紙切れ一枚の幸せ。

紙切れ一枚の幸せ。

「ジョー、これやる」
 最近日課にしているらしい朝のジョギングから帰ってくるなり、ジェットから1枚の封筒を手渡された。
「あ、ありがとう? なにこれ。開けていいの?」
「ああ」
 中に書類が1枚。
 出して広げてみる。
 ぱちぱちと瞬きをしてまじまじと見てしまう。
 だって。
「……ジェット。えっと……これ…?」
「あれ? もうちょっとこう素直に喜んでくれるもんかと思ったんだが、間違えてたか?」
 いやえっと……そのまんま素直に解釈すればいいんなら嬉しいんだけど、なんというかその、その解釈であってるのかどうかイマイチ判断に迷ってちょっと…反応に困る。
「ええと……これ、ジェット自分で貰ってきたの?」
「あ、いや、未使用で無駄になっちまったってヤツに貰ったんだけど」
 貰った?
「朝走る時ちょいちょい一緒になるヤツがいてさ。時々話してたんだけど、今日すげぇ落ち込んでてさ」
 ジェットは一体何処までジョギングしに行っているんだ? ここ、あんまり近くに人家は無かったはずなんだけど。……そういう場所を選んだはずなんだけど。
「話聞いてやってたら昨日振られたんだと。で、彼女に渡そうと思って用意してたヤツが無駄になったからやるって」
 ……なるほど。そういうことか。
「でさ、「お前もぐずぐずしてたら他のヤツに取られちまうかもしれないぞ、ホントに好きな子ならしっかり掴まえとけよ」って言われてな。折角貰ったんだし、すぐにお前に渡したいと思ったからさ」
「……その人は、僕が男だって知ってるの?」
「いや。そこまで突っ込んだ話をしてるわけじゃねぇからな」
「だろうね」
 だって、少なくとも今の日本じゃ出すわけにもいかない。
 ――婚姻届。
 じゃあやっぱりこれは、プロポーズと言うこと?
 なんだか泣きそうになってきた。
 嬉しいんだか悲しいんだかよく判らないもやもやで、胸が詰まる。
「もう、君って人は……」
 婚姻届を持ったまま、もう片方の手でジェットの腰に手を回し、抱きついて肩口に顔を埋める。
 ジェットの汗の匂い。
 ぎゅっと抱き返してくれるその身体がほこほことあたたかい。
 ああ、走ってきたんだなあ、と思う。
 結婚なんて。
 僕らには全然関係の無い話で。
 そんなこと判っているのに、判っているから、嬉しくて悲しくて。
「ありがとう。ジェット。……でも、日本じゃこれ、受け付けてもらえないと思うし、僕ら――みんなでだけど一緒に住んでるのに」
「そんなこたどーでもいいんだよ」
 ジェットが即答する。
「誰かが俺らのことを認めるとかなんとか、そんなのは関係ねぇんだよ。ただ俺が、お前を絶対離さないって、それだけだ」
「ジェット」
 ……駄目だ。
 もう、泣く。
 もやもやが全部ジェットの言葉に吹き飛ばされて、ただ、嬉しくて、しがみついた腕に力を込める。
 また泣いてるって思われたくないから、出かけた涙を押し込むようにジェットの肩に顔を押し付ける。
 それなのに、ジェットが僕の両肩を掴んで身体を離した。
「ジョー、お前は?」
 覗き込んで聞いてくる。
 その声も眼差しも、ものすごく優しくて。
 でも、僕の肩を掴んでいる手に入った力で、ジェットが本当は緊張していることが判ってしまう。
 僕の答えを待って。
 いつもの強気な君はどうしたのさ。
 そんなの、決まっているのに。
 僕の答えなんか、ひとつしかないのに。
 涙がぶわって一気に出た。
「そんなの、決まってるじゃないか。……僕だって、絶対に君と離れたりなんかしない。――ずっと」
 途端に、ジェットが力の抜けたような笑顔になった。
「良かった。まさか断られることは無いだろうって思ってても、やっぱ緊張すんだな」
「……君って人は……ほんとにもう…」
 指を絡めて、手を繋ぐ。
 身体を近づけて、見つめあう。
 息のかかる距離に、ジェットの顔。
 囁くようなジェットの声。
「神になんか、誓わねぇ。お前に、誓う。……幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、いかなる時も共にあることを誓います」
「――誓います」
 繋いだ手を二人の顔の間に掲げて、絡めたお互いの指に口づける。
「愛してる」
「僕も」
 繋いでいた手が離れ、両手で頬を包まれた。
 ジェットの顔が近づいてくる。
 もう、涙でぼやけてジェットの顔が見えない。
 だから、ジェットの背に腕を回して目を閉じた。
 唇が触れ合って。
 ……涙なんて、当分止まりそうにない。



