本当だよ!

まあ、気楽に読んでください。

歴史的大事件と現在が──こんな繋がり方をしていいの!?

 マンロ提督は、頭上に広がる抜けるような青空よりも、視界の下半分を占める大海原の藍が4割方濃いことを確認して、今日も満足の笑みを浮かべた。
 海の男マンロ。おおマンロよ。どうして私はマンロなのか。それは私が国王陛下に最も信頼されている、スペイン王国海軍最高の男だからだ。私の辞書に敗北の文字はない。そもそも辞書を持っていない。この世で最もスペイン語に堪能な私に、そんなものは必要ないのだ。スペイン! 私の愛し守る国スペイン! 世界で最も巨大な領土を持つ、日の沈まない国! 私が在籍する海軍も世界で最強ォ! あの弱小国イギリスは、人材に困って海賊どもを雇って海軍を編成しとるそうじゃないか! 笑止! 焼け死んでしまえ愚か者! それは焼死!
「ぐわははははは」
 海を眺めながら突然豪快に笑いはじめたおヒゲの艦長に、デッキにいた水兵たちは顔をしかめた。
「また笑いはじめたよ。艦長が」
「高揚するのもムリもないぜ。フェリペ2世陛下直々の出動命令だ。それもこんな大艦隊を率いて、だものな」

 スペイン海軍、マンロ提督麾下の戦艦12隻から成る討伐艦隊は、まだ見ぬ叛逆者、ラルゴの率いる6隻の戦艦を追って、はるばる太平洋の端まで遠征してきた。大航海である。マゼランやコロンブスと肩を並べるべき偉業だ。しかしマンロは歴史に名を残していない。この後哀れな彼の名は、ある事件のために完全に封印されることになる。そもそもスペイン国王の下に、そんな提督などいなかったことにされてしまうのだ。単純に任務に失敗したというわけではない。いや、成功も失敗もない。歴史上の冗談にされてしまうのだ。
 それでは、彼の名が残らなくなった契機となる、その事件を追ってみることにしよう…。

           ‡

「提督。レモンを持ってきました」
 マンロの腹心でこの艦の艦長、フランコが黄色い果実を持って部屋を訪れた。ひとこと「ご苦労」と言ってそれを受け取り、にやりと笑いながらそれをかじるマンロ。
「レモンの減りがここ2ヶ月ほど遅くなっています。乗組員に食べたがらない者が増えつつあるようです」
 ギョロっ。マンロ、ギョロ目。
「ふん。まぁいいだろう。こればかりは好き嫌いだ。私の命令に従えない者はそれでかまわん。だが、私はそんな部下はいらんから、ここですぐに艦を降りてもらうことにしよう」
「提督。嘘ついてました。皆、喜んでレモンを食べています。提督の好物なら自分も好物だと言って」
「ぐわはははははは」マンロ、高笑い。
 フランコ、こっそりと「やれやれ」の仕草。
 マンロは乗組員全員に、自分の好物を食べるよう強制していた。提督ともなると、それくらいの権限があるのだ。その権限を別のことに使えと言いたくなるが、意図はともかく、その命令はマンロも知らないところで役に立っている。航海が始まって以来、壊血病で倒れた乗員はいないのだ。この時代、海の男の敵といえば壊血病だった。ビタミンCの不足で起こるこの病気は、長い航海には必ずつきまとっていたのだ。ひどいときには乗員全員が死に絶えたり、恐怖から反乱が起きることもよくあった。当時、ビタミンCはもちろん発見されていないが、マンロのこの命令は、意図はともかく役に立っていたのだ。意図はともかく。
「フランコ。君は今日はもう食べたかね」
「え…、ええ! も、もちろんいただきましたとも」
「もう一個食いたまえ」
 フランコはマンロを特に嫌ってはいなかったが、レモンは大の苦手だった。だから思わず、身体が拒否してしまった。
「いえ、あの、もうたっぷりいただいて、おナカいっぱいです提督」
 そういわれるとマンロは無理強いしたくなる。そんな男なのだマンロ。
「さあ口を開けてぇ。がっぷりくわえこむんだ」
「や、やめてください提督。離して!」
 そのとき、ひとりの水兵が艦長を叫びながら駈け込んできた。
「艦ちょーう! 大変でぇーすっ!」
 マンロとフランコは同時に水兵を降りかえった。
「あ…」
 フランコを羽交い締めにしているマンロ。水兵は一瞬固まった。彼は身にしみて知っていた。男ばかりの軍隊のつらさを。そして航海中の船で、娯楽がいかに少ないかを。
「お楽しみ中申し訳ありませーん! ですが、一大事でーす!」
「どうした。ラルゴの船を発見したか」
 マンロ、凄む。
「いえ、そうではありませーん!」
 水兵、見てしまった事の重大さと今後の自分の運命に涙目。
「ではなんだ。陸でも見えたか」
「ち、ちがいまーす。シーサーペントです。それも恐ろしく巨大な!」
「なにっ!」
 この時代、いや、今の時代でもまだちょっとそうだが、海は未知のフロンティアだ。そこにはどんな生き物がいるか、完全には解明されていない。クラケンやシーサーペントなどは、人知を超えた海の怪物として船乗りたちの間では恐怖をもって語り継がれてきた。あのメルヴィルの名著『白鯨』のモービーディックだってその手の怪物だ。
 軍艦とはいえ、この程度の帆船ごとき、いままで彼らのために何隻も海の藻屑と化してきたことを、船乗りなら誰だって知っている。
 マンロもフランコも、なにも言わずに甲板へと急いだ。

