contrast~accelerate~

ファミレスで事件を解決するcontrastシリーズ、第6話です。
一話完結の推理物ですが、登場人物や関係はこれまでの話に関与しいます。
少しでも気になる方は、是非contrastシリーズを読んでいただきたいです。

【X+Y】
「お兄ちゃん、どうしたの?」
無邪気な問いかけに、ブランコに座った青年は空を見上げた。夕焼けこやけのオレンジ色の空だ。
「いや、その、なんだ。『真実』って、難しいなって思ってね。」
その返答に首をかしげた。
「『真実』って、「本当の事」ってこと?」
「あぁ、その真実だ。」
二つの影が並んでいた。

【Y-1】
「りゅうちゃん!寝てるの!?」
目の前には助手席から顔をのぞかせた空―白戸空(しらとそら)がいた。うん、寝てたよ。
「昨日医療物の特番が面白くて―」
「まったテレビ!?」
呆れたように前を向いた。後ろからじゃ見えないが、腕を組んでふくれっ面してるんだろう。
「まぁまぁ、しょうがないよ。今日は急遽な予定だったし。」
空とは対照的に運転席のトラさん―白都蘭(しらとらん)がミラー越しにフォローしてくれた。
「そんなことないです。テレビばっか見てるりゅうちゃんが悪い!」
今度はトラさんに詰め寄る。荒れてる荒れてる。
「だいたいなんで今日だったんだよ。せっかくの休日なのに。」
「だってしょうがないじゃん。私たちも先週忙しかったし、おねぇ様最近事件で忙しかったんだよ。」
そういえば朝からいってたな。連続殺人がどうのこうのって。
「それでもみんな楽しめたしよかったじゃない。もうこんな時間だし、帰りにいつものファミレスでご飯でも食べて帰ろ。」
後部座席に転がる遊園地のお土産のぬいぐるみに体重を預けて外を見ると、見慣れた景色が過ぎていった。

【X-1】
「なんだよ、せっかくの休みに。」
10月の日曜日、学校は休みだったのでまったりする気満々だったのに。まさかソラ―白都蘭から大学の近くのファミレスに呼び出されるとは。通路で頭を掻きながら文句をたれた。
「だってりゅうちゃん実行委員で忙しいの先週までで、どうせ暇でしょ?だったら相談に乗ってもらおうと思って。」
席から振り返るソラの横には眼鏡をかけた小柄の女性がいた。渋々向かいの席に座る。
「こちら私の父の知り合いで新聞記者の段栄子(だんえいこ)さん。そんでこっちが私の幼馴染みの黒城龍介(こくじょうりゅうすけ)です。」
とりあえずお辞儀するが、まさか厄介事じゃ―
「実は、私の親友が二人亡くなったんです。その真相を明らかにして欲しいんです。」
・・・まじか~。とりあえずホットコーヒーを頼んで落ち着こう。

【Y-2】
「へぇ~、龍介さんが大学で初めて解いた事件ですか。」
「そ、事件性のあった事件の中では最初で、そして最後だったの。」
ファミレスでメニューを注文した後にまたトラさんの昔話を聞いていた。ちょうど10月のこの時期だったらしい。
「二人の親友が亡くなったって、殺人事件だったんですか?」
空は興味津々だが、既に解かれた事件だろ?あんまり興味そそられないな~。
「まぁまぁ、焦らない焦らない。とりあえず続きを聞きなさいって。」
なんか姐御肌が出てきたな、トラさん。そう思いながらコーヒーを一口含んだ。
「栄子さんの親友の尾張守司(おわりしゅうじ)さんと井上佳子(いのうえかよこ)さんは婚約してたんだ。だけど守司さんは私たちに相談した一週間前に事故死、佳子さんは自殺したの。」

