国税局が詐欺師に騙された!?

ハーイ皆さん私は、この平和な日本で「相続税が馬鹿らしい」と二度の誘拐が、役所警察皆信じてはくれずに、娘を盾に脅され見張られ、ショックと栄養失調で、一時は名前も、言葉、字も忘れ、ボケの為家族を兄姉親戚、大澤と45年から大事に作った人財、と言う財産、友人を全部無くし嘘の領収を書され夫人会館が保護
(ボケは相手の話す言葉は分かるのに即答の言葉、行動が鈍く、思いつかず、書くと言う知恵がなく、聞いていくそばから忘れるが、相手の言動は顔色まで腹の底に、溜め込むのです)が

夫人会館のお世話で新宿三平社長の自然豊かな、小田原の別荘が大好だが
何故小田原に居るのかも分からない時、突然大澤が「貴女が書いた、領収書の金を新川が払う」と大澤に約束する」と新川が来たので小田原を教えた
怖いなら私の家に帰って着なさい」
休みで誰も居ないが新川が来ると怖く逃げ帰ると「新川に協力して洋服を貰って来なさい、貴女の後見人を探そう」と有名な社長企業50名を

立川郵便局で新川が書いた嘘の内容証明を写し書き「洋服を」嫌まだ申告が済まぬ」文京小石川税務署に「この書類全部出しなさい」と連れて行かれ
「全部嘘です」
「嘘だと分かっている」と言われ
「申告はありませんが長女嫁ぎ先倒産私が売り金を上げると約束売れている土地を取られたので、売らせて下さい」と白紙を出し「国税が嘘と認めもう新川は、怖くありません。ので
「この座椅子に寝なさい」と
高田の馬場伊藤壮に移りました。

勿論25,6年前は正常で馬場で結婚相談所をしていた時に、歯槽膿漏見つかり治療の為に外出を、有名な詐欺師に、S61年10月後をつけられ
その男は
戦前から結婚不動産詐欺と目黒で有名だが本人を誰も知らず、杉並のお年寄りの下宿の養子に成り菊田不動産屋を名乗り、支部に入会、金資料請求されると、キャンセルを繰り返していた、男が菊田事新川で、一度は
電車で杉並の家に連れ込まれた、が
翌日吉祥寺から逃げた、
3月後の12月30日商用で帰った晩又も砂利トラを連れて来て
「相続の土地が売れたら帰す」と書類入れのバッグを取り、嘘の書類を作ったが、土地が「詐欺師」と売れず、息子に見張らせ、娘を盾に取り脅し、歯週病痛く、水も呑めず、ショックで栄養失調眠れず「お墓が流される」幻覚に、ボケ、バッグが無くなったと買わせ、56年より遺族年金滞りと通帳を作り、金が振り込まれると、又改印したと杉並で有名に成ったのでした。

私の主人S45年1月急死、昼は洋裁店夜はスナックと皆さんの善意で働いたが、田舎特有の仕事帰りの汚い格好に店に入れてもらえず、他店で呑み弱い者いじめ飲酒運転できず、洋裁店のガラスを蹴破り時間待ち、警察もお手上げで、そのガラス片付け学校に行く長女可哀想とだが、仕返し怖く
又主人の死を期に印鑑を改印と解約した通帳印鑑が無くなったが証拠が取れず、娘も家出繰り返し、母子地獄の生活で、娘家出苦労の末、東工大の助手になったが結婚申し込まれ身分違いと断り帰郷、父親の不倫女が手形乱発倒産会社後妻になると次々に来る手形、(だが何故か不思議な金額が入ったり出たり水口の霊の仕業とは?水口の財産を継いだ者は皆死亡です)

田舎の二軒の家6軒の居抜きスナックに貸すと、嫌がらせの二男が「店を親父に任せろ」と証拠が取れず素人管理人にしたが、管理が出来ず、

「黒田管理の土地担保に56年に金を借りたが、家賃支払いで61年8月に完済」と(解約、無くなった通帳が
63年に詐欺師の家に送られ)
新川が「担保が抜けた」と貸家を売り株に替え次々に証券株を替え、小林が株の指示で儲けると又も野村の仕手に、小林が売らせたが野村が売らせず小城が「7名で話し合い」をさせ
荻窪支店菊池店長が
「野村証券が水口の株を55百万で買い戻す」と言われたのでした。
が新川が失敗追証でH2年に相続の土地を売り、野村の株も品受けされ、H3年9月千葉の助けで男の家を逃げ出したが、何度逃げても又見つけられ、アパート持ち主文京に就職すると
「公正証を作らないならこのように書けと見本をくれ「7490万立ち退き料を受け取った」と嘘の領収証を書かされ、夫人会館に保護されると

相談所長大澤に「水口に、この金を立退き料で払う。と書かせたら、逃げられたので大澤に払うと約束する」と私が騙れ、水口と同居
H4年「払った」と嘘の申告されたが
水口は申告はせず、国税が嘘の数字書き込み、税金が、15百50万来たが
本当は新川が菊田家の土地相続、節税に水口を拉致脅し、ボケると、水口の田舎の貸家を売り株に替えたが、水口は小林の助けで3千万儲けると又もその金を「預かる」と水口のFAXを受け取り保管しています。が又もその金を野村の仕手株を買われ、小林が売らせ、小城との連携で、7名で話し合い「野村證券が水口の株を、55百万で買戻す事に成った」と話し合いに立ち会った藤原が電話をくれました。が
菊田が失敗追証に成り相続の土地をH2年に売り、新川が野村の水口の株も品受け、新川は古城と結婚する」と3人の生活村は大騒動二人が買い物に出かけ
千葉の助けでH3年水口は新川の家を見ぐるみはがれ、「家から出る者はゴミも持ち出しならぬ」と110番「内縁だ」と言い、着み着のまま、新川が買い交えさせたバッグを、持ち出た「立退き料は作り事」と証言申請
共同通信0B佐藤に「男の身元調査依頼」が後に癌再発入院で
佐藤に裁判証言依任「あの戦争にも行かず、留守家族を騙し詐欺博打三昧、捕まると、身代わりを牢に入れ死なせ未だ詐欺三昧、たった一人帰還した僕が人助け出来るなら」と裁判証言委を大澤から委任引き受けた」再婚佐藤に

H4年国税の小林が
「嘘と分かるが時効はない、男に取られている土地を差し押さえ。申告をされたので、立退き料の請求裁判を」と「私は男の家で、ボケ何もわからないが、その土地娘の嫁ぎ先倒産土地を売り金を娘に上げる約束売れている土地関係ないので売らせて下さい」と頼むと「税金を納めないなら競売する」と国税に脅され娘婿「金は当てに出来ぬ」と酒乱、近所が逃がし離婚に
「入らなくなった土地競売をして、裁判を止めさせて下さい」が
「他人の税金競売できぬ、時効はない」と

弁護士30数名「国税が立退き料」と
認めた」と新川の嘘の証拠を認められ私は「嘘です。金を取られた」が私の知らぬ所でされ、知らないが立退き料は嘘です。作り事です」が
新川が「野村を告訴」を取止めた
筒井弁護士「立ち退き料請求」の裁判
に新川が口を開かず「250万で金庫差し押さえる」が差し押さえなく無く
TVの平成駆け込み寺の偽弁護士羽田が金を弁護士から取り出したが翌日後藤は、刑務所に金だけ取られ
内野弁護士事務所の弁護士が「嘘の申告で7百万払うなら恩の字裁判止めなさい」が国税が「税金分も無い」と止めさせず
たった一人田中弁護士が私の主張を認め「損害金請求に」なったが
偽弁護士羽田を知人と勘違され、ボケで説明出来ずに辞められ情け無く

高裁の二人の弁護士に
「佐藤は口出しならぬ」
「弁護士二人、信じろ」と身を引く
高裁の裁判長が裁判を待っている皆の面前で新川に頭を4回下げ
横浜の男性は「よくもこんなに居る面前で裁判せずとも決ったも同然この態度」と言われ
電話テープ盗聴器、法務省の友人に、証拠集めた友人宮路も警察に相談
「直ちに裁判長罷免、二人の弁護士解任を」と解任すると時効にされ、
男は計画通りに、相続税を儲け、私は控訴棄却敗訴になると
事務方が「まさか」と上告の手続きも、又も私が忘れ
H17年国税が「国税を告訴するか」と家に来たがボケ夫婦、金も無く出来ず、娘も離婚され二束三文に成り、いらぬ土地返され、娘は私を恨み無縁に

だが命があったと感謝、何もかも忘れたい30年振りに神戸の姉を訪ね
「何故長くいた男と結婚せず佐藤に」
「私はボケ、男に嘘の7千5百万領収証を書かされた」姉の顔色変わり
「この子ボケ大法螺を」と精神病院に
パニック雨に濡れ、町外れ山の湖で
夜中「帰りーたい」男の二男「「外国好き行くと忘れる」と入れ知恵私の金で、次々に外国に
娘に「今スイス」葉書を出すと
「外国に連れて行く良い人、結婚を」と言われた事を思い出し
何も知らぬ兄姉娘にと、佐藤が頭の体操に、子供の時遊んだ事等と10年気長く書かせたが
死ぬ日まで、私に「済まぬ」との思いを知り、弁護士の言葉に楯突き
「家に帰れ」と酷い鬼嫁
二人の弁護士に言われた言葉が、ボケの二人の腹の底に溜り、銀行の証拠を握り潰され嘘の裁判を知るのなら
ボケていた方が良かった
私は現代の浦島太郎の心境です。が
ボケもここまで治る事を知って頂き少しでも皆さんのお役に立てるなら
ボケが書いた作文と笑いで、読んで
頂けたら佐藤も私も幸せとの思い
言葉を忘れ、嫌になり何回も投げ出し、喧嘩してその都度「家に帰れ」
だが佐藤も農水省を辞めボケになったので、共ボケ大変でした。が佐藤が話し好きで気長く自分の子供の頃を話し、次にお前はと頭の体操にと書かせた10年間、これで皆何もかも吐き出し書くと、気持ちが楽に成り、心の断捨離で終わった、
後は裁判の書類全部破り捨てるだけだと押入れの裁判書類入れたダンボール引っ繰り返し、破り出すと、
未開封河野弁護士の最後の書類「水谷妙子」偽名を使ったとの書類見つかり
偽名を使ったと言われたら孫子の為にも反論をせずには私は死ねません。
優柔不断の私が河野弁護士のお陰で今まで書いて来た事を一度は消去したが、全部公開する事にすると胸の痞え、もや、もや、腹の底のゴミを皆吐き出せました。
日本国民皆さんも、何事も、もう少し口を開き、行動を、特に政治家、東電、官僚もわが身を守る政治に、断捨離をと願うボケの私が
幼少期から書いて行くうちに、嘘の裁判まで、辿り着いたのです。
裁判の証拠を元に10年間佐藤の支えで、こんな裁判があった事を、1人りでも多くの方にとの思いでボケの老人が書いた、つたない、つづりかた教室です。一度は東京新聞、池袋の本屋に簡単にと頼んだが、少し金を入れてに、未契約だが私がボケの貧乏心配」と金を入れると、いき成り、会ったことも無い方の原稿を直しながら進めるに、意思の疎通ギクシャクに怒りで、取りやめ、悩み背中の痛み転げ周り胃潰瘍に、これで死ねると思ったが、やはり病院に、人間人様に迷惑を掛けねば死ねません。
河野弁護士、優柔不断な私に発表の場を与えてくれ見も心も軽くなり
感謝して河野弁護士有難う。
神仏あるならば、自然災害、どうぞ
正直者、お助けをと願います。
佐藤の為、娘達にと書きました。



 幼少期戦争で
私は、七人兄姉の末子に
その頃流行の妙子と父が命名に
祖母が「もう耐えては困る」
と皆を笑わせたそうです。が
母が神経痛で病院や湯治に出掛
姉兄は皆、祖母の家から学校に
私は、中学まで父と寝た晩生の勉強が嫌いだが、夢だけは大きく夢見る夢子でした)

夏は川でスッポンポン泳ぎに飽きるとざるを持ち、上流のマーちゃんは下流に向け、私は上流にと互いに、意識してメダカが入ると「取ったぞー」
叫びあい
夜は橋で将棋や蛍取り憩いの橋が台風一過増水で
「橋が流される」消防が穴を開けたが、尚も水嵩を、増し「危ない、降りろ」同時に「ギーギー」橋げた、はずれ
二階で見ていた、私の目の前をゆっくりと流れ、呆然と立ちつくす義兄弟
堰で橋が壊れ帰らぬ友の父。悲しい橋に、なったのです。

長男は知らず後にジャワ島と聞き
二男が満州開拓団に「万歳、万歳」日の丸の旗を振るのです。
長男が海軍戦死の叔母は「未だ子供もが」と泣くが
私は「関門海底トンネルだ」と嬉しく勝手に水族館を想像「何も出てこぬ」とふてくされ、すねるが相手にされず下関の町で記念撮影、食事して
港に大きな船、にぎやかに、ドラや太鼓、蛍の光の音楽が流れ一段と大きな声で「万歳、万歳」テープ飛び交い
送られる人も送る人も皆涙声、蛍の光の音楽、汽笛を残し出て行くと
母は又温泉に行ってしまいました。

だんだんと空襲が激しくなり、父におぶわれ山に逃げている途中
小型機が丁度私達の同じ高さに飛んで来て窓が開き二人乗り丸見え
父の背の私と目が会うと腰をかがめ丸で私に話し掛けるような仕草をして笑い顔を残し先回、飛び去ると

父が「妙子今のが、偵察機だ、今度は何処に爆弾を落そうかと見て回っているのだよ」
次の晩何時もより空襲警報、半鐘の鐘激しく延岡の空が真っ赤です。
父が足を止め「資源の無い日本の領土焼き尽くすまで・・」と怒るが
私には仕掛け花火に見え延岡の伯父叔母の家、女学校の寄宿舎が焼けた悲しさより姉の帰りが嬉しい私です。

女三人二階に並び「良いドン」オシッコが「ばたばた」落ちると母が
「降りそうになかったが、酷い雨に」
笑い転げる三人も時々喧嘩すると二対一に、一人の姉は「それでも金持ちは一等賞」と言うが大人に成ってもその姉は欲張りの姉に成りました。

お正月の歯固め、渋柿を吊るす母
一口かじり「渋い」と捨てお正月には幾つもありません。
がき、大将達柿畑で山学校食い散らし残った柿を父は大事に保存、正月の高善で、祝う我が家の風習が好きで
父はよく満州や樺太に、私は「お土産駅弁とバナナ買ってきてね」
                 
小学校入学
明日はうれしい遠足に、父が
「妙子にドウナツを作ってやろう」と七輪に油鍋、粉を溶かし
「嬉しいな」覗き込み
「ジュジュ」と音を立て周り
「さあ、出来た」
同時に爆発、顔中油に、咄嗟に父が洗面器を突き出し
「オシッコしろ」押し付け、生ぬるい自分のオシッコで顔を洗ったので、
(今はボケの美人です?)
気持ち悪く「酷い」と怒ったが
父の機転で、焼けどの痛みも無くその晩も父と枕を並べ寝ました。

父が早起き、祖母が干したおにぎりに青海苔を巻き、手に付いたご飯粒を口に入れながら「妙子旨い、ぞ」長女手作り送ったリックに入れてくれ「嬉しい、嬉しい、遠足だ」スキップして橋を渡ると学校です。

今日は席替え、長椅子に長机、私の前がガキ大将の睦夫君と五月さん、
五月さんが椅子に掛けようとすると
「お前は座るな」椅子の端を持ち上げ、
するりとすべり落ち、起き上がり、又掛けようと又持ち上げ、二人は繰り返し
先生気付「睦夫君いけません仲良くするのです」と黒板に向かうとまたする
     ガキ大将
弁当を食べられ、靴がないお友達、雨の日遠くから下駄の鼻緒で足に、バイ菌が入り秀才の友が亡くなり、惨めな時代だが、
親に心配を掛けまいと「勝つまでは」と泣く子などおりません。

  敗戦で食糧難
ラジオで天皇陛下玉音放送分からぬが「負けたのだ」
「アメリカ兵に取られぬうちに殺した」と毎日家畜が殺され父は必ず片足を買い、お風呂場に吊るし、なたで切り取り食べながら
「困った事だ、今から人口が増えるのに家畜が殺される」と嘆き沢山の鎌やくわなどを買い込み
「ほしいが、金がない」人に上げたので、私は「馬鹿だなー」損をする

父は長男で父親は愛媛県人、延岡の
祖母と結婚、父が代用教員、母と結婚
「僕が早死、弟妹頼む、お墓は居らぬ」
「代用教員、苦学しても東京の弟と早稲田に出るのが夢だった」と語る父も

母の実家に「強引に代用教員では孫は養えぬ」と辞めさせられ、財産分けを
「僕は養子ではない、と突き返し私だけ貧乏する。又東京に金を送ったのね、私は京都で流行は一番先に買いチンチン電車も一番に乗った」(京都に花嫁修業に)たまに帰り愚痴る母も
「父兄弟は秀才と評判だったのよ」と
おのろけを
(夫婦喧嘩犬も食わぬです)
父は代用教員をやめ「旅館をする」と
川の岸釣が好き、家を建て能登の輪島塗を取り寄せ、
満州の人、見よう、見まねで鍛冶屋に成り、ただで貰った級友に「取っても足らん、取っても足らん」と冷やかされました。

    金融封鎖
父が手提げ金庫を持ち出し
「妙子今日からこれが皆紙切れだ、
国も銀行も当てには出来ぬ、よーく、見て覚えて置きなさい、人間幾ら真面目に働いても、突然何が起こりるか分からぬが、命さえあれば、生きられる。欲張りをせず、命を大事にすれば、人は生きられるのだよ」
金庫を開くと押さえ付けられた紙がぱっと舞い上がり
「でも、どんなに困っても、けして金は借りては使わない事だ、良いね、金を借りて使ったり、嘘を付くと人間おしまいだ」と子供の私を諭したことが
(後に父の教え三つ子の魂素人商売手形を返し現金主義に
幸か、不幸か私は戦争敗戦金融封鎖食糧難、他人や銀行信じぬと又時間勿体無く多い時は24名の下請け職人用意から仕入れ、販売一人で、働けば、娘達は分かってくれると信じ
父親のいない子、強い子にと願い、山師の嫌がらせ、姉妹助け合い話しをとだが娘達には愚かな考えの母でした)
敗戦で人口が増え、益々戦後の食糧難父が鎌やくわ等を上げた方が
「あの時のお礼です」と野菜やお米を下さり、食糧難も父のお陰で知らずに
母の花嫁修業も、まゆを、農家に買いに行き、毛糸につむぎ色を染め機会編み早く(損して得を取れの精神ボランテアを両親に教えられました)

父は、今度は、脱穀機を買い農家を脱穀、金では買えぬお米を頂、持ちつ持たれつ、頭の使いよう
おてんば娘、勉強と注射大嫌い予防注射誤魔化し、口内炎母と藪歯科に、永久歯抜かれ、気絶椅子が回天逆様に(後大事歯、何故抜いたが、又も後歯槽膿漏治療が新川の家で、口全体歯周病になり20数年苦しみ抜け落ち現在入れ歯ですが幸いようやく良い先生にめぐり合い、自分の歯と変わりなく何でも噛め、幸せです)

父はあの爆弾で焼けた三菱重工の古鉄を買い守衛を置くと守衛が夜中に泥棒、朝鮮戦争で古鉄が値上がり大儲
勉強大嫌い、ならアイデア商売だ、と

    中学生
高校受験の課外授業、サボり、新聞配達、外国の伝記物語で外国被ぶれに
先進国では子供の人格を認め、一人一人の部屋がありが、子供部屋には鍵は掛けず、ドワーを開けはなち、専用のトイレ風呂が、小さな時から自分の部屋は自分で掃除をする、しつけが自然に身に付き
大学は親から金を借り、卒業して親に返す(割り切った考え話、否定され)

 二男長男同時結婚式
二男が帰り、父は家を二男に継がせ
祖母が噂の悪い長男嫁に飲食店を継がせ、同時結婚式に伊勢海老をオガクズ入れ床下、大釜で茹で、膳が豪華に、
二男の嫁は三日も花嫁衣裳を着たが
(何故かお友達を嫁にと思う母と私)

嫁は神戸の姉が母にと、小包を勝手に開け、朝から、隣の、いわし寿司、ケーキ屋、そして実家に行く毎日
「姉さんは毎日お寿司、ケーキ食べ良いなあー」お風呂場から覗き見
「子供が出来ると言うに、高校心配だ」「父が要らぬこと黙れ」と母と私を叱り、嫁に気兼ねをする父、実家で待ち合わせ、二男と帰り父が作った鰯料理を食べる嫁も、レイコが出来ると実家に三人で行ってしまいました。

「兄は養子に遣ったと思えば」とだが実家に嫁が来て
孫が増えて帰り、名義変更すると嫁が今まで以上に強くなり、父が買った漆の会席膳等二階から川に投げ捨てるが、
歯を食いしばり、我慢している父に
「三人で家を出よう」と提案
家探しを友人に頼んだでしたが・・・

長男の嫁も「男一匹私が食べさせる」と増築、弟と椎茸商人を下宿、朝から兄に酒を飲ませアール中に、椎茸商人の子を宿し、350万借金残され父が払い(後に嫁の弟居候、の甥を受け持ちに水口を首にしろと言われました)

「従兄弟同士結婚、お産に帰った間に、女を家に入れ「帰る家がない」と長男の嫁に、長男長女生まれ祖母を大事に
皆感謝したが、目が見えなくなり死に

祖母のお葬式
二男の家で葬式に嫁は東京の父の弟延岡の伯父叔母私達に冷飯を出し
「さあ、炊けた」まかないに炊きたて
「お客に冷飯、私達が炊きたてを・・・」
「良いのよ」と自慢げだが
勝って口、開いたドワーの前、実家のお母さんが聞いているのです。
「お叔母ちゃん今ご飯、中に入らないで」「妙ちゃん。御免なさい」と涙を流されたが、本当は、祖母の長男の嫁である母が、私の横で何も言えず冷飯食べる母が惨めです(後に養老院に)

中三担任が「お父さんターボは課外授業サボり、このままでは公立は無理に」「勉強嫌いなら、仕方ありません。自分で何か見つけるでしょう。新聞配り外国の本を読んでいるようです」と父は分かってくれました。が

天罰的面私立に
宮崎のそろばん簿記専門学校に秀才の山本君と不良の安ちゃん寄宿舎にだが私は校長先生の家に下宿です。
六時に起床、大淀高校家政科のお嬢様正座に校長先生の訓示に足がしびれ、
放課後はお花の先生の活花です。

大淀の二次募集を知りやはり公立だ
両親に内緒で下宿をかわったが
家庭科が大嫌い、父に
「学校が終わってから、英語とタイピスト習うのに宮崎交通無料パス券をねだり、増資株を買い、私が株主に
タイプライター、隣なりが、洋画館

「風と共に去り、ぬ」ポスタービビアンリーに憧れ一週間同じ物を観ると、又次を、安ちゃんに知られ
「妙ちゃん僕は不良と言われ私生児、私生児と、父知らず母とも引き裂かれ祖母の家、妙ちゃんは決して僕のような不幸な子は生まぬと約束を」
「安ちゃん、私は学校が終わり映画を、みる、真面目人間、約束は守れるよ」

 年末売り出し
父が「寒いので、コートを着て帰りなさい」と一万送ってくれ丁度年末売り出し、ロングは一万円だが半は五千円半コートを買いガラガラと回す列に並ぶと前の人「大当りー」叫び
私は「残念でした」と洗面器悔しい又引今度はお鍋、とうとう汽車賃が無くなり交番に

「家に帰る汽車賃が・・・」出入りの警察がセーラ服に洗面器お鍋を持った学生に、ニヤニヤと電話
父が「私の娘に間違い御座いません。お金を貸してやってください。私が明日支払いに」父が払いに行った間に
母が帰り、コートを着ている私を見て早とちり「妙子宮崎に行こう」と帰ったばかりだがデパートに行くと嬉しく
校長先生皆勢揃い
「娘が長い間お世話になり、無事に卒業が出来ました」皆母が何を・・・
変な顔、母は私同様ノー天気な性格、
無断で下宿を変わったのも、冬休みを、卒業と勘違い、

早とちり母の勘違いを良い事に
分校でテニス三昧の日々
本校の校長先生「カランカラン」と鐘を鳴らし「校庭の皆様今日、本校から分校に赴任の水口先生です」私には関係ないと無視
遠くに飛んだボールを追いかけると先生達の立っている真下にボールが止り、拾い、見上ると先生も目で追いかけていたらしく目と目が合ったが「ふーん」と無視し
「ハーイ」と打ち返し、しばらく遊び家に帰った所に

    卑怯な主人との出会い
「御免下さい」「ハーイ」「あら」先ほどの先生がお風呂道具を持ち浴衣で立っているが無視した手前恥ずかしく父の背に隠れると
「今日、赴任した水口です。名前も未だ知りませんが娘さんと結婚を前提に交際を頼みに参りました」
「未だ子供だ、断る」
「大人なら僕も要りませんが、子供だからこそ僕なりの・・・」
「断る。帰れ、帰ってくれ」
「僕もまだ結婚は出来ないのですが子供だから未だ先の事僕の家から学校にと頼みに・・・」
「断る。帰れ、帰れ」
「何をー話だけでもと頼んで居るのに」と言ったと思うと下駄を抜き
両手で下駄を持ち上げ父に
「この、わからず、やー」
「あーいたー」とその場に頭を抱えしゃがみ込
テニスをしていた三男が珍しく家に来て見たのです。
「父に何をする」とこぶしを握り締め近づくと又も下駄を抜き
「お前も、かー」と下駄で殴られた兄も「あいたー」と退散、母の元に逃げようと「お前はどうだ」と腕を掴み
「いやこわい」すると
「お前も、かー」と顔を下駄で殴り
さっさと帰って行きました。

母が井戸水をポンプで汲み冷たいタオルで冷やしながら
「こんな暴れん坊大変だ」
その晩三人は皆ご飯も食べず、会話もなくシーンと静まり嫌な晩です。

すると庭を、口笛を吹き行ったり来たり、しゃくにさわり、雨戸を少し開け「煩い、父に謝れ」と怒鳴り閉めようとすると隙間に手を挟み込みこじ開け、私を抱き抱えたので「助けてー」が堰で声がかき消され
「僕は悪くない話を聞いてくれぬお父さんが悪いのだ。
満州ではこの何倍もある川が凍りスケートをする靴をとぎすべるが。学校は拳銃持った憲兵八人肩組み人間騎馬戦で登下校、卑属馬賊出るのです」
父と二男が行った満州明日はどんな話をするだろうと期待も、

新しいもの好き、田舎と小学教員月給安い大嫌い、都会に行き外国に行こう
「私はまだ学校に出たい」
すると先生も「僕も医者になりたかったが日本に帰ると三人の姉が肺結核県病院に入院、封鎖の時は1番も
家財を売り食い、恩給も最初はなく

高校出る頃には底を付き
アルバイトに浜の松の根掘り起こし塩を焚き、ド方をして
医者志望捨てきれずに居たが
継母に育てられた、恩があり
河野教育長に「そんな苦労人が小学生の先生に必要だ」と推薦され、
未だ勉強で、当分は結婚出来ぬが何しろ田舎話せる友達が欲しいのです。

本校は乱れ旅館の下駄で登校の先生、小使さんの娘と婚約転勤で女の人は一年通い婚、バスで通い、先生の面倒を見たが他の先生と結婚、
「その方と、私は、同級生です」

「受け持ちの姉さんが婿を取ると
その婿お母さんと妹とに手を出し四年生の妹が妊娠、
PTAの母子に
「結婚を」と言われ困り、分校に希望
子供の貴女を僕流に育てたいと、思いお父さんに断られた、が正直結婚は未だ僕も早いと、思うのです」

「私も、今度こそ英語を覚え外国に」
別れ話を始めた。時でした。
実家に嫁が来て、二男夫婦帰り、甥が立ち歩き神棚に跨り「ブーブー」庭を
玩具に村人は
「神様がおもちゃの自動車だ」と吃驚
田んぼを皆で作ろうと、
私が甥のお守りを、高歩き甥、分校校庭で遊ばせるが疲れ嫌になり

「満州の話し楽しかったが、明日朝バスで神戸の学校に、神戸は宝塚や海
山異国情調がある憧れの町です」
「残念だが、結婚には僕も未だ早い、今日が最後なら貴女に見せたい物があるので僕の下宿に来て欲しい」
「先生の下宿には、行けません」だがどうせ今日が最後だ、と付いて行き

「ほらね、貴女の家が、丸見え毎日僕が眺め思い出していると貴女にも同じ景色を見てもらいたかったのだよ」

と言ったかと思うと私を抱き上げ、布団の上に投げ捨て強姦です。
咄嗟の事で何が起きたかも分からぬが、嫌に布団がヌメヌメ髪の毛もべとべとで、怒りより、恥ずかしいより、布団を汚し、済まぬ気持ちになり
「私オシッコしたの、じゃない」叫ぶと
「早く起きて、この顕微鏡を見なさい。僕のこの元気な精子が今貴女の子宮に入り今貴女は妊娠した」と言われ
呆然
父を下駄で殴った先生の子を?
安ちゃんと約束した、
「馬鹿、馬鹿、馬鹿」と大声で怒鳴るが、どうしたら良いか分からず
縁側から飛び降りはだしで
「こんな野蛮人、大嫌い」と大声で叫び帰ったが両親は寝静まり
どうしたら、良いのか、両親にも言えずに、そのまま泣明かしバスに

(大声下宿の叔母さん従兄弟の家に行き夜中皆で話あったと思われます)
先生もバスに乗っているが、互いに無視、今に本校で降りるだろう。と安易に考えたが
「本校前通過」
なら日向?延岡?汽車の特快乗り換え居なくなるとようやく安堵して
「次は別府―別府―」お腹すいたー
弁当買おう。小銭を持ち通路に立つと
後ろから凄い勢いで皆フォームに押し出され「危ないです」見上げると

「せ、ん、せい―」腰が抜け
「こっちに来い、何もせぬ」と腕を掴み改札も、引っ張りだし旅館に
「二部屋、お願いします」汽車が金を持ち発車してしまい、金が無く
「明日話す何も考えずに休みなさい」
「いや神戸の姉に相談する」
「なら僕も行く、今日無断欠勤恐首だ、東京の三味線弾きか楽器店をする」

翌日話は平行線、金もなく仕方なく一諸に帰ると先生の両親が来て
(「責任取らぬと首に」と頭を下げた?と思われます)

父は誰にも会わず、母も口を利かず、宮崎女子高変入に
母が「私がお宅まで送り届けますので
責めても2~3日余裕を下さい。
家族でお別れの食事会をして送り出したいのです」姉叔母集まったが、私が先生を好きと信じ誰も何も言わず「何故逃げた」と聞いてくれず母と先生の家に
「こんな別れはしたく無かった」と泣かれ「私も先生大嫌い、帰りたい」
「今度はちゃんと学校卒業するのです」母に言われ我慢する事にしたがどうしても先生との結婚に、何故か嫌な予感がするのでした(この時の嫌な予感的中、水口の霊が私に付きまとい、突然思わぬ大金が入ったり出たりの
水口が、佐藤に成るとバス等通帳印鑑忘れても、必ず出てくるのです)


整理が始ったのですが、義父が
「妙子今度の連休に結婚披露宴をしようと思うので、その前に入籍を」
「嫌です。私は騙され妊娠は、して居ないので、結婚はいや帰ります」
両親は困り、
義母が「友夫が帰り話しましょう」

「ただいま、妙子お土産」洋服の箱
「私を騙しこんな物入らん」箱を投げ
義母が「妙ちゃん皆で垣根のお茶摘み、新茶を飲みながら話しましょう」
「お茶要らん、話しが先だ」と海の岸壁に座り「衿を掴み神戸に行く」
喧嘩をしている所に浜の友人が二人来て「結婚おめでとう」
決まり悪く帰ると新茶の香り
義母が「今晩のおかず宛に、残念ね」

「さあさ、皆お昼寝よ」外国の風習、お昼ね、が
私は中々寝付けず、皆が起きだし眠り
「妙子ご飯だと、待っている」起され機嫌悪く「食べたくない」
「じゃあ先に二人でお風呂にしたら、お腹すくよ」と服を脱ぎながら
「浜でボタンが取れた。付けてくれ」「私針を見ると頭が痛くなるの」
主人の脱いだ服を片付けていた義母が「妙ちゃん、それなら近くの花嫁学校にしたら」