           ‡

「次の講義まで4時間もあるよ。葉子たちとファミレス行かない?」
 東京近郊にある某キャンパスの一角。ふたりの女性が掲示板の前で話をしている。
「んー。行きたいとこあんのよ。インターネットカフェ。ここのパソコン、古いんだもん。ゲームやるとたまにハングアップするし。仁美も一緒にどう?葉子も誘ってさぁ。面白いシミュレーションあんの。シューティングもあるよ。一昨日発売になったやつ」
 仁美と呼ばれた彼女は、即座に言う。
「いい。あんたほんとにゲーム好きね。目、悪くするよ。じゃあ、あたし、葉子たちが待ってるから」
 背を見せて去って行こうする仁美を見ながら、残された方の女性はつぶやいた。
「面白いのに…」
 そのつぶやきが聞こえたのか聞こえなかったのか、仁美はちょっと立ち止まって振り向いた。
「そうそう、なんてったっけ? ここのふたつ前のバス停。あそこになんか大きい建物あるじゃない。あれ、アミューズメントパークだったでしょ? 今日開店らしいよ」

           ‡

 デッキに出たマンロとフランコは、真っ青な海面から突き出すシーサーペントの頭を見た。そして大いに仰天した。
 それは薄い緑色の斑模様で、印象としてなにかとても固そうだ。どうやって泳いでいるのか知らないが、直立不動で首を伸ばしているその様子は、大木のように一直線である。
「これは…一体? ぴったりこの艦と並んで泳いでいるのでしょうか?」
 フランコが見たままの感想をマンロに言う。
「しかし…このグレートシーサーペントの下を見てみろ。海面下にかすかだが、真っ黒い巨大な影がある…。下にクラケンもいるんじゃないか?」
 確かにマンロの言う通り、シーサーペントの下にはこの艦の数倍はありそうな巨大な黒いなにかがある。そして、なによりも不気味なのは、この影もシーサーペントも、艦と並んでついてくるだけで、何も動きを見せない。襲う気なのか、そうでないのかまるで判らない。
 しばらくそんな様子を見ていたが、やがて異変があった。海で、ではない。それは空からだった。

 ガォォォォォォォ…

 マンロには聞いたこともない怪物の咆哮だ。それはあまりにも大きく、世界に響き渡っているんじゃないかと思うくらいの音のでかさだった。腹にビリビリと響く叫び声。思わずマンロもフランコも乗組員たちも、空を見上げた。一瞬、シーサーペントのことを忘れてしまったみたいに。
 やがて、音の方向に鳥が見えた。数は2匹。翼を羽ばたかせずに、信じられない早さでこちらに向かってくる。上空を通過した時は、水兵のほとんどが頭をかばいながらしゃがみこんだ。マンロはただ呆然とそれを見た。しゃがみこまなかったのは、提督としてのプライドというより、我を忘れていたからだった。
 鳥もまた、巨大だった。どれほどの高さを飛んでいるのか判らないが、おそらく人間を縦に10人並べたよりも長いだろう。伝え聞いたアラビアの船乗りの物語に出てくる“ロック鳥”なのかもしれないと、マンロが思ったのはしばらく経ってからだ。そしてその頃には、またも状況に変化が訪れた。