【X-2】
「守司くんと佳代子は家が隣り同士の幼馴染で、家族ぐるみでの仲でした。そして私たちは学生時代からいつも一緒でした。」
差し出されたテーブルの上の写真を見ると、尾張守司と井上佳子、そして段栄子が三人で仲良く写っていた。どこかのキャンプの写真だろう。どうやら遺品を持ってきているらしい。
「そんな二人が事故死と自殺、ですか。」
「ええ。警察の方の対応も早く、また佳子の遺書も見つかっています。でもおかしいんです。」
「確かに婚約者の二人が別々にお亡くなりになったなんて、何かありそう・・・。」
ソラも不安そうに相槌を打つ。そうか?
「あまり知人の方を悪く言うつもりはありませんが、尾張守司さんが事故死、その後井上佳子さんが後追い自殺とかじゃないんですか?」
それだと自然な流れだ。しかし段栄子は顔色が悪い。
「いえ、それは・・・ありえないんです。それに守司くんの事故死にも不可解な点が・・・。」
ありえない?聞き返そうとした時、写真がテーブルに差し出された。それがさらに頭を混乱させた。
「「あ?」」
俺とソラの声が合わさった。

【Y-3】
「「あ?」」
俺と空の声がハモった。大きく頷きながらトラさんが空の大学ノートにでかでかと書いた。
「そう、『あ』だ。頭を打って倒れていた守司さんの右手近くの土の上にそう書いてあったの。」
もちろん8年前、しかも段栄子の個人的な調査のための写真だ。ここにもいつもの「推理研究会ノート」にもその写真がない。だけどトラさんの記憶と話の展開から「あ」で間違いないんだろう。ダイイングメッセージか。
「もっと詳しく、二人の死について教えてもらえますか。」
夕飯を食べ終えて片付けられたテーブルに身を乗り出すと、向かいの席に座る空とトラさんがニコニコこっちを見ている。
「な、なんだよ。」
「いや~。さっきまで乗り気じゃないりゅうちゃんが乗ったから~。」
「そうそう。素直じゃないな、りゅう君。」
二人が顔を合わせて笑う。まるで姉妹のようだ。ほんとに仲いいなこいつら。
「それでトラさん、詳細は?」
これ以上ほっておくとイチャイチャしかねないので、話を進めさせる。ゴホン。真顔になったトラさんが照れながら正面を向く。
「事件があったのは10月の頭の日曜の朝、ここの近くの大昭公園で尾張守司さんが出勤途中に頭を打って倒れているのが発見されたんだ。」
「大昭公園って、駅から大学までの道すがらにある公園ですよね。」
真顔に戻った空もノートを取る姿勢を取る。なんだこいつら?
「そう。二人はここの近くに同棲してたの。ちょうど大学が始まる時間だったかな。公園にいた数人の学生が倒れている尾張さんを発見して119番したの。」
「あれ?あそこの公園って頭打つようなとこありましたっけ?」
確かあそこは小さい公園だったはず。事故で頭を打つなんて・・・。
「花壇のレンガで頭を打ったらしいのよ。元々肺に持病を持っていて、発作が起きてそのまま倒れ込んだ先に花壇があって後頭部を強打。救急車が到着した時にはまだ息があったが、運ばれた病院で息を引き取った。」
なるほど一応は納得がいく。だが、
「発作は不自然なものじゃなかったんですか?」
ダイイングメッセージが見つかった以上、それを疑わざるを得ない。
「いや、それはなかったらしい。近々移植手術も予定していたし、体調に十分注意するように医者にも言われていたって。」
フンフンと頷きながらノートを取る空。
「じゃあ、婚約者の井上さんはどうだったんですか?」
ん~、と目線を上に向けながら思い出すトラさん。ホットミルクを飲んでひと呼吸おいてから口を開いた。
「井上佳代子さんは自宅で睡眠薬の服毒自殺を行っていたの。」
あれ?確か・・・。
「睡眠薬って過剰摂取して死ぬんでしたっけ?」
「え?よく推理小説とかドラマであるやつじゃないの?」
俺たちの問いかけにトラさんが一旦話を中断した。
「そう、りゅう君の言うとおり。一般市販の睡眠導入剤は「ベンゾジアゼピン」というもので、過剰摂取しても命を落とすほどではない。しかし彼女が飲んだのは医師の処方箋がいる「イソミタール」、こちらは致死量があるものなんだ。佳代子さんは看護師だったので病院から持ち出したというのが当時の警察の見解だ。」
そそくさとメモを取る空。そんなんメモって何になるんだよ、お前。刑事にでもなるのか?

