夢に見た白い鳥
誰も自分を必要としないこの世界で、唯一自分に興味を持ってくれたんだ。
美しい青い海に白い砂浜。ああ夢なんだとすぐに理解できた。
だれもいない静かな海に彼方はいた。時々海鳥たちの囀りや波の音が心地よく響く。うっとりと彼方は目を細めた。
(…現実の海も、こんなに美しかったらいいのに)
戦場にされた現実世界の海はお世辞にも美しいとは言えない。常に溶けた鉄の塊や油、船の残骸、死体が浮かぶ海は目を背けたくなる光景だ。
「…誰も、いない…から」
言い訳のように呟くと彼方は思い切り海へ飛び込んだ。
においも味もしないのは夢だから当然なのではあるがほんの少しだけ物足りなくなったのは我がままのような気がして彼方は目を閉じて静かに波に身を任せた。
ふと目をあけると真っ青な空にぽつんと何かが存在しているのが見えた。
彼方が身を起こすとそれはだんだんと大きくなっていった。
「…鳥?」
白いなにかは汚れひとつない美しい白い鳥だった。その鳥は彼方の隣に降り立つと濡れたような黒い目で彼方を見上げた。
「…?」
首をかしげると白い鳥は彼方に向かって首を突き出した。まるで撫でてとでも言うように。
自分が触ったらこの汚れのない鳥を汚してしまうような気がして戸惑っていると鳥は彼方の肩へ飛ぶと、彼方の頬に頭をすりよせた。
「あ、こ、こら」
くぁあ、と鳴いた鳥は催促するように頭を擦り付ける。それにはあ、と息をつくと恐る恐る鳥の頭に触れた。柔らかい羽毛は指を包むような感触でいつまでも触れていたい気持ちにさせた。
「…動物はいいな、何も言わない」
ぽつりとそう呟けば白い鳥は大きな翼を広げると彼方の頭をなでるように羽ばたかせた。
「…慰めて、くれてたり?」
そう問えばそうだというようにくああ!と大きく鳴いた。なんだか無償に泣きたくなって彼方はきゅっと唇をかみしめた。
「…お前は、似てるな。あの人に」
水面を見ればいつも通りの冴えない自分ではなくほほ笑んだような自分が映る。物心ついてから散々と否定された彼方の心は壊れないように固く閉ざして何重にも鍵をかけたはずなのに一人の男によってその鍵は外されていた。それでもその男に心を許さないのは最後の鍵を外されないように必死にちっぽけな彼方の意思が守っているから。そんな意志もうっすらと男によって塗り替えかれようとしている。
これまで何もなかった彼方にいろいろなものを注いだ男。
彼方はここにいていいのだと言った男。
彼方にとって絶対だった兄に口を出した男。
男は彼方にとって特別な存在になりつつあった。
「…白鳥、さん」
男の名を戸惑いがちに呟き目を閉じれば徐々に意識は浮上していく。
季風彼方は誰にも心を許さない。
許さない、はずだった。
夢に見た白い鳥