           ‡

 彼女は炎天下でバスを待ち続けて、時刻表より2分遅れてバスが来たときにはだいぶイライラしていた。さらに、乗り込んだバスにまったく冷房が効いていないと知って、さらにイライラを募らせた。
 おまけにバスの中には汗をだくだく流している相撲取りが軽く20人は乗っている。アロハシャツなど着ていたが、マゲを結っているので一目でそれと知れた。さらにはこのクソ暑いのに背広を着込んでグデっとしたサラリーマンたちが座れる席を全部占拠している。どうやら酔っ払っているらしく、顔は真っ赤だし息は酒くさく、でかい声で「ウェーウェー」と合唱している。なぜ、平日の真昼に? この世で一番乗りたくないバスに乗ってしまった彼女の運命やいかに。
 バスは発車したはずなのに、ちっとも動かない。渋滞だ。もう彼女は泣きたくなった。周囲で「くちょ~! 部長のバガヤロ!」とか「ごっつぁんです。どすこい! どすこい!」なんて聞こえ始めたから、本当に泣いてしまうところだった。
 いっそ降りそうかと思ったが、降車ボタンが壊れていて、音が鳴らない。「降ろして」と言おうかと思ったが、言いかけると相撲取りとサラリーマンの合唱がひどくなる。たったふたつ目のバス停なんだから、歩けば良かった、と彼女はひどく後悔した。
 バスは、ゆっくりゆっくりと、アミューズメントパクに向かう。

           ‡

 シーサーペントが、ゆっくりと頭をさらに高くする。身長が伸びていくように。
 マンロたちは怪鳥に気を取られていたから、それにすぐには気づかなかったが、気づいたときには、シーサーペントの下の黒い影も海面に姿を現しはじめていた。
 やはりそれは真っ黒い。黒光りするそれは、ザトウクジラの背中のようだ。
 ザザザと波しぶきが怪物の周囲に立つ。艦はあおりをくってぐらぐらと揺れた。
 やはり、クラケンはこの艦よりはるかに巨大だ。固唾を飲むマンロの耳に、聞き慣れない言葉が届く。クラケンより発せられているそれは、どうやら英語らしかった。

「停船せよ。貴艦はわが国の領海を侵犯している。くり返す。停船せよ…と言っています」
 英語ができるフランコがマンロに向かって、クラケンの声を訳す。マンロには訳が判らない。そりゃそうだろう。怪物が人語を使って話しかけてくるなんて、マンロには信じられなかった。
「停船しろと言われています。提督。とりあえず帆をたたみましょう」
「だ、だが、我々は世界を統べるスペイン王国の艦隊だ、あれが何者かは判らんが、言いなりになるわけにはいかん」
「そんなことを言っている場合ですかぁ~。提督~ぅ。相手はバケモノですよぉ~」
 半泣きのフランコが見栄もなにもかもかなぐり捨ててマンロに哀願した。バケモノと聞いて、マンロの最後の誇りと義務感は、ぽきりと音を立てて折れた。降参しようそうしよう。

 原子力弾道ミサイル原子力潜水艦オハイオ級メーンは、浮上後にこの海域に密集している12隻の帆船に向かって、停船を呼びかけた。
 先ほど2機のF/A18ホーネットが上空を通過したから、CVN68ニミッツかCVN73ジョージ・ワシントンがこちらに向かっているはずだ。いや、中世の帆船ごとき、フリゲート艦1隻がくれば充分過ぎる。
 “あの方”に原潜メーンを任されたエドワード艦長は、そこまで考えてから、来客のもてなしを“あの方”がフリゲート艦1隻に任せるはずもないと思い直した。
 そうだ。これは“あの方”が大好きなイベントじゃないか。きっとこう命じられるに違いない。“海軍総出でお迎えなさい”と。

 指揮下の全艦に帆をたたませて、マンロは怪物がどう出てくるかを待った。しかし、あれから随分経つというのに、怪物は全然動きを見せない。巨大で異様な怪物の姿にも、そろそろ慣れてきた彼は、水兵たちに命じて大砲に弾を充填させた。後続の僚艦にも、手旗信号で砲撃準備の指令を出した。そして砲門を開こうとしたとき、出し抜けに再び怪物が声を出した。
「貴艦の司令官に告ぐ。船籍を名乗られよ」
 フランコに訳されて聞いたマンロは、そのまま甲板上から怒鳴った。
「私は大スペイン王国海軍提督マンロだ! 怪物よ、現在百門を超える大砲がお主を狙っている。勝ち目はないぞ。いま立ち去るなら、命だけは助けてやろう」
「失礼した。スペインよりの来訪者だったか。なにしろスペイン語に詳しくないので、おかしな言葉があっても許されよ。
 マンロ提督。怒鳴られなくともよく聞こえます。こちらには、音を集めるカラクリがありますので。
 いま立ち去るわけにはまいりません。我々の最高司令官の判断をあおぐまで、我々はあなた方を見守る義務があります。もう少し待ってください」
 ややぎこちなかったが、それはマンロにも意味が判る言葉だった。