【X-3】
「尾張さんの死に不可解な点、つまりダイイングメッセージがあったことは分かりました。しかしなぜ井上さんの後追い自殺はありえないんですか?」
ホットミルクを飲んだソラが右隣の段栄子に聞く。そう、ありえない理由がわからない。
「守司くんが救急車で運ばれてから病院で亡くなるまで看護師さんが何度も電話したそうです。その時にはもう既に佳代子は家で自殺していたんです。」
真正面から見る段栄子の目は真っ赤に腫れていた。まだ二人が死んだことが信じられないんだろう。
「なるほど。つまり尾張守司さんが亡くなった事実を知らないまま自殺をした井上佳代子さんには後追い自殺が無理である、ということですね。」
ソラがまとめてくれた。確かに時間系列的には少し不自然かな。
「他に井上佳代子さんが自殺する原因はなかったんですか?遺書とかは?」
自殺が尾張守司の死と間接的な関係がない以上、他の要因が考えられるだろう。
「一応警察の方と佳代子の両親から許可をいただいて、遺書を預ってきました。」
ソラとは逆側においた大きな鞄からいくつかの手帳やアルバム、書類を取り出した。おそらく遺品の数々だろう。ノートの表紙にはしっかり「献立表」「家計簿」と日付が記載されている。可愛い子供がプリントされた手帳の下にある便箋のコピーを取り出した。震えるような文字で「遺書」と書き出してある。
「・・・この遺書、警察は何かいってませんでした?偽装の疑いとか。」
一瞬空気が止まった。驚くように二人がこちらを見ている。
「いや、すいません。自殺を決意した人間は身の回りを整理するっていうでしょ?だから遺書もなるべく綺麗に書くのかなぁって。」
もちろん全員が全員そうとは限らないけど、さっきのノートを見る限り、井上佳代子は綺麗に書きそうだ。
「さすがですね、蘭ちゃんが褒めるだけはあります。」
関心して大きく頷く栄子と隣で照れるソラ。なんだこの絵図らは。
「確かに警察の方も最初は不審がられていたようです。しかし佳代子が発見されたときにこの遺書を書いている途中だったので、おそらく彼女は睡眠薬を飲んでから遺書を書きはじめたみたいです。」
「なるほど、睡眠薬を飲んで意識が朦朧とした中で書いたんですね。」
ソラは差し出された遺書をテーブルに広げた。遺書は三枚、後半にいくにつれて文字の震えが大きくなっていく。内容はこれまでの人生の振り返り、そして三枚目の真ん中あたりで不自然に終わっていた。
「・・・佳代子さんはここまでしか書けなかったんですね。」
遺書を指さしながら悲しい顔をするソラ。ここまで他人の気持ちに敏感になれるところがこいつのすごいところだ。栄子は悲しそうに頷く。
指さした文章は漢字も使われずに読みにくいものだった。
『も つ W ち や ん ニ | よ ナ よ ` さ な し | 』