    妊娠で痔になる
又偏校した学校で
「痔が痛いの」と話すと登美子さんが
「私も昔だけど高鍋駅前の病院で手術したのよ、手術と言っても痔の周りに注射をするだけで、帰れ、2~3日で腐れ落ち、知らぬ間に直る簡単よ」
先生が注射をしながら「奥さんはお目出度で痔になったようです。よ」

   卑怯な義父
福岡から満州の部下が来て
「署長が帰国敗戦になると満人が一番先に収容所に押し寄せ、
太った者から、これが偉そうだ。と手を頭に組ませ壁に向かせ、自分の精器を切り、口に加えさせ次々に射殺
幸い僕はやさがたで、難を逃れ帰国署長に報告に参りました」

(義父は一級スパイ収容所署長毎日スパイ処刑命令、自分の墓を自分で掘り刀で首をはねた者が足で穴に蹴り入れた。嫌な予感が主人と出会いの時からしたのです。

義父は、敗戦を知り一月前に船をチャター家族を帰し自分は半月前に飛行機チャター部下を捨て帰ったが
日本の気候娘に会わず三人の姉が次々に肺結核で県病院に入院、
義母に懐いた女の子皆死に、封鎖一番も底を付き、その頃は食べる物さえなく恩給も無く、金ではお米も野菜も買えず宝石や衣類とぶつぶつ交換)

「そうだ、供出の時、記念にとフォーク、等抜き取り投げ入れた、床下にあるはずだ」金のフォークやスプン特に宝石をお菓子箱一杯拾いおはじきに
(後長女姉の物に久美子私の宝石だ)
 
昔爆弾が落ちたと大騒ぎした山本君家、自炊、当時は電気製品なくオガクズ釜を買ったが一度もご飯が炊けず
料理も出来ないのです。
「先生に靴や傘を買って頂いたお礼」と炭を頂いた
その晩「中古の自転車代引かれてね」

    幻の、ボーナス
「ボーナスが出た、今晩使い道を相談決めよう」先生と始めてのボーナス
又学校に行いったのでそのまま引き出しに入れると、下の若奥様が
「妙ちゃんおいで反物屋が来た」と
大奥様が「妙ちゃんにピッ足し先生喜ぶよ」と別に欲しくはないので
「金が無いのよ」
「何言っているのよ、今ボーナスを持って来たじゃない」
「商売人はお目出度の人には損をしてでも買ってもらうのが商売。私は、ボーナスが幾らか知りませんがそのボーナスと交換しましょう」
「でも生地が」
「奥さんが取りに入った間に下ろして置くのでゆっくり見てください」
「では、そのボーナスは私が預かります」と預けてしい、生地にさわるとメロメロの人絹、夕方で何時の間にか商売人も誰も居ないのです。
「だまされたー」と大声で叫び反物を投付け、明日父にお金をと思った時

「ただいまー」慌てて箪笥に隠し
「お腹すいたーさあ、ご飯、ご飯」
下を向いたまま小声で「何もないの」「元気ないね、お腹痛いのか」服をきがえながら「今日ね、詐欺師の反物やが、人絹のザラザラを初めは、一万円を、しまいには、千円と言うんだよ、
騙され買った人は可愛相、だね」
「その可哀想なの、私なの」
「元気ないねお腹痛いのか」
「まさかお前が、騙された?」
「うん」「幾らだ」「幾らか知らん」
「遣られたーあのボーナス幾らだ」
「全部」「もう使った物は返らぬので、今からは大金を使うときは相談して使う事良いね、分かったね。さーご飯、ご飯」「何も無いの」何も言わず一人でパンを買いに、だがこの時のボーナスが幾らだったのか又その後のボーナスは、何時出たのか一度も聞いた事も見た事もないのん気な私でした。

 子供が子供を幾子長女誕生
受け持ちの薬局の奥様が
「食が細いなら、栄養剤を」をと父ちゃんが買ってきて飲み腹帯を外しお腹が大きく成りすぎ眠れず
「睡眠薬を飲んだが効かずに一錠二錠と増やしその晩空に

眠い目をこすり、こすり階段の上段に立つと下が見えずそのまま滑り落ち「ドスン」「今の音大丈夫かー」
下のご主人子供さん集まり
「立てないのか」「お漏らししたの」と耳打ちに「なんだー」大笑い
「念の為病院に」「先生子供は大丈夫ですか」
「先生痛い痛いは冗談だが、子供が大きく成り過ぎ、臨月はとても、とても無理、一月以上早いが即帝王切開を」
「帝王切開怖い嫌です」
「なら子宮を開き薬で生むと楽です」機械で無理やり子宮をこじ開け一週間辛く、子供を生む為と我慢です。

「これ位で、大丈夫だ、今晩この薬を寝る時飲んで寝ると翌朝にはお子さんが生まれて居ますよ」だが母と叔母は双子だ、三つ子だ」難産予想青竹に帯を吊るすのが、気に成ったのです。

夜の9時に寝たが翌朝から陣痛破水
「もう母体が持ちません。お子さんを諦め願います」叔母は遠いお滝の観音様に願掛け帰って来たが
又弘法大師霊能者に「姉さん四時に産まれる」と
母が「頭が見えているのだ、良いか妙子頑張れ、きばるのだ」と母は吊るした帯を自分の手に巻きつけ、私にも握らせ立ち上がると帯が擦り切れ母がよろよろと倒れ

「ドスン」私のお腹に座ったのです。
「産まれたー」が泣きません。真っ黒
先生逆さ吊お尻を叩き、注射
「もう直ぐ四時だ」水を噴きかけ
「四時に成る」駄目かとのため息
叔母は「弘法大師様、弘法大師様」と一心不乱唱え
「おぎゃあー」「泣いたー」
先生が「一貫八十匁大きな女の子です」「先生手足付いていますか」
「大丈夫全部ちゃんと付いています」声を遠くに聞きそのまま皆眠り込み

「今産まれた子が居ない」と大騒ぎに皆眠っているので父ちゃんが
「学校に見せに行った」と抱き帰ってきたそうです。が私は何も知らず一週間眠り続け優柔不断の私、父ちゃんの喜ぶ様、大勢に見守れ、爺ちゃんの幾を貰い幾子誕生、有り難う)

又も運賃着払い
儀父母に幾子のお披露目を飛び石連休延小の講習会を兼ね帰る事に
五時に又校門で落ち合うと約束
幾子をおんぶ町に出ると私の悪い癖
あれもこれも、ショウインド草履が気になり、それを買うと財布は空に
電車賃が無いが「どうしても欲しい」
「延小に行けば父ちゃんが居るよね」と言葉が分からない子に話かけ
「これを下さい」やったーかえたーと一人満足延小校門前「間に会った」欲しかった物が買えた満足自慢げに
だが五時過ぎたのに出てきません。もう少しもう少しと我慢暗く成り
沢山居た先生が居ません
「水口と五時に待ち合わせを」
「もう早くに帰られましたよ」
さあ大変
春に旭化成工場見学タイピスト総務課長の叔母を社宅に尋ねようと地図を見て何回回っても同じ又入り口に

仕方なく警察に
「あのうー」「どうかしたのかね」と下を向いたまま「あのうー汽車賃が」頭を上げ「あんた、宮崎の」「はい」
「今度はどうした」「はい、延小主人と待ち合わせ約束が、居ないのです」「結婚したのか、旦那は先生か」
「はい」「あの時もそうだったが、今度も又買い過ぎたか」「はい」
「もし、も、し、都農駅ですか。水口と言うご夫人が」「お待ち下さい、ご主人が駅に、」「水口さーん」と主人を呼ぶ声
「今から奥さんが運着払いで帰るので受け取って下さい」

駅に着くと
「どうしたんだ、心配して何回も来たんだよ、月給全部持って行ったので先に帰ったと思い帰ったんだ、校長先生にもう一度月給下さいと頼んでも、くれぬ、のだよ、もう子供じゃないので、計算をして使いなさい、分かったね」
家に着くと義父が目を白黒眺め
「はい、お母さんのお土産」と母に
「汽車賃が無いのに私の土産を買うなんて」と涙ぐみ
(「嬉しいが、勿体なくて履かれはしない」と死んだ跡に箱のまま)

   誰も来ぬ結婚式
義父が「子供も、出来たので節句祝いを兼ね結婚披露宴をする」と招待状
両親兄姉に家からは誰も来ぬと。
義母が「友夫が泥棒した嫁、子供が出来たのに未だ、お父さんは許せぬ様だ私の目の黒いうちは貴女を泣かせはしない、何処までも学校に行くのです」
前田叔母が「妙ちゃんは大変な家に」
「でも今が貧乏、私には辛抱出来ぬと両親も反対、何にもならないわ」
「水口家は平家の落人で下の浜に上がりこの村の人は皆水口家の土地を通らずには何処にも行けず、使用人が大勢いたが
善太郎の父市太郎と長男が昼間から女買いに善太郎は今に潰れると思い使用人16名に米俵を担ぎ出させ朝鮮渡航費にして警察出世、満州の一級スパイ収容所署長なったが

6人目の友夫が出来たが母親お産死毎週血液検査乳母にするが「旦那さん
私にも乳飲み子が泣かれ」三日も、持たず
シメノが川南の寺に嫁入り男子が出来たが、檀家と浮気がばれ、
姦通罪になり牢屋に入れられていた、シメノを牢から出し満州の6人の継母にして友夫を育て、
(寺に残した息子を善太郎が高校大学に出したが寺は継がずに
東京の社長のお嬢さんと駆け落ち満州に、6人生まれ離婚、寺を売り半分株で儲け、高校の教徒共稼です)

日本では父市太郎親子死に飢饉で使用人飢え死に善太郎の姉アイが音吉を養子、死亡農地改革でアイが田畑をもらい、善太郎が満州から金を送り家を建てさせ友夫をアイの養子に)

ところが私達がアイの養子になったと聞いた村の欲張り親子が
養母のアイを親子で、担架で担ぎ出しもう直ぐ家に着くところで
養母の大きな飼犬が異常を、知り鎖を噛み切り鎖を引き大声で鳴き、追い掛け両親が気付き、途中から連れ帰ったが、年寄りの養母はショック死です。
(敗戦で人口が急増食糧難農民は銭金宝石より土地を求めた時代で、
当時は公務員には田畑は相続出来ず
義父が私名義したので、私は兄姉がと
拒否すると父は困り自分の名義に、
私は何故か義母にすれば良いのにと嫌に気になったのでした)

久美子誕生子宮飛び出す
「難産体が未回復、産むのは無理」
母が「幾子で難産、未だ懲りないの」
朝7時前陣痛、お産婆ようやく間に合う7時半に950匁元気に生まれ
命名が皇太子お妃の発表の日です。
「先生お名前を頂きましょうよ」
「いや、名前負けする、久美子と決めた」が私の体に異変が、子宮が飛び出し病院に、
幾子は義母に、だが言葉をしゃべらず
「お祖母ちゃん」とだけで眠くなると畑でも何処でも黙って寝てしまい、
「僕の子に馬鹿が出来たもの言わぬ」と連れ帰った晩
夜中に「ああちゃん」と初めて私を呼んだその声がいかにも、けだるいと私の顔に手を投げかけた

手が丸でゴムマリの様
「早く電気を」と叫び
「母ちゃんがヤクルト飲ませたゴムを手にはめるのを、見ていたのだ」と
ゴムを切ると腫れは引いたが
今度は久美子が目を開かず、
心配で母乳が、止まったのに気付かず、お乳を飲み続け泣く元気も無く痩せ細り「泣き声もせぬ、死んだ」との噂
(牛乳粉ミルク離乳食皆吐くのです)

   弘法大師で目が開く
母が弘法大師霊能者に、御札を頂に
「枕の下に一月敷き川に流しなさい」一月立ち皆が集まり、久美子を日高さんが抱き、橋の上からお札を流したがわすれたかのよう5~6歩いたでしょうか、世間話を始め「いやー久美子ちゃんが目を開けて、笑って居る」
小なお目、目「弘法太子に感謝です」

ヤギ乳、で命を
甲斐さんが「家内がヤギ乳で元気に」「ごくり、ごくり」喉を鳴らせ、さも
おいしいそうに飲んでくれ元気に
誕生日に歩いたのです。
(貴女達二人大勢の方にお世話になりご心配掛け誕生した事を遅くなったが伝えたく今書いています)

だが幾子一年半も歩かず日高さんと中村先生の奥様が、先生のお座敷で両方に別れ「幾子ちゃん歩くのよ、ここまでおいで」と毎日歩き方の練習です。
歩き出すとオムツを嫌がり外すとぽたりぽたりとウンチを歩きながらしお風呂場の焚口に潜り込み眠り
産後の日立ち悪く保育所に
別れが大変、物陰に隠れると知らぬ不利、おやつの時間に急ぎ食べ「先生お代わり」を出す」同級生笑われ(後看護婦居眠り病人死すTVニュース準看を反対したのでした)

義母が毎日久美子をおぶり幾子の手を引き学校見回りに、同じ時間に
級友窓際見張り「お母さんが来たー」
「嫁は来ていますかね」帰ると
「さあ、これで今日は、大丈夫」と
先生の話も聞かず騒ぐだけだがそれが楽しい、幼な妻

 岩脇小に転勤浜の家
お倉が浜の海の家、毎日家族全員波と戯れ、鴨居に帯を通しブランコに充実した写真(後にアメリカにと名古屋にこの時が私達親子一番幸せでした)
父ちゃんも「渡辺君の老先生の子供のいとこ同志6人も居るんだよ、皆な、素直で頭が良いが特に本家の渡辺君
「先生のご臨終は僕が医者になり看取る」と嬉しい事言うんだよ」と
だが
久美子と私に井戸水が会わずに久美子は顔中に紫の薬を塗られ、私には膝に大きなおできがと話した、様す。

突然院長先生が自宅に
「奥さんおいで」と気さくに私を背負い病院に「老先生には内緒だよ」が
老先生が手術器具をカチャかチャと見ていて、気絶の隙に老先生が手術、今も大きな傷跡、良い思い出に

幾子校長先生に懐き
「幾子ちゃん出張お土産何が良い」
「校長先生コンペイト」
「幾子ちゃんコンペイト好きだね」
お土産を下さる校長先生でした。

  皇太子新婚旅行宮崎に
皇太子と美智子様新婚旅行岩脇駅に臨時停車と聞き校長先生と父ちゃんは鼓笛隊とバトンワラ駅の構内でのお迎えにノボセ、カメラを向けると
美智子様が

「シャッターが、開いていませんよ、落ち着いて」とご注意下さり
皇太子様と特別にポーズを取って下されたお写真が人気を呼び焼き増し一円を頂いたとデパートショウインド折畳み傘を記念にと頂
(両殿、下美智子皇后様に嬉しい岩脇の思い出を頂き、この時期が家族の一番充実の時でした)

生徒がバトンで優勝
子供の国ラクダが来た記念招待
ラクダに乗せて頂き楽しかった。が青島岩場で、幾子すべり骨折です。

幾子の幼稚園花が丘、お風呂が無く
父ちゃんは単車を買いお倉が浜から砂を運び一番にお風呂が出来たが

  お風呂の砂事件と土砂崩れ
お隣に、町で火事になり、市が家を建てお風呂を作る砂を運ぶと
皆が、少しずつ取り砂が無くなり、
一番近い我が家を疑い
「やっぱり出来ている」(だが私は父ちゃんには悪いが聞かなかった事に、知ったら役所に怒鳴り込んだでしょう。「父ちゃん御免なさい」)
火事見舞い黒色セーター一晩で編み顔面神経、丸でひょっとこ、お面にもう直らぬと病院に(元の美人に?)

幼稚園妹平気、幾子は別れが大変で。幾子に教える字を久美子が先に覚え「僕の子に馬鹿がピアノを子供が嫌がるのは当り前、それでは貧乏人の子は何時までも貧乏する」
延岡アメリカ帰り先生指をはじかれ、べそ、をかき久美子は平気で遊びに
幾子は「練習をせぬならそこに座っていなさい」と私と根競べピアノに当たろうともせず、5時間座り」

父ちゃん「その根性なら大丈夫」発表会ほめられ学校成績も良く成ったが(後に父の死を期に「好きでピアノをしていない」と止めてしまいました)
お使い遠く「足が痛い」と道の真中に、据わり込み、三人で良く泣きました。
幼稚園で風邪を良く貰い扁桃腺に
アデノイド手術を、見ていた私が気絶ベッドに、父ちゃんは私が入院したものと勘違いを

雨上がりのお風呂二人は裸でノロノロと部屋に入った途端「ごー」と地響き「子供大丈夫か」との叫び声、今入ったドワーに土砂の山一秒遅かったらTV見る度、思いだします。

幾子の運動会
「私靴を履いて走ろうかな、脱いで走ろうか」と独り言又食事の時間に父ちゃんに「私靴を・・・」「幾子は何時もビリだから抜いても履いても同じだよ」「ね、少しでも早いところを見せたいのにね」(今流行靴あったなら、びり、ではなかった、か、も、ね)

    変な会合
父ちゃんは毎日7時に家を出て花壇の手入れ楽器修理を熱血先生仇となり毎夜補導員の会合、会長は小松屋の弟で夜の帝王、夜遊び好きな奥様方
夜中単車の音で布団を被ると
「毎晩遅く帰るのに寝ているのか」
「そう毎晩午前様。小学生、何が」
「実は僕も困っている、そうだお前を出しに使おっと」代用教員をやめた先生の奥様二人来て
「奥さん私達に焼餅を焼いているの?」嫌味を言われたが会合はピタリと止み一人の奥様悪い噂にご主人後を付け現場を、ご主人の先生が自殺(後にもう一人の奥様も民宿招待受け洋服を沢山作ったが男が入り浸り先生は休みも帰れず離婚され民宿も倒産未集金、良くぞ父ちゃんが・・・)

    癌の宣告
住宅の会合に小走りで豆粒ぐらいの吐血。布団の上げ下げも吐血です。
「十万人に一人癌死ぬまで直らぬ」「九大に検査に行く費用を稼ぐ」と
アルバイト町に、引越し三人目の未だ見ぬ児を・・・両隣が山陽パルプ寺井所長さん。広瀬倒産延岡から逃げてきた不倫の広瀬と幸子でした。

 素人洋裁店
福田さん母子がピアノのレスンに
「ねえ、奥さん。うち家を立て貸したが、出費多く、大変なの、旦那は毎晩マージャン遅く二人で、何かしない」
「そうね、何かしたいが無能なし何もないのよねー」
「私が外販、貴女は店番私を雇って」
「面白そうだが、二人でするなら、何もかも皆平等にしないと上手くいかないですよ」と冗談の積もりが

「店借りた」の電話
「何とお断りを」と悩み父ちゃんに相談「お前は校長にも頭を下げぬような女、商売は朝から晩まで人を見たら頭をさげるのが商売人だよ、困ったなあ、神戸に相談しよう」と姉に
「妙子が店をする」と言うので止めさせてほしい」姉が凄い剣幕で反対に「妙子が言い出したら後には引かぬ、僕からも頼みます。遣らせてほしい」何で電話を入れたのか分からない電話のやり取りでした。が
(父ちゃんはこの時、自分が早死にする?時間が足りないと言いながら
自分の印鑑を短く切り、嫌な予感が)

商店会の、ど真ん中、小松産業の家作に引越しご主人と四人で乾杯
そこえ大家の小松産業社長が
「店子に家を借りてもらうので盆正月には大家が店子にお礼をするのが盆正月の、仕きたりが、今は店子がお礼をするのは目上に対し失礼だ」と訓示(専務やご家族には悪いが以後お中元、お歳暮は取りやめました)

奥さんの実家の紹介で生地を仕入れ、その半分を車に積み込み外販に
「トラックに追突されたが、モーテルで話し、解決」とあっけらかん
「でもうー、トラックなら、奥さん後で鞭打ちが怖いですよ」
そこに「ただいまー」
「奥さん追突は鞭打ちが、その時は何でも無くても怖いです」電話番号だけは聞いてご主人に言って置きなさい」
本当は店での仕事中、ご主人共々会いたかったですね」「先生もう済んだ事」「でも、僕が知った以上、ご主人だけには、言はないといけません」
「もう済んだ」「話した場所が悪かったので言い出し難いでしょうが、電話を聞きご主人に言って、下さいね」
だがその晩ご夫妻で来られ

「店を止める」に吃驚したが私は
「する時も、止めるのも簡単で良いですね」と店の生地一応交互に取り
「要らないので後で奥さんにあげる」

翌日「恥ずかしいが、お店を止める事になりました」と大家に
「相棒が辞めるので私も止めるとは、情けない、頑張って見なさい」
そうだ下請けに出すだけ、何とかなると、
仕入れ問屋を全部自分流に、変え
父ちゃんが職人を学校で聞き頼むと次の日は「止めます」繰り返しです。
が父ちゃんはめげずに又探すが引き抜かれを繰り返しです。

「店で仕事をさせて下さい」若い方が朝のミイテング
「裁断バサミ買ってください」
「裁断師が居るのに何故裁断バサミ」と口々に「居るのなら買いましょう」と買うと、その日に買ったはさみが無くなり翌日は「止めます」とやはり
引き抜かれたのです。が
(後に突然夜中に「今東京、結婚して臨月ですが奥さん御免なさい。挟みは私が・・・だが気になってどうしても眠れず電話をしました」と)

下請け職人探し、又次の日は止められるが父ちゃんはくじけずに又探して来て家族全員で下請け周り、老舗のス―パの全員ストライキ、オーナー止めベテラン全員店を出したが上手く行かず(後父死後全員が店の下請けに)

塾兄、ラサル、灘高と頑張れば頑張る程、父ちゃんは先輩と,辛い立場に、正月の挨拶に行くと貴女達に三百円ずつ下さり、お隣の駄菓子屋に始めての買い物です。飴玉の棒が付いたのを、大事しそうになめまわし、お隣の叔母ちゃんが「見かけぬ子供二人とも十円の飴玉を三百円ずつ置いて帰った」と
値段も聞かぬ貴女達買い物も勉強と
(後駄菓子屋素人スナックママに)

隣の部屋から二人の会話
「姉ちゃん、来年のお年玉で払うからお金貸して」と久美子
「くん、子、もうお年玉が無いの、何に使ったの、仕方ない子ね」と貸すようす「幾子貸したら駄目」と叫ぶと
「黙って様子見ていれば良いのだ」「未だ3日なのに来年のお年玉で払う」と言っているんですよ」
「そこが姉妹、なんだ」(この時父ちゃんは胃潰瘍になったのです)

    初めての運転
始めての運転家族総出で、ノロノロ運転に二台に追い越され、遠くの踏み切りに自転車が現れたが、そのまま突然消えたので「自転車が電柱に衝突倒れたのね」と話していると、斜めに傾き今にも倒れそうだが倒れずに、もうスピードで円を描き私に突進向かって来るので、又速度を落としたがブレーキ引かずに、傾斜で、車が動き
「叔母ちゃん来ないで、来ないで」端に落ちそうに、なり、中央線乗り越え「ドスン」
同時に父ちゃんが
「危ない」ブレーキを、引いたが溝淵
だが自転車が倒れると車を飛び降り
「叔母ちゃん大丈夫」
「大丈夫よ、ライトに目がくらみ電柱に追突傾きながら倒れたのよ」と自分で立たれたが、父ちゃんは
「誰か救急車お願いします」
「叔母さん保険があるので、心配せずに入院を」と救急車で行ってしまい

現場検証
「踏み切りの坂を上ってきて、ライトに目がくらみ電柱に激突して傾きながら中央線乗り越えた事が問題になるので、覚えて置きなさい」父ちゃん自分が乗っていたのにと後悔しが
又「叔母ちゃん大丈夫保険がある」と先に認め、お年寄り長引き毎日の見舞い十万罰金かんかん。胃潰瘍になったのでした。

    白血病の前兆
ただでさえ忙しい人毎日見舞いにこの事が寿命を尚短くしたようです。が
歯茎から少量だが毎日出血
「毎日シーツ取替え大変早く歯科に」「今、運動会鼓笛隊、バトンに花壇は待ってはくれぬ、のだ、直ぐに休みが来るよ。教え子が未だ上手く無い、ん、でね」と寝たが
日曜日の朝「、熱が41度もある」と自分で運転、校医に「風邪で」入院に
お客が口々に「病院を変える様に」私は注文を打ち切り
「お客が心配で毎日来られ、病院を替る様にと」予約が取れました」病室に
沢山の生徒に混じり看護婦さん達も
「岩脇の生徒が高校中学に成っても部屋一杯に来てくれる。有難く変われないよ。それに校医だ」と私を怒ったが全身紫の斑点が現れると
「先生僕は症状が全部出ました。白血病ですね」「そんな馬鹿な、風邪です」「病院変わろう」校医の手前退院と見せ洋服を着替え裏門から兄の車で

   白血病面会謝絶
「重病人を歩かせて」と怒られ面会謝絶に原因が分かり安心したが、塾の兄輸血の血液を頂に企業周りをしてくれ、教え子の親切で沢山の方に輸血を頂いたのですがB型少なく、又入れる側から壊れてしまうのです。

そんな時以前お隣に住んでいらした徳山山陽パルプ日向出張所所長様が自らも輸血して下さり、社員三人で、来られた事を本人は元より家族全員が知らずに、だがその輸血で落ち付、

毎日「僕は病院管理食、お前の食事が大事だよ」と自分が毎日電話注文です。
「ここに来て座りなさい」
「お前には負けた。僕流にお前の性格直して見せると思ったが、もう僕には時間が無い。この病気はまだ治らぬ病気、僕が死んだらお袋がお前にはお墓は遣らないだろう。
お前は行きたかった神戸に行き結婚しなさい。僕が死ぬと人が変わるがお前が死ぬより男が死んだほうが経済的には大変だが子供には、其の方がいいんだよ。お前に、二人は反抗無理だ。
人間死ぬ時には死臭がするのだ、そして血便が出たら終わりなんだ、慌てずトイレに流し処理して、先生に血便が出ましたと言っていきなさい」
「死ぬ、死ぬ」と言う人ほど死んだためしがありませんよ、それに
(「僕はお前を置いては死ねぬ」と言ったはずよ。お前には負けたは、勝手よ、でも死にはしない。私は、ミルク育ちは寿命が短いと本で読み
結婚したくは無かったが、父も反対逃げたのに連れ戻し、強運の人、死にはせぬと信じ(白血病知らぬ私でした)

「今日はどんより暗いね、カーテン開けてくれ」「何言っているのよ、良い天気日本晴れよ」「そうかー」しまったーと思ったが弱弱しい声
「腰が痛い、見てくれ」と始めて弱音を、吐いたので覗くと血便です。だが偶然出たのだ、父ちゃんは医者とは違うもん。でも先生に言わなくちゃー言いなさいと云ったもん、ね

「血便が出ました」
「そうか出たカー」と同時に何処に居たのか沢山の人が押し寄せ
父が「見るな」と布団を被せ私はTVや映画の様に「ご臨終」聞いてない」
何処かに行き「ただいまー」と
今に又帰ってくる
満州から帰国
半ズボンに革靴で登校「生意気だ」
と鉄橋から川に突き落とされ
生死の境をさまよい中耳炎
結婚名古屋大アメリカ帰り先生で
手術した時も麻酔が切れず、
母、姉が船に一杯花を積み
「友ちゃん行こう」行こうとした時
看護婦さんが「水口さん、水口さん
」と呼んでくれたが、その時の苦しかった事は無かった」
と元気で一度ならず二度も帰った

「妙ちゃん今日はお葬式です」
「父ちゃんは死んでいないもん
私は、お葬式は認めません」
突然5~6名が棺を担ぎ出て行き棺も無いお葬式はありません。

学校葬断る
「学校葬庭にでて下さい」と出たが
父ちゃんの好きな生徒は一人も居なのです。こうなる事を予感
「僕は家庭を犠牲にし過ぎた。娘達
岩脇の渡辺君に会いたいナー」(「僕が医者になり先生の臨終看取」思い出し
貴女達も隠れて来てくれるものと
だが父のピアノに反抗の二人でした)

  両親の葬儀
義父に、呼ばれて、行くと、
義母が「何故知らせてくれなかった」と泣き崩れ「貴女は未だ子供が小さい。結婚するのです。友ちゃんは私が見ます。貴女は仏壇も位牌も作らないように」だが(父ちゃんが死ぬと直ぐに義父が癌になり義母に懐かずに勘当された長女帰郷義父の介護かと思ったが私が放棄父名義の土地癌で生死の境の父に印鑑を持たせ握り締め息子の名義に(父親の葬式にも出ず

雨の中義母を布団のまま外に放り
「私の母お墓に居る」息子が土地を
担保に一億高利貸し全部貸し付け

実子牧野も土地に未練が出て
「本当は妙ちゃんの土地」と裁判に
「先生は高校の教徒共稼ぎ株で儲けた」と私が放棄すると
裁判官が「貴女を心配され裁判にさ
たのですよ」
「いいえ」本当はと言いたいが言えず
「甥がお前は他人と言われ、私は本当
は母を見てくれる人に上げたいが、長女が息子の名義にしたので私は他人何も言えません」

土地を姉に取られると
牧野は実母を精神病院の、ベッドも無い
部屋の隅に蹲り
「貴女だーれ」
「お母さん妙子です。貴女がお守り
した幾子と久美子、実の子がこんな部
屋に頭が可笑しく成るの、当り前よ」が直ぐに死亡
(「可哀想なお母さん。継子、実の子に」
後新川で「お墓が流される」義母だったとは
甥も集金が出来ずに姉一家離散です)

  六十五万円の硬貨の香典
義父母のお葬式から、帰ってくると
岩脇の渡辺君を初め高校、中学生が
「知らなかった」とお小遣いを香典に
百円玉五百円硬貨十円も銀行員が
「こんな硬貨の香典見たこと
ありません。六十五万円です」
「ああやっぱり岩脇の生徒は来て
くれましたよ。父ちゃん」と嬉しく
香典返しは岩脇の生徒にが、塾の兄が
富小に5人で行ったが、学校葬断ったので・・・退職金保険金
主人の持ち物一切貰ってはいません)

和田教育長が責めて遺族年金をと
手続きをして下さいました。
が2ヶ月で三万五千円です。明日からどうして食べ二人の娘学校に
(皆様の貴重な献血折角のご好意を無駄にしてしまい
特に山陽パルプ寺井所長様その三人は知らずに、お礼の言葉も言えぬまま会社を退職、福岡に転居と聞き
奥様と社員の皆様度々店に来て下さった方が転勤でもう一枚服を作られた千葉さんに電話して
「所長のお名前か転居先を教えて下さい」と同僚奥様に電話、教えては頂けず(洋服代二枚も払わず転勤学校に、市役所フルネーム分からずに・・・)

    素人だ、店を止めろ
S45年1月急性骨髄白血病二週間で急死兄姉が「素人だ、店を止め、家を神戸に用意した(止めぬなら、家を、借金2千万皆で払う、マイカーをタクシーに、条件付借金は、無いし、給料では食べられず、(店はアイデア勝負だと頑張る事が、間違いだったとは?長女神戸弁嫌い妹は芦屋から学校に)

「商店会皆で応援小切手上手く使うのだ」「つぶれないように旦那を早く」と毎日お見合嫌だが皆のご親切に店も止められず毎日毎日ファッションショー衣装を、解いたり、縫い合わせ裁断デザインアイデアの勉強を鶏が鳴きだし寝る毎日、娘の登校時間には起きれず、癌が子宮筋腫に出血貧血に

勤めでは食べられぬが
店ならアイデア、仕入れが勝負だ、と父を思い出し小切手を返し現金仕入れに、義父がくれた宝石の印鑑がかげるので「死を期に作り替える」と通帳を解約届けをだしました。

大寒に(福田さん達と飲んだ)
「ビル瓶、洗い返すと5円下さる。冷蔵庫後ろに牛乳隠さず呑むのよ」
問屋を全部変え、小倉から赤村の、占いに行くと「店は順調に行くが、二人の子供は奥さんに反抗しよう、しよう」としていますよ」「はいそれで来たのですが」
「親が死んだ自覚が無い甘えですね」
博多で仕入れ大阪は長女の姉が問屋を紹介京都名古屋東京にと現金だと伝令、手形の十倍安い品も、
安い物は私が作ると必ず同じ物をと
欲しがるお客、仕入れようかと迷うと生地にお客の顔が浮び、必ずその方が買われるのです。
大阪友人中野に「毎日見合をさせられる」と愚痴ると

