学校へ行こう

 玄関を開けた彼女が驚いたように目を見開く。
 「なんでお前が!?」と顔に書いてある。
 限りなく金髪に近い明るい髪色をしたセミロングの髪。
 表情は驚きから一転、明らかにこちらを睨みつけている。
 敵意、不信。 
 そんな所でしょうか。
 
 「何か用?」

 ぶっきらぼうに放たれた言葉に、僕は黒縁眼鏡をたくし上げながら、にこやかに答えた。

 「深海さん、学校へ行きましょう!」

 バターン!

 勢いよくドアは閉められた音を耳に聞きながら、1時間前の事を思い出していた。
 
 
 *  *  *

 
 「テメー! ぶっ殺すぞ!」

 担任の田中先生から呼ばれて職員室に向かっていると廊下から、女子生徒の口汚い罵声が聞こえてきて立ち止まった。

 「こら、深海! 待て!」

 勢いよく職員室の扉が開き、明るい髪色をした女子生徒が不機嫌そうな顔で出てくる。

 「テメーと話すことなんかない!」

 捨てぜりふを吐いて廊下を走り出す彼女。
 そんな彼女と目が合った。

 僕は、目線を外して俯く。
 先ほど放った言葉はまるで僕に当てた言葉のように、彼女は一瞬敵意を持った目でこちらを睨んだが、すぐ目線を変えて走り出す。

 「全く、アイツ・・・」

 田中先生が職員室から顔を出し、ひとりごとのように呟いた。

 「もう出席日数足らなくて退学間近だってのに・・・」

 そこで田中先生が僕を見つめて、微笑んだ。


 *  *  *


 前略、神様。
 秋、人肌恋しくなる季節いかがお過ごしでしょうか。
 神様もご存じの通り、僕こと中村一樹は超がつくほど真面目です。
 学級委員長を連続で任命され続けて早2年。気がつくと僕も高校2年生になりました。
 心身ともに健康に過ごせるのも、これもひとえに神様のおかげだと思っています。
 ただ、神様に一点苦言を申し上げます。
 なぜ、僕なのでしょうか?
 先ほど担任の教師より、『退学間近の女の子を助けてくれ』と話があり、家庭訪問をした結果、冷たく扉を閉められました。
 真面目に学業に勤しんできたつもりでしたが、急な困難に驚いています。
 でも田中先生も困っていましたし、もう少しだけがんばってみます。


 ピンポーン

 インターフォンを押すも、反応なし。
 
 ピンポーン

 もう一度押すが、反応なし。
 おかしいな、聞こえないのかな。


 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン・・・。

 8回目のインターフォンを押した所で慌ただしくドアが開く。

 「深海さん、学校へーー」

 「うるせー!」

 僕の言葉が終わらないうちに、恐ろしい速度で僕の頬に彼女の拳がめり込む。
 生まれてはじめて初対面の女性に殴られ、僕はそのまま意識が途絶えた。
 
 ーー神様、どうして僕なのでしょうか?


 *   *   *

 
 目を覚ますと、見慣れない天井に驚き、左頬の内側に鋭い痛みが走る。
 
 「痛っ・・・」

 「んっ? やっと起きたか」

 女性の声がする。
 そちらを見ると、輪郭がぼやけるが女の子であることが判別できた。
 その時になり、やっと自分が裸眼であることに気づく。

 「そんなに目を細めるなよ」

 「あっ、すみません。極度の近視でして」

 そう言って眼鏡を探すが、見あたらない。

 「あの眼鏡を知りませんか?」

 「ああ、これのことか。ほらよ」

 そう言って手渡された眼鏡をかけると。

 「あれ?」

 彼女の顔を見ることはできたが、左目の視界に細い白い線がいくつも見えた。
 改めて眼鏡を見て、レンズにいくつもヒビが入っていることが分かる。
 
 「ああ、そっか。僕、殴られたんでしたね」

 「お前、とろいな」

 彼女は髪をくしゃくしゃと不愉快そうにたくし上げた。
 改めて辺りを見渡すと、大きなテレビとソファがある9畳ほどのリビングで、自分はこのフカフカのソファにしばらく眠っていたようだ。

