もう少しだけ

2012/01/19

 言い争う声が、建物中に筒抜けだった。よく聞けばそれは言い争いではなく、ただ一方が噛みついているだけのようだ。くだらなくて耳を傾ける気にもなれない。もしかしたら、当人たちは楽しんでいるのかもしれない。
 ことのはじめは、紙飛行機を後頭部に激突させたという、えも言われぬ理由だった気がする。それで噛みつかれた方は、たまったものではないかと思うのだが、よくも飽きずに相手ができるものだ。言葉通りの愚弟は、右手に紙飛行機を、左手に知恵の輪を握りしめて、一体いくつのつもりだろう。あれではまるで子どもではないか。
「いいか。紙は堅い方がいい」
 落ち着きはじめた頃に、紙飛行機談議が始まる。堅い紙は、当たると痛そうだ。鋏まで持ち出してくると、斬新な形にして喜んでいる。ゴミは誰が片付けるのだろうか。いささか大袈裟なかけ声と素振りで紙飛行機を投げると、それは上に大きく旋回して、彼の手元に戻った。捕まえた飛行機に目を輝かせているが、それは飛行機であってブーメランではない。
 次々と完成する紙飛行機は、次第に真一文字の軌道へと近づいた。そのせいか、投げた物を取りに向かうのが面倒になり、向かい合って投げている。まるでキャッチボールだ。
 そして、紙飛行機の操作に慣れたのか、互いの体を的に投げ合う遊びを開発した。暖かいこの地域で、雪合戦を編み出すとは、侮れない。飛行機合戦とでも呼ぼうか。知恵の輪まで飛んでいったので、度肝を抜かれたが、楽しんでいるようなので口を挟めなかった。
「くらえ!川の陣!」
 戦でもはじめるつもりだろうか。飛行機合戦というくらいなのだから、戦はもうはじまっていたのかもしれない。しかし本格的な戦になると、壁が崩壊してしまう。忠告でもした方が良かろうかと、悩まし気なため息をつくと、ふと静かになる。良く似た表情がふたつ並んでこちらを向き、ごめんと口を揃える。叱るつもりはなかったというのに、邪魔をしてしまったようだ。

 ふたりの時間はふたりのものだ。無くした幼い日を取り戻すように戯れる兄弟の、妨げにはなりたくない。幾度か我が儘すぎると進言も受けたが、甘やかさずにはいられない。そうした瞬間に安らぎを感じるようになってからは、甘やかされているのは、自分かもしれないと自嘲した。
 しかし、ずっとこうしてふたりに甘やかされている訳にもいかない。変遷する時代を受け取ると、約束したのだ。だから行かなければならない。
 それでも、ふたりに与えられた居場所は、心地が良かった。もう少し、傍に居させてほしい。
 もう少しだけ。
 そう思って、笑った。

もう少しだけ

続きません。

いつか物語になればと思います。

もう少しだけ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-01-19

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