結婚相談所に写真を
「歌子慶介おもろい夫婦、入会」
全国紙に32歳の未亡人」と載り
バー大口に、歌子さんが満席を一人で何十人と接待に感心させられました。

愛の架け橋、全国仲人東京の結婚相談所長大澤が
「自治会解散したが、まだまだ戦争の犠牲者多く、私が支部会員に洋服を売るので貴女は戦後靴下と女が強くなり、思春期に戦争犠牲にした、
学業をやり直しの方離婚の方戦争、戦争食べ物も無く犬猫食ったとどうしても話、女に嫌われ相手にされぬ方の話を聞いてやって欲しい」
規約は下の名前は住民票取られぬように大澤は陽子、菊田は夕子、私は水口麻友で申し込だ、方が見合い料を払うので、私は何時もただで、男性は見合い料1万と場合により、個人の見合いは交通費ホテル代払い、成婚料を払う規約です。
戦後学業やり直し、年を取り、出世したが、皆孤独思春期に戦争に、金は出来たが話を聞いてくれる人が居ない、田舎に行く時間が無い方の話を聞く役目を、初めは月二回の仕入れパーテー、約束が、次第に全国を歩く事に

皆苦労人の話、勉強に成り聞くだけなので、人は財産と思い、交通費ホテル代を出して下さり、仕入れに行く費用が浮き、地方の新しい生地との出会い嬉しく、その分安く販売一石二鳥三鳥と(別荘王、商社、老舗のご隠居、外交官OB顧問、社長、弁護士等皆父親の年、苦労話商売のアドバイス、勉強になり、飛行機事故の時はガラガラ月二度の仕入れが、週二度のお見合いに
女の先生が二人来られ「貴女が店をした、から先生を、殺した貴女を置いては死ねぬ、口癖だった先生を」と怒りながらも洋服を作って下さるのです。

神戸の坊や「戦地から帰ると年寄の親が結婚させ、女の扱い分からず嫁に逃げられ姉妹に馬鹿にされ、話だけでも聞いてほしい」と宮崎に
「私は結婚出来ません」と最初に断り
空港に、青島、といの岬観光ホテル部屋を別々に、だが何度変わっても一人は寂しいと又来られ、
「同室は仲人の了解まで困るのです」すると札束を出し勘定(二女「そんなに足蹴に断ると最低の人と本当?に)

逃げ帰るとそこに
外国航路船長が「たまに日本に帰ったが僕の物何も無い、店に行きます」との電話「何も無い田舎困ります」
「酒さえあれば良い」「お酒?」に
娘達日曜日一合瓶ぶら下げ道に迷い
お巡査さんに送られ可愛い時期も

鶏が鳴くのが、寝る合図
だが素人の悲しさ、お母さんの時代の洋裁師と、裁断師、現代の袖付けアームが大で、若い方、都会からの会社員奥様方は芯地張りもスマートだが、ベテランは、昔流で自分が勉強をと
立体裁断の勉強を鶏が鳴き出し寝る毎日子供の学校時間に頭が上がらず目まい、貧血、起きれずに

「ご飯炊き学校辛い」中学です。
東北の社長「東北は寒さ厳しく、三歳から釜戸で登下校まき拾いご飯炊き、親の夜なべを、手伝う甘えです。よ」
民家に泊めて頂、驚きました。
囲炉裏を囲み、お婆さんが、昔話を外国では暖炉やペチカを囲み見たが温かな九州では見られぬ光景、これが東北の親子強い絆かと、
小田急課長「子供ないと寂しいね」
「無い子には泣かされぬ」(本当です)

小松産業社長様の大奥様の仮縫いに行くと、社長が出て来られ
「よく頑張るが、借家では儲からぬ
あの土地、ビル計画、先生が、花が丘を買われたが返して、古家が空いたので、ただでも良いが2百万ありますか2百万で売る。曙に、社長も貧乏いじめを止め、これからはボランテアをと言われた、その第一号が貴女だ」と
高校の先生と駄菓子屋、お祖母ちゃんがまだ店をしたいと曙に相談
「社長は貧乏虐めを止めボランテアをお婆ちゃんに又貸しなさい」と後で聞きました。
私は「一坪も売らぬ、買う、社長私などに土地を売られるはずが無い、と信用できず主人が「半年前は国有地」と買ったが
「店が出来る土地、もし本当なら正式値段で兄姉に買って貰い、私は家を建て替える」と冗談を言い仕入れに

ところが社長は本気で「水口の全保証する」と国金銀行に電話された噂を私
一人知らず、山師や別府久野が知り久野は南バイリンを洋服屋にしたが倒産嫁の父親の本籍に雲隠れでした)

息子専務「親父は頭が可笑しくなった」とその日に社長を交代され二度と
お姿を見られなくなり
専務に「もし噂が本当ならお断りしたいので、社長にお会いさせて、頂けないなら、専務にお断り致します」と頼みましたが「頭が可笑しくなり入院とその後もお会い出来ませんでした。

子供が帰りを待ち受け
「ママの嘘付き」お金はくれなかった」「5円返してくれる」と聞いたのね」「聞かなかった」何故聞かぬ」と言いたいが中学と5年生です(この時の話し合いが一番重要だったと今思います)が私の頭は店を開く心配で子供の話を聞く余裕がなく、話は途切れ、
おそる。おそる。一月振り開店に
「待っていたのよ、主人が幼稚園児の商売心配、安売り駄目よ」他店は高いと一万多く置く土建や会長の奥様
「店を止めるのではないか」と沢山の人、三日で生地が売り切れたが洋服は生地が売れただけでは着られず
金にもならず、これからが大変です。

「私は西村ですが、私のご主人様が洋服を作りなさい」代金はご主人様がお払しますので」だが雇い主をご主人様と呼ぶ客珍しく、言われた住所に集金に行くと白壁の広大なお屋敷時代劇映画の様な玄関を入ると又も映画で見たミスの中から
「私はお金が汚く、さわった事がありません」と声がするが私には見えぬが中の方は私が見える様子に、夢かと驚きで、よく覚えていません。が事実お金を頂き待たせたタクシーにも、夢か狐かと話せずに
(今だに、半信半疑、思い出します)

地方新聞の所長の奥さんが服を作られ、延岡の会社の慰安旅にと言われ
車に乗ると柳瀬の鉄橋完成祝賀会で
柳瀬の町に付くと道の両側に黒いスーツを着た男性がずらりと並び最敬礼の中に降りられ、私を運転手が、姉さんは温泉でも・・・と部屋に案内され1人に成ったので川の温泉に行く振りをして日向に逃げて帰りました。
ところが、忘年会シーズンになり
所長が「奥さん今晩延岡の忘年会に
付き合って下さい」といき成り店の前でドワーを開かれ、丸で無理やり押し込むように車に、乗ると踏み切りで、信号待ち、所長が降りられると、急に
Uターンして「一風呂浴びてくる」と
この前のボスです。が落ち着き払い
「どうぞ、お待ちしています」と車に
「いや、シャワーだけだから、降りなさい」と言われ降りると、行き成り
玄関上がり口で裸に、背中には映画で
見た、立派な唐獅子ボタンんに、見とれ、風呂にいられたので玄関を開け、床下に潜り込み、息を潜めていると4~5人の方が懐中電灯を持ち探しだしましたが
じーと動かず、我慢していると皆諦め
ボスも車で帰って行きましたので、夜中に歩いて店に帰り着きました。(が
以後も何もありませんでした)

酒屋の不渡り小切手をバーのママが、持って来て「銀行が閉まり困った。これは現金と同じよ、早く、早くお金を明日現金にすれば貴女の得よ」忘れ
黒田不動産銀行で知り、知らぬ間に執行官と酒蔵差押え弟店納入との噂
延岡の弟の嫁に電話を入れると主人も死に今はお付き合いも断っているのです。私の親戚等利用され、皆迷惑をあの兄に」と言われ電話を直接入れると「後で電話する」と嫁の妹に知られたくなく、私の主人入院知らず嫁が来て「主人は妹と出来ていて私達は家の中で別居生活で後に宮崎の先生を離婚させその後妻に妹を結婚させたのです」と従兄弟同士の結婚で、主人は田舎で一人娘を受け持ち大変でしたが、田舎の家火事の最中に大の保険に入り、門川に出て不動産屋に成り国道十号線計画青写真道の両脇100円、千円で細く長く買占め十号線が出来工業団地会社が出来大金持ちに成り、
土地を買うと保証人に成るので土地が売れ忙しく前の駐車場に入れず事務所の前1日に何回と無く駐車違反繰り返し私の電話に義理の妹に知られたくないので仕方なく350万払うが高利運用、土地を買い足し家を建て替えられるが(後に新川が日向総合で売り株にしたのです)

「先生が死に子供が寂しいでしょう。食事に」と知らぬ電気屋の奥さんに「小切手落ちぬ」土産が小切手です。
「先生に傘や靴を貰った妹が中学に生地だけで良い、おくんな、さい」
(生地だけなら、まだましなのです)
「先生死なれ淋しいでしょう。久美子ちゃんと同級生、このバラ寿司食べさせて、が「6万円貸して」に

建築設計事務所社長夫人が不倫
毎週最高級ドレスを作られ百万になったら払いますが、社長が入水自殺
集金に行くと、大勢居たのに、椅子一つありません。
このような為にと人件費節約、毎月一割はあると覚悟、一円でも安くと、お見合い、旅費が浮くので助かるのです。

裁断師募集すると鉄鋼社の奥様今まで家で内職していた方がこられたが、足が悪く「自転車通勤は責任があるので、タクシーで来て下さい」と頼むと自転車で来て、タクシー代を請求
「アームを小さく頼みます」
「奥さんは素人だから無理を言う」と
「私もファッションショーの服買い、解き縫ったり解いたり裁断の勉強を毎晩鶏が泣き出し寝る毎日です。
このようにスマートに」
(だがこの時の癖が今も直らず、買うが着らず、にほどく癖に)

だが奥様もどうしても直らずに
「仕立てベテラン奥様です。又仕立を頼みます」早口山形ベン泣きながら奥さんは、素人無理を言う」と思うが
「私には山形ベンわからないので何時もの様に、ゆっくりしゃべって下さい」だがどうしても直らず又仕立てに

今度は一枚が三枚になりデザインと伝票があるが、サンプルが小さく成り
「これと、これと、これ、一枚が何故三枚になるのですか」「わかるカー」
「私が一枚一枚仕入れ、お客様に売り私とお客様がデザインを決め、裁断師が裁断、私が仮縫い、心地裏地ボタン糸を決め夜奥様に仕立てを頼みに、その合間に配達です」泣き泣き帰られ
主人が居た学校の先生に「山形ベンを笑われた」スーパーに就職、町の噂に
  
 出張販売での見合い
椎葉村の塾の母親達
「洋服を作りたい」と大塚社長の車で
椎葉壮旅館に、沢山の人
平家の落人鶴富屋敷那須の大八の子孫の娘が沢山洋服を作り結婚され。
ガソリンスタンドご夫妻が
大塚社長とのお見合いを断ると
(「次女車かっこ良いママ結婚しようよ、そんなに人を足蹴にすると今に最低の人と結婚するよ」本当でした?)

見合いを断ったが商売は続けて頂き
住友林業秋の慰安会にママさん達と私も5~6名が招待され鮎やの帰りクラブを貸切ダンス、私は大塚社長と
だが急に音楽が止み皆居なくなり
私一人嫌二人野蛮な男が私の背のファスナーを全開知らず
泣きたいくらい恥ずかしいが招待客、雰囲気を壊す分けには行かず男も逃げずに、皆、私が泣くと水を打った静けさに、迷惑を掛けられず
「この野蛮人」と平手打ちに大喝采
音楽と共にダンスが始まり一安心も
つかの間、肌寒い夜中帰りのタクシーがずらりと並ぶと倉田課長が
「早く、早く、これに乗りなさい」先頭の車に乗ると男が乗り
「降りなさい」と言われ降りると男が降りて、何回も乗り降り繰り返し
ガキ大将その者で目上の下請け社長口々に「また菊田さんが始まった」と
ようやく課長に送られ帰宅でした。
(この山師、土建会社や大家の下請け村会議員で昼は借りて来た猫のように真面目だが酒が入るとこのように変り幼くして母親に死なれ代用教員受け持ち年上の従兄弟同士の姉さん女房、妹嫁ぎ先倒産高利の金を借り男が逃がし店を知り、デート、ガラス蹴破り店に侵入(長女ガラス片付け学校に嫌がらせ続き娘家出繰り返し、父に勘当され両親の葬儀にも行けず、S45年通帳印鑑、現金泥棒され開設が、裁判まで関係しようとは思いも出来ませんでした)

  又も素人スナックママに
原田さんが「空いた家借りなさい」
森迫さん「駄菓子を喫茶店廃材で、棟梁がスナックにして上げる」と
又も素人ママに
開店祝いにと銀行員が高価な銅版の版画お祝いに、だが菊田の通帳の使い込みがばれ首に、私は銀行不審に、ところが今度は専務が「菊田の保証で土地を売る」と言われた」と菊田が印鑑を」と取りに来たので
「菊田の保証はお断りです」専務と銀行に申しでたが菊田が通帳印鑑持ち込み開設で小切手を作られたので全部返しました。が
支店長が来られ、新しい通帳が出来たが「金を借りてくれ幾らでも貸す」を久野が毛皮売り上げ担保に借りたが知らず(菊田が通帳開設で、皆前の洋服店の引き落としが関係ないスナック家賃の通帳で引き落とされる事になったようですが私は通帳を置き引きに取られ、店を止めたので私にははっきりした通帳が無いので分からないのです)

クラブの飲食店組合長が
「私が手取り足取りママ教育を」お尻を撫でられ
「何するのです」「覚えておけ、店はさせぬ」と開店前日に
「酒の納入を止められた」と噂広まり(皆お酒のお祝い、おつり入らぬに)
神戸の姉に電話「任しなさい」と翌日、カフェリーで材料を送ってくれたが

5時に成ってもトントン
「本当に開店出来るのか」と洋裁店に聞きに来る始末
ベテラン女性三人が順序良く配置してお風呂に帰られ私が留守番を

ライオンズクラブ森迫さんご一行ゴルフ帰りに「ママお酒グラスお絞り」と何も分からず、開店に泣いたのです。
(ママは邪魔だと私は裏方です)
主人の同窓農高の先生が「奥さんが町の流行教えてくれる恩返しだ」と温室や出荷出来ぬ、はね材をメロン摘果と、セロリ貝割れキウイと毎日ただで下され、人件費以外買う物も無く、社長の恩に報いようと家を建て替えるまではと一円も使わず貯めました。

「モーテル、社長に日向には、セロリ、メロンの漬物がある」と聞きました」
大分農協視察に
「ママさんは何方」
「はい私」「やはり、そうだ、騙されぬように頑張って」大分のセロリの一品運動に(外には人数を数え「貴女が繁盛なら縁起の良い店、貸してくれと次々に)
皆帰られると入れ替わり又満席に繁盛皆長居をせずに何回も回転そこに
山師仕事帰り汚い格好で現れ
お客が「うざい」とばかりに追い出し鍵を掛けられ、裏のお座敷の電気を叩き割った所に嫁いだ長女が
「菊田さん、お父さんが裏に」
「本当嬉しい、お父さん」とお座敷に通じるドワーを開くと
電気を割り、棒を持ち立っている山師丸見えに「お父さん、なんでーこんなことを」と泣き泣き帰ったのです。
何度来ても店に入れてもらえず
クラブ金貸し女と飲みそのまま洋裁店のガラスを足で蹴破り栄光堂が毎回一番に出て
電話を、中に侵入子供が起き出すと電話機を持ち「さ、あ、さ、警察に電話をしましょうね」と
(妹はゲラゲラ笑うが姉はそのガラス片付け学校に行くのです)
警察が来ると
「お巡りさん、僕のこの足がガラスを割ったのですがお巡りさんはどうやってこの僕の足を捕まえる」のか
「又菊田さんかー」警察帰るしまつ、
金貸しバーの女とデートして
パトがいなくなる4時ごろ車を運転帰り「金を貸せ」に
最初にピアノの上に掛けてあった主人のカメラが、無くなると香港旅行に行ったと鰐皮のバッグを土産に、だが要らぬと外に投げると車がひきました。次に大きな開店祝いの洋蘭、そして骨董の壷が無くなりました。
そして主人の死を期に印鑑を変える事にした。通帳印鑑が無くなったので

「だいたい犯人は分かっているが念の為」と娘達に尋ね
「そんなに、娘が信用ならぬか」と
久美子は「家の引き出しには何処でも金がある。態々通帳を捕らなくても、ね、姉ちゃん」と言われたが銀行に行く暇惜しみ、引き出しに入れ
又自分の都合で仕入れに、仕入れ先の銀行探す時間が勿体ないと優柔不断の面倒な性格娘達には通じずに

長女はその割られたガラスを片付け登校に度々家出を繰り返し始め、突き出すのは簡単だが、それでは商売も出来ず何より三人が食べられ無くなるのです。山師の従業員多く仕返しが怖く、何より家主専務のお気に入り娘達が警察にと願う私ですが、娘達と向き合い話す余裕も、暇も無く私達親子地獄の苦しみでした。
土建会長、ご一行毎晩一番先に来られ
「僕達は皆一日の疲れ落しに風呂に入り、くつろぎに来るのだここは素人家庭的」と山師を追い出し鍵を掛け次のお客で、帰られるのでしたが3年間続き
「さすが疲れた」と店を変わられたので、家賃5万350万で売ったが後に
又返され、私にと希望で、又する事に

会長の奥様が来られ「主人と貴女が、出来ているが、貴女なら許せると思っ居たのですよ。疑って御免なさい、ところが、新しい店の仲居と出来毎晩枕の下に包丁を入れていたが、今日とうとう切れ昼間に大騒動になり主人は「殺される」と町中逃げ回り包丁を持ち「殺してやる」大騒ぎをしたのです」

「私は皆にパトロンが居ると言われるが、本当にパトロンが出来たなら店は潰れる。出来ないと思っています。でなくても、毎日毎晩店には来ないが「水口を呼べ」洋裁師のご主人等誰かが大騒動をしてくれるので一時はやくざのチンピラが席とりに来て親分が僕が守ってやる」
と言われたので「親分が来ると子分が
店の前に居るので、私は迷惑なのです」と言うと「そうか、それならならもう来ないよ」と帰られたがヤクザより何よりも怖い、ガキ大将の山師が何より常識がなく、怖いのです。みんなここの店に来ると何故かほっとする」
と言って下さるのが嬉しいんですが」会長が来られなくなり、スナックは私には限界だと思っているのですよ」

クラブ女性達が洋服を作りに来て「菊田は、金貸し良子とデート、妹が倒産、高利の金を借り、兄の山師が逃がし、クラブの椅子を山猿のように椅子から椅子に飛び跳ねるが高利貸しの女のお客と誰も文句を言えず、ヤクザが介入らしい」と、その後に「店のガラス蹴破り4時頃車運転帰るのよ」と栄光堂
「金を貸せ、鹿児島島津家の凄い山一番先に手付け入れた者に落ちるのだ」
と電話
「私は仕入れに行くが、店に来ない条件、私の邪魔をしない条件なら」手付金上げます」と娘に預け、仕入れに、
十年した店を立ち退き本吉の店を借りると山師の友人、本吉が不倫彼女を
僕もと
益々増徴、今度は私に「パパと呼べ」
「分かったパパと呼ぶよ「パパ空の通帳返してね」とだか返さずに奥さんに電話相談も家族が勘違い、嫌がらせ益々酷くなり
長女家出繰り返し、家出する位なら何故直接言わぬ、父の居ない子強くとの願いも、内弁慶、情け無く
娘家出、店を休み探していると

黒田からゴルフセット宅配を
住友所長転勤、荷物送りに来て見た
菊田逆上アイアンを引き抜き
「こう言う事か黒田とは、殺してやる」
「娘に家出、されるより殺されたが気が楽、殺して」と一発で気絶、その上を滅多打ち、「殺した」と帰り
店の床で三日目に
「もう少し遅かったら死んでいましたよ」と医者に東京からお見合いに見えた方が大澤にも報告、家出の娘を、延岡の兄嫁見付、二階に上げてくれた

その晩、住友林業所長後夫妻転勤のご挨拶に、だが体全体痛く起き、れず、
「奥様お別れが、お礼が言いたい」ベッドで泣き(家族ぐるみのお付き合いお礼、が、お別れ言えぬ情けなさ
(後に黒田は私が銀行に出した小切手で値上がり前にと欲張り、仕入れた満杯の酒蔵差押さえた噂に、仕方なく350万払うので高利運用して、土地を買い足し、家を建て替える条件で三軒のママに5万で貸し、管理人に」
日曜位ゴルフを」と送ったのです)

  パトロンに悪い病気を貰った
お隣のタバコ屋の奥さん「息子が評判の悪い女が嫁に来る」とショック死、
半年前に、タクシー社長を旦那が追廻した噂の女が、又も隣に来たのです。
私は未だ山師に叩かれ、起きれず、
「仮縫いは裁断師が私より上手なので致します」と断ったが「どうしても、奥さんに」と言われ、体中紫の斑点痛いのに我慢して仮縫い済ませ帰られると

広瀬が「幸子からパトロンに悪い病気を貰ったと電話が来た」とタバコ屋の女の元の旦那からの電話です。
「あらこの前はタクシー社長、追回しとうとうタバコ屋の若いのに取られ、まだそんな電話を電話する中、子供が居るから、縁は切れないわね」

久野が神戸の毛皮屋と総額十億の保険を見せ
「貴女の毛皮の展示会をして店にはくを着けて上げる。売り上げ3割5分」とトラック一杯テン、アザラシ、ラビット、ミンク等が、都会のブームも終わり、これ程の現品に倒産です。
「暖かな日向一枚も売れぬ、だろう」

日ハムの下請け運送屋社長ご夫妻が
毎日鰻の昼食招待来て、その話に
「家内と娘達、3枚は買いますが
ドライブイン貸切従業員の慰安会
毛皮を見たことが無い人多いので、食事しながら毛皮を見る会に、一般の
お客も車4~5台出し送迎しますよ」
話が決り計画を聞いた

久野が急に部数の一番少ない新聞にチラシを入れ、町の伊達バレー」とお客の殆どが知らず
だが田舎は、未だバブルの絶頂期珍しさで、よく売れていると電話で
領収証を一冊買い、全部にサイン残り二枚を(後新川に取られました)

土建会社の奥様が「韓国に土建会社旅行に行くのでもう一度開いて欲しいと言われ延岡会館で開き総額97百万売り上げたが、見た目は素敵で豪華だがラムの二度染を皆買われ旅行が済むと毛が抜け落ち、久野が弁償売り上げ担保に金を銀行から1千万を借りたが知らず、又国金から5百万を借りてくれ」
「店はお客で気が散ると返済方法を喫茶店で話す」が
「落ちつかない」転々、延岡~大分県境、とうとう私の子宮が爆発
「何処でも良いトイレに」と叫びモウテルの玄関で出血
「金を置きなさい」と怒り、帰りに気がもうろうに、バッグから借りた金を取り、店に突き落とし
誰もいぬ店の床に3日目に気ずき
奥さんに電話「貴方達出来ているでしょう」に怒り別府に行くと

商店会会長が「一番先に払うべきだった、嫁の父親が債権会議で払い、貴女の、は、誰も知らなかったのです」
私は売れた毛皮をお客に全部キャンセルさせ、半分を神戸に返したが神戸も倒産
大澤二人三脚売りました。
(この時山師が凄い売り上げだと通帳印鑑を泥棒ですが空通帳)
専務が菊田さんの保証で土地を売ると言われ、通帳を盗んだようでしたので専務に菊田の保証は私はお断り致します」と頼んだのでした。が・・・
 
   僕が死んだら人が変わる
「パトロン出来たら服は作りません」
パン屋は問屋が来ても覗き見、
タクシーが来ると毎晩ケースの陰に隠れ全員でお見送り「今何人?」
「全員」「じゃあ出掛けるので戸締り頼む」とズボンに馬鉄の靴に履き替え
主人の教え子店員に来て
「何故店の前からタクシーに乗るの」
「私こんな重い下請け洋服頼み行くのに私の店で乗ったらいけないの」
だがその晩何時もの指名の運転手、休みで交代、伊勢ケ浜海沿いの道
「奥さん月が綺麗です」と言ったと思うと波打際に止め
「奥さん降りなさい」と運転手が降りたのでロックして知らぬ不利
「奥さん御免なさい」と泣きながら「とんとん」ドワーを叩が知らぬ顔していたが、夜中このまま帰られたら今度は私が困るので
「早く車を出しなさい、私は、まだ明日の用意があり、早く帰りたいのです」
ロックを外すとドワーをあけ車から私を引っ張り出しつき飛ばし馬乗りに成ったのでここは我慢と
「処女でも、無いし、お好きに」と抵抗を止めると馬乗りのまま、両手でベルトを緩め出し
「今だ」と足を、曲げ靴を脱ぎ握り替え「この野蛮人」と馬鉄の靴で殴ると「あ、あ、痛いたー」と私の体から転げ落ちたので車に飛び乗り
「早く車を出しなさいよ」と言うがしばらく男泣き
「奥さんは僕を首に」「何言っているのよ。何もなかったじゃない」と言うが朝まで泣き泣き電話をされ困り

パン屋の奥さんが
「奥さん御免なさいデート勘違い」皆洋服を作って下さる様に成りました。
     
二男の嫁の妹の「見合いに態々福岡の自衛隊から帰って着たのに見合いを、すっぽかされ」良い迷惑でした」と
嫁の家に下宿していた先生が代用教員を止め、実家倒産生命保険の所長になられ、洋服代を保険金に入れる約束で、五十万以上作られたが、見合いのとばっちり(保険金証書も無く洋服代未払い会社を辞められたが。兄嫁の妹、同級生タクシーで家に「好きな人いる」と兄に電話、結婚させ、その兄も神戸の姉が嫁をお世話したのでした。

十五夜祭り、久美子は踊りに参加
「祭りの用意の材料取に」と可笑しな電話、毎晩内職で通う道、海と米の山に分かれた道を山に上り整理現象降りられ、ロックをするとそこに車、ライトに照らされ「奥さん御免なさい、家内に言うのでしょう。もう僕達離婚です」と泣かれての電話

そこに山師の長男と嫁の兄
「二階を借りる」「困る」が勝手に上がったが、嫁の兄が直ぐ帰ったが長男は降りて来ず「久美子帰る」に
「親父と出来て居るのなら、僕とも」
今にも飛び掛る体制に
「何ヨお母さんに親父の相談の電話を勘違い」と裁断バサミを投付け電話機を投げ、股にバスタオルケットをはさみ、口に加えると久美子が窓ガラスに映り早く、早く帰ってと心で叫び上がって来た娘見ると腰が抜け
「ママさんその格好」良くぞ留守で、
良かった、と思うと
「石垣の穴に突っ込んだ方が未だましだ」「何を石垣の穴に突っ込むの?」久美子が言った。が(嫁の兄久美子が居ないので帰ったのか?)

義父の宝石印鑑を、主人死を、期に通帳を新しくと、熊谷印堂に頼むと
そこに三笠の旅館奥様が「高島易段に」とお誘い「印鑑が悪いので十万で」
作りなさいがもう頼んであるのです。

山師二三日置きにガラス蹴破り店に
前の栄光堂一番先に出てきて
「これじゃ幾子ちゃんも久美子ちゃんも可愛そう勉強が出来ぬ私立に」と
「公立に通らないならだしません」
「久美子ちゃん合格栄光堂不合格よ」電話次々に(私立、公立に別れると聞こえぬカラオケ煩い百十番するに)

 父の勘当
父が「栄光堂に聞いた。幾子ガラス片付け学校に行く可哀想警察に突き出そう」と来たが「大家のお気に入り、解約した通帳印鑑だが念の為証拠を取ってからね」短気の父行かぬと勘違い「なら百万でお前を勘当する以後何があろうと家の敷居跨がせぬ」
「私も、証拠を取るまで家には行かぬので安心嫁に、この金で俺を見てくれと渡し、一円も残さず、作りたいお墓を作り死になさい、母も嫁を嫌い養老院に行きじいちゃんが捨てられたのよね」と言い帰したが(山師の証拠が取れず葬式にも行けず、父が生きている時にもう一度父母に会いたかった後に大理石を取り寄せ床にも敷き詰め「丸でお城の様に立派なお墓良かったね」ところが二男にこのお墓壊され
共同墓地に私はこれでも父が、化けて出てこないなら神仏を信じる事ができません)

娘達の反抗
久美子がお友達を引き連れ
「家はお姉さんが働き金を稼いでくれるが、ママはお喋り働かないのよ」
原田さん「久美子ちゃんそれでも高校生、お母さんが昼夜働き二人も高校に」
裁断師河野「お母さんに月給を貰っているのよ」「嘘よ」と久美子

「久美子バイク二人乗り」蛇占に
バスの寮母「金が無くなった」と
くねくね逃げ「えーい、白状、せい」
「私が取りました」
今度は私の番です。
「何で来た」「久美子がバイク二人乗り」「畳にうつ伏せ寝なさい」とピタリと横に座り、私の親指をつねり
「久美子どこに居るのだ、言え」又つねられ痛く寝たままくねくね逃げ
「ええい、強情な、言えと言ったら言え」と又強くつねられ痛くてたまらず
起き上がり
「私は久美子でないので言えません」

警察に電話「娘がバイク二人乗りおそらく旧道宮崎方面と思うので二手で、はさみうちで捕まえて下さい、頼みます」「奥さんそこまでせずとも」
「嫌、他人巻き込み事故が起きたら困るので早く頼みます」

ほどなく「無事に捕動したのでお母さん来てください」と私が呼び出され「お宅の娘が金を持ち出し皆に配って遊んでいたので、念の為病院に」と
「娘が信じられぬか」と信じる事に

長女が山師を嫌い家出の末、東工大の助手に、結婚話を断り帰郷、教授は心配宮大に紹介状を書いたのも話さず
自動車学校に行き帰らず、店を休み電話帳掛け捲り、椎葉にたどり付き

「親父が椎葉農協、退職金で息子と土建屋計画を
飲み屋の女に知られ、女が四人家族の部屋に毎晩日向からタクシーで送り来て泊まるので、息子の嫁が嫌い、幼子二人置き家出すると
女が出来たばかりの会社の手形を乱発、土地を一町歩以上買い三等分道路沿いを売り、その一つを担保に入れ金を借り家を建てたがもう倒産しているとの噂ですよ。
だが嫁に子供を置かれた不倫の女が貴女の娘さんを騙して家に連れ込み子供に
「これが新しいお母さんだ」と言われた子供はお母さん」と飛びつかれ、その家に居るそうです。が本当は貴女の金が目当てだと噂ですよ」と聞き

曙先生に相談をと出かけ玄関で
「先生幾子ちゃんは弘子さんに3人も子供がいるのに、彼を取ったのよ」と聞こえ

「男嫌いで通った長女の初恋なら、仕方が無い、許そう」と思い電話
「結婚したいなら、許すので、その家倒産、今に借金取が来るので、その家を出て他の家を借りる。かスナックの裏にそのうちに建て替えるから」
「ママさんは、金、金、金」
「何時言った小使も月謝も下さいと言った事無く、原田さんに言われ気が付いたが、貴女達には、誰が金をくれていたの、私が働かずどうして食べられるのよ」

「お母さんはこれ全部家も車も幾子の物」と言った、ママさんは嘘を言う」
「父親の不倫女をお母さん?そう。その女が出来たばかりの息子の会社の手形で買ったので、今に借金取りが、もう倒産しているのよ。一度帰って、嫌なら別の家借りなさい」と毎日言いましたが
親父が「結納に行きます」
「生娘を倒産会社後妻には遣りません。お断りです」逃げようとしたが
塾の兄嫁、山師まで来た所に、
仰々しく
不倫の女の両親と不倫夫婦、幾子と息子6人が来て結納金を出されたが皆何も話す事無く、だん、まり、に

息子が「親父はお袋の店に指定席があり、毎晩幾子と当て付けられて居るのです」と自分の出来たばかりの会社の手形を親父の不倫の女に乱発使われているのに、何て情けない男にほれたのかと思っていると
さっさと幾子を残し皆帰り
「さすが式には家から行くのね」
「いや帰る」
「ならこの結納金30万持って帰りなさい」
「あのうー、あのうー」「まだ何かあるの、その紙何」
「これを現金にして帰れ、と」
「これ不渡り手形幾子は私にこの金を払えと言うの、これが不倫の女が切った手形よ、何故皆が居るところで出さなかったのね650万よ」
が父親に死なれた不憫な娘
私が先に癌の宣告を受けたが、私は中国の梅の古木に生えるキノコが良いと飲んで何時の間にか直り癌が子宮筋腫になり、信号も急ぎ薬局の間によく倒れ込み奥さんが
「よくも、こんな体で働けますね」

