隣り合って、二人。
初の短編です。
三十分程度で考えた内容のうっすいものです…。
ちょっとした時間潰しにでもどうぞ。
雨が下校時に突然降りだした。
天気予報で降水確率は二十%だったから勿論傘なんか持ってないし、折りたたみ傘を鞄に忍ばせておく程器用じゃない。
降り始めの独特の匂いが鼻腔を擽った。
突然の雨で、学校の貸し出している傘は既に残ってないだろう。
現状を見てどうやら僕に残された選択肢は三つらしい。
一つ目は、雨に濡れる事を我慢して走って帰る。
二つ目は、雨が止むのを待つ。
三つ目は、誰かの善意に縋る。
まぁ、三つ目の可能性は皆無と言えるだろう。
今学校に残っている殆どが傘難民だからだ。
玄関口で何人かの男子生徒が鞄を頭の上にのせ、雨の中に飛び込む準備をしているのが視界の端にある。
俺もそうしようと思ったが、彼らが出た直ぐ後に雨足が少し激しくなった。
地面に叩きつける空の涙が僕の足を一歩出させるのを戸惑わせる。
一向に雨の止む気配のない空を見上げて溜め息をつく。
雨が振りだしてどれだけ経っただろう。
灰色の空が目の前をどんどん染めていく。
また一つ、溜め息を付いたとき。
「降レ降レ、モット降レ、汚レタ心ヲ洗イ流シテクレ。」
いきなり真後ろから女の子の声がした。
か細い音に乗った詞。
振り向くと癖のあるボブカットで顔の半分を隠してしまう程の大きな眼鏡をかけた小さめの女子生徒が立っていた。
「…あ、あn「今のは、Hello I っていう歌の一部です。」
僕の言葉を遮るように彼女はそう言った。
大きな眼鏡の奥にあるくりっとした瞳が僕を見上げている。
僕はその瞳に吸い込まれるような感覚に襲われた。
「降レ降レ、モット降レ、僕ノ知ラナイ僕ヲ教エテクレ。」
彼女はくるくる回り、歌いながら雨に触れるか触れないかの所に立つと両手を広く広げた。
「降レ降レ、モット降レ、コレ以上心ガ乾イテシマワナイヨウニ。」
二回程その場で跳び跳ねた彼女は少し前へ飛び出た。
境界線を飛び越えたかの様に彼女は乾いた地から抜け出して大雨の中に立っている。
「おい、ちょっ、」
雨が彼女の服を濡らし、肌を浮かせる。
と、突然。
「傘なんてぇ~!自分を隠しちゃうぅ~!イラナイモノ、なんですよぉ~!」
雨音に負けない様に彼女は大声をあげた。
僕の方を振り向いた彼女はずぶ濡れのまま、近づいてきて手を握ると僕にも境界線を跨がせた。
ざぁっと、頭の先端から降り注ぐ雨は思っていたより冷たかった。
降り続ける雨は僕の頭、頬、肩を伝い落ち、心にまで流れてくるみたいで僅かな汚れが洗われる気がした。
「コンニチハ、私。」
にっこりと笑う彼女。
「…コンニチハ、僕。」
彼女に導かれるように僕は口を開いていた。
「ほら、傘なんて要らなかったでしょ?」
そう言いながら子首をかしげる彼女の笑顔は眩しかった。
僕はその時、新たに見つけた四つ目の選択肢"雨を感じながら帰る"を選んだ。
昨日の雨が嘘のように青く空は広がっていた。
所々に白い雲が浮かんでいるだけ。
教室の席に座って窓の外を眺めると、妙に眩しくて目を開けていられない。
窓から顔を背け、机に頭を伏せると少しの間だけ目を閉じた。
見えるのは昨日の玄関口の雨とずぶ濡れの彼女。
彼女は雨の中で笑いながらはしゃいでいる。
「…降レ降レ、モット降レ、…。」
蚊の羽音程の声量で呟くと、フッと笑いが出てきた。
誰かも知らない彼女との、ほんのわずかな雨の記憶。
それが妙にむず痒くて擽ったくて甘くて酸っぱい。
無味無臭の味気なかった雨の日が、異様にだが、明確に鮮やかに色づいた。
つい昨日の事なのに懐かしく思えて、妙に雨が恋しくなる。
「…雨、降らねぇかな。」
あの子にまた会えたらな、何て考えたりしながら。
隣り合って、二人。