 エドワードは苦笑した。まるで聞き分けのない子どもを諭しているような気持ちだ。それに、大砲が狙っている? まあ百七十メートルもあるこのメーンはさぞ狙いやすい的であることだろう。しかし、中世の射程の短い大砲で、この艦にどれほどの傷を与えられるのだろう。
 いや、撃たせるわけにはいかない。こちらには大したことはなくとも、手を出したとなれば、彼らがわが国の賓客となったとき、彼らは選択を迫られるだろう。謝罪も開き直りも鬱陶しいばかりだ。ぜひここは自分たちになにが起きたのか判らないまま、キョロキョロしていてもらいたい。
「艦長。空母が来ました。アメリカ製のものが10
隻と、インビンシブルにアドミラルクズネツォフも向かっているそうです」
 副艦長からの報告に、エドワードは大笑いした。
「なんてこった。“あの方”も悪趣味な。では残りの2隻しか、本来の防衛任務を続けないのか。と、なると、タイフーン型やバンガード級、ル・トリオンファン級の巨大原潜群もかき集められるんだろうな。我々オハイオ級だけでもいまここに8隻が下で息を潜めているんだぜ」

           ‡

 彼女がようやくアミューズメントパークに辿り着くと、そこはカップルと子ども連れの客ばかりだった。なぜ? 平日の昼間だというのに、こんなことで日本の将来はダイジョブなのかしら?
 その平日の昼間にこんなところに遊びにくるのは大学生やフリーの人々の特権なのだろうが、遊んでいる当の本人にそんなことを心配されるスジアイはない。たまたま、休校や会社の有休が重なって、力士たちは集団で遊びに出かけたくなって、オヤジたちの間で昼に酒飲んで酔っ払うのがいきなりトレンドになっただけである。これすべて偶然の産物。作者に特に深い考えがあってのことではない。
 彼女はあちこち見まわって、どこも行列が出来ているのを見て肩を落としたが、そんななかで、1箇所妙に空いているゲームを見つけた。

           ‡

「な、なんだ? 船にしてはあまりにもばかでかいものが四方八方から近づいてきますよぉ」
 集結しつつある空母群を見て、恐れおののいているフランコの声を聞きつつ、しかしマンロも同じ気持ちだった。世界の頂点に立つスペインの、最新鋭にして精鋭の、つまり世界最強の艦隊を率いているというマンロの誇りが、いや、すべてが、がらがらと音を立てて崩れていく。
 またあの怪鳥も姿を見せはじめた。ぎゅんぎゅんと爆音を立てて、何十羽もが頭上を乱舞している。
 その怪鳥に、F/A18ホーネットやらF14トムキャットやらSu33フランカーやら名前がついていて、それが人工の兵器だなどとマンロには知る由もなかった。無理もない。飛行機という概念さえ彼らにはないのだ。
 そして、周囲の海面から続々と巨大なクラケンたちが姿を現す。核ミサイルをうんとこさ積んだ原潜群だ。これもマンロたちには恐ろしいクラケンでしかない。潜水艦という概念もまたないのだから。
 すでにセイルから顔を出しているエドワードが、拡声器でマンロに話しかける。
「マンロ提督。驚きましたか? 驚いてない? 困るなぁ。もっと驚いてください。“あの方”もご覧になっているんです。あ、声が出ない? それは失礼しました。では、これから貴艦の真正面にある空母…あ、いや、これは船のことなんですが、カール・ビンソンっていいます。そこから使いのボートを出しますので、それに提督と幕僚の方々は乗ってください。身体の安全は保証いたします」
 空母カールビンソンから出てきた連絡艇が、帆も張っていないのに見る間に近づいてマンロ艦隊旗艦に横付けした。まるで船が生きているようだ。こいつらは一体、なんなんだ? 魔法使いか? ではこのま巨大な怪物たちは、使い魔だろうか?
 逆らうと艦隊の安全どころか、帝国そのものに危険が及びそうな予感がしたマンロは、横付けされているランチに、フランコに幕僚たちとともに乗り込んだ。神の名を、全員が最低3回は口にした。

