リプレイ
皆さん、お久しぶりです。
遊佐 悠です。
今回はソリッドクラウンから離れ、平和な日本の中学生の少し不思議なお話です。
いつも通り、誤字脱字や改行がおかしいなどの指摘や感想、批判お待ちしております。
中学三年生の夏。
新たに始まるであろう生活を前にあなたは何を思い、どう過ごしていましたか?
ハーメルン様、小説家になろう様にも投稿させていただいています。
耳を打つ蝉の声と黒板をたたくチョークの音で無防備な俺に襲い掛かってきた睡魔を吹き飛ばした。
目をこすりながら前を向くと黒板には端に7月25日という今日の日付と
無数の数式が書き連ねられている。
「三井、お前これ解いてみろ」
頭頂部が薄い数学教師が指す式は連立方程式。
中三となった今ではこれくらい解けなくてはならない程度の難易度。
「答えは・・・・・xイコール6、yイコール3.5です」
よろしい、と満足げに教師は頷くと宿題やっておけよと言い残し、
教室から出た。
「三井ぃ、お前よくあれ分かったな」
そう言い近づいてきたのは小学校からの友人の亮平だ。
こいつは運動はできるが、勉学においてはてんでダメな、所謂、筋肉バカだ。
「こんなのも解けないんだったら高校いけないだろ」
親友に少し冷たく言うが、これも永年の付き合いがあるからこそできることだ。
「そんなこと言うなよぉ。お前が俺の勉強見てくれるっていたんじゃないか」
「こんなに勉強できないとは思ってなかったからだよ」
まぁ、いいさ、と本当にどうでもよさげに亮平はドカッと俺の机に腰かけると
まるで、女子が耳打ちするかのように顔を近づけてくる。
「なんだよ、気持ち悪い」
「おいおい、そりゃ心外だぜ。まぁ、とにかくお前、水瀬とつきあってんだろ?」
「はぁ?お前何言ってんの?馬鹿なの?」
水瀬とはこれまた小学校からの友人である女子のことだ。
容姿端麗、文武両道、品行方正。
非の打ちどころがないスーパーガールの彼女とはクラスこそ同じではあるが
その関係は昔に比べたらずいぶん疎遠になっている。
「そんなことあるわけないだろ。大体、あいつとは最近、喋ってすらねぇよ」
別にそんなことで寂しいとかいうわけではない。
高校に上がればいやでもクラスメートから離れるだろう。
「それよりもお前、今度の理科の小テスト大丈夫なのか?メンデルのあれだろ」
そう言ってやると亮平は急にあわてだすと手を合わせて拝んできた。
「なぁ、教えてくんね?」
それからは特に何も起こることなく一日を終え、朝の6時に目を覚ました。
「早く着替えなさい」
何時もの母さんのモーニングコールで目が覚める。
言われなくても着替えぐらいやるわ!
そう愚痴りながらリビングで朝食を済ませるとインターホンが鳴った。
「はーい。今行きまーす。まったく誰かしら、こんな朝早くから」
母さんが玄関に消えるのを視界に収めつつ、今日の運勢を確認しておく。
カニ座は、――運勢最悪、今日は何度も面倒なことが起きるでしょう。
明るく元気な声で今日の自分の運勢が垂れ流しになる。
「まじかよ。はぁ」
朝からローテンションに登校しようと腰をソファーからあげると後ろから
聞き覚えのある声が掛かった。
「おはよう。元気・・・じゃ、ないか」
懐かしい最近聞いていなかった声。
容姿端麗、文武両道、品行方正。
後ろに首を傾けるとそこには髪をおろし、同じ学校の制服に袖を通した
懐かしい幼馴染が立っていた。
「なんだよ、水瀬。朝から」
嫌味たっぷりの声で返事してやるとにこにこと嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「みー君、学校、行くんでしょ」
みー君という昔のあだ名に擽ったさを覚えながら返事する。
「だから何だよ?」
すると玄関から母さんが戻ってくる。
「いつも通り、迎えに来てくれたんでしょ」
「いつも通り、ってなんだよ」
最近、水瀬とは顔を合わせることはあっても話はしていないし、
朝、こいつが家に迎えに来るなんてこともなかった。
それこそ、小学校の時以来。
「まぁ、とりあえず行こう!」
無駄に朝からハイテンションな水瀬に腕をつかまれ立たされる。
「いってらっしゃい」
母さんの声を背に家から出る。
「水瀬、分かったから腕、離せ」
さすがに掴まれっぱなしで登校というのは格好がつかない。
「ごめん、ごめん」
そういうと素直に手を放してくれた。
「で、なんで今更、朝に迎えに来るとかするんだよ?
