practice(142)






 
 胴の横から出たぜんまいは回り,おもちゃの衛兵は歩いている。停まった駐車場の海に面したところにある,その高いところの頂上は思うよりデコボコが見られて,カレ(と呼んで三時間のお付き合い)は足をとられてるから,一緒にそこに座っている私がその度にカレを立て直して,傷がないかを指で探ってる。簡単だなって感じる作りは,三百円の枚数に合うか,合わないか。小銭入れの軽さがジュースを誘い,立っている彼が,さっき食べ終わったアイスのカップを片付けている。蓋と本体を二つに重ねて,彼が入れる二回とも,開いてるコンビニ袋はかしゃっと音をぶら下げた。細かいなーって私が少しうんざりするところ,木の匙がそのままの姿で居なくなる。彼は,他にないかー?と私に聞いてくる。袋の口を開けてみせる。うーん,と言って私は彼に,ガムの四角を一周した赤い紐を,指で摘まんで差し出す。ぱっと離して,袋は彼の代わりをする。ひらひらっと,紐が袋の内側に消える。きっとアイスにくっ付く。私がそう思った,前に取り忘れの,パックのオレンジに使えるストローは紙がべたべたになって,ミント色は味になった。気のせいだと思うお腹の調子が悪くなったこと。冷えた水道水と暗いアスファルトを照らす光が眩しくて,数字の「3」が多いナンバー,帰り見た看板の『あんぜんうんてん』。いい匂いのする椰子の木の車内で,謎のバネの生物が踊って,ガソリンが赤く光るか光らないかという遊びをしていた。彼が右を見て,私が左に注意を促して,黄色い信号が変わる。ぶるぶるするギアの頭を撫でて,体をフロントに押し出し,彼はスタンドの閉店時間を乗り越えようとしていた。私は電車の時間も閉じて,居なくなった窓に傾き,欠伸を隠れさせる。ラジオが散りじりに入って来て,「…です。」や「…それで,わ…」を残していく。知らない漢字を知るための辞典が,用を失くして後ろの席に寝転がっていた。ウェットティッシュの空箱は,丸くてこっちと,そっちを行ったり来たり。彼はブレーキに足を乗せているように見えて,私のところには砂で汚れたスカートの先,脱いだサンダルは片っぽが横向き。シートの中に足を折り畳んで,海はさざ波で,バスが終わって,月が一番勝っていた。青信号とともにニュートラルから進むトランクで,ごとごとと大きな実は,ダンボールに収まった名産品で,私と彼の間で分ける,約束だったもの。それを使ったデザートを奢ったのは彼,私はその後でうたた寝をするフリをしていた。風が慎重な流れをみせる。燃焼を抑えた走り,呆れるくらいに残る景色。
  よちよち歩きと比べられない,スキー板みたいな衛兵のおもちゃの影を踏んだ。ちょうどそこにデコボコのデコがあって,私の指が痛い思いをする。カレは上手くそこを乗り越えた,新記録を樹立しそうな気配,けれど息切れのぜんまいが,じーじーと鳴って目立つ。
 テレホンカードの夢が詰まった。と,春に窓を開けて読んでいた本には,空港近くの電話ボックスがよく使われていた。冬以外はドアが開けられていて,足で押さえる場面が続く。助手席のシートを倒して,行楽地の晴れた空を覆っていた私が彼の運転席の後ろを捉えて,
「ねえ,あなたはどしてる?」
 と聞けば,利き手の右手で左頬を掻く彼は,ハンドルを緩やかに動かして,
「うーん,閉める,かな。やっぱり。してる話は聞かれたくないし」
 と答える。
「でも空港近くだよ?空港じゃなくて,誰もそんなところ使わないんじゃない?やっぱり。」 
 と,私が主人公は抜きにして,と追加した。戻した右手とともに,ハンドルを右に切った彼が
「うーん,」
 と唸りながらも,「でもやっぱり閉じる。だって,飛行機が離陸したらさ,うるさいでしょ,やっぱり。話,聞こえないし聞けないよ。」と答えて,彼は私のいる助手席側を,ちらっとしか見れなかった。
「あ,そうか。」
 と言い,うん。そうだね,そうかもね。と思い,そう発声しなかった私は,でもこの『空港近く』が,私が思うような近さであるんなら,電話ボックスのドアは閉めても開けても同んなじだ。エンジン音がそこに一杯になる。だから,理由は別かもしれない。そう思っていた。
 それから本を傘にして,柔らかな日光を防いだ。彼は眠気覚ましのガムを噛んでいた。それを包んでいた銀紙は誤って,彼が窓の外から飛ばしたらしい。私は頭の中で,『銀紙は謝って』と変換していた。それも誤りだった。
  窓は閉めて,口に出さなかった私は,秋に焼き栗を食べた。彼は焼き芋を頬張って,大事な懐の心配ばかりを,小銭単位でしていた。
 季節はめぐり合い。
 おもちゃの衛兵をカレと呼んで,三時間のお付き合い。
  ぶらぶらさせてる足の先から,なかなか抜けない今度のサンダルは,無理して登った結果として底がちょっと欠けたみたいで,彼がそう言っている。だから私はそうなんだと認めて,目の前で転けそうなカレの左右に,広げる両手を持っている。けれどぜんまい,巻けばいいんじゃないの?と,下からアドバイスをくれる彼はほっといて,おもちゃの衛兵であるカレは,私が最初に回したときに,最初に倒れていたデコボコの箇所に,スキー板のような足を乗っけて,止まってしまった。ぜんまいのつまみも動いていない。力が尽きて,残っていない。ただバランスは失っていない。だから,これは新記録といっていいのではないかと期待した私が,第三者である彼に判断を仰ごうとしたけど,彼はちょっと離れた車に向かっていて,もう居ない。長いボンネットに巻かれて,彼は暗闇にまぎれる。私はガムを一個噛んでいて,膨らますことが出来ない。影を引き連れて,片足をあげているおもちゃの衛兵のカレは,連動していない手を下ろさずに,デコボコのデコっとしたところで,振り返りもしないでいる。描かれた腰のベルトと短剣,耳の前から通る帽子のあご紐。丸みある背中を小指の爪先でほんのちょっと掻いてあげて,あっ,とバランスは見事に崩れた。カレは仰向けに寝転がり,スキー板みたいな足を両方ともじーっとバタバタ,動かして止まった。お髭も覗かせて,カレは上を見ている。私は覆いかぶさるようにカレを見て,離れて一緒に上を見る。晴天が臨んで,空を飛ぶものを行かせている。赤い点滅,煙を吐く煙突。カセットテープの再生が終わって,勢いよくボタンが外れる。
 もし弾ける炭酸を持って,彼が走って戻って来るのなら,ぜんまいの白いつまみは軽く小さい。じーこじーこと音がして,しゃかしゃか足が動いていく。ナイトウォーキング。暫く回して,とても止まる。
 手のひらに乗せられて,衛兵のヘコんだお尻を見たって,月が朗らかに笑ってた。



 

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-25

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