【Y-4】
全く読めない。でも前の文章は「~こんなにだいじなひとなのに」と辛うじて読める。
「尾張守司は井上佳代子からなんて呼ばれてたんですか?」
トラさんが悪戯っ子のような笑顔を向ける。
「さすがりゅうくん、鋭いね。」
そうか、今回の事件の真相をトラさんは知ってるんだった。ってことは間違ってないのか。置いてきぼりの空を尻目にトラさんはノートをめくる。
「彼らは二人っきりのアダ名を持っていたみたいだと、栄子さんも言っていた。佳代子さんは守司さんを『うんちゃん』と呼んでいたらしい。」
「あれ?尾張さんの名前は『守司』さんじゃなかったですか?」
やっと会話についてこれた空が口を挟む。確かに『尾張守司』に『うん』というあだ名は違和感がある。
・・・いや、『尾張守司』と『うん』か・・・。
「尾張守司は井上佳代子を何て呼んでいたんですか?」
またまたトラさんが子供のようにニヤリと笑う。本当にこの人は俺より8つも歳上なのか?
「それは栄子さんは聞いたことがなかったらしい。どうやら守司さんが恥ずかしがって人前ではアダ名で呼び合うのを嫌っていたとか。」
そんなもんですか?とトラさんに空が問いかけていた。そりゃそうだ、俺だったら絶対やだ。・・・いや、よく考えたら俺は本名の方がやだった。
「ただ佳代子さんのセリフだけは頭に残っていたらしい。『結婚したらあだ名が使えなくなるね』という言葉だけはね。」
・・・あぁ、なるほど。だから『うんちゃん』なのか。でもそれだと、遺書の意味は・・・。
「そろそろ続きをお願いしますよ、おねぇ様。」
如何せん既にとかれてしまった事件なので、今回の空は事件よりも昔話に興味が言っているようだ。困った顔でこちらを見るトラさん。
「りゅうくんは?続き話して良いの?」
まぁ俺も解くことよりも黒城龍介の推理の方が気になる。ただ、
「一つだけ。尾張守司に関して井上佳代子の言動に何か違和感がないか、段栄子は言ってなかったんですか?」
頭にはてなを浮かべて、そして考え込むトラさん。あれ、空振り?
「あぁ、そういえば―」

【X-4】
「専門書!」
段栄子は思い出して少し声が大きくなった。
「専門書、ですか?」
ソラが恐る恐る聞き返す。
「えぇ。あれは丁度、佳代子の勤める病院で尾張くんの移植が決まった直後でした。彼女の思いつめた表情が増えたんです。」
尾張守司が行う予定だったのは生体肺移植、つまり生きた人間から肺の一部を提供してもらう手術だったらしい。
「そんでもって専門書。手術が決まってから突然佳代子が買いはじめた本がこの二つでした。」
カバンから取り出した本の一部をテーブルに置いた。
「一つが遺伝学関係、もう一つが結婚関係の法律書。うーん、肺の病気と関係ない気が・・・」
そう言いながらパラパラとページをめくるソラ。
・・・いや、まさかな。
「でもこっちの本は関係あったかも。だって二人は結婚式を早めたんですもん。」
段栄子が掲げた法律書。「結婚、出産などの法律がこれ一冊でわかる」という帯がついている。
「・・・ごめん、ちょっとトイレ。」
俺は急いでレジの隣にあるトイレに駆ける。後ろではソラが心配する声がしたが、とりあえず無視した。洗面台の水で顔を洗った。
現場に残された文字、尾張守司がうんちゃん、届かなかった連絡、遺書と本・・・。
間違えちゃならない。間違えると、
「・・・段栄子も、」
・・・不幸になる。

【X-5】
「りゅうちゃん、大丈夫?」
ソラが心配そうにこちらを伺う。平常心を保ちながら自分の席に戻る。コーヒーカップを持ち上げると、既にからになっていたのでお冷のグラスを傾ける。
一呼吸おいてから、二人を見据える。
「・・・僕がこれから話すことはあくまで想像の域です。しかしこの想像なら栄子さんの疑問点が一応解決できます。」
空気が重くなったことを二人も理解してくれた。ありがたい。
「そしてもう一つ、この話は栄子さんには辛い話かもしれない。」
指を立てながらまくしたてる。なるべく冷静に、なるべく流れるように。
「だからきちんと受け止めた上で、お二人のご両親には内密にして欲しいんです。」
こくん、と頷く段栄子。さぁここからだ。
「結論から述べます。井上佳代子さんは『無理心中』をしたんです。」
一層空気が重くなった。