又仕入れに行き急ぐと倒れ救急車に何回も乗り、即手術を、入院の暇など無く原田さんは「オムツ何時取れるの」
(二人とも死ぬのならスナックの金は一円も使わず娘に貸家を、と貯めた金「明日振り込む」さっさと帰る我が子情けなく、結納の品をゴミ箱に捨て、店のオールドパーを一気飲み、倒れカウンターの中、翌日気付、一度出血1~2週間続くので怖いのです)
それを期に次々と来る手形臨月の娘父が勤めた校長先生の絨毯掃除を、情けなく、又その器具代、飲み屋の付け土地代金家のローン等2950万
十年間スナックで貯めた金、死に金に
誰も得をしない金に娘達犠牲に、10年間働いた金溝に投げ込ぬ事に
そんな時鹿児島銀行支店長と黒田に呼び出され「親父の不倫女に自分の会社の手形を、乱発され、溝に金を投げ込む様な物、子供を見て貰う奥さんの母親に廻す男も男なら、
払う貴女も貴女、この担保流れの土地を7万ローンで取り、逃げなさい」
「いいえもう金は無く土地もいらぬ」
「現金でなく菊田管理の店の家賃支払いで良いのです」
「あんな土地、私は要りません」
「65番地小松屋から買った土地は三軒にして貸し土地が買えたら立退き条件で、安く5万円で貸す計画だ、
350万はモーテル紅葉に貸し付けた、利息で土地が買えたら家が建て替えられる」はずでした。が・・・

そこに土工が自分の家の道を付け足し「一年で買戻します。頼みます。助けて下さい」娘同居仕方なく店の家賃支払いで買いました。
後に私が店を止め、大阪に出ると買戻しなく娘達を追い出し、
大阪不動産が、モーテル業者に売却、
金は娘にと頼むと、
現場は土工の長男の板金工場に不動産怒り立退き命じ破談に、
が鹿銀店長に「水口を騙した」と怒鳴りに鹿銀支店長が私を取引停止にされた為(後に菊田が宮銀で借り替えた事が分かりましたが十年間皆に助けられスナックで貯めた金誰も得をしない溝に投げ込んだ死に金に、後に又も今度は新川にその土地まで売らた裁判が新川が勝訴です)
長女倒産会社後妻に
S55年長女の結婚式、誰にも言わずに一人で参加すると思っていると兄嫁、山師次女夫婦参加近所の仕出しに四分六分と言われたが85万取られ

親父の息子を、だしに、自分達のお披露目です
花嫁の娘に「子供がお母さん、お母さん」とじゃれ付き何時まで続くやら
見ていられずに何処でも良いと外国にと翌日ルーマニア美容と健康ツワーに参加成田に仕入れの普段のスーツケース、にお茶とお米をビトンのボストンに入れ、普段着の服で成田に名古屋の年下ご主人息子さん、お母さんを送りに、中睦ましい様子に皆羨ましく引き付け、特に私には恨やましく写ったが、何と奥様は・・・とは
ところがソ連飛行機で私のスーツケースに大きな穴が開き黒こげ出てきたが被害は無く、添乗員の橋本さんが保証交渉ノー(だが中身のビトンのボストンに小さな穴が開いたが持って帰国名古屋で書類入れのバッグに

西宮姉が生命保険外交旅行ブームに
「海外旅行24時間身に付け昼はポセット夜は枕になり洋服共布おしゃれだ」と宣伝よく売れ(後に新川が金庫に入れ無く成ったと買い替えたが河野弁護士は些細な証拠は要らぬ)

ソ連入国に日本人沢山並び私の後ろの方はパリに、ところが「ここまで」と私の肩に手を当て引き返し
入国して食堂に行くと船上のような大釜が中を覗くとおこげ船上のおこげおいしいので「これ頂戴」
「ノノノ」とゼスチャーされ、
尚も「これ頂戴」に全員がニヤニヤ笑いながらおこげをくれると一せい、に皆注目「サンキュウ」とばかりに口に入れるのを皆見守り
「う、わ、硬い」(日本と違い田んぼでなく畑との事)一声に
「ほ、ら、ね」とばかり笑いながら他の鎌のご飯をくれました。体は大きいが本当は優しいソ連人食事が終わりロービーに行くと先ほどの
彼女が「奥さん私も一緒に、入国と同じでした」が一緒に外出しようとすると彼女に「ノノノ」入国していない」

翌日ソ連観光赤の広場、ガガーリンロケット発射台、地下鉄核施設兼ね深くエスカレータ長く早く、大理石地下鉄綺麗だが電車は普通で電気が着いたり消えたり、車も殆どありません。が土地が広大の為皆別荘を持ち食料を蓄え飢饉に備えをしているそうです。
有名な寺院が350年未完成見学に
ソ連には珍しく崖の道、くねくねと上りに木の枝にバケツが、石油がぽたりぽたり煮炊きの燃料に丘に上がるとさすがソ連真直ぐ一本道行きかう車なく途中トイレ休憩皆一勢に、一つのトイレに並び

トイレ便座に座り、足をぶらぶら、会釈するとぽんと飛び降り「さあどうぞ」一番先にバスに「トイレ大丈夫?」
明日は目的地
ルーマニアにホームステーと思ったが独裁者外貨稼ぎに外国人を優遇、庶民はトイレペーパもままならぬ
名古屋の彼女と同室に蚊取り線香配られ私は蚊アレルギー
「蚊に刺されたほうが良い、買い物を兼ねた市内観光と、サウナ先生と行くので貴女は行かないで」と言われ泣きたい気持ち、命令にロービーに行くと
福島と新潟の彼女が部屋を替えてと添乗員にせまり私もと言いたいが・・・
(店のお客に原発反対と言われた事を思い出し、福島県庁職員奥様に
「怖い原電を何故?」
「田舎は財政厳しいのです」
(が現在大変な事故になりました)
「市内観光、貴女本当に行かぬ、のか」
「私も滞在の日用品買いに行きたい」言いたいが一人で市場で買ったはずのトマトを「先生と食べた」
気分転換明日は夢のイスタンブール、トルコ美容院に、従業員寝そべり「ノノノ」部屋に戻りラークタバコを見せ付け通ると二人係で引き込みに
今度は私が「ノノノ」
二人で椅子に押え付けYFOのような物を被せ、天井から水が落ち髪を濡らし巻き、働いても同じ給料働かず、沢山従業員沢山居るがお客はオーストラリア人一人、見ていると
自分の指の指輪を抜き美容師の指にはめると「ダーリン連れて来い」ご主人が来ると椅子に寝かせ足の指のマネキュアを(生活の為チップなれに)
帰国、行きはアラスカ草原アンカレジ給油、2メートの白熊剥製驚き、
熊の毛皮の家で熊の肉のパポマンス華やかに食べ
帰国は油田上空で闇夜に油田の明かり幻想的だが日本に帰る憂鬱に
だんだんと先生宅に行く不安に
虫の知らせか嫌な気分です。
彼女が先生を自宅まで送り届けるように命令され自宅に行くと奥様は
「不倫旅行だったのですよ」と彼女の身の上話の間に、今度は、
胃薬を調合され3万5千円請求
伊豆の療養所に連れて行かれ朝逃げ帰ったが(これも彼女の指図?か )

洋裁店ビル、計画立退き
十年した店を立退き本吉の家を台所お風呂建て増し外階段にして7百万でブッテックとスナックに改装したが、休みに洋裁師とダンスに久振りのジルバに先生に何度も回され目まいで中から鍵をして、休んで居ると屋根裏ミシリミシリ、屋根裏の少しの隙間から山師が飛び込んで来たのです。

河野が「店を止めるならただの物は何でも頂きます」と言いながら「貴女が男狂いであんな良い子を駄目した」と
言われ、それなら、菊田の事相談をと

広島と河野が家に、そこに山師本人が来たのです。こたつの中山師が変な顔をするのでコタツを除くと、河野の足が山師の膝に伸び、相談できぬと店に下りると、車運転の山師は帰ったが、
河野が人参一本とキュウリ一本だし、私はオールドパーおつまみ2~3出し、サービスが悪いと言われると、
広島が「スナックは何処もこんなものですよ」(日ハムの課長夫人が「義母の姪河野家から豚が来ないと会社は機械が止まるのです。私が洋服売りに連れて行く」を私は義母の親戚と断ったのでした(後にぶた農場売却大資産家に成られぶた御殿に)

山師が2~3日置きに銀行に来て小松産業行き帰り昼間から立ち寄るのです。もう私にはスナックは限界貸家の計画又改装で、休むと
「今晩どうしても店をしてほしい」と知らぬ人「女の子達居ないのです」「酒があれば良い」顔見知りの銀行融資係り三人招待「僕の姉です。どんどん出せ」とおつまみ請求、ボトル二本開け「勘定を」「女の子居ないのでおつまみは全部サービスボトル代1万2千円」
「高い、払わぬ」融資の行員の前です。後に従兄弟の板金工場旦那でした)

又16百万掛、三軒に改装
夕子には古い店を13万5千円居抜貸し、又開店粋に16万で貸し、又開店柳田に敷金50万と家賃10万で貸すと(本吉家賃12万です)
菊田の二男が来て「ママ頼みがあるんだけど親父が金を借り買った山で儲けたが、僕はお袋が可愛そうだ、親父に店の管理をさせ何処かに行ってくれないか」
「随分と勝手な言い分、自分の家がよければ他人の迷惑はどうでも良い親子、長女は親父に嫌がらせ、され家出私も父に勘当され、もう限界で、貸家にしたが、本吉の友人だ、都農の土地も家賃払いで買ったばかりで未だ何が出てくるか分からぬが、私が居れば家賃でどんな借金でも返せるが親父は貴方兄弟が知っている親父ではありません。今は飲み屋のママ達の家賃で儲けているが。管理は素人、今は店も新しく私が契約もうけているが、ママ達に馬鹿にされ易い性格心配だ。以後も何が出てくるか貴方と親父で全責取れるなら、私は身を引き任せます」
「それ位分かっているよ、ママ親父だ、親父に任せれば全責任取りますよ」

「山師に何が出来るか」と言われたが(通帳印鑑の証拠が取れず父に勘当され、殺したいほど憎いが管理人に)
(若い女の子貴女が繁盛余ほど縁起の良い店と素人が出来るなら一度はスナックママになりたいが回転資金がないと開店して元を取り居抜貸し店舗にスナックは三月か、半年が一番おいしいので私なら又改装貸し、幾らでも借り手があるのです。がまさかこんなにも菊田親子が無責任と思わずに店の管理を任せてしまいました。
念の為又無くなった通帳印鑑無効届けを警察と銀行に出し

東京、大阪と思案、洋服整理中に
窓した騒がしく電柱から
「ドスン」と人の気配に百十番廻すと「もしもし、もしもし」顔見たら
十年間指名のタクシーの運転手です。
受話器持ちながら
「電話をすれば首覚悟ね、だが子供が小さく奥さんに、泣かれるより私が笑われた方が私は楽。うなぎとはさみにおだてられ、情けない何の為十年指名を」(病院子宮筋腫洗浄剤注入オムツ)
下では騒ぎを今か今かと待ち構え情け無く電柱まで送り届け、
はさみとうなぎに聞こえるように
「今度からは玄関から来てね」
バックだけ持ち裸足で特急に飛び乗ると顔見知りの車掌が来て黙って寝台に案内、朝履物と岡山の祭り寿司差し入に、涙ぼろぼろで食べ
「いつも買う祭り寿司特においしく頂ました」書き置いたがお名前を聞くのを忘れ悔しいが新大阪止りです。

 十年分の裁断のゴミの宅急便
新大阪東口1分の家具付1ルーム十万の部屋を借り、敷金30万入れ後の家賃を、と大和銀行に百万を入れ家賃の通帳を作ると百万を定期にされたのでした。

マンションの管理人が
「オーナーガ息子に1億を入れ喫茶店を作ったが後百万位足りずに開店出来ぬ」ので現金2百万入れたら二軒を650万ローンで売る。一軒を貸し一軒に住めばただに成る」と言われ洋服も無いので
S45年に350万黒田が高利運用すると預けていた金、2百万の鹿児島銀行の小切手をきられ、鹿児島銀行に出すと
「水口の取引は致しません。お断りです」と言われ
(後に分かったが大阪不動産が鹿銀に現場の土地が女の長男の板金工場に怒り「水口を騙し担保流れの土地を売りつけた」と怒鳴り込み、私を取り引き停止にされたとのことでしたが
(後にこの金を宮銀に菊田が借り替えたのかとも思いますが説明が無くわからないのです)

又黒田に行き現金で貰い、
洋服を用意していると偶然に宮崎の黒岩さんから
「今晩山下さん三人で飲まない」とのお誘いで金を洋服の下に隠し

宮崎に泊まり、つい飛行機に乗り金を思い出し、洋裁店のお客親子を思い出し「洋服を送って下さい」と頼むと
ベテラン職人と部屋に行き
(「日ハム課長夫人父、母」と慕った職人でご主人は町で飲み
夜中に道路の真ん中に寝そべり
「水口を呼べ」怒鳴り、電話が来て下請け回りから帰ると顔も知らぬご主人をタクシーで玄関の前まで何回も、送り届けた、奥様が十年分の裁断したゴミを三万八千円着払い送りつけ
(義母の姪河野に私が洋服を売りに連れて行を断った恨みと店を止めた時皆のまとの工業ミシンと工業ロック上げようと思ったが、無くなったので上げられなかったのです)
一晩中泣き明かし翌日行くと、
原マンションのオーナーが
「貴女が何でも上げていたのに大阪に行く時、人には何を上げたのかと逆恨みですよ」だが2百万現金も無いのです。が山師が取ったと分かり請求、
(後高裁の河野、岡田弁護士費用に)

もう日本嫌だと、ハワイ島ヒロにリゾウート契約をするとヤクザがマンションの家賃直接払うのを怒り嫌がらせをするのでマンションを買うのも忘れ、

新大阪駅前から淀川中島のマンションを借りると久美子達が来たのです。
大阪淀橋中島の三井住友に遺族年金振込み通帳を作り

詐欺師の豊田商事に
「社員は絶対に金を買ったらいけません」と朝のミイテング
「社長むしろ社員が買い、宣伝すると良く売れますよ」その日に首に(後
社長殺され、騙されたお年より「子供より優しい」(精一杯働き金が出来たが親子の絆薄れ皆孤独寂しいのです)

センイリーサーチ
繊維リサーチ勤務で、企業の四季前に倉庫在庫商品、返品整理品宝の山に私の心は嬉しく、これが金融封鎖の時、
これが父が言った事なのだ、私は勤めは合わぬリサーチの社長部長親切にしてくれるが、私は体を使い働くのが大好きなのでリサーチを止めると
不景気で天満の毛皮屋が倒産(石原先生の事務所と問屋の前顔見知り)
「逃亡資金に十万現金くれたら毛皮を、全部上げる」ロングのミンクです。
後十万で高槻の4LDKのマンションの権利を頂いたが、三年間高槻に住まなくては名義が変わらず不便なので権利を2千万で売る事にして
リサーチを止め(三菱のコンテナーを借り)

喫茶店を又借り敷金350万入れ、
2千万で改装、二女が「ママになる」

大澤と支部会員に洋服を安く売掛、お見合い。お客を紹介、一枚でも早く品物を売り掛け老後に集金を、と働いたが(後新川に売掛金の住所電話番号を全部とられたのです)

    藤田乙女姫出会い
S56年暮れ名古屋のグランドホテルロビー満席で空いた椅子を探し立っていると、背後で大きな声
「貴女、貴女よ」と肩に手を当て
「小説より奇な方ね、今度私の35周年パーテーに、毛皮を沢山持っていらっしゃい私が売って上げますよ」
又いそいそと立ち去られ何故私の事、毛皮までもと思い
パーテー、の会場はワシントンホテル新宿なのに、前日雪が降り出し毛皮を着て「もう帰らぬ」毛皮を持ち
S57年2月何故か渋谷の東急インに、一泊ところが、東京は暑く、スプリングを買おうと西部デパートに行くと開店したばかりでお客はなく
「コート試着をさせて下さい」
「奥様バッグをお預かりします」
「お願い」と三枚持ち試着室に
「これを着たまま頂きます」
「バッグを下さい」「あのー」「急ぎますので早く」「あのうーお連れ様が」「私お上さん。お連れなんかいないの」「あのうーえええー」と叫ぶと聞き耳を立てていた店員が
「置き引きだー」と叫び守衛が
「奥様バッグは諦め願い、外に何か」「はい、ハチ公の前のコインロッカーに毛皮を」「では、その毛皮だけでも守りましょう」と5~6人一勢に駅に走り、業者が来て「千円頂きます」
「後払いなら」ガードマンが
「私が出します。まだ他に居る様な事が、あるなら私が出しますので言って下さい」と言われ「お願いしますね」
業者がコインロッカーを開けると今朝脱いだ毛皮が崩れ落ちると周りの野次馬が口々に「う、わ、良かった」大歓声拍手に見渡すと何時の間にか大群衆が
我が事の様に皆喜んでくれたのです。

渋谷署は何も聞かず、身元を調べ5時前「出た何も言わなくて良い」
「久美子、今警察」「またー」すると受話器を取り上げ
「ママはそんなにバッグを取られるのか」
「うん、しょっちゅう家出もします」
すると急に警察の態度が変わり
「お前達がいじめるからだ、今から帰るのでいじめるな、ね」「警察は2千円だが僕の小遣いを貸すので神戸に帰りなさい」
「要りません。ガードマンから借ります」すると警察は「何故金を貸すのか」と怒りの電話に「貸しません」

宮崎、大阪住友、大和取引停止にされ、
2万借りたが誰が帰るも、んか、が行く当ては無く(バッグを預けた店員は何も調べずに私だけを互い腹が立ち)
金は二万だけ通帳もカードも売掛電話番号も無いが毛皮があるので
大澤の家か宮路の家に行くか電車で、考えよう。隣に立派な紳士が

「奥さん僕名古屋の防衛庁勤務ですが何処まで」聞かれつい
「神戸です」「なら途中名古屋まで新幹線ご一緒しましょう」警察での出来事を話しているとドワーが開き男が立派なスーツケースを下げて通ると
「僕のと、おんなじだー」と網棚を見上げ「僕のだー」と立ち上がったがその時ドワーが閉まり右往左往

今の男何処かで見たようなTVチャップリンそっくりの男です。
あの男が私のバッグを持ち逃げた男、又後を付けていたのだと気が付いた時は新宿で、降り

国際興行の宮路を訪ねるとアパートの空き部屋があり契約、布団を借りると「あら枕を忘れた」
「枕なら二つある」名古屋で作ったビトンの書類入れと、その見本を見せると見本が気に入り「可愛い綺麗な袋」
「好きなら上げるよ」と上げ

何時も買う横浜の輸入会業社長景山のバッグを新宿マンションで買うと、新宿クラブのママを紹介され

鈴木社長に6本木飲みに誘われ終電に間に合わずナイトショーに居眠り横の椅子に買ったばかりの黒のクロコダイル?バッグを取られ追分警察に
「ガラガラだから取られたのだ。貴女はブランド専門の置き引きに付け狙われている」(今考えると毛皮や洋服を売った電話番で自分が行き先を置き引きに教えていたのです)

景山紹介の注文を受け読売センター前公衆電話をクラブママに掛けていてバッグを取られ、
(毛皮の荷物に、つい、ほーっと手を離した隙に取られるのです。まだこの頃はブランドのバッグが少なく、だが私には商売道具だったのです)

日本が嫌になり外国にと外務省の募集に応募すると
「アメリカ大使の家のお手伝いに」と外交官の奥様に特にアメリカにと頼まれホテル待機大使帰国同行する事に
今度こそ移住だと戸籍を取り寄せたが、隣の部屋の男に「遊ぼう」と言われ部屋に入ると夜中に煩くどんどんドワーを叩くので「煩い」とドワーを開けると、抱き付かれ「うわーん」と大声で泣くと皆が覗くと静かに

翌朝「とんとん百十番警察です」
「何故何が」と聞くが「警察に動向ねがいます」とだけで何も言いません。
「十時に外務省に約束があるのです。電話を掛けてください。お願いします」と頼むと
「何とか言って逃げる気か」
「私が何をしたのですか」と聞くが答えてくれず何回も「お願いです。」がもうお昼です。「何もでない」
「当り前でしょう」
「夕べ何かあったのか」
「何故早く分けを聞いてくれなかったのですか」「隣の男が煩いので、煩いというと私を抱き上げたので大声で泣くと皆が見て静かになったのです」
「それだな、嫌がらせか」

「男に合わせて下さい」
「今朝早く百十番して隣の女性に財布を取られた様だと新潟に帰った」
「酷い酷すぎます。外務省の田中さんに電話をして下さい」と何回頼んでも「帰ってよろしい」とだけです。

公園に行き約束をこんな些細な事で破った情けなさ悔しさ
アメリカに行きたかったもう二回目です。何故何故私が悪いのと声を出し泣いていた時に
「奥さん何故そんなに泣いて居るのですか、私は鹿児島の山中貞則の姪です。宜しかったら分けを話して下さい」と言われ
「あの有名な衆議院議員の姪ごさん」
「私は今日十時に外務省の田中さんとアメリカ大使館のお手伝いに行く約束を隣の男に意地悪され警察が私を疑い今まで調べられ約束破り悔しく情けなく」
「なら山中に相談しに行きましょう。私が又参ります」がお名前も聞かず、何時来られるのかも聞かずに私の住所と名前を告げただけで分かれたので、本当だろうか来てくださるのか、田中さんに会ってお詫びがしたいと一晩中考え外務省に出かけ外交官の奥様に
「田中さんに合わせて下さい」頼むが
「泥棒に間違われる様な方とは縁起が悪く関りを持ちたくありません」と断られ田中さんにもお会い出来ず、
外交官の奥様ともあろう者が、あんなに「頼む」と、矢張り私の義理の姉も満州で外交官の奥さんだったが酷い女だったと諦め、帰るとドワノブに温泉卵が
「ああなんて馬鹿な私外交官の奥様ならと山中さんを裏切った罰当たりと直ぐに山中さんの奥様に電話問い合わせたが「名前が分からなくては教えようがありません」と断られ

藤田先生を訪ね
私の顔を見るなり
「早く急ぎ、宮崎裁判所に行き貴女の土地の続きが競売に7百坪なら私が小佐野先生に頼み買って頂きます」

裁判所の係官が
「道の無い土地貴女以外取る馬鹿居いので、もう少し安く取りなさい」が
女の親戚が取ったので娘婿に話すと「これがベストですよ」
「こんな馬鹿男にほれた娘情けい」
藤田先生が
「必ず離婚しますよ。支配人に私の部屋に来るように」と電話に支配人が
「先生何か用事が」
「この人に喫茶店かブテックをさせなさい」「先生私にはこんなワシントンホテル出来ませんお断りします」「良いのよ、もうどちらも潰れているようなもの、なのよ、
実は貴女に五郎ちゃんの留学に着いて行って欲しいの、貴女以外居ないのよ、家も車も買ってあげる」
「五郎ちゃん、小佐野先生お尻そっくりですね」
「分かるー先生との約束で口が裂けても、言えぬ、がアルゼンチンの船殆ど全部先生の船」
「何かで見ました。アルゼンチン、希望岬を、一度見たいのですが、私にはそんな大役無理です」
「9月にまで考えて見て」と言われたが先生はだんだんと当らなくなったのです。
細木先生に相談に
「私と藤田さんどっちを信じる」
「細木先生」「アメリカに行けば死んで帰る、明日から私の事務所に来てお茶くみを、しなさい、私がいい人を探して上げる」
がその頃の細き先生は赤坂見附でお墓の勉強会お墓が大事だ、と怒られ皆泣き出し帰る人も
「私はお茶くみのお作法出来ず、毎日泣いて帰るでしょう」
と細木先生を断わったが(後に藤田先生親子ハワイで殺され嫌な思い出にると、細木先生が当ったと細木先生が
.有名になりました)

宮路と書類を新宿支所に出し、本籍が新宿に
大和銀行に行くと「貴女の通帳はあります」と言われカードを下さいました。
(新大阪で、家具付マンション家賃の
通帳を金がある時に百万を預けると
定期にされ、引越し忘れ置き引きに通帳取られ忘れ、て板、通帳のカードをくださいましたが、百万入れた事を忘れ、マイナスで出ると不思議でした)
ここまでは菊田事新川の参考にと思いで書きました。が度々重複です。



********ここから
高裁での二人の弁護士の嘘を皆さんにも、お尋ねしたく、
ここから菊田事新川三郎との事です。新川本人を知らず大澤も菊田と皆裁判まで信じていたのです。

S45年から二人三脚で全国の会員に大澤が洋服を売り私は見合いをしたが、60年毛皮の在庫が二枚に成り
集金を兼ね高田馬場結婚相談所事務所を小野に又借りすると大澤の家に
「要注意人物新川三郎、結婚不動産詐欺師入会付加」と張り紙がありました。
(S55年奥田と新川美貴が、大澤に「これ以上犠牲者を出さぬ様」頼みに
新川の父親が倒れ妻美貴が不動産業の部屋の斡旋をしていたが看病で働け、なると
「口が干やがると連れ子に生ませた
息子を養子にする」と菊田の下宿に転げ込み美貴が二男に取り消させたが、
父親が死に、金が無く、菊田の株券を売り
「株とはこんなに儲けるものか」と味を占め借地権を知り菊田を騙し親戚後見人や下宿人を出し家を壊し土地を切り売り、始めたのです」と説明されたそうです。が本人を誰もしらなかったのです。

その後に
又残りを売ろうとした時に菊田が不動産の足にしがみ付き「この土地まで売られたら私の死に場所が無くなる」
と始めて菊田の土地とばれ、石井不動産が小の家を建てさせ登記させると
「短期相続に成る」と喧嘩、
美貴死に菊田入院した隙に養子になり、菊田生存に売らぬと短期相続になると大騒ぎ菊田を介抱したが死なれると
未亡人を家に次々に入れるが逃げられ自転車屋の息子が知り今度はお袋が狙われた」と土地を売り引越し町は大騒動になったのです」と話されたが(後の菊田が新川本人と大澤も誰も気ずかずに裁判になるまで新川を菊田と思ってしまったのです)


一、 私は大阪の喫茶店を中川から、敷金350万家賃10万改装金2千万入れ又借りする、と二女が「ママに成りたい」とだが、中川が「又僕がする」と言い出し二女が止めたので、
二、 石原先生に仲介を頼むと
女性のオーナーが
「又貸しはせぬが、中川にも貸したく無いので、石原先生を紹介していただければ、貴女が入れた改装資金2千万を私が直接貴女に支払う」と言われ
「私の喫茶店の仲介は中川の敷金で頼みます。先生にはオオナーが別にお礼をするそうです」と先生に電話
「今忙しいので又電話するよ」
(先生にはオーナーが払うと言った金の件は言わずに
敷金で店を返す事だけを頼みました。が後に新川が「石原先生から送金」とコスモ証券に連れて行き株を買ったので、
(先生は知らぬはず、と思ったが送金なら誰でも良い、金の取りたてを2~3していたのでした)
三、同じ時馬場も「又貸しせぬ」
不動産勤務の女性会員が
「井荻に、住居付きスナック物件が出た」と社長三人で井荻の酒田にS61
10月に行き
「大阪の喫茶店の金が来たら買う」と
四、又借の小野に「家が買えそうだ」と電話を入れ千葉に
五、(この時前の不動産屋に新川が菊田から土地を相続、菊田が売りに来て
(私が新川に知られたのです)

六、千葉で小松会員と落ち合うと
「金払いの悪い菊田不動産が貴女の事をねほり、はほり、聞くので、あの人子宮筋腫が酷く結婚出来ないと言うとキャンセルした」と聞き(新川とはお見合いはしていません)
千葉のお見合いも「足要れ、婚」と聞きまだそんなばかげた風習がと断り
千葉の習志野友人達と鋸山に登山などして1週間後に帰りました。

七、新川から直接電話「不動産屋と紹介されたと思うが実は株屋でね、株を遣ると不動産なんか遣っちゃ居られんのだよ、株は良い株は」
「不動産屋か株屋でも、キャンセルした人とは会えぬ、ルール違反、電話もお断りです」と切ると又も

「相続した土地を売り株をしたいが、短期でね、税金が馬鹿らしいん、だ、正月3日独り者同士一緒に」
「私は正月は外国に行く、短期でも相続税は当り前でしょう」
「実は八王子の二男が、貴女に会いたいと来るのだ」
「キャンセルした、仲介者の居ない人とは会えぬ決まり、息子でも会えません。お断りします」と電話を切り、
歯周病見つかり予約を入れていた、西新宿歯科三時の予約に、外出すると
声は聞いたが、顔を知らずに後を付けられ
「ここに息子が居るのだ」と腕を掴み喫茶店の中に、
息子は私を見るなり立ち上がり
「僕達親父に捨てられ関係ありません」と帰った二男が(まさか親子で話し合い親父の新川に入れ知恵をしていたのでした。後奥田さんが新川の子供が三人居るが長男は新川の悪い噂を知り新川に寄り付かず二男が新川そのもので中々の知恵者で、新川が嫁を相談所で結婚させたので、新川に恩を感じ三男が馬鹿なので、貴女が親戚が近くに居ないので一番良い逃がさないようにと外国好き、連れて行けば忘れると隆雄が言うのだと新川が私にしゃべりに来たのですよ)
許せず本名で書く事にしました)
私は遅く成ったと急ぐと、新宿行きではなく、田無行きです。
後から来た新川が
「見せたい物があるんだよ」と電車に引っ張り込み、人が見ると
「僕達内縁です」とドワーに押し付け指の切れた手を顔に押し当てられ、
怖く「わかるだろ」と言われ腰が抜け床にペタリと座り込み声が出ないのです。
「降りるのだ」と腕を掴み人が見ると「僕達内縁です」交番が来たので逃げられる。が「お巡りさん僕達内縁です」
「違う。違います」を打ち消かのような大声で
「恥ずかしいのか、あははは」壁に押し付け、作り笑い腕を放さずに
「私はヤクザだよ」と言い
家に着くと、家は小さく庭の真ん中にゴミの山、臭い匂い漂い、プレハブが朽ち果て雑草のつたが、近所の子供は「お化け屋敷だ」家は小さく、二部屋の足の踏み場も無い紙切れ、暖房も無く隣の部屋から息子が出てくると

「この人富雄の大切なお客さんだ家で一番良い布団を貸しなさい」
「早く見せたい物見せてください」「ここにはないんだ」とベッドに入り
「何処にあるのですか」「吉祥寺だ」「なら早く行きましょう」
「明日行くつべこべ言わず上がって寝、れ、今日は疲れたー」と寝たので

帰ろう。と玄関を開けたが、開かず
「なら未だ5時前帰って歯科に行き又明日来ます。玄関を開けて下さい」
「富雄「早く電気を消せ」と電気が消えたが、外灯が明るく
「早く寝てください」と富雄が私の横に立ったので、あまり刺激をせずに逃げようと、布団に座り布団を頭から被り今に富雄が、居眠り、窓から逃げる、時計と富雄を交互に1時2、3,4時、5時前に夕べの夜行バスの疲れが出て眠ってしまったのです。

「さ、出掛ける」と頭の元の声に飛び起き、吉祥寺行きのバスに乗り、降りた所が駅中宝石のウインドー眺め動かず(前の彼女宝石好き、私も買うと
思ったようです)
私は駅から電車が着くたびに人の波、利用すれば逃げられる
きたー「私トイレに」と大声を出し、人混みに紛れ馬場の部屋に入ると
怖さが増し、体中がブルブルと振るえ
気が付いた時は大阪行きの新幹線、ぼんやりと思うが、何時又新幹線を乗り換えたのか
タクシーの運ちゃんに

「奥さん何故そんなに悲しいのか」と声を掛けられると、45年死んだ主人の墓で声を出し泣いていたのです。
そうだ、九州ならこうしてはいられぬ
(娘の土地を大阪の業者に売ると娘達は追い出され長男の板金工場になっていたので立退き命令した)と聞きスナックお客の大分モーテル業者に)

