魔女と女王
2012/01/18
魔女など狩ってしまえばよい。それは魔女でなくても一向に構わない。あの小娘を魔女に仕立て上げさえすればよいのだ。神の力を持つものは我が息子だけ。青い瞳は神の証。
世界の軋みは、突然目覚めてしまった。世界樹の母の家系が異端児を目覚めさせるとは、落ちぶれたものだ。急ぎ炎で清めなければならない。しかし清めの儀式を行うことのできる神官はいただろうか。卓上に広げた手紙に目を落とすと、静まり返った部屋に扉を叩く音が響いた。
「件の魔女を捉えました」
口元を三日月の形につり上げ、笑う。入れと命じると、部屋の警備の任に当たっていた兵が扉を開けた。開いた扉の中央には、髪の長い男が頭を垂れている。その白く色のない装いは、この絢爛豪華な部屋には、おおよそ不釣り合いであるように見えた。やはり神殿の人間を、王宮に入れるものではない。
「祓いの備えは明朝揃います。処刑は明日の日没になるでしょう」
蝋燭の光がゆらりと揺れて、真紅の絨毯を照らした。伸びた人影が暗くなる。
「あの小娘は、凡人では祓えぬ。妾も出向こう」
些か驚いた顔をされたようだが、有無を言わせぬ思いが、腹の底から滲み出るような声だった。仰せのままにと返した男を、そのまま下がらせた。再び、部屋に静寂が訪れる。
片目の赤い魔女。この手で祓わねば気が済まない。この美しい王国を軋ませる赤への憎しみが溢れて、机上で手を握りしめると、手紙が音を立てて潰れた。手を引き剥がし、その紙を大きく裂く。そして紙片を暖炉へ投げ捨てると、それは音を立てて燃えてしまう。神の裁きのように燃え上がり、跡形もなく灰となった紙片は、炎に浄化されたようだった。
これまで何人の魔女を葬っただろうか。本物ではなかったろう。すべて神官の好きにさせていた所為か、消えていった女たちの顔を見たこともないし、何によって審判されたのかも耳に入れていない。ただ、小娘を処刑するに丁度よい口実が、町には蔓延していた。
世界は愚かなものだ。神の意志を継ぐものがいなければ、こうも簡単に乱れてしまう人間の、何を救えばよいと言うのだろう。
町にはあかりが灯りはじめ、夜の姿に変わろうとしている。町の光を見ることはできるが、王宮の光は誰も見ようとしない。宮門に設置された祓いの大松明の光が、国に届くこともない。これでは神への忠誠に欠ける人間に、裁きが下っても仕方あるまい。
神の国を汚す女に、審判を。
魔女と女王
続きません。
いつか物語になればと思います。