SS32 最後の一枚
最近体重計に乗ってない。
「そう言えば、最近体重を測ってないな」
風呂上がりの水滴を丁寧にバスタオルで拭い、パジャマまで着込んだ後になって、ずいぶん間隔が空いているのに気が付いた。
もちろん理由があって遠ざかっていた訳だが、少しお酒の入った今日ならば思い切ってチャレンジ出来そうな気がした。
邪魔にならないように脇へ追いやっていた体重計を引っ張り出した沙織は、スイッチを押してゼロ調整が終わるのを確認してからそっと足を乗せた。
表示がめまぐるしくカウントを始め、安定するのを待って表示窓を覗き込む。
ゲゲっ。そこにあったのは大袈裟でなく目を疑うような数字だった。
ウソでしょ? いくら何でもこんなに増えてるはずがない。
足元に釘付けになった目を上げて頭を捻ると、はたと自分の迂闊さに気が付いた。
「何だ、パジャマを着てるからじゃない。びっくりしたな、もう」
冷静に考えれば何の事はない、単なる早とちりだった。
せっかく身に着けたパジャマを脱いでから再び上に乗ると、驚いた事にそれでも以前より三キロも多い。
おっかしいな。しばらく使ってなかったから電池がなくなっちゃったのかな?
前回測ったのは確か二週間程前。いくら何でもそんなに早く電池が消耗するだろうか?
それでも慎重を期して電池を交換し、体力アップの為に買った五百グラムの鉄アレイを置いて、正常に動作しているのを確かめた。
これで大丈夫。
今度こそ安心した沙織は、三度身体を乗せてみる。
「……そ、」そんな……。
驚いた事に数字がさっきとまったく変わっていない。
最早残っているのは僅かにパンツだけ。沙織の表情は苦悶に歪んだ。
そう言えば……。彼女の脳裏に起死回生の閃きが訪れた。
今日のこれは、おろしたてのおニューのヤツだっけ。
結構重いんだな、これ……。
「…………」
どこかで鳴った物音に顔を上げると、時計の針が十二時を回っているのが目に入った。
「いっけない。明日は早めに家を出なくちゃいけないんだった。さっさと寝ないと起きられなくなっちゃう。
こんなつまらない事に没頭してる場合じゃないわ」
彼女は立て続けに派手なくしゃみを繰り返すと、眉間に皺を寄せながら就寝の準備を始めた。
”君の脳ミソは涙ぐましい努力をするなぁ。
新しかろうが古かろうが、パンツ一枚が三キロもある訳ないじゃない。しかも鉄アレイの重さが正しく表示されてたのを無視しちゃってさ。
君以外の人は皆こう言うと思うよ。
それは現実逃避だってね。”
「ふん。分かってるわよ、そんな事」
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