小学校の時じゃねぇんだからよ」
ため息を吐きつつ、そういうと水瀬は首をかしげる。
「なんでって、いつも迎えに来てるでしょ。小学校からの習慣じゃない」
確かに俺は昔は朝に弱く、水瀬が来るまで夢の中というのもよくあった。
「中三だ。一人で起きれる」
「そうだよね、ごめん。それよりも勉強どう?捗ってる?」
「そんなの当たり前だろ。合格は間違いない」
「へぇ、いいな。私はちょっと不安だな」
何を言うかと思えば、水瀬なら大抵の高校はいける。
「お前、希望校どこだよ」
「みー君とおんなじ明星だよ」
「お、お前、なんで明星なんだよ?」
明星高校はそれなりの進学校ではあるが水瀬ならもっといい高校に行ける筈だ。
「なんで、て言われても・・・前からそうしようかなって」
こいつが何を考えているのかはわからないが、まぁ、いいさ。
古びた木造の廊下を教室に向かって歩く。
がたがたと立てつけの悪い戸を横にひき、自分の席に座る。
「なぁ、三井ぃ。数学と理科わかんねぇ、教えてくれぇ」
朝から面倒なものが二つ目である。
「亮平、昨日はメンデルで、今日は数学もか?第一、どこの場所だよ」
「全部。特に連立方程式とか、遺伝子の小テストんとこ」
「はぁ?お前それ大丈夫かよ?それに理科の小テストは昨日やっただろ」
親友の将来が心配だと、頭を抱えていると亮平が首をかしげる。
「理科の小テストは今日だぜ。勉強のし過ぎで頭おかしくなったか?」
は?
目の前の親友は至極当然といった風に理科のテストは今日だ、と抜かしている。
「そんなことないだろ、だってここに昨日の問題用紙が・・・・」
鞄の中から問題用紙のプリントが入っているはずのファイルを取り出す。
「ほ・・・ら・・・・」
しかし、中身は空だった。いくら逆さにしても、叩いても出てこない。
「お前、疲れてるんだって。保健室で休んで来いよ。水瀬、連れて行ってくれ」
大丈夫?、と水瀬が差し出した手を振り払う。
「大丈夫だ。問題ない」
「そう・・・あまり無茶しちゃだめだよ」
おかしい。
理科の小テストは昨日だし、水瀬は毎朝、家に迎えに来たりしない。
そう思いつつも、今は何もすることはできないと席に腰を深くかけた。
何日かたったがすべて同じだった。
理科のテストはメンデルが出てきたし、その前の授業は数学であの禿に
昨日と同じ問題を聞かれた。夕飯は昨日と同じハンバーグ。
テレビも同じバラエティーに同じニュース。
水瀬以外の何もかもが昨日と同じで変哲もない日常だった。
次に目が覚めたときは明日になっているだろうと、元に戻っているだろうと
瞳を閉じた。
これまでにこの現実が夢であればよかったと呪うことなど経験したことは
なかったが、今ここでこの現実を呪うことしかできない。
朝目を覚ますとカニ座は運勢最悪、理科の小テストは今日、禿の同じ問題。
同じハンバーグに同じ司会者とゲストに同じ殺人事件。
何もかもが同じだった。
だが、一つだけ違った。
水瀬の髪型が昨日とは違い黄色のリボンでポニーテールに結ってあった。
昨日は髪を下ろしたまま、しかし、今日はポニーテール。
些細な違いではあるがそれが突っかかっていた。
明日、そして、次の日も違う髪型であったら、あるいは・・・・。
くだらない、と吐き捨てた。
二日間、水瀬は違う髪型だった。
女性は髪にアレンジを加えたりと忙しいが、その割におませな筈の女子中学生の
クラスメートたちは水瀬を除いて全員が同じ髪型だった。
これは、女子や男子、その他もろもろの人やエトセトラが始まりの