「で、これどーやって書くんだ」
 婚姻届を前に開いて、ジェットが聞いてくる。
「え、本当に書くの?」
「あったりまえだろ。そのために貰ってきたんだから」
 ボールペンを1本出して、ジェットの隣に座る。
「えーと、ここに名前を書いて…住所はここでいいかな」
 ひとつずつ枠を丁寧に埋めていく。
 1本のボールペンを渡しあってかわりばんこにひとつずつ。
「……同居を始めた日? そんなのいつだったっけ? ……もしくは結婚式の日……」
「今日にしようぜ」
「……うん」
 結婚式なんてもちろんしないけど。
 同居を始めたのだって、別にふたりで暮らし始めたわけじゃないけど。
 でも。
 ひとつひとつ、枠を埋めて。
「……最後にここに署名して押印」
「オウイン?」
「判子なんて持ってないから、サインでいいんじゃないかな」
 証人欄とか空欄のままだけど、そのままで置いておく。
 だって役所に出すわけじゃないし。
 こんなのはただの遊び。
 結婚ごっこ、そんなもん。
 そんなことは判っているけど。
「じゃあ、これでできたな」
「うん」
 書けるところを全部書き込んで、僕らの婚姻届が出来上がる。
 ただの遊びだって判っているのに。
 ぎゅっと、ジェットの腕にしがみつく。
「泣く?」
「泣かない。でも、なんか……なんか嬉しくなってきちゃった」
 提出しない婚姻届なんて、何の効力も持たないただの紙切れ。
 それなのに、どうしてこんなに幸せな気分になってしまうんだろう。
「そりゃ、これが俺らのケッコンだからな」
「うん。……そうだね」
 しばらくふたりで婚姻届をながめてから、丁寧に畳む。
 それから、ベッドサイドにおいてある写真立てを取ってきて、裏を開けた。
 畳んだ書類を写真の後ろに入れて、また元通りに閉じる。
 そこに入っているのはジェットと二人で撮った写真。
 寄り添う、楽しそうな笑顔。
 その笑顔の後ろに隠した、僕らの結婚。
 ベッドサイドに写真立てを戻して。
 なんだろう。別に昨日までと何かが変わったわけじゃない。
 ただ1枚、紙切れが増えただけ。
 でも。
 ――幸せな時も、困難な時も
 ジェットの横顔を見つめる。
 僕の視線に気づいて、ぎゅっと手を握ってくれる。
 それだけで嬉しくて。
 ――富める時も、貧しき時も
「やっぱり?」
 ジェットに頬を撫でられて気づく。
 また僕は。
「泣きたい時は泣いたらいいんだぜ」
 僕の顔をジェットの肩に乗せるようにして抱きしめて、ぽんぽんと背中を叩いてくれる。
 ジェットの背に手を回してしがみつく。
 ――病める時も、健やかなる時も
 幸せで。
 こんなにも幸せで。
 涙が止まらない。
 この人を好きになってよかった。
 好きになった人がジェットでよかった。
 ――死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ
 死がふたりを分かつまで?
 死にも邪魔はさせない。
 命尽きる時も、共にいる。
 ――いかなる時も共にあることを誓います
 たとえ死が来ようとも、僕らを離させはしない。
 この手を放さない。
 共にいるから。
 いついかなる時も。


「――あ」
「どうした?」
 不意に現実に戻った。
「朝ごはん。ジェットが帰ってきたらみんなで食べようって張大人が」
「げ、やっべー。これは怒られる…な」
「だね。とりあえず、急ご」
 慌てて部屋を出ようとして、ジェットに腕を掴んで引き止められる。
「ん」
 振り返ってみると、声と共に目の前に手のひらを差し出された。
 目を合わせて微笑んで、その手を握る。
 固く手を繋いで。
「行こうぜ」
「うん」
 張大人だけじゃなくて、多分みんなに怒られるけど。
 でも、今すごく幸せだから、顔がにやけるのを隠せない。
「へらへらしてたら余計怒らせちまうぜ?」
「ジェットだって人のこと言えないよ」
 リビング手前に、怖い顔をして腕組みしている張大人が見える。
 一瞬、繋いだ手を離した方がいいのかなと迷ったけど、ジェットが僕の手を強く握ったから、僕も握り返した。
「遅くなってごめん!」
 謝りながら走って。
 しっかりと手を繋いだままで。
「遅すぎるネ! すっかり冷めてしまったよ!!」
「ごめん! えっと…片付けとか全部僕らがやるから」
「えっ」
「えって、何ね? ジェット」
「あっ、いや……」
 片付けとか掃除とか苦手なジェットが狼狽えるのが可愛くて、笑ってしまう。
 楽しくて嬉しくて幸せで、繋いだ手をぎゅっと握る。
 離さないから、僕も君を。
 ずっと。

 この先ずっと、いかなる時も愛し、慈しみ
 命尽きるまで――命尽きる時も共にあることを誓います。



<THE END BY.HARUKA ITO>

紙切れ一枚の幸せ。

「いちゃらぶはっぴー」というリクエストで書いたもの。
「あーもう、勝手にして」と言いたくなるくらいいちゃいちゃらぶらぶな感じにしたいなーと思って書いてみました。

紙切れ一枚の幸せ。

サイボーグ009二次。 腐向け平29いちゃらぶ。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-20

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