 カチッ

 彼女が無造作にライターに火をつけて、口元に煙草をくわえる。

 「あっ、喫煙はダメですよ」

 「どうして?」

 「未成年の喫煙は法律で禁じられています」

 「私、20歳なんだわ」

 「クラスメートですよね」

 「うん、私高校受験で4浪しているからさ」

 「えっ、そうなんですか!?」
 
 「嘘だよ、タコメガネ」

 心底バカにしたように彼女が言葉を放つ。
 少し傷つきました。

 「あの深海さん」

 「学校はいかねーよ」

 「どうしてですか?」

 「かったるいから」

 「学校楽しいですよ」

 「楽しくない」

 「友達もたくさんできますよ」

 「いらない」

 「先生も心配しています」

 「もっとイヤだ」

 「むー」

 「唸っても一緒だ」

 彼女が頭を抱えた。

 「なんなんだよ、お前。田中に何か言われたのか?」

 「はい、先生から退学寸前のクラスメートを救ってほしいと」

 「アホか」

 「えっ」

 「お前、面倒事を押しつけられているだけだろ」

 彼女が苦い虫を噛み潰したような顔で、頭を掻く。

 「人から嫌な役目を受けて、うんざりしないのか?」

 心底彼女からうんざりした目で見られる。
 僕は、少し苦く笑った。

 「そうですね、確かに時々大変だと思うこともありますよ」

 学級委員長も自分がやりたいと思って手をあげたわけじゃない。
 気がつくとクラスメートから推薦され、学級委員長の仕事を受けていたに過ぎない。

 「なんで僕が? と思うこともありますよ」
 
 損な役目。
 嫌な仕事。
 
 「でも、僕がやらないと、たぶん誰かがきっとこの嫌な仕事をやらされるんですよね」

 「だったら自分がその嫌な仕事を受け持つって言いたいのか?」

 「はい」

 僕は笑った。

 「バカだな、お前」

 「僕もそう思います」

 笑う僕に、彼女は無表情で立ち上がった。

 「もう帰れ。私は学校へ行かない」

 「分かりました。また明日来ますね」

 「お前、人の話聞いていたか?」

 僕は笑った。

 「僕、一つだけ人より勝っているものあるんですよ」

 「あん?」

 「諦めが悪い、です」

 「帰れ」

 「はい、ではまた明日」

 「二度と来るな」

 僕が立ち上がると彼女は無言で見送った。

 
 *  *  *


 翌日、学校帰りに彼女の家に着くとインターフォンを鳴らす前に彼女が顔を出した。

 「深海さん、こんにちは。学校へーー」

 「いかねーよ」

 「相変わらず不機嫌そうですね」

 「お前のせいだよ」

 彼女が慣れた手つきで煙草に火をつけた。

 「ダメですよ、喫煙は」

 「大丈夫、これ煙草じゃなくて煙草型のホワイトチョコだから」

 「えっ、よくできてますね」

 「嘘だよ、タコメガネ」

 また少し傷つきました。
 
 「本当に今日も来るとはな」

 「はい、諦めが悪いので」

 彼女がため息を吐く。

 「お前さ、殴られて痛くなかった?」

 「痛かったですよ」

 「じゃあ、どうしてまた殴られるかもしれないと思わないんだ?」

 彼女が理解できないという顔でこちらを見てくる。
 僕はしばらく考えて、口を開いた。

 「だって痛いだけじゃないですか」

 「あん? 痛いのは嫌だろ」

 「嫌ですよ。でもそれより深海さんが学校に行かない方がもっと嫌なんです」

 「なんでそこまでする? お前にとってはただのクラスメートだろう」

 「昨日まではそうでしたね。でも、もうただのクラスメートじゃないですよ」

 「ーー帰れ」

 彼女が背を向ける。

 「深海さーー」

 「帰れって言ってるだろ!」

 強い口調につり上げた目、本気で言っているのが伝わってきたが、僕はそれでも一歩踏み出した。

 「帰りませんよ」

 振り返った彼女が声を上げるより先に、玄関の中から声がする。

 「美雪、誰そいつ?」

 彼女以上に明るい髪の色をした長身の男性が現れた。
 僕より年齢が上だろうか、明らかに敵意のまなざしでこちらを見ている。

 「・・・健二には関係ないでしょ」

 冷たく言われた男性はあらか様に不機嫌になった。

 「なんだよ、その言い方は!」

 玄関を蹴り、彼女に近づく。

 「アンタには関係ないって言っただけでしょう」

 「なんだとテメー!」
 
 健二と呼ばれた男性が深海さんの髪を思いっきり掴んだ。
 彼女が小さく悲鳴を上げた。

 「・・・痛っ、痛いって、離しなさい、よ」

 「うるせー!」