【Y-5】
「無理心中、ですか?」
やはりそうか。しかしわからないことが他にも・・・
「現場に残された『あ』という文字は、そのまま『井上佳代子』のことだったんだ。」
トラさんは空が広げたノートを取って、端に『いのうえかよこ』、『尾張守司』と書いた。
「『い』の上で、『か』の横、つまり『あ』だ。」
いのうえかよこの文字の下に『あ』と書いた。そう、つまり只のダジャレ。
「ちなみに尾張守司は『おわりもじ』と読める、だから『終わりの文字』、つまり『ん』だ。」
こっちもダジャレ。だからお互いに「あーちゃん」、「んーちゃん」とでも呼んでいたのだろう。恐らく段栄子はそれを「うんちゃん」と聞き間違いたんだろう。
「あぁ、だから『結婚したらあだ名が使えなくなる』って言ってたんですね。必ずどちらかの苗字が変わるから。」
空がやっと納得したようだ。そう、つまり現場に残されていたのは井上佳代子の名前だ。でも―
「そして遺書の文章も、足りない部分を補うとこう読める。」
さっき書いてもらった文章の下に改めて文章を書いた。
『もう、んちゃんヲはなさない 』
・・・え?
「なんで『ヲ』だけカタカナなんですか?」
いや確かにそれも気になるが、これだと意味が全然変わってくる。
「りゅうちゃんいわく、気が動転してる中で書いた遺書だったのと、ひらがなの『を』だと複雑だったからじゃないからって言ってたよ。」
いや、まぁこじつけとしては別に外れすぎてない。でもそんなこと本当にあるのか?―いや、黒城龍介がそんな推理をするのか?

【X-6】
「つまり佳代子さんは何らかの理由で無理心中を図ろうとして、守司さんを撲殺した後、自宅に戻り睡眠薬で自殺をした。」
現場に残された文字、尾張守司がうんちゃん、届かなかった連絡、遺書、とりあえず筋は通った。
「なんで、なんで佳代子が無理心中なんて・・・。」
隣で今にも泣き出しそうな段栄子を心配そうにソラが見つめる。そして僕に目線を投げかけてくる。わかってるよ、それも僕の仕事だ。
「ここからは本当の意味で僕の想像です。おそらく彼女は結婚に関して何かしらの不安があったんではないでしょうか。」
テーブルの端にある本を指差す。法律書だ。
「その不安を誰にも相談できないまま自分を殺めるという結論に至ったのだと思います。」
そして書き足した遺書のコピー、『もうんちゃんヲはなさない』の文字を二人の方に向ける。
「でもやっぱり彼女は彼を愛していた。だから彼も殺めてしまった。この震えた字は、意識が朦朧としていたからだけではない気が僕にはします。」
それまで耐え続けていた気持ちが爆発したように、段栄子は泣き出した。でも俺は間違えてないと思う。これが、これだけが正しい結末だ。

【Y-6】
「以上がりゅうちゃんが解いた最初の事件だよ。」
ホットミルクを飲んで一息つくトラさんと、オレンジジュースを飲んでいる空。でも、俺はまだモヤモヤしたままだ。でもまだわからないことがある。
遺伝学と法律の専門書、井上佳代子の死、そして―
「・・・『はなさない』・・・。」
ふと目線を上げると、トラさんが心配そうに俺の顔を見ていた。
「大丈夫?そういえばりゅうちゃんもそんな顔してたよ・・・。」
「まぁ、そりゃあ事件が解けないときはこんな顔するでしょ。」
当たり前のことを返したが、トラさんは首を振る。
「ううん、事件を解き明かした後だよ。栄子さんが帰ったあとだった気がするよ。」
・・・事件を解決したのに?なんで?
「他に何か不自然な点とかなかったんですか?」
カップを口にしたまま考え込むトラさん。なんてったって8年前のことだからなぁ。
「あぁ、そうそう。確かトイレに行った時に呟いてたかな。」
思い出して少し声のトーンが高くなる。俺も空も前のめりになって耳を傾ける。
「『段栄子も不幸になる』って。」
・・・段栄子『も』、ってことは・・・。総ての線が繋がり始めた。