八、「大分業者が買う」と電話で頼んでいた日向総合を都城に尋ね
「お願いしていた土地を・・・」
「年内は無理だが、年明けると、買うそうですが貴女が払った土地家ももう直ぐ競売だと噂ですよ」
「売れたら金は娘に」と頼み
だが新川が怖く
九、両親水口家のお墓、神戸のご隠居とパチンコの旅に私が打つと隣で千円を持って構え玉が少なくなると千円を要れ、新幹線で移動新しい機械だとの宣伝で入店、一度も当り無くパチンコと食べるのを繰り返し疲れ大阪に
十、梅田で偶然石原先生に会うと
「生きたうなぎ屋に行くか」と言われ付いて行くとご主人が出て来られ
「今年は大変お世話に成りました。又来年もよろしくお願い致します」
「ところで今日は何日なでのすか」「十二月二九日だよ」
「大変大変私帰ります」
「落ち着きなさい、うなぎが今に焼ける。食べながら話しなさい。娘と正月に帰って来たのではないのかね」
「はい、変な男が何回断っても電話をするのが怖いので逃げて来たのですが、もう3月です。相手も忘れたでしょう。先生最後の毛皮がこれで全部売り切れ、その毛皮を持って帰るので喫茶店の仲介料は敷金を取って下さいね」
「今は仕事が立て込み又電話する」
よ、そうか売り切ったか、えらかったなあ」「はい、ロング売れるか心配でしたが一応全部売掛今から集金ですが先生東京に家が買えそうです。安く売りが出たので喫茶店解決頼みます」
「電話をお借りします」
「もしもしママさん、今大阪、去年頂いた小切手明日支払いが無い時は銀行に出しますが明日の三時まではあの銀行で待ちます」と電話

十一、梅田発東京行きの十時の夜行バスに乗り翌朝七時に東京駅に着き
新大久保大澤の家に、宮路が留守番お昼に駅前寿司屋に行くと
大澤が「私が売った毛皮の残金は五十万これで、毛皮は、おしまいだね」領収書に、仮S61年12月30日、
当てにしていなかった五十万嬉しく、宮路に差し入れを持たせ三時前に
大久保大和銀行に行くと男の人が
「水口さんですか」「はい」
「ママに頼まれ三百万現金持参しました」と小切手と現金交換、帰ってきて良かった。長い間の貧乏暮らし
当てにしていなかった三百五十万
やったー外国だーマンションも買え、お釣りが来る。
ルンルン気分鼻歌交じり公園を歩きながら何処に行こうか南アメリカチリ縦断、オオロラ、サファリーと馬場に帰ると四時過ぎ
「大変、大変社長が帰られる」
(一人が怖くこの電話もテープに)

「大変遅くなり申し訳御座いませんでした。変な男が怖く今日頼まれたミンクの白と茶色のロングの毛皮二枚持参いたしました」
「本当に遅かったのでママが正月に間に合うのかと心配していたが間に合ってよかった今晩は少し用事があるので少し遅くなるがどんなに遅くなっても必ず頂に参りますのでよろしく頼みます」電話が切れると次々に
電話
「大変、大変社長が来られる掃除を」ロックのドワー開き、靴を敷き立つと背後に人の気配振り向くと
新川です。
腰が抜け、よろよろとあとずさり部屋の入り口に倒れ込み、ペタリと座り
「か、か、帰れ」と這いずり
「運送屋を連れて来たので私に恥を欠かせないでくれ独り者同士、良いじゃないか、正月三日位一緒に」
「嫌々あんな汚い家、私は外国に行く」(電話で確かめて、来たようです)

十二、「えーい、何時まで人を待たせるんだ」と大声で怒鳴ると大男が
隣の部屋の押入れを勢い良く、開け
布団の上に二枚の毛皮を乗せ担ぎ出し「そ、それ、取りに来る」に
持ち物を物色の新川が慌て電話のコードを引き抜き、電話を持ちながら
机の下の大きな引き出しを引っ繰り返し現金を入れた書類入れを確かめ普段のバッグには目もくれずに書類入れを私の肩に掛けたのです。

「こう見えてもマンションは物騒だ、大事なこれを持って追いかけなさい」
「どろぼー」と大声を出し管理人室に普段も6時に帰るが今日は年の暮れ個人事務所誰もいず、今晩取りに来る毛皮だと運転手を追いかけると昼間も薄暗い線路脇にエンジンを吹かしドワーを開け布団が見えたのですが
新川は運送屋と言ったがトラックには何も書いては無く、ナンバーは暗く読めず、このまま帰られたら今晩取に来る毛皮が無くなる。と運転台に足を掛け布団に手が届いた時に
新川がトラックの運転席に押し込み同時に発車です。
十三、(その時新川は私のカメラ、テープ入りFAX電話機盗聴器炊飯器を持ち出し土地が直ぐに売れると思ったのか結婚相談所書類は持たずに)
色黒く大きな男が怖いが、
金がある。金をやれば逃げられると思い、新川は大きな声で「この運転手歌舞伎町の朝鮮の親分の子分だが何時も西荻に居る」と一人でしゃべり
家の前ゴミの山に乗り上げ(菊田家を壊した時の下宿のゴミ布団で
運転手も新川の近所の砂利トラでしたが分かった時は私がボケに)
「しまったー」と二人とも飛び降りたのでバッグの紐を幾重にも巻きつけ降りるもんか運転手に金を遣れば逃げられるとハンドルにしがみ付き、
だが運転手は丸太を「えーいー」と抱えトラックに向かって来るので
「殺されたー」と勘違い

「ミシ、ミシ、ガタン」と穴に車が傾き天井にはね上げられ、ハンドルの下で気絶新川が「早く降りないからだ」
体を引っ張るとバックが重く首を絞め体が穴にズルズルと壊れ穴の中に立つと臭いゴミの穴に冷たい冬の雨水がたまり腰まで濡れ

一瞬気が付いたが、又ももうろうとして新川にひっぱられ、ズルズルと玄関の上がり口の私の布団に倒れ込むと、私の手に巻きつけたバッグを無理やりに解き「嫌だ、帰る」
「土地が売れるまで預かる。なあに直ぐに帰れるさ」
S61年12月30日9時頃(ビトンの書類入に入れていたものは、
大和のマイナスで出るカード、免許証、毛皮洋服売掛た住所電話番号、パスポート、現金三百五十万、土地権利証二通、貸店の契約書六通、黒田が350万預かりと書いた預かり書等の
書類入れを菊田の金庫に入れ鍵を掛け(ソ連から持ち帰ったビトンの皮芯無しで書類入れにと見本を見せ名古屋外山鞄店別注のバッグです)

「いやだ、返せ、帰る」がやっと言えたが頭も体も痛く立ち上がったが、ふらつき、又も布団に倒れ込むと

「私は商品には手は出さない、あんな事は若いときの事疲れるだけ損だ、安心して良い、富雄に財産を残すので入籍は困るのだ。
ゴミでは死なぬので掃除はしなくて良い、料理は私がする。洗濯は風呂でしてくる。直ぐに土地が売れたら帰す」

「実は美貴もシゲヨさんも年で親父や妹達に馬鹿にされたので、正月の挨拶に行って欲しい、黙って頭だけ下げれば良い、おとなしくすれば直ぐに帰す
「ゴミでは死なぬ」と言った新川が
早朝親子で富雄の部屋の掃除です。
何かあると思うと
「起きたのか」と私を近くの喫茶店に連れて行き、ママに
「向かいに来るまで頼む」逃げよと思わぬ事だ、男が見張っているので逃げられぬ、おとなしくしている事だ」
急いで追い掛、家の前
十四、若い女の人が車に乗り運転席を見ると八王子の「関係ない」と言った二男が私に気付きモースピードで私の前を通り過ぎ(新川が相談所で見合いをさせ初めての正月挨拶に来たが、二男は私を新川に居るのを嫁に知られたく無い為に上がらず帰ったようです。が(後に二男に「書類入れを取られた」と言うと「親父が人の財産利用するのは得意ですよ」
嫁が「お父さんの悪い噂孫に影響、この人までに頼みますよ」
「嫌私はお見合いも何もしていません。新川に二度も家に連れて来られ、金庫にバッグを入れ、帰るのでバッグを返して欲しいのです」と頼んだが
「私達は関係無い」(後富雄が頭が悪いので、新川と二男が私を利用して金を残す計画と奥田と村山の方に聞きましたが新川の近所は皆新川が私はヤクザだと脅され、皆ヤクザに関わりはもてぬと私が助けてーと逃げ出すと家の中に隠れてしまうのです)

笹塚の栄子、東久留米の愛子の家に行くと「兄はケチだから私達の集まりを利用する」翌日愛子の旦那が来て
「家の掃除をせよ」馬鹿やろう正月が済んだら帰るのだ、と叫びたいが

「正月済んだ、バッグを返す約束です帰ります」
「嫌未だ九州のお墓に同窓会に行きたいのだ」「一人でどうぞ」「なら帰さん」「そんな馬鹿な」
「逃げたら、歌舞伎町の親分が世界中に手配する事に、娘を呼び出す娘に心配を掛けたくなかったら、おとなしく言うことを聞けば今に土地が売れる」
九州の両親のお墓同窓会の皆の見える中庭に立たせたが、私は毛皮を着ているがバッグも無く手ぶらです。何時もラジオと鋸とトンかち、携帯椅子着替えは一枚も持って行かず、土産は三越の3百円のイチゴ一パック一個です。
家の途中に私を待たせ、甥がお花と線香を持って車で案内にお茶も食事もせず甥が「折角の旅行」関門橋バックにと一枚だけでした。小倉から天草5橋、長崎テンボスに行き帰り京都に下り観光バスに乗ったが一言もしゃべらず呑まず食わずの新川は自分が今までしたかった事を全部私を利用して私の金で全部成し遂げた様です。
「もうしたかった事全部したので、帰して」「いや未だ土地が売れぬ、売れたら帰す」

新川は毎日五時に起きてお豆腐一丁を三回に分けおやかん一杯お湯を飲み干し玄米、黄な粉を食べるのです。
が私は玄米が食べられず・・・・
十五、「富雄今日からこの人が逃げないようにみはるのがお前の仕事だ、金持ちになりたかったら、お父さんの言う事を聞けば金持ちに成れる。美貴は学校にと言ったが
学校に行っても金持ちには成れぬ、お父さんは家が炭屋でね、親父が朝から晩まで真っ黒で働くのが嫌で
お父さんは、汗水たらさず、大人になったら人の上前で食べて見せると大人になり金持ちになった。お前はお父さんが年になり出来た子、目に入れても痛くは無いほど可愛いい、どんな事をしても金を残して上げる」今から毎日言う。起きたら、ここえ、来なさい、毎日言わぬと直ぐ忘れるので良いね、分かったね」
十六、「お前さんは天蓋孤独収入が無いので可哀想と思い連れてきたが、この前のように逃げたら、歌舞伎町の親分が私の金を使い込み逃げた。と全国にいや世界中に手配した。と娘を呼び出すので娘に心配を掛けたくなかったらおとなしく土地が売れるまでだ、
嘘だと思うならこの銀行通帳を見なさい、マイナス、マイナスで収入が一度も無いだろう。(と大阪大和の家賃を定期にされたが引越し忘れバッグを取られ警察が取引停止にした。通帳が生きていてカードを下さり定期から引かれるのでマイナスで金が出たが通帳は何時?)長女の電話番号を見せ毎日毎日、お経を、唱えように同じ事を言われ、うつに成り眠れず、水も汚く飲めず栄養失調になりボケ

歯周病悪化、口腫れ開かず「駅前の佐々木歯科に一人で行けるね」何回も何回も
「良いね、終点が佐々木歯科だ。又直ぐに帰らんと、男が見張っている」
パス件を入れ、千円の裸銭を握り締めバスが、動きだすと
新川に連れて来られた時の事が頭をよぎり電車、トラックを思い出し今度はバスで上客を何処かに連れて行くのだろう。と錯覚して

「運転手さん、又私達を何処へ連れて行くのですか」と尋ね
「いやこの人怖い、頭が可笑しい」と騒然と成りバスを降りると何もかも又忘れ歯科にも行かず又新川の家に
(だがこの時の歯槽膿漏で治療もせず、現在何十軒と歯科医を尋ね名古屋大の上田教授にまだ研究段階と歯に泣かされ、ようやく水田歯科で良い歯に巡り会い、自分の歯のように食事が出来るように成り元気になりました)

十七、「新川に拉致され金を取られ
ボケ、た」と噂が流れたが、私は気付かずに、眠れず「帰り、たーい」に
八王子二男に
「孝雄水口が夜中「帰りーたーい」と呟き気持ち悪いよ」と電話して町に出かけ帰ると
「好きな外国に連れて行くと忘れる」と入れ知恵「アメリカに連れて行く」
新川がパスポート更新にバスを降りるとそこは八百屋久しぶりに
「トマトだよ、りんご、ほうれん草だ」と店の中を嬉しく走り回り、両腕に抱きかかえ皆が見ると、新川が
「置きなさい」と言われ
金を持たぬ自分に気が付いたのです。

十八、四丁目小見野さんが手招き
「今いるのね、なら、この花上げるので後で逃げるのよ、裏の奥さんも塀を高くしたのよ、桃井の自転屋の息子が
「今度はお袋が狙われた」と土地を売り逃げ今7イレブンに早く逃げてね」と言われたが新川が居ると庭で忘れ
鉢が小さいので庭に植えようと土を掘ると家を壊したガラスで指を切り

「何も出来ぬ人、右に行った店でバンソウコを買ってきなさい」百円をくれたが左に曲がり、右も左も分からず
「バンソウコ下さい」と百円を置くと
「家は漢方やバンソウコはありませんが、ところで奥さんは今朝何を食べましたか」「何も」食べてはいません」

「そうでしょうね、来られた時はふっくらした方が見る見るやせ、たので、眠れますか」「眠れないのです」
「奥さんは栄養失調で眠れないのです」「今朝の残り物を」と奥さんに言われ、おにぎりと味噌汁を出され、涙ぽろぽろで食べたおにぎりの美味しかった、事
新川の家に帰る、と忘れ思い出し何回も何回もたった五分前、家の前の店を忘れてしまい(後に新川を出てから何回も思い出し探すがその店が分からないので、もしやこの辺りと尋ねると「私の両親です」嬉しくなったが
「所沢に、引越、しました」と聞くと

頭が混乱それ以上の言葉が見つからず娘さんの名前すら聞かずに帰り
次に行くとすっかり建物が変わり町の様子が変わり転居先も判らず婚所は「ヤクザだ怖い」と私が見ると皆家に隠れるのでした。特に家の前の柳沢
と中が悪かったが尋ねると
「シゲヨさんは沢山株を」「私は知りません。が新川が売ったようです」
床屋で中川三姉妹との事だけで、この時のおにぎりが、東日本の震災の炊き出しと重なり思い出され。この中川さんご存知の方は教え下さい)

十九、 石井不動産が来て
「この家は新川に売られぬようにと、菊田さんに僕達が立てさせたが、その為に菊田さんは殺された、も、同然済まぬ事になったが、あんた、さんも、新川の餌食になったようだが何処から連れて来られたん、だね」
「それが、分から、ないん、です」
「名前も忘れ何処から連れて来られた、も、分からんじゃ可哀想だが助けようが無い」と帰られました。

翌日
「水口さん、水口さん、私、私よ、酒田ツルよ、分かるわね、私の店を大阪の喫茶店の金が来たら買うわ」と帰ったきり行方が分からず、大澤も皆探したのよ」
「あんた、だーあれ」
「おい、お前が水口を見張っている
美貴の連れ子に生ませた子か、お前達親子菊田さんの財産を食いつぶし学校にも行かず働かず、今日も前の不動産屋に菊田さんのこの土地を売りに行っていたが、もう水口は親父に取られ金も無くボケ逃げられぬので責めてもその部屋水口に貸し、お前は前のプレハブに移れ」
横の鍵の掛かったピンクの電話に金を入れ
「大澤先生夕べ石井不動産が新川には又鴨がねぎを加え、新川の餌食の鴨がいたが何処から来たかも分からんと言われ助けようが無かった」

まさかと来て見たら、
水口が又も新川の家にいましたが、もう金を取られボケ私の顔も忘れ
「あんた、だーれ」と言いバッグを菊田さんの小さな金庫に入れられたと十円が無くこの電話が掛けられず息子が見張っています」

二十、大澤は警察に
「新川が水口を拉致した」と電話
「簡単に拉致した」と言われては
困る」と怒られ
「ボケた、ので新川に責任を取らせ入籍を」と家裁調停を起こされたが
「新川が口を開かず不調に
係りの方
「煮ても焼いても食えぬ男別れなさい」が又も腕を掴み新川の家に、
大澤「もう私達ではどうしようも無い、攻めて暴力がない事を祈るだけだ」
二一、大田区郵便局長が来られ
「お家騒動になり、貴女の書類が破られましたのでお詫びに伺いました」と新川は土地が売れたらと八王子の二男の家に移し
私を大田区お寺の百坪の借地権、独身証券マンの家に移し娘が財産狙いだ」と娘が書類を破ったそうです。新川は仕事も金も無く、毎日毎日土地売りに行くが
「人を殺し取った土地詐欺師と売れず」

新川は金が無いので金があれば不動産屋をすれば逃げられると思い

二二、武蔵野杉並の銀行に
「新川が土地を相続したので担保に金を貸し不動産業をさせて下さい」次々に行ったが何処も
「奥さん相手が悪すぎますよ。名だたる詐欺師素人不動産屋です」と本人を前に言われたが
最後に三井住友に行くと、井上さんが
「奥さんの保証なら貸します」
「私は他人収入も無くで来ません」と

二三、新川が水口の印鑑を二本買い印鑑登録をして、三井銀行から金を借り

二四、「新宿の水野酒店がNTT公開株を買い大儲けしたので、私も全額松戸昭に送金したので今に株で大儲けするので不動産なんか遣っちゃ居られんよ」(新川の歌舞伎町家主です)
と不動産屋で吹聴して歩き
「詐欺師が詐欺に遣られた」と噂に
成ると
「お前の性だ、娘を呼び出す」と脅され、
毛皮をもって行き
「公開株は嘘だ、金返せ」と言ったが
「貴女のお父さんが勝手に金を送金したのですよ」と毛皮だけを取り、
以前お見合いをした金沢の吉倉に頼み小切手を取り出しそれを
千葉が現金にしてくれ武蔵村山に原野を十倍で買い、笑われ売れず自宅に

二五、私の印鑑二本を使い分け
一本を私が持って居る事にして私に名前を書かせ新川が押し
遺族年金滞り請求、送金されると、その通帳を又改印したと噂が流れ
(大阪三井住友が度重なる警察の停止に通帳ありません。と言われS55より遺族年金が滞っていたのでした)

二六、「奥田久子です。今日銀行で貴女の通帳を新川が改印したと聞いた、がまだ何を目論んでいるか分からぬ男に貴女は拉致されボケた、と噂です。

気をしっかり持ち早く逃げなさい、新川は、炭屋に生まれたが親父が真っ黒で働くのが嫌で「私は汗水流さずに、
人の上前で食べて見せる」と
自分で指を切り落とし兵役を逃れその手を武器に兵隊の留守家族の女、子供を脅し博打三昧で警察に捕ると
美貴が食べ盛の子供を養うのに、若い星に体を提供して臨月を知った新川が星に罪を擦り付け牢屋に入れショック死させ美貴の家に、星の子、新川の子三人出来終戦でご主人が帰ったがご主人の位を上げて
「僕は兵隊の大将の奥さんを取った」と吹聴して歩き、仕方なく離婚したが、
新川働かずにパン屋を始めると

今度は美貴の連れ子に富雄を生ませ若いミツコと結婚するとミツコを家に入れられ、仰天した美貴は自分の長男とミツコを結婚させ、その長男に富雄を長男の長男にした大変な事を母の私がした」と私に話すと泣き崩れ、美貴は不動産権利を買い
美貴が歌舞伎町水野を借り不動産業働いたが新川の親父が倒れ美貴が働けなくなると
「私の口が干し上がる」と三人を捨て富雄を菊田の養子にされたので美貴が二男に取り消しをさせたが
親父が死んだが、金はなく菊田さんの株を売り、味を占め、借地権に目を付けシゲヨの名義にと騙し親戚の子要に金を遣り和歌山の銀行員後見人と、5~6名を出し下宿を壊し土地を切り売り、お隣が新川が売った菊田さんの土地です(和歌山から菊田の仏壇にお線香を上げに、悔しいです)

私の明大前の下宿に八王子の二男を養子にすると来て土地を売られるところでしたが私が売り桜上水に家を建てると「菊田さんと三人で住む」と勝手な事を言い私も菊田さんも断ると
プレハブを立て
「残りをシゲヨ生前に売らぬと短期になるのだ」と売り出し不動産屋が来たので、
菊田さんが半狂乱不動産の足元にしがみ付き「この土地まで売られたら私の死に場所が無くなる」と言われ始めて菊田さんの土地と知った石井不動産がその家を建てさせ登記させると新川が怒り喧嘩に成り、美貴死亡菊田さんが入院の隙に養子になり
「土地が短期相続になるので
シゲヨ生前に売らぬと短期になり税金が来るのだ」と
シゲヨを介抱したが、シゲヨが死ぬと今度は短期相続に成ったと

未亡人を手当たり次第にアタック始め裏の奥さんは塀を倍にし、あちこちで騒動を起こし、桃井の自転車屋には中古の部品で組み立(ベルは豆腐屋のラッパでした)
息子が「今度はお袋が狙われたと土地を売り、引越したよ」と私に話、
貴女が井荻の酒田に来た」と私に喋り

今日、私が銀行で貴女の通帳改印を知ったのです。新川はお喋りだが友達がいないので私には良いことも悪いこともしゃべらずには居られず、なんでも自慢、今度はこの土地を建売をするのだと都農町の貴女の土地を見せました。
「僕の頭には何方が来ても叶わないと自慢する癖があり汗水たらさずに人の上前で食べてみせる」と
毎日美貴が働いていた時は都庁にぶちに顔見ただけで知事は逃げ出す愉快だよ」と自慢(私にもお経、の様に「逃げたら娘を呼び出すと脅され栄養失調ボケ、新川は菊田家から相続の土地を売りに行くだけ金は無く(後この記佐藤の調査に奥田と小美野が協力宮地が纏めてくれ、佐藤の証言にと宅したのです)
上石神井支部小松から「キャンセルをされたのに何故新川の家に居るの」
「私にも何故こんなに、嫌な男の家に
居るのかも、分からないのです。先生
お見合いはして、居ませんよね、でもどうして、こんな汚い家に居るのか分らずに他人なのです」「理由はどうあれ新川の家に居るのだから新川に成婚料を貰って持って来て下さい」
「幾らですか」「そうね、3万5千円位なら払うか、しらね」

「何故成婚料が、そんなに安いの」
「見合い料も払わぬ、新川ですよ」
「分かりました」と3万5千円預かり
持って行くと「余程貴女が気に入ってるのね、この金も良く払ったと思いますよ」後の年賀にまだ入籍していないの」ところが裁判で3万5千円が5万に成りしかも2枚に成っている不思議で、又尋ねると「確かに3万5千
だったのに、不思議な方なのよね」と

二七、S63年上町本吉の家の私店の管理人菊田守から新川の家に
「S56年に黒田の管理の土地担保に金を1千四百万借りたが自分が管理の家賃支払いでs61年8月で完済した」と
(S45年無くなった通帳を菊田が開設56年に金を借り、私の家賃で払ったと通帳とお茶がs63年に来たと通帳は見せず、お茶を栄子に笑われたが
(菊田は自分が取った事を自分で証明したのですが、私はボケの為新川が通帳を見せず裁判で知ったのです)

二八、新川が黒田の「350万預かった」書類を見て「他人に金を預ける馬鹿が居る。土地の担保が抜けた」と黒田に行き「土地を売りたい」
「可笑しな話だ、水口が土地を買い増し立替条件に貸したばかりだ」と怒ったら帰ったが、土地が買えぬので、
このまま店が続けられ、土地付で
店が買えるなら一人二千万で私が保障で買うと言う。六千万で売り買い換えれば小松屋も喜ぶよ、預かっている金をモテル紅葉に貸し付けた金で家が建つ」との電話に
「社長が我が身犠牲に死んでも売らぬ、と思った土地、だが土地が買えぬなら仕方がない。売ってください」と頼んだのでした(が新川にこの土地を売られ株に変えられ取られたのです)

二九、黒田に怒られた新川が日向総合に行き「水口が株を急ぎ買いたい」と
ママ達に立ち退き命令を出し家を壊し「1千八百万で売り送金したが良い株買えましたか」と大澤と竹橋ホテルで聞き知りました。
三十、私は知らないが
「孝夫、夜中に水口が「帰り、たーい」と呟き気持ち悪いよ」電話(夜眠れずにお墓が流される幻覚かと思ったが
後に義母の頼み「帰り、たーいに」)

八王子二男入れ知恵「貴女の好きな外国に連れて行くので行ってから帰りなさい」アメリカ、の次は香港マカオ中国に今度はヨロッパにと毎日言い
(私の金で行ったのです)

三十新川が「金が送金された」と池袋菱光証券の国定さんを呼び私に名前を書かせ「ここに社員だ、後は私がする」
国定さんが「奥さん僕は今日限りでオーストラリアに行くが、新川は貴女の印鑑を二本持っています。気を付けて下さい」と帰られました。

三一、笹塚の栄子が来て「私も泣きたくなった、あのケチの兄が料理をしているなんて、二十万上げこの人に料理をさせなさい」と一回だけの二十万を
を出させたがこれが私には災難に
(毎月と嘘の月給表を作り一辺にサインをさせ持っている印を押し申告、
自分で税金を納め(後に文京に逃げ税金が来たので嘘だと言ったが怒られ一番金が無く着る物も無い時に払わされ「死にたい」と泣きましたがどうしたら死ねるのかも、分からぬ私でした)
三二、石原先生から電話が来ると
「大阪に行くのなら正月のバーゲンでバッグを買いなさい」S63年正月
「嫌あのバッグで良い」
「嫌あのバッグ無くなったのだ」新川が金庫に入れ鍵を自分が肌身離さず、持ち、バッグが無くなる不思議、
正月の吉祥寺東急百貨店のお神酒の列に、並び入り口がバーゲンのバッグです。男は新川一人で
「大だ、大だ、一番大きいのを買うのだよ」とあさり「これだ」
「嫌小さく安い千が良い」と言ったが店員に一番大のバッグを持って行き、何処かに行ったので、仕方なく1万で買い

舶来を大澤の家に見せに行くと
酒田が「先生未だ、新川は何か魂胆が金庫に入れたバッグが無くなる、可笑しな話、菊田さんの金庫は小さく十円も使わせぬ、あのケチが高い一万のを買わせる変ですよ」
大澤が買った店の領収を取りなさい」が忘れ(後に宮路と東急に行き買った証拠を頂いたが、新川はこの時裁判を意識して買い替えさせ寸法まで測って居たのです。恐るべき知能犯詐欺師新川だったのです)

喫茶店を返さぬと中川が3日も篭城皆集まり電気、ガスを止め日向の溝渕社長も来られました。
三四、「石原先生から送金があったので「コスモ証券で株を買いなさい」
が石原先生には何も言わず先生は仲介料が高いので金の事は言わずに、送金なら名前は誰でも良い
「家内が今、金があるので家内に株をさせて下さい」とコスモ証券に連れて行き嫌だ井荻の店を買う金」だが店は売れたが帰りたい気持ちでした。が
「新川が新日鉄を買ったので金は?と聞くと良いじゃないか」「嫌です」と涙が出たので恥ずかしく洗面所に行くと女の事務員三人が
「あの人あの有名な詐欺師に拉致され金を取られボケ、たのよ」
北林が残りで「沖電気公募株を買い、今売って下さい」と電話に

「はい水口売り」の受話器を取り上げ「今女房が売った金で菊田三郎買い」と買戻し、全額取られ(後に北林が水口の金で新川が買い戻したので僕が
金を菊田の口座に送金した僕の責任裁判で証言します」が(後に会社が北林を転勤させ、紙くずの証拠で住所移転を新川がしたのでした)

株で私が七千五百万損をしたと嘘の書類を作られ、逃げると
「内縁の家内が、頭が可笑しく、家出する」と交番に届けられ
「奥さん又ですか」と何回逃げても交番から電話逃げられず

三五、阿佐ヶ谷のママの家に逃げたがお風呂に入れ寝かせ、鈴木社長を呼び「もう金も取られボケ、ている」との話に裏口から
「裸足で逃げたがガード下で倒れ
劇団の近くの方が助け交番に電話
新川の家に送ってこられ、新川は逃げ出し、可愛想にと箪笥とベッドを息子の部屋に入れ、帰られると新川が帰って来てベッドに突き倒し襲い掛かったので、両足で蹴り上げると体が空になったようでした。

新川が「うわー」と出血に驚き飛び出し裸足で逃げるのを遠くに聞き
血の海に朝まで寝ていたが、一人で新宿大学病院に行くと
「即手術の用意」「先生食事です」
「この人血が止まらないんだ」
「先生手術は出来ない、信号や電車急ぎ出血するのです」
「ところで年は?」「五十過ぎに」「なら閉経大急処置で良い」が
又新川の家に帰るのです。
(皆さんは何故逃げぬと思われるでしょうが、ボケると何も考える事が出来ないのがボケなのですが、来た道は何故か体が覚えているのです)

「お墓が流されるー」と眠れず
「隆雄夜中に水口が「帰り、たーい」と呟き気持ち悪いよ」八王子二男に電話して町で相談
「外国旅行に連れて行くと忘れる」いれ知恵、今度はヨロッパです。

今度こそ逃げようと何も残さずに、洋服をわざと目立つように毎日着替えイタリアで逃げたが辻を間違え不良に囲まれポリスに助けられ
又ホテルの屋上に行くとサッカー優勝祝い何処も満員で逃げられず、だがお風呂にも一度も入らずトンかち、鋸をカチャかチャとさせ気味が悪く何度も失敗新川は記念写真もいらぬに
浅田さんの彼女が「菊田の奥さん可哀想だ」と新川が断ると皆買って下さり乾杯のワインまでも、下さいました。
(この親切も新川の家にあるのです)

スイス登山鉄道頂上の郵便局
「今スイス」と娘に葉書を出し
(後にそんなに外国に連れて行く良い人結婚を勘違いされましたが新川の説明が出来ずにいたのです)

今度逃げるのは「最後のイギリス空港だ」と

三六、最後の皆買い物に出かけ小林さんと三人だけになり、株の話に
「私が売ると菊田が買戻すのです」「株のかの字も知らぬ遣り方上がったから売ったのに、
でもそうして人の株を取る詐欺師、汗水たらさぬ金は身に付きませんよ、菊田さんはお金が欲しいのですか株券が欲しいのですか
では日本に帰ったら私が株の売買を指示、金を取り返して上げますよ。三人で遣りましょう」と今度こそ金を取り返せば威張って帰れると嬉しく

三七、帰国、自分の株は自分の口座でします。とまずは五百万を、洋服を売りかけていた方達を思い出し集金をして資金を作ると新川が
「ならさせぬ」新川は金が無く出来ないので仕方なく私が電話を受け新川が売買する事にして朝昼晩
「今さがっているので、買いだ、売りだ」と的確な指示を頂き毎日全株を売買するので瞬く間に倍、倍に

三八、「一応清算をしてみましょう」
平成元年九月十五日に新川が金庫から書類を出し計算この日が小林の最後の株の指示でした。
「小林さん凄い、凄いと思います」と私の付けていた記録を見て言いました。
三九、が以前買った私の株を次々に証券会社を代え、
今度は水戸証券で信用の取引をと証券マン大田から電話
「信用は怖いので全株売って下さい」と頼むと
「菊田さんが信用取引にした」と売らせず
小林さんに話すと
「会長の伯父さんに言いなさい」
石井課長が来られ
「高橋カーテンの公開株を上げます」と言われ株を売り買おうとすると
「実際は新川に買って頂きます」と言われ新川が約千万を私の名前で買い儲けたが水戸証券は何故新川に私の名前で買わせたのか女性差別では?)
四十、新川が驚いたように
「凄い、凄いよ」と叫び
「三千三百万ちょっとだから、と呟きながら「水口の金三千万を預かりました」と複写一枚を私にくれ又金庫に入れ鍵を掛けたので
「小林さんが電話代を出し朝昼晩指示され儲かったので。その売買記録を見せ端数は小林さんに電話代としてお礼しましょうね」と言うと
「お前は小林さんが好き、なんだ」と怒り、そこに「どうかね」と電話
「凄いのですが小林さんの指示株代金三千万預かった」と書いた紙をくれて又金庫に鍵を掛けたのです」