7月25日から一切変わってないことを知る手がかりの一つとなった。
もちろん、それは水瀬を除いたすべてに於いてである。
人間、何か同じことをしようとすれば誤差が必ず出てくる。
それも何日も続けば、習慣的になり再現度が低くなる。
水瀬は何度も同じことをしようとしていたが、時に失敗し、時に成功した。
ほかの人物は同じ状況下では同じ反応を返す。それこそ、ゲームのNPCの様に。
しかし、水瀬だけは少しずつ違った動作を繰り返していた。
つまり、これは水瀬が何らかの形でこの繰り返しにかかわっているかもしれない、
ということだ。
仮に、水瀬が犯人だったとしても責めるつもりはない。
其の実、退屈であった日々だったが、水瀬という忘れかけていた存在が日常に
入ってくることによって、退屈はいくらでも、変わっていった。
まるで、小学生だった頃みたいに。
それに若しかしたら水瀬も巻き込まれたとか、そんなことなのかもしれない。
そうだったときは手を差し伸べればいい。
スタンドアローンから二人に変わったのだと考えればいい。
ここに来てやっとポジティブ思考になったな。
そんなことを頭の中で考えていると、いつもより五分ほど遅刻気味に
インターホンのぴんぽーんという間抜けな電子音が聞こえた。
はーいといつも通りの動きで母さんが玄関に向かった。
がちゃっと扉が開くなり、水瀬が入ってくる。
「小母さん今日は。みー君ごめん、遅れちゃった」
「そうだな、でも五分程度なら余裕をもって学校につく」
そうかな、と言いつつもゆっくりと身だしなみを整える。
水瀬はいつもこういう確認の動作が遅い。
小学校の時はテストの最後に確認しとけといつも言っていたが確認が遅く、
最後まで見直すことができずにいた。
これも、何度もループを繰り返す中で気づいたことだ。
「みー君。なんだか今日は楽しそうだね」
「そうか?」
今日もカニ座の運勢は最悪だったがな。
放課後。
教室に残る生徒は少ない。
大抵、塾や習い事、遊びに行くだったりで早く帰ったりする。
それでも、数人はお喋りに忙しく残っていたりする。
「水瀬。ちょっといいか?」
「えー、なに?」
テトテトとこちらに来た水瀬の手を握る。
「人が多い。もっと静かな場所に行こう」
「おいおいおい、ついに三井が水瀬に・・・」
ついに亮平という名の馬鹿が騒ぎ出した。
「うっせ、黙ってろ」
ほら、行くぞ、と水瀬を引っ張り、教室を後にする。
静かな場所として選んだのは中庭である。
公立高校には珍しく敷地面積が広く、それに伴いグラウンド、中庭も広い。
基本、放課後の中には特に誰もいない。
木のベンチの端のほうに腰掛ける。
「隣、座れよ。話は短くする」
「うん。分かった」
水瀬が隣のほうにちょこんと座ると単刀直入に話す。
「毎朝、カニ座の運勢が最悪なのはどうにかしてくれ。かれこれ一週間以上だ。
これじゃあ、一生運勢最悪だ」
それだけ言うとわかったようで顔をうつむかせる。
「別にお前を責めようってわけじゃない。
ただ、もし、お前が犯人ならなんでこんなことするのか教えてほしい」
すると、水瀬は顔をうつむけたままポツリポツリと話し始めた。
「みー君は毎日、楽しい日々が続けばって思ったことない?」
「さぁ、分からないな」
「私は思ったことあるよ。みんなで遊んで、勉強して、出かけたり。
そんな毎日が続けばっていつも思ってた。
でも、みんなは中学校に上がってからバラバラになったりした。
同じ中学校に進んだ人ばかりだけど、何人かはほかの県に行ったりしたし、
