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 人気店と評されるこの店を説明するにあたって,人も雑誌も道順以外で必ず口にする鳥はいかにも南国そうな生息地を想像させるハデな色と大きなクチバシを持っている。玄関先で,ブランコしそうな太い止まり木の上で頭の向きを変える以外,そう目立った動きを見せない。午後二時の前後に,女性の店員が小皿に盛った木の実やらを食べさせる際には横っ跳びを少し披露したが,あとはまったく印象が残っていない。女性の店員は長めの箸を使い,器用に一粒ひと粒を鳥のクチバシに運んでいた。その分だけ,ちょっとしか開かない鳥の食べ方も退屈だった。それを終わりまで見ていることは出来ないと判断し,私は妻と子供を促して店内に入ろう,そう言った。そこで「おおっ!」と起こった,別の見物客たちによる小さな歓声の原因を見れなかったのも,そう,期待はしなかった。
 店内のどのテーブルにも白いクロスが敷かれ,リザーブ席の食器はぴかぴかに揃われている,子供がその席を指差し,私たちは向こうだよと案内の男性店員に促されるオレンジ色が基調の床を歩きながら感じる近くの人工ビーチの足跡には,Tシャツに短パン,そしてサンダルと楽な格好のペアも少なくない。ゆったりと構える背もたれに凭れて,ナイフにフォークをお皿の縁に置き,青い景色と果汁が注がれたグラスを傾ける。たまに口元をナプキンで押さえて,どちらかの肩を叩き,一方の髪を撫でる。奥へと向かうほどにサングラスをつけたままなのは,正に陽射し対策だろう。彼らを含めて,見えた遠くのビーチに人はまばらな点のようだった。そしてここには私たちと同じような親子連れの姿が今のところない。入り口にいた数人の子供も同じような姿をしていたし,そこに親らしき保護者は見えなかった。
 男性店員の方に促された席に座り,メニューとナプキンをそれぞれに取る。
 注文をし終わったあとで,妻から鞄を置いてと頼まれた席を後ろに引こうとすると,トレイとメニューを片手に,私たちの席から下がりきっていなかった男性店員が笑顔で一歩と近づき,音も立てずに用を済ませてくれた。妻のそれ,そして自分の財布と長いルームキーをそこの座椅子に乗せながら,私も笑顔で男性店員にお礼を言った。
「ありがとうございます。」
「いえ,それでは。」
 片手に持っていたトレイとメニューはその時だけ正面を向き,顔を上げた笑顔とともに去っていく時には再び片手に持たれていた。
 飲み物から運ばれて来るまで,妻とは今朝見たニュースの話をした。
 子供がさっき描いて教えてあげた絵かき歌に夢中になり,逆さまで見る限りでも,さっきよりも上手になっていた。その背後,テラスに顔を向ける妻越しにも,厨房に面する真っ正面の壁に掛けられた横に長い絵がある。大がかりなものと言っていいだろう,遠目でも意匠が施されたと分かる額縁に入れられたそれは,宗教画であるがどの場面に関して描かれたものであるかが分からないために,天を巻き込んだ壮大さだけが飛び込んでくる。その前に座った,若いカップルがそれぞれに帽子を脱ぎ,ひとつ空いているテーブルを挟んで,隣のテーブルではプレートに乗っているブロッコリーを男に食べさせている年齢別のカップルもある。その並びでいえば最も入り口に近い,端のテーブルの年配のご夫婦は珈琲をともに一口と飲んで,食後を楽しんでいるように見える。テラスに最も近い反対側のテーブルから,陽の陰り具合が酷くなる二つのテーブルの空き具合が埋まる気配は暑さとともに無さそうであるから,その三組が一面の客になるんだろう。その三組ともが向かい合って座るのでなく,壁側に設けられた赤いソファーに隣り合って座っているのが印象的である。誰も気にしていない。その絵の下,額縁の底辺に若いカップルの男性の頭が擦れそうな気がする以外は,誰も何も気にすることなく,絵は,こちらから見て,壁の真ん中でその壮大さだけを飛び込ませてくる。料理を運ぶ女性の店員は,会計を済ませようとテラスから入ってきたビーチサンダルの客を男性,女性とその前で交わしてから,こちらの壁の,別テーブルに向かい,帽子を脱いでいた若いカップルの男性が,また帽子を被り,それに気付いた女性が帽子のつばを外側に弾いた。男性はまた帽子を脱ぎ,その帽子を,ソファーと壁との間に置いている。アルファベット,半分だけしか窺えない。端の年配のカップルのどちらかが,零した珈琲を男性の店員に拭いてもらっている。拭いてもらっている。
 子供が絵かき歌に飽きたので,次は階段状のくじを作り,『アタリ』という文字を下部に書いてから,折り曲げて隠した。それから妻とはごみの話をした。宿泊先のホテルの中に置かれているエレベーター脇のごみ箱に,軽食のものと思われるごみが紙袋ともども小さな『口』に押し込まれていて,しかもそれがはみ出していたために,何かの格好がつかないものとなっていたのだった。