「何、預かった紙をくれた?」
「そうよ」
「やはり怖い人だね、証拠をちゃんと取って置きなさいよ」
大澤に電話して「新川が3千万預かった」と書きFAX送信して、皆にも見せ証拠に取って置いて下さい」と私のテープ入りのFAX機で送信頼み(後の裁判小島弁護士がFAXがあったかと聞かれたが私のFAX電話を持ち出し、ピンクの電話機と取り替えたのです。又大澤はこの証拠のFAXの紙が大だと挟みで文面だけにして大事に保存死の間際に皆に支えられこの証拠を花子にとだが花子が私を裏切り小松に送り小松から私の所に届きましたので、電話を看護婦に伝えると間も無く亡くなったと石塚に聞きました)

四一、新川が売ったお隣に
野村のセールスマンが毎日来るがガードが固く声が掛けられず、新川が居るので庭で見ていた私に
「私は野村の島根です。今野村が仕手をする事になり3千円ちょっと、を5千円にするまでする事になったのです」
「仕手は面白いが怖いのも仕手ですよね」
「野村が遣るので怖いことはありませんよ。奥さん5千円に成るまで野村が遣るので、五千円を約束します」
「仕手は怖いが、今私は金があるので千株だけ買います。私は菊田にいます
が菊田ではない水口妙子です。菊田とはあかの他人で嫌な男、庭に居るの」と家に入ると又同じ説明をされ

「お前さんが買うならあの金で私が買って上げるよ」と言ったので
「仕手は怖いので千株だけですよ」だが島根君は「3千が5千円に野村が約束をするのです」と毎日来て
(水戸の郷里から納豆が来ました)
急に支店長が新川を呼び出し帰って来て「あの小林の金で野村の仕手クレデイセゾンを信用で1万株買ったよ」

四二、「仕手信用は怖いので直ぐに全株を売って下さい」と言っている所に電話「小林さん新川が野村の仕手をあの金で買った」と言うのです」
「あの金全部かね」「そうよ」

「大変、大変野村の仕手失敗株だ、直ぐに全株売りだ、が今上がり掛けているので上がったら又電話を入れるよ」と言われ安心待っていると
「直ぐに今全株売りなさい」
「分かった」
「私は菊田に居ます水口ですが、菊田が私の金で仕手のクセデーを信用で1万株買ったと言いましたが私は菊田とは赤の他人怖いので私の株だけ全株売って下さい、お願いします」
増川課長が「奥さん野村の仕手です。必ず5千円約束しますので売らないで下さい」
だが何回も何回も電話をすると

「私は野村の菊池店長です。島根が言った通り野村證券が5千円約束しますので、何も怖い事はありません。売りは野村が指示しますので売らないで下さい。船頭が二人いては船は、沈みます。売らないで下さい、売りは野村が指示しますよ」と電話が切れ

新川は「私は野村を信じる。何故素人の小林を信じるのか」と怒るので
「信用の神様と有名な、内田さんと一緒で信用出来るのです」を以前新川が
怒り、断ったのでした。

新川は、菊田さんの株を売り、株の事は知らず「株とはこんなに儲ける物か思ったので不動産なんか遣っちゃいられんよ」と不動産屋に言い歩き
「人の株だもの、百万でも大儲けさ」と言われ
毎日私を怒り一度も売りません。が株が下がりだし、私が騒ぎ出すと
野村は新川の株を買い替えさせたのです。
「全株売ったかね」「電話が切れるのよ」「切れるのではなくきるのだよ。こうなったら野村と僕と、どっちが当るかだね、
ところで明日日活が7百円割れたら買いだ、一週間で百円は硬いよ」

「大澤先生信用でもなんでも出来るだけ日活を沢山買って下さい」と電話
新川は毎日野村に呼ばれ出し、吉倉が
交渉「野村に水口は家出した事にする」と(私は村山に一人で行くことになり、株売買のH9月15日までの証拠を舶来の服6枚に貼り付けました。

四三、野村の島根が、ITSの5倍融資と宣伝の雑誌を置くと
人形町のITSに私を連れて行き
「ここにいなさい」と一人で社長室に入って行きました。ので、私は事務員工藤に「日活を沢山買いました」すると「うちは明日売ります」と聞き

「大澤先生ITSの仕手で。明日必ず全株を売って下さい」と電話すると
三日で135円取れたのです。すると
色々の証券マンガ
「貴女は凄い人をご存知ですね」と電話が来て「丸で小林さんがダウを動かしているかのようだ、今日は何と言われたか」との電話が毎日来て(「持田が小林の家に行こう」と慌てて何かを書きしらせたが・・・後に雲の上の人に、と二人に怒られました)

四四、ところが、ITSから
5倍の融資を受けたとの書類が私に
来たのです。
「小林さん新川が私の株券担保に
ITSで5倍の融資を受けたとの
書類が来たのです」
「ITSそんな会社は知らん、5倍の
融資を受けた?」
「新川が知らぬ間に」

「大変、大変直ぐに全株を売りだ。
今年は株が上がり今大変な状態に
何時爆発しても可笑しく無い程に
膨れ何時爆発するか分からんので。
今年中に1株も残さずに売る事だ」

と言われ「私は新川の家に居ますが
新川とは赤の他人ですが知らぬ間
新川が5倍の融資を受けたと書類が
きましたが、私は知らぬので全株を
売り取引を止めます」と電話を工藤に
しましたが、新川が怒り続けたよう
でした。(小林の予言的中で株が下り
出し私が騒ぎに野村は新川の株を全部買い換えさ
せたが又追証に、毎日金の請求に

新川は「野村の嘘付裁判をする」と
筒井弁護士に行っていました。
新川が止めた弁護士が筒井弁護士でした)

四五、私の小さい頃祖母が延岡には大変頭が良いと評判の子供が居た」
宮崎県の大原一三代議士です。が私はボケ言葉を、字を、忘れ汚い字で長々と手紙をFAX送信すると
秘書の小城さんが
「自分が買った株を売らせぬ事は出来ないので、野村と話し合いを
(農水省の秘書小城があの汚い字を真面目に受けたと嬉しく)
H2年2月22日7時新川の家に荻窪支店菊池支店長、増川課長、島根、新川水口吉倉藤原7名でお互いにテープを取り延々と増川課長が説明
「菊田が信用を買った、菊田が買ったのだ」との同じ説明だけで2時間以上
真下に座りこんだ私があきれ
「ううん」違う、私は売った事が聞きたい思い小さな声に反応され
「貴様だまれー」と真っ赤な顔で怒鳴られたが、皆何が起こったかも分からず
「え、えええー貴様」と言われると
今度は「しまったー」とばかりに真青になられたので「今だ」とばかりに

「増川課長、私は水口ですが、菊田が私の金で仕手信用1万株買ったと言ったので私の株だけを全株売って下さい」と頼みましたよね」と言うと

「はい、奥さんは、私の株だけ全株を売って下さいと言われました」と
(野村も私達藤原テープに入り)

店長が「増川本当に損な事あったのか」私は店長も売って下さいと頼んだが課長が「はい」と言われ安心
「何故売らせなかったのか」
「菊田さんに売られると下がると思い売らせませんでした」と言われると
「ではこれでお開きにします」と言われ皆帰り店長が残られたので
盗聴器スイッチを入れると
「奥さん野村證券が約束の5千円で水口の1万1千株を5千5百万で、買い戻します」と言われたのです。

トイレから藤原が出てきて
「奥さん良かったね」と大澤に電話
「はい、私は皆のお陰でこれで、新川の家から、我が家に帰れ、嬉しいです」すると
新川が「店長私は、金はほしくはありません。株券がほしいのです」

「はい、社長、よーく、分かりました。それでは一刻も早く社長の追証に
なっている株をお引取り願います」「ではこれで失礼します」と帰られると新川が「お前の株を野村が買戻す事は、未だ株が上がる事だよ、だから私は売らなかったのだよ、頭が良いだろう」

新川は「土地は幾らでも良い」と急いで280万で売る事にしました。

そこに渋谷不動産から私に電話で
「奥さん僕なら350万で買います」
と言われ私が儲けるのではないが菊田さんの名誉のために少しでも高く
売れたが良いと思い吉倉に頼み渋谷不動産に売るように頼み土地はH2年に売られたので「帰ります」
「嫌未だ申告が済まぬ」
逃げたら娘を呼び出すと言われ娘に心配掛けられずに、
ところが新川が私の野村の株券を品受けした事を後に知りましたが、野村證券は「水口の株他人」と認めたのに新川に品受けさせたのは、違法ではないでしょうか)

池袋国税に連れて行き
豊島区国税で尋ねた事菊田三郎様と手紙を出させ私に書き写させコピー
をくれました。
「この人は2年前に立退き料を58万はらってもらったが、その年に売れずに今年一月に立ち退きました。ところが家主が金額が大きし、二年も前の事だからと言って公正証を作ってくれと言ってきました」と新川が説明
書いた紙を写させました。
国税
「金額の大きい小さいは、関係ありません。本当に2年前に不動産の取引が、成立しそうになり、壊れたのならその時の書類があるでしょう。その書類をと貴女の借金を支払ったと言う証拠の書類(領収書でなくて良い)を3月に提出すれば良い、
それから何故公正証を作る必要があるんですか」
「立退き料として国が認めないといけないので貸し倒れ金とするそうです」
国税「立退き料は家主が支払ったのだから全額認められますが貸し倒れ金は認めません。
貴女は公正証作る必要はありません。又作っては、行けませんよ」
H2年11月30日以上ですと書き菊田三郎宛に出させました。
(新川が野村の仕手信用が追証に
なり、菊田で土地を売ったのは
H2年で新川がして失敗で。その前は一度も売れず相手にされず
が前に菊田で八王子二男の家に住所を移したが、土地が「詐欺師」と売れず武蔵村山の建て売りも高買い、売れず新川で武蔵村山に住み、H4年に申告ですが嘘の書類バッグを買い替えさせ裁判の為に用意していた様です)
四六、土地が売れ見張りの富雄も居なくなり「約束です。帰ります」
「いや未だ申告が済まぬ、返さぬ逃げたら、娘を呼び出す皆が迷惑するだけだ」と脅され村山に

「菊田さん、菊田さん」と言われ
「私は菊田では無いのです」
「菊田さんが年になったので嫌いになったのでしょう」と言われ悩み、入籍したと勘違い、占いに行くと
「大変な詐欺師ハワイツワーに行き帰り相談しましょう」
ハワイで古城を知り古城が
「私が荷物を取り出して上げますよ」

「古城さんは離婚です」と新川に紹介するとその場で
「私は古城さんと結婚する」
古城も「はい」と新川と古城は一階で
私は二階に住み、三人の生活、村は大騒動です。が

古城が週末に帰る度、私が海外で買った服に株取引の証拠を6枚張った服と、吉倉から
能登の方のお見合いを頼まれ見合の魚が無くなり縁起が悪いと
7万円ホテル代を払わさられ
新川も「皆さん、二人しか居ないのに金が無くなった」と二階の、窓を開け大声で叫んだので妹の栄子に電話

「兄の悪い癖、女が出来ると金が無くなったと騒ぐのです」
「はい、三人で生活ですが私は菊田とは他人です」
「まあーあきれた」

四七、「富雄の母親に」新川が結婚する」と家に連れ込んだミツコから電話
「貴女を騙すの、新川には朝飯前さ、赤子の腕をひねるより簡単さ、目黒の家に来なさい新川の悪事を話すよ」

途中幼稚園の男性に家を尋ねると
「あの小さな玄関の無い家だと思うが、と地図を広げ
「やはりそうだ。が素人は行かない方が良いでしょう。
ご主人が戦争から帰るとヤクザが
「大将の奥さんを取った」と吹聴して歩き離婚されたが、

今度は娘に子供を生ませ、若い女と結婚すると家に連れ込んだ、女が、
息子の嫁に成り、居るので、今日もヤクザがうろついていましたよ。
ご主人は奥さんを取られ娘に子供を作られ苦労され亡くなり
道路拡張で玄関を取られ皆家を作り変えたがあの家は二階からひさしを降ろして、そのまま住んでいます」

家に行くと道の真ん中にぽつんと一軒、ドワーを開けると行き成り半畳の穴が(階段が3~4段から無い)玄関でミツコが「皆家を作り変えたが家だけは昔の家なのよ、今日新川が家の前を通ったよ」幼稚園の方が言った通りです。

ご主人は「家内は何も知りませんので、裁判にして新川の悪事を僕に
新川は、妹に富雄を産ませ、ミツコと結婚すると家に連れ込まれ、
お袋が僕と家内と結婚させ、たが新川は詐欺、博打三昧で警察に捕まったのです。
母は、食べ盛りの僕達の食料を当時は銭金では買えず、母は星に我が身と交換に食料を、調達してもらっていたが妊娠、父が帰ったら離婚して星と結婚する事になり、
兄妹は父親と慕った星を、新川が自分の身代わりに牢に入れ死なせ、
その星の、お墓も分からぬので、星のお墓が何処にあるのか新川に尋ねさせて下さい」タクシーの運転手です。

ミツコが「新川が金を持っているなら私が裁判を」と寿司屋に呼び出され、ランチがカウンターで5時過ぎまでの料金を払うともう金はありません。
「今晩うちの人泊まりなので、この後も付き合いなさい」と言われたが断ると「なら、裁判証言しない」だが、ご主人は僕に証言させて下さい」と
言われたのです。
四八、勧角証券が「新川が貴女の株を持ち込んだと売り990万にして

四九、青梅信金の河野が来たので菊田で預けてしまい「奥さんこんなことして大丈夫ですか」「水口でも菊田でも取る新川です。私が通帳を持っていれば分からないでしょう」が集金に行った間に
「大丈夫」かと心配した河野が
態々菊田に通帳を持って行き
「安い株何故売った」と怒り
「私の株だから売りました」が

五十、(菊田を新川と書替え990万の通帳を捕り、
一万で新しい水口妙子の通帳を作りくれました)

五一、勧角証券が可愛い人形のお絞りを75枚くれたので、疎遠の孫二人
タオルケット針は危ないと態々鈎針で編み新川が針を入れたとも知らず
長女に送り長女が怒り電話で知りました。

五二、H3年9月新川が古城と買い物に出かけたので、
私は銀座の千葉の事務所に助けを求め千葉と白水が来て新川が預かった」と書いた紙を見て
「水口から預かった品物を出しなさい」
「私の家を出るものはゴミも持ち出しならぬ」と新川が110番
警察が来ると「内縁だー」と叫び
「内縁なら警察は入れぬ」と言われ
「内縁ではありません」と言ったが帰ってしまい、警察が来たので隣の奥さんが「奥さん何があったの」「新川がゴミも持ち出しならぬと言うので奥さん二階の私のバッグを頼みます」

「後は石原先生に相談なさい」と言われたので新川が買わせた、バッグを持ち着の身着のまま夏服で千葉と白水に守られ逃げ出し

「お墓が流される」気になり、まずは
輸血のお礼寺井さんの手がかりをと
奥さんの実家の田中家を探しに、臼杵市に降りた途端、何しに臼杵に」と全部忘れてしまい、途方にくれ、気が付くと45年死んだ主人のお墓の前
ならば水口家の先祖供養をと思ったが、長女が突然父ちゃんのお墓を移転すると言い出すと今までの事を全部忘れて娘の言いなりに成り「費用を送る」と

帰る途中カフェリーで西ノ宮義兄と合い皆集まり姉のお墓参りをして東京に帰り、毛皮の集金を思い出し70万作ると新川がうろついているのです(新川が売り上げ住所電話を取り、置き引き同様住所をうろついているので仕方なく、田園調布の家政婦協会に就職すると一部屋に5~6名寝るので金を頭の元に置き寝ると先輩が「荷物の置き場があるでしょう」と怒るが私の分は無いのです。
また出て王家に行くと「内は女中がほしいのだ」と断られ、次々にそして文京のアパート持ち主に、就職するとお隣が笹川良一先生「明日おいで」
繊維リサーチ社長笹川先生の息子でした。が又も新川が現れ、その晩夜遅くまでうろつき早朝から晩まで押入隠れ寒さと怖さに震えたが洋服くれるなら、皆迷惑逃げるのに疲れ先生に相談を忘れて会うと
五二、「公正証作らないなら立退き料7490万貰ったとこのように書けと見本をくれたのを見ると銀行のメモ用紙に新川が買った私の印鑑を押していますが大金を銀行のメモ用紙には書かせない。嘘だと分かると思い書くと、コピ、して一枚をくれ帰った。が書いた事が怖くなり

五三、「働きたいが免許証とられた」交番に行くと
「ややこしい事件は困る長年真面目に勤め今年無事に退職だ。貴女が免許証?株券?取られた精神科に行き今晩薬を飲み休みなさい」

五四、役所の相談にお年寄りが沢山並び「取られた貴女が悪い」

五五、文京福祉に「遺族年金捨てれば分からない」

五六、隣の席の小沢久美子さん事件になる」とその日に夫人会館に保護して下さり(着替のセーターを下さり、記念撮影を安堵したが、本籍を変えるが、アメリカ行くはずの説明出来ず、御免なさい、そして小田原三月に)

五七、H4年2月に新川が
「大澤さん、水口にこの領収を書かせたら逃げられたが、大沢さんにこの金を必ず払うと約束をする」と言われ、小田原を教え今行った、怖いなら私の家に帰ってきなさい、50過ぎた女が金は無くボケ、生きていけるほど世間は甘くない立退き料でも何でも貰えばよい後見人を探そう」(払う新川ではないのにと思うが新川が来ると怖く)
生け花の先生が「よほど悪い事をして小田原、くんだり、まで逃げてきた
金子さんが「貴女が悪い女なら三平社長は雇いませんよ」私だけ調理場の桶のお風呂に板長が「姉さんが水口に支配人取られると心配」と何かとかばってくださったが、新川の事は忘れたが新川が来ると怖く逃げ大澤と同居)

五八、渋谷の国際工業に勤め、帰りは毎日一部上場商社マン社長部長課長50人以上のお見合いで
「私は子宮筋腫結婚出来ない」と断ると東電OB元部長収入は桁外れ、ボーナスが2千万、兄弟6人皆東電です。
「女は少し馬鹿な位が家庭円満だ、手術がある、女中が居る。

元総理の従兄弟毎日「私は離婚者はお断りです」が毎日こられ、昼食を頼んだと、ご馳走に
「離婚でも、色々あり、僕が教員なのに、家内が生理になると万引をするので離婚して東京に、倉敷の弟が財産全部兄貴に遣るので岡山の知事選に出て欲しい」と言うので、貴女ならと思い頼みます。今現金が4千万あるので、マンションでも買いなさい」と言われたが断ったが(後に佐藤が現れると一歩も部屋から出らず、机の本に俯き死後一週間で嫌な思い出に)

最後が、車のヤナセ社長
「もし結婚したら、即97戸のマンション一棟名義変更する」
「明日大澤が返事致します」と

六本木地下道に入ると日曜日の夕方誰も居なく後ろの方に酔っ払いが
「どどどと」と駆け寄り「俺の女房だ」と抱きつかれ弾みで八重洲の切符売り場の壁に突き当たり跳ね返され
倒れたが体を離してくれず倒れたまま下から見上げるとそれは父です。

「あらじいちゃん」無論父ではありませんが大好きだった父に山師の菊田の為に勘当され、毎日毎日生きている時会いたかったと思う心が父に見えたのでしょう。
「放して放してと言うが一向に放さず勝手にハワイの一世里帰り言葉が分からぬと思い込み腕をつかまれたまま切符を買い改札機に入れ「さあ」との仕草無視、改札引っ張り込み
「誰か誰かと叫ぶが」人の気配はなく
次から次にと店を出たり入ったり腕を放さずとうとう浅草蕎麦屋に入りしめたと思い仲居が居る
「助けて下さい」
「分かっていますが悪い人でも、なさそうなので隣のホテルで下着を洗い綺麗にして上げなさい」と鍵を開け二人を押し込むと
ベッドに倒れ「ぐー、ぐーぐー」しめた逃げられる
「カチャリ」の鍵の音に起き上がり又腕を引っ張り込むと又、ぐー、ぐーぐに、何度も繰り返しに諦めバスタブに熱湯を入れ洗濯乾燥すると朝です。

枕元の電話を取ると
「ああよく寝た。と起き上がり、夕べは済まなかった」と一万円札を出したので「何も無かったので要りませんがお見合いをしたまま帰らず大澤は心配しているでしょう。電話して謝ってください私はこのまま会社に行きます。お互い名前も知らぬまま分かれましょう」と分かれたのでした。

洋服を3枚買い悪かった」と大澤に
ところが中野の姉のバーで三人は知り合いで「あんた達がそんな出会いを、これも何かの縁、あんたは男が怖いのよ、私が先生が死んだ時から相当な見合いをさせ、随分と条件の良い人を断ってしまった」と怒りました。
五九、新川が書いた文章を立川郵便局でこの紙を見て書きなさい」シゲヨと家賃契約をとの嘘、
私は未だ日向に居た時で杉並も知らず、勿論菊田シゲヨも知りません。
嘘の内容証明を移させ一字一句横で読むが、終わると安心したように離れ最後の業を書き加えたが知らずにそのまま新川が出し「洋服を取りに」
「いや未だ申告が済まぬ、だめだ」

六十、新川が嘘の書類を沢山持って来て国税に申告に行くので、これを出しなさい」と玄関で居なくなったので
「これ、全部嘘です」と出すと
国税が
「嘘だと分かっている」と言われ
「申告はありません」が新川が取っている私の名義の土地は娘の嫁ぎ先の土地倒産で私が取り金を娘に上げると約束、売れているので売らせて下さい、私は申告はありません」と白紙を出し帰りました。

六一、大澤に「申告もせず無事に新川の嘘を国税が認めたので、もう怖くはありません」と高田馬場伊藤荘に


H4年国税の小林が来て
「嘘と分かっているが新川が申告したので裁判の判決文が必要だ、裁判を
時効はない。取られている土地を差し押さえて置く」
「嘘と分かるなら新川の税金は新川から取り、土地を売らせて下さい。娘嫁ぎ先倒産、土地を私が売り金を上げる約束売れているのです。お願いします。娘離婚の危機で私は申告はしていません。何故新川に居たのかもわからないので、裁判出来ません」
(ところが国税が私の白紙に嘘の数字を書き込み後に1千5百50万の税金が来たのですが、私はなんで税金が来たのかも分からないのでした)
六二、大阪のご隠居が来て「芦屋に住むはずの妙ちゃんがこんな裸電球とは」と涙ぐみトイレに行き涙を拭き、其のままテッシュをトイレに置き、ベッドを買ってくれた(がトイレにテッシュを置いた事が重大な事件に発展したのです)伊藤もと家主がかんかんに成り、トイレにテッシュがと怒鳴り散らし、留守の間に私の荷物全部息子が持ち出したのです)
ご隠居が
「知人が大阪に転勤、落合の団地を家賃十万で20年で、売る」と言われ不動産屋に見に行くと以前名前も知らぬまま分かれた男が大澤に聞いたと酒を飲み「何、不動産屋に鍵がない」と不動産屋を怒らせ自分が目白台に借りたのが、佐藤だったのです)

大澤が「貴女の裁判の証言申請、新川の身元調査依頼した佐藤さんです。布団を貸しなさい」と言われたが裁判の意味が分からず、布団を大家の長男が運び貸し、私はそのまま大阪に

六三、東京駅から洋服問屋に勤め行くと「貴女の進める洋服は直ぐに売れるが貸家に洋服屋だが洋服は売れぬが5時に成ると部屋に入りきれぬ程の人が、霊感が当ると来るのです」聞き
千円出し、田村さんが洋服の下の床に線香を立て拝むと
「貴女には綺麗なおばあさんが出ています足を立てて寝る癖」
「私の義母です」
「何故嫁に」
「私が、お墓が流される」と頼みお墓を移転してくれた、お礼に参りました困った事があったら今度は私が助けます」
(新川で「お墓が流される」幻覚?かと、眠れず「帰り、たーい」と夜中に呟いたのは義母だったとは?こんな
不思議な事が在るなんて不思議です)
「新川を逃げ出し困ったことはありません」と裁判の事は忘れてしまい
「佐藤と言う男が出てくるが佐藤と結婚いけません。水口家が探しますが無縁さんの霊がうようよついています」
佐藤と言われたが布団を貸した佐藤に気ずかないわたくしでした。

「何故嫁に出たのですか」
「水口家で一番人間が良いのです。
使用人が飢饉で飢え死にこの人に金を与えては取り上げるが、この人は気ずいて、くれないのです」
「何が希望?」
「飯が腹一杯食べたいです」その晩大きなおにぎりと味噌汁梅干しを上げて置き、そのまま大阪吹田の女社長に呼ばれ南でクラブ経営金貸し骨董結婚相談、次々に社長に電話十人以上皆1万を出し名前を告げると「はい次」そして鉄鋼所の社長「僕名前も言ってません」「ところがこの人時間がないのですよ」だが従業員に毛皮を沢山紹介何もいえませんでしたが(思えば私にはあまりにも大金の話が突然に起こり、入ったり出たりしたのです)

六四、アパートに帰ると隣の奥さんが「あら、引越しをしたのでしょう」
「何故?」
「昨日息子が来てベッド等運び出し何もありませんよ」
「酷い、私に黙って家主が泥棒とは
ベッド買って貰ったばかりなのに」
(ご隠居のテッシュがこれ程までに発展しようとは)

六五、占いの言葉を忘れ仕方なく
佐藤のマンションに行き
「私は一人が良いので貴方は
奥さんの元に帰りなさい」(奥さんは従兄弟同士知らず)毎日喧嘩、
戦友会の慰安旅行に頼みに行ったが忘れちゃっかり、佐藤と同席写真が見つかり、今恥ずかしくなりました。友人や本家の嫁の姉に頼みに
だが佐藤実家兄嫁が私が貧乏と聞き
「何しに来た」と兄嫁
「生まれた家だから来た」と佐藤
「何、他人の家だ」娘に電話
「私が行き追い出す」と姪が来たので
「私は、この人を奥さんの所に帰して下さい」と頼みに来ました。

が旅館に電話予約
「それでは、佐藤が惨めです。旅館代払いますにで、部屋の隅にでも」と頼
「隣がヤナセの奥さんの実家です。
「億ションが借家だ、進が言い出したら離れませんよ諦めなさい」と皆に笑われ断られ、ホテル代を多めに置き帰り別々の部屋に生活をする事にすると、兄嫁が死に私にもお葬式にと言われ仕方なく、行くと
三男の嫁が「主人が弟が来たら家に上げるな、追い返せといった。私も顔も見たくもない」と皆の前で言われ、

帰りの電車で「あんなに毎日良くしてくれたと言って居るのに、お姉さんは
私に言われたのですよ」と言うと佐藤が「お前が長男の嫁にホテル代と置いたので、私にはくれぬと思ったのだよ
実は長男が死んだ時に兄貴とお袋大変だったね」と兄嫁に十万を上げ温泉でもと遣ったのを二男の嫁が三男の嫁に「主人が死んだら弟が金をくれる」と言ったので、実家と二男、三男は違う、僕より皆金持ちだ」と言ったんだよ、それを怒って今日三男の嫁が言ったんだ、お前の性ではないのだ」と、ただ一人小暮さんが助け舟を

佐藤も喜んで銀座で絹のマフラーを買って来たのに私が同じ名前の方と間違え、互い違いに贈ってしまい
「僕が山に行く時にと佐藤さんの大のブランドを二つに切り嫁に両端を縫ってくれと自分で切り貰ったのに」と電話で知り、知人が帰りを急ぎ(知人の物と取り違えトンでもない、物を送ってしまったのです。
今悔いても、詫びてもご家族一同怒り
心頭と、私も情けなく悔しいが
ご家族ご本人はそれ以上と、ボケの私をお許し願い、お詫び申します)

女の人が
「会社の使いで参りました」と包みを置いたので農水省に電話
「会社は知らぬ家内だ。中を開けてくれ」すると黒縁の厚いノートに
「年金泥ボーとだけの」私に宛て(名前を名乗れば、帰る約束矢先でした)
佐藤が帰り「家内は金、金を入れれば何処でも遊べ、息子は近くの安酒飲むな、友達に恥ずかしいと生意気に、離婚を決意、(宮崎の医者の未亡人をだが仙台に家を建て持参金に家を売れと請求されたが、女房に名義を替え税金を払い離婚を考えていた時
大澤から新川の身元、調査依頼され、戦争に行った留守家族の女子供を騙し博打三昧で捕まると
無実の星を自分の身代わりに、牢に入れ死なせた、と聞き許せず裁判の証言を引き受けたのだ、

お前のボケも酷いので、心配要らぬ酒さえあれば何も入らぬ」
息子に「親父は色ボケしたと言われたくない」と別々の部屋
だが「今更貧乏はしたくない家に帰れ」に荒れ夜中に、帰り「むこうずね」がベッドに当った」と朝にはベッドが壊れて「今日枕ベッドを買っておいてくれ」と3台ベッドを壊され夜中に帰り小さな男高枕だが無呼吸に起きだし1個を外すが熟睡、又無呼吸です又1個取るとようやく普通の呼吸にならましたが、私のボケも酷く、エレベータ行き先押さず「故障です」夕焼けで家が火事だ119番し、顔を見れば「帰れ、帰れ」
私が寝てから帰り、秋雨が降る寒い晩雨にぬれたまま眠り
朝方大いびき、夏の下着で震え、探したが無くぶるぶる震え私の下着を着せ女子大に行くと
「奥さん早く気が付き良かったですね、肺炎になるところでした」と言われ許す事にしたが尚も「帰れ」と

佐藤は私と顔をわせぬようにするが
出かけに必ず「水をこぼしたら拭きなさい」と7時に勤めに、今起きたばかり私は一人で「馬鹿やろう家に帰れ」と怒鳴るが
何故玄関に水が?毎日毎日です。が管理人も佐藤も家主も私のボケで信用してくれないのです。
ある日要約二階の
洗濯機の下の配線がはずれ工事ミス
と分かり、新宿の方紹介され
文京市庁舎の屋上条件該当「推薦」と鈴木さんが言われると
女子事務員が「貴方達が入居したら私が投書する」

H7に佐藤傷痍軍人西東京市に最後の一軒に入れて頂くと佐藤の姉が
「私の夫戦死、田舎に預けた幼子二人が、たらい廻されるので
まだ勉強が大事だと嫌がる弟を従兄弟同士で結婚させ二人の息子を預け私は大阪に働きに、
金を貯め中野にバーを出し大澤を知ったが学校に行くので引き取ると、
嫁も子沢山弟に
「私に当るな、さわるな金さえ入れれば、外で遊べ」と言われるが、弟は生真面目残業、残業と働き良い学校に
息子に近所の安酒飲むな、友達に恥ずかしい」と生意気を言うが皆な一人前に成ったら離婚すると離婚、
初めて弟が好きになった妙子さん、弟と結婚して私の夫墓を頼みます」と言われたが
「お姉さん私は家なし酒タバコ呑みは嫌いです。がお姉さんには立派な銀行マンが父親の遺族年金で家を建て孫ひ孫がいます。何故お墓を佐藤に」

「姉御妙子の言う通りだ、昔は年金も
無く可哀想と思い僕がお墓を見たが
今は立派な銀行員孫もひ孫も居る。
お前が親父の墓見るのだ。と何故言わぬ」と姉を怒らせたが
「私が孫を継母にした責任がある。孫にはったった一人の伯父さん
私が息子より良い貸家を孫に上げたいが孫は馬鹿だから生まれた家が良いと思っているが、あの家は息子が養子に成り、土地相続家を建て替えたが金は生まぬ、お前は貸家をしながら家が建ちお前が特だよと言って遣ってくれ」と入院に、佐藤は気に成りお墓に逝くとご住職が「鬼嫁だ、こんな寂しそうなお墓は見たことがない、寺の墓地をあっちに売ったり、又も、いっそ無縁さんなら、私が毎日、お経上げる」「それだけは、ご勘弁を立派な息子孫ひ孫が居るのです」とお布施を置き帰ると「他人の家の事孫が聞いたら云えば良い」が姉が死に孫が私達の送り迎えの時「僕はあの家が欲しいのです」「あの家お父さんが義父の養子に
事情が違う。お祖母ちゃんが伯父さんに良い家を」「伯父さんの家に遊びに行こう」所が「伯父さんの家アパートだよ」と言われ、「たった一人帰還未だ学校に」とだが、食糧難田舎で、たらい回しの孫に見ていられず嫌な結婚した本人の前で「伯父さんの家アパートだよ」だから父親の年金で家を建てお墓も守らぬ人に私は頭も下げずいましたが、今度は嫁が「初七日出席の人は会費を」と紙を持参所変われば品変わる」と思っていると「伯父さんに貰ってある」本当に「馬鹿正直何もかも似た者夫婦です)


***ここから裁判です。****
H4年暮れに裁判になると
大澤が「私が菊田が新川と知らず水口の金を立ち退き料で払うと騙され裁判に」と証言申請新川の身元を共同通信0B農水省勤務佐藤に依頼
「戦前からの詐欺師許されぬ」に
大澤が「私は年寄り未だ証言調べも無い癌再発入院です」裁判の証言を委任再婚を」とH7年入籍をさせました。が私は今更貧乏は嫌だと・・・

「他人の税金で国税が裁判をさせる」
中野の方が「新川は名だたる詐欺師勝ち目は無い、上手く袖の下を使うのです。僕も事務員に投書されたが
署長に2百万使いもみ消した」
「私は悪いことはしていません」
「国税庁の兄に弟が話を付けてくれ僕もマンションを丸儲けした。裁判は止めなさい。国税の手落ちだ」
「僕は外国に逃げた。さいばんは損だ、止めなさい」と口々に言われたが
国税が止めさせず、後に時効にされたがこんな話を沢山の人に聞き
国税弁護士裁判も弱い物苛めだと
「税金納めぬ、なら土地を競売する」娘婿(金は当てにならぬ酒乱離婚に)
「立退き料は嘘です。金を取られた」と弁護士会館30名以上に「私は金を取られたが、月給も嘘一円も貰っては居ません。立退料はうそです」と主張、認められず、新川が止めた筒井弁護士で「立退き料7千5百万請求」の裁判になると新川が直ぐに
「7百万なら払うよ」ところが私に
「一円も払わぬ、私の頭には誰も叶わないよ、お前さんは馬鹿だからべらべらしゃべるが。私の勝ちさ」と又も、だんまりを、決め口を弁護士にも開かず弁護士が「新川は僕にも口を聞かぬ」と二人の弁護士が辞任
吉田裁判官は「困った、困った」
裁判の進行無く
筒井弁護士が「250万で新川の金庫差し押さえる」が差し押さえ無く

TV宣伝「平成の掛け込み寺」後藤巡査に行くと「後20万入れれば、内の弁護士が筒井弁護士から250万金を取り戻す」偽の羽田實が神戸の兄を名乗り金を取り出したが、翌日は後藤巡査刑務所に(金は何処に?)