クラスが違ったら、話す機会も減っちゃうし。
もちろん、友達は増えたよ。
でもね、私、前みたいに、小学校の時みたいにみんなで遊びたいって思ってた。
けど、そんなことは絶対にできない。みんな三年生になってから高校に上がることを考える人も多いし、別々の高校に離れちゃう。
それこそ、会いに行けないくらい。
私はそんなことが嫌だった。
だから、ずっと思ってたの。このまま毎日が続きますようにって」
そうか。
水瀬の言葉を聞いて出た言葉はそれだった。
「朝ね、目が覚めたらみんな昨日とおんなじだった。
初めは怖かったけど、よく考えたら、私が願ったことなんだって。
だったらこのままでもいいかなって思ったの。
ばれないように。気づかれないようにって。
努力して、でも、いつかみー君にばれるだろうなって。
それと同時にこの世界が怖かったんだ。みんな同じで。
おかしいよね。私の願い事って」
「・・・おかしくねぇよ」
自然とつぶやきは口から漏れた。
「おかしくねぇよ。俺だって、この繰り返しの中で毎日が楽しいことに気付いたよ。
お前がいるだけでいろいろ変わったりするし、小学校ん時みたいにって
俺だって思ってるよ」
「でも・・・」
「でもじゃねぇよ。遠くに進学?なら、会いに行けよ。
電車だって車だってあるだろ。会いに行けるだろ。
お前が気にしてんのは実際の距離じゃねぇよ。心の距離なんだよ。
若しかしたら自分のことは忘れてしまっているかもしれないとか考えてんだろ。
なら、定期的に電話するとかあんだろ。
願い事がおかしい?
もっとおかしい願い事してるやつだっているよ。
俺の小学校一年の時の将来の夢知ってるか?
消防車だぞ。
そんなんに比べればお前の願い事なんかふつうだよ。
人は誰だってあり得ないことを願うんだ。
あり得ないとわかっていても願う。
だけど、それを馬鹿にすることは誰もしちゃならねぇんだよ。」
叶ったんだったらそれで良いんじないのか?
そういってやると水瀬は泣き出した。
「ご、めん。そう・・・だよね」
「でも、そろそろ飽きたよ」
帰り道。
すっかり日が暮れた中を急いで走っていた。
「水瀬、また明日な」
「うん。また明日」
水瀬と別れるといつもと変わらぬ繰り返しの日々だ。
一日を終え、布団にもぐる。
きっと明日は繰り返すことの無いように。
明日はカニ座がトップになりますように。
夜のとばりにその願いを呟くと静かに眠りに身をゆだねた。
朝。
小鳥が朝からちゅんちゅんとうるさい。
リビングに降り、朝食を終え、テレビを見ていると、インターホンが鳴った。
何時もより二分オーバーだったりなかったり。
「ごめんみー君。遅れちゃった」
「二分程度だろ。それよりも髪型変えたんだな」
他愛もない会話をし、教室の自分の席に着く。
「三井ぃ、公民わかんねぇ」
「お前は全部の教科分からないだろう」
ははははは、と笑ってごまかすと首をかしげる。
その姿は繰り返しの動作にぴったりだったがもう恐れることはない。
「そうか、いつもと変わらんだろう。
まぁ、しいて言うならカニ座の運勢が一番よかったんだ」
一瞬、間抜けな面を見せると、なんじゃそりゃ、とつぶやいた。
「7月26日快晴。カニ座のあなたはぁ、いつも道理の日常を取り戻すでしょう。
ラッキーアイテムは――幼馴染、です。
髪型を変えてみるともっといいかも」
リプレイ
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