星空は右利き

先生は地球の自転を右まわりと言う

先生のことについて語ろう。偏食家であり、引っ越し魔であり、風呂に入ったら二時間は出てこない。加えて先生は右利きであった。
一般的な利き腕の話ではない。先生に言わせると、この世の森羅万象は右が優位であるらしい。「優秀な部下のことを右腕という。逆に悪いところへとばされることを左遷と言うし、時計の針は右回り。常に未来は右へと開いている。だからわたしはどんな時でも右を選ぶことにしているのだ」という口上をわたしは幾度となく聞かされた。


先生は地球の自転を右まわりと言う。まあ、それは別に良いと思う。およそ日本における地図・地球儀は北が上となっているので、その文脈において地球の自転は右回りということになるであろう。自ら住む星が右向きに回転していると思っている限り、先生は幸せであり精神の平穏を保つことができるのだ。わたしにとっては実にどちらでもいいことだが、どちらでもいいことならば他人の幸せのために妥協してやるくらいの度量は持ち合わせている。
先生は、天体も右に回っているな、とわたしに言った。正直、天体が右に回っているかどうかもわたしにとってはどちらでもよいことであった。しかしタイミングが悪かった。その時わたしは先生の書き上げた原稿の校正を行っており、言葉の正しさとかいうものにシビアになっていた。咄嗟にわたしは、地球が右に回っているのならば天体は左に回るのでしょう、と応えてしまったのだ。


わたしの主張は間違っていない。右向きに回るバレリーナからは、客席は左に回って見えるだろう。客席を右に回すのであれば、バレリーナは左に回らなくてはならない。どちらかを選ばなくてはならないのだ。地球も天体もどちらも右に回っていることにしてしまっては地動説はどうなってしまうのだ。ガリレオ・ガリレイが異端審問の場で「それでも地球は廻っている」と空気を読まずに呟いたことを思えば、目の前の男がちょっとへそを曲げたからと言ってなんだ。そもそもここでわたしが切羽詰まりながら校正作業に追われているのもこの男の原稿の上がりが遅かったからではないか。端的に言えば地動説のことはどうでもよく、わたしは先生に仕返しがしたかった。ガリレオとコペルニクスには申し訳ないが、そういう事情がなければ別に両方右でも構わなかった。


予想通り先生はへそを曲げた。先生は原稿を取り上げたまま返してくれなかった。大人気がなさすぎる。大変に困った。やめておけばよかった。


その夜、右向きに回る地球の上で、わたしは先生に電話をした。いつぞやを思い出し、先生、星が綺麗ですよ、などと歯の浮くようなことも言った。左に回っている夜空が綺麗なものかね、と皮肉を言っていた先生だったが、やあたしかに綺麗だ、と唐突に呟いた。つられてわたしも空を見上げると、なるほど、星が流れていく。流星であった。
天体の回転に逆らって健気にも右へと流れてくれた名も知らぬ星にわたしは感謝した。先生の機嫌も良くなったようだ。立て続けにいくつか星が、これも右へ向って流れた。流れる星に、願わくばあの偏屈男が何かの罰を受けますよう、とささやかに祈った。
受話器の向こうで先生が、左隣に住むいけすかぬ爺に天罰を、と大きな声で祈っていた。

翌日、爺の家は全焼した。
爺自身は無事であったが、先生は放火の嫌疑により公安に睨まれ、近所からは村八分と大変な目に遭ったとのことだ。なんでも前の晩に「天罰を」と大声で言っていたのが近隣住人に聞こえていたらしい。人を呪わば穴二つ。


しかし、このあとわたしも大変だったのだ。
まあそれはまた、別の機会に。



++超能力者++
先生
ESP:「右」を選ぶことで物事がうまくいくようになる

星空は右利き

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星空は右利き

3分で読めます。「話の中に必ず超能力者がひとりは出てくる」というしばりで掌編の連作を執筆中。 超能力者の名前と能力が必ず最後に記載されてますので、答え合わせ感覚で読んでいただければ幸いです。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-26

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