内野弁護士事務所の弁護士が
「嘘の申告で7百万なら御の字貰い裁判を止めなさい」と言われ」
国税に「裁判を止めさせて下さい、金は要りません」
国税が「税金分もない、もっと頑張って」と止めさせず
田中弁護士が「立退き料は嘘だ、損害金請求だ」と怒鳴られ
(やっと私の主張認められたと嬉しく佐藤もこれが本当の弁護士だ)と喜び安堵したが
吉田裁判長が旋毛を曲げ、裁判の進行がなくなり

又田中弁護士が「僕も羽田實の件で名前を聞いただけでも、嫌なやつ」
「先生私も」
「何、羽田の知り合いならこの件は出来ません。降ります」
「違う、違うのです」が辞任され

国税は時効はないと言いながら「税金納めぬなら土地を競売する」「どうぞ
入らぬ土地競売して裁判を止めさせて下さい」
「他人の税金競売出来ぬ時効はない」)
占いに次々に30名以上の方が
「詐欺師貴女が勝ちます。よ」とだが
たった一人「裁判は正直者が勝つとは限らないのが裁判だ」と気になり信者が居なくり岡山の郷里に、10万送り頼んだが、返事も無く便局調べると受け取った時間まで分かりましたが・・・)
弁護士は何処も
「国税が立退き料と認めた、立退き料請求の裁判だ」と
私は「立退き料は嘘で新川の作り事です」と言うが新川の嘘の沢山の証拠を弁護士が信じ、
車椅子の弁護士は「なら一割7百5O万で受けます」金はなく
江戸川占いの紹介で銀座の黒田事務所を紹介され秘書が、新川の嘘の証拠をパラパラと、めくり、あの嘘の証拠をもう駄目だと思うと
「弁護士この人は毛皮等を買い、生活が派手で相当借金があるようなので受けない方が良いですよ」
弁護士は「あの方の紹介は何時も良いのに残念です」いかにも済まぬとの顔
田中弁護士が辞めると
吉田裁判官が「立退き料とは違うようなので「立退き料請求を取り下げ、
新に「損害金請求」の裁判を、私が責任を持ち担当します」と立退き料請求を取り下げたのでした。

が又も私の頭が可笑しくなり、吉田裁判長の言葉を忘れ、
何を思ったか八王子の裁判所に
(新川がお得意の嘘の文面大澤と私と三者会談、私が荷物は要らと言ったと書いた内容証明書、大澤を騙し裁判が三者会談嘘付新川です。
15個の見るも無残なゴミ袋に、近所は「ゴミが来た」古城が送ったが受け取り拒否に「これでは拒否されても仕方がありません」だが冷たい玄関先一枚一枚拒否の紙を真っ赤な手で書かれ可哀想と弁護士に電話受け取ったが要るものは無く、小林の株取引H元年9月15日に止めたのに大納会まで続けた嘘の証拠とも知らずに八王子に出したが、欲しい物は全部外国で買った物ばかりで、見合いのプレゼントや服もバンドでばれ、証拠にと張った服は舶来でサイズが少し大きく古城が、と聞きました)

八王子裁判で
「何故、あの嫌な新川が居るのだろう。と怖く何故新川の家に居た?自分は何を今までしていたのかも分からず
何回も何回も、自分探しで終わったが、

新川は私が新川の家に押しかけて行ったとの嘘、私は45年からの見合い業とあだ名程、有名な金持ち知人と見合いをしたのです。
新川の家あんな汚い小さな家に私が行ったとの嘘の書類です。
(宮弁護士は私のボケ、認め3年間自費で自宅に、だがボケの為に自分の過去が分からず敗訴に、弁護費無料です。こんな弁護士が今時貴重な存在です。
この時より佐藤が毎日頭の体操日記をとあいうえを音読から株取引まで
H4年から佐藤の月給と会社の少しの月給を全部、帰る金をためていたが
「もう僕は、何処にも行かぬ大金を直接使えば少しは脳に響く、と株取引を」毎日売ったり買ったり、大損
家が買える程の損を
銀行に怒られたがそのお陰か少し自分の事が分かり出し)

高裁になり
郷里の広島に河野弁護士を推薦され「義母のお祖母は立派だが成金娘母親会わぬ義母の親戚嫌です」と断ると「血は孫に出る。大丈夫よ」

東京弁護士会「貴女は女の弁護士が良いのではと河野弁護士を」
「私は会わぬので、他の方を」と
沢山の名簿持って帰り、
TVで青森の「神様」と言われる方に「私は裁判を」とだけ(新川に居た時「眠れないのです」「霊ではありません」)田村が「義母の霊がお墓が流されるので頼んだ」と言われました)

「この宮弁護士なん、ですか」と怒り「書類読み上げなさい」と次々に読み上げ「河野」「何もう一度」「河野」
「それ、その河野よ」だが相棒はうけないなあ。河野が探します」
「先生河野はお母さんと会わないのです」
「本人を信用するのです」と何回電話しても「本人を信用を」私の考えが間違いか三人も推薦、と眠れず嫌な予感
時計も見ずに、事務所の前を入ったり出たりエレベータで本人に会い、早いと嫌な顔が成金の親にそっくりで、又も嫌な予感がしたのです。
「帰ろう」と思った
その時呼ばれ、

ご主人は私のボケを見抜き
「僕は降ります」すごい眼力の方だ、
私のボケを見抜いたので
今度は奥様も断わる
「私が受けますが難しい事件なので岡田と二人で受けます」ええエー聞き間違い?と思いましたが事実です。

「母が言ってた、妙ちゃん。母が何か買いましたか」と聞かれたが(ただの物なら何でも頂く文句だけの成金母親です。何も言えずに
「お祖母ちゃんは立派な方ですね」「河野のでは無く母の実家です」

「この宮弁護士なん、ですか、私達は一、二も無く東京弁護士です」と強気
母親にそっくり、嫌な予感がしました。
「先生何故、新川の税金で私の土地が差押さえられたのですか」
「二束三文じゃない」やはり駄目だ、やはり合わぬ、成金の娘
「先生これが新川の金庫に入れ取られた同じ型の見本です」(宮路に上げたがこれは大事な証拠の見本と返した。
これが、新川が「金庫に入れたバッグが無くなった」と買い替えさせたバッグと買った時の証明です」
「そんな、些細な証拠は要りません。芯無しは大でも押し込めば入る」
(芯無しは私の「無くなった」バッグで小さく、
新川が買わせたバッグは芯入りの大輸入品です)
(これが弁護士?の態度かと何回も断ったのですが辞めてくれず
後にH6年に宮路と買った東急吉祥寺の担当の渡辺が書いた証拠要らぬ)

大澤に報告に「そんな馬鹿な弁護士首よ、百万返せよね、先生」と酒田
「何回も言ったがやめないのですよ」

大澤が「岡田に会う時は佐藤さんを連れて行きなさい、私が新川の身元、調査させ「戦前から未だに詐欺の常習犯許されぬ、たった一人帰還した僕が人助け出来るなら」と離婚したので、裁判証言委任した」

岡田弁護士「もう、男が出来たのか、学校出ているのか、何、田中弁護士が辞めた?佐藤さんは裁判に口出しならぬ」「それならお二人とも止めます」聞こえぬ振りして
「一人百万と成功報酬1割3分」河野が「1割5分」と言ったので
(何故か成功報酬は誰が支う?と思ったのです)
佐藤が「金を降ろして払いなさい」払うと「佐藤さんと結婚良かったね」
(山師が泥棒弁護士請求、送金です)

帰り寿司屋で喧嘩
「何故断ってくれなかった、あんなに馬鹿にされ、奥さんに年金泥棒と言われずとも、貴方より良い人沢山居る」
「嫌大澤との約束は守る。弁護士が二人も付いたのだ、弁護士が一度受けたら人殺しでも弁護をするのが弁護士の仕事だよ、僕が出ずとも弁護士を信じなさい」と身を引き電話にテープを入れ、盗聴器を忘れずとりなさい」

初めは確かに小林を呼び電子黒板で株を水口の金で買い売ると新川が次々に証券屋を替え全部売れと指示をした、との話し合い等、貴女が行き急に株取引が多くなった」と
だか、次第に態度が変わりだし
佐藤も荒れアール中になりながらも毎日毎日新川の身元調査清書です。

岡田弁護士に「村杉のご主人が裁判の
証言をさせて下さい」と言われました
次の日渋谷で岡田、河野弁護士と待ち合わせると、岡田弁護士が「お土産を」2千円で果物を買わせ岡田が電話を掛け家に「立派な家だ」と岡田二階からの降ろした瓦、新しいのでした。
ミツコが「大きい声出さないで主人が居るのよ」
何故「ご主人が家内は知らぬので僕に」と言われたのにと不思議でした。
ところが喫茶店でミツコの証言をテープに取られ「違う、違う」と言うと
河野弁護士が「貴女に聞いているのではありません。黙りなさい」と言われ
6万テープ代を払い、河野弁護士も無断で知らぬ人10万円請求です)

ミツコから呼び出され「ランチで寿司屋に入り誰も居ないカウンターに夕方まで、呑んだり、食べたり金を払い
「帰ります」「今晩うちの人泊まりなの、付き合いなさい」もう金は無く「佐藤がかえるので・・・」
「なら私は証言しません。私が新川と
裁判をします」と言われました。
又岡田弁護士が「石原先生に電話したら、僕は金の件は聞いていない」と言われたので、石原先生が喫茶店の金を
取ったのだ」と言われ河野も合ずちをうったので、
「石原先生には金の件は話していません」と言いましたが「先生が取った」と言われてはと思い電話すると
「岡田弁護士から、電話で聞かれたので、仲介はしたが金の件は知らぬと返事して、書類を送付したよ」「はい、書類もあるのです。オオナーが直接払うと言われたので、先生には言わなかったのに新川が石原先生から送金と株を買ったのです」が誰が送ったのかも私は何も分からないが誰れか、が金を送ったのは確実なのです」私は3件
取立てを頼んでいたのです。
(岡田弁護士は何故書類があるのに「先生が取ったのだ」と言われるのでしょうか?)
が先生は娘の結婚を期に入籍をと彼女に言われ本妻が居ると断り追い出され、事務所も解散本妻の元に帰られたが、本妻も死なれ、末の息子の家に
先生は仲介料は高いが正直ものです。

岡田が「書類が邪魔だ」今日は何もなく明日持って帰るのでと事務員に頼み取りに行くと「書類を持って帰るようだ」と慌て囁きあい(自分が邪魔だ
と言ったくせにと思いました)


初めての高裁井上裁判官の面接に
「何を聞かれても消して答えてはい
けません」何故と思ったが「はい」
「貴女は新川に株券を取られたのですね」
「はい新川がわたくしの株券を取りました」
(しまった答えてはいけなかったが本当の事です。よね)
と二人を振り返り見ると
丸で鬼の形相で私を睨み付け部屋を出たので、急いで付いて行くと
「付いて来ないで下さい」
(それまでは、私のタクシーで、帰っていたのに急に態度が変わりだし)
泣き泣き帰り
「裁判を止めるので止めてください」
「私達は一生懸命遣っています」と止められず
青森の神様占いも「弁護士を信用するのです」と言われ、もう裁判はどうでも良い、と思うようになると

岡田が
「証拠が無いのだな」と言われ宮路の家に行くと
「何言っているのよH6年に証拠集めに周り三井住友が「本当は印鑑を取られたら、出せないが貴女はあまりにも有名な男に金を取られボケ、た、と可愛そうなので出しましょう。
「これは新川が貴女の通帳を改印した時新川が書いた字のコピー、です。紙は小さいが、きっと重要な書類になるでしょう」と田村さんが下さった。ので、無くした時の用意にと四枚コピーして皆に持たせたが
変な弁護士二人だからと私が関わった書類は証言をすると住所サイン捺印を押し電話して河野弁護士にFAX送信、した、こ、れ、よ」
「うん、それを河野弁護士にFAX出した証拠がある」
(大阪の三井住友が度重なる警察からの停止に通帳がありません。と遺族年金振込み滞りを、新川が知り通帳を作り、金が振り込まれるとその通帳を又改印した、と噂が流れたのでした)
「又私、のを、持っていきなさい」
岡田が「H6年に宮路と行った」と呟き三井住友コピーと下に書くと
だんだんと顔色が変わりだし
「水口の作り事」と言われ
「先生酷いボケの私がどうしたらこの銀行印をどうして作れますか辞めて下さい」
「でなかったら銀行の田村の偽造だ」
「先生達は一対誰の弁護士ですか辞めて下さい。銀行員がこんな貧乏人を偽造までしてどうして助けますか、そんなに疑うのなら銀行に電話すれば」
立ち上がり、いき成り受話器を取り

「弁護士の岡田だ」と怒鳴ったのですが、幾ら偉いか知らないが電話番号も打たずいき成り
「弁護士の岡田だ」と怒鳴っても通じるはずも無く又どんな電話も電話番号はあるはずです。

又も私を騙す芝居まですると情けなく泣きながら又宮路の家に、すると
「新川に印鑑取られた」と届けた文京大塚の警察署の清水さんに説明の電話

「分かった、裁判長の教え子が新川の
小島弁護士だからだ、それなら裁判長を罷免できる。二人の弁護士解任をしなさい」(後退職「貴女のような人を出さぬように相談役に成りました」とはがきが来ました)
私はどうして良いか分からず
初めての高裁の裁判です。沢山の人が廊下の椅子に腰掛時間待ち
パタパタとスリッパの音が、私の横で止まり
「やー新川さん、小島弁護士もご苦労さんです」盗聴器にスイッチを要れ
「昨日はご丁寧に有り難う当御座いました」と一礼にざわめき
皆いっせいに二人を眺めると、
新川が居る所に行き
「今日は又ご老人を遠いところお呼びたてして誠に申し訳ない事です」と
又一礼
「ご丁寧に恐縮」です。又一礼したので
私は声を出し三回又一礼に「四回です」
「河野弁護士新川にあんなにぺこぺこ頭を下げる。何者です」
「私達の石川裁判長で、小島弁護士の教官です」
「へーあれが裁判長ならもう裁判せずとも決った同然と言う態度ですね」

隣の横浜の男性が「奥さん何者、誰れ?」
「はい、私達の石川裁判長で相手の弁護士の教官だそうです」
「へーあれが裁判長、何かあると言うこの態度、こんなにいる皆の面前で良くも、法曹界の乱れは良く聞くがこれ程まで堕落した、とは知らなかった、奥さん必ず証拠を取りなさいよ

「はい、お宅の声も皆入り、どうも二
人の弁護士が可笑しいので他の方にテープを出し相談をしているのです」
(裁判官は裏口から出廷と聞きましたがこの石川裁判長は、態々皆の前で
堂々と新川に頭を「有り難う御座いました」と四回も下げたのです

ところが中に入りまたも驚きました。これが日本の高裁の本当の裁判か?
河野弁護士が立ち新川に質問を、しているようだが横の私に何も聞こえぬのに向こうに居る新川に聞こえるはずが無いのです(私は思わず「これが高裁の本当の裁判なのだろうか?」と
盗聴器に呟き何故皆何も言わず、黙っているのだろう。不思議です」と

岡田にも聞こえては居ないはずです。が何も言いません。
それは裁判長が大声で下の者に話し掛ける大声です(裁判長が邪魔を?している様に私には見えたのです)
が弁護士が書類をたたみ出すと話を止めたので静かに成り

「ご老人を長々と長いこと立たせ、さぞお疲れになられた事でしよう。お掛け下さい」丁寧な労い盗聴器にも入り
ました。

又新川が立ち「水口が新宿から」と現物ではなく寸法を出しこんな大の鞄を私の金庫に入れたと言っているが私の金庫はこんなに小さい」と金庫の写真を出し「当然こんな大の鞄は入りません」と実物ではなく寸法を言ったのです。が
(実物は私が持って出たのです。
新川は裁判になると見越して金庫に入れたバッグが無くなったとS63年正月バッグを買い換えさせ、寸法まで測り用意していたのだと思います。僕の頭には何方が来ようと叶わない
が口癖の新川恐るべき知能犯ですが
だがもっと情けない弁護士二人です。
が何故なのでしょうか?)
「河野弁護士早く私が頼んだ証拠を新川が大の鞄に買い替えた嘘だと証拠ある」と言って下さい」と横から頼むと
薄笑いを浮かべ反論をしてくれず
そして「私の家を出る時印鑑を渡して出て行った」と自分が買った印鑑の写真を自分で撮影提出ですが、

(新川が「古城と結婚する」と三人の生活で、村は大騒動、古城と買い物に出かけたので銀座の千葉に頼み、千葉と言い争いに成り、着の身着のまま千葉と白水が居るのに印鑑を置いたとの嘘だと分かる証拠を態々出す新川ですが・・・)
又私の尋問で私は新川に書類入れを取られ、
その前に置き引きにバッグを何度も取られ警察がその都度停止にされ、大阪大和を忘れたが「通帳がある」と新宿でカードを下さったが、定期を忘れマイナスで出る不思議なカードとバッグに(後通帳はありませんでしたが、新川が通帳を見せ脅しの材料に、
大阪三井住友銀行取引停止にするので、銀行が怒り通帳ありません。と言われたが、新川が遺族年金滞りを知り通帳を私に書かせ作らせ、印鑑を新川が押し遺族年金請求、金が送金されると又その通帳を改印したと噂に、
私は新川で通帳は見た事も勿論カードも郵便もありませんでした)

私の尋問で
(河野弁護士が「カードを茶箪笥入れいた」と言われたが、私は料理もせず、
又菊田が金は、使わせず、持たず使う事はありませんでした。又菊田さんの、茶箪笥は無く、小さな朱塗りの飾りで、食器も無く皆金に成る物は売るか、壊した、とあったのは皆富雄のもので、新川はそのラーメンの丼に割り箸だけ、水屋など要りませんが
尋問され、答えを合わせようと一生懸命に嘘を答えた事を思い出した。が
裁判はこの一度限りで終ると
河野弁護士が・・・と答えたと思いますが弁明の書類を作られていたのがありました)

河野弁護士が「明日佐藤さんを伴っておいで下さい」
佐藤が
「口出しするな」と言ったくせに、盗聴器忘れず取りなさいよ」
法務省の知人や警察が
「弁護士解任を」と言われました」
岡田弁護士が「辞任だ、辞任だ、解任すると書け、書いてくれ」と白紙を出され何を書いたかは覚えていません。が
河野弁護士が落ち、付き、払い
「和解はしなくても良いのです。
「新川は時効で、相続税を3千万儲けたが御の字、土地が4千5百万の評価で5百万の和解に成ったのです」
「国税は、時効はない」
「国税と裁判は違います」

「弁護士は土地は二速三文と言われ
和解に成ると何故4千5百万に成るのですか、新川が建売をすると取った土地
新川に4千5百万で買わせるのなら
成功報酬がはらえます。が絵に画いた餅では払えません。
戦前から詐欺三昧、年寄未亡人の財産で自分は働かず、菊田さんを泣かせ親戚を少しの金で追い出し、皆を泣かせ、今度は嘘の申告、脱税計画の裁判
私は皆の為、銭金で新川は許せません。
5百万で和解は出来ません。
嘘の申告裁判の判決が見たいのです」

岡田が「治ったー」と叫びました
(今まで数々の嘘は私が、ボケて、いるので反論が出来ないと見越し
弁護士も、国税も?私の、ボケを知り嘘を言っても分からぬと思ったのか)
(佐藤も電話のテープ盗聴器テープを法務省友人に持って行くと
「貴女の裁判トンでもない方向に向かっているので、直ちに裁判長を罷免して二人の弁護士を解任しなさい」電話、警察と同じ事を言われました。

翌日佐藤は務めに行き留守だったが
「辞任お受け致します」とワープロで書き、佐藤進、妙子佐藤の印を押し
河野に「解任をします」とFAX送信しました。
すると「FAX送信しないで下さい」と電話で怒られました。が電話にもテープが入れてあり、
(私は態と解任を事務員に知れるようにFAX送信を証拠に)と送ったのです)
その話を知らぬ佐藤が「たまの休みだ、裁判は何処まで進んだのかね」と
バスの中で「弁護士解任しました」
裁判所に行くと止めたはずの弁護士が控え室に集まり

「今聞いた」との興奮気味の態度真っ赤な顔の井上裁判官がお辞儀もなく
「弁護士解任なら、和解はない」出口
佐藤が「ほうらね、これが日本の裁判だよ」との声、聞こえ、出口で後ろ向きのまま
「所で農水省では何処まで出世したん、だね」と捨て台詞です(皆さん、これが裁判官の侮辱した言葉です)

「農水省はアルバイトだが僕の戦友輸送船、魚雷三発を受け全滅なのに
出世等出来るか僕一人生き残り、宮様が満員の船を止めて下さり帰還、そんな僕が人助け出来るならと水口の証言委任を、大澤から、引き受けた。
解任された、理由があるはずだ、水口のボケを良い事に銀行の証拠を握りつぶし、嘘の申告脱税を皆で応援する。
裁判、あってはならぬ」と毎晩の口癖が「又始まった」

(佐藤は日本特殊鋼で、宮様が鉄砲の打ち初め
赤絨毯を案内する役目をしていた時共同通信の募集に応募「古野社長の目に留まり」東大卒沢山居るのに、合格
昼は特殊鋼夜は記者の夜間学校に、
「警察が闇米食わず餓死した」との記事を見て、僕は新聞記者の卵だが、
下宿の兄貴、玄関で闇米を売っていると、最後の学徒出陣を志願に、

高松の宮様が「佐藤戦争に行くな、行くと死ぬ、何かの時は僕を使いなさい」戦争に行ったが共同の社長給料を母親に送金されていたとの事でした。

満州で訓練を受け、見方苦戦と明日は戦地にと一日自由を与えられたので記者の癖で、慰安婦に会いたいと思い尋ねると「好きな方を指名を」と言われ「僕は貴女達がどんな思いで体を売っているのか聞きたい」と言うと「皆が本当の日本人ですか、皆少しでも金を出したので・・・と言うのに、私達は慰安婦は金になると志願して来たのです。こんな兵隊さんなら金は要りません」と大金を見せたので「こんなに金があるのなら1日も早く両親の元に帰りなさい」と次の日から満州の荒野、夜間行軍、歩きながら大も小も、フンドシを外し拭き捨て、要領が悪く一歩でも遅れたら置き去り、卑属馬賊野良犬の餌食に、
一週間行軍要約輸送船3万人乗ったが、途中で魚雷3発を受け全滅、5~6名軽い骨折で
粗末な家に、収容され、佐藤はベッド越しに「皆水でも生きられる。水を呑め、今に助けが来る、生きて帰り靖国の桜の下で会おう」とベッド越しに
「佐藤俺達腹がすき、生き地獄だ、水さえ呑まなければ死ねるのだ」と一人、又一人と死んで逝った」と
農水省から帰り
パンツ、靴下ハンカチ洗いシャワー
(私は一度も洗った事はありません。
軍隊でしつけられたと日記を付け、香典お見舞いは兄姉は皆十万と花代三万、他人は一万と花代三千円と書いてあり、僕にもしもの時はお前がと言い
毎晩自分で酒の用意「お前達、俺は今から晩酌をする悔しかったら化けて帰ってこい」と自分で二合瓶、チンして毎晩毎晩言い、
たった二合徳利に酔い潰れ椅子から転げ落ちお漏らし、裸にされ寝るが2時ごろ上の子供がドスンと押入れから飛び降りた音に「敵襲だ」3時に起き出し、時計を見つめ7時に勤めに(娘に「会えぬかと」うつに、味覚馬鹿にお湯がお酒になったのです)

私は全員が要る前で「裁判長罷免宣言」をと、紙に書き
控え室のドワー、ノブに手を掛けると
井上裁判官が異常な驚き三人の事務方に目配り三人が駆け寄り丸で犯罪者扱いです。
三人の方が取り囲みながら
なかなか来ないエレベータ三人が待たれ

「私達大丈夫です」と言うが三人は動かずようやく来た満員のエレベータに押し込み
「待たずにこのままお帰り下さい」
判決の日を忘れ終わっていたので
事務方に「勝ったのですか」と聞くと
「控訴棄却敗訴です。が、
「奥さん。まさかこのままで辞めないでしょうね」
「勿論、嘘の申告脱税計画を皆で見方する裁判は許せません」
「なら上告の手続きを。上に行き書類を貰って来て下さい」上告の手続きを
して下さったが、忘れ
あまりのショックに霞ヶ関電車に飛び込めばこの問題が明るみに、と考えたが佐藤が少しずつ日記のように書くように、酷いボケそれでは佐藤が可哀想だ、思い直し帰ると

大沢孝征弁護士秘書が
「奥さんどうでした」
「控訴棄却敗訴です」
「そんな馬鹿な裁判あるか、地検に行きなさい」と電話番号を教えて下り
「上告の手続きを」(上告はしてある事も分からない時

H17年国税と飯島愛ちゃんと



大原大臣入院「僕は他の大臣は嫌だ」と突然「仕事止めた」と元旦は一人で早起きお屠蘇を
「お袋、戦友、今日は日本のお正月だ」と上げたと思ったら「頂きます」たった2号徳利に「僕は裁判知らなかった僕は家内に殺される」と植木に躓き元旦に110番、警察が来ると電話した事を忘れているのです。が四年間続き
「奥さん、何故別れぬ書類は警察にも
あるのですよ」すると
「僕には立派な息子が居るのです」「ああそうか、なら電話をしてやる」「やはり帰りたいのだ」と思っていると
「親でも子でもありません」と言われアール中うつになり味覚馬鹿に
わさび全部搾り出し「誰だこんなに僕の皿に」「自分で出したのに」と初めは喧嘩もしましたが、唐辛子一瓶使い真っ赤な味噌汁を飲み、味覚馬鹿にと
知り、近所の飲み屋さんに
「佐藤が来たら、水をチンして出して
お金はちゃんと取って下さい」と頼み
「サービスが良いのだよお代わり3倍で1000円だよ」と
「あら、2合と決めているのに3倍も」「焼き鳥もだよ、サービス良いのでね」と上機嫌です。

H17年国税の網干が「国税を告訴するか」と家に「勿論したいが、嘘の申告に負けるような夫婦、金も無く出来ません」
「なら差し押さえた土地を返します」「あんまりだ、今頃になって、娘は離婚され要らぬ、腐れ土地」
佐藤が「貰って置きなさい
「嫌、入らん、捨てて」
「佐藤さんと結婚良かったですね」帰られ(佐藤が税金をこの土地を何方か有効利用できないでしょうか、
ある時「この土地を」「傷物は要らぬ」
又「土地が本当にあるか法務所に」と
私が税金を払って入るの・・・私も、今年からもう止め払いません)

TVに飯島愛ちゃん「愛ちゃん私の言うことを聞くのよ、ね、聞いてよ、ねえ愛ちゃん」とあの占い師
「愛ちゃん聞いては駄目、駄目よ」と叫びながら、つい受話器を持っていました「先生、あのう、あのう」
「何よ、未だボケる年ではないでしょう」と怒られ
「あ、あ、私のボケが分かって居なかったの、先生、私は裁判に負けました」
「えーつ」絶句です。
三輪明宏先生「この方は凄い方です」
「当らない、時もあるのです」
そうです皆さん、占いは当るも八卦です。何か一つが当ると全部が当るとは限りません。子供の時当る弘法大師霊能者が居て二人の娘も助けられ、私は占い好き
鹿児島から北海道にまで皆「詐欺貴女が勝ちますよ」私は負け当りませんでした。たった一人「裁判は正直者が勝つとは限らない弁護士次第だ」がその占い師信者が居なくなり岡山に

佐藤は農水省を止めボケに、裁判を止めると穏やかになり、
8時までベッドに座り、「おーいもう起きないか」と
ボケ二人朝の散歩が昼食で食堂に入り、帰りが分からず、道に迷い夜中に目の前に車が歩道に乗り上げ、通行人が「奥さん大丈夫」「はい、私達三鷹の方面、ここは何処なのでしょうか」
「大変大変反対の方向で相当な距離ですよ」と教えられ
朝日が昇り帰り着きました。

朝の散歩が夕方になり、西に向かうので、「東が帰る道ですよ」
「うん」とどんどん西の方向に向かうので「お日様が出るのは東、西」
「だから東に行っているのだよ」
「太陽は今沈んでいるのでこちらは西なのよ」「太陽が出るのが東位知っているよ」と西に行くのです。共ボケ夫婦私がしっかりしなくては大変と
裁判を止めると穏やかな佐藤になり
それから一人で散歩、日記に毎日今日は緋鯉が一匹居ました。昨日と同じに

近所の方「毎日一人の散歩可哀想なのでデーサービスに」と言われ
市役所にデーサービスにと電話
民生委員が来られ
「まだ介護されるような所はないが一人で散歩可愛相バスでお風呂に」と
デーサービスを私がお風呂と言うと
「そんなにただの風呂に行きたいか」
「僕は傷痍軍人恩給が小使い、ただ、でなくて良いのです」怒り帰られ

体格の良い女の方が来られ、行き成り
「佐藤さんベッドを取り替えましょう」と背の高い方が自分の丈に合わせ
「私は介護の主任の・・です。今から担当をきめます」と帰られ

夜中の三時凄い音驚き飛び起きたが
眠っていると勘違い
「あらベッドから落ちても眠いのね」
だが大腿骨骨折気を失っていたのです。が朝になり介護に電話皆集まられたがトイレに自分で行ったのです。

が介護の方は責任を感じ、こちらで病院を手配します。何回も何日、言われ
佐藤も「兵隊は此の位の痛みで手術等しないよ」と足湯の介護に
「貴方の足こんなに大きいの」だが可笑しいと介護に無断で
タクシーで杏林に行くと