【X-7】
注文し直した黒いコーヒーを見ながらもう一度自分の推理を、いや『推理もどき』をチェックする。ほころびはないか、自分の言葉に矛盾はないか。
「どうしたのりゅうちゃん、そんな怖い顔して。」
心配そうに覗きこむソラの目。その純粋無垢な目に何度心が折れそうになったか。しかし頑張って話をそらさなくちゃ。
「いや、なんでもないさ。それより今日このあと用事とか言ってなかった?」
あぁー!っと声を出して立ち上がる。急いで荷物をしまい席を立った。
「忘れてた!もうこんな時間!!!」
「ここの金は出しとくから急ぎなよ。」
ありがとー、と言って外に駆け出していくソラの背中を見つめていた。いつもいつも俺の隣りにいたはずのソラがもうあんなに遠い。俺の持ってない力で誰かを助けようと孤軍奮闘もしている。
「親離れ子離れ、っていう感覚に近いのかな。まぁ勝手な保護者気取りなだけだけどな。」
注文し直したコーヒーが熱いうちにもう一度思考を巡らせる。自分の本当の推理が正しいかどうか。

【Y-7】
残り少ないコーヒーを飲みながら線と線を結び続ける。推理というのはよくジグソーピースのように例えられるが、俺の場合はこじつけなので少し違う。まるで幾何学のようにひとつの情報が一筆書きで出来上がるイメージだ。そしてできた絵は、想像を絶するほど―
「暗くて、重くて、深かった・・・。」
不思議そうに見る二人を一旦制し、残りのコーヒーを飲み干す。
「・・・この事件の真実は多分違うと思います。」
予想に反して二人共別々の反応をした。目を大きく見開く空と、なんとなく優しい目線のトラさん。
「ただし、これはこじつけです。誰にも話さないでください。」
そう前置きをおいて口火を切った。
「黒城龍介の言ったとおり、井上佳代子は無理心中だった。でも尾張守司は事故死だったんです。」

【X-8】
そう、井上佳代子の無理心中は真実。でもその心中の相手は尾張守司じゃない。彼女のお腹の中の子供と無理心中をしていた。ほんの三十分前を思い出しながら、向かいの席の窓側、段栄子が遺品を広げていた場所を見た。その中には可愛い子供がプリントされた手帳―母子手帳があった。また二人の結婚式が早まったのもそれが理由だろ。
カップを置いて窓を見ると既に夕日が傾いていた。もう帰らなくては。会計を済ませて駅に向かった。
でもそれだと一つ気になることが出てくる。井上佳代子の自殺の理由は尾張守司を巻き込んではいなかった。あの日に事件があったなら、それは間違いない。

【Y-8】
「でも、それだったら一家心中だったんじゃないの?」
空が当然の疑問を投げかけてくる。同じく首を縦に振るトラさん。でもそれはありえないはずだ。
「事件があったのはちょうど8年前のこの時期、しかも日曜日に関わらず公園には学生が多かった。だったら尾張守司が亡くなった日は恐らく―」
ばっ!と立ち上がるトラさん。思い出したらしい。
「大昭祭の日だ!!!」
やっぱりそうだったか。その日は大昭大学の学園祭、大昭祭の日だ。
「そう。いつもの大昭公園だったら人通りも少ないかも知れない。しかし大昭祭のしかも日曜日ならば人がいつもよりかなり多かったはずだ。だから誰にも不審がられずに尾張守司を撲殺するのは難しいってこと。」
まぁ、ダイイングメッセージも単純に愛する人の名前を書いただけだろう、と付け加えた。二人の納得する頭の動きが同調している。
しかしここで問題になるのはやはり心中の理由になる。

【X-9】
電車で最寄駅の代曲駅に着いた。見慣れた駅前の商店街を抜けていく。
つまり自殺の理由は二人の結婚ではなかった。だったらなんなのか。お腹の中の我が子と心中しなくちゃいけない理由。それは恐らく限られてくる。例えばそう
「・・・望んだ子供ではなかった。」
思わず独り言が溢れる。周りに人がいないか確認してもう一度思考にふけながら帰路に着く。
正確には、望んだ子供ではなかった、という表現は正しくない。なぜなら母子手帳や結婚式を早めている限り、二人は子供を歓迎していたはずだ。ならば考えうる可能性は一つ。『望んだ子供で「なくなった」』ということだ。