           ‡

「ちあき、です。ちあき、たのし。ヘンな名前だと言われても、それがあたしの本名だもの。仕方ないじゃない。あ、面倒臭かったらね、“せんしゅうらく”って打って変換すれば一発よ」
「いえ、お名前の打ち込みはお客様がやってくださらないと。私はゲームの操作法を、お客様が判らないとおっしゃるときだけ、横でお教えする役目ですから」
 千秋楽(ちあき・たのし、以降は楽と表記)の通う短大の近所に、本日オープンしたアミューズメントパーク“エンタープライヅ”は、大手のゲームメーカーが作ったプレイスポットだ。ここの数あるゲームのなかに、人気こそないが、一風変わったゲームがあった。
 “アイエフ”と名づけられたそのゲームは一種のシミュレーションゲームで、歴史上の有力者となって、定められた場所の統治でも戦争でも、なんでもできる。それだけ聞くと従来のパソコンゲームと大した違いはないが、設定された過去の場所に、現代科学を持ち込める点、そしてそれをなんの制約もなくいくらでも好き勝手に使用できる権限が与えられる。それではゲームとしてつまらないと思われるかもしれないが、プレイヤーの統治を受ける民衆のデータに、半端でないものがあった。
 まず、万単位の人々が、すべて名前をつけられてゲームの中に存在している。そして彼らの様子をひとりひとり好きな時に好きなだけ見ることができる。
 例として、ゲーム世界で飢饉があったとする。プレイヤーは現代の食糧プラントを何千何万と持ち込んで、民衆を幸福にする。年貢も一切廃止できる。プレイヤーは神でもあるのだ。何も無い場所から、なんでも生みだし、彼らに分け与えられる。そしてどこそこの村に焦点を当てて、孝行娘を見ると「おとっつぁん、おかゆができたわよ。米も野菜もお上がいくらでも下さるわ。もう一生飢えなくてもいいのよ」なんて言ったりする。それを見て、イイ気分になる。引き続き孝行娘を見て、彼女が自分の政策でどんなに満ち足りた一生を送るかを、見届けることもできるのだ。もっとも本当にそれをやったら何十年プレイしても終わらない。
 つまり、通常のシミュレーションと異なるのは、どこの領土を手に入れて、そこのあれこれという産物を手に入れ、国を安定させるとか、そうではない。
限られた予算からいくら出して、流通経路を確保し整備し、とかなんとかは必要ない。いきなりポッと出した輸送機の大編隊に、いきなりポッと出した栄養満点の食糧を積んで投下させればいい。敵国の侵略を受ければ、いくらでも沸いて出てくる魔法の軍隊を使って撃退すればいい。2万人の侍が襲ってきたからといって、1億の戦車大隊と10億の歩兵大隊を繰り出してもいい。万一苦戦(するはずないが)でもしたら、あと百億大隊追加すればいいのだ。なんでも無限に使えるのだから。
 まぁ、マトモなシミュレーションの楽しみは期待できないだろう。そもそもゲームとすら呼べないかもしれない。政治家と同時に神になって人々に崇められて、自己満足できるという、傍から見ると危険なソフトウェア、なんだろう。相当根の暗い人向けか、自分の存在意義を見失った人には、気分転換にいいかもしれない。
 楽は、このアミューズメントパークに来るまでに相当疲れたため、並ぶのが嫌だったし、まずは座ってできるこのゲームを選択した。そして、スタッフの人に操作を教えてもらいながら、ゲームを始めた。