「即大腿骨折手術」と言われ私はパニックに、裁判の頭になり
「私達他人です」言ってしまい
佐藤も「此の位の痛み我慢手術せぬ」
「本人に確かめるが要領得ない」
「何で来た」「タクシーです」
「こんな重病人タクシー?できた」
「原因は」「転びました」又「原因は」「転びました」と何十回介護の方の言葉で繰り返し、私がベッドから突き落とした様な雰囲気で、夜中の三時に
手術を断られたが
佐藤は自分の主張が認められたと勘違いしてしまったのです。
(ボケ二人悲しいです)
タクシーで「母も大腿骨骨折した吉方
病院を」と紹介に予約して入院
介護の担当がレントゲン説明に
「この人はベッドから落ちたのでは無く何時も転ぶのです」誰もベッドから落ちたと言わぬのに自分がベッドから落ちたのでは無いと言い部屋を出ると携帯で「言いました」とベッドを取り替えた主任に報告です。

佐藤は杏林に自分の主張か認められたのに「騙して手術をした」と勘違い
私が要るとおとなしいが居ないと医院長看護婦に楯突き暴言を吐くと言われ「それなら家に帰します」だが
私には本当はベッドが変わり、動かすと度に暴れる、ベッド恐怖症に気が付き
早めの退院願い「介護には連絡しないでください」と頼み時間待ちに
傷が痛いと言い出し4階に上がり
傷に痛み止めの薬を塗りについつい
下着がずれ、オチンチン丸出しに、
婦長さんが来られ、私も佐藤も忘れそのまま椅子に掛け

婦長さん慌てて代わりの方
「困ります」何がと佐藤を見ると小さなオチンチン丸出しを私も忘れてしまったのです。

「早めの退院心配だ」と婦長さん
「リハビリ上手な方に頼みます」
ベッドを取り変えたご本人に態々夜中の三時にベッドから落ちたとの手紙を出され「リハビリー、上手方安心です」と気使かって下さったのが不安になりました。
二人でお茶して「もう安心。我が家の貴方のベッド、安心して休んでいてね」
と寝かせ洗濯を始めると
担当員が来て「佐藤さん退院おめでとう」と言いながら背中を見られ「あら床ずれが、介護5なので、これからは、何でも注文出来ますよ。床ずれマット注文します」と歩きながら言われ帰られ今病院から帰ったばかりです。
「貴方床ずれ」と見たが綺麗です。又洗濯をしていると
そこに主任が「なんだ、床ずれじゃないじゃない」と声、帰られ、

「何と忙しいお二人だ」と又洗濯を始めると
玄関で物音、パジャマを、着替え帽子を被り、ぶるぶると震えているのです。
「あら、どうしたの?」
「お、お前居たのか。又僕を何処かに連れて行くようだ警察に行ってくる」

ベッドを変えた主任を見て思い出し
「もう何処にも行かなくて良いのです。貴方の家に帰って着たので、お茶して貴方のベッドに寝たのですよ」
が翌日部屋のお風呂が来て「あらこの暑いのにアンか」と言われたが
「佐藤は1年中、なんですよ」ところがその晩「寒い寒いあれ入れてくれ」「私はきらぬので入っているはずよ」と確かめなかったのです。が介護の方がスイッチ切られ、またまた災難、翌日肺炎入院です。退院出来喜んでいると
見たことも無い床ずれマットの請求書が、落ちたベッドは嫌だと私の部屋に「僕、寂しいよ」
「はい、はい一度も寝たことが無いわね」と寝ると「お袋を思い出すよ、ほら寒い風を引く」と真夏に毛布や布団を着せられ「蒸し殺されるー」と飛び起き、結婚してから毎日家に居るとハンケチ靴下パンツを洗濯軍隊でしつけられ、箸の上げ下げも「ありがとうね」「済まぬ、ね」
病院も「ああ今日も来てくれた」と毎日朝晩に安心する様子

目が覚めたら「着ていたのか」と言うのにベッドを動かす度に暴言を吐くそうです。
危篤状態要約少し落ち着くと
「僕の目に狂いは無かった。戦友が佐藤お前の女房だ、早く捕まえろ」と靖国の帰りに耳元で囁き捕まえた。
これからは自分の為に生きなさい、一円も自分の為に使うのだよ、
僕が死んでも誰にも言わず焼き場に一人で行き帰りに川に撒けば海の戦友の所に流れ着く、僕の生きた証は残さないように、坊主も呼ぶな、墓も作らないように」

「姪子が、兄ちゃんは私が見ると言ってくれるので、大好きなお母さんの墓に入れて頂きます」

「いや、それだけは、するな、後でお前が泣かされる」
満州のお嬢さんが農家の嫁に、本当は兄貴が養子に行くはずが、馬車タクシーの馬牧場、卑属馬賊、出るので一日中鉄砲を撃ち、馬に疲れたと日本の農家に
「三日も、持たぬ、だろう」と言われ
たが母親が死に後妻が来られ
僕の家もみな戦争満州に
取り入れ時お袋が「座る暇が勿体ない」と立ち、小便麦を干し
「雨が降り出したら軒の下に引っ張り込んでくれ」と頼んだが雨が降り出し帰ると
「アーラ雨が降っているのね」人形を抱き、兄貴もあきれ又軍隊に

「お袋がイライラするので、お袋の為に、僕と逃げてくれ」と言ったが
「それは、出来ません」と言われ
軍隊に手紙を出させ、
僕は徳川無声映画無声弁師に弟子入り弁士になったが無声映画も終わり

そして東大に受験に来たが終りに
三男の工場見学に行くと
「明日から月給45円だ」と日本特殊鋼赤の絨毯宮様の案内、フロリダナンバー1の彼女とダンス僕は一人で酒飲み放題で、夜共同の記者の学校に
(弁士の癖で自分でお酒をチンして、毎日戦友から始まり、母の事嫁の話、三男の下宿の姉が良くしてくれたが
警察が「闇米食わず餓死した」記事に
僕の兄貴玄関で闇米を売る。僕は記者の卵と悩み
最後の学徒出陣志願した。と毎日毎日二合徳利に酔いしれ、お漏らし椅子から転げ落ちるまでお喋を)

「嫁姑、必ずお袋の悪口を娘に言っている。この前もお袋の命日と電話に、くるなと言われ、墓から泣いて帰って来たように、
親子は親子、僕は憎い親の子だ、
又同じ事をされるので誰にも言うな、人間死んで焼いたら皆ゴミだ」
危篤状態続いたが持ち直し又話すようになったが「覚悟を」と言われ、
10分だけ外出に代わりの看護婦一人は怖いと姪に電話「危篤状態」「私に言われても困る」親戚も皆信じられぬ似たもの同士、裁判証言出来ぬ悔しさ口には出さぬが最後にお喋、安心したように目を閉じたので
「あまりにお喋り疲れたね」が永遠の
眠り成ろうとは

生前に荻窪友人達が「一人葬感激しました」と沢山の人に聞き
私も一応遺言は遺言として守ってあげ、又後で皆と
市役所に相談すると「田中葬祭を紹介します」
「一晩主人と二人だけで」「嫌できません」と言われ「なら生花だけでも別料金で沢山お願いいたします」と頼み

翌日タクシーで「奥さんあの葬儀屋評判が悪いですね」やっぱりと思い行くと早く「棺の特に顔の周りに」と差し出された漬物の様な花を差し出され、怒り
その花を掴むと色が変わり水が滴り落ちるのです。もう怒りで体がぶるぶる「私はこんな花と」本当は坂口に投付けたいが、ようやく押さえ「貴方が一人葬希望したから死んでまで馬鹿にされるのだと佐藤に八つ当たり投付け、もう何も覚えては居ません。

一人になりどれだけ貴方に癒されていたか罰当たり最後まで「帰れ帰れ」と御免なさい。死ぬ日まで「弁護士信じろ、済まぬ気持ちで居たなんて」
それが葬儀屋にまで馬鹿にされ
私は岡田弁護士に「もう男が」と言われ貴方を父と思う事で同居が出来ました。何故なら最初の出会いで父に見え「あら爺ちゃん」と呼んだのは嘘では無かったのです。

大好きな父を下駄で殴った男と結婚又山師の嫌がらせに娘を守れず、勘当され父の死、に目にも、会えぬ親不孝者
貴方の安らかな寝顔に「これでもう悩まずに大好きな戦友の所に行けるのね」と涙も出ませんでした。が葬儀屋に何度も「責めて生花だけでも別料金でと何度も頼んだのに、貴方ご免なさい」

毎晩大声を上げ「もう誰にも渡さない」お骨を抱きしめ寝ているが、返事もお喋りもしてくれぬ貴方、貴方返事して早く迎えにきてー」

水口家の先祖供養をして
土地を都農町に返そうと先祖の供養の戸籍を、ところが態々電話で「もう少し多めに、残りは返します」「可笑しいな」戸籍料は何処も同じはず。と金を送ると私や娘の戸籍怒り、先祖供養も忘れ

だが、もういい、何もかも忘れよう。
生きて新川から帰れた事に感謝しよう。と佐藤が用意してくれた押入れのダンボールを引っ繰り返し
「この新川の嘘の記録がいけないのだ」(私が新川の家に結婚をと行ったとの嘘等を布施弁護士が整理した書類を外し、ばらばらに、

次はと見開封を破ると中の書類が足元で開き眼鏡の性で嫌に大きく
「水谷妙子」「何で聞いた事もない水谷妙子他人の書類が」でも宛名は私、
拾い上げ読むと私が「水谷妙子に」
水口の印を押し出したとの文章
(岡田にだしたのは、宮路のコピーでそれが原因で解任した時です。

印を押したのは、ワープロで辞任受ける佐藤進、妙子と佐藤の印を押し
解任のFAX送信、河野弁護士です。
が水口の印は全部置き引きに取られ、H7年佐藤に入籍、
佐藤で裁判をしているのに態々
水口を押すでしょうか?また何故水谷妙子と態々書き、水口の印鑑を押し
出すでしょうか、幾らボケでも水口と水谷位は分かります。
又この時
「FAX送信しないで下さい」と怒り電話をされましたよね」私は「遣ったー」と、わざわざ事務員が知るようにと、FAXを証拠にしたのでしたが電話機にもテープを入れていたのです)
あるはずも無い「水谷妙子」を探すが、無く
岡田がH6に「宮路と」呟き、三井住友、コピーと書き「水口の作り事」反論に
「でなかったら銀行の田村の偽造だ」又「銀行がこんな貧乏人を偽造までして助けるか、辞任して」に(慌て電話を掛ける芝居までした、あの時の光景は未だに忘れることは出来ません)
宮路が警察に電話説明に
弁護士解任をと言われ、解任したが
岡田は水谷とは言わなかった。
それが今度は河野が
「水谷妙子に水口の印を押し
「何故提出しないのか」と
「きいた覚えはありません」
水口と水谷位はボケでも分かり、
聞くはずもありません。が河野弁護士
私が水口も水谷もわからなかったら
ソフイア事務所、霞ヶ関裁判所に、1人で行けるでしょうかお尋ねします。
又岡田は水谷妙子とは言いませんでした。
近くの方に書類を見せ「私は旧制水口です」がこの字は「水谷」ですよね」「はい水谷」ですよ」
「いや私の頭が又水谷も水口も分からないように又ボケ、たのかと」

「なら岡田の書いたこの紙を鑑定したら」そうだ。と嬉しく成り、急ぎ何故か挟みで切り取り「しまった証拠だ」と又張った(ボケは悲しいです)

西荻三井住友に
「もう、当時の行員は居ませんが、確かに私共西荻の印に間違い御座いません」
その三井住友の田村が
「重要な書類と出して下さった」書類の元本に色々書き
岡田が消せと怒った、が不採用にされ
宮路が「四枚、コピー、を返し、
水口妙子が、こんなに沢山あるのに
態々水谷妙子を私が出すか、
又作れるか
又三井住友が出すか
出せるか。
又二人が「水谷妙子」を持って帰るか。水口と水谷位はボケでも分り宮路も居るのです。送信の証拠もあります。

河野弁護士貴女は何で弁護士になられたのか?お母さんの自慢の弁護士又弁護士とは、どんな職業か
佐藤は「困った人を助けるのが弁護士二人も着いた、信じ任せれば良い」と
ソフイアとは?お尋ねしたく、
何故嘘で、私を誤魔化すのか、それは私がボケ、ていた、から嘘を言っても分からない、と思ったのか

この河野弁護士の書類を見つけ十年間、頭の体操、努力して、毎日毎日読み返し考えましたが佐藤が「弁護士は人を助ける職業だ」が頭から離れずに
他の文章は読んではいません。が偽名を使ったと言われては許せないので、
弁護士の反論回答願いたい・・・と
だが
もう良い、諦め、忘れよう。と努力もしました。が兄姉子孫の為にも嘘は反論、正せねば、私は死ねないのです。

八王子の裁判で、何故新川に居たのかとの疑問さえ、湧ず、
どうして、新川の家に行ったのかが分からず自分探しで終わったが、何故どうしての疑問さえ考える事も出来ず毎日毎日自分の生い立ちを書いて行くうちにようやく新川の家での出来事電話のテープで分かり、
大沢と同居して、奥田、小美野、宮路、酒田と話すうちに
又新川で、栄養失調でボケ、漢方店で頂き、食べた、おにぎりの美味しいかった事がわすれられずに、
震災の炊き出しと重なり
佐藤が毎日書く様に進め、音読から
ボケ体操協力、全容が分かったが
もう良い、忘れたいとの、双心

30年振り会った姉にも信用されず
未だに即答が出来ない、説明が出来ないので、10年間書いて来た事を
公表決意未だに姉兄子孫何も知らず、
又私も裁判所の判決文も読めず、どこも読んでくれず、知りません。何度も読もうとしましたが、最初の文で怒り込み上げ体が硬直読めないのです。
こんな嘘の裁判弁護士を知るのなら
ボケ、でいた方がどんなによかったか

皆さんに尋ねたく
勿論時効です。反論もあると思いますが兄姉子供にも信用されず
又本名を上げねば、私には信用をさせるすべがなくご迷惑
承知で、又殆どのかたが死亡、
今からこのお世話に成った方達のお墓参りの旅に、これで、もう思い残す事は何もありません。
が河野、岡田、の回答を待っています。
夢は赤鬼青鬼が裁判をして居ます。
(私が死んだら臓器は全部提供皮膚も致します。
後はぶんこつの佐藤のお骨と海に巻いて下さい。佐藤と私を消滅願います。
ボケの私が日記やテープ等
自分で纏め中々読み辛いと思います。
ご笑話され、お読み頂きたく。一人でも多くご賛同頂けたら、幸せです。私は、ボケ老人の貧乏人、ただ一人怖い者は無く尚この証拠全部あります。が

この裁判中に勿論とっくに時効で亡くなったが私は元日本国総理大臣になられた6名とその夫人1名が、国の金百臆を民間人に借らせ、7名の印鑑証明を付け7名で山分けした印鑑証明を勿論時効で今更と思われるでしようが、あまりにも、闇に葬られる事件が多い様です。

同じ時効でも私の件は
日本国、高裁の裁判での出来事です。
こんな裁判が日本国高裁の裁判でよいのでしょうか。国民は何を誰を信じれば良いのでしょうか

三つ子の魂は心に焼きつき、字は何度でも消せるが、弁護士に受けた言葉は消せずに、心の底に溜まるのです。
 佐藤も死ぬ間際まで・・・・佐藤の為にも、との思いで書きました。

新川は「人の上前で食べてみせる」が口癖の新川が嘘の申告で相続税を儲。父は二年生の私に
「嘘は、泥棒の始まりだ、金は借りたら終わりだよ、体さえあれば人間生きられる」と諭し
毎日一食で働き、お陰で脳が早めのボケに、成り、
生きて帰ったが現代版浦島太郎です。
以上長々とくだらぬ、私にお付き合い下さった事に感謝申します。かしこ
平成23年12月 佐藤妙子
来年こそ、日本、世界中の皆様良い年でありますように、と祈ります。
又杉並の皆様お世話に成りました。中川さんご存知の方お知らせ願います。

大澤先生45年から二人三脚で毛皮洋服を売って下り、もちつもたれつ、助け合い母親以上のお付き合いを、大変申し訳無い事に、まさか実の妹が私の心通じず、良かれとの思いが、妹に裏切られお葬式にも、呼んでもらえませんでした。
先生は「妹の花子が居るが貧乏なので、紹介出来ぬ」と入院され毎日
東京の弟の嫁が・・・
足立の社長の自宅で花子さんが
「姉がお世話になって居ます」と言われ「先生は入院されました」
「私はあんな姉、死んでも行きません。我侭であまりに家が汚いので主人と掃除をしたのです」
すると「入らぬ事何故する」と怒られ「二度と死んでも姉の所には行かぬと、主人と話しているのです」と言われたので
「先生は毎晩椅子に腰掛け眠るので私が座椅子の長いのを持ち込み寝るように「やっぱり良いね」と喜んだが、先生の本音は柳川です。柳川藩江戸家老長女に生まれ、大事に育てられ、掃除が出来ず、一部屋鼠の巣、だが大きな保険を掛け半分は柳川の弟に半分を父が創立した柳川高校に寄付をすると言われました」ところが
それから、花子さんが病院に行き、弟の嫁に来るな、見舞い客も全部断り、喪主になり、先生の死も、後に石塚さんに聞きました。
先生金は怖いものですね。

東京でたった二人の肉親、先生が淋しいだろうと要らぬ事を言ったばかりに、実の妹が、姉を裏切るとは、本当に申し訳なく思います。
先生が皆に背中を支えられながら病床で「土地を売られたが、小林が株取引で儲けてくれた又も金を新川も預る」と証拠FAXを花子に、とだが花子さんは私に会えず、小松武子さんから「無事に受け取りました」と看護婦さんに伝えるとそれから、間も無くだったと聞きました。
が、その証拠も高裁の二人の弁護士無視ですよ、田舎の店の管理人菊田がS56年に黒田が管理の土地を担保に金を借りたがS61年8月家賃支払い完済した」と通帳が新川の家にS62~3年に来ると新川が「担保が抜けた」と知り、黒田に怒られ「溝渕社長が売った事を」竹橋ホテル二人で聞きましたが、私が新川に知られたのはS61年10月で酒田の店が売り出された時で二度目が12月30日に大阪から帰り、先生に毛皮代金を貰った晩でしたよね、ところが高裁裁判で
新川、裁判とは、なんら関係ない金を
「この支払いで株など買う金は無かった」
先生が命を掛けて守ってくれた証拠を裁判が無視です。私は一体何を誰を
信じたら良いのでしょうか。
大澤先生、私は岡田弁護士に「もう男が出来たのか」と言われ死ぬ日まで佐藤に
「家に帰れ、大好きなお母さんのお墓に」と佐藤を苦しめる鬼嫁に
それでも「お前は人間皆泥棒、詐欺師だ」と思い生きて行きなさい」そして
胸のつかえを全部吐きだし、静かに目を閉じたのが最後で
「たった一人帰還戦友に済まぬ
戦友のところに」と言い旅立ちました。

一人になり、どんなに佐藤が支えに成ってくれていたかと気ずいた時は
遅すぎました。泣くだけ泣き
今までの、もや、もや、を全部吐き出し、毎晩先生や父の元にと「早く迎えに」と叫ぶが、誰も来てくれません。
人間皆に迷惑を掛けねば、死ねません。毎日、どうしたら死ねるかと考え
胃潰瘍に
夜中背中の痛みに転げ周り、これで死ねると思ったが、やっぱり病院に
又も詐欺の世の中ですが、人間皆に迷惑掛けねば、一人では「死ねぬ」と分かり、胸のつかえを、全部吐き出すと、
一人だが、すがすがしい気持ちで、新年を迎えられそうです。
生きて行く決心が出来ましたので、先生今しばらくお会い出来なくなりました。
先生今年は東北震災大変ですが、震災に合われた方に硬い絆、命の大事さを教わり、漢方薬居のご夫妻に頂いたおにぎりが忘れられず私より、もっともっと大変な人が居る事を知らされた年でもありました。皆様有難う。感謝して生きて行きますねえ。大澤先生

日本人はあまりにも「出る釘は打たれる」と口を閉じる事が美徳のように育てられたが、近頃あまりにも孤独な老人に良く会い「嫁が親戚が嫌がるので、長生きはしたくないですね、7人育て正月も一人です」「あら私も一人です」

互いに気ずくのが、遅すぎましたが、私が意地悪ババになり、佐藤の分父の分私の分を・・・・

皆さん最後に親子親戚皆良い事悪い事言い合えば、ギクシャクせずに
皆仲良く笑い話で、残りの人生を楽しく助け合いながら過ごして頂けたらとの願い、祈りながら、ボケの私が書かせて頂、有難うございました。

国税局が詐欺師に騙された!?

水口家の先祖供養をして
土地を都農町に返そうと先祖の供養の戸籍を、ところが態々電話で「もう少し多めに、残りは返します」「可笑しいな」戸籍料は何処も同じはず。と金を送ると私や娘の戸籍怒り、先祖供養も忘れ

だが、もういい、何もかも忘れよう。
生きて新川から帰れた事に感謝しよう。と佐藤が用意してくれた押入れのダンボールを引っ繰り返し
「この新川の嘘の記録がいけないのだ」(私が新川の家に結婚をと行ったとの嘘等を布施弁護士が整理した書類を外し、ばらばらに、

次はと見開封を破ると中の書類が足元で開き眼鏡の性で嫌に大きく
「水谷妙子」「何で聞いた事もない水谷妙子他人の書類が」でも宛名は私、
拾い上げ読むと私が「水谷妙子に」
水口の印を押し出したとの文章
(岡田にだしたのは、宮路のコピーでそれが原因で解任した時です。

印を押したのは、ワープロで辞任受ける佐藤進、妙子と佐藤の印を押し
解任のFAX送信、河野弁護士です。
が水口の印は全部置き引きに取られ、H7年佐藤に入籍、
佐藤で裁判をしているのに態々
水口を押すでしょうか?また何故水谷妙子と態々書き、水口の印鑑を押し
出すでしょうか、幾らボケでも水口と水谷位は分かります。
又この時
「FAX送信しないで下さい」と怒り電話をされましたよね」私は「遣ったー」と、わざわざ事務員が知るようにと、FAXを証拠にしたのでしたが電話機にもテープを入れていたのです)
あるはずも無い「水谷妙子」を探すが、無く
岡田がH6に「宮路と」呟き、三井住友、コピーと書き「水口の作り事」反論に
「でなかったら銀行の田村の偽造だ」又「銀行がこんな貧乏人を偽造までして助けるか、辞任して」に(慌て電話を掛ける芝居までした、あの時の光景は未だに忘れることは出来ません)
宮路が警察に電話説明に
弁護士解任をと言われ、解任したが
岡田は水谷とは言わなかった。
それが今度は河野が
「水谷妙子に水口の印を押し
「何故提出しないのか」と
「きいた覚えはありません」
水口と水谷位はボケでも分かり、
聞くはずもありません。が河野弁護士
私が水口も水谷もわからなかったら
ソフイア事務所、霞ヶ関裁判所に、1人で行けるでしょうかお尋ねします。
又岡田は水谷妙子とは言いませんでした。
近くの方に書類を見せ「私は旧制水口です」がこの字は「水谷」ですよね」「はい水谷」ですよ」
「いや私の頭が又水谷も水口も分からないように又ボケ、たのかと」

「なら岡田の書いたこの紙を鑑定したら」そうだ。と嬉しく成り、急ぎ何故か挟みで切り取り「しまった証拠だ」と又張った(ボケは悲しいです)

西荻三井住友に
「もう、当時の行員は居ませんが、確かに私共西荻の印に間違い御座いません」
その三井住友の田村が
「重要な書類と出して下さった」書類の元本に色々書き
岡田が消せと怒った、が不採用にされ
宮路が「四枚、コピー、を返し、
水口妙子が、こんなに沢山あるのに
態々水谷妙子を私が出すか、
又作れるか
又三井住友が出すか
出せるか。
又二人が「水谷妙子」を持って帰るか。水口と水谷位はボケでも分り宮路も居るのです。送信の証拠もあります。

河野弁護士貴女は何で弁護士になられたのか?お母さんの自慢の弁護士又弁護士とは、どんな職業か
佐藤は「困った人を助けるのが弁護士二人も着いた、信じ任せれば良い」と
ソフイアとは?お尋ねしたく、
何故嘘で、私を誤魔化すのか、それは私がボケ、ていた、から嘘を言っても分からない、と思ったのか

この河野弁護士の書類を見つけ十年間、頭の体操、努力して、毎日毎日読み返し考えましたが佐藤が「弁護士は人を助ける職業だ」が頭から離れずに
他の文章は読んではいません。が偽名を使ったと言われては許せないので、
弁護士の反論回答願いたい・・・と
だが
もう良い、諦め、忘れよう。と努力もしました。が兄姉子孫の為にも嘘は反論、正せねば、私は死ねないのです。

八王子の裁判で、何故新川に居たのかとの疑問さえ、湧ず、
どうして、新川の家に行ったのかが分からず自分探しで終わったが、何故どうしての疑問さえ考える事も出来ず毎日毎日自分の生い立ちを書いて行くうちにようやく新川の家での出来事電話のテープで分かり、
大沢と同居して、奥田、小美野、宮路、酒田と話すうちに
又新川で、栄養失調でボケ、漢方店で頂き、食べた、おにぎりの美味しいかった事がわすれられずに、
震災の炊き出しと重なり
佐藤が毎日書く様に進め、音読から
ボケ体操協力、全容が分かったが
もう良い、忘れたいとの、双心

30年振り会った姉にも信用されず
未だに即答が出来ない、説明が出来ないので、10年間書いて来た事を
公表決意未だに姉兄子孫何も知らず、
又私も裁判所の判決文も読めず、どこも読んでくれず、知りません。何度も読もうとしましたが、最初の文で怒り込み上げ体が硬直読めないのです。
こんな嘘の裁判弁護士を知るのなら
ボケ、でいた方がどんなによかったか

皆さんに尋ねたく
勿論時効です。反論もあると思いますが兄姉子供にも信用されず
又本名を上げねば、私には信用をさせるすべがなくご迷惑
承知で、又殆どのかたが死亡、
今からこのお世話に成った方達のお墓参りの旅に、これで、もう思い残す事は何もありません。
が河野、岡田、の回答を待っています。
夢は赤鬼青鬼が裁判をして居ます。
(私が死んだら臓器は全部提供皮膚も致します。
後はぶんこつの佐藤のお骨と海に巻いて下さい。佐藤と私を消滅願います。
ボケの私が日記やテープ等
自分で纏め中々読み辛いと思います。
ご笑話され、お読み頂きたく。一人でも多くご賛同頂けたら、幸せです。私は、ボケ老人の貧乏人、ただ一人怖い者は無く尚この証拠全部あります。が

この裁判中に勿論とっくに時効で亡くなったが私は元日本国総理大臣になられた6名とその夫人1名が、国の金百臆を民間人に借らせ、7名の印鑑証明を付け7名で山分けした印鑑証明を勿論時効で今更と思われるでしようが、あまりにも、闇に葬られる事件が多い様です。

同じ時効でも私の件は
日本国、高裁の裁判での出来事です。
こんな裁判が日本国高裁の裁判でよいのでしょうか。国民は何を誰を信じれば良いのでしょうか

三つ子の魂は心に焼きつき、字は何度でも消せるが、弁護士に受けた言葉は消せずに、心の底に溜まるのです。
 佐藤も死ぬ間際まで・・・・佐藤の為にも、との思いで書きました。

新川は「人の上前で食べてみせる」が口癖の新川が嘘の申告で相続税を儲。父は二年生の私に
「嘘は、泥棒の始まりだ、金は借りたら終わりだよ、体さえあれば人間生きられる」と諭し
毎日一食で働き、お陰で脳が早めのボケに、成り、
生きて帰ったが現代版浦島太郎です。
以上長々とくだらぬ、私にお付き合い下さった事に感謝申します。かしこ
平成23年12月 佐藤妙子
来年こそ、日本、世界中の皆様良い年でありますように、と祈ります。
又杉並の皆様お世話に成りました。中川さんご存知の方お知らせ願います。

大澤先生45年から二人三脚で毛皮洋服を売って下り、もちつもたれつ、助け合い母親以上のお付き合いを、大変申し訳無い事に、まさか実の妹が私の心通じず、良かれとの思いが、妹に裏切られお葬式にも、呼んでもらえませんでした。
先生は「妹の花子が居るが貧乏なので、紹介出来ぬ」と入院され毎日
東京の弟の嫁が・・・
足立の社長の自宅で花子さんが
「姉がお世話になって居ます」と言われ「先生は入院されました」
「私はあんな姉、死んでも行きません。我侭であまりに家が汚いので主人と掃除をしたのです」
すると「入らぬ事何故する」と怒られ「二度と死んでも姉の所には行かぬと、主人と話しているのです」と言われたので
「先生は毎晩椅子に腰掛け眠るので私が座椅子の長いのを持ち込み寝るように「やっぱり良いね」と喜んだが、先生の本音は柳川です。柳川藩江戸家老長女に生まれ、大事に育てられ、掃除が出来ず、一部屋鼠の巣、だが大きな保険を掛け半分は柳川の弟に半分を父が創立した柳川高校に寄付をすると言われました」ところが
それから、花子さんが病院に行き、弟の嫁に来るな、見舞い客も全部断り、喪主になり、先生の死も、後に石塚さんに聞きました。
先生金は怖いものですね。

東京でたった二人の肉親、先生が淋しいだろうと要らぬ事を言ったばかりに、実の妹が、姉を裏切るとは、本当に申し訳なく思います。
先生が皆に背中を支えられながら病床で「土地を売られたが、小林が株取引で儲けてくれた又も金を新川も預る」と証拠FAXを花子に、とだが花子さんは私に会えず、小松武子さんから「無事に受け取りました」と看護婦さんに伝えるとそれから、間も無くだったと聞きました。
が、その証拠も高裁の二人の弁護士無視ですよ、田舎の店の管理人菊田がS56年に黒田が管理の土地を担保に金を借りたがS61年8月家賃支払い完済した」と通帳が新川の家にS62~3年に来ると新川が「担保が抜けた」と知り、黒田に怒られ「溝渕社長が売った事を」竹橋ホテル二人で聞きましたが、私が新川に知られたのはS61年10月で酒田の店が売り出された時で二度目が12月30日に大阪から帰り、先生に毛皮代金を貰った晩でしたよね、ところが高裁裁判で
新川、裁判とは、なんら関係ない金を
「この支払いで株など買う金は無かった」
先生が命を掛けて守ってくれた証拠を裁判が無視です。私は一体何を誰を
信じたら良いのでしょうか。
大澤先生、私は岡田弁護士に「もう男が出来たのか」と言われ死ぬ日まで佐藤に
「家に帰れ、大好きなお母さんのお墓に」と佐藤を苦しめる鬼嫁に
それでも「お前は人間皆泥棒、詐欺師だ」と思い生きて行きなさい」そして
胸のつかえを全部吐きだし、静かに目を閉じたのが最後で
「たった一人帰還戦友に済まぬ
戦友のところに」と言い旅立ちました。

一人になり、どんなに佐藤が支えに成ってくれていたかと気ずいた時は
遅すぎました。泣くだけ泣き
今までの、もや、もや、を全部吐き出し、毎晩先生や父の元にと「早く迎えに」と叫ぶが、誰も来てくれません。
人間皆に迷惑を掛けねば、死ねません。毎日、どうしたら死ねるかと考え
胃潰瘍に
夜中背中の痛みに転げ周り、これで死ねると思ったが、やっぱり病院に
又も詐欺の世の中ですが、人間皆に迷惑掛けねば、一人では「死ねぬ」と分かり、胸のつかえを、全部吐き出すと、
一人だが、すがすがしい気持ちで、新年を迎えられそうです。
生きて行く決心が出来ましたので、先生今しばらくお会い出来なくなりました。
先生今年は東北震災大変ですが、震災に合われた方に硬い絆、命の大事さを教わり、漢方薬居のご夫妻に頂いたおにぎりが忘れられず私より、もっともっと大変な人が居る事を知らされた年でもありました。皆様有難う。感謝して生きて行きますねえ。大澤先生

日本人はあまりにも「出る釘は打たれる」と口を閉じる事が美徳のように育てられたが、近頃あまりにも孤独な老人に良く会い「嫁が親戚が嫌がるので、長生きはしたくないですね、7人育て正月も一人です」「あら私も一人です」

互いに気ずくのが、遅すぎましたが、私が意地悪ババになり、佐藤の分父の分私の分を・・・・

皆さん最後に親子親戚皆良い事悪い事言い合えば、ギクシャクせずに
皆仲良く笑い話で、残りの人生を楽しく助け合いながら過ごして頂けたらとの願い、祈りながら、ボケの私が書かせて頂、有難うございました。

国税局が詐欺師に騙された!?

  • 小説
  • 長編
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-01-17

Copyrighted
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