【Y-9】
「望んだ子供でなくなった、つまり井上佳代子の妊娠には何か重大な秘密があった可能性があるということです。」
例えばそう、妊娠した子供の父親が尾張守司ではなかったなどだ。しかし今回の情報はこの三つだ。ノートの空いているページに三つの単語を書く。
「その秘密を解く鍵がこの三つ。」
ノートを二人に見せる。『遺伝学と法律の専門書』と『生体肺移植』、そして『看護師』。
「ここからは一層こじつけですが、かなり可能性が高いはずです。」
一旦言葉をはさんで、こじつけを続ける。
「もし、井上佳代子が尾張守司の生体肺移植の為のHLA検査を行なっていたとしたら彼女は気づいたのかもしれません。自分達が異母兄妹の可能性があると。」

【X-10】
人の臓器にはA、B、DRの三つの標識、その2ペアを印として持っている。そのA、B、DRは連鎖、即ち1ペアで遺伝するがそれぞれ約30種、約50種、約30種の型が存在するため、他人と一致するにはかなりの確率で低い。ただし兄弟姉妹の場合は両親から1ペアずつ貰うので1/4で完全に一致し、異父(母)兄弟姉妹の場合では1/2の確率で半分が一致する。移植の多くはこのHLAが総て一致することで拒絶反応が起きなくなる。
尾張守司はこのHLA検査を行なっているはずだ。そして普通両親や兄弟姉妹と一致するか検査を行う。そしてその結果を井上佳代子も知る機会が少なからずあったはずだ。
夕日が綺麗に傾く道を、そんな考え事をしながら歩いていた。可能性は低い。でも遺伝学と法律の専門書を購入した限り、そして遺書を本当に読み解く限り彼女は疑っていたはずだ。『自分達が異母兄妹ではないか』と。

【Y-10】
「もちろん、二人が兄妹と疑う理由は他にもあったのかも知れません。しかし彼女の遺書の真相を照らし合わせれば、恐らく井上佳代子は自分たちの秘密に気づいていたはずです。」
ノートをめくり、さっきトラさんが書いた文字―黒城龍介が改ざんした部分を修正する。
『もう、んちゃんにはなさない 』
「「に?」」
二人のハモった疑問声が返ってくる。
「そもそもどんなに昏睡状態でも平仮名とカタカナを、しかも形が違いすぎる『を』を混同する人なんていません。だからここは『に』が正解なんです。」
しかしまだ疑問符を浮かべたままの空が文章の後半を指差す。
「でもそうするとこの『はなさない』が通じなくない?」
「いや、そうでもないさ。だって漢字に変換すれば―」
訂正した文章の下に改めて漢字の文章を書き足す。
「『もう、んちゃんに話さない』になるんだからな。」
これは尾張守司を道連れにする文章ではなかった。ただ自分の中だけに、それこそ文字通り墓場まで持っていく秘密が漏れ出した文章だった。
「・・・龍介さんは、なんでこんなミスしたんですかね?」
空の問いかけに対するトラさんの顔は、夕日のせいもあってかとても切なく見えた。
「・・・恐らく黒城龍介はわざと事実を捻じ曲げた。」
なんで?と聞く空に応えようとすると、トラさんが手を向けて制した。
「恐らく、二人のご両親と栄子さんを守るためだ。そうだろ、りゅう君。」
やっぱりトラさんは気づいていたみたいだ。

【X-11】
真相に気づいた瞬間頭をよぎったのは、残され遺族と段栄子のことだった。
もし仮にこの真実を公表すれば、悲しみのどん底にいるはずの尾張、井上両ご両親は新たに発覚した不倫疑惑にさいなまれる。またもし段栄子に口止めをお願いしても、言わないという罪を二人の友人を失った彼女の背中に負わせてしまう。何より遺書にこの事実を書こうとしなかった井上佳代子の遺志を尊重したかった。そう、自分の中で何度も言い聞かせた。
しかしこうやって年甲斐もなく夕方の公園のブランコに揺られているところを冷静に分析すれば、やはりまた俺自身のキャパシティを超えてしまっているのだろうか。
「・・・はぁ。」
白んでいる大きなため息を追うと、目の前に小さな影が一つ。