 逆上した健二が拳を振り上げ、彼女が目をつぶった。
 ただ彼女に拳が当たることはなかった。

 「なんだよ、お前は!?」

 昨日と同じ左頬に鈍い痛みが走るのを感じながら僕は笑った。

 「中村一樹、深海さんの友達です」

 
 *  *  *


 その後も散々な目に遭った。
 更に逆上した健二が僕を押し倒した何度も殴ってきた。
 お陰で僕の顔はパンパンだ。

 彼女がすぐに警察に通報して間もなく警察に助けられた。

 ただその後も事情聴取に遭い、当たり前だが健二に怪我がなかったこともあり、僕は釈放された。

 でも彼女は事情聴取と学校の連絡が行き、退学の処分が下される所までいった。
 その時に僕は何度も教師達に頭を下げ、彼女が被害者であったことを必死で説明した。
 僕の説明が通じたのか、彼女は停学処分で済んだ。

 そして今日は彼女が停学処分から明けて登校初日。
 
 朝日を背に受けながら、僕は彼女の玄関のインターフォンを押した。
 
 ピンポーン。

 あれ? おかしいな。

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン・・・。

 「うるせー!」

 勢いよく玄関が開き鬼の形相で彼女が現れた。
 明るい髪の色は黒く染められ、高校のブレザーを着ている。

 「おはようございます、深海さん」

 「お前、本当にマイペースな奴だな」

 彼女ががっくり肩を落とす。

 「遅刻しては行けないと思って、お迎えに上がりました」

 「ああ、迷惑なお迎えだな」

 彼女は相変わらず不機嫌そうだ。
 
 「さ、行きますよ」
 
 彼女と僕は歩き出す。


 *  *  * 


 「聞かないのか?」

 「えっ?」

 朝の登校中、押し黙っていた彼女が急に口を開いた。

 「健二って誰なのか、とか。家族はどうした、とか」

 「聞きませんよ」

 僕はまっすぐ前を向いて答えた。

 「だってそんなのどうでもいいです」

 彼女は肩の力を抜く。

 「そうだな」

 そう言って、はじめて彼女は笑った。

 「いいですね」

 「えっ」

 思わず口を開いていた。

 「笑った顔、いいですね」

 僕の言った言葉に彼女は立ち止まる。
 
 「どうしました?」

 僕が振り向くと彼女が急に走り出した。

 「えっ」

 急いで僕も走って彼女に追いつく。
 が、すぐ彼女がスピードを上げて更に距離を離す。

 「深海さん、どうしたんですか」

 「うるさい、遅刻したら行けないだろう」

 「いえ、まだ時間に余裕がありますよ」

 「うるさい、私は無性に今走りたい気分なんだよ!」

 「分かりました、どっちが先に学校に着くか競争ですね」

 「うるさい、うるさい、うるさーい!」

 そう言って一番うるさい彼女が更にスピードを上げる。

 数分後。

 肩で息をする彼女が公園のベンチに腰掛けていた。

 「急に運動するからですよ」

 「はぁ、はぁ、うる、はぁ、はぁ、さい・・・」

 時計を見るとまだ時間に余裕がある。
 しばらく休むのに問題はない。
 僕は少し離れた所の自販機でスポーツドリンクを二つ買う。
 ベンチに戻ると彼女はだいぶ呼吸が整っていた。

 「はい、どうぞ」

 「ん、ありがと」

 そう言って受け取った彼女に僕は微笑む。

 「はじめてですね、お礼を言ってくれたの」

 その言葉が言い終わらないうちに、スポーツドリンクが顔面に飛んでくる。
 痛みに顔をしかめたが、その後ーー。

 「・・・ありがとう」

 「えっ」

 小さな声であったが、彼女が真っ赤な顔をして呟いた。

 「いろいろと、ありがとう・・・な」

 僕は満面の笑みでその言葉に応えた。
 
 「どういたしまして」

 彼女はまた、うつむいて小さく呟いた。

 「タコメガネ・・・」

 「えっ」

 「うるさい、行くぞ!」

 勢いよく立ち上がる彼女に、僕は笑みをこぼしながらついて行く。
 ふと、見上げると雲一つない青空が広がっている。


 前略、今日もいい一日になりそうです、神様。

学校へ行こう

学校へ行こう

どうもあきです。 お人好しの眼鏡男子高校生が担任の頼みで不良少女に学校に来てもらおうと奮闘する話です。 楽しんでもらえれば幸いです。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-27

Copyrighted
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