「やはり日本を舞台にするとして…時代は安土桃山あたりにしようか…。うん、定石はやっぱ戦国時代でしょ。民は度重なる戦でボロボロ、死体がごろごろしていた悲惨な時代。ここに、いきなしあたしがメガロポリスを誕生させましょう」
 楽は、まずは四方を海で囲まれた場所として、蝦夷・北海道を選んだ。瀬戸内海の四国などより、当時はこちらの方が、干渉されづらいだろう。
 北海道の大体の中心を目測で見て、現在の富良野辺りを中心に、まずは蜘蛛の巣のような感じで道内全域に鉄道を張り巡らせた。そして各路線が交差する5キロメートル単位に都市を配置。中心の富良野は千秋タウンと名づけ、高層ビルが百本ほど林立する馬鹿らしい程に大規模な都市を建設した。道路もばんばん整備して、片側4車線の車道を網の目のように配置する。そうなると巨大な交差点があまりにも多くなるので、車道は全て高架の立体交差。あと、人が住んでいないのは寂しいので、都市を運営するスタッフを50万人用意した。
「…ちょっと無計画すぎたかな」
 確かにあまりにも都市設計が大雑把だ。
「自然が殆ど消えてなくなっちゃった。まあ、あたしは環境保護に別にキョーミ無いからいいや。先住の方々には、ひとりひとりに3LDKの高級マンションを用意させていただきましょう。北海道には一切一個建てはナシ。これから人口をどんどん増やすんだから、住居は全部高層マンションね」
 それまで上空から見て、緑色をしていた北海道が、あっという間に白くなってしまった。ビルと道路と鉄道ばかり。たまに開けた所があったと思ったら、それは空港だった。緑らしい緑は、街路樹程度だ。
 千秋タウンを首都とするこの完全独立国家を“タノシ王国”と呼ぶことにする。
「ちょっとセンスが…。あたしのセンスの限界ってこんなもんなのね…」
 とりあえず、受け入れ態勢は整った。あとは不幸な戦国時代の民衆だ。
 千機のB52ストラトフォートレス戦略爆撃機に無数のビラを積み込み、日本中にばらまこう。
「…この頃、字が読めない人って多いんだったっけ」
 ビラまきプラス、演説攻撃だ。80隻の強襲揚陸艦に乗せた上陸部隊が援護しつつ、広報マンが全国の町や村に住むかよわき人々に“タノシ王国”の素晴らしさを訴え続ける。衣食住、充実した医療施設、教育施設がみんなタダ。税金…いや年貢は一切ナシ。遊んで毎日が過ごせて、都市にゆっくり慣れてもらって、気持ちの準備が出来たら、専門教育を受けてもらって都市運営のスタッフに加わってもらい、市民権を与えてやがては政治にも加わってもらう。
 人々は最初はなんのことか理解もできず、躊躇していたが、病人を持つ家庭の人間から、希望者が出始めてきた。
 異常に気づいた武将たちが、なんらかの反応を見せ始めてきた。最初に動いたのは尾張の大ウツケだった。
「あ、知ってる。信長とかいうんだよね。この人。あたしコイツ嫌い」
 広報マン護衛部隊にちょっかいを出して、敷設地雷と戦車砲と迫撃砲と対戦車ヘリに追い払われた彼らは、今度は領民に広報マンとの接触を禁じるお触れを出した。
 通常弾頭を装備したICBMが5千本、30分の間に尾張に集中して降り注いだ。楽はついでにと駿河の今川義元のところにもICBMの雨を降らせたため、後の(永禄3年)桶狭間の戦いは実現しない。
 上陸した工作隊により、全国7千箇所に“ヘブンズゲート”と名づけられたヘリポート付きの広場が設けられた。これにより、一日30便のミルMi6フック輸送ヘリが、タノシ王国に移住を希望する人々を乗せて飛び立った。どんどん移住者が流れ込むタノシ王国は、わずか1か月で人口が百五十万人を超えてしまい、現在もなお、増え続けている。
 ひと家庭にひとり、住居システムの説明をするためにスタッフが付く。移住してきた人々は、蛇口から水もお湯もいくらでも出せることに驚いたのを始めに、テレビ、電話、車に電車、ありとあらゆるものに驚きっぱなしだった。魔法(法力?)と信じて疑わない。粟や稗ばかり食べていた人ならずとも、和洋中華なんでも揃った食事に、呆然とするばかり。まぁ、コーラなどの飲み物は不評だったが。
 楽はそんな人々の様子を見て、とにかく不毛な優越感に浸っていた。面白そうな人を何十人かチョイスして、半年間ほど新生活の様子を眺めていて笑い転げた。ゲームのプレイ中、これに軽く3時間は費やしただろう。
 やがて彼らは、ここは天国で、自分のいままでいた場所を地獄と呼びはじめる。そして地獄から救い出したくださった方が楽様だ、と教えられ、こぞって楽を称え、信奉する。
「ああ、なんて気分がいいんだろ。靴をお舐め、って言ってみようかしら。そしたらあたしの安スニーカーなんか簡単に擦り切れちゃうわね」
 5歳以上20歳未満の少年少女には、現代文明の概略と一般教養についての教育を義務化し、それ以上の年齢の者は、希望者のみ教育することにした。
 自分が勉強させられることについては不満だが、他人に勉強させることは、楽には楽しかった。
 その一方で、楽はやがて爆発的に人口増加が起こると考え、はるか南のオーストラリアを“第二タノシ王国”として開拓することを決定した。
「…やっぱりあたしのセンスって…」
 楽はなんとなく信頼できそうな人格の人間を12人ほど設定して、新国土開発プロジェクトチームと、大きな建設企業5社を作成した。スタッフは総勢で8万人を超える。なにしろオーストラリアは広い。それにそこにも先住の人々がいる。彼らアボリジニを充分な待遇の用意で説得して、北海道の数倍の超巨大都市を作らねばならない。
 リーダー役に設定したバーナード総督に「がんばってね」と画面越しにウインクしながら激励すると、楽に作られたその無骨ながらもシブイ中年男性は、顔を赤らめて「楽様の御為に、粉骨砕身努力いたしますっ!」と答えた。これで、新国土の方はいい。現在人員輸送は軍用機で賄っているが、そのうち航空会社を何社か作成して、エアバスA3XX100あたりのマンモス旅客機で北海道とオーストラリアを結ぶことになるだろう。市民たちにはレジャーや観光旅行を奨励するのだ。当然タダで。
「だってあたし、そういうの大好きだし」

