうちに私はナイフで何回も刺していた。最初のうちは前に横たわる身体は痙攣していたが、やがておさまった。
あたりには血が飛び散って、そこだけ赤いペンキをぶちまけた様だった。最初は温かった血も時間が経つと冷たくなって、命が失われたことを確かに表しているような気がした。

どうすればいいのだろう。さっきからぐらぐらする。なにか恐ろしいモノが私に纏わりついている。ダレか私を助けテください。お願いします。
私は無意識の内に外に出て、旅人さんのところへ向かっていた。
夜の村は、真っ暗で静寂が満ちていた。



「…旅人さん。」
私は部屋で本を読んでいる彼に声をかけた。
「…どうしたんだい?」
いつもの様に旅人さんは私に声をかけた。
体がなんだか気怠い。
ぐるぐるする。
ああ、あああ、頭のなかで言葉が反響する。
生、死、痛い、罪、償い、助けて、血、善、悪、生きる意味って。誰も私を。要らない、いらない、イラナイ、私じゃない。わたしじゃない、違う!、愛?、断罪、赤い、温かい、揺れる、イタイ、誰か、ダレか、届かない……冷たくなった。
「…死ぬって何?」
言葉が口から溢れ出ていた。
気持ち悪い。吐き気がする。なんだこれは。
痛い、イタイ!いやだ、やめてよ、私じゃない。私じゃ…。
「生きるって何?罪って何?悪って何?」
「私はなんにもわるいことしてないのになんでおこるの?いきているのが罪?」
「わかんないよなんでわたしはここにいるのなんでいちゃだめなのあああああやめて痛いイタイイタイいたいやめて止めてわかんない生きてる意味って何つらい辛い嫌だイヤダいやだやめてよ何にもしてない許してごめんなさい。許してよ私は悪くないもん違う違うちがううああああううううううあうううやだやだやだあああっっ!!誰かを殺すのは悪い事なの罪?お前の存在こそが罪なんだよ消えてしまえ消えてしまえ消えてしまえ消えて」

たびびとさんの顔が悲しみに歪んだ。
「…あのさ。私が今から話すことは、私がいままで生きてきて、色んなことを考えた末に辿り着いたことだから、ばらばらだけど良かったら聞いてくれないかな。」
少し間を置いてから、かれは話し始めた。

「私も悩んだことがあった。なんで人は生きてるのかとか、死ぬのが怖い、何もかも無くなるのが怖い、正義ってなんだとかね。」
「人が生きてきた時間っていうのは戻らない。認識出来ないけど、そこに残りつづける。たとえ過去に戻り、やり直せたとしても、やり直す前の未来はそこに在り続ける。枝分かれして存在する未来も、目に見えないだけで本当は在るんじゃないかな。決して戻らないけれど、消えることも無いんだよ。生きた時間は自分だけのものだ。」
…自分が生きた時間は自分だけのもので変わることは無いから。彼はそうつづけた。
旅人さんが言っていることは難しくて良く分からなかったが、起きたことはもう二度と戻らないということだけは分かった。

「死ぬっていうのはさ。」
「その人の時間が止まるんだ。世界の時間は動き続けるけれど、亡骸の肉と骨は、地に還り、天に還るんだ。そして世界の時間に溶けていく。消えるんじゃなくて世界の一部になる。そして”私たち”は未来を創るんだ。」
「人はその限られた時間を使って、幸せだとか、生きている意味だとかを探し求める。人は貪欲だから、満たされるまで探し続けるんだ。…生きる幸せを見つけること、それが生きる理由の一つだと、私は思うよ。」
私は。わたしは…。私はなにがしたかったのだろう。

「人は生まれた時から罪を背負っている。でもそれは、人間が心を持っているから起こる事だ。何かを犠牲にして生きることは、自然の摂理という一言で片づけることも出来るけれど、でも他の命を犠牲にしていることには違いはない。…そうやって罪を背負って苦しみながら生き続けることが罰であり贖罪であるのかもしれないね。」

私は…罪を犯したの?

「善悪には、どうしても人の考えや感情が出てしまう。人によって善や悪が違うからだ。どんな人にも、おそらく善のこころはある。本人にとってそれがよければ善なのさ。」
「感情や想いには果てがない。愛情も嫌悪も底が見えることは無い。時には、全く正反対のものになることがある、憎悪が愛に変わることもあるし、好意が嫌悪に変わる事もある。やっかいなものだけれど、嫌われたくない、好かれたい、よく見られたいだとか、人はどうしても思う。
誰かに必要とされたい、人は想いを、愛を与えたいと思うし、愛を与えられたいとも思う。なのに全ての人に愛を持って接することがなかなかできないんだ。でもそれが出来る聖人、博愛主義者も稀にいるけどね。
思ってもいないことをして人を傷つけたり、感情と一致しない行動をしたり、本能と一緒で理性で制御できなかったり、自分でもどんな感情かいろんなものが混ざって分からなくなったり…。不思議なものだよ。」

少し一気に喋りすぎたかな、と苦笑を彼は浮かべた。
 
私は、愛されたかったのか。
きっと、お母さんに必要とされたかった、認めてほしかった。見てもらえるまで、耐え忍んで、幸せが、帰ってくることを待ち望んでいた。
…もっと普通に過ごしたかった。朝起きるのが遅いって起こされて、お母さんの作った朝ごはんを食べて、家事を手伝って、お使いをして、仕事から帰ってきたお父さんを出迎えて、一緒に晩御飯を食べて…そんな幸せを、取り戻したかった。

でも、私の身体と心は限界を迎えた。死にたくなかった。そんな時に、旅人さんが現れた。彼の語る世界は、私の楽しみになり、安らぎとなって、私を癒した。…少ししか、持たなかったけれど。
結果、私は取り返しのつかないことをした。私は、お母さんをナイフで刺して殺したのだ。どこで狂ったのか。いや、最初から狂ってなどいなかったのか。