「私が一度下に降りて,上がって来たときには,そんなものそこに無かったの。」
「急いでいたのか,何なのか。他に部屋に置いて出るって訳には,いかない事情でもあったのか。」
「食べ終わったのがエレベーターの中で,たまたま停まったのが,私たちの階だった,とか?あと,そのまま持って行くには手荷物が多かった,とか。」
「飲み物は,きちんと飲めたのかどうかが心配になってくる。そうだとすると。」
「炭酸はオススメしないわね。そんなときだと。」
  テラスからの光を遮るように,さっきの男性店員がテーブルの側に立ち,トレイから順にグレープジュース,オレンジ,そしてジンジャーエールが置いて,
「食事はただいま準備をしておりますので,もう少々お待ちを。」
 と言い残し,笑顔で去る。いまはクジに夢中な子供が勢い余ってアンケート用のボールペンを転がし,それが水滴とグラスを揺らす。気を付けて,という妻の軽い注意は子供の注意をくすぐって,子供は再びクジに真剣に向き合う。私は二枚目の制作に向かおうとし,歓声が,距離がある分小さく聞こえるけれど,入り口の辺りからまだ上がっているのに気付いた。あの鳥である。今度は何をしたというのだろう。
 取り皿とともに前菜を持って来た女性の店員は,魚の種類と添えられたものの名称,ソースの酸味について説明しながら,飲み物が真ん中に密集していた私たちのテーブルの空いているところにそれを置いた。それから男性店員と同じく,少々お待ち下さいませ,ということを述べる。テーブルを去ろうとする前に,私はその女性の店員に歓声以外のことを聞くことにした。
「ここのお店は,あの鳥以外に,何かまだ他に,動物とかそういったもの,飼っていらっしゃるのですか?」
「ええ,カメレオンを飼っています。」
「え,カメレオンですか?」
 私は聞き返した。何処に?という,質問も勿論含めていた。
「はい,そうです。この店の入り口に。鳥と一緒にいたはずですよ。いつもそこの観葉植物の木に居ますから。」
 観葉植物?聞いて思い出せないその存在に,私はもう一度,あの鳥と,長めの箸を思い出した。小皿の山が一粒小さくなれば,クチバシがその分開く。横っ跳びに止まり木が動いて,それ以外に変化がない。想像すれば,消化ぐらいは行われているんだろう,しかしそれ以上をやめた。私と私の家族はやはりお店の中に入っていく。男性店員が私たちを迎える。
 帰りにでも見ていって下さい,と私たちに言い,既に去っていったあの女性の店員はトレイを置き,トレイを持ち,水が入ったグラスを乗せる。
「カメレオンだからね,同化して,消えたんじゃない?それも見事に。」
「気付かせないぐらいにかい?観葉植物も?」
 私は妻に言った。
「観葉植物は,あるんでしょ。入り口に。まあ,なくてもカメレオンだからね。どこででも消えること,出来るのよ。きっと。」
 妻は私にそう言う。魚を二つ折りにしフォークで刺しながら,私にはお箸を勧めた。
「じゃあ,見つけられないこともある?」
 受け取りながら,私は妻に言った。
「理屈でいえばね。」
 手渡し終えて,妻は飲み物で喉を潤した。
「じゃあ,現れたら,驚くね。」
「そうでしょうね,案外,あの歓声はそうかもよ?」
 苦笑いとともに,グレープフルーツのジュースを飲んだ。
 子供が魚のひと切れを食べたいというので取り皿を取り,箸で少し野菜とともに乗せてあげると,注文したプレート用の小さいフォークで手前に寄せつつ,刺したりした。クジが書かれたナプキンは大事な階段がオレンジが入ったグラスを伝う水滴に触れ,にじみとともに,判別がつかなくなろうとしている。二枚目,そう。二枚目。
「そうそう,」
 と妻が言う。
「何が,だい?」
 と私が言うと,
「さっきの話,単純にずぼらな人が押し込んでいっただけかもね。」
「どれだい?」
「ご,み。紙袋よ,エレベーター脇の。」
 と妻はフォークを置く。
「ああ,そうかもしれないね。それで?」
「ううん,それだけ。あなたはしないでね。出来るだけ。」
 とお箸を持ちがなら,「分かった。そうする。」と言った。
「うん。」
 そう言って黙る妻の背後,私の目の前の相変わらず壮大な絵の端で,端の年配のカップルがカップを傾けて,底まで綺麗に飲み干している。帽子はそのまま。ブロッコリーはなくなり,入り口の外から歓声が上がる。店員が別のテーブルから去り,私はお箸を動かした。酸味のある,ソースが消える。子供はそのままのお皿を見せながら私に食べ終わったと言い,全部食べていいかい?と聞こうと見た妻は,私の背後を目で追っている。

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  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-21

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