愛しの都市伝説(8)

八 伝説詣で・幸福まんじゅうマンの巻

「あんたのとこの伝説に、是非、お願いしたい」
 沢野会長は頭を下げた。
「お願いします」
 中上や組合の役員たちも頭を下げた。
 その横では、「幸福まんはいかが。幸福まんはいかが」と擦り切れた声のテープが音を出している。
「いやあ、皆さん、頭を上げてくださいよ。そう言われても、私も、最近は、伝説には会ったことはないんですよ。もう、どこかに消えたんじゃないですか」
「いやあ、きっと、どこかから、この店を見ていると思いますよ。さっき、「七人の小人」に行ったんですが、お供えのパフェがきれいに食べられていたと、マスターから連絡が入りました」
「ああ、あの喫茶ですか。確か、女子高校生に交じって、しがない真面目なサラリーマンがパフェを食べる伝説ですね」
「そうです。あなたのところの、幸福まんじゅうマンも、きっと、草葉の陰、いや、ビルの柱の影から、店を見ています。」
 中上は何の根拠もなく断言した。
「じゃあ、私はどうしたらいいんですか」
 佐藤が尋ねる。
「幸福おまんじゅうを供えてください」
「神棚ですか」
「そうですねえ」
 中上は、店の中、商店街のアーケード、道路など周囲を見渡した。
「あそこなんか、いいんじゃないですか」
 中上が指を指したのは、向かいのビルの柱だった。
「あそこは、つぶれたスーパーの柱ですよ。あんなところに、おまんじゅうを供えるんですか」
 佐藤は首をかしげた。
「ええ。伝説はこのお店にはいなくなったかもしれませんが、遠くに行っていないはずです。ほら、このまんじゅうだって、まだ、温かいじゃないですか」
「それは、出来たてだからですよ」
「まだ、草葉の陰から、いや、つぶれたビルの柱から、この店のことを心配して覗いているはずです」
 中上は佐藤の言うことなんか全く聞いていない。
「わかりました。じゃあ、供えてみますよ」
佐藤はしぶしぶ、まんじゅうをビルの柱の下に供えた。
「しばらくして、おまんじゅうが減っていたら、幸福まんじゅうマンがいるということです。その時は、私たちに連絡してください」
「わかりました。また、連絡します」
と、佐藤は言いながら、内心は、野良犬や野良猫が食べたり、カラスがついばんだりするんじゃないかと思っていた。

「まんじゅうが置いてある」
 幸福まんじゅうマンは、目の前のまんじゅうを確認した。柱のかげから手を伸ばせば、すぐに取れる。幸福まんじゅうマンは、これまで、まんじゅうを食べたことがなかった。売り物には手を出さない。これが、幸福まんじゅうマンの信念だった。だが、今は、違う。店の主人が、自分のためにお供えしてくれたのだった。
「食べてもいいということかな・・・」
 幸福まんじゅうマンは逡巡していた。これを食べれば、主人の言うこと、人間の言うことに従わなければならなくなる。これまでは、ボランティア精神で店を手伝っていたが、まんじゅうを食べれば、まんじゅうのために働いたことになる。店の主人とは、これまでの同士の関係から、雇い主と従業員の関係になってしまう。それを危惧しているのであった。あくまでも、自分は、ほくほくで美味しい幸福まんじゅうを世に知らせ、広げるために行動しているのであって、何かの対価として、働いているのではない。だが、目の前の、湯気の立つ、甘いにおいの幸福まんじゅう。このまま見ているだけでは、満足できない。食べられるチャンスが訪れたのだ。
「ひとつくらいならいいだろう。それに、実際に食べてみなければ、本当の美味しさはわからないはずだ」
 まんじゅうマンは自分に納得させた。そして、手を伸ばした。「うまい」当り前だ。自分が伝説となってまで売っているまんじゅうだ。まずいわけがない。だが、初めて食べたのは事実だ。まんじゅうを一個だけ食べて、全てを知ったふりをするのはいかがなものか。やはり、もう一個食べてみないと、本当の味はわからない。
 まんじゅうマンは、更に、まんじゅうに手を伸ばした。「うまい」やはり、ニ個目も美味しかった。だが、三個目は、ひょっとしたら、作る際に出来そこないで、まずいかもしれない。それが、もし、お客さんに当たったら、幸福まんじゅうはまずいという噂が立ってしまう。いい噂はなかなか広まらないが、悪い噂はすぐに広まってしまう。それを防ぐためにも、もう一個食べて確認しなければならない。まんじゅうマンは更に手を伸ばした。そうこうするうちに、お供えのまんじゅうは一個もなくなってしまった。

愛しの都市伝説(8)

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八 伝説詣で・幸福まんじゅうマンの巻

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-27

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