 そんなこんなで、運営が軌道に乗りはじめたころ、ゲーム開始直後に設定した原子力潜水艦群(楽は通
 常動力艦は設定しなかった。全部原子力動力艦だ。
 しかもなぜか攻撃原潜はなく、どれも弾道ミサイ
 ル原潜だった。理解に苦しむ)の1隻、オハイオ級SSBN741・メーンの艦長役に、コンピュータの自動設定ではなく、楽が直々に設定した美中年、エドワード大佐から緊急連絡が入った。
「どんどこどんどこどんどこどんどこ…た・の・し・がい・ち・ば・ん! た・の・し・が・い・ち・ば・ん・どんどこどんどこどんどこどんどこ…」
 楽が作った“世界の神・楽さま緊急呼び出しホットライン”の呼び出し音がマヌケに響いた。
「はいはーい。どしたのエドっち? なんか大事件?」
「楽さま。スペインの無敵艦隊の精鋭がマリアナ方面から近づいてきています。なにしろ初めての招かれざるお客さまですから、楽さまはきっとお喜びになるだろうと思いましてご連絡差し上げました。楽さまはハイスクール時代にお勉強なさったかと思いますが、16世紀のスペインといえば、世界最大の領土を持つ国です。あまりにも国土が広く、そのいずれかで必ず日が昇っていることから“日の沈まない国”と呼ばれていました。ですから、彼らは世界の代表みたいなものです。楽さま直々におもてなしなさるのがよろしいのではないですか?」
「エドっちでかしたー☆ 後で千秋タウンの知事にしたげるね。よぉし、周回偵察中の空母は、そうね、2隻ほど残して、全艦エドっちのところに全速で集合! 原潜部隊も各級1隻ずつ残して、やっぱり全艦同ポイントに集合! 各空母の艦載機は、全機発進して盛大に花火を打ち上げなさい。あ、核はダメだよ。放射能キライだからね。それから丁重に千秋タウンにご招待すること。それとね、あとは…映画を撮ろう! お客さんに楽しく滞在してもらうために。B2スピリット爆撃機、50機ほど爆弾を満載して待機して。SR71ブラックバード偵察機も発進準備。お客さんの周りに集合している原潜は、SLBMを全基発射準備しましょう。んで、ミッドウェイ島あたりをミサイルと爆弾でデコレートしよ。それでラストのスクロールタイトルの後に“スペインも3秒でこうできる”って入れるの。うっわ、キョーアク。楽しいね」
 楽しくない。オソロシイ。要求もないのに脅迫するのは、あまりにも醜悪であろう。

           ‡

 カール・ビンソンに連れこまれたマンロたちは、そこで現代兵器の概略説明を受けさせられた。殆どが彼らの理解を遠く離れたものばかりだった。どだい、動力機間ひとつ発明されていないこの時代の人間に、原子力やジェットエンジン、ロケットモーターなど理解できるはずもない。彼らの12隻におよぶ木造の軍艦は、フリゲート艦に曳航されて、釧路にある第87軍港に入港した。降り立った千人近いスペインからの客を見て、市民は「南蛮人だ!」と恐れおののいた。仕方ないので、彼らの歓迎パーティは都市運営スタッフのみで執り行われることになった。クライマックスに楽の提案したあの悪趣味な映画も上映され、マンロたちは空母で聞いて判らなかった現代兵器の威力を、視覚で嫌というほど思い知らされた。
 来賓の滞在は2か月間に及んだが、ここの暮らしになんとか慣れないまでも、ついていけるようになると、日本全国から集められた市民同様、帰りたがる者はほとんどいない。本国に家族を残してきている者たちは、家族もここに連れて来たいと言うようになっていた。
 たったひとり、マンロはフェリペ2世の手前、どうしても帰ると言う。一刻も早く、この国とこの国の兵力の存在を、国王陛下に伝えなければ、という考えだった。