現実を受けとめられず、私は壊れた。もう、あの幸せは戻らない。永遠に、取り戻すことは出来ない。出来ないように、私がした。
私は、やっと、そのことを、理解したんだ。
幸せが戻らないのなら、私は、どうすればいい?
「…私は…私はっ…。」
許されないことをした。
「…そうだ。君のお母さんも、許されない罪を犯した。だからといって、君の罪が許される訳ではない。…でも今は、泣いてもいいんだ。」
そう言われて、私はやっと、自分の瞳から涙が流れ出ていることに気が付いた。零れ落ちる涙は、後悔か、懺悔か、それとも。
「…ありがとうございます。でも、家に帰って、埋めないと。…私の、やった、事だから。」
私が部屋の入口へ向かって歩き出すと
「私も手伝うよ。」と声が掛けられた。
「迷惑掛けっぱなしですね、私。」
別にいいのさ。と返答が返ってきた。
外は、私の罪を糾弾するかのように吹雪いていた。
                     *
自分の家の目の前に戻ってくると、「ここが君の家かい?」と聞かれたので、小さく頷いてみせた。
ドアを開けると強い血の匂いが漂ってくる。そもそも自分自身から血の匂いがしているので、今更嫌悪感もなにも私は無いのだが、旅人さんはどうなのだろうかと、後ろを振り返ってみたら、平気な顔をしていた。平気なんですかと尋ねると、もっとひどい所に行ったことがあるからねと返答があった。

血の付いた足跡を辿ると、死体のある場所まできた。
何度も腹部が刺されているようで、中の内臓も千切れたり、大変なことになっている。周りには血が飛び散っていて、私が血の付いたままで移動したからであろう、そこらかしこに真っ赤な引きずった跡や足跡が着いている。
私は、自分がやったことなのに、どこか冷静に状況を見ている自分に吐き気がした。
死んで痛みのあまりに白目を剥いたのであろうお母さんの顔を見ると、唐突にこの場所に在る、むせ返る様な死が在ることを意識させられた。
この世界の理が変わらない限り、生きとし生けるものは皆いつか死を迎える。次の世界を創り、伝え、終わりを迎える。
その終焉を私がお母さんにもたらしたこと、自分のやったことが信じられなくて、もう私が幸せを取り戻すことはできない、お前はもうどこにもいてはいけないのだということをまざまざと見せつけられた気がした。

家族で暮らした思い出がフラッシュバックする、それと同時に、お母さんからぶつけられた罵声や憎悪の言葉が私に纏わりついた。頭が真っ黒に塗りつぶされた。急に罪が私に圧し掛かり私を圧し殺そうとしていた。黒いものが私に纏わりついて、私を果てのない深淵へと連れて行こうとする。気持ち悪い。ぐるぐるする。私は独りだ。そもそも、私はなぜ、ここにいるのだ!!

『お前が生まれたこと自体が間違っていたんだよ。お前なんて生まれてこなければ良かった。存在自身が罪であり、悪なんだよ!!!』


ああ。お母さんにとって、私が「悪」だったのか。
どこに私は行けばいい。もはやここに私の居場所はない。もし世界に還れて、またお母さんとお父さんと過ごせるのなら―――――。

旅人さんはお母さんに近づいて「ご冥福をお祈りします。」と呟いていた。私はここから飛び出したときに落としたナイフを拾った。
そしてナイフを首に宛がう。
旅人さん、ごめんなさい。こんな私に「幸せ」をくれて、ありがとう。でもやっぱり、無理みたいです。最期まで自分勝手ですみません。そういえば、旅人さんと仲良くなれたのも、私が無理やり話をせがんだからですね。本当に、本当に、迷惑掛けまくりです。今そっちにいきます。お母さん、お父さん。今度こそ、今度こそは――
願わくば、幸せな夢が、見れますように。
                    *
「…ん。」
意識が戻ってきた。どうやらここに着いてからすぐ「むこう」に行ってしまったようだ。付近の記憶があやふやなのはそのせいだろう。
「…しかし。いつもの事だけど…辛いなあ。」
自分自身はどうにもできない。過去の世界に入ることができても結果は変えられない。そもそもその場所で何が起こるかもわからない。それでも、どうにか、何かしてあげられたら、気持ちを軽くできたらと思っていつも行動する。

これは、残酷なことかもしれないが、考え抜いて決めたことだ。今更変えることも、この先変わる事も、ないのだろう。
でも私は、もしかしたら結末を変える事が出来るのではないかという、甘い幻想をいつもどこかに持っているのだと思う。
これが、この力を持っている自分の宿命なのだろう。
…そう思っている。
この事件が起きたからかは分からないが、この村は、今は誰もいない無人の村となっている。この村は辺鄙な場所にあるうえ、気候が荒れることが多いので盗賊などが根城にすることも無かったのだろう。
私のような旅人だからこそ、ここに通りかかったのだと思うのだが、まさかここであんな凄惨な事件を「視る」ことになるとは思わなかった。こういうことを人は運命と呼ぶのかもしれない。
私は彼女に何かしてあげられただろうか?考えることすら無意味なことだが、どうしても私は考えてしまう。
私は声をあげ、立ち上がる。外は段々白みはじめていた。
町に行って、花を買って来よう。最期まで幸せと愛を求め続けた君に、私が君にあげられる幸せを捧げよう。君に似合う花を。そう思い、私は扉を開けて、外に出た。
吹雪はもう、止んでいた。

君にジニアの花を

ご拝読いただき、ありがとうございました!

君にジニアの花を

不思議な旅人と幸せを探す少女のお話です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-28

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