【Y-11】
「なるほど、それで『段栄子「も」不幸になる』って龍介さんは言っていたんですね。」
一番遅く納得している空を尻目に、気になることをトラさんにぶつけてみる。
「やっぱりトラさんは気づいていたんですね。黒城龍介が何かを隠していると。」
なんとなくね、と呟いたトラさんの目線はまた窓の外を見ている。窓ガラスに反射された悲しい目と目があった。
「りゅうちゃんはいつだってそうだった。何か真相を導き出した時には何か隠しているような、何かを抱え込んでいるような、そんなさっき言った辛そうな顔をしてたんだ。」
かける言葉が見つからず固まっている俺たちに、改めて体を向きなおした。
「刑事になった今でも時々わからなくなるんだ。真実って難しいね。」
そのセリフと光景に見覚えがあった。

【X+Y】
「お兄ちゃん、どうしたの?」
少年の無邪気な問いかけに、ブランコに座った青年は空を見上げた。夕焼けこやけのオレンジ色の空だ。
「いや、その、なんだ。『真実』って、難しいなって思ってね。」
その返答に首をかしげた。
「『真実』って、「本当の事」ってこと?」
「あぁ、その真実だ。」
二つの影が並んでいた。
「そんなの自分がしたいことに決まってんじゃ。」
少年の顔を見た青年は、その姿を別の誰かと重ねていた。
「お父さんもお母さんもいつも言ってるよ。『自分の信じたことをしなさい、それが真実だ』って。」
少年の言葉に応えるように夕方のチャイムが鳴る。それにビクンと反応して慌ててかけて行く。
「だからあんまり悩んじゃダメだよ。じゃあねぇ~」
そら~帰るぞ~、りゅうちゃ~ん待って~、と砂場の少女と手を繋いで公園を出て行く。
りゅうちゃんと呼ばれた少年とそらと呼ばれた少女の背中を見ながら、青年は唇を結んだ。ポケットから取り出した紙を見つめる。
「・・・自分が信じたこと、か。」
その紙には走り書きで『赤井清二』の名と住所が書いてあった。




【Z】
昔を思い出していたので固まっていると、トラさんの電話がなった。急いで席を立つ。
汗が一斉に噴き出してくる。もしかして俺は、黒城龍介に会ってたんじゃ・・・。いや、もっと言うと赤井清二殺人を後押ししたんじゃ―
「りゅう君、そらちゃん!!!」
電話を片手に大急ぎで帰ってくるトラさん。その慌てぶりにぽかんとした俺たち。
「・・・例の連続殺人事件の容疑者が指名手配になった・・・」
おいおいそんな機密事項教えてもいいのか?
「・・・容疑者の名前、羽澤幸だって・・・」
夕日がやけに綺麗に見えた。

contrast~accelerate~

半年ぶりの更新です。
ちなみに次回が最終回ですが、既にほぼ出来上がっているので近日中に更新したいと思います。
これまで読んでいただいた方が一人でもいることを信じ、その方に満足してもらえるような最終回にしたいです。
もし今回のお話で少しでも興味が出た方がいれば、是非是非これまでの話を見ていただくようお願いします。

contrast~accelerate~

あらすじ 黒門流那(こくもんるな)と白戸空(しらとそら)は幼馴染で大昭大学に通う大学1年生で、二人だけの推理研究会に属している。 この推理研究会は大昭大学のOGで現在は刑事の白都蘭(しらとらん)が創設したサークルであり、昔の未解決事件をファミレスの席で推理し合っている。 あくまで目的は事件を解決すること、犯人を捕まえることもしない。そんなただの自己満足サークル活動である。 また黒城龍介(こくじょうりゅうすけ)は白都蘭の幼馴染だが、8年前の事件が原因で亡くなっている。

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-20

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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