「よし、マンロ提督のみ、ご帰国を希望ね。…では、うんとハデにご帰国いただきましょう。
 でもなぁ。ICBMに乗せて帰したら、きっと着弾とともに何人か巻き添えにして死んじゃうような気がする。…発射の時点でどうにかなっちゃうか。それはアンマリ平和的じゃないわね。
 じゃあやっぱり、飛行機で帰してあげましょう。機種は…これだけの航続距離を持っているのは、戦略爆撃機か。中世のスペインじゃ着陸設備がないか。じゃ、パラシュートあげるから投下させてもらいましょ。…やっぱり戦略爆撃機ね。ツポレフTu160バックファイヤーなんか適当ね。
 護衛はF22ラプターを軽く30機ほど…。あ、やだなぁあたし。中世なのに何がバックファイヤーを攻撃できるってのよ。…じゃあ護衛は20機でいいか。結局護衛つけるんかい! …ひとりでボケツッコミする千秋楽さんであった。
 …はい発進。パイロットのケリー少佐、宜しくね。無事に任務を遂行したら大将に昇進させたげる。
 …よし投下。どんぴしゃ王宮の上! じゃあね~マンロ提督~。楽しかったですわ~」
 そこで楽は、スタッフに声を掛けられた。
「あの…お客様。申し訳ありません。システムコンピュータの不調で、一部のイベントにクローズがあった模様でして…」
「へ?」
 楽はスタッフを見上げた。どこにも不都合はなかったからである。
「えと、今ラストまでいきました。ちゃんと全部できましたよ? 中世スペインの艦隊相手に、戦争じゃなくって、ごくごく平和的にお話進めたんです。最後は帰国志願者を、飛行機に乗せて、スペインの王宮に帰してあげました」
「は? 中世? ヨーロッパ? お客様、このゲームはファーストバージョンがようやく完成したばかりで、そのようなプログラムはありません。選べる場所は江戸時代と、黒船来襲から明治維新と、第二次世界大戦の、いずれも日本だけですが…」
「へ? へ?」
 ではいまプレイしたゲーム中の世界はなんだったというのだ。楽は混乱した。
 楽がこのアミューズメントパークに至るまでに出会った、力士や酔っ払いといった数々の不思議な集団。それは、異様な偶然によって彼女の周囲に降りかかった出来事ではなかったか。
 暗雲が、アミューズメントパークの上でとぐろを巻いていた。正確に言うと、楽の頭上でとぐろを巻いていたのだ。
 要は、地磁気か何か、ともかく別次元の扉が開くほどの乱れ、歪みが楽に降りかかったのだ。

 中世、宮殿で愛妾とおたわむれの最中だったスペイン国王フェリペ2世は、魔界よりやって来た怪鳥が投下したマンロ提督と突然の再会を果たした。12隻の艦隊も、多くの部下もなく、身体ひとつで、いや、身体とパラシュートひとつで帰国した提督と。
 何日かヘラヘラしているだけだったマンロ提督は、やがて口を開いた。それは魔法の国で、山のような怪物たちを自在に操る人々が、山より高い石造りの建物が並ぶ大都市に住む不思議な童話だった。マンロがその後、どんな人生を辿ったかは、どの歴史書を見ても載っていない。ただ、屈指の戦力を失ったスペインの無敵艦隊は、その後、海賊が操るイギリス海軍に度重なる大敗を喫して、一五八一年にはオランダにも独立されて、やがては世界の王座を追われることになる。
 これをお読みのあなたは、いままで学んできた世界史が、たったいま改竄されてしまったことだと言われて信じられるだろうか? しかし、真実なのだ。さっき楽がアミューズメントパークに行くまでは、かつて日本はスペインの植民地であったという歴史を持つ国だったし、イギリスは貧民国としての歴史しかない弱小国で、アメリカなんかも誕生しなかったし、世界で一番大きい国は16世紀以来スペインだったのだ。
 だから、さっきまでは貴方のしゃべっていた言葉も日本語じゃなくてスペイン語だったし、これらの歴史が常識だったんだってば。
 本当だよ!

本当だよ!

どうですか。
馬鹿馬鹿しかったでしょう?

本当だよ!

中世スペイン。大艦隊を率いて航海する提督・マンロ。 しかしこの大航海は不思議な怪物たちの、思わぬ邪魔によってとんでもない方向へ。 一方現代では、暇を持て余した女子大生・千秋がはた迷惑なゲームに興じていた。

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  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-20

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