愛しの都市伝説(7)
七 伝説詣で・パフェサラリーマンの巻
なんだよ、なんだ。俺の周りに急に人が集まってきやがって。それも、おっさんばかりが。今さっきまで、いい気分でうとうとしていたのに、急に起こしやがって。しかも、こいつら、どこかで見たことがあるぞ。この商店街の店主たちじゃないか。伝説は喫茶店の隅っこで慌てていた。
「こちらの方が、伝説のパフェを食べるサラリーマンです」
いつもは相手にしない喫茶のマスターが説明している。
「あんた、見えるの?」
誰かがマスターに尋ねた。
「いやあ、以前は、見えていたんですけど、最近は、話題にする人も少なくて、わたしもとんと忘れていたんで、見えないんですよ。でも、以前と同じならば、この片隅に座っているはずですよ」
マスターは、忘れていたことが恥じるように、頭を掻きながら、伝説が座っていると思われる席を指差す。
「ほんとうに、いるのかなあ」
役員たちからは不安の声があがる。
「いますよ」
中上が断言した。
「伝説は、人間が作り出した創造物です。みんながいると思えば、その思念が固まって、現れてくると思います」
「ホントですか」
「ホントです。とにかく、マスターは、これから毎日、このテーブルにパフェをお供えしてください。パフェを食べたい一心で、伝説のサラリーマンが現れるでしょう」
「そういうもんですか?」
「そういうもんです」
中上があまりにも断言するので、パフェのマスターを始め、役員たちも頷かざるを得なかった。
「じゃあ、さっそく」
マスターはカウンターの中に入ると、バナナやイチゴが満載の、四十センチほどの高さの巨大なパフェを持ってきた。
「こりゃ、すごいや」
「わしも食べてみたいや」
「あんたが食べたんじゃ、伝説にならんわ」
「それはそうとして、何か、甘いもんが食べたくなってきたな」
「それじゃあ、休憩といきますか」
「ちょっと、歩き疲れたからなあ」
役員たちは、伝説の街おこしのことは後に回そうとした。
「みなさん。休憩は後にして、まずは、伝説探しですよ。じゃあ、パフェを食べるサラリーマンを商店街の伝説にしてもいいですか」
中上は、涎が四十センチほど垂れそうな役員たちに承認をもらう。
「あまりぱっとしないけど、ほかにないからなあ」
「いや、働くサラリーマンの希望の星として、受けるかもしれんぞ」
これまで、黙っていた沢野会長が口を開いた。
「会長もそうおっしゃることですし、そうしましょう。それじゃあ、次の伝説を探しに行きましょう。それでは、マスター、後をよろしく。伝説を大事に育ててくださいよ」
「はい、わかりました」
中上や沢野会長、役員たちパフェ店から去っていった。後に残されたマスターは
「育ててくれって言われてもなあ。伝説を育てるのは初めてだし、どう育てていいのかわかんないよ。自分とこの子どもだって、俺が育てたと言うより、勝手に大きくなったし、この犬のタローだって、勝手に大きくなったもんな」
マスターは、盲導犬のタローを飼っていた。タローはパフェを見ると、テーブルに近づこうとした。
「こら、それは伝説様のもんだ。お前には、他にエサをやるぞ」
店主はタローの首輪を掴むと、店の入り口の方に連れていった。
「ふう、助かった」
冷や汗をかいたのは、伝説のサラリーマン。
「俺、昔から、犬が大嫌いだったんだ。正確に言えば、犬の嫌いなサラリーマンで、パフェ好きな奴の思いが、この俺になったわけだけどなあ。多分、そのサラリーマンは、家を一軒、一軒営業で周って、その時に、犬に吠えられたり、噛まれたりしたので、犬が嫌いになったんだろう。犬の話はいいとして、街の奴ら、一体、どういう風の吹き回しだ。これまで、俺のことなんか、忘れていやがった癖に、急に、パフェを供えるだなんて。街おこしか何かって、言っていたなあ。パフェを食べるサラリーマンが、街おこしになるのか。
それはいいとして、問題は、目の前のパフェだ。お供えって言っていたけど、ホントに喰っていいのかなあ。まさか、毒でも入っているんじゃないだろうな。まあ、毒が入っていたとしても、伝説の俺には、毒なんて効き目がない。とにかく、目の前のパフェを食べるべきか、食べないべきか、それが問題だ。
うーん。そうだ。食べよう。人間が俺を動物園の動物のように、見世物にしたってかまうものか。毎日、毎日、パフェが食べられるのなら、満足だ。今さえ、よければいいんだ」
伝説は、そっと、人差し指をパフェの中に突っ込んで、引き抜いた。そして、口の中に入れ、しゃぶった。
「甘い」
甘い誘惑に負けた。伝説は目の前のパフェをぺロリと平らげた。
